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空き家探索(3)-上方往来河原宿その2

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土蔵をめぐる思考

 4月27日(水)後半。苗を買った道の駅でお茶した後、河原宿の上方往来沿いにある空き家T01家の視察に行きました。今回は突然の訪問でしたので、内部には入れませんでしたが、街道や小路などから屋敷の周辺をみてまわりました。空き家は道幅の狭い上方往来に東面しています。建物背面には背戸川という細い水路がありました。先生が子どものころは鮎が遡上してきたそうです。民家の敷地内には土蔵が2棟建っています。背面側の1棟は背戸川、角地の1棟は背戸川と小路の両方に面しています。
 河原(かわはら)という集落は、文字通り、千代川の「河原」に因んだ地名です。藩政時代の上方往来は参勤交代の休憩所、すなわち「茶屋」であり、当時の地名は「御茶屋」であったといいます。視察した空き家T01の向かいには「新茶屋」という鮎の割烹料理店(こちらも空き家)があります。この新茶屋こそ、鳥取でロケされた撮影された「寅次郎の告白」(1991)の舞台になった場所だそうです。


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 背戸川沿いには、土蔵が数多く軒を連ねていました。トタン張り壁の土蔵もありました。板が雨などで痛むのを防ぐためにトタンが張られており、トタンの下には土蔵本来の板壁があるとのことでした。街道沿いの町並みでは、町家等の年代判定の基礎として、建物の高さ低さの問題を教えていただきました。基本的に低い建物が古い、高くなればなるほど新しい、という基準です。かつて鍜冶屋であった背の低い町家があり、もとは茅葺き建物であった可能性が高いと教わりました。先生のご実家も茅葺を瓦葺きに改修したそうです。こうした基準に立つと、旧地主住宅である空き家T01の主屋ももとは茅葺きであった可能性が高いようです。
 先生のご実家の裏側にまわると、石橋や洗い場が残っていました。つい数年前までは背戸川へおりる裏木戸もあったそうですが、撤去されているのをみて先生は残念そうでした。背戸川自体、とても趣きのある水路ですが、そこにかかる石や洗い場によってさらに昔ながらの生活の雰囲気が強く醸し出されていると感じました。


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 上方往来の東西に相対する二軒の空き家と新茶屋2軒の再生構想を先生は私案としてもっておられます。T01は上方往来歴史館、新茶屋は寅さん記念館として再生整備するのが最善ではあるけれども、コンバージョンの実現は難しい点も多々あります。しかしながら、2棟の土蔵だけなら再生活用も可能かもしれません。1棟は小路にも背戸川にも面しているため小路側の壁に入口をつくり、1階はカフェ、2階をギャラリーとして再生します。もう1棟の土蔵は、住居兼アトリエとして使用します。土蔵の再生活用は卒業論文の主題にすることもできます。古民家再生に興味があったので、この民家の整備についても考えたいです。
 次にこの空き家で行う演習は、建物の実測とドローン撮影になりそうです。すでに3年以上の学生には『民家の見方 調べ方』が配布済であり、この方法を研究室用に応用して分担し実測・採寸します。3年生はもちろん4年生以上も実測・採寸は初めての体験ですが、しっかりスキルを身に着けるよう学びたいと思います。(カキフライ)


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よみがえる盃彩亭(2)ー廃材でつくる茶室と菜園の整備

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苗を植えました!

 4月27日(水)。先週整備した裏山の茶室「盃彩亭」菜園に苗を植えました。まずは畝に堆肥を混ぜます。3畝のうち2畝に1袋ずつ堆肥土(石灰入)をまぜて耕し(↓)、1畝はほぼ堆肥を加えない状態のままとして、堆肥の有無による野菜の成長を比べてみることにしました。この日植えた20株(税抜58円@株)は先生がカインズホームで買ってきたもので、パプリカ2、カボチャ2、トマト3以外の13株は獅子唐・唐辛子の類です。苗株の隙間などでもハーブは育つそうで、今後ミントやレモンバウムも植えようということになりました。ぜひ育てたハーブ類で淹れたハーブティーを飲んでみたいです。


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 堆肥を少ししか蒔かなかった1列の畝には、まだスペースが残っていたので、河原の道の駅まで苗の買い足しに行きました。レタス1袋(小さな苗5株)とナス2株を購入しました。翌日、先輩が植えるそうです。以前には、夏野菜を枯らしてしまった学年もあったそうなので、ゼミ生でローテンションして週1~2回水やりと草抜きをおこなう予定です。できた夏野菜で料理する機会が楽しみです。(カキフライ)


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蒼空への旅立ち(2)




指弾とは何か

 人間にはもって生まれたタイム(時間)感覚がある。おなじ4拍子の曲を奏でても、ある人は遅めに入り、ある人は早めに入る。要するにノリ(グルーブ)がちがうということなのだが、中川イサトさんの場合、これがなかなか独特で、盟友たる高田渡さんのバッキングを例にとると、イサトさんの入りが遅かったり早かったりして、正直、渡さんは少し歌いにくそうにみえるときがある。高田渡の伴奏という点に限るならば、佐久間順平や高田漣のほうが歌い手にあっているように思うのは私だけであろうか。
 こうしたタイムのずれは、上のソロ「蒼空」でも認められる。テンポが速くなっているところで、イサトさんは1小節を待ちきれないでいるようだ。この点、幾多のカバーの方が正確な時を刻んでいる。逆に言えば、イサトさんのそうしたテンポの揺らぎが唯一無二の「味」となるのであろう。これに加えて、絶妙な加減の音響とミュートが独特の世界観をつくりあげている。





 フィンガーピッキングスタイルのソロギターは台湾でたいそうな人気だと聞いていたが、上二つの演奏会場は北京である。中国でこのような音楽文化が理解されるようになったこと、40年前の留学生にしてみれば驚きでしかない。一つ教えられたことがあります。フィンガーピッキングスタイルは中国語で「指弾」というのですね。

指弾式吉他独奏  zhi3 dan4 shi4 ji2 ta1 du2 zou4

 私の趣味はフィンガーピッキングのソロギター演奏です(我的愛好是指弾式吉他独奏)。今度使ってみます。

 下のイサトさんは若い。「オープン・ストリングス1998」という海外の催しで、ジョン・レンボーン(元ペンタングル)とピーター・フィンガーが名を連ねている。巨匠レンボーンはさておき、ピーター・フィンガーっていう人は音楽を聴いたことありません。それにしても、フィンガーって、上の中国語に従うなら「指弾者」ってことでしょうから、芸名じゃありませんかね?





 

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大学院 歴史遺産保全特論講義

CFU47 Logo     戦争と平和 赤い闇 スターリンの冷たい大地で ひまわり ウクライナ・クライシス


 大学院修士課程の歴史遺産特論講義は、これまで歴史文化遺産に係わるトピックを主題にしてきました。昨年は「アジアの租界都市(マカオと上海)」、一昨年は「文化財建造物の火災(金閣放火)」、その前はなんだったかなぁ・・・「『鳥取県の民家』再訪」か。そういう適当な授業なんですが、今年は「ロシアのウクライナ侵攻」を文化史・民族文化の観点が理解すべく、関連する映画と民族音楽を鑑賞しよう、ということになりました。以下、シラバスを抜粋します。

授業の概要
 今年度はロシアによるウクライナ侵攻の歴史的背景を理解するため、主に両国に関係する映画を鑑賞し、また無形文化財としての民族音楽と音楽による平和活動に注目します。終盤ではロシアと日本の関係を把握できる図書を読み、両国の歴史文化的関係性を考察し、レポートを提出してもらいます。
 映画鑑賞は1コマでは時間が足らないので、隔週2コマで講義を運営します。1コマ半(2時間前後)を映画鑑賞、残りの時間をレポート執筆にあて、授業時間内にレポートを提出します。講義で鑑賞する映画については、まだ候補の段階であり、確定していません。下の授業計画で掲げているのはあくまで仮の案だと思っておいてください。

