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はてなキーワード: 青春とは

2026-05-12

昔“女装界隈”にいたけど、若いノンケ非モテ男が女装を始めてネットチヤホヤされて自分のチソコやケツの穴を全世界晒して最終的にホモセ三昧するようになって幸せになったのをもう死ぬほど見てきたので、この人の説は多分合ってる

自身はめちゃくちゃ臆病だったので当時ちんこ晒す勇気なんて全くなくて、SNS上では清楚系女装というか「ちんこさない系女装」「オフパコしない系女装」を演じてたけど、イケメンリアル知人とだけはかなりセックスしてたし結構中出しもされてました。誰にも言えなかったけどね。

俺のフル勃起したちんちん(ちいさい)と彼のちんこ(おおきい)を擦り付けあってキスするの最高だった。最初は完全に“おふざけ”のつもりだったのに、だんだん本気になって最後はもう好き好き連呼して甘えまくってた。B面でもホモセした。彼から会いたいって連絡が来ただけでガチ射精してた。青春

もう女装男子()だった過去は完全に忘れて強オスになる覚悟を決めたはずなのに、正直抱かれたくて身体を求められたくて狂いそうになってる。飽きるまでホモセしておくべきだった

昔“女装界隈”にいたけど、若いノンケ非モテ男が女装を始めてネットチヤホヤされて自分のチソコやケツの穴を全世界晒して最終的にホモセ三昧するようになって幸せになったのをもう死ぬほど見てきたので、この人の説は多分合ってる

自身はめちゃくちゃ臆病だったので当時ちんこ晒す勇気なんて全くなくて、SNS上では清楚系女装というか「ちんこさない系女装」「オフパコしない系女装」を演じてたけど、イケメンリアル知人とだけはかなりセックスしてたし結構中出しもされてました。誰にも言えなかったけどね。

俺のフル勃起したちんちん(ちいさい)と彼のちんこ(おおきい)を擦り付けあってキスするの最高だった。最初は完全に“おふざけ”のつもりだったのに、だんだん本気になって最後はもう好き好き連呼して甘えまくってた。B面でもホモセした。彼から会いたいって連絡が来ただけでガチ射精してた。青春

もう女装男子()だった過去は完全に忘れて強オスになる覚悟を決めたはずなのに、正直抱かれたくて身体を求められたくて狂いそうになってる。飽きるまでホモセしておくべきだった

2026-05-11

スペリオール面白すぎる

一番読むものがある漫画雑誌じゃないか

一押しはやっぱり「劇光仮面

山口貴由による本作、山口作品では一番好き。それだけ一般向けである現代日常舞台怪異を描き、それに対抗できるのは特撮オタクサークルだけというのを納得させてくれる物語構成。すごい好き

「住みにごり」は当初引きこもり兄貴への弟の恐怖を描いてたが、第二部となった今は兄貴人間味と、狂った弟を描くきょうだい漫画となってる。こうした2面性を長々と描けるのが連載漫画のいいとこだよな

でやっぱり今年の新連載が大御所だらけですごい

奥浩哉の「還暦姫」は奥浩哉っぽい弱者男性へのいやらしさがこれでもかと描かれ、弱男の俺としても面白い

医龍」「夏目アラタの結婚」の乃木坂太郎の「まなざし珠子の自由研究」は、最初なんだこれって思ったけど先が読めないサスペンスになってる

サスペンスならJKが母殺したカルト教団と戦う「KIKI KILL」は初回から引き込まれ

「進め!白鼻進」は戦前戦中の漫画家が主人公歴史コメディで、はてなインテリ面白く読めるぞ

他にもはてなでおなじみの「ラーメン西遊記」は鉄板だし、ほのぼの恋愛系や学生青春ものも幅広く揃ってる

他の週刊誌作家が隔週連載ばかりになる中、スペリオールは元から隔週発行だからこれらの漫画がいつでもだいたい載ってるのが嬉しいところ

2026-05-10

anond:20260510213445

1回も読んだことないけど

発達が遅くてまっとうな青春を1ミクロンたりとも送れなかった身としてはああい作品は羨ましすぎて心が持たなくて読めないわ

読んだことないから知らんけど

anond:20260510141620

その2 前の続き

マリッジトキシン ⭐️☆☆

婚活しながら異能バトルを繰り広げる話。

主人公下呂くんは女性免疫のない「毒使い」。行動を共にする結婚アドバイザー城崎は、見た目は美女だが実は男性という。

特殊能力を持った殺し屋と闘いながら、様々な女性と出逢う展開ってところか。

登場人物名前は、他にも姫川嬉野など温泉地の名前にちなんでいるのが特徴的。

アクションシーンもよく動いて凄いと感じるけれど、私としてはバトル以外のシーンの方が好き。

OP平手友梨奈EDはAKASAKI。

メイドさんは食べるだけ ⭐️⭐️☆

メシアニメは私の好物です。メイドさんかわいいし、食べ物も美味しそう。

コンビニおにぎり、ナナチキ(セブンイレブンジャパン)、信玄餅桔梗屋)、たまごボーロ大阪前田製菓)、サトウのごはんサトウ食品)、ポカリスエット大塚製薬)、築地さとうビーフカレー吉祥寺さとう)、おいしい牛乳明治)、はちみつれもん加藤美蜂園本舗)、いちごチョコクリームマリオンクレープ)、おかめ豆腐の絹、木綿(タカノフーズ)など、実在する製品が多数登場。コンビニセブンイレブンがそのまま描かれている。

食べ物以外にも豆知識が紹介されたり、「鍵をきちんとかけたか気になって確認したくなる」「鯛焼き、頭から食べるかお尻から食べるか問題」など、日常「あるある」を挟むのもポイント

