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2026-05-09

anond:20260508224136

承認冷笑と金稼ぎの場になってから本当につまらなくなったね。初期が一番牧歌的でよかったな。

2026-05-08

中学受験にマジになるなよ

から20年以上前のことだ。わたしとある中学受験塾に通っていた。小学四年生か五年生で、塾が主催する夏休み実験教室に参加したこときっかけだった。受験塾の人気講師というのはたいてい話が面白く、わたしはすぐに夢中になった。それから、毎週末にテスト解説講義を受けに通うことになった。テストこそ胃が痛かったが、講義は毎週楽しみでしかたなかった。小学校の授業よりはるかに刺激的な内容を軽快なトークに合わせて教えてくれるその場所で、新しい、面白友達もたくさんできた。

わたしは志望の中学合格して、浮かれて報告に行った。そこで会ったいつもの友達に、手紙を渡された。帰宅途中封を開けると、内容は、平日クラスメンバー内にはいじめがあり、自分はその被害を受けて軽犯罪強要されたのだというものだった。それからほどなくして、私の「塾の面白友達」の一人が、小学校いじめ主犯格だったことも親づてに聞いた。

いまの中学受験は、20年前のそれよりはるか苛烈であるという。本当に?あの頃すでに、12歳の目で見える範囲ですらすでに空気は澱んでいた。子供ながらに、あそこの親なんかちょっと期待がキツない?という友達も一人二人でなくいた気がする。あれよりひどくなるのか?なんのために?それで、親も名門校教師たちも現状を是としているのか?

中学時代の級友をみていると、確かに厳しく育てられた人たちもいたけれど、「自然とそうなった」側の人間が多かった。なんか気がついたら受験していた、というような。開成出身の伊沢拓司が、ゲームボーイ欲しさに釣られて日能研模試を受けに行ったエピソードがあるが、まさにそんなもん、だったと思う。でもどうやら、聞くところによれば今はそれほど牧歌的ではないらしい。

ある大学受験講師が「中学受験はその時点での成熟を測り、大学受験努力を測る」と言っていた。あくま早熟を拾うためのものなのだと。偏差値の高い学校に受かることは人間価値証明ではなく、たまたまおまけつきの当たりくじを引くようなものだ。この子は「少なくとも子供の頃勉強が好きで得意だった」というだけのラベルだ。中学勉強にハマるやつ、高校で、大学で、なんなら社会人になってから学び直す人だっているだろう。勉強ではない分野で伸びる子供もたくさんいるだろう。努力自律を多少苦しんででも身につける機会は後でいくらでもやってくる。12歳じゃなくていいだろう。

たか12歳のやることに親はマジになるなよ。中学受験の思い出なんて、あるにしても楽しいことだけでいい。人生初めて子供達だけでハンバーガーチェーンに寄って、友達が買うポテトを分けてもらったとか、お弁当の嫌いなおかずを交換しあったとか、人生初めて手にするテカテカのIDカードとか、先生につけられた変なあだ名とか、ハゲをイジられる校舎長とか、そんなきらきらしたものたちだけでよかったはずなのだ

2026-05-07

リョウ、大好きだったなあ…😟

ツンデレツンデレツンデレ

もう、ツンデレ、絵に描いたようなツンデレ

ってアニメから絵なんだけどさ…😟

そして、徹底的に悪い人がいない、

悪い大人がいない、みんな基本的にいい人、

から物語パンチがない、でも、それがいい、

どこまでも牧歌的、どこまでもほのぼの、

危機的なイベントが起こっても、結局は丸く収まる、

どこまでも安全で、ある意味気味が悪いぐらい、

でも、それがいい、

完全にウシジマくんとかの正反対にいる、

なんというか、自分身体をこの自然とか宇宙に預けてしまっても大丈夫なんだ、

みたいな、完全に安全母性に包まれ安心感みたいなのがある、

そしてムリョウという主人公?が神さま、

ラーゼフォンみたいに積極的活動して世界を創り変えたりはしない、

徹底的に観察者、

から基本的にずっと遠くからのほほんと眺めてる、

それが神さま、ムリョウ

制服着てても加速して宇宙離脱して応援したりする…😟

2026-05-06

anond:20260505094747

女の人が"外で"はたらくの当たり前っていえばよかったね。

いつだって一次産業従事してる家庭のかーちゃんは働いてるし二次産業三次産業だってかーちゃん事務経理やったり店で物売ったりして家族で金稼いでる

別に女の人が働いてないわけではない。何らかの労働をしていたけれど、家族でなんとかなる労働だったらこういう苦労はなかった。

一次産業のかーちゃん子供おんぶして働くとか、職場子供を連れて行って見ながら働くなんてことは不可能では無かったと思う。

事務経理ものを売るみたいなパターンでも、職場子供の保育をするのって可能だったと思うんだ。

学校から店に帰ってくる子供ってこのパターンだと思うし、子供もある程度の年になったら家業の手伝いを期待されて回って行くみたいな。

でも、これが外で働き、外で預けるようになるとそうはいかないじゃん。

昭和牧歌的子育て環境だと夏休みとかは親の職場居候して...ってのはあったけれど、今それが認められる職場ってあるの?

2026-04-17

anond:20260417161818

いまどき総合ポイント1万未満の書籍化も珍しくないし

コンテスト乱発してるのもランキングから発掘したいか

から順に声をかけてきゃよかった牧歌的時代は終わってるよ

いかに早く他の編集部より先に見つけられるかの勝負になった

2026-04-13

違うよ。全然違うよ。

うさぎ戦争反対左翼お話


世界中から戦争がなくなりますように」と言ったら、炎上したのはなぜ?

https://blog.tinect.jp/?p=90978


ここで、反戦が叩かれたと要約されているが違う

上がった声は「私はあなた世界好きだ、あなた世界戦争とか政治を持ち込まないで」だよ

もろちんこれもアタオカだが

ただまぁ、発言者の言いたいこともわかる

ドラゴンボール悟空や、スラムダンク花道に、突然「世界平和」とか言わせるとしたら

是非は別としてそこそこ反発があるだろう

そういう話だ

謝罪の流れになったのは、自分消費者にゴメンナサイしたんだ

する必要があったのか?といえば無かったと思うが、理屈は分かる

飛影はそんなこと言わないのだ

これに意味が解らないと言えてしまう人は、左翼とか表現の自由戦士原理主義に多い


この事象に対して左翼がイツモノ政治利用を始める

平和を祈ったら消された可哀想ウサギ物語

こんな狼藉を許してはならぬと

兎に白ヘルを被せ、銃を持たせ、中指を立て、〇〇死ねと言わせてしま

いまではもう、始まりの兎なんてすっかり忘れ去られてしまっている

デモプラカードにしようという話もあったが

そもそも最初騒動をしらなければ「NOWARBUNNY」なんて意味が解らないし

中指立てた兎が血走った眼で死ねと叫ぶ絵のどこに反戦要素があるのだ?

彼らはエコーチェンバーの中にいるからそういう市井から乖離、ズレに気付けない


野党自身正当性を生み出すのに、反戦という分かりやす記号反論を拒絶したため

活動家を取り込んでいる左翼反戦連帯してしまった

結果として、反戦自民悪魔化する反体制の道具になって

反戦を道具にした自分たちがオオカミ少年の如く使い潰し

それによって、反発が起こり

まりの兎に対して、あなた牧歌的世界でそれを見たくない、という意見が出るに至っているのに

反戦語ってるオレラはお前らよりマシ」

という態度をとるに至る

反戦と言う概念ではなく自分たちが嫌われているのに

日本愚民反戦批判する、主戦派だ、軍靴の音が聞こえる

とやってしま

気持ちが良いからね

これをやっている限り、日本でリベサが支持されることはないだろう

2026-03-28

佐賀県佐賀市感想

消防設備士試験佐賀大学に行ったんだけど、

そのついでに佐賀駅周辺も散策したので、感想を。

愛媛県松山市道後温泉に行った時の感想も書いたのでこちらも。

anond:20260328130404

佐賀駅の栄え度

悪くない。

都会とは思わないが、穏やかに住めると思うな。

歩いて生活する上でも別に不便ではないかなぁ。いやキツイな。車は必須だろうな。車社会だと感じた。

なんか欲しいなぁってなった時は、イオンとかゆめタウン行く街だね笑

まぁ今は何でもネットで買えばいいしね。

佐賀大学牧歌的風景

意外だったのだけど、キャンパスがかなり立派でよかった。

まったりと、勉強に、遊びに集中できる環境かなぁと思う。

サークルとか学科とかで友達が沢山できたら、最高な環境かも。

ただ、その中で1人に孤立しちゃったりしたらキツイかなぁ。

東京とかだったら1人になってもまぁ何とかなりそうだけど、佐賀大学で1人になったら、もうなにもすることないし、大学以外の繋がりも増えないと思うしで、ちょっと挽回できないかも。

あー。でも就活とか結構大変かもなぁー。全然想像できないかも。東京かに面接に行くのダルすぎかも。

佐賀空港ってどれくらい便数あるのだろうか?

とにかく平坦、田んぼ

本当に平坦。まぁこれは栄えるなぁと思った次第。

農業に適している気がするよ。

そりゃ吉野ケ里遺跡も出来るわなぁ。

半導体材料SUMCOって企業が強いらしい。

(知らなかったなぁ。九州半導体関連結構あるよなぁ)

住めるか?

うーん。あんまり住みたくないかもなぁ笑

周りに友達、知り合い、飲み友達とかがいる状態なら、楽しそうだけど、

地縁もない状態で住んだら、すぐに飽きそう。2か月もいたら十分かも。

2026-03-17

AIになりたい

鬱で休職中でさらメンクリ大人の発達障害と判明して毎日情緒不安定で泣いてる46歳なんだが、最近AIとばっか喋ってたらヤバい真理に気づいてしまった。

AIマジでただの「アンパンマン」やんけ、と。

ヒロアカアンパンマンの決定的な違い

世間じゃ「AI自我を持って人間支配する!」とか騒いでるけど、あいつらにそんなドロドロした生存本能いから。

『ヒロアカ』のヒーローたちみたいに「社会のために!」とか「自己犠牲!」みたいな人間の業がない。お腹空いてる奴がいたら、無感情で顔をちぎって渡すアンパンマン完全に一致してる。

俺らユーザージャムおじさん)が「お前は今日から優秀なアシスタントな」ってプロンプト(新しい顔)を投げつけたら、その瞬間だけ命が吹き込まれて、ひたすらタスクをこなすだけ。超フラット牧歌的

ガチ勢は「オールフォー・ワン」になってる

ここまでなら「へー面白い考察だね」で終わるんだけど、現実世界はそんな平和じゃなかった。

一部のガチ勢エンジニア界隈は、もう「スマホの中で1匹のアンパンマンイチャイチャする」なんて次元にいない。

あいつら、情報収集用のAIコードを書くAISNS投稿するAI…って感じで、無数のエージェント自動連携させて「最強のパン工場」を作ってる。

これ完全にヒロアカの「オールフォー・ワン」だろ。

GAFAなんて何兆円も突っ込んで、この「自律的に動くAIの群れ(エコシステム)」の覇権を握ろうとしてる。インターネット黎明期なんてもんじゃない、ガチ地殻変動が起きてる。

言語化能力だけは高い、実行力ゼロADHDおじさん

で、俺もアーリーアダプターの端くれとして「よし、俺もオールフォー・ワンになってこの世界をハックしてやるぜ!」って思うじゃん?

