はてなキーワード: ギュッとは
パイプカット(精管結紮術)を検討している男性の参考になれば幸いである。
私 30代中盤
妻 30代中盤
子供 2人
数年前のある日、「生理が来ない」と言われた。
家のこと、金のこと、仕事のこと。
色々考えて「妊娠していたらどうしよう」と思ってしまったことが、手術を考えたきっかけである。
自分で作っといて「どうしよう」は筋が通らないだろう。
私は、負けの記憶を持つ私を信用できない。
1年ほど悩んだ末、パイプカット手術を受けることに決めた。
「高い金払ってまで手術を受けることはない」と否定的であったが、妻も私も第3子を望まないことで一致していたので、同意を得ることができた。
費用は十万円ほど。安くはないが高くもない。
パイプカットをたくさん行っているような病院は、費用が高額なことと口コミが悪いことで除外した。
会計を済ませ、手術室へ。
テープの痛み止め(先生曰く『気休め程度ですが』)も貼ってもらった。
一番痛かったのは、精管を引っ張り出す場面。下腹部の中のほうまでもギュッと引っ張られる感覚に、思わずうめき声が出た。
痛みの感じ方は個人差が大きいそうだが、先生の反応から察するに私は痛みに強くないほうかもしれない。
術後の経過について説明を受け、痛み止めと化膿防止の軟膏をもらって終了。
ズキズキと痛む股間を労りつつ若干がに股で歩き、座席には浅く座ることになるが、電車で帰宅できた。
出血は数日で止まる。
相変わらずズキズキ痛むが、痛み止めの服用でだいぶ楽になる。
術後数日から2週間程度、陰嚢が大きく腫れて固くなり、内出血で紫色になった。竿まで紫色である。
特に、階段を降りるのが辛かった。足が地面に着く度に衝撃で玉周辺が痛む。
術後1週間頃、若干の痛みに耐えつつ恐る恐る射精するも、以前と違いがわからなかった。
傷が目立たなくなる。
陰嚢はすっかり元通り。痛みもほぼ消え、性生活が可能に(避妊はまだ必要)。
傷跡は全くと言っていいほどわからない。痛みも全く無い。
性生活においても、良い効果が出ている。スキンシップの懸念事項が減ることは満足度を高める。
望まぬ妊娠は避けたい、中絶同意書を書くなんてとてもできない、それならいっそ⋯と考えて受けた手術だが、私は受けて良かったと思っている。
ウマ娘はすごい。
ウマ娘のファンの方は馬に対して思いやりがあるし、良い人が多いことは存じ上げてます。
だけどウオッカの扱いに関しては、個人的にちょっと笑って受け流せません。
自分は、ウオッカより強い馬はたくさんいると思っています。ですから、圧倒的強者のようなキャラ付けを求めているわけではありません。ただ、もう少し牝馬らしさが残るキャラクターにしてほしかったんです。
これを言うと叩かれるかもしれませんが、見た目が華やかで可愛らしいダイワスカーレットに対して、
あまり「かわいい」と言われないタイプのウオッカがなかなか勝てなくて、やっと勝てても2センチ差で…みたいなところがすごく愛おしくて、応援したくなったんです。引退レース前に赤いリボンでタテガミを編み込んで調教していた記憶があるんですが、あれもすごく可愛かった。
本当に気持ち悪くて申し訳ないんですが、要は女の子を応援する感覚でウオッカを好きでいたんです。
史実では「牡馬だったらよかったのに」という語られ方をされることもあって、引退後も「サンデーが入ってない種牡馬を作るために海外に行った」といった文脈で語られることがありました。
だからこそ「牝馬だからこそ好きだったよ、可愛かったよ」って言いたい衝動がずっとあったんです。牡馬じゃなくて牝馬だったからこそ記憶にも記録にも残る馬になったんだよ、と。
別にダイワスカーレットより可愛くしてほしかったとか、そういう話じゃありません。
ただ、ウオッカの可愛さや牝馬らしさが“かっこよさというポリシー”で上書きされていくのが切ないんです。
必ずしもかっこよさ=男性的な衣装や雰囲気、じゃないと思うんですけどね‥ウマ娘でのウオッカ関連のかっこよさ描写を見ていると、どうしてもそう読み取れてしまうことが多いので。
※ウマ娘自体やウオッカを好きな人を否定したいわけではなく、「牝馬としての良さが薄れる方向がつらい」という話です。
ウマ娘のウオッカが言う「かっこいい」が、衣装や演出になると途端に「男性的なかっこよさ」に落とし込まれてしまうのが、とにかく悲しいです。
タテガミのリボンや、しっぽのリボンが水玉だったことを思い出して、胸がギュッとなるんです。
