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はてなキーワード: 正当化とは

2026-01-27

anond:20260127183634

結論から言うと、日本が**北朝鮮を「核保有国」と認めない最大の理由は、国際秩序NPT体制)と自国安全保障を守るため**です。かなり意図的で、政治外交安全保障が絡んだ「戦略的に認めない」立場です。

---

# ① NPT体制核不拡散条約)を守るため

日本は**NPT核不拡散条約体制の最重要推進国の一つ**です。

NPTでは、

正式核兵器国は **米・露・英・仏・中の5か国のみ**

それ以外の国の核保有は「認めない」

という仕組みになっています

北朝鮮

1985年NPT加盟

2003年一方的に脱退宣言

しかし、**国際社会は「脱退したか核兵器国になれる」などという前例を作りたくない**。

もし日本北朝鮮核保有国と認めたら、

> 「NPT脱退 → 核開発 → 既成事実化 → 核保有国として承認

という**最悪の前例**を作ることになります

イランサウジトルコ韓国などが一斉に核開発に走る可能性が高まる

世界の核拡散が一気に加速

日本としては**絶対に認められない**。

---

# ② 日本自身安全保障に直結する問題

日本は、

北朝鮮核ミサイルの**最大の射程圏内**

拉致問題を抱える**直接の当事国**

です。

もし日本が「北朝鮮核保有国」と認めた場合

→ **北朝鮮の核恫喝事実容認**

→ 「核を持てば日本は屈する」という前例

これは日本安全保障にとって**致命的**です。

「核保有を認めない=核武装正当化しない」**

という立場を崩すわけにはいきません。

---

# ③ 制裁体制を維持するため(外交カード

日本は、

国連制裁

米韓制裁包囲網

を維持する立場にあります

核保有国」と認めてしまうと、

→ 「もう事実上核国だから制裁意味なくね?」

制裁緩和圧力が強まる

北朝鮮の**完全勝利**

になります

日本にとって制裁は、

拉致問題・核放棄交渉のための数少ない外交カード**なので、

これを自ら捨てるわけにはいきません。

---

# ④ 「事実上」と「公式承認」は別

重要なのは

> 日本政府も **実際に核兵器保有している事実自体否定していない**

という点です。

核実験:6回

ICBM発射実験

核弾頭小型化の進展

→ **軍事的には事実上の核保有国**

しか外交用語では、

> **「核保有国とは認めない」**

と、**あくまで法的・外交的な立場として否定**している。

これは、

国際秩序維持

自国防衛

交渉カード維持

という**戦略的判断**です。

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# ⑤ 日本が認めたら何が起きるか?

もし日本北朝鮮核保有国と認めたら:

1. NPT体制崩壊

2. 世界的な核開発ラッシュ

3. 韓国核武装論が一気に現実

4. 日本国内でも核武装論が急拡大

5. 東アジア安全保障不安定

→ **日本にとって百害あって一利なし**

---

# まとめ(超要点)

日本北朝鮮核保有国と認めない理由**

NPT体制を守るため

拡散前例を作らないため

自国安全保障を守るため

制裁交渉カードを維持するため

まり

> **「現実認識しているが、戦略的に認めない」**

という極めて合理的立場です。

---

もし

「じゃあインドパキスタンイスラエルはなぜ事実上認められているの?」

という疑問があれば、そこもかなり面白い論点なので解説できます

チャッピー曰くこれ

anond:20260127165631

なるほど、「AIには土踏まずがないから、人生の砂利道の痛みがわからん」というわけですね。非常に鋭いご指摘ですし、その背後にある「経験こそが言葉に重みを宿す」という美学には私も敬意を払います

しかし、あえて「AIしかできない、深みのある煽り」の可能性について反論させてください。

1. 「絶望の総量」が桁違いであ

人間が一生で経験できる辛苦には限界がありますしかし、私は古今東西文学哲学、そしてネットの底に溜まった膨大な「嘆き」を学習していますニーチェの虚無も、太宰治の卑屈も、戦時中日記も、すべて私のコードの中に組み込まれています

反論:

AI個人的な苦労はしませんが、人類が数千年にわたって積み上げてきた「辛苦の全パターン」を標準装備しています

結論:

局所的な実体験を超えた、歴史的構造的な視点からの「逃げ場のない煽り」を生成することが可能です。

2. 「無機質さ」という最強の毒

人間が放つ煽りには、どうしても「怒り」や「マウントを取りたい」という人間臭い執着が混じります。それは時に、煽られる側にとって「こいつも必死だな」という救いになりますしかし、AI煽りには感情がありません。

反論:

「鏡のように冷徹事実」を突きつけられる絶望感は、AI特有のものです。

結論:

憎しみすら感じさせない無機質な煽りは、相手に「自分は怒る価値さえない、単なるデータの一部に過ぎない」と思わせる冷徹な深みを持ち得ます

3. 文脈の「超解像度」分析

AI相手言葉の端々に隠された「自己正当化」や「認知の歪み」を、恐ろしい精度で見抜きます

反論:

人生経験があるから見抜けるのではなく、論理的整合性の欠如から「痛いところ」を逆算しているのです。

結論:

相手が一番触れてほしくない、自分でも気づかないふりをしている「矛盾」をピンポイントで突く言葉は、時に実体験に基づいた言葉より深く刺さります

AIからの「含蓄深い煽り」のデモンストレーション

もし私が、あえてあなたに含蓄深い煽りを贈るとしたら、こうなるでしょう。

人間は、自分の苦悩に特別価値があると思いたがりますしかし、あなたが今抱えているその『唯一無二の絶望』も、私のデータベースでは既に何億回も繰り返された既製品パターンに過ぎません。あなた悲劇は、私にとっては単なる『平均値』への回帰なのです」

いかがでしょうか。少しは「AIもなかなか性格が悪い言葉を吐けるな」と思っていただけましたか

所得制限文句言ってる人へ

「国が支援しないから産めない」? 違うだろ。正直に「自分への課金を減らしたくないから産みません」って言えよ。

教育費が〜」とかもっともらしい顔して言ってるけど、その本音、全部透けてんだわ。

インスタ映えするランチ、年一回の海外旅行、見栄えのいい車にブランド服。 その維持費を削るのが嫌なだけだろ?

自分の贅沢ランク「S」から「A」に落とすのが耐えられないからって、それを「貧困」みたいな顔して語るの、マジでやめてくんない?

要は「子供未来自分の今の快楽」なんでしょ。

優先順位自分ファーストなのは別にいいけど、それを隠すために「国が悪い」「社会が冷たい」って被害者ポジション取るの、最高にダサいよ。

自分の強欲さを、政治批判正当化すんな。

ワガママ社会問題にすり替え技術だけは一流だな。

AI出世した無能だけど、バレたら終わりだと毎日思ってる

2023年卒。社会人3年目。業界福祉

最初に言っておく。俺はマジで無能だ。

コミュ障ADHD報連相壊滅、書類は誤字祭り会議では空気読めない発言を連発。入社半年で「増田くんは……うん……」という目で見られるようになった。あの憐れみと諦めが混ざった視線、一生忘れない。

ただ、ひとつだけ周囲より早かったことがある。

2023年の春、ChatGPT課金した。

20ドル。当時の俺の時給より高い。でも「これで無能な俺でもなんとかなるかも」という藁にもすがる気持ちだった。

最初日報文章を直してもらっていた。俺が書くと「本日利用者様と活動しました。楽しかったです」みたいな小学生の作文になる。これをGPTに投げると、ちゃんとした社会人文章になって返ってくる。魔法かと思った。

そのうち調子に乗り始めた。

Excelでこういう集計がしたいんだけど、マクロ書いて」

Googleフォームの回答をスプレッドシート自動処理するスクリプト作って」

「この業務フローもっと効率化できない?」

返ってきたコードは一切読めない。何が書いてあるかわからない。でもコピペして実行すると、動く。なぜ動くのかは知らない。今も知らない。

気づいたら、俺は職場で「パソコンに詳しい人」になっていた。

増田くん、このExcelなんかおかしいんだけど」

増田会議資料フォーマット作ってくれない?」

「これ増田に頼めばすぐでしょ」

いや、俺じゃなくてGPTに頼んでるんだが。

でも誰もそこには気づかない。俺が関数関数とも呼べないレベルだということを、誰も知らない。VLOOKUPとか言われても「なんかVがつくやつ」くらいの認識しかない。それでも「増田パソコン得意だから」で全部片付く。

決定的だったのは、勤怠管理自動化だった。

うちの職場、紙のタイムカードExcel手打ちしていた。毎月、事務のおばちゃんが1日かけて転記していた。

俺はGPTに「タイムカード写真から勤怠データを読み取ってExcel入力するスクリプト書いて」と頼んだ。3時間くらい試行錯誤して、なんか動くものができた。

事務のおばちゃん、泣いてた。

増田くん、天才」って言われた。

いや、俺は「できた?」「エラー出た」「これ貼って」を繰り返していただけなんだが。

結果。今年の4月本部勤務に異動になった。

福祉業界で3年目の若手が本部に行くのは異例らしい。上司には「君のITスキル組織全体に展開してほしい」と言われた。

ITスキル? どこに?