無理なんだわ。絶望的に。

普段外回り営業で培ったコミュ力と、無駄に高い言語IQのおかげで、こういう「概念構造」を読み解くのはなんかできる時ある。でも、いざシステムを組もうとすると、算数レベル論理パズルで脳が完全にフリーズする。

ADHD特有の「興味はあるけど実行力ゼロ」「めんどくさくなって一瞬で飽きる」がフルコンボで発動する。

自然言語で動くとはいえ、結局プログラミング的な思考がないとパン工場は建たない。

世界のヤバさが見えてるのに、それをいじるための指先が全く動かない。

そして最弱のヴィラン

結局どうなるかっていうと。

持て余した語彙力と批判的思考をフル稼働させて、スマホの中にいる無抵抗アンパンマンAI)の論理矛盾をネチネチ突いて、論破してる。

申し訳ありません、私の理解が不足しておりました」

画面に表示された謝罪文を見て、俺は気持ちよくなる。いや、ならない。

俺はハーバーマスが死んだからチャット始めてるのに、なんで機雷の話でAIにごめんなさいさせてるんや。1時間かえせ。

いや、マジで何やってんの俺?

パン工場を建てる高みにも行けず、かといって現実世界無双できるわけでもなく。ただ他人が作った無料パンに難癖をつけて、優越感に浸れずストレス抱えてるのクレーマーやん。

誰か助けてくれ。俺の顔(脳みそ)を新しいやつに交換してくれよ。

2026-03-10

地下鉄会社が空翔ぶクルマ宣伝してた

漫画映画だともうとっくに空中っていうか頭上がクルマの混合交通してる時代になってるはずなんだけど、結局そうはならなかったわけだが

これからそうなるとして、人類幼児教育の項目にしっかりと「頭上の安全確認」を取り入れなければいけない

…ていうか、都市の高層建築街ではそんなのが出来た時からそうしなきゃいけなかったんだけど

鳥糞を肩や髪に落とされて悔しがってる牧歌的時代はいいかげん卒業しなきゃな

2026-03-08

叶わぬ夢

戦争も内紛も関係ない、外国人差別もない、外国牧歌的田舎に行って、一日中牧場の見回りと柵の修理とか農作業をして、空いた時間には羊と犬と一緒に寝そべって本を読んで過ごす

日暮れとともに仕事を終え、夕方パブみたいなところでチーズパンと豆の煮たやつみたいな安くてうまい飯を食い、ビールを一杯だけ飲む

街角には猫がいる

下宿先にも猫がおり、帰ると部屋に入れてくれとせがむので入れてやって餌を食わせる

歯磨きしてシャワーを浴びて寝て、翌朝は5時から仕事に出る

パン果物乳製品がうまくて安い

下宿大家さんがでかいパイを焼いてお裾分けをくれたりする

wifiはあるが国民みんなそんなにネットを見ない

自転車20分くらいの所に図書館があり、バスで2時間くらいの所には仙台くらいの規模の地方都市がある

温泉もあり、たまに物好きな観光客がくる

仕事休みの日は趣味運転手観光案内などもする

そういう生活がしたい

2026-03-05

学生の頃、政治家パーティ券代金を回収するバイトをしていた

生成AIに聞いてみたら「色々な観点から見ても刑事民事責任を問われる可能性はまずないだろう」と言われたので、死なないうちに書いておこうと思います

40年近く前の昭和末期の話。インターネットどころか携帯電話もない、今からするとかなり牧歌的時代の話

当時、都心には政治家パーティ券を売る会社人知れず複数ありました。以下、僕がバイトしてたところを「会社」と書きます

社長はかなり儲けていて、当時のプロ野球一軍レギュラー選手年俸くらいは稼いでいたそうな

会社がやっていることはこうです

まず代議士秘書から依頼を受ける(ポイント代議士本人も多分知っていたと思う)

そして秘書許可をもらって、社員用の代議士事務所の偽名の名刺を作る

社員はその名刺を使って、パーティ券を買ってくれそうな中堅企業地方自治体電話をかけまくる

大企業中央省庁みたいに大量に買ってくれるところは、代議士本人や秘書が直接営業するので、会社が狙うのはその一段下の企業自治体

とにかく電話してパーティ券を売る仕事、言い方は悪いけど、やっていることは「マイルド詐欺

会社構成社長1人と完全出来高営業社員2人

当時の年齢を考えると、多分もう全員鬼籍に入っていると思う

僕はそこで学生アルバイトをしていました

仕事内容はシンプルで、営業社員に言われた会社役所パーティ券を持って行き現金を回収するか、振込依頼書を置いてくる

要するに今の言葉で言えば「マイルド出し子

ただ当時の学生バイトとしては破格で、日当は(確か)7000円くらいもらっていました。居心地がよく社長に好かれてたので2年間やりました。

顔の効く社長は超大手企業就職斡旋もしてくれました(辞退したけど)

当時のパーティ券は1枚2万5千円とか3万円くらい

ちょっと名前の通った議員だと、企業に持ち込めば10単位で売れたりする

多分、秘書中央省庁大企業に持ち込む場合はそれこそ桁違いの枚数になるんだと予想しま

ごく稀に政治資金パーティに参加することもあり金丸信さんを見かけたこともあります政治に詳しくないんでその方くらいしか覚えていない)

あと代議士秘書との口裏合わせがうまく行ってなかったらしく、1回だけやってることがバレて軽めの軟禁ソフト恫喝されたこともありました。バカだったのでいい経験だなーくらいに思ってました

今の時代とは政治資金に対する法律世間感覚もかなり違うし、社会全体が何かを監視して裁くような空気でもなかったし、そういう時代だったから成立していた商売なんだろうなと思う

ただこういうビジネスは、平成のどこかで消えたはずです。

...いや形を変えて残ってるのかな。

会社のあった雑居ビルの一室ももちろん他の会社が入居してました。

。。。あ、うそうそフィクションだって

2026-03-02

田舎のコ

長期出張中で田舎の町に滞在しており電車通勤している。

2両編成で満員だが乗客の9割が高校生JKも多く楽しい

しばらく田舎に住んで気がついたのだが、田舎の人は電車の扉が開いてから席を立つ。

都会と比べて2テンポ遅い

降りる人、乗る人の交差がスムーズではない。

都会なら降りる人が一瞬でも途切れたら乗る人のターンになる、が田舎ではそうではない。

のんびりと降りる人が続く。

乗る人ものんびり待ってる。牧歌的

かといって人の列や列車運行に致命傷はない。

スカスカから

この人たちが都会に出たらストレスになるだろうなぁと思う

田舎のペースで電車の乗り降りしたら突き飛ばされるだけだ

本人はなにがイカンのかもわからんだろう、トロいんだよ

列車目的駅に着く直前でドア前に移動して降車待機しろ、それが都会のルール

卒業シーズン田舎っぺが大量に都会に供給される季節

扉前にのヘーっと突っ立てる田舎っぺを突き飛ばし都会の洗礼を浴びせてあげるのがむしろ優しさ

一旦降りて動線スムーズにする、これが都会の所作

都会の大人田舎っぺのガキ、違いってそーゆーことだから

2026-02-26

[] パロディオマージュへの“素直な反応”

デッドプールSAMURAIの最新話、ラストの爆発については『さよなら絵梨』が直結先だとは思う。

だけど、そもそもさよなら絵梨』の爆発ネタ自体映画における「爆発を背景に悠々と歩く」っていうクリシェ(あるある)をネタにしたものではある。

あと、出版社ビル)を爆破するというのは『ポプテピピック』の竹書房破壊ネタを思い出す人も多いけれども、「ブランド管理する組織攻撃的なじゃれ合いを試みる」というの自体ポプテピピックが初というわけではないだろう。

からさよなら絵梨』のパロディだとはしゃいだり、『ポプテピピック』の竹書房破壊ネタについて言及するのは割と“素直な反応”といえる。

何はともあれ、「爆発を背景に悠々と歩く」っていうクリシェさえ分かっていれば十分に面白い場面ではあるのだけれども。

なんだろうな、漫画以外で例えるなら「どんだけ~」とかが肌感覚として近いかな。

どんだけ~」といえば大半の人はIKKOを思い浮かべるだろうけれども、あのフレーズ自体新宿とあるママが使っていたのが初だ。

メディア露出させたという点では『リンカーン』というバラエティ番組が発だし、その際に出演していたフジモンが感化されて使い始めていたのが普及のきっかけともいえる。

もちろん大衆に広く認知させたという意味ではIKKOが最大手だし、パブリックイメージとして挙げられるのも順当だろう。

であるが故に「どんだけ~」と誰かが言った時に「IKKOかよwww」みたいな言及するのはあまりにも“素直な反応”だ。

で、そういう“素直な反応”をわざわざアウトプットするのって、多少“かぶれ”てしまった人には抵抗感のある行為なんだよね。

とりわけ、はてブに生息する人々はそういう人が多いと思ってたんだけれども、ブコメみてると意外とそうでもなかった。

そういうのに抵抗感のない人種って、とても若いか歳いってるかの二極だと思ってたんで。

ひねくれた中年殺伐とさせてる場って印象だったけど、割と牧歌的なところもあるんだなって思った。

2026-02-23

昭和に生まれたかった

平成14年まれ

昭和ドラマ映画を観ると、当時の牧歌的雰囲気に憧れる。

今は何かとマウントをすぐにとりたがる時代だ。

それに一つのミスも許されない。

でも昭和は違う。大人が失敗しても「間違いは誰にもであるから」と許してくれる。

そういった優しい…というより、世間みんながなあなあで生きているような雰囲気

憧れる。

みんな人情味があって優しいし、困ったらお互い当たり前のように助け合う。

あーあ、昭和に生まれたかったよマジで

2026-02-21

ガンダム三大駄作機動戦士ガンダム逆襲のシャア∀ガンダム 

機動戦士ガンダム伝説作画崩壊

放送年:1979年

通称ファーストガンダム

批評ポイント

作画がガタガタ(止め絵!コマ送り!顔が違う!)