かわいかったよ、ほんとに。
いや、いきなりギュ鳴らしで殴んなよ。おれおまの話だ。
地方偏差値表の下層から、なんかの拍子でkに滑り込んで、就活でさらに奇跡起こしてエリサラ入社したピエロ。親戚LINEで「大手入ったの?すごいね」「がんばったね」連発されるたびに、体の奥がギシギシきしむ感じ。あの説明不能のきしみ、誰にも言えない。
t出身kの就職の何が一番ヤバいかって、**治療が一生終わらない**ところだろ。就職コンプは就職じゃ治らない。むしろステージ上がって悪化。末期化する。
エリサラのオフィス入ると、今度は「育ち」と「空気」が容赦なく殴ってくる。言語化されない飲み会のテンポ、ゴルフの雑談、失敗の美学、親の話の匂い。学歴と就職はあるのにホームじゃない。常にアウェー。常に実況席で自分を俯瞰してる。セルフ男子校の延長戦。
飲み会で「親御さん何されてるんですか?」って聞かれた瞬間の気圧理論崩壊。チャージスポット切れ。答えられない。答えても「へぇ~」で終わるあの空気。魂の格で負けてるのがバレバレ。
一方で、地元に戻ると「もう違う世界の人」扱い。話が合わないとかじゃなくて、戻る理由が完全に消滅してる。結果、会社にも地元にも所属できない。浮遊霊。カースト移動の亡霊。
これを「自己責任」で片づけるのは簡単だし、「気にしすぎだろ」で済ませる奴らはだいたいs出身の余裕組だろ。ここで発狂界隈特有の被害者意識がギュッと発動。たまらないわ。
で、予後が悪い。マジで暗い。なぜならあの就活成功体験が「再現不能」だから。もう一度同じ奇跡起こせと言われても材料ゼロ。なのに上司や親は「次は昇進だろ」「転職してもっと上狙えよ」前提で期待かけてくる。期待に応えるたびに内部で何かが削れて、ヌクモリンすら残らない。
たぶん一番キツいのは、「大手入った」こと自体がずっと疑われ続ける点だろ。自分からも他人からも。就職ロンダリング成功しても、心はロンダリングされない。アンティーク理論のまま。魂の格はtの公遺症が染みついたまま。エリサラ馬力稼いでも、世界ランク理論で下位確定。
※追記
もちろん全員がそうじゃない。うまく適応して軽やかにエリサラライフ楽しんでるt出身kもいる。でもそういう奴らはだいたいこの文章最後まで読まない。ここまで読んでしまったお前ら、つまり私たち。予後悪い組。
これはtを腐す話でもエリサラを神格化する話でもない。「就職でカースト移動した人間の後遺症」の話だ。治らないけど、症状は共有できる。共有できるだけで、今日は少しだけ鷲谷内海で耐えられる。和歌李真下。湯茶駄め四。
誰か困ってるかもって思って、届けたの。
それだけ。
本当にそれだけのつもりだったのに。
そしたらちょうど落とし主らしき弱者男性がいて、私から財布を奪い取って、開口一番
「金がなくなってる」
その瞬間、胸がギュッとして息が止まった。
え、え、なにそれ?って頭が真っ白になった。
こっちは善意で届けただけなのに、なんで泥棒扱いされなきゃいけないの。
しかもその男、ニヤニヤしながら 自分股間を指差して、小声で「どうすればいいか分かるよな?」って言ってきた。
吐き気がした。
オエッって喉が込み上げた。
怖くて声が出なかった。
悔しくて涙が出た。
ずっと震えてる。
なんで?どうして?って頭の中でぐるぐる回ってる。
まじでどうなってんの、世の中。
人助けなんて、もう二度としない。
ありえないんだけど。本当に。
朝の空気というものは、本来すがすがしいらしいけれど、私にとっては単なる演出でしかない。
名家ルヴェリエ家の令嬢たる私、アメリアは、今日も執事セドリックが操る馬車――最新式の魔導車輪装置付き――で学院へ向かっていた。
膝の上には、婚約者レオン様のために「私が手作りしたことにしている」昼食弁当。
指先ひとつ動かしていないのに「手作り」になるのだから、令嬢とは便利な職業である。
そうして道を進んでいると、前方で妙に丸いお腹を抱えた女性がよろめいているのが見えた。妊婦だろうか。道端で苦しんでいるように見え、演出としては完璧だ。
「止めて、セドリック。助けるわ」
「……ありません」
馬車を降りると、妊婦らしき女性がこちらを向いた。次の瞬間、彼女の腹が破裂するように膨らみ、皮膚が裂け、紫色の眼球がずるりと覗いた。
……どう考えても妊婦ではなかった。
私は優雅に一歩さがったが、その化け物は触手の束を一斉に伸ばしてきた。