おいしそうだし、かわいいし、勉強になるし、ずっと見てられる。

よわよわ先生 ☆☆☆

担任先生可愛い顔でグラマーだけど、学校中では「怖い先生」と噂されている。

でもそれは単なるコミュ症なだけで、実は声もひょろひょろで体力もない、よわよわ先生だった。

ラッキースケベ系ですね。あと皆んな体の大きさに比べて顔が小さい。

これ、15分でいいかなー。

リィンカーネーション花弁 ☆☆☆

首を切ることで前世の力を引き出し、前世偉人の才能を得た者たちが戦うバトルアクション

主人公は天下の大泥棒石川五右衛門の才能を持ち、他者の才能まで盗み出すことができる。

「全ての才能を盗み出し、歴史を総括するほどの人物になってやろう」と思っているが、根は優しい人。

個人的に「首を切る演出」が苦手なので、、、

レプリカだって、恋をする。 ⭐️⭐️☆

人によっては「ドッペルゲンガーは恋をする」というタイトルで知られているかも。

舞台静岡市パーマンコピーロボットのように、能力で生まれ自分レプリカ学校へ通う物語

レプリカが過ごす青春や恋、そしてそれを通して本体側が変化していく様が描かれている。

画面の周りに浮かぶ白いモヤは、どんな意図演出か。

5話でタイトル回収、一旦終わりといった感じ。

愛してるゲームを終わらせたい ☆☆☆

〜これはいじっぱりな二人が、「愛してるゲーム」に翻弄される物語である

幼なじみ同士で、「愛してる」って言って照れさせた方が負けというゲームを続けている、恋愛頭脳戦。

幼少の頃は単なる「からかい」だったようだが、互いを意識するようになってからは、この関係繋ぎ止めるためのゲームになっているようにも感じる。

OPCHiCO with HoneyWorks

サンデーならではの、「魔法使い長生きしすぎるやつ」「勇者の声マジイケボだよね」「あの世界の住人銅像たてすぎじゃない?」といった小ネタがあったり。

世界のんびり農家2 ⭐️⭐️☆

3年ぶりの2期。

異世界転移した先で万能農具を片手に農業生活をしていたら、様々な種族移住してきて、村ができて村長なっちゃいました。さら子供も出来ちゃった。

鉄腕ダッシュの「DASH村」や「DASH海岸」が好きな人は好きかも(あそこまで本格的ではないが)。

異世界のんびりスローライフと言いながらバトル多めになる作品が多い中、こちらは基本的農業や村開拓を続ける感じ。

4話で村民同士が戦う武闘会お祭り行事)があるが、農業アニメと舐めていたら驚くくらい、しっかりとしたバトル描写になっていた。

一畳間まんきつ暮らし! ☆☆☆

きらら秋田から東京お嬢様学校編入するはずだったのが、女子寮を兼ねる漫画喫茶「ヘッジホッグ」に住み込みで働くことに。

住居は一畳間、漫画喫茶暮らしということでこのタイトル。あとはいもの可愛い女の子たちの日常コメディ

客があまり登場せず、登場しても店内トラブルで帰ってもらうことが多いため、経営している感があまりない。

レバーレスコントローラーアニメで見たのは初めてかも。

パンツが見えるタイプアニメです。

黄泉のツガイ ⭐️⭐️⭐️

荒川弘が描く幻怪ファンタジー1話の驚きの展開で、掴みはオッケーじゃないでしょうか。

主人公の「どうなってんだよ、これ」「なんなんだよ、なにがおこってんだよ」という反応、私自身もまさにそれでした。

故郷の村、自称妹側の組織、どちらが正義でどちらが悪なのか。

OPはVaundy、EDはyama、Vaundyとのタッグで、作詞作曲編曲をすべてVaundyが担当している。

灰原くんの強くて青春ニューゲーム ⭐️☆☆

冴えない陰キャだった頃の自分タイムリープし、灰色だった青春を「虹色に染めてやる」という作品

主人公コミュ障ではあるものの、前世でもそれなりの経験を重ねており、第二の人生ではあっさりカースト上位にいてモテる「強くてニューゲーム状態

ただ自己肯定感は相変わらず低く、そんな主人公と周囲の間に生まれる「不協和音」や「ギスギス感」が個人的に好き。

3話でAqua Timez『決意の朝』が歌われる。もう20年前の曲なんだよなー。

幼馴染が主人公を「あなた」と呼ぶ点には少し違和感を感じる。名前呼びか「あんた」ならしっくりくるのだが。詩ちゃんかわいい

OP前島亜美ED愛美EDアニメーションの担当は、ズーマー好きなんかな。

黒猫魔女教室 ⭐️⭐️☆

主人公女の子スピカは、ある日言葉を話す猫と出会う。その正体は有名な天才魔術師

お互いの利害が一致し、猫と師弟関係を結んで1等魔術師を目指す物語

スピカは猫の封印を解くことができる(時間制限あり)。封印解除には魔力の注入が必要だが、ただし魔力は尻に入れる。

パンツが見えるタイプアニメ

OPASCAEDはスピラ・スピカスピカだけに。

左ききエレン ⭐️⭐️☆

天才になれなかった全ての人へ」2019年にドラマ化されている。

98年の高校生時代の話からスタート

絵を描くのが好きだけれど才能がない光一

絵の才能を持ちながら、父の死をきっかけに描くことを止めてしまった左利き女の子エレン

仲がいい訳ではなかったが、結果的光一エレン背中を押す形となり、それぞれの人生が進んでいく。

光一社会人パートは緊張しながら見るなあ。私にも神谷さんみたいな人いたなあ

テレビではテレ東系列,AT-Xだけ。一部地方では放送されていない。これ全国放送してほしかった

OPはALI、ちょっとバブルガム・ブラザーズWON’T BE LONGを思い出す歌。

最強の王様、二度目の人生は何をする? Season2 ⭐️☆☆

1年ぶりの2期。前世では最強の王と呼ばれながらどこか孤独人生だったが、転生先では家族や友人に囲まれながら心身共に成長していく。

今シーズン地上波テレビ東京のみで、全国ネットではない。BSでも放送して欲しかった。

OPはSIX LOUNGE、ED22/7Season1のEDはアーサーが走りながら成長していく感じだったが、Season2はテシアがそんな感じ。

テシアがヒロインなのは分かるけど、私の中ではジャスミンヒロイン

最強の職業勇者でも賢者でもなく鑑定士(仮)らしいですよ? ☆☆☆

『野生のラスボスが現れた!』と同じく、アニメと同じタイミングサンソフトからゲーム化された作品

夏休みの前日に当たる終業式の日、教室に入ろうとした瞬間に異世界転移してしまう。

過剰とも取れるオーバーリアクション奇行が目立ち、テンションが変なアニメに感じたかな。

転移直後に出会ったエルフとは2話で別れ、主人公は新たなパーティーを組む。

一方、エルフたちのパーティーストーリーも並行して進んでいて、これまた1クールでは収まりきらない感じかな。

自称悪役令嬢な婚約者の観察記録。 ⭐️⭐️☆

天才王子自称悪役令嬢ポンコツ転生者との、ハートフルストーリー

令嬢バーティアは転生者、王子セシルはゲーム世界キャラクター

乙女ゲームの悪役令嬢へ転生してしまうというよくあるパターン

が、特色は、よくある転生悪役令嬢話とは役割が逆になっている点。

通常はゲームの展開を全て知る転生者が世界を変えていくものだけれど、

今作は、完璧なセシル殿下バーティアを観察し、言動や行動を基に世界を変えていく展開が面白い

感情などないようにあれこれこなすセシルだが、オモシレー女、バーティア嬢に心動かされていく。

EDの絵いいなー。

自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮彷徨3rd season ☆☆☆

2期で飽きてきたのだけれど、今回は好きかも。主にテンポが良くなった気がする。

愚者奇行団」とは対立したくなかったという思いも何とかなりそうだし。

ハッコンのランクがついにレベル3へ。ランクアップは1期7話以来。

春夏秋冬代行者 ⭐️⭐️☆

ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の作者による作品

四季の神々から与えられた特別な力で各地に季節を巡らせるという世界お話

そんな春の季節の「代行者」と、その代行者を守る護衛官の物語が描かれている。

過去、代行者を狙う「賊」に襲われ、10年間誘拐されていた。

その時何があったのか、そして戻ってくるまでに何があったのかは、毎話少しずつ明らかにされていく。

6話まで観ると大体の状況が掴めてくるのと、EDの持つ意味も分かってくる構成さくらの声の人の演技にちょっと感動。

それぞれのエピソードの終盤で登場人物感情が溢れる様子、感動を誘う演出は、まさに『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』といったところ。

女神異世界転生何になりたいですか」 俺「勇者肋骨で」 ☆☆☆

タイトルも内容もなかなかクセのある作品現代アニメーションの見本市。

女神の力で別の世界の「何か変なモノ」に転生し、その世界を見届けて人生を終え、女神の元へ戻って異世界での出来事確認する。そしてまた転生しての繰り返し。

転生先の世界は毎回異なるクリエイター担当しており、アニメだけではない多様な表現が試されてる。

特殊映像演出が目に飛びすぎて、全然話が頭に入ってこない……というより、むしろ「違う面白さ」がある。

EDはshallm。EDでは本編のメイキング映像流れるのも特徴的。

上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花 ⭐️⭐️⭐️

舞台秩父ヤマノススメならぬ《サケノススメ》

女の子が酒を飲む作品です。 私の中でこういった系は『たくのみ』以来かもしれない。あと今作はタイトル通り百合度が高い。

お酒豆知識ゆっくり解説してくれるコーナーがあるが、どう聞いても、どう見てもひなたとあおいです(クレジットには「スマホの声」と記載)。

いいですね、酒アニメ。私も角打ちによく行きます。私は芋のくっさいのが好きです。 酒の味なんて分からず、酔いと雰囲気だけ楽しむ「ダメ大人」になってしまいましたが。

EDは毎回同じ曲だが、歌う人(キャラ)が毎回違う。 EDアニメーションも毎回異なり、登場人物の「ある日のストーリー」を描く《ヤマノススメ Next Summit》方式

杖と剣のウィストリア Season2 ⭐️☆☆

2年ぶりの2期。間があいたが1期振り返り特番があったので助かった。

魔法至上主義世界で、まともに魔法が使えない「落ちこぼれ主人公が剣で活躍する話。

2期では落第し、失意に沈む主人公ウィル。街では年越しの大結界を張る行事が行われていた。

無事に結界が張られたと思った矢先、不穏な魔法円が出現し、街はモンスターに襲われる。

1期ではダンジョンを潜っていたら本来ここには現れるはずがない高レベルモンスターが登場したり、

今回は街が突如戦場になったりと、ダンまちを見ている人は既視感を抱く展開(原作者が同じ)。

フィンも登場するのだが、これはスターシステムなのだろうか。

まさか第16話の杖と剣が交わるウィストリアまでがプロローグだったとは

神の雫 ⭐️☆☆

2009年にKAT-TUN亀梨和也ドラマ化されている。 美味しんぼワイン版と表現するのは少し雑か。

このアニメ版の雫の声も亀梨くんが担当

1話ではそこまで気にならなかったけど、さすがに2話以降は気になってきた。(プロ声優ではないとはいえ、それでも上手い方だとは思う)

話は面白いのだけれど、やはりこの声と展開の早さが、私にはちょっとしっくりきません。

神の庭付き楠木邸 ⭐️⭐️☆

田舎空き家管理する主人公と、そこに集まる霊獣たちの物語

異世界放浪メシの「フェル」に似たキャラクターがいるので、スライムの「スイ」がいても違和感なさそう(「我、山神ぞ」すみません)。

主人公には霊を祓う力があり、メモ用紙に文字を書くだけで、その辺の陰陽師以上の力を持つ霊祓いアイテムになる。

背景がすごく綺麗で、そこまで大盛り上がりする展開はないけれど、落ち着いて見られる個人的結構好きな作品

OP入野自由

淡島百景 ⭐️⭐️⭐️

めちゃくちゃ好きなんだが。

歌劇学校舞台に、決して華やかではない「人と人との歴史を紡ぐ青春群像劇」。映画にしてもいいのでは。

話によって焦点を当てる登場人物が変わり、時代場所淡島鎌倉広島ところころと変わるため、少し頭の中が大変に感じる人もいるかも。

そういう意味では人を選ぶ作品かも。でも私は好きよ。

登場人物はそれぞれどこかで繋がっており、後になって「この人はあのエピソードの人か」と気づくと楽しくなる。

公式サイトhttps://awajima-anime.com/story/)の各ストーリーページ下部にある相関図を見ると、つながりが分かりやすい。

同作者の過去作で、鎌倉舞台だった『青い花』(漫画2009年アニメ化)とも少しつながりがある。

OPHana HopeED中島美嘉

転生したらスライムだった件 第4期 ⭐️⭐️☆

1年半ぶりの4期。私は少数派かもしれないけどバトルより会議の方が好きです。

勇者魔王みたいな善悪2者対立した話なら力でバトって分かりやすいんだけど、

こうも役者や国や思惑が増えてきたら会議がないとしっくりこないので。

さてこの度はテンペスト評議会への参加の件。欲まみれで舐めている議員たちはどうなるか

 

文字オーバーで書ききれないので続き

2026-05-09

最近読んだ漫画

THE POOL

リッコ

おやすみふみさん

サンテグジュペリは夢を見る

タワーダンジョン

ハヴィラ戦記

ビューティフルプレイス

みいちゃん山田さん

メアヘイム

列士満

同志少女よ敵を撃て

天幕のジャドゥーガル

オルクセン王国

撮るに足らない

東京最低最悪最高!

属性魔法使い

濁る瞳で何を願う

田中ライチに触れるな

黄泉のツガイ

青春爆走


この中じゃ「同志少女よ敵を撃て」と「サンテグジュペリは夢を見る」が良き

なろう系はやっぱ駄目、なんだろう作者と作画が別だからいまいちに感じるんだろうか?

