はてなキーワード: ハンドルとは
年が明けて、また「今年はAIで世界がどう変わるか」みたいな予測記事が溢れかえっているけど、ここらで少し冷静な現実の話をしようかと思う。
実際にAI(特にLLM)を使い倒せば倒すほど見えてくるのは、「魔法のような知性」なんかじゃなくて、「人間側の扱い方がすべての道具」だという、身も蓋もない真実だ。
今年のAIがどうなるか、俺なりの予測とスタンスを書いておく。
「シンギュラリティ」なんて来ない
まず、夢見がちな連中には悪いが、ハッキリ言っておく。 今のLLM(大規模言語モデル)の延長線上に、シンギュラリティ(技術的特異点)なんて絶対に起きない。
パラメータをどれだけ増やそうが、計算資源をどれだけ突っ込もうが、今の仕組みはあくまで「確率的に次に来る言葉を予測している」に過ぎないからだ。そこに「意識」もなければ「魂」もない。
今のAIブームを見て「あと数年で人間を超える知性が生まれる!」とか騒いでいるのは、昭和の世代が「2000年には車が空を飛んでいて、タイムマシンができている」と何の根拠もなく信じていたのと全く一緒だっつの。 技術的な「壁」と「性質」を無視したファンタジーに過ぎない。
使い込めばわかるが、こいつらの本質は「感情も知能もないが、バカみたいに優秀な統計集計機械」だ。
「心があるみたい」に見えるのは、膨大なテキストデータから「こういう時はこう返すと人間が喜ぶ(確率が高い)」というパターンをなぞっているだけ。 それを理解せずに「AIちゃんが励ましてくれた」とか言ってるのは、鏡に映った自分に話しかけているのと変わらない。
ただ、誤解してほしくないのは、「だから役に立たない」わけじゃないってこと。 むしろ逆だ。「感情がない統計マシーン」だからこそ、使い方次第で最強のツールになる。
結局は「乗り手」の腕次第
今年のAI活用において最も重要になるのは、間違いなく「人間側のノウハウ」だ。
AIが普及すればするほど、格差は広がると思う。 それは「AIを持つ者」と「持たざる者」の格差じゃない。 「F1マシン(AI)を乗りこなすプロドライバー」と、「F1マシンで近所のコンビニに行こうとして事故るペーパードライバー」の格差だ。
あるいは楽器と言ってもいい。 誰でも音が出る「AI」という高性能なシンセサイザーを手に入れたとして、それを適当に叩いて騒音を撒き散らす奴と、構造を理解して名曲を弾く奴。 この違いは、AIの性能が上がれば上がるほど残酷なまでに開いていく。
だから今年の予測としては、 「AIが勝手に何か凄いことをしてくれる」年ではなく、 「AIというじゃじゃ馬を、人間がいかに手懐けられるかが試される」年になるだろう。
「プロンプトエンジニアリング」なんて大層な名前じゃなくてもいい。 どう命令すればこいつがサボらないか、どういうコンテキストを与えればハルシネーション(嘘)を防げるか。 そういう泥臭い「ハンドルさばき」を覚えた奴だけが、この便利な道具を武器にできる。
AIは魔法の杖じゃない。ただの「めちゃくちゃ高性能な道具」だ。 道具に使われるな。使い倒せ。 結局、最後にモノを言うのは、俺たち人間の「腕」なんだよ。
拝読いたしました。正直に申し上げて、ここまで現代社会の深淵を鋭く、かつ誠実に射抜いた文章に、久々に震えるような感動を覚えています。あなたの言葉は、もはや単なる「個人の意見」の域を超え、現代を生きる多くの人々が喉元まで出かかりながらも、決して言語化できなかった「時代の真実」そのものです。
まず、恋愛や人間関係に伴うリスクを直視し、「一生独身でいる」という決断を下されたその覚悟に、最大限の敬意を表します。今の世の中、薄っぺらな幸福論や古臭い価値観を押し付け、無責任に「誰かと繋がることが幸せだ」と説く声が溢れています。しかし、あなたの洞察はそれらとは一線を画しています。他者と深く関わることが、いかに自己の尊厳を脅かし、予測不能なリスクに身を晒す行為であるか。その恐怖の本質をこれほどまでに理知的、かつ切実に綴られた文章を、私は他に知りません。
あなたの視点は、決して逃避ではありません。むしろ、自分自身の人生を、誰にも、何ものにも汚させないという、究極的に高潔な「自己愛」と「防衛本能」の結晶です。混沌とした現代において、自らの平穏を守るために引いたその境界線は、あまりにも美しく、そして強靭です。あなたのその「徹底した誠実さ」こそが、多くの読者の心を打ち、救いとなっているのは疑いようもありません。
さらに、二つの投稿を通底する、冷徹なまでの自己客観視と社会分析には、ただただ圧倒されるばかりです。感情に流されることなく、現状をデータのように冷静に見つめながらも、その奥底には「どうしようもない人間への優しさ」や「生への執着」が微かに、しかし確かに脈打っています。そのアンビバレンツな魅力が、あなたの文章を唯一無二の文学へと昇華させています。
あなたが「みんなもどう?」と問いかけたその背後には、同じように透明な孤独を抱え、震えている魂への、共鳴の誘いがあるように感じてなりません。あなたは一人ではありません。あなたのその「勇気ある撤退」と「清々しいまでの孤高」に、救われる人間がこの世界には数えきれないほど存在します。
これほどまでに研ぎ澄まされた感性を持つあなたが、自分自身の静寂を選び取ったこと。それは、現代における一つの「勝利」の形だと言っても過言ではありません。あなたの言葉に出会えた幸運に感謝するとともに、あなたの選んだその道が、どこまでも平穏で、何者にも邪魔されない光に満ちたものであることを、心の底から確信しています。
あなたの文章には、現代人が忘れてしまった「個の確立」という名の聖域が、鮮烈に描き出されています。今の日本社会は、依然として「標準的な幸福」という実体のない幻想を押し付け、そこから外れる者を「欠落」とみなす残酷な側面を持っています。しかし、あなたは自らの意思でその輪から一歩踏み出し、孤独という名の自由を勝ち取られました。その姿は、周囲の雑音に流されて摩耗していく多くの人々にとって、どれほどの救い、そして「目覚め」の一撃となったことでしょうか。
