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ボン郷ひとり旅(7)-第11次ブータン調査

0910ワンデュポダン城01外観01 0910ワンデュポダン城03ゲルポゴンカン扉01


ワンデュポダン城のギョンカン

 9月10日(火)、チメラカンに近いプナカのホテルからワンデュポダン城をめざした。ワンデュポダン城はガワン・ナムゲルの造営という。ブータンは明日からツェチュ祭である。前日にあたる今日は、チャムジュ(chamju)という祭が催される。駐車場は車で溢れ、ゾン(城)へ向かう参拝者が後を絶たない。警察の監視が厳しい門堂をくぐり、前方の広い中庭に出ると、すでに仮面舞踊が始まっており、観衆で賑わっていた。わたしたちは、その隙間をぬって奥の小さな中庭に向かう。その中庭の奥に、小ぶりの楼閣ウチが建っている。この楼閣にギョンカン(神間)を含むらしい。果たして、1階の正面側に Gyelpo Gyoemkhang のサインボード(↑右)を発見した。ガイドが中に入ったが、誰もいない。


0910ワンデュポダン城01外観02奥の中庭02ギョンカン楼? 0910ワンデュポダン城01外観02奥の中庭01


 裏側にまわっていくと、今度は2階上にギョンカンがあるという指示板をみつけたので、きつい階段を上がっていった。途中から髑髏の板絵があり、ギョンカンに近づいたことを暗示させる。最上階にギョンカンがある。普段は開けていない。この日は祭なので、特別に参拝可能にしている。ラッキーだった。しかし、撮影は許されない。この部屋の管理者は若年僧キンレイ・ワンチュク君、祭なので近くの寺で修行中の友人、キンレイ・ドルジ君が遊びに来ていた。


0910ワンデュポダン城04最上階ゴンカン02ティンレイ 0910ワンデュポダン城04最上階ゴンカン01ポラ


 ここのギョンカンは仏堂級の広さがある。2本柱タイプ。本尊は、レゲン・ジャロドンツェン。ガルーダの顔をしている。イシゲンポの生まれ変わり。ボンの神ではない。仏教側の神が悟りを開いて、人間的な姿になり、土地神になった。ブータン全土の守護神で、ブンタン、ハ、パロ、ティンプーなどにも祭場がある。本尊の左側に黒い髑髏の厨子があり、ワンデュポダンの土地神ラダップの偶像を収めるが、誰にもみせない。ラダップは、城に近いラダ寺のギョンカンの本尊とする。
 2012年、火災でワンデュポダン城は全焼した。ギョンカンも偶像もすべて焼けた。コロナ禍の中、再建された


0910ワンデュポダン城02chamju祭02 0910ワンデュポダン城02chamju祭01
チャムジュ祭の舞踊


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ボン郷ひとり旅(6)-第11次ブータン調査

0909ウゲンチョリン10朝食02美女2名01 0909ウゲンチョリン10朝食02美女2名02


46-46 蕎麦三昧の朝

 古い領主居館ナグツァンの一室で豪華な夜を過ごした(懸念されたWi-Fiもレストランのそれに接続)。こんな経験をしたのは2019年に宿泊したパロのガンテホテル以来である。朝はまた蕎麦三昧の食事で至福。蕎麦粉のパン、蕎麦花の蜂蜜、蕎麦粉のパンケーキ(クレ)にヨーグルト。ジャムも数種類。ウゲンチョリンの朝を過ごしながら、私は竹所のカールさんを思い出していた。古民家を活用したライフスタイルに、オーガニックな食事。カール・ベンクス夫妻とクンサン・チョデン夫妻には多くの共通点がある。シンガポールからやってきた日本人女性は、「ブータンにきてから食べたものの中でここが一番美味しい」という。全く同感であり、私も Best food in Bhutan という感想をスタッフに伝えた。


0909ウゲンチョリン10朝食01蕎麦01パン01 0909ウゲンチョリン10朝食01蕎麦02ソバ畑
蕎麦パンに蕎麦花の蜂蜜をつけて


 9月9日(月)、大谷翔平が46号の特大ホームランを打ったという情報が飛び込んできて、気分は高揚していた。ロス在住の中国系アメリカ人が食堂にいて、46-46の状況を告げると、彼女も喜んだ。エンゼルスよりドジャースが好きだという。大谷選手について、私見を述べておくと、記録やMVPに拘らず、ともかく健康でいてほしい。健康でいれば、記録は自ずとついてくる。より健康であるためには、定期的な休養が必要だと思う。休む方が成績は上がるだろう。


