はてなキーワード: マザーボードとは
続き
そのうち、世の中はウィンドウズ時代に突入し、パソコンも16ビットパソコンから32ビットパソコンへと移行していったのである。…といっても、ウィンドウズ3.1は、とっくに発売されていたが、ゲームの世界が未だにDOSベースだったので、それまでは何とかなっていたのであった。が、こう周りがウィンドウズだらけになってくると、流石に不安になって、DOSからの移行を考えざるを得なくなってしまったのであった。
上述のPC-286VEでも、ウィンドウズを試してみたことがあった。そのころは、ウィンドウズは3.0で、フロッピー5枚組という、今から考えればささやかな構成であった。当時は、ウィンドウズ3.0対応のソフトもほとんどなく、これは試してみるだけで終わったが。
実は、32ビットパソコンへの移行の際に、一つの考えがあったのである。つまり、Macへの移行である。当時、Macの世界も変革の時期を迎えていたらしく、小さい筐体が却って可愛らしいマック・クラシックやカラーマック(多分これでいいんだよな…)が発売されると共に、通常のサイズのマックも、そこそこの(ウィンドウズマシンと変わらない)価格で発売されるようになっていたのである。
しかしながら、相変わらずゲームユーザーであった私は、ゲームソフトのコーナーを一瞥して、やっぱりゲームはDOSベースが多い、とばかりに、ウィンドウズマシンを選んだのであった。思えば、ここが運命の分かれ道であった。
まぁ、ウィンドウズがいいか、マックがいいかは、今でも議論が分かれるところではあるが、このときマックを選択していれば、今の私のパソコンライフは、かなり違ったものになっていただろうことは、疑いのないところではある。
で、購入したマシンは、16ビットに引き続き、EPSONの、いわゆる「ジャケットサイズ」(…といっても、今はもうLPレコードそのものがマイナーな存在であるが…)の小さな筐体がウリのマシンであった。CPUは、486DXの廉価版の486SXで、クロックは20MHzだった、確か。この辺は記憶が曖昧。120MBのハードディスクと8MBのメモリが付いていた。一応、ウィンドウズ3.1は動くというスペック。
このPC-486SEは、当然のことながら、後にいろいろと手を加えた。
こんな具合に。
グラフィックアクセレータ追加(メルコ製、サウンドボードに装着するタイプ)
メモリ8MB追加して16MBに。
CD-ROMドライブ追加(メルコ製のサウンドボードに直結のタイプ、2倍速)
オーバードライブプロセッサ(確かIOデータ製)追加して、CPUをPentium 75MHz相当に。
ディスク圧縮ツールを購入し、340MBのハードディスクの容量を540MB相当に。
これだけの改造(とはいわないか…)を施し、やっとウィンドウズ3.1が快適に動作するようになったのだ。しかし何ですな、よくこれだけ発展性のない改造をやったものだと、我ながら思う。CD-ROMは、インターフェイスが専用なので使い回しができないし。
因みに、CRTは、グラフィックアクセレータを追加するまでは、8801の頃から使っていたNECのPC-854Nを使っていた。アクセレータ購入後に、CRTがマルチスキャン対応ではないことに気づき、CRTを買い換える。ソフマップブランドの、Susteenのものでした。安い割には結構画質が良かった。
ウィンドウズ3.1にしてから、インターネット接続も始めた。最初は何がなんだか分からなかったので、接続ソフトは、取り敢えずインターネット・オフィスという、パック品を使用。接続は、スムーズであった。付属のブラウザは、今や懐かしい「モザイク」である。モデムは友人から譲り受けた14,400bpsのものだったが、このころはこれで十分なのであった。
ホームページもこのころから作り始めた。かねてから懸案のFrank Zappaのページ作りを始めるに当たり、ジャケット取り込みのためのスキャナを購入。このころは、真裸婦ラットベッドの製品は非常に高価であったので、ハンディタイプのものを購入。LPジャケットを8回に分けてスキャンし、付属の合成ソフトで合成するという、涙ぐましいものであった。
このPC-486SEでも、ゲームはずいぶんとやった。でも、以前ほどたくさんはやっていないのだな。
上述したELFの「同級生」の続編。こちらの作品は、「兄と妹」という設定で大ヒットしたという記憶がある。前作のシステムやノリをそのまま引き継ぎ、内容をさらに充実させた、名作。
ホムンクルス(妖精)を育てて人間にするという、育てものゲーム。キャラデザが、イラストレーターの中村博文(どじ)氏だということで購入。そこそこやったが、何故か私が育てるとみんな悪魔になってしまい、そのうち断念。
…印象に残っているのは、このくらい。この時期は、ゲームはスパーファミコンを中心にプレイしていたような気がする。パソゲーが少ないのはそのせいかな。
さて、ここでウィンドウズ95の発売となるのだが、EPSONがEPSONパソコン対応のウィンドウズ95の店頭販売を断念し、注文販売だけにしてしまったので、これは先が無いことが判明してしまった。新規にパソコンを買う予算も、早々には調達できない私は、しばし呆然とし、どうしようかと思いあぐねたのだった。
そのとき、天の導きかはたまた悪魔の誘いか、職場の先輩から、1枚のマザーボードが私の下へ転がり込んだのである。この1枚のマザーボードを発端として、今に至るまでの私のパソコン自作時代、パソコン大散財時代へと突入するのであった。
この譲り受けたマザーボードで製作した最初のシステムは、以下の通り。
MB(Mother Board):メーカー不詳、P54C対応マザー
SB(Sound Board):Sound Blaster互換のバルク品
Graphic Card:Canorpus PW-3DV
以下は、PC-486SEのころのものを継続して使用している。というか、このころは、PC-486SEも併用して使っていた。
Modem:Microcore 28.2kbps
CRT:Susteen 15inch
とにかく安く上げようとして組んだ結果がこれである。ま、最初にしては上出来だったのかもしれない。
で、そろそろこのシステムでは物足りなくなり、もう少し上のシステムに組み替えようと思い立ったわけである。
さらに、ホームページ作りに役立てようと、スキャナを購入したのも、このころかな。
CPU:Cyrix PR166+ (Clock=133MHz)
SB(Sound Board):Sound Blaster互換のバルク品
Graphic Card:Canorpus PW-3DV /VRAMを4MBに増設、ビデオキャプチャ機能を増設
Modem:Microcore 28.2kbps
CRT:Susteen 15inch
MBにGIGA-BYTEを選んだのは、メーカー名が気に入ったのと、当時大攻勢だったASUSのものは使わないというコンセプト(?)からである。それと、SIMMのスロットが6本あるというのも、魅力であった。結局、SIMMは4本しか使わなかったが。これは、RAMをマッピングするTAG RAMの増設を億劫がったためである。TAG RAMを増設しないと、64MB以上のメモリ空間に対してアクセスが遅くなり、全体的にパフォーマンスが悪くなるらしいのだ。
さらに、このシステムに対して、CD-Rドライブを増設。ヤマハのCDR-400t-VKである。I/Fは、SCSIである。このころから、音楽製作関連にも大散財時代が訪れたのであった。
CD-Rを使って、現在も続いているPSY-DOLLというバンドのCDを焼きまくったのであった。当時は、CD-Rの原盤の質もそれほど良くはなく、結構エラーが発生して板を無駄にすることが多かった。
この後、システムは急速に変遷を続け、私は、大散財を続けるのであった。
RAM:DIMM PC-100/CL2 192MB(64MB+128MB)
Audio Card:emagic Audiowerk8
Graphic Card:Creative Labs Graphics BLASTER/RIVA TN
DISPLAY:MITSUBISHI RDT141X(LCD)
フォルダを漁っていたら、1999年5月に書かれた、自分のPC履歴が発掘されたので、貼り付けてみる。
なんだかんだ言って、私がパソコンを使うようになってから、10年近く経ってしまったのである。プログラムを組んで実行できる最初のマシンは、高校のときに購入したCASIOのプログラム電卓FX-502Pであるが、これはあくまで電卓であり、パソコンとは多少趣を異にするものであった。
パソコンとして最初に購入したのは、NECの8ビットマシンPC-8801MA2であり、完全なるゲームマシンであった。以下、16ビット時代に突入してEPSON PC-286VE、32ビットマシンのEPSON PC-486SEと続き、とうとう自作DOS/Vマシンをメインのマシンにするようになってしまうのであった。
これから、私のこのしょ~もない足跡を辿ってみたいと思う。PC-8801MA2~PC-486SEの項には、そのときハマったゲームの感想なども記してある。暇な方はこちらもどうぞ!?
