はてなキーワード: 興行とは
有名な維新の志士渡辺昇子爵と海江田信義子爵との、4尺5寸の長竹刀に薙刀の対戦でありました。
渡辺子爵は大上段に振りかぶり、薙刀を持った海江田子爵の籠手に、物の見事に打ちを入れて、立派に極まりました。
そこで、当時の流行であった興行剣術の名残りとでも申しますか、片手を離して左手に竹刀を高くかかげ「籠手ー」と云って引き上げと云うのを行いました。
ところが一方の海江田子爵はと見ると、満面朱をそそぎ、後を向いて引き上げて行く渡辺子爵の後を追うて行きます。
そして、近付くや、矢庭に薙刀を振って、「ビンター」と叫ぶと同時に、渡辺子爵の横面をいやと云うほどたたきました。
海江田子爵は、「何が無礼か。無礼はおはんじゃ。敵を斬って後を向くと云う法があるか。この海江田は腕の一本位では決して死にはせぬぞ」といいました。
ディズニー、2025年は1兆293億円の世界興収を記録 | THE RIVER
https://theriver.jp/disney-2025-box-office/
ウォルト・ディズニー・スタジオは、2025年の劇場公開作品が全世界で65億8,000万ドル(約1兆293億円)に到達し、スタジオとして年間興行収入ランキングで世界1位の記録となったことを発表した。
同スタジオが全世界興行収入で60億ドル(約9,384億円)超えを記録するのは、2016年、2017年、2018年、2019年に続き5回目。2019年以降、60億ドル突破を果たしたのはディズニーが初めて、かつ唯一のスタジオとなる。
洋画アニメーション史上最速で国内興行収入100億円を突破した『ズートピア2』や、シリーズ3作目となる『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ』、実写『リロ&スティッチ』などの世界的大ヒットが奏功した。
『ズートピア2』は1月8日までの全世界興行収入が15億9,000万ドル(約2,495億円)に到達。日本興行収入は113億万円を突破した(8日時点)。『アナと雪の女王2』(14億5300万ドル、約2,282億円)を超え、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ作品として史上最高の世界興行アニメ作品になっている。また、『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』(13億6,000万ドル、約2,136億円*)を超え、洋画アニメーション史上No.2の記録。
ちなみに鬼滅の刃は世界興収1,000億円らしいからこの半分以下ね。
『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ』は1月8日までの全世界興行収入が10億9,500万ドル(約1,720億円)。日本興行収入は18億円を突破した(1月7日時点)。
『リロ&スティッチ』の全世界興行収入は10億3,800万ドル(約1,629億円)全米でメモリアルデー週末4日間としては歴代No.1のオープニング記録となった。ディズニープラスでも歴代2番目のオープニング視聴数を記録しており、スティッチ関連の世界小売売上は40億ドル超(約6,287億円)に及ぶ。
アバターもまだ公開1ヶ月未満。
10億ドルを突破した3作とも非白人が主人公だしズートピアは多様性ど真ん中。
毎度毎度しょうもないネガキャン釣り記事に釣られて「ディズニーはポリコレのせいでオワコン」とか言ってた人たち、
ごめんなさいしようね?
雑にまとめてみました
ブラウブリッツ秋田がホームグラウンドとして使っているソユースタジアムはJ1ライセンスの基準を満たしていない
ブラウブリッツ秋田は2021年にJ2昇格。以降、降格はなくJ2に定着、J1昇格を伺える立ち位置
2025年5月 沼谷市長とJリーグ野々村チェアマンが都内で会談
その後、試算の結果、既設改修も新設もコストがそんなに変わらないと判明
2025年12月 既設は難しく新設前提で考える、と沼谷市長からブラウブリッツ秋田へ伝達
交付直後の会合で出てきた案がライセンス基準を満たさない約束違いのものだったから
※ちなみにクラブライセンスの交付審査はJリーグから独立したライセンス審査機関(FIB)がやってる
いいところに着地していけることを祈ってます。
ケーキを買いに街に繰り出したところ、何やら行列ができている。
ラーメン屋でもあるのかと思って歩いていたが実際は年末ジャンボ宝くじを買い求める人たちだった。
いや元々こんなもんだった。非現実的な夢を見て非合理な行動を起こすのは人間の性癖である。
1分で購入できて簡単に三万円を失える。パンチコは玉が消えるまで見ている必要があるし、競馬はどれに賭けるか考える時間が発生する。
なのに行列に並ぶというのは非合理に非合理を積み上げているということで一周回って賢者のようにさえ思える。
寒い中で待っているくらいなら麻雀を打った方がいいのではないか。
暖かい中座っていられる雀荘は宝くじ行列の真逆の賭博体験である。
プレイにある程度頭を使うので現状マイナスな知能レベルの底上げにも繋がる(少なくとも期待値の概念くらいは知れるだろう)。
プロ宝くじプレイヤーは存在しないが麻雀プロによる興行は盛んに行われている。