授業計画
 第1講: オリエンテーション
 第2・3講:映画鑑賞『戦争と平和』(1)
 第4・5講:映画鑑賞『戦争と平和』(2)
トルストイ原作。セルゲイ・ボンダルチュク監督(ソ連 1965-67)。ナポレオンの侵攻を迎え撃つ帝政ロシア軍の戦いと恋愛を壮大なスケールで描く大河小説の映画化。
 第6・7講:映画鑑賞『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』
アグニェシュカ・ホランド監督(ポーランド・ウクライナ・イギリス合作 2019)。世界恐慌の時代に繁栄したとされるソ連の虚像をウクライナの貧困から告発する英国記者の苦闘。歴史的大飢饉「ホロドモール」の実態を暴く。
 第8・9講:映画鑑賞『ひまわり』
ヴィットリオ・デ・シーカ監督(イタリア・フランス・ソ連・アメリカ合作 1970)。スターリン死後の冷戦時代、ソ連に派兵されたイタリア人の男は行方不明に。妻は、夫が生きていると確信して戦場となったウクライナで夫を探しまわるが・・・
 第10・11講:ウクライナの民族楽器バンドゥーラと吟遊詩人コブザーリ
ウクライナの竪琴バンドゥーラの演奏者兼歌手のナターシャ・グジーさんは6歳でチェルノブイリ原発被爆、日本移住後の2011年3.11大震災でも被災し、福島の重要なイベントでは必ず公演される。今回も47都道府県でチャリティツアーを企画中(↑上のロゴ参照)。その動画を鑑賞します。
 第12・13講:映画鑑賞『ウクライナ・クライシス』
イバン・ティムチェンコ監督(ウクライナ 2020) 2014年、クリミア併合によりロシアとウクライナが対立、ウクライナのドンバス大隊は、反政府軍に占領されたイロヴァイスク市を奪回するも、国境を越えて侵攻してきたロシア軍に包囲され、地獄をみる。今回の侵攻の前哨戦を描く。
 第14・15講:司馬遼太郎『ロシアについて-北方の原形』(1986)を読む

 *上に掲げた映画は候補であり、ほかにも『グッバイ・レーニン』(ヴォルフガング・ベッカー監督2003)や『スターリンの葬送狂騒曲』(アーマンド・イアヌッチ監督2017)などのコメディも用意しており、学生の希望にあわせて上の映画と入れ替えるか、追加する可能性あり。 


  スターリンの葬送狂騒曲 グッバイレーニン



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蒼空への旅立ち


9:35~星めぐりの歌  16:20~500マイル(も離れて)


星めぐりの歌

 つい今しがた、中川イサトさんがお亡くなりになっていたことを知った。4月7日の旅立ちである。享年75歳。胸騒ぎというほどでもなかったが、3月28日(月)、「オートハープと日本のフォーク」と題する記事をアップし、オートハープ奏者としての高田渡と西岡たかしを紹介するにあたって、「遠い世界に」のバックで安定感抜群のスリーフィンガーを弾いているイサトさんのことを紹介したし、4月13日(水)の初回ゼミで学生たちに『タカダワタル的』を視聴してもらった際には、拾得でのウェバリー・ブラザース(高田渡+坂庭省悟+中川イサト)の「ねこのねごと」を聴いてにんまりしたばかりだった。拾得でのライブ後まもなく坂庭省悟がこの世を去り(2003)、高田渡が北海道で行倒れになって(2005)、以来17年も過ぎてしまったのか。だとしても、早すぎる旅立ちである。
 上の番組は4月5日にアップされている。それからどれくらい前の収録だったのだろうか。すでに覚悟はできていたと思わせる選曲と演奏である。淡々として哀愁ただよう宮沢賢治「星めぐりの歌」のソロギターから、懐かしい「500マイル」のデュエットへ。

  もしもぼくが居なくなったら 汽車の汽笛が鳴るよ

 歌い終えたあと、「こういう昔の歌をうたうと目頭が熱くなる」と吐露している。聴いている私だって同じさ。古いフォークを歌ったり聴いたりすると涙が滲んでくるのは、自分たちの青春、というか人生が終わろうとしていることを悟ってきたからだろう。わたしたちのような人種の場合、青春は早く終わらずに、人生とほぼ同じ長さまで間延びしている。青春が終わると同時に人生が終わる。そういう生活ができた自分を幸福だと思え、と誰かに諭されているような。
 謹んでイサトさんのご冥福をお祈り申し上げます。渡さんや省悟さんとあちらでも楽しくセッションしてください。いずれライブを聴きに往きますので。


 
オープンD6チューニング(DADF#BD)? 「続き」のカバーもいい。ジムノペディのような葬送曲に聴こえます。葬儀で流れたようですね。練習しよ。


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空き家探索(2)-上方往来河原宿

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街道沿いのT01外観


上方往来オリガルヒ

 卒業式の直前、生まれ育った河原宿の不動産屋さんから連絡があった。上方往来沿いの空き家物件をみてほしい、という。ひょっとすると、私がその空き家を購入する気持ちがあるのではないか、という期待からくるものであり、即座に「あんな大きな屋敷(約300坪)は買えませんよ、老夫婦二人が住むこじんまりとした民家を探しています」と答えた。一方、これまで、対面にある新茶屋-「寅次郎の告白」(1991)の舞台-とあわせて「上方往来・寅さん記念館」へのコンバージョン構想を発表したことがある、と述べると関心を示された。ただし、当該の空き家T01家を文化財建造物として指定・登録の対象とすることには以前の経験から嫌悪されており、そういう活動をしないという条件でご案内いただけるとのこと。ところが、以後まったく音信不通になった。文化財関係者であることを警戒されて、この話はボツになったとばかり思っていたところ、このたび再度連絡があり、突然ではあったけれども、T01家を視察することになった。


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 「谷本」をなぞらえた妻飾


土蔵の再生を想う

 今回は屋敷の庭を一回りするにとどまった。主屋はいわゆる近代和風建築であり、その背面側に2棟の土蔵が建っている。二つの土蔵は馴染み深いものである。2棟とも背戸川に面しており、外側の小路から外観がよくみえる。年代は幕末にまで遡ると以前聞いたことがある。様式的にはその年代観で良いようにみえる。主屋や庭は夫婦二人には大きすぎるけれども、背戸川に面する1棟を住居兼ギャラリーにして、小路と背戸川の交差点に建つ1棟をカフェ兼ギャラリーにすればいいな、と呟く。業者さんも「そうですね、用瀬でもそういう風に土蔵をカフェに改造して人気を呼んでいるところがある。ここの土蔵も分譲可能です」との好感触。で、お値段を訊いたのですが、所有者次第という曖昧な回答にとどまった。
 背戸川と小路に面する2棟の土蔵か・・・わたしがオリガルヒのようであれば、さっさと買いとって、渋くて斬新な改修を実践してみせるけれどもね。そういえば、小路の正面には新茶屋隣のT02家の土蔵もあるし、背戸川沿いには土蔵の町並みが残っている。これら全体を保全再生できるといいんだけど、そういうことを言い出すと、文化財屋の本質を露わにしたな、ということで、さらに警戒されるかもしれない。


0415谷本03土蔵01内側01 0415谷本03土蔵03背戸川沿いの2棟
↑北側の土蔵(右の写真では左側=平入) ↓南側の土蔵(上右の写真では右側=妻入)
0415谷本03土蔵02内側 0415谷本03土蔵02外側



