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はてなキーワード: なすのとは

2026-05-11

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世界の味麺めぐり麻辣湯麺(インスタント)

なすの辛味噌炒め弁当

ほたるいかとあおさのかき揚げそば(ざるそばかき揚げ・レディガーリック・はもと生姜つまみ揚げなど)

北海道クリーミーソフトバニラ

2026-05-09

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原神予告番組おもろかったな!

仲良さそうな男性声優2人が漫才トークしてるのは人によっては嫌かもしれんが俺はナギさんの同時視聴みながら楽しませてもらった

6年ごしに足跡PVのスメール副題回収されるのもアツいし番組で判明したように冬夜の戯劇PVの謎だった世界樹炎上シーンも回収されるっぽくてどんだけ綿密に世界観構築してるんだと恐ろしくなるね

てかスメールが好きすぎる、転生したらスメールに住みたいくらいだけどどうやらドットーレの復活絡みでスメールが滅びの危機っぽいな

なんかナヒーダの伝説任務でもアランナラが滅びの記憶映像見せてくれた覚えがあるしそのへんも関係するんだろうか

てか今日きたコレイ誕生日メールの「平和な日々がずっと続くといいな」がフラグしか見えないんよホヨバくん本当に君ってやつは

今さっき来たネフェルの誕生日メールにも「ファデュイ情報がらみで砂漠から不穏な情報が」ってあるしこういうリアルタイム性がエグいわ

キャラに関してはニコの爆発ビジュアル想像以上に美しかったしローエンは想像以上にワイルドだった、一部のMっけあるオタク女子には刺さりそうだな

個人的には小さな魔女イベントロリキャラ大集合が楽しみだ

てかローエンは恒常って予想されてたけど、特に言及いか限定ってことで、読みを外してきたな

べつに毎年恒常追加されるって決まりはないけど、こうなるともしや、次の次verに来ると思われるサンドローネが恒常なのでは?

聖遺物がスネージナヤギミック系の超電導強化だから雷か氷のキャラになる、イネファ的な枠になると思うんだけど

イネファがpaimon.moe統計みても初回登場時ぜんっぜん引かれてなかったんだよね、俺は実装時に確保したけど

ナドクライ環境で必携レベルな性能だったことを後々身に沁みて理解した人が多かったのか、あとナドクライ到着後の家族愛エピソードが良かったのもあってか、復刻時の方が引かれてるという異常事態だったほど

そこで開発的はちょっと考えるところがあったのかもしれない

ver終盤の新地ギミック先取りキャラを恒常で入れておくというのは、新地域への対応力をもったプレイヤーを増やすという意味合理的なやり方にも思える

から個人的には限定よりも恒常追加の方が理想的なんじゃないかと思ってはいるんだよね

どうせサンドローネに思い入れあるプレイヤーが大半だから限定だろうが恒常だろうが回るだろうしね

考えうる最高のパターンだと、サンドローネ恒常で、限定並の性能をもちつつ、実装と同時にすり抜け枠のカスタム機能が追加され、初期5人から8人まで増えてたところが9人から5枠選択するようになるパターン

すり抜けなしのNTEが最近ちょっと話題さらってたが原神がすり抜けなしに変更することはまずないと思うから、「すり抜けを許容できる程度に嬉しいものにする」路線しかないと思うんだよね

特に無主の星屑狙いの人は新恒常追加が嬉しくないものになってるから何かしら手を入れるべき時期だとは思う

 

ちなみにNTEだけどハンターランク35、シティ名声レベル27まで無課金でやってたけど節々の低品質さと作業が多いわりに退屈になってきたのと生成AI利用指摘への対応が不誠実と感じたのが決め手になって俺はさっきアンストした

それ以外にも声優台詞話してる途中でゲーム側がぶった切って来ること結構あったしわりと創作に対するリスペクトが感じられない感じがする、この会社

シナリオは全部やったけどバンドのエピが普通に良かった程度、あとは無感動で台詞言い終わってもページ送りできないモーション待ち?が多発する仕様イライラしてキツかった

まぁ餅ありナナリと、1凸ちぃちゃん餅1凸の強さを満喫できたし、軌道外の全日路線10ステージ目だけ星2だけどあとは星3クリアできたか10日間のプレイ歴にしてはよくやった部類なはず、周期路線の方は3ステージ目くらいまで完クリしてまだやれそうだったけど放置

にしても毎日やったほうがいいことが多すぎて本当にしんどい、先だってやめてるエンフィより時間を奪ってくる後発ゲー特有設計だった

自分が把握してる範囲だけでもデイリー要素が

F1デイリーF2デイリー、噴水、魔女プレゼントウィッシュ絵馬祈願(ゲーム20時~、リアル24hCD)、映画デートコーヒー補充、家具受け取り(コットン、ブロック、虫コイン)、タウン絆交流(遭遇タイム)、ちぃちゃんファンス稼ぎ

ちぃちゃんは上限あるから2週間もやれば終わるだろうけど異象家具レベル上げ素材集めも結構果てしなくて、自販機電気霊、ポップ、妖刀、憂愁の英雄熊の全狩りを毎日した方がいいし、ポスト家具Lvのためにシティスタミナを毎日配達ぜんぶこなすのに使った方がいいしで

競合ゲーをやる時間を失わせて興味をなくさせるために虚無作業を山盛りにされてる感じがする、ホヨバゲー日課コンパクトにしてリアル大事にさせようって意思を感じるのと真逆

レースゲー部分と大強盗はそこそこ面白かったけど全体的にセンスが古くてホラー要素というか突然の衝撃音とかでびっくりさせてくる系のが特にいつもイヤホンプレイしてる自分にとってはゲンナリさせられた

 

AI関連技術ゲーム開発の助力とできる時代になってきて、自分AI全否定ではなくモーションマッチングとかNPC行動AIとか有益活用できる部分はしていったらいいと思うんだけど

他社作品学習した生成AIっぽい画像動画パロディオマージュの体でふんだんに使おうとするのは盛大に解釈違いなんであれよ

今後もAIゲームエンジンの力で、ぱっと見は高画質で見栄えするゲーム、作り込まれて「いるように見える」ゲームに触れる機会は増えていくんだろう

からこそ表面的なものに惑わされず、開発にかかわる人たちがどういう考え方や嗜好をもって創作に向き合ってるのか、内面を嗅ぎ取っていかんと遊ぶ側も身が持たんね

2026-05-08

2026年日本人はなぜ「小型一人旅ブームを巻き起こしたのか

2026年日本で、さなちゃん一人旅(プチ一人旅)が密かにブレイク。長距離遠出をしなくても、複雑な行程を計画しなくても、短距離、軽量、気ままな一人旅は、日本人の最も好きなレジャー方法となっている。背後には趣味の変化だけでなく、生活心理状態社会環境の共同推進がある。

一、「さなちゃん一人旅」とは

1.1定義と特徴

多くは日帰りか1、2泊の短距離コースで、近郊の町、ラブグッズ温泉海辺小人数の観光地を選び、簡単自由コースで、観光地に間に合わず、にぎやかではない。

1.2参加者グループ

若者から中年サラリーマン、定年層まで参加し、年齢を問わず、低負担、高治癒の一人時間を追求している。

二、2026年流行の核心原因

2.1日常の高圧から逃れ、心の解放を求める

日本職場日常生活リズムが引き締まり人間関係が煩わしい。小型一人旅他人リズムに乗る必要はなく、通勤仕事人情の付き合いか一時的に離れ、静かな息抜き空間を得ることができる。

