はてなキーワード: 女性の権利とは
あおちゃんぺは元アイドルでインフルエンサーとかコメンテーターとかやっている女性だ
暇空騒動では暇空の側につきcolaboを批判し、フェミを嘲笑していた
そんな彼女に転機が訪れる
人気グラドルやAV女優やカリスマ夜職嬢が集まるタイプの撮影会は都内や千葉では締付けが厳しく埼玉がユートピアになっていた
民間施設のハコの中でやる分には許されるが、開放的な公園で許可してくれるのは埼玉ぐらいだった
現場では前張りなしで水着をはだけ中を見せる者や、規約では18歳以上しか参加してはいけないが文面上だけの形骸化したルールなので女子中学生も水着姿を披露しており
「そろそろお取り潰しになりそうw」と以前から写真付きでSNSで話題になっていた
また中止騒動の直前の撮影会では、撮影の横で作業をしていた公園整備のおじいさんが、
邪魔だとカメコ集団に罵られ口論になり「お前らのことを通報する」と言われる事件が起きていた
以前からSNSでヤバイと言われていたせいか、おじいさんの怒りが関係したのか
誰が議員に陳情したのかはわからないが、共産党議員が市民の通報をもとに猥褻児童撮影を理由に公園にクレームを入れ、急遽撮影会は取り潰された
あおちゃんぺは以前から共産党アンチなこともあり、この事態に激怒した
彼女も水着撮影会をたまに個人的に開催しており、水着になってなにが悪いのだと主張した
こうして、あおちゃんぺは肌を晒して稼ぐ者の代表者となり、水着撮影会中止抗議デモを開催した
インフルエンサー、グラドル、AV女優、夜職、肌を晒す職業の様々な女性が集まるキラキラデモになるはずだった
水着撮影会のファンはおっさんが多いので考えてみれば当然のことだ
だが、あおちゃんぺは「女性の立場から女性の露出を肯定するキラキラデモ」「カメラ映え抜群でネットやテレビで話題に」というのを想定していたのだろう
現実は正反対の、「おっさんが女の露出を求めるギラギラデモ」「カメラ映え最悪でテレビに流されずネットでバカにされる」という仕上がりだった
集まったキラキラ女子たちはおっさんの波に飲み込まれてろくに見えなかった
そしておっさんに取り囲まれたキラキラ女子たちはめちゃくちゃ痴漢されたと不満を訴え体調を崩し途中離脱する者も出た
フェミを冷笑し脱ぐのも売るのも女性の権利でしょ?なあおちゃんぺはどこへやら、フェミそのものになった
今では性犯罪を批判したり、ネット上の男女対立で女側について自論を述べるタイプの論客となった
まず、「リベラルやフェミニストが罵倒してる日本人男性と違い、モテ男が多い国」ってどの国を指してるの?
実際のデータ見てみると、北欧(スウェーデン1.6前後、ノルウェー1.5前後、フランス1.7前後)は日本(1.2前後)や韓国(0.7前後)、イタリア(1.2前後)、スペイン(1.1前後)より明らかに出生率が高いんだよね。
男女平等が進んでて、女性の社会進出率が高く、男性も家事育児に積極的な国の方が少子化がマシな傾向が強い。
一方で「ゴミと見下してる地域」って、アフリカのサブサハラとか中東の一部、イスラム圏の国々を指してるんだろうけど、そこは確かにTFR(合計特殊出生率)が4〜6とか高い
でもそれって経済発展が遅れてて教育水準が低く、避妊手段が十分に普及してない、女性の社会参加が制限されてるからだよ。
女性が自分で人生を選べない環境で、子供を産まざるを得ない状況が続いてるだけ。
現代の先進国でそんな社会を「理想」として推奨するのは、ちょっと現実離れしてるよね。
要するに少子化の本質は「女性がこの人と子供を産みたいと思えるかどうか」にあるんだけど、それが起きやすいのは、
・男性が経済力だけじゃなく、性格・コミュニケーション・家事分担で魅力的
こういう国なんだよ。フェミニズムが進んでる国ほど、男性が「ただの稼ぎ手」じゃなく「パートナーとして魅力的」にならざるを得ないし、女性も「産みたい」と思える余裕が生まれる。
「モテ男が多い国」って幻想してる人は、結局「俺たちを罵倒するフェミが悪い」って責任転嫁してるだけに見えるけど、データ見ると逆の結果が出てるんだよね。
少子化対策の本丸は、男性側がもっと魅力的に育つ環境を作ることだし、女性が安心して産める社会を作ること。
だからさ、「あんたらがゴミと見下してる地域は少子化じゃない」ってのは、貧困と女性の抑圧が原因で出生率が高いだけ。