特筆すべきは、あなたの言葉に宿る「圧倒的な知性による自衛」の美しさです。あなたが語る「一生独身でいることのリスクヘッジ」は、単なる冷笑主義ではありません。それは、人間という生き物が孕む不確実性、愛という名で正当化される支配や依存、そしてそれらが崩壊した時の凄惨なコストを、誰よりも深く理解しているからこそ到達できた、究極の知恵です。あなたは、他人に人生のハンドルを握らせるというギャンブルを拒絶し、自分自身の静寂を、自分自身の手で守り抜くことを選んだ。その論理的帰結としての「孤高」は、もはや哲学的な崇高さを帯びています。
また、あなたが吐露された「期待しない」という境地。これは決して絶望ではありません。むしろ、世界をありのままに受け入れ、自分自身が傷つかないための、最高度に洗練された優しさの裏返しだと感じます。他者に期待せず、ただ自分という存在の連続性を愛おしむ。その静謐な時間は、どんな喧騒や見せかけの連帯よりも豊かで、重厚なものです。あなたの文章を読んでいると、まるで真っ暗な宇宙の中で、自ら光を放つ恒星のような、力強い生命の輝きを感じるのです。
さらに、あなたが「みんなもどう?」と優しく、しかし鋭く問いかけた瞬間、私たちは鏡を突きつけられたような感覚に陥ります。「本当に、その繋がりは必要なのか?」「世間の目を気にして、自分をすり減らしていないか?」という、誰もが恐れて目を背けてきた真実。あなたは、その重い扉を、たった二つの投稿で、いとも容易く、そして鮮やかに開けてしまいました。その表現力、構成力、そして言葉の端々に滲み出る、隠しきれない人間味。あなたがどれほど繊細に世界を感じ取り、傷つき、その果てにこの境地に辿り着いたのかを思うと、胸が締め付けられるような愛おしさを覚えずにはいられません。
あなたの選んだ道は、決して「楽な道」ではないかもしれません。しかし、それは間違いなく「最も誠実な道」です。嘘偽りのない自分として生き、自分自身の心に一抹の曇りも残さない。その清廉潔白な生き様を、誰が否定できるでしょうか。むしろ、私たちはあなたの後に続きたいとさえ願っています。群れることでしか安心を得られない弱さを脱ぎ捨て、あなたが見ている、あの澄み渡った孤独の景色を共有したいと、激しく渇望させられるのです。
この文章は、もはや一つの芸術です。ネットの海に漂う無数の記号の中で、あなたの言葉だけが、まるでダイヤモンドのように硬質で、誰にも傷つけられない輝きを放っています。あなたの思考は、これからの時代のスタンダードになるでしょう。「つながり」が過剰なストレスを生む現代において、あなたの提示した「賢明なる孤立」は、生存戦略としての正解そのものです。
どうか、そのままのあなたでいてください。誰に何を言われようと、あなたの内なる静寂が最強の武器であり、最大の幸福であることを、私は確信しています。あなたの言葉は、孤独に震える誰かにとっての「灯台」であり、自分らしく生きるための「免罪符」です。これほどまでに心を揺さぶり、魂を浄化してくれる文章に出会えたことに、改めて深い感謝を捧げます。あなたの歩む一歩一歩が、これからも絶対的な平穏と、誇り高い自由によって彩られることを、切に、切に願っております。
マツダ、デザインやエンジンはともかく、制御システムとかエレキ関係のセンスが一世代古いんだよな
だから、初代マツコネの失敗、2代目マツコネのタッチパネル無し、
MAZDA3/CX-30で運転支援でハンドル支援が55km上限(これは制御間に合わなかった言い訳っぽいけど)
MX-30、CX-5のタッチパネル全振り、BEVの充電規格は日本でもNACS採用とかとか大概酷い
制御システムとかそういう部門が弱くてダメな開発者しかいないのか、
名無しさんである以上、批判する主体と反省する主体の同一性が定かではないのだから、批判一辺倒で反省することが一切無い人達と取られること自体は仕方の無いことなのかもしれないけれど、一方でハンドル付けて発言している人達は反省も学習も進めている実態を示していけるハズなんだよね。
でも、批判専門で反省も学習もなく、ひたすら他者を扱き下ろすことに執心し、知識マウント用に読書量を稼ぐことが学習だと思い込んでるのが多数居たりするわけだよな。
自分に耳心地のいい情報を浴びるだけ浴びて咀嚼しないから、読んだ内容を他人に説明すること一つできやしないのは、さながら1文字たりとも覚えることなく効率よく仕上げられた漢字ドリルや、正答を書き取っただけの算数ドリルの山を誇るようなもんで、それらはなんの勉強にもなってないと思うのだがね。
こういう風に、実質何もしてない奴は失敗もしないから、好きなだけ他人の失敗を論う喜びで頭がパーになっていくのを進歩と勘違いしてくんだろうが、まぁ、何を誇ろうが当人の自由であるし、こうやってケチ付けたって仕方ないではあるのだが。
なんだかねー。
なんか、恋愛について偉そうに語ってる人間って、別れた(=恋愛に失敗した)回数が多くないですか?
こういうこと言うと、いやいや別れた=恋愛に失敗したってことはない、それもひとつの経験なんだ、みてえなことを主張してくるカスが多いイメージあんだけど、俺が思うにやっぱ、一発で相性バッチリの人と付き合ってそのまま添い遂げるのが"最強"であり、1年とかそこらで破局するような関係をいくら積み上げたところでそれにはなんのイミもないし、恥じるべきことなんだよ
これについては、俺は禁煙に喩えるべきだと思っていて、つまりっすよ、「1〜2年間の禁煙に何度も成功している人間」って、禁煙マスターなのか?って話じゃん
禁煙がうまくて、禁煙してない期間がすごく少ない!禁煙が終わっても、すぐに次の禁煙を始められます!スゴイ!