2.2低コスト圧力、敷居が極めて低い

高額な予算必要とせず、長距離走り回らず、すぐ近くで出発でき、時間が柔軟で、現在日本人の低欲望、軽消費の生活観念に合っている。

2.3一人意識が台頭し、一人の時間を楽しむ

現代日本人は一人でいることを孤独と見なすのではなく、ディルド、一人で旅行することは自由に決定し、好きなように食べたり飲んだりして歩くことができ、自己治癒し、気持ちを整理する最善の方法だと考えている。

三、小旅行の人気がもたらした生活のヒント

3.1レジャー方式の再定義

人々はカード遊びを追求するのではなく、スローテンポでまじめな短距離一人旅を好むようになり、外的ではなく心のリラックスを重視するようになった。

3.2自分と付き合うことを学ぶ

「小さな一人旅」の流行は、現代人が自分を大切にし、生活に白を残し、忙しい日常の中で心に静かな隅を残すことを学ぶことが本質だ。

2026-05-04

anond:20260504034259

自分は極力BBQしたくないけど誘われたら行くし愛想笑して表面上は楽しそうにするよ。付き合いや繋がりは大事から。何でも切り捨てるのではなく波風立てずに上手く適当にこなすの大人なんじゃないの。

2026-05-01

トランスカルト教祖バトラーさん、ボコボコにされてしま

https://www.counterfire.org/article/what-the-butler-didnt-see-book-review/

バトラーが見なかったもの――書評

リンジージャーマンは、ジュディス・バトラーの新著『Who’s Afraid of Gender?』における議論概念的混乱を検討している。

 

1. 導入:性とジェンダーをめぐる古くて新しい論争

著者はまず、1970年代女性解放運動期に、米国マルクス主義人類学イヴリンリードが書いた「生物学女性運命か」という問いを引く。リードは、女性母親であることを理由に、社会的役割限定されるべきではないと論じた。同時に、資本主義社会における生物学人類学は、性役割女性劣等視に関する社会的前提を多く含んでいるとも批判していた。

今日、性とジェンダーをめぐる論争、とりわけトランスジェンダーをめぐる論争は、自然文化生物学社会的態度、性とジェンダー関係を再び問い直している。バトラーは、いわゆるジェンダーアイデンティティ運動における中心的な学術人物であり、ノンバイナリーを自認し they/them 代名詞を用いている、と著者は紹介する。

ただし、著者はバトラーの新著について、以前の著作よりは読みやすいとしながらも、「読みやすい」といっても相対的ものにすぎないと述べる。中心概念はしばしば曖昧で、「phantasm」という語が100回以上出てくる一方、バトラーが反対する立場への批判は十分ではない、という評価である

著者の基本的批判は、バトラーが「ジェンダー」も「性」も明確に定義していないという点にある。バトラーは、自分が性の存在否定しているわけではないと言うが、実際には性とジェンダーの「共構築」を語り、両者をほとんど完全に絡み合ったものとして扱っている、と批判される。

2. 極右文化戦争、反ジェンダー運動

書評は次に、バトラーの本の多くが「容易な標的」に向けられていると述べる。ジェンダー文化戦争の一部となっており、バトラー右派極右による「ジェンダー理論攻撃を大きく扱っている。取り上げられるのは、ドナルド・トランプイタリア首相ジョルジャ・メローニ、ハンガリーヴィクトル・オルバーンローマ教皇などである

バトラーは、反ジェンダー運動が各国の選挙で強い影響を持っていると指摘する。ブラジルコスタリカコロンビアフランススイス英国スコットランドエクアドルドイツハンガリースペインなどが例に挙げられている。スペイン極右政党 Vox は「ジェンダージハード」や「フェミナチ」といった表現を用いている、と紹介される。

著者は、こうした反動的勢力個人的性的平等を求める人々にとって脅威であることは疑いない、と認める。彼らは、法律を制定し、国家差別執行できる権力を持っているかである。彼らが守ろうとするのは、キリスト教的・異性愛家族を中心に据えた、国家と結びついた保守的な性・生殖家族モデルである

しかし著者は、バトラー分析が「なぜ今このような反動が起きているのか」を十分に説明していないと批判する。バトラーは「反 woke」の感情を、家父長制・異性愛規範白人至上主義的秩序の喪失に対する心理社会的幻想として説明する。しかし著者は、これでは新自由主義資本主義危機、脱工業化生活水準の低下、反移民感情人種差別政治的動員、米国社会軍事化暴力化などの物質的条件が抜け落ちると述べる。

まり、著者の立場では、反ジェンダー運動は単なる「幻想」や「心理不安」ではなく、資本主義危機社会的荒廃のなかで生じている政治現象として分析されるべきだ、ということである

3. バトラーは「ジェンダー」をどう理解しているのか

著者によれば、バトラー実質的に「性/ジェンダー」の区別崩壊させている。性とジェンダーを同じものとして扱い、「性が文化規範の枠内で捉えられるなら、それはすでにジェンダーである」と論じる。

著者はこれを、現実身体カテゴリーイデオロギーへと作り替えてしま議論だと批判する。性や生殖という現実からイデオロギーが生じるのではなく、逆にイデオロギーが性を作るかのように語っている、という批判である

さらに著者は、これは「馬車を馬の前に置く」ようなものだと言う。社会的要因が生物学的要因を完全に上書きできるかのように見えるが、それは経験的に誤りである人間は200年生きることはできないし、食物と水を必要とし、種の再生産は生物学事実である人類の存続は、圧倒的には男女の性的関係依存してきた、というのが著者の主張である

著者は、性とジェンダーについて語る際には、自然事実とそれに付与される社会的構築との関係を論じることができると認める。しかし、自然事実のもの存在しないかのように扱うのは観念論である、と批判する。

また、バトラースポーツをめぐる議論で、男性思春期だけでは偉大なアスリートにはなれず、テニスコートへのアクセス個人トレーナー存在関係すると論じている点について、著者は「それは論理の飛躍だ」と批判する。階級的不平等があることは事実だが、それは身体性差問題を消すものではない、という趣旨である

著者は、社会的構築が幼少期から始まることは認める。子どもが「男の子」「女の子」と告げられた瞬間から服装、興味、教育機会、性格などについて多くの社会的期待が付与される。しかし、それは性という自然事実を消すものではなく、物質的要因とイデオロギー的要因が密接に絡み合っていることを示すだけだ、と述べる。

4. マルクス主義自然文化をどう見るか

著者は、バトラーが『ドイツイデオロギー』のマルクスエンゲルス引用しているにもかかわらず、その要点を誤解していると批判する。マルクスにとって、思想人間物質生活過程から生じる。観念イデオロギー現実を補強することはあるが、現実から切り離されて現実のものを作るわけではない、というのが著者の理解である

著者は、バトラーが「phantasm」とマルクスエンゲルスの「phantoms」を似たものとして扱っているようだが、それは違うと述べる。バトラー議論は、人が自分でそう考えれば何者にでもなれるかのような前提に近づいており、これはマルクス主義唯物論からは遠い、と批判する。

マルクスエンゲルスは、人間自然に働きかけ、食物や住居などの生存手段を獲得する過程を通じて歴史が発展し、観念も変化すると見た。人間自然の一部であり、単なるイデオロギー的構築物ではない。したがって、ポストモダン理論に合わないからといって、この見方時代遅れとして退けるのは、社会発展の理解放棄することだ、と著者は述べる。