小さい頃から、電気・電子関係が好きで、親にマイキット(パネル上にトランジスタとか抵抗、コンデンサなどが並べられており、スプリングになった端子にコードを挟んでそれらを繋いで回路を作る)や電子ブロック(透明なブロックにトランジスタや抵抗などが入っており、ブロックをボード上に配置して回路を作る)などを買ってもらい、それでラジオなどを作って遊んでいたのである。マイキットでラジオを作り、夜中にこっそりと深夜放送を聞いていました。(^^;
因みに、私がアマチュア無線の免許を取得したのは、小学生のときである。これは、ちょっと自慢してもいいと思う。
当時、「初歩のラジオ」とか「ラジオの製作」、「電波科学」などの雑誌をよく読んでいたのだが、流石に、中学生の私にはディジタル回路は難しく(というよりも、何をするためのものなのか、イマイチ理解できなかった)、ボードマイコンTK-80などに手を出すには至らなかった。
まぁ、何しろ当時は、マイコンといっても論理回路の動作から入る必要があったので、当然といえば当然であろう。
そして、関数電卓などをいじくり、「このキーとこのキーを同時に押すと変な表示になる!?」などと遊んでいた私が、最初に手にしたコンピュータらしきものは、カシオのプログラム電卓「FX-502P」である。
これは、512ステップまでのプログラムが組めるというもので、ちゃんと「GOTO」キーや「GOSUB」キー、「LABEL」キー、条件判定を設定するキーなどが用意されていて、結構本格的なものでした。レジスタも10個使えた。ランダムに数値を出力するキーも付いていたな。
プログラムライブラリ(本ですが)なども付いてきていて、掲載されている通りに打ち込むと、科学計算をやったりゲームなどを楽しむことができた。もちろん、プログラムを外部に記録しておくこともできたのだ。オプションが必要だが(買った)、普通のラジカセなどを使ってカセットテープにプログラムを記録するのである。
あと、FX-502Pでは、キーに4分音符や16分音符などが割り当てられていて、短音だが楽曲を打ち込むこともできた。上述のオプションを利用して、ラジカセなどで鳴らすのである。
学生時代は、ビンボーだったせいもあって、パソコンには縁がなかった。友人宅でシャープのTurboIIIなどでゲームをさせてもらうのが関の山なのであった。
で、就職して最初に購入したパソコンが、NECの8ビットパソコンの最終形態ともいうべきPC-8801MA2である。
当時は、既に16ビットパソコンのPC-9801Vm2なども発売されていたのだが、私の選択したのは8ビットマシンの「ハチハチ」なのであった。何故か?
それは、パソコンでゲームがしたかったからである。当時は、違法行為に限りなく近いレンタルソフト屋が横行していて、ゲームソフトなどが比較的安い価格で入手できた(ソフト毎のパラメータファイルでコピーを行うFile Masterは必需品)。また、ゲーム市場も8801主体であって、9801用のものはごく少なかったのである。
とにかく、とても全部やりきれないくらい、ゲームを借りまくった。
何を隠そう、私が8801を購入して、最初に買ったゲームがこれである。何で、最初からこんなに難易度の高いゲームを、と疑問を持つ向きもあろうが、要するに、当時はパソゲーなるものが全く分かっていなかったのである。しかも、あろうことか、購入時には、アクションRPGの先駆け的存在である「ソーサリアン」とこの「マイト・アンド・マジック」を天秤に掛けていたのである。
世間では、「クソゲー」との評価が一般的であるが、私は、このゲームは名作であると信じている。とにかく、世界が存在していて、プレイヤーはその世界に住むところから始まるのである。ストーリーは、最初は与えられず、発見したものだけがストーリーに参加できる。しかし、ストーリーに参加しなくても、とにかく世界が広大・深淵なので、アイテム探しやダンジョン探検だけでも、十分堪能できる。私は、後述する16ビットパソコンの時代まで、約3年以上もこのゲームにお世話になったのである。
「ドラクエ」シリーズで有名なエニックスのアドベンチャーゲーム(AVG)。
不気味な感じが大変心地よい秀作。本作では謎を残したまま終結し、後に「アンジェラス2」が発売されるが、時期を完全にはずしていたし、余り面白くなさそうだったので私はやっていない。
今はHゲーのメーカーになってしまった、しゃんばらのRPG。私の大好き(だった)漫画家、松田紘佳がキャラデザ他を手がけている。音楽もこの人だったな。もしかすると、「2」は後述のPC-286VEでプレイしたのかもしれない。海が舞台の、異色のRPG。とにかく海なので、3次元的に自在に移動できるのがミソ。階段を使って他の階へ移動する一般的なダンジョンとはひと味違うのである。
ただ、惜しむらくは、これは私がコピー品でプレイしていたから良くないのであろうが、2作ともエンディングを見れなかったことだ。
1作目では、「ピー」とビープ音がしてゲームがハングアップ。2作目では、たぶん最終場面であろう画面から1歩も進めず、アウト。
今あったら、正式に購入して再度挑戦してみたいゲームではある。
かのアスキーが発売していた、Hゲー。ダンジョンを歩き回るRPGである。
このゲームは、とにかくノリが非常によく、テンポが軽快で楽しいゲームであった。ゲーム自体は、6階+αの「ウロボロスの塔」を探検して、秘密を探るというもので、出てくるモンスターが女の子で、ダメージを与える度に女の子が1枚ずつ服を脱いでいくという、他愛もないものである。
このゲームをして最初に驚かされたのは、グラフィックの描画の早さである。何だかんだ言っても、8ビットパソコンであるので、当時のゲーム、特に、グラフィックを強調したゲームでは、描画に恐ろしく時間がかかった。一枚の画像を出すのに数秒、ひどいものでは、数十秒、なんていうのもあった。
そんな中で、この「カオス・エンジェルス」は、とにかく、一瞬で画像が描き換わった。これは、当時ではとても新鮮なことであった。
また、そのBGMもとても斬新で、簡単なFM音源を使いながら、とてもハイセンスな雰囲気を醸し出していたのだ。音楽の秀逸さでは、水龍士といい勝負かもしれない。
しかし、このゲームの最大のポイントは、「洒落っけ」にあると思う。ダンジョンの壁に、前に探検した人の落書きがあって、これがまた奥が深く面白い。この落書きがゲームのヒントにもなっているのだが、関係のない落書きもあって、これを探すだけでも、結構楽しめた。
当時、特にスタジオピエロ系のキャラクターもののゲームを数多く出していた、マイクロキャビンのAVG。マイクロキャビンでは、この後も、「めぞん一刻」や「気まぐれオレンジロード」などのキャラ系ゲームを続々と発売していた。
このゲームは、少年サンデーに連載されて、アニメ化もされ一世を風靡した、高橋留美子の同名の漫画「うる星やつら」をゲーム化したものである。
ゲーム内容は、確か、面堂家の誰か(終太郎か、了子か、どっちか忘れた、たぶん了子だ)の誕生日に招待されたお馴染みのメンバーが「迷路」を探索しながらゴールにたどり着くというものである。何かのイベントを経る毎に、時間が経過していき、それにより結果が変化するというのと、途中の行動で結果が変化するということで、数種類のエンディングが用意されていたように思う。
マルチエンディングや時間の概念は今でこそ珍しくもないが、当時では結構画期的なことであったのだ。
フェアリーテール(ELF)の伝説的名作AVGである。確か「2」もあった。フェアリーテール(ELF)のAVGは、何かこう、独特の雰囲気があって、それが私は非常に気に入っていた。なんていうか、どことなく寂しげな感触というか、ちょっと空虚な感じとでもいおうか。キャラクターや展開、秀逸なBGMなどが、この雰囲気を醸し出しているのだ。
フェアリーテール(ELF)のAVGは、この他にも相当やった。「ELLE」なんかは、最後のどんでん返しが強烈でした。
そのほかにも、いろいろゲームはやったが、とんでもねーゲームを一つだけ…
これは、要するに当時大流行の「北斗の拳」のパロディーHゲーである。
ゲーム内容がくだらないのもさることながら(あまりにくだらなすぎて、ケンシロウのようなキャラが出てくること以外、忘れた)、その作りがとにかく凄い。
これは想像だが、このゲームは、おそらくN88-BASICで組まれている。なぜなら、まず、ストップキーでゲームが止まってしまう。そして、そのとき、画面の左上隅に「>C^」が出る(分かる人には分かるね!?)。