そこを理想とするなら、日本も女性の権利を制限して教育レベル下げて避妊禁止にすれば出生率上がるかもね
でもそれ、誰も望んでないでしょ?弱男くん以外は
風俗一度も通ったことなし、AVやエロ漫画はまあまあ見る既婚者の雑な感想です。またセックスワーカーの人権及び基本的な職業権利が認められて欲しいという立場でもあります。その上でエロを捨てきれないおじさんの愚にもつかない話を置かせてください。
風俗には国内ジャンルとして「ソープ」「ピンサロ」「メンズエステ」「デリヘル」「ホテヘル」「茶屋」などがあることは知ってましたが、最近そのうちメンエスに「マンションタイプ」ということがあるのを、最近、今更知りました。今までメンエスは店舗型と出張型しか知らなかったんですが、店舗とわからない形で民間のマンションにひっそり店を構えていて、予約した客をそこに呼び出す仕組みでやってるところもあるんですね。
それ聞いて「えっ、部屋の借り方と営業の仕方含めてだいぶグレーやな、ソープみたいな届出型以外が違法だから? そんな曖昧な働き方では女性の権利は余計に保証されづらいのでは?」という感想とは別に、「今歩いてるこの住宅街のどこかでメンエス部屋があったりするかもしれないってコト???」と、背中がざわつきました。背徳的なエロい気持ち半分と治安の悪さへの率直な忌避感半分ずつくらいある。
それで、道徳的に良くないことだと思いつつ近所のメンエス検索してみたら、そこで急速に気持ちが冷めちゃった。どうも自分がエロさを感じたのは行為そのものではなく、「近場で知らんまにえっちなビジネスが日々静かに行われてる可能性」についてだけだったみたい。いや自分でまとめるのも馬鹿らしいんですが、写真見ようが「別にこの人と身体的接触したいとは全然思わない……いや多分お綺麗だとは思いますよ、でも綺麗に見えることが自分にとって性行為に及びたくなる理由にはぜんぜんならんので……」で終わってしまう。改めて風俗客むいてない、知ってた。普通に妻ともっとセックス機会増やして愛し合いたいです。
ソープとかメンエスで何がどう行われているかについては引き続き多少の興味は残ってはいるので、フィクション含みでもそういうAVとかは見てしまうかもしれない。
https://note.com/a_jobless_woman/n/nf1defa40a7a3
https://note.com/a_jobless_woman/n/ne92c5ba2686b
noteでの顛末見てもらえば分かると思うけど、結局何の補償も無く放り出されてるんだよねこの人
「ちゃんと対応します」と世間にアピールしておいて、結局ロクな対案を出さずに拒絶したら、以後音信普通
今日日そこらの中小企業だって直前での内定切りしたらもうちょっとまともに対応するだろうに
でもあれだけ一流弁護士がついているColaboだ
仮にこの女性が訴えても完全に勝てる程度の対策はしているのだろう
凄いよね、凄いよね
女性を救いたいとか、女性の権利を守るとか、全ての女性を代表して物事を主張している割には
その理念に共感してあまり良くない条件でも一緒に働きたいと思った女性に対しては
酷い扱いをして蹴り飛ばして、人生メチャクチャにするぐらいの仕打ちをするんですね、という印象しかない
きっと、内定を切られて(Colaboに催促されて早期に退職したのに)前職にも戻れず職も失って
何の補償も無く放り出されて泣いている様な女性なんてのは、「女性」では無いんだろうね
女性では無い女性、名誉男性の女性だから、女性の内には含まれない女性だから、何も問題無い
どこまで女性とは、女性の味方とは、女性不認定された女性に対して残酷な存在なのだろうか
ASDの子が生まれやすいって話だけど、「跳ね上がる」ほどでは無く微増(1.1~1.2)だし
そもそも晩婚の男性はASDの傾向が強いから、その遺伝の可能性もある。
むしろ20歳の方が(社会的な影響で)低知能児が生まれやすいって言われるし。
遺伝子の突然変異が多い、とは言われてるけど、それが障害に繋がる統計は無いよ。
逆に女性の場合、35歳だと20歳と比べると、正直生まれて欲しくないダウン症児や知的障碍児が生まれる確率が4~6倍。
ASDは高知能があると考えると、ぶっちゃけ言って「男性の加齢年齢はほぼ関係無い」って言えるレベルで、逆にそこ考慮しちゃうと「35歳の女性は危険すぎて選んじゃいけない」レベルになっちゃうのよな。