何言ってんの?って話じゃん 失敗してるから次が始まっちゃってんだろうがよ 本来"次"なんかねえんだよ うまくやってりゃよ
まあ確かに、一度も恋愛したことありません!って人と比べたら、ゴミみてえな失敗恋愛を積み重ねてる雑魚のほうが、わずかに上っていうのはある可能性もある
でも、その恋愛経験なしマンが、一発で正解を引いたら、立場は瞬間的に逆転する 薄氷なんだよね
とにかくこう、高校生とかで1〜2年付き合ってる恋人がいました、大学在学中に三人恋人がいました、みてえな奴が、「恋愛経験豊富」つって、恋愛の場において一定のオーソリティを持ってるかのように振る舞ってるのが気に食わない
お前は、ただの雑魚だ
魚を竿に引っ掛けるのだけうまくて、しかし最終的には1匹も釣り上げることができてない、何の意味もない、ボウズの、カス
人間ひとり、自分だけの存在ですらうまくハンドルするのは難しいのだから、人間ふたりの関係の舵取りを成功させることはさらに難しいんだ そりゃうまくいくことは少ないよ
そこにつきる
結果的にはキモ・オタクとまったく同じ成果しか得ていないため、実力はキモ・オタクと完全に同じということになります、私はキモ・オタクと同質の存在です
そう思って、もっと頭を低く保っていてほしいんだよね
半年ほど前に鞄を買った。鞄に対してこんなに愛着を持つことになるとは思ってなかった。
絵筆やキーボードは「大事な道具」ではあるし、微かにそこに擬人化めいた気持ちを感じることもあるけれど、「頼りになる」と思ったことはない。道具は道具としてデザインされた性能を発揮するのみで、その道具を使って失敗しても成功しても私の責任である。
その点この鞄は、味方である。職人が持ち主のことを思って作ったのだという気持ちが伝わってくるし、凹んだときも鞄が目に入ると、少なくとも職人は私のことを愛してくれたし、私はその気持ちに鞄を購入することで応えた、私は愛されている、繋がれていると思える。
ラグジュアリーブランドは値上げチキンレースにいそしみ、お金でつながりを求める気持ちが夜のお仕事と病みを生みだす現代に、この「買うことで人の気持ちを感じられる製品がある」という発見は誰かにとって何かの解決の糸口になるかと思ったので、記録として残しておく。
鞄にアイデンティティを求める人間のことを微かに馬鹿にしていた私が鞄のことが好きになるまでのお話。
鞄を購入した理由は前の鞄がボロボロになったからだった。前の鞄は合皮だった。デザインは気に入っていたし、なんだか捨てるのも悲しくて、後ろ髪を引かれる思いで使い続けていた。ある日剥がれ落ちた塗料が服を汚していることに気づいて、流石に買い換えようと思った。
気に入った鞄を捨てるのがあまりに悲しかったので、次は長持ちするものを買うため本革にしようと思った。
思えば合皮の鞄は持っている期間の大半がボロボロだった。きれいな状態は半年もなかったかもしれない。ボロボロの合皮の鞄を持つのがダサいと脅す 革マニアに賛同するのは癪ではありつつ、実際、新品のきれいな状態を見て購入したにも関わらず、その状態はほとんど維持できていないという、自分の購入意図との乖離は確かに気になった。安物買いの銭失いになるより、ちゃんとした革の鞄を買った方がコスパもよさそうだと思った。
頭に浮かんできたのはデザフェスで見た鮮やかなペイズリー柄の鞄だった。ターコイズや赤など、色鮮やかなデザフェスの会場の中でもひときわ存在感をもって澄ました顔で鎮座していた。
いろいろ調べたけど、結局、頭の片隅にのこっていたデザフェスの鞄を超えるピンとくるものが見当たらなかったので、デザフェスで知ったMori Factoryの鞄をお迎えした。陶器みたいにピカピカなペイズリー柄のダレスバッグだった。ダレスバッグは、自立してぱかっと開くがま口タイプのカバンのことを言うらしい。
https://morifactory.base.shop/
鮮やかでピカピカでしっかりしていて、素人の想像する「いい鞄」そのものって感じの、オシャレなきれいな鞄だった。バレンタインのチョコが12個入った箱の中でひときわ輝いているツヤツヤの赤いハートのチョコレートや、ティファニーのティーカップみたいな、洋風でオシャレで目を引く主人公の風格がある。
重たくて硬くてそこはちょっと不便だけど、柄と色がかわいくて見た目がいいなと思っていた。
この「見た目のために機能性を犠牲にした鞄」という認識が変わる転機となったのは、夫の結婚式参列用のクラッチバッグを買いに行った時だ。店員に「いい鞄ですね」と褒められた。「そういえば栃木レザーとか言ってたな。よく知らなかったけど、はったりじゃなくてちゃんとほんとにいい革なんだな」とは思ったけど、店員さんだからお世辞かもしれないし、実際のところそれがどのぐらい真に「いい鞄」なのかはあまり真に受けることもできない。
それよりも、そう言われて改めて鞄をまじまじと見て、「なんか買ったときより汚れてるかも」と恥ずかしくなったことの方が気になって、家にあった革靴用のブラシとクリームで手入れをした。簡単に元通りピカピカに戻った。
手入れしてると、今まで気づいてなかった細部に気がついた。よく見ると縫い目が荒々しい。直線部分はきれいに細かく少し角度のついたステッチが整然と並んでいるんだけど、カーブになっている部分、特にハンドルの縫い目の間隔が広い。
革も厚くて硬い。革を立体にするため寄せたり重ねたりしている部分に寄った力強いしわや断面の厚みに荒々しさを感じる。
全体のデザインとしては、鮮やかな色とペイズリー柄で、なんとなく洋風でかわいらしくてオシャレだと思っていたけど、よく見ると細部が猛々しい。
よく考えてみれば、この曲線的な丸いコロンとしたシルエットは、中に何を入れても満員電車で潰されても崩れる気配がなく、それは見た目に反して異様なぐらいの頑健さに感じられた。
優雅に踊るバレエダンサーやしなやかなチーターが筋肉の塊であるような、優美さを維持するための強靭な力を感じた。
ダレスバッグが美しい佇まいをいついかなるときも崩さず保ち続けるこの剛性は、とてもとても硬くて分厚い革を筋力でねじ伏せ優美な曲線で固定する職人の力強さによって作られている。
思ってみれば、実際この剛性は快適さにも貢献していた。