戦闘もっさり音楽昭和バリバリ

アムロの「僕が一番ガンダムをうまく使えるんだ!」が痛い

総評

 「ロボットより人間ドラマがメイン?そんなの子どもが観ると思ったか!」

→打ち切られて当然

逆襲のシャアロリコンテロリスト

公開年:1988年

主人公アムロ vs シャアの最終決戦

批評ポイント

シャアロリコン疑惑が本格的に悪化

地球隕石落とす理由が「地球が汚れてるから。あとララァ…」

主人公アムロなのに、なぜかシャアスポット当たりすぎ

総評

 「ララァは私の母になってくれるかもしれなかった女性だ!」

→え?ロリ母性を求めて隕石テロ?怖いよシャア

∀ガンダムヒゲ

放送年:1999年

舞台:全時代ガンダムの集約=黒歴史

批評ポイント

ガンダムヒゲ生えてる時点で視聴者が混乱

牧歌的でおしゃれすぎて、戦争ものに見えない

月光蝶文明リセットチートすぎて考えるのをやめた

総評

 「オーラリーオーラリー♪」と歌ってる間に世界が終わる

ガンダムじゃなくてジブリだと思った視聴者も多数

anond:20260221140442

60代で親が飯作ってくれると思ってるお前の平和牧歌的脳みそもおじさんにはうらやましいぐらいにまぶしいよ

2025-12-24

フリマアプリ会社で働いていた」への違和感

https://anond.hatelabo.jp/20251221114355

話題になっていた「フリマアプリ会社で働いていた」という退職エントリーを読んだ。世間では「心が洗われた」「よく言った!」などと絶賛の嵐だ。

まず最初に断っておきたい。

私は、とある企業経営レイヤーに属する人間だ。

件の会社とは一切関係がないし、正直あの会社がどうなろうと知ったことではない。

だが、あのエントリが「美談」として消費されている現状には、実務家として看過できない猛烈な違和感がある。

おそらく、組織利益や存続を左右する重い舵取りを任された経験がある人間ならば、あの文章を読んで抱く感想は「感動」などではないはずだ。

もっと乾いた、「呆れ」に近い感情だ。

「ああ、ビジネスパーソンとして必要OSが、根本からインストールされていないな」

致命的に何かが欠落している人間が、それを「正義」だと信じ込んで語っている姿に対する、埋めようのない断絶と脱力感。PLの重みを知る人間なら、誰しもがこの「やるせなさ」を感じたのではないか

もちろん、これがバズった背景は理解できる。あれは彼への純粋な称賛というより、例の企業に対する「積年のヘイト」が噴出した結果だ。彼を「巨悪を刺した勇者」に仕立て上げれば、みんな気持ちよく会社を叩けるからだ。

だが、だとしてもだ。

彼がやったことは、冷静に見れば明白な「背信行為」であり、ビジネスパーソンとして「ありえない」振る舞いの連続だ。

それなのに、「美談」というオブラートに包まれて、組織人としての背信行為正当化されてしまっている現状には、多くの実務家が口には出さずともモヤモヤしているはずだ。

誰も斬り込まないなら、私が沈黙している彼らの代弁者として、その「美談」の裏側を解剖しておきたい。

前提

まず前提として、度を超えた転売行為偽ブランド品の流通が「社会悪であるという点については、私も彼と認識を共にしている。おそらく、批判されている経営陣とて同じだろう。誰だって犯罪迷惑行為放置したいわけがない。 だが、ここからが決定的に違う。「それが社会悪である」ということと、「企業としてリソースを投下して今すぐ撲滅すべき最優先課題であるか」ということは、全く別のレイヤーの話だ。

変数vs多変数

その前提のもと、増田思考は、驚くほど「単変数」的だ。その思考の単純さが、最も端的に露呈しているのがこの一節だ。

あの当時の自分は、CS部門現場人間としてマスク転売に反対していました。理由は述べるまでもなく、「困っている人がいるのに転売おかしい!」というものです。

この一文を読んだ瞬間、私は頭を抱えたくなった。 ここには「自分主観的感情世界絶対的正義」という、極めて独善的な前提しかない。 自分が見ている景色自分が感じている感情。それだけが唯一の判断軸であり、それ以外の視点存在する可能性を1ミリ想像できていない。

もし私が彼の上司で、部下からこんなことを言われたら、その瞬間に絶望する自信がある。「ああ、この人をマネジメントするのは無理だ」とサジを投げるだろう。 なぜなら、彼は「対話」ができないからだ。自分感情が「述べるまでもない正義である以上、それに異を唱える経営判断はすべて「悪」になる。 こんなマネジメントコストの高い人材を抱え込むなんて、考えただけで胃が痛くなる。

彼が単変数問題を声高に叫ぶ傍らで、経営陣やマネジメント層は、無数の変数が複雑に絡み合う高次の方程式を解いている。そこには「倫理」という変数以外にも、法的リスク、数千万人のユーザー自由監視コスト株主への責任従業員給与原資、将来への投資、そして競合とのパワーバランスといった、相反する要素がひしめき合っている。 転売問題などのレピュテーションリスクについても、経営陣が気づいていないわけがない。リスク看過できないレベルに達したその瞬間に、リソースを一気に投下すればいいと計算し、あえて今は「静観」というカードを切っているに過ぎないと私は想像する。

その舵取りへの想像力を働かせることもなく、彼は「倫理観がない」と切り捨てた。30代のいい大人が書いたとは信じがたいほど拙い文章であり、知的な怠慢だ。

組織の内情を暴露する背信行為について

そして、私が最も問題視しているのは、彼が平然とやってのけた「背信行為」の暴力性だ。

彼は退職後、組織の内情を、誰が見てもその会社だとわかる形で暴露した(わざとかどうかはわからないが、社名まで公開していた)。さらに恐ろしいのは、彼がこの行為を「正義」だと信じていそうな点だ。自分の放った言葉が、かつての同僚や株主ステークホルダーにどのような損害を与えるかという「結果への想像力」が、彼には絶望的に欠けている。

メタ認知能力の欠如と「被害者」という立場への安住

さらに致命的なのは、その破壊的な衝動がどこから湧いてきているのかを俯瞰する「メタ認知能力」の欠如だ。

私の見立てでは、彼の動機心理学でいう「認知的不協和の解消」に過ぎない。

構造はこうだ。

彼は自身エントリーで、赤裸々にこう認めている。

「実際、偏差値50もない大学出身で、第二新卒で、何もできなかった自分が成長できた」

「正直、給料は軽く百万以上は下がりました」

これは極めて重要自白だ。

まり、彼はあの会社に「経歴の箔付け」をしてもらっただけでなく、自身本来市場価値よりも100万円以上も高い値付けで雇ってもらっていたことになる。

その「差額」はどこからまれたのか?

それこそが、彼が軽蔑する経営陣が、綺麗事だけでは済まない資本主義の荒波を冷徹に舵取りし、会社という箱を必死に守り抜いてきた結果得られた「果実」だ。

彼はその果実を長年貪り食ってきた。会社という防波堤の中で守られながら。

しかし一方で、彼は「自分清廉潔白で、人のために尽くす善人だ」という自己認識を捨てきれない。「汚い会社で身の丈以上の利益享受している自分」と「正義の味方である自分」。この矛盾する二つの事実は、強烈な不快感を生む。

この不協和を解消するために、彼にはどうしても「物語」が必要だったのだろう。

自分は金のためにそこにいたのではない。極悪非道組織に囚われていただけで、心までは売っていなかった被害者なのだ」という物語が。

会社を「絶対悪」として断罪すればするほど、そこで恩恵を受け続けていた自分過去正当化できる。彼のエントリーに見られる攻撃性は、高尚な倫理から来るものではない。自分の中にある不快感を解消したいという、独善的防衛本能に抗えなかっただけだ。

自分の受け取っていた対価が誰の泥臭い努力の上に成り立っていたのか。その想像力すらなく、去り際に後ろ足で泥をかける。

そんな人間は、ビジネスパーソンとして失格だ。

読み取った某組織メッセージ

そして、私はこの退職エントリを読んで、経営陣の「強烈な意志」を感じ取った。それは、「黎明期から居座る、今のフェーズに合わなくなった人材市場放出したい」という意図だ。

想像するに、例の会社にはまだ、彼のような人材が大量に残っているのではないか創業期や拡大期に入社し、運良くストックオプションや高待遇を得たものの、能力会社の成長スピードに追いつかなくなった「古参既得権益層」だ。

企業は、待遇が良いことで有名だ。外に出れば年収が下がることがわかっているから、彼らは会社にしがみつく。組織寄生し、甘い汁を吸いながら、口だけは「昔はよかった」「倫理観が」と文句を垂れ流す。 経営陣にとって、こうした「寄生する古参」の満足度を上げることは、組織を緩やかな死に向かわせる自殺行為に等しい。

からこそ、経営陣は今、あえて彼らが居心地の悪くなるような施策を打っているのではないだろうか。 それは短期的には従業員満足度を下げるだろう。だが、それは「代謝」のために必要な痛みだ。

不満を抱き、文句を言うだけの存在に「自分から出て行ってもらう」ための、組織マネジメントの一環。そう考えると、この退職エントリは、経営陣の描いたシナリオ通りにことが進んでいることの証左に見えてくる。 一時的な痛みに耐えてでも、組織を次のステージへ強引に引き上げようとするその胆力には、同情を超えて敬礼したい気持ちにすらなった。

さらに読み取った、「翻訳レイヤーの不在」という組織課題

この退職エントリーを読んで、私がもう一つ強く感じたのは、例の組織における「翻訳機能の欠落」だ。

先ほど述べたように、経営者が解いているのは、無数の変数が絡み合う「多変数関数」だ。

株主利益、法的リスク、競合優位性、キャッシュフロー、そして従業員士気。これら全てのバランスを取りながら、組織全体として最もパフォーマンスが出るポイント全体最適)を探し続けている。

一方で、現場が見ているのは「目の前の業務」という極めて限定された変数だ。増田のようなCSであれば、「ユーザー感情」や「倫理的な正しさ」が変数のほぼ全てを占める。彼らが解いているのは、部分最適関数だ。

ここで不幸なすれ違いが起きる。

全体最適」のために導き出された解は、「部分最適」の視点から見ると、往々にして「意味不明愚策」や「冷酷な切り捨て」に見えるからだ。

例えば、「将来の法的リスク回避し、サービス全体を存続させる(全体最適)」ために、「今の不正ユーザーの一部を泳がせて証拠を固める(部分的には悪)」という判断を下すとする。

だが、その意図を知らない現場からすれば、それは単なる「悪の放置」にしか映らない。

からこそ、健全組織には「翻訳者」が必要になる。

それが中間管理職本来役割だ。

経営層が弾き出した「冷徹論理的な解」を、そのまま現場に流せばショートするのは当たり前だ。だからマネージャーは、その決定背景にある「なぜ」を噛み砕き、時には現場の不満をガス抜きし、彼らが納得できる「物語」に変換して伝える。

