はてなキーワード: 類型とは
https://www.asahi.com/articles/ASV1R46B4V1RUTFK001M.html
今回の解散劇の最大の特徴は、「熟議(議論)による合意形成」を「選挙による信任」で上書きしようとする手法にあります。
これまでの自公政権では、平和主義を掲げる公明党が「ブレーキ」役を果たしてきました。しかし、高市政権は公明党を排除し、保守色の強い日本維新の会をパートナーに選びました。これにより、政策決定のベクトルが「中道・調整」から「右派・加速」へと劇的に変化しました。
提示された9つの政策(スパイ防止法、憲法改正、国防軍の明記、皇室典範改正など)は、いずれも戦後日本が意図的に曖昧にしてきた、あるいは避けてきた「国の根幹」に関わる問題です。これらを一気に解決しようとする姿勢は、戦後80年の歩みを「積み残した宿題」と定義し、リセットを試みるものと言えます。
ダニエル・カーネマンが提唱した二重過程理論(システム1・システム2)を用いると、高市首相の政治手法が国民にどう作用しているかが鮮明になります。
高市氏の戦略: 「おこめ券」などの分かりやすい物価高対策や、「自らの国は自らで守る」といった情緒的で力強いメッセージは、国民のシステム1に直接訴えかけます。67%という高い支持率は、複雑な議論を抜きにした「直感的な期待感」の表れです。
ポピュリズムの親和性: 複雑な社会問題を「敵か味方か」「守るか捨てるか」という単純な構図に落とし込むことで、システム1を刺激し、熱狂的な支持を調達しています。
高市氏の回避: 本来、スパイ防止法による人権侵害のリスクや、武器輸出拡大による国際紛争への関与、憲法改正の細部などは、システム2による深い検証と丁寧な議論を必要とします。
「遠回り」の拒絶: 中北教授が指摘するように、高市氏はシステム2を働かせる国会論戦を「遠回り」と断じ、選挙というシステム1的なイベントで一気に勝負をつけようとしています。これは、民主主義における「熟議」というプロセスをショートカットする試みです。
日米同盟の変質: トランプ大統領(資料内写真)との親密な関係や、防衛費GDP比2%超、原子力潜水艦の保有検討などは、米国からの「役割分担」の要求に応えるものです。しかし、これは同時に東アジアにおける軍拡競争を加速させるリスクも孕んでいます。
「普通の国」への転換: 武器輸出の「5類型」撤廃は、日本を世界の武器市場の主要プレイヤーに変貌させます。これは経済的利益をもたらす反面、「平和国家」としてのブランドを喪失させる可能性があります。
監視社会のリスク: スパイ防止法の制定やインテリジェンス機能の強化は、安全保障を高める一方で、国民の思想・信条の自由やプライバシーに対する国家の監視を強める懸念があります。
アイデンティティの固定化: 選択的夫婦別姓を拒み、旧姓の通称使用のみを法制化する方針や、外国人政策の厳格化は、多様性(ダイバーシティ)よりも「伝統的な家族観」や「秩序」を優先する社会への回帰を意味します。
中北教授が指摘する「自分が首相にふさわしいかどうかを問う」という解散理由は、典型的なプレビシット(国民投票)型政治です。
ポピュリズムの構造: 「既得権益やリベラルなエリート(丁寧な議論を求める層)」対「決断できるリーダーと国民」という対立構造を作り出しています。
民主主義の空洞化: 高い支持率を背景に、本来必要な「少数意見の尊重」や「権力のチェック・アンド・バランス」を軽視する傾向があります。選挙で勝てば何をやってもいいという「多数派の専制」に陥る危険性を孕んでいます。
高市政権の目指す方向性は、「戦後民主主義のOS(合意形成重視・抑制的防衛)」を「新保守主義のOS(決断重視・自立的防衛)」へと入れ替えることにあります。
この転換は、国民の「システム1(直感的な不安や愛国心)」を巧みに捉えることで推進されていますが、その代償として「システム2(論理的な検証と合意)」が軽視されています。今回の解散は、そのOSの入れ替えを、国民が詳細を理解・議論する前に「白紙委任」させるための戦略的手段であると構造化できます。
国民にとっては、目先の力強いリーダーシップ(システム1の充足)を取るか、あるいは将来的な権利制約や国際的緊張のリスク(システム2による懸念)を直視するか、その究極の選択を迫られる選挙となります。
資料に描かれた高市首相の政治手法や政策の方向性は、ドナルド・トランプ氏に象徴される現代のポピュリズム、およびその根底にある「反知性主義(Anti-intellectualism)」の流れと極めて高い親和性、あるいはシンクロニシティ(同調性)が見て取れます。
反知性主義とは、単に「知性がない」ことではなく、「専門知や複雑な議論を、特権階級(エリート)による自己保身や意思決定の引き延ばし(停滞)である」と断じ、否定する態度を指します。
高市氏の言動: 中北教授が指摘するように、高市氏は丁寧な議論を「遠回り」と表現しています。これは、民主主義の根幹である「熟議」を、目的達成を阻む「コスト」や「障害」として切り捨てる論理です。
トランプ氏との共通点: トランプ氏も「ワシントンのエリート(沼)」が議論ばかりして何も解決してこなかったと批判し、自らの「直感」と「決断」を正当化しました。両者とも、複雑な問題を「決断一つで解決できる単純なもの」へと書き換える手法をとっています。
反知性主義は、論理(システム2)よりも、大衆が直感的に抱く「共通感覚(コモン・センス)」や「感情(システム1)」を重視します。
シンボルと物語の活用: 資料にある「日本国国章損壊罪」や「皇室典範改正(男系維持)」、「奈良公園のシカ」のエピソードなどは、論理的な政策論争というよりは、国民のアイデンティティや「守るべき誇り」という感情的な琴線に触れるものです。
「普通の国」というマジックワード: 首相が語る「普通の国になるだけ」という言葉は、戦後体制の複雑な法的・歴史的経緯を無視し、「当たり前のことをするだけだ」という直感的な納得感をシステム1に与えます。これはトランプ氏の「Make America Great Again」と同様、詳細な検証を拒絶する強力なスローガンとして機能しています。
反知性主義的なリーダーは、自分と支持者の間に立つ「知の門番(メディア、学者、官僚、専門家)」を敵視し、これらをバイパスして直接国民に訴えかけます。
解散による上書き: 国会での野党や専門家による追及(システム2のプロセス)が本格化する前に解散を選んだのは、中間的なチェック機能を無効化し、高い支持率という「数」の力で専門的な異論を押し切る戦略です。
トランプ的「分断」の利用: 「国論を二分する」と自ら宣言することで、反対派を「改革を阻む勢力」や「国益を損なう者」と位置づけ、支持層との結束を強める手法も、トランプ氏が多用した「我々 vs 彼ら」の構図そのものです。
これまでの政治が「客観的な事実やデータに基づく調整(知性の政治)」であったのに対し、高市氏やトランプ氏の手法は「リーダーの強固な意志が現実を規定する(意志の政治)」への転換を意味します。
国際社会への影響: 資料にあるトランプ氏とのツーショット写真は象徴的です。両者は「既存の国際秩序やルール(知性的枠組み)」よりも、「自国の利益とリーダー間のディール(意志のぶつかり合い)」を優先します。これは予測可能性を低下させ、国際社会を「力の論理」へと回帰させるリスクを孕んでいます。
この流れは「知性による抑制」から「意志による突破」へのシフトであり、トランプ現象と深く共鳴しています。
反知性主義的な政治は、閉塞感を感じている国民に「スピード感」と「カタルシス(解放感)」を与えますが、その代償として、「複雑な問題を複雑なまま解決する能力」を社会から奪う危険があります。システム1による熱狂が、システム2による冷静なリスク管理(人権侵害の懸念や軍事的緊張の増大など)を飲み込んでいる現状は、まさに現代ポピュリズムの典型的な構造と言えるでしょう。
