庫裡
庫裡の雪害 7月6日(水)。午前に降っていた雨もやみ、風が涼しく感じました。門前から急な石階をのぼると、摩尼寺の仁王門が見えてきました。それは18世紀に他の地で建設され後に移築されてきた楼門です。石段には苔が生えており、雨上がりで滑りやすくなっていたので、みな踏石を確かめるように楼門から山門をめざします。境内に達すると、湯山の選果場に2台の車を停車し折り返してきた4人の男性陣の姿がすでにあったのには驚きました。
まず、庫裡の屋根の被害に目を奪われました(↑)。原因は2月の豪雪です。市街地で92㎝の積雪でしたから、摩尼寺では1m以上の積雪だったのは確実であり、雪の重みで大屋根と庇の瓦屋根が崩落し、室内が丸見えの状態になったそうです。現在は新しい梁をとおしてトタン葺きで応急修理されていました(被災以前の外観は
こちら を参照)。庫裡については元より傷みが激しく、行政サイドは登録記念物の補助事業での構造補強と修復をめざしていましたが、文化庁の判断によると、「名勝地」との係わりが薄いということで予算化が難しく、現在は自治体指定(有形文化財)による修理をめざす方向に切り替わりつつあるそうです。とはいえ、現状の外観をみる限り、文化財審議会までに旧状に復するか、現状の応急修理をそのままみせるか、難しい判断を迫られそうです。しかしながら、
豪雪被害が摩尼寺にまで及んだ事態については強調すべきであり、ASALABも今後、講演会等での募金をつのりたいと考えています。
本堂脇
高札風の説明板 この後、全員で本堂に参拝しました。五円はご縁があるということで、一同五円玉のお賽銭を用意しつつ・・・そして、2014年に登録文化財の官報告示をうけた本堂・鐘楼・山門の説明版で「登録」と「指定」の違いに係わる問答をしました。4年生が一人ずつ答えましたが、先生はご不満なようで、自ら説明されました(この問題はLABLOGで何度も取り上げられているので省略)。本堂正面脇の説明板は登録文化財認証プレートの設置施設を兼ねた
高札風の説明板が設置されています。プレートの保護を目的の一部としているので、短い屋根をかけており、クリの余材を活用した木造の工作物です。これに類する登録記念物(名勝地関係)の案内板を門前、立岩脇、奥の院の3ヶ所に設置する予定であり、この日は山上には上がりませんでしたが、門前等で「総合案内板」の設置位置について検討するための基礎情報を与えられたわけです。
閻魔堂の問題 閻魔堂については、雪害以前から擁壁側の地盤沈下が激しく、土台が折れていましたが、最近、お寺さんの親しい大工さんが沈下部分にモルタルを塗り込んで応急修理しており、土台は水平を保っていました。しかし、擁壁側の地盤沈下が納まった保証はなく、再び同様の変形を引き起こす危険性もあります。とりわけ大地震発生時には擁壁側が地滑りで崩壊し、閻魔堂も崖下に転落する可能性すらあるでしょう。こうしたリスクを回避するため、閻魔堂の移設が以前から論議されてきました。先生は、閻魔堂が昭和40年代まで存在した立岩脇の基壇に戻すべきだとお考えのようです。因幡に生まれた人は死後、霊魂がいったん摩尼山に滞留し、閻魔様の裁きをうけて天国に導かれる者と地獄に堕ちる者に分けられると信じられていたからです。山頂までの移設となると大変であり、もちろん反対意見もありますが、庫裡の修理に冷淡であった文化庁は、「摩尼山の歴史性と景観の回復」という主題との合致から、閻魔堂の山上移設については一定の理解を示してくれているそうです。
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