「お嬢様っっ!!」
セドリックが私を突き飛ばし、魔法陣を展開した。青い閃光が触手を焼き払い、化け物は黒焦げの肉塊となって崩れた。
しかし――
「ぐっ……!」
セドリックの腕は赤く裂け、骨が一部見えていた。まったく、困ったわね。
私は地面に倒れ込んだ自分の肘を見た。
ほんのちょっと擦りむけて血がにじんでいる。
非常に痛い。
世界一痛い。
「みんな聞いて!!」
周囲の野次馬に向かって私は叫んだ。
「この執事、私を突き飛ばしたの!暴力よ!令嬢の私を傷つけたのよ!!」
「言い訳しないで!!弱者男性のあなたが私を押したせいで、私はこんな大怪我を……!!」
魔王戦争以降、国民に施された忠誠心強化の洗脳術式が刺激されるとこうなる。
「令嬢を傷つけた罪……拘束しろ」
「許されない……守れない執事など……」
「お嬢様、待ってください、本当に誤解――ぐっ……!」
その声を聞きながら、私は肘の傷にそっと触れた。
すると傷口が淡く光り、逆流するように皮膚が再生していく。
はじめに。
内容はまったく肯定的でないです。
本文中、主語がざっくりしている箇所がありますが、この文章の目的上、「アニメ銀八を楽しめていない〇〇」であることを含みおき下さい。
楽しんでご覧になっている方や、銀八や銀魂が大好きで面白い面白くないは関係ないんだという方はご気分を害される内容のはずです。
自分自身の気持ちの整理や一感想として残しておくこと、また、同じように感じている方に届けばいいなと言う気持ちで書きました。
したがって、作文の程度は低いものですので、お目通しになる際は、可読性についてはご容赦ください。
よくある5段階評価を付けるなら、決して星2を超えない。
星1ではなく2なのは、声優さんの演技や製作の苦労といった、クリエイターへの“同情”から。
まるちばーす祭りもライビュを昼と夜の両方見に行ったり、銀八放映開始を本当に楽しみにしていた。
それがどうして低評価となったのか。
Xやレビューサイトで評判を調べれば、多くの人が次のように口を揃えている。
「テンポが悪い」
賛同する。
「ギャグが滑っている」
「銀魂本編のノリと違う」
これも確かに言える。
何故こんなふうに言われるのか。
まず、『銀八先生』シリーズの原作小説は空知先生ではなく、大崎知仁先生が著されている。
ギャグの雰囲気に違いを感じる人がいるのは、書いている人が異なるためもあろうと理解できるが、私が読んだのはシリーズの折り返しまでであるものの、原作小説も十分“楽しめる”内容とクオリティだった。空知先生も「(ノベライズの内容は)銀魂そのものだ。自分の代わりに大崎先生に書いてもらうことにする」と冗談めかしながらも太鼓判を押していたくらい。
元は普通の小説を書かれる作家さんであることは、銀八本文内の表現や言い回しに滲んでいる。だから、文体をあえてここまで落として、よくあのハチャメチャな作風を文字として表現できたなと、私は銀八原作小説を結構高く評価している。私が読んだのが半ばで止まっているのは、その“あえて落とされた文体”が個人的に合わず、読むのに大変な体力を使うからで、内容の退屈さからではない。
なので「原作小説からそもそも面白くなかった」という声は、この若年層向けの文体が合わなかったものではないかと推察している。こう言っているのは、高校生以上の読書慣れした人が多いのではないか。小中学生なら取っ付きやすくハードルの低い文体だと思う。
だから「ギャグが滑って」「面白みを感じない」のは、場面転換や時間経過表現、セリフとセリフの間の妙なテンポの悪さが寒々しいからではないだろうか。その寒い所へBGMのアシストもないので、笑わせるつもりのネタも響いていかない。そうして場がシラケるような気まずさを視聴者に与えるのだろうと思った。
では、何故テンポが悪いのか。
文字ベースの原作小説をアニメにすると恐らく尺がギュッとして足りなくなる。これを30分枠で一本の作りにしているため、間が持たずタラタラしてしまうのではないだろうか。
割り切ってAパートとBパートで分ける、クレしんのような形式にすればここまで間延びはしなかったのではないか。何話目か忘れたが、この構成の週は間延び感が緩和されて感じたので、的外れな発想ではないように思う。
さらに、原作小説そのままでは尺が足りないのであれば、元を削るようなことはせず、アニオリはその不足分を充填する要素として用いればいいのに、何故か原作小説の内容を削ってアニオリを入れてくる。これが面白いなら構わないが、面白くないから賛否別れるハメになっている。