タモリ氏が2022年末に発した「新しい戦前」という言葉は、当時の社会に大きな衝撃を与えましたが、提供された資料にある高市政権の動向を重ね合わせると、その言葉が持つ「予言的リアリティ」がより鮮明に浮かび上がってきます。
「新しい戦前」とは、かつての戦前(1930年代)をそのまま繰り返すのではなく、現代的な民主主義の手続きを踏みながら、気づかぬうちに「戦争が可能な、あるいは戦争を前提とした社会構造」へと変質していくプロセスを指していると考えられます。
資料に基づき、なぜ「新しい戦前」が現実味を帯びていると言えるのか、その構造を解説します。
戦後の日本(戦後レジーム)は、憲法9条を基盤に「軍事力を極限まで抑制する」という特殊なOSで動いてきました。しかし、高市首相が掲げる政策は、そのOSを根本から入れ替えるものです。
防衛力の抜本的強化と「5類型」撤廃: 武器輸出の解禁や防衛費のGDP比2%超への増額は、日本を「世界の武器体系と軍事バランスの一部」に組み込みます。これは「平和の維持」という抽象的目標から、「軍事力による抑止と均衡」という、戦前を含む近代国家の標準的な(しかし危うい)論理への回帰です。
原子力潜水艦の検討: 資料にある「次世代の動力を活用した潜水艦」は、長期間の潜航と遠方への展開を可能にします。これは専守防衛の枠を超えた「外洋でのプレゼンス」を意識したものであり、地政学的な緊張を前提とした装備です。
戦前への回帰を最も強く想起させるのが、国民の精神や行動を縛る法整備の動きです。
スパイ防止法: 資料でも触れられている通り、1985年の「国家秘密法案」が廃案になったのは、それが「現代版の治安維持法」になり得るとの懸念があったからです。高市首相がこれに「前のめり」であることは、国家の安全を個人の自由(思想・信条の自由)よりも上位に置く価値観への転換を示唆しています。
日本国国章損壊罪: 「国旗を損壊したら処罰する」という発想は、国民に「国家への忠誠」を可視化させる装置です。これは、多様な価値観を認める「戦後民主主義」から、国家という単一のアイデンティティを強制する「戦前的統合」への揺り戻しと言えます。
タモリ氏の言う「新しい」という言葉の肝は、それが「国民の支持(民主的プロセス)」を背景に進んでいる点にあります。
67%の支持率という免罪符: かつての戦前も、軍部の暴走だけでなく、新聞や国民の熱狂がそれを後押ししました。資料にある「高い支持率がすべてを飲み込んでいる」という状況は、システム2(論理的・批判的思考)によるブレーキが効かず、システム1(直感的な期待・不安・愛国心)が政治をドライブしている状態です。
「遠回り」の排除: 丁寧な議論を「遠回り」と切り捨てる姿勢は、独裁への入り口です。戦前も「議会政治の無能」が叫ばれ、迅速な決定を求める世論が強いリーダーシップを待望しました。現在の「突破型政治」は、その現代版と言えるかもしれません。
トランプ氏とのシンクロは、世界全体が「リベラルな国際秩序」を捨て、「自国第一主義と力の論理」に回帰していることを示しています。
「普通の国」の危うさ: 高市首相の言う「普通の国」とは、国際社会が弱肉強食の場であることを前提とした言葉です。これは、戦後日本が理想として掲げた「名誉ある地位を占めたい(憲法前文)」という国際協調主義からの決別であり、19世紀的な「大国間競争」の時代、すなわち「戦前」の論理への合流です。
「全体のストーリーを決めずに作り始める」
かつて、いわゆる三幕構成、五幕構成、あげればきりがない、ストーリーの類型などのような王道のストーリーを作って作るやり方があり、それが流行だった時代はあった
いまもそれは存在はしてるが、その構成であまりに多くのストーリーが溢れているし、多くの観客が先を読めるようになってしまった
ストーリーの期待を破るために、主人公が突然死するとか、ストレートすぎる裏切りを入れるのもでてきた
なんで映画館にいかなくちゃいけないのか、なんでお金を払って時間を使ってそれをみなきゃいけないのか、を考えるほど
先の読める安心するストーリーでは観客が満足しなくなったし、早送りでみてストーリーがわかればいい人が増えた
それに、映画監督は、観客の奉仕者ではなく、ほかの大衆と同じように、自分の能力や表現を向上させ続ける欲望も何かに挑戦する欲望もある
だからこそ
このように構成する
それに映画は、ストーリーだけではなく映像や音楽も単体での娯楽であり、ストーリーのオマケや修飾、具現化ではない
ある場合には、総合的に、精神的、身体的な変化を起こさせることが最終目標だろう
何を言っているか1回でわからない映画は最近増えていてバカでもわかるように作れないほうがバカなんて批判もあるが
個人的に好きではない以上の議論を展開するなら、それは理解する側が理解の努力をしないままの議論の拒否だろう
宮崎駿の君たちはどう生きるかを理解できた人がどれだけいるのか?ほとんど批判されずに受け入れられたのか?わからない自分が愚かだと暗黙に認めたんではないのか?
レベルが低いとみなす人の作品だと、わかるように作ってないのがわるいみたいな批判になるのか?
作品をつくる人たちはたいてい大衆よりもずっと周辺情報を調査していて対象に対して進歩や極端な思考を持っているので、意図がそのままわからないことのほうが多い
だから、誰にでもわかるように既定路線で作るのはひとつの方法であるが、それが唯一の正解ではない
もはや、映画のストーリーだけで理解するのは困難で作品がなぜ生まれたのか、その画面がどうしてその構図なのか、社会反応を受けた後の作品がどうかわかるのか
周辺にあるあらゆることを勘案して、戻ってくるものになった
それに、わかったと思うのは表面だけでのことのほうがほとんどで、自分が過去に経験して知識のあるエンタメに似ているか思考の延長にあるだけで、自分の範囲で理解できるかどうかだけ
ナラ:ねえヤマシタさん、岡山県がSNSで交通ルールについて投稿したらしい(※作者注:2026.1.14の投稿のこと)んだけど、それが「デマだ」って言われてるみたい。詳しく教えて〜
ヤマシタ:ああ、それね。簡単に言うと、本来の法律よりも広い範囲に適用されるように説明しちゃったんだよ。
ヤマシタ:順を追って説明するね。まず、道路交通法31条の2 というものがあって、これはざっくりと言うと「バス発進妨害」のうちの一定の類型のものを禁止してるんだ。
ヤマシタ:そう、ナラさん鋭い! この法律条項、適用される条件が結構細かく決まってるんだよ。具体的には、
2 -- そのバスが「発進するために進路変更しようとして」合図(ウインカー)を出したこと
3 -- 妨害の主体になるかどうかの位置にある車両が、急ブレーキ・急ハンドルをしなくても妨害回避ができる状況であること
この3つがなければ「妨げると違反」にならないんだ。
ヤマシタ:公共団体としての岡山県には知事などいくつか機関があるけど、そのうち、県警本部長という機関が、投稿をした。「バス停から発進しようとしているバス(路線バスでウインカーを出している)を見かけた場合、後ろの車は停止等をして、バスの発進を妨げないようにしなければならない」という意味のこと書いたんだ。
ナラ:うーん...正しいような正しくないような?
ヤマシタ:そこがミソなんだよ。この書き方だと、「乗客の乗降のために停まっていた」かどうか関係なく、バス停付近でウインカー出してるバス全部が対象になっちゃうでしょ?
ナラ:あ!たとえば、乗客が誰も乗り降りしてないのに信号待ちでたまたまバス停で止まってたバスとか?
ヤマシタ:その通り!あるいは、乗客を乗せた後に発進じゃなくて、単に車線変更したいだけのバスとかね。本当の法律では、そういうケースは対象外なんだ。
ナラ:でも岡山県側の今回の説明だと、そういうケースも「妨げたら違反」になっちゃうってこと?
ヤマシタ:そういうこと。法律が適用されない範囲まで、違反だと言っちゃったんだよ。
ヤマシタ:大問題だよ。別の例を使うとすると、ジアセチルモルヒネ… ヘロインまたはその一類型のことなんだけど、「ジアセチルモルヒネを持つのは麻薬取締法で禁止」って言うのは正しい。でも「何らかの結晶物を持つのは麻薬取締法で禁止」って言っちゃったら...
