はてなキーワード: さしことは
こうなってくると何をいうても、直ぐそこへ持ってくるので話がゆきつまってしまう。二人の内でどちらか一人が、すこうしほんの僅かにでも押が強ければ、こんなに話がゆきつまるのではない。お互に心持は奥底まで解っているのだから、吉野紙を突破るほどにも力がありさえすれば、話の一歩を進めてお互に明放してしまうことが出来るのである。しかしながら真底からおぼこな二人は、その吉野紙を破るほどの押がないのである。またここで話の皮を切ってしまわねばならぬと云う様な、はっきりした意識も勿論ないのだ。言わば未まだ取止めのない卵的の恋であるから、少しく心の力が必要な所へくると話がゆきつまってしまうのである。
お互に自分で話し出しては自分が極りわるくなる様なことを繰返しつつ幾町かの道を歩いた。詞数こそ少なけれ、その詞の奥には二人共に無量の思いを包んで、極りがわるい感情の中には何とも云えない深き愉快を湛えて居る。それでいわゆる足も空に、いつしか田圃も通りこし、山路へ這入った。今度は民子が心を取り直したらしく鮮かな声で、
「政夫さん、もう半分道来ましてしょうか。大長柵おおながさくへは一里に遠いッて云いましたねイ」
「そうです、一里半には近いそうだが、もう半分の余来ましたろうよ。少し休みましょうか」
「わたし休まなくとも、ようございますが、早速お母さんの罰があたって、薄すすきの葉でこんなに手を切りました。ちょいとこれで結わえて下さいな」
親指の中ほどで疵きずは少しだが、血が意外に出た。僕は早速紙を裂いて結わえてやる。民子が両手を赤くしているのを見た時非常にかわいそうであった。こんな山の中で休むより、畑へ往いってから休もうというので、今度は民子を先に僕が後になって急ぐ。八時少し過ぎと思う時分に大長柵の畑へ着いた。
十年許り前に親父おやじが未だ達者な時分、隣村の親戚から頼まれて余儀なく買ったのだそうで、畑が八反と山林が二町ほどここにあるのである。この辺一体に高台は皆山林でその間の柵が畑になって居る。越石こしこくを持っていると云えば、世間体はよいけど、手間ばかり掛って割に合わないといつも母が言ってる畑だ。
三方林で囲まれ、南が開いて余所よその畑とつづいている。北が高く南が低い傾斜こうばいになっている。母の推察通り、棉は末にはなっているが、風が吹いたら溢れるかと思うほど棉はえんでいる。点々として畑中白くなっているその棉に朝日がさしていると目まぶしい様に綺麗だ。
民子は女だけに、棉の綺麗にえんでるのを見て嬉しそうにそう云った。畑の真中ほどに桐の樹が二本繁っている。葉が落ちかけて居るけれど、十月の熱を凌しのぐには十分だ。ここへあたりの黍殻きびがらを寄せて二人が陣どる。弁当包みを枝へ釣る。天気のよいのに山路を急いだから、汗ばんで熱い。着物を一枚ずつ脱ぐ。風を懐ふところへ入れ足を展のばして休む。青ぎった空に翠みどりの松林、百舌もずもどこかで鳴いている。声の響くほど山は静かなのだ。天と地との間で広い畑の真ン中に二人が話をしているのである。
「ほんとに民子さん、きょうというきょうは極楽の様な日ですねイ」
顔から頸から汗を拭いた跡のつやつやしさ、今更に民子の横顔を見た。
「そうですねイ、わたし何だか夢の様な気がするの。今朝家うちを出る時はほんとに極りが悪くて……嫂ねえさんには変な眼つきで視られる、お増には冷かされる、私はのぼせてしまいました。政夫さんは平気でいるから憎らしかったわ」
「僕だって平気なもんですか。村の奴らに逢うのがいやだから、僕は一足先に出て銀杏の下で民さんを待っていたんでさア。それはそうと、民さん、今日はほんとに面白く遊ぼうね。僕は来月は学校へ行くんだし、今月とて十五日しかないし、二人でしみじみ話の出来る様なことはこれから先はむずかしい。あわれッぽいこと云うようだけど、二人の中も今日だけかしらと思うのよ。ねイ民さん……」
「そりゃア政夫さん、私は道々そればかり考えて来ました。私がさっきほんとに情なくなってと言ったら、政夫さんは笑っておしまいなしたけど……」
面白く遊ぼう遊ぼう言うても、話を始めると直ぐにこうなってしまう。民子は涙を拭うた様であった。ちょうどよくそこへ馬が見えてきた。西側の山路から、がさがさ笹にさわる音がして、薪たきぎをつけた馬を引いて頬冠ほおかむりの男が出て来た。よく見ると意外にも村の常吉である。この奴はいつか向うのお浜に民子を遊びに連れだしてくれと頻しきりに頼んだという奴だ。いやな野郎がきやがったなと思うていると、
「や政夫さん。コンチャどうも結構なお天気ですな。今日は御夫婦で棉採りかな。洒落しゃれてますね。アハハハハハ」
「ハア吾々なんざア駄賃取りでもして適たまに一盃いっぱいやるより外に楽しみもないんですからな。民子さん、いやに見せつけますね。余あんまり罪ですぜ。アハハハハハ」
この野郎失敬なと思ったけれど、吾々も余り威張れる身でもなし、笑いとぼけて常吉をやり過ごした。
「馬鹿野郎、実に厭なやつだ。さア民さん、始めましょう。ほんとに民さん、元気をお直しよ。そんなにくよくよおしでないよ。僕は学校へ行ったて千葉だもの、盆正月の外にも来ようと思えば土曜の晩かけて日曜に来られるさ……」
「ほんとに済みません。泣面なきつらなどして。あの常さんて男、何といういやな人でしょう」
民子は襷掛け僕はシャツに肩を脱いで一心に採って三時間ばかりの間に七分通り片づけてしまった。もう跡はわけがないから弁当にしようということにして桐の蔭に戻る。僕はかねて用意の水筒を持って、
「民さん、僕は水を汲くんで来ますから、留守番を頼みます。帰りに『えびづる』や『あけび』をうんと土産みやげに採って来ます」
「私は一人で居るのはいやだ。政夫さん、一所に連れてって下さい。さっきの様な人にでも来られたら大変ですもの」
「だって民さん、向うの山を一つ越して先ですよ、清水しみずのある所は。道という様な道もなくて、それこそ茨いばらや薄すすきで足が疵だらけになりますよ。水がなくちゃ弁当が食べられないから、困ったなア、民さん、待っていられるでしょう」
「政夫さん、後生だから連れて行って下さい。あなたが歩ける道なら私にも歩けます。一人でここにいるのはわたしゃどうしても……」