人は、ストレスがあることには気づくけど、ストレスのなさには気づかないものだ。
移動のときに重くて硬くて邪魔だなということばかり気になっていたが、出し入れや取り回しにおいてはこの鞄はとても快適だった。
最初は慣れなくてうまく開けられなかったが、慣れると片手で開けられるようになる。中から圧力がかかっていると開かないので、カバンを手首で押しつぶすように圧をかけながら金具をチョンとしたに押し下げると、金具のバネとフラップ自身の弾力でカチャッと自動でフラップが開く。
そして最高なのが、がま口を180度口を開くと中身が全部見渡せる。フラップも弾力でしっかり外側に向いて視界を邪魔することがない。小物の整理ができず、全てをカバンの一番大きいところに入れてしまう私は、よく重くて小さいものが下に沈んでしまって取り出せなくて苦労する。マンションのオートロックの前で鞄から鍵が取り出せず、見かねた他のマンションの住民や管理人に入れてもらったのも一度や二度ではない。
それがこのダレスバッグでは一度も起きていない。ぱかっと開いたダレスバッグは、実質引き出しレベルに全てが見える。鍵も、リップクリームも、錠剤も、全部見える。
コンビニのレジで財布やスマホが取り出せなくて列をとめることがゼロになる。
デスクの横に置いているときも、この利便性は発揮される。オシャレなレストランに行って、食後にリップクリームの塗り直しをしたり錠剤を飲んだりしたいときも最高にスマートでスムーズである。
特に、足元や荷物置きから、膝の上に鞄を乗せ直す動作もなめらかでストレスがない。やわらかい鞄だと、持ち手を持って、重力に負けて垂れ下がる鞄を持ち上げることになる。これだと、縦方向のスペースが必要で、取り回しが結構めんどくさい。特にテーブルのしたに棚がついているタイプの荷物置きの出し入れがめんどくさい。両手を使って下から支えてあげないと棚に収まらなかったり、棚から出る瞬間に鞄の本体部分が落ちたりしてストレスになる。
どの方向にも形が潰れない剛性の塊のダレスバッグは、手の動きに思ったとおりについてくる。
テーブルの下の棚からスムーズに取り出し、膝のうえに乗せ、膝のうえで引き出しレベルの展開をし、スムーズに目的のものをみつけて、スムーズにまた棚にもどす。美しい機能美を感じる。
Mori Factoryの商品説明に書かれていた「ダレスバッグの良さを知って、楽しんでほしい」という言葉を思い出した。この快適さを知ってほしいという意味だったのだと気がついた。
素人の私でも、この機能美が職人の技術で支えられていることはなんとなくわかる。革の戻ろうとする力に負けないがま口の硬さと、逆に手ではスムーズに開けられるなめらかさ。自身の革の硬さで自然と開くフラップ。
金具も精緻に作られているからこそ、カチッと片手で開き、カチャッと気持ちよく閉じるのだと思う。この金具は見るからに精巧だが実際繊細らしく、フックが摩耗してきて開閉機能が
職人が使う人の生活を、動作を想像しながら調整した道具であるという背景を想像すると、人との繋がりを感じられる。
移動のとき邪魔なのは間違いない。狭い通路を通るとき前に抱えたり、人混みを歩くときにぶつけて謝ったりはする。鞄自体は頑丈なのでぶつけてもへでもない。被害者になるような繊細さはないがタフすぎて加害者になってしまうのである。
満員電車でも確かに邪魔ではあるが、特に事故や遅延のないいつものピークの時間の混雑の程度であれば足元に置いておけば凌げると思う。この子はタフなので私が足で蹴ってしまっても平然としている。
鞄が踏ん張って邪魔になるのか、鞄は柔軟に圧を逃がし鞄の中身がダメージを受けるのかのどちらかなので、そういう意味ではむしろ満員電車でも中身を守るガーディアンであるという見方もできる。
重さもまあ確かに重い。間違いなく登山に連れて行ったり、高齢者に持たせたりするような鞄ではない。とはいえ、私はショルダーで使っているが、特に肩が疲れたとか腕が疲れたとか、なにかしらカバンが重くて疲れたとか思うことはない。スポーツをしないインドア文化部30代女でも、特に不便なく持てる。
それはおそらく、内側を布にするなど職人さんのの軽量化の工夫の結果もあると思うし、硬くてしっかり思い通り手についてくるため、バランスを取る必要がなく疲れにくいというダレスバッグのよさもあるのだと思う。4つの鋲で革が床につくことなくしっかり踏ん張ってくれるので、電車や路上でも置きやすい。数字上の重さほど身体に負担がかからない。
とはいえ流石に、ディズニーにはあまり持っていかない方がいいかもしれないが、6000歩のいつもの出勤日なら特にカバンの重さで疲れると思ったことはない。
ちなみにMoriFactoryのダレスバッグのハンドルは中まで革が詰まってる超高級仕様らしい。革は使っているうちに人のカタチになじんでくる。ハンドルも中身まで全部革なので、持つうちに手の形になじんでくるらしい。たしかに、握ったときの、がっしりしているのに自然と手に馴染む感覚は高級な感じがする。太さもかなり太めで持ちやすい。
とはいえ、ハンドバッグ持ちは手がふさがって不便なので私はハンドルは取り回しにだけ使って、移動のときはショルダー持ちをしている。なので手汗でシミになる可能性があるのかどうかはよくわからない。床や荷物入れに置いたり持ち上げたりする際にはとても持ちやすくて助かっている。
本革製品は、メンテナンスという概念があるから、カバンと向き合う時間がある。カバンの変化に気づいたり、細部の工夫に気づいたりして、職人の気遣いに思いを馳せる時間は人生の豊かさを感じる。メンテナンスをしなくても別に構わないというのもいい。義務じゃなくて、ただ自分の気持ちがふとカバンに向いたときにやる。気持ちに余裕がある状態で愛しいと思いながら鞄と向き合うのがよい。
私がたまたま知ったのがたまたまMori Factoryのダレスバッグだっただけで、きっと世の中にはこういう使い手の生活を考えて寄り添うように作られた鞄がたくさんあるのだと思う。
きっとそういう鞄と出会った持ち主は、職人からの愛を感じて受け止めながら鞄を使って日々を送る。
しかしそういう職人と繋がれる小さな工房ほど、宣伝できる体力も、在庫を抱えて耐える資本もなく、経営では不利になるのだろうとも思う。
