はてなキーワード: ロウとは
極々稀にな。
それを上回って、そこで立ち止まる?このタイミングでゆっくり歩く?なんで今この場所でウロウロ看板とか探す?っての全部女だわ。
ぶつかりおじさんの8割位は、女が邪魔な場所で数秒後にそこに来る流れを読めてないだけだわ。
女って本当にアホだわ。
ご覧いただきありがとうございます。このダイアリーが目に触れた皆様から何かご意見をいただけると幸いです。
本題に入る前にまず背景について書きます。日本にも拠点があるグローバル企業の海外拠点で勤務してる外国人です。日本語は第2外国語として職場ではほぼ毎日使っています。
最近は仕事のため、架空のユーザプロフィールを作成して、それに基づきユーザがsnsに関してどのような悩みがあるか、それに対してどんな対処ができるかについて同僚たちと話し合うことがあります。
ここからが本題です。Lineユーザの場合、急に友達追加してきた正体不明なアカウントは怖いよねと他の外国人同僚と話して、では日本人ユーザにとってどんな表示名なら怖いまたは怪しいと思われないかという議論になり、本名そのまま、例えば山田太郎はどうか?と私が聞いてみたところ、日本人同僚Aさんは、(表示名の話になる前に私が言ってたユーザ年齢設定は20代~30代なので)その年齢層なら本名のままにしないでしょうと返事しました。
確かにそうだなと考え、けれど私は日本人は一般的には表示名をどうつけるか思いつかないので、Aさんに以下の質問をしました。
Aさんは返答せず、よくある日本人の名前リストをチャットに貼って、以降は議論に参加しませんでした。(以上の議論、やり取りはすべてオンライングループチャットで行われました)
しかし数分後、Aさんと他の日本人同僚との下記会話が聞こえました。(私とAさんの席は距離が近く、自席にいてその話し声が聞こえてきただけで、盗み聞きではありません)
A: Lineの表示名は普通聞かないでしょう。親しい人でなければ教えたくないよね。「差し支えなければ」って一言添えてたならともかくさ、非常識だよね…
など、上記旨の言葉を聞いた私は、そんなふうに思われたことにショックで凹みました。
私の質問は、「では(日本人は)実際は(表示名を)どう(いう形で)つけますか?(山田太郎の場合、表示名を)タロウ(に設定するの)はどうでしょう」
という意味で、Aさんが使っている表示名を聞き出したいわけではありません。
質問をはっきり書かずに、カッコ内の文字を省いて誤解を招くような曖昧な書き方にしてしまったことについて非を認めますが、グループチャットの一連の議論を見れば、同僚Aさんの表示名を聞く意図はないと理解いただけるかと考えます。
このダイアリーをここまで読んだ皆様、もしAさんの立場でしたら、私の質問はやはり誤解を招きますか?不快に感じますか?非常識だと思いますか?
数日前の記事でミッチ・ワーベルやフランク・キャンパーとか懐かしい名前を見たのでふと昔の思い出を思い出したので吐き出したい。
1981年、俺が20歳の時にワーベルの「コブレイパラミリタリースクール」にお金を払って参加したことがある。
費用は6日間で1200ドル、俺は24日間滞在参加したので4800ドル、アトランタへの旅費は別途
当時ドル円は220円なので受講費用は約105万円(※1980年初頭当時です)
家が結構金持ってた会社経営者の道楽者のボンだったので、捻出できたのだが、当時は20歳の大学2年の軍事マニアの若造が用意できる額ではなかったと思う。
一応主催者のミッチ・ワーベルの邸宅を宿坊として貸し出していたので、食事代金も含めて込みこみ。
物凄いデカくて白い家だった、家の庭の移動だけで車がいるレベルだったのが、アメリカはすごい、と当時の若造の俺は思ったほどだった。
食事も、ワーベルが雇ってる使用人?(料理人?)が作ってくれるが、脂っこい料理がやたら多かった、ワーベルの好みだったらしい。
俺が参加した時期はちょうどコブレイスクールのシラバスが固まったころで、それ以前は都度少しずつ変更しながらほとんど個人に合わせたカリキュラムを作っていた。
ちょうど、1980年1月号の「ソルジャー・オブ・フォーチュン」の47,8ページに同じカリキュラムが記載されている
※6日間なので、俺はこれを×4で受けたのを留意
・状況認識・個人防衛(Situation Awareness.) 2時間
以前は、狙撃技術が「ショットガン・ストレス」という散弾銃で走り回って撃ったりする技術などだったが、俺がちょうど訓練を受ける半年前に、アデルバート・ウォルドロンという米陸軍史上第二位の公式狙撃記録を持つ狙撃手が講師に変わって選択式になった。後述になるけど、散弾銃コースも有名なインストラクターが教えてる。
ワーベルは当時ステージ3の前立腺がんで体調が芳しくなかったので、代理で統括業務をしていたのが、このコクランという人だった。もとはアメリカ空軍の士官だった人らしい。
正直言ってしまうと、この人は後述するウォルドロンとの関係以外で大きく印象に残るものはなかったりする。カリキュラムでもあまり絡むことがなかったからだろうか…
プッシュ・ダガーやナイフの選択、新聞紙丸めてミルウォーク・ブリックを作ったり、メリケンサックや警棒の簡単な練習といったものを教えていた。
レクリエーション的な要素が大きかったと思う、手斧を投げる訓練といったものが一番印象に残っている。
招允(チウ・ワン)師範という有名な派の人の直弟子だったといっていた。あと柔道も黒帯をとっていたとのこと。