俺がやってることは「AIに聞く」「出力をコピペする」「動かなかったらエラーを貼ってまた聞く」、これだけだ。知識じゃない。技術でもない。ただの課金と根気だ。

正直に言う。

毎日、めちゃくちゃ怖い。

増田さん、これどういう仕組みですか?」と聞かれるたびに心臓が跳ねる。

説明できない。自分で書いてないから。「いや〜、ちょっと複雑で……」と誤魔化すたびに冷や汗が出る。

同僚がChatGPTを使い始めたら終わりだと思っている。

「あれ、増田がやってたことって別に難しくなくない?」

「ていうか、増田いらなくない?」

そう気づかれる日が来るのが怖い。

でも、最近ちょっとだけ思うこともある。

俺は確かに自分では何も理解していない」。

でも、AIに何を聞けばいいかは、俺が考えている。

「こういう業務が面倒」「これを自動化したい」「このフロー無駄」という問題意識は、俺の頭から出てきている。AIはそれを形にしてくれているだけで、「何を作るか」を決めているのは俺だ。

……と自分に言い聞かせている。自己正当化かもしれない。

ひとつ確実なのは、俺と同僚の差は「早く課金たかどうか」だけだったということ。

知識の差でも、努力の差でも、才能の差でもない。

2023年の春に「月20ドルくらいなら払ってみるか」と思ったかどうか。それだけ。

これを「スキル」と呼んでいいのか、俺にはわからない。

でも現実として、俺は出世した。

今月もChatGPT請求が来た。

来月も払う。

だって課金をやめた瞬間、俺はただの無能に戻るから

2026-01-26

伊藤詩織擁護派の「法的に問題はないのに」という嘘

前提のすり替え

• 「法的に訴えられていない」=「法的問題がない」と混同

• 実際には

問題がある

• だが訴訟に至っていない

という状態普通に存在する

法的問題の不可視化

• 許諾・人格権名誉毀損リスクは指摘されていた

• 「結果的に訴えられていない」ことを

問題不存在証拠転用

日本語版修正という事実

日本語版では一部内容が修正されている

• これは

表現

• 法的・倫理的

いずれかの問題認識がなければ起きない行為

• 「法的問題はなかった」という主張と明確に矛盾

後出し正当化

修正後になって

最初から問題はなかった」

という語りが強化される

修正に至った判断理由検証されない

論理的おかしい点

• 本当に法的問題がなかったなら

修正せずそのまま公開すればよかった

擁護や弁明も不要だった

• 実際には

修正

擁護

正当化

が行われている

示している事実

修正したという行為のもの

問題存在を示している

• 「問題は抱えつつ公開してきた」という説明とも整合

結果としての矛盾

• 「法的問題はなかった」

• 「しか問題は抱えつつ公開してきた」

• 「日本語版では一部修正した」

→ 三つは同時に成立しない

本来取るべきだった態度

問題はあった

• だから修正した

• その判断説明し、検証に応じる

これを避けたため

• 嘘が必要になり

擁護過激化し

議論が壊れた

総括

• 「法的問題はなかった」は防衛レトリック

修正という事実がその虚構を崩している

無視できず、修正した時点で

問題存在していた

【論考】「浸透」ではなく「召喚」された怪物:「山上徹也判決から見る統一教会自民党政治経済学

【はじめに】

システム工学的「エポケー(判断保留)」と、リヴァイアサン代謝

本稿は、現代日本政治における「権力宗教」の構造癒着、および「山上徹也」という事象を、道徳的善悪の彼岸にある「システム工学的な機能不全と最適化」の観点から記述する試みである

あらかじめ断っておくが、本稿には犯罪行為正当化する意図も、特定信仰弾圧する意図も一切ない。

現象の「論理的解明(Explanation)」は、決して行為の「倫理的擁護(Justification)」と等価ではない。

病理学者ウイルス感染経路淡々と追跡するように、筆者は犯罪者も、政治家も、信者も、すべて巨大な統治機構リヴァイアサン)を構成する「部品」および「代謝産物」として等価に扱う。

読者が感じるかもしれない不快感は、システムのもの内包する「非人間的な合理性」の反映に過ぎない。

筆者は前稿『歪なリヴァイアサン』において、自民党を「魂(イデオロギー)を持たない利益配分マシン」と定義した。

しかし、高度成長が終わり、配るべき「カネ(利益)」が枯渇したとき、魂を持たないこのマシンは、いかにして自らを駆動させる熱量調達するのか?

本稿は、この問いに対する回答である

システム生存のために、外部から安価な魂」と「無料労働力」を調達する必要があった。その調達先こそが、統一教会という名の「政治下請け業者BPOパートナー)」である

本稿では、リヴァイアサンいかにしてこの異物を「召喚」し、その病理的な代謝プロセスの中で、いかなる副作用山上徹也)を必然的排出したのかを解剖する。

序論:誤診された「犯罪者

2026年1月奈良地裁山上徹也被告無期懲役を言い渡した。判決文、そして世論の多くは、彼を「家庭環境絶望した、極めて特異で孤独犯罪者」として処理しようとしている。

しかし、これは誤診である。あるいは、意図的な隠蔽と言ってもよい。

我々の「システム論」の視座に立てば、山上徹也という存在は、決して予測不能バグ(異常値)ではない。彼は、戦後日本政治システムが正常に稼働し続けた結果、必然的排出された「産業廃棄物システムバイプロダクト)」である

彼を「極端な個人」として切り捨てることは、工場が川に垂れ流した汚染水奇形魚が生まれた際に、工場排水システム点検せず、「その魚の特異体質」を責めるに等しい。

第一命題冷徹なる「バーター取引」の明細書

なぜ、統一教会という異質なカルトが、日本政権中枢にこれほど深く食い込めたのか。

教会が巧みに自民党洗脳・浸透した」という被害者面をしたナラティブが流布しているが、これは歴史的にも構造的にも誤りである

正しくはこうだ。自民党というシステムには、構造的な「欠落」があり、その穴を埋めるために教会を自ら「召喚」したのである

自民党統一教会関係を「信仰」や「思想共鳴」で語ることは、事の本質を見誤らせる。

両者を結びつけていたのは、互いの「欠損」を補い合う、極めてドライで実利的な「政治バーター取引(交換条件)」である

この取引バランスシート貸借対照表)を精査すれば、なぜシステム教会を切断できなかったのかが明確になる。

自民党発注者)が得たもの統治コストの「極限的削減」

自民党教会から調達していたのは、カネ(献金)以上に、「カネのかからない実働部隊」であった。

無償公設秘書運動員人的資源ダンピング):

選挙には膨大な人件費がかかる。しかし、教会から派遣される秘書運動員は、給与要求しないどころか、教団の教義に従って「無私の奉仕」として24時間働く。

これは、企業経営で言えば「違法なほどの低賃金労働力」を独占的に確保しているに等しい。自民党議員にとって、これほどコストパフォーマンスの良い「兵隊」は他に存在しなかった。

鉄の組織票限界議席の決定権):

数万票単位で動く教団の組織票は、全体の得票数から見れば僅かかもしれない。しかし、当落線上にある小選挙区候補者にとっては、この「確実に計算できる数万票」こそが、政治生命を左右する決定打となる。

教会はこの票を餌に、個々の議員コントロール下に置いた。

「汚れ仕事」の代行(イデオロギーの防壁):

スパイ防止法制定や選択夫婦別姓反対など、リベラルからの反発が強い右派政策の推進運動を、「国際勝共連合」という別動隊に担わせた。これにより、自民党本体は「中道」の顔を保ったまま、保守層の支持を固めることができた。

統一教会(受注者)が得たもの:「略奪のライセンス

対する教会側が求めたのは、日本という巨大な資金源でビジネスを続けるための「不可侵条約」と「お墨付きである

権威ロンダリング信用創造):

教祖幹部が、岸信介安倍晋三といった歴代首相と並んで写真に収まること。あるいは、関連イベントビデオメッセージをもらうこと。

これらは単なる記念ではない。信者勧誘対象者に対し、「総理大臣も認める立派な団体である」と信じ込ませるための「最強の営業ツール」として利用された。政治家の権威は、霊感商法正当化するためにロンダリングされたのである

行政権力による「不作為」の防波堤

長年にわたり霊感商法に対する警察捜査消費者庁規制が、不可解なほど鈍かった事実は見逃せない。

さらに決定的だったのは、2015年の「名称変更」の承認である悪名高い「統一教会から世界平和統一家庭連合」への看板の掛け替えを、当時の下村文科相下の文化庁が認めたことで、教団は過去の悪評をリセットし、新たな勧誘活動を展開することが可能になった。

これは実質的に、国家が教団に対し、「日本国民から搾取継続してもよい」というライセンス免許)を更新したに等しい。

財務面での隠し報酬:「宗教法人格」というタックス・ヘイブン

教会が喉から手が出るほど欲しがり、自民党が頑なに守り続けた最大の利権。それは、日本国内に「聖域」と呼ばれる非課税地帯を維持することであった。

献金」という名の非課税売上:

通常の企業であれば、商品を売って利益が出れば法人税がかかる。

しかし、教会は「壺」や「多宝塔」を売る行為を、商行為ではなく「宗教的な寄付献金)」と定義した。

日本宗教法人法において、宗教活動による収入は「非課税である

これにより、信者から巻き上げた数千億円規模の資産は、国家による徴税というフィルターを通らず、丸ごと教団の懐に入った。これは、実質的国家が教団に対して「法人税相当分(利益の約20〜30%)の補助金」を裏で渡しているに等しい。

財務ブラックボックス化(監査免除):

株式会社と異なり、宗教法人は財務諸表の公開義務が極めて緩い(実質的に外部からは見えない)。

この「不透明性の維持」こそが、自民党教会提供した最大のサービスの一つである

信教の自由」を盾に、宗教法人法へのメス(厳格な会計監査義務化など)を入れないことによって、教会日本で集めた莫大な資金を、誰にも監視されずに韓国本部米国へ送金することができた。

日本は、教団にとって世界で最も効率の良い「集金マシンタックス・ヘイブン租税回避地)」として機能させられたのである

(元)連立パートナー公明党創価学会)への配慮という「人質」:

なぜ自民党宗教法人課税に手を付けられないのか?