そして、NECの8801,9801シリーズのパソコンには必ず付いていた、画面のハードコピーを取るキー「COPY」を押すと、押したときに表示されている画面をプリンタに印刷することができる。
なんか、「流行だから適当に作って一発当てよう」という意図の見え見えなゲームでありました。
…そうこうしているうちに、8ビットパソコンは衰退し、ゲームソフトも発売されなくなって、世の中は16ビットパソコンの時代へと、大幅に突入したのだった。
そこで購入したのが、NECではなくて、EPSONのパソコンなのである。ここいらへんに、私の偏屈さがにじみ出ていますね~。(^^;
パソコンに金をかけだしたのも、このころからである。…まぁ、8801じゃあ、金をかけようにもかけるところがないですが。(^^)
今ではもう信じられないが、当時は、1MB/1万円がメモリの相場であった。しかも、メモリをパソコンに組み込むには面倒な設定がいくつも必要で、さらに、汎用のスロットを一つ占有してしまうのだった。また、今でこそ、SIMMとかDIMMとかいって、大容量がコンパクトに収納されているが、当時は、たとえ1MBでも、12cm角くらいの基板にチップがびっしり載っていたのだった。
それでも、1MBあると無いとでは、雲泥の差があった。
これも、今ではもう信じられないが、当時は、例えば40MBで8万円位した。しかも専用のインターフェイスが要る。これでまたスロットが一つ埋まったのであった。
でも、当時のソフトは、40MBでもお釣りが来るくらいの容量だったんだよね~。
あと、このマシンから、パソコン通信を始めた。当然NIFTY Serveから。
当時は、WTERMを使い、通信速度も2400bpsであった。50kBの画像をダウンロードするのに何分もかかり、さらにその画像を表示するのに何分もかかった。大変な時代であった。
このPC-286VEは、後に友人の手に渡り、そこでVRAM異常が発生してお亡くなりになってしまいましたとさ。合掌。
このマシンでも、ゲームはずいぶんとやった。中で、印象深いものをいくつか紹介しようと思う。
上述したものと同じである。当然、続きではなくて、新規に始めた。やはり8ビットのものと比べて速い。何しろ、8ビット版は2DDのディスク4枚組で、地上、ダンジョン、城、と場所を変える度にディスクの入れ替えが必要だった上、そのたび毎に、システムディスクに書き込み(1分くらいかかった、マジで…)をしていたのだ。それがなくなっただけでも、快適である。ただ、8ビット版の頃はあったBGMがなくなってしまったのは、ちょっと寂しかったが。
なかなかハマった。各エンディングも味わい深いもので、30数種類あるといわれているエンディングを20数種類まで見て、飽きてやめた。プリンセスと謎のエンディングは見ていない。けど、いいや。
「1」と「2」は、3Dダンジョンもの。当時は3Dダンジョンでさえ珍しかったのに、Hゲーで3Dダンジョンというのは、相当なインパクトがあった。ゲーム的にもよく練れており、ダンジョンの仕掛けも良くできていた。Hゲーという観点を排除して、単にゲームとしてみた場合に、非常に完成度の高いゲームであった。
「3」は、確かドラクエタイプの2DのRPG。「4」は、ダンジョンに戻ったのだっけかな?この辺はあんまり印象にないのだな。「5」は、私の大嫌いなシミュレーションで、遂にエンディングを見ることができなかった。…と言うよりは、途中でつまんなくって止めた。「4」と「5」は、多分、後述のPC-486SEでやっている。
これは、今更説明するまでもない、ELFが世に放つ名作中の名作。このゲームが今までのゲームの流れを一気に変えたといってもいいでしょう。味のあるキャラクタ(しかも大勢!)に、深みのあるストーリー。それぞれが練りに練られたマルチエンディング。とってもシビアな時間の概念。所持金の存在も内容に深みを与えています。
さらに、複雑なフラグ制御がすばらしい。よくあれだけの条件設定をして、ゲームが破綻しないものだ。
そして、何より高校生最後の夏休みという、絶妙のセッティング。
とにかく、この「同級生」は、何遍やっても違った展開になるし、違った楽しみ方ができるゲームという、画期的なゲームでした。
後に「2」も出て、共通するキャラクタも出演している。私は、「2」は後述する32ビット版でやったのだけれど、その面白さは全く失われてはいませんでした。恐るべし、ELF。
そのうち、世の中はウィンドウズ時代に突入し、パソコンも16ビットパソコンから32ビットパソコンへと移行していったのである。…といっても、ウィンドウズ3.1は、とっくに発売されていたが、ゲームの世界が未だにDOSベースだったので、それまでは何とかなっていたのであった。が、こう周りがウィンドウズだらけになってくると、流石に不安になって、DOSからの移行を考えざるを得なくなってしまったのであった。
上述のPC-286VEでも、ウィンドウズを試してみたことがあった。そのころは、ウィンドウズは3.0で、フロッピー5枚組という、今から考えればささやかな構成であった。当時は、ウィンドウズ3.0対応のソフトもほとんどなく、これは試してみるだけで終わったが。
実は、32ビットパソコンへの移行の際に、一つの考えがあったのである。つまり、Macへの移行である。当時、Macの世界も変革の時期を迎えていたらしく、小さい筐体が却って可愛らしい Permalink | 記事への反応(1) | 12:53
お前らは、Windowsのアップデートの不具合に対して「マイクロソフトの怠慢だ」と思ってるんじゃないか。ああ、気持ちはわかる。毎月、毎月、何かしらの不具合が出てくる。その度に、お前らは「こんなんで、よく世界一のOSだと言えるな」と思うんだろう。でも、実は、その背景には、もっと複雑な現実がある。俺は、この業界で10年以上、ソフトウェア開発に携わってきた。その経験から、Windows 11の不具合が多い、本当の理由を語ろうと思う。
最初に言っておくが、マイクロソフトは、別に怠けてるわけじゃない。むしろ、めちゃくちゃ頑張ってる。でも、その頑張りが、空回りしてる部分もあるんだ。その理由は、複数ある。
まず、一つ目は「スケーラビリティの問題」だ。Windows 11は、世界中の何十億ものデバイスで動く必要がある。スマートフォンのように「数千万台」じゃなくて「数十億台」だ。その数十億台のデバイスは、全部、異なるハードウェアだ。異なるマザーボード、異なるCPU、異なるGPU、異なるネットワークカード。その全てのハードウェアの組み合わせで、Windowsが正常に動く必要があるんだ。
想像してみてほしい。お前が、ある薬を開発したとしよう。その薬を、世界中の何十億人もの人間に配布する。でも、その人間たちは、全員、異なる体質だ。異なる病歴を持ってる。異なる他の薬を飲んでる。その全ての組み合わせで、その薬が安全に効く必要がある。そして、毎月、その薬を新しいバージョンにアップデートする必要がある。できると思うか?それが、Windows開発の現実だ。
二つ目は「アジャイル開発の弊害」だ。昔のWindowsは「何年もかけて、完璧に完成させてからリリース」という戦略だった。だけど、今は違う。「毎月新しい機能をリリース」「ユーザーのフィードバックを即座に反映」という戦略だ。これは、確かに、ユーザーにとっては「常に新しい機能が使える」という利点がある。でも、開発側にとっては「地獄」だ。なぜなら、テストの時間が極端に短くなるからだ。
昔は「3ヶ月、テストに時間をかける」ことができた。だけど、今は「1ヶ月、いや、2週間でテストを終わらせて、リリースしろ」と言われるんだ。その2週間の中で、数十億台のデバイスの組み合わせを、全部テストすることはできない。だから、不具合が出るんだ。リリース後に。
三つ目は「レガシーコードの呪い」だ。Windowsは、80年代から続く、歴史あるOSだ。その歴史の中で、物凄い量の「レガシーコード」が蓄積されてる。つまり、古い時代に書かれたコードが、今も、Windowsの中に組み込まれてるんだ。そして、その古いコードは「絶対に消せない」。なぜなら、何十年も前のアプリケーションが、今も、Windowsで動いてる必要があるからだ。
想像してみてほしい。お前が、ビルの構造を変えたいと思ったとしよう。でも、そのビルの地下には「100年前に埋め込まれた、今も動いてる配管」がある。その配管は「絶対に壊すな」と言われてる。だから、新しい構造を作る時、その古い配管を避けながら作らなきゃいけない。その結果、新しい構造は「複雑で、歪んだ」ものになるんだ。それが、Windowsの現実だ。