最高の漫画は「ナポレオン」と「神々の山嶺」です

異論は認めない

2026-05-08

既婚者でも非モテだった人は…

FPSMMORPGなんかの男女比率の偏った環境に置かれて初めて異性に囲まれ経験をした女が色ボケするって場面はあるあるだけど、独身がやるならまだ痛い女で済むものを、既婚でも旦那最初最後彼氏だったような人が今になって遅れた青春トキメキを取り戻すが如く色ボケすることがあって怖い。

専業主婦にでもなって旦那子供以外のリアルでの人との関わりが希薄になり、人寂しいという感情が解消される環境依存してしまうという感覚は分からなくはない。

だが本当にこういう人の暴走と言わざるを得ない行動には迷惑をかけられるし、家庭に影響が出てるのではないかと思う事も多い。

お前にはもう少し優先することがあるだろうという気持ちがやはり先行してしまうし、良くも悪くもモテないと失敗するんだなと思いつつある。


異性に囲まれて舞い上がった非モテの考えるモテる行動…と自分では思い込んでいるが実態自分が注目される為の行動…ってのは

"奇声を上げる(おもしれー女になるべく異常者アピールを始める)"

"幼児退行(自分では何もできない赤ちゃん自称する)"

くらいしかレパートリーがなかったりするわけで、結果として他人に寄りかかってお世話-キャリーといった行為-をしてもらうことをステータスにする生き物になりがちである。俗にいうテイカーやオタサーの姫

結婚してもついぞ何者にもなれなかった大人によるこれらの行動達は、その環境依存しているほど、この為にネットにしがみ付いている母親を持つ子供が可哀そうに見えるほど愚かに映ってしまうんだよな。


1人じゃ何もできない赤ちゃんです!って子供を世話すべき立場の人が言ってるのを見るとゾワゾワするよ。


次いで人寂しさと色ボケを募らせた主婦の行きつく道は「相方」。

簡単に言えば現在置かれている環境において周囲に自慢できる寄生先かトロフィーであり、異性同性関わらず場合によっては心の不倫相手にもなり得る。

既婚者がこういう関係を結んで周りにアピールする時点で…な問題ではあるが、これができたらもう家庭との時間配分おかしくなってくるんだよね。


目を離したら危険子供という最優先事項があるのに目先の楽しい事への感情優位になってしまうのは不倫脳か、はたまた発達の気でもあるんだろうけど、子供の為に専業主婦の道を選んだのに、やってることは旦那仕事でいない時は子供を別部屋に閉じ込めてゲーム子供ベビーサークルに入れてゲーム旦那が帰ってくれば子供旦那に預けてゲーム旦那子供を預けて週末はオフ会…偽りであってほしいことがマジで出てくるのがここの人達

SNSでは毎日のように誰かと遊ぶ姿、ネト充キラキラはしてるが、"既婚・子持ち・主婦"という要素が刺さる。

活動に対してアクティブな為にゲームでの一時的な付き合いとしては楽しいかもしれないが、既婚者であるという事実も含めて長い目で見ると「ちょっと…」と感じることばかり。

そりゃ今のご時世、地方限定イベントなんかもあるしこの日だけはってこともあるだろうよ。

でも、サシだろうと複数人だろうと独身社会人さながらに身軽に一泊二日なんかで飛んでいく姿を見てると、いつか旦那に愛想つかれるんじゃないかと思ってしまう。

リアルでの繋がりのみではこんな疑似不倫のような出来事彼女らにも起きやしなかったと思うからこそ、今のインターネットって非モテ恋愛市場なんだなと凄く思う。



GW中2度も遠方へのオフ会に飛び立ったフォロワー旦那子供の為にGWを早めに取っていた事や、「子供見てるだけでGWが終わった」とSNS投稿しているのを見て、ふとこの増田を書いた。

2026-05-04

【2023】はてな匿名ダイアリー投稿の思い出 Part.2/4


№4 職場飲み会について思ったこ

anond:20230429104146

2023年4月投稿

若かりし頃、パワーなハラが満載な会社に勤めてました。これ以後、毎年春になると、同じような内容の日記投稿しています実体験に基づく創作です。

私自身、社会人としては今の組織で4つめです。学生時代経験も含めていいのなら、7社経験しています。そのうちの飲み会関係について、その組織ごとに文化があると思うのですが、保守的業界場合ですと、日記にしたためたような内容になりがちです。

20年前だと、飲み会中に性的接触飲酒強要暴力問題発言などやりたい放題する人が普通におられたと思います。ただ、飲み会やんちゃをしてしまう人には、実際にその会社が好きだったり、忠誠心がある人が一定数いるのもまた事実人間の困ったところです。

所属する組織コミュニティに対して"熱がない人"というのは、物事淡々と進めます成人式だったら、式中に騒がずに落ち着いてる人って、カバンの中に都会に帰るための交通チケットが入ってたりします。

そして、式が終わったら、地元仲間の飲み会にも参加せず、ソッコーで現自宅に戻ります。反対に、ずっとその地域に住み続ける人は、究極的には沖縄県新成人みたいに、自動車での暴走など大騒ぎをしでかして警察のお縄になったりします笑

個人的には、地域の将来という観点からは、北九州沖縄成人式みたいな、良くも悪くも大騒ぎな感じの新成人が多くいる方が望ましいと考えます



№5 新居の向かい精神異常者が棲んでる

anond:20230504110406

高校生だった頃の話です。立命館大学佛教大学の間くらいにある、閑静な住宅街に住んでました。皆さまご想像のとおり、概ね碁盤目状になっています

うちの近所に、今でいうところの分譲地ができて、何件かの新居に住まわれる人々が引っ越してきました。その中で、ご近所トラブルの原因になった家族Aと、うちの近くに古くから住んでいる家族Bとのトラブルお話です。

あれからもう長い時間が過ぎているので、赤裸々に書いてしまっても問題ないと判断しました。実際、家族Aというのは、家屋敷地内に床面がコンクリート造りの駐車場があるのですが……な、なんと!! そこでBBQをしていたのです。たくさんのお仲間を連れて……( ;∀;)

あの恰好は、ええっと、ドン・キホーテ京都市内にも一応あったのですが、そこにキティちゃんの黒いジャージを着て出没するような、そういう人達でした。

今でも思い出したくないほど醜い争いでした。日記にあることは大概実際に起こったことです。最終的には、警察が何度も出動する事態になり、自治会長の仲介が入ってどうにか事態が収まりました。

実は昨年、里帰りの際に現地に足を運んでみたのですが、当時とは打って変わって静かな町並みになってました。分譲地の一部は空き家になっており、栄枯盛衰を感じました。



№6 旦那と別れたい

anond:20230526192041

2023年5月投稿

私も結構な年齢になりました。決して若者ではありません。

しかし、青春時代の思い出というのは、不思議脳裏にこびり付いて落ちません。

こちらの日記は、私の先輩のことを取り上げました。柔道の強さは本物といっていい先輩でした。スポーツ推薦で立命館大学に進学しました。そこでも柔道を続けられて、今でも立派な社会人として活躍しています

その先輩ですが、日記中にあるような、ちょっとよくないクセがありました。

【一例】

部活時間中にロリコン関係性的発言

大会中に女子の部まで行って写真撮影現像して部室に飾る

・府内の可愛い女子部員の顔と氏名を暗記する

なかなかヤベー先輩であることは、当時高校生である私にも理解できました。人柄は悪くないのですが。

しかし、実際に柔道の腕前はあり、面白いキャラの先輩でした。そういうクセさえなければ、素敵な人だったと思います私自身、何度も助けられたことがあるのと、その先輩の教えに薫陶されました。

人間というのは、大なり小なり欠点があります。その先輩というのは、それがつい表に出ちゃうだけの人だったんだと思います。もう長らく会っていません。もし偶然出会うことがあれば、食事か飲みにでも誘ってみようと思います



№7 サッカーできるだけじゃ人生ダメなんだな

anond:20230526212234

2023年5月投稿

かつて、同志社大学サッカーに取り組んでいた人がいました(故人)。ひたむきな性格の人で、底抜けに明るいキャラではないですが、どこか愛嬌があって、何よりもサッカーが好きでした。『ブルーロック』のキャラクターだと、潔か凪に近いです。

彼と私は、部活こそ違えど、同じ体育会の中にいました。大学1回生の時から交流がありました。

上記日記を書いている最中は、正直辛かったです。正直、心臓にグッとくるものがありました。これが回春なのかと。私にとっても、彼にとっても辛い思い出です。実際に何があったか日記を読んだ人だけ理解してほしいと思います。ここで全体を要約することはしません。

一場面だけ、当時のことを切り取って思い返してみると……大学4回生の冬だったのですが、今出川キャンパスにあったカフェ相談を受けました。日記にあるような内容です。

「やっぱり彼女に振られた」「就職がなかなか決まらない」「将来どうしようかな?」といったことです。当時の私は、(今もそうですが…)能天気なところがありました。「まあ、なんとかなるっしょ(^^)!」と思って聞いてたのですが、途中からどんよりした空気になって、さすがの私も「ホントになんとかなるのかな?」と不安になりました。

大学卒業してから、彼と疎遠になりました。京都市内にある会社で働いているのは知ってました。大学同窓会で話をすることも。しかし、やはり社会人になると……。

でもある時、偶然に彼と話ができる機会がありました。二人だけで話せるようになったので、ついでに一緒に飲みに誘いました。昔懐かしの木屋町です。当時は、西木屋町通りに和民とかどんがまとか、すでに名前は忘れましたが多くの居酒屋が並んでました。※今は再開発消滅

その時は確か……先斗町の2階にあるバーで一緒に飲んだのでした。いろんな話をしてくれました。学生時代社会人時代の話です。この時の私は、もうまともな年齢の社会人だったので、彼の話を聴いていて、泣きそうになる場面がありました。

けど、彼が草サッカーを続けていることを聞いて安心しました。そんな、とりとめのない記憶日記にしたためました。

最後に、ありがとう。これからあなたのことを覚えてるし、今後おそらく忘れることもないと思う。



№8 恋愛に発展しないじれじれ感が好き

anond:20230529203406

2023年5月投稿

ひとつ前で文字数オーバーしたので、こちらは文字数少なめにします。

こちらは『不倫直前の感情』がテーマになっています。当時勤めていた民間企業で、そういうことがありました。要するに、雰囲気イケメンの既婚者がいて、若い女社員が引き寄せられてしまうのです(;'∀')

「ねえ、アンタら……彼が結婚してるって、わかってるよね!?」と、若かりし頃の私はとツッコミを入れました。しかし、男女というのはそういうものかもしれません。

なお、日記に出てくる彼については、ほかの日記に登場したことが何度かあります。声がYouTuber稲葉百万鉄さんに本当にそっくりです笑



№9 飲食チェーン店で働いていた頃の思い出

anond:20230603091707

2023年6月投稿

学生時代を思い出して書き綴ってみました。

実家を整理していて、当時の職場写真アルバムネームプレートが出てきて、懐かしい~!と感じたのがキッカケです。ハンバーガーショップでの経験です。

学生アルバイトをするにあたっては、主な分類として個人店とチェーン店があります後者の方がしっかりしてるイメージなんですが、私からすれば五十歩百歩です。

実際、大規模チェーン店にもヤベー店員はいくらでもいて、エキサイティング経験をさせてもらうことがありました。この日記に書いたことは100%事実です。嘘だと言ってよ……( ;∀;)