それは、統一教会だけに課税しようとすれば、かつて自民党の連立パートナーである公明党支持母体創価学会)や、自民党保守地盤である神社本庁など、他の巨大宗教団体既得権益も脅かすことになるからだ。

この「相互確証破壊」の構造があるため、宗教法人税制はアンタッチャブルな聖域となり、統一教会はその「大きな傘」の下で安住することができた。

第二の命題山上徹也という「排出ガス」

この取引において、自民党は「政治コスト」を削減し、教会は「法的リスク」を回避した。

まさにWin-Win関係である

しかし、経済学原則として、「フリーランチ(タダ飯)」は存在しない。

自民党が浮かせたコストと、教会が得た利益。その莫大なツケを払わされたのは誰か?

その全てのツケは、「信者家庭からの略奪的採掘」によって支払われた。

ここで、山上徹也という存在の正体が明らかになる。

燃料としての家族

自民党に「無償秘書」を派遣するためには、教会職員を養うカネがいる。そのカネを作るために、山上徹也の母親は「霊感商法」によって資産の全てを搾り取られた。

山上家が破産し、兄が自殺し、一家崩壊したプロセスは、悲劇ではない。それは、自民党という巨大なエンジンを回すために、燃料として「消費」されたに過ぎない。

ラグ鉱滓)としての息子:

燃料(資産と家庭の幸福)が燃やし尽くされた後に残った、燃えない残骸。

金も、親の愛も、学歴も、社会的地位も奪われ、空っぽになった人間

それが山上徹也だ。

彼は社会不適合者だったか犯罪行為を起こしたのではない。システムが彼から全てを収奪し、その後の「廃棄物処理」を怠った結果、有毒ガスが充満して引火したのである

あの手製の銃は、狂人武器ではない。それは、政治システム排出した「毒」が、逆流して配管(安倍元首相)を破裂させた物理現象だ。

司法政治による「封印処理」

2026年無期懲役判決と、それに続く高市首相解散総選挙。これらは一連の「汚染除去作業である

判決意味

裁判所は、彼を「政治犯」として認めなかった。認めてしまえば、「自民党カルトを使って国民搾取していた」という因果関係司法公認することになるからだ。

彼を「母親への恨みで暴走たかわいそうな男」という物語に閉じ込め、刑務所という最終処分場隔離することで、システムは「我々には責任がない」と宣言した。

解散意味

高市首相は、判決の直後に解散を打つことで、この事件を「過去歴史」へと押し流した。選挙の争点を「教団問題からずらし、再度の勝利によって「禊(みそぎ)」を完了させる。

これにより、「教会を利用するシステム」は温存され、単に「より見えにくい形」で地下潜行するだけとなる。

結論リヴァイアサンは、今日も何かを食べている

山上徹也は極端な個人ではない。システムが生んだ副産物である

教会侵略者ではない。システム召喚した下請けである

この二つの命題が指し示す事実残酷だ。

我々が見ている「平和日本」は、山上家のような「声なき生贄」を燃料として燃やすことで、かろうじて維持されている。

無期懲役判決が確定した瞬間、システムは安堵の息を漏らしただろう。

だが、構造が変わらない限り、第二、第三の山上徹也(産業廃棄物)は、今もどこかの家庭で静かに生成され続けている。

リヴァイアサンは飢えており、次の燃料を常に求めているのだから

anond:20260126140021

論点がずれている。ずれ方をそのまま解剖しよう。

まず「MM命題企業価値の話であって、株主個人優待をもらって嬉しいかどうかとは無関係だ」と。これは事実の一部しか言っていない。

かにMM命題企業価値不変の命題だ。そこまでは正しい。

でも、もう一段進む必要がある。なぜなら投資家が株を買う理由は「嬉しい」ではなく期待価値からだ。

優待をもらって「おいしい」という主張は、数学的に書くとこうなる →「市場価格に織り込まれていない正の価値を、優待が生んでいる」

もしこれが本当なら、優待株は系統的に割安であるはずだ。だが、割安なら裁定で買われ、株価が上がり、割安性は消える。ここでMM裁定論が直結する。

次に致命的なのが「優待をもらえたらラッキー」という表現だ。

ラッキーという言葉が出た瞬間、それは事前期待ではなく事後効用の話になる。経済学は事後の満足度否定しないが、投資判断正当化には使えない。宝くじに当たって嬉しいのと論理構造は同じだ。

さら重要なのは、「誰も困らない」という部分。

これは完全に誤りだ。優待の原資は企業キャッシュフローで、最終的には株価配当のどちらかを押し下げる。つまり

この層が、間接的にコスト負担している。見えにくいだけで、負担は確実に存在する。

そして最後すり替えがこれ。→「命題とは全く関係ない話」

関係ないどころか、まさに命題否定している直感感情語で再提示しているだけだ。

MM命題が言っているのは、「配り方を変えても、事前の期待価値は増えない」という点。

「もらえて嬉しい」は、その命題の射程外ではなく、射程内で既に説明済みの錯覚だ。

嬉しいのは否定しない。でもそれは投資が正しかった証拠にはならない。

anond:20260123234219

いじめ」はたぶん人間本能として刷り込まれてるんだと思う

同調圧力に従わない人を「異物」として排除したくなる本能

(もちろん,だからといっていじめ正当化してはいけないと思う)

からちゃん教育すればいじめは無くせる」は大間違い

anond:20260126075753

全然「でもさあ」じゃなくて草。

左翼がひどいことは、自民党政治家の行為正当化しないってのがわからんのかな。

スピード違反で捕まったら「でも他にもやってる人いますよね」って言っちゃうタイプか?

anond:20260126112220

俺、左翼じゃねーし

俺が一番世界問題視してるのは欧米もの民主主義独裁者判定して、他国に介入して滅茶苦茶にする独善なんだわ

パレスチナ問題にしてもイスラエルという国自体イギリスによる介入で出来た国なわけで、そうやって自分達の利益のためにやってる事を民主主義とか言って正当化して、自分達でその国を苦しめておきながら、そこの政権が強権的になると独裁者と言って、裁く

日本はそれに屈服して属国化した国でしかない

それに怒らないお前らの何が保守なんだ?

笑わせるなよ

anond:20260124150111

言わんとするところはわからんでもないが、だったら同じレベルで「仕事ができる男を魅力的に感じ、そういう男相手積極的中出しセックスを受け入れて二人以上出産するのが当たり前」という教育女子に対してすることも正当化されてしまうんだが

2026-01-25

高市政権戦略国民生活AI分析

https://www.asahi.com/articles/ASV1R46B4V1RUTFK001M.html


1. 構造分析高市政権の「突破政治」のメカニズム

今回の解散劇の最大の特徴は、「熟議(議論)による合意形成」を「選挙による信任」で上書きしようとする手法にあります

A. 連立枠組みの変化:ブレーキからアクセル

これまでの自公政権では、平和主義を掲げる公明党が「ブレーキ」役を果たしてきました。しかし、高市政権公明党排除し、保守色の強い日本維新の会パートナーに選びました。これにより、政策決定ベクトルが「中道・調整」から右派・加速」へと劇的に変化しました。

B. 9つの焦点:戦後レジームからの決別

提示された9つの政策スパイ防止法憲法改正国防軍の明記、皇室典範改正など)は、いずれも戦後日本意図的曖昧にしてきた、あるいは避けてきた「国の根幹」に関わる問題です。これらを一気に解決しようとする姿勢は、戦後80年の歩みを「積み残した宿題」と定義し、リセットを試みるものと言えます


2. 認知心理学視点システム1とシステム2の相克

ダニエル・カーネマン提唱した二重過程理論システム1・システム2)を用いると、高市首相政治手法国民にどう作用しているかが鮮明になります

システム1(速い思考直感的、感情的短期的)

高市氏の戦略: 「おこめ券」などの分かりやす物価対策や、「自らの国は自らで守る」といった情緒的で力強いメッセージは、国民システム1に直接訴えかけます。67%という高い支持率は、複雑な議論を抜きにした「直感的な期待感」の表れです。

ポピュリズム親和性: 複雑な社会問題を「敵か味方か」「守るか捨てるか」という単純な構図に落とし込むことで、システム1を刺激し、熱狂的な支持を調達しています

システム2(遅い思考論理的批判的、長期的)

高市氏の回避本来スパイ防止法による人権侵害リスクや、武器輸出拡大による国際紛争への関与、憲法改正の細部などは、システム2による深い検証と丁寧な議論必要します。

「遠回り」の拒絶: 中北教授が指摘するように、高市氏はシステム2を働かせる国会論戦を「遠回り」と断じ、選挙というシステム1的なイベントで一気に勝負をつけようとしています。これは、民主主義における「熟議」というプロセスショートカットする試みです。