ナラ:ミョウバンの結晶とか、普通の塩の結晶を持つのも違法だと言ってることになる!
ヤマシタ:そう。対象を不当に広げて説明するのは、行政機関として絶対やっちゃいけないことなんだ。人々の行動を不必要に制限することになるからね。
ナラ:法律の条文をちゃんと読めば分かることなのに、なんでこんなミスを...
ヤマシタ:過失の程度は大きいよ。岡山県のうちの行政部は、交通ルールを厳格に捉えたうえで権力行使をしないといけない、こういう基本的な間違いは本来あってはならないことだからね。
ナラ:確かに...一般市民が誤解するならまだしも、県が間違った情報を流すのはめちゃくちゃ深刻だね。
ヤマシタ:その通り。これは単なる「言い方の問題」じゃなくて、法律の適用範囲を誤って伝えたという、行政広報として重大な誤りなんだよ。
「全体のストーリーを決めずに作り始める」
かつて、いわゆる三幕構成、五幕構成、あげればきりがない、ストーリーの類型などのような王道のストーリーを作って作るやり方があり、それが流行だった時代はあった
いまもそれは存在はしてるが、その構成であまりに多くのストーリーが溢れているし、多くの観客が先を読めるようになってしまった
ストーリーの期待を破るために、主人公が突然死するとか、ストレートすぎる裏切りを入れるのもでてきた
なんで映画館にいかなくちゃいけないのか、なんでお金を払って時間を使ってそれをみなきゃいけないのか、を考えるほど
先の読める安心するストーリーでは観客が満足しなくなったし、早送りでみてストーリーがわかればいい人が増えた
それに、映画監督は、観客の奉仕者ではなく、ほかの大衆と同じように、自分の能力や表現を向上させ続ける欲望も何かに挑戦する欲望もある
だからこそ
このように構成する
それに映画は、ストーリーだけではなく映像や音楽も単体での娯楽であり、ストーリーのオマケや修飾、具現化ではない
ある場合には、総合的に、精神的、身体的な変化を起こさせることが最終目標だろう
何を言っているか1回でわからない映画は最近増えていてバカでもわかるように作れないほうがバカなんて批判もあるが
個人的に好きではない以上の議論を展開するなら、それは理解する側が理解の努力をしないままの議論の拒否だろう
宮崎駿の君たちはどう生きるかを理解できた人がどれだけいるのか?ほとんど批判されずに受け入れられたのか?わからない自分が愚かだと暗黙に認めたんではないのか?
レベルが低いとみなす人の作品だと、わかるように作ってないのがわるいみたいな批判になるのか?
作品をつくる人たちはたいてい大衆よりもずっと周辺情報を調査していて対象に対して進歩や極端な思考を持っているので、意図がそのままわからないことのほうが多い
だから、誰にでもわかるように既定路線で作るのはひとつの方法であるが、それが唯一の正解ではない
もはや、映画のストーリーだけで理解するのは困難で作品がなぜ生まれたのか、その画面がどうしてその構図なのか、社会反応を受けた後の作品がどうかわかるのか
周辺にあるあらゆることを勘案して、戻ってくるものになった
それに、わかったと思うのは表面だけでのことのほうがほとんどで、自分が過去に経験して知識のあるエンタメに似ているか思考の延長にあるだけで、自分の範囲で理解できるかどうかだけ
貴様の自己放尿は、レッテル貼りと論点すり替えを同時にやっている点で、議論としては致命的に弱い。
まず「これ系の理系」という曖昧語で対象をぼかし、「PCカタカタできるだけ」という侮蔑的表現で能力を矮小化しているが、これは主張の内容に一切触れていない。
数学的に正しいかどうかを検討できない人間が、人格類型をでっち上げて安心しようとして自己放尿しているだけだ。
そもそも、ここで問題にしているのは「他分野について専門家面しているか」ではない。
アルゴリズムが入力履歴に基づいてレコメンド分布を更新し、その分布が利用者の情報環境を規定する、という事実だ。
これは経験談でもノリでもなく、確率過程と最適化の話であり、まさに数学の領域だ。
条件付き確率、強化学習、情報エントロピー、これらを知らずにYouTubeやAIを語る方が、よほど誤解を持っている。
数学は内容の格付けをしない。再生数が多いか少ないか、流行っているかどうかには無関心で、構造が正しいか、論理が閉じているか、仮定と結論が整合しているかだけを見る。
高度理論の動画が再生数1桁に留まることは、数学的には何の矛盾もない。
むしろ、対象人口が指数的に小さい分野ほど、期待再生数が低くなるのは自明だ。
ここを理解できずに「ちゃんとしたものは伸びるはず」と言うのは、統計リテラシーの欠如を自白しているに等しい。
また「PCカタカタできるだけ」という表現自体が、数学と計算機科学の関係を根本的に誤解している。
現代のアルゴリズム、機械学習、推薦システムは、線形代数、確率論、最適化理論なしには一行も書けない。
コードは結果であって本体ではない。本体は数式とモデルだ。そこを理解せずに「他分野にも通じているつもりだろ」と揶揄するのは、顕微鏡を覗いたことのない人間が生物学者を「ガラス眺めてるだけ」と言うのと同じ愚かさだ。
結局その反論は、「自分には分からない数学的議論を、態度や人格の問題に落とし込んで無効化したい」という防衛反応でしかない。
数学は冷酷だ。誰の肩書きも、分野横断の印象論も救ってくれない。正しいモデルを立て、正しい推論をし、観測と整合するか、それだけだ。
この記事を書こうとおもったきっかけは、テレビ番組は見ない、NHK受信料も払っていない、でも音がないとつまんないからテレビを (民放だけ) ずっとつけている、動画も見たいものはない、というのを偶然Xで見かけたから。なお、当該投稿は削除されていること、そもそも別の人の投稿への返信というかたちでの投稿だったこともあり公開は差し控えておく。
なお、この記事は有料・無料を問わずに書いている (明記はするが有料サービスもある) ので注意してほしい。
これらのサービスで十分だからいいやってなったらテレビではなくただのディスプレイ (ネット動画専用モデルとか) にとりかえてしまうのもあり。物理的にNHKが映らないなら合法的に受信契約から逃れられるので。
民放ラジオ放送を聞くことができる。一部のテレビにも対応している (使ったことのあるテレビだと2014年製パナソニックが対応していた) 。
流しっぱなしであれば映像がないほうが省エネにつながるのでおすすめ。ちなみに前半は音声だけのサービス、後半は映像サービスという分けかたにした。
あと、音声サービスでなおかつアプリ側が対応していれば、CarPlayやAndroid Autoに接続することで、カーオーディオとして再生することができる (radikoも対応している) 。
こっちはコミュニティ放送 (市区町村ごとのローカル放送) 専門。
正直アプリ名は "ListenRadio" か "リスラジ" のどっちかにしてほしい。ホーム画面で文字が見切れているのがなんかやだ。
こっちもコミュニティ放送だが、加盟局がことなるので使い分けることになる。
これもコミュニティ放送。公式アプリはないので、ウェブサイトでの再生となる。
JCBAと名前が重複していて紛らわしいが別物。なお上記3つに移行した放送局がおおいため、現在再生できる放送局は限られる。公式アプリも開発放置状態で、iOS 9時代の画面デザインを今でも見られる貴重なアプリとなってしまった。
NHKのラジオ放送。ちなみにNHKはテレビに対して受信料がかかるため、ラジオだけ聞くなら受信料はいらない (受信契約も不要) 。そのため生活音のためなら、受信料節約だけでなく節電のためにもラジオがおすすめ。