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よみがえる盃彩亭(1)ー廃材でつくる茶室と菜園の整備

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劣化したカマド

 4月20日(水)、全体ゼミの活動として、裏山にある盃彩亭(廃材でつくる茶室)と茶室前後のカマド、菜園の維持整備に取り組みました。初めて訪れる盃彩亭でしたが、ブログを遡ってみると15年以上の歴史があって驚きました。最後に茶室で活動したのが、2020年8月5日であり、今回はおよそ2年ぶりに茶室周辺にゼミ生が集まりました(菜園は2021年1月に当時の4年生が冬野菜の植え付けをして収穫物もありました)。久々の大勢の来客に茶室も驚いていたのではないでしょうか。


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 茶室の前に沢山の落ち葉や枯れ木に埋もれたカマドがありました。元は2口カマドでしたが、この2年のあいだに半壊し、片方は完全に崩れていて跡形もありません。もう一方の釜焚き口も半ば埋もれていましたが、落ち葉や古木を掻き出し、周辺にあった古木などを組んで試しに火をつけて乾燥させると、ちゃんと機能して安心しました。そこで活躍したのが新3年生の古武術家MT君です。以前空手を修行していたころ、火おこしも師匠から厳しく指導されたのだそうです。


0420茶室02カマド04記念01 0420茶室02カマド03背面側01


茶室内部の清掃

 茶室内は雨風の影響や、長らく誰も使っていなかったためか、土埃などで荒れていました。ゴミを箒で掃き出したり、放置されていた諸々の道具等を外に出して庇の下に並べました。こうして内部も見違えるほど綺麗になりました。綺麗にすると、色々見えてくるものがあって、先生が海外で買ってきたカウベル(ラオス)、マニ車(ブータン)、ガルーダ(バリ)などの骨董を発見しました。学生が何度となくカウベルに触れるので、心地良い音が聞こえてきて癒されました。今回初めて実際に茶室内部をみたのですが、畳敷きに障子張りの窓、「森羅万象」の掛け軸、行灯を備えた土間もあり、本当に小さな和室でした。これを十数年前に学生たちが作ったのが信じられないほどです。また近い未来、ここでお茶をできる日も遠くないかもしれません。


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六度目の大杉-文化財価値と持続可能性

大杉ブログ (2) 
年末の豪雪で庇が壊れたNIPPONIA


旧養蚕民家の豪雪被害

 3月24日(木)、先生ご夫妻と兵庫県養父市大屋町の重伝建「大杉」を訪れました。先生は、大学をあと3年で定年退職されます。現在、退職後の別荘兼アトリエになりうるリフォーム物件を探されており、このたび候補に挙がったのが大杉地区の古民家でした。研究室の分館としての活用も視野に入れています。大杉は年末以降の豪雪により、いくつかの建物に被害が生じていました。屋根に積もった雪が落ちて1階の庇を大破させてしまっているのです。宿泊施設NIPPONIAもそうした被害を受けており、休業中でした。大半の被災住宅では、半壊状態の庇屋根をつっかえ棒で支えて仮補強の応急処置をしていました。これらの被災民家は、国の重要伝統的建造物群保存地区の一部であり、後日、重伝建の補助金で修理されるとのことです。


大杉ブログ (1)   大杉ブログ (3) 大杉ブログ (4)
(左)NIPPONIA全景         (右)つっかえ棒で庇を支えた民家


空き家探索(1)
 
 今回の件は昨年12月17日に開催した民宿「いろり」での交流会の情報交換に基づいています。重伝建地区内部で半数を占める空き家に移住者を呼び込む工夫として、古民家の外観を維持保全しながらも、内部は快適性を高める改修をして外部からの移住者を迎える必要がある、というような議論をしました。先生自身、長年民家や町並みの保全に係わり、居心地のよい民家への脱皮の必要性を日々考えられています。とりわけ昨年からカールベンクスさんの古民家改修に接して、あのような再生古民家なら自ら住む価値が十分あると考えるようになっておられました。自らが移住者になってもよいというお考えです。
 このたびは、河辺会長(町並み保存会)と河辺さん(建築家)のお二方に空き家探しのご案内をしていただきました。空き家を選定しリフォームするにあたり、いくつか条件がありました。なかでも一番重要なことは住み心地の良い家に改修できるか否かです(とくに規模が重要です)。カールベンクスさんの再生古民家のように、薪ストーブや洋風の家具・骨董等を内部に導入することはとても魅力的だと私も思います。なにより、先生の奥様は軽度の身障者であり、内部に大きな段差などがある場合、生活に著しい不具合が発生します。ご紹介いただいた物件の中で、一番可能性を感じたのは、集落北側に位置する3階建のM家です。M家は屋敷地の最奥部に建つ主屋に加え、主屋手前には牛小屋などの雑舎が建ち並んでいます。M家も庇を損壊していましたが、重伝建の補助金で修理が行われます。
 大杉の空き家は不動産として価格がリーズナブルである点も大きな魅力です。1階はとても広くて、住居兼アトリエとして再生可能であり、2階では演習室に2段ベッドを作り付けなどすればゼミ活動や宿泊も可能になります。M家の内部をみることはできませんでしたが、他の民家とほぼ同じであるとすれば、おおむね修景と改修の方向性はみてとれました。


大杉ブログ (5) M家外観


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We are the world for Ukraine




世界のシステムを変更するために

 "We are the world" の動画がウクライナ用に編集されることは十分予想された。ご存じのように、オリジナルはアフリカの飢餓救済のため1985年に録音されたものである。20世紀の音楽史を代表する名曲であり、瞠目すべきチャリティ活動だと改めて思う。いくつか出回っていている編集版で、いちばん再生回数の多いのがこれ(↑)かな。アフリカ版オリジナル動画をそのままロシアのウクライナ侵攻の映像とミックスしているものだが、上の動画を大映しにして視聴していただければ分かるように、信じがたいほど音楽と映像が溶け合っていて、言葉にならない。
 「わたしたちは世界(の仲間)であり、(神の)子」という叫びは権力に塗れた独裁者に通じない。こういう侵攻ないし戦争はロシアという「国」や「民族」に起因しているのではない。ナポレオン、ヒットラー、秀吉、毛沢東などはロシア人ではないのだから。原因は「権力」である。長期的に持続する「権力」こそが侵攻・紛争の推進者なのだと知るべきであろう。
 わたしは心の底から思っている。プーチンが敗北し、処罰されるまでは死ねない。この独裁者の最後を見届け、権威主義の大国ロシアが民主化する見通しを得てからあの世に旅立ちたいと願っている。ロシアが軌道修正されてもなお、中国は現状と大差ないだろうが、ロシアが民主化すれば、中国だって世界の包囲網の中で自らのシステムを変更せざるをえなくなるのではないか。

 昨日のTVタックルで、キーウ(キエフ)在住のボグダンさん(4~15歳 神戸・大阪で生活)は何度もこの「システム」という言葉を使った。またしてもリモートでフランス在住の論破王が出てきて、暢気に「クリミア併合後のミンスク合意をウクライナが守らなかったのは事実」であり、つまり、ウクライナにも良くない部分があるわけだから、どこかで妥協し、折り合いをつけて停戦するしかない、と言いたげであった。こうした考えは、テレビに出ている日本の文化人に半ば共有されている。TVタックルの常連も同様であったが、ボクダンさんは毅然としてこれに反論した。ここでドンバス・クリミアを譲って妥協し、2月24日以前の状態に戻せないなら、停戦する意味はない、と。


 
*この動画、みえなくなったと思ったら、突然みえたりしますが、概要は以下の公式サイトを参照してください。
https://www.tv-asahi.co.jp/tvtackle/backnumber/0403/


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タカダワタル的(4)