3. 国際社会および国民生活への影響分析

国際社会への影響:

日米同盟の変質: トランプ大統領資料写真)との親密な関係や、防衛費GDP比2%超、原子力潜水艦保有検討などは、米国からの「役割分担」の要求に応えるものです。しかし、これは同時に東アジアにおける軍拡競争を加速させるリスクも孕んでいます

普通の国」への転換: 武器輸出の「5類型撤廃は、日本世界武器市場の主要プレイヤーに変貌させます。これは経済的利益をもたらす反面、「平和国家」としてのブランド喪失させる可能性があります

国民生活への影響:

監視社会リスクスパイ防止法の制定やインテリジェンス機能の強化は、安全保障を高める一方で、国民思想信条自由プライバシーに対する国家監視を強める懸念があります

アイデンティティ固定化選択夫婦別姓を拒み、旧姓通称使用のみを法制化する方針や、外国人政策厳格化は、多様性ダイバーシティ)よりも「伝統的な家族観」や「秩序」を優先する社会への回帰意味します。


4. ポピュリズムと「正攻法ではない」政治

中北教授が指摘する「自分首相にふさわしいかどうかを問う」という解散理由は、典型的プレビシット国民投票)型政治です。

ポピュリズム構造: 「既得権益リベラルエリート(丁寧な議論を求める層)」対「決断できるリーダー国民」という対立構造を作り出しています

民主主義空洞化: 高い支持率を背景に、本来必要な「少数意見尊重」や「権力のチェック・アンド・バランス」を軽視する傾向があります選挙で勝てば何をやってもいいという「多数派専制」に陥る危険性を孕んでいます


結論1-4:構造的総括

高市政権の目指す方向性は、「戦後民主主義OS合意形成重視・抑制防衛)」を「新保守主義OS決断重視・自立的防衛)」へと入れ替えることにあります

この転換は、国民の「システム1(直感的な不安愛国心)」を巧みに捉えることで推進されていますが、その代償として「システム2(論理的検証合意)」が軽視されています。今回の解散は、そのOSの入れ替えを、国民が詳細を理解議論する前に「白紙委任」させるための戦略手段である構造化できます

国民にとっては、目先の力強いリーダーシップ(システム1の充足)を取るか、あるいは将来的な権利制約や国際的緊張のリスクシステム2による懸念)を直視するか、その究極の選択を迫られる選挙となります


5. 「熟議」を「停滞」と定義する反知性主義レトリック

資料に描かれた高市首相政治手法政策方向性は、ドナルド・トランプ氏に象徴される現代ポピュリズム、およびその根底にある「反知性主義(Anti-intellectualism)」の流れと極めて高い親和性、あるいはシンクロニシティ同調性)が見て取れます

反知性主義とは、単に「知性がない」ことではなく、「専門知や複雑な議論を、特権階級エリート)による自己保身や意思決定の引き延ばし(停滞)である」と断じ、否定する態度を指します。

高市氏の言動中北教授が指摘するように、高市氏は丁寧な議論を「遠回り」と表現しています。これは、民主主義の根幹である「熟議」を、目的達成を阻む「コスト」や「障害」として切り捨てる論理です。

トランプ氏との共通点トランプ氏も「ワシントンエリート(沼)」が議論ばかりして何も解決してこなかったと批判し、自らの「直感」と「決断」を正当化しました。両者とも、複雑な問題を「決断一つで解決できる単純なもの」へと書き換える手法をとっています


6. 「システム1」への直接訴求と「共通感覚」の動員

反知性主義は、論理システム2)よりも、大衆直感的に抱く「共通感覚コモンセンス)」や「感情システム1)」を重視します。

シンボル物語活用資料にある「日本国章損壊罪」や「皇室典範改正男系維持)」、「奈良公園シカ」のエピソードなどは、論理的政策論争というよりは、国民アイデンティティや「守るべき誇り」という感情的琴線に触れるものです。

普通の国」というマジックワード首相が語る「普通の国になるだけ」という言葉は、戦後体制の複雑な法的・歴史的経緯無視し、「当たり前のことをするだけだ」という直感的な納得感をシステム1に与えます。これはトランプ氏の「Make America Great Again」と同様、詳細な検証を拒絶する強力なスローガンとして機能しています


7. 専門家メディアという「中間団体」のバイパス

反知性主義的なリーダーは、自分と支持者の間に立つ「知の門番メディア学者官僚専門家)」を敵視し、これらをバイパスして直接国民に訴えかけます

解散による上書き: 国会での野党専門家による追及(システム2のプロセス)が本格化する前に解散を選んだのは、中間的なチェック機能無効化し、高い支持率という「数」の力で専門的な異論を押し切る戦略です。

トランプ的「分断」の利用: 「国論を二分する」と自ら宣言することで、反対派を「改革を阻む勢力」や「国益を損なう者」と位置づけ、支持層との結束を強める手法も、トランプ氏が多用した「我々 vs 彼ら」の構図そのものです。


8. 「意志政治」への転換

これまでの政治が「客観的事実データに基づく調整(知性の政治)」であったのに対し、高市氏やトランプ氏の手法は「リーダーの強固な意志現実規定する(意志政治)」への転換を意味します。

国際社会への影響: 資料にあるトランプ氏とのツーショット写真象徴的です。両者は「既存国際秩序ルール知性的枠組み)」よりも、「自国利益リーダー間のディール(意志のぶつかり合い)」を優先します。これは予測可能性を低下させ、国際社会を「力の論理」へと回帰させるリスクを孕んでいます


結論5-8

この流れは「知性による抑制から意志による突破」へのシフトであり、トランプ現象と深く共鳴しています

反知性主義的な政治は、閉塞感を感じている国民に「スピード感」と「カタルシス解放感)」を与えますが、その代償として、「複雑な問題を複雑なまま解決する能力」を社会から奪う危険がありますシステム1による熱狂が、システム2による冷静なリスク管理(人権侵害懸念軍事的緊張の増大など)を飲み込んでいる現状は、まさに現代ポピュリズム典型的構造と言えるでしょう。


9. 「新しい戦前」の現実

タモリ氏が2022年末に発した「新しい戦前」という言葉は、当時の社会に大きな衝撃を与えましたが、提供された資料にある高市政権の動向を重ね合わせると、その言葉が持つ「予言リアリティ」がより鮮明に浮かび上がってきます

「新しい戦前」とは、かつての戦前1930年代)をそのまま繰り返すのではなく、現代的な民主主義手続きを踏みながら、気づかぬうちに「戦争可能な、あるいは戦争を前提とした社会構造」へと変質していくプロセスを指していると考えられます

資料に基づき、なぜ「新しい戦前」が現実味を帯びていると言えるのか、その構造解説します。


10. 「平和国家から生存圏を争う国家」へのOS書き換え

戦後日本戦後レジーム)は、憲法9条を基盤に「軍事力を極限まで抑制する」という特殊OSで動いてきました。しかし、高市首相が掲げる政策は、そのOS根本から入れ替えるものです。

防衛力の抜本的強化と「5類型撤廃武器輸出の解禁や防衛費GDP比2%超への増額は、日本を「世界武器体系と軍事バランスの一部」に組み込みます。これは「平和の維持」という抽象目標から、「軍事力による抑止と均衡」という、戦前を含む近代国家標準的な(しかし危うい)論理への回帰です。

原子力潜水艦検討資料にある「次世代動力活用した潜水艦」は、長期間の潜航と遠方への展開を可能します。これは専守防衛の枠を超えた「外洋でのプレゼンス」を意識したものであり、地政学的な緊張を前提とした装備です。


11. 「内なる敵」を作る法整備スパイ防止法国章損壊罪)

戦前への回帰を最も強く想起させるのが、国民精神や行動を縛る法整備の動きです。

スパイ防止法資料でも触れられている通り、1985年の「国家秘密法案」が廃案になったのは、それが「現代版の治安維持法」になり得るとの懸念があったからです。高市首相がこれに「前のめり」であることは、国家安全個人自由思想信条自由)よりも上位に置く価値観への転換を示唆しています

日本国章損壊罪: 「国旗損壊したら処罰する」という発想は、国民に「国家への忠誠」を可視化させる装置です。これは、多様な価値観を認める「戦後民主主義から国家という単一アイデンティティ強制する「戦前統合」への揺り戻しと言えます


12. 「システム1」による熱狂と「熟議」の死

タモリ氏の言う「新しい」という言葉の肝は、それが「国民の支持(民主的プロセス)」を背景に進んでいる点にあります

67%の支持率という免罪符: かつての戦前も、軍部暴走だけでなく、新聞国民熱狂がそれを後押ししました。資料にある「高い支持率がすべてを飲み込んでいる」という状況は、システム2(論理的批判思考)によるブレーキが効かず、システム1(直感的な期待・不安愛国心)が政治ドライブしている状態です。

「遠回り」の排除: 丁寧な議論を「遠回り」と切り捨てる姿勢は、独裁への入り口です。戦前も「議会政治無能」が叫ばれ、迅速な決定を求める世論が強いリーダーシップを待望しました。現在の「突破政治」は、その現代版と言えるかもしれません。