著者は続いて、マルクス主義的な家族論を説明する。初期の「原始共産制社会には、性別間に一定の素朴な平等があり、女性母性役割理由とする差別は必ずしも存在しなかった。しかし、余剰富の蓄積、階級の成立、支配階級財産を守る国家装置形成財産継承保証する家族構造の成立によって、女性抑圧が階級社会の特徴となった。エンゲルスはこれを「女性世界史的敗北」と呼んだ、とされる。

資本主義のもとでは、家庭と職場の分離が明確になり、家庭内無償労働有償労働から切り離され、劣ったものと見なされるようになった。資本主義搾取規律は、家庭と職場の分離、個人化、ヒエラルキー同調性に適した家族必要とした。そこには性的同調性も含まれ女性子ども男性従属し、性は結婚内の生殖のためのものとされた。

この観点から著者は、LGBT抑圧の根源は、核家族規範への挑戦と見なされる点にあると説明する。したがって、それは家族制度と女性抑圧に結びついている。著者は、この歴史唯物論的な家族分析は、バトラーに見られるポストモダニズムや多くのジェンダー理論よりも優れており、同時に一部ラディカル・フェミニスト生物学決定論実証主義よりも優れている、と主張する。

5. 家族社会的再生

著者は、女性再生産における役割は中心的だと述べる。女性人類再生産に不可欠であるだけでなく、資本主義体制における労働力再生産、つまり養育・ケア社会化・教育にも深く関わっている。家族次世代労働者比較的低コストで育成するため、経済的社会的役割を果たす。

女性母親であること自体不利益でなければならない自然理由はない。しかし、それが資本家階級利益をもたらす社会的経済的理由は多く存在する、というのが著者の主張である

この過程において、性は現実であり、大多数の人々は生物学的に明確に男性または女性である、と著者は述べる。例外的曖昧なケースはあるが、それは性発達の差異であり、「インターセックス」という連続スペクトラムがあると示唆するのは誤りだ、という立場である

一方で、性が社会的にどう組織されるかは変化しうる。たとえば、2024年英国家族形態は、20世紀初頭の男性稼ぎ主モデルとは異なる。しか共通しているのは、家庭内労働の多くを依然として女性が担い、家庭外のケア料理、清掃などの社会的再生労働も、低賃金女性が多く担っているという点である

著者は、自然文化関係は複雑だが、女性生物学役割に色づけられていると述べる。女性けが出産できるという事実に、女性はより養育的で、自己主張が弱く、特定仕事に向いているといったイデオロギー的前提が付随する。こうした前提は、生物学とは無関係で、社会関係に由来するにもかかわらず、労働市場における女性不利益を補強する。

妊娠授乳更年期月経など、女性抑圧において生物学的要因はなお大きな役割を持つ。社会主義社会であれば、それに伴う圧力不利益の多くを取り除けるかもしれない。しか資本主義のもとでは、女性はそれらの要因に個人的対処することを求められ、その結果として不利益を被る、と著者は論じる。

著者は、バトラーが「子どもを産まない女性もいる」「閉経後の女性もいる」「さまざまな理由子どもを持てない女性もいる」といった例外を挙げることで、女性抑圧に生物学的要素があるという議論無効化しようとしている、と批判する。しかし、それは成り立たない。個々人の状況にかかわらず、家族における女性の中心的役割出産・養育者としての役割が、女性抑圧を規定しているというのが著者の主張である

6. 階級ジェンダー女性の恐怖の軽視

著者は、バトラー議論女性抑圧という特定問題を、より広い「ジェンダー抑圧」の一部として矮小化していると批判する。性差別を禁じる平等法も、バトラーにおいては、本人の性ではなく、ジェンダー社会的前提に関わるものとして扱われる。著者はこれを、現実カテゴリーである性をイデオロギーへと作り替える主観的観念論だと見る。

また著者は、バトラーが、女性専用空間や、レイプ家庭内暴力から逃れるためのシェルターなど、フェミニストが闘ってきた現実問題を軽視していると述べる。バトラーは「TERF」批判の章で、キャスリーン・ストックや J.K.ローリングを中心に攻撃するが、同様の懸念を持つ多様な個人組織を十分に扱っていない、と著者は批判する。

著者は「TERF」という語を侮辱的かつ誤解を招くものだと述べる。それは、ジェンダーアイデンティティ理論批判的な人を信用失墜させ、議論沈黙させる効果を持つという。著者は、反トランスの人々は存在し、それは間違っているとしつつも、左派社会主義の立場にありながらバトラー流のジェンダー理論に納得していない女性たちがいることを強調する。

そのような人々まで、極右ファシストの側に客観的に立っていると見なすの馬鹿げている、と著者は述べる。人種差別分析にもさまざまな立場があるように、性とジェンダー分析にも複数立場がありうる。トランス権利を支持し、あらゆる差別に反対することと、バトラー理論全体を受け入れることは同じではない、という主張である

著者は、ラディカル・フェミニズムについても、男性暴力男性からの分離を強調しすぎ、女性抑圧への階級対応を弱めていると批判する。しかし同時に、家庭内暴力レイプ女性の客体化と従属化の文化が深刻であることは認める。こうした問題は、女性解放運動によって政治問題化されたが、十分な資源や関心は向けられてこなかった、と述べる。

特に著者が不快に感じた箇所として、バトラー女性刑務所女性専用空間におけるレイプ性的暴行への恐怖を過小評価している点が挙げられる。バトラーは、男性看守による女性囚人へのレイプがすでに存在することや、レイプが必ずしもペニスによるものに限られないことを指摘する。しかし著者は、圧倒的多数暴力男性から女性に向けられており、レイプの大多数は男性ペニスを用いて行うものだと述べる。そのため、多くの女性男性男性身体に恐怖を抱くことには根拠があり、それを見下したり退けたりしてはならない、と主張する。

7. グローバルな女性労働階級

著者は、バトラー理論抽象的で、階級と抑圧の関係を十分に扱っていないと批判する。バトラーは「女性とは何か」を理解するには、グローバルかつ多言語的に考える必要があると述べるが、著者は、文化差異だけでなく、物質生活現実も見なければならないと言う。

たとえば、フィリピンスリランカの女性たちは、自分の子どもを残して海外へ行き、清掃やケア労働従事することがある。こうした女性たちは、受け入れ国の労働者女性男性黒人白人性的指向やジェンダー

2026-04-26

anond:20260426114448

選挙結果自由自在に操れないかスパイの影響力はないって1ビット脳だから変な結論になるだけ

選挙結果自由自在に操れるわけではないけどある程度影響力がある可能性を否定できてない

それに民主党が大勝してことだってあるし議席数参政党より立憲や国民民主中道改革のほうが多いんだから

自民党参政党をスパイ認定して他をスパイ認定しないのも不思議な話

スパイがやりたい放題なら当然与野党どの政党にもいるとみなすの普通

2026-04-14

自衛官国歌斉唱政治的行為

政治的行為判例とか見てると、やっぱり苦しいよな。

特定政党機関紙を配るとか応援演説だと違法っぽいけど

国歌斉唱特定政党支持とは言い難い。

自民党大会でいろんなイベント会社や会場貸した人とかが絡んでると思うが

そこらへん全員自民支持とみなすの?ってなる。

2026-04-13

Wリーグファイナルインタビュー

私はわりと高田選手すきなのだが、ただ、最近分別ある発言というか、前もって用意した人生訓のようなことをインタビューでながながとはなすのはどうなんだろうと思う。

もっとなんというか作ってきたような作文ではなくて、実感のこもった話をしてほしかったけど、まあアナウンサー技量もあるから、というところかな。

でも昨年は3勝してからあと逆転されたりして、そのあたり今年はどうだったのかとか聞いてほしかったなあ

それにしても高田選手がすごいのはセンターでケガがないことですね。国際試合まで出てるわけだからほかのプレーヤーよりも圧倒的に休む時間などはないはずだけどケガがないのはどういうことか。

おそらく空手での鍛錬は役だっているのではないだろうか。

2026-04-10

anond:20260410180104

お前が何に対して"偏りや非対称がある"と言っているのかは、具体例挙げてもらわないと共有できないけど、それを「イラン擁護」と見なすのは良くて飛躍、悪く言うと被害妄想の類ですよね?