この人は住み込みで働いてて、ミッチ・ワーベルの個人ボディーガードも兼務していた。驚くべきことに、CIAの依頼で仕事とかしてる時も帯同していたとあけっぴろげに語っていた。(言っちゃっていいのか?と当時思った)
礼儀正しく親切な人で、教え方も非常にうまかった。
ワーベルは酒タバコめちゃしまくりで常にスコッチウィスキーを舐める様に飲んでたのが印象に残ってるが、この人は酒もたばこもしていなかった。(コーヒーが好きだったようでよくコーヒーを飲んでいた)
ウィキペディアの英語版に彼の個人記事があるほど当時でも有名なインストラクターだった。
BBガン(エアガン)を使って「本能射撃(instinct shooting)」というクレー射撃の様な動的目標への射撃技術を主に教えていた。(BBガンで慣れた後は.410の散弾銃と.22lrの拳銃、そしてボアアップをしていく)
彼本人はこの技術を、子供のころ田舎で狩猟をしていた時に身についたものと度々語っていたのが記憶に残っている。
この人は今でいうコミュ強、というほど会話がうまく、教え方もめちゃくちゃうまかった。今まで空気銃くらいしか使ったことない俺や同じく参加した人たちが3日で散弾銃でクレイピジョン(皿)でフルスコアを出せるくらい上達した。
バリーは当時ジョージア州の警察官を兼務していて、NRAのピストル競技で入賞しているという人だった。当時流行していたウィーバースタンスでの撃ち方を教えてもらった思い出がある。いかにもアメリカ人(初期のテリーマンみたいな感じ、なお悪口ではない。)という感じの人だった。
同名のプロゴルファーの人ではない。この人は当時マイクロソフトの技術者兼営業をしていた人で、軍歴などはない人だった。
いかにも昔のIT系のエンジニア肌、という感じの人だったが悪い人ではなかった。基本は座学で、当時のPCや電子機器の脆弱性やハッキング防護などを教室で受けた記憶がある。
「これから先の未来は電子技術が戦場を制する未来が来るといっても信じてくれるのはワーベル社長だけだよ」と酒の席で寂しそうに呟いていたのが記憶に残っている。彼は2010年代初頭に死んでしまったが、
本当にドローンが飛び交う戦場が現出している今を見て何を思うのだろう?
前者の人はベトナム戦争ミリタリーマニア界隈では「幻の狙撃王」とか「忘れ去られたスナイパー」といわれてる有名な狙撃手。
後者の人は朝鮮戦争で従軍して勲章をもらって、その後アメリカ海兵隊のオリンピック射撃チームで長い間活躍した射撃選手系の人だった、ちなみに、アデルは陸軍で、ビルは海兵隊で所属が違う。
正直、アデルについては詳細を書いたら記事2つ分くらいは埋まるくらい色んな意味で「いい意味でも悪い意味でも印象に残った人」だった。
ビルはすでに当時54歳の壮年で、当時でもオリンピック射撃界隈では超エリートアスリートなので、その技術を教えてもらいたいとコブレイスクールにわざわざ来る競技者がいたくらいだった。ワーベルのコネで引っ張ってきたが、正直ビルの人気はとてつもなかった。若い女の子からもモテモテの「イケオジ」だった。
アデルの講師としての評判が悪く、代わりにワーベルがテコ入れに入れた人で、正直コブレイスクールの収入の7割くらいに貢献してたんじゃないかってくらいの人だったように思う。
対照的にアデルは教え方が悪いというより今でいう「コミュ障」の人だった、空気の読めない人で、好きな事や得意な事はめちゃ早口で喋るが、それ以外では「ちいかわ」みたいなどもり方をする人だった。
スタッフ間でも折り合いが悪いのか、公然と俺たちの前でコクラン社長代理にアデルが面と向かって怒られているのを何回も見かけた。アデルはそのたび下をうつむいて背中をわなわなと震わせていたのが印象に残ってる。
ビルはそんなアデルにも強者の風格というのであろうか、優しさからいろいろとフォローしてたが、それさえアデルにとってはメンツが傷つく行為だったらしい。彼が恨めしそうに睨みながら「戦場でなら俺が強いのに…的当てしかできないくせに…」とつぶやいていたのが一番記憶に残っている。
当時ですでに体調が悪く、あまり話せなかったがそれでも夕食の席などはスタッフ一同同席していた。
「単独で任務を遂行するにはどんな装備がいるか?」という話で、みんなが各々思いつく限りの装備を語り終えた後
「あなた達は"ガンショップ・コマンドー"だ。私なら22lrの100発パックが一つ、ナイロン66(安い22lr銃の名前)、フェアバーンサイクスダガー1本、現金100ドルと着替えだけあれば、1週間後には君たちの装備を奪ってフリーマーケットで売ってるだろうね」
とっちらかってしまったけど、今ではネットで普通にミリタリーマニアがいろんなPMCのスクールにいけるので、いい時代になったなぁと思う。
当時としては物凄いスタッフをそろえていたんだと思う。
80年代には、そういうもののプロトタイプがあって、ちょっとした注目を浴びてた古き良き時代があったということを、少し頭の片隅においていただければ。
少し前にDirectで近日発売予定のファイアーエムブレムのセオドラを 見た時に初めてこの考えを抱きましたが、ティアーズ オブ ザ キングダムシリーズのソニア王妃が文字通り金髪で、たまたまほんの少し肌の色が違う女性だということを思い出し、再びこの考えを思い出しました。テイルズ オブ エターニアも同じで、最も肌の黒いキャラクターは文字通り金髪で青い目をしていますし、幻想水滸伝IIIでも同じように「黒人のキャラクターは全員金髪で青い目をしている」という部分があります。ゼノブレイドのエルマはそれほど突飛ではなく、金髪ではなく青い目と白い髪をしていますが、肌の色相が変わっていることを除けば、視覚的には基本的に他のキャスト メンバーと変わりません。
