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空犬通信

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東京・代々木上原の幸福書房が閉店 【更新】

この記事で紹介した東京・代々木上原にある駅前書店、幸福書房。(記事では、最初に目にした情報をもとに2月末の閉店としていましたが、実際には)2/20で閉店となりました。


東京新聞に閉店直前の同店を紹介する記事が掲載されました。「「魔法の本屋さん」40年で幕 代々木上原駅前「幸福書房」」(2/19 東京新聞)



記事の一部を引きます。《品ぞろえの良さで約四十年にわたって親しまれ、作家の林真理子さんとの交流でも知られる書店「幸福書房」(東京都渋谷区)が二十日、閉店する。店舗の賃貸契約の終了が直接のきっかけだが、出版不況が背景にあるという。林さんは「駅前に本屋さんがある街の風景がなくなるのは寂しい」と残念がる》。


幸福書房の創業は1977年だと言いますから、昨年ちょうど40周年を迎えたところだったんですね。《岩楯さんが弟の敏夫さん(65)と豊島区南長崎で始めた。八〇年に現在の場所に移転。二十坪(約六十六平方メートル)の店を元日以外の三百六十四日、朝八時から夜十一時まで、岩楯さん兄弟と妻たちの四人で切り盛りしてきた》。


お店の魅力、棚の魅力について、記事にはこんなふうに書かれています。《「いつ行ってもなぜか欲しい本がある」と評判なのは、大手取次会社からの配本に頼らず、毎朝仕入れに行くからだ。「一番楽しい仕事。まず新刊が基本だけど、お客さんの顔を思い浮かべながら、あの人はこれが好きそうだと想像しながらね」と岩楯さん。客に勧めたりはせず、「棚(に並べること)で会話をしているような感じ」という》。


記事の最後に、同店と縁の深い作家、林真理子さんの談話が引かれています。《品ぞろえの良さで意欲が感じられる本屋さんで、なくなるのは本当に残念》。


《本はネットで買えばいいという人もいるが、ふらっと行って手応えのあるものを買うという習慣が大切。それがなくなる損失は計り知れない》。


幸福書房がどんなお店なのかを知る人ならば、同店の品ぞろえ、同店の雰囲気を少しでも知っている人ならば、林さんのことばにうなずきたくなることでしょう。


他の記事もあげておきます。「林真理子さんが愛した「幸福書房」閉店へ 「ピカピカの本屋」店長の思いに名残惜しむ声」(2/20 弁護士ドットコム)。書き手は猪谷千香さん。


本屋さんの閉店に合わせるようなかたちで、そのお店のことを書いた本が刊行されるというのは、めずらしいことかもしれません。



書影 幸福書房の四十年チラシ 幸福書房の四十年 表チラシ 幸福書房の四十年 裏

↑中と右は同書のチラシ。


版元の内容紹介によれば、このような本です。《なぜ「幸福書房」に行くと読みたい本が見つかるのか? その秘密を店主・岩楯幸雄さんが余すところなく語る。本屋を始めるまで。開店。本のこと。資金繰り。棚のこと。取次、出版社、そして、林真理子をはじめとする著者やたくさんのお客さんたちとの出会い。営業時間は元日以外の364日朝の8時から夜の23時まで。けらえいこ、石田千、吉田篤弘などさまざまな人が愛した代々木上原駅前書店「幸福書房」の40年》。


早速読みました。この本は、本屋さんが書いた本屋本ですが、たとえば、海文堂の平野さんの本のように、閉店までのお店の歴史が詳細に語られているわけでも、Titleの辻山さんの本のように新刊書店立ち上げの経緯が具体的な数字込みで語られているわけでも、久禮さんの本のように書店員としての技術が語られているわけでもありません。自分がおす作家や作品の話が出てくるわけでも、自分がしかけた本の話があるわけでも、イベントやフェアなど自店での特別な試みのことが明らかにされているわけでもありません。そういう、本屋本的なことが一切、は言い過ぎかもしれませんが、ほとんど出てきません。朴訥とした味わいの語り口ですが、名文美文など、文章の美しさで語られるような本でもないでしょう。


でも、なのか、だから、なのかわかりませんが、とにかく、一読、とても心に残ります。


ひょっとしたら、この本に書かれていることは、乱暴に言えば、1行にまとめられるのかもしれない。店主岩楯さんが言いたかったのは、本屋の仕事を続けてくることができて幸せだった、ということに集約されるのかもしれないのです。ご本人の文章だと、こんなふうに表現されています。


《ただただ真面目に、40年間、本を売り続けて私は生きてきました。それは、私が本を売るのが好きだからです》。


こんな一文もあります。《いいお嫁さんに来てもらって、そのうえ好きな仕事ができて、こんな幸せはありません》。


本屋の仕事をかっこよく語ろう、自店の歴史をかっこよくまとめようと、そんな色気が少しでもあったらまず出てこないくらい、どうしようもなくストレートな表現です。


でも、このような文章にこそ、なぜ幸福書房がこれほど特別なお店になりえたのかが、よくあらわれているのではないかと、そんなふうに思いました。


本を売るのが楽しくて好きでそれで続けてきた、それだけが書かれている本です。それだけなので、100ページ足らずで終わってしまいます。もしかしたら物足りない、と感じる人もいるかもしれません。でも、ぼくは、このお店の魅力を伝えるのに大部の本は必ずしも要らないのだろう、この小さな本で充分なのだろう、読後、そんなふうに思いました。


お店の閉店までのわずかな期間に、本のかたちにまとめあげ、先行販売でお店で売ることまでをも実現した版元の左右社のみなさんには、読者の一人として、幸福書房の利用者の一人として、心からお礼を言いたいと思います。ありがとうございました。この本が、本屋を愛するたくさんの人に読まれることを願ってやみません。


同店は閉店となってしまいましたが、お店の記録がこうして、小さな本のかたちで残されたことの幸運を今は思うべきなのかもしれませんね。


その『幸福書房の四十年』の版元、左右社(@sayusha)が2/21付のツイートにこんなふうにありました。《幸福書房最後の日のツイートをモーメントにまとめさせていただきました。もし、不都合のある方はお手数ですが、左右社(@sayusha)までご連絡ください。》文中のモーメントはこちら



追記(2/26):一緒に紹介しようと思いつつ、本文でふれるのを失念してしまいました。林真理子さんが『週刊文春』1/18号の連載「夜ふけのなわとび」で、幸福書房のことにふれています。林真理子さんは、こんなふうに書いています。《あの私の大好きな幸福書房さんが、二月いっぱいで店を閉じると聞いた時、思わず泣いてしまった私》。


そして、このようなくだりも。《街から本屋さんが消えると、風景が変わる》。代々木上原の駅前から、小さな本屋さんが1軒なくなるだけで、どれだけ大きく風景が変わってしまうか。幸福書房を利用したことがある人が、今後、代々木上原の街を訪ねるたびに実感させられることになるのではないかと思います。


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