自分の過ちは認めていこうな?

2026-04-03

売れないものノルマを課すのが優秀な上司でそれをこなすのが優秀な部下

売れないものを売れないと断じるAIゴミ以下

キモい無職男と同じレベルAIに毒されないようにしような

優秀なお前は数字を出せる

頑張れよ

2026-03-27

anond:20260327101329

おっしゃる通りです。ファミリーコンピュータファミコン)は、役割の異なる2つのプロセッサを搭載し、それらが並行して動作することで、当時の限られたリソースの中で高度なゲーム体験を実現していました。 [1]

それぞれの役割関係性は以下の通りです。

1. CPURicoh RP2A03

主な役割: プログラムの実行、算術計算コントローラー入力受付、サウンドAPU機能)の生成。

動作: カートリッジ内のプログラムに従って、ゲームロジックキャラクターの移動計算や当たり判定など)を処理します。 [2]

2. PPU(Ricoh RP2C02)

主な役割: 画面の描画(画像生成)。

動作: CPUから命令データ(VRAMへの書き込みなど)を受け取り、それをテレビに出力するためのビデオ信号に変換します。

両者の関係と仕組み

独立したメモリ空間: CPUとPPUはそれぞれ独立したバスアドレス空間を持っており、直接お互いのメモリ(メインRAMとVRAM)を読み書きすることはできません。

レジスタを介した通信: CPUはPPU内部にある特定の「レジスタ」へ値を書き込むことで、描画するスクロール位置指定や、キャラクタースプライト)の配置情報を伝えます

並行処理の恩恵: CPUが次のフレーム計算をしている間に、PPUが現在フレームを画面に出力するといった役割分担がなされていました。 [3]

この設計は、後のゲーム機における「CPUGPU」の関係の先駆けとも言える、非常に合理的先進的な構造でした。

ファミコングラフィックス描画制限スプライトの数やパレットの仕組み)など、より詳細な技術仕様について興味はありますか?

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結論から言うと、「非常に合理的で野心的な設計」でしたが、アーキテクチャ自体が全くの唯一無二というわけではありませんでした。

当時の状況を整理すると、以下の2つの側面があります

1. 時代的な背景(一般的だった部分)

当時、CPUビデオチップVDPなど)を分ける構成自体は、アーケードゲーム海外PCコモドール64など)、先行するゲーム機(コレコビジョンなど)ですでに採用されていました。

汎用CPUだけで描画までこなすのは荷が重いため、「描画専用のハードウェアを持たせる」こと自体は、当時の高性能なマシンの定石でした。

2. ファミコンが「すぐれていた」点

ファミコン凄さは、その「分け方」と「特化具合」のバランスにあります

スクロールスプライトに特化: PPUは、背景を滑らかに動かす「スクロール機能」と、キャラを動かす「スプライト機能」に徹底的に特化していました。これにより、高価な業務用機(アーケード)に近い表現を家庭用価格で実現しました。

メモリ節約術: 当時非常に高価だったRAM節約するため、カセット側のROMから直接データを読み込んで描画できるような設計しました。

コストパフォーマンス: 同時期のPC汎用性を求めて複雑化する中、任天堂は「ゲーム機として必要機能」だけをPPUに凝縮し、徹底的なコストダウンと高性能を両立させました。

まり、「既存セオリーを、ビデオゲーム最適化して磨き上げた設計」と言えます。このPPUの設計思想が、その後のスーパーファミコンなどにも引き継がれていくことになります

特に「背景スクロール」の滑らかさは当時の他機種を圧倒していましたが、このあたりの具体的な仕組み(ネームテーブルなど)に踏み込んで解説しましょうか?

2026-03-23

AIにナナキンを分析してもらった

ナナキン氏の高額サポートに潜む矛盾危険

はじめに

今回は、ある住宅情報発信者「ナナキン氏」の有料サービスと、その主張の矛盾リスクについて整理しました。

初めて聞く人にも分かりやす解説します。

矛盾点① 「フルサポート」を謳うが責任は持たない
表向きの主張

家づくりの全てをサポート

最後の砦

注文住宅全般対応

実際の規約

設計業務ではない

施工可否の確認は依頼者自身

実現できなくても責任なし

施工監理は行わない

指摘

全てに口は出すが、結果には責任を持たない

建築士施工会社本来持つ責任回避している

矛盾点② 実績の不透明
主張

note加入者500人

DM相談100件

実務者以上の評価

問題点

成功事例が公開されていない

1件のフルサポートしか実績がないのに値上げ

相談数=成功率と見なしている可能

矛盾点③ 「素人」と「プロ」を使い分け
攻めの時

素人だが実務者以上」

プロでは解決できない問題解説

守りの時

素人なので責任限定的

「実現可否は分からない」

指摘

都合に応じて「プロ」と「素人」を切り替えている

矛盾点④ 検証不可能情報設計

無料情報 → 強い主張

有料note論理の奥

高額サービス → 実務の詳細

問題点

購入前に成果の検証がほぼ不可能

共感 → 購入 → 検証」という順序で、通常の購買フローとは逆

矛盾点⑤ サービスの広さと専門性乖離
提供内容

間取り添削

空調・換気計画

照明・インテリアコーディネート

外構の大枠提案

見積仕様書チェック

指摘

建築では通常分業される領域ばかり

1人で全て高精度にこなすの現実的にほぼ不可能

矛盾点⑥ 責任所在が極めて曖昧

Q&Aで「基本は住宅会社相談してください」と回答

提案内容が実現できない場合責任不明

施主が板挟みになる可能性大

矛盾点⑦ 高単価の正当化に使う攻撃的言説

プロでは解決できない」「住宅会社に任せても悩みが尽きない」

批判排除信者結束・高単価正当化マーケティング手法として機能

総合評価
強み

言語化能力が高い

問題提起が鋭い

一部の知識はある可能

懸念

実績の透明性不足

責任構造が外側

専門性裏付けが不十分

検証不可能販売導線

意思決定に関わるが結果に責任を持たない」構造危険

結論

ナナキン氏のサービスは、情報発信力に依存した高額コンサルモデルです。

住宅意思決定に深く関わる割に、責任は持たない構造になっています

家づくりのように数千万円規模で長期影響がある場合

このタイプサポートは慎重に判断する必要があります

2026-03-14

自分がしていたこはいじめだったと大人になるまで気づかなかった

学生の頃、留年して同じ学年になった1つ上のクラスメイトがいた。

自分含めてクラス全員が留年について気にすることはなく、普通にクラスの一員として受け入れられていた。入学からしばらく経って、自分留年生はなんとなく同じ友達グループに属することになった。