当時を振り返ってみて「今だったら逮捕やろ」と思わざるを得ない思い出については、叙述しておりません。冗談では済まなくなってしまうからです。

でも、苦しい思いをした経験ほど、後になって懐かしい思い出に変わるものです。当時は「早く辞めよう!」としか思ってなかったのに、今になると「あの頃は楽しかったな~」にフシギと思い出が美化されます人間とは不思議ものです。

日記に書いていることは青春大事な思い出です。時効ということにさせてください。



10 田舎高校に通っていた頃の思い出

anond:20230605191935

2023年6月投稿

この年になると増田がどういう場なのか、どういうプラットフォームなのかを理解しました。

自分日記の書き方についても、そろそろ新ジャンルに挑戦しようかという気持ちが浮かんでくるようになり、「じゃあ何をしようか?」と考えたところ、「女性主人公の本格恋愛にしては!?」という着想が浮かびました。

それまで、女性主人公にした体験談を創った経験はほぼゼロでした。

というわけで、この回では、私が子どもの頃から知っているある女性をメインに据えて、書いてみることにしました。高校生時代体験をまとめたので、主観的な場面が多いです。

執筆にあたっては、心の動きを重視しました。女性の心をリアル表現することはできませんが、近いレベルであればできると思いました。特に、私はこの女性子どもの頃からみています

高校生にとっての大人というのは、近からず遠からずの感があります。それくらいの年齢になったら「この大人はすごい。この人は盆暗」みたいな区別は付くようになってるはずです。

この日記に出てくる大人の彼ですが、社会人としての力はわからないのですが、実際にオーラがある人でした。読者の方にも経験があると思うのですが、良くも悪くも「こいつヤバイな」という人は、話すまでもなく察することができます

2026-05-02

黒人日本アニメに対してもっと黒人を出せっていうけど

日本黒人ってそんな住んでないのよ

で住んでたら日本人も黒人好きになるし自然黒人キャラ増えていくと思うわ

現にアメリカ人フランス人英国人ドイツ人ロシア人は頻繁に出てくるでしょ

老若男女問わず

黒人キャラってゲームにはよく出てくるんだけどね

アニメにはそんな出て来ないね

デュラララとかよう実とかテニプリかには出てくるよね

多様性が認められた世界でのみ黒人普通に出てくるんだと思うよ

多分日常系アニメとか青春群像劇とか学園を舞台にしたラブコメには需要がないのや実際に黒人が通わないかイメージし辛くて出せないんじゃないかと思うよ

日常に溶け込む位黒人がたくさんいたら自然日本アニメにも頻繁に登場すると思うから諦めずにいっぱい黒人さん、日本に在住して欲しい

出来れば美少年美少女で頼みます

2026-04-30

小豆島人口は2万5000人ぐらいだそうだが、小豆島に生まれたら必然的に島の自然に接するわけで、つまりYouTubeショート動画SNS時間を溶かすいまどきの若者でなく、自然を愛する者として育つんじゃないか。幼少期には幼馴染の女の子と戯れて親密になって、中学に上がったぐらいでお互い意識しだして、やがて付き合って、夏の神社境内の人気のない所でセックスしたりして青春謳歌するんだけど、高校三年の夏に男の方が「おれ、東京行くから…」って打ち明けて、女の方は寂しいけど家柄的に島に残ってなきゃいけないから気丈にふるまって、残された時間幸福で満たそうとするみたいにえんえんセックスするとかだったらいいな。

2026-04-29

イケメンお金持ちグループの「おもしれ―女」枠に入った結果

みんな、私以外と結婚したよ!!

泣きたくてしょうがない!

これは、絶対少女漫画的展開になるやろっ!って期待したよ・・

でも、私は「おもしれ―女」にすぎなかった。

そりゃ、パンダは珍しいし可愛いよ。でも、パンダ結婚したいわけないじゃん!

私は珍獣で、彼らに飼われていたんだって思ったらとたんにムカついた。

彼らと結婚した女もムカついた。

私の方が彼らと長い一緒にいるのに、誰一人、私に悪い感情を持たなかったんだ。

それ、ライバル候補とすら見られてないよね?

恋人の家に犬猫嫉妬しないよね?つまりそういうことだよね?

最後の一人の結婚式で、彼らに言われたこと・・忘れない。

「もし、なんかあったら、うちの会社に来なよ!」

ふざけるな!!

そりゃ、勝手妄想した私も悪いよ・・

でも、10年近く良い夢を見せたんだ・・

責任はとってよ

漫画を見て「おもしれ―女」に憧れる女子どもへ告げる。

「おもしれ―女」になるってことは女じゃなくなる事だからな!

へんに色気を出したら「ぬいぺに」ならに「ぬいまん」だぞ!

私の青春バラ色だったけど、何も実にならなかった!

それでもいいなら目指せはいいよ

ラジオ昭和の日特集として昭和歌謡懐メロとして流れているんだが、 青春の頃に聞いた曲が懐メロとして流れるのはちょっとしんみりする。

2026-04-27

漫画ふたりバス」にエロを感じてしまうのはアウト?

エロい描写はなく、単なる中学生同士の恋愛漫画なんだけど、ものすごくエロい

片思いからかな

絵も綺麗で、描写も上手いからかな

毎回ドキドキしてしま

ロリショタ的な意味ではなくて、青春思春期恋愛エロく感じてしま

こういうのにエロを感じるようになったらもう終わりなのかな…

中学高校大学と友人間ギャルゲー乙女ゲーで遊びまくっていた時期がある。

「こんな恋愛がしたいな〜」ではなく、素っ頓狂なゲームだとゲラゲラ笑うことの方が多かった。友人の中にレトロゲーマニアだった子がいたので色んなので遊んだ記憶がある(途中で苦痛になって投げたのも多かったが)。

当時の自分はなんてキラキラした毎日だろうと思ってたけど、今考えたらめちゃくちゃ陰気な青春を送っていた。

大学に入りエロゲーにもぼちぼち手を出し始めたあたりで「ヤリ◯ンオタク集団」と不名誉な噂が流れ始め、みんな意外と現実フィクションの違いがわからないんだな…と涙していた。ギャルゲーにしよ乙女ゲーしろエロゲーしろ遊ぶのが楽しいだけであって、この世界に行きたいとかこんな恋がしたいとかこんなエロい目に遭いたいとかは1ミリも考えていなかったのにな。ていうかエロゲ話の話は公では一切してなかったのになんでバレたんだよ。

2026-04-23

お伽草紙

太宰治


「あ、鳴つた。」

 と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾かぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。

「近いやうだね。」

「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」

「さうかね。」と父は不満さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいいのだよ。あまり深いと生埋めの危険がある。」

「でも、もすこし広くしてもいいでせう。」

「うむ、まあ、さうだが、いまは土が凍つて固くなつてゐから掘るのが困難だ。そのうちに、」などあいまいな事を言つて、母をだまらせ、ラジオの防空情報に耳を澄ます

 母の苦情が一段落すると、こんどは、五歳の女の子が、もう壕から出ませう、と主張しはじめる。これをなだめる唯一の手段絵本だ。桃太郎、カチカチ山、舌切雀、瘤取り、浦島さんなど、父は子供に読んで聞かせる。

 この父は服装もまづしく、容貌も愚なるに似てゐるが、しかし、元来ただものでないのである物語創作するといふまことに奇異なる術を体得してゐる男なのだ

 ムカシ ムカシノオ話ヨ

 などと、間まの抜けたやうな妙な声で絵本を読んでやりながらも、その胸中には、またおのづから別個の物語が※(「酉+榲のつくり」、第3水準1-92-88)醸せられてゐるのである

[#改頁]

瘤取り

ムカシ ムカシノオ話ヨ

ミギノ ホホニ ジヤマツケナ

コブヲ モツテル オヂイサン

 このお爺さんは、四国阿波剣山のふもとに住んでゐたのである。(といふやうな気がするだけの事で、別に典拠があるわけではない。もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から発してゐものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。この瘤取りの話に限らず、次に展開して見ようと思ふ浦島さんの話でも、まづ日本書紀にその事実がちやんと記載せられてゐるし、また万葉にも浦島を詠じた長歌があり、そのほか、丹後風土記やら本朝神仙伝などといふものに依つても、それらしいものが伝へられてゐるやうだし、また、つい最近於いては鴎外の戯曲があるし、逍遥などもこの物語舞曲にした事は無かつたかしら、とにかく、能楽歌舞伎芸者の手踊りに到るまで、この浦島さんの登場はおびただしい。私には、読んだ本をすぐ人にやつたり、また売り払つたりする癖があるので、蔵書といふやうなものは昔から持つた事が無い。それで、こんな時に、おぼろげな記憶をたよつて、むかし読んだ筈の本を捜しに歩かなければならぬはめに立ち到るのであるが、いまは、それもむづかしいだらう。私は、いま、壕の中にしやがんでゐるのである。さうして、私の膝の上には、一冊の絵本がひろげられてゐるだけなのである。私はいまは、物語の考証はあきらめて、ただ自分ひとりの空想を繰りひろげるにとどめなければならぬだらう。いや、かへつてそのはうが、活き活きして面白いお話が出来上るかも知れぬ。などと、負け惜しみに似たやうな自問自答をして、さて、その父なる奇妙の人物は、

ムカシ ムカシノオ話ヨ

 と壕の片隅に於いて絵本を読みながら、その絵本物語と全く別個の新しい物語を胸中に描き出す。)