「民さんは山へ来たら大変だだッ児になりましたネー。それじゃ一所に行きましょう」
弁当は棉の中へ隠し、着物はてんでに着てしまって出掛ける。民子は頻りに、にこにこしている。端はたから見たならば、馬鹿馬鹿しくも見苦しくもあろうけれど、本人同志の身にとっては、そのらちもなき押問答の内にも限りなき嬉しみを感ずるのである。高くもないけど道のない所をゆくのであるから、笹原を押分け樹の根につかまり、崖を攀よずる。しばしば民子の手を採って曳ひいてやる。
近く二三日以来の二人の感情では、民子が求めるならば僕はどんなことでも拒まれない、また僕が求めるならやはりどんなことでも民子は決して拒みはしない。そういう間柄でありつつも、飽くまで臆病に飽くまで気の小さな両人ふたりは、嘗かつて一度も有意味に手などを採ったことはなかった。しかるに今日は偶然の事から屡手を採り合うに至った。這辺このへんの一種云うべからざる愉快な感情は経験ある人にして初めて語ることが出来る。
「民さん、ここまでくれば、清水はあすこに見えます。これから僕が一人で行ってくるからここに待って居なさい。僕が見えて居たら居られるでしょう」
「ほんとに政夫さんの御厄介ですね……そんなにだだを言っては済まないから、ここで待ちましょう。あらア野葡萄えびづるがあった」
僕は水を汲んでの帰りに、水筒は腰に結いつけ、あたりを少し許り探って、『あけび』四五十と野葡萄一もくさを採り、竜胆りんどうの花の美しいのを五六本見つけて帰ってきた。帰りは下りだから無造作に二人で降りる。畑へ出口で僕は春蘭しゅんらんの大きいのを見つけた。
「民さん、僕は一寸『アックリ』を掘ってゆくから、この『あけび』と『えびづる』を持って行って下さい」
「『アックリ』てなにい。あらア春蘭じゃありませんか」
「民さんは町場もんですから、春蘭などと品のよいこと仰おっしゃるのです。矢切の百姓なんぞは『アックリ』と申しましてね、皸あかぎれの薬に致します。ハハハハ」
「あらア口の悪いこと。政夫さんは、きょうはほんとに口が悪くなったよ」
山の弁当と云えば、土地の者は一般に楽しみの一つとしてある。何か生理上の理由でもあるか知らんが、とにかく、山の仕事をしてやがてたべる弁当が不思議とうまいことは誰も云う所だ。今吾々二人は新らしき清水を汲み来り母の心を籠こめた弁当を分けつつたべるのである。興味の尋常でないは言うも愚おろかな次第だ。僕は『あけび』を好み民子は野葡萄をたべつつしばらく話をする。
民子は笑いながら、
「政夫さんは皸の薬に『アックリ』とやらを採ってきて学校へお持ちになるの。学校で皸がきれたらおかしいでしょうね……」
僕は真面目に、
「なアにこれはお増にやるのさ。お増はもうとうに皸を切らしているでしょう。この間も湯に這入る時にお増が火を焚たきにきて非常に皸を痛がっているから、その内に僕が山へ行ったら『アックリ』を採ってきてやると言ったのさ」
「まアあなたは親切な人ですことね……お増は蔭日向かげひなたのない憎気のない女ですから、私も仲好くしていたんですが、この頃は何となし私に突き当る様な事ばかし言って、何でもわたしを憎んでいますよ」
「アハハハ、それはお増どんが焼餅をやくのでさ。つまらんことにもすぐ焼餅を焼くのは、女の癖さ。僕がそら『アックリ』を採っていってお増にやると云えば、民さんがすぐに、まアあなたは親切な人とか何とか云うのと同じ訣わけさ」
「この人はいつのまにこんなに口がわるくなったのでしょう。何を言っても政夫さんにはかないやしない。いくら私だってお増が根も底もない焼もちだ位は承知していますよ……」
「実はお増も不憫ふびんな女よ。両親があんなことになりさえせねば、奉公人とまでなるのではない。親父は戦争で死ぬ、お袋はこれを嘆いたがもとでの病死、一人の兄がはずれものという訣で、とうとうあの始末。国家のために死んだ人の娘だもの、民さん、いたわってやらねばならない。あれでも民さん、あなたをば大変ほめているよ。意地曲りの嫂にこきつかわれるのだから一層かわいそうでさ」
「そりゃ政夫さん私もそう思って居ますさ。お母さんもよくそうおっしゃいました。つまらないものですけど何とかかとか分けてやってますが、また政夫さんの様に情深くされると……」
民子は云いさしてまた話を詰らしたが、桐の葉に包んで置いた竜胆の花を手に採って、急に話を転じた。
「こんな美しい花、いつ採ってお出でなして。りんどうはほんとによい花ですね。わたしりんどうがこんなに美しいとは知らなかったわ。わたし急にりんどうが好きになった。おオえエ花……」
花好きな民子は例の癖で、色白の顔にその紫紺の花を押しつける。やがて何を思いだしてか、ひとりでにこにこ笑いだした。
「民さん、なんです、そんなにひとりで笑って」
「政夫さんはりんどうの様な人だ」
「どうして」
「さアどうしてということはないけど、政夫さんは何がなし竜胆の様な風だからさ」
民子は言い終って顔をかくして笑った。
「民さんもよっぽど人が悪くなった。それでさっきの仇討あだうちという訣ですか。口真似なんか恐入りますナ。しかし民さんが野菊で僕が竜胆とは面白い対ですね。僕は悦よろこんでりんどうになります。それで民さんがりんどうを好きになってくれればなお嬉しい」
二人はこんならちもなき事いうて悦んでいた。秋の日足の短さ、日はようやく傾きそめる。さアとの掛声で棉もぎにかかる。午後の分は僅であったから一時間半ばかりでもぎ終えた。何やかやそれぞれまとめて番ニョに乗せ、二人で差しあいにかつぐ。民子を先に僕が後に、とぼとぼ畑を出掛けた時は、日は早く松の梢をかぎりかけた。
半分道も来たと思う頃は十三夜の月が、木この間まから影をさして尾花にゆらぐ風もなく、露の置くさえ見える様な夜になった。今朝は気がつかなかったが、道の西手に一段低い畑には、蕎麦そばの花が薄絹を曳き渡したように白く見える。こおろぎが寒げに鳴いているにも心とめずにはいられない。
「民さん、くたぶれたでしょう。どうせおそくなったんですから、この景色のよい所で少し休んで行きましょう」
「こんなにおそくなるなら、今少し急げばよかったに。家の人達にきっと何とか言われる。政夫さん、私はそれが心配になるわ」