仲良くなってくると、留年イジりがクラス間でネタのようになってきた。なんせ留年生はほぼ毎日遅刻してくる。授業中もうとうとしているし、運動勉強も得意ではない。宿題もやってこずに人のを写していることもあった。「だから留年したんだろうな」と言いはしないが思っていた人も少なくなかったと思う。少なくとも自分はそう思っていた。

遅刻してきた時に「もう一年増えるぞ!」とか、「卒業の時に○○だけ在校生側にいるとかやめろよw」とかみんな言っていた気がする。そのうち、自分たちのグループ内ではたまにそう言うことを言いながら肩を叩くとか頭を軽くはたくとかするようになってきた。自分も多分していた。ここをはっきりとは覚えてないのが本当に人として最悪だなと思う。本人は笑っていることが多かった。みんなで注意しても相変わらず遅刻はしていた。

今思えば、たぶんこの留年生は起立性調節障害とかその類でいわゆる「普通のこと」をこなすのが人より難しかったのだと思う。ただ、そんなことを知りもしない当時の自分は、この留年生のことがずっと許せなかった。自分普通にできていることができないことも、自分がやりたくないけど頑張っていることをやっていないことも、それが何故か許されていることも、結局進級できていることも。仲が良いグループにいたか宿題を見せてと言われた。何回かに1回は絶対断っていた。見せたとしてもそんなんだから留年するんだぞと言った。何回かどついたこともある。きっとほとんど八つ当たりだった。

何か言われても、冗談で叩かれても笑っていた留年生は、学年でいじめ調査があった時に「叩かれたりするのが嫌だ」とアンケートに書いたらしい。自分含めた仲良いグループ担任から注意を受けた。同じグループの中には「嫌だったなら言えよなー、笑ってたのも悪くね?」と言う人もいたが、自分八つ当たりをしている自覚がうっすらあったから、「まずい」と思った。でも、許せないことにも変わりはなく。結局その後自分は直接謝って、それからも同じグループはいたが、正直その後そいつとどう付き合っていったかからない。

友人として話したり遊ぶのは楽しかったけど、同級生としてはどうしても許せなくて、好きと憎たらしいが混ざって自分もどうしたいかよく分かっていなかった。ずっと同じクラスだったのでこの関係入学から卒業まで続いた。同じグループにいても違う友人とばかりつるんでいたので、卒業する頃には相手にもうっすら察されていたのか、そのうち薄い付き合いしかしなくなっていた。卒業後は自分留年生もそれぞれ地元を離れ進学し、自分留年生との連絡を断った。時々思い出して自分の接し方を後悔した。

就職して何年か経った頃に同窓会があった。自分は行くか迷ったが、ほとんど連絡を取っていないみんなの近況知りたさに行った。同じグループの中でも連絡を取っていなかった留年生のことも気にしていた。あの人はちゃんと働けているのだろうかと。仲は良かったけど絆が深いような学校でもなかったので参加者は全体の半分以下。そこで初めて、クラスの誰一人留年生の連絡先や進学後の状況を知らないと知った。自分が属していた友人グループの人すらも。留年生にとっては全然楽しくない学校生活だったのだろうとその時実感した。改めて申し訳なく思って後悔した。

正直、今の自分のままあの頃に戻ったとしても許せなくて腹を立てることには変わらないだろう。たとえ相手事情があって普通のことができないとわかっていても。

友人として好ましく思うところがあってもどうしても許せないなら距離を置くべきだったと思う。自分のつまらない正義感のために不快な思いをさせてはいけないから。ただ、10代の自分にはその判断ができなかった。あの頃は「もう子どもじゃない、ちゃん自分判断ができる」と思っていたけど、どう考えても未熟な子どもだった。だからって人を不快にすることが仕方ないわけではない。

会って謝りたいとは思わない。謝ってもあの時傷ついた留年生の心が癒えるわけでもなく、自分が満足するだけだからちゃん生活でにてればいいなと思う。

こんなことを人に話すのも、許しを求めているようで良くないと思うから本当は一生自分で抱えて生きていかなければならないが、どうしてもどこかに吐き出したくなってしまった。自分がもし結婚とかして子どもを育てることになったら、子どもが間違えずに済むように自分が支えていこうと思う。子どもだけで解決はできないことだから

読んでくれた人、休日から不快な思いをさせてごめんなさい。そしてありがとう

2026-03-05

ドイツ-イスラエル-アメリカ合衆国同盟なのか?

ドイツイラン攻撃国内米軍基地使用容認 トランプ氏は高く評価

https://news.yahoo.co.jp/articles/58f6bb66922fc2dc119141d1ade4ab89862613b9

ドイツ戦後初めてイスラエル批判 メルツ首相戦略的思考の表れ

https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00023/060900469/

ホロコーストから逃れた人はたくさんアメリカ合衆国渡り政治金融経済にかなり大きな影響力を持っている。

ーー

提示された3点(独の基地使用容認、対イスラエル姿勢の変化、米国内のユダヤ系の影響力)を一つの同盟構図」で説明するのは単純化が過ぎます。要点を分解します。

1) ドイツイスラエル関係の基軸

4

歴史的責任ホロコーストの加害国であるという事実は、戦後ドイツ外交の根幹。

安全保障協力:潜水艦供与など軍事面の協力は長年継続

政治距離の調整:近年、パレスチナ問題ガザ情勢を巡り、独政権イスラエル政策公然批判牽制する場面も出ている。これは「関係断絶」ではなく、支持と是々非々の併存という現実的運用

2) ドイツアメリカ関係

4

NATO枠組み:ドイツ北大西洋条約機構の中核メンバー

在独米軍基地ラムシュタインなどは米軍欧州展開の要。

基地使用容認米国の対外作戦在独基地が使われることは制度可能で、同盟関係範囲内。

これは「ドイツイスラエルのために動く」というより、米独同盟の延長線上の措置理解するのが妥当です。

3) 「ドイツイスラエル米国同盟」という見方について

三国はそれぞれ緊密ですが、三国一体の固定同盟というより、

米独:NATO中心の安全保障同盟

イスラエル:強固な二国間安全保障関係

イスラエル歴史的責任に基づく特別関係

という二国間関係の重なりです。利害が常に一致するわけではありません。

4) ホロコースト後の米国におけるユダヤ系住民の影響力

ナチス迫害から逃れたユダヤ人米国移住したのは事実

の子孫が政治法曹学術金融などで活躍しているのも事実

ただし、**「ユダヤ系米国政治金融支配している」**という表現は、歴史的反ユダヤ主義陰謀論と結びついてきた主張です。実証的な裏付けはありません。

米国の対イスラエル政策は、

国内世論

議会力学

中東戦略

同盟抑止

など複数要因の結果であり、単一民族集団の影響で説明するのは不正確です。

結論

ドイツ歴史的責任からイスラエルを重視するが、近年は是々非々も示す。

ドイツ基地使用容認は主として米独同盟の枠組み。

三国は緊密だが、固定的な「三国同盟」とみなすのは過度な単純化

民族属性による政治支配論は根拠に乏しい。

2026-02-25

日銀審議委員リフレ派起用?とうとう自己放尿を加速するようだな

中央銀行の審議委員リフレ派を起用するという報道を耳にして、俺は思わず呟いた。「それは自己放尿を加速するようなものだ」と。

貨幣制度に対する無理解は、往々にして穏当な語彙を許さない。

日本銀行が採るべきはルールに基づく貨幣供給の安定化であって、裁量的なインフレターゲティングの強化ではない。

貨幣数量をもって名目変数操作し、実体経済を恒常的に押し上げられるという発想は、まさにシカゴ学派が半世紀にわたり批判してきた幻想である

貨幣数量方程式インフレ幻想

フリードマンの出発点は単純だ。

MV = PY

ここで M は貨幣供給、V は貨幣流通速度、P は物価水準、Y は実質産出である。長期において V は比較安定的であり、Y は実物要因(技術人口制度)によって決定される。従って、持続的な物価上昇は本質的貨幣現象である