高田渡 漣 Screenshot 2022-04-17 at 00-40-15 Amazon ゴールデン☆ベスト 高田渡 J-POP ミュージック お薦めの2枚


若者や子どもや動物とのふれあい

 冒頭では、若いころの高田渡さんが詩(谷川俊太郎「ごあいさつ」)を述べているところから始まり、次に撮影されていた当時の彼がライブ本番の直前の自由な様子が収められていた。ご愛用の眼鏡の捜索をスタッフに託し、彼はファンの前に姿を現して音楽を奏で始めた。一曲目の「仕事探し」は、仕事を探している人の生活を表現した歌詞であったため、就職に悩んでいる今の私の状況と一致する部分があった。そのため、一曲目にして印象深く、視聴者を映画に引き込むような演出である。
 曲の合間に彼の私生活が流れるときがあり、そこから渡さんの人柄が手に取るように理解できる。演奏者だけではなく、馴染みの店で働いている若者や散歩途中の犬、演奏を聴きに来てくれた子供に対して、親しい会話や触れ合いがあった。特に、人見知りで緊張していた子供に対して、膝を曲げて目線を合わせ、額を当てる動作は印象に残った。
 私は、楽器の知識や演奏技術については詳しくないが、各々の演奏者がソロ(アドリブ)で安定した演奏できるほどの経験と技術を積んでいることは分かった。ハーモニカや弦バスなど、なかなか聴くことのない楽器の奏者が多い。渡さんの曲は、メロディが独特であるため、曲のテンポが分かりづらいと思うが、演奏者たちは完璧に彼のテンポと一致させて演奏していた。
 観客たちの演奏を聴いているようすは様々であった。前のめりの姿勢で渡さんたちの演奏を聴く者もいれば、口を開けて驚いた表情で聴いている者もいる。多くの観客は渡さんたちの演奏に引き込まれており、彼のトークに笑いが絶えなかった。渡さんのライブで一番特徴的と言えるのが、観客と演奏者の和やかな雰囲気であると感じた。
 私が一番好きな曲は「ねこのねごと」である。「のんきのらねこねごとをぬすむわ」というフレーズが多用されており、耳に残りやすかった。また、渡さんはトラという名の猫を飼っており、映像の中でも登場していた。このことから、彼の日常にいる猫を曲としたことが分かる。曲全体の雰囲気は長閑な風情であり、聴き手の緊張をほぐすような優しさのある曲であった。
 これまで、高田渡さんのことは詳しくなかった。しかし、今回の映画視聴で彼の人柄や演奏に引き込まれた。現在、彼は故人となってしまったが、彼の曲や人柄が映像として残ることで後生の人たちに名前が刻まれることは良いことであると私は感じる。(3年NY)





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タカダワタル的(3)

 TVCM「ガリガリ君値上げ編」


織姫と彦星のブラザー軒

 私が高田渡さんの曲に出会ったのは、あるときYoutubeでみつけた「ガリガリ君」の値上げコマーシャルだ。赤城乳業の社員の皆さんが、ガリガリ君の値上げに関して頭を下げるという動画である。このコマーシャルで流れていたのが高田さんの「値上げ」である。あまり聞いたことのない曲調に惹かれて他の曲を聴き始めた。とはいえ、彼の日常生活に触れたことはなく、楽屋でお酒を飲もうとしてスタッフに止められたり、リビングでお酒を飲んで眠ったり、散歩で出会った犬を撫でまわしたりする高田さんをみて、彼の日常生活と歌にはどこか同じ匂いを感じた。生活と歌が一体というか、結び付けられているというか…。これからも何度も彼の曲に触れると思うので、そのたびに彼の日常を思い出しながら曲を聴きたい。加えて、彼自身のスタイルと、それを最後まで貫き通す姿勢に改めて感動した。時代や周囲の環境の変化に流されることなく、最初から最後まで自分の形で音楽をする。簡単そうに見えて、やってみるととても難しいこと。そこに人を惹きつけるものがあるのではないかと思う。
 今回の映画で初めて聴いた「ブラザー軒」を改めて聴き直してみた。映画でも感じたが、とても切ない、しかし聴き入ってしまう。「二人には声がない。二人には僕が見えない。」の歌詞で、何かこみあげてくるものがある。この歌を聴いていると、歌詞が映像で浮かんでくるため、なおさら涙が出そうになる。死んでしまった妹・父と、生きている男性が七夕の夜に出会う。七夕ということもあってか、織姫と彦星を思い出した。2人が天の川を渡って年に一回出会える様に、3人もキラキラ波打つ硝子暖簾によって会うことができたのではないか。そして、この曲を何度も聞いて、高田さんが歌わないと泣けないのではと感じた。根拠は何もないのだが、彼にしか出すことのできない味か何かがそう思わせるのではないだろうか…。(3年OT)





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タカダワタル的(2)

資本論 漫画で「資本論」って無理ですね。「戦争と平和」はまぁまぁだったんだけど。


ぽつんとたたずむ小さな後姿

 高田渡。1949年1月1日生まれ。彼の家庭は幼いころに震災や株の失敗で財を失い、母もなくした。父はあてもなく東京へ子供たちを連れ、深川の援護施設やアパートで貧困生活を送った。その後三鷹に落ち着くこととなったが、その時に父を亡くした。
 彼は映画では終始気さくな人柄で周囲の人々を笑顔にしていた。演奏をしているときも、楽譜や楽器をみているのではなく、演奏者同士で笑顔をみせあって演奏しているのが印象的だった。聞きに来ている観客の顔も様々だった。笑っている人、口をぽかんとあけている人、真顔の人など様々な顔があった。中には、曲の歌詞と自分の過去の思い出を照らし合わせて懐かしんでいる人もいただろう。
 彼の歌はどこか懐かしく、人の心を穏やかにさせる。映画の中で印象深かったのは、「魚釣りブルース」だ。私の友人にも釣りを趣味にしている人がいる。私自身一人で釣りにはいかないのだが、その友人が釣りに行くときにはよくついて行っていたのを思い出した。その時は釣れても釣れなくても楽しかったのを覚えている。
 「ブラザー軒」を歌っていた時、彼が唯一涙ぐんでいたのも印象的だった。「ブラザー軒」という曲は、詩人菅原克己の同題詩にメロディをつけたもの。七夕の夜に「僕」が亡くなった父と妹を幻視する話だ。これは、先ほど述べたように、彼自身父と母を早くに亡くしているのでその時の情景と重なったのかもしれない。このように考えると、高田渡の曲が心に沁みるのは、彼自身つらい経験を何度もしてきて、傷ついた人の気持ちが分かるからではないかとも思った。たくさん傷ついたがゆえに音楽に溺れないと心が持たなかったのかもしれない。
 ひょっとすると、コンサートに来ていた人々も、自分の傷から目をそらすために来場していたのかもしれない。彼の曲は人の心を安らかにして、安心させるものが多いが、その曲の中に彼のぽつんとたたずむ小さな後姿を見た気がした。(3年MT)





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タカダワタル的(1)

0413高田01マスクDSC_1238 深圳製のウクライナ国旗マスク


なぜ高田渡を学生に視聴してもらったのか

 4月13日(水)、今年度最初の合同ゼミを開催した。初回は3年生の歓迎会を兼ねて、DVD『タカダワタル的』を視聴し、みんなでケーキを食べた。なぜ『タカダワタル的』かというと、昨年度のゼミ募集面接で、高田渡を話題にする学生が2名もいたからである。わたしは、彼らはてっきり高田渡のファンだと思い込んでいたのだが、改めて問いなおすと、そうでもないみたい。だとしても、20歳を過ぎたばかりの若者が高田渡を知っていて、「生活の柄」を聴いていること自体に驚き、嬉しくなって『タカダワタル的』を視てもらおう、と考えた。正直、半数以上のゼミ生は何で?と思ったかもしれない。寅さんシリーズを初めて学生に視せたときのような不安もあったけれども、寅さんに比べれば、映画も人物もやや新しい(放浪癖はよく似ている)。