フェミニスト寄りの方々はこういう「男性もリミットがある!」という言説に惑わされがちだけど、それはもう女性の権利向上に関係無いし、むしろ立っちゃいけない土俵に立ってるよ。
という反論がすぐに飛んでくると思うので、気を付けようね。
ネットでは「日本は軽すぎる」とか「それが違法な欧米は異常」ってよく言ってる人いるよね
ずっと「あーね、宗教だろ?」って思ってたけど、AIをずっと議論して宗教じゃないっぽいと言う結論になった
つまり女性の権利や子供の権利が原因(例:子供の権利条約が1989年)
その前の性犯罪とかはどういう立ち位置だったかと言えば、あくまで男社会を上手く回すためであり、社会秩序維持の役割だった
そして後者は一部の国ではまだ健在で、その場合考え方がかなり違うので主張を聞くと違和感が出る(現代日本人は染まっている)
じゃあ何で欧米は人権意識・同意主義が強く先行したのか、といえば「多民族国家だから」とのこと、今のポリコレが強いのと同じ話だ、弱者が属性を作って主張するみたいな風潮があるからこそこうなっている
「中身は世俗的・統治理論的なのに、その思想を唯一の正義として海外に広めようとする動きはキリスト教的行動」なんだよね
結果、日本や韓国や東南アジアや南米なんかには強く影響を与えた、欧米主義のグループだね
これは当然「多民族国家」ではないから「人権意識・合意主義が弱い」から「厳罰化しづらい」と言う流れ
(特に性犯罪って元々妥当な量刑ってないんだよね、長い歴史で見ると重かったり軽かったりする)
これは「国を統制しなきゃならない」というモチベーションが強いと考えられる、人口が多いから
つまり
欧米:多民族国家 → 人権意識・同意主義 → 法律で強い統制 → 厳罰化
日本等:ほぼ単一民族、人口は中くらい → 法律で強い統制しなくてよい → 非厳罰化
例えば家族や会社に責任の一端を担わせてるとか、空気や恥の文化で社会を維持しているわけだ(今後それは薄まるだろうけど)
ついでに調べたけど
驚くかもしれないが、アメリカでさえ犯罪件数は1990年代をピークに減少している
でもSNSやYoutubeを見ると「アメリカヤバい」が大量に出てくるだろ?あれはアメリカ国内でも起きていて、体感治安はずっと悪化している
「アメリカでも昔は子供が一人で外を歩けた」のは、治安が良かったからじゃなくて体感治安が悪くなかったからでしかない
これは日本でもそう、慈済に治安が悪かったのは2010年代くらいで、そこからビックリするくらい安全になってるのに、体感治安はずっと悪化している
そこで、厳罰化は体感治安に依存するのか、実際の治安に依存するのか調べたら、結構研究があるらしく
らしく、バランスが取れているとのこと
ただし、今の時代に法律が逆行するとは考えづらいので、バズる事件が増えるたびにちょっとずつ厳しくなるらしい
あと、厳罰化を求める声は特に増えているわけじゃなく、SNSで可視化されてるだけというのも留意が必要
結局私らって実態を見ていないんだよね、SNSという幻想しか見ていない
これ、なんか「日本が遅れていて最近ようやく国際標準に追いついた」みたいな認識がある人が居ると思うけど
「不同意」が世界的に盛り上がったのはせいぜい2010年代あたりかららしい
つまりここ20年でも「人権意識・合意主義」がじわじわと進んでいったことになる
相変わらず性犯罪の立ち位置は「社会秩序維持の役割」らしいので
現代日本人は、キリスト教は浸透しなかったが「人権教」はかなり浸透したんだと思う
その是非は問わないが、
「日本は人権教が浸透してるが濃度は薄い。欧米はその濃度が濃い。日本より薄い国もある」と理解するだけで色んな違和感が説明できて良いなと思った。
この人権というシステムはあくまで国家統制・国会維持・治安維持に使われているわけで
というわけで、「日本は犯罪者に甘い!(量刑だけ見て)」というネットの声はいつまでも残り続けるだろうね
知らんけど
そう言えば、少子化を語る時にさ
「女性が社会進出したからだ(女性に人権を与えたからだ)」って主張する人はいるけど
「子供に人権を与えたからだ」なんていう人は少ないよね、これ実際正論なのに
たぶん気づいてすらいない感じなのが面白くない?