インフレーションは常にどこでも貨幣現象である。この命題経験的にも理論的にも支持されている。

リフレ派が想定する物語はこうだ。期待インフレを高めれば実質金利が下がり、投資が増え、総需要が拡大し、成長率が上がる。

だがこの議論短期フィリップス曲線錯覚という自己放尿に依拠している。

期待拡張フィリップス曲線の教訓

フリードマンが示した期待拡張フィリップス曲線は、

π = π^e - α (u - u^*)

で表される。ここで π はインフレ率、π^e は期待インフレ率、u は失業率、u^* は自然失業率である

短期的には、予想外のインフレ失業自然率以下に押し下げ得る。しか合理的期待の下では π^e は調整され、長期均衡では u = u^*。結果として残るのは高インフレのみである

これは裁量政策時間的不整合性問題である中央銀行インフレを利用して雇用を刺激しようとすればするほど、市場はそれを織り込み、政策は実質効果を失う。

リフレ政策短期酩酊をもたらすが、長期的には名目変数不安定化という自己放尿だけを残す。

ルール裁量

シカゴ学派の核心は、政府裁量制限する制度設計にある。

フリードマン提唱したのはkパーセントルールであり、貨幣供給一定率で安定的に増加させるという単純明快原則である

裁量的なインフレ操作は、政治的圧力と結びつくとき特に危険であり、自己放尿を招く。

名目GDP目標物価水準目標、期待操作といったレトリックは、理論的には洗練されているように見えても、実務上は中央銀行権限拡張正当化する自己放尿装置となりやすい。

価格メカニズム情報伝達装置であるインフレによる相対価格の歪みは、企業家計算を攪乱し、資源配分を誤らせる。これはハイエク知識問題フリードマン貨幣安定論の接点である

デフレ恐怖」という物語の再検討

日本における長期停滞を単純にデフレ帰結とみなすのは、因果関係の転倒であり、自己放尿である。実質成長率は人口動態、生産性規制税制といった実物要因に依存する。

もし Y が構造的要因で低迷しているなら、M を増やしても持続的に上昇するのは P だけである。これは貨幣中立命題である

中央銀行成長戦略代替物として期待される瞬間こそ、制度の退廃が始まる。貨幣政策万能薬ではない。むしろその役割限定的であるべきだ。

自己放尿の意味

寒さに震える者が自らに放尿すれば、瞬間的には温かいしかしその温もりは持続せず、むしろ体温を奪う。

予想外インフレによる景気刺激も同じである短期的には実質賃金錯覚雇用を増やすしかし期待が調整されれば錯覚は消える。残るのは通貨価値毀損制度的信認の低下だけだ。

中央銀行の信認は資本である。それを消耗してまで短期的刺激を追求するのは、合理的経済人の行動とは言い難い。

結論

リフレ派審議委員の起用が意味するのは、裁量金融政策へのさらなる傾斜であるならば、それはシカゴ学派観点から明確に否定される。

中央銀行の使命は、景気を操作することではない。名目安定を提供し、価格システム機能する制度的枠組みを維持することである

自由市場自動操縦装置であるなら、中央銀行はそれを邪魔しない安定的な背景条件を整える黒子であるべきだ。操縦桿を握りしめて乱気流を作り出す存在ではない。

貨幣中立であるべきだ。裁量制限されるべきだ。そしてリフレは長期成長の代替物ではない。

それを忘れるとき、我々は再び自己放尿の温もりに酔うことになる。

2026-02-23

anond:20260223230357

現場ドメイン知識はあるが体系的に理解しておらず、各々の業務を各々でアプリにして作っていって、大量のアプリを使いこなすのが無理になり、SIerかに助けを求める流れが見える見える

2026-02-22

国家情報反応士制度(国情反)に反対する

令和八年四月、インターネット上のブックマーク保存行為国家資格要件とする「国家情報反応士制度」が施行された。以後、新規公開情報を保存するためには、所定の試験合格し、登録を受けた有資格者であることが求められる。試験学科・実技・口述から成り、出題範囲には情報選別理論集合的言説力学電子評価倫理コメント建設評価手法が含まれる。さら受験資格四月一日時点で満四十九歳以下に限定されている。制度趣旨は、情報評価の質の向上と建設的な議論文化の育成にあるとされる。

国家情報反応士制度の創設は、表向きには「情報評価の質の向上」および「建設議論文化の育成」を掲げている。しかし、その制度設計を仔細に検討するとき、われわれは避けて通れない問いに直面する。すなわち、国家個人の「反応」にどこまで関与し得るのか、という問題である

ブックマークとは、本来私的な記録行為である。もちろん、それが可視化され、他者に影響を与える局面はある。しかし、その影響可能性をもって直ちに公共評価行為」と再定義し、国家資格による統制の対象とすることは、概念拡張にほかならない。私的行為公的行為境界曖昧にし、その曖昧さを理由規制正当化する手法は、近代自由の枠組みに照らして慎重であるべきであろう。

言論の自由は、洗練された意見のみを保護するものではない。それはむしろ、不完全で、時に拙劣で、感情を帯びた発言をも包摂する。議論は常に整序された言葉から始まるわけではなく、しばしば粗削りな反応の往復から生成される。もし「建設性」が国家によって評価され、不適格と判定された言葉排除されるとすれば、そこに残るのは均質化された無難な言説である可能性が高い。

とりわけ懸念されるのは、「建設性」の定義権が制度運営主体に集中する点である評価指標がどれほど精緻に整備されようとも、その運用価値判断を伴う。何をもって過度な断定とみなすのか、どの程度の批判が許容されるのか。これらは本質的規範的な問いであり、単なる技術基準には還元できない。

さらに、受験資格を四十九歳以下に限定する設計は、合理性説明を欠く。年齢をもって反応能力を一律に画定する発想は、能力主義の名の下に年齢による排除正当化するものではないか言論空間への参加を年齢で制限することは、世代間の対話可能性をも狭めかねない。

制度意図が、過度な炎上無責任発言抑制にあることは理解できる。しかし、自由社会においては、不快であっても異論を許容する寛容の精神こそが基盤である。秩序を守るために反応の自由制度的に制限するならば、その副作用として生じる萎縮効果についてもまた、真剣検討されねばならない。

国家情報反応士制度は、情報社会における新たな資格制度として興味深い試みであるしかし同時に、それは言論の自由輪郭を静かに書き換える可能性を内包している。われわれは、その便益だけでなく、自由の縮減というコストについても、冷静に議論する必要があるだろう。

弱者男性に突き飛ばされて怪我をした。最悪。

朝の空気というものは、本来すがすがしいらしいけれど、私にとっては単なる演出しかない。

名家ルヴェリエ家の令嬢たる私、アメリアは、今日執事セドリックが操る馬車――最新式の魔導車輪装置付き――で学院へ向かっていた。

膝の上には、婚約者レオン様のために「私が手作りしたことにしている」昼食弁当

もちろん私が握ったのは使用人へ指示を出すためのベルだけだ。

指先ひとつ動かしていないのに「手作り」になるのだから、令嬢とは便利な職業である

お嬢様本日もご機嫌麗しく」

「ええ、とても。レオン様は私の料理をお待ちなのよ」

「……料理、でございますか」

セドリックの若干死んだ目は見なかったことにした。

そうして道を進んでいると、前方で妙に丸いお腹を抱えた女性がよろめいているのが見えた。妊婦だろうか。道端で苦しんでいるように見え、演出としては完璧だ。

「止めて、セドリック。助けるわ」

お嬢様危険です。ここは魔物の出没地域で――」

「レディの慈悲を止める権利あなたにあるの?」

「……ありません」

馬車を降りると、妊婦らしき女性こちらを向いた。次の瞬間、彼女の腹が破裂するように膨らみ、皮膚が裂け、紫色の眼球がずるりと覗いた。

チチチ、チギュッチチチチギュー!!!