四つ目は「組織の問題」だ。マイクロソフトは、今、めちゃくちゃでかい企業だ。Windowsチームだけでも、数千人の開発者がいる。その数千人が、全員、同じ方向を向いて、開発してるのか?違うんだ。複数のチームがあって、複数のマネージャーがいて、複数の優先事項がある。その結果「チームAが修正したバグを、チームBが、別のアップデートで、また復活させてしまう」みたいなことが起きるんだ。
さらに、「政治」がある。大企業にはね。「このチームの提案を通す」「あのチームの提案は通さない」みたいな、内部的な政治闘争がある。その結果「技術的には正しくない決断」が、されることもある。なぜなら「上司が気に入ったか」「社内での影響力」で判断されるから。
五つ目は「テスト環境の限界」だ。マイクロソフトは、物凄い数のテストマシンを持ってる。でも、それでも「全ての組み合わせをテストすること」は不可能だ。なぜなら、新しいハードウェアが、毎日、毎日、リリースされてるから。マザーボード、CPU、GPU。新しいハードウェアが出る度に、その組み合わせでテストする必要がある。でも、マイクロソフトは、新しいハードウェアが出た時点では「そのハードウェアを持ってない」。だから、テストできないんだ。リリース後に、ユーザーが使い始めてから、初めて「あ、このハードウェアでは、こんなバグが出る」と気付くんだ。
六つ目は「セキュリティアップデートの緊急性」だ。毎月、新しいセキュリティ脆弱性が発見される。その度に「至急、パッチを当てろ」と言われるんだ。でも、セキュリティパッチを当てる時に「別のバグが出ちゃった」みたいなことがある。なぜなら、セキュリティパッチって「システムの深い部分に手を入れる」から、予期しない影響が出ることがあるんだ。
七つ目は「ユーザー層の多様性」だ。Windowsを使ってるユーザーって、本当に多様だ。ゲーマー、企業のビジネスユーザー、クリエイティブプロフェッショナル。その全員のニーズを満たす必要があるんだ。でも、ゲーマー向けの最適化が、企業ユーザーの環境を壊すこともある。その度に「このアップデートは企業ユーザー向けにロールバックする」みたいな判断が必要になるんだ。
八つ目は「ドライバの問題」だ。Windowsのアップデートが原因で不具合が出た時「実は、ドライバの問題だった」なんてことが、よくある。なぜなら、GPUメーカー、ネットワークカードメーカー、その他、色々なハードウェアメーカーが「ドライバを提供してる」から。その全ての組み合わせで、Windowsが正常に動く必要がある。でも、ドライバメーカーは、Microsoftと同じペースでアップデートしないこともある。だから、Windowsアップデート後に「古いドライバとの相性問題」が出るんだ。
九つ目は「テストユーザーの不足」だ。Windowsアップデートは「Insider Previewプログラム」で、先行テストされる。でも、参加してるユーザーって、実は、そんなに多くない。だから「Insider Previewでは問題なかった不具合が、正式リリース後に、突然、大量に報告される」みたいなことがある。なぜなら「Insider Previewのユーザーが使ってなかった環境」で、不具合が出るから。
十番目は「時間がない」ことだ。つまり、全てはね。開発時間がない。テスト時間がない。修正時間がない。なぜなら「毎月、リリースしろ」と言われるから。修正できてない不具合でも「次のアップデートまで待つか」「このまま出すか」の選択を迫られるんだ。その結果「このまま出す」を選んでしまう。それが、不具合の連鎖につながる。
でも、ここで気付くべきことがある。それは「Windows 11は、それでもすごい」ってことだ。数十億台のデバイスで、毎月、新しい機能をリリースして、その中でも「9割は正常に動く」ってことは、すごいことなんだ。100%完璧なOSなんて、この世に存在しない。特に、Windowsくらい複雑なシステムでは。
だから、お前らに言いたいことは、こういうことだ。「アップデートに不具合が出るのは、マイクロソフトの怠慢じゃなくて、技術的な現実なんだ」ってこと。それと「アップデートをインストールする時は、ちょっと待つ」ってこと。最初の2週間は、世界中のユーザーが使ってる。その2週間で「大きな不具合」が報告されたら「その時は、ロールバックする」って決断ができるんだ。でも「直後にアップデートする」と、その大きな不具合の被害を直で受けるんだ。
それと、企業ユーザーは「テレメトリデータを送らない設定」にしとくことをお勧めする。なぜなら「匿名データを送ってくる企業」の環境では、アップデートの相性問題がね、増えることがあるんだ。
最後に。Windows開発チームは、本当に、頑張ってるんだ。毎日、毎日、不具合を修正して。でも「完璧」を求めるなら、それは「無理」ってことだ。完璧を求めるなら「アップデートするな」が答えなんだ。でも「新しい機能が欲しい」「セキュリティアップデートが必要」なら、ある程度の「不具合との付き合い」は、覚悟する必要があるんだ。それが、OS運用の現実なんだ。
買ったのは2017年の春。ボーナスをもらって、意気消沈してた心を奮い立たせるために、家電量販店のBTOコーナーに足を運んだ。
「ゲーミングPC欲しいんですけど」と店員に言った。すると、その兄ちゃんは、さらさらと何かのカタログをめくりながら、「RTX 1050搭載のやつですと、25万円でこちら。RTX 1060搭載ですと30万円。GTX 1070搭載ですと35万円」と説明してくれた。
値段をちらっと見たが、ボーナスのほぼ全部吹っ飛ぶ金額だ。「ああ、こんなもんなんだ」と思った。
そこで、店員は続けた。「ただ、CPUの内蔵GPU搭載版でしたら、GPUなしでも20万円で、GTX 1050相当くらいの性能が出ますので」と。
「あ、そっちでいいです」と即答した。「どうせゲーム楽しくないし」という思い込みがあった。俺はゲーマーじゃない。スペックなんて気にしない。安い方でいい。そう考えた。
その時、店員は何か言いかけた気がしたが、俺は「納期はいつですか」と聞いて、話を先に進めてしまった。
後になって思い出す。あの時、店員の口元が、微かに動いていた気がする。「あ、でもご注文内容を確認しますと」とか、そういう言葉が出かかってたのかもしれない。
でも、俺は聞かなかった。「内蔵GPU版で」と言ったつもりでいた。店員も、客の意向には逆らわない。営業トークも不要だと判断したのかもしれない。
実は、何が起きたのか。いまだに完全には理解していない。
おそらく、こういうことだったんだろう:
店員が「内蔵GPU搭載版」という言葉を聞いた時、「あ、この客は内蔵GPUの話をしてるな」と理解した。でも、同時にBTOカスタマイズの画面も見てたのかもしれない。「あ、このスペックなら、グラボ付きでも安いな」と思った。そして、何かの間違いか、設定ミスか、あるいは別の理由で、グラボ付きの構成で注文が入ってしまった。
その確認メールが来たはずなんだ。でも、当時の俺は、仕事が忙しかった。メール件名を見て、「PC注文確認」と書いてあるのを見て、「ああ、注文した」と思ってスルーした。内容なんか見ていない。価格もチェックしていない。ただ、「納期:3週間」ということだけを覚えていた。
3週間後、デスクトップPCが到着した。黒いケース。ATXサイズ。けっこう重い。
開けて、とりあえず立ち上げた。Windows 10が起動した。ドライバのインストール画面が出て、「NVIDIA GeForce GTX 1050」とかいう文字が見えたが、俺は「ふーん」くらいの感じで、スキップした。
「内蔵GPU版だし、そんなもんなんだろう」と思ってた。
完全に誤読していた。
Steamでゲームを買った。設定をいじる際に、「グラフィックス設定」というタブがある。「GPU選択」という項目があった。でも、俺は気にしなかった。勝手に選ばれてるんだろう、くらいの感じで。
実は、その時点で、マザーボードの設定で「BIOS起動時のプライマリGPU」が「オンボード」に設定されていたんだ。つまり、GTX 1050があるのに、BIOS レベルで「内蔵GPUを使え」という指定がされていた。
ゲームをやると、すごくもっさりだった。「ゲームってこんなもんなんだ」と思ってた。フレームレート表示を見ると、「25fps」とか「30fps」。カクカクしている。でも、「ゲームをやったことない俺には、この程度が標準なんだろう」と思ってた。