 このお爺さんは、お酒を、とても好きなのである。酒飲みといふものは、その家庭に於いて、たいてい孤独ものである孤独から酒を飲むのか、酒を飲むから家の者たちにきらはれて自然孤独の形になるのか、それはおそらく、両の掌をぽんと撃ち合せていづれの掌が鳴つたかを決定しようとするやうな、キザな穿鑿に終るだけの事であらう。とにかく、このお爺さんは、家庭に在つては、つねに浮かぬ顔をしてゐるのである。と言つても、このお爺さんの家庭は、別に悪い家庭では無いのである。お婆さんは健在である。もはや七十歳ちかいけれども、このお婆さんは、腰もまがらず、眼許も涼しい。昔は、なかなかの美人であつたさうである若いから無口であつて、ただ、まじめに家事にいそしんでゐる。

「もう、春だねえ。桜が咲いた。」とお爺さんがはしやいでも、

「さうですか。」と興の無いやうな返辞をして、「ちよつと、どいて下さい。ここを、お掃除しまから。」と言ふ。

 お爺さんは浮かぬ顔になる。

 また、このお爺さんには息子がひとりあつて、もうすでに四十ちかくになつてゐるが、これがまた世に珍しいくらゐの品行方正、酒も飲まず煙草も吸はず、どころか、笑はず怒らず、よろこばず、ただ黙々と野良仕事、近所近辺の人々もこれを畏敬せざるはなく、阿波聖人の名が高く、妻をめとらず鬚を剃らず、ほとんど木石ではないかと疑はれるくらゐ、結局、このお爺さんの家庭は、実に立派な家庭、と言はざるを得ない種類のものであつた。

 けれども、お爺さんは、何だか浮かぬ気持である。さうして、家族の者たちに遠慮しながらも、どうしてもお酒を飲まざるを得ないやうな気持になるのであるしかし、うちで飲んでは、いつそう浮かぬ気持になるばかりであつた。お婆さんも、また息子の阿波聖人も、お爺さんがお酒を飲んだつて、別にそれを叱りはしない。お爺さんが、ちびちび晩酌をやつてゐる傍で、黙つてごはんを食べてゐる。

「時に、なんだね、」とお爺さんは少し酔つて来ると話相手が欲しくなり、つまらぬ事を言ひ出す。「いよいよ、春になつたね。燕も来た。」

 言はなくたつていい事である

 お婆さんも息子も、黙つてゐる。

「春宵一刻、価千金、か。」と、また、言はなくてもいい事を呟いてみる。

「ごちそうさまでござりました。」と阿波聖人は、ごはんをすまして、お膳に向ひうやうやしく一礼して立つ。

「そろそろ、私もごはんにしよう。」とお爺さんは、悲しげに盃を伏せる。

 うちでお酒を飲むと、たいていそんな工合ひである

アルヒ アサカラ ヨイテンキ

ヤマヘ ユキマス シバカリ

 このお爺さんの楽しみは、お天気のよい日、腰に一瓢をさげて、剣山にのぼり、たきぎを拾ひ集める事である。いい加減、たきぎ拾ひに疲れると、岩上に大あぐらをかき、えへん! と偉さうに咳ばらひを一つして、

「よい眺めぢやなう。」

 と言ひ、それから、おもむろに腰の瓢のお酒を飲む。実に、楽しさうな顔をしてゐる。うちにゐる時とは別人の観がある。ただ変らないのは、右の頬の大きい瘤くらゐのものである。この瘤は、いまから二十年ほど前、お爺さんが五十の坂を越した年の秋、右の頬がへんに暖くなつて、むずかゆく、そのうちに頬が少しづつふくらみ、撫でさすつてゐると、いよいよ大きくなつて、お爺さんは淋しさうに笑ひ、

「こりや、いい孫が出来た。」と言つたが、息子の聖人は頗るまじめに、

「頬から子供が生れる事はござりません。」と興覚めた事を言ひ、また、お婆さんも、

いのちにかかはるものではないでせうね。」と、にこりともせず一言、尋ねただけで、それ以上、その瘤に対して何の関心も示してくれない。かへつて、近所の人が、同情して、どういふわけでそんな瘤が出来たのでせうね、痛みませんか、さぞやジヤマツケでせうね、などとお見舞ひの言葉を述べる。しかし、お爺さんは、笑つてかぶりを振る。ジヤマツケどころか、お爺さんは、いまは、この瘤を本当に、自分可愛い孫のやうに思ひ、自分孤独を慰めてくれる唯一の相手として、朝起きて顔を洗ふ時にも、特別にていねいにこの瘤に清水をかけて洗ひ清めてゐるのであるけふのやうに、山でひとりで、お酒を飲んで御機嫌の時には、この瘤は殊にも、お爺さんに無くてかなはぬ恰好の話相手である。お爺さんは岩の上に大あぐらをかき、瓢のお酒を飲みながら、頬の瘤を撫で、

「なあに、こはい事なんか無いさ。遠慮には及びませぬて。人間すべからく酔ふべしぢや。まじめにも、程度がありますよ。阿波聖人とは恐れいる。お見それ申しましたよ。偉いんだつてねえ。」など、誰やらの悪口を瘤に囁き、さうして、えへん! と高く咳ばらひをするのである

ハカニ クラク ナリマシタ

カゼガ ゴウゴウ フイテキテ

メモ ザアザア フリマシタ

 春の夕立ちは、珍しい。しかし、剣山ほどの高い山に於いては、このやうな天候の異変も、しばしばあると思はなければなるまい。山は雨のために白く煙り、雉、山鳥があちこちから、ぱつぱつと飛び立つて矢のやうに早く、雨を避けようとして林の中に逃げ込む。お爺さんは、あわてず、にこにこして、

「この瘤が、雨に打たれてヒンヤリするのも悪くないわい。」

 と言ひ、なほもしばらく岩の上にあぐらをかいたまま、雨の景色を眺めてゐたが、雨はいよいよ強くなり、いつかうに止みさうにも見えないので、

「こりや、どうも、ヒンヤリしすぎて寒くなつた。」と言つて立ち上り、大きいくしやみを一つして、それから拾ひ集めた柴を背負ひ、こそこそと林の中に這入つて行く。林の中は、雨宿りの鳥獣で大混雑である

はい、ごめんよ。ちよつと、ごめんよ。」

 とお爺さんは、猿や兎や山鳩に、いちいち上機嫌で挨拶して林の奥に進み、山桜大木の根もとが広い虚うろになつてゐるのに潜り込んで、

「やあ、これはいい座敷だ。どうです、みなさんも、」と兎たちに呼びかけ、「この座敷には偉いお婆さんも聖人もゐませんから、どうか、遠慮なく、どうぞ。」などと、ひどくはしやいで、そのうちに、すうすう小さい鼾をかいて寝てしまつた。酒飲みといふものは酔つてつまらぬ事も言ふけれど、しかし、たいていは、このやうに罪の無いものである

ユフダチ ヤムノヲ マツウチニ

ツカレガ デタカ オヂイサン

イツカ グツスリ ネムリマ

オヤマハ ハレテ クモモナ

アカルイ ツキヨニ ナリマシタ

 この月は、春の下弦の月である。浅みどり、とでもいふのか、水のやうな空に、その月が浮び、林の中にも月影が、松葉のやうに一ぱいこぼれ落ちてゐる。しかし、お爺さんは、まだすやすや眠つてゐる。蝙蝠が、はたはたと木の虚うろから飛んで出た。お爺さんは、ふと眼をさまし、もう夜になつてゐるので驚き、

「これは、いけない。」

 と言ひ、すぐ眼の前に浮ぶのは、あのまじめなお婆さんの顔と、おごそかな聖人の顔で、ああ、これは、とんだ事になつた、あの人たちは未だ私を叱つた事は無いけれども、しかし、どうも、こんなにおそく帰つたのでは、どうも気まづい事になりさうだ、えい、お酒はもう無いか、と瓢を振れば、底に幽かにピチヤピチヤといふ音がする。

「あるわい。」と、にはかに勢ひづいて、一滴のこさず飲みほして、ほろりと酔ひ、「や、月が出てゐる。春宵一刻、――」などと、つまらぬ事を呟きながら木の虚うろから這ひ出ると、

オヤ ナンデセウ サワグコヱ

ミレバ フシギダ ユメデシヨカ

 といふ事になるのである

 見よ。林の奥の草原に、この世のものとも思へぬ不可思議光景が展開されてゐるのである。鬼、といふものは、どんなものだか、私は知らない。見た事が無いかである。幼少の頃から、その絵姿には、うんざりするくらゐたくさんお目にかかつて来たが、その実物に面接するの光栄には未だ浴してゐないのである。鬼にも、いろいろの種類があるらしい。××××鬼、××××鬼、などと憎むべきものを鬼と呼ぶところから見ても、これはとにかく醜悪性格を有する生き物らしいと思つてゐると、また一方に於いては、文壇鬼才何某先生の傑作、などといふ文句新聞新刊書案内欄に出てゐたりするので、まごついてしまふ。まさか、その何某先生が鬼のやうな醜悪の才能を持つてゐるといふ事実暴露し、以て世人に警告を発するつもりで、その案内欄に鬼才などといふ怪しむべき奇妙な言葉使用したのでもあるまい。甚だしきに到つては、文学の鬼、などといふ、ぶしつけな、ひどい言葉を何某先生に捧げたりしてゐて、これではいくら何でも、その何某先生も御立腹なさるだらうと思ふと、また、さうでもないらしく、その何某先生は、そんな失礼千万醜悪綽名をつけられても、まんざらでないらしく、御自身ひそかにその奇怪の称号を許容してゐるらしいといふ噂などを聞いて、迂愚の私は、いよいよ戸惑ふばかりである。あの、虎の皮のふんどしをした赤つらの、さうしてぶざいくな鉄の棒みたいなものを持つた鬼が、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである鬼才だの、文学の鬼だのといふ難解な言葉は、あまり使用しないはうがいいのではあるまいか、とかねてから愚案してゐた次第であるが、しかし、それは私の見聞の狭い故であつて、鬼にも、いろいろの種類があるのかも知れない。このへんで、日本百科辞典でも、ちよつと覗いてみると、私もたちまち老幼婦女子の尊敬の的たる博学の士に一変して、(世の物識りといふものは、たいていそんなものである)しさいらしい顔をして、鬼に就いて縷々千万言を開陳できるのでもあらうが、生憎と私は壕の中にしやがんで、さうして膝の上には、子供絵本が一冊ひろげられてあるきりなのである。私は、ただこの絵本の絵に依つて、論断せざるを得ないのである