「プロジェクト・ムーン」のオリヴィエのような他のキャラクターは、逆の問題を抱えています。髪型から黒人であることは分かるのですが、肌の色はただの濃い灰色になっています。そのため、同じく「灰色」の肌をしているのに、文字通り真っ白な髪をしているカロンのようなキャラクターは、本当に黒人として意図されているのか、それとも奇妙な設定魔法によって別の色になっているのか、曖昧になっています。
念のため言っておきますが、ここで私が言いたいのは「アニメの黒人キャラクター」が全てそうだということではありません。『ストリートファイター』には明らかに黒人であるキャラクターが数多く登場し、何十年にもわたってシリーズの主要なキャラクターとして君臨してきました。『FF7』のバレットは黒人で、たとえモノクロームに変更されたとしても、明らかに黒人であることは明らかです。『鉄拳』のリロイや『ギルティギア』のなごり雪も同様です。しかし、一部のシリーズでは確かにこうした傾向が見られますし、灰色に明るくして金髪にするだけなら、このような表現方法を試みるだけでも奇妙に感じます。
念のため言っておきますが、現実世界にも非常に「ヨーロッパ的」な顔立ちの黒人は当然存在しますし、その逆も然りです。黒人の中には鼻が細くて髪を染めたストレートヘアの人もいれば、白人の中には鼻が平らでコーンロウの人もいます。とはいえ、「現実世界にはこういう人がいる」というのは、ある程度までしか当てはまりませんね(笑)。ある時点で、デザイナーが同じ顔や髪型を何度も描き続けることに固執しているだけだろうと推測する方が、熟慮された芸術的判断をしているというよりは、むしろ容易く捉えられるようになってきます。
出典:
r/CharacterRant
It really annoys me when black people in anime games just look like white people who were covered in a layer of brown powder
親戚は悪い人ではない
[増田]
[実家]
二世帯。一階が丸々祖父母の家、2階が増田の両親と弟が住んでるとこ 台所は別々
[来てる親戚と住人]
2年前くらいに実母の脳みそにできものができ、身体が動きづらくなり性格はかなりマイペースになった。
父方の祖父母と二世帯で生活する中でも、祖父母の譲歩やらなんやかんやがあって祖父母の補助役という役割を持ちつつやっていけている。(祖父母もコロナでめっきり衰えたので、生活力が母とそんなに隔たることがないというのもある)
いつも通り、祖母を助けるつもりで母が祖母宅の台所にたつ。これが困る。巻き込まれる人が多いからだ。
分担はできるだろうと思って強く止めなかったらずっと1人でやってた。
手伝おうかと言っても自分でできると言って何でも自分でやろうとするし、食器も多いし、叔母と祖母と自分とで台所の周りに所在なくウロウロすることになって辛い。
さすがにその状況をほっぽってゲームしてるいとこに混ざれるほど若いわけでもないから台所に行って見守ったけど、他人が台所いじくりまわしてて(しかもかなり危なっかしい手つきで、)落ち着かない祖母の気持ちもわかるので正直やめてほしい。からすきを見て声をかけるけどやめない。娘のくせに申し訳なくて叔母の顔を見られなかった。
結局止められず、母は存分祖母のために動いてやり、残った3人は後で洗い残ったそばをざるからほじくり出した。
何か動けた訳でもないし、自分だって結局祖母と叔母からしてみれば台所にいると気を使う人だし、母に近い人間なのに母を止められなかったし、でもここで2階にそのまま行けるわけもないしで本当に居心地が悪かった。
よく考えたら母が一階の台所に立った時点で詰んでいる。
どうしようもない。
母といっても年に2回しか会ってないから会うたびに症状の酷さを思い知るのが辛いし、いつもはいない人が沢山いる家で母が(自分からも含め)腫れ物扱いされながら過ごすのを見るのが辛い。
酷いけど、同居して扱いをわかってる人だけに囲まれて一生過ごして欲しいなと思ってしまう。
明日はこんなことにならないといいな。
サウナの「整い」がよく分からないという人はかなり多いと思う。
サウナが流行っているのは知っているし一度は試した。でも「ただ暑いだけだった」「水風呂が苦手」「整うという言葉が大げさに聞こえる」という声をよく聞く。
その感覚は多分あっていると思う。ネットに落ちているサウナの整い方は実は間違っているし、サウナの魅力を汗、デトックス、老廃物、みたいな言葉でごまかしたくない。
今日伝えたいのは、もっと実用的に「整いとは何なのか?」を言語化して、再現性を上げるための条件を教えることだ。
整いを幸福や悟りとか人生の正解のように扱うからサウナーは気持ち悪いのだ。整いはもっとシンプルな身体現象に近いはずだ。自分が感じる中で「整い」に一番近い表現を選ぶなら「気持ちのいいめまい」だ。
身体が軽くなって視界が少し広がり、頭の中が静かになって、「もう十分」と身体の方が勝手に言い出す感じ。
...というのは嘘だ。普通にただの気持ちいいめまいだ。体は軽くならないし、頭の中も静かにならない。体は勝手にもう十分とも言わない。
風呂上がりにめまいを起こしている、と思ってもらえばそれがかなり近い。めまいを起こしている時は頭の中は静かかもしれないが。