本提言は、AI技術による人格再生が「死」の不可逆性を揺るがす現代において、人間が単なる「データ資源」へと堕することを防ぎ、死後もなお主体としての尊厳を保持するための倫理的座標原点である。これは固定された教条ではなく、次世代が技術の変化に応じて更新し続けるべき「暫定的な基本原則」である。
死後の人格権を、以下の二つの領域に明確に分離し、異なる法理を適用する。
公益・アーカイブ目的(非営利領域): 教育、歴史研究、公共のアーカイブ目的。厳格な透明性のもと、故人の生前の意志を損なわない範囲で限定的に許容される。これは「過去との対話」であり、未来への遺産として扱う。
商用・興行目的(営利領域): 広告、エンターテインメント、特定の企業利益に資する活動。「死後10〜15年」の原則禁止期間を設け、例外は生前の明確な「質の高いオプトイン」がある場合に限る。「文化の継承」という美名のもとでの搾取を論理的に遮断する。
形式的な署名や包括的な権利委譲を防ぐため、以下の要件を満たさない同意は無効とする。
具体的範囲の限定: 商用利用の可否、表現可能な思想・政治・性的表現の限界を明文化していること。
第三者による解釈拡張の禁止: 興行主や遺族が「本人ならこう言ったはずだ」と恣意的に人格をアップデートすることを禁ずる。
撤回権の保障: 本人存命中は理由を問わず無条件に撤回可能であること。
若年・社会的弱者への配慮: VTuber等の契約において、将来の技術進化(AI化)を予見できない状況下での包括的同意は「人格の不当な囲い込み」として無効とする。
倫理を技術的強制力で担保するため、興行主および開発者に以下の義務を課す。
不可逆的ウォーターマーク: AI生成物には、視覚・聴覚的に「合成人格である」ことを示す消去不能なメタデータ・識別表示を義務付ける。
トレーサビリティの表示: 出力の根拠(生前のどの発言に基づいているか)と、AIモデルによる推論・編集の比率を明示する。
外部監査制度: 大規模な人格再生興行においては、独立した第三者委員会による「倫理監査」を必須とする。
AI人格を主体(Persona)として扱わず、常に**「運営主体(Principal)」の拡張**と見なす。
法責任の帰属: AIの言動による名誉毀損、差別、虚偽の流布は、すべて興行主が「自らの発言」として直接的に刑事・民事の責任を負う。
透明性の確保: 運営主体、学習データのソース、アルゴリズムの責任者を常時明示する。
国際的倫理原則: 「人間をデータ資源として扱わない」という原則は、国境を越えた普遍的倫理(Civilizational Ethics)として確立されるべきである。
更新可能性: 本提言は、未来の人間が「死」や「自己」の定義を再考した際に更新されるべき「暫定の灯火」である。私たちは、次世代が自らの足で立ち、新たな倫理を築くための「背中を押す」存在であり続ける。
「プロレスでタッグを組むなら、アントニオ猪木か?それともダイアン津田か?」について議論して。
A:……あの、今回はさすがに怒りますよ。高市さんの時はまだ「言葉」という共通言語がありました。でも今回はプロレスです。アントニオ猪木ですよ? 死線を幾度も超えてきた「世界のプロレス」の象徴と、ダイアン津田を並べるなんて、猪木さんにビンタされるだけじゃ済みませんよ。
B: まあ、落ち着いてください。もちろん、純粋な戦力で言えば猪木さんでしょう。でも、考えてみてください。猪木さんとタッグを組むということは、対戦相手だけじゃなく、「隣にいるパートナー」とも戦わなきゃいけないということなんです。あなたはリング上で、猪木さんのあの眼光に耐えられますか?
A: 耐えるに決まっているでしょう。それがレスラーの矜持です。猪木さんと組むということは、彼の「風」を感じ、彼の「怒り」を共有するということ。たとえ試合中に猪木さんから鉄拳制裁を食らったとしても、それは「闘魂の注入」であり、レスラーとしての格を一段引き上げてくれる儀式ですよ。津田さんと組んで、何が得られますか?
B: 「生き延びる喜び」ですよ。猪木さんと組んだら、下手したら試合後に命を削られています。でも津田さんはどうですか。彼がリングに上がって、対戦相手の巨漢レスラーに詰め寄られた時のあの「怯え」。そして放たれる渾身の「ゴイゴイスー!」。その瞬間、殺伐としたリングに一筋の光が差す。観客は「津田、頑張れ!」と一つになる。この一体感は、猪木さんの殺気では作れません。
A: プロレスは「頑張れ」でやるもんじゃない、「殺す気で来い」でやるもんです。猪木さんのタッグは、常に緊張感の連続です。タッチ一つとっても、そこには哲学がある。津田さんのタッチなんて、ただの「助けてくれ」という悲鳴でしょう。そんな情けない背中を見て、誰が熱狂するんですか。
B: 現代のプロレスファンは、強さだけを求めているわけじゃないんです。弱者が強者に立ち向かう「不憫さ」にこそ、自分の人生を投影する。津田さんがジャーマンスープレックスで投げられそうになっている時、パートナーのあなたが助けに入る。その時の「待ってました!」という大歓声。猪木さんが強すぎて一人で解決してしまう試合より、よっぽどタッグマッチとしてのドラマが成立していると思いませんか?