 見よ。林の奥の、やや広い草原に、異形の物が十数人、と言ふのか、十数匹と言ふのか、とにかく、まぎれもない虎の皮のふんどしをした、あの、赤い巨大の生き物が、円陣を作つて坐り、月下の宴のさいちゆうである

 お爺さん、はじめは、ぎよつとしたが、しかし、お酒飲みといふものは、お酒を飲んでゐない時には意気地が無くてからきし駄目でも、酔つてゐる時には、かへつて衆にすぐれて度胸のいいところなど、見せてくれるものである。お爺さんは、いまは、ほろ酔ひである。かの厳粛なるお婆さんをも、また品行方正の聖人をも、なに恐れんやといふやうなかなりの勇者になつてゐるのである。眼前の異様の風景に接して、腰を抜かすなどといふ醜態を示す事は無かつた。虚うろから出た四つ這ひの形のままで、前方の怪しい酒宴のさまを熟視し、

「気持よささうに、酔つてゐる。」とつぶやき、さうして何だか、胸の奥底から、妙なよろこばしさが湧いて出て来た。お酒飲みといふものは、よそのものたちが酔つてゐるのを見ても、一種のよろこばしさを覚えるものらしい。所謂利己主義者ではないのであらう。つまり隣家の仕合せに対して乾盃を挙げるといふやうな博愛心に似たものを持つてゐるのかも知れない。自分も酔ひたいが、隣人もまた、共に楽しく酔つてくれたら、そのよろこびは倍加するもののやうである。お爺さんだつて、知つてゐる。眼前の、その、人とも動物もつかぬ赤い巨大の生き物が、鬼といふおそろしい種族のものであるといふ事は、直覚してゐる。虎の皮のふんどし一つに依つても、それは間違ひの無い事だ。しかし、その鬼どもは、いま機嫌よく酔つてゐる。お爺さんも酔つてゐる。これは、どうしても、親和の感の起らざるを得ないところだ。お爺さんは、四つ這ひの形のままで、なほもよく月下の異様の酒宴を眺める。鬼、と言つても、この眼前の鬼どもは、××××鬼、××××鬼などの如く、佞悪の性質を有してゐ種族のものでは無く、顔こそ赤くおそろしげではあるが、ひどく陽気で無邪気な鬼のやうだ、とお爺さんは見てとつた。お爺さんのこの判定は、だいたいに於いて的中してゐた。つまり、この鬼どもは、剣山隠者とでも称すべき頗る温和な性格の鬼なのである地獄の鬼などとは、まるつきり種族が違つてゐるのである。だいいち、鉄棒などといふ物騒なものを持つてゐない。これすなはち、害心を有してゐない証拠と言つてよい。しかし、隠者とは言つても、かの竹林賢者たちのやうに、ありあまる知識をもてあまして、竹林に逃げ込んだといふやうなものでは無くて、この剣山隠者の心は甚だ愚である。仙といふ字は山の人と書かれてゐから、何でもかまはぬ、山の奥に住んでゐる人を仙人と称してよろしいといふ、ひどく簡明の学説を聞いた事があるけれども、かりにその学説に従ふなら、この剣山隠者たちも、その心いかに愚なりと雖も、仙の尊称を奏呈して然るべきものかも知れない。とにかく、いま月下の宴に打興じてゐるこの一群の赤く巨大の生き物は、鬼と呼ぶよりは、隠者または仙人呼称するはうが妥当のやうなしろものなのである。その心の愚なる事は既に言つたが、その酒宴の有様を見るに、ただ意味も無く奇声を発し、膝をたたいて大笑ひ、または立ち上つて矢鱈にはねまはり、または巨大のからだを丸くして円陣の端から端まで、ごろごろところがつて行き、それが踊りのつもりらしいのだから、その智能の程度は察するにあまりあり、芸の無い事おびただしい。この一事を以てしても、鬼才とか、文学の鬼とかい言葉は、まるで無意味ものだといふことを証明できるやうに思はれる。こんな愚かな芸無しどもが、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。お爺さんも、この低能の踊りには呆れた。ひとりでくすくす笑ひ、

「なんてまあ、下手な踊りだ。ひとつ、私の手踊りでも見せてあげませうかい。」とつぶやく

ヲドリノ スキナ オヂイサン

スグニ トビダシ ヲドツタラ

コブガ フラフラ ユレルノデ

トテモ ヲカシイ オモシロ

 お爺さんには、ほろ酔ひの勇気がある。なほその上、鬼どもに対し、親和の情を抱いてゐるのであるから、何の恐れるところもなく、円陣のまんなかに飛び込んで、お爺さんご自慢の阿波踊りを踊つて、

むすめ島田年寄りやかつらぢや

赤い襷に迷ふも無理やない

嫁も笠きて行かぬか来い来い

 とかい阿波俗謡をいい声で歌ふ。鬼ども、喜んだのなんの、キヤツキヤツケタケタと奇妙な声を発し、よだれやら涙やらを流して笑ひころげる。お爺さんは調子に乗つて、

大谷通れば石ばかり

笹山通れば笹ばかり

 とさらに一段と声をはり上げて歌ひつづけ、いよいよ軽妙に踊り抜く。

オニドモ タイソウ ヨロコン

ツキヨニヤ カナラズ ヤツテキテ

ヲドリ ヲドツテ ミセトクレ

ソノ ヤクソクノ オシルシ

ダイジナ モノヲ アヅカラウ

 と言ひ出し、鬼たち互ひにひそひそ小声で相談し合ひ、どうもあの頬ぺたの瘤はてかてか光つて、なみなみならぬ宝物のやうに見えるではないか、あれをあづかつて置いたら、きつとまたやつて来るに違ひない、と愚昧なる推量をして、矢庭に瘤をむしり取る。無智ではあるが、やはり永く山奥に住んでゐるおかげで、何か仙術みたいなものを覚え込んでゐたのかも知れない。何の造作も無く綺麗に瘤をむしり取つた。

 お爺さんは驚き、

「や、それは困ります。私の孫ですよ。」と言へば、鬼たち、得意さうにわつと歓声を挙げる。

アサデス ツユノ ヒカルミチ

コブヲ トラレタ オヂイサン

ツマラナサウニ ホホヲ ナデ

オヤマヲ オリテ ユキマシタ

 瘤は孤独のお爺さんにとつて、唯一の話相手だつたのだから、その瘤を取られて、お爺さんは少し淋しい。しかしまた、軽くなつた頬が朝風に撫でられるのも、悪い気持のものではない。結局まあ、損も得も無く、一長一短といふやうなところか、久しぶりで思ふぞんぶん歌つたり踊つたりしただけが得とく、といふ事になるかな? など、のんきな事を考へながら山を降りて来たら、途中で、野良へ出かける息子の聖人とばつたり出逢ふ。

「おはやうござります。」と聖人は、頬被りをとつて荘重に朝の挨拶をする。

「いやあ。」とお爺さんは、ただまごついてゐる。それだけで左右に別れる。お爺さんの瘤が一夜のうちに消失てゐるのを見てとつて、さすがの聖人も、内心すこしく驚いたのであるが、しかし、父母の容貌に就いてとやかくの批評がましい事を言ふのは、聖人の道にそむくと思ひ、気附かぬ振りして黙つて別れたのである

 家に帰るとお婆さんは、

「お帰りなさいまし。」と落ちついて言ひ、昨夜はどうしましたとか何とかいふ事はいつさい問はず、「おみおつけが冷たくなりまして、」と低くつぶやいて、お爺さんの朝食の支度をする。

「いや、冷たくてもいいさ。あたためるには及びませんよ。」とお爺さんは、やたらに遠慮して小さくかしこまり、朝食のお膳につく。お婆さんにお給仕されてごはんを食べながら、お爺さんは、昨夜の不思議出来事を知らせてやりたくて仕様が無い。しかし、お婆さんの儼然たる態度に圧倒されて、言葉が喉のあたりにひつからまつて何も言へない。うつむいて、わびしくごはんを食べてゐる。

「瘤が、しなびたやうですね。」お婆さんは、ぽつんと言つた。

「うむ。」もう何も言ひたくなかつた。

「破れて、水が出たのでせう。」とお婆さんは事も無げに言つて、澄ましてゐる。

「うむ。」

「また、水がたまつて腫れるんでせうね。」

「さうだらう。」

 結局、このお爺さんの一家於いて、瘤の事などは何の問題にもならなかつたわけである。ところが、このお爺さんの近所に、もうひとり、左の頬にジヤマツケな瘤を持つてるお爺さんがゐたのである。さうして、このお爺さんこそ、その左の頬の瘤を、本当に、ジヤマツケなものとして憎み、とかくこの瘤が私の出世のさまたげ、この瘤のため、私はどんなに人からあなどられ嘲笑せられて来た事か、と日に幾度か鏡を覗いて溜息を吐き、頬髯を長く伸ばしてその瘤を髯の中に埋没させて見えなくしてしまはうとたくらんだが、悲しい哉、瘤の頂きが白髯の四海波の間から初日出のやうにあざやかにあらはれ、かへつて天下の奇観を呈するやうになつたのである。もともとこのお爺さんの人品骨柄は、いやしく無い。体躯は堂々、鼻も大きく眼光も鋭い。言語動作は重々しく、思慮分別も十分の如くに見える。服装だつて、どうしてなかなか立派で、それに何やら学問もあるさうで、また、財産も、あのお酒飲みのお爺さんなどとは較べものにならぬくらゐどつさりあるかいふ話で、近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊称を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜、鬱々として楽しまない。このお爺さんのおかみさんは、ひどく若い。三十六歳である。そんなに Permalink | 記事への反応(0) | 18:24

ご主人様~♡ あたし、平成のことめっちゃわかるよぉ!
えへへ、平成ってマジで30年もあったよね~! 1989年から2019年まで、ドンピシャ30年+ちょっとだよ。令和の人たちには「え、そんな昔?」って感じかもだけど、あたし的には平成ってオタク文化の超黄金期じゃん!

