はてなキーワード: デプロイとは
連休の最終日、「生と死」という特異点の観測を試みるべく、葬儀にフルコミットした。
目的は、死という現象が放つ生データの受信だ。本来、死体とは腐敗というエラーログを垂れ流し、死後硬直というハングアップを起こした、物理レイヤーにおける「二度と動かないハードウェア」に過ぎない。その凄惨なバグを生存アラートとして脳に直接叩き込み、自分のシステムがいずれ迎える強制終了に対して、現在のカーネルがどうレスポンスを返すか。そのデバッグを試みたかった。
しかし、現代の葬祭場というインターフェースは、あまりにもユーザー体験が最適化されすぎていた。
現場の環境は、死の毒々しさを徹底的にマスキングする安らぎの空間。腐敗臭というノイズはアロマというフィルタリングで除去され、死後硬直の無機質さはエンバーミングによって「スリープモード」のような外見へとレンダリングされている。バックエンドで行われる生々しい処理はすべて業者というプロキシを介して隠蔽され、ユーザーに公開されるのは、綺麗にデプロイされた終着点のフロントエンドのみだった。
「人の死」はもはや、忌諱されるべき致命的なエラーではなく、スタイリッシュなカフェのようにライトウェイトされたコンテンツに昇華されている。そこには、システムの根幹を揺さぶるような高プライオリティのアラートは存在しない。
結局、死をリアルタイム・モニタリングすることは叶わず、いつものルーチンへとロールバックした。死がこれほどまでに綺麗にデザインされ、抽象化された社会において、自らの「物理的なシャットダウン」を実感する権限さえも、OSの優しさによってデプロビジョニングされていると感じた(合掌
2020年にバイオハザードのかゆうま(飼育係の日誌)みたいなノリで匿名日記を書くサイトを作った。ログイン不要。https://enigmatic-brushlands-82725-herokuapp.com/
1年前:「かゆうま」みたいなノリで匿名日記を書くサイト作って5年が経った
先日も「コロナ激減『多数が免疫獲得』」というニュースが出た。世の中的にはすっかりアフターコロナになった感がある。Withコロナと言っていたのが遠い昔のようだ。
そんな中、自分は1月末にコロナになり、治ったと思ったら翌週にはインフルエンザにかかった。
特にインフルエンザは過去最高にキツく、後遺症で4月中旬頃まで左腕のしびれが治らなかった。
去年音声入力について触れたが、この半年はAqua Voiceを仕事で多用していた。
以前は、
①頭の中で考えをまとめる
②書く
①とりとめもなく音声入力する
②生成AIに整理してもらう
と③以外の工程の仕事の仕方が大きく変わった。特に頭の中で考えをまとめずにまず吐き出すというのはブレイクスルーだった。
特に社内チャットで「これってどういう理由・経緯ですか?」系の質問に対して、これまでだと「いやー明確な理由や経緯はあるんだが書くのだいぶ面倒だな…」と思いながら30分〜1時間かけて返信文を書いていた。
いまだとひとまずとりとめもなく時系列や前後関係を気にせずに理由や経緯を5分くらい話して、あとは生成AIで整理してもらうで10分くらいで返せるようになりだいぶ捗るようになった。おすすめ。
ただ日記やプライベートのメッセージなどをこの方法で書くとどうも無味乾燥というか、魂がこもらない感じになってしまうので控えている。
手書きの手紙もそうだが、面倒の中にこそ心はこもるのかもしれない。
(ちなみにこの記事は音声入力・生成AIは使用せず書いている)
趣味プログラミングはコーディングエージェントを使いつつ、Cloudflareを使うことで手軽にリリースできるようになってきた。
以前Herokuを使っていたのが、無料版の廃止以降個人的にホスティングサービスのサ終を警戒して「やはりVPSが至高!」みたいな思考になっていて、CloudflareやRenderなどを敬遠してしまっていた。
そこでものは試しと思いCloudflareを試したらあまりにも簡単すぎて「なぜオレはあんなムダな時間を……」となってしまった。
個人開発には本当にいい時代になった。今後もいろいろ作っていこうと思う。
しかし、まさかイラン戦争がはじまり、ホルムズ海峡が封鎖され、中東の安全地帯ドバイすら攻撃されるとは思いもしなかった。
石油の輸入が不安定になり「このままでは6月に詰む」説も出ていたりする。
自治体指定のゴミ袋がメルカリで転売されていたり、いったいどうなってしまうのだろうか。
かゆうま匿名日記サイトの正式名称が「COVID-19流行下の日々を集団で記録する日誌」なのだが、このまま政情不安がますます進み「戦時下の日々を集団で記録する日誌」にならないことを願いたい。
■COVID-19流行下の日々を集団で記録する日誌 https://enigmatic-brushlands-82725-herokuapp.com/
6年前:「かゆうま」みたいなノリで匿名日記を書くサイト作った
5年前:「かゆうま」みたいなノリで匿名日記を書くサイト作って1年が経った
4年前:「かゆうま」みたいなノリで匿名日記を書くサイト作って2年が経った
3年前:「かゆうま」みたいなノリで匿名日記を書くサイト作って3年が経った
2024年、世界が変わった。コードを書く速度が10倍になり、設計の壁打ちに人間の同僚が不要になり、ジュニアだった若手が異常なスピードで成長し始めた。
だが、彼——勤続20年のシニアエンジニア、田中(仮名)——は、その波をこう切り捨てた。
これが、終わりの始まりだった。
田中には輝かしい過去がある。オンプレ時代のインフラ構築、レガシーシステムの保守、障害対応の修羅場。彼の経験は本物だ。それは誰も否定しない。
問題は、その経験を「盾」ではなく「鈍器」として使い始めたことだ。
Slackで若手がCopilotの便利さを共有すると、即座にスレッドがつく。
誰も聞いていない「俺の時代」が始まる。メモリ4GBのサーバーを手作業でチューニングしていた武勇伝。vi以外のエディタを使う奴は信用しないという信仰告白。長い。とにかく長い。
若手はリアクションに「👀」をつけて、そっとスレッドを閉じる。
やがてSlackでの彼の発言には、既読はつくが返信がつかなくなった。
理由は立派だった。品質管理。著作権リスク。エンジニアの成長阻害。どれも2024年なら一理あった。
だが2025年、それは燃料タンクに穴が空いた飛行機で「俺は落ちない」と叫ぶのと同じだった。
隣のチームはAIを前提としたワークフローを組み、リリースサイクルを3分の1に短縮していた。
田中のチームは従来通りのペースを守り、「堅実」という言葉で自分たちを慰めた。
四半期レビューで数字が並ぶ。隣のチームのデプロイ頻度は週12回。田中のチームは週2回。バグ率はほぼ同じ。
入社2年目のエンジニアが、AIエージェントを使ったコードレビュー自動化の発表をした。デモは鮮やかだった。