※ NHKプラス、NHK ONE ニュース・防災、NHK ONE for Schoolがテレビの付帯サービスになり受信契約が必要、NHKラジオとNHKゴガクはラジオの付帯サービスになるため受信契約は不要。
ラジオ機能については、Apple Music 1のみ無料で、その他のステーション (チャンネル) やカスタムステーションは有料登録が必要になる。
関係ないけど、PSPのラジオ機能もSHOUTcastが使用されていたし、iTunesのラジオもSHOUTcastだった (iTunesが3アプリに分割変更されたため廃止) 。現在はもともとグループ会社だった (現在はちがう) アプリであるWinampで再生できる。WinampだからWindows用? → iOS用・Android用もある。
再生できる放送局数がもっともおおい (2026年1月現在) 。
月額539円 (キャリア決済の場合) で1,000以上の音楽チャンネルを再生できる。ごく一部のトーク番組や環境音のみ、無料でも再生できる。ただし、一定時間放置すると再生が自動停止するので、定期的にチャンネルを変えるか、自動停止後に再度再生する必要がある。
Nintendo Switch Onlineの登録 (有料) が必要。
再生したい曲を選ぶものじゃないの? → "あつまれ どうぶつの森" の "晴れの日" "雨の日" "雪の日" のBGMを現在時刻にあわせて再生する機能があり、この機能を使用することで、1時間ごと (毎正時) に変化するBGMを24時間流しっぱなしにできる。人によっては毎日流すと飽きてしまうので、変化が欲しいならたまに使用する程度にとどめておこう。なお、この機能だけ使用するなら、これらのプレイリストをダウンロードしておけばスムーズに再生できるし、圏外や機内モードなどでも再生できる。
民放のテレビを見られるが、NHK ONEとは異なりライブ配信の時間が短いのが難点。プライムタイムだけ見られればいいなら選択肢ではある。
テレビでいうCS・CATV放送みたいに、ジャンルごとにチャンネルがある。たとえばニュースだけ、バラエティだけ、アニメだけ、ドラマだけ、といったチャンネルを選びずっと流しておくとかもできる。
なお、ABEMAはサイバーエージェントとテレビ朝日の共同運営のため、ニュースのVTRにはANN系列の素材のみが使用される。
こちらもジャンルごとのチャンネルがある。楽天のサービスなので視聴時間に応じた楽天ポイントが貯まるが、放置防止のため一定時間チャンネルを変えないと、変えるまでポイントの加算が一時停止される。なお、以下ウェザーニュースや日テレNEWSは公式の直接配信以外にこのサービスでも見られる。
ちなみにレグザだとNet-VISIONというアプリでRチャンネルを選局できるが、リモコンに当該ボタンがついていない機種は番組表ボタン長押しという、レグザらしい操作方法になっている。
お天気番組だけが放送されるが、24時間生放送ということもあり、放送時間の半分くらいは雑談である。なお、24時間生放送という都合上、緊急地震速報が発表されるとすぐに特別放送にきりかわる (NHK総合と同じ) 。もし絶対に緊急地震速報を見たくない、携帯電話の緊急速報もオフに設定しているというなら避けるのがおすすめ。
日テレのニュースだけを見ることができるが、地上波の日テレで同時放送される番組については、権利の都合なのか日テレNEWS24の独自番組に差し替えて放送される。こちらも緊急地震速報と同時に特別放送に切り替わる。
有料。なお、日テレグループということもあり日テレNEWS24も見ることができる。
外国人向けの放送。受信料は日本人向けのテレビ放送でのみ支払う必要があるため、NHKワールド JAPANでは支払う必要がない。
なんとなくで流しっぱなしにできるやつを紹介してほしい。有料でも無料でもいい。ただし、NHK ONEは最初の行に書いた理由のため除外する。
大きな反響があり驚いています。(2026-01-09 06:20時点で先日書いた緊急地震速報を受信できるアプリの5倍のブックマーク数)
すべてに返信することはできませんが、すべて読んでいます。
TVerやRチャンネルへのリンクを貼ってくださったかたもありがとうございます。
コメント返信部分は文字数制限を超えたため アーカイブ に移転。
個人的にはゲームのBGMがよくて、Nintendo Musicに課金するか迷ってる。ただ、ネットワークの帯域を圧迫するから、地上波でも流してくれといいたくはなる
ダウンロード機能はある。ただし、サムネイルはキャッシュ領域に保存されるため、表示するにはインターネット接続が必要になる。(サムネイル表示なしでもいいならオフラインでも大丈夫)
そんなのが! そもそもRチャンネルも知ったきっかけがレグザで番組表キーを長押しした (Net-VISIONでRチャンネルの番組配信されている) のがきっかけだったレベルで、V FASTチャンネルはとくにテレビ向けアプリを内蔵しているメーカーもなさそうだからな...。
Vはプラスチックのポイントカードを (デザインカードを除き) 新規発行終了したけど、ネットサービスに弱いイメージがある...。
通信自体はできるけど通信速度が遅い状況の場合、dポイント・Ponta・楽天ポイントはアプリが完全に起動する前でもバーコードだけは表示されるから、とりあえずポイント加算だけはできる。
でも、Vポイントは起動できないとバーコードすら表示されないから、ポイントの加算すらできない...。携帯キャリアを変更するか、ポイントをあきらめるかの2択なんだけど、これだとポイントをあきらめるほうが楽に感じてしまう...。プラスチックカードの廃止でVポイント自体やめるか本気で検討しているレベル。
いつのまにかブックマーク数が 600 usersを超えていてびっくり。
人力検索の匿名質問に "あとひとつは?" を回答する専用の質問をつくりました。
https://q.hatena.ne.jp/1767949651
匿名で回答できる設定にしたので、匿名ダイアリーで回答するのはちょっと...、というかたはこちらからどうぞ。
ID公開でもよければブックマークでもいいけど、文字数制限もあってなのか、Nintendo Musicがあまり知られていないからなのか、"あとひとつは?" に対する回答よりもありがとうコメントのほうが注目されている事態になっていますね...w
ラジオサービスについては、TuneInやJCBAもふくめていくつか追加しました。
...さてコメント返信のコーナー。
Apple Musicのカスタムラジオステーションとおなじものですね。たぶんさまざまな音楽配信サービスについていると思うので、みなさんも聞きたいジャンルが決まっているなら登録しているサービスで試してみてください。(AIの精度はサービスによって差があるとはおもいますが)
シナぷしゅ。内容は乳幼児向けの平和な映像だけど、結構親に刺さる歌詞があったりして侮れない。TVerに大量にあるし、YouTubeで24時間ループ配信もある。YouTube Kidsだと広告も入らない。
シナぷしゅ! 一時期ゆうがたサテライトが終わったあと、つけっぱなしにしていて流れていた (現在は夕方の放送が大幅削減されたためないが) 。自分は見終わったら消す派だけど、家族はつけっぱなし派、でも変えたチャンネルを戻すのは (自分は) しないので (他人の家とかだったらするが) 、ゆうがたサテライト (自分が見ている) → 10分間の通販 (この間に家族がリモコンを取ったら流れることはない) → シナぷしゅ、という流れでした。
個人的印象にのこっているのは "せすじピーン" (2020年夏放送) かな。あんまり大人でも意識していない人がおおいよね。せーの! せすじピーン!!!