「今更心配しても追おっつかないから、まア少し休みましょう。こんなに景色のよいことは滅多めったにありません。そんなに人に申訣のない様な悪いことはしないもの、民さん、心配することはないよ」
月あかりが斜にさしこんでいる道端の松の切株に二人は腰をかけた。目の先七八間の所は木の蔭で薄暗いがそれから向うは畑一ぱいに月がさして、蕎麦の花が際きわ立って白い。
「何というえい景色でしょう。政夫さん歌とか俳句とかいうものをやったら、こんなときに面白いことが云えるでしょうね。私ら様な無筆でもこんな時には心配も何も忘れますもの。政夫さん、あなた歌をおやんなさいよ」
「僕は実は少しやっているけど、むずかしくて容易に出来ないのさ。山畑の蕎麦の花に月がよくて、こおろぎが鳴くなどは実にえいですなア。民さん、これから二人で歌をやりましょうか」
お互に一つの心配を持つ身となった二人は、内に思うことが多くてかえって話は少ない。何となく覚束おぼつかない二人の行末、ここで少しく話をしたかったのだ。民子は勿論のこと、僕よりも一層話したかったに相違ないが、年の至らぬのと浮いた心のない二人は、なかなか差向いでそんな話は出来なかった。しばらくは無言でぼんやり時間を過ごすうちに、一列の雁がんが二人を促すかの様に空近く鳴いて通る。
ようやく田圃へ降りて銀杏の木が見えた時に、二人はまた同じ様に一種の感情が胸に湧いた。それは外でもない、何となく家に這入はいりづらいと言う心持である。這入りづらい訣はないと思うても、どうしても這入りづらい。躊躇ちゅうちょする暇もない、忽たちまち門前近く来てしまった。
「政夫さん……あなた先になって下さい。私極きまりわるくてしょうがないわ」
「よしとそれじゃ僕が先になろう」
僕は頗すこぶる勇気を鼓こし殊に平気な風を装うて門を這入った。家の人達は今夕飯最中で盛んに話が湧いているらしい。庭場の雨戸は未だ開いたなりに月が軒口までさし込んでいる。僕が咳払せきばらいを一ツやって庭場へ這入ると、台所の話はにわかに止んでしまった。民子は指の先で僕の肩を撞ついた。僕も承知しているのだ、今御膳会議で二人の噂が如何いかに盛んであったか。
宵祭ではあり十三夜ではあるので、家中表座敷へ揃そろうた時、母も奥から起きてきた。母は一通り二人の余り遅かったことを咎めて深くは言わなかったけれど、常とは全く違っていた。何か思っているらしく、少しも打解けない。これまでは口には小言を言うても、心中に疑わなかったのだが、今夜は口には余り言わないが、心では十分に二人に疑いを起したに違いない。民子はいよいよ小さくなって座敷中なかへは出ない。僕は山から採ってきた、あけびや野葡萄えびづるやを沢山座敷中じゅうへ並べ立てて、暗に僕がこんな事をして居たから遅くなったのだとの意を示し無言の弁解をやっても何のききめもない。誰一人それをそうと見るものはない。今夜は何の話にも僕等二人は除のけものにされる始末で、もはや二人は全く罪あるものと黙決されてしまったのである。
「お母さんがあんまり甘過ぎる。あアして居る二人を一所に山畑へやるとは目のないにもほどがある。はたでいくら心配してもお母さんがあれでは駄目だ」
これが台所会議の決定であったらしい。母の方でもいつまで児供と思っていたが誤りで、自分が悪かったという様な考えに今夜はなったのであろう。今更二人を叱って見ても仕方がない。なに政夫を学校へ遣やってしまいさえせば仔細しさいはないと母の心はちゃんときまって居るらしく、
「政や、お前はナ十一月へ入って直ぐ学校へやる積りであったけれど、そうしてぶらぶらして居ても為にならないから、お祭が終ったら、もう学校へゆくがよい。十七日にゆくとしろ……えいか、そのつもりで小支度して置け」
学校へゆくは固より僕の願い、十日や二十日早くとも遅くともそれに仔細はないが、この場合しかも今夜言渡いいわたしがあって見ると、二人は既に罪を犯したものと定められての仕置であるから、民子は勿論僕に取ってもすこぶる心苦しい処がある。実際二人はそれほどに堕落した訣でないから、頭からそうときめられては、聊いささか妙な心持がする。さりとて弁解の出来ることでもなし、また強いことを言える資格も実は無いのである。これが一ヶ月前であったらば、それはお母さん御無理だ、学校へ行くのは望みであるけど、科とがを着せられての仕置に学校へゆけとはあんまりでしょう……などと直ぐだだを言うのであるが、今夜はそんな我儘わがままを言えるほど無邪気ではない。全くの処、恋に陥ってしまっている。
あれほど可愛がられた一人の母に隠立てをする、何となく隔てを作って心のありたけを言い得ぬまでになっている。おのずから人前を憚はばかり、人前では殊更に二人がうとうとしく取りなす様になっている。かくまで私心わたくしごころが長じてきてどうして立派な口がきけよう。僕はただ一言いちごん、
「はア……」
と答えたきりなんにも言わず、母の言いつけに盲従する外はなかった。
「僕は学校へ往ってしまえばそれでよいけど、民さんは跡でどうなるだろうか」
不図ふとそう思って、そっと民子の方を見ると、お増が枝豆をあさってる後に、民子はうつむいて膝の上に襷たすきをこねくりつつ沈黙している。如何にも元気のない風で夜のせいか顔色も青白く見えた。民子の風を見て僕も俄に悲しくなって泣きたくなった。涙は瞼まぶたを伝って眼が曇った。なぜ悲しくなったか理由は判然はっきりしない。ただ民子が可哀相でならなくなったのである。民子と僕との楽しい関係もこの日の夜までは続かなく、十三日の昼の光と共に全く消えうせてしまった。嬉しいにつけても思いのたけは語りつくさず、憂き悲しいことについては勿論百分の一だも語りあわないで、二人の関係は闇やみの幕に這入ってしまったのである。
十四日は祭の初日でただ物せわしく日がくれた。お互に気のない風はしていても、手にせわしい仕事のあるばかりに、とにかく思い紛らすことが出来た。