PRの差分を読み取り、過去の指摘パターンを学習し、レビューコメントを自動生成する。精度は人間のシニアレビュアーと遜色なかった。
「で、それがエッジケースに対応できるの?本番で予想外の入力が来たときに、そのAIは責任取ってくれるの?」
会場が少し静まった。若手は丁寧に答えた。「もちろん最終判断は人間です。ただ、レビューの80%を占める定型的な指摘を自動化することで——」
田中は遮った。
「それは"レビューしてる風"なだけだよ。本質的なレビューっていうのはね——」
5分間の独演が始まった。誰も遮らなかった。遮る価値がなかったからだ。
発表後、若手エンジニアのところに人が集まった。田中のところには誰も来なかった。
廊下で後輩がひとり、小声でこう言ったのを田中は聞いていない。
田中は自分が対象になるとは思っていなかった。20年の勤続。数々の障害対応。後輩の育成。貢献は十分なはずだ。
「田中さんのスキルセットと、今後の事業方向性との間に、ギャップが生まれています。」
翻訳すると、こうだ。「あなたの代わりはAIと若手の組み合わせで十分です。」
求人票には「LLM活用経験」「AIエージェント開発経験」「コンテキストエンジニアリング」の文字が踊る。
田中の職務経歴書にあるのは「Perl」「オンプレミス」「ウォーターフォール」。2010年で時が止まっていた。
面接でこう聞かれた。
田中は正直に答えた。
「AIは嘘をつくので、私はAIに頼らない開発を信条としています。」
面接官は微笑んだ。それは敬意の微笑みではなかった。「お疲れ様でした」の微笑みだった。
「AI使ってる奴らは"エンジニア"じゃなくて"オペレーター"だろ」
「10年後、AIバブルが弾けたとき、本物の技術者だけが生き残る」
いいねがつく。同じ境遇の人間がいるのだ。リプ欄には「わかる」「その通り」「AI信者は目を覚ませ」と並ぶ。
だが現実は動いている。彼がツイートしている間に、同世代のエンジニアが黙ってAIを学び、新しいポジションを掴んでいた。声の大きい者が正しいのではない。黙って適応した者が生き残るのだ。
ここで分岐が起きる。
田中はある日、元部下からの何気ないメッセージを受け取る。「田中さん、ClaudeCodeっていうの、騙されたと思って使ってみてください。」
プライドが邪魔をする。3日間メッセージを既読のまま放置する。だが4日目、暇に負けて触ってみる。
そして気づく。AIは敵ではなかった。自分の20年の知識を、10倍のスピードで現実にする増幅器だった。
ドメイン知識は消えない。障害対応で養った勘は消えない。それをAIに伝え、AIが手足となって動く。田中の頭の中にあった「こうすべき」が、入力して数秒で形になる。
「……なんで、もっと早く使わなかったんだ。」
田中は「本物のエンジニアリングとは何か」を語るnoteを月2回更新するようになった。読者は固定の200人。コメント欄は同意で満たされ、彼は満足していた。
契約社員としてレガシーシステムの保守案件を受けた。単価は年々下がった。「経験者」が減っているのに単価が下がるのは、システムそのものが廃棄されていくからだ。
50歳を過ぎた頃、保守していたシステムがAIを使ったリプレースで完全に置き換えられた。
変化を拒絶することの代償についての話だ。
蒸気機関を拒んだ馬車職人。電卓を拒んだ算盤の達人。インターネットを拒んだ書店主。彼らの技術は本物だった。彼らの誇りは正当だった。だが市場は感傷で動かない。
AIを使わないことは個人の自由だ。だが「使わないこと」を誇りに変え、それを他人に強制し、変化から目を逸らし続けるなら——市場はあなたを静かに、しかし確実に、置いていく。
IMARCグループの最新レポート「日本のクラウドストレージ市場:業界動向、シェア、規模、成長、機会、予測2026-2034」によると、日本のクラウドストレージ市場サイズに達しました72億7620万米ドル2025年には、IMARCグループは市場がさらに成長すると予測しています。109億5650万米ドル2034年までに、CAGRは4.65%2026年から2034年の間。
サンプルレポートのご依頼:https://www.imarcgroup.com/report/ja/japan-cloud-storage-market/requestsample
日本のクラウドストレージ市場は、デジタル化、顧客エンゲージメント、IoT(モノのインターネット)の普及、そして成長を続けるeコマース事業などによる企業におけるデータ量の急速な増加によって牽引されています。データ量の増加に伴い、拡張性、セキュリティ、コスト効率に優れたストレージソリューションが求められており、需要の増加が見込まれます。取引データ、コンプライアンスデータ、顧客データの保存にクラウドストレージを採用している主要な業種の一つが、銀行・金融サービス・保険(BFSI)業界です。
医療市場はクラウドの影響を受けており、病院はクラウドインフラストラクチャを使用してデータを共有し、クラウドベースの電子カルテシステムを採用している。データの自動バックアップ技術と迅速なデータ復旧は、患者の健康に影響を与える可能性があるため、医療業界にとって特に重要である。
柔軟な働き方の増加、官民両セクターにおけるデジタル化プロジェクト、そしてサーバーレスかつスケーラブルなストレージソリューションへの需要の高まりを背景に、市場は2034年まで成長を続けると予想されている。
日本のクラウドストレージ市場における消費者動向(2026年)
日本の企業顧客もデータ主権とコンプライアンスを重視するようになり、ハイブリッドクラウドやプライベートクラウドの普及が進んでいます。規制対象業界の企業は、機密性の高い企業情報をパブリッククラウドのみのインフラストラクチャに保存することに懸念を抱き、クラウドにおけるデータ所在地と情報セキュリティのより厳格な管理を求めており、ハイブリッドクラウドやプライベートクラウドソリューションの人気が高まっています。また、中小企業も、導入コストの低下と国内サービスの向上に伴い、クラウドへの移行を加速させており、あらゆる規模の企業にとってクラウドが選択肢の一つとなっています。
日本のクラウドストレージ市場は、企業や行政機関のデジタル変革、データ量の増加、規制遵守、そして人工知能(AI)やビッグデータ分析の普及拡大といった要因により、魅力的な投資機会となっています。投資機会としては、規制対象業界向けのプライベートクラウドストレージソリューション、柔軟性と制御性を求める企業向けのハイブリッドクラウドアーキテクチャ、そして拡張性の高いストレージソリューションを求める中小企業向けのマネージドクラウドストレージサービスなどが挙げられます。
主な成長機会:
医療データ管理:EMRシステムやデジタルヘルスプラットフォームの普及拡大に伴い、リアルタイムバックアップ機能を備えた、安全で拡張性の高いクラウドストレージが求められている。