※ ブックマークコメントもありましたが言及記事のほうを優先紹介します
AMラジオでもAFNという外国語だけの放送をきくことができるようです。InterFMなど有名無実 (名目上は外国語放送) がおおいなか、アナログラジオで外国語の放送をききたいなら選択肢。
しらべたところ、米軍のちかくにすんでいればきけるようです。コミュニティ放送同様、インターネット配信 (AFN Go) で全国で再生することもできるようです。
今話題の銀歯ラジオは?/勝手に「人力検索はてな」って数年前にサービス終了したと思い込んでたので驚いた…>人力検索の匿名質問に "あとひとつは?" を回答する専用の質問をつくりました https://q.hatena.ne.jp/1767949651
2023年2月をもって有料質問を廃止などのサービス縮小はおこなわれましたが、まだなんとか続いているようです。とはいえ、ちょっとした質問はXでサクッと投稿してしまう人が増えたので、はてなに限らず質問サービス自体縮小傾向ではありますね...。
--- 2026-01-13 ---
今週のはてなブログブックマーク数ランキング (匿名ダイアリー部門) 1位になりました! ひきつづきコメントをお待ちしています。
https://blog.hatenablog.com/entry/2026/01/13/120000
--- 2026-01-14 ---
700 users!!! ほんとうにありがとうございます...。"あとひとつは?" に対する回答をお持ちのかた (自分はこれ使っている! というかた) はぜひコメントもつけたうえでブックマークしてください。24時間つけっぱなしではないサービス (YouTubeのライブ配信など) を紹介してくださっているかたなども多数いますが、全部読んで参考にしています。
参考URLで "Apple Music" "楽天ミュージック" "Amazon Music" "Spotify" "LINE MUSIC" "YouTube Music" "AWA" "Qobuz" "dヒッツ" "KKBOX" "auスマートパスプレミアムミュージック" "Nintendo Music" を比較する記事が紹介されていましたが、dヒッツは自分で選曲ではなくおすすめプレイリストから選択するのがデフォルトなので、ききたい曲がないときの生活音にするにはよさそうですね。プレイリストに曲数があるのが唯一の難点? (リピートはできるが)
増田セレクションの一作として見た。ギミック系ミステリとしてよくできてて普通に面白かった。77点。
娘が行方不明になった父親がPC上のあらゆる情報を頼りに娘の行方を追う話。
すべてがPCモニタ上で展開される映画として有名になった作品なので見てはないけどそういう映画あったらしいねって知ってる人はけっこういるんじゃないかな。
ある意味で言えば変型ファウンドフッテージというか変型POV(そもそもPoint of Viewの略だから一人称視点に限らないのではないかという云々)というかそういう作品を特殊な視点に固定して行われる作品なので、その他の類型作品のように「これはどういう視点?」というのがちょいちょいあるのが気にはなった。
一番は主人公のキムが頻繁にFaceTime(ビデオ通話)の待ち受け画面を出し続けていること。待ち受けを出しているとwebカメラが起動してキムの様子を映し出すことができるので、キムがPC外で誰かと電話してるときはだいたい常にFaceTimeが起動してその様子をPC上に映し出している。さーーーーっすがに不自然かな。まぁ、そうしないと話が進まないのはわかるけども。
後はまぁこれもPOVものあるあるなんだけど、実際にそうは動いてないやろっていうのをデフォルメして表現する必要があるのがちょっと気になる。今作だと妙にぬるぅ~っと動くマウスカーソルとか。まぁ普通の人間が動かす速さで(しかもキムはIT系のエンジニアっぽい)カーソル動かしたら何してるかわからんわからんってなるのもわかるけども。目標に向けて一直線にぬるぅ~って動くのちょっと気になった。あと異常に解像度が高いバキバキのフォント。
頻繁に出てくる親子のチャットのやり取りでばーっと書いた後に送信前にちょっと待って消して書き直したり、「!」を「.」に置き換えたりという心理的葛藤が非常にわかりやすく表現されていて、まぁこれはこういう作品じゃないと難しいよなと思った。もろちん、普通の作品でもSNSの入力シーンをポップアップして表現するとかもあるけどどうしても「葛藤を表現するために入れております」感が否めないし。
映像媒体というものはどうしても「出力」がメインになっちゃうけど、二次元――漫画や小説はそこに至るまでの過程を描くのが得意な媒体なのでその両取りが割とうまいことで来てたかな。
冒頭、PC上の思い出のアルバム形式で娘が生まれてから妻に超重病が発覚して~てのが映像や写真が次々映し出されて、カレンダー上にママの退院日→だいぶ先に変更される→消されるで死を表現するっていうやるやん……って演出があるんだけど、なんか普通にしんみりしちゃった。しかもちゃんとこの出来事が事件に強くかかわっているのもマル。
この辺はもう完全に現代SNSモノのスタンダードだけど行方不明になった近しい人物を追いかけていったら実は自分が知っているのはあまりに氷山の一角だった問題も最終的に前述の母の死と絡めたオチがつくのもよい。あと登場人物がまたクズばっかり。
あとは最初はまっさらだったデスクトップ画面が事件が発生し事態が混迷を極めるほどにいろんなファイルやフォルダでぐちゃぐちゃに散らかっていくことでキムの心の中を表現してるんやろな。ニクい演出やなと思ったり。
キムの娘が行方不明になった当初、SNSから彼女の友人と思われる人物に片っ端から当たっていくんだけどみんな「友人っていうか知り合い?」「ランチはずっと一人で食べてた」「頭いいから勉強会に誘っただけ」と邪険にあしらわれるんだけど、事件が公になって報道が始まるとこぞってSNSやインタビューで「私は彼女の友達で~」と同情イイネ狙いムーブを連発したり、時間が経つにつれてSNS上に「親が殺したのでは?」という投稿が増えていったりと、ギミックと扱おうとしているテーマの連結も強くてよい。
犯人捜しミステリの部分もやや強引で偶然に頼りすぎている部分はあるものの、論理的整合性としては非常によくできていてちゃんとヒントも提示されていてフェアプレイの精神を感じる。初登場シーンで感じた違和感ままの人物が犯人なんだけど、なぜそうなのかは正しく提示されるので分かったときはちゃんと気持ちよかった。
ただァ↑↑
犯人は最初に事件を取り次いだ捜査官(の息子)で、彼女が事件をややこしくしたのは息子を庇うためだったんだけど、こいつ途中でキムを励ますために「うちの息子が嘘つきで近所中にうちの母親は警官で寄付集めをしてるってウソついて金騙し取ってたんだよね、子供って自分が思うのとは違う顔を持ってるものよ。まぁ私はそのウソを認めずに息子を庇ったんだけどさ」とか言うんだけどさァ!