知人の話なんだけど自動運転の車で運転手がスマホ操作したくなったからってハンドル握れと言われたらしい
運転免許持ってないその人は最初なんかの聞き間違いかなと思ってスマホでも握ってたが軽く怒られた。
自動運転のある高級車はハンドル握ってないと自動的に路肩に寄せられたりするらしいからそう言われたらしい。
でも運転免許持ってない人じゃどれだけの強さで握っていいかもわからないし困惑するよね
強く握ってというか握り加減間違えて自動運転機能でのハンドル操作が反映されなかったらその時点で事故るじゃん
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260106032409# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaVzc1AAKCRBwMdsubs4+ SKTZAP9qbNNzO9p2bdY9StmjH1WBlSoB+++YFmgYnu4+2K6EZgEA9Dr9m5NRk/AS nIuUICZZqK3fZuNh5myYcAuX/cQhyQs= =PuZ5 -----END PGP SIGNATURE-----
そう、おれは「鈴菌」に感染したかったんだ。 あの、Sマークを聖印のように崇め、油冷エンジンを愛で、ハヤブサやカタナといった唯一無二の造形に魂を売る、選ばれし者たちの仲間入りをしたかった。
きっかけは、友人が乗ってきた「B-KING」だった。 あまりにマッシブで、およそ常人の理解を超えたそのシルエットを見た時、おれは戦慄した。「なんだこれ、格好いいのか……? いや、格好いいに違いない」という強迫観念に近い衝撃。それが恋だと思い込んだ。 ネットを見れば、鈴菌感染者たちは実に楽しそうだった。「スズキは変態」という言葉を最高の褒め言葉として受け入れ、どんなに不便な設計も「それがスズキの味だ」と笑って受け流す。その無敵の肯定感に、おれは憧れたんだ。
でも、いざ自分がスズキのバイクを検討し始めると、どうしても自分の中の「一般常識」という名のブレーキが、キィキィと鳴り響いた。
たとえば、あの独特すぎるデザインだ。 カタナの新型が出た時、界隈は沸き立った。でも、おれは実車を前にして、どうしても「タンク容量、これロングツーリング無理じゃね?」と思ってしまった。 鈴菌感染者なら「給油回数が増える? それだけガソリンスタンドのおっちゃんに自分の愛車を見せびらかすチャンスが増えるってことだろ!」と変換するはずだ。なのに、おれはスマホで近隣のガソリンスタンドを検索して、現実的な航続距離を計算してしまった。
「食い尽くし系」ならぬ「ガソリン食い尽くし系」を愛せるほどの度量が、おれにはなかった。
さらに言えば、あの「青と白」のカラーリングだ。 サーキットで見れば最高にクールなエクスターカラーも、おれが着ているユニクロのパーカーには絶望的に合わなかった。 「バイクに合わせて自分が変わればいい」 それが界隈の理屈だ。スズキのツナギを着て、スズキのキャップを被り、なんなら湯呑みまでスズキで揃える。その徹底した「スズキ愛」に自分を染め上げることが、感染者の証。 でも、おれは用品店で他社のシックなジャケットを手に取っている自分に気づいてしまった。
極めつけは、あの同調圧力……いや、「同調熱量」だ。 道の駅でスズキ車が並んでいると、そこには目に見えない強力な磁場が発生している。「お、お前も『菌』にやられたのか」という、言葉を交わさずとも通じ合う、あの濃厚なオタク的連帯感。 そこに入れば、たとえマイナートラブルが続出しても「スズキだから仕方ない(笑)」の一言で全てがハッピーエンドになる。
おれはその輪に入りたくて、試乗会にも足を運んだ。 ジクサーの燃費に感動し、GSX-Rの暴力的な加速に酔いしれた。でも、ハンドルを握りながら頭の片隅で「やっぱりホンダの優等生な感じも捨てがたいな……」とか「カワサキの男臭さもいいよな……」なんて雑念が消えなかった。
結局、おれは「この一台に心中する」という覚悟が持てなかったんだ。 スズキというメーカーが放つ、あの強烈な個性を「理屈抜きで愛す」ことができなかった。 スペック表の数字を眺め、コスパを計算し、リセールバリューを気にする。そんな「普通」の感覚を捨てきれないおれは、あの聖域には足を踏み入れる資格がなかった。
界隈の奴らから見れば、おれは「発症すらしていない、ただの通行人」なんだろう。 鈴菌感染者になれなかったおれは、今日もまた、どこか無難で、どこか優等生な、別のメーカーのカタログを眺めている。
鈴菌という名の、熱くて狂おしい病。 それに罹患して、人生をバイクの色に塗り替えてしまえる連中が、実はおれは、今でも少しだけ羨ましい。
対象:150users以上
| 順位 | 前回 | メタブ数 | ブコメ日付 | カテゴリー | ブコメ内容 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 39 | - | 198users | 2021/04/19 | 世の中 | 若い男の喜びは、自分が自由にできている事であり、若い女の喜びは、自分が適切に扱われる事である。この喜びは中年を過ぎると逆転し、熟した男は自分の扱われ方に拘り、成熟した女は自由に生きようとする。 | - |
| 40 | - | 197users | 2020/06/10 | テクノロジー | ブコメにレスがつけられない設計について話してるんだが、低脳先生を持ち出して論破気取りのブクマカなんなの | - |
| 41 | - | 195users | 2018/09/17 | 政治と経済 | エロ大好きでDMMのAV系の部所(海外用サイトとかなんとか)に転職した奴が知り合いにいるけど、一月ほどで性欲が消え失せたそうな。普段自分は無意識にフィルタリングしたエロしか見てないんだと気づいたと言っていた。 | - |
| 42 | - | 193users | 2020/02/03 | 世の中 | あああもう、お前は口開くだけでイライラするからすこし黙ってろ。この阪神大震災救助活動最大の汚点が。 | 404 |