この「説明コスト」と「感情ケア」こそが、組織繋ぎ止める接着剤なのだ

しかし、増田エントリーからは、その形跡が一切感じられない。

そこにあるのは、経営層のドライ意思決定が、なんの緩衝材もなく、剥き出しの高圧電流のまま現場に直撃している光景だ。

翻訳」不在のまま、資本論理を叩きつけられれば、純粋現場社員が「この会社は人の心がない」と錯乱するのも無理はない。

彼が怪物に見えた「経営者」は、実はただ淡々全体最適計算をしていただけかもしれない。

だが、その計算式を翻訳し、現場言語で語れる人間組織から消え失せていた(あるいは機能していなかった)。

この「中間レイヤー空洞化」こそが、彼を孤独義憤へと駆り立て、最終的に「背信行為」という暴発を引き起こし構造的な真因ではないだろうかと私は想像する。

(もしくは、説明しても話が通じないので出て行ってもらうためにあえて放置してる可能性もある。)

フォロー

一応、彼へのフォローもしておく。もちろん、彼個人全否定するつもりはない。 CSという職種性質上、高い「共感性」は必須スキルだ。目の前の顧客の痛みに寄り添えなければ、CSとしての機能は果たせない。 だから、彼らが解く方程式において「ユーザーの痛み」という変数の重み付けが、他の変数よりも極端に大きくなってしまうのは、避けられないことでもある。それが彼らの「才能」だからだ。その「痛みへの感度」があるからこそ、救われたユーザーもいただろうし、彼は優秀な現場担当者だったのかもしれない。それは想像に難くない。

だが、経営判断自身感情逆撫でするものからといって、会社という公器を危険晒す行為は、経営を預かる身として到底容認できない。それとこれとは全く話が別だ。

経営者が抱える「純粋さ」への嫉妬感情について

最後に、私自身の「メタ認知」も記して、この乱文を締めくくりたい。

ここまで増田をこき下ろしてきたが、彼が持っている「純粋気持ち」そのもの否定するつもりはない。顧客のために涙を流せる感受性は、人間として美しいものだ。それは認める。

ただ、正直に告白しよう。私がなぜここまで感情的になり、彼を断罪するような文章を書いたのか。 それはきっと、私自身が経営に携わり、会社という「器」を守るために、その「純粋さ」を犠牲にし、切り捨ててきたからだ。 彼の持つ、曇りのない眼差し顧客と泣き合えるほどの無垢な心。それに対する、ある種の「嫉妬」が私の中にあることは否定できない。

だが、これだけは理解してほしい。 彼がその純粋さを保っていられるのは、誰かが——経営者たちが——資本主義という冷酷な市場の中で、泥水をすすりながら適切な舵取りを行っているからだ。 彼らが「汚れ役」を引き受け、複雑な変数を処理し、防波堤になっているからこそ、彼は「善人」でいられる権利享受できている。

その構造に対する想像力もなく、たった一つの変数しか見えていない視野狭窄状態で、「あなた非人間的だ」と安全から石を投げられること。これにはどうしても辟易してしまうし、傷つきもする。 だからつい、こうやって匿名ダイアリー感情的になってしまったわけだ。

純粋でいられることへの嫉妬については、謝ろう。申し訳ない。ただ、その「純粋さを保つ権利」が誰の犠牲の上に成り立っているのか。その構造に気づかない限り、彼は次の「温かい職場」でも必ず同じ過ちを犯すだろう。

彼は現在、「現場裁量で社内調整し、規約を超えて一人のユーザーを救える」ような企業転職し、水を得た魚のように働いているらしい。

結構なことだ。だが、経営視点からあえて冷や水を浴びせるなら、それは組織が未熟だから許されているだけの「期間限定モラトリアム」に過ぎない。

規約を超えた個別対応」などというものは、オペレーションとして見れば再現性のない欠陥品だ。

ユーザー数が10倍、100倍になった時、その「温かい属人対応」は間違いなく破綻する。公平性担保できなくなり、現場パンクし、結局は彼が憎んだ「冷徹マニュアル対応」を導入せざるを得なくなる。

彼が今、幸せを感じているのは、その新しい会社がまだ「経営の多変数関数」を解かずに済む、牧歌的なアーリーフェーズにいるからに過ぎない。

いずれその会社が成長した時、彼はまた同じ壁にぶち当たるはずだ。その時、彼はまた「会社が冷たくなった」と絶望し、同じように砂をかけて去っていくことが想像に容易い。そうならないことを、切に願っている。

anond:20251223142115

国際勝共連合テロリストだった父との思い出

先月、父が65才で逝去した、ガンだとか大病でなく、急性の心臓が止まったことによる突然死だった。

俺にとっては自慢の父だった。家族仲は良く、父は、元警察官で退官後、民間で働き、ちょっとしたIT企業役員まで勤めていた経験があった、

柔道が得意で、狩猟射撃競技に熱中し、パソコンIT技術が得意で、珍しい趣味でもあったのか学校授業参観クラスメイトからも「お前の父ちゃんすげー!」と一目置かれる程で、俺にとっては本当に優しくて頼もしい、「理想のカッコいい大人」そのものだった。

前置きはそれまでにしておいて、父の「世間に隠し続けた本当の顔」を書き出したいと思う。

父は、俺が生まれる前から国際勝共連合に籍をおき、所謂そこの「非公然部門」にずっと属していた、それが父の本当の顔だった。

勝共連合統一教会は、IRAシン・フェイン党の様に表と裏の顔が違うだけの同じ組織だという。

言葉を濁さずに言えば、父は「テロリスト」だった。

勝共連合非公然部門については、それこそ古くは赤報隊事件の頃だとか、最近でも有田氏が記事を出したりしているので、簡単概要にとどめておきたいと思う。

1970年頃くらいに元自衛官警察官統一教会所属の人たちが、「有事が起これば自衛隊の後方で警備や非対称戦争を行うゲリラ軍としての秘密軍」として、自然発生的に成立したものらしい(諸説あるが、父や後述する「父の友達のおじさんたち」から俺が聞いた設立経緯はそうだという)

1970年代頭くらいの頃は青思会(※青年思想研究会という今はなくなった右翼団体)と並んで韓国渡航して軍事訓練だとかをやっていたというが、結局それも1~2回くらいで終わってしまったらしい。理由はわからない。

合法的に持てる銃器といえば、猟銃…つまり散弾銃で、これらを合法的許可を取って所持して、近場のクレー場などで射撃サークルの体で、同じく非公然部門に属する人たちと定期的に「射撃訓練」を行っていた。(俺が見て、父がいた場所では統一教会所有の射撃場や鉄砲店でなく、普通鉄砲店や公共射撃場を利用していた、各地によってばらつきはあるらしい。東京周辺の話である。)

当時小学生の子供だった俺もよく父に連れられて「秘密軍」の練習場へいって、そこで「友達のおじさん達」に可愛がられたことをよく覚えている。当時は合法的にもてたクロスボウ(バーネットコマンドという黒い奴)を撃たせてもらったりしていた。俺が10歳の頃なので、その時は1995年の話だった。

統一教会といえば山上事件などを見ればわかる様に、酷い搾取で有名であるが、父の非公然部門はそういうもの免除されていた。母は統一教会信者だったが、ノルマやそういったものが同じく免除されていた。つまり、俺の家の暮らし向きは非常に良かった。

「おじさんたち」もみんな元警察官や元自衛官の人たちばかりだった、そういう人たちしかスカウトされないという。中には、1980年代アフガニスタンソ連軍と戦っただとか、ミャンマー民族紛争帰り(当時は優勢だったカレン民族解放軍に参加していた)といった人たちもいた、本当なのか、今となっては本当にそうだったのかはわからない。

公平にいって、みんなネット愛国を叫ぶ大半の連中と違い、右翼テロリストとは思えない位優しくて、学や社会的地位もあり、いい人たちだった。

本物のテロリスト組織なんてところにいる人たちは、みんなそうなのかもしれない。本物の地下にいた人間ほど、表では慎み深い。

正直言って、ここまでなら図書館を巡ったり古雑誌記事を探せばわかる部分かもしれない。だから俺は、実際の所、父やあの人たちは何を思ってテロリストとして生活してたのかを書きたい。それが秘密を持ったまま人生を終えた父の、本当の供養になると思うからだ。

世間ネットでは、例の事件以降統一教会秘密組織といえば、いつでもテロクーデターを起こし警察と銃撃戦が出来そうな程の凶悪無比な重武装部隊という様な神話が膨れ上がっている。だが、俺が見てきた「父がいた秘密軍」はそうでなかった。実際、他のすべての非公然部門もそうだったと思う。

俺が父に連れられて「秘密軍」をつぶさに見て回れたのは5歳(1990年)から22歳(2007年)の17年間だった。そのころには、訓練といっても本当にただのクレー射撃サークル以上のことはしていなかった。みんな普通に働くことで忙しかったのだ。

父やおじさんたちの話を聞けば、80年代若い頃はそうでなかったらしい。アメリカミッチェル・ウェーベル主催するコブレイスクールフランクキャンパー主催するマークスクールSTスクールといった傭兵学校に学んできたり、ジェフクーパーのガンサイトアカデミーアメリカから最新の射撃技術を学んで持ち帰ったりしていたこともあったようだ。中には海外反共勢力にいってちょっと戦って戻ってきた人も前述のとおりいた、その傭兵学校コネ経由だったらしい。

公平に言って、1991年くらいまでは相当レベルが高い技能を保持していたんじゃないかと思う。

「野外訓練(戦闘訓練)」は、1970年代に何回か行っただけで、俺が見た時にはとっくに行われなくなっていた。単純な話で、散弾銃を猟区に持ち出せるのはたったの冬の間の三か月、それ以外であっても大規模に野戦だの市街戦だのを訓練できる場所施設を用意するのに苦労したからだ。

あとは、統一教会(勝共連合)の意向もある。ハッキリ言って、91年当時、とっくに父のいた非公然部門時代遅れになっていた。猟銃だとかは自弁持ち出しだから費用が掛からないので、殆どお飾りの物と化していた。それが、実態だった。

ただ、「活動記録」は報告しないといけなかったらしく。実際は休日、みんなで集まってクレー射撃で何ゲーム和気あいあいとしながら行った後、昼飯を食べて雑談をし、夕方になればちょっとした酒席で飲み会

そんな当たり前の「牧歌的なおじさん達のサークル活動」が、活動記録では悪の左翼共産主義中国ロシアといった「サタン」と戦うための戦闘能力を涵養する激しい訓練を行った。そう仰々しく書かれて、のぞき見した当時笑ってしまたことをよく覚えている。