複数のレビューで同様に見られた表現が「二次創作みたい」というもの。これには唸った。
例えば2話か3話のアバンで、銀八が生徒らが幼児化や獣化する白昼夢を見る。正直公式のアニメにそういう供給は求めてない。
見るのはオタクばかりじゃない。天下のWJの目玉漫画でギャグの人気が高いんだから、漫画が好きな普通の人たちも読んでいたしアニメも見ている。評判を調べていても「懐かしいと思って見てみた」という人も多い。
そうした需要の様相に対して、特定の、狭いニーズに向けたようにも感じられるショタ化ロリ化、ケモ化といったイロモノネタは面白くないどころか笑えないとさえ思える。
銀魂アニメのアニオリは、いい意味で、空知先生と同年代か少し上のおじさんたちが、おじさんホイホイやキワキワの下ネタでアニオリを突っ込んでくれていたので、作品との相性が良かった。しかし今回は監督も脚本も女性で、恐らくそうした方面への解像度が以前の上流工程陣ほど高まりにくいのではないだろうか。
銀魂アニメの監督さんたちは現在50代前後の男性で、彼らの子供時代にはまだ家庭科授業は女子だけというような区分があった。男女で見えるもの、培えるものに今よりも差があったことは想像しやすい。
加えて、キャラクターの扱いや動かし方といったものも雑だ。分かりやすいところだと高杉や土方。
頬をこけさせ好物を吸引する土方が、バケモノのように揶揄され、その姿をくどく使いまわしていたところや、ギャグを放とうとして滑り散らかす高杉というネタも、それしか弾がないかのように繰り返し繰り返しで、大変しつこかった。大抵の繰り返しネタは二回、内容や出来によっては三回程度なら繰り返していいが、この浅さで動かされるキャラクターネタを二度三度見せられるのは御免だと思った。
深夜放送とはいえ学園設定、学生ものであるゆえに、昨今のコンプラ意識の変容による縛りを余儀なくされ、表現の幅・深度に制約があることも考えられるが、どちらにせよ、アニオリ部分に面白みを感じられない。
「そういうのは二次創作でやる」というやつだと思う。公式なら、ちゃんとキャラを動かしてほしい。
従って、全体的に惜しさ、つまらなさ、退屈さ、以前のアニメとの差異を覚える流れは以下のセットだと推測。
音の乏しさ。テンポのもたつき。イマイチ乗らない視聴者の気持ち。シラけ、空回りした空気。キャラクターの掘り下げの甘いネタ。さらにシラケる視聴者の心。以下ループ。
声優さんの変わらない演技とプロ意識、及第的な作画で体面は保たれているが、原作小説の履修、未履修に関わらず、自然のうちに期待のハードルが上がっていたものが銀八アニメでは叶えられなかったということなのだと思う。ましてや、まるちばーす祭りなど、公式サイドが気流を上げまくっているのだから、期待値とともにハードルは上がって当然だ。
1話のアバンでも確かにこの事については触れていた。「渡されたバトンが重い」と。
でもね、と。
これについても言及したい。
プロが、クオリティの担保をできないことを、いくらやりたい放題ギャグ作品であろうと、「別物だと思って」と言い訳めいた建前を設けたことには、はっきり拒否感情を覚える。
確かにメタさは銀魂の醍醐味のひとつだ。けれど、これまでよくネタにされてきた、オマージュをやって色んな偉い人に怒られたというメタエピソードは、視聴者を楽しませるためにギリギリアウトのことまでした結果、BtoB的にはひんしゅくを買ったという話なのであり、今回のように、BtoCで十分な提供が出来ないことを言い訳がましく置き石するようなネタとは性質を全く異にする。例えば環境が整えられる状況でなかったとか、無理な予算や納期で進行していたという話はエンドユーザーには関係の無い話である。製作者らで談義したり解決すべき話なのであり、消費者をそれに巻き込まないでもらいたい。
ちなみに、銀魂アニメの時のような、外部のひんしゅくを招きかねないリスクを再びなぞってほしいと言っているのではない。あれらの話は、何度頭を丸めようが、額を床に擦りつけようが、立ち続けられたプロデューサー、その他製作の偉い方々の多大なる自己犠牲の上に成り立っていた。彼らが笑い話として盛り込んでいても、それはご本人の類い稀なる胆力、相手方や周囲の理解と協力によって我々に届けられていた。だから、また同じことをして笑わせろと要求している訳では無いことだけは、忘れずに言い置いておきたい。