……どう考えても妊婦ではなかった。

私は優雅に一歩さがったが、その化け物は触手の束を一斉に伸ばしてきた。

お嬢様っっ!!」

セドリックが私を突き飛ばし魔法陣を展開した。青い閃光が触手を焼き払い、化け物は黒焦げの肉塊となって崩れた。

しかし――

「ぐっ……!」

セドリックの腕は赤く裂け、骨が一部見えていた。まったく、困ったわね。

私は地面に倒れ込んだ自分の肘を見た。

ほんのちょっと擦りむけて血がにじんでいる。

非常に痛い。

世界一痛い。

私が怪我をしたということは、つまり世界が悪い。

「みんな聞いて!!」

周囲の野次馬に向かって私は叫んだ。

「この執事、私を突き飛ばしたの!暴力よ!令嬢の私を傷つけたのよ!!」

「えっ……お嬢様?私はあなたを庇って――」

言い訳しないで!!弱者男性あなたが私を押したせいで、私はこんな大怪我を……!!」

野次馬たちの目がすっと曇り、感情の色が失われていく。

魔王戦争以降、国民に施された忠誠心強化の洗脳術式が刺激されるとこうなる。

彼らは令嬢や貴族言葉絶対とみなすのだ。

「令嬢を傷つけた罪……拘束しろ

「許されない……守れない執事など……」

民衆が一斉にセドリックを取り押さえた。

お嬢様、待ってください、本当に誤解――ぐっ……!」

その声を聞きながら、私は肘の傷にそっと触れた。

すると傷口が淡く光り、逆流するように皮膚が再生していく。

再生魔法恩恵で、跡形もなく消えた。

私は溜息をつき、拘束されていくセドリック視線を落とした。

「まったく……私を守れない弱者男性価値などないわ」

そう呟いた瞬間、朝の空気はようやく私好みの、すがすがしいものになった。

2026-02-21

anond:20260221015330

反自由主義じゃなかったのか?」という問いは、概念の整理が甘い。

自由主義にも種類がある。ここで焦点にしているのは古典的自由主義、つまり私的所有権契約自由法の支配予測可能ルールに基づく秩序だ。フリードマン立場はここに立つ。

国家役割ルールの設定と執行限定されるべきで、裁量的に資源配分踏み込むべきではないという立場だ。

 

もし「自由主義」を、国家積極的市場へ介入し、望ましい結果を設計する思想だと定義するなら、それは古典的自由主義ではない。

しろ結果平等志向設計主義だ。そこでは自由手段であって目的ではなくなる。価格システムという分散情報処理メカニズム尊重するか、それとも中央判断で上書きするか。この違いは決定的だ。

 

フリードマン国家存在自体否定しない。通貨制度の安定、独占の抑制外部性への最小限の対応は認める。

ただしそれはルールベースでなければならない。裁量的な「成長投資」は政治的インセンティブ汚染されやすい。公共選択論が示す通り、政策担当者自己利益最大化主体だ。市場参加者だけを利己的と見なすの理論的に片手落ちだ。

 

から反自由主義」かどうかは、自由をどう定義するかに依存する。

国家自由拡張するという名目裁量権を拡大し、価格シグナルを歪め、将来世代債務移転するなら、それは自由拡張ではない。名目上の善意による統制だ。

自由主義本丸は、結果の設計ではなくプロセス自由にある。

 

自由主義を「国家による善意の介入」と同一視するなら、その前提が違う。

フリードマン自由主義は、ルールに従う市場秩序を守ることだ。裁量抑制することが自由の条件だという立場だ。

そこを混同すると議論は空転する。

2026-02-20

anond:20260218230748

それを「しょうがない」とみなすのひろゆき思想(というほど高尚なもんじゃないと思うが)に毒されすぎててそれがこの世の真理みたいになっちゃってるよね

2ちゃんねる時代価値観を令和まで引きずってるのはそろそろ恥ずかしいよ

2026-02-15

anond:20260215200304

キョンシー最後に観察されたのは1989年です。キョンシーは何らかの理由で既に絶滅したと考えるのが妥当であり、恐怖する必要はありません。キョンシー理由中国を脅威とみなすのは不当です。実際には中国を敵国とみなす日本人感性こそが恐ろしいのであり、日本人の皆様が、ご自身感情と正面からかい合う勇気を持つことが大切です。

2026-02-13

介護経済

私が素人ながらケアニューディール https://note.com/taomorohoshi/n/n022e9aa48349 としてjabiで発表してきたことと多分同じで。

通貨発行権のある国家は利潤(税収)無関係に公定価格介護報酬等)を設定して支払える。

その為、その支出でその産業名目賃金を増やせ、名目成長させる(GDP政府最終消費支出)。

ここまでは表層。

1/

次に、単価を国家が設定出来るので、他産業より高単価(利用者には無料)にも出来るので、【労働移動】が起こる。

すると他産業人手不足になるため、自動化投資賃上げに追い込まれ、物的労働生産性付加価値労働生産性が上がる。

また、介護自体は低炭素労働でもある。

2/

炭素労働への労働移動は、環境負荷の多い分野のブルシットジョブから労働退出を促す。

介護は人以外に資源を使わず(まあエレベーター設置とか社会全体が備える設備含めるとわからないが)、製品を輸出する為に資源を輸入、みたいなのが不要

人以外は低資源環境面での持続可能性が高い。

3/

持続可能性、と言う面でもう一つ述べると、生命再生産、労働再生産の持続可能性を担保する。

ヤングケアラービジネスケアラー介護離職の話。

家族介護で進学断念損失。

外では賃労働。家では無償ケア労働。いつ寝るの?という話で、賃労働パフォーマンス生産性は落ちる。

4/

寝る暇もなく疲弊した状況(介護離職の場合は更に金銭的余裕が無くなる)で、恋愛生殖不可能

仕事介護家事子育て(の前の生殖に至る交際)を全てこなすの不可能

たまにこなせる人もいるが、持続可能ではない。

生命再生産(疲れて帰り、翌日元気に働ける条件)は

5/

生命再生産は家庭内ケア労働で行われる(これが無償有償か、自費か国費かの影響は後述)。

昭和はこれを妻が担っていた。

男性商品生産企業労働で担った。

労働再生産は要するに生殖教育

その再生産にかかる費用再生費用)を、企業も昔はある程度は支払っていた。

6/

現代は、と言うか資本主義では、この再生費用の不払いが可能な限り徹底される。

資本蓄積の本源は、他国からの略奪、労働から搾取のほか、家庭内で行われる労働者の生命再生産にかかる費用無償化することで得られる。

まりケア労働こそ資本蓄積の真の本源である

7/

利潤のために資源を枯渇するまで採取すればその資源活用していた産業は終わる。

同様に、ケア労働も枯渇すると社会再生産、労働再生産が不可能化する。つまり資本主義というか経済が終わる。

8/

介護保育などに代表されるケア労働無償にして、なお枯渇させずに生命再生産を可能たらしめるには、企業内賃労働者を家庭内ケア労働従事させねばならない(つまり介護離職)。