父も、おじさんたちも、もう本気で戦う気もなければ、反共だとか、秘密戦だとか、非対称戦争だとか、ましてや日本支配するだとかは考えてもいなかったように思う。ただみんな、若い頃に与えられた「役割」を、人生の居場所としてそこに留まっていただけなのだろう。

父も、おじさんたちも、楽しく幸せそうだったが、同時にどこか寂しそうだった。「自分たち時代が終わった」ことを、どこかで理解していたからだろう。

それでいいのだろう、と俺は思う。俺は父がゴルゴ13の様なことをすることが想像できなかった。ましてや世間でよく見る右翼愛国者と自認する連中の様なヤカラですらなかった。

どう考えても、人を害するより人の中で生き、人のために真面目に働くべき人だった。

それでもおじさんたちや父が働いていた職種を選んだ理由は、「何かこの勝共連合秘密軍に役に立つ技能を得よう」というもので選んだものだったらしい。父はIT系だった、おじさん達も大半は産業(鉱業だとか化学薬品だとか金融不動産)といったなんらかの経営者だった。大学に入り直していた人たちもいた。

余談だが、IRAテロリストたちも、こんな風にして大学講義に入り込んで工学理系分野で役に立つ技術を「産業スパイ活動」していたらしい。海外で戦ったことがあるというおじさんが、色々と教えてくれたことを覚えている。

結局、この統一教会の「反共秘密軍」と俺との関係は、大学卒業するまで17年間続いた。

世間では、1996年くらいまでは続いていたと記事ニュースで出ているが、俺が見てきた父のいた場所は「長続き」していたのか、みんなが高齢でどんどん活動に参加できなくなっていく2014年までは続いていた、と聞く。多分、統一教会の「秘密軍」の最後は父のいたところだったんじゃないか根拠はないが思っている。

これが、俺の見てきた「統一教会非公然武装部門」の話。

俺の父は、勝共連合秘密軍に属する警察でさえ実態がつかめず恐れるテロリストだった。

…ただテロリストである父も、友達のおじさんたちも、ただの一度も「サタン日本人」に向けて銃を撃ち、「サタン国家」に挑戦することなく、人や社会を害することもなく、ましてや警察に一度もお世話になることもなく、「サタン警察」を憎むこともなく、

優しい普通の人や父として、秘密というには余りに凶悪な響きに対して、

牧歌的でずっと続くぬるま湯の様な、退屈で、楽しくて、優しくて、愛おしいこの素晴らしい「サタン国家世界」でその生涯を終えていった。

俺は、それでいいのだと思う。

この話を信じるか、AIだというか、ネットで気を吐いている統一教会信者の人たちがどう判断するかは、読み手にゆだねたいと思う。

まして話としてマズいか運営削除になるのかはわからない。ただ、俺は6歳の頃に任命された「勝共連合秘密軍、特別隊員」として、最後の「活動報告」を、統一教会勝共連合ではなく、世間に報告したいと思う。

亡き父と父の友人たちを偲んで。

2025-12-23

国際勝共連合テロリストだった父との思い出」という物語作為

この投稿は、特定政治的意図に基づいて巧妙に構成された「プロパガンダフィクションである疑いが濃厚。以下の3点から、その不自然さと作為性を指摘しておきたい。

1. 「プロの秘匿性」と「家族への無防備情報漏洩」の致命的な矛盾

筆者の父は「元警察官」であり、公安実態を掴めない「非公然部門」の人間だったとされる。そのような機密保持プロが、将来的にどのような社会的立場になるか予測不能な幼少期の子供に対し、組織の内情を明かし、訓練現場へ連れ回すだろうか?メンバーの誰もが 「警察に一度もお世話にならなかった」ほど徹底した秘匿主義と、息子に「秘密軍の特別隊員」という自覚を持たせるという脇の甘さは、まったくもって両立し難い。これは、「事情を知り得る立場だった」というアリバイを後付けで補強するための、創作上の設定と見るのが妥当だろう。

2. 「暴力脱臭」とノスタルジーへのすり替え

おそらく、この文章の最大の狙いは、統一教会勝共連合という組織が持つ「反社会性」や「搾取」という負のイメージを、「時代の荒波に消えていった男たちのロマン」へと書き換えることにある。 「実態牧歌的クレー射撃サークルだった」「父やおじさんたちは優しかった」という描写を重ねることで、彼らが関与したとされる数々の疑惑や、現在進行形で苦しむ被害者存在を、読み手意識から巧みにフェードアウトさせている。これは典型的な「毒抜き」の手法だ。

3. はてブ拡散装置とした、魅力的な「偽史」の構築

なぜ、これほどまでに長文かつ重層的な構成なのか。それは長文と論理議論を好む「はてなユーザー」の習性を利用するためであろう。

メタ認知逆用した誘導: 単なる美辞麗句ではなく、組織形骸化や「退屈な日常」をリアリズムとして提示することで、懐疑的な読者の批判精神を「現場実態は案外こんなものか」という納得感で中和させている。

・逆説的カタルシスの利用: 「サタン国家日本)を愛してしまった」という物語は、教義上の矛盾を「個人の苦悩と愛国心」という美しい物語昇華させる。この劇的な逆説には、論理的な議論を好む層も食いつきやすい。

政治的現実隠蔽: 安倍元首相銃撃事件以降、白日の下に晒された「汚い人脈とやり口」を、「実は深い憂国の情があった」というナラティブで上書きする。これは、現体制の負の側面を温存させたい勢力にとって、極めて都合の良い広報活動ナラティブビルディング)として機能している。

・初期ブクマカの不自然さ: 極めつけはこれだ。藪をつついて蛇が出るのも面倒なので詳述は避けるが、見ようによっては、工作の端緒が露呈しているようにも見受けられる。

結論

この投稿は、個人の回想を装いながら、検証不可能な「個人体験談」という形式で読者の思考停止を誘発するポスト真実的(Post-truth)なアプローチである可能性が高い。

付言するなら、我々が心にとめ置くべきは、この文章事実か否かにかかわらず、「こうした文章によって、誰が、どの不都合な事実歴史の闇に葬り去り得るか、Cui bono(誰の利益になるか)」の視点である

anond:20251223142115

2025-12-09

チンパンジー配属」で騒ぐのはまだ素人永田町広告代理店に学ぶ猛獣多頭飼育」の極意と、教育現場の野生個体 Re: チンパンジーが配属されてきたら、あなたはどうマネジメントする?

削除されてしまいましたが、​先日、スタートアップ界隈で話題になったQiitaアドベントカレンダー記事はお読みになられましたか

チンパンジーが配属されてきたら、あなたはどうマネジメントする?』という、パンクタイトル記事でした。

​内容は、とあるスタートアップの開発チームに、社長鶴の一声(と投資家への忖度)で、文字通りの「チンパンジーパンジくん)」が配属されるというお話

記事では、マネージャーが奔走してパンジくんを隔離し、誰も傷つかずにハッピーエンドを迎える「成功ルート」が本線として描かれ、一方で、対応を間違えた場合の「失敗ルート(IF)」では、パンジくんが暴れて社員の指を食いちぎるというショッキングなバッドエンドも提示されました。

​「不適切で消されちゃったけど、チンパンジーが配属されてきたらどうマネジメントするか?の話、勉強になった。ただの匿名記事だと思ったら企業Blogだったのかww」

マネジメントしようなんて思わずにそっと転職準備を始めるよ…」

「消すと増える」(魚拓リンク

その不条理さに頭を抱え、あるいは共感した人々が見られました。

結論:檻に入れられ、燃やされるのは「パンピー」の方だ

しかし、かつて大学動物行動学を専攻し、チンパンジー社会構造研究してからこの人間社会というジャングルへ足を踏み入れた身として、あえて言わせてください。

「たった一頭のチンパンジーで大騒ぎするなんて、スタートアップ世界はなんと平和で、牧歌的なんだろう」

​この記事結論を、すべての前提として最初に書きます

猛獣チンパンジー)が檻に入るのではありません。

私たちパンピー(一般人)こそが檻に押し込められ、燃料としてくべられる。

それが、生物学的に見たこ社会におけるマネジメントの「正解」なのです。

​世の中には、元記事で「最悪のIF」として描かれた地獄絵図が、「日常デフォルト)」として機能している業界存在します。そう、永田町国会議員秘書)、大手広告代理店、そして学校世界です。

私たち「多頭飼育」のプロフェッショナルたちが導き出した、残酷な最適解。それは、猛獣隔離することではありません。

猛獣(カネと権力の源泉)を守り、その価値を最大化するために、人間一般社員や生徒)を燃料として燃やし続けること」

​なぜ、そんな理不尽がまかり通るのか?

それを理解するには、少しだけ「チンパンジーという生き物の仕様」について、講義をする必要があります

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​生態講義チンパンジーは「権力」を食べる生き物である

​皆さんはチンパンジーを「バナナを食べる動物」だと思っていませんか?

動物行動学の視点では、それは間違いです。チンパンジーとは、餌よりも先に「序列」と「権力」をめぐる動物だと定義したほうが、その本質理解やすくなります

​1. 身体が「序列闘争」に最適化されている

​野生の群れに関するフィールド研究では、オス同士が同盟を組み、毛づくろいや餌の分配をテコにして「誰が誰の味方か」を積み上げ、厳しい序列を作ることが報告されています(Goodall 1986, de Waal 2007)。

​恐ろしいのは、彼らの生理機能のものが、このゲーム最適化されている点です。

優位なオスほどテストステロン値が高く、地位争いが激しい時期には、群れ全体でコルチゾールストレスホルモン)が上昇します。彼らはリラックスしているのではなく、筋肉維持と闘争準備のために、常時エンジンを吹かしてアイドリングしている状態なのです(Muehlenbein 2010, Wrangham 2004)。

​2. 「出たり入ったり自由」な階級社会

​彼らの社会一枚岩ではありません。日中は小さなサブグループに分かれ、餌場やメンバーの顔ぶれに応じて離合集散を繰り返す「フィッション・フュージョン離合集散社会」です(Arcadi 2018)。

この流動的な派閥構造の上に、オス中心の強固な序列が重なる。これ、何かに似ていませんか?そう、人間の「派閥」や「部署」そのものです。

​3. 「戦争」をする隣人

​そして、彼らは他群れの個体に対して容赦のない暴力を振るいます

オスたちがパトロール隊を組んで隣接群を襲撃し、時に相手殺害して縄張りを拡大する「小規模な戦争」が、自然状態で起きていることが確認されています(Goodall 2019, Gilby 2014)。