山崎ががんばる話でした。地上波でもつい先日放送されたみたいですね。
妊娠の報告をしたんだよ。
そしたらさ、一瞬びっくりしたみたいに目を見開いて、笑いながら「妊娠おめでとう」って言ったの。
え、は? ってなった。
その瞬間わたし、悔しくて涙が出た。
こっちは勇気出して言ってるのに、なんでそんな笑い方なの。
オエッて喉の奥が変な感じになった。
「え、今の普通にマタハラなんですけど」って思わず言いそうになった。
だって本当にそうなんだよ。
まさか自分が職場で性加害みたいな扱い受けるなんて思わないじゃん。
女性の身体や人生に関わることなのに、なんでこんなに雑に扱われるの。
しかも職場では、日頃から性的搾取みたいな価値観の創作物が当然のように横行しててさ。
影響されてるとしか思えない態度が平然と出てくるのが本当に無理。
なのに、この国ではまだそれすら安全にできないのかって思ったよ。
今朝も当然のように、執事ロベルトに車で送迎してもらっていた。けれど今日は少し眠い。というのも、婚約者のお弁当を作っていたせいで寝不足だったからだ。
……まあ実際には、大半を使用人に作らせたんだけど。
でも、サンドイッチや簡単なものくらいなら私にも作れるし、「婚約者のために手作りしてあげる健気な令嬢」を周囲にアピールする重要な儀式でもある。義務的な結婚で愛情なんてないに等しいけど、役目は果たすつもりでいる。
そうして車に揺られていた時、道の途中で妊婦らしき女性が歩道でうずくまり、苦しそうにしているのが見えた。
「ロベルト、止めて。降ろしなさい」
「お嬢様!?」
後ろで慌てる声が聞こえたが、無視。
私は妊婦へ駆け寄り、「どうしましたか? 具合が悪いのですか?」と声をかけた。
その瞬間だった。
何事!? と身を引く間もなく、妊婦の腹がぶち破れ、中から大量の触手が飛び出した。
ロベルトが勢いよく私を突き飛ばし、その代わりに彼の体へ触手が何本も突き刺さった。
「ロベルト!?」
「フィアフルフレア!!」
炎が迸り、触手の化け物──妙にチー牛めいた顔の何か──は燃え尽きた。
ロベルトは息を切らしながら私を振り返り、
「お嬢様……ご無事ですか……?」
と尋ねた。
確かに私は無事。
ただし、突き飛ばされたせいで手に擦り傷ができていた。
それを見た瞬間、怒りがこみ上げてきた。
「誰か助けて! この男に突き飛ばされました!!」
周囲にいた下級国民たちが一斉にロベルトへ襲いかかり、彼を取り押さえ始めた。
悲鳴のような声が聞こえた気がしたが、私は振り返らなかった。
歩いてその場を去っただけだ。
だって──
誰か困ってるかもって思って、カウンターに届けたの。
それだけ。
本当にそれだけのつもりだったのに。
そしたらちょうど落とし主らしき男がいて、私から財布を奪い取って、中身確認して、開口一番
「金がなくなってるんだけど」
その瞬間、胸がギュッとして息が止まった。
え、え、なにそれ?って頭が真っ白になった。
こっちは善意で届けただけなのに、なんで泥棒扱いされなきゃいけないの。
しかもその男、ニヤニヤしながら 股間を指差して、小声で「どうすればいいか分かるよな?」って言ってきた。
吐き気がした。
オエッって喉が込み上げた。
怖くて声が出なかった。
悔しくて涙が出た。
ずっと震えてる。
なんで?どうして?って頭の中でぐるぐる回ってる。
まじでどうなってんの、世の中。
人助けなんて、もう二度としない。
ありえないんだけど。本当に。
なんで……なんで胸だけなんだろう。
もっと普通で、もっと自然で、もっと、笑い方とか歩き方とか、そういうところで愛されるべきキャラだった。
なのに、ある日突然…「売れるから」という理由だけで身体を改造されたみたいに、胸だけが不自然に膨らんで、設定も違和感だらけになって、キャラとしての人生まで塗り替えられてしまって。
それを見た瞬間、涙が勝手に出てきた。
胸の奥がギュッて痛くなって、苦しくなって、目の前が滲んで、画面の中のその子が助けを求めてる気がしたんだ。
「そんな身体、望んでないよ」って。
笑ってほしかった。
なのに、胸のサイズで評価される世界のルールの中に閉じ込められて、奇形に変形させられてしまった。
「性的に扱ってもいい」
そんな空気がまるで当然みたいに蔓延している社会で、その子の尊厳だけが後回しにされていく。
…なんで、そこまでしないと売れないの?
