はてなキーワード: 建造物とは
この西境は、サムの娘であるエラノールの子孫たちが代々区長を務めることとなる。
赤表紙本は、代々彼らに受け継がれたことから「西境の赤表紙本」と呼ばれるようになる。
彼らは「塔の下の髪吉家(Fairbairns of the Towers)」として知られる。
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Fairbairn(フェアバーン/フェアベーン)は、スコットランドに起源を持つ姓。
その名前の由来は、主に以下の2つの要素の組み合わせとされてる。
Fair(フェア): 「美しい」「公正な」「金髪の」という意味。
Bairn(ベーン/バーン): スコットランド語(Scots)で「子供」を意味する。
これらを合わせると、直訳的には「美しい子供」「(容姿が)公正な子供」あるいは「金髪の子供」を意味し、
かつて金髪や美しい容姿を持つ子供が、そのままニックネームとして定着し、後に家族名(姓)になったと考えられています。
スコットランドの古い名前に多く見られる、「Fair」と身体的特徴を示す名詞が結びついた形式の一つである。
髪吉家とは、これらの意味とエラノールの美しい髪とを考え合わせた意訳と考えられる。
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「塔の下(Towers)」とは「塔の丘」と呼ばれる地域に建つエルフの3つの塔のことでエラノールの子孫たちが、その塔の麓に暮らしたことに由来する。
この塔のひとつには西方の彼方を見るためだけに使われたパランティアが収められており、塔そのものの役割もそれに付随すると思われる。
ギル・ガラドがエレンディアのために建てた第二紀の建造物であるが、
エラノールの子孫たちが住む頃にはパランティアも西方に去った最後のエルフたちとともに持ちさられた後であると考えられ、
サムの子孫は、このエラノールの髪吉家の他にも、袋小路屋敷を受け継いだガードナー家としても残っており末永く繁栄したものと考えることが出来る。
モンゴルにおける「テムジン」は、世界最大の帝国を築いたチンギス・カンの本名(幼名)として、国家の誇りや英雄の象徴となっています。 [1, 2, 3, 4]
モンゴルには、テムジン(チンギス・カン)の生涯を辿る観光スポットが多くあります。
* テムジンが黄金の鞭を拾ったとされる場所に建てられており、像の内部や展望台から草原を一望できます。
* 乗馬体験や「ゲル」への宿泊を通して、当時の遊牧民の暮らしに近い体験ができます。
* ガンダン寺: モンゴル最大のチベット仏教寺院で、歴史的な建造物が多く残っています。 [5, 13, 14, 15, 16]
「人がいるはずなのに、誰もいない不安感」「どこか既視感を覚えるが不安を掻き立てられる建築物や場所」とかの、誰しも覚えがある共通感覚で人気になっている。
大体Youtubeで紹介されるのが地方のバブル期などに作られた建造物で、「ここにはもう誰もいない」「文明が滅んだ後」とかシンプル失礼な紹介で映される。
ただ、こういう「人がいないことが特徴」って今の地方の観光資源になるのではと思った。
過疎だし。人いないし。
そう思って自分の出身の田舎を思い返すと、そもそも人がいないから建造物自体少ないし、人がいないことが自然だから何も不安感が無い。因習村ホラーしかできないなと。
BSジャパネクストがリニューアル BS10の無料放送側で日曜昼などに放送中
見られなかったケーブルテレビ局でも見られるようになったので要確認
つながるジャパネットアプリで放送同期・スマートテレビや2025年4月からtverを含め見逃し配信あり
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・02 春眠)暁(を覚えず
・04 11(世紀
・05 くっきー!
・06 三元牌
・09 [1番をあてましょう]天応…
・12 5(枚
・14 『Five』
・15 イシシとノシシ
・16 [どちら]アルカリ 性
・18 柴犬
・19 [曲のタイトルにも]シルエット
・25 アールグレイ
・26 ゆめっち
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・28e エンゲル(係数
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(日曜本放送)
このあと14:15からは「[映]『めぐり逢えたら』BS10サンデーシネマ」(字幕スーパー/英語音声のみ?)