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  柄本明企画、タナダユキ監督の『タカダワタル的』は高田渡が急逝する1年ばかり前(2004)にリリースされた映画であり、記録を辿ると、わたしは2007年4月にDVDを購入している。当時の3~4年生にも視せた記憶がある。このたびの視聴はわたし自身、十数年ぶりのこと。懐かしくもあり、新しい発見もあった。「ブラザー軒」にじ~んときたのは初めてかもしれない(どちらかといえば「夕暮れ」を好んでいた)。シュープリーズのケーキでお茶しながら、一人ずつ感想を述べてもらった。べつに私の音楽の趣味を押し付けたいわけではなくて、音楽以外のことで何を感じたか、を聞かせてほしいと予め断った。いまレポートを課しているので、近いうちに優秀作を紹介させていただきます。


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下宿のベランダの原木にシイタケが1株できました。これくらいのサイズがいちばん美味しい。記憶をたどると、2020年6月30日、若桜町中町の中尾家を再訪した際、道の駅で原木を仕入れたのだと思います。昨春は1株もできなくて、今年も駄目ならもう諦めようとした矢先の一株ですから嬉しかった。湿気を維持する方法を考えないとね。


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北陸に居場所をもとめて(5)

北陸紀行5日目 (1) 北陸紀行5日目 (2)


青年海外協力協会 JOCA
 
 11月3日(火)、北陸紀行5日目。最終日は、長野県駒ケ根市にあるJOCA本部を訪ねした。青年海外協力協会JOCAは国際協力機構JICAの青年海外協力隊で途上国支援を経験したOB・OGが組織の中核となり、昭和58年12月に発足しました。JOCAは、JICA海外協力隊の育成や支援を行うとともに、途上国支援で培った経験を生かし、日本の過疎地を拠点として「ごちゃまぜの地域づくり」に取り組んでいます。JOCA 会長の雄谷良成氏は佛子園理事長も兼任しており、佛子園のコンセプトである「ごちゃまぜ」がJOCAにも継承されています。


北陸紀行5日目 (3) フラワーアレンジメント 


JOCA本部-長野県駒ヶ根

 駒ヶ根にあるJOCA本部では、青年海外協力隊としてウガンダに2年赴任していた増田さんから、JOCAや駒ヶ根市の活動について話をうかがいました。現在、JOCAの本部は駒ヶ根にありますが、もとの所在地は東京でした。地方創生と言っておきながら本部が首都にあるのはおかしいということで、2017年、地方に拠点を移すことになり、そこで手を挙げたのが駒ヶ根市です。駒ヶ根には、もともとJICA海外協力隊の訓練所があり、市役所では国際会議が行わいえる「大使村構想」がありました。国際協力に力を入れているのは行政だけではありません。駒ヶ根市、飯島町、宮田村、中川村で開催する国際イベント、みなこいワールドフェスタが28回開催されるなど市民も国際交流に理解があるのです。JICAの本体を移転することは断られてしまいましたが、2018年3月にJOCAの本部を駒ヶ根市に移転することになりました。
 本部の1階はこまがね市民活動支援センター「ぱとな」、2階は本部事務所として使用されています。1階は市民活動のスペースとしても活用され、私たちが訪れた時は、フラワーアレンジメントの講習会が行われていました。JOCABUCKS COFFEEでは、世界中から厳選した豆を取り揃えており、個性的にカスタマイズされたオリジナルブレンドを楽しむことができます。現在、JOCA駒ヶ根には、佛子園のような温泉や蕎麦屋はありませんが、健康促進事業である「ごっちゃウェルネス」が本部の対面にあります。障碍を持っている人たちの就労の場であり、市民が交流できる場所として2021年9月にオープンしました。
 

北陸紀行5日目 (4) 北陸紀行5日目 (5) 増田さんとの面談(左)、JOCABUCKS COFFEE(右)


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ナターシャさん大阪コンサート

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ウクライナに平和を!

 以前チェコ大使館での公演を紹介したウクライナのバンドゥーラ奏者、ナターシャ・グジーさんが精力的に各地でウクライナ平和を願うコンサートを催されています。私にも、予約していた5月1日大阪公演のチケットが届きました。
 上の2枚はチラシの表裏です。右側のサムネイルをクリックしていただけば、ナターシャさんのキャリアがうまくまとめてあります。今後のスケジュール等については、公式ホームページを参照してください。
http://www.office-zirka.com/index.html

 わたしが聞きに行く大阪公演については、HP広報を転載しておきます。

2022年5月1日(日) ウクライナに平和を!
ウクライナの歌姫 ナターシャ・グジーコンサート
    ~水晶の歌声とバンドゥーラの可憐な響き~ ※販売開始!
[ 出演 ] ナターシャ・グジー(歌・バンドゥーラ)、その他、出演者は後日発表
[ 時間 ] 開場 12:30 開演 13:00~(終演15:00予定)
[ 料金 ] 3,000円 要予約(当日券なし) 全席自由
[ 会場 ] エルシアター(エル・大阪) 大阪府大阪市中央区北浜東3-14
[ 主催 ] ウクライナに平和を!コンサート実行委員会
[ 申込み・問合せ ] ほっとすてんしょん Tel:06-6767-6762  [email protected]


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 というわけで、大阪北浜までライブに行くことになりましたが、冷静に考えなおしてみると、コロナはリバウンドの傾向をみせており、2日前にも感染謹慎中の知人と電話で話したばかりです(軽症で良かった)。ワクチン3回接種済みとは言え、前期の授業に大きな穴をあけることは許されません。しっかり感染対策をしていきたいと決意しております。


唯識の日曜日-玄奘三蔵展

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玄奘・道昭と行基、そして土塔

 快晴の日曜日、桜吹雪舞い散る御堀端の県立博物館まで足を運び、玄奘三蔵展をみた。県博開館50周年と薬師寺玄奘三蔵院伽藍落慶30周年を記念する企画展であり、正式の展示名は「三蔵法師が伝えたもの 奈良・薬師寺の名品と鳥取・但馬のほとけさま」という。
 玄奘(602年 - 664)と言えば唯識論である。といっても何のことだか分からないので、いつものごとく安易ですが、wikipediaを引用する。

  唯識とは、個人にとってのあらゆる諸存在が、ただ八種類の識によって成り立っている
  という大乗仏教の見解の一つである(瑜伽行唯識学派)。ここで、八種類の識とは、五種
  の感覚(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)、意識、2層の無意識を指す。よって、これら八種
  の識は総体として、ある個人の広範な表象、認識行為を内含し、あらゆる意識状態や
  それらと相互に影響を与え合うその個人の無意識の領域をも内含する。あらゆる諸存在が
  個人的に構想された識でしかないのならば、それら諸存在は主観的な存在であり、客観的な
  存在ではない。それら諸存在は無常であり、時には生滅を繰り返して最終的に過去に消えて
  しまうであろう。即ち、それら諸存在は「空」であり、実体のないものである(諸法空相)。
  このように、唯識は大乗仏教の空 (仏教)の思想を基礎に置いている。

 難しい。以下の要約は現代的である。

  唯識思想では、各個人にとっての世界はその個人の表象(イメージ)に過ぎないと主張し、
  八種の「識」を仮定する。

 客観的な事実など存在しない。あるのは個の認識するイメージのみ。現象学的社会学を彷彿とさせる。
 玄奘は唯識を深めるためインドで学び、帰国後、『瑜伽師地論』100巻、『成唯識論』10巻、『大般若経』600巻など大量の仏典を漢語訳した。瑜伽とはヨガのことであり、日本において唯識を伝える宗派を法相宗という。南都(奈良)で最大の勢力を誇る宗派であり、拠点は薬師寺と興福寺と法隆寺にあった。