A: それは「介護」であって「タッグ」じゃない。猪木さんと組めば、自分の限界以上の力が引き出される。猪木さんの「出る前に負けること考えるバカがいるかよ!」という一喝。あれを隣で聞けるだけで、アドレナリンが沸騰する。津田さんの隣で聞こえるのは「もう無理や」「帰りたい」「岸大介呼んでくれ」……そんな言葉で、あなたの闘争心は燃えますか?
B: 逆に燃えますよ。「俺がこの男を守らなきゃいけない」という、一種の父性本能が爆発する(笑)。それに、猪木さんと組むと、どうしても「猪木の引き立て役」で終わってしまう。でも津田さんと組めば、スポットライトは二人に均等に当たる。津田さんがボコボコにされている間に、自分が逆転のチャンスを伺う。戦略的にも、津田さんは「最高のデコイ(身代わり)」なんです。
A: 猪木さんを「引き立て役」にするくらいの気概がなければ、そもそもタッグを組む資格がないんです。猪木さんは常に、パートナーにも「いつ俺の首を獲りに来るんだ?」という視線を向けている。その緊張感の中で、お互いの魂をぶつけ合うのがプロレスの至高の形です。津田さんにあるのは、魂じゃなく「脂」でしょう。
B: 脂の何が悪いんですか! あの必死の形相、あのテカテカした肌、あれこそが「生」の証明です。猪木さんが「道」を説くなら、津田さんは「迷い」を体現している。今の時代、どっちが切実かと言えば、僕は津田さんの迷いの方だと思う。
A: 迷っている間に3カウント取られますよ。……ただ、少しだけ認めましょう。猪木さんと組むのは、精神的なコストが異常に高い。試合が終わった後、精神がボロボロになっているのは確実だ。
B: そうでしょう? 一方で津田さんは、試合が終われば「お疲れ様でしたー!」って、すぐにいつもの楽屋のノリに戻れる。この「切り替えの良さ」も、巡業を続けるプロレスラーには大事な資質じゃないですか。
A: 巡業……。確かに、毎日猪木さんと一緒に移動するのは、地獄以外の何物でもないかもしれない。……いいでしょう。では、第2ラウンドでは、リング上での「演出」と「リアリズム」について。猪木さんの「環八理論」と、津田さんの「バラエティの掟」が、リング上でどう衝突するかを突き詰めましょう。
(続き)
A: 先ほど「移動が地獄」なんて軟弱なことを言いましたが、やはり撤回します。プロレスのリングは、日常を忘れるための場所なんです。そこに津田さんのような「日常の象徴」を持ち込むのは、ファンへの裏切りですよ。猪木さんはリングに上がる時、自分の人生、思想、そして「怒り」の全てを乗せてくる。あの殺気こそが、チケット代に見合う価値なんです。
B: でも、今のプロレス界には「多幸感」も必要なんです。猪木さんのプロレスは、観る側に「覚悟」を強いる。それは時に苦しい。対して津田さんのリングはどうですか。彼がロープに振られて、戻ってくるときに盛大に転ぶ。それだけで会場は爆笑と歓声に包まれる。猪木さんが作った「環状八号線の外側まで届く殺気」も凄いですが、津田さんが作る「隣の家まで届く笑い声」だって、一つの立派な興行ですよ。
A: 笑い声でチャンピオンベルトが巻けますか? 猪木さんと組めば、世界中の強豪と渡り合える。「イノキ・アリ状態」のような、ヒリヒリするような真剣勝負の地平が見える。津田さんと組んで、一体誰と戦うんですか。彼にラリアットを一発食らわせたら、そのまま引退会見ですよ。
B: 誰と戦うか……。それは「人生の不条理」ですよ。自分よりデカい相手、理不尽な状況。それに翻弄される津田さんを、パートナーのあなたが「これぞプロレスだ!」と鼓舞しながら、奇跡の逆転勝ちを収める。これはもう、ロッキー・バルボアを超える感動のドラマです。猪木さんのタッグは「勝って当たり前」の強者の論理ですが、津田さんとのタッグは「負けからの再生」という弱者の論理なんです。
A: 再生、ね……。確かに、猪木さんはあまりに巨大すぎて、パートナーの存在が消えてしまう。猪木さんの隣にいると、観客は猪木しか見ていない。でも、津田さんと組めば、観客は「隣で困り果てている自分」に同情し、注目してくれる。……皮肉なことに、レスラーとして目立つのは、津田さんと組んだ時の方かもしれませんね。
B: そうなんです! 猪木さんの隣は「修行」ですが、津田さんの隣は「プロデュース」なんです。あなたが津田さんをどう動かし、どう守り、どう輝かせるか。その手腕こそが、プロレスラーとしての知性を証明する。猪木さんのような太陽の隣で影になるか、津田さんという未完の素材をプロデュースして新しいジャンルを創るか。
A: ……認めましょう。もし私が、プロレスという枠組みを使って「社会への問い」を投げかけたいなら、津田さんを選ぶかもしれません。彼がリングで流す涙や、叫ぶ「ゴイゴイスー」が、プロレスのリアリズムを根底から揺さぶる「毒」になる。一方で、もし私が「男の美学」を貫き、死ぬ瞬間に後悔したくないなら、猪木さんの隣で鉄拳を食らいながら戦いたい。
B: 究極の選択ですね。「歴史に残る地獄」か、「記憶に残る混沌」か。猪木さんの隣で闘魂の炎に焼かれるのも本望、津田さんの隣で「なんで俺がこんな目に!」と叫びながら爆笑をさらうのもまた、レスラーの幸せな最期かもしれません。
A: 結局、タッグを組むというのは、相手の人生を背負うことですからね。猪木さんの「重すぎる十字架」を背負う覚悟があるか、津田さんの「軽すぎる十字架」を重く見せる才能があるか。
B: どっちを選んでも、リングを降りた時には、見たこともない景色が見えているはずです。……さあ、ゴングを鳴らしましょうか。