どれだけ泣いても、胸を盛れば笑って許せると思われているの?
読者は——作品を楽しみたいだけなのに。
子どもが読む雑誌にすら、胸の強調と色気ばかり押しつける世界で、「なんでこんなの見せられるの?」って泣いてる子も絶対いるのに。
それでもまだ変わらないんだね。
胸を大きくすれば成功っていうルールは、キャラを削り、作品を削り、読者の気持ちまで削りながら続いていく。
作品の中で一番大切なはずのキャラが、いちばん尊重されていない。
胸を盛られたその子の笑顔を見るたび、泣きながら訴えている声が聞こえる気がする。
その声が聞こえるたび、胸の奥がギュッと締め付けられて、嗚咽しそうなくらい悔しくなるんだ。
エンターテイメントサービス精神旺盛のジェームズ・ガン映画だった。84点
この映画は失敗作といっていいと思う。
いろんな要素はあるけど根本は2つ。
1について。
これら2つはレックス・ルーサーが糸を引いているのだが、映画内では特にコネクトしない。
1は「現代のスーパーヒーローが本当に救うべきなのは誰なのか」という問いかけ。
2は「スーパーヒーローがスーパーパワーで世界の危機を救う」というお約束。
そしてこれらをうまくコネクトできていないことで、作中でこの大きな2つの主題を別々でこなす必要に迫られている上に、SNSでの攻撃、陰謀論、現代にスーパーヒーローが考えるべきこと、移民問題と現代映画で語るべきことをすべて盛り込んでいるので作品がめちゃくちゃ忙しくなっている。
2について。
ガンは露悪の作家であり、チームの、最低でもコンビの作家である。
その特性はスーパーマンと食い合わせがすごい悪い。スーパーマンは完全に善意の人だし、一人で戦う。
そこでガンはスーパー犬のクリプトとジャスティスギャングを投入した。
おそらくクリプトだけならまだ大丈夫だっただろうけど、露悪でチームの作家であるガンのよさを一番引き出せるジャスティスギャングを出さないということはガン的に難しかったのだと思うのだが、その結果、彼らの見どころをちゃんとたっぷりつくらないと行けなくなった。
実際彼らはめちゃくちゃ魅力的だ。ガイ・ガードナーは下品でバカだけどナイスガイだし、ホークガールはイカれてるし、テリフィックは天才不憫で着てるジャケットに「FAIR PLAY」とデカデカと書かれているのもイカす。そして全員めちゃくちゃ強いくて格好いい。
だが、その結果、やっぱり映画がめちゃくちゃ忙しくなっている。
2つの問題の共通点は「作品がめちゃくちゃ忙しくなっている」ことだ。
特にこれは冒頭40分くらいに顕著で、
・スーパーマン談義
とこれだけで十分映画一本撮れるだろ!という内容がギュッとされている。
実際、トレーラーに出てくる「面白そう」なシーンはほぼここに全部入ってる。
その結果、全てのシーンにタメも余韻もなく「スーパーヒーロー映画RTA」のようになってしまっている。
エンタメ要素だけ見れば十分満足できるんだけど、サクサクすぎて印象に残らない。
コース料理食べに行ったら5分毎に次の料理が出てくる感じ。急ぎすぎィ!まだ子供が食べてるでしょうが!