16:45-17:15 人生に魔法をかける ロングブレスで激変物語【2日間で驚きの腰痛改善】
(5日日曜日)
日中関係が険悪化する中、中国大使館(東京都港区)に自衛官が侵入し、刃物を持ち込んだとみられる事件。日本政府内では、大使館などの公館を不可侵とする国際ルールに反する「あってはならない事件」(外務省幹部)との受け止めもある一方、政府からは「遺憾」の意と再発防止の表明にとどまる。中国国内では日本側の謝罪がないことに反発も広がり、日中関係のさらなる悪化に懸念も広がる。
中国大使館への侵入容疑、陸自隊員逮捕 刃物も所持「大使に意見を」
「法と規律を順守すべき自衛官が在京中国大使館の敷地内に侵入し、建造物侵入の容疑で逮捕されたことは誠に遺憾だ」。小泉進次郎防衛相は27日の記者会見で、初めて事件に言及した。
建造物侵入容疑で24日に逮捕されたのは、陸上自衛隊えびの駐屯地(宮崎県)勤務の3等陸尉の男。防衛省によると一般大学を卒業後、2025年に一般幹部候補生として陸自に入隊した。
大使館敷地内では刃渡り約18センチの刃物1本が発見された。中国側は、男が「中国外交官を殺害すると脅迫した」とする。一方、警視庁によると、男は「大使に意見を伝えて受け入れられなかった場合は自決して相手を驚かせようとした」と説明し、「中国に強硬発言を控えてほしかった」という趣旨の話をしているという。
レアアース磁石、新規注文「断らざるを得ず」中国から輸入3分の1に
日本も含めた各国が締結しているウィーン条約では、接受国(外交官などの受け入れ国)は大使館など公館への侵入・損壊を防止する措置をとる義務を負っている。中国外務省によると、中国側は日本側に強く抗議。ただ、日本側は中国側の抗議を「申し入れ」としてとらえており、事件について「遺憾の意」を伝達。「法令に従って、再発防止を含め適切に対応していく旨を説明した」(木原稔官房長官)という。政府内では「大事になるような性質の事件ではない」(官邸幹部)と事件をことさら問題化させないようにする雰囲気が強い一方、中国の出方をはかりかねている。一部には「中国にとって良い政治カードとして使われる可能性がある」(防衛省幹部)との懸念も出ている。
一方の中国側。中国外務省の林剣副報道局長は27日の定例会見で事件後の日本の対応について問われ、「遺憾の意を表明しているが、到底不十分である」と批判。25日の会見でも「自衛隊員の管理・教育を怠り、中国大使館と外交官に対する警備責任を果たせなかった」と述べ、日本がウィーン条約の義務を履行できなかったと批判した。
事件を「遺憾」とする日本政府の姿勢は中国国内の批判を高めている。共産党機関紙・人民日報系の環球時報は27日、事件から2日を経ても最低限の謝罪がないとする社説を掲載。問題を個人の行為に矮小(わいしょう)化していると指摘し、「責任を拒否する国家の国際的信用は根本から揺らぐことになる」と論じた。
日中関係に詳しい中国・清華大学の劉江永教授は、事件が現役自衛官による明白な政治的目的をもった犯罪行為であると指摘したうえで、「日本政府は国際世論をみているのかもしれないが、遺憾で済ませる対応は逆効果だ」と疑問を投げかける。中国では事件の背景に日本の教育の右傾化が指摘されており、「自衛隊内部でどのような教育が行われてきたのか検証されるべきで、中国は今後の対応をみている」と語る。
東洋学園大学の朱建栄・客員教授は、1964年3月に駐日米大使のライシャワー氏が日本人に襲撃された事件と比較。国家公安委員長が辞任し、池田勇人首相が衛星中継で米国民に説明したことに比べ、「外交的な表現がかなり軽く、ことの重大性を認めようとしていない」と指摘。「中国に敵対的な社会的雰囲気が事件に影響した可能性もある。それを個別の問題として済ませるのは、中国に対抗する政府の姿勢の表れではないか」と語る。「中国の国民世論に反発が広がり、エスカレートする事態をさけるためにも、日本政府の真摯(しんし)な対応が必要ではないか」と話す。
なぜ人類は、この芋を食べようとしたのか。
こんにゃく芋には毒がある。シュウ酸カルシウムの針状結晶が、生のまま口に入れれば粘膜を激しく傷つける。食べた者は喉の奥が腫れ上がり、半日は声も出ない。それが何千年も前から知られていたはずの事実だ。
にもかかわらず、誰かがこの芋を諦めなかった。