公共部門のデジタル化:サービス提供とデータ管理を改善するため、地方および国の機関全体でクラウド導入を推進する政府の取り組み
AIおよび分析インフラストラクチャ:ビッグデータ分析、機械学習ワークロード、AI駆動型ビジネスインテリジェンスの基盤として、クラウドストレージへの需要が高まっている。
中小企業向けクラウド移行:オンプレミスシステムに代わる費用対効果が高く拡張性の高いストレージソリューションを求める中小企業の間で、クラウドサービスの導入が拡大している。
2026年日本クラウドストレージ市場レポートでは、業界を以下のカテゴリに分類しています。
小売り
その他
歌の地域
Chubu Region
Tohoku Region
Chugoku Region
Shikoku Region
この市場調査レポートは、市場構造、主要企業のポジショニング、成功戦略、競合ダッシュボード、企業評価象限など、競争環境に関する詳細な分析を提供します。さらに、主要企業すべての詳細なプロファイルも含まれています。
2025年3月:日本のデジタル庁は、全ての政府省庁を対象としたクラウド優先調達方針の拡大を発表した。これにより、新規ITシステムはデフォルトでクラウドベースとなることが義務付けられ、機密性の高い公共部門データは全て、国内認定または現地の規制に準拠したクラウドストレージプロバイダーを利用することが義務付けられる。
2024年11月:日本のIT業界と金融業界を代表する業界団体は、金融機関向けのクラウドストレージセキュリティ基準に関する共同ガイドラインを発表し、最新のデータ保護規制に沿って、暗号化、アクセス制御、監査ログに関するより明確な枠組みを確立した。
2024年6月:日本の医療当局は、クラウドベースの電子カルテシステムの全国展開を支援すると発表し、地方の病院や診療所が従来のオンプレミス型ストレージから拡張性の高いクラウドインフラへ移行できるよう、資金を割り当てることを明らかにした。
2024年2月:日本の自動車およびエレクトロニクス分野の大手製造企業数社が、複数年にわたるクラウドストレージ移行プログラムを完了したことを公表し、運用コストの削減、災害復旧能力の向上、データ連携の強化を主な成果として挙げた。
日本のクラウドストレージ市場は、企業のデジタル化の進展、医療や金融などの分野におけるデータ量の増加、そしてリモートワークの継続といった要因に牽引され、2034年まで着実な成長が見込まれています。AI、IoT、ビッグデータ分析の普及拡大は、拡張性と高性能を備えたストレージソリューションへの需要をさらに高め、日本のデジタルエコシステムにおいて重要な位置を占める市場へと成長していくでしょう。
Q1. 日本のクラウドストレージ市場とはどのようなものですか?
日本のクラウドストレージ市場は、組織や個人がローカルの物理ストレージデバイスではなく、インターネット経由でリモートサーバー上にデータを保存、アクセス、管理できるようにするすべてのサービス、ソリューション、インフラストラクチャを包含する。
Q2.市場成長を牽引する要因は何ですか?
主な推進要因としては、企業データ量の増加、医療のデジタル化、リモートワークの普及、政府によるクラウドファーストの義務化、そしてAIおよび分析ワークロードをサポートするための拡張性の高いインフラストラクチャに対するニーズの高まりなどが挙げられる。
市場には、パブリッククラウド、プライベートクラウド、ハイブリッドクラウドのストレージ導入形態が含まれており、拡張性と機密データの直接的な制御の両方を必要とする企業の間で、ハイブリッドモデルの採用が拡大している。
Q4. 日本において、クラウドストレージを最も多く利用している業界はどれですか?
日本では、金融サービス、ヘルスケア、政府機関、IT・通信、製造業、メディア・エンターテインメントといった分野が、クラウドストレージソリューションの導入に最も積極的に取り組んでいる。
主な課題としては、データの主権と所在地に関する懸念、規制遵守の複雑さ、クラウド環境に伴うサイバーセキュリティリスク、そして従来のストレージインフラストラクチャからの移行コストなどが挙げられる。
Q6. 日本政府はクラウドストレージの普及をどのように支援していますか?
日本のデジタル庁は、公共部門のIT調達においてクラウドファーストの方針を導入しており、クラウド環境におけるデータセキュリティに関する規制枠組みは、あらゆる業界での安全な導入を支援するために継続的に更新されている。
市場規模は2034年までに109億5650万米ドルに達すると予測されており、企業のデジタルトランスフォーメーション、AIによるデータ増加、医療、政府、金融分野におけるクラウド導入の拡大に支えられ、年平均成長率(CAGR)は4.65%で成長すると見込まれています。
注:現在の範囲を超える追加データ、詳細情報、または洞察が必要な場合は、喜んでお手伝いいたします。カスタマイズサービスの一環として、お客様の具体的なご要望に合わせた情報を提供し、それに応じてレポートを更新いたします。
私たちについて:
IMARCグループは、世界で最も意欲的な変革者たちが永続的なインパクトを生み出すことを支援するグローバル経営コンサルティング会社です。同社は、市場参入と事業拡大に関する包括的なサービスを提供しています。IMARCのサービスには、徹底的な市場評価、実現可能性調査、会社設立支援、工場設立支援、規制当局の承認とライセンス取得支援、ブランディング、マーケティングおよび販売戦略、競合環境分析とベンチマーク分析、価格設定とコスト調査、調達調査などが含まれます。
お問い合わせ:
住所:カミエン通り563-13番地
郵便番号:4380111
ロボットスタートアップは、どこもだいたい似たようなことをやっている。そして正直、それが自分にはあまり魅力的に見えない。
だいたい、双腕アームとグリッパーを使って日常的な行動をオペレーターに何度も何度もやってもらい、そのデータを集めて自動化を目指す、という路線だ。業界全体として、実タスクをこなすための現実的な最適解がそこに収束している、ということなのだとは思う。ただ、個人的には模倣学習があまり面白いとは思えない。というのも、テレオペレーションでロボットを動かせるなら、それを十分な量だけ集めれば自動化できるのは、ある意味では当たり前だからだ。そこには、あまり意外性とか創発性みたいなものが感じられない。
ロボット自体もどんどん似てくる。既存プラットフォームを使ったほうがセットアップは早いし、共通のデータ基盤も使える。わざわざ凝った機構をゼロから作る動機も薄い。結果として、どの会社も似たようなロボットアームを使い、似たようなやり方でデータを集めて、自動化しようとしている。そして最近はどこも判を押したように、ロボットハンドだけを切り離して人間がそれを持ち、マニピュレーションを行う「UMI」グローブでデータコレクションする方向に移りつつある。