十五日と十六日とは、食事の外用事もないままに、書室へ籠こもりとおしていた。ぼんやり机にもたれたなり何をするでもなく、また二人の関係をどうしようかという様なことすらも考えてはいない。ただ民子のことが頭に充ちているばかりで、極めて単純に民子を思うている外に考えは働いて居らぬ。この二日の間に民子と三四回は逢ったけれど、話も出来ず微笑を交換する元気もなく、うら淋しい心持を互に目に訴うるのみであった。二人の心持が今少しませて居ったならば、この二日の間にも将来の事など随分話し合うことが出来たのであろうけれど、しぶとい心持などは毛ほどもなかった二人には、その場合になかなかそんな事は出来なかった。それでも僕は十六日の午後になって、何とはなしに以下のような事を巻紙へ書いて、日暮に一寸来た民子に僕が居なくなってから見てくれと云って渡した。
朝からここへ這入ったきり、何をする気にもならない。外へ出る気にもならず、本を読む気にもならず、ただ繰返し繰返し民さんの事ばかり思って居る。民さんと一所に居れば神様に抱かれて雲にでも乗って居る様だ。僕はどうしてこんなになったんだろう。学問をせねばならない身だから、学校へは行くけれど、心では民さんと離れたくない。民さんは自分の年の多いのを気にしているらしいが、僕はそんなことは何とも思わない。僕は民さんの思うとおりになるつもりですから、民さんもそう思っていて下さい。明日は早く立ちます。冬期の休みには帰ってきて民さんに逢うのを楽しみにして居ります。
十月十六日
政夫
民子様
学校へ行くとは云え、罪があって早くやられると云う境遇であるから、人の笑声話声にも一々ひがみ心が起きる。皆二人に対する嘲笑かの様に聞かれる。いっそ早く学校へ行ってしまいたくなった。決心が定まれば元気も恢復かいふくしてくる。この夜は頭も少しくさえて夕飯も心持よくたべた。学校のこと何くれとなく母と話をする。やがて寝に就いてからも、
「何だ馬鹿馬鹿しい、十五かそこらの小僧の癖に、女のことなどばかりくよくよ考えて……そうだそうだ、明朝あしたは早速学校へ行こう。民子は可哀相だけれど……もう考えまい、考えたって仕方がない、学校学校……」
独口ひとりぐちききつつ眠りに入った様な訣であった。
船で河から市川へ出るつもりだから、十七日の朝、小雨の降るのに、一切の持物をカバン一個ひとつにつめ込み民子とお増に送られて矢切の渡へ降りた。村の者の荷船に便乗する訣でもう船は来て居る。僕は民さんそれじゃ……と言うつもりでも咽のどがつまって声が出ない。民子は僕に包を渡してからは、自分の手のやりばに困って胸を撫なでたり襟えりを撫でたりして、下ばかり向いている。眼にもつ涙をお増に見られまいとして、体を脇へそらしている、民子があわれな姿を見ては僕も涙が抑え切れなかった。民子は今日を別れと思ってか、髪はさっぱりとした銀杏返いちょうがえしに薄く化粧をしている。煤色すすいろと紺の細かい弁慶縞べんけいじまで、羽織も長着も同じい米沢紬よねざわつむぎに、品のよい友禅縮緬ゆうぜんちりめんの帯をしめていた。襷を掛けた民子もよかったけれど今日の民子はまた一層引立って見えた。
僕の気のせいででもあるか、民子は十三日の夜からは一日ひとひ一日とやつれてきて、この日のいたいたしさ、僕は泣かずには居られなかった。虫が知らせるとでもいうのか、これが生涯の別れになろうとは、僕は勿論民子とて、よもやそうは思わなかったろうけれど、この時のつらさ悲しさは、とても他人に話しても信じてくれるものはないと思う位であった。
尤もっとも民子の思いは僕より深かったに相違ない。僕は中学校を卒業するまでにも、四五年間のある体であるのに、民子は十七で今年の内にも縁談の話があって両親からそう言われれば、無造作に拒むことの出来ない身であるから、行末のことをいろいろ考えて見ると心配の多い訣である。当時の僕はそこまでは考えなかったけれど、親しく目に染しみた民子のいたいたしい姿は幾年経っても昨日の事のように眼に浮んでいるのである。
余所から見たならば、若いうちによくあるいたずらの勝手な泣面と見苦しくもあったであろうけれど、二人の身に取っては、真にあわれに悲しき別れであった。互に手を取って後来を語ることも出来ず、小雨のしょぼしょぼ降る渡場に、泣きの涙も人目を憚はばかり、一言の詞ことばもかわし得ないで永久の別れをしてしまったのである。無情の舟は流を下って早く、十分間と経たぬ内に、五町と下らぬ内に、お互の姿は雨の曇りに隔てられてしまった。物も言い得ないで、しょんぼりと悄しおれていた不憫ふびんな民さんの俤おもかげ、どうして忘れることが出来よう。民さんを思うために神の怒りに触れて即座に打殺さるる様なことがあるとても僕には民さんを思わずに居られない。年をとっての後の考えから言えば、あアもしたらこうもしたらと思わぬこともなかったけれど、当時の若い同志どうしの思慮には何らの工夫も無かったのである。八百屋お七は家を焼いたらば、再度ふたたび思う人に逢われることと工夫をしたのであるが、吾々二人は妻戸一枚を忍んで開けるほどの智慧ちえも出なかった。それほどに無邪気な可憐な恋でありながら、なお親に怖おじ兄弟に憚り、他人の前にて涙も拭き得なかったのは如何に気の弱い同志であったろう。
僕は学校へ行ってからも、とかく民子のことばかり思われて仕方がない。学校に居ってこんなことを考えてどうするものかなどと、自分で自分を叱り励まして見ても何の甲斐もない。そういう詞の尻からすぐ民子のことが湧いてくる。多くの人中に居ればどうにか紛れるので、日の中はなるたけ一人で居ない様に心掛けて居た。夜になっても寝ると仕方がないから、なるたけ人中で騒いで居て疲れて寝る工夫をし
前回:https://anond.hatelabo.jp/20230328202632
前々回:https://anond.hatelabo.jp/20230208195420
宮崎県で地震が発生した翌日、震源地に近い場所にさきの冬から越して住んでいる友人と、私の地元で会うことになっていた。
地震発生から数時間は彼女と連絡が取れずに肝を冷やしていたが、「全然なんともなかったよ。明日も行けそう」という気楽なLINEの返事がきて、翌日には彼女と会うことができた。
震度6弱の揺れに見舞われたはずの彼女は、LINEの印象と違わぬあっけらかんとした調子でこう言った。
「地震の後さ、防災無線がずっときこえてるんだけど、『○○市です』っていう冒頭んとこしかききとれなくて。あとはずっと何言ってるかわかんなかったわ」
「そんな住民なら誰でも知ってるような部分しか聞き取れないのヤバくない?」