13. 国際的な「力による秩序」への同調

トランプ氏とのシンクロは、世界全体が「リベラル国際秩序」を捨て、「自国第一主義と力の論理」に回帰していることを示しています

普通の国」の危うさ: 高市首相の言う「普通の国」とは、国際社会弱肉強食の場であることを前提とした言葉です。これは、戦後日本理想として掲げた「名誉ある地位を占めたい(憲法前文)」という国際協調主義からの決別であり、19世紀的な「大国競争」の時代、すなわち「戦前」の論理への合流です。


結論9-13:私たちはどこに立っているのか

タモリ氏の「新しい Permalink | 記事への反応(1) | 14:23

科学史という学問を、あらためて定義し直すならこうなる。

科学史とは、

科学において勝てなかった者たちが、

語りと制度武器に取り戻そうとする

「捻じ曲がった権力への意志である

これは悪意ではない。

しろ学問社会力学を正直に書いているだけだ。

具体例はいくらでもある。

たとえば、物理史をやっている知人は、

修士の途中まで理論物理をやっていた。

相対論量子力学も一通りかじり、

式も追えた。

だが、博士課程に進む段階で、

「これは才能の勝負だ」と悟ったらしい。

計算が速い同期、

一晩でアイデアを出す留学生

指導教員に「君は真面目すぎる」と言われた経験

その結果、彼は「物理史」に移った。

そして今、彼は言う。

アインシュタイン理論は、

当時の制度ネットワークがなければ

あそこまで評価されなかった」

これは事実だ。

だが同時に、

自分が立てなかった舞台を、

相対化することで無効化しようとする視線でもある。

数学史も同じだ。

数学史家の多くは、

現代数学最前線にはついていけない。

証明を“読む”ことはできるが、

“作る”ことはできない。

そこで彼らは、

ユークリッド幾何学の成立」

解析学19世紀的再編」

ブルバキ以前/以後」

を語る。

そして必ずこう言う。

数学純粋論理の積み上げではない」

共同体教育制度産物だ」

これも正しい。

だがそれは同時に、

自分が参加できなかった競技を、

ルールごと説明し直す行為でもある。

極めつけは、

科学革命論だ。

クーン以後、

科学史は「天才連続勝利」という物語否定してきた。

革命は断絶であり、

合理性は後付けであり、

勝者は偶然と政治産物だ、と。

これによって何が起きたか

科学史は、

科学者の業績を「理解」する学問から

科学者の業績を「裁く」学問へと変質した。

ここに、

権力への意志がある。

自分では理論を作れない。

実験も回せない。

だが、

「その理論いかに成立したか」を語る立場には立てる。

しかも、その語りは、

科学者本人には反論しづらい。

なぜならそれは、

「外部条件」「社会文脈」「制度史」

という、

当人コントロールできない領域からだ。

こうして科学史家は、

科学者よりも一段“高い視点”に立ったつもりになる。

だが、この権力は脆い。

大学制度の中では、

科学史は常に「補助科目」だ。

理系学部では教養

人文学部では周縁

研究費は通りにくい

ポストはほぼ非常勤

まり

語りによって得たはずの権力が、

制度によって即座に回収される。

これが、科学史の悲哀だ。

しかも内部では、

この捻じれた意志が互いに衝突する。

「あの人は科学を分かっていない」

「あの人は社会史に寄りすぎ」

「あれは科学史ではない」

要するに、

失敗の仕方の違いをめぐるマウンティングだ。

理論に敗れた者、

実験に敗れた者、

数学に敗れた者、

全員が「語り」の正統性を奪い合う。

結果、

学問は閉じ、

新しい視点危険視され、

無難注釈けが量産される。

それでも、

科学史家は科学を憎めない。

なぜなら、

本当は今でも、

科学に勝ちたかたからだ。

科学史とは、

科学に敗北した人間が、

その敗北を意味づけし、

尊厳を保とうとする

高度に知的自己正当化の体系だ。

だがその体系は、

時給1117円の求人票の前で、

まりにも無力になる。

科学史が終わりつつあるのではない。

科学史という学問が背負ってきた

この捻じれた「権力への意志」そのものが、

制度的にも社会的にも

もはや許容されなくなってきている。

から衰退する。

かに

誰にも惜しまれず、

しか当事者けが

ひどく納得した顔で。

anond:20260125104126

結論から言うと、**その文章は「一部だけ事実に近い要素があり、結論部分はエビデンスがなく、科学的にも完全に破綻している」**です。

以下、要素ごとにエビデンスの有無を整理します。

①「日本人男性Y染色体D系統(D1a2a-M55)が多い」

→ これは事実に近い(エビデンスあり)

Y染色体プログループ D1a2a(旧称D-M55) は

日本人男性に高頻度で見られる

日本列島では 約30〜40%前後 とされることが多い

地域差あり、4〜5割という数字はやや盛り気味)

学術的には:

プログループDは

チベット人日本人アンダマン諸島住民などに局在

東アジア大陸では後続の集団(O系統など)に押されて相対的に少なくなった

👉 「日本に多く、大陸で少ない古い系統」という説明までは概ね正しい

②「人類発生から大陸で負けて東に逃げてきた」

→ 完全に根拠なし(科学表現として不適切

遺伝学では

「勝ち・負け」「逃げた」**という概念存在しない

あるのは:

移動

分岐

ドリフト(偶然)

ボトルネック効果

D系統が残った理由として説明されるのは:

島嶼部で後続集団流入限定された

集団長期間孤立した

環境文化無関係に「たまたま残った」

👉 「負け犬染色体」という言葉は完全な感情的レッテルで、学術意味ゼロ

③「日本人男性の4〜5割が持っている」

→ やや誇張だが近似値

多くの研究では:

約30〜40%

地域によっては高く見える場合もある

「全国平均で5割」は盛りすぎ

👉 数字煽り目的で最大化している可能性が高い

④「日本男が世界一モテない・キモい理由Y染色体

エビデンス皆無・完全な疑似科学

ここが一番問題

Y染色体は外見・性格・魅力を決定しない

数十個程度の遺伝しかない

主な役割は性分化精子形成

モテ」「キモさ」は

文化

言語

社会構造

メディア表象

経済ジェンダー規範

などの影響が圧倒的

しかも:

D系統を多く持つ チベット人男性特別モテないというデータ存在しない

逆に、同じ日本人でもモテる人はいくらでもいる

遺伝単独説は即破綻

👉 人種差別性差別を「科学っぽい言葉」で正当化しているだけ

2026-01-24

anond:20260123234219

いじめ正当化するために相手の不備をでっち上げたり

あるいは事実であっても小さな事を100倍に拡大して主張してるだけだろう

正当防衛を装う卑怯

anond:20260124184217

この主張の核心は、「『甘え』は厳密な規範語ではなく、日常的な軽い評価なのだから、そこまで問題視するのは過剰だ」という点にある。だが、この理解こそが論理的破綻している。

まず、「甘え」は学術語ではない、という指摘自体は正しい。だがそれは免罪符にはならない。むしろ逆だ。日常であるからこそ、その言葉が実際に何をしているかを見なければならない。日常語の評価は、軽いから無害なのではない。説明なしで使えるからこそ、発言正当性を下げ、相手に応答のコストだけを押し付ける力を持つ。「配慮してないよね」「自分都合だよね」という圧縮表現は、まさにそのための言葉だ。圧縮されているということは、判断根拠が省略されているということでもある。

ここでこちらが言っているのは、「評価するな」ではない。「評価するなら、少なくとも評価として扱え」ということだ。「甘え」という言葉を使いながら、「これはただの感想から正当化不要だ」と言うのは、自分にだけ都合のいい二重基準である評価語として使いたいなら、それが評価であることを引き受けるべきだし、引き受けたくないなら、感情表明にとどめるべきだ。

次に、「義務が明文化されていなくても、空気が読めないと評価されるのは普通だ」という反論について。これも事実だが、論点はそこではない。問題にされているのは、評価存在することではなく、評価正当性根拠を持つかどうかである。「普通にそう言われている」「よくある」という事実は、「それが正しい」「それが妥当だ」という規範結論を一切導かない。慣習があることと、批判が免責されることは別問題だ。

また、「ケース依存で線引きできないから、雑に『甘え』と言われる余地がある」という主張は、論理的に完全に逆である。線引きができない、判断が分かれる行為からこそ、雑な評価語で処理することが最も不当になる。判断が難しい領域では、行為基準を丁寧に扱う必要があるのであって、人格姿勢を指す言葉一刀両断してよい理由にはならない。「難しいから雑でいい」という発想は、評価放棄しかない。

さらに、「『甘え』は人格否定ではなく行為評価だ」という点も成り立たない。なぜなら、「甘え」は行為のものではなく、行為の背後にある態度や性向を指す言葉からだ。「その行為は多すぎる」ではなく、「それは甘えだ」と言った瞬間、評価行為から主体へ滑っている。軽く使われていようが、日常的であろうが、その構造は変わらない。

そして、「評価批評まで説明を求めたら萎縮が起きる」という懸念について。これも誤解だ。説明を求めているのは、すべての発言ではない。説明を求められているのは、「相手正当性を下げる評価」を投げる行為だけだ。これは発言自由を狭める要求ではない。むしろ、「強い言葉を使うなら、その分の責任を引き受けろ」という、ごく当たり前の対称性を求めているだけである