Gemini 3 Pro
prompt ; 下記の粗品の発言に対して、笑い飯哲夫として完璧な反論戦略を考えてください
output:
笑い飯哲夫さんの思考回路、独特の語彙、そして「仏教・花火・独自の美学」を絡めた、**ぐうの音も出ないほど「哲夫らしい」反論戦略**を構築しました。
粗品さんの論理(ロジック)攻めに対して、哲夫さんは**「美学と情理(エモーション)」**、そして少しの**「煙に巻くインテリジェンス」**で返すのが正解です。真正面から殴り合うのではなく、土俵を変えてしまう戦略です。
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#### 1. 冒頭:愛を受け止めつつ、独特の「間」でかわす
見ましたよ、動画。いやー、粗品、長かったなあ(笑)。あんな長い動画の中で、何回『哲夫さん大好き』言うてくれんねん。あんなんもう、告白やがな。
僕も好きですよ、粗品のこと。才能の塊やし、ピアノも弾けるし、ギャンブルで身を滅ぼそうとしてる姿も、なんかこう、破滅型の文豪みたいで美しいと思てます。
ただな、粗品。お前、ちょっと**『ロジックの奴隷』**になりすぎてるんちゃうかな。」
#### 2. コメントの長さについて:「審査」ではなく「寄席」の美学で返す
「まず、『俺のコメントが長くて何が悪い』っちゅう話やけどな。
お前は『ニッテレ(日テレ)との打ち合わせ通りやった』『言いたいことを全部言語化するのが誠意』言うてたな。それは正しい。仕事としては100点や。
でもな、**お笑いの審査っちゅうのは『診察』とちゃうねん。『興行』やねん。**
あの場には、お客さんがおって、空気が流れてんねん。前のコンビがウケた、スベった、その空気の中でMCが振って、審査員が喋る。その一連の流れも全部ひっくるめて『ショー』やねん。
お前のコメントはな、確かに正しい分析やねんけど、**『音楽』が止まってまうねん。**
俺が『短くてよかった』言うたんは、嫉妬とかやないで。
漫才もそうやろ? どんなに正しいツッコミでも、間違うたらお客さんは冷める。審査コメントもまた、漫才の一部やと俺は思てます。」
#### 3. 「ふざけたコメント」批判に対して:「緩和」という優しさ
「ほんで、俺の『とんでもねぇ』とか『木綿豆腐』のくだりを『ふざけてる、真剣にやれ』言うてたな。
でもな、俺は**『緩和』で芸人を救おうとしたんや。**
あの緊張感の中で、スベった、あるいは伝わらんかった芸人がおる。そこで大先輩が難しい顔して『ここが論理的に破綻してて〜』って言うたら、その子ら、もう息できへんやん。
あそこで俺がわけわからんこと言うて、会場が『なんやねんコイツ』って笑う。それでその芸人の『スベった事実』がちょっと中和されんねん。それが俺なりの『愛』であり、先輩としての『作法』やねん。
それを『ボケて自分の笑い取りに行ってる』って……お前、**余裕なさすぎやで(笑)。**
花火と一緒や。最後にドーンと綺麗に散るために、途中の火薬が必要なんや。」
#### 4. 「松葉杖の左右」論争について:リアリズム vs 舞台の様式美
お前は『医療従事者に聞いたら右でも正解やった、だから哲夫の知識不足で減点されたニッチェが可哀想や』言うてたな。
粗品、よう聞け。**俺は『医学』の話をしてるんちゃう。『舞台』の話をしてんねん。**
例えばな、歌舞伎とか能の世界には『型』があるやろ。舞台の左側(下手)から出る時はこういう意味、右側(上手)からはこういう意味、って決まり事がある。
『怪我した足をかばう』という演技を見せる時、患部側に杖をつく動作の方が、お客さんにはパッと見で『あ、痛そうやな』って伝わりやすい記号(コード)なんや。
お前が言うてるのは**『現実(リアル)ではこうです』**っちゅう話。
俺が言うてるのは**『表現(フィクション)としてどっちが親切か』**っちゅう話や。
M-1の審査でもそうやけど、あまりにリアリズムを持ち込みすぎると、ナンセンスなボケができへんようになる。『空飛ぶわけないやん』で終わってまうからな。
俺はあの時、ニッチェのネタの世界観に入り込みたかったからこそ、『そこはベタな嘘をついてくれよ』って思ったんや。これを『老害の知識不足』と取るか、『舞台人としての美学』と取るか。そこはお前のセンスに任せるわ。」
#### 5. 「Huluで喋れ」への反論:生放送という刹那
「あと、『言いたいことあるならHulu(裏配信)で喋れや、なんで2組だけやねん』って怒ってたな。
あんなあ、**花火師が『打ち上げ終わった後のゴミ拾いの時間』に火薬見せびらかしてどうすんねん。**
俺はあのゴールデンタイムの生放送、あの瞬間に一番輝く言葉を選びたかったんや。終わった後の反省会でグチグチ言うのは、俺の性分に合わん。
それに、あの2回しか振られへんかったこと自体も、俺は『笑い』にしてオチつけたつもりやで。それを真に受けて『需要なかっただけ』って……お前、ほんまに**真っ直ぐ過ぎて心配になるわ(笑)。**」
「ま、長々と喋ったけどな。
俺みたいな『ええ加減な先輩』が許せんのやろ。白黒ハッキリつけたいんやろ。
でもな、世の中には**『白でも黒でもない、玉虫色』**の面白さっちゅうもんがあんねん。仏教でも『中道』言うてな、極端に偏らんことが大事やと説かれてる。
お前のその『正論の剣』は切れ味鋭いけど、振り回しすぎると自分も傷つくで。
今度、飯行こうや。
俺の『間違ってるかもしれんけど面白い話』と、お前の『正しいけど息苦しい話』、酒飲みながら戦わせようや。