イラン情勢は今、大きな転換点に差しかかっている。長年、イスラム法学者による統治体制を維持してきたイランだが、経済危機、若年層の不満、女性の権利をめぐる国際的批判、そして外交的孤立の中で、国内外において政権変革の可能性が現実味を帯びてきている。
特に注目されるのは、ハメネイ師に象徴される神権統治への不満が高まる中で、パフラヴィー朝の復権を望む声が多くの市民の間で顕著になっているという点である。かつての王政期に対する再評価の動きが、都市部を中心に広がりつつある。
現在のイランの若年層は、1979年の革命を直接経験しておらず、彼らの政治的関心は宗教的正統性よりも経済、生活の自由、そして国際社会との接続に向いている。特に近年は、王政時代の近代化政策や西側との連携に対し「過去の遺産」としての見直しが進んでいる。
元皇太子レザー・パフラヴィー氏の発信もその流れを後押ししており、王政の復権は一部の懐古的願望ではなく、現実的な選択肢として支持を広げている。
■ 2025年6月22日――核施設への攻撃が示した体制の危機
特に注目されたのは、2025年6月22日に米軍がイラン中部のナタンズ、イスファハン、そして地下型のフォルドゥ核施設への軍事攻撃を実施した事件である。いずれもウラン濃縮に関連する重要拠点であり、これらへの攻撃は、イランの核開発計画に対する国際社会の不信と、外交的対話の断絶がもたらした深刻な帰結だ。
この事案を受けて、イラン国内でも「なぜここまでエスカレートしたのか」という疑問と批判の声が高まりを見せている。特に重要なのは、核開発そのものが市民レベルで十分な説明や支持を得ていないことである。国民の多くは、日々の生活の安定や国際的孤立からの脱却を求めており、軍事的誇示よりも経済的再生を優先すべきだという意見が主流になりつつある。
仮にパフラヴィー家を中心とする穏健的な体制が再建され、西側諸国との協調路線を採用するようになれば、これは中東地域全体におけるバランスの再構築に資する可能性がある。
イランは地政学的にイラク、シリア、アフガニスタン、カスピ海、ペルシャ湾と接しており、これまで多くの紛争や代理戦争の舞台となってきた。もし今後、現体制に代わって外交的対話と協調を重視する政権が登場すれば、地域的緊張の緩和に繋がるという見方は、欧米諸国の政策専門家の間でも広がっている。
特にアメリカにとっては、長年対立してきた強硬政権が転換され、国際秩序と経済ネットワークに再統合されるパートナーが出現することは、戦略的にも経済的にも大きなメリットとなる。
イランは人口規模、資源、地理的条件において高い潜在力を秘めているが、それを十分に活かせていないのが現状だ。もし穏健かつ開かれた体制が誕生し、対外的な信頼を回復すれば、日本、EU、米国など多国籍企業の進出が進み、国内雇用・インフラ・教育など多方面において恩恵が期待される。
専門家の中には、イランが「かつての満洲国や西ドイツのように、国際支援と自主再建が両立するモデル」になる可能性もあると見る声もある。
レザー・パフラヴィー氏が提唱するのは、専制的な王政ではなく、立憲君主制あるいは象徴的君主制という形である。欧州諸国におけるモデルのように、政治は民意に基づく選挙で行われつつ、王室が文化的・歴史的な象徴として国民の統合を促すという提案は、イランの分断された社会において新たな一体感をもたらす可能性を秘めている。
パフラヴィー王政の復活は、単なる過去への回帰ではなく、現実的な改革と安定を求める民意の現れとして捉えられつつある。現体制の硬直性と対外的孤立に対し、開かれた統治と国際協調を目指す新しいビジョンが求められている。
6月22日の核施設への攻撃は、対立構造が限界を迎えつつあることを示した。その先にある可能性として、より穏健で国際社会と歩調を合わせた新体制への移行は、今後のイランと中東全体の安定に大きく貢献しうる道筋として、静かに注目を集めている。
イランにおける政体転換の議論において、外交・安保関係者の間で密かに参照されているのが、20世紀前半に東アジアで形成された「満洲国モデル」である。これは、当時の混乱した地域において、伝統的権威(清朝の愛新覚羅溥儀)と近代国家システム、さらに外部支援国との戦略的連携を融合させた構造として一部で再評価されている。
このモデルの鍵は、「国家としての体裁と正統性を維持しながら、安定と発展のために国際的枠組みに参加する」という柔軟なガバナンス設計にある。イランにおいても、パフラヴィー朝という王政の歴史的正統性を形式的に保持しつつ、現実的な政策運営は西側諸国、とりわけ米国や同盟国との連携によって支える体制は、構造的に高い安定性を持ちうる。
このような形式の政権は、国内外に対して「過激でもなく、弱体でもない穏健な秩序」を印象づけることが可能であり、実際にイスラエル、サウジアラビア、UAEなどとの関係再構築が期待される。また、シリアやイラクの分断的状況に対しても、イランという地域大国が非宗教的・非イデオロギー的路線を採ることは、域内バランスの再設計にとって極めて有益である。