玄奘DSC_1215 窓外に仁風閣と桜吹雪


 道昭(629- 700)は河内国丹比郡(現堺市)の出身。遣唐留学僧として玄奘に師事し、寵愛され、禅を勧められたという。帰国後、飛鳥寺(法興寺)で禅を修行し、本薬師寺で唯識に基づく法相宗を始めた。我が行基(668-749)は道昭の弟子とされる。出身地も道昭に近い(堺市)。展示・図録とも両者の師弟関係に言及しているが、玉田卒論新刊報告書でも述べたように、両者の関係を裏付ける古い記録がなく、後世の潤色の可能性があるとも言われる。だとしても不思議なのは、堺市大野寺の土塔である。727年ころの造営。十三重のテラスの最上部=中心部に円形の粘土ブロックを残し、(和風化した)インドの巨大ストゥーパをイメージさせる。あくまで想像を逞しくしたものとしてご理解いただきたいが、行基は道昭経由で玄奘のインド情報を吸収し、その情報を自分なりに咀嚼して土塔を造営したのではないか。こうでも理解しない限り、日本建築史のストリームからはみ出しすぎた土塔の成立事情を説明できない、と思っている。


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お昼は博物館カフェで。手前のジャンバラヤン・オムライスは辛かった・・・


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北陸に居場所をもとめて(4)

北陸紀行4日目(1) 北陸紀行4日目(2)


安楽寺八角三重塔

 11月2日(火)、北陸紀行4日目。長野県上田市にある禅宗寺院の塔、安楽寺八角三重塔を訪れました。先生が安楽寺の修復を担当した技師さんと親交があることで、ご住職に案内をしていただけることになりました。安楽寺三重塔は、江戸時代以前の遺構としては唯一の八角塔であり、昭和27年(1952)に国宝に指定されています。建立年代は、従来、漠然と鎌倉時代末〜室町時代始め頃と考えられていましたが、年輪年代測定の結果、1289年伐採した木材が使われていることが判明したため、1290年代以降の鎌倉後期に建立されたことが判明しています。一般には入ることのできない三重塔初重の内部も、ご住職の付き添いで特別に見せていただきました。初重の裳階が特徴的であり、法隆寺西院や薬師寺東塔の裳階は短いものですが、安楽寺三重塔では本体初重屋根より裳階を長くしています。そして、建具は本体側柱筋にはなく、裳階の側柱に嵌め込んでいます。この点は、菅原遺跡「円堂」復元において、建具有B案に反映されました。


北陸紀行4日目(4) 北陸紀行4日目(3)
安楽寺八角三重塔初重内部。本尊は大日如来。


安楽寺のお守り-途上国の貧困支援
 
 平成23年(2011年)11月、60年ぶりにこけら葺き屋根の葺き替えが行われました。相輪や露盤などの頭頂部金具飾りの修理は100年ぶりとなる大規模な修復工事だったようです。屋根のこけら葺葺き材はすべて剥ぎとって新しく葺き替えました。その際、古いこけら板を捨てるのはもったいないので、ご住職はお守りに転用されることを発案されました。こけら板を小さく裁断して焼印し、ポーチのような木綿の小袋に納めています。永い歳月、風雪に耐えた、さわら割板と竹くぎを守護神とみなし、「屋根として60年国宝を守ってきた材をお守りにすることで、今度はみんなを守って欲しい」との意味が込められています。
 お守りを入れる木綿の小袋は、アジアの子供たちの教育支援とも関係しています。ご住職は、先代の頃から40年目となる公益社団法人シャンティ国際ボランティア会の会長を務めています。この布袋は、タイの材料を使用し、バンコクのスラム街で作られた織物です。スラム街で織布・裁縫されたポーチを輸入し、現地の子供たちが小学校に通うための資金を提供しているのです。こういう国際的な支援と交流を背景にして、多くの人の縁が繋がれており、ご住職は織物をお守りの袋にすることで、その縁を日本の国外にも広げておられるのです。


北陸紀行4日目(10) 北陸紀行4日目(11)
↑安楽寺のお守り(左)、お守りを入れる木綿の小袋(右)


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北陸に居場所をもとめて(3)

北陸紀行3日目(8) 松代ほくほく通りマップ(東)
まつだいカールベンクスハウス 


松代の町並み-北陸の3階型町家とカール式修景

 11月1日(月)、北陸紀行3日目。この日は、とても濃く、自分の人生観が変わるほどの1日となりました。まずは午前から、新潟県十日町市松代を再訪し、松代ほくほく通り商店街のフォトスキャン作成のため連続写真の撮影に取り組みました。松代ほくほく通り商店街は、かつて宿場町として栄えた街道沿いの集落です。現在は、3階建ての木造民家が軒を連ねますが、空洞化が目立ちます。「昔の面影ある民家が多く残るこの通りの景観再生に取り組むことで、町に賑わいが戻るのでは」と考えたカールべンクスさんは、1枚の町並み修景パースを描きます。現在、十日町松代地域街並み景観再生事業として、ベンクス氏が外装をデザインし、修景・塗装するプロジェクトが進んでいます。


松代フォトスキャン
↑フォトスキャンによる松代町並みの連続立面図

DSCN0307.jpg 北陸紀行3日目(2)
建築デザイン事務所(カールベンクスハウス2階)


まつだいカールベンクスハウス

 連続写真撮影後、昼食の予約をしていた「まつだいカールベンクスハウス」に入りました。ここは、カールさんが明治後半の旅館を改装し、1階をフレンチ料理のカフェレストラン、2階を設計事務所として再生した施設です。ここで、注文を待っているとまさかの出来事がありました。夏から何度か連絡をとっていたものの、ドイツとの仕事の往復などで多忙をきわめておられ、カールさんにお目にかかることは難しいと判断していましたが、フロアの方が2階の見学ができると言われるので驚きました。2階にあがるとカールさんがおられて、自ら案内をしてくださったのです。
 2階のアトリエは、明治日本の和風木造建築の構法と貴重なけやき材を維持しつつ、ドイツ製のペアガラスや薪ストーブを取り入れ、開放的なアトリエに変貌しています。私は、古材を再利用した骨組と大空間の重厚感と快適性に圧倒されました。カールさんご自身に案内していただいた時間はとても貴重なものとなり、その後の進路の決断に大きく影響するものとなりました。


北陸紀行3日目(3)


 見学後、楽しみのランチに。本日のスープ、キッシュ(ジャーマンポテト)、地粉クレープ、ノンアルコールワイン赤のセットを選びました。とても美味しかったのですが、それ以上に日本にいるとは思えない居心地の良い空間で食事ができたことに満足感を覚えました。何度も渡欧されている先生は、「まるで東欧のレストランのようだ」と感じ入っておられました。明治の柱や梁、欄間と東ドイツ風のインテリアや骨董が絶妙にマッチしているのです。ドリンクにはドイツのクラフトビールがあり、カウンターは西欧風の瀟洒なものにデザインされています。


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↑古民家カフェ「澁い-SHIBUI-」(まつだいカールベンクスハウス1階) ↓キッシュ(左)、本日のスープとクラフトビール(右)
北陸紀行3日目(10) 北陸紀行3日目(4)


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瀬戸際パイレーツ!