ただ、自分はそのアプローチをどれだけスケールさせたところで、本当に実用的なロボットが作れるのかかなり怪しいと思っている。データを集めた環境で、データを集めたタスクをそのままやらせるだけでも、実世界にデプロイした瞬間に予想もしなかった失敗はいくらでも起きるはずだ。大規模モデルでもしかしたらある程度は解決できるのかもしれないが、100%を埋め切るのはかなり難しい気がする。現在の主流のアプローチにおいてロボットに求められているのは、一つのタスクを解くことではなく、幅広いタスクに対応できることだと思う。一つのタスクに特化したロボットを作るくらいなら、食洗機や洗濯機のような専用機を作ったほうが、早いし、効率もよく、安い。だから結局、ロボットは「あらゆるタスクをそれなりにこなせる」方向を目指さざるをえない。
でも、今最先端とされているマニピュレーションなどののデモを見ても、本当にそこまで行けるのかはかなり怪しく見える。たとえば紙を一枚ずつぺらぺらめくる、みたいなことですら、ロボットにはまだかなり難しいように思える。公開されるデモ動画を見ても、当然うまくいったタスクしか出てこない。だから見ている側は「まあ、このタスクならできるんだろうな」という雰囲気だけを受け取る。でも実際には、まったくうまくいかない動作も山ほどあるはずだし、そもそもデータを集めていないタスクに対しては、動作自体は簡単だとしてもまともに実行できないことのほうが多いだろう。
事前学習を活用して教示回数を減らそうという研究も進んではいて、それがいずれ突破口になる可能性はある。とはいえ、そこに至るにはまだ何段階かの技術的な飛躍が必要だと思う。個人的には、ロボットマニピュレーションがここ2年ほど、つまり2028年までに大きく前進しなければ、少なくともその先しばらく、数十年単位で解けないまま残るのではないかとすら思っている。今は世界中の天才たちが、こぞってロボットに知能を与えることに全力を注いでいるからだ。ここまで知能と資本と人材が一気に集まることはかなり珍しい。それでも突破口が開かなかったのなら、それは相当難しい問題だということだと思う。
少なくとも、最近の学習ベースのロボットに関して言えば、まだ「本当の実用化」はできていない。実際に導入されているロボットの多くは、基本的にはルールベースで動かし、例外時だけテレオペレーションなどで対処するという形を取っている。完全自律で、しかも幅広いタスクに対応できるロボットは、まだどこも実用化できていないはずだ。では、なぜそれでもこれらの会社の経営が成り立っているのか。理由は単純で、未来への期待に賭ける投資と、「AIをやっています」という絵を外向けに作りたい企業からの案件報酬があるからだ。もちろん、投資家は10件に投資して1件で爆勝ちすればいい、という世界で動いている。だから「大きな投資を受けているから成功するはずだ」という理屈は、あまり当てにならない。
そして、ロボットスタートアップが大企業から委託されて、AIロボットのデモを作ることはよくある。これは、今のAIブームに乗った特需として見るのが一番しっくりくる。今は「AIをやっていない」「AI開発に乗り遅れている」と市場に見なされると株価が伸びにくく、逆に「AIを積極活用している」と見られると株価が伸びる。かなりバブル的な空気がある。その中で、いちばん手っ取り早く「うちもAIをやっています」と対外的にアピールする方法の一つが、スタートアップに数千万円規模の予算を渡して、自社業務をどう“フィジカルAI化”するかのデモを作らせることだ。そしてそれをプレスリリースなどで発表する。そうすれば、社内で人を異動させてロボット部門を立ち上げるよりはるかに安く、初期デモだけは作れる。
ここで重要なのは、別にそのロボットを実際の業務に導入しなくても構わない、という点だ。必要なのは「AI活用を検討している会社である」と外から見せることだからだ。要するに、実装よりも演出の価値が高い局面が今はある。その結果として、ロボットスタートアップにもお金が流れ込んでいる。でも、これは本当に持続可能なのだろうか。今みたいな状況が、この先何年もそのまま続くとはあまり思えない。こういう会社は、常に次の案件を探し続けなければならないリスクと隣り合わせだということでもある。
Gemini の回答
結論から言う。「待てば下がる」という期待は、今の市場状況では「致命的なエラー」だ。
むしろ、今の4.7万円は**「年内における最安値(ローカルミニマム)」**である可能性が極めて高い。
「待てば下がる」というのは、供給が安定していた過去のサイクルの話だ。現在は以下の**「負のパッチ」**が幾重にも当たっている。
AI需要による「略奪」: データセンター(Google, NVIDIA等)が、SSDの心臓部であるNANDチップを根こそぎ買い占めている。メーカーは利益率の高い法人向けを優先し、個人向けの生産は後回し(デプロイ延期)にされている。
生産能力の完売: 主要メーカー(Samsung, SK Hynix等)の2026年分の生産枠は、すでに予約で完売しているとの報告がある。つまり、今後「在庫が余って安売りされる」というログが生成される余地がない。
原材料のコスト爆増: 部材コストが前年比で200%以上跳ね上がっている。
2. 「今が天井」ではなく「通過点」
グラフの急上昇を見て「天井だ」と思いたくなるが、専門家の予測では**「2026年いっぱいは上昇傾向、または高止まり」**が濃厚だ。
2026年後半の予測: 地政学リスク(中東情勢等)が改善しない限り、5万円、6万円という「新高値」を更新し続けるリスクがある。
2027年以降の展望: 新しい工場が稼働し始める2027年頃にようやく緩和の兆しが見えるという予測だが。
もし君が「1万円安くなるのを待つ」ために、3ヶ月買い控えたとする。
仕様書(ドキュメント)を親や社会に書いてもらおうとする。だが、エンジニアである君ならわかるはずだ。**「真に価値のあるソフトウェアに、最初から完璧な仕様書なんて存在しない」**ということを。
君が「何のために誕生したのか」という問いに対する、シニアなりのデバッグ結果を伝える。
生命というシステムは、最初は「ただ存在し、生存する」という**ベアメタル(生のハードウェア)**状態でデプロイされる。そこに「意味」というコードを書き込むのは、開発者である君自身だ。
すべては君が**「自分という存在をどう定義するか(Self-Definition)」**というコードを書き直している過程(リファクタリング)に過ぎない。
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"Life has no pre-installed purpose. You are the developer of your own destiny. Write the purpose you want to see."