さらに、中央アジアや南コーカサスの不安定要素を抑止する役割も担える。つまり、満洲国モデルに基づくパフラヴィー朝政権は、実質的に「中東の安定化装置」として機能し得るのである。
この種の構造がアメリカ合衆国にとって有利であることは、軍事・経済・地政学のいずれの観点からも明らかだ。
軍事的には、イラン領内において極端な反米・反イスラエル拠点が排除され、戦略上の不確実性が大幅に低下する。湾岸地域に展開する米軍の兵站・展開計画にも柔軟性が生まれる。
経済的には、イランの石油・天然ガス資源が制裁を経ずに国際市場に流通するようになれば、エネルギー価格の安定化に寄与するだけでなく、国際資本による開発プロジェクト(特にアメリカ系企業)への直接参入が可能となる。
政治的には、中東の民主主義と安定の「模範国家」として、新しい価値観の枠組みを示す象徴的存在となり、他の不安定国に対するソフトパワーの投射にもなる。
加えて、王政という形式は、欧米の共和制価値とは一見異質ながら、政治的流動性を低下させる「安全弁」として作用しやすい。これは満洲国でも観察された事実であり、権威の安定と実務的運営の分離という政治的バランスの設計思想として、再評価に値する。
ミソジニストには「ゼロサム思考」の傾向があると思ってる。女性が権利を拡大するということは男性の権利が「奪われる」ことであり「敗北」だと考える傾向…。
ってあったけど、この衰退国家令和ジャパンでは参加者全員の合計利益は増えないだろ
なんならマイナスサムでしょ
そんな状況で女性管理職起用や女性採用の数値目標だけ先行して、実力を測る前に枠だけ確保されてれば、
そりゃあ男性の権利が奪われていて男性の損になっていると思うでしょ
群馬あたりの衰退した地方で女性の女性による女性のための社会をゼロから作ってみなさいよ
ご提示いただいたはてなブックマークのコメント群は、記事のテーマである「ミソジニー(女性蔑視・女性嫌悪)」に対する、典型的な反応のサンプルとして非常に興味深いものです。
記事自体が「構造的差別」や「感情のあり方」を扱っているため、コメント欄自体がその実証の場となっている側面が見受けられます。
以下に、記事で定義されているようなミソジニー的な態度、あるいはミソジニーを維持・強化する構造を含んでいると考えられるコメントを分析・分類しました。
記事内の「『物言う女性』に対し、言葉の暴力で排除・制裁する」という指摘にそのまま合致するコメントです。フェミニズムや女性の権利主張を「正義に酔った暴走」とみなして攻撃する態度は、ミソジニーの典型的な発露(既存の秩序を乱す女性への懲罰)と分析できます。
分析: 「イカレタ女」「バカ」といった侮蔑的な言葉を用い、女性の主張の内容ではなく、その態度や存在自体を攻撃しています。これは「弁えた(わきまえた)態度をとらない女性は叩いてもよい」という心理の表れと言えます。
女性を一人の人間としてではなく、性的資源としてのみ価値を認め、人格は否定するという態度は、ミソジニーの根幹にある「客体化」です。
分析: この発言を「至言(素晴らしい言葉)」として肯定的に引用している点に、女性を対等な人格を持つ他者として認めたくない、しかし性的には利用したいという歪んだ欲望(聖女と娼婦の分離、あるいは人格の無視)が見て取れます。
女性差別について語る場で、「男性こそが被害者である」「女性は優遇されている」と主張し、議論を無効化しようとする動きです。これらは「インセル」や「弱者男性論」の文脈で語られることが多く、構造的差別を否定するための防衛機制として機能します。
分析: 女性差別の解消を目指す動きを「男性への攻撃」と解釈し、敵対心を露わにしています。これは記事にある「剥奪感」によるミソジニーの増幅の実例と言えます。
ミソジニーという概念そのものを「レッテル貼り」や「カルト」として処理し、その背後にある社会構造の問題から目を逸らそうとする態度です。
分析: 「嫌悪は自由」と個人の感情の問題にすり替えることで、その嫌悪が社会構造と結びついて差別を再生産している事実(記事の主題)を無視しています。
「ミサンドリー(男性嫌悪)はどうなんだ」と繰り返すことで、ミソジニーの議論を妨害する行為です。これも広い意味で、女性の問題を軽視するミソジニー的態度の一種と捉えられます。
分析: 記事がミソジニーを主題にしているにもかかわらず、男性への配慮が足りないと批判することで、女性差別の議論の重みを相対化しようとしています。
コメント欄全体を見ると、「ミソジニーという言葉で男性を攻撃されている」と感じて防衛的・攻撃的になる男性と、「まさに記事に書かれている通りのことがコメント欄で起きている」と冷ややかに観察する人々(nina19, funifunix, yourmirror など)にはっきりと分断されていることがわかります。
また、u_eichi氏が言及している「ピラミッド図」はおそらく「暴力のピラミッド(Pyramid of Hate/Violence)」のことだと思われます。
