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田中淡著作集書評-第2巻④

第一部4 中国建築からみた寝殿造の源流

 1981年に京都の山城高校の敷地で、左右ほぼ対称コ字形の平安初期建物跡が発見され、注目を集めた。これを福山敏男氏が「寝殿造の祖形」と評価し、中国「四合院」系住宅との系譜を説いたことはよく知られていよう。寝殿造とは幕末の国学者、沢田名垂が『家屋雑考』で説いた平安貴族の住宅のことで、対称コ字形の殿舎群が前庭苑池と複合する点に特徴がある。ところが、文献から復元される東三条殿などの平安後期貴族住宅はコ字形の対称性が大きく崩れており、平安京右京三条一坊六町(藤原良相邸)や同右京三条二坊十六町(斎宮邸)などの発掘遺構にもコ字形殿舎配置は確認できない。名垂の説く寝殿造とのイメージギャップは小さいものではなかった。その点、平安京右京一条三坊九町(山城高校遺跡)や同右京六条ー坊五町(京都リサーチパーク遺跡)などで平安初期の対称コ字形殿舎群が発見されたことは驚きであり、ついに沢田名垂説が裏付けられたという感想も漏れ聞えたのだが、よく考えてみれば、これらの遺構は正殿に近接する苑池を伴わない。ついでに述べておくと、これらの遺跡において生活関係の遺物はほとんど出土しておらず、遺構の性格を「住宅」と断じてよいか、なお疑問の余地が残る。
 田中淡さんの「中国建築からみた寝殿造の源流」(1987)は福山説を補強すべく執筆依頼された論考である。田中さんは、寝殿造の原形を「三合院」にほかならない、として、また圧倒的な類例を呈示する。しかしながら、評者は寝殿造の原形を三合院に求める思考をやや短絡的だと思っている。三合院との直接的関係を論ずるならば、まず検討すべきは紫宸殿を中心とする内裏の空間構成だと思うからである。皇族の住宅が中国三合院の日本的表現だとするのはよいとして、貴族の住宅はさてどうであったろうか。
 奈良時代貴族住宅の代表例として長屋王邸宅(平城京左京三条二坊一・二・七・八坪)をとりあげてみよう。長屋王邸の中心ブロックでは正殿(寝殿)と東の脇殿(対屋)2棟から構成されるL字形の配置に特色がある。他の貴族住宅においても、対称コ字形を呈する例はない。全体として、東側に重心をおく構成であり、西側はひとつ奥のブロックに西宮(後宮)があって、動線としては中国的な南北軸ではなく、古墳時代的な東西軸の存在を読み取りうる。庭との関係をみると、長屋王邸で苑池遺構はみつかっていないが、南側の左京三条二坊六坪(宮跡庭園)には洲浜と曲池を伴う庭が発見された。この庭は出土した土器1点の年代観により、長屋王存命時より一時期遅れるとみなされているが、わたしは長屋王の庭であった可能性も十分あると考えている。
 宮跡庭園の年代観はさておき、寝殿ブロックから離れたどこかに苑池が存在したはずである。これが九世紀前半の山城高校遺跡や京都リサーチパーク遺跡では対称コ字形(三合院)的殿舎配置に変わるものの、やはり苑池は寝殿ブロックから離れた場所にあったと推定され、京都市埋蔵文化財センターは未掘の敷地隅に庭を想定した復元パースを描いている。これが平安時代後半の摂関期になると、非対称コ字形の殿舎群と前庭曲池が融合し、名垂の説く「寝殿造」と近しい構成になる。殿舎の前方に池があるわけだから、南からのアクセスは不可能になり、東西の動線が強化される。里内裏としての東三条殿の場合、東の中門が正門であり、東対は寝殿的な天皇の空間に包含され、本来東側にあるべき東宮(皇太子の御在所)は西北隅においやられる。こうしてみると、平安後期の寝殿造は南北の軸線ではなく、東西の軸線を重視しており、それは奈良時代貴族住宅の系譜の上に捉えうるものであるかもしれない。
 田中さんの論考は、中国三合院・門闕等の資料集成としては大変価値あるものだが、「寝殿造の源流」と銘打つからには、苑池と複合する殿舎群の古代中国の類例を示していただきたかった。庭を得意とする田中さんだけに残念である。著作集としては、第2巻第2部の庭園諸論でこの課題はクリアされる。



五 中国の高床住居――その源流と展開
六 中国・朝鮮半島の竪穴住居


 この2章は、評者(浅川)が依頼した論考であり、著作集第1巻と重複する部分が少なくないので、このたびの書評では割愛する。


《連載情報》田中淡著作集書評
第1巻(1)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1828.html
第1巻(2)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1855.html
第1巻(3)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1856.html
第1巻(4)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-1906.html
第2巻(1)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2960.html
第2巻(2)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2961.html
第2巻(3)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2962.html
第2巻(4)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2963.html
第2巻(5)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2964.html
第2巻(6)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2965.html
第3巻(1)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2966.html
第3巻(2)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2967.html
第3巻(3)http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2968.html

《関係サイト》
発掘された『田中淡著作集』第2・3巻
http://asaxlablog.blog.fc2.com/blog-entry-2821.html

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魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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