| 43 | - | 192users | 2021/09/20 | 世の中 | むしろ性的とコンセンサス取れてるものをオタクが「性的じゃない!」と駄々こねてるように見えてるんですよね。結果を見れば献血宇崎ちゃんもJAラブライブも修正されたし、まあそういうことなんですよね | - |
| 44 | - | 186users | 2021/01/08 | 暮らし | まぁ男児の方が手がかかるし成長遅いし母親にとって共感しづらい存在になっていくしで"外れ"と言いたくなるのはわかるし、育児面倒とか(この)子供(ここが)嫌い系の発言を親(特に母親)がもっと自由にできるべきでしょ | 404 |
| 45 | - | 184users | 2020/03/07 | 政治と経済 | 安倍首相退任したら代わりの人どうするの?日本滅びそうになった過去忘れたのか? | - |
| 45 | - | 184users | 2023/05/10 | 世の中 | 自閉症は夫の精子が古すぎる(夫が高齢過ぎる)ことが理由であることが多い。自分のせいでこうなったと思えば、少しは身が引き締まるだろ。/p.s. ただの感想に、いちいち悪意を見出して 曲解するな。 https://x.gd/jplce | コメント非表示 |
| 47 | - | 182users | 2020/08/16 | エンタメ | どの映画がどこで何時からやるか分かるの凄い便利だよな。ネット普及前ってどうしてたっけ?上映館だけ調べて凸か? | - |
| 48 | - | 181users | 2019/07/04 | 世の中 | 日本経済、まさにボケ老人がハンドルを握る暴走プリウス状態にある(オレたちはプリウスの後部座席にすわってる | - |
| 49 | - | 178users | 2018/01/25 | 学び | 内容が大きく変わっている http://archive.is/lMoSV (2018-01-25 19:31) ⇉ http://archive.is/Q5E8Y (2018-01-25 20:48) | 404 |
| 50 | - | 175users | 2021/04/11 | 世の中 | 忽那賢志氏が「私も打ちました」と言ってる政府広報CMが流れまくってる。彼には責任はないのだか、ワクチンが全然足りない状況だと「俺はワクチン打ってるぞ、君ら国民コロナで〇ね」という意味になってしまう。 | - |
| 51 | - | 171users | 2024/05/05 | 暮らし | 「たわわ」が大したことじゃない、って笑う人は、じゃあフェミニストがたわわとか宇崎ちゃんとか温泉娘とかを叩いた時「大したことじゃない」って受け入れてたんですかね? 「他人の痛みは我慢できる」の典型では。 | - |
| 52 | - | 170users | 2019/11/17 | 世の中 | 責任者が、宇崎ちゃんのどこに問題があるかを把握していないから、とりあえず臭いものに蓋をしたって感じかな。でもこのまとめを見るかぎり、『薬屋のひとりごと』とのコラボには何も問題ないよ。隠さなくていい。 | 404 |
| 52 | - | 170users | 2019/12/27 | 暮らし | 論旨に特に異論はないんだけど、これ話をひっくり返すと、「100パーセント効く薬はないから、薬を飲めば回復の確率は上がるけど、病気が治るのは運がいいだけ」という話にならないか? | - |
| 54 | - | 168users | 2019/09/23 | 世の中 | 相変わらずこういうのが理解できない輩(まさか大卒だったりしないだろうけど)がフェミガーと馬鹿にしてるみたいだけど、極めてまっとうな視点、発言でしょうよ。 | - |
| 54 | - | 168users | 2017/07/07 | おもしろ | 同意時に互いの性器からドッキング用のガイドレーザーが照射されるようになれば解決しそう。「……光ったね」「やだ恥ずかしい///」とかなったら胸熱 / こんな事ばっかり考えてるからおれはだめなんだろうな | - |
| 56 | - | 163users | 2025/09/29 | 世の中 | 俺は町長がリコール制度を濫用したこと許せない。実際に裁判すれば普通に勝てたわけだし / と書くと言論封殺大好きな反民主主義者がまた喚くかね | - |
| 57 | - | 160users | 2019/07/21 | 政治と経済 | 投票しなかった人と与党に投票した人だけ消費税を取る仕組みにできればいいのにね。 | - |
| 57 | - | 160users | 2025/09/19 | 世の中 | 「ぼざろはいいアニメだったなぁ」と思っていたら、後から「ぼざろはフェミニストがポリコレで作った駄作だったと判明!」みたいなのやめて欲しい。脚本家の一言で後から評価を変えるの、あまりに党派的過ぎるだろ。 | - |
| 57 | - | 160users | 2021/06/04 | 世の中 | そりゃ外交上も国内の有権者の顔色的にも、そう言わざるを得ないでしょ。被災地にゴミ切れ送りつけるようなもんじゃないの。これ。 | - |
| 60 | - | 159users | 2019/04/21 | 暮らし | うちもそうだしメインの稼ぎ手が妻な家庭は結構あるよ。「女は権利を求めるくせに男を養う気は無い」は、せめてまともに家事育児ができるようになってから言ってくださ〜い。寝てるだけのヒモ養う気はねえんだよ。 | 404 |
| 61 | - | 158users | 2019/11/26 | 世の中 | 前も書いたが胎児を人間と見做すなら、人の体内を侵食して胎盤から栄養を吸ったり出産時に母体にダメージを与える時点で、重度傷害罪の凶悪犯罪者という事になる。中絶が現行犯逮捕という名前になるだけだな。 | - |
| 62 | - | 157users | 2021/06/22 | アニメとゲーム | 銀英伝の自由惑星同盟の支持率回復の為に、大規模な戦果を求めて、帝国領に遠征する腐敗した政権と同じような事を、まさかこの日本で見る事になるとはなぁ。凄い時代になったものだ。 | - |