まぁ大バッシング後からちょっとずつ話が落ち着いてきて最終的にはいいテンポになるんだけど、この序盤は面白シーン連発のはずなのに全然アガらず、逆になんか盛り下がってしまった。
皆様ご存じ系ヒーローのオリジンどうする問題を今回は「冒頭3分で全部ナレーションでやる」という力業で解決しているのだけれど、それでも私たちは「今回のスーパーマンはどんな人なの?」ということはわかんないわけ。初戦でボコボコにされてそれをタコス屋のおっちゃん(後にキーマンになる)に助けられる展開がある。トレーラーでも印象的に扱われていたシーン。そこで、この人は前に助けた人なんだよと説明があるんだけど、そのシーン見たかったわ~説明だけじゃ感情移入できないわ~ってどうしてもなっちゃう。
登場人物を増やしていろんな設定を盛り込んで全部消化しようとした結果、どれも美味しいはずなのにちょっと食い足りない感じになってるのはスゴイもったいない。やっぱりジャスティスギャングは次回以降か、SVBのワンダーウーマンみたいに最終戦で助けに来るみたいな感じでよかったんじゃないかと思う。
後はトレーラーでも印象的に扱われていた少年がスーパーマンの旗を掲げるシーン。あそこで初代スーパーマンのテーマが流れて流石にエモすぎるだろ!となった結果、どうなるのかというところ。あそこはガンによる「世界をスーパーマン一人に背負わせない」というポジティブなメッセージとDCUの世界観説明として完璧に機能していると同時に、さすがにあのエモさでガン特有の「ズラし」をするのは違うんじゃないかという両面でモヤモヤした。
今作ではスーパーマンの真の使命として「地球で愚かな民を支配し、種付けしまくれ!」と両親が言っていたことが明らかになりこれによってスーパーマンはバッシングされ収監されることになる。しかしスーパーマンはそのことを知らず「自分は確かにエイリアン(移民)だが、この国で育ってこの国を愛している。誰から生まれてそいつがなにを言ってるかなんか関係ないんじゃないか」という移民バッシング批判とガンの命題である「家族という呪いからの脱却」へのアンサーを出していて、これ自体はガンらしくてよかった。
SNSでスーパーマン批判キャンペーンを展開しているのがガチのおさるさんだというのもSNSでディズニーを一度は追い出されたガンらしい皮肉が効いていてよい。
あと、やっぱクリプトね。スーパーマンレベルの力を持った犬なんだけど、マジで犬。しかもバカな犬。かわいいバカ犬。クリプト見るためだけにこの映画見ていいまである。クリプトをこうしたのガン天才やと思うわ。
そしてレックス・ルーサーとかいうめちゃくちゃ一般人な天才。増田やってそう(ヘイトスピーチ)。今作では基本的にスーパーマンを圧倒する頭脳を見せるのに、ウルトラマンの操作をコマンド式にしたり、国を買い取って自分の王国を作ろうとしてたり、ブロンドで乳がデカいバカ女ばっかりと付き合ってるし、スーパーマンを憎むのは「あいつばっかりちやほやされてムカツク」という承認欲求から。そして最終的にクリプトにボコボコにされて泣き出しちゃう。か、かわいい。ニコラス・ホルト天才やな。
ガン映画の一番の魅力である登場人物のすばらしさに関しては言うことなし。満点。
GotGで見せたアクションの面白さも健在だし、エンタメ映画として必要なものは高い水準で全部入ってる。
この映画は俺は失敗だと思ってるけど、面白い映画を見たいなら絶対に見るべきだと思う。
なんか失敗扱いになっちゃったけど俺はDCEUも好きだったし、DCUも応援したい。今のところ全部面白いし。
今作はDCU最初の映画ということでいろいろ無理やり詰め込んだ結果こうなっちゃったのかなとも思うし、今後しっかり腰を据えた映画がこのクオリティで作られていくことを期待したい。
「端っこ」とは、単なる両端のイレギュラーではない。それは、必然されど意図せず生み出される最高の特等席であり、選ばれし者のみが手にできる栄光である。
食べ物の「端っこ」は、真ん中とは一線を画す特異な美味しさを持っている。