「右折待ちで停止してて。信号変わったから曲がろうってハンドル切ったけど車がびくとも動かなくて。ほんと全然動かなくて、あ、これ溝に嵌ったのかなって焦ったんだけど、周り見たら道路標識とかすっごい揺れてて、それで地震ってわかったんよね。でも歩行者も、きゃーとかわーとかなってなくて、なんかぽかんとした感じだったし、そんなひどい揺れと思ってなくて。宮崎って普段ぜんぜん地震ないから、みんな何がおこったかよくわかってなかったのかも」
「海をこよなく愛する人以外はすめないね。海をこよなく愛する人にはいいと思う」
と切って捨てた。彼女は海をこよなく愛するどころか泳げもしない。ただ私は「海をこよなく愛する人」という表現がとてもいいなと思っていた。そんな人、絶対友達になれそうにない。
話をしている場所はコメダ珈琲だった。彼女の今すむ土地ほどではないが、私の地元も田舎なので、夜遅くまであいているといえばコメダ珈琲という具合。
午後遅くに合流した私たちは、カフェや居酒屋をはしごし、話したりないからコメダ珈琲に落ち着いていた。
彼女の話がひと段落したタイミングで私は手洗いに立ち、戻ってきたら、彼女は彼女の正面の壁、つまり対面で座る私の席の背面に当たる壁を穴の空くほど見つめていた。
「あ、絵?」
と言って私も見上げる。そのリトグラフには、愛おし気な顔をして顔を寄せ合いソファに並んで座る男女の姿がイラストレーション的なタッチで描かれている。その男女の前には追いかけ合う、おそらく雌猫と雄猫。睦まじい恋人たちの風景。
それだけでは彼女がじっと見つめるには足りないはずだと、さらに注意深く眺めて、私はあることに気づいた。
「……おっぱい丸出しだね」
「そうなんよ。それで見てたわ」
描かれている男女は、ともにきっちりと洋服を着こんでいる。男性に至っては腹のあたりにカマーバンドがのぞくタキシード姿にすら見え、その傍らには山高帽。女性も丈の短い長そでワンピースに網タイツというやや煽情的な姿ではあるが、しっかり服は着ている。ただ、胸部分を丸出しにし、傍らの男性に向かって寄せていた。
「そうなんよ」
彼女はまだじっと絵を見ている。女性の胸の谷間には、ふくよかなハートのモチーフがさしこまれ、そのハートに男性の手がそっと触れている。それは男性に差し出しているものなのか、それとも男性から差し込まれたのか、彼女と私の間で意見がわかれた。いずれにせよ、いかにも愛の交歓と言った様子だが、おっぱいは丸出しである。
「そうなんよね……誰の絵かな。サインがあるけど読めないわ」
「ああそうか」
角度の問題か私の位置からはうまくいかなかったが、彼女の席からはうまくいった。
生まれてこの方寡聞を体現しつづけてここまできた私は、その画家を知らなかった。彼女もまたそうだった。調べてみると、20世紀フランス最大のポップ・アーティスト、くらいの紹介がなされており、軽井沢には画家の絵を蒐集した美術館もあるらしい。大変著名な画家のようだ。コメダに飾られていた絵のタイトルは『ハートのプレゼント』。一貫して男女間の愛を、恋人同士の姿を描き続けてきた画家と言うことらしかった。
「女がおっぱい丸出しの絵、多くない?」
女性の衣服の胸の部分が観音開きになっており、その布を小鳥が両側からついばむことでおっぱいを御開帳的に露出させていたり、おっぱいの上に小鳥がとまっていたり、まるだしにしたおっぱいの先の乳首から開いた傘が出ているように見える絵もあった。なんなら両のおっぱい自体が小鳥、という絵もあった。おっぱい露出バリエーションが豊かだし、どれも真顔だ。
私はこの画家のことが一発で好きになり、「ポストカードとか会社のデスクに飾りたいな。いちばんおっぱい丸出しのやつ。それ見て元気出しながら嫌な電話とか乗り切りたい」と言った。すると彼女は「そんなのやめなよ。何がセクハラって言われるかわからない世の中だから。増田ちゃんのことを貶めてやりたい人に、おっぱい丸出しの絵のせいで足元をすくわれるかもしれないよ。おっぱい丸出しの絵をデスクに飾って風紀を乱しているとかさ」という、令和という時代の空気感そのままのことを言ってよこし、私はなるほどそれもそうだなと思った。
「じゃあやめとくわ」
言いながら、私はこの絵、男性も好きだろうなと思った。男性とは5年前から恒常的にセックスをしている相手のことで、 https://anond.hatelabo.jp/20230208195420 この話に出てくる。
大学の頃は美術部にいたらしいので、もしかすると画家のことを知っているかもしれない。
友人は、「なんかそもそも、女ばっか恥ずかしいところ露出してるの微妙だよね。男もどっか出せばいいのに」と言った。
「出すところ限られすぎてて無理じゃない? わいせつすぎて絵の趣旨がブレない?」
と答えると
「いや、それ言ったらそもそも、おっぱい丸出しにする趣旨からよくわかんないから」
と彼女はきっぱり言った。私はそんな彼女のことをこよなく愛する人だ。
盆の帰省を終え、私は男性の家に行くと、レイモン・ペイネの話をした。概ね上に書いたようなことを告げると、彼はすぐ自分のスマホでイメージ検索をはじめ、美術をたしなんでいたことがあるとは思えないほど爆笑していた。
「ほんまにおっぱい丸出しやんか!!」
「そう、だから好きだろうと思って……」
「大好きや」
男性は臆面もなくおっぱい丸出しに受けていると宣って、おっぱい丸出しの絵をスマホで見つけ出してはげらげら笑い、しまいには「メルカリに皿が出てる、600円くらいやし欲しいかも」などと言い始めた。
「でもグッズはどれもおっぱい丸出しではないよ」
「どうせならおっぱい丸出しのグッズがほしいよな」
「ペイネ美術館にはオリジナルグッズがいっぱいあるっていってた。そこにおっぱい丸出しのグッズがあるなら行きたいね」
などと我々は知性のかけらもないことをベッドに寝ころびながら言い交わし、おっぱい丸出しのためだけにに軽井沢に行くのはどうなのか、というような結論でその話は結ばれた。
そのうち話題は別のことに移ろった。