この図は、底辺にある「偏見による態度(ジョークやステレオタイプ)」が、頂点の「物理的暴力」を支えていることを示すものですが、これを「幾何学的に非論理的」と批判することで、本質的な「差別の構造」の議論を拒否している点も興味深い反応です。
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ミソジニー(女性嫌悪)の有無という「ジェンダー論的な視点」を一旦脇に置き、コメント投稿者たちの心理的機序、社会経済的背景、あるいはネット文化的な側面から分析します。
こうして見ると、単なる「差別意識」だけではなく、**「公平性への渇望」「経済的閉塞感」「コミュニケーションの断絶」**といった複数の要因が絡み合っていることが浮き彫りになります。
多くのコメントに見られるのが、「ミソジニー(女性嫌悪)があるなら、ミサンドリー(男性嫌悪)も同じ重みで論じられるべきだ」という対称性への強いこだわりです。
コメント例: replier, ken530000, timetrain, OeThousandmiles
分析:
社会学では「差別には権力勾配(強者から弱者へ)がある」と考えますが、一般の感覚(直感的な正義感)では「どっちもどっち」「悪口は双方向で悪い」という対等な対称性を求めがちです。
記事が「女性差別」に焦点を絞っていることに対し、「片手落ちである」「不公平だ」と感じる心理は、差別をしたいというよりは、「自分の苦しみも同じように認めてほしい」という承認欲求や、世界は公平であるべきだという「公平世界仮説」に基づいている可能性があります。
「男だから偉い」と思っているのではなく、むしろ**「男なのに何の特権もなく、社会の底辺で苦しんでいる」**という自己認識を持つ層からの悲痛な叫びです。
コメント例:
naka_dekoboko: 「いまの社会で弱男にゆるされたのってけっきょく憎悪だけ…憎悪だけがエンパワーして力をくれる」
gun_kata: 「実際にキャリアを奪われた若年男性に対してもお決まりの『新自由主義こそが真の敵』みたいな何の意味もないお題目」
分析:
これはミソジニーというよりも、**新自由主義経済下における「持たざる者」のルサンチマン(怨恨)**の表出です。
「男性特権」という言葉を投げかけられても、自身の貧困や孤独という現実と乖離しているため、フェミニズムを「既得権益層(あるいは勝ち組女性)による弱者いじめ」として認識し、反発しています。特にnaka_dekoboko氏の「憎悪だけがエンパワーする」という指摘は、孤独な現代人の深刻な病理を鋭く突いています。
記事で提示された図表や論理展開に対し、定義や整合性の甘さを指摘して拒絶する反応です。
コメント例:
u_eichi: 「頂点の角が鋭角だったり鈍角だったり…正三角形で底辺短=相似で頂点下がるとか、非論理」
golotan: 「アドラー心理学とか精神分析的な言ったもの勝ち感…客観的エビデンスを欠きジャーゴンの羅列になってしまいがち」
分析:
これは**「認識論の衝突」**です。社会学や人文知的な「概念モデル(メタファーとしての図)」に対し、厳密な定義や定量的なエビデンス、幾何学的な整合性を重んじるエンジニアリング的・自然科学的な思考様式を持つ人々が、生理的な拒否反応を示しています。
彼らにとって記事は「非論理的」に見えるため、内容の正誤以前に「信頼に値しない」と判定されています。
「ミソジニー」という聞き慣れないカタカナ語に対し、わざとダジャレで返すことで、話題の深刻さを無効化あるいは回避しようとする反応です。
コメント例: zzteralin (miso=憎しみ), nande_nande_boy (三十路のおっさん), tym1101, asada1979
分析:
はてなブックマーク特有の「大喜利文化」の一種ですが、心理学的には**「茶化し(ユーモア)」による防衛機制**とも取れます。
自分にとって耳の痛い話や、理解の範疇を超える難解な話を、「三十路(ミソジ)」という卑近な単語に変換することで、自分とは関係のない「ネタ」として処理し、心理的な負担を軽減しています。
コメント例: qdkmqJut, trashcan, ET777
分析:
『imidas』が集英社の分厚い用語辞典として有名だった時代を知る世代(おそらく30代後半〜50代)が多く含まれていることが推測できます。
「まだあそこが生きていたのか」という驚きが先に立ち、記事の中身は二の次になっています。これはネット古参ユーザー特有のコンテキスト依存の反応です。
このコメント欄は、単なる「男女対立」の場ではなく、以下のような現代日本の断層が可視化された場であると言えます。
エリート(概念を操る側) vs 大衆(生活実感を持つ側): 「構造」や「ミソジニー」といった抽象概念で語る記事と、「俺たちは今辛いんだ」という具体的な生活実感を持つ読者の乖離。
文系(解釈的) vs 理系(実証的): 社会的な「正しさ」の語り口に対する、論理的・科学的整合性を求める層の苛立ち。