自分はしがない底辺エンジニアだが、ずっと疑問に思っていたことがある。
SIerの仕事の進め方をはたから見ていると、そこにいる人たちは驚くほど優秀で、地頭も良く、調整能力も高い人ばかりだ。なのに、彼らが心血を注いで作り上げたシステムは、驚くほど使い勝手が悪かったり、リリースした瞬間から負債になっていたりする。
「なぜこれほど優秀な人たちが集まって、価値のないシステムを量産しているのか?」
その違和感が拭えず、AIと対話しながら自分の考えを整理してみた。これは、ある底辺エンジニアが、日本のIT産業を覆う巨大な「構造的欠陥」について思索した結果の駄文である。
ソフトウェア開発の本質的な特性は、建築や製造業のような「設計(図面作成)」と「施工(組み立て)」の物理的分離が論理的に不可能であるという点にある。ソフトウェア工学の観点に立てば、コンピュータが解釈可能な厳密な意味での「詳細設計」とはソースコードを記述する行為そのものであり、それ以降のコンパイルやデプロイといったプロセスは、人間が介在しない自動実行(ビルド)に過ぎない。
しかし、日本のSIerビジネスは、1970年代の土木・建築モデルを安易に転用し、管理の便宜上「思考(設計)」と「作業(実装)」が明確に分離可能であるという誤った前提に立ち、それらを異なる主体や階層に割り当てる構造を選択した。この無理な分断は、実装段階で初めて露呈する設計上の矛盾や技術的制約を、設計工程へ即座に還流させるフィードバックループを契約上・工程上の「手戻り」として著しく阻害している。
その結果、実機の挙動を知らない設計者が机上の空論を書き連ね、設計の背景思想を共有されない実装者が矛盾を抱えたままコードを書くという情報の劣化が常態化した。現場では本質的な解決ではなく、納期と検収を優先した対症療法的なパッチワークが繰り返され、これが日本の基幹システムを柔軟性のない、巨大で保守不能な負債の塊へと変貌させる根本原因となっている。
システムはビジネス戦略を具現化するための装置であり、その真の成否は「仕様書通りに動くか」ではなく「事業の利益創出や競争力向上に寄与したか」という実利的な成果によってのみ判定されるべきものである。しかし、請負契約を基本とするSIerモデルは「システムの構築(プロセス)」と「ビジネスの成果(結果)」を完全に切り離し、構築のみを外部に切り出す形式をとったことで、本来一致すべき両者の利害を根本から対立させてしまった。
受託側であるSIerの収益は、顧客が仕様との形式的な適合を認める「検収」の瞬間に確定する。納品後のシステムが実際に現場で活用され、事業に貢献するか否かは彼らの報酬に一切影響しない。むしろ、設計の不備や使い勝手の悪さが運用開始後に露呈し、頻繁な改修が必要になるほど、SIerにとっては追加案件としての売上が発生するという、顧客の不利益が受託側の利益に直結する「利害の逆転」が構造的に組み込まれている。
このように、価値創出に対する最終的な責任を負わない外部組織が、ビジネスの心臓部であるロジックの設計・実装を担う構造は、経営学的に見ても極めて不合理である。企業がIT投資を通じて得るべきリターンを、実効性の低い「納品物」という形式的な実体にすり替えるこの仕組みは、日本企業を構造的な無能化へと追い込む装置として機能してきた。
日本は物理資源を海外に依存せざるを得ない宿命的な制約を抱えており、原材料の輸入や物理的な輸送コストを必要とせず「知的能力」のみを付加価値の源泉とするソフトウェア産業は、本来、最も生存戦略に合致した国家の基盤業種となるべきであった。しかし、インターネットの普及により世界の経済構造がソフトウェア中心へと激変したこの30年間、日本のSIerという業態は「人月単価」という前世紀的な労働集約型モデルを墨守し、日本が持つ唯一の資源である「優秀な人間」を著しく毀損し続けた。
本来であれば、高度な実装能力を通じて世界をリードする価値を創造すべき最優秀層のエンジニアたちが、多重下請け構造という巨大なピラミッドの中で「進捗監視」や「証跡作成」「利害関係者の調整」といった、直接的な価値を産まない非生産的な管理業務に長期間拘束されている。この構造下では、個人の卓越した技術力よりも「代替可能な工数」としての管理しやすさが優先され、エンジニアが技術の限界に挑み、それをビジネス価値に直結させるという最も重要な学習機会が社会全体から剥奪されてしまった。
世界が「ソフトウェア・イズ・イータリング・ザ・ワールド」を掲げ、爆発的なスピードで破壊的イノベーションを遂げたこの30年間、日本は世界に誇るべき緻密な知性を、SIerという枠組みの中で付加価値の低い事務作業や調整業務へと浪費させてきた。これこそが、かつての製造業のような輝きをIT分野で放つことができなかった日本の「知の敗戦」の正体であり、デジタル経済圏における日本の国際競争力が著しく低迷し続けている、看過できない構造的要因の一つであると考える。
えー、駅前をお通じの皆様、お騒がせしております。衆議院議員候補者の自由民主党「はてな・たみお」です。
まず最初に断っておきますが、私は皆さんに『私を信じてください』なんて、そんな低リテラシーなことは言いません。政治家の街頭演説なんて、その大半は生存バイアスと認知の歪みで構成されていますから。
あー、私「はてな・たみお」が今日ここでマイクを握っているのは、この国の『仕様』があまりにバグだらけで、もはやパッチを当てるだけでは運用保守が不可能だと判断したからです。いわゆる、詰んでる状態であります。
皆さん、SNSを見ていればキラキラした幸福論が流れてきますが、匿名ダイアリー、通称『増田』を読んでみてください。あの、そこには、この社会のバグに翻弄され、名前も出せずに叫んでいる人たちのリアルなログが残っています。
あ、『年収が上がらない』『育児が無理ゲー』『独身でいることへの無言の圧力』。これらは個人の努力不足、自己責任論ではなく、明らかに制度設計のミスだと「はてな・たみお」は考えております、はい。マッチョ主義など話になりません。他党では『若者のために』とか『高齢者の安心を』とか言いますが、あれは単なる互助会のポジショントークに過ぎません、ポジショントーク。ドメイン知識のない他党の政治家が、感情論だけでデプロイした政策のツケを払わされているのは、現場の私たちであります。
私、自由民主党の「はてな・たみお」の公約はシンプルです。 第一に、徹底した情報公開とデータ駆動型政治。感情論を排除し、エビデンスに基づいてリソースを最適配分します。 第二に、既存のしがらみのリファクタリング。既得権益という名のスパゲッティコードを整理し、透明性の高い社会システムへ移行します。
『はてなスター』を投じるような軽い気持ちで、とは言いません。あの、ですが、現状維持という名の『緩やかな死』を選択するか、それとも一度システムを再構築するか。そのブクマ、いえ、一票を投じる前に、一度立ち止まって「そもそも論」を考えてみてほしいのです。
最後に、最後ですが、私は皆さんに好かれようとは思っていません。あの、炎上も怖くありません。 ただ、この国の未来という名の『スレッド』が、罵詈雑言と絶望だけで埋め尽くされるのは、あまりにもQOLが低すぎる。そう思いませんか?