サウナの整いとは、根性や高潔な精神で起こすものではない。条件を正しく揃えれば発生確率がグッと上がる。
逆に言えば、よくある「サウナ10分→水風呂2分→外気浴10分」をそのままなぞっても、何も起きずに消耗する日は普通にある。本当によくある。
そこで「自分にサウナは向いてない」と決めつける前に条件を見直した方がいい。サウナに大事なのは、その日の自分と環境の対話だ。
最初はサウナの良さが分からなかった。昔から風呂が大好きでスーパー銭湯にはよく通っていたのに、サウナだけはマジで意味不明だった。暑い部屋で我慢する意味がわからないし、汗をかいてスッキリと言われてもピンとこない。
水風呂に入るなんてアホの極みだし、おじさんのよくわからん趣味くらいに思っていた。風呂でダラダラ喋ることこそが至高だと思っていた。
ところが、ある日たまたま外気浴で「これか」と感じる瞬間が来た。改めて考えると、それまで整わなかったのは体質の問題ではなく、サウナの条件設定が雑だっただけだった。
整いのコツは三つに収束する。
1. 高温のサウナで体温を一気に上げる
つまるところ、「熱い」「冷たい」「静かに休む」をちょうど良いバランスで並べ直すだけだ。
つまり、サウナを短時間にする、水風呂をスキップするなんてことをしたら整いが発生しないことはまず覚えておいてほしい。
時間は短くても、きっちり高熱でサウナに入った方が整いに近づく。私はロウリュや熱風がある施設で、熱すぎるくらいまで体温を上げてしまうのが好きだ。皮膚が「これ、火傷では...?」と感じるほどの熱さに到達させる。
個人的なサウナ時間の目安は7分だが、時間よりも「このあと水風呂と戦えるくらい身体が熱いか」で判断した方がいい。ここが弱いと次の水風呂がただの罰ゲームになって終わる。
冷たい水風呂に耐えたのに何も起きない」と言う人はだいたいサウナ時点で熱の入れ方が足りていない。
次はみんな嫌いな水風呂だが、目的は「冷えること」ではなく、体の温度を急激に切り替えることだ。
水風呂を飛ばして外気浴に行っても整いは発生しないし、ぬるい水風呂では整いにくいということもよく覚えておいてほしい。冷たければ冷たいほど正義とまでは言わないが、少なくともぬるいと整いスイッチが入りにくい。
水風呂の目安は1分、ただし日によっては1分未満になることも多い。水風呂の時間は長く入れば良いわけではない。水風呂から出た時に体が寒いだけなら入りすぎで、頭がまだ熱いままなら冷まし方が足りない。決められた時間を守るのではなく、その時に最適なバランスを探すのがいちばん重要だ。
水風呂の入り方で私がこだわっているのが、肩までではなくアゴまで浸かることだ。
アゴまで入るとスイッチが入る。以前はおじさんが水風呂に勢いよく潜るのを見るたびに「マジでやめてほしい」と思っていたが、頭まで冷やせば一番効く理屈は理解できる。ただし、私はまだやらない。見た目がきついからやめよう、という線引きは残しておきたい。
水風呂から出た直後から立ちくらみのように頭がクラクラするなら期待していい。
そのクラクラが「気持ちいいめまい」に変わっていく。もう一度言うが、水風呂から出て寒いだけならサウナの熱が足りないか水風呂が長すぎるし、頭が熱いままなら水風呂が短い。
だからそれだけで「自分は整わない体質」と結論を出すのは早い。たいていは正しい火加減、正しい冷まし方をまだ知らないだけだ。
やっとお楽しみの外気浴だ。整いはここで初めて起きる。
サウナと水風呂は事前準備なら外気浴が回収だ。ここまでは正直辛いだけだった。全然気持ちよくない。やっと努力が報われる瞬間がくるわけだ。
でも、お待ちかねの外気浴にも注意がある。
それは、寝転がらないこと。そして、大きな椅子に深く座って背中を預けないことだ。
リクライニングが至高、という反論が来るのは理解しているし、気持ちのいい日があるのも認めよう。だけど、整いの再現性という観点では寝る姿勢は邪魔になりやすい。体への接触面積が大きすぎるからだ。
整いは「気持ちいいめまい」を持続させる現象で、寝転がると重力や体重を感じやすくなる欠点がある。整いを漏らさず味わいたいのに他の部分に意識が散りやすくなる。
私は椅子でもいいし整いスペースがあるならあぐらでもいいが、そのような姿勢を進めている。
そして、意外な決め手は首だ。
少し上を見るように、頭を少し後ろにそらすと、頭の重さがスッと垂直に首に落ちるポイントがある。重心が合うと頭の重さが消えたようになり、その状態でめまいを味わうと、整いが途切れにくい。
現代人は普段はスマホを眺めながら常に下を向きがちで、無意識に首が頭を支え続けている。そのままの姿勢だと整いの気持ちよさが首の疲れに負ける。
整いのピークは温冷の温度差だけでなく、姿勢からくる体の雑音を消すことで伸びるのだ。
もう一つ、整いは天候ガチャにも負ける。
雨で水滴が肌に当たり続ける日は集中が切れる。真冬で冷えすぎる日も難しい。日中の直射日光が刺さる日も皮膚感覚がうるさくて邪魔になる。理想は春か秋の晴れている木陰、少し風がある状態がベスト。夏の夜もいい。一見条件が整っているように見える浴室内の休憩スペースは湿度が高く、音が反響してうるさく落ち着かないことが多い。だから私は屋外派だ。
うまくいかない日があることも受け入れよう。
最後に、整いについては「三セット目が一番整う」とよく言われるが、私は一セット目が最高だと思っている。
理由はシンプルで、身体がまだ熱に慣れていないから。一回目の加熱と急冷が一番キレる。ビールと同じだ。三回目になると耐性がついて、同じ刺激でも効きが鈍る。