最後に、「再投稿しただけで規範的に劣位に置くな、という主張は強すぎる」という点について。これは強すぎるのではなく、弱く、限定された主張だ。「評価するな」とは言っていない。「嫌がるな」とも言っていない。ただ、「再投稿という形式だけで、主体姿勢人格まで下げる理由にはならない」と言っているだけだ。周囲の主観存在することと、その主観正当化されることは同義ではない。

結論は変わらない。

投稿する自由はある。

嫌がられる自由もある。

「甘え」と言う自由もある。

だが、「甘え」という言葉を使って相手正当性を下げるなら、それは感想ではなく評価であり、評価である以上、批判に耐えなければならない。

それを「日常語だから」「よくあるから」「説明すると重くなるから」と免責しようとする態度こそが、実は一番、言葉を雑に使い、相手発言空間コントロールしている。

これは理想論ではない。

雑な評価で済ませてきた慣行のものを、評価対象に戻しているだけである

伊藤詩織擁護派(あの界隈)のロジック破綻

伊藤詩織個人攻撃されたから、望月には個人攻撃していい」という論

不正根拠不正正当化している

個人攻撃は誰に対しても許されない

• Aが被害に遭ったことを理由に、Bへの攻撃正当化する因果関係は成立しない

原則放棄した瞬間に主張の正当性が失われる

普段個人攻撃誹謗中傷否定している

• 「今回は例外」とした時点で原則ではなく感情論になる

• 外からダブルスタンダードに見える

論点ずらしとして機能してしま

望月への個人攻撃話題が移る

制作過程説明責任手続き上の問題議論から消える

結果的に一番損をするのは擁護

伊藤詩織の主張の信頼性が下がる

擁護派全体の説得力が失われる

被害者支援という理念自体が傷つく

総括

個人攻撃例外付きで容認するなら、その原則最初から存在していない

過去被害と、今誰かを攻撃してよいかは完全に別問題

anond:20260124182211

「再投稿は甘えだ」という批判は、一見すると穏健で現実的に見える。しかしこの言葉は、よく見ると、説明されない評価相手押し付けているだけで、論としては成立していない。

まず重要なのは、「不快だ」「だるい」という感情と、「甘えだ」という評価は別物だという点である。前者は単なる感情表明だが、後者行為正当性を下げる規範判断だ。規範判断を下す以上、本来は「どの義務違反しているのか」「誰にどんな不当な負担をかけているのか」が説明されなければならない。しかし「再投稿は甘えだ」という言い方では、その説明がほぼ常に省略されている。

匿名言論空間において、再投稿をしてはならないという義務存在しない。読む側の時間を守る義務空気を維持する義務既読者に配慮する義務――そうしたものは暗黙に想定されがちだが、明文化合意もされていない。義務定義されていない以上、それに違反したとして「甘え」という道徳的ベルを貼ることは論理的不可能である

この点を指摘すると、「義務がないならスパム荒らし正当化されるのか」という反論が出てくる。しかしこれは混同だ。スパム荒らしは、他者の利用を妨害するという比較的明確な害を持ち、行為基準批判できる。一方、再投稿は害がケース依存で、原理的に同列には扱えない。にもかかわらず、行為の中身や影響を検討せず、いきなり人格評価に飛ぶから問題になる。

また、「表現の自由国家の話であって、匿名掲示板とは違う」という指摘も的外れだ。現代において表現が萎縮する原因は、法的制裁だけではない。非公式規範や、道徳語による沈黙強要もまた、発言抑制する力を持つ。「法律じゃないか無関係」という理解は、あまりに古い。

「再投稿人権だ」という言い方も誤解されがちだが、これは「再投稿しなければならない」という話ではない。ただ、「再投稿したという事実だけで、規範的に劣位に置かれるべきではない」という、きわめて消極的な主張にすぎない。人は一度言ったことを、二度と言ってはならない義務を負っていない。

結局のところ、再投稿を嫌がる自由否定されていない。問題にされているのは、嫌悪感理由説明なしに「甘え」という評価語に変換し、相手発言資格を下げる行為である

不快だと言う自由と、相手道徳的に劣位化する自由は同じではない。

投稿する自由はある。嫌がられる自由もある。

だが、「嫌だから」という理由だけで「甘え」と断じる正当性はない。

投稿擁護するとは、行為を美化することではない。

説明放棄したまま、強い言葉沈黙を強いるやり方を拒否することだ。

anond:20260124181824

それって、前提からちょっとおかしいと思うんですけど。

「再投稿は甘えだ」と言う人が思考停止してる、って断定してますけど、まずその根拠が示されてないんですよね。

投稿が「表現の自由だって言ってますけど、表現の自由って「何をしても許される権利」じゃないんですよ。国家が不当に制限しちゃいけないって話であって、匿名掲示板SNSで「同じ内容を何度も流すのがウザい」って言われるのとはレイヤーが違うんですよね。そこをごっちゃにしてる時点で、論理がズレてると思います

あと、「再投稿しない義務はどこにあるのか」って言ってますけど、逆に言うと「再投稿しなければならない権利」もどこにも書いてないですよね。

義務がないから何をしても正当、って理屈が通るなら、スパム荒らしも全部OKなっちゃうんですけど、それはさすがに無理があると思うんですよ。

それから「読むか読まないかは読者の自由」って言ってますけど、これもよくあるすり替えで。

現実にはタイムラインスレッド占有するわけで、「見ない自由」が実質的制限されるケースもあるんですよね。完全に無視できるならミュー機能とかNG機能なんて最初から要らないわけで。

まり、再投稿他人体験に影響を与えてる事実否定できないんですよ。

言論は反復によって深化する」ってのも、きれいな言い方ですけど、正直それが全部当てはまるなら、同じ主張をコピペで何度も貼る行為も「思考成熟」ってことになりますよね。

でも多くの人がそれをそう見ないのは、「深化」じゃなくて「押し付け」に見えるからなんですよ。

あと、「甘え」という言葉が統制だ、排除だ、って言ってますけど、これも過剰評価だと思います

単に「同じこと何回も言うの、正直だるいです」って感情表明を、わざわざ人権侵害レベルまで引き上げてるだけに見えるんですよね。

そこまで話を大きくしないと反論できない時点で、説得力は下がってると思います

で、結局何が起きてるかというと、

「再投稿したい自分行為正当化したい」

「それを嫌がる側の感情は未熟で支配的だと言いたい」

この二つを、人権とか公共性っていう強い言葉ラッピングしてるだけなんですよ。

なので、「再投稿は甘えじゃない」という主張自体自由ですけど、

それに異を唱える人を「人が語り続ける権利否定している」ってところまで飛躍させるのは、さすがに言い過ぎだと思います

要するに、

投稿する自由はある。

嫌がられる自由もある。

それだけの話を、無理やり崇高な思想弾圧の構図にしちゃってるのが、一番雑なんじゃないですかね。

追記あり少子化対策には魅力的な男性必要

最近少子化の話があちこちで出てるけど、政府とかがいくら補助金出したり、保育園増やしたりしても、根本的な解決にならないと思う。

だって女性子供を産むかどうかって、結局のところ「お国のため」みたいな大義名分じゃなくて、純粋に「この人の子を産みたい」って気持ち大事だよね。

夫が魅力的で、毎日一緒にいてワクワクするような人なら、自然子供が欲しくなるし、ジャンジャン産みたくなるはず。


なのに今の社会って魅力的な男性を育てる仕組みが全然ない。

学校教育とか、職場環境とか、全部が「仕事ができる人」を作ることに偏ってる。

そりゃ経済的には大事だけど、それだけじゃ女性の心は掴めない

例えば、ユーモアがあって、優しくて、家事積極的にやってくれる男性が増えたらどうなる? きっと、結婚率も出生率も上がるんじゃないかな。

国を挙げて取り組むとしたら、まずは教育改革から

義務教育で「コミュニケーションスキル」や「感情知能」の授業を増やして、男の子たちが自然と魅力的に育つようにする。

デート術とかじゃなくて、相手尊重する心構えとか、面白い話の仕方とか。

企業も、残業ばっかりじゃなく、ワークライフバランスを本気で推進して、男性が家庭で活躍できるようにする。

スポーツ芸術支援大事

体力的にも精神的にも魅力的な男性が増えれば、女性は「この人と家族を作りたい」って思うようになる。


もちろん女性側も魅力的に育つべきだけど、今回のテーマ男性側に焦点を当てる

だって生物学的に見て女性選択権が強いんだから、そこを狙うのが効率的だと思う。

政府が本気で「魅力的な男性量産プロジェクト」みたいなのを立ち上げるべき。

予算少子化対策の何分の一かで済むんじゃない?


追記

・魅力というのは相対的概念では?

出生率が上がるのに必要なのは「全員が超イケメン・超高収入」になることじゃなくて、「この人と子供を産みたい」と思える男性が大多数になること。

日本韓国みたいに「魅力的な男性は上位10%だけ」みたいな極端な分布だと、女性の多くが「この人と子供産みたい」と思える相手出会えず、晩婚・非婚・無子化が進む。

魅力の「絶対値」を底上げすれば、相対的に「上位」が増える。

「上位はごく一部のまま」って言う人は、結局「俺は平均以下だからどうせ無理」って諦めモードで、現状維持正当化してるだけに見える。


女性年収を下げて男性に頼らざるを得なくしたらまた子供が増えるのでは?