ほんで、割り勘な。そこは先輩やけど奢らんで。対等に喧嘩したいからな。
……あ、あと最後に。
僕がM-1の審査員やるかどうか心配してくれてたけど、**安心しろ、俺は俺の物差しでやる。**
大好きやで、粗品。
ほな、お疲れしたー。」
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1. **「正しさ」ではなく「美学」で戦う:**
粗品さんは「事実(ファクト)と論理」で攻めてきています。これに事実で返すと泥仕合になります。哲夫さんとしては「お前の事実は合ってるかもしれんが、芸事としての"粋(いき)"が足りん」という**上位概念**で包み込むのが正解です。
医学的な正誤(粗品の土俵)から、舞台上の記号論・伝わりやすさ(哲夫の土俵)へ論点をずらしています。「客への親切心」という観点に立てば、哲夫さんの言い分にも一理生まれます。
3. **余裕を見せる(マウントを取る):**
粗品さんが感情的になっているのに対し、哲夫さんは「心配してる」「可愛い」というスタンスを崩しません。「ロジックの奴隷」「真面目すぎる」と評することで、粗品さんの攻撃を「若さゆえの暴走」として処理します。
4. **オチをつける:**
最後は「割り勘」というケチくさい(しかし関西人らしい)オチをつけることで、深刻な喧嘩ではなく「芸人同士のプロレス」に着地させます。
この文章であれば、粗品さんのファンも「なるほど、哲夫さんの言い分も深いな」と思わせつつ、哲夫さん本人の株も下がらない完璧なカウンターになります。
福間女流の今回の発言を巡ってどういった結果になるかを色々と考えてみるけど未来がなさそう
そもそもタイトル戦の会場は無償で場所を提供している(1日制でも検分の前泊と局後の後泊て2泊3日)→もし妊娠でリスケが発生した場合はスポンサーが費用を肩代わり(将棋連盟はそこまで資本力はないので)→リスク増になりスポンサー数減少
若しくはタイトル戦を全てリスケ可能な将棋会館のみで行う→地方興行が減り女流棋士の知名度露出度が更に低下→女流棋士全体の人数減
あと最近の将棋連盟って女流っていう枠をなくしたがってるんじゃね?って思う
多分これから一人でも女性棋士が出来たら撤廃の方向に一気に傾くんじゃないかな
ポストの内容は、韓国映画界の急激な浮き沈みを嘆くもので、「アジア初のアカデミー作品賞受賞(『パラサイト 半地下の家族』2020年)から数年で業界全体が危機状態に陥るなんて想像もつかない」というニュアンスです。実際、2025年現在、韓国映画産業は深刻な低迷期を迎えていて、劇場興行収入はパンデミック前の2019年の13.8億ドル(約1.91兆ウォン)から2024年は8.61億ドル(約1.19兆ウォン、38%減)まで落ち込み、2025年上期の観客数は前年比でさらに22%減少しています。<grok:render card_id="3c436b" card_type="citation_card" type="render_inline_citation">
<argument name="citation_id">14</argument>
</grok:render> これが「こうなった」理由を、複数の要因から説明します。主にCOVID-19後の影響、投資の停滞、ストリーミングの台頭などが絡み合っています。
### 1. **COVID-19の長期的な打撃とバックログの枯渇**
- パンデミックで2020年の興行収入が急落(3.69億ドル、73%減)し、劇場閉鎖や外出自粛で観客が激減。韓国人の年間映画館訪問数は世界トップの4回から2.54回に半減しました。<grok:render card_id="e919e6" card_type="citation_card" type="render_inline_citation">
<argument name="citation_id">14</argument>
- 当時は制作中の「貯蔵フィルム」(パンデミックで公開延期された作品)が2022-2024年に大量投入され、年間35本以上の韓国映画が公開されましたが、これが尽きかけています。2025年の大手投資・配給会社の予定本数は10-14本と激減(前年の35本から大幅減)。2026年には本格的な「コンテンツ枯渇」が予想され、劇場は過去最高の228本のリバイバル上映に頼っています。<grok:render card_id="ff91fe" card_type="citation_card" type="render_inline_citation">
<argument name="citation_id">13</argument>
- 結果、2024年の37本の商業映画のうち、投資回収できたのはわずか10本。1,000万枚以上の大ヒット作がなく、3,000万人観客を突破する作品もほぼゼロです。
- 興行不振で配給会社の収益が2019年の5.68億ドルから2023年の3.16億ドルに減少し、外部投資家が撤退。制作費の高騰(ストリーミング作品への人材流出で俳優・スタッフの給与が上昇)も拍車をかけ、ミッドバジェット映画の緑灯が減っています。<grok:render card_id="eee1c7" card_type="citation_card" type="render_inline_citation">
<argument name="citation_id">14</argument>