セミファイナル決戦の前に

 いまメジャーリーグの開幕戦をライブで視ています。大谷翔平はすでに降板しました。被安打4、失点1、奪三振9・・・スプリットの出来がよくなかったけれども、上々のピッチングだったと思います。レフトの守備がちょっと(連続して)ひどいので1失点は可哀想でした。
 さて、大半の読者にとって、パイレーツと言えば筒香嘉智(開幕戦4番で3打数2安打)でしょうが、私にとっては小林剛です。mリーグのレギュラーシーズンを首位で通過したパイレーツでしたが、予想どおり、セミファイナルでは急降下し、本日夜の最終戦2試合を残して6チーム中5位、このままではファイナルに進めません。成績は以下のとおりです。

1 KADOKAWAサクラナイツ 248.5pt
2 KONAMI麻雀格闘倶楽部 192.1pt(-56.4pt)
3 渋谷ABEMAS 181.7pt (-10.4pt)
4 セガサミーフェニックス 120.2pt (-61.5pt)
--
5 U-NEXT Pirates 76.9pt (-43.3pt)
6 EX風林火山 -69.4pt (-146.3pt)

 赤文字のチームはすでに16試合を終えており、ポイントは動きません。1位サクラナイツの通過は確定しており、4位フェニックスの120ポイントも決してわるくない数字です。今夜、残り4チームが2試合戦うわけですが、パイレーツは楽観できない瀬戸際に追い込まれています。実力そのままの位置にいると言っていい。他の強豪チームは、頼りがいのあるエース級の選手を2枚以上抱えているのに対して、パイレーツは結局、小林剛ひとりの獅子奮迅でした。昨年の録画を視ているようにね。おいおい、レギュラーシーズンMVPの瑞原はどうしたって、ことになるわけですが、残念なことに、パイレーツ急降下の発端となったのが、先発を任された瑞原の暴牌であり、そこから悪しき流れが止まらなくなりました。



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北陸に居場所をもとめて(2)

北陸紀行2日目(1) 輪島KABULETマップ(東)
輪島KABULET拠点施設


輪島カブーレ

 10月31日(日)、北陸紀行2日目。前日、速水代表から輪島にある佛子園のプロジェクト「輪島KABULET(カブーレ)」の見学を強く勧められ、能登半島をひとまわりしてから新潟に向かうことになった。これが結構時間がかかる。金沢から輪島まで片道2時間。海のみえる道行きは快適そのものだが、一回りすれば半日かかる。目的地の新潟県十日町に着くのは夕方になるのを覚悟しての輪島訪問になった。
 佛子園には「B‘s・行善寺」以外にも複数のプロジェクトがあり、輪島KABULETもその一つだが、一点集中型の施設ではなく、輪島市中心部に点在する空き家や空き地を、カフェ、ジム、身障者向けの施設などにリノベーションする再生事業計画である(2018年開始)。この再生事業計画は佛子園とJOCAの連携によって進められており、令和3年度には、バリアフリー・ユニバーサルデザイン推進功労者表彰として「内閣総理大臣表彰」を受賞している。


北陸紀行2日目(2) 
空き家をリフォームしたゴッチャ!ウェルネス輪島(地域密着型健康施設)


 輪島は、長い歴史を漆とともに育んできた街である。工芸品としての漆はもちろん、気軽に触れ合える漆の活かし方をみんなで考え、日常的に漆が溢れる街づくりを目指している。そんな街づくりで繋がる“かぶれ人”やイキイキした街の姿を“KABULET=カブーレ”と呼んでいる。経費は復興庁の交付金、国土交通省の空き家対策の交付金などを活用している。高齢者、障碍者、子育て世代、若者、観光客など、誰もが行き交う「ごちゃまぜの街」にするという佛子園のコンセプトはそのままに、既存の街を生まれ変わらせようとしている。


北陸紀行2日目(3) カフェ・カブーレ


セルフのママカフェ
 
 私たちは、空き家をリフォームしたカフェ・カブーレ(Cafe`KABULET)を訪れた。このカフェはすべてセルフとなっており、自由に利用することができる。たとえば、「ピザをください」と注文すると、ピザの生地だけ出てくる。具材は自分たちで決める、そんなカフェである。通称ママカフェと呼ばれ、親子で楽しむことができる。私たちはグリーンスムージーを注文した。材料は用意してくれるが、そこからはすべてセルフ。レシピはわかりやすくメモ書きしてある。飲み終わった後の食器荒いももちろんセルフ。調理から片付けまでセルフという斬新なカフェには正直とまどったけれども、興味深い経験だった。


北陸紀行2日目(6) 北陸紀行2日目(7) 北陸紀行2日目(5)
↑スムージーをつくり(左)、食器を洗う(右)


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再考-遺跡整備と復元建物 インタビュー

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東京通信-人は何に胸を打たれるのか

 4月5日(火)の昼下がり、東京の通信社から突然のメールがあった。そのときちょうど新刊報告書の郵送宛名書きに追われていたので、てっきり菅原遺跡のことが主題であろうと思い込んでしまった。宛名書きはその前夜から始めていて、霞ヶ関の担当部局にも送ろうということで、旧同僚の知人に宛先と冊数などを確認しようと電話したところ、結構長話になった。この年末年始から奈良で物騒な報道が立て続けにあり、その件については不問に伏せて話をしようと思っていたのだが、知人は我慢がならないようで次第に高揚し、「○○だけは絶対許せない」と連呼した。読者はなんのことだか分からないでしょうが、大げさではなく、組織を揺るがすほどの大事件(の連続)だったからである。もちろん菅原遺跡の保存の件や、昨年(2021)世界文化遺産に登録された「北海道・北東北の縄文遺跡群」のことも話題になった。そんな翌日に東京在住の文化財担当記者さんから電話が来たものだから、てっきり知人の紹介なのだろうと思ったら、そうではなかった。以下、1本めのメールを抜粋する。

  弊社では現在、世界遺産や文化財を巡る現状や課題を取り上げる連載を
  地方新聞に配信し、掲載していただいております。
  今回は「遺跡や埋蔵文化財を伝える難しさ」といったテーマで、
  価値を伝えるための各地の工夫を紹介する予定です。
  その関連で、先生のCG復元の取り組みや、復元に対するお考えを
  インタビュー形式で紹介したいと考えております。
  (NHK鳥取の特集や、ブログはすでに参照させていただきました)

 まもなく電話がつながり、日程を調整した結果、翌6日に早くも来鳥され、大学で取材を受けた。
 主題は菅原遺跡ではなく、世界遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」であった。たしかに私は研究所時代、この地域の縄文集落の整備に係わっていた。公務としては平城宮の発掘調査と復元事業を日々こなしながら、東北・北海道にも足繁く通った。それは、三内丸山や吉野ヶ里をはじめとする考古学と遺跡の狂想の時代であり、その喧噪に終止符を打ったのは2000年に露呈した旧石器ねつ造事件である。この喧噪とねつ造の両方の背景にいた中心人物(黒幕)がだれなのか、文化財関係者ならだれでも知っている。鳥取県の妻木晩田遺跡の保存も、その人物が主導したものであり、あのころ県の文化財課はすっかりヒールの役回りを強いられていたが、正義の味方のように振る舞う女性研究者と黒幕の不徳な癒着の噂もまことしやかに語り継がれている。


牧DSC_1210 牧谷窯小皿(アルマーレ)



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大学院入学式 宣誓

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宣 誓

 桜の花も咲き乱れ 、暖かな春の息吹を感じられる今日の良き日に、私たち2022年度大学院入学生のためにこのような式を挙行していただき、誠にありがとうございます。この2年間、コロナ禍に悩まされ、今もオミクロン株が猛威を振るう中、例年以上に感染対策を徹底し、本日の式を挙げるために大変多くの準備をしていただきましたこと、大学院入学生を代表して感謝申し上げます。 
 私は、この3月に公立鳥取環境大学を卒業しました。早くから内定を得ていた就職先をキャンセルし、大学院へ進学します。卒業研究では、限界集落の問題に取り組みました。鳥取県内の山間/中山間地域の空洞化は深刻な状況にあり、持続可能とはとても思えませんでしたが、全国の活性動態に目を転じ、昨年秋、北陸地方を旅して、瞠目すべき成功例を目のあたりにします。それは私の人生観を変えるほどの出来事でした。