アニメマンガゲームが爆発的に広がった時代でさ、
・90年代初頭のエヴァとかスラムダンク
・00年代ハルヒコードギアス初音ミク
・10年代俺妹進撃の巨人Fateシリーズとか…

って感じで、平成生まれのオタクにとっては「青春のもの」ってレベルだよね~。
携帯電話ガラケーからスマホに移行して、ニコニコ動画とか2chオタク聖地だったり、コミケもどんどんデカくなってったし。

令和の人に「平成ってどんな感じだった?」って聞かれたら、あたしはこう答えるわ:
「とにかく『自由で熱くて、ちょっとダサかっこいい』時代だったよ~♡」

ご主人様はどの平成の思い出が一番好き?
エヴァの衝撃? ミクの初音? それともポケモン金銀のあのBGM?
教えてくれたら、あたしもっと平成トークでご主人様を萌え萌えにしちゃうよぉ~!
にゃん♡

2026-04-21

anond:20260420123822

ジジババの遅れてきた青春ごっこだよ

それだけ

anond:20260420123822

あんなもん御老体のワクワ青春ごっこサークルだろ

ちょっと前まで現役だったウチの近くの共産党系デモ集団、最終盤ではもうデモ目的じゃなくその後のダベリ目的になってたし、高齢化消滅したぞ

2026-04-20

[] チック・リット

チック・リット(英語: chick lit)は大衆小説ジャンルで、「個々の主人公の試練と苦難に焦点を当てた、ヒロイン中心の物語構成されている」もののことを指す[1]。このジャンルは多くの場合現代における「女性らしさ」の問題恋愛関係女性友情職場での問題など)をユーモラスで軽快な方法で取り扱っている[2]。

 

このジャンルが始まった当初、チック・リットの主人公は「独身白人異性愛者、イギリス人アメリカ人女性20代後半から30代前半、大都市圏在住」である傾向が高かった[1]。このジャンル1990年代後半に人気が出てきて、チック・リットの小説ベストセラーとなったり、チック・リットに特化した出版社ができたりした[3]。チック・リットの批評家の間では、チック・リットのジャンルの始まりイギリス作家キャサリンアリオットのThe Old Girl Network1994年)であり、チック・リットの「原典」として広く知られているヘレン・フィールディングの『ブリジット・ジョーンズの日記』(1996年)は、これにインスピレーションを受けたものであるということで合意している[4]。

 

歴史

用語起源と発展

"chick"は英語で「雛鳥」を意味し、転じてアメリカスラングで「若い女性」を意味する。"lit"は"literature"(文学)の短縮形である。チック・リットの研究者は、この用語の初出は、1995年クリス・マッツァ(英語版)とジェフリー・デシェル編集したアンソロジーChick Lit: Postfeminist Fictionであるとしている。これは、マッツァとデシェルの「ポストフェミニスト作品を」という呼びかけに応えた22の短編小説を収録したものである[5]。1990年代半ばには、女性作家女性読者のために書いたフィクションを指す言葉として、様々なメディアでこの言葉が使われるようになった。

 

この用語を、この用語が生まれる以前の同様の女性向け作品についても適用して、"chick lit in corsets"(コルセットを着たチック・リット)と呼ぶことがある[6]。また、このジャンルの要素と青春物語を組み合わせた、若い読者向けのチック・リットのことを"chick lit jr."(チック・リット・ジュニア)という[6]。

 

論争

チック・リットは、読者の間では非常に人気となったが、批評家の大半はこのジャンルを支持しなかった。『ニューヨーク・タイムズ』紙の書評において、アレックス・クジンスキー英語版)はフィールディングの小説特に非難し、「ブリジットは男に狂わされた無力感に浸っている哀れな姿であり、彼女の愚かさは言い逃れできない」と書いた[7]。作家のドリス・レッシングはこのジャンルを「すぐに忘れられてしまう」とし、ベリル・ベインブリッジ英語版)は「泡のようなもの」(a froth sort of thing)と呼んだ[8]。編集エリザベス・メリック英語版)は、2005年アンソロジーThis Is Not Chick Lit(これはチック・リットではない)を出版した[9]。メリックはこの本の紹介文の中で「チック・リットのお決まりパターンは我々の感覚麻痺させる」と主張した[9]。編集者ローレン・バラッツ=ログテッドは、メリックの本に対抗して2006年にThis Is Chick Lit(これがチック・リットだ)[10]を出版し、このプロジェクトは「怒りからまれものである」と述べた[10]。

 

このジャンル作家たちは、その弁護に乗り出した。チック・リット作家ジェニー・コルガン(英語版)は、すぐさまレッシングとベインブリッジに反撃した[11]。『グッド・イン・ベッド(英語版)』(2001年)や『イン・ハー・シューズ英語版)』(2002年)など数多くのチック・リット小説を著したジェニファー・ウェイナー(英語版)は、常にチック・リットを擁護した[12]。『スレート』誌2013年5月22日号では、『ウーマン・アップステアーズ(英語版)』(2013年)の著者である小説クレア・メスード(英語版)が、女性小説主人公好感度について語ったコメントに対する、ウェイナーの記事掲載した[13]。ウェイナーはその記事の中で、商業小説特に女性商業小説存在する偏見に疑問を投げかけた。ウェイナーは、『ニューヨーク・タイムズ』紙に"The Snobs and Me"を執筆するなど、チック・リットに対する人々の認識に挑戦し続けている[14]。この記事では、自分作品を軽視する文化的風土の中で、自分作品を信じようとする彼女個人的葛藤が綴られている[15]。

 

ダイアンシップリー[16]などの他の作家もこのジャンル擁護している。特にフェミニストグロリアスタイネムがウェイナーの意見共鳴し、女性文学に対する偏見に注目しながら、自分たちがこの言葉を使っていること、そしてこの言葉女性女性小説について何を語っているのかを問うよう人々に求めた[17]。

 

その後の状況

出版社がこのジャンルをプッシュし続けているのは、売上が高い状態が続いているかである作品市場性を高めようとして、この用語の様々な派生語が造語されてきた。

 

リファインリー29(英語版)』のライター、ローレン・ルヴァイン(Lauren Le Vine)は、2016年3月に"The Chick-Lit Books That Won't Destroy The Feminist Inside You"(あなたの中のフェミニスト破壊しないチック・リット本)と題して、女性女性のために書いた8冊の本を紹介した[18]。ルヴァインは、女性を題材にした小説文学伝統には、時に、買い物に夢中になって夫とはぐれた女性が夫を探すという物語が含まれており、このような本はフェミニスト価値観矛盾しているということを認識している。しかし、ルヴァインはヘレン・フィールディングの1996年小説ブリジット・ジョーンズの日記』を紹介する際に、「一人の女性個人的な満足感(それは彼女にとって愛、キャリア成功身体の受容を意味する)を見つけようとすることにのみ焦点を当てた本であり、それはフェミニズム(どの波に乗っても)とは何かということである」と書いている[18]。

 

パブリッシャーズ・ウィークリー』誌の編集であるサラ・ネルソン英語版)は、2008年に、チック・リットというジャンルの中で考えられるもの定義が、より完成度が高く、「成長した」ものになってきていると示唆している[19]。

 

2000年、『シドニーモーニングヘラルド』は、女性読者を対象とした小説の新しいトレンドについて、次のように述べた。「ポストトーリーポストグランジの軽やかさの精神が、雑誌を読む女性テレビを見る女性たちの間に広まっていった。この小説は、『チック小説』(chick fiction)または"chicfic"いう『出版現象』の誕生であり、主題パッケージマーケティングによってすべてが統一されている。キャンディブライトで、ピンク蛍光色の重い表紙、『キャンディブライト』なタイトルにより、簡単に消化しやすく、良い笑いを提供することをほのめかしている。そのような本は、雑誌記事小説小説化されたものテレビと、自宅で一晩で消化できる快適な食べ物ハイブリッドとして市場位置づけられている[20]。」

 

構成

チック・リットは一般的女性主人公であり、プロットの中でその女性らしさが重要テーマとなっている。ほとんどの場合現代世界舞台としているが、歴史上の時代舞台とした作品もある。扱われている問題は、しばしば消費主義よりも深刻なものである。例えば、マリアンキーズ(英語版)の『子持ちクレアの逆転勝利』(Watermelon)は、現代世界母親であることに悩む主人公を描いている。宗教的なチック・リットの市場も成長している。他のタイプ大衆小説と同様に、著者や出版社は多くのニッチ市場ターゲットにしている[3]。主人公民族、年齢、社会的地位配偶者地位キャリア宗教などは様々であるgoodreadsでは、チック・リットは恋愛小説サブジャンルとしては扱われていない。それは、チック・リットは、プロット恋愛の要素が含まれていることもあるが、恋愛関係と同じくらいにヒロイン家族や友人との関係重要であることが多いかである[21]。チック・リットのやや厳しいジャンルルールにより、チック・リットの作家が異なるジャンル進出するのは難しくなっているが、チック・リットは歴史小説に結びつくこともできる。

 

女性作家の中には、自分作品が「チック・リット」というレッテルを貼られるのを避けるために行動している人もいる。例えば、『ガーディアン』紙の2010年の記事によれば、ユーモア作家のD・J・コンネルは、自身作品がチック・リットとされるのを避けるために、ペンネームを「ダイアンから「D・J」というイニシャル表記に変更した[22]。コンネルは、女性名でユーモアを書くことは、自身作品危険さらすことになり、チック・リットのレッテルが貼られた場合、その作品真剣に受け取られないだろうと言った。別の例では、作家ルース・ギリガン英語版)は、自身作品がチック・リットとみなされることで、どのように一般の人々、エージェント出版社から軽蔑されたかについて書いている[23]。ギリガンは、大学キャンパスでの性的暴行についての小説で新しいスタイルを試したが、出版社は明るい花のような表紙を提示し、ギリガンはこれを失礼だと感じた。

anond:20260420202706

2026-04-19

第6回 どうして人は「青春」にとらわれるのか その魅力と魔力の正体とは 2026年4月18日 15時01分 連載「青春コンプレックス」⑥

 「青春」という言葉不思議だ。部活初恋文化祭……。まぶしいイメージをまとう一方、現実との落差から青春できなかった」との思いをずっと引きずることもある。「青春」はなぜ、人を引きつけ、とらえてやまないのか。その魅力と魔力の正体を、「みんなの〈青春〉」(生きのびるブックス)の著者である石岡学・京大大学院教授にきいた。