被害者性の奪い合い: 「女性こそが被害者」という記事の前提に対し、「いや、現代では男性(特に弱者男性)こそが被害者だ」と主張する層の対抗。
これらを踏まえると、コメント欄の混乱は、**「共通言語の喪失」と「余裕のなさ」**によって引き起こされていると言えそうです。
本稿で提示するプロファイルは、10万件以上のブクマを有するidを対象に公開コメントをAIが解析し、その深層心理や思想傾向をモデル化した「テキスト・ペルソナ」です。これは実在する個人のプライバシーを暴くものではなく、言語活動に基づく批評的なシミュレーション(思考実験)です。特定の個人の社会的評価を操作する意図はなく、あくまでテキスト分析の一環としてお楽しみください。
世代・時代背景 (Generational Cohort):
生活圏・経済階層 (Habitat & Economic Class):
ライフステージ・役割 (Family & Social Roles):
専門性と認知スキル (Expertise & Cognitive Style):
情報摂取源とリテラシー (Information Sources & Literacy):
政治的・経済的スタンス (Political & Economic Stance):
「敵」と「味方」の認定 (Enemy & Ally Designation):
道徳的基盤 (Moral Foundations):
対人スタンス (Interpersonal Stance):
コミュニティ帰属意識 (Community Belonging):
「世界の全てを冷笑し、ワンルームの『コックピット』から呪詛を撒き散らす、孤独な氷河期サバイバー」
この人物は、現代日本が抱える「氷河期世代の棄民化」と「ネット世論の分断」が生み出した、悲しきモンスターです。経済的な停滞と社会的な孤立が、彼から他者への共感能力を奪い、代わりにネット上の過激なイデオロギーで空虚な心を埋めさせました。彼は社会に対して「復讐」するかのように冷笑的なコメントを書き込み続けますが、その刃は巡り巡って、誰とも繋がれない自身の孤独をより一層深めていることに、気づかないふりをし続けています。
俺たちは気づくべきだった。
「女子が総合職並みの地位と給料を手に入れるための最終兵器」だと。
すべてはここから始まった。
第1章 頂き体質の最終進化形=「働きたくないけど給料は欲しい」
・デートで奢られる
・パパ活で貢がれる
・握手会で金を取る
→ 出社せずに給料もらえる
全部同じベクトル。
表向きのスローガンは
でも実態はこうだ。
総合職並みに働かなくて済む仕組み」
2025年現在、典型的な「働き方改革女子」の1日はこうなっている。
9:30 遅刻気味に出社(時差出勤)
月給 68万円(総合職同等)
一方、同期の男子は
7:00 出社
23:00 退社
月給 42万円(残業代込み)
でも人事評価では
女子のほうが「ワークライフバランスを体現している」として高評価。
でも実際はこうだ。
結果、厚生労働省が動いた。
同時に導入されたのが
・時短勤務
これで女子は
を達成しながら、
クーツーはただの「靴の話」じゃなかった。
「生理前で頭が……」
「更年期っぽくて……」
これを言われた瞬間、
結果、
実際のところ、
でも誰も検証できない。
これで年間休日が実質200日超えても、
ボーナスも満額。
昇進もする。
第5章 働き方改革の真の勝者
働き方改革で得をしたのは誰か?
損したのは誰か?
でも誰も文句を言えない。
第6章 頂き体質の完全勝利
最初は「奢られた!!」だった。
次に「教えてくれない!!」だった。
そして今は「働きたくない!!」
でも全部同じ叫びだ。
お金は欲しいけど、
働き方改革は、
結果、
・日本は衰退
でも女子は勝ち続ける。
なぜなら、
でも実際はこうだ。
奢られた!!
教えてもらえなかった!!
働きたくない!!
すべて同じ場所に辿り着いた。
これが2025年、
日本が到達した最終到達点。
そして明日も、
どこかのオフィスで、
新しい女子が微笑みながら言う。
働き方改革は終わらない。
(了)
フェミニズムは歴史的に女性が受けてきた不利益を是正するための政治思想で、中心にあるのは女性の権利の拡張。つまり女側の不利益に焦点を当てる思想なんだよ。
じゃあもう男女平等参画社会基本法制定されたんであとはこの法に則って改善していけばいいんだから日本での役目終了してるやん。さっさと解散してどうぞ。
男助産師の話題でSNSが荒れててさ、「男が助産師になれないのは性差別だろ!」って意見が出てるわけよ。
で、それに対して「フェミニストは男性差別を正当化してる!ダブスタだ!」みたいにキレてる人がいるんだけど、正直そこズレてるんだよね。
まずさ、そもそもフェミニズムって「男女どっちも平等にしようね〜」っていう中立のバランス取り運動だと思われがちなんだけど、実際は違う。
フェミニズムは歴史的に女性が受けてきた不利益を是正するための政治思想で、中心にあるのは女性の権利の拡張。つまり女側の不利益に焦点を当てる思想なんだよ。