それが、私たち職場対峙している「彼ら」の正体なのです。

​この「生物学的な仕様」を頭に入れた上で、私たちの住むジャングル日本社会)を見渡してみましょう。

そこには、驚くほど忠実にチンパンジーの生態を再現した「多頭飼育現場」が広がっています

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永田町テストステロン血縁同盟サファリパーク

​まず、国内最大級かつ最も危険飼育現場が、永田町周辺の「国会議員秘書」という聖域です。

ここでは、高いテストステロンと強固な血縁同盟を持った猛獣たちが、「公設秘書」という名の檻の中で放し飼いにされています

​「エサのピンハネ」というマウンティング

公設秘書給与は、最大で月給百数十万円ほどが税金から支払われます。そして、その席に座っているのは「妻」「息子」「兄弟」、あるいは「愛人」です。

これは生物学的に言えば、血縁個体への資源分配(Kin Selection)」と「配偶者防衛」です。

さらに​最近話題になった、「秘書給与ピンハネ疑惑」のように、群れのボス議員)が構成員のエサ(秘書給与)を強制的寄付させ、自分の懐に還流させる行為。これは、霊長類特有序列確認行動(マウンティング)に他なりません。

パンジくんはバナナを食べるだけでしたが、彼らは国民税金を二重にも三重にも貪り食うシステムを構築しているのです。

​「パンピー」にのしかかる生理コスト

​ここで燃料としてくべられるのは、コネのない「一般秘書」たちです。

彼らは政策立案という実務をこなしながら、猛獣たちの汚物処理(不祥事の揉み消し、愛人対応)をさせられます

チンパンジー生態学的に見れば、彼らは「劣位個体ストレス生理」を強いられています

野生でも、いつ殴られるか分からない劣位個体慢性的コルチゾールストレスパラメーターが高くなります(Preis 2019)。一般秘書たちが心身を壊していくのは、精神的な弱さではなく、長期間の捕食恐怖にさらされた生物としての正常な反応なのです。

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広告代理店SDO社会支配志向)の高い聖獣たち

​もう一つの巨大な飼育現場が、大手広告代理店です。

ここには、社会心理学でいう社会支配志向SDO)」の高い個体が集まりやすい傾向があります

階級を好む脳、不平等を愛する心

SDOとは、社会序列や不平等肯定し、それを維持しようとする心理傾向のことです(Sidanius & Pratto 1999)。

広告業界ヒエラルキー構造は、高いSDOを持つ個体にとって居心地の良いジャングルです。

​そこに、「大口クライアント社長令嬢」「政治家の息子」といった、生まれながらにして最強の「体格(資本)」を持った個体が投入されます

彼女たちは、一般社員過労死ラインで働いている横で、経費を使って優雅に飲み歩きます。なぜなら、チンパンジー社会において「高順位個体リソースを独占するのは自然の摂理」だからです。

猛獣が人を殺めても、檻には入れられない

過去には、有力者の息子である社員が同僚に危害を加え、死に至らしめた事件さえありました。

しかし、そうした事案は見えないことにされます

なぜなら、群れの論理において「高順位オス(太客)の機嫌を損ねること」は、群れ全体の生存(売上)に関わる最大のリスクからです。

パンピー一匹の命より、群れの序列維持。これが代理店というジャングルの掟です。

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学校:一校に一頭、必ず紛れ込む野生

永田町代理店という「群れ」のお話をしてきましたが、学校では「フィッション・フュージョン社会の末端」として、全国津々浦々に野生のチンパンジーが配置されています

コネ採用モンスターティーチャー

私立校なら「母校愛(同盟)」で採用された卒業生が、公立校なら「教育委員会親族血縁)」枠の教員が、授業をサボっても誰にも注意されず、腫れ物として扱われています

生徒や保護者暴言を吐くモンスターティーチャーがいても、せいぜい異動で済まされ、数年後には別の学校で何食わぬ顔で教壇に立っています

​完成された「隠蔽の仕組み」

​そして最も恐ろしいのが、「性犯罪(野生の発露)」に対する隠蔽システムの完成度です。

​かつて学校現場では、教員が生徒にわいせつ行為をしても、懲戒免職ではなく「依願退職」させることが通例でした。

懲戒なら記録に残りますが、依願退職なら残りません。それどころか退職金まで支給され、ほとぼりが冷めれば免許を再取得し、再び他校で子供たちという獲物を物色することが可能だったのです。

最近になってようやく「わいせつ教員対策法」や「日本版DBS」といった法整備が進みましたが、現場の「事なかれ主義」や「校長による口止め」といった文化までは消えていません。

​これは、群れが「不都合個体」を一時的に視界から外すことで、群れ全体の体面(なわばり)を守ろうとする防衛本能の発露と言えます

その過程で、子供たちという最も弱い個体が燃料にされているのです。

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​「隔離」できたのは、たった一頭だったか

​さて、これら生物学的知見を持って、Qiitaの元記事を振り返ってみましょう。

記事の本線である成功シナリオ」で、あのマネージャーパンジくんを隔離し、リモートワークで接触を断ち、見事にハッピーエンドを勝ち取りました。

しかし、なぜそれが可能だったのか?

相手がたった一頭で、たかだか月額5000万円の案件だったから」

​一頭なら、専用の部屋を用意して閉じ込めることができます

しかし、永田町代理店のように猛獣が群れをなし、学校のように全国規模で配置され、動くものが「国家予算」や「数十、数百億円規模」になった時、隔離などという選択肢はハナからありません。

​檻に入りきらないほどの猛獣が溢れかえった時、誰が檻に押し込まれるのか?

それは、「人間一般社員教員・生徒)」の方です。

飼育とは、価値最大化のための「燃料の選別」である

研究室にいた頃、私たち猛獣管理するために、何重もの鍵がかかった檻と、緊急用の麻酔銃を用意していました。対象危険であればあるほど、隔離を徹底するのが「飼育」の鉄則だったからです。

しかし、人間社会という多頭飼育現場における「飼育」の実態は、全く異なります

猛獣の持つ価値(票、カネ、権力)を最大限に搾り取るために、周囲の餌と燃料(パンピー)をどう配分するか」という選別に変質しています

永田町公設秘書椅子無能親族を座らせるとき、そこに「税金無駄遣い」という倫理的な悩みは考慮されません。それは「血縁同盟の強化」という生物学合理性に基づいているからです。

広告代理店一般社員を使い潰すとき、そこに躊躇はありません。「劣位個体ストレス」など、高順位個体繁栄の前では些末な問題からです。

そして、授業・部活事務保護者対応に追われる「一般教員」と、理不尽指導を受ける「生徒」は、まとめて燃料にされます。「学校の評判」を守るために。

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​おわりに:あなたはどちら側に立つか

畜産学徒の目で見ると、あの牧歌的スタートアップに限らず、人間職場の多くは「チンパンジーの群れの変種」として読むことができます

集団支配する少数の高順位個体が、票や広告費といった餌場を押さえ、血縁コネ自分の周囲を固める。

その外側に、慢性的コルチゾール過多とストレス生理を抱えた多数のパンピー個体が、燃料として並べられている。

​この社会システムは、最初からパンピーが何人か死んでも、猛獣が生きている限りは問題ない」という、野生の論理で組まれています

マネージャー仕事とは、「部下を守ること」だけではないのかもしれません。

システムの冷酷な設計図生物学仕様)を理解したうえで、自分の体と部下の体をどこまでその燃料として差し出すかを、自分で決めること」。

​知恵を絞って隔離施設を作れるのは、まだ規模が小さく、守るべきものが明確な「幸せな時期」だけかもしれません。

群れをなした猛獣が押し寄せ、数十億円利益という組織論理とテストステロンで迫られた時、あなたは部下を守れますか?

それとも、システム歯車として燃料をくべ続けますか?

​「たった一頭で大騒ぎできるうちは、まだ幸せだ」

その言葉を噛み締めながら、今日もどこかで誰かが、私も、そしてあなたもやがて、静かに燃え尽きていくのです。

https://note.com/sexaddict/n/n3e223c787d90

チンパンジー配属」で騒ぐのはまだ素人永田町広告代理店に学ぶ猛獣多頭飼育」の極意と、教育現場の野生個体 Re: チンパンジーが配属されてきたら、あなたはどうマネジメントする?

削除されてしまいましたが、​先日、スタートアップ界隈で話題になったQiitaアドベントカレンダー記事はお読みになられましたか

チンパンジーが配属されてきたら、あなたはどうマネジメントする?』という、パンクタイトル記事でした。

​内容は、とあるスタートアップの開発チームに、社長鶴の一声(と投資家への忖度)で、文字通りの「チンパンジーパンジくん)」が配属されるというお話

記事では、マネージャーが奔走してパンジくんを隔離し、誰も傷つかずにハッピーエンドを迎える「成功ルート」が本線として描かれ、一方で、対応を間違えた場合の「失敗ルート(IF)」では、パンジくんが暴れて社員の指を食いちぎるというショッキングなバッドエンドも提示されました。

​「不適切で消されちゃったけど、チンパンジーが配属されてきたらどうマネジメントするか?の話、勉強になった。ただの匿名記事だと思ったら企業Blogだったのかww」

マネジメントしようなんて思わずにそっと転職準備を始めるよ…」

「消すと増える」(魚拓リンク

その不条理さに頭を抱え、あるいは共感した人々が見られました。

結論:檻に入れられ、燃やされるのは「パンピー」の方だ

しかし、かつて大学動物行動学を専攻し、チンパンジー社会構造研究してからこの人間社会というジャングルへ足を踏み入れた身として、あえて言わせてください。

「たった一頭のチンパンジーで大騒ぎするなんて、スタートアップ世界はなんと平和で、牧歌的なんだろう」

​この記事結論を、すべての前提として最初に書きます

猛獣チンパンジー)が檻に入るのではありません。

私たちパンピー(一般人)こそが檻に押し込められ、燃料としてくべられる。

それが、生物学的に見たこ社会におけるマネジメントの「正解」なのです。

​世の中には、元記事で「最悪のIF」として描かれた地獄絵図が、「日常デフォルト)」として機能している業界存在します。そう、永田町国会議員秘書)、大手広告代理店、そして学校世界です。

私たち「多頭飼育」のプロフェッショナルたちが導き出した、残酷な最適解。それは、猛獣隔離することではありません。

猛獣(カネと権力の源泉)を守り、その価値を最大化するために、人間一般社員や生徒)を燃料として燃やし続けること」

​なぜ、そんな理不尽がまかり通るのか?

それを理解するには、少しだけ「チンパンジーという生き物の仕様」について、講義をする必要があります

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​生態講義チンパンジーは「権力」を食べる生き物である

​皆さんはチンパンジーを「バナナを食べる動物」だと思っていませんか?