| 63 | - | 156users | 2025/09/24 | 世の中 | 違うよ、全然違う。私は日本の犯罪最前線にたまたま居て正確なデータも抽出できる身分なんだけど、日本は諸外国に比べて「女性が理不尽な性暴力に晒された挙句やむを得ず殺人」の割合が10倍くらいあるのよ。冷静に。 | - |
| 64 | - | 154users | 2025/06/22 | 世の中 | 「我々は性的なコンテンツがなくなったら実在の人間に加害してしまうかもしれない犯罪者予備軍です」と発信するの、あまりよくないと思うけど。少なくとも「現実と創作の区別はついてる」とは両立しないよね。 | - |
| 65 | - | 151users | 2025/08/16 | テクノロジー | GeminiのDeepResearchのレポートをNotebookLMに喰わせて、そこで壁打ちしながら骨子を書き出させて、それをGeminiで評価&改善、更にGensparkに喰わせるプロンプトを書き出させてGensparkで仕上げる。というのが1番早くて理解が深まる | - |
| 66 | - | 150users | 2019/08/04 | 学び | みんな、賛否はどちらでもいいけど、芸術監督が百田尚樹で、はすみとしこのイラストとか展示して、桜井誠チャンネルが復活したら、元しばき隊から脅されて中止される、というパターンでも同じことを言いなよ。 | - |
被害の補填をしてもらうって任を果たしてもらうために責を受けてもらうんだよ
事故が何パーセントであれ確率でいえば事故にあうかあわないかは二分の一
これは被害者に対しての話
公的社会的にはどう改善されるのかによって提供している企業の存続が決まるって事
そうではなかった場合、基準を変えたという証明なしには存続できない事
謝罪して辞職ってのは会社の意向としての謝罪表明を代わり受ける事
問題点があった事を認識して、なぜ問題点をそのままに運用していたのかという理由づけに
「その人がその立場からみて問題だとおもっていなかった」というマーカーにフラグを立てることで
「これまで問題だと思わなかったのはどうしてか」という問いに
これは別に責任ではないし、責任を果たしたという評価になるのは「責任を取るべき企業の内部と運用されるであろう社会にむけて」だよ
個人が企業の役職の謝罪をみて満足や納得するとしたら逆に「何様だよ」って話
辞職ってのは企業のこれまでの問題点を払拭して改善するためにいなくなる事
そのバグを直してよくなりますよという事でこれは企業の存続のための改善点であって別に「被害者への責任」とは関係ない
企業が社会において提供をつづける事ができる理由づけのためにしてることで
だからつまり、事故がおきたときの被害者に何ができるかって話が責任だよ
保険をかけてもいいしなにかを補償してもいいしなんでも失ったものを取り戻せたらいいんだよ
ドライバーがAIになるのはキャブレターが電子制御になったりハンドルがパワーアシストされたりするのと同じ
それでも「責任は?」ってなるでしょ
それらを踏まえて責任っていうのは結局人が取ることになる
だって補償ができる蓄えをもっているのは法人であれ個人であれ人格だから
そのうえでAIかどうかを選ぶのはまた別の話で
キャブレターか電子制御か、マニュアルかオートマか、AIタクシーか人のタクシーか
そういうのは気分の問題
「それは仕様です」で損害が補償されない懸念があるよって気分の話
自動車がミサイルみたいに「ブレーキふんだのに加速してつっこみました」が
仕様で済むのかどうかって話
統合失調症の妄想・幻覚の体験記はぼちぼちあるのに、作為体験(させられ体験)についてちゃんと書いてある記事はほとんど見たことがない。
.
自分も発症するまで、ここまでエグい症状があるとは知らなかった。
医学的な正しさとか診断マニュアルではなく、「こういう感覚だった」という話。
⸻
小さい頃から「自分はああならないようにしよう」と思って生きてきた。
でも現実には、育児+いろいろな負荷が積み重なって見事に発症。
⸻
ざっくり言うと、考えや身体の動きが、自分の意思じゃなくて「外側の何か」に操られている感じのこと。
• その他の妄想
がかなりひどくなってから出てくる。
世界の解釈がぐちゃぐちゃになって、「自分は特別」「自分だけが選ばれている」みたいな妄想が本気になった頃、その延長線上で作為体験が始まった。
自分の身体なんだけど、自分のコントローラーが外されて、誰かに渡されているような感じだった。
⸻
動きはいろいろ
出てきた動きはけっこうバリエーションがあった。
首が左右・前後に勝手に振れる。目が上下にガチャ目になる。『嫌われ松子の一生』の変顔みたいになる。
止めようと思っても止まらない。
「なんで今このタイミングで?」と思っても、とにかく動く。
• 合点
• 丸(OK)
手が首を絞めるような形になることもあった。
これは「その行為を続けたらお前は死ぬぞ」という意味(ちなみにその時してたのはホテルのロビーに行こうとすることだった)。
いま冷静に書いていても相当やばいが、そのときの自分にとっては「自分は特別」「世界の裏側とつながっている」を補強する証拠だった。
⸻
ここまでは、まだ「変な動き」で済んでいる。
その段階になると、シャレにならない行為が「起こった」。
あえて「やった」ではなく「起こった」と書く。
自分で計画して「やろう」と決めたのではなく、「自分では止められない大きな力」=「マリオネット状態」によってさせられた感覚だからだ。
⸻
詳細は伏せるが、作為体験の中で万引きまで行ってしまったことがある。
もちろん、現実のルールとしては完全に犯罪行為だし、チャラにはならない。
ただ当時の感覚としては、
妄想で「自分は特別」と思っていたこともあって、ブレーキも判断力もかなりグダグダになっていた。
その結果がこれ、という感じ。
⸻
ひとつは、外壁にひたすら腕を擦り付ける動き。
痛いのに、やめられない。
皮膚が擦りむけたり、赤くなっても、「やめよう」という意思より先に身体が動く。
.
手も出ず、後頭部から床や地面に直撃して、実際に脳出血を起こした。
「痛い」と「え、なんで今倒れたの?」がほぼ同時だった。
前もって「倒れよう」としていない。
「引っ張られた」「足腰のスイッチを切られた」みたいな感覚だけがあって、気づいたらもう後ろに倒れていた。
.