一生懸命自分の息子の事件――しかも殺人事件を隠ぺいしようとしている母親が、被害者の父親にそんな話するか?普通の心理としては息子――犯人の話なんか口が裂けても出したくないし、自分が息子の罪を隠ぺいすることを厭わない人間って表明するわけないと思うんやが。その時点では何も思わんかったけど犯人がわかってから思い返したらこのシーンはマジでドン引き。ここだけは絶対におかしいと思う。
あと最後に娘が生きてる展開は正直しょうもないなって思っちゃった。
ただ、娘の行方不明の謎にSNS時代の"知らない身内"、ネット上の承認欲求と悪意、生配信サイトの危なさといった社会派要素を過不足なく詰め込んだ映画として強度が非常に高い一本だったと思う。
暇空茜・Colaboに関する問題でColaboの領収書が黒塗りであり違法だと暇空茜側は主張しています この問題について法的・会計的に幅広い視点をください
以下、「領収書の黒塗り=違法」という主張を法的・会計的に切り分けて考えるための整理です(特定の当事者の正否を断定せず、一般論+公開情報ベースで書きます)。
「黒塗り」が問題になるかは、どこに出した領収書なのかで結論が変わります。
法人は、取引を記録する帳簿と、取引に関して受領・作成した書類(領収書等)を原則7年間保存する義務があります(一定の場合は10年)。
ここでのポイントは:
もし原本自体を黒塗りしてしまい、相手先・内容・日付など検証に必要な情報が失われると、
税務調査・監査で「証拠として弱い」扱いになり、経費性が否認されるリスクが上がります(違法というより“否認・修正”のリスク)。
加えて、2023年10月からのインボイス制度では、仕入税額控除のために適格請求書等の保存が原則必要で、証憑管理の重要性は増しています。
行政事業では、契約書・仕様書・交付要綱で「証拠書類の提示」「原本確認」などが定められ、見せないと経費として認めない、という運用が典型です。
実際に東京都の若年被害女性等支援事業をめぐっては、報道ベースですが、都が原本提示を求めたところ一部提示がされず、その分を**事業経費として認めない(約192万円)**とし、改善指示を出した一方で、委託料の過払いはないとして返還請求はしないとされています。
ここから読み取れるのは、「黒塗りだから即違法」よりも、提示・立証の不足は“経費から落とす”形で処理されやすい、ということです。
重要:もし「原本はあるが、第三者向け公開用の写しだけ黒塗り」なら、Bの要求(行政への原本提示)とは別問題です。
逆に「行政にも黒塗り写ししか出さない/原本提示を拒む」なら、Bでは不利になりやすい。
行政が情報公開で文書を出すとき、**個人情報や権利利益を害するおそれがある情報は不開示(黒塗り)**にする、というのが基本構造です。
女性支援・DV・性暴力等の領域は、支援対象者の安全や住所・立ち寄り先が推測されるだけで危険が生じ得るので、個人特定や行動推知につながる部分のマスキングは合理性が高い場面があります。
また、NPO等に関して「全部の領収書を一般公開せよ」という形の制度は通常なく、少なくともNPO制度のQ&A上は、閲覧対象は事業報告書等・役員名簿・定款等が中心です(領収書そのものが当然に閲覧対象だとは書かれていません)。
※Colaboがどの法人類型か(一般社団/NPO等)で細部は変わりますが、「領収書の全面公開が原則」という設計ではない点は押さえどころです。
裁判では、営業秘密・プライバシー・安全配慮の観点から、一部マスキングで提出すること自体はあり得ます。
ただし相手方が争えば、
という、「どこまで見せるか」の手続的争いになりがちです。
なので、ここも「黒塗り=即違法」ではなく、立証と保護のバランスの問題として現れます。
黒塗りがあっても、これらが“他の証拠で”固められるなら不正リスクは下がります。逆に、領収書しかなく、その領収書も情報が欠けるなら説明困難になります。
黒塗り“そのもの”というより、次のどれに当たるかが本丸です。
もしあなたが第三者として「黒塗りは妥当か」を見たいなら、最低限ここを分けて確認すると議論がクリアになります。
3 黒塗り箇所は「個人特定・安全リスク」なのか、「取引先・目的・数量」など検証に不可欠な情報なのか
4 領収書以外(銀行明細、稟議、活動記録、ケース記録の匿名化統計など)でクロスチェックできるか
5 事業が委託/補助なら、仕様書・要綱の証憑要件に照らし不備はどの程度か
必要なら、あなたが想定している「黒塗り領収書」が B(行政に出したもの)なのか/C(外部公開用)なのか/D(裁判用)なのかを前提にして、典型的に争点になる条項(仕様書・要綱・証拠ルール)を置いた上で、もう一段具体的な論点整理(どこが強くて、どこが弱いか)まで落とし込みます。
語の形(形態)が、意味や統語(文法構造)よりも先に決まる/重視されるという立場を指します。
かんたんに言うと
形が先、意味や使い方は後
単語はまず「どんな形をしているか」で分析し、そのあとに意味や文法的役割を考える
もう少し詳しく
先行形態論では、
活用形
語幹と語尾
書く → 書かない → 書きます
ここでは、
「書か-」「書き-」のような形の変化を先に捉え、
対立する考え方
現代の言語学では、どちらか一方だけでなく、相互に影響し合うと考えることも多いです。
機能・意味・社会的要請よりも先に「形(フォルム・配置・構成)」を決定し、そこから建築や都市の意味や使われ方が立ち上がると考える立場を指します。
1. 基本的な考え方
特徴
平面・断面・立面の幾何学的秩序を重視
例(考え方として)
正方形・グリッド・中庭型などの**原型(タイプ)**を先に設定
その形に対して、後から住宅・学校・美術館などの用途を当てはめる
具体的視点
対立軸
意義
社会問題や使われ方を軽視しがち
6. ひとことでまとめ
生産者が栽培期間中に農薬を使っていなくても、近隣からの飛散や土壌・水源からの残留の可能性があり、「一切の農薬不使用」を保証できないため
有機栽培は化学農薬を使うのはNGだけれど、JAS規格で使用可能な肥料OKでその肥料の原材料(稲藁など)は化学農薬を使用して育てた植物でもOK
日本の農業構造上、完全にオーガニックな飼料だけで育った家畜の糞や、無農薬の稲わらだけで肥料を賄うのは現実的に困難であるため、間接的に流入する可能性は許容されている。
残留農薬や近隣の畑から農薬が飛んで混入することは否定しない。
もし消費者が「無農薬」レベルで「AI不使用」を期待している場合。
農薬の場合 「農薬不使用」(どこかに農薬不使用とは農薬:栽培期間中不使用であることの説明が必要)は農薬が含まれている可能性はOKだけれど、
食品添加物の不使用表示に関するガイドラインにあるNGな類型の
類型9:加工助剤、キャリーオーバーとして使用されている(又は使用されていないことが確認できない)食品への表示
にあるように 「不使用」表記でも消費者は「含まれていない」事を期待しうる。
ポン出しやそれのちょっとした改変がNGなのは万人が納得いくと思う。
じゃあ、自分が描いた絵をi2iするのは?
写真をi2iするのは?
AIが出力した絵を見て描くのは?
(あるいはコンタミネーション)
上記がNGならiPhone等で撮影した写真はAIがi2iした画像を出力しているので、それを資料にするとアウトになる。
過去に見聞きした作品を無意識のうちにパクってしまう行為。これは本人はパクったつもりが無くても、著作権法違反になる。
AIが出力した絵を見て描くのがNGなら、いちどでもAI作品を見たなら「無意識の依拠」してしまう可能性がある。(過去にみたAI作品(著作物性が有り)の作品と類似してしまうと著作権法違反となる。これはまさに、AIが出力した画像をみて描いたと同じ結果)
本当に大丈夫?
間接的な利用はOKなん?
利用しているアプリがAIで作られていた場合。それはOKなん? LinuxやWindowsにも生成されたコードは含まれてるけれどOKなん?
「AI不使用」を謳うより先に「AI不使用」とは何かを決めるべきでは?