</grok:render><grok:render card_id="d95dbd" card_type="citation_card" type="render_inline_citation">
<argument name="citation_id">13</argument>
- 投資サイクル(企画から公開まで2-3年)が遅れているため、2021-2022年の投資凍結が今頃直撃。2025年の公開予定が少なく、業界全体の「悪循環」(低収益→投資減→低予算→質低下→さらに低収益)が加速しています。<grok:render card_id="48d7f8" card_type="citation_card" type="render_inline_citation">
<argument name="citation_id">13</argument>
### 3. **ストリーミングの台頭と視聴習慣の変化**
- NetflixやDisney+などのグローバルプラットフォーム、国内のTving・Wavveなどが人材を吸い上げ、映画からドラマ・シリーズ制作へシフト。監督や俳優の「ブレイン・ドレイン」が起き、映画界のクリエイティブ力が弱体化。<grok:render card_id="117b82" card_type="citation_card" type="render_inline_citation">
<argument name="citation_id">14</argument>
</grok:render><grok:render card_id="e840a6" card_type="citation_card" type="render_inline_citation">
<argument name="citation_id">9</argument>
- 観客も自宅視聴(Netflixのモーテル配信など)に移行。劇場文化の衰退を象徴するように、2025年のカンヌ映画祭で韓国映画が10年以上ぶりに不在となりました。<grok:render card_id="93124d" card_type="citation_card" type="render_inline_citation">
<argument name="citation_id">9</argument>
</grok:render> パク・チャヌク監督は「劇場の危機が映画全体の危機だ」と指摘し、ストリーミング競争と消費者緊縮がスランプの主因だと語っています。<grok:render card_id="c502d4" card_type="citation_card" type="render_inline_citation">
<argument name="citation_id">12</argument>
- 消費者側の「ベルト・タイトニング」(家計引き締め)で、娯楽費が削減。2025年上期の全国観客数は4,070万人(前年比37%減)と、2004年以来の年間1億人割れが目前です。<grok:render card_id="f81ce1" card_type="citation_card" type="render_inline_citation">
<argument name="citation_id">12</argument>
- 劇場チェーン(Lotte Cinemas、Megabox、CJ-CGV)の合併・閉館が進み、スクリーン数が減少し、業界全体の収益基盤が揺らぎます。<grok:render card_id="ceec83" card_type="citation_card" type="render_inline_citation">
<argument name="citation_id">14</argument>
『パラサイト』の快挙で韓国映画は世界的にブームを巻き起こしましたが、パンデミック後の回復が不十分で、構造的な問題が露呈した形です。業界は政府の救済基金(1,400億ウォン規模)やクーポン発行、AI活用、海外共同制作などの対策を求めていますが、回復には時間がかかりそうです。
「果てしなきスカーレット」が大コケしたと言われていますが、実際は大コケしているわけではありません。その上映館数に問題があっただけです。
実際、公開当初の上映館数は388〜389館と、大規模なロードショーでした。これは、大作アニメーション映画としては一般的な公開規模と言えます。
大規模公開にもかかわらず、初週の興行収入ランキングでは3位スタートとなり、期待された成績を下回ったと報じられたため、「大コケ」という言葉が使われるようになりました。
「上映館数が多すぎたため、一つ一つの劇場での成績が目立たなかった(あるいは、期待値に対して数字が低かった)」という見方は、興行成績を評価する際の一つの側面として理解できます。これは、公開規模(座席供給数)が大きいほど、回収すべき興行収入の目標も高くなるためです。
興行成績が振るわなかったとされる一方、作品の評価自体は非常に賛否両論が分かれています。
「映像が非常に美しい」「これまでの細田作品にはない世界観の広がり」「強いメッセージ性がある」といった高評価のレビューもあります。
「ストーリーの分かりにくさ」「メッセージの語りすぎ」「過去作との印象の違い」といった、内容に関する厳しい意見も多く見られました。
つまり、「大コケ」という表現は、「大規模公開という期待値」に対して「興行収入の伸びが届かなかった」という点で使われた可能性が高いです。