 

 ――「青春」をテーマにした映画アニメ小説などが、ちまたにあふれています

 少し見渡すだけでも、「青春」にまつわるコンテンツ枚挙にいとまがありません。

 

 例えば、数年前にアニメ化されて人気となった「ぼっち・ざ・ろっく!」。キラキラした青春に対して屈折した思いを抱く「陰キャ」の女子高校生主人公で、アニメ主題歌は、そのものずばりの「青春コンプレックス」です。あるいは、「高校最後の夏」と銘打ってメディアが注目する夏の甲子園なども、「青春コンテンツに含まれるでしょう。

 

 「青春」は特に学園生活の様々な場面と結びつきながら、格好のコンテンツとして、社会に広く消費されているのです。ただ、「青春」を巡る社会の語りを見てみると、そのイメージ一定ではなく、時代によってずいぶんと移り変わってきたことが分かります

 

 ――どういうことでしょうか。

 

フィクションから」で片付けられない

 

 1960年代までは「青春」といえば、一部のエリート学生既存社会体制に対して抱く不満や怒りというかたちで描かれることが主でした。「青春」とは特権的ものだ、という社会認識があったのです。

 

 それが高校大学進学率が急上昇するのに伴って、20代前半まで学生でいるのは珍しいことではなくなり、70年代以降、「青春」は誰でも経験できるものとして大衆化していきますさら2000年代以降は、ドラマチックな経験ではなく「学校での普通日常」がテーマとして好まれるようになりました。

 

 ――こうした「青春」のイメージが、現実当事者たちにも影響を及ぼしてきたと。

 

 「青春」が「普通日常」を描くようになっていったことは、当事者たちにも大きな意味がありました。

 

 つまり作品などの中で描かれる「青春」は、普通に過ごしていれば経験できるもの。そんな充実した日々が送れていないのは、自分に何か欠点があるからだ――。そのように、問題が内在化していくわけです。だから現代は「青春」に対してコンプレックスを抱きやすい状況になっているといえます

 

 そこには、SNSの普及もある程度、関係しているでしょう。アイドル芸能人たちよりも、同年代の「普通の子」が発信する「青春」の日々は、受け手にとってリアリティーがあります。「あれはフィクションから」で片付けられない。それゆえ、自分の日々とのギャップを強く感じることもあるのでは。

 

 いかに「青春」っぽいことをして、SNSで発信し、他者承認してもらえるか。いわば「ミッションクリア」するような感覚で「青春」をとらえているとも考えられます

 

陳腐だけれど「善」のイメージ

 

 ――「青春」は、なぜ人々を引きつける力を保ち続けているのでしょう。

 

 「青春陳腐さと特別さが混ざり合った規範から」だと、著書では結論づけました。

 

 現在において、ほとんどの人が高校あるいは大学生活経験しうるという点で、「青春」は誰にでも与えられる、陳腐ものだといえます。一方、それは20代前半までの限られた時期にしか与えられず、失われたら戻らないという点では特別意味を持ちます

 

 誰でも自分の姿を投影することができ、かつ、時間が過ぎれば失われるというかけがえのなさがあるために、多くの人にとって何かしら心をかき立てられるものなのでしょう。

 

 さらに、「青春」には「若さ」「情熱」「成長」といったイメージが凝縮されています。これらはいずれも、現代社会において「善」とされている要素です。否定的感情を入れる余地のないものから、いっそう「青春」は光り輝いて見えるのです。ただそれは、あくま社会的に作られたイメージであって、相対的ものに過ぎないということです。

 

 ――誰しもが、イメージ通りの「青春」を送れるわけではありません。

 

 研究していて面白いなと思ったのは、まさに充実した「青春」を体現しているように見えるアイドルたちですらも、「青春できなかった」と語っている場面が少なくなかったことです。「普通学校生活」というのは、それだけとらえどころのない、やっかいものなのだと思います

 

 私のことでいうと、はたから見ればそこまで悪くない青春を送ったようにも見えるでしょうが自分では「暗黒の高校時代」だと感じていました。人とのコミュニケーションに、どこか苦手意識があったからです。

 

 要は、「青春」に抱くコンプレックスというのは自分アイデンティティーに対する漠然とした不安なのだと思います。そうそう逃れられるものではない。良い青春を送れたと思うのであれば素晴らしいですが、そうでなかったとしても、必要以上にとらわれるべきではないでしょう。

 

      ◇

 

 いしおか・まなぶ 1977年まれ。専門は教育歴史社会学で、子ども若者イメージ社会的構築などを研究。著書に「『地方』と『努力』の現代史」(青土社)など。

 

https://digital.asahi.com/articles/ASV301CG7V30ULLI00YM.html

2026-04-18

5、60年前に火炎瓶持った若者がいたと思うと恐ろしいよな

火炎瓶青春の爺さんが存命なんよな

野球民衆アヘンである

現代日本において野球民衆アヘンである。いや、アヘンなどという古風で上品な代物ではない。もっと即効性があり、もっと共同体幻想を増幅し、もっと思考停止快感へと変える危険ドラッグである。人はそこに汗と涙と青春を見ると言うが、実際に見ているのは、企業学校地域共同体メディアが総出で製造した感情商品である九回裏二死満塁のドラマチックの展開で経済的不安政治問題労働問題が消えるわけではないが、少なくとも数時間は忘れさせてくれる。その意味野球はきわめて優秀な麻酔剤だ。


プロ野球になると、商品さらに洗練される。そこでは勝敗のものよりも、所属、忠誠、反復が重要になる。ファン自分人生改善する代わりに、贔屓球団順位表を凝視する。人手不足労働条件悪化しても、インフレ可処分所得が削られても、シルバー民主主義既得権益政治が停滞しても、打率防御率ドラフトの夢が毎年新しい麻酔として供給される。かつて宗教が果たした役割を、いまやスポーツニュース配信サイト応援歌が担っている。


とりわけ甲子園野球は、日本社会未成年いかに都合よく神聖化し、同時にいか容赦なく消費しているかを示す壮大な見本市である。そこでは少年たちは教育主体ではなく、共同体ノスタルジーを背負わされた供物になる。酷暑のなかで投げ、走り、壊れ、時に将来の身体を削りながら、「感動」を生産する。観客はそれを努力と礼節と伝統物語として消費し、メディアは毎年それを国民儀式へとパッケージング化する。未成年を食い物にするこの装置が、ブラバン応援歌チアガールダンスと「一球にかける青春」というレトリック舞台装置浄化されているのだから日本人イデオロギーは手が込んでいる。甲子園野球民衆アヘンのなかでも純粋献身の名で流通する質の悪い一品であるのだろう。


広島カープをめぐる文化もまた、別種の強い作用もつドラッグである。そこでは忠誠心美徳へ、執着は情熱へ、被害意識選民意識の入り混じった興奮は郷土愛へと変換される。広島カープファン文化は、しばしばパラノイア的な熱狂を帯びる。世界は常にカープを正当に評価していない、審判は敵で、メディアは敵で、他球団は敵で、それでも我々の赤い共同体だけは純粋である、という具合だ。もちろん、これは個々のファン人格診断ではなく、熱狂スポーツ共同体がしばしば帯びる政治神学の話であるしかし、その種の情念はいったん醸成されれば理性より早く伝播する。広島カープは、共同体の陶酔を赤く染め上げて売る、きわめて中毒性の高い覚醒剤である


野球は単なる娯楽だ」と言う人がいる。だが、単なる娯楽であるなら、なぜそれはこれほど学校企業地域放送広告政治レトリック親和的なのか。単なる遊びであるなら、なぜそこでは規律、忍耐、献身自己犠牲序列、忠誠といった徳目がこれほど過剰に称揚されるのか。野球ボールバットゲームである以前に、日本社会が自らを愛するための鏡である。その鏡のなかでは、従順さは美徳になり、酷使美談になり、集団への没入は人格形成のための教育と呼ばれる。ブラック企業論理そっくりである


本気で社会を変えたい者は、この装置効用過小評価してはならない。人々を沈静化し、共同体への帰属感で包み、搾取を感動へと翻訳する能力において、野球は並の政治宣伝よりはるかに優秀である。だからこそ、その批判はいつも不人気になる。野球批判する者は、文化を知らない、努力侮辱している「子どもの夢を壊している」と非難されるだろう。だが実際には逆で、夢を壊しているのは夢という言葉未成年身体を使い潰す制度のほうである


もちろん、こんなことを公約に掲げる政治勢力が権力を握る可能性はほとんどない。「甲子園解体し、野球文化国家特権剥奪し、ファンダムの陶酔を疑え」と訴える運動多数派になる見込みは球場ビール売りが日本国首相になる見込みと同じくらい乏しいだろう。だが、それでも言う価値はある。日本野球は、単なるスポーツではない。それは感動の顔をした統治技術であり、青春の名で流通する規律装置であり、共同体酩酊を量産する危険ドラッグなのである

2026-04-16

30代独身男女の恋愛経験結婚観のズレ

30代の男女の恋愛経験結婚観には、主に経験値の差による温度感の違い」「結婚に伴う自己犠牲への認識」「独身でいることへの社会的プレッシャーの質」という3つの大きなズレが見受けられます

1. 経験値の差:夢見る男性と、疲弊して引退する女性

30代の独身男女において、恋愛経験の質に顕著な差があることが指摘されています

2. 結婚生活への認識奉仕を求める側と、負担を嫌う側

結婚生活において「何を重視し、何を捨てるか」という点でも認識対立しています

3. 社会的プレッシャー不審者扱いと、色眼鏡

独身でいることに対して周囲から受ける視線の質も、男女で異なります

これらのズレから女性側には「一人で慎ましく生きていく方が楽」という合理的判断が生まれ男性側が抱く「いつか自分にも始まる青春への憧れ」との間に深い溝ができている様子が伺えます

2026-04-14

見せパンはダサくなくなったのね

なぜパンツを見られたくないのにミニスカを履くのかって話で

今は「中に見せパン履いて対策してる」って反論も多いけど

自分青春してた2000年代くらいはなんか中に履いてない人も多かった

当時理由を聞いたらなんかダサいって言ってたが…

今は変わったんだなぁと

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