ナマズ民話伝承の解読と新しい童話絵本の創作《2024年度卒論中間報告》荻ノ沢
ナマズ民話伝承の解読と新しい童話絵本の創作
Decoding catfish folklore and creation of new picture books for children
1.ナマズ童話との出会い
民俗学や文化史の観点から、地域の民話伝承を収集することは、地方史の理解と郷土文化の保護にとって重要な意義がある。本研究では、ナマズの説話に注目する。本年5月、研究室のメンバーが埼玉県吉川市を訪問し、1冊の童話本を入手して帰ってきた。吉川市はおそらく全国で唯一「ナマズでまちおこし」を進める自治体である。ナマズづくしの割烹料理屋が軒を連ねるだけでなく、駅前には大きなナマズの彫刻が展示され、ナマリンというゆるキャラがマンホール蓋、小学生のランドセルカバー、多くの土産物にデザインされている。ナマズコーラは大変人気のある商品である。
こうしたナマズまちおこしの一環として、1996年に「なまず童話」のコンペが実施された。じつに330作もの応募があり、そのなかから大賞1篇、優秀賞3篇が選ばれ、その4篇をまとめて童話集が刊行された[吉川市商工会2001]。大賞を受賞した森田文さんの「ナマズのぼうや」が巻頭であり、童話集の書名にもなった。釣針を食んで人間に釣りあげられた父と母の大ナマズを失ったナマズのぼうやが、水底でたくましく成長していく過程を描いたものである。この童話を読んで私は感動し、全文の英訳を試みた。これまで研究室では、ブータンの民話絵本を日本語訳する作業を続けており、私も昨年、ブータン最初の女性作家で研究室とも親交のあるクンサン・チョデンの『アシ・ツォメン 湖のマーメイド』の翻訳に取り組んだが、このナマズの童話を通じて、その逆、すなわち日本語から英語への童話の言語変換を試行したのである。
図1 童話『ナマズのぼうや』表紙
2.アウエハントと鯰絵
次に興味をもったのは、コルネリウス・アウエハントの名作『鯰絵―民俗的想像力の世界』(小松・中沢・飯島・古家訳1979)である。安政二年(1855)の江戸大地震直後に、ユーモアと風刺に富んだ多色摺りの鯰絵が大量に出回った。「地震鯰」「鯰絵」「鹿島大明神」「要石」などが基本モチーフとしてあり、そこに書かれた詞書には世直しなど民衆の願望も表象されている。日本文化の深層をオランダ構造主義の文化人類学的方法で鮮やかに読み解く傑作であり、鯰絵という戯画の深層分析が日本人ではなく、オランダ・ライデン学派研究者によってなされたことに驚きを禁じえない。
『鯰絵―民俗的想像力の世界』表紙
3.ナマズ伝承の収集
上記2書に影響を受け、私は故郷の福岡とその周辺でナマズ説話に係る調査をおこなった。今回は以下の2ヶ所を紹介する。
(1)賀茂神社のナマズ信仰
6月21日(金)、福岡市早良区免の賀茂神社を訪れた。免(めん)の賀茂神社は、京都下賀茂神社の分霊社として、平安時代以前に勧請されたと伝える。享保(18世紀前期)の大飢饉にナマズが神の遣いとなり、被害を最小限に抑えたという伝説があり、ナマズをご神体として祀るようになった。賀茂神社の祭神は玉依姫(たまよりひめ)、別霊命(わけいかずちのみこと)、天児屋根命(あまこやねのみこと)の三柱である。神社の創立は、境内から出土した瓦により約1200年前と推定されている。
賀茂神社の絵馬と石碑
Decoding catfish folklore and creation of new picture books for children
1.ナマズ童話との出会い
民俗学や文化史の観点から、地域の民話伝承を収集することは、地方史の理解と郷土文化の保護にとって重要な意義がある。本研究では、ナマズの説話に注目する。本年5月、研究室のメンバーが埼玉県吉川市を訪問し、1冊の童話本を入手して帰ってきた。吉川市はおそらく全国で唯一「ナマズでまちおこし」を進める自治体である。ナマズづくしの割烹料理屋が軒を連ねるだけでなく、駅前には大きなナマズの彫刻が展示され、ナマリンというゆるキャラがマンホール蓋、小学生のランドセルカバー、多くの土産物にデザインされている。ナマズコーラは大変人気のある商品である。
こうしたナマズまちおこしの一環として、1996年に「なまず童話」のコンペが実施された。じつに330作もの応募があり、そのなかから大賞1篇、優秀賞3篇が選ばれ、その4篇をまとめて童話集が刊行された[吉川市商工会2001]。大賞を受賞した森田文さんの「ナマズのぼうや」が巻頭であり、童話集の書名にもなった。釣針を食んで人間に釣りあげられた父と母の大ナマズを失ったナマズのぼうやが、水底でたくましく成長していく過程を描いたものである。この童話を読んで私は感動し、全文の英訳を試みた。これまで研究室では、ブータンの民話絵本を日本語訳する作業を続けており、私も昨年、ブータン最初の女性作家で研究室とも親交のあるクンサン・チョデンの『アシ・ツォメン 湖のマーメイド』の翻訳に取り組んだが、このナマズの童話を通じて、その逆、すなわち日本語から英語への童話の言語変換を試行したのである。
図1 童話『ナマズのぼうや』表紙
2.アウエハントと鯰絵
次に興味をもったのは、コルネリウス・アウエハントの名作『鯰絵―民俗的想像力の世界』(小松・中沢・飯島・古家訳1979)である。安政二年(1855)の江戸大地震直後に、ユーモアと風刺に富んだ多色摺りの鯰絵が大量に出回った。「地震鯰」「鯰絵」「鹿島大明神」「要石」などが基本モチーフとしてあり、そこに書かれた詞書には世直しなど民衆の願望も表象されている。日本文化の深層をオランダ構造主義の文化人類学的方法で鮮やかに読み解く傑作であり、鯰絵という戯画の深層分析が日本人ではなく、オランダ・ライデン学派研究者によってなされたことに驚きを禁じえない。
『鯰絵―民俗的想像力の世界』表紙
3.ナマズ伝承の収集
上記2書に影響を受け、私は故郷の福岡とその周辺でナマズ説話に係る調査をおこなった。今回は以下の2ヶ所を紹介する。
(1)賀茂神社のナマズ信仰
6月21日(金)、福岡市早良区免の賀茂神社を訪れた。免(めん)の賀茂神社は、京都下賀茂神社の分霊社として、平安時代以前に勧請されたと伝える。享保(18世紀前期)の大飢饉にナマズが神の遣いとなり、被害を最小限に抑えたという伝説があり、ナマズをご神体として祀るようになった。賀茂神社の祭神は玉依姫(たまよりひめ)、別霊命(わけいかずちのみこと)、天児屋根命(あまこやねのみこと)の三柱である。神社の創立は、境内から出土した瓦により約1200年前と推定されている。
賀茂神社の絵馬と石碑