動物行動学の視点では、それは間違いです。チンパンジーとは、餌よりも先に「序列」と「権力」をめぐる動物だと定義したほうが、その本質理解やすくなります

​1. 身体が「序列闘争」に最適化されている

​野生の群れに関するフィールド研究では、オス同士が同盟を組み、毛づくろいや餌の分配をテコにして「誰が誰の味方か」を積み上げ、厳しい序列を作ることが報告されています(Goodall 1986, de Waal 2007)。

​恐ろしいのは、彼らの生理機能のものが、このゲーム最適化されている点です。

優位なオスほどテストステロン値が高く、地位争いが激しい時期には、群れ全体でコルチゾールストレスホルモン)が上昇します。彼らはリラックスしているのではなく、筋肉維持と闘争準備のために、常時エンジンを吹かしてアイドリングしている状態なのです(Muehlenbein 2010, Wrangham 2004)。

​2. 「出たり入ったり自由」な階級社会

​彼らの社会一枚岩ではありません。日中は小さなサブグループに分かれ、餌場やメンバーの顔ぶれに応じて離合集散を繰り返す「フィッション・フュージョン離合集散社会」です(Arcadi 2018)。

この流動的な派閥構造の上に、オス中心の強固な序列が重なる。これ、何かに似ていませんか?そう、人間の「派閥」や「部署」そのものです。

​3. 「戦争」をする隣人

​そして、彼らは他群れの個体に対して容赦のない暴力を振るいます

オスたちがパトロール隊を組んで隣接群を襲撃し、時に相手殺害して縄張りを拡大する「小規模な戦争」が、自然状態で起きていることが確認されています(Goodall 2019, Gilby 2014)。

それが、私たち職場対峙している「彼ら」の正体なのです。

​この「生物学的な仕様」を頭に入れた上で、私たちの住むジャングル日本社会)を見渡してみましょう。

そこには、驚くほど忠実にチンパンジーの生態を再現した「多頭飼育現場」が広がっています

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永田町テストステロン血縁同盟サファリパーク

​まず、国内最大級かつ最も危険飼育現場が、永田町周辺の「国会議員秘書」という聖域です。

ここでは、高いテストステロンと強固な血縁同盟を持った猛獣たちが、「公設秘書」という名の檻の中で放し飼いにされています

​「エサのピンハネ」というマウンティング

公設秘書給与は、最大で月給百数十万円ほどが税金から支払われます。そして、その席に座っているのは「妻」「息子」「兄弟」、あるいは「愛人」です。

これは生物学的に言えば、血縁個体への資源分配(Kin Selection)」と「配偶者防衛」です。

さらに​最近話題になった、「秘書給与ピンハネ疑惑」のように、群れのボス議員)が構成員のエサ(秘書給与)を強制的寄付させ、自分の懐に還流させる行為。これは、霊長類特有序列確認行動(マウンティング)に他なりません。

パンジくんはバナナを食べるだけでしたが、彼らは国民税金を二重にも三重にも貪り食うシステムを構築しているのです。

​「パンピー」にのしかかる生理コスト

​ここで燃料としてくべられるのは、コネのない「一般秘書」たちです。

彼らは政策立案という実務をこなしながら、猛獣たちの汚物処理(不祥事の揉み消し、愛人対応)をさせられます

チンパンジー生態学的に見れば、彼らは「劣位個体ストレス生理」を強いられています

野生でも、いつ殴られるか分からない劣位個体慢性的コルチゾールストレスパラメーターが高くなります(Preis 2019)。一般秘書たちが心身を壊していくのは、精神的な弱さではなく、長期間の捕食恐怖にさらされた生物としての正常な反応なのです。

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広告代理店SDO社会支配志向)の高い聖獣たち

​もう一つの巨大な飼育現場が、大手広告代理店です。

ここには、社会心理学でいう社会支配志向SDO)」の高い個体が集まりやすい傾向があります

階級を好む脳、不平等を愛する心

SDOとは、社会序列や不平等肯定し、それを維持しようとする心理傾向のことです(Sidanius & Pratto 1999)。

広告業界ヒエラルキー構造は、高いSDOを持つ個体にとって居心地の良いジャングルです。

​そこに、「大口クライアント社長令嬢」「政治家の息子」といった、生まれながらにして最強の「体格(資本)」を持った個体が投入されます

彼女たちは、一般社員過労死ラインで働いている横で、経費を使って優雅に飲み歩きます。なぜなら、チンパンジー社会において「高順位個体リソースを独占するのは自然の摂理」だからです。

猛獣が人を殺めても、檻には入れられない

過去には、有力者の息子である社員が同僚に危害を加え、死に至らしめた事件さえありました。

しかし、そうした事案は見えないことにされます

なぜなら、群れの論理において「高順位オス(太客)の機嫌を損ねること」は、群れ全体の生存(売上)に関わる最大のリスクからです。

パンピー一匹の命より、群れの序列維持。これが代理店というジャングルの掟です。

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学校:一校に一頭、必ず紛れ込む野生

永田町代理店という「群れ」のお話をしてきましたが、学校では「フィッション・フュージョン社会の末端」として、全国津々浦々に野生のチンパンジーが配置されています

コネ採用モンスターティーチャー

私立校なら「母校愛(同盟)」で採用された卒業生が、公立校なら「教育委員会親族血縁)」枠の教員が、授業をサボっても誰にも注意されず、腫れ物として扱われています

生徒や保護者暴言を吐くモンスターティーチャーがいても、せいぜい異動で済まされ、数年後には別の学校で何食わぬ顔で教壇に立っています

​完成された「隠蔽の仕組み」

​そして最も恐ろしいのが、「性犯罪(野生の発露)」に対する隠蔽システムの完成度です。

​かつて学校現場では、教員が生徒にわいせつ行為をしても、懲戒免職ではなく「依願退職」させることが通例でした。

懲戒なら記録に残りますが、依願退職なら残りません。それどころか退職金まで支給され、ほとぼりが冷めれば免許を再取得し、再び他校で子供たちという獲物を物色することが可能だったのです。

最近になってようやく「わいせつ教員対策法」や「日本版DBS」といった法整備が進みましたが、現場の「事なかれ主義」や「校長による口止め」といった文化までは消えていません。

​これは、群れが「不都合個体」を一時的に視界から外すことで、群れ全体の体面(なわばり)を守ろうとする防衛本能の発露と言えます

その過程で、子供たちという最も弱い個体が燃料にされているのです。

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​「隔離」できたのは、たった一頭だったか

​さて、これら生物学的知見を持って、Qiitaの元記事を振り返ってみましょう。

記事の本線である成功シナリオ」で、あのマネージャーパンジくんを隔離し、リモートワークで接触を断ち、見事にハッピーエンドを勝ち取りました。

しかし、なぜそれが可能だったのか?

相手がたった一頭で、たかだか月額5000万円の案件だったから」

​一頭なら、専用の部屋を用意して閉じ込めることができます

しかし、永田町代理店のように猛獣が群れをなし、学校のように全国規模で配置され、動くものが「国家予算」や「数十、数百億円規模」になった時、隔離などという選択肢はハナからありません。

​檻に入りきらないほどの猛獣が溢れかえった時、誰が檻に押し込まれるのか?

それは、「人間一般社員教員・生徒)」の方です。

飼育とは、価値最大化のための「燃料の選別」である

研究室にいた頃、私たち猛獣管理するために、何重もの鍵がかかった檻と、緊急用の麻酔銃を用意していました。対象危険であればあるほど、隔離を徹底するのが「飼育」の鉄則だったからです。

しかし、人間社会という多頭飼育現場における「飼育」の実態は、全く異なります

猛獣の持つ価値(票、カネ、権力)を最大限に搾り取るために、周囲の餌と燃料(パンピー)をどう配分するか」という選別に変質しています

永田町公設秘書椅子無能親族を座らせるとき、そこに「税金無駄遣い」という倫理的な悩みは考慮されません。それは「血縁同盟の強化」という生物学合理性に基づいているからです。

広告代理店一般社員を使い潰すとき、そこに躊躇はありません。「劣位個体ストレス」など、高順位個体繁栄の前では些末な問題からです。

そして、授業・部活事務保護者対応に追われる「一般教員」と、理不尽指導を受ける「生徒」は、まとめて燃料にされます。「学校の評判」を守るために。

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​おわりに:あなたはどちら側に立つか

畜産学徒の目で見ると、あの牧歌的スタートアップに限らず、人間職場の多くは「チンパンジーの群れの変種」として読むことができます

集団支配する少数の高順位個体が、票や広告費といった餌場を押さえ、血縁コネ自分の周囲を固める。

その外側に、慢性的コルチゾール過多とストレス生理を抱えた多数のパンピー個体が、燃料として並べられている。

​この社会システムは、最初からパンピーが何人か死んでも、猛獣が生きている限りは問題ない」という、野生の論理で組まれています

マネージャー仕事とは、「部下を守ること」だけではないのかもしれません。

システムの冷酷な設計図生物学仕様)を理解したうえで、自分の体と部下の体をどこまでその燃料として差し出すかを、自分で決めること」。

​知恵を絞って隔離施設を作れるのは、まだ規模が小さく、守るべきものが明確な「幸せな時期」だけかもしれません。

群れをなした猛獣が押し寄せ、数十億円利益という組織論理とテストステロンで迫られた時、あなたは部下を守れますか?

それとも、システム歯車として燃料をくべ続けますか?

​「たった一頭で大騒ぎできるうちは、まだ幸せだ」

その言葉を噛み締めながら、今日もどこかで誰かが、私も、そしてあなたもやがて、静かに燃え尽きていくのです。

https://note.com/sexaddict/n/n3e223c787d90

チンパンジー配属」で騒ぐのはまだ素人永田町広告代理店に学ぶ猛獣多頭飼育」の極意と、教育現場の野生個体 Re: チンパンジーが配属されてきたら、あなたはどうマネジメントする?

削除されてしまいましたが、​先日、スタートアップ界隈で話題になったQiitaアドベントカレンダー記事はお読みになられましたか

チンパンジーが配属されてきたら、あなたはどうマネジメントする?』という、パンクタイトル記事でした。

​内容は、とあるスタートアップの開発チームに、社長鶴の一声(と投資家への忖度)で、文字通りの「チンパンジーパンジくん)」が配属されるというお話

記事では、マネージャーが奔走してパンジくんを隔離し、誰も傷つかずにハッピーエンドを迎える「成功ルート」が本線として描かれ、一方で、対応を間違えた場合の「失敗ルート(IF)」では、パンジくんが暴れて社員の指を食いちぎるというショッキングなバッドエンドも提示されました。

​「不適切で消されちゃったけど、チンパンジーが配属されてきたらどうマネジメントするか?の話、勉強になった。ただの匿名記事だと思ったら企業Blogだったのかww」

マネジメントしようなんて思わずにそっと転職準備を始めるよ…」

「消すと増える」(魚拓リンク

その不条理さに頭を抱え、あるいは共感した人々が見られました。

結論:檻に入れられ、燃やされるのは「パンピー」の方だ

しかし、かつて大学動物行動学を専攻し、チンパンジー社会構造研究してからこの人間社会というジャングルへ足を踏み入れた身として、あえて言わせてください。

「たった一頭のチンパンジーで大騒ぎするなんて、スタートアップ世界はなんと平和で、牧歌的なんだろう」

​この記事結論を、すべての前提として最初に書きます

猛獣チンパンジー)が檻に入るのではありません。

私たちパンピー(一般人)こそが檻に押し込められ、燃料としてくべられる。

それが、生物学的に見たこ社会におけるマネジメントの「正解」なのです。

​世の中には、元記事で「最悪のIF」として描かれた地獄絵図が、「日常デフォルト)」として機能している業界存在します。そう、永田町国会議員秘書)、大手広告代理店、そして学校世界です。

私たち「多頭飼育」のプロフェッショナルたちが導き出した、残酷な最適解。それは、猛獣隔離することではありません。

猛獣(カネと権力の源泉)を守り、その価値を最大化するために、人間一般社員や生徒)を燃料として燃やし続けること」

​なぜ、そんな理不尽がまかり通るのか?