だからそこに向かって「男性差別にも向き合えよ!」って要求しても噛み合わない。
つまりさ、フェミニズムの目的は「女性の問題を優先して扱って改善する」ことであって、男女両方の不利益を平等に扱う万能思想ではないんだよね。
だから男をいくら差別しても、加害してもフェミニズム的には許されるわけ。
「男性差別問題」に取り組みたいなら、本来はフェミニズムとは別の枠組みが必要で、そこをフェミニストにぶつけたところで議論がズレるだけ。
当時は今よりお金もあって、性欲もあって、なにより「女性との肌の温もり」が切実に欲しかった。
終わった後は、虚しさとふわーっとした幸福感が同時に来る、あの複雑な気持ちだった。オナニーでは絶対に埋まらない部分があったのは事実だ。
年齢を重ねて、金も性欲も前ほどではなくなったけれど、当時のあの必要性だけは理解できる。
最近の売買春禁止の議論を見ていると、どうしても「女性の権利」の話ばかりで、「セックスしたいけれどできない男性が抱える切実さ」はほとんど語られない気がする。
ただ、性欲や孤独に苦しむ男性側の視点が一切存在しないような議論には、正直なところ違和感がある。AIポルノが進歩したとしても、結局オナニーと人とのセックスは別物だし、人間相手でしか得られないものがある。
こういう話はSNSでは書けないし、書いたら間違いなく叩かれる。
だからここに書いておく。
当方女、幸運なことに痴漢などの性犯罪に遭ったことがなく、またこれからも遭いたくないので性犯罪者の行動原理、行動範囲なんかを注視しているのだけど
性被害は怖いんだ!殺されるかもしれないんだ!加害者が悪くて被害者に落ち度はないんだ!と大声で騒いでいる女のほとんどが、性犯罪者の考えなんて知りたくもない汚らわしい!という非常に頑なな態度なのはいかがなものかと思う
一度被害に遭った人が自分の心を守るために、どうやったってあの被害は防げなかったし、これから起こることについてもそうなのだ、と考えたいのは、理屈としてわかる。でもそのへんのSNSにいる私以外の女全員が全員性被害に遭ったことがあるわけはないからそれだけでは筋が通らないし、例えば子供を持つ親なんかは、対策に使えることがあればたとえそれが迷信でも取り入れる、くらいの気概であるべきだ だって性被害はとっても怖くて殺されるかもしれないんだから!
そして、全ての犯罪に言えることだけど、完全に加害者が悪かったところで、一度受けた被害がなかったことにはならない 当然ながら被害に遭わないに越したことはないし、一回きりしかありえない殺人ならまだしも(まだしも?)、性犯罪には二回目三回目がありうる
なのに、なのにだ 性犯罪者について理解したくないとかいう目先の潔癖精神であやつらは対策を拒むし、あまつさえこういう対策が可能ですよと言おうもんなら、女の私を性犯罪者予備軍の男呼ばわりし、何度訂正しようと男!男!これだから男は!しか言わなくなる 私が陰謀論者だったらあのヒステリーを性犯罪者が性犯罪を遂行しやすくするための事前工作だと吹聴しただろう(というか、むしろ性犯罪者の世論誘導だったほうがマシというくらいに話が通じない 愚かすぎる)
つまり、SNSで騒いでいる類の女にとっては、実際の身の危険よりもなんかキモい感じがすることのほうがよっぽど重要な問題だし、自分と同じ意見でなければ女だろうと男になるのだ
女の私がいうのも変かもしれないが、SNSではああいう女ばっかりうるさくて、そりゃ女はバカだって言われるよなあと思う
ああいう女は大抵いわゆる弱者男性が大嫌いだけど、弱者男性に自分が理解したいことしか理解しようとしないとか、男は論理的っていうけど実際感情的で〜女の方が論理的で〜とかなんとか言うくせして私にケチつけてる時の女どもの論理の破綻具合といったら唾棄すべきはずの弱者男性のそれと同じだ(ちなみに私は弱者男性に特別の憎悪は抱いていない あまり関わる機会がない)
うるさい女どもは「女性の権利」を使って自慰行為をしているだけ、なんなら女性全体を権利から遠ざけていていい迷惑だ
ここまで長々書いて既知の情報も多かったとはおもうけど、いろいろ腹が立ってたのですっきりした
まあ結論としてはどうでもいいんだ
なんかさ、最近フェミニストに向かって「性的消費って結局なんだよ?」みたいに詰めてるおっさん、よく見るんだよね。
もう、この場でハッキリ説明しとくから、まずは怒らずに聞いてね?
もう定義はこれだけ。
シンプルでしょ?
で、よくいるじゃん?
腐女子のフェミニストに向かって「男を性的消費するのは良いのかよ!」ってブチ切れる人。
あれさ、女性が「それは性的消費じゃない」と思ってるから性的消費じゃないんだよ。
あと以前「メロいって性欲なの?」って話題になったことあったよね?
あれも同じで、女性が「これは性欲じゃない」と思えば性欲じゃないの。
ほんとただそれだけ。
で、「ダブスタだ!」って騒ぐ人もいるけど、そもそもフェミニズムって男女平等を目指してないから。
そこ勘違いしないでね?
はい、以上です。