AIを使用しない事ではなくどこまでAIを使用してよいかを決めるということ。
余談。
食品添加物の不使用表示に関するガイドラインのほかの類型に以下のものがある。
賞味期限及び消費期限、食品添加物の用途等)と関連付けている表示をいう。
優良又は有利であると認識させる期待で付けるのが殆んどだろう。
暇空茜・Colaboに関する問題でColaboの領収書が黒塗りであり違法だと暇空茜側は主張しています この問題について法的・会計的に幅広い視点をください
以下、「領収書の黒塗り=違法」という主張を法的・会計的に切り分けて考えるための整理です(特定の当事者の正否を断定せず、一般論+公開情報ベースで書きます)。
「黒塗り」が問題になるかは、どこに出した領収書なのかで結論が変わります。
法人は、取引を記録する帳簿と、取引に関して受領・作成した書類(領収書等)を原則7年間保存する義務があります(一定の場合は10年)。
ここでのポイントは:
もし原本自体を黒塗りしてしまい、相手先・内容・日付など検証に必要な情報が失われると、
税務調査・監査で「証拠として弱い」扱いになり、経費性が否認されるリスクが上がります(違法というより“否認・修正”のリスク)。
加えて、2023年10月からのインボイス制度では、仕入税額控除のために適格請求書等の保存が原則必要で、証憑管理の重要性は増しています。
行政事業では、契約書・仕様書・交付要綱で「証拠書類の提示」「原本確認」などが定められ、見せないと経費として認めない、という運用が典型です。
実際に東京都の若年被害女性等支援事業をめぐっては、報道ベースですが、都が原本提示を求めたところ一部提示がされず、その分を**事業経費として認めない(約192万円)**とし、改善指示を出した一方で、委託料の過払いはないとして返還請求はしないとされています。
ここから読み取れるのは、「黒塗りだから即違法」よりも、提示・立証の不足は“経費から落とす”形で処理されやすい、ということです。
重要:もし「原本はあるが、第三者向け公開用の写しだけ黒塗り」なら、Bの要求(行政への原本提示)とは別問題です。
逆に「行政にも黒塗り写ししか出さない/原本提示を拒む」なら、Bでは不利になりやすい。
行政が情報公開で文書を出すとき、**個人情報や権利利益を害するおそれがある情報は不開示(黒塗り)**にする、というのが基本構造です。
女性支援・DV・性暴力等の領域は、支援対象者の安全や住所・立ち寄り先が推測されるだけで危険が生じ得るので、個人特定や行動推知につながる部分のマスキングは合理性が高い場面があります。
また、NPO等に関して「全部の領収書を一般公開せよ」という形の制度は通常なく、少なくともNPO制度のQ&A上は、閲覧対象は事業報告書等・役員名簿・定款等が中心です(領収書そのものが当然に閲覧対象だとは書かれていません)。
※Colaboがどの法人類型か(一般社団/NPO等)で細部は変わりますが、「領収書の全面公開が原則」という設計ではない点は押さえどころです。
裁判では、営業秘密・プライバシー・安全配慮の観点から、一部マスキングで提出すること自体はあり得ます。
ただし相手方が争えば、
という、「どこまで見せるか」の手続的争いになりがちです。
なので、ここも「黒塗り=即違法」ではなく、立証と保護のバランスの問題として現れます。
黒塗りがあっても、これらが“他の証拠で”固められるなら不正リスクは下がります。逆に、領収書しかなく、その領収書も情報が欠けるなら説明困難になります。
黒塗り“そのもの”というより、次のどれに当たるかが本丸です。
もしあなたが第三者として「黒塗りは妥当か」を見たいなら、最低限ここを分けて確認すると議論がクリアになります。
3 黒塗り箇所は「個人特定・安全リスク」なのか、「取引先・目的・数量」など検証に不可欠な情報なのか
4 領収書以外(銀行明細、稟議、活動記録、ケース記録の匿名化統計など)でクロスチェックできるか
5 事業が委託/補助なら、仕様書・要綱の証憑要件に照らし不備はどの程度か
必要なら、あなたが想定している「黒塗り領収書」が B(行政に出したもの)なのか/C(外部公開用)なのか/D(裁判用)なのかを前提にして、典型的に争点になる条項(仕様書・要綱・証拠ルール)を置いた上で、もう一段具体的な論点整理(どこが強くて、どこが弱いか)まで落とし込みます。
日本神話とかギリシャ神話の神々の行動なんて現代人が読んだらハチャメチャすぎてわけわかんないけど、それも当時の世界の神話の類型とかコンテクストを踏襲しているんだよな
元増田の言う「人の心」っていうのも、たぶん現代人的・現代エンタメ的な「こういう時はこう反応すべし」というコンテクストに過ぎない
この二人のやり取りが「建設的」になる鍵は、
あたりです。
「暇アノン」「ジェンダークレーマー」「チンピラ」「カス」といったラベルは、会話を一発で壊す割に、争点の整理にはほぼ役に立たないです。
代わりにこんな形が良さそうです:
「あなたの ××年×月×日のこのコメントを、私はこういう意味に読んだ」
これをお互いがやるだけで、かなり「水掛け論」から距離を取れます。
事実認識の争い
例:「会計や監査の実態をどう理解していたか」「どんな経緯でどの判決が出たか」
例:「このコメントは『暇空寄り』なのか、『両方カス』なのか」
なので、やり取りするときは、なるべくこう区切ってほしいです:
「ここは事実認識の話です」
これを明示すると、「お前はデマだ」「いやデマじゃない」が少しマイルドになります。
例:
『A(例:暇空の行為が“権利”なのか“ハラスメント”なのかが論点だ)という前提に立って、
B(例:当時の自分は両陣営をカスと見ていた)という立場だった、ということですね?
そのうえで、私はCの点で違う考えを持っています。」
この「まず相手の言い分を、自分の言葉で公平に再構成する」だけで、
※内容の是非ではなく、「会話を続けやすくするコツ」として書きます。
kotobuki_84さんは「自分を暇アノン認定された」と強く受け止めています。
ここを建設的にするなら:
「Xという発言が、Yという行動パターン(自分が暇アノンと呼んでいる層)と似ている」
という“行動レベル”の指摘にとどめるのが良いです。
・A
・B
といった特徴を指しています。
その意味で、あなたの××というコメントは、そのパターンにかなり近いと感じています。
こうすると、「人格ラベル」ではなく「行動の類型」として議論できます。
「お前は実質こうだろ」と断定するよりも、「過去のこの発言群からは、少なくとも私には『××寄りのスタンス』に見えた。それでもなお『両方カスの等距離批判』と言えるのか?」
「弱者支援」「フェミニズム」「人権」など、大きな価値を掲げるほど、相手からは「その旗を使って殴っている」と見えやすくなります。
なので、
ただし、それと別に、あなた個人への私的な苛立ちも混ざっているかもしれません。
みたいに、「大義」と「私怨」「ネットバトル欲」を自覚的に分けて書いておくと、
かなり印象が変わります。
言いたくなる気持ちはすごく分かるのですが、
これを出した瞬間に、「中身」より「口の悪さ」が主役になってしまうのが惜しいところです。
言いたいことは伝わる反面、「相手の人格を笑いものにしている」と受け取られやすいです。
もし建設的に続けるなら、少しだけ変形させて:
“自分を批判する人をまとめて敵にするための札”として使っているように見えます。
その結果、当事者の名誉を守るという目的からは、むしろ離れているのではないでしょうか。」
法華狼さん側が納得していないポイントは、
「実質、片方に甘く・片方に厳しい結果になっていなかったか?」
例:
×年×月時点:
“権利の行使の範囲”か“ハラスメント”か判断しきれないと思っていた。
・一方で、Bという点ではすでに問題があると感じていた。
その後 ×年×月~×年×月:
・新たにCという情報が出てきて、
判決後:
・リーガルハラスメントと評価された点については、妥当と考えるようになった。
こういう変化があったうえで、今の私は
ここまで書くと、「あ、この人は本当に自分のスタンスを棚卸ししてるな」と伝わりやすいです。
「ズレてる」は短くて便利ですが、どうズレているのかを構造的に示すと、かなり伝わりが良くなります。
例:
その意味で私は『ズレている』と書きました。」
最後に、「これだけは守るとマシになる」という3つのルールをまとめます。
使いたくなったら「そのラベルで何を指しているのか」を、具体的な行動・発言・パターンに言い換える。
いきなり「お前は~だ」ではなく、
どの文章を
どう読んだ結果
何を疑問に思っているのか
を必ずセットで書く。
「あなたの言いたいことはおそらく~~ですよね?」
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https://b.hatena.ne.jp/entry/s/note.com/kawakijourney_ai/n/n72e6f630f3aa
私は『みいちゃんと山田さん』は関心を持つ入口としていいと考えている
作品に反発があるのは理解できるけど、障害者(障害者と言い切らないと始まらないので言い切る)の支援って包括的なものは存在しないことも意識すべきだと思う
親の捉え方ってのは施設に丸投げで金は出すけど関与しないってのもあれば、子供の障害を認めようとしないのもあるし、みいちゃん・むうちゃん・山田さんの親みたいなのも現実としてあるだろう
『みいちゃんと山田さん』に対する反発として「現実はそんなんじゃねえよ!」みたいなのがあるけど、それって障害が一人ひとり違うことを認めていないんじゃないの?って思ってしまう
障害者を持つ家族なら障害が一人ひとり違うことなんて誰よりも知っているんだけど、認めたくない気持ちとか認める余裕がないとか理由はいくらでもあるんだろう
でも、障害が類型できないことも包括的な支援の難しさは受け入れるべき
『みいちゃんと山田さん』は障害だけでなく親や家庭を扱っているので、障害を知らない人が関心を持つきっかけになるのであれば、関心を持つのが100人に1人だとしても、悪いことではないと考えている
いつまでも知らないよりは、知ろうとする方がずっといいでしょ
たとえば、『猿の惑星』
このネタバレは有名だ
たとえば『ポートピア連続殺人事件』
これも
それは昨今のどんでん返しやネタバレにより衝撃を増す作品が好まれる現在は膨大な数存在しているはずだ
ただしサブスクなどの鑑賞方法の変化により前よりは格段にネタバレ禁止の規制が強くなってきている風潮もある
またSNSによりネタバレにナーバスな反応をみせる方が可視化できるようになったために余計に規制の風潮が強くなった
だが、それにより消費スピードが加速度的に速くなり、ネタバレ禁止やどんでん返しんの価値が低下し、相対的にネタバレのネタやどんでん返しの仕掛けが陳腐化するという負のスパイラルに陥っている
ネタバレやどんでん返しを見た瞬間に「このパターンか」と既視感の嵐に見舞われる
よってそれを防ぐために
ネタバレを解禁するまでの期間を設けたらどうだろうという提案だ
衝撃的なオチであり、それを知ったら面白さが半減とまではいかないが幾分下がってしまう
でもそのオチのおかげで擦られが発生し、類型パターンが発展され、それを踏まえた新パターンも生まれる
かように現在の作品もネタバレをすることで”次”へとつながるなにかが発生するのではないかと思われる
最後に共有のネタバレがある作品というと『セブン』や『シックスセンス』あたりだろうか
そろそろ新しいネタバレ共有を解禁したらどうだろう
ただし配信即ネタバレというのはあまりに酷なので期間設定を設ける
たとえば1年とか
そういうことで1年経ってネタバレ込みで話ができその作品の新たな魅力を語ることができるしネタバレ神経質派に無用の配慮をすることもなくなる
(後者がけっこう大きい)
どうだろうか?