友人が遊びに来た時、「こんなんでゲームやってるの?」と言われた。「え、こんなもんじゃん」と答えた。その時、友人は変な顔をしてた。
「あ、デバイスマネージャーで確認しときなよ」と言われた。デバイスマネージャーを開いた。
「あ、GTX 1050ってのがあるな」と思った。
「それ、グラボじゃん」と友人が言った。
「え、グラボ?」と俺が返した。
……あった。
「ご注文ありがとうございます。以下の構成でお手配させていただきます。CPU:Core i7-7700K、メモリ:16GB、SSD:512GB、GPU:NVIDIA GeForce GTX 1050、電源:500W」
GPS。もちろん、GTXだ。グラフィックスプロセッシングユニット。アルファベット三文字。
8年。8年だ。8年間、俺はこのメールを読んでいなかった。
読んでいたのかもしれない。でも、認識していなかった。「GPU」という言葉が、脳に入ってこなかった。
「Integrated Graphics」という項目を探した。ありました。「Enabled」になってた。
そして、「PCIe Graphics」という項目も見つけた。こっちは「Disabled」になってた。
つまり、この8年間、マザーボードは「内蔵GPUを使え。GTX 1050は使うな」という指定をしていたわけだ。
これはもう、奇蹟としか言いようがない。
BTOショップのカスタマイズ担当者は、なぜこんな設定にしたのか。あるいは、出荷時にこういう設定が入っていたのか。理由は不明だ。
でも、その一瞬の選択(あるいは誤選択)が、俺の8年間を決定した。
フレームレート表示を見た。
「え、150fps?」
設定を最大にしてみた。
「えっ、100fps?」
何が起きたのか分からなかった。でも、分かった。
8年間、俺は内蔵GPUでゲームをやってたんだ。GTX 1050があるのに。
正直なところ、その後、割と虚しい気分になった。
8年間。8年間、俺は「ゲーミングPC、遅い」「ゲーム、難しい」「ゲームに向いてない」と思い込んでいた。
マザーボードの設定ミスなのか、BTOショップの誤設定なのか、あるいは、俺が注文した時点で「内蔵GPU版でお願いします」という意思表示をしていたのに、店員がそれを誤解して、結果的にグラボ付きで発送してしまったのか。真相は不明だ。
でも、その結果、8年間、俺はGTX 1050に無視され続けた。
ゲームはめちゃくちゃ快適だ。フレームレート安定。グラフィック設定も高設定で動く。新作ゲームもそこそこ動く。
なぜか。おそらく、理由はこれだ:
8年間、内蔵GPUで慣れていた。設定を落とす。グラフィック品質を諦める。低いフレームレートに耐える。そういう「制約の中での楽しみ方」を、体が覚えてしまった。
今、快適な環境でゲームをやっても、昔ほどの喜びがない。むしろ、「あ、こんなもんか」という感じで、すぐに飽きる。
逆に、昔やってた「Minecraft」とか「Terraria」とか「Stardew Valley」とか、そういった軽いゲームの方が、今でも楽しい。
心理学的には、これを何て言うんだろう。「獲得した効用よりも、失った効用の方が大きく感じられる」みたいな、何かそういうやつ。
あるいは、単純に、「8年かけて培った習慣」が、3年では変わらない、ということかもしれない。
「もし、あの時、GTX 1050を有効にしていたら」
そうしたら、ゲームにハマってたかもしれない。友人とマルチプレイをやってたかもしれない。ゲーミングコミュニティに入ってたかもしれない。人生が変わってたかもしれない。
でも、そうはならなかった。
8年間、内蔵GPUで、ゲームの世界を限定的に見た。その結果、「ゲームは、こんなもんだ」という認識が形成された。それが、今の俺を形作ってる。
最後に思うのは、人生って、案外、そういう小さなミスの積み重ねで決まるんだなってことだ。
メールを読まなかった。BIOSの設定を変えなかった。GTX 1050を有効にしなかった。
たったそれだけのことで、8年間が変わった。
今、新しいPCを買うことも考えてるが、BIOSの設定だけは、確認することにした。
もう二度と、隠れたGPUを見逃すまい。
あ、でも、設定を変えたからって、俺がゲーマーになるわけじゃない。
相変わらず、ゲームはヘタクソだ。フレームレート100fpsでも、敵にボコボコにされる。
それが、ある意味、救いなのかもしれない。
備忘録として書く。
windows10のサポートが再来月切れるので新しくPCを組んだ。スペックは
RAM:CFD w5u5600cs-32g(DDR5 32GB*2枚組)
さて、組んで動かしてみるが通電はしているものの画面が映らない。
なんでや? と思ってマザーボードを確認すると、ステータスを示すLEDの"CPU"と"RAM"のところが赤く点灯したままずっと動かない。
「今はAMDもLGA式だからピン曲がりでもないだろうし、接触不良か?」と思って一度CPUとメモリを抜いてエアダスターを吹き付けるが変化なし。
他に思い当たる原因がなく、仕方がないのでドスパラ(パーツはドスパラで買ったわけではない)の2200円のサポートに行くことを決意する。
ドスパラで見てもらっても同じ状況。店員は思い当たる節があるのか「一度他のメモリで試してみますね」と言って店のサポート用メモリを使用するとあっさりBIOSが起動。
「あー、これはメモリの相性ですね。原因は分からないですけどRyzenはCrucial系のメモリと相性が出まくっているんですよ」と言われる。初耳だよ。確かに俺の使っていたメモリはCFDのメモリ。
こういうこともあろうかとちゃんとレシートとパッケージは持ってきていたので買った店に行ってメモリを返品(※手数料は払った)した上でメモリを求めてショップ巡り。
PC One'sという店が「わがままサポート。相性だけでなく、『もっと良いのにするから』という理由でも、パッケージ・付属品全て揃っていれば1ヶ月間は返品受け付けます」というのをやっていたのでそこでG.skillのメモリを買って帰る。
→あっさり起動した。
というわけで、これから自作する人はドスパラのサポートの人も言うように「RyzenはCrucial系のメモリと相性が出まくっている」らしいので気をつけてください。
Dell 14 Plusノートパソコン(Core Ultra 7 258V 8コア, 32GB, 1TB SSD)を購入。
しかし本体剛性が低く、PCが机からややはみ出た状態でキーボードに手をおくと その重みで本体が歪み、タッチパッドがクリック状態となってしまうという不良設計品であった。その不良のために、PCすべてが机のうえに乗っている状態でないとタッチパッドが誤作動してしまい、膝の上での使用なども困難であった。
さすがに通常使用に耐えないため、返品を視野に購入2日後にweb上でDELLサポートに問い合わせをおこなうも、10日ほど応答なく経過。
別の窓口から相談とのことで、LINEでの相談窓口を発見し、そちらから相談することとした。
すると
デル・テクノロジーズ 「確認させていただきますので、少々お待ちくださいませ。」
デル・テクノロジーズ 「大変お待たせ致しました。システム上確認したところ、詳しく情報が記載されていないようでございます。お差し支えなければ、ご用件につきまして、お聞かせいただいてもよろしいでしょうか。」
とのお返事。
いやいや、情報が不足していたのなら、スルーせずにそれをおしえてくれ。問い合わせへの返答がないまま10日間以上も放置するのはやめてほしい。そんな対応はひどいではないか。
そのままやり取りが続く。結局 以前にサポートに相談した内容をコピペして報告しただけなのだが、話はそのまま経過。追加の情報が必要なのではなかったのか。
そして、お返事が
「大変お待たせ致しました。技術部署と確認したところ、机上に置いた状態でタッチパッドを操作すると問題はない場合、パソコン側不具合がございません。よろしくお願いいたします。」
机のうえでないと使えないノートパソコンとはどうなのでしょうかと苦言を呈すと、
「お手数ですが、机上に置いた状態でご利用いただければ幸いです。よろしくお願いいたします。」と。嫌味か。
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💻「New Dell 14/16 Plus & Dell 14/16 Plus 2-in-1」が新登場!
