最近、お仕事(本業の編集のほうです)が忙しくて、毎日へとへとでよれよれの空犬です。blogやツイッターには本業の愚痴だのなんだのは書かないようにしようと決めていたんですが、気づけば毎日のように、やれ疲れた、やれへとへとだ、って書いてますね(苦笑)。猛省。
まあ、ただ、忙しいのは事実で、別に忙しいこと自体はいいんですが、書店を回ったり、帰りに一杯やったり、映画のレイトショーを観てきたりができないのが、とくに書店を回れないのが残念。最近、書店の店頭の様子を紹介する記事が少ないのはそのせいなのです。読書時間も、いつも以上に十分とれていないんですが、そんななか、こんな本たちを読みましたよ。
- 植村昌夫『シャーロック・ホームズの愉しみ方』(平凡社新書)
- グレッグ・イーガン『プランク・ダイヴ』(ハヤカワ文庫)
- 円城塔『これはペンです』(新潮社)
『シャーロック・ホームズの愉しみ方』は少し前に購入本として紹介しましたね。早速読んでみたんですが、これ、おもしろんだけど、ちょっと変わった構成の本でした。というのも、単著の新書なのに、本の半分ぐらいは、英語圏のホームズ文献のいろいろの翻訳の引用なんですよ。それらが、ホームズ文献としては有名だったり定番だったりするもののようで、そういうものを解説付きでまとめて読めるのはうれしいんですが、でも、このバランスで、著者表示は「編」でも「編訳」でもなく、単著扱いっていうのはいいのかなあ。まあ、でも、たしかに、「編訳」とするには翻訳のバランスが少ないし。
後半は、ライヘンバッハの死闘をホームズが生き延びることになった「バリツ」について、柔術・柔道関連の長い考察があったりします。そうした本の構成、バランスからすると、初心者がガイド本として手にとると、ちょっととまどいそうな中身になっている気がしますが、それなりに読み込んでいるファンにはおもしろく読めそう。
刊行前から楽しみにしていたグレッグ・イーガンの日本オリジナル短篇集4作目、『プランク・ダイヴ』。最初の1編、「クリスタルの夜」がいきなり好みのノリ。ハミルトンの「フェッセンデンの宇宙」を思い出さずにいられない内容で、しかも、それがイーガン的にハードな味付けと最新科学の裏付けとでブーストされているので、これがおもしろくないわけがない。
この、生命を、世界を、宇宙を俺様の手で、という神の視点/マッドサイエンティスト的な創造ものはSFの定番なわけですが、このテーマが好きな人は、いきなり引き込まれると思いますよ。それにしても、このテーマの古典と言っていい「フェッセンデンの宇宙」を書いたのが、キャプテン・フューチャーものエドモント・ハミルトンというのが、なんというか、おもしろいですよね。深淵なことに無縁っぽい(失礼!)スペースオペラが代表作な作家が、こんなすごい作品を書いてそれが古典として残ってしまうんだからなあ。「フェッセンデンの宇宙」は同題の河出書房新社「奇想コレクション」で読めますが、ぼくは、「ちくま文学の森」11巻、 「機械のある世界」で読むのが好きです。
そうそう、キャプテン・フューチャーと言えば。もう出ないものとあきらめかけていた、鶴田謙二画集『FUTURE』がとうとうこの11月に刊行されるようですね。新作や連載ものならともかく、刊行の終わっているシリーズの装画集が出ないとは、何かトラブルでも、とあきらめかけていましたからね。これはうれしいなあ。鶴田謙二さんの絵、大好きなんですよ。鶴田謙二さんが装画に使われているだけで気になりますからね。SFでなくても。
脱線しました。さて、3つめの『これはペンです』。純文系の作品で、ストレートなSFではありませんが、SF読みが読むといろいろおもしろいところが目につきそうな、そんな作品集になってます。
表題作は芥川賞の候補にもなったんですよね。その選評を取り上げた記事、たとえば、「「投票で過半数に達せず」 芥川賞は「該当作なし」 芥川賞講評」(7/14 MSN産経ニュース)を見ると、円城さん作品については、こんなふうにあります。《芥川賞の範疇ではなく、SFとかそういう種類のところで読めばすばらしいかもしれない、という選考委員もいる一方で、読んで全然分からないという選考委員もいた》。日本文学を代表する賞の選考委員の読み方がこんなふうでは、純文学好きも、SF好きも、どちらも苦笑もしくはため息をつかざるを得ませんよね。
表題作もおもしろく読みましたが、個人的には、2編目の「良い夜を持っている」が大変好みな感じでした。超記憶力がテーマで、頭の中で独自の都市を造ってしまうという「父」には、イーガンの短篇集1編目の神の視点/マッドサイエンティストものに通じるところがあるようなないような、という感じで、読んだばかりの本がつながるようで、ぞくぞくするような読書体験が得られましたよ。
つながるといえば、この作中には、ホームズ/ワトソンネタも出てきます。続けて読んだ3冊が、こんなふうにつながるのは、ほんとにうれしい偶然で、読書が倍楽しくなりますね。
で、その、「良い夜を持っている」、ものすごくおおざっぱにまとめると、記憶や言語を巡る作品なんですが、ぼくは昔から「記憶」をテーマにする文学作品や映画に目がないもので、超記憶力の持ち主が出てくる、というだけで、幸せな読書時間を過ごせましたよ。
円城さんの作品は、SF読みが読んでも何が書いてあるのかさっぱりわからない(悪い意味ではなく)ものもありますが、この2作は、少なくとも、ふつうには読めます。リーダビリティは円城作品としては高いほうに入るでしょう。それでも、やはりむずかしいことには変わりなく、こうしたテーマやこうした書き方を七面倒だと感じる方もいるでしょう。でも、逆に、このノリ、この文章が合う人ならきっと2編とも楽しめると思いますよ。とくに、この2編目のラスト。言葉をこねくり回しているだけの人には、このようなラストは書けませんからね。
というわけで、イーガン(とくに「クリスタルの夜」)が気に入った人には円城さん(とくに「良い夜を持っている」)を、円城さんが気に入った人にはイーガンを、おすすめしたいです。そうだ、あと、円城さんの作品が気に入った方には、今年ハヤカワ文庫JAで復活した、神林長平さんの『言壺』もいいんじゃないかなあ。何が似てる、ということでもないですが、テーマやノリに共通するところがあって、続けて読んだらおもしろいかも。合わせて、おすすめしておきましょう。