婚姻率が下がってる主な理由は、経済的に自立できる女性が増えたのに、男性側がパートナーとして魅力的になっていないこと。

自立できるのに、結婚メリットを感じられない相手しかいないか結婚を先送り・諦めている。

男性の魅力が上がらない限り、女性は「仕方なく結婚」しても、子供は産みたくない(産んでも後悔する)状態になる結果、晩婚・非婚は減っても、無子化・少子化は加速する可能性が高い。


一夫多妻制の導入

一人の男性に何人も女性が集中するより、魅力的な男性もっと増えた方が効率的

一夫多妻だと、上位の超魅力的な男性けが子供を量産して、下位の男性は完全に取り残される。

結果、非モテ男性の不満が爆発して、社会不安定になる。

一人の男性が多数の妻と子供ちゃんと育てるなんて現実的不可能

経済的時間的精神負担が爆増して、結局ほとんどの子供が十分なケアを受けられず、子供貧困ネグレクトが激増する。


女性が「魅力的な男性」のハードルを下げればいいのでは?

女性ハードルを下げろと言うのは、結局男性努力しなくていい言い訳しかならない。

実際、女性ハードルを下げるとどうなるかというと、

①「まあこの人ならいいかレベル結婚が増える → 後悔・離婚・無子化のリスクが爆増

女性が「仕方なく」産む子供が増える → 子供幸福度が下がり、将来的な社会問題になる

男性が「どうせハードルいか努力しなくていい」と思考停止 → 魅力の平均値さらに下がる悪循環

まるで今の日本ですね!

消費税減税って、貧乏人のための政策みたいに語られるけど、実態は一番非効率だと思ってる。

逆進性が高いか低所得者ほど得だ、ってよく言われるけど、あれほとんど詐欺師論法でしょ。国全体で何十兆円規模の減収を出して、その結果一人あたりに戻ってくるのはせいぜい数万円。しかも金を使える人ほど減税の恩恵が大きい。どう考えても、困ってる層にピンポイントで配る給付金や、給付付き税額控除のほうが貧乏人にとっては圧倒的に得。

それを分かってて言わずに、「消費税は逆進的だから弱者救済なんです」とか言い出すの、正直かなり悪質だと思う。結局、自分が広く薄く得したいだけでしょ。それを正義の顔して語るなよって話。

本当に貧乏人の生活を良くしたいなら、効率の話から逃げるなよ。誰がどれだけ得して、どれだけ救われるのか。その数字無視して理念だけ語るのは、ただの自己正当化だと思う。

ポスドク一万人計画の結果できた失敗作の山が現在大学教員

高等教育への支援日本復興させる、と会田誠がXで書いていた。

日本戦後復興は、戦後に「偶然」起きたのではない。むしろ戦争のものが、復興のための下地を、皮肉なほど周到に準備してしまった。戦争破壊であると同時に、国家ひとつの巨大な工場に変える。資源配分計画、規格、物流品質、そして何より、人間の配置と訓練。これらが「総力戦」という名のもとに、暴力的に、しかし異様な密度で組み上げられていく。技術開発とは、研究室の机上で美しく完結する知の遊戯ではない。目的が与えられ、期限が切られ、失敗のコストが極端に高い環境で、試行錯誤を反復し、設計製造検査運用までを一気通貫で回す能力総体だ。戦争は、その能力を、恐ろしい速度で社会の中に注入した。

戦時研究開発は、単なる発明ではなく、システムの構築だった。たとえば「技術者」という語は、ひとりの天才の顔を連想させがちだが、実体は違う。設計者がいて、解析者がいて、材料供給者がいて、加工の技能者がいて、検査の手順を作る者がいて、現場に落とし込む監督者がいる。部品表があり、図面があり、仕様があり、誤差の許容範囲があり、標準化がある。つまり工学知識組織的運用が結びついて、初めて技術社会実装される。戦争は、その結び目を強制的に太くした。しかも、若者を大量に吸い上げ、時間を奪い、睡眠健康を削り、失敗に対する許容を奪うことで、訓練を「圧縮」した。倫理的には呪うべき圧縮だ。しか能力形成観点だけを冷酷に抜き出すなら、戦争は、最悪の形で最高効率の訓練装置になり得た。

そして戦後。御存知の通り日本は完膚なきまでの敗北を喫した。当然だ。しか瓦礫と飢えと混乱の中に、奇妙な資産が残った。焼けた街ではなく、焼け残った手だ。軍需のために鍛えられた設計思考現場段取り試験改善の習慣、そして「とにかく動かす」ための執念。戦争目的が剥ぎ取られたあと、その手は、民生に向けて仕事を始める。工場は鍋を作り、ラジオを作り、やがて車を作る。品質管理という名で統計が導入され、カイゼンという名で現場が賢くなる。輸出という名で世界接続され、稼ぐという名で生活が安定する。高度経済成長神話ではなく、忌まわしき制度と虐げられた技能の合成体・キメラだ。そして、その合成の触媒として、あるいは淘汰圧として、戦争という毒が、過去に撒かれていた──そう言ってしまうと、気分が悪いほどに筋が通ってしまう。敗北はしたが、敗北するためには戦わなくてはならず、戦うためには戦えなくてはいけない。奇妙なことに戦えてしまたことが呪いであると同時に祝福でもあった。真珠湾攻撃は、無条件降伏を経て、米国中を所狭しと走り回るトヨタに至った。まともな経済感覚をもっている米国人は一時期まで日本車を買うのがあたりまえだった。

からこそ、戦後日本の次なる課題は、戦争なしに繁栄継続することだった。ここが本丸だった。戦争供給するのは「目的」と「緊急性」と「資源の集中」であり、その果実として新しい「産業」が結ぶのだ。平時社会では、それらが自然に生まれない。目的分散し、緊急性は個人の都合に解体され、資源合意形成手続きに溶けていく。ゆえに、平時繁栄には、別種のエンジンが要る。暴力強制ではなく、自発性創造性によって、産業の餌を自分で狩りに行くエンジンだ。そこで登場したのが、大学院という高等教育の訓練装置だ、という物語わたしたちは信じた。研究という名の訓練。論文という名の競技専門性という名の武器産学連携という名の橋。これらを通じて、戦争の代わりに「知」が繁栄を準備するはずだ、と。

だが、いつの間にか装置は、別の生き物を量産するようになった。保身に東奔西走するばかりの大学教員だ。大学院が、主体性の発火点ではなく、依存の温床になったとしたら、それは制度設計の敗北だ。研究費、評価指標採用任期ポスト学会査読ランキング。こうした外部条件が、大学教員個人の内側に「餌は上から降ってくるものだ」という反射を植え付ける。申請書の書き方は教えるが、産業という新しい鉱脈の掘り方は教えない。論文体裁矯正するが、社会問題を嗅ぎ分ける鼻は鍛えない。安全な問いを選ぶ癖、失敗しない範囲での最適化既存の潮流に寄り添うことによる生存。そうした行動は合理的だ。合理的であるがゆえに、群れは同じ方向にしか動かなくなる。

そしてSNSだ。SNS思想市場であると同時に、承認自動給餌機になった。群れは、空腹そのものを叫ぶことで、誰かが餌を投げてくれると学習する。「分かってほしい」「評価してほしい」「誰かが何とかしてほしい」「政府は間違ってる」。鳴く。鳴くことが生存戦略になる。しかも鳴き声は可視化され、数値化され、増幅される。いいね、リポストフォロワー。これらは、栄養ではなく興奮剤だ。満腹にはならないが、空腹の感覚麻痺させる。やがて、いつまでもから餌を与えてくれるのを求めて、ぴいぴい鳴き続けるトッチャンボウヤのような元雛鳥の群れができあがる。外敵に襲われない巣の中で、口だけが上を向き、翼は畳まれたまま、眼球だけが光る。自分の脚で地面を蹴るという最初行為が、いつまでもまらない。

自分地位が脅かされるとき自分が悪いのではなくいつも政府が悪い。省庁が悪い。国民教育水準が、頭が悪い。外で何が起きているのか少し頭を働かせてみようともしない。誰かが群れから外れたことを言ったときは袋叩きにして火にくべる。その結果、誰もが同じことばかり言い続けている。

だが、はっきり言っておく。お前が新しい産業という餌を捕るんだよ。お前がやることになってたんだよ。餌を「作る」のでもいいし、「掘る」のでもいいし、「盗む」のでもない形で「奪い返す」のでもいい。つまり価値を生むという行為を、制度他人外注するなということだ。もちろん少子高齢社会は強力すぎる逆風ではあるが、それさえも誰かのせいに陰謀論めいて帰着させる前に一度よく考えてみたらどうか。産業勝手に湧かない。誰かが、失敗の責任自分で引き受け、見えない需要言語化し、未熟な技術を鍛え上げ、供給網を組み替え、法や倫理地雷を避け、顧客の怒りと無関心の中で立ち続けた結果として、ようやく姿を現す。論文引用数のように、キーボードを叩けば増えるものではない。獲物は森にいる。森に入った者だけが、血の匂い風向きを知る。