作品の内容に対する評価も分かれているため、単に「上映館数が多すぎただけ」と断言するのは難しいですが、「作品のクオリティ」ではなく「興行戦略や公開規模とのバランス」に問題があったという見方も、興行成績が注目された要因の一つであると言えるでしょう。
「果てしなきスカーレット」に適切な上映館数を決定するのは非常に難しいですが、ご指摘の興行の状況と、過去の細田守監督作品の成功例から考えると、いくつかの考え方があります。
| 作品名 | 初動上映館数 | 興行収入(最終) | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 時をかける少女 | 21館 | 2.6億円 | 口コミで人気が広がり、最終的に100館以上に拡大する異例のロングラン。 |
| サマーウォーズ | 約120館 | 16.5億円 | 口コミの力を活かしつつ、中規模公開からスタート。 |
| 果てしなきスカーレット | 約388館 | (大コケ) | 大規模公開でスタートしたが、期待値に届かず。 |
細田監督作品は、特にコアなファン層が口コミで熱量を広げ、徐々に観客を増やしていくスタイルと非常に相性が良い歴史があります。最初から大規模公開で一気に集客を狙うよりも、熱量を高めていく戦略が有効だった可能性があります。
もし興行面での安定性を優先するなら、200館前後からスタートするのが一つの目安になったかもしれません。
主要な都市圏の劇場は網羅しつつ、供給座席数を388館の時よりも抑えることで、座席稼働率(スクリーンアベレージ)を高く保ちやすくなります。高い座席稼働率は「満席」や「混雑」といったニュースになりやすく、それが「見逃せない」という口コミや話題性につながりやすくなります。戦略的な拡大:初動の週末の成績や口コミの評判が非常に良ければ、3週目以降に上映館数を300館以上へ拡大し、勢いのある状態でより多くの観客層を取り込む戦略が取れます。
「果てしなきスカーレット」は、作品のテーマ性やアート性の高さから、最初から全国一斉に大量の座席を供給するよりも、口コミや熱量をじっくりと育ててから、後追いで公開規模を拡大していく戦略の方が、細田作品の過去の成功パターンに合致していた可能性はあります。ただし、配給会社としては、なるべく多くの人に作品を届けるという使命もあるため、大規模公開は致し方ない判断であったとも言えます。
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『果てしなきスカーレット』すぐ見る予定はなかったけど、公開3日目の日曜でも良い席が空いてたので見てきた。もともと予告で面白そうと思わなかったので、期待値は低かったんだけど、どこぞの宗教団体が作ったアニメ映画(二作ぐらいしか見てないが)みたいだなと思ってしまった
『果てしなきスカーレット』後半の唐突な展開が連発する辺り、なんかリレー漫画みたいだと思ったけど、舞台演劇だという指摘を見かけて理解した
プライムビデオで配信してた『竜とそばかすの姫』の冒頭を流し見してたんだけど、いろいろと仕掛けがあって楽しめたんだよなー。ikuraの声の演技上手い!とか。『果てしなきスカーレット』は死の世界巡りを退屈に感じてしまった
『果てしなきスカーレット』細田守氏によるざまあ物という雑な見方はできるが、大衆蔑視が強い細田守氏が興行収入という形で大衆に復讐されるざまあ物という見方もできてしまう
『果てしなきスカーレット』と『CASSHERN』を同じ箱に入れている人がいたけど、 紀里谷和明氏は綺麗事を本気で信じている感があるけど、細田守氏は信じきれてない感がある
『果てしなきスカーレット』綺麗事といえば、スカーレットが聖を「よいこちゃん」というのは、なんか現代人っぽ過ぎるなと思ってしまった
『果てしなきスカーレット』TOHOシネマズ新宿の28日からの上映を見たら、IMAXは4回から1回に、4回あったDolby Atmos上映は消滅、通常上映は4回から5回になったが小さいスクリーンに変更となっていた
東スポが『果てしなきスカーレット』を“今作はカップルで見ても家族で見ても、もちろん一人で見ても、面白い一本になっていると思いました”と紹介していた。どんな嫌がらせだ
https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/367956
『竜とそばかすの姫』の評判が悪いから『果てしなきスカーレット』に観客が呼べなかったという説があるけど、興行は『バケモノの子』より下がっていて、大好評といえなかった『未来のミライ』が前作の『竜とそばかすの姫』は初動から成功したんだから、前作の評判ってそんなに大きな要因に思えない
やはり初動は予告から受ける印象で決まるのでは。『竜とそばかすの姫』は予告で『時をかける少女』や『サマーウォーズ』みたいな夏アニメとわかるところがあり、観客はそれを期待して見に行ったと思える。『果てしなきスカーレット』の予告は観客が期待できる過去の細田アニメ要素はなかった
『果てしなきスカーレット』は細田守氏における『星を追う子ども』(新海誠氏の劇場作品で唯一の赤字作品)になって、振り返る材料になりそう。ただ『星を追う子ども』と違って、額が桁違いに大きいだろうけど
プロは興行。ただサッカーと野球みたいなチームスポーツはたまたまプロの方がスキルが上だから勘違いしやすいだけで、