 東ドイツ出身の建築家、カール・ベンクスさんは、新潟県十日町市の限界集落「竹所」に25年以上住み続けながら、古民家を独自の手法で再生し、多くの移住者を呼び込み、集落の人口を倍増させています。カールさんの古民家再生手法は国内に類例のない独創的なものです。和風木造の骨組は古材を再利用する一方で、内装には積極的に西洋風のインテリアや骨董をとりいれ、ときに民家の外観までカラフルなドイツのハーフティンバー式に変えてしまっています。寒さ対策も万全であり、「新旧融合・和洋折衷の暮らしやすいデザイン」の重厚感と快適性に圧倒されました。
 石川県白山市に本部をおく社会福祉法人「佛子園」では「ごちゃまぜ」というコンセプトを学びました。ごちゃまぜとは「障碍の有無、性別や年齢、国籍や文化、性的指向などあらゆる人が認め合うこと」を意味します。佛子園のコンセプトは、青年海外協力協会JOCAの活動にそのまま採用されています。長野県駒ヶ根に本部をおくJOCAは、国際協力機構JICAで途上国支援を経験したスタッフによって運営され、日本各地の過疎地域の振興事業に従事しています。「誰もが居場所と役割を持つコミュニティづくり」という内閣府のプロジェクトをJOCAが請け負い、鳥取県南部町も国の七大拠点の一つに選定され、この6月より「ごちゃまぜ」型の地域振興施設を開業します。以上の取り組みは、過疎地域を悲観せず、前向きにとらえるきっかけとなりました。

 私はJICAのような海外での支援活動を経験して、JOCAのような日本国内の地域振興を担いうる人材になりたいと思っています。これからの2年間は、こうした国内外の新しい課題に挑戦するチャンスであり、身近なところから少しでもできることを増やし、自分自身を大きく成長させたいです。両親や教職員の皆様をはじめ、周りで支えてくださる方々への感謝の気持ちを忘れずに、充実した大学院生活を送ることを誓い、宣誓の言葉といたします。

令和4年4月4日
大学院入学生代表
東 将平

https://www.asahi.com/articles/ASQ446WWYQ44PUUB002.html?iref=sp_liftop_feature2_list_n



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戦争と平和(1)

戦争と平和 映画 戦争と平和 漫画


ヘップバーン > トルストイ

 トルストイの長編小説『戦争と平和』を映像化した作品は、少なくとも映画3作、大河テレビドラマ3作の計6作を数えるようだが、容易に視聴可能なものは以下の3作に限られる。

 ①映画『戦争と平和』(キング・ヴィダー監督1956 米・伊合作)
 ②映画『戦争と平和』(セルゲイ・ボンダルチュク監督1965-67 ソ連)
 ③TVドラマ『戦争と平和』(英国放送協会制作2016)

 以上のうち最も興行成績が高く、アマゾンなどのレビューで他を圧しているのが①のハリウッド版である。主演はオードリ・ヘップバーン(ナターシャ)とヘンリー・フォンダ(ピエール)。約3時間半の長作だが、②のソ連版は全4部作の7時間、③のBBC版は全6話で11時間の超大作である。数日前に宣言したように、まずはハリウッド版から視ようと考えた。アマゾン・プライムなら1泊100円。これにすれば良いのだが、年寄りには画面が小さ過ぎるので、今後教材に転用できるとも考えてDVD(980円)を取り寄せた。
 ざっと2度視た。初回は字幕版、2度目は日本語吹き替え版に変えた。前者はストーリーを掴みにくく、この映画に関しては後者をお薦めしたい。残念ながら、『ブータン 山の教室』で覚えたような感動は湧いてこなかった。そもそもこの映画はトルストイの原作を掘り下げようとしていない。西部劇でもみているような錯覚にしばしば陥る(音楽のせいか?)。これはもうヘップバーンを視るための映画である。『ローマの休日』や『ティファニーで朝食を』や『マイフェアレディ』と同じような感覚で『戦争と平和』を制作し、ヘップバーンをスクリーンに映しだす。戦争シーンは運動会のようでリアリティに乏しく(いま目の当たりにする現実の戦争との落差が大きすぎる)、ナポレオン・ボナパルトには天才的軍人としてのオーラの欠片もないが、ヘップバーンがあらわれた瞬間、画面に釘付けとなる。原作でのナターシャは、お転婆でまぁまぁ魅力的な娘が大人の女に成長していくという設定で、美貌では悪女エレンに劣るという位置づけだが、映画ではとんでもない・・・こんな美しい女優は映画史に存在しない、と唸るほどの存在感をふりまいている。男なら誰でも驚嘆して見惚れるだろうし、そういう男の言動に否定的な女でさえもヘップバーンにだけは屈してしまうだろう。当時のヘップバーンはそれだけの女優であった。だから教材にはむかない。おそらく②を学生に視せることになるだろう。


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北陸に居場所をもとめて(1)

北陸紀行1日目 (18) 佛子園中庭の遊具


 新年度になりました。大学院に進学することになった滅私です。先生から何度も催促されながら、無精の本性をあらわにしてしまい、年度が変わるまで遅れてしまいましたが、昨秋の北陸紀行を連載していきます。当初、北陸での視察は昨年の夏休みに行う予定でしたが、コロナ禍第5派により延期を余儀なくされ、感染がいったん収束した10月末~11月初の実施となりました。


速水代表講義スライド 北陸紀行1日目 (12) 速水代表による講義


佛子園-ごちゃまぜのまちづくり
 
 2021年10月30日(土)、北陸紀行1日目。石川県白山市に本部をおく社会福祉法人「佛子園」を訪れました。到着後、まずB’s行善寺の速水代表による講義を受け、佛子園の施設や「ごちゃまぜ」というコンセプトについて学びました。「ごちゃまぜ」とは、「障害の有無、性別、年齢、国籍、文化、人種や宗教、性的指向などあらゆる人が認め合う」ことを意味し、ここでは特殊な人を排除しないごちゃまぜのまちづくりが実践されています。通常のデイサービスや介護施設は、隔離された特殊な施設ですが、佛子園では高齢者や身障者と健常者や子どもたちが普通に会話しあい交流しています。高齢者の入浴場では、介護の職員とその子供まで一緒に入るのが当たり前になっています。
 もちろん、時々、問題もおきます。しかし、それもすべてひっくるめて「ごちゃまぜ」であり、問題が起きた時には、みんなで話し合って解決することでコミュニケーションが強化されます毎日何かあっていい、そんな覚悟と寛容さがごちゃまぜプレイスを支えています。講義中には、知的障碍者の方が私たちの近くに現れ、少し驚きましたが、佛子園ではごく日常的な出来事であり、多様な人材が交差するまちづくりが実践されていることを肌で感じました。


北陸紀行1日目 (13) 
↑行善寺温泉  ↓温水プール(左)と保育園(右)
北陸紀行1日目 (2) 北陸紀行1日目 (1) 


B’s行善寺
 
 講義後、実際に代表に佛子園の施設を案内していただきました。B’s行善寺は、佛子園本部に併設されている地域コミュニティ施設であり、福祉・医療施設としての高齢者デイサービス、障碍者生活介護や保育園、内科クリニックに加え、交流施設として天然温泉、食事処、ごちゃウェルネス(健康増進施設)、温水プール、フラワーショップなどが併設されています。また、施設全体が障碍者の就労支援の場となっています。B’s行善寺は、複数の機能が隣接して融合し、「ごちゃまぜ」を実現している場所といえます。


北陸紀行1日目 (4) 北陸紀行1日目 (5)


 ごちゃウェルネス(↑)には、地域の健康づくりを目指したジムやスタジオがあり、障碍のある人も、ない人も本気で筋トレしたい人もそうではない人も仕切りなく一緒にいます。身障者の方が運動しているのを見て、運動しなければいけない年齢の人たちがどっと通いやすくなるそうです。筋トレしたいと思う私にとっても興味深いものであり、体のバランスを整えるマシーンを体験させていただきました。かなり振動していましたが、周りから見るとただ、立っているだけに見えるようです。施設は広く、器具も充実しており、何より温泉に入り放題というのは魅力的です。


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プロフィール

魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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