灰汁の水で煮ると、毒が消える。固まって、食べられるようになる。その製法が記録に現れたとき——三世紀の中国の文献に、唐突に——それはすでに完成した形をしていた。試行錯誤の痕跡がない。失敗の記録がない。誰が、なぜ、どうやって辿り着いたのか。何も残っていない。
田辺朔がその問いに取り憑かれたのは、食文化史の論文を読んでいたある夜のことだった。
考古学者の田辺朔は、文献を読むのが好きだった。発掘現場よりも、図書館の方が性に合っていると自分でも思っていた。
四川省での調査から戻った夜、積み上げた資料の中にこんにゃくに関する論文があった。読み始めたのは習慣のようなもので、特に期待していたわけではない。
だが途中で、手が止まった。
こんにゃくの製法が文献に登場した時点で、すでに完成した形をしている。試行錯誤の痕跡が見当たらない。
田辺はその一文を三回読んだ。
学術論文が「見当たらない」と書くとき、それは単なる記録の欠落を意味する。資料が失われた、記録されなかった、そういうことは歴史にいくらでもある。だが田辺の頭の中で、何かが引っかかった。
こんにゃく芋は毒だ。誰もが知っているはずの毒だ。それを食べようとした人間が、なぜ灰汁で煮るという発想に辿り着いたのか。
田辺は東京大学の食品科学者、宮本冴に連絡を取った。学部時代の同期で、今は食品素材の物性を研究していた。
「グルコマンナンについて教えてほしい」
「珍しいね、考古学者がこんにゃくの成分を聞いてくるとは」と宮本は言った。「どこまで知りたい?」
「化学的に、全部」
宮本の説明は明快だった。グルコマンナンはこんにゃくの主成分で、アルカリ処理によって脱アセチル化し、不可逆的なゲル状ネットワークを形成する。常温で固まり、熱に強く、生体適合性が高い。そしてアルカリは同時に、シュウ酸カルシウムの針状結晶を溶解させる。
「つまり灰汁処理で、解毒とゲル化が同時に起きる」と田辺は言った。
「それを偶然発見したと思う?」
宮本はしばらく黙った。「……思わない、と言いたいところだけど、歴史的にはそういう偶然はある。でも確かに、この場合は条件が特殊すぎる気はする」
それから三週間、田辺は本来の仕事の合間にこんにゃくの文献を読み続けた。中国語の古典、本草書、食文化史の研究。宮本には追加の質問を送り続けた。
グルコマンナンゲルを調べていたら面白いことがわかった。宇宙線に対して異常なほど安定している。劣化しない。むしろ構造が強化される。こんな有機物、見たことない。あと——特定の周波数の重力波を、特定のパターンで吸収する。これ、もしかして記録してる?
田辺は画面を見つめた。
重力波の記録。
しばらくしてから、もう一通届いた。
なんでこんにゃくを調べ始めたの、って聞いてもいい?
食料として残したのではない。グルコマンナンゲルという素材の製造方法を、人類に習得させるために残した。毒のある植物、灰汁による処理、ゲル化。そのプロセスをまるごと文化に埋め込んで。派手な建造物でも、解読困難な金属板でもなく——食文化として。
もっとも長く、もっとも確実に、もっとも自然に継承される形で。
「でも目的は何だ」と彼は声に出した。
誰も答えなかった。
田辺はしばらく、何も言えなかった。
窓の外では東京の街が普通に動いていた。コンビニのおでんのなかで、こんにゃくが静かに煮られているはずだった。スーパーの棚に、糸こんにゃくが並んでいるはずだった。
グルコマンナンゲルが重力波を記録するなら、何千年分もの記録がすでにある。鍋のなかで、おでんのなかで、精進料理のなかで。
「何を記録させようとしてたんだろう」と田辺はつぶやいた。
それはまだわからない。そもそも、この仮説が正しいかどうかさえわからない。田辺には証明する手段がなかった。土器も、解読不能な文字も、何もない。あるのは記録の空白と、ひとつの食材の異常な物性だけだ。
まず、こんにゃくを買いに行かなければならなかった。
> 参考:グルコマンナンのアルカリによる脱アセチル化とゲル化、およびシュウ酸カルシウム結晶の溶解は実際の食品化学的事実に基づいています。重力波記録特性はフィクションです。たぶん。
① 埼玉県警・科捜研職員 住居侵入で逮捕 → スマホから盗撮発覚
結果:
「押収したスマホを精査したところ、他の女性の居室内を写したとみられる画像を発見」
その後:再逮捕
結果:
→ 勤務先で生徒の着替え姿を盗撮
「勤務先で生徒ら十数人の着替え姿を盗撮したなどとして再逮捕」
その後の捜査:
「脱衣所のエアコン内やダクトカバーに穴を開けて小型カメラで盗撮」