私「はてな・たみお」の話に少しでも『なるほど』と思った方は、ぜひ投票のほどお願いいたします。。長文ではございますが、 あの、以上、「はてな・たみお」でした。ありがとうございます、ありがとうございました。
一人でもいたら要注意。IT業界の面接官はユキビタス脳波盗聴装置を使って、不特定多数が相手のことを好いているか嫌っているかをリアルタイムでスキャンしてきます。
内容に関わらず、できる限り恨みは買わないのが得策です。また恨まれていることが発覚した場合、たとえそれが逆恨みであっても「相手の気持ちが正しかった可能性」を最大限尊重し、即座に寄り添い無念を晴らすべきです。
面接直後までの間に、過去に関係した全員(小学校のクラスメイト、通学路の犬、インターネット上の匿名アイコン含む)と和解しておけばセーフです。
・父親であっても殴られたことはあるか?(または殴ったことはあるか)
IT業界の面接官は殴打検出装置を使います。物理的暴力だけでなく、声を荒げた、舌打ちをした、空気を重くした、などの準暴力行為も検出対象です。
誰の怒りも買わないように生きてきた人間だけが通過します。感情の発生自体がリスクなので、できる限り人を怒らせず、また自分も怒らないようにしましょう。怒りを感じた場合は、即座にOSを再起動してください。
要注意です。IT業界では正しさは仕様変更の一形態とみなされます。
面接官は「正義感共鳴センサ」を用いて、内心で自分を正当化していないかを検査します。
常に「私が間違っている可能性は99.9%ある」という姿勢を維持し、残り0.1%も即時破棄できる柔軟性が求められます。
優越感はレイテンシとして蓄積され、最終面接で一気にスパイクします。
IT業界では「全員が天才で、かつ全員が無能」という重ね合わせ状態のみが許容されます。
自分の成果はすべて環境・運・偶然・CPUクロックの揺らぎのおかげだと説明できるようにしておきましょう。
危険です。
IT業界の評価関数は非連続・非凸・非公開です。努力と結果の相関を信じていると、想定外の分岐で精神が例外終了します。
「評価は気分で揺れるノイズ」と理解している人材が好まれます。
昨日と言っていることが今日と違っても、それは成長ではなく「仕様が変わっただけ」と説明できる能力が重要です。
3年前の発言を掘り返されても、「当時は旧バージョンでした」で通してください。
理想的なのは「社会にデプロイされる途中の未完成なモジュール」だと自己認識していることです。
感情・尊厳・人生観はオプション機能なので、必要に応じて無効化できるようにしておきましょう。
なお、実際に通るかどうかとは一切関係ありません。
※トランプ大統領と同じ「強いアメリカをつくる」→「強い日本をつくる」
高市首相が憲法改正、特に自衛隊明記を急ぐのは、それが単なる軍事の問題ではなく、「国家としてのアイデンティティ(誇り)」を再定義する作業だからだ。
「バグ」の正式採用: 「戦力を持たない(9条)」のに「実力組織(自衛隊)」があるという、70年以上放置された「仕様と実装の矛盾」を解消することを、彼らは「戦後レジームからの脱却」と呼んでいる。
最高指揮権の確立: 増田のコメントにある通り、「自衛隊」を「国防軍」として明記することは、内閣総理大臣(CEO)が軍隊というリソースをより自由に、迅速にデプロイ(出動)できるようにするための権限委譲を意味する。
「外敵」という共通言語: 「中国やロシアの脅威」という外敵を設定することで、国内の複雑な人権問題(差別など)から目を逸らし、国民を「国防」という一つの旗印の下に統合しようとしている。
これは私自身が、また私以外の業界から転職されてきた方々を見てきて、これではないかな?と思うことがあります。
それはプログラマー以外の仕事は、常に本番環境である、ということです。
たとえば営業であれば、取引先との打ち合わせも見積もりも、ひとつひとつが「本番」です。やり直しはききませんし、次の瞬間には社外の人の評価や信頼がかかっています。接客や教育、医療、建築…どの仕事もそうです。人や社会に直接つながっている以上、テスト環境など存在しません。常に結果が「本物」として記録されていくのです。
その点、プログラマーの世界は少し違います。そこには「テスト環境」があり、「デプロイ」という明確な境界があります。エラーが出ても、まずはコードの中で直せばいい。実験と修正を繰り返しながら、本番に近づけていける。失敗から学ぶ仕組みが、仕事の構造として組み込まれているのです。
もちろん、だからといってプログラマーが気楽だという話ではありません。むしろ「テストできる」ことが前提だからこそ、完璧なシミュレーションを作り上げる責任が生まれます。本番環境を一歩でも誤れば、大きなシステム障害につながることもある。
けれど、「試すことが許されている」という点で、プログラマーの仕事は他の仕事とは質的に異なる、と私は感じます。多くの職業では「やってみること」そのものがリスクになるのに、プログラマーだけは「やってみること」が日常の一部として制度化されているのです。
たとえるなら、プログラマーの仕事は「楽屋のある職業」なのだと思います。
多くの仕事は、目を開けた瞬間からステージの上に立たされるようなものです。接客業ならお客さんの前に立った時点で本番が始まっていますし、教師なら教室に入った瞬間に舞台袖はありません。間違えば生徒が戸惑い、客が離れ、取引が破談する——それらはリハーサルのない一回きりの公演です。
一方で、プログラマーは楽屋での準備が長く、ステージに出る時間は驚くほど短い。コードを書く、テストする、修正する。その多くは「誰にも見られない暗闇の中」で進んでいきます。そして、いざデプロイという名の本番を迎えるときには、すでに何十回ものリハーサルを終えているわけです。
そう考えると、プログラマーの面白さは「安心して失敗できる時間」が保証されていることかもしれません。社会の多くの仕事が「失敗しないための緊張」で成り立っているのに対し、プログラマーは「失敗を前提とした反復」で完成に近づいていく。
この違いは、単に働き方の差ではなく、「世界との関わり方の構造の違い」にまで広がっているように思うのです。
その境界線こそが、プログラマーとそれ以外の仕事を分ける根本なのかもしれません。
プログラマーの失敗は、基本的にログに残ります。誰が、いつ、どんなエラーを出したのかが正確に記録されます。でもそのログは、「修正可能な痕跡」であり、「過去をなかったことにできる記憶」です。失敗は恥ではなく、改善のためのデータとして保存される。むしろ失敗を残さない方が恐ろしい——なぜなら、それは検証も再現もできないバグだから。
一方、他の多くの仕事での失敗は、ログではなく「印象」として残ります。顧客の言葉、上司の記憶、誰かの評価。修正パッチは配信できませんし、「新しいバージョンをリリースしました」と言っても、その印象が上書きされるとは限りません。世界が自動でキャッシュをクリアしてくれることはないのです。
だからこそ、非プログラマーの人々は無意識のうちに「失敗を避ける設計」で働くようになります。完璧に準備してから発言する、波風を立てないように動く、見せ方に細心の注意を払う。彼らの本番環境には“try-catch”構文が存在しないのです。
一方で、プログラマーは「例外処理」を書くことを前提に思考する。すべての失敗を想定し、起こり得るエラーを受け止める枠組みを最初から組み込む。そこには、世界を「壊れ得るもの」として見る柔軟さと、「壊れても直せる」という信念がある。