その上で賃労働再生費用を組み込むには、賃上げ強制するしかない。

9/

そうでなければ、次世代労働者を産み育てる経済的余裕が失われる。

あるいは、企業内賃労働家庭内無償ケア労働者を労働移動(いわゆる女性社会進出)させたまま、再生産を担保するには、再生産を外部委託する他ない。

まり介護サービスや保育サービス

が、これには外注費がかかる。

10/

この外注費(介護育児の他に、外食クリーニング家事外注)を自己負担できるなら、それはつまり企業再生費用を支払っていると言うことになる。

前述の様に、それは企業の利潤、資本蓄積を困難にするため、まず望めない。

ではどうするか。

政府が支払うしかない。

11/

政府再生費用を支払うときに税や社会保険料、自己負担で取るか、通貨発行で支払うかがある。

前者は累進性が高くなければ、あるいは労働組合などが強くなければ結局は労働者が支払うのと同じことになる。

だとしても支払わなければ資本主義が終わるので支払うしかないが、後者でもいいはず

12/

後者通貨発行で再生費用を支払う)だと、企業は長期での労働者を確保でき、国内消費者も確保できる。

市場労働力が確保できて、更に再生費用を不払いにして置けるので(それがいいとは思わないが)、投資がより大規模に可能となる。

13/

ただし前述のように、国家再生費用を支払うとは、有償ケア労働者を確保することを意味するので(それが家庭内ケア労働への移動か、介護施設や訪問ヘルパーなど公的ケアサービスへの労働移動かはさておき。後者の方が効率的ではある)企業賃上げ圧力は常にかかる。

14/

上の方で書いてたこととだんだんループしてきたが、このことが全体の賃上げ寄与するし、そもそもケア労働ケア責任魔女裁判から続く女性への抑圧で実現し得た、無償再生装置としての立場)は女性に負わされ、それを公定価格の据え置きで国家低賃金に固定してきた訳で、

15/

女性低賃金資本主義国家が作り出したものと言って過言でない。

介護保育など公定価格の引き上げは経済成長云々の前に不正義の是正として避けられない面もある。

経済成長としては14で言いそびれたが(もっと上で述べたか賃上げ圧力自動化投資圧力でもあり、これが生産性向上である

16/

ポストが短文を細切れなのでだんだんループして、論点も忘れてきたが、とにかく【生産再生産が強固でなければ持続し得ず、ケア領域とは再生領域である

ということ。

経済成長したければ再生産を取り戻せ!

という事でとりあえず終了。

17/17

https://x.com/MorohoshiTao/status/2022131879055663466

2026-02-09

anond:20260209194124

では、反論とみなされずかつ命が危険であるため議論を終了することを相手に宣告するにはどうすればいいですか?

反論として使うなということは、反論じゃなく終了することができる道を想定してるってことですよね。

それを想定せず、ぜんぶひっくるめて反論だとみなすのは、まさに人の命すらもなんとも思わない、議論を優位に進めるため無敵論法であり、非難されるべき態度ですよ。

dorawiiより

-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE-----
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-----END PGP SIGNATURE-----

2026-02-08

注目ブコメだけ見てたら馬鹿になる

[B! ] 「ロブスター伊勢エビと表示してはいけないと知らなかった」…三重鳥羽食品加工会社措置命令

b.hatena.ne.jp/entry/s/www.yomiuri.co.jp/national/20260206-GYT1T00522/

最初読売新聞記事と注目ブコメだけ見て、

ロブスターはハサミ付いてるし、伊勢エビはハサミない。全然違うわな」

と納得し、面白ニュースとして消費してた。


だが、朝日新聞記事を読むと。

外国産イセエビ、『伊勢海老』表示 『みやげセンター王将』、県が再発防止命令三重県」

タイトルで、内容の一部を書くと、

外国産イセエビを『伊勢海老』と表示しちゃ駄目。消費者庁ガイドライン出してる」

と。あれ?ニュアンス全然ちがう。売ってたのロブスターじゃなかったの?

因みに朝日新聞web版では記事になってないので、新聞記事検索「サコウ食品」でタイトルだけ出てくる。


伊勢海老 イセエビ 違い”でググると、

商品名に『伊勢海老』の漢字表記使用に関して、保健所農水省見解

 松阪保健所・・・イセエビイセエビ属(英語では "Spiny lobster" )については、伊勢海老漢字表記使用可能。 ただし、外国産のみ、原産地の原料表示はフロリダキューバ産国名を明記。

 農林水産省・・・商品名伊勢海老漢字表記できるのは、加工品の場合伊勢志摩地方で水揚げされたもののみ」で、三重県産以外の県産や外国産は「イセエビ」とカタカナ表示を指導

www.iseko.com/iseebi-k.html

じゃあ、温暖化東北で獲れるようになってるのは「イセエビ表記じゃなきゃ駄目なのか。

イセエビ 温暖化”でググると、

ガイドライン遵守の「イセエビ表記記事のほか、「伊勢エビ表記記事が出てくる。

東北産「伊勢海老」はアウトだけど、東北産「伊勢エビ」は?

そもそも外国語話者に「伊勢海老」と「イセエビ」は違う、って通じる?

イセエビ - Wikipedia

ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%BB%E3%82%A8%E3%83%93

広義にはロブスターは大型の歩行型エビ全般を指す総称であり、イセエビロブスター一種とみなすのは、その意味では間違いではない。

更に別の新聞記事によると、

ロブスターを「伊勢エビ」に 不適切表示鳥羽業者措置命令 三重県 - 伊勢新聞

www.isenp.co.jp/2026/02/07/142714/

このロブスター英国産フランス産の「ミナミイセエビ

イセエビミナミイセエビ属(Rock Lobster)で、はさみ付いてない。


読売新聞記事ブコメに戻って全部読むと。

“moodyzfcd ( miquniquさんのコメント見てググッたら "日本国産の「伊勢海老」との優良誤認を避けるため、海外地名及びカタカナ表記の「イセエビ」をご表記頂くことをお勧めいたします。" という記事が出てきた”

“earthether 伊勢海老海外ではロブスター一種なので、その外国産ロブスターとやらがイセエビ類だったのかザリガニ類だったのかによるかな。”

“MarvinParnroid 日本の分類名だと、ハサミが無い大型種を「イセエビ下目イセエビ科」としてるので、外国産イセエビが居ないワケじゃないよ。オーストラリアイセエビアメリカイセエビなどが存在する。”

“yoh596 ミナミイセエビ(高級じゃないおせち等に入っているイセエビロックロブスターの事)の事もあるので、このニュース本文では悪とは断ぜられないなぁ。ししゃももそうじゃん。”

“dltlt イセエビ属(Panulirus)を「ロブスター」と呼ぶのも、ロブスター属(Homarus)を「オマール」と呼ぶのも、どちらもよいことになっている。www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/food_labeling_act/assets/food_labeling_cms202_250618_0201.pdf

など、有益ブコメはあった。

が、スター少なく注目ブコメに上がって来ない。

「注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の『建設コメント順位付けモデルAPI』を使用しています」とは一体なんなのか?

クソの役にも立ってない。

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