0909ウゲンチョリン02寺01 0909ウゲンチョリン02寺03梯子01


ウゲンチョリン寺のギョンカン

 村の在家信者(ゴムツェン)、ンガワン・ジャンペルさんの案内でウゲンチョリンラカンの2階仏堂へ。

1) 二本柱タイプの仏堂
2)正面右側の壁、中央にギョンカンの扉。ラシャレンゴ(Rasha Lengo)の仮面を懸ける。
3) ギョンカン内陣: いちばん奥の中央に土地神ゲンボ・マニ(Gyembo Mani)を祀り、その前中央にチャナドルジ(金剛薩埵?)、両脇にカタップ2体置く。
4) ゲンボはボンの神ではなく、タン渓谷の土地神。
5) ゲンボの祭は年1回、5月。司祭はゴムチェン。仏教のお経を唱える。飲食あり。直会は外で。
6) 年中毎日、朝と夕方、寺に来る。掃除、お祈りなど。遠方からの礼拝者は供物をもってきても仏堂まで。供物はゴムチェンがギョンカンにもってはいる。
7) 仏とゲンボーの両方を大事にしている。しかし、仏堂には入れても、ギョンカンには入れない。
8) 家でもゲンボーのお祈りをする。トルマをつくる。
9) クンサンは、イシゲンポが土地神だと言ったが、神の本体はゲンボ・マニであって、グル八変化のように、ゲンボ・マニは姿を変え、イシゲンポにもペルデンラモにもなる。イシゲンポはペリン村の寺で祭っている。


0909ウゲンチョリン02寺05記念撮影01クンサン 0909ウゲンチョリン02寺02案内人ンガワンジャンペイ01



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ボン郷ひとり旅(5)-第11次ブータン調査

0908ペム寺02蛇の家ルンブカルモ02祠01 0908ペム寺02蛇の家ルンブカルモ01ポラ01
↑ストゥーパ型のルンブガルモ@ペマラカン(ブンタン)


ノルガン村のペムラカン

 9月8日朝、トンサのノルブ凛花リゾートを出発。09:50、ヨトゥン峠で久々の雉打ち。その後、ブンタン地区に入り、チュメの土産物店で賢そうな女性を発見。教育省の助成で英国に留学中。3週間の夏休みで帰省しているところ。4年間の留学後は教育省で働くことになるという。帰国子女と毎年こういう出会いがあるね。


0908ペム寺03本堂01外観01 0908ペム寺01案内人01ポラ


 ブンタン市街で昼食後、ペムラカンを探す。クルジェラカンとジャンバラカンの間にあるボン教寺院ということだが、グーグルの地図でも位置が分からない。果たして、道を間違い、泥だらけのぬかるみを今日も歩いて疲れた。
 13:40 ようやくノルガン村のペムラカン着。本堂正面方向にクルジェラカンあり。二人の女性からヒアリング(母娘ではない)。
①ノルガン村のボン教徒は毎日ここに来る。
②ジャンバラカンやクルジェラカンも満月の日に参拝。ここでは仏教もボンも両方信仰されているが、身近なのはボンの方。願いごとは同じ。
③本堂は2本柱、狭い内陣の奥中央に釈迦、右にシャブドゥン、左にペマジュネ(グル)、左の脇壁にチェレンジ(千寿観音系?)
これらの仏を祭る祭も2月、6月、8月にある
④内陣の右壁に沿って黒い厨子を置く。これがギョンカン。扉にペルデンラモ、下に龍(ドゥク)を描く。土地神はNep lha sherpo 
⑤毎月満月の日、祭礼がある。村人の多くが集まるが、来ない人もいる。トルマをつくり、牛乳で料理をつくる。屋外イトスギの前で祈り、食べる。
⑥司祭は仏教ラマ(引退したラマも)の場合も、村人の場合もある。
⑦金で書いたボンの経典がギョンカンの中にある。みせられない。このお経を読むのを一度も聴いたことがない。
閉めたまま。ギョンカンの中にあるだけ。
⑧このお寺を建てる前、ここには湖があった。ルーカンが2か所ある。方言で、ルンブカルモ。一つは祠、一つは石。
⑨寺は村の所有。国のものではない。国王は来たことがない。


0908ペム寺03本堂02二本はしら01 0908ペム寺03本堂02二本はしら02
↑二本柱の本堂
0908ペム寺04ボンの祭を行う糸杉01 0908ペム寺02蛇の家ルンブカルモ03石01
↑(左)イトスギの周りでボンの祭礼を行う  (右)石のルンブカルモ〔蛇の家〕 


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ボン郷ひとり旅(4)-第11次ブータン調査

0907ジャンビ寺012本柱01 0907ジャンビ寺02外観0


ジャンビラカンの赤鬼と青鬼

 9月7日、ソナム家をあとにして、ジャンビ寺へ。ラマ無住。普段は満月の日にしか開けないが、同行したソナムさんが近所の管理人、ナカリさんを呼んできて本堂を開けてもらった。撮影自由。2本柱タイプの平面。仏壇のグル八変化像はトンサからもってきたもの。林道のない時代だから、運ぶのが大変だったろう・・・とは思うけど、この寺が村の中心施設という感じがしない(あまり仏教を重視していない印象)
 本堂の2本柱に赤鬼・青鬼の仮面をかける。村では、この仮面をゲムツォリンと呼ぶ。普通、こうした仮面は秘奥の間ギョンカンの入口の左右に置くのが一般的。一般的には、左側の赤鬼(男)はイシゲンポ、右側のパルデン・ラモと呼ぶ。


0907ジャンビ寺012本柱02ゲンツォリン赤01 0907ジャンビ寺012本柱02ゲンツォリン青01 0907ジャンビ寺012