空気が読めなくて「変わってるね」と一生言われてきて自分としても「自分、人運で当たりを引き続けてたまたま爆発的破滅に至ってないだけでASDグレーゾーンくさいな。軋轢についてはほぼほぼ私が原因だな」とは思っていた。
そこで職場のチームに強烈なメンバーが加わることになった。前チームで人を休職に追い込み、前前チームは2つに分裂して片方が消滅、社内でも「ああ、あの人…」と言われる感じのメンバー。
「人間関係ではあれだけど、優秀だから」と紹介されたものの、すごい、コミュニケーションが全然成り立たない。一人でのパフォーマンスは高いらしいけど分からない。チームで動けない。会議中にものすごいキツい言い方をして空気死ぬ。そして「効率」概念を叩き棒にして延々個人攻撃してる。個人攻撃って本当に効率良いのか?
これ、私が自分のことグレーゾーンと思ってるポイントについて、程度を猛烈にひどくしたやつだ、と思った。そこからめきめきと成長しているというか視点が広がったというか、私の中に存在しなかった人への思いやりがゼロイチで湧いてきている感覚がある。あんまりな物言いに対して私がフォローにまわったりしている。これまでからすると考えられない。ガイジの私が、人の言い方をあんまりだと思い、自主的にフォローを!?
いかにも映画監督とか脚本家とかになるような男が作り出しそうな陰キャの男主人公が存在→お騒がせな不思議ちゃん(今の精神医学の観点から見たらなんか障害ありそう)の美少女があらわれる→美少女が躁鬱みたいな感じなのでなんやかんや騒がしい毎日→美少女死ぬ→陰キャはそれでも生きていく
これ系のストーリーの類型があるけど、みい山もこれかなと思っていて。
もちろん不思議美少女に陰キャがひっかきまわされる系の物語が恋愛入れてくるのと違って、みい山はレズというわけではないが。みいちゃんが退場することは確定しているわけで、山田さんがみいちゃんに視点を広げてもらっている描写がある。微妙に生きづらい感がある山田さんがみいちゃんに自分から絡むし。
発達グレーの成長方法、周りに気をつかってもらうことではない、絶対。周りに気を遣ってもらっても、それが当たり前になって調子乗るだけですね!
発達するには、自分の短所を濃縮した存在に隣に存在してもらうことだ。エグい鏡を常時見せつけられる環境に置かれること。
みい山、山田さんはみいちゃんが死んだあと「みいちゃんに教えてもらったことと共に生きていく」みたいな感じになるんじゃないだろうか。村上春樹主人公が既セクのメンヘラ女じゃんじゃん自殺していったあと、主人公がそれでも生きていくような感じで。西洋に生きてるキモい人が作った陰キャ用の洋画で不思議ちゃん美少女が死んだあと陰キャ男主人公がそれでも生きていくような感じで。こうしてみると男主人公のほうは経験人数が増えた以外は何も変わってないような気がしないでもないけど。
自分よりだめな例と接して学びを得て強く生きていきてぇ~!アレを浴びて休職になった人みたいに潰れたくない!みい山はみいちゃん死んで結局は山田さんの人生から退場するから一生お世話係じゃないんだよという確定しているストーリーうらやましい!
というかやっぱグレーガイジは健常者に比べて耐性がある気がする。ASD気質に長所は無いと思ってたけど、グレーの唯一の長所として、ガチガチのやべえのが来たとき健常者よりも潰れるまでの期間が長いことなんじゃねえかなって思う。
スーパーガイジの発言があまりにも酷いと思っても「程度が酷い!」とまでしか思わないもんね。健常からしたら同じ人間に見えないと思う。だからトカゲ人間陰謀論とか生まれてくるんじゃないか。
でもその顔の一部は常に隠してショートカットでヨレヨレのTシャツ
だべってるだけみたいな感じの作りの甘い動画だと
若くてかわいいっぽい女でもこんなもんなのというせちがらさを感じるスコアだった。
メンヘラっぽい不思議女子という今では飽き飽きされた類型からはみ出す何かがなかった。
noteによれば「売れる」ことを念願としてたみたいで
しかしどのコンテンツも「あんたそれでどうやって売れる算段なのよ」という感じだった。
絵にしてもファインアートで売れるわけないしモチーフも抽象画だし
”若い女”を生かすにももっと図太い押し出しが必要だけどそれがない。
noteだって誰にも興味持たれてない段階で自分語りしたって広がるわけない。
インスタの個展のいいねもnoteのフォロワー数も「これリアル知り合いだけでしょ」という数字。
飛び降りのきっかけは予定してた路上ライブに行けなかったということで
家で泣きながら「来てくれた人がいたかも」と謝って「飛び降ります」と言ってたけど
たぶんそこまで楽しみにしてた人も落胆した人もいない。
若い女だったら来るはずの変な男すら来てないわけで
まず絵はやめる。売れるわけないから。「実はできる芸」として持っておく。
音楽もかくし芸で十分。やるときは背中丸めて下向いてないでどう見えるか意識する。
youtubeは顔を全部出して基本ノーブラで毎日川で頭を洗い
道すがらに野の生物を捕らえて調理して食う。(実は需要の高いジャンル)
さらには嵯峨だの嵐山だの近所の風光明媚な名所をノーブラ徘徊してカエルやネズミをとって喰らい
場所柄「会いに行ける鬼婆」というか廉価版酒呑童子みたいな存在感が出たかもしれない。
あらゆる活動が「現代アート」と思われた途端に一段色あせるため。
「そんな妖怪みたいな存在感で売れたくない」のようなこだわりも必要ない。
誰にも見られてない誰にも知られてない状態とはバフが違う。
面白い芸がないのに漠然と「売れたい」と考えてる人はたくさんいすぎてレッドオーシャンなので
なにか面白い芸を身に着ける方が楽なのではと思う。
ファインアートは厳しい。だれも見向きもしないしフィードバックがなさすぎる。
youtubeはノーブラするだけで増えるんだからそのアドバンテージはバンバン生かしてフィードバックを得るべきだった。
文章はどこででも書けるし増田みたいな場所ならフィードバックは得やすい。
「誰にも見られてなくても関係ない」で絵や音楽や文章をやり続けられるのは特殊な才能の持ち主で
「これを発表したらこれぐらいの反響があるだろうけどめんどくさいからやめときましょう。完成して満足。」みたいな人。
若くて余裕がなくてすぐ売れたいと焦ってる人は
誰も見てない場所でもがくと気が狂いがちなのでまずどうフィードバックを得るかと考えるべきで
そこで重要な注意点としてフィードバックくれる人達を個人として見ないこと。
見分けのつかない魚の群れだと思うことで正しいフィードバックを受け取れるし変な執着もしない。