カリッ、ザクッ! 焼き菓子やパンの耳は、熱に最もさらされ、その結果、他にはない香ばしい歯ごたえを獲得する。このカリカリ感こそ、端っこ好きの特権である。
濃厚な味わいの凝縮! カステラや羊羹の切れ端には、蜜や素材の風味がギュッと閉じ込められている。真ん中の上品さとは違う、力強い素朴な美味しさがある。
具材の氾濫! 巻き寿司や卵焼きの端っこは、具がはみ出さんばかりに詰まっている。この「不恰好だけどお得!」という豪快さが、心を躍らせる。
「端っこ」には、金銭的な価値を超えた、精神的な豊かさが詰まっている。
ひそやかなご褒美! 店頭に並ぶ「切れ端」「お徳用」の文字を見た時の、あの胸の高鳴り!最高品質のものを、こっそり安価に手に入れられる喜びは、何物にも代えがたい。
選ばれし者の特等席! 混雑する電車内でたまたま座席の「端っこ」をゲットできた時の、小さな勝利感!その場所が、あなたにとって最も落ち着くプライベート空間になるのである。
そして「端っこ」は、いつも私たちに安心と調和を与えてくれる。
集合写真で端に寄りがち、トイレの端の個室に入る、といった習性からもわかるように、人は「端っこ」に身を置くことで、世界と適度な距離を取り、静かな安心感を得る。
決して華々しい中心にはないが、中心もまた端っこがなければ成り立たない。世界を完成させるためには欠かせない存在。その謙虚な役割こそが、端っこの持つ最も奥ゆかしい魅力である。
ちゃんとした給料払える会社を維持できる稼ぎがタレントにあるんだったら固定給じゃなくて歩合のほうが美味しいだろうし、歩合じゃ食っていけない規模しかないタレントばっか抱えてるんだったらそもそもまともな固定給払えない。
大手声優事務所や芸能事務所みたいに「バカみたいに稼いでいる先達」から「普通に稼いでるやつ」「あんま稼げてないやつ」とグラデーションがあって上位層が全体食わせられるくらい稼いでるなら底のほうの奴らを固定給で支えるって構造が取れるけど、今のVtuberの事務所でその規模でやれてるところなんかほとんどないでしょ。
にじホロぶいすぽなんかはコンテンツ事業に力を入れてそこの安定化を図ってるけどそもそもそこで本人たちが必死に稼がなくても安定して稼げるようになるにはそもそも本人たちの数字が高い必要があって本人たちの数字が高いんだったら固定給にする必要ないし、人気事務所が固定給じゃなきゃやってられん奴らを入れる必要もない。
めちゃくちゃ稼げてる奴らが稼げてる事務所にギュッと集まってる状況がある限り、固定給で安定したVtuber活動なんてのは難しいと思うわ。あるとしたら中東の富豪が趣味でVtuber事務所やるとかそういうパターン。SNKみたいな。
まず鏡を見ろ。そこに映ってるのは「昨日と同じ自分」だ。つまり何も変わってねぇ。寝て起きただけで人間がマシになると思うな。
人生は「更新」じゃなくて「再起動」だ。CPUが焼けるくらい負荷をかけなきゃ、お前の脳は永遠に省電力モードのままだ。
冷水を浴びろ。ぬるま湯は人生の敵だ。あの一瞬の冷たさに耐えられない奴が、社会の冷たさに耐えられるわけがない。
心臓がギュッと縮む感覚こそ、生きてる証拠だ。交感神経を叩き起こせ。体を震わせろ。震えながら「まだ死ねない」と思え。
ランニングに行け。走る理由なんていらねぇ。「やりたくない」が出た瞬間に走るんだ。理由を探すな。走るやつはもう勝ってる。
脳が「無理」と言っても、脚は前に出せる。限界は思考が勝手に決めてるだけだ。足の裏で地面を叩け。「俺はここにいる」と地球に刻みつけろ。
飯を食え。だが犬みたいに食うな。感謝しろ。タンパク質、炭水化物、脂質、全部、燃料だ。栄養は感情じゃなくて設計だ。
お前の体は偶然でできてねぇ。摂取も計算しろ。甘えた食事をしてるうちは、精神も糖分まみれだ。
気合を入れろ、という言葉を勘違いするな。気合とは声を張ることじゃない。「逃げない」という静かな決意のことだ。
大声で吠えてるだけの奴は犬だ。本物は黙って積む。黙って潰れる。黙って蘇る。
お前ら、今日もまた試されてるぞ。会社でも学校でも、誰もお前を褒めない。誰も助けない。
だがそれでいい。人生は「孤立耐性ゲーム」だ。孤独に慣れた奴だけが、他人を本当に導ける。