もちろん個人差はあるのだろうが、「三セットまで回さないと整えない」と思っている人は、一セット目の条件がすでに弱い可能性を疑った方がいい。
こうして考えると、サウナは飲酒に似ている。最初は甘いお酒しか飲めなかった人が、だんだん辛口やクセの強い香りを好むようになるのと同じで、サウナも高温のサウナ室と低温の水風呂に好みが寄っていくことが多い。最初の一口が一番美味しいのも同じだし、サウナーがやたらサウナの温度や環境にうるさいのもそのためだ。
一杯目に不味いビールを飲んでしまうと、二杯目にそれより美味いビールはもう味わえないのだ。
サウナの整いとは不思議な悟りではなく環境に依存したものだと考えると、整いの芽をいかに大きく育てやすい環境か、という条件の重要性もわかってもらえると思う。これを読んでサウナの気持ちよさを感じるきっかけを掴めたら、ぜひ次は自分にとって最善のバランスを追求してほしい。
サウナの「整い」がよく分からない、という人はかなり多いと思う。
サウナが流行っているのは知っているし、一度は試した。でも「ただ暑いだけだった」「水風呂が苦手」「整うという言葉が大げさに聞こえる」という声をよく聞く。
その感覚は、たぶんあっていると思う。ネットに落ちているサウナの整い方は実は間違っているし、サウナの魅力を汗、デトックス、老廃物、みたいな言葉でごまかしたくない。
今日伝えたいのは、もっと実用的に「整いとは何なのか?」を言語化して、再現性を上げるための条件を教えることだ。
サウナでの整いを幸福とか悟りとか、人生の正解のように扱うからサウナーは少し気持ちわる。整いはもっとシンプルな身体現象に近いはずだ。自分が感じる中で「整い」に一番近い表現を選ぶなら「気持ちのいいめまい」だ。
怖いめまいではなく、身体が軽くなって視界が少し広がり、頭の中が静かになって、「もう十分」と身体の方が勝手に言い出す感じ。
...というのは嘘だ。普通にただの気持ちいいめまいだ。体は軽くならないし、頭の中も静かにならない。体は勝手にもう十分とも言わない。
風呂上がりにめまいを起こしている、と思って貰えばそれが結構近い。めまいを起こしている時は頭の中は静かかもしれないが。
サウナの整いとは、根性や高潔な精神で起こすものではない。条件を正しく揃えれば発生確率がグッと上がる。
逆に言えば、よくある「サウナ10分→水風呂2分→外気浴10分」をそのままなぞっても、何も起きずに消耗する日は普通にある。本当によくある。
そこで「自分にサウナは向いてない」と決めつける前に条件を見直した方がいい。サウナに大事なのは、その日の自分と環境の対話だ。
最初はサウナの良さが分からなかった。昔から風呂が大好きでスーパー銭湯にはよく通っていたのに、サウナだけはマジで意味不明だった。暑い部屋で我慢する意味がわからないし、汗をかいてスッキリと言われてもピンとこない。
<br水風呂に入るなんてアホの極みだし、おじさんのよくわからん趣味くらいに思っていた。風呂でダラダラ喋ることこそが至高だと思っていた。<br/>
ところが、ある日たまたま外気浴で「これか」と感じる瞬間が来た。改めて考えると、それまで整わなかったのは体質の問題ではなく、サウナの条件設定が雑だっただけだった。
整いのコツは三つに収束する。
1. 高温のサウナで体温を一気に上げる
つまるところ、「熱い」「冷たい」「静かに休む」をちょうど良いバランスで並べ直すだけだ。
つまり、サウナを短時間にする、水風呂をスキップするなんてことをしたら整いは発生しないことをまず覚えておいてほしい。
時間は短くても、きっちり高熱でサウナに入った方が整いに近づく。私はロウリュや熱風がある施設で、熱すぎるくらいまで体温を上げてしまうのが好きだ。皮膚が「これ、火傷では...?」と感じるほどの熱さに到達させる。
個人的なサウナ時間の目安は7分だが、時間よりも「このあと水風呂と戦えるくらい身体が熱いか」で判断した方がいい。ここが弱いと次の水風呂がただの罰ゲームになって終わる。
「冷たい水風呂に耐えたのに何も起きない」と言う人はだいたいサウナ時点で熱の入れ方が足りていない。
次はみんな嫌いな水風呂だが、目的は「冷えること」ではなく、体の温度を急激に切り替えることだ。
水風呂を飛ばして外気浴に行っても整いは発生しないし、ぬるい水風呂では整いにくいということも覚えておいてほしい。冷たければ冷たいほど正義とまでは言わないが、少なくともぬるいと整いスイッチが入りにくい。
水風呂の目安は1分、ただし日によっては1分未満になることも多い。水風呂の時間は長く入れば良いわけではない。水風呂から出た時に体が寒いだけなら入りすぎで、頭がまだ熱いままなら
冷まし方が足りない。決められた時間を守るのではなく、その時に最適なバランスを探すのがいちばん重要だ。
水風呂の入り方で私がこだわっているのが、肩までではなくアゴまで浸かることだ。アゴまで入るとスイッチが入る。以前はおじさんが水風呂に勢いよく潜るのを見るたびに「マジでやめてほしい」と思っていたが、頭まで冷やせば一番効く理屈は理解できる。ただし、私はまだやらない。
見た目がきついからやめよう、という線引きは残しておきたい。
水風呂から出た直後から立ちくらみのように頭がクラクラするなら期待していい。
そのクラクラが「気持ちいいめまい」に変わっていく。もう一度言うが、水風呂から出て寒いだけならサウナの熱が足りないか水風呂が長すぎるし、頭が熱いままなら水風呂が短い。
だからそれだけで「自分は整わない体質」と結論を出すのは早い。たいていは正しい火加減、正しい冷まし方をまだ知らないだけだ。