阪神大震災のあとタクシーに乗ったら、ドライバーが、道路がこんにゃくみたいになりましたわと言っていた、ああ多分私の友達が右折できなかったのも、道路がこんにゃくみたいだったからかもね、こんにゃくの上は右折できないわと、そんな具合に。やがて雰囲気はセックスという感じにうつろい、彼は私のパジャマのボタンの一番上に手をかけた。そして不意に「ペイネの小鳥やな」と言った。
ついさきほどまで二人で見て爆笑していたおっぱい丸出し画家の名である。我々は本当に学習しない。私はもうどうしようもなくげらげら笑ってしまい、笑い上戸で釣られ笑いが多い男性ももちろん笑いだした。
つまり、セックスの雰囲気はそこで雲散霧消した。我々がセックスレスになるなら、笑いすぎて雰囲気が消失しがちなことが原因となるだろう、おそらくまれな原因なのではないか、などと真剣に言い交わしたあと、私は男性に「でもちょっとまだ勃ってるね」と言った。実際にそうだった。盆の帰省はながかったので、久々のセックスの機会だった。
男性は「ほんのり勃ってんな」と、自分の勃起状態をそう表現した。
「ほんのり」と私は笑った。ペイネの絵にも、露骨過ぎないほんのりとした色気がある、そのような評をどこかで読んだなと思ったので、私は彼に「ペイネ勃ちだね」と言った。
すると、もはやセックスの雰囲気は雲散霧消を通り越して爆発四散という様相になった。男性はひとしきり笑った後、さんざん「なんやペイネ勃ちって!!」と私を叱り、わたしはもう開き直って「そのほんのりとした勃起の状態にぴったりかなと思って」と答えた。
いつかこの男性との間に肉体関係がなくなり、会わなくなるという日がないとは言えない。先のことは誰にもわからない。
しかし私はやっぱり直一の名前と同じで、この先男性と会わなくなり、彼の名前を忘れる日がきたとしても、レイモン・ペイネという画家の名を忘れることはないと思う。
pixivの話。
ある作品名で検索すると十年以上前から幼稚園児が描くような画力でポルノ絵を投稿し続けてる人がいる
何十件何百件、数ページ以上その人の絵で埋めつくされてる
先日そういう人を「闇深絵師」と呼ぶと知った。単に闇が深いだけでなく話題として触れただけでこっちが悪人と眉をひそめられるような、いわゆる障碍者の方
そのジャンルは古く小規模で横のつながりが密だ
しょっちゅうコメントが飛びかうでもないが割とすぐにスタンプやいいねがつく
近年ある媒体で再び日の光を浴びたことでSNSでは祝い絵が出回り、pixiv投稿もそれなりに息を吹き返した
闇深絵師は変わらず投稿を続けている。あいかわらず幼稚園の壁にはりだされているような拙い線と色使いだけに、ちょろんとした簡素な性器と陰毛がやけに目を引く
失礼極まりないと承知しつつサムネで見る度にウッとなる。未就学児の絵面に赤裸々な性欲が付随していることへの抵抗感だ。十年以上前から絵と詳細なキャプションの投稿をしているのだからむろん子供ではないだろう
失礼を重ねるが自分はこの人を見るまで、こういった人たちにも性欲があるとは知らなかった。肉体的には成熟しているのだから当然といえば当然なのだが
裸体、裸体、たまに画面外からさしこむ何本もの性器と中心に裸体…
なぜか決まってカ××ィやポ××ンといったかわいげのあるキャラクターも一緒だ。いずれの作品も公式でコラボしたことはない。どういうわけか闇深絵師は好きな物を好きなだけクロスオーバーしたがるらしい
最初に目にした時から画力の向上は見受けられない。彼か彼女かどうかも知らない
プロフィールは妙に長々しく、ほとんどが好きなキャラや作品名の羅列だ。このスタッフロールじみた綿密な好意の開示も「闇深絵師」に共通する要素のようだ
時々彼(彼女)のコメント欄が賑わう。といってもほとんどが同類と思しき人種からのなかば日記じみた世間話に終始している
キャラ名羅列の前後かは失念したが「未成年の性的搾取に反対します!」との一文があった
ところで彼(彼女)のご執心キャラは未成年の男児である。自分は笑っていいものか迷った
闇深絵師の呼称を知ったのは暇つぶしに某掲示板のまとめ記事を閲覧した時だ
闇深絵師の作品や言動を笑い者にするスレッドがあり、障碍者に暇人が群がる愚かさを揶揄した記事だった
世の何もかもを喋る玩具と見做す住人も流石に呆れたか「一生懸命描いてこれなんだからしゃーない」と擁護していた
(あるいは擁護のふりして論っているのかもしれなかったが、それは重要ではない)
彼(彼女)は十年以上前から投稿を続けている。公式から何の音沙汰もないまま十年以上
同じように細々と投稿し続けたファンも公式からの供給を得て出戻ってきたファンも、彼(彼女)の作品には見向きもしない
腫物扱いどころか透明扱いだ。今も遡れば数ページに渡って彼(彼女)の作品だけが乱立している状況なのに
おそらく界隈は自分と同じ考えからスルーしているのだろう…こちらから反応を示したが最後適切な対応を取らねば一生涯差別主義者の烙印を押されかねない、という恐れ。あるいは面倒だから近寄らんとこ、という身も蓋もない理由
もちろん健常者同士でも感想が貰えないのは珍しくもない
特に二次創作は地雷、解釈違いという単語があるくらい個々の面倒臭さを煮詰めた世界だ
下手なら見向きもされないし、上手かろうと今度は嫉妬で叩かれる。どちらにしても通り魔的に燃やされかねない。最初に闇深絵師と呼び名をつけた人間も悪意から彼らを燃やしたのだろう
だからして「彼(彼女)の作品にもコメントしてあげるべき」などと偉ぶりたいわけではない
ただ昨今の多様性や人権といった聞こえのいい理想を耳にする度に、そこに彼(彼女)の作品が評価される居場所はあるのだろうかと思ってしまう
よく「オタクは現実から逃げた負け犬」と唾棄されてきたがその偏見の是非はさておき、オタクになって居場所を得た人は大勢いるだろう
今ではリアルとオタクの二足草鞋も珍しくもないがいまだにオタクは自虐として俺達はリア充ではない、陰キャだチー牛だとキャッキャしている
だが闇深絵師は最初からリアルの舞台にもオタク同士傷をなめ合う土俵にもいないのだ
健常者からは生温い愛想笑いを返され対等に扱ってはもらえず、逃げこんだオタク趣味のうちでも健常者オタクから存在しない風に扱われる
挙句闇深絵師と名付けられて監視を受け、口さがない者からは「検索汚染」などと罵られる…
・フィギュアを飾るための階段のニッチ棚(まあ鉄骨造りだと無駄に壁があついからこそできるのだが)