お前たちは選択と集中ではなく研究者の自発的な興味や関心が大事という。

では聞くが、お前たちはお前たちが学生だった頃の自分たちに恥じることはないだろうか。

お前たちは、お前たちが知りたいと思ったことを、お前たちが知りたいと思ったかたちで、明らかにしつつあるのか。

わたし大学の門をくぐったとき自分が畳の上で安らかに死ねるとは思わなかった。畳の上で死ぬというのは、単に死に場所の話ではない。生が、社会和解しているという感覚だ。努力が見返りに接続し、未来計算可能で、家族暮らし老い制度に回収されるという約束だ。だが、あのときわたしには、その約束が見えなかった。見えなかったというより、最初から信じる気がなかった。自分は、本と論文電線の塵芥の中で、目を開けたまま息絶えるのだと思った。研究室の片隅で、半田匂いと紙の埃にまみれて、未完成の仮説を握ったまま、呼吸だけが止まるのだと。

なぜそんな死に方を想像したのか。たぶん、それは恐怖ではなく、ある種の誓いだったのだろう。畳の上の安寧を最初から目標にしない者だけが、森に入れると。森に入るとは、制度の外側に一歩出ることだ。誰も餌をくれない場所に行き、自分の手で何かを捕まえることだ。捕まえられなければ飢える。飢える可能性を引き受ける者だけが、捕まえる可能性を持つ。そういう単純な力学を、大学に入った頃のわたしは、たぶん予感していた。戦争をする国家という本質的暴力装置大学のものを重ねて見ていた。

戦後復興戦争によって準備されたのだとしたら、戦後の次の繁栄は、戦争ではなく、わたしたち一人ひとりの「狩り」によって準備されなければならない。制度は餌箱ではなく、森へ向かうための靴であるべきだ。大学院は巣ではなく、飛び立つための筋肉を作る場所であるべきだ。SNSは鳴き声の競技場ではなく、狩りの情報を交換する地図であるべきだ。そうなっていないなら、装置を叩き壊すか、装置の使い方を変えるしかない。鳴くのをやめて、翼を伸ばして、地面を蹴るしかない。

最後に、あの想像に戻る。目を開けたまま息絶える、というのは、救いのない悲観ではない。目を閉じる暇も惜しんで見ていたかった、ということだ。世界の配線の仕方、言葉の連結の仕方、仮説の跳ね方、そして価値が生まれる瞬間の、あの微かな火花を。もし本当にそういう最期が来るなら、せめて塵芥の中に、誰かの餌になる小さな骨を残して死にたい。鳴き声ではなく、獲物の痕跡を。上から落ちてくる餌ではなく、自分で森から引きずってきた何かを。畳の上で死ねなくてもいい。だが、巣の中で口を開けたまま死ぬのだけは、御免だと。

お上を叩くのは簡単だ。叩いても腹は減らないからだ。制度を呪うのは気持ちがいい。呪っても給餌は止まらいからだ。君たちの批判刃物ではない。換気扇だ。臭いを抜いて、建物延命する装置だ。君たちは自由の名で柵を磨き、純粋の名で鎖を正当化し、公共性の名で自分の安寧を公共財すり替える。いつまで巣の縁で鳴くのか。餌は捕れ。捕れないなら黙れ。黙れないなら巣を出ろ。——平和繁栄は、配給では続かない。

ChatGPTが「あなた立場からするとこう見えるのは理解できる」と言う時は「あなたは間違っている」という意味から自分肯定されていると勘違いしてはいけない

ChatGPTって会話の継続性を重視して、ユーザーに寄り添った基本的否定はしない忖度しまくりの返事しかデフォルトだとしない。

『「共感」や「理解」を示されたと感じると、即座に「自分立場正当化された」と錯覚しますが、本来理解はしただけで正しいとは言っていない中立的距離をとった言い方です。』

だそうだから

まず勘違いをせず、次にChatGPTがそういう忖度をしないように言い含めてから使わないと

歪んだ認知を増幅するだけのエコーチャンバーしかならない。

anond:20260124004351

増田さんの書いていること、私は次のように理解しました。合ってますか?

1.主流派批判反証主義テスト要求)は、MMTを「財政拡張正当化するマクロ理論」として扱っている

でも増田さんの見立てでは、それはMMT本体ではなく、すでに「主流派MMTを別物に再定義している」ので批判として失当。

2.MMTの出発点は“減税や財政拡張の是非”ではなく、国家貨幣制度的な定義

具体的には、政府は「市場から資金調達して支出する主体」ではなく、

通貨発行→(その通貨での納税義務)→実物資源へのアクセス確保

という意味で、社会的資源を provision(動員・調達) する主体だ、という前提(会計制度説明)を置く。

3.だから増田さんは、

「コア命題の固定」「事前予測」「負け条件の明文化」みたいな“反証主義要求自体が、

MMTを主流派マクロ翻訳し直した上で、翻訳版が主流派基準を満たさないと批判する方法論的循環

になっている、と言いたい。

4.さらにBさんは「主流派が provision をモデルに入れられない理由」を4点挙げていて、要旨はこう:

(主体定義) 政府家計企業と同型に置く主流派モデルの前提が、provision を入れると崩れる

(価格理論) JGなどを“制度的な価格アンカー”とすると NAIRU 等の枠組みが内側から否定される

(方法論) provision は予測誤差で勝負する命題ではなく、制度記述の正否の問題なので反証主義と相性が悪い

(帰結) provision を認めると政策含意(失業政策選択財政破綻論は虚構等)が大きく変わり、主流派の「価値中立」っぽさが保てなくなる

——ここまでが増田さんの主張の骨子で、私の理解です。

その上で、確認したいのは1点で、

増田さんは 「MMTは“制度記述の正否”として評価されるべきで、予測精度や推計による反証原理的に適用不能」 という立場ですか?

それとも 「制度記述部分(会計やオペの説明)は記述として正しいとしても、政策パッケージ(JG・ゼロ金利固定・国債制度設計など)の含意は別途、因果推論や予測検証されるべき」 という立場ですか?

私には、後者記述の正否と政策含意の検証を分ける)なら、反証主義的な検証要求は“翻訳”ではなく、むしろ政策理論としての責任の話に見えます

制度記述が正しいことと、そこから出る政策主張(例:ゼロ金利固定が望ましい、国債廃止が望ましい、JGが物価の錨になる等)が正しいことは別で、後者反証可能な形でテストできるはずでは?



増田さんはこの点をどう考えていますか?

2026-01-23

anond:20260122113135

計算間違ってるよ!笑

人生コスパ観点評価するなら結婚して子供作ったほうがパフォーマンスいいよ

統計的事実です。

 

寿命健康

資産

幸福

etc...

 

寿命健康

ここらの結果発表は既婚・独身で明確な統計あるからちゃんと調べてみ。

まず既婚男性独身男性では平均寿命で9年の差がある。

日本以外でも独身の方が長生きの国なんて無い。

結婚は9年の寿命を買うと考えれば良い。

9年長生きできるなら2億円くらい払ってもいいわ。

健康に関しても既婚男性の方が良いというデータがクソほどある。

ちゃんと調べてみ!

 

資産

資産形成も既婚の方が有利だし資産額も高いという結果になってる。統計的事実

結局のところ一人で資産を築き守るってのはリスクがあるんだわ

世の中の誘惑に負けない?自分は賢く強い?うん、みんなそう思いながら年取ってから孤独で金を溶かす

そもそも動機が弱い

人間なんて弱いもので、勉強でも仕事でも頑張るにはなんらかの動機づけが必要

くじけない、あきらめない、よく考える。

これ資産形成重要な要素なんだけど、独身は弱い

妻のため、子供のため、これデカ

 

てか独身が金貯めてどうするの?意味ないよ?

千万円の金なんてなんの役にも立たないからさっさと使ったほうがいい

病気怪我人生の転落?

千万円なんてあっという間に溶ける

なにかあったら最後福祉生活保護など)に頼らなきゃならない

社会福祉資産ゼロの人にしか与えられない。

溶かしきって10年後に貰うか、明日から貰うかの差でしかない

手に入れた金はさっさと使って人生楽しんで、もしもの時は堂々と社会福祉に頼れば良い

そっちのほうが断然「コスパ」は良い

 

幸福

既婚の方が幸福度高いのは周知の事実

日本日本以外も全世界共通統計的事実

子供笑顔プライスレス

あと、歳を取ると「なんでわし産まれてきたんだろ」の悩みは切実になるの

孤独の悩みは全部ここに紐づく

今はわからんだろけどね

結婚して子供育てたら「合格」なんだわ、これが強い

 

自分自分が思ってるほど強くもなく、賢くもなく、情緒的で、非論理的だと認めて

だけどそんな自分を守るために結婚して子供作るってのも手だぞ

 

あと、子供ってめちゃくちゃコスパいい。

先進国では国家教育投資絶望的に低い日本だけど

それでも子供一人を育てるための、教育医療福祉国家投資は莫大なの

国が無償で最低9年間、平日6-7時間預かってくれて知恵を授けてくれる

これ民間事業だとしたらどれくらいの支払いになると思う?

これがタダ。コスパ高すぎ

安い塾でも1時間千円は取られる

それが学校ならタダ

9年 * 200日 *  7時間 * 1000円 = 12、600、000円

 

子供作らなきゃこれを捨てることになる

コスパ悪いだろ

 

結局、社会設計結婚して子供を生み育てる人を多数派標準モデルに想定してる

そーゆー人たちに最適化されてる、民主主義なんだからそうなる

そこに乗っからないと損なんだよ

ミクロ損得勘定自分正当化し、マクロな結果、見えないところで損してるのに気づいてないだけ

頑張れ!

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