結果:
「余罪捜査の中で…スマートフォンの中から新たな盗撮データが見つかり再逮捕」
その後:自宅家宅捜索
結果:
(※教員盗撮は家宅捜索PC解析からの発覚が多く、余罪立件の典型)
結果:
その後:端末フォレンジック
結果:
その後:自宅捜索
結果:
その後:スマホ解析
結果:
ほらよ10件
ご提示いただいたリンク先(および関連するネット上のミームや画像)の内容を確認したところ、これは「野獣先輩」などのインターネット・ミームを題材にしたコラージュ画像(パロディ)、あるいは特定のジョークを目的とした架空のポスターであると思われます。
この画像が「選挙法(公職選挙法)」に抵触するかどうかについては、以下の観点から整理できます。
もし、この画像を実際の選挙期間中に、自治体が設置した本物の選挙ポスター掲示板に勝手に貼ったのであれば、以下の法抵触の可能性があります。
公職選挙法違反(自由妨害罪): 正当な候補者のポスターを隠したり、掲示板の本来の目的を妨げたりする行為。
軽犯罪法違反・建造物損壊罪: 公共の物に許可なく掲示物を貼る行為。
画像の内容(特定のキャラクターや不適切な表現など)が、特定の実在する候補者を応援したり、貶めたりする目的でない限り、「画像が存在すること自体」が公職選挙法違反になることは稀です。
虚偽事項公表罪: 当選させない目的で候補者について嘘をつく。
肖像権・パブリシティ権の侵害: 元となった人物の承諾なく画像を使用している点。
公然わいせつ・わいせつ物陳列: もし画像の内容が著しく卑猥であると判断された場合。
名誉毀損: 題材にされた人物の社会的評価を不当に下げる内容である場合。
この画像はネット上の悪ふざけ(ネットミーム)の一種であり、「実際の選挙掲示板に貼る」などの実社会での迷惑行為に及ばない限り、直ちに公職選挙法違反で摘発される性質のものではありません。
ただし、公共の場に掲示したり、他人の権利を侵害する形で拡散したりすれば、別の法律や条例で処罰の対象になる可能性が十分にあります。あくまでジョーク画像としてネットの一部で流通しているものと解釈するのが妥当です。
四国にあった山道の上物からガソリンスタンドの跡地らしき場所は一体誰の土地になるんだろう?
普通そこで廃業してたらもう土地公有に還ってるよね?じゃあ他の(法的に廃墟=非現住建造物と異なり)山野と同じ扱いで出入り自由?
dorawiiより
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割り勘にする男は、想像力が欠如している。
もしくは、自分が「完成された芸術作品」を目の前にして、入場料すら払わずに鑑賞しようとしている自覚がない泥棒のどちらかだ。
先日、そこそこ有名な企業の営業職だという男性と食事に行った。
会計の段になって彼が放った「あ、ここは俺多めに出すから3000円でいいよ」という言葉を聞いた瞬間、私の脳内で何かがプツンと切れる音がした。
多めに出す? 3000円でいいよ?
違う。そうじゃない。
私がこの席に座るまでに、どれだけのコストと労力をドブに捨てて、さらに金を積んでここまで来たと思っているんだ?
あんたが見ているその「可愛い私」は、天然素材じゃない。莫大な資本と時間を投下して作り上げられた、高度経済成長期のビル建設並みの建造物なんだよ。
その内訳を、骨の髄まで理解できるように、今日は極限まで細かく叩きつけてやる。これを見てもまだ「割り勘」なんて口が裂けても言えるなら、一生家でカップ麺でもすすっててくれ。
いいか、よく聞け。あんたが今日「可愛いね」と言ったその顔面と身体、そして雰囲気が完成するまでにかかった費用だ。
まず、土台が整っていなければ化粧も映えない。ここは毎月のランニングコストだ。
【基礎工事・日割り小計:約2,180円】
※まだ家すら出ていない。息をしているだけでこれだけかかっている。
次に、あんたの目の前にいる「顔」を作るための塗料代だ。デパコスなめんなよ。
1回あたりの使用量(消耗費)として計算しても、気合を入れた厚塗りデート仕様なら約500円分は顔に乗っている。カラコン代と合わせて850円。
ここが一番デカい。あんたに会うために「新調した」もしくは「選抜した」アイテムたちだ。
服と下着の減価償却、クリーニング代、使用料を甘く見積もっても、この日のための「装飾費」として3,000円は堅い。
さて、対するあんたはどうだ?