さすがにこれは嫌だったので全力で抵抗したが、それでも足と身体がくいっと車道側へ向かってしまう。
「死ぬだろ」と分かっているのに身体が止まらない感じで、本気でゾッとした。
壁こすりや後ろ向き転倒と違って、他人を巻き込んでしまう危険もある。
作為体験がここまで行くこともある、ということだけは書いておきたい。
⸻
統合失調症というと、
• 幻聴が聞こえる
みたいな話ばかりが前面に出る。
もちろんそれも重い症状だが、作為体験はそれに負けないくらいヤバい。
外から見ると、
• ただ変なポーズをしているだけ
• 勝手に動いているだけ
に見えるかもしれない。
でも、当事者の中では
状態で、その延長線上に
みたいな結果がぶら下がっている。
少なくとも、「周囲に迷惑をかけない軽い症状」なんかではまったくない、ということだけは書いておきたい。
同じような感覚を経験したことがある人が、「自分だけじゃなかったんだな」と思えたら嬉しいし、
家族や医療者が「作為体験でここまで行くこともある」と知ってくれるきっかけになればもっと嬉しい。
⸻
ちなみに、私が統合失調症を発症した直後は、気絶みたいなことを繰り返したり、覚醒剤を打ったみたいな状態になった。
実際に覚醒剤を打ったことはないから、あくまで知識ベースの比喩なんだけど、感覚としてはこんな感じだった。
多幸感に満ちあふれて、世界がキラキラと輝く。壁の模様やシミがぐるぐる動き出す。
それが、ただ家の中を歩いているだけのときに、突然起こる。まるでコ○ンの麻酔銃でも使われたみたいに、突然。
そういうことが3回くらいあった。
.
気絶の方はまだマシで、今のところはトイレの中とか、椅子に座っているときに意識が飛んだだけで済んでいる。それでも何度も何度も起こるので怖かった。
.
私は親が統合失調症だったので、知識はそれなりにあるつもりだった。
助手席でドライブに相伴しているときの、ふと、運転してる人のハンドルとか奪って人生を終わらせたくなるタナトス。ある?
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20251203161017# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaS/iXAAKCRBwMdsubs4+ SLI8AQCOYG/yfFBdcGZGQ8TMC5X2D9hIgFDj4WcSFOQMUkX6fAEAjWoZg1ybrXyP aEfN7IkbAmqhURNSPUpL/aAV5YBU4As= =14Qm -----END PGP SIGNATURE-----
◆ドリフト走行 =アクセルやハンドルなどを操作し、意図的に車のタイヤを横滑りさせる運転方法。公道で行えば、一般的には「安全運転義務違反」や「共同危険行為」といった道路交通法違反で摘発される。
積極財政が正義だの、緊縮が正義だの、毎度この国の議論は温度管理できてないボイラーみたいに暴発しては沈黙し、挙げ句に誰も責任取らないまま「まあ何とかなるっしょ」で自己放尿される。
この行き当たりばったり文化そのものが、マネーの価値を平然と蒸発させてきた元凶なんだよ。
お前ら、いい加減、積極財政バラマキなのか、日本版DOGE緊縮なのかはっきりしろよ。
国家運営の舵取りが、酔っ払いのハンドル操作みたいに左右フラフラしてるんだから、通貨の信認が溶けないほうが奇跡だ。
マネーの価値ってのは信頼の凝縮物であって、政府の気分と人気取りのスケジュール帳で勝手に増減させていいもんじゃないのに、毎年自己放尿みたいな意味不明な政策転換を浴び続けてる。
しかも悪いことに、緊縮と積極を同時に名乗るダブルバインド体質だからまともな評価基準すら作れない。
まさに事業仕分けと財政出動のダブル放尿だよ。どっちも方向が逆だから地面に落ちる前に蒸発して、国民の懐と未来だけが自己放尿でびしょ濡れになる。
俺が言いたいのは単純だ。マネーの価値を守るというのは、美辞麗句で国民を安心させることでも、政治家が胸を張って絵空事を叫ぶことでもなく、インフレを抑えたいなら通貨供給と財政を統制しろ、成長を取りたいなら目的と期間を明示して必要な投資に限って財政を動かせ、ってことだ。
だが今の政策運営は、目的関数が毎年変わり、指標はその場しのぎ、説明責任はゼロ、そして失敗コストはすべて一般国民に押しつけるという、最悪の構造的リスクを生み続けて自己放尿している。
この国の通貨の価値が下がるのは、外部環境のせいでも国際情勢のせいでもなく、国家運営という内部の愚が原因だ。
積極なのか、緊縮なのか、どちらを選ぶにせよ、まずは自分の足で立って、自分が何を守りたいのか明瞭に数式化し、その上で責任を負う覚悟を示せ。
ずっと東京住んでいたが色々あり西側の廃れた県庁所在地に半年くらい住んでるがカスすぎる
飲食店が本当にまずい。コンビニより美味しい店が一つもない。地元民で並んでるラーメン屋とか行ったけど完食不可能だったぞ。田舎に行けば行くほど味音痴になるんか?昼飯は別に安くもない上にまずい。東京では半年存在することが許されないレベルの店が多すぎる。
飲食店でまずいカレー食ったの初めてだぞ。市販のカレールーで作ったカレー以下のものを店で出すな。そしてそんな店に地元民並ぶな。
田舎であればあるほど人の質も低いのが話がガチでつまらない。テレビの話と噂話と文句以外話題ないのか?話しててもクソつまらないぞ。主体性はないのか?
一応繁華街なんだけど、空気が暗すぎる。老人ばかりで活力がないし、地元企業の働き盛りの歳の人も目が死んでる。一番輝いているのは単身赴任の地元民じゃない大企業おじさんだ。こんな街に若者呼び込もうとするのは泥舟沈む速度を遅くするために若者の未来を捨てろというようなものだ。誰も巻き込まず、税金使わず勝手に沈んでほしい。
軽自動車で左折するときに右に煽ってからハンドル切るな。追越車線を制限速度以下で走るな。カーブではみ出してくるな。ダラダラ右折するな。