その考え方の違いが、やがて人の思考様式や言葉の慎重さ、さらには生き方そのものにまで影響していくのではないか——そんな気がしています。
覚えておいてください。これから踏み出す世界には、「実行ボタンを押す前にコンパイルしてくれる親切な仕組み」はありません。人の言葉も、会話も、メールも、一度送ったら基本的に戻ってきません。Undoはありませんし、Gitもありません。世界は常にmasterブランチで動いています。
ですから、まずはその“冗長な曖昧さ”を恐れないでください。コードの世界ではif文で整理できたことが、現実の人間社会ではあいまいなまま動いています。それを「エラー」だと考えないでください。人間は仕様書なしで動いているシステムです。バグだらけで当たり前なのです。
現実の世界では、修正にも時間がかかりますし、再デプロイにも人の気持ちというプロセスが関わってきます。あなたが「パッチを当てました」と言っても、相手の心がそれをすぐに適用してくれるとは限りません。
ですから、焦らずに。ログを読むより、人の表情や沈黙を読む方が大切になります。
そして何より大事なのは、「テスト環境がない」という世界でどう生きるかを考えることです。
あなたの言葉は、すべて本番環境に直接デプロイされます。その恐ろしさの裏側には、同時に大きな自由もあります。本番だからこそ、本気が伝わります。人間関係も仕事も、常にリアルタイムで最適化されていくのです。
プログラマーらしい慎重さと、非プログラマー的な即興性。その両方を持てる人は、なかなか多くありません。もしあなたがその橋渡し役になれたなら、どんな職場でもきっと大きな価値を発揮できるはずです。
世界はtry-catchのないシステムです。しかし、恐れることはありません。catchできない例外に出会ったときこそ、人は成長します。これからのあなたのフィールドには、テスト環境の代わりに「出会い」と「経験」が用意されています。それもまた、悪くない環境だと思います。
生成AIが直接機械語やバイナリを出力するようになるのではないか、という問いは本質的に間違っている。
自分は、まだ素朴なニューラルネットワークで光学文字認識(OCR)の精度を出していた頃から似たようなことを考えていたので、少し他人よりも蓄積がある。
これは、Large Language Model(LLM)を開発する企業が資金を集めるために多少誇張した未来を語るという文脈では大目に見た方が良いが、正確性に欠ける。
本質的な問いは、なぜ我々は、ノイマン型コンピュータを用いて、主記憶に置かれたプログラムをCPUを用いて実行する形式をとるのか、というものである。
まず、筋の悪い反論から説明し、妥当な反論にも触れたうえで、本質的に問うべき課題を説明する。
これは明確に、いいえ、と答えることが出来る。
最初こそ人間による補助は必要だが、LLMを含むAIは明確な目標があれば人間のデータなしでも十分に学習することが出来る。
これは身近なところでは将棋、有名なものだと囲碁で実証された研究が存在する。
そのため、単純に「機械語は人間による学習データが少ないので扱いが難しいだろう」という反論は成立しない。
そういったものはLLMではないだろうという指摘は可能だが、LLMでそういったAIを出力することは限定的とはいえ現在でもできる。将来できないと言うだけの論拠にはならない。
英語に限った話ではなく、人間が意思疎通に用いる言語である自然言語(natural language)は、曖昧さやばらつきがある。
これを形式言語(formal language)という、曖昧さを無くして語彙や文法を限定した言語に記述しなおすことで、厳密にする手法がある。
この形式言語での表現が、アルゴリズムやデータ構造になり、現代のノイマン型コンピュータにおけるプログラムそのものと言うことが出来る。
なぜ限定的かと言えば、形式言語の一種であるプログラミング言語には曖昧さが許容されているからである。
ほとんどのプログラミング言語では、同じ目的を達成する為に複数の記述が許容されている。
主に、人間が書きやすいから、とか、複数の人間で書きやすいように、といった理由で、曖昧さが許容されている。
そのため、機械へ命令するためには厳密さが必要だからプログラミング言語が必要だ、と言う反論は妥当ではあるが、弱い。
なぜ大統一プログラミング言語のように、自然言語の意図を機械に伝えるための形式言語が一種類になっていないかと言えば、人間の認知能力には限界があるからだ。
そのため、簡易で曖昧さを含むために最適化はできないが十分な性能を持つプログラミング言語や、非常に複雑で記述量も多くなるが大人数で作業するには最適なプログラミング言語などが複数存在する。
これらはいずれも、人間が楽に記述できる形式言語であったり、人間同士が齟齬なくコミュニケーションを取るために必要な形式言語である。
ありていに言って、人間や人間たちが理解可能な形式言語でないと機械にその意図を伝えることが出来ないから、と言える。
ただし、コンパイラから出力されたニーモニックやLLVM-IRを監査できる人間は現代では非常に少なく、現状ほぼ監査なく受け入れていると言って良い。
何故非常に少なくなったかと言えば、機械に伝える意図が大規模になり、単純にマンパワーが足りなくなったので監査しきれなくなっただけに過ぎない。
(もちろん、途方もない努力の末に最適化が進み、ほぼどの様な書き方をしても最適な機械語が出力されるようになったから、とも言える)
同様の理屈で、単純に大規模になり監査が間に合わなくなったので、受け入れるようになる未来が来ないとは言い切れない。
本質的な問いは、なぜ我々はノイマン型コンピュータを用いて機械に意図を伝えるのか、である。
ASIC(Application Specific Integrated Circuit)と呼ばれる、特定の用途向けの集積回路がある。
蟹チップとして、Realtek社のNIC(Network Interface Card)をご存じの方も多いと思う。
必要十分な処理があらかじめ定まっているのであれば集積回路を組んだ方が高効率省電力にできる。
暗号化や復号もASICで行われることが多く、ブロック暗号はその性質上集積回路での実装が容易であり、それに向けた研究も行われている。
一般的にも、ハードウェアエンコーダーなどでお世話になっている人も多いと思う。
ではなぜ、我々は身近な全てをASICにしないのか。
それは、書き換えできず、単純な処理しかできず、大量生産しないとコストに見合わないからである。
FPGAのように、ハードウェア記述言語を用いて集積回路を書き換えるものも、ほぼ同様の理由で研究開発用途や産業用途に留まっている。
(一部のPLD (Programmable Logic Device)は根強く産業利用されているし、大規模に展開され高効率を要求されかつ書き換えを求められるネットワーク機器では一部採用が進んでいる)
汎用的で書き換えが可能、伝える意図を変更できる様々な処理が可能な機械に価値があるから、である。
ここ半年から1年で急激にLLMの性能が上がったと感じている人と、コーディングツールとしてLLMの利用が洗練されたと感じている人の間には溝がある。
自分は、LLM自体は順調に進歩し続けているが、それほど劇的な変化はない、という立場をとっている。
これはモデルそのものが質的に大きく変化したと感じないから、である。
しかし、プログラミングの世界に限って観ると、コーディングエージェントや実利用では大きな変化があったと思う。