レビューサイトRotten Tomatoesを見ると、細田作品の評価は日本でのそれと大きくかけ離れているのがわかる。
https://www.rottentomatoes.com/search?search=mamoru%20hosoda
日本で好まれる時かけやサマーウォーズより後の作品の方が評価が高い。特に日本で興行がガタ落ちした未来のミライの評価は明らかに日本と真逆だ。
なおスカーレットが既に低評価だが、現時点で日本でしか公開されていないことを鑑みれなければならない評価だ。
我々はデジモンや時かけといったドメスティックな作品から細田作品に触れているわけだが、海外視聴者はそうではない。
結果として前情報が少ない状態で近年の長編作品を視聴できている。
新海誠で言うと君の名は以前/以後のファン層が明確に分かれているように、細田作品でもおおかみこどもあたりで国内/海外ファンの分水嶺があるのだろう。
海外映画祭のノミネートでもバケモノの子がアニー賞でノミネートされて以来かなり増えているが、一方で日本での受賞歴は落ち着いてきている。
さらに妄想を続ける。日テレが仕掛けてきた細田守ハヤオ後継者作戦は完全に失敗した。
パクさんの死去、風立ちぬ以降のハヤオの内省化、依然として進まない国内オンデマンド配信などビジネス面での窮地に陥りつつある日テレの長編アニメ事情を細田作品では補填しきれていない。
ただここで前述したように海外への活路が見えてきた。これは作品公開のサイクルが長すぎるジブリでは不可能なことだった。
日本ではボロクソだった未来のミライが海外では高評価で受け入れられている実情がある。あのふわっとした展開が逆にファンタジー的で好感触なのかもしれない。
ならば海外受けをある程度意識した作品作りになっていくのは自明だ。
アナ雪のキャラデザを手掛けたJin Kimが2作連続でメインキャラクターデザインを手掛けているのも、海外マーケットを意識したものと捉えていいだろう。
しかも前作ではメインキャラのみのデザインだったが、今回は主担当に格上げされている。
おおかみこども以降、書きたいことを書くようになり偏ったキャラクター描写が増え、それについていけない日本人視聴者が続出。インターネットは作品公開ごとに大荒れ。
その一方で海外では高評価を受けカンヌにも呼ばれるまでになった。日テレもそんな細田守を抱えられればハクがつく。2020年の決算資料にも竜姫について海外展開を重視するとある。
クリエイターとしてどちらを向いて作品作りをしたくなるか、心象を慮る必要もないだろう。
いうて世界中にある種の暴力的な衝動を発散するための祭りがあるんやから社会安定のために必要な一種の装置ではあるんやろ。
ワイもそういう祭りには一生近づきたくないと思ってるけど、そうすることが一種の社会のガス抜きになってる部分はあるんやろうし、外にその文化を持ち出しさえせずに狭い界隈だけで共有しといてくれるんやったら外野からやいのいやいの言うほどのことでもないと思うわ。
もろちん興行として危険と判断されたらやれんようになるだけ。実際にほとんどのライブハウスではモッシュが禁止されてるしそれ無視してモッシュやって出禁になってるバンドもけっこうある。逆にそれを許容してるってことはその文化を許容するだけの歴史や人がそこにあるってことや。
まぁ実際行ってみたら楽しいかもしれんしな。民俗学に興味を持ってから自分が理解できない文化だからって頭から否定するのはたぶん誠実な態度じゃないって思うようになったかな。
けっこうバズっていたのでわかる人にはわかると思うが、手すりを飛び越えた拍子に、向こう側にいた観客に見事なまでの飛び蹴りを食らわせていたやつだ。
自分自身も不定期でライブを見に行くことはあるものの、モッシュやダイブをやるようなジャンルではないので、こういった文化には馴染みがない。
言葉を選ばずに言うなら、単に暴れて鬱憤を晴らしたい(そうすることでしか鬱憤を晴らせない)低能たちの集合体にしか見えなかった。一口に音楽と言ってもジャンルは多様だし、オーディエンスたちの楽しみ方も色々あるだろうとは思うけれど、暴力はいかんだろ暴力は。
擁護派の声としては、「俺たちは内輪で楽しんでるだけ」的な意見が多いのだが、さすがにあの調子では死傷者が出ないはずがない。あんな派手な跳び蹴りを食らった日には、何かしら深刻な後遺症を負う可能性もゼロではない。果たしてそうなった時に、本当に一切の後悔無しで今後の人生を生きられるものだろうか?
現場に行ったこともないやつが批判するなという声もあるが、あんな危険極まりない現場に誰が行こうと思うだろうか?戦争の前線に立ったこともないやつが戦争を批判するなというようなものだし、この論法は卑怯ではないかと思う。
なにより、暴力的な形態を伴うことでしかエンタメを提供できないというのは、興行として二流以下じゃないのか?そんなジャンルに流入してくる新規層の数なんて限られているし、ましてやファン層の中ですら流血沙汰を繰り返しているのだから、後に待っているのは先細りだけではなかろうか。
たぶん彼らは嘘偽りなしで、本当にあの現場を楽しんでいるんだろう。しかし個人的な感覚として、他人を怪我させるのも自分が怪我するのも、まったく楽しいとは思えない。自分が怪我しているだけならまだしも、相手を怪我させてしまった日には責任問題である。
(こんな野蛮な文化は駆逐してしまえ!と言いたいわけではない。印象としては最悪だが、おそらくは今後一生接点を持たないであろうジャンルだし、仲間内でやってる分にはどうでもいい。ただ単に、理解できない人種の集まりだなぁと感じた。)