・つくりつけ本棚 俺は自分で設計図書いたぜ 居室✕2の壁面を1面ずつ本棚にしたが別にビデオやCDもたてられるぜ
・有線LANのケーブルはカテゴリー5で、電気パネルはルーターリセットかけやすいちょっと低めで
・ボタン一個で閉まる電動シャッター(雨戸の開閉がめんどくさい人に)(目隠し以外のカーテンがいらなくなる)
・引き戸(スペース確保)が自動できっちり最後までしまるバネのやつ(ただし無理に小幅で明け締めすると壊れる)
・室外機置き場の確保(エアコンないと夏死ぬし取り付けとかケアがめんどくさい)
・光ファイバー(入れるよな?)をどこからひきこむか考えて前庭をつくる(なんか集合なんとかいうチューブをうめこんでうんたら)(壁にあなあけて架空線でも悪くはないがなんか電柱がふやされたりして風景が邪魔)
・浄水器は寝室の近くの洗面所につけられたら無限うまい水最高なんだがたいてい台所にしかビルトインも後付もできない日本のハウスメーカーの怠惰
・庭と物置はセットだとおもうがたぶん両方いらないがガレージは要るだろ。要るだろ 車庫証明がとれないの欠陥住宅や
・客のための和室(そのうち納戸になるが) 保険のおばちゃんやら仕事の話もってきたおじちゃんと長話できるとりつくろいスペース 居間はテレビをおいた時点で客はもてなせなくなるからあきらめろ
・密集地の戸建ての場合屋上にアクセスできないと雨漏りが直せなくて死ぬので天窓
・都市ガスエリアなら暖房用ガス栓各部屋につけとけ、暖房代激安だし乾燥しないので勝つる ただし停電したらガスファンヒーターも止まる
・つまり各居室に電源コンセント、LAN、テレビ、ガス栓、エアコンが存在することがのぞましい
・実家がセントラル掃除機(勝手口にフィルターとモーターがあって全部屋の床に穴があってそこに専用ホースをさしこむだけで掃除機になる)いれて便利だっていってたけど今はどこもやってないかも
宅建士の試験は国家資格の中では比較的易しいらしいが、それでも合格率は高くなく職場には何年受験しても合格できないという人もいた。
わたしは当時30歳のオタクで腐女子、仕事で資格が必要になったので受験したのだが、大学受験以来の久々の試験勉強になかなか苦戦した。長らく勉強というものをしていないと、まず集中して参考書を読むことすら難しい。
わたしは無音状態で何かに集中するのが苦手で、かといって音楽を聞くとなるとオタクなのでアニソンやアイドルソングばかりになってしまう。日本語の歌詞だと頭の中で歌詞と宅建業法の条文がけんかを始めて勉強にならない。
ひとくちにボーイズラブCDと言っても勉強に向いているものとそうでないものがある。勉強中に聞くべきボーイズラブCDはとにかくエロいもの。男の喘ぎ声は特に意味もなく耳に優しいので聞いていると心が安らぐうえに集中力を高めてくれる。
特に聞いていたのは、彼らの恋の行方をただひたすらに見守るCD「男子高校生、はじめての」シリーズ。このシリーズはノーカット、ノーフェード、ノーBGMで男子高校生たちのそれを盗み聞きできるというもので、大部分がエッチシーンでできていてとても素晴らしい。一応ストーリーもあるが、民法の条文の邪魔をしない程度なのであまり気にならない。
シリーズの中でも第3弾「生徒会役員の密やかな謀」が良い。受け役の興津和幸さんの演技が最高。この喘ぎ声を聞くために現代に生まれた。
わたしはボーイズラブCDを家での勉強中はもちろん、出勤前のカフェ、通勤中の電車、職場で開かれた勉強会、とにかく勉強をするときはひたすらに聞き続けた。わたしが真剣な顔で法令上の制限を覚えているとき、耳元ではいつも男が喘いでいた。
30歳独身腐女子が合法的に高校の校舎に足を踏み入れる機会なんてそうそうない。高校を卒業してから10年以上が経っており、高校という場はもはやなによりもボーイズラブの舞台という感覚が強い。
校舎まで続く道、毎日の生活を感じる下駄箱、教室へと向かう階段、窓から昼の陽がさしこむ踊り場、分別を促す手書きの貼り紙があるゴミ箱、教室のドアが並ぶ廊下、すべてからボーイズラブの息遣いが聞こえた。
試験を受ける教室に入ると受験する人たちがすでに席で参考書などを開いていた。試験会場に入る指定の時刻から試験開始までけっこうな時間があり(細かく覚えていないが30分~1時間程度はあったと思う)、わたしも周囲の人にならって一応参考書を開いた。
しかし、ふと視線をあげれば黒板があり、日常で教室の黒板なんて見ることがないわたしは黒板にもまたボーイズラブを感じ、思った。今しかない。
参考書を閉じてイヤホンを装着し、まっすぐに前を見て「男子高校生、はじめての」を再生した。
実際の高校の教室で、男子高校生のボーイズラブを聞くのはこれまでに経験したことのない楽しさがあった。まるで今この瞬間に隣でボーイズラブたちが事に及んでいるような気がした。
ここまでくるとボーイズラブCDを聞きながら勉強をすると集中できるなんてことはもう言ってられず、頭の中はボーイズラブ一色、受けの痴態に興奮している攻めよりもただそれを聞いているわたしのほうが確実に大興奮していた。
ボーイズラブに包まれたままに試験が始まり、わたしは試験への緊張とボーイズラブへの興奮で手の震えが止まらずシャープペンシルを一本折った。
そんな状態で受けた試験だから絶対に落ちたと思い、そしたらまた来年も高校に行こう…あのボーイズラブが詰まった空間へと…と絶望を希望に変えていたが意外にも試験には合格した。わたしの地頭が良いということもあるが、ボーイズラブCDの力が大きかったのだろう。
日曜の午後だった。整理が2週間近く遅れていた。
3週間ほど,体も熱っぽく胸も貼っていて,いつものPMSとは何か違うなとは思っていた。
でもまあ生理不順だろう,妊娠なんてしてないよねと検査してみたら,
思い当たることは何もなかった・・・と胸をはって言えないのが情けないが,
中に出さなきゃOKでしょ,位に考えていた大アホな自分をぶん殴りたい。
慌ててパートナーに連絡を取る。
空港で登場手続き中だった彼,急遽行き先を変更して,会いに来てくれることになった。
翌朝一緒に病院へ行こうと決め,
●病院はどこがいいの?