合計:ほぼ0円。
計算してみよう。
私がデートの場に現れるだけでかかっているコスト(日割りメンテナンス+当日の消耗品+衣装代償却分など)。
合計で、最低でも「約6,000円〜10,000円」のコストがかかっている。
移動の労力や、メイクにかける時間(時給換算)を含めればもっとだ。
私は「1万円の入場料がかかるエンターテインメント施設」としてあんたの前に座っている。
対してあんたは、「維持費ゼロの空き地」としてそこに座っている。
もしくは「俺が多めに出すよ」で3000円徴収?
ふざけるな。
私が既に1万円分のコストを負担してこの場を華やかにしている時点で、あんたが飲食代の全額(例えば1万円)を払って、ようやく「五分五分(フィフティ・フィフティ)」なんだよ。
それでも私の準備時間(労働)を考えれば、まだ男側が得しているくらいだ。
「奢られるのが当たり前だと思ってる女は無理」
なんて言う男がいるが、違う。
「金をかけて最高の状態に仕上げてきた相手へのリスペクトがない男が無理」なのだ。
私が自分自身にかけている手間と金、その背景にある「あなたに少しでも良く思われたい」という健気な努力。
それが、どれだけ女性の恋心を冷めさせ、「あ、この人は私の価値をその程度に見積もってるんだな」と絶望させているか。
奢らない男よ、頼むから一度、鏡を見て考えてみてほしい。
あんたは、隣を歩くその女性の「総工費」に見合うだけの男になれているか?
もしなれていないなら、せめて財布くらいは黙って全開にしてくれ。
それが、「高嶺の花」を摘もうとする男の最低限のマナーだ。
「理解」の彼方にある数学──望月新一とIUT理論が問いかけること
一方には、自ら構築した「宇宙際タイヒミュラー理論」で数学界の難問ABC予想を解いたと主張する望月新一。
もう一方には、その証明に「説明不能なギャップ」を見るペーター・ショルツェ。
彼らは同じ言葉(数学語)を話しているはずなのに、まるで異なる星の住民のように、互いの論理を捉えきれなかった。
これは、数学者がIUT理論に触れた時に口にした、ほとんど哲学的な嘆きである。
2. 数学は、いつ「別の教科」に化けるのか
我々が学校で習う数学は、確固たる地面の上に築かれた都市のようなものだ。
公理という基礎の上に、定義というレンガを積み、定理という建造物を建てていく。誰もが同じ地図を持ち、同じ道を歩める。
しかし、ABC予想のような深淵に近づくと、地面は忽然と消える。
そこには「夏場の動く氷河」が横たわっていた。足場は流動し、割れ目は見えにくい。
望月新一は、この氷河を渡るために、従来の登山道具(数学的概念)では不十分だと考えた。
彼は新しいアイゼン(宇宙)とロープ(ブリッジ)を発明し、一人で渡ってしまった。
「見よ、対岸に着いた」と彼は言う。
IUT理論の核心は、異なる「宇宙」を結ぶ「ブリッジ」にあるという。
だが、このブリッジは、従来の数学が知るどの「橋」とも似ていない。
それは具体的な写像ではなく、関係性の比喩のようにも、あるいは情報を転送する「儀式」のようにも読める。
「このブリッジの設計図には、応力計算が書かれていない」とショルツェは言う。
「いや、これは新しい種類の橋だから、従来の応力計算では測れないのだ」と望月は応じる。
ここに、論争の本質がある。
だが、基準を逸脱したものが、果たしてまだ「数学的証明」と呼べるのか?
4. 地動説の再来、それとも幻影?
ガリレオが「それでも地球は動く」と囁いた時、人々は自分の足元が動いていることを想像できなかった。
あまりに直感に反するため、受け入れるには世界観の書き換えを迫られる。
IUT理論には、その「数学的望遠鏡」がまだ大多数に共有されていない。
望月という一人の天才だけが覗ける望遠鏡で見えた景色を、どうやって共同体の確かな知識に昇華させるのか?