スタイリッシュなデザインで、どこへでも持ち運べる高い汎用性が魅力。
さらに、AIとインテル Core Ultra プロセッサーを搭載しているから、パフォーマンスも抜群!
いや、いま持ち運びできないので困るんですけどっていったら、机の上で使えれば問題ないです、机の上で使ってくださいといってきたばかりじゃん。なのにどこへでも持ち運べると宣伝してくるの!?嫌味なの??たしかに持ち運べはするかもしれないけど、閉じた状態でならね!!移動中は使えないよ?新幹線のテーブルでは狭くて使えないよ?。ほぼ偽りだよ!!いい加減にして!!!!
DELLさんご自身で仕様なのでしっかりとしたデスクの上でないと使えないといってきたその二言目に、「どこへでも持ち運べる」と広告を送りつけてくるその神経よ...。
返品なども相談したが、仕様なので対象外ということで仕方なく泣き寝入りをした。
しばらく経って。
同型PCを家電量販店でみつけた。同じような使い方をしてもタッチパッドは作動しないぞ?あれ、仕様なのでは?どうなっている??
自分の購入したPCをもっていって店員にみてもらうった。すると、これは不良品ですね、と。こんなの見たことないですよ、と。
仕様なんじゃなかったんかい!!!死蔵していたほぼ新品のDELL14plusは、やはり不良品だったのではないか!!!
すると「ご迷惑をおかけしているところ大変恐れ入りますが、弊社の返品期間である納品から10日以上を経過しているため交換対応ができかねますこともお詫び申し上げます。修理対応は可能でございます。」
いやいや、おまえが仕様ですっていって対応拒否して「机のうえで使用して」って嫌味いってきたんやん、それを期限切れですよってひどくないですか。
いろいろと文句をいうと
「件につきまして、一度社内確認させていただきます。確認できましたら、折り返しご連絡いたしますので、もう暫くお待ちいただけますでしょうか。」
そして、
「本件につきまして社内で確認を行いましたところ、販売時の設計上、パソコンは机の上に設置してご使用いただく形が推奨されております。現在、机上にてご使用されており、特に問題が発生していない場合につきましては、ハードウェアの不具合として判断することが難しい状況でございます。誠に恐れ入りますが、何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。もちろん、パソコンは持ち運んでご使用いただくことも可能ですが、安定性や耐久性の観点からも、基本的には固定された机上でのご使用を推奨しております。なお、修理対応は可能でございますが、今回の事象は製品の仕様に起因する可能性があるため、修理を行っても改善が見られない場合がございます。」
確認したうえで、やっぱり仕様で問題ないのでそのそも修理対象外と思われます、と。
PCショップの店員からみても明らかに不良品なのに、DELLは不良をみとめてくれない!!
いちおう修理の手配はかけてくれるとのことではあった。DELLに製品をおくっても「問題なし」で返される落ちはみえているので、「オンサイト修理」という技術者の出張修理サービスを依頼することとした。(こちら フルタイム勤務、特殊な職種ゆえ月2日ほどしか日中に帰宅できないので時間の捻出には非常に苦労したが・・・・)
訪問修理に際して、なんとか日程を調整するも、海外からマザーボード取り寄せることにしたから遅れるわなどとDELLの都合での延期があった。本体の外装の問題だとおもうと伝えるも、DELLはなぜかマザーボードを交換した様子。なんとか修理の当日。技術者の方は委託をうけた他社の方であった。1時間以上の遅刻はあったが、非常にご丁寧に対応いただいた。タッチパッドを交換しても改善せず、意味ないと思いますよと申されつつDELLに確認のうえでマザーボードも交換。それでももちろん改善せず。修理の方も「これは明らかに不良品だと思います」といっていただいた。その後もやり取りは続き。
「なお、本件は製品仕様に起因する内容のため、返品はお受けいたしかねます。また、ご迷惑をおかけしているところ大変恐れ入りますが、弊社の返品期間である納品から10日以上を経過しているため交換対応ができかねますこともお詫び申し上げます。」
などというやり取りをなんどもはさみ、返事をお待ちくださいのあとに値下げしましたなどという広告をおくりつけてくるなどという嫌がらせに耐え。最高の体験どころか、最低の体験でしたよ・・・。
あまりの嫌がらせにクレーマーとなって返品を求め続けること2週間。(ま、その間「担当部署に確認します」で数日後にやっと一言返信がくるという程度の塩対応続きだったが。)
どういう手続きとなるのか、まったく不明。返金手続きの詳細は担当部署から早急に連絡がくる、明日にでもします、とのことだったが、連絡がおくられてきたと思ったら「再度のセール中です」広告だったりといった嫌がらせがつづき。
LINEではなくメールのほうに応答があり「明日 **時に集荷にいきます。梱包してください。メールに添付してあるファイルの内容をよんで準備しておいてください」と。
急だな。手続きの内容は全然説明はないけどな。どうやら返金されるのには返品も必要なようだ。そんな説明はここまでなかったがな。まあいい。もうなんでもいいから、回収していってくれ。
明日は普通に仕事だぞ対応できないぞ。しかもメールに添付ファイルついてないから、指示内容をクリアするのは無理だぞ、どうなっているんだ。その問い合わせまたひと手間。曰く「システムの不具合でファイルを添付できませんでした」と。
しっかりしてよ。それに明日はむりなんだけど。ファイルには準備内容がいろいろ書かれてるけど、バックアップの作成、クリーンインストールなど処理に数時間はかかる内容。たとえこのまま作業をつづけられる環境があったとしても、物理的にも間に合わないぞ。。。。
「集荷は中止にしておきます、いつがいいですか。また手配するので日程を連絡してください。」
そうこうしたやり取りのうえで、不良品のDell 14 Plusは回収されていった。
返金方法や、返金までの続きに関しての説明はまだうけていない。もちろん振込口座なども尋ねられてもいない。
しょうがない、DELLなので。これがDELLの最高の体験なので。
ほんとに返金がなかったら、裁判でもするか。
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※追記
・サポートに問い合わせではなく、はじめから返品対応を求めればよかった
→当初から返品を視野に、その旨記載してメッセージをおくっていた。しかしDELL公式の問い合わせフォームからは返品対応中には返事がなかった。なのでLINEにて問い合わせをおこなったところ、「すでに10日経過しているので返品対象外です。修理なら対応できます」とのこと。おまえが!!、返品期間で返事してくれないから!!、返品期限きれたんじゃないか!!!