ホームページできちんと手術の情報提供をしているところを3つほど選んで,
電話をかける。
日曜だからか,つながらない。
最後の3つ目でやっとつながり,翌朝の予約を入れることができた。
22時過ぎ,彼が到着。
不安なまま眠りにつく。
●診察,手術日決め
受付にはまだ人がいない。
問診表に一通り記入し,診察の順番を待つ。
名前を呼ばれ,彼もいっしょに診察室へ入った。
下着をとり,診察台へ座る。
カーテン越しに先生の気配。隣にはパートナーが入ってきてくれている。
「さて,赤ちゃんはいるかな?」と先生がエコーを私のおなかにさしこむ。
あ,いるね。「見えますか?心臓がぽこんぽこんってしていますよ」
大きさは3ミリ,6週と3日だと言われる。
「心臓が動いているの,見えるね」
赤ちゃん,いるんだ。
手術は麻酔で眠っている間に終わり,4時間ほどで日帰りでできる。
当日は,二人の署名押印をした同意書と,ショーツとナプキンを持ってくるよう言われる。
手術費用は,妊娠週数が増えるごとに5千円ずつ高くなるらしい。
お互いの仕事の都合もあり,
結局,8週目の金曜日に手術を受けることに決めた。
金曜なら,週末,家で安静に過ごせる。
保険がきかないので1万5千円の支払い,高い。
産んであげられる環境だったらよかったのにね。
複雑な気持ちで,そんなことを話しながら家に帰った。
●手術まで
激しい眠気,熱っぽさと体のだるさにはじまり,
このまま産んであげられたら,と何度も考えた。
家はどうしよう。仕事は?親にいつ話す?
彼も相当に悩んだらしかった。
でも結局,飛行機2時間の遠距離恋愛で,お互いキャリアも別々で,
看護師さんは「考えが変わったら,いつでも連絡してね」
と言ってくれた。
●手術当日
彼に付き添ってもらい,病院へ。
順番が来て,診察室へ入る。
エコーでおなかを見ると,赤ちゃんは少し大きくなっていて,心臓は元気に拍動していた。
「心臓,元気に動いているね」
もう決めたことなのに,心がとても痛んだ。ごめんね。
「あまり言うとつらくなるからね。これくらいで」と言って手を止めた。
「子宮はおなかの方に傾いているね」と言われる。
再度手術の説明を受け,支払いを済ませる。
手術費+診察費+赤ちゃんの埋葬費で合計12万円ほど。
手術は眠っている間に終わり,出血と軽い腹痛はあるかもしれないが,翌日から不通に生活できるとのこと。
性交渉は2週間ほど禁止らしい。入浴もNG,シャワーは翌日から大丈夫とのこと。
やっと安心できた。
9時半過ぎ,個室に荷物を置き,彼に見送られて手術室へ向かう。
15分くらいで終わる,難しい手術ではないという。
手術台に寝かされ,足を固定される。
私は一瞬で意識を失った。
下腹部の鈍い痛みを感じつつもうろうとするなか,担架にのせられ個室のベッドへ運ばれる。
手術は無事に終わっていた。
ずっと悪夢を見ていたが,
目が覚めて気が付いたら彼が来ていて,昼過ぎになっていた。
立ち上がろうとするもふらついてまともに立てない。
おまるを持ってきてもらう。
ぐったりしている。体が鉛のように思い。
そのまま1時間ほどまた眠った。
二度目に目覚めたとき,気分はそれほど悪くなかった。
14時過ぎに病院を出た。
無事に終わってほっとした,それが一番だった。
遅めのランチに何を食べようか,彼と話しながらバス停までのゆるい坂道をゆっくり歩いた。
バスはすぐ北。
麻酔が抜けきっていなかったのだろうと思う。
何とも言えない気持ち悪さで,すぐバスから降りて横になりたかったが,そうもいかない。
何とかターミナル駅でバスを降りてタクシーに乗り換え,家に着くとベッドに倒れこんだ。
述語は安静にね,としつこく言われたのに,私が甘かった。
アルコールに弱い,もしくは全く飲めない体質の人は麻酔がききやすいらしい。
私がまさにそうで,しかも体力もないのだから,用心すべきだったのだ。
●術後の経過
翌朝,退庁はかなり良い。
が,昨日のこともあるので家でおとなしく過ごす。
術後の腹痛や出欠具合は個人差が大きいそうだが,私の場合はどちらもほとんどなかった。
体の熱っぽさが嘘のように消えていて,船酔いのようなつわりもさっぱり消失していた。
術後は3日間ほど薬を飲み続ける。
薬を飲み切った翌日の夜,急に生理痛のような下腹部痛があった。
耐えられないほどではないが,生理痛が普段ほとんどない私にとっては,かなりしんどい痛みだったため,痛み止めを飲んだ。
調べてみたら,妊娠で大きくなった支給が元の大きさに戻ろうとするときにおこる,正常な痛みらしい,ほっとした。
市販の痛み止めは買っておいてよかった。
●1週間後
診察台へ上がり,エコーの機会を挿入されるのも慣れたもんだ。
「うん,完璧ですね」
よかった。
●まとめ
・術後すぐはあまり動かないこと
・痛み止めは買っておいたほうがいい
・料金は8週目で総額14万ほど(診察費,薬代等含む)