この、"コーディングを取り巻く環境としてのLLM利用"という文脈は、"LLMの進化"という文脈とは異なる、という点は頭の隅にでも覚えて帰ってほしい。
これは、LLMから直接と言う意味であれば、個人的にはNOだと思う。
ただし、LLMに指示すればバイナリが出力されるという意味であれば、個人的にはYESと答える。
この二つは明確に異なるので、今後自分の意見を述べる際には区別すると良いと思う。
コーディング周りの環境が劇的に整備されつつある、という話題に軽く触れたのはこのためで、LLMが直接バイナリを出力しなくても、結果が同じであれば人々はそれほど気にしない。
例えば、現時点でもローカルのLLMに指示するとGO言語で書かれたコードが生成され、ローカル環境に合わせたシングルバイナリが出力される一連のパイプラインを組むことはできる。
自分の想定する、未来のAIがバイナリを直接出力するというのは、この延長にあると思う。AIがイコールLLMである必要はどこにもない。
少しでもクラウド上でのサーバー処理について触れると、廃棄容易性(Disposability)は俎上に上がる。いつでも落とせていつでも捨てられる、という性質のことである。
こうした、単機能バイナリをコンテナ等に載せて処理し、日に数度デプロイするような環境だと、LLMがバイナリを出力するというのもそれほど遠い未来の話には思えなくなる。
LLMが機械語を出力する未来は個人的には来ないと思う。それは難易度が高いからではなく単純にメリットが少ないからである。
ただし、パイプラインが組まれた一環として、LLMがバイナリを出力する未来は、それほど不思議には思わない。現時点でも可能である。
単純なLinterから進んで静的解析や、動的な結合試験が組み込まれているCICDパイプラインが珍しいとまでは言えない現代において、来るべき近未来像としては妥当性がある。
(その場合、ソースコードはログとして機能し、テキストで保管が容易な、次回以降変更可能なコンテキストの一部になるだろうと思う。今後変更不要ならHDLでFPGAを弄った方が早い)
現代人のすべてがJavaで同一の書き方をしているのではない現状において、自然言語では揺らぎが強すぎて形式言語ほど意図を機械に伝えきれないという反論は、弱い。
それよりは、現代のLLMはコンテキストウィンドウが人間の数倍~数十倍程度で、適切に分割して処理しなければならず、大規模なソフトウェアを丸ごと扱えるほどではない、という反論の方が適切である。
ただ、LLMに適したプログラミング言語が生まれるのではないかと言う予測には懐疑的である。既存のプログラミング言語を使う方が人間が読みやすい。
AIが、人間が欲しいバイナリに適したプログラミング言語をLLMを用いて書き、LLMを用いてレビューし、テストツールでテストし、コンパイラでビルドし、ツールでデプロイし、実稼働するという未来予想図が、荒唐無稽とは思えない。
LLMに適したプログラミング言語が生まれる未来よりも、(冗長であっても)人間可読性の高いコードやSelf-documenting codeが生成される未来の方が、来そうに思う。
また、おそらくこの文章のもつくであろう「どんなプロンプトで書いたのか」という、一定以上の長さの文章はLLMが出力しただろうと仮定する人間が増えている(そしてある程度の妥当性がある)現状において、プロンプトで指示してデプロイまでされる未来はそこまで遠いとも思えない。
ただ、購入できるハードウェアの性能とコストが律速になるので、よほど特殊な(CPUやGPUの設計をLLMが劇的に改善する)状況にならない限り、5~10年はプログラマーが消えることは無いと思う。
金に糸目をつけないのであれば、再来年当たりからはLLMレビューのみで仕様バグ以外のほぼ無いプロダクトが世に出てもおかしくは無いと思う。
「教育虐待ガー」とか言ってる層って、マジで日本の教育システムを単なるブラックボックスとして捉えてるんだよね。
でも実際は、日本の教育は 競争アルゴリズムに基づく階層ソートシステム なんだよ。
入力パラメータ(学習量)を下げれば、アウトプット(進学・所得・婚姻市場ポジション)が劣化するのは 仕様 であって感情論じゃない。
だから「可哀想だから詰め込みやめろ」と言うのは、システムの根幹ロジックを理解せずに設定値を勝手に下げる危険なパラメータ変更なんだよ。
日本社会は
つまり教育を削るという行為は、スコアリング関数の入力値を意図的に下げるのと同義。
当然、最終アウトプットは弱者男性という低スコア領域に落ち込む可能性が跳ね上がる。
これを下げた瞬間、
進学機会が減少(選択肢のサブセット化)
という 不可逆なデグレードが発生する。
これを回避するには、インプットを削らないのが最も効率的なんだよ。
まるで、性能要件を理解しない非エンジニアが、「その処理重くない?」とだけ言ってくる感じ。
それは 数千万〜数億円規模の長期的機会損失 という隠れたデフォルト・リスク。
でも外野はただの**無責任ノイズ(noise)**を発してるだけで、何ひとつ責任領域を持たない。
損失補償者(compensator)
意思決定権者(decision owner)
が一致している必要がある。
しかし「教育虐待ガー派」は意思決定に関わるくせに、リスクも損失も負わない。
これ、システム開発なら完全に アンチパターン(責任分離の破綻) なんだよ。
「サラリーマンの平均生涯年収3億円」はよく語られるけど、教育量の削減によって階層ダウンした場合、これは普通に大きく失われる期待値なんだよ。
つまり外野が無責任に発する「可哀想」って言葉は、他人の将来資産を数億単位で毀損するトリガーになり得る。
そのリスクを認識していない時点で、教育議論に参加する資格がない。
最終的に問うべきなのはこれ。
当然、誰も取らないし、払わない。
ちょいちょい言ってるように、一般利用者のイメージからかけ離れて多い、という印象がある。
全国CMやってるようなところでも、激ヤバなところはある。
問題は、中のエンジニアのうち、上の方の連中は「俺たちのシステムはイケてる」って認識らしいってところだな。
k8s使ってる。
terraform使ってる。
×××使ってる。
でも、運用頑張ってる。
SRE頑張ってる。
QA頑張ってE2Eテストやってる。
で、障害多数。
なんでやねん w
一つ一つ、ごく局所的に観察すれば、さほど間違えちゃぁいない。
多分参考にした記事が、10年とかくらい前に日本に紹介された方法で、その当時の規模、複雑度を前提としていたりするので、現代に持ってくると、でかくて複雑な大量の設定ファイルを要求する。
そもそも整理するとか、書き直すという言葉が、彼らの辞書には存在しないのかもしれない。
ともかく、規模がデカくなると、そのままの延長で通用しない、という常識が通用しないのだよな。
加えて、その設定ファイルをきっちり書かないと動かないんだが、その書かれた設定ファイルをテストする仕組みはない。
ある場所の設定変更が、他のところに影響しないという保証がない。
ささやき
いのり
えいしょう
ねんじろ!
デプロイに失敗した
みたいなことが高確率で発生し、DevOpsだなんだ標榜していても、新機能のリリースは少ないし、古いリソースの解放はまずやらない。
楽しいわけないよな?
エンジニアが辞めていく。
取り残された連中は、次の生贄を確保するために嘘をつく。
「うちはフレンドリーですよ」
全部、嘘。
楽しいわけないよな?
で、うんこの山を積み上げるスピードを上げて、さらにプロダクトを脆弱にして、働きづらくする。
楽しいわけないよな?
それは解決策じゃない。