数学は、歴史的に「孤独な探求」と「共同的な検証」の緊張関係の中で発展してきた。
ガロアは孤独に群論を創り、ワイルズは7年間を孤塁で過ごした。
だが彼らの証明は、いずれも共同体に開かれ、検証され、受け入れられた。
あまりに自己完結的で、あまりに独自の言語で書かれているため、検証のための「共通の場」が成立しにくい。
それは、一人の建築家が、共通の建築基準を無視して建てた、あまりに独創的な塔のようなものだ。
美しいかもしれないが、他の建築家には、その安全性(正当性)を確認する手段がない。
それは、「人間はどのようにして、個人の深い直感を共同の確実な知識に変換するのか?」 という、科学哲学の根本問題に触れている。
もしかすると、我々の「共同的な理解」というフィルターは、真に革新的な知を濾過してしまうのかもしれない。
あるいは逆に、そのフィルターこそが、科学を単なる個人の妄想から救う防波堤なのか。
望月新一は、そのフィルターを──意図的か否かは別として──きわどくかすめるようにして、新しい数学の大陸を発見したかもしれない。
だが、彼だけがその大陸に上陸し、他者はまだ船(理解)を持たない。
7. 終わりに──氷河は解けるか
「5日間では短すぎた」。
そう誰もが思う。だが、果たして何日あれば足りたのか。
新しいパラダイムを理解するには、時に「学び直し」に近い時間を要する。ショルツェら一流の数学者でさえ、その途上にある。
だが、数学的真理の受容は、単なる手続きではなく、共同体の魂が納得するプロセスでもある。
いつの日か、この氷河が確固たる大地として多くの人に認識され、ABC予想への道が共有される時が来るのか。
それとも、この氷河は「夏の終わり」と共に消え、数学史の不思議なエピソードとして記憶されるだけなのか。
答えはまだ、誰も知らない。
ただ、この論争が我々に教えてくれるのは、数学が──ひいては科学が──常に「理解の境界線」との戦いである、という厳粛な事実である。
数学とは、確かな地面を歩む技術であると同時に、時には氷河を渡る勇気でもある。
望月新一は、その渡河を一人で成し遂げた。
問題は、彼の後を、我々が続けることができるかどうかだ。
ヨーロッパの石積やレンガ積の建物と違って、鉄筋コンクリート(RC造)は中に鉄筋が入っている。コンクリート(水酸化カルシウム)はアルカリ性なのでアルカリ性の雰囲気下にある鉄筋は腐食しない。
しかしながら、コンクリート(水酸化カルシウム)は大気中の二酸化炭素と反応し炭酸カルシウムになる。炭酸カルシウムは強度的には問題ないが中性なので、中性の雰囲気の中で鉄筋が腐食し、腐食によって膨張、コンクリートを破壊する。これを「爆裂」と言う。これによって、構造が毀損していく。ちな、ローマのパンテオン等の古代のコンクリート建造物はとっくに中性化してるが、無筋なので問題ない。
この問題は、鉄筋の上に被ってるコンクリートの厚さである「かぶり厚」を増やす、鉄筋をステンレスにすることで鉄筋そのものを錆びにくくする、補修工事の際に再アルカリ化をするなど、技術的に解決策があるがコストが高く経済的ではない。
地震の外力や寒暖差による収縮などでコンクリートに微細な亀裂が生じていく。これにより、前述の中性化が進んだり、水の侵入による問題などが出てくる。
これらは制震工法による地震動の抑制、外断熱、微生物カプセルによる自己修復などの対策があるが、やはりコストが高く経済的ではない。
1981年6月より前に建築確認を受けた建物は耐震性能が十分ではないので、まあ死んでも文句が言えない。また、1999年の省エネ基準より前の建築物は断熱性が大きく劣っている。もちろんこれらを改修することは可能だが、改修にはかなりのコストがかかる。
また、古い建物では、配管の方式がスラブ下配管(下階の天井裏に排水管を通す方式)だったり、階高(上下のスラブの間)が狭く拡張性が無く、光ファイバや空調の増設に対応できるスリーブ(躯体に開けた穴)が無いなどの問題もある。スリーブは困難ながらもまだどうにかすることはできるが、階高や配管の位置はどうしようもない。
住居系以外でも、今日日OAフロアの無いオフィスビルなどは余りにビミョーだろう。
築年数が経過すれば給水管や排水管の更新が必要になるが、これはかなりコストがかかる。光ファイバを通すには配管やスペースが必要だ。8K放送に対応するには共聴設備の配線を全部交換するしかない。建物の電気容量には限界があり、さらに電力が必要なら幹線から変えなくてはならない。
これらはどうにかすることはできるが、上記の通り躯体が陳腐化し、何千万、何億とかかる防水工事が控えているならば、わざわざここを改修しようとは思わないだろう。有り体に言って無駄金だ。