今回はその点に関して苦情を言い続けたところ、特別返金対応(返品ではないので返金だけされるのかと思ったら、商品はやはり回収されるらしい。説明はないが)となった。
おそらく今回は不良品という問題で、すべての製品がこのような不具合があるわけではないのだが、それを仕様と言い張って対応拒否したり、サポートの怠慢で時間が経過したのに時間経過を理由に返品対象外としたり、サポートの対応がひどすぎると思った。
・消費者庁
→消費者庁に相談しようとおもったが、市の相談窓口「混雑しているので県に」→県の相談窓口「国の相談窓口へ」→国「混雑しているのでお住まいの自治体に」でぜんぜんつながらなかった。電話以外の窓口ある?
→たとえば、膝の上にPCをおいて作業すると、キーボードを打とうとした際に、本体がたわんでタッチパッドでクリック状態となってしまい、おかしな挙動となる。机に正対して使用できればいいが、机に書類などをひろげノートPCの一部が机からはみでる場合にも、クリックが作動して不便。新幹線などのテーブルでもPCがはみ出てしまうので、クリックが作動してしまい不便。当方移動が多く、ノートPCをデスクトップPC のように使うことはあまりできないため、バッテリー持ちがよいCore Ultra 7 258Vはウルトラモバイルノート用のCPUを選んだのだが、机の上でしか使用できない不良品だった。
・ちなみにサポートとの連絡はけっこう大変で、日付がかわると半分くらい過去のことを忘れるChatGPTみたいなもので、それなりに正確にプロンプトを指定する必要がある。かなり手間。
「本日から帰宅できることになったので、PCの回収の手配をお願いします。明日は避けてください」
デル・テクノロジーズ 「ご都合の良い時にご返信ください。その後、ご要望に応じて対応させていただきます。」
「(先のものが)これが返信です。回収の手続きをお願いします」
デル・テクノロジーズ 「データのバックアップを必ず行っていただき、ご確認の上、ご連絡ください。」
「もうやりました」
デル・テクノロジーズ 「ありがとうございます。ご希望の連絡方法をお知らせください:電話またはEメール」
「えーと、状況を確認しましょう。既に返金のために手配を進めてもらっています。しかしそちらの不手際もあり集荷日時が未定となっています。(佐川急便に一度は来てもらって不在連絡をもらってますが、DELLの方で止めになっているのではないでしょうか)ですので、再度 佐川急便が集荷しに来てくれるように手配してください。集荷は、明日を除く可及的早期の日程としてください」
デル・テクノロジーズ 「ご返信いただき誠にありがとうございます。担当部署に再集荷を依頼いたします。引き続き何卒宜しくお願い致します。」
→まさに出先にあったヨドバシでDELL製品をみつけたときに、DELLの販売員が不良品認定してくれた。購入元に相談したら対応してくれるだろうぐらいのコメントだったが。しかしそれがきっかけで、DELLサポートの態度が「仕様であり返品・交換・修理も不可」から「返品・交換は不可だが、いちおう修理うけつけはしてやろう」へと変化した。その後やり取りを繰り返すこと1ヶ月以上、OSのクリーンインストールを提示されること4度(あなたはこの負荷に耐えられますか!?)、「値下げしました」などの煽り文句のなかでストレスに耐えに耐え、ついに返品までたどりついた。「交換します」と、それだけでもいってくれたらそこでおわれたんだけどね。有り体にいってカスタマーエクスペリエンスは地獄だった。
何かあったらすぐにWindowsくんが悪い!っていうのやめない?
2025年6月のWindows UpdateでPCが起動しなくなるメーカー一覧。原因はBIOS破損でほぼ確定。復旧方法は [Update 3] | ニッチなPCゲーマーの環境構築Z
この問題の原因は、セキュリティ更新でのSecure Boot DBXへの更新内容が大きくて、それを食ったマザボちゃんがハングアップしちゃったって事象なの。
だからWindowsくんは不用意ではあったけど、仕様に沿った対応をしてただけで、そんなに大きなミスはしてないんだよ!
悪く言わないであげてほしいな。
これだけだとオタクくん分からないかもしれないから、ちょっと詳しく説明するね!
Secure Boot には、「Secure Boot DBX」っていう仕組みがあって、これは既知の脆弱性を突かれた古いブートローダーやバイナリの署名を「ブロックリスト」に追加して、起動を防ぐものなんだ。
これはセキュリティの観点から定期的に更新されてるんだけど、今回の Windows Update では、その DBX が 24KB くらいある大きなファイルになってたの。
Secure Boot の仕様上、DBX のサイズに明確な上限は定められてないから、Windows くんはその前提で普通に更新処理を組んでたんだけど……
でも実は、マザーボード側(特に一部の OEM 製品)では、UEFI の NVRAM 領域に制限があって、DBX を 8KB くらいまでしか受け取れない設計になってることがあるの。
さらに問題なのは、そういう「想定より大きな DBX ファイル」が来たときの処理が甘くて、エラーとして処理できずに UEFI がハングアップしちゃうケースが出てきたってこと。
私もこの辺の QA はやったことあるけど、そんな異常系のテストなんて、正直した記憶ないな……💦だから、起きちゃったんじゃないかなーって何となく想像できるんだよね。
それに、Secure Boot のキーやリスト(PK, KEK, DB, DBX)は、UEFI の NVRAM に格納されてて、これは OS 上からも管理できるようになってるんだ。
だから DBX の更新って、BIOS を書き換えるような危ない処理じゃなくて、ユーザーランドから比較的安全にできるものなのね。
そんな操作で UEFI が Brick しちゃうなんて、さすがに Windows くんも想定外だったんじゃないかな……責められないなあって思うよ。
今回不具合が集中してるのが、Fujitsu とか GIGABYTE、マウスコンピューターみたいな一部のメーカーに偏ってるのも、たぶんその UEFI 実装側の制限が関係してるんだと思う。
2008年発売のAcer Aspire One ZG5を入手したので、わずかなりともアップグレードすることにした。
CPU: Atom N270 (single core 1.6Ghz)
RAM: 1GB
ディスプレイ: 8.9インチ, 1024x600 TFT LCD
RAM: 1.5GB
このモデルはRAMを2GBまでしか認識できず、512MBがマザーボードにはんだ付けされているので、残る手段は1GBのメモリを挿すことだった。送料込み340円で入手した。
120GB SSDはもともと家にあって余っていたものを使った。
Bluetoothがないので、外付けのBluetooth送受信機をAliExpressで買った。USBスロットに挿しただけでは認識されていない模様。後で調べる。
分解が非常に面倒くさいモデルだ。分解してもとに戻したらネジが2個余っている。
分解するときにキーボードがなかなか取れなくて、キーを一個剥がしてしまった。裏側の爪が折れてしまい。もとに戻らなくなった。キーボードのスペアパーツは入手できそうだが、そんなに予算を使う必要があるのかどうかわからないので様子見。
分解したときにキーボードのケーブルをしっかり指し直さなかったせいか、本体キーボードで一部のキーが認識されていない。面倒だがもう一度分解してケーブルを指し直すしかなさそうだ。とりあえずUSB無線キーボードで操作。
32 bit版のantiXをSSDにインストールした。体感速度はまずまず。通常起動でメモリ使用は100MBほど。1.5GB RAMでも軽作業には充分間に合いそうだ。
分解してキーボードの挿し直し
このエントリはThinkPad X250にインストールしたXubuntu上で書いている。
ボロボロのThinkPadを買ってしばらく使っているうちに、本体キーボードのいくつかのキーが反応しなくなってまともに使えなくなったので、AliExpressで日本語をキーボードを買った。