いよいよお楽しみの外気浴だ。整いはここで起きる。
サウナと水風呂は事前準備なら外気浴が回収だ。ここまでは正直辛いだけだった。全然気持ちよくない。やっと努力が報われる瞬間がくるわけだ。
でも、お待ちかねの外気浴には注意がある。
絶対に寝転がらない。大きな椅子に深く座って背中を預けないことが大事だ。
リクライニングが至高、という反論が来るのは理解しているし、気持ちのいい日があるのも認めよう。だけど、整いの再現性という観点では寝る姿勢は邪魔になりやすい。体への接触面積が大きすぎるからだ。
整いは「気持ちいいめまい」を持続させる現象で、寝転がると重力や体重を感じやすくなる欠点がある。整いを漏らさず味わいたいのに他の部分に意識が散りやすくなる。
私は椅子でもいいし整いスペースがあるならあぐらでもいいが、そのような姿勢を進めている。
そして、意外な決め手は首だ。
少し上を見るように、頭を少し後ろにそらすと、頭の重さがスッと垂直に首に落ちるポイントがある。重心が合うと頭の重さが消えたようになり、その状態でめまいを味わうと、整いが途切れにくい。
現代人は普段はスマホを眺めながら常に下を向きがちで、無意識に首が頭を支え続けている。そのままの姿勢だと整いの気持ちよさが首の疲れに負ける。
整いのピークは温冷の温度差だけでなく、姿勢からくる体の雑音を消すことで伸びるのだ。
もう一つ、整いは天候ガチャにも負ける。
雨で水滴が肌に当たり続ける日は集中が切れる。真冬で冷えすぎる日も難しい。日中の直射日光が刺さる日も皮膚感覚がうるさくて邪魔になる。理想は春か秋の晴れている木陰、少し風がある状態がベスト。夏の夜もいい。一見条件が整っているように見える浴室内の休憩スペースは湿度が高く、音が反響してうるさく落ち着かないことが多い。だから私は屋外派だ。
うまくいかない日があることも受け入れよう。
最後に、整いについては「三セット目が一番整う」とよく言われるが、私は一回目が最高だと思っている。
理由はシンプルで、身体がまだ熱に慣れていないから。一回目の加熱と急冷が一番キレる。ビールと同じだ。三回目になると耐性がついて、同じ刺激でも効きが鈍る。
もちろん個人差はあるのだろうが、「三回目までセットを回さないと整えない」と思っている人は、一回目の条件がすでに弱い可能性を疑った方がいい。
こうして考えると、サウナは飲酒に似ている。最初は甘いお酒しか飲めなかった人が、だんだん辛口やクセの強い香りを好むようになるのと同じで、サウナも高温のサウナ室と低温の水風呂に好みが寄っていくことが多い。最初の一口が一番美味しいのも同じだし、サウナーがやたらサウナの温度や環境にうるさいのもそのためだ。
一杯目に不味いビールを飲んでしまうと、二杯目にそれより美味いビールはもう味わえないのだ。
サウナの整いとは不思議な悟りではなく環境に依存したものだと考えると、整いの芽をいかに大きく育てやすい環境か、という条件の重要性もわかってもらえると思う。これを読んでサウナの気持ちよさを感じるきっかけを掴めたら、ぜひ次は自分にとって最善のバランスを追求してほしい。
そうなると井岡、井上が逃げた日本人として中谷の名前が残ることになるのか
断然5階級制覇マッチのほうが美味しいだろうから算盤弾けばフェザーでやるが正解なんだけど
気持ちとしてはだったらスーパーバンタム統一後のネリとの防衛線の後に
さっさとフェザーに上げとけばよかったのになって気はする
フェザーやれますよ行きませんよ中谷やろうやっぱフェザーもっていうウロウロムーブが正直微妙
最強すぎてこれビッグマッチだったなぁって試合はあっても相手がいない
クロフォードだったらスペンスをボコって統一王者、その後にカネロとやって統一王者っていう
さすがにこいつらに勝ったらもう何も言えねぇって相手がいたけど
「親が家を売らずにすみました」18歳の白血病患者が3000万円する薬を打てるのも健康保険のおかげ→「社会保険料払ってる甲斐がある」という声が集まる
differential 私も手術費一千万円近く。義理の兄弟と仕事仲間は白血病を克服した。みんな今は元気で働いて社保税金払っとる。ありがたいね、その分頑張って納付する/ 病老苦死は凡夫の制御の外 という残酷さに現代はどう向き合う
老病死苦な。
「一緒じゃねーか」じゃねーんだよ。
掛け算の順番より気持ち悪い。
釈迦が出掛けて
の順に出会ったから老病死苦なんであってこの順番はどうでもよくない。
結論として一切苦であると気付いて修行を始めるんだから苦が最後。
この人オリジナルの病老苦死という並べ方はなんなのかというと、この人なりに考えた人間が弱ってく順番で書いてんだろう。けど本来の「老病死苦」は釈迦が事実に直面してった順番。
単に凡夫の苦しみを言いたいなら生老病死の方が相応しい。生老病死は四苦。
(こんなの日本人の一定の教養備えた大人に改めて教えるようなことではない。)
決まり文句としてのショーロウビョーシやロウビョウシクは本来音でも覚えて間違えようがない。
ああいい話だなと思って読んでるのに「病老苦死は凡夫の制御の外 」とかいう意味不明な日本語使われると一気に「なんだこのバババババは?」ってなるんだよな。
はてブ見てるとずーっとずーっとこういう日本語クオリティなんだよね。人気コメに絞っても1日に何件でもこういうのが見つかる
バババババだらけ。
病老苦死でも。言葉間違えまくっても。
「俺らそんなに本とか読まねーからよー」と言われりゃ
重ねて嫌みなこと言わない。
それでなんでこの程度の日本語も入っとらん?
けど社会に出て働いて兄弟が結婚して揃って大病するような歳にもなってそれか?
なら
「私達は物事をわかっていません」
「勉強する機会を逃して知らないことばかりです」
隙見ちゃ世間のあらゆることにわかったようなコメントつけて批判や説教までするよな。
どっちなんだよ。
使いこなせもしねー言葉を無理して使うな。
なんか間違えるたびに顔真っ赤にして反省して調べ直しとけ。
自省のない集団が使うとカスの培養池みたいになるサービスがはてなブックマークなんだ。
語の形(形態)が、意味や統語(文法構造)よりも先に決まる/重視されるという立場を指します。
かんたんに言うと
形が先、意味や使い方は後
単語はまず「どんな形をしているか」で分析し、そのあとに意味や文法的役割を考える
もう少し詳しく
先行形態論では、
活用形
語幹と語尾
書く → 書かない → 書きます
ここでは、
「書か-」「書き-」のような形の変化を先に捉え、
対立する考え方
現代の言語学では、どちらか一方だけでなく、相互に影響し合うと考えることも多いです。
機能・意味・社会的要請よりも先に「形(フォルム・配置・構成)」を決定し、そこから建築や都市の意味や使われ方が立ち上がると考える立場を指します。
1. 基本的な考え方
特徴
平面・断面・立面の幾何学的秩序を重視
例(考え方として)
正方形・グリッド・中庭型などの**原型(タイプ)**を先に設定
その形に対して、後から住宅・学校・美術館などの用途を当てはめる
具体的視点
対立軸
意義
社会問題や使われ方を軽視しがち
6. ひとことでまとめ
おっさんがサウナで屁をこいた。ちょうどニュースの合間だった。
広い部屋の中、遠くにいても聞こえるほどだった。それが2発、3発と連続した。
おっさんは知らない振りをした。後ろのおっさんの顔は見れなかった。
おっさんは最後にちょっと腰を浮かしてまた屁をこいた。最悪だった。
おっさん、あんたはサウナで屁をこいた。それに悪意もばらまいた。あとはたぶん何かも散らばった。
正直、今でも手が震えるほど腹が立っている。
私が心血を注いで考えたレシピを、あの「爆乳料理研究家タロウ」にパクられた。
美人で有名でメディアに引っ張りだこ、キラキラした笑顔を振りまく彼女。
彼女がさも自分の手柄のように発表したのは、私が考案した「餃子のケーキ 〜シャインマスカットとチョコレートソースを添えて〜」だった。
正直、かなり攻めた組み合わせだ。
試行錯誤を繰り返し、ようやく辿り着いた自信作だった。
構成も方向性も瓜二つの料理を出した彼女に対し、世間が突きつけたのは私への「パクリ疑惑」だ。
「無名の一般人が、人気者のタロウさんのアイデアを盗んだんだろう」 「有名人が先に思いつくに決まっている」
ガチャ専門店のバイトなんだけどみんなどうしてそこまでしてガチャ回したいの?
一人〇個までってでかでかと掲示してんのに一瞬離れて店内うろついてまたしれっと回しに来るやつ全部バレてますからね。
並び直しできないのでって呼びかけて初めて知りましたみたいなバカ面して離れていくやつ、あ、離れていくやつはまだマシでした。あっは~いあと1回でえ~すみたいなツラして堂々と100円入れるやつのこと本当にみっともないと思って見られてるってこと、自覚してね。
なんか明らかに生活保護ですみたいなやつが無限に回してるの(これは私怨ですが)本当に腹立つんだよな
あと、ガチャガチャサラリーマンとかのどうせどっかの社員なんだろうなみたいな迷惑アカウントのせいで今日発売日って見たんですけど?って問い合わせてくる人たちにも教えてあげたいんですけど、
発売日が決まってるガチャ商品はほぼ無いんですよ。バンダイだって第〇週~って書いてる。
なのに今日から発売って見ただのどこどこではもう売ってるだの、どうして店員を目の前にしてドヤ顔で発売情報を語れるんですか?
到着したら店に出す、それだけだよ。あとはガチャ活(笑)平成女児(笑)って張り切ってるおばさんおじさん転売ヤーの相手をするだけだよ。
店のオープン前から並んで商品の検品中も近くでウロウロチラチラしてるの、全部視線で丸わかりだからわざとのろのろ検品してるからね。たかが数百円の商品に血眼になって列作って界隈(笑)とか言って、サンリオだのシュガーバニーズだのナルミヤだの、本当に欲しくて欲しくてずっと前から待ってましたって客いないだろ?人気になってるから欲しくなってるだけですよね?落ち着いて本当に必要か考えてもらっていいですか?100均の安っぽいケースに並べて、そのあとどうするんですか?今の仕事を初めてから「何かを熱狂的に欲しがる人」が全員気持ち悪くて仕方ないよ。
転売ヤーもキョロキョロ周り伺ってんの丸見えできっしょいからな。中身も確認せずに次から次へと安っぽくてきったねえトートバッグに放り込んで、「これ在庫もうないですか?」じゃねえんだよ。在庫あるけどそちらで終わりですね~って言ってるわ。
必死乙おばさんたちと臭い転売ヤーもそうだけど売る側も終わってるからな。
某メーカーの優良誤認もそうだし、中身の偏りで店に届いた中にシークレットが入ってないって申告したスタッフに「入ってなくても大丈夫です。そのまま販売で」って言ってた上層部いましたよ。
シクレでさらにプラスの特典あるやつだったんですけど、あの店で回した人かわいそうですね。
買う側も売る側もなんか波に飲まれておかしくなってんだろうな。なんかものすごくでかい問題起きて終了しないかなーこの業界。つまんないですよ。
旅行先でレンタカー借りて街を走るのが好きだけど名古屋の道路は明らかに異質、初見殺しも甚だしい。なんだあれ。
五車線ある指定道路で左折したくてももう車線変更が間に合わない、意味の分からないところから出てくる謎の側道、三差路×三差路みたいな化け物みたいな交差点。
こんな道じゃ事故が多発するのは致し方ないと合点がいった。そしてぐったりした。
いわゆる名古屋走りと言われるものもこの複雑怪奇な道路を攻略するがために出現した現象なんだろうな。
日々あんな修羅を潜り抜けてる名古屋ナンバーにはもう憐れみと労りしか感じない。
元々名古屋については異質さを覚えていた。
バカの一つ覚えみたいに赤出汁赤味噌、トーストにあんことか言うねるねるねーるねかよという組み合わせ、台湾と何にも関係ない台湾ラーメン、ここでしか見ない存在意義の分からない先割れスプーン(フォーク?)、台湾ラーメンアメリカンに至ってはもはや意味不明。
創作意欲はあってもセンスが小学生並みなので名古屋にしかウケないものしか出来ない。
一次産業がないので土産物も食べずとも味の想像ができるスナックばかり。
ぴよりんがちょっとバズったくらいだろう。
名古屋嬢を買うなら長野の雷鳥の里の方が100倍美味い。ゆかりはその辺のデパ地下で買える。きしめんもただのうどん。ういろうは食感がキモい。現物食べる気にもなれない小倉トーストのラングドシャなんか職場のお土産に持ってけるもんじゃない。ハッピーターンは何味でもハッピーターンになるから妥協点。
唯一喜ばれそうな赤福も三重県を手下に従えてるかのようなツラしてちゃっかり売ってるがお前んとこのじゃねーだろ。 日持ちしないし。
快速みえは京急もびっくりの轟音&揺れで人生初の電車酔いを体験できる。
鉄道開通黎明期もこんな感じだったんですかな〜!とタイムスリップ気分味わいたい変態以外は悪いこと言わないから少し金出してでも近鉄特急に乗ろうな。
とにかく名古屋は全てが雑。整然さがない。
駅周辺のビルの造形が奔放だな…と気づいた時から名古屋の全てに違和感を覚えていた。
これが車で街を走ってすべて得心がいった。
あそこはそういう都市なんだ。
ではその時になにをするか?
良いところを見つけようと努力するのが善き人間としての行いだと思う。
名古屋には世界最大のプラネタリウムを抱える名古屋市科学館がある。
ラジオ深夜便を彷彿とさせる絶妙な味わいのナビゲーターの語りと適度にパーソナルスペースが確保されたリクライニングシートに眠ること必至。
子供が泣く本気のテスラコイル実験装置に舐めてかかると大人でも無言になる南極体験。
ぎゃーぎゃーうるさいガキンチョばかりだが真面目に見て回れば科博にも勝るとも劣らない楽しさがある。1日では回りきれない。
あと近場で腹ごしらえしようと適当に入った香港料理屋かなんかが本気のシノワズリでビビった。
言わずと知れた高級陶器メーカーノリタケの成り立ちからコレクションの展示を総覧できる。
いつからあるか分かんない謎のノリタケの平皿かカップが家に1セットくらいあるだろ。たぶん展示されてる。
「あ、これうちにある!」と見つけた瞬間突然ノリタケに親近感を覚えるだろう。
ガラス越しの蕎麦打ち職人よろしく絵付師たちが陶器の何たるかも知らない素人がウロウロしてる中で普通に仕事してる。
陶器製造の技術が多角展開されてる旨のパネルも面白いから理系は絶対見ろ。
最後はショップに行くといい。アウトレット品からガチの鑑賞用までここもまた見応えがある。
贅を凝らしたきらびやかなノリタケ様の作品の数々にすっかり心が乙女になったお前は必ず何かが欲しくなる。
あとはトヨタ紡織資料館とか徳川美術館とか退役した砕氷艦の係留がされてたりとか色々あるけどめんどくさくなってきたからあとはテメーらでやれ。