それを理解するには、少しだけ「チンパンジーという生き物の仕様」について、講義をする必要があります

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​生態講義チンパンジーは「権力」を食べる生き物である

​皆さんはチンパンジーを「バナナを食べる動物」だと思っていませんか?

動物行動学の視点では、それは間違いです。チンパンジーとは、餌よりも先に「序列」と「権力」をめぐる動物だと定義したほうが、その本質理解やすくなります

​1. 身体が「序列闘争」に最適化されている

​野生の群れに関するフィールド研究では、オス同士が同盟を組み、毛づくろいや餌の分配をテコにして「誰が誰の味方か」を積み上げ、厳しい序列を作ることが報告されています(Goodall 1986, de Waal 2007)。

​恐ろしいのは、彼らの生理機能のものが、このゲーム最適化されている点です。

優位なオスほどテストステロン値が高く、地位争いが激しい時期には、群れ全体でコルチゾールストレスホルモン)が上昇します。彼らはリラックスしているのではなく、筋肉維持と闘争準備のために、常時エンジンを吹かしてアイドリングしている状態なのです(Muehlenbein 2010, Wrangham 2004)。

​2. 「出たり入ったり自由」な階級社会

​彼らの社会一枚岩ではありません。日中は小さなサブグループに分かれ、餌場やメンバーの顔ぶれに応じて離合集散を繰り返す「フィッション・フュージョン離合集散社会」です(Arcadi 2018)。

この流動的な派閥構造の上に、オス中心の強固な序列が重なる。これ、何かに似ていませんか?そう、人間の「派閥」や「部署」そのものです。

​3. 「戦争」をする隣人

​そして、彼らは他群れの個体に対して容赦のない暴力を振るいます

オスたちがパトロール隊を組んで隣接群を襲撃し、時に相手殺害して縄張りを拡大する「小規模な戦争」が、自然状態で起きていることが確認されています(Goodall 2019, Gilby 2014)。

それが、私たち職場対峙している「彼ら」の正体なのです。

​この「生物学的な仕様」を頭に入れた上で、私たちの住むジャングル日本社会)を見渡してみましょう。

そこには、驚くほど忠実にチンパンジーの生態を再現した「多頭飼育現場」が広がっています

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永田町テストステロン血縁同盟サファリパーク

​まず、国内最大級かつ最も危険飼育現場が、永田町周辺の「国会議員秘書」という聖域です。

ここでは、高いテストステロンと強固な血縁同盟を持った猛獣たちが、「公設秘書」という名の檻の中で放し飼いにされています

​「エサのピンハネ」というマウンティング

公設秘書給与は、最大で月給百数十万円ほどが税金から支払われます。そして、その席に座っているのは「妻」「息子」「兄弟」、あるいは「愛人」です。

これは生物学的に言えば、血縁個体への資源分配(Kin Selection)」と「配偶者防衛」です。

さらに​最近話題になった、「秘書給与ピンハネ疑惑」のように、群れのボス議員)が構成員のエサ(秘書給与)を強制的寄付させ、自分の懐に還流させる行為。これは、霊長類特有序列確認行動(マウンティング)に他なりません。

パンジくんはバナナを食べるだけでしたが、彼らは国民税金を二重にも三重にも貪り食うシステムを構築しているのです。

​「パンピー」にのしかかる生理コスト

​ここで燃料としてくべられるのは、コネのない「一般秘書」たちです。

彼らは政策立案という実務をこなしながら、猛獣たちの汚物処理(不祥事の揉み消し、愛人対応)をさせられます

チンパンジー生態学的に見れば、彼らは「劣位個体ストレス生理」を強いられています

野生でも、いつ殴られるか分からない劣位個体慢性的コルチゾールストレスパラメーターが高くなります(Preis 2019)。一般秘書たちが心身を壊していくのは、精神的な弱さではなく、長期間の捕食恐怖にさらされた生物としての正常な反応なのです。

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広告代理店SDO社会支配志向)の高い聖獣たち

​もう一つの巨大な飼育現場が、大手広告代理店です。

ここには、社会心理学でいう社会支配志向SDO)」の高い個体が集まりやすい傾向があります

階級を好む脳、不平等を愛する心

SDOとは、社会序列や不平等肯定し、それを維持しようとする心理傾向のことです(Sidanius & Pratto 1999)。

広告業界ヒエラルキー構造は、高いSDOを持つ個体にとって居心地の良いジャングルです。

​そこに、「大口クライアント社長令嬢」「政治家の息子」といった、生まれながらにして最強の「体格(資本)」を持った個体が投入されます

彼女たちは、一般社員過労死ラインで働いている横で、経費を使って優雅に飲み歩きます。なぜなら、チンパンジー社会において「高順位個体リソースを独占するのは自然の摂理」だからです。

猛獣が人を殺めても、檻には入れられない

過去には、有力者の息子である社員が同僚に危害を加え、死に至らしめた事件さえありました。

しかし、そうした事案は見えないことにされます

なぜなら、群れの論理において「高順位オス(太客)の機嫌を損ねること」は、群れ全体の生存(売上)に関わる最大のリスクからです。

パンピー一匹の命より、群れの序列維持。これが代理店というジャングルの掟です。

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学校:一校に一頭、必ず紛れ込む野生

永田町代理店という「群れ」のお話をしてきましたが、学校では「フィッション・フュージョン社会の末端」として、全国津々浦々に野生のチンパンジーが配置されています

コネ採用モンスターティーチャー

私立校なら「母校愛(同盟)」で採用された卒業生が、公立校なら「教育委員会親族血縁)」枠の教員が、授業をサボっても誰にも注意されず、腫れ物として扱われています

生徒や保護者暴言を吐くモンスターティーチャーがいても、せいぜい異動で済まされ、数年後には別の学校で何食わぬ顔で教壇に立っています

​完成された「隠蔽の仕組み」

​そして最も恐ろしいのが、「性犯罪(野生の発露)」に対する隠蔽システムの完成度です。

​かつて学校現場では、教員が生徒にわいせつ行為をしても、懲戒免職ではなく「依願退職」させることが通例でした。

懲戒なら記録に残りますが、依願退職なら残りません。それどころか退職金まで支給され、ほとぼりが冷めれば免許を再取得し、再び他校で子供たちという獲物を物色することが可能だったのです。

最近になってようやく「わいせつ教員対策法」や「日本版DBS」といった法整備が進みましたが、現場の「事なかれ主義」や「校長による口止め」といった文化までは消えていません。

​これは、群れが「不都合個体」を一時的に視界から外すことで、群れ全体の体面(なわばり)を守ろうとする防衛本能の発露と言えます

その過程で、子供たちという最も弱い個体が燃料にされているのです。

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​「隔離」できたのは、たった一頭だったか

​さて、これら生物学的知見を持って、Qiitaの元記事を振り返ってみましょう。

記事の本線である成功シナリオ」で、あのマネージャーパンジくんを隔離し、リモートワークで接触を断ち、見事にハッピーエンドを勝ち取りました。

しかし、なぜそれが可能だったのか?

相手がたった一頭で、たかだか月額5000万円の案件だったから」

​一頭なら、専用の部屋を用意して閉じ込めることができます

しかし、永田町代理店のように猛獣が群れをなし、学校のように全国規模で配置され、動くものが「国家予算」や「数十、数百億円規模」になった時、隔離などという選択肢はハナからありません。

​檻に入りきらないほどの猛獣が溢れかえった時、誰が檻に押し込まれるのか?

それは、「人間一般社員教員・生徒)」の方です。

飼育とは、価値最大化のための「燃料の選別」である

研究室にいた頃、私たち猛獣管理するために、何重もの鍵がかかった檻と、緊急用の麻酔銃を用意していました。対象危険であればあるほど、隔離を徹底するのが「飼育」の鉄則だったからです。

しかし、人間社会という多頭飼育現場における「飼育」の実態は、全く異なります

猛獣の持つ価値(票、カネ、権力)を最大限に搾り取るために、周囲の餌と燃料(パンピー)をどう配分するか」という選別に変質しています

永田町公設秘書椅子無能親族を座らせるとき、そこに「税金無駄遣い」という倫理的な悩みは考慮されません。それは「血縁同盟の強化」という生物学合理性に基づいているからです。

広告代理店一般社員を使い潰すとき、そこに躊躇はありません。「劣位個体ストレス」など、高順位個体繁栄の前では些末な問題からです。

そして、授業・部活事務保護者対応に追われる「一般教員」と、理不尽指導を受ける「生徒」は、まとめて燃料にされます。「学校の評判」を守るために。

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​おわりに:あなたはどちら側に立つか

畜産学徒の目で見ると、あの牧歌的スタートアップに限らず、人間職場の多くは「チンパンジーの群れの変種」として読むことができます

集団支配する少数の高順位個体が、票や広告費といった餌場を押さえ、血縁コネ自分の周囲を固める。

その外側に、慢性的コルチゾール過多とストレス生理を抱えた多数のパンピー個体が、燃料として並べられている。

​この社会システムは、最初からパンピーが何人か死んでも、猛獣が生きている限りは問題ない」という、野生の論理で組まれています

マネージャー仕事とは、「部下を守ること」だけではないのかもしれません。

システムの冷酷な設計図生物学仕様)を理解したうえで、自分の体と部下の体をどこまでその燃料として差し出すかを、自分で決めること」。

​知恵を絞って隔離施設を作れるのは、まだ規模が小さく、守るべきものが明確な「幸せな時期」だけかもしれません。

群れをなした猛獣が押し寄せ、数十億円利益という組織論理とテストステロンで迫られた時、あなたは部下を守れますか?

それとも、システム歯車として燃料をくべ続けますか?

​「たった一頭で大騒ぎできるうちは、まだ幸せだ」

その言葉を噛み締めながら、今日もどこかで誰かが、私も、そしてあなたもやがて、静かに燃え尽きていくのです。

https://note.com/sexaddict/n/n3e223c787d90

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