届いたときのことはここに書いたけれど、実際にキーボード交換はできずに放置していた。仕事が忙しくなってしまって、今は予備の機材となっているThinkPadを触る時間が取れなかったせいもあるが、キーボードの交換が思ったよりは大変そうなので、まとまった時間が必要そうだったからだ。
今日から連休に入ったので、思い切って交換をやってみることにした。
キーボード交換についての情報はネットでたくさん出回っている。まずはYouTubeでキーボード交換のチュートリアルを2回見て、大まかな流れを覚えた。それから同じチュートリアルをもう一度流し、途中で止めながら、見よう見まねで実際の作業をした。
ThinkPad X250のキーボードを外すには、周辺の内蔵スピーカー等を外し、マザーボードをずらして、キーボードを留めている樹脂製のホルダーを外し、キーボードの留めネジを外してから、キーボード本体を抜き取る。キーボードとマザーボードをつないでいるリボン様のコネクターが薄く華奢なので、ちぎれないように外すのに神経を使った。
途中で、YouTubeのチュートリアルに映っているThinkPadの内部と、自分のThinkPadの内部が違うことに気づいた。チュートリアル動画のほうが、キーボードを本体に留めているコネクターの本数が多く、キーボードウラ面に貼り付いているやつを剥がしていた。動画に映っているのは英語キーボードなので、自分の日本語キーボードとは構造が違うのかもしれない。日本語キーボードの方は、コネクタの線を剥がしたり抜き差しする必要がなく簡略化されていた。
キーボードの交換が終わり、本体電源を入れると、CMOSの電池がどうのこうのという表示が出て、BIOSを起動するよう支持が書かれていた。いちどCMOS電池のケーブルを引き抜いてマザーボードを外す必要があったため、システム時刻がリセットされていたためだった。BIOSで時刻設定を行うと、もともとインストールしてあったantiXが何事もなく起動した。キーボードはまるで何事もなかったように普通に使えるようになっていた。新品のキーボードで、ThinkPadの快適な打鍵感が戻ってきた。
と思ったら、キーボードの下端からまるでヒゲのようにセロハンテープがはみ出ている。これはコネクターや配線を固定するためのテープで、キーボード交換時に外しあと、隙間から表面に飛び出てしまったらしい。もう一度背面のネジを外してパネルを開け、どこからテープが出ているか確認すると、キーボードの真下であることがわかった。結局、キーボード交換時の手順をすべてやり直し、たくさんのネジを外し直して、テープを引っ張って本体裏面に戻すことになった。分解手順はもうわかっていたので、二度目は素早く対処できた。
ようやくすべての準備が整ったと思い、気分を変えるためにantiXを消してXubuntuをインストールした。ところがインストールが始まったときに、WiFi接続に必要なデバイスが認識されていないことに気づいた。嫌な予感がした。キーボード交換時に内蔵LANカードがずれたか、アンテナ線を引きちぎってしまったかもしれない。もう一度背面カバーを開け、LANカードを一度抜き、挿し直して再起動すると、WiFi接続ができるようになった。
ThinkPadの本体キーボード交換は、初めてやるときは、本体の分解手順をかなり覚える必要があるので大変に感じるが、一度やってしまうと、あとは簡単に同じ手順を再現できるようになった。分解の過程で、どのパーツがどこにあり、どのように固定されているかよくわかったので、他の部品が壊れたときは今回よりも簡単に修理ができそうだ。
2025年の春に、2008年当時の外装箱に入ったAcer Aspire One ZG5が届いた。状態は非常によい。電源を入れるとWindows XPが起動した。
CPU: Atom N270 (single core 1.6Ghz)
RAM: 1GB
ディスプレイ: 8.9インチ, 1024x600 TFT LCD
このPCは32 bit OSしか動かない。antiX base 32bitにする。
軽量であること、Debianベースであること、そこそこ活発に開発が続いていることがこのディストリビューション選択の理由だ。
AntiXは軽量化が徹底されていて、そのままインストールするとメモリ消費量は200-250MBくらいなので、メモリが1GBしかないPCでも普通に軽作業ができるはずだ。デスクトップ環境をさらに軽量化し、基本的にはCLIベースで運用することも検討したい。
antiXのライブ環境をUSBブートすると、あっけないほど簡単に起動した。本体キーボードは小さいながらも造りがしっかりしており、現代の格安Bluetoothキーボードよりは打ちやすい。
Wifiにも普通につながったので、ブラウザを起動してはてなブックマークのトップページを読み込む。表示されるまでに5秒くらいかかるので、ブラウジングには実用的でないレベルだ。ディスプレイの横幅が1024pxしかないので、ページ全体が表示されず、横にスクロールする必要がある。解像度が低いせいで文字は大きく、老人の目にはやさしい。
1000円くらいの予算で少しは快適に使えるようになるアップグレードをしようと思う。
BIOSの画面を表示し、ハードディスクのモデル名を調べると、インターフェイスはSATAであることがわかった。そのに出回っているSSDを挿せば認識されるはずなので、ストレージ換装の難易度が想定よりずっと下がった。部屋にしまい込んであった120GBのSSDに換装してみる。読み込みスピードは1.5GB/sに制限されるが、HDDよりは体感速度が速くなるはずだ。
Acer Aspire One ZG5に積める最大のメモリは1.5GBだ。オンボードで512MBのメモリがはんだづけされており、他にスロットが1つある。この機種のマザーボードは2GBまでしかメモリを認識できないらしいので、挿せるメモリが1GBまでになるという計算だ。1GBのメモリを100-350円くらいで調達予定。
このPCにはBluetoothがない。AliExpressでUSB接続のBluetooth送受信機を買って挿そうと思う。500-600円位で調達予定。
Acer Aspire One ZG5は当時としては小型のモデルであったせいか、分解が難しい。キーボードを取り外してマザーボードを取り出し、ひっくり返すとようやくストレージやRAMのスロットが出てくる。その間に取り外すネジやコネクタが多いので、なくしたり破損したりしないように気をつけないといけない。
ネットで検索するとAcer Aspire One ZG5の分解動画やブログが大量に出てくる。安くて大量に普及したモデルだけに、先人の知恵の蓄積が多いらしい。これらを手がかりに注意深く分解すればなんとかなりそうだ。あとはそんな作業をするだけの時間を見つけられるかどうか。
外付けのキーボードじゃない。ずっと使っていたThinkPad X250の本体キーボードの方だ。ヤフオクで中古を落札した時から、キートップがテカテカになるほど使い込まれていた。そのうちいくつかのキーが反応しなくなった。数年間はUSBキーボードを挿して使っていたが、持ち運びに不便だったので、本体キーボードを取り替えることにしたのだ。
X250は今から10年前のモデルだが、AliexpressでX250の日本語キーボードを探すと、まだ売っていた。Lenovoの正規品ではなくて中国のメーカーが作っているジェネリック製品らしい。こちらとしては動けば何でもよい。2500円くらいのやつをクーポン適用で2100円ぐらいで買って、今日届いた。
キーボードを取り替えて使えれば、X250をまたしばらく使うだろう。本体の蓋の樹脂が加水分解でベタつき気味なので、今度はジャンクパーツをヤフオクかメルカリで買って取り替えようか。
こんなことを繰り返していくうちに、元々の部品の多くがが別の部品に入れ替わって動き続けるので、ThinkPadはフランケンパッドなどと一部で呼ばれている。まあ呼び名は何でもいいんだ、動けば。マザーボードが完全に死ぬまで、CMOS電池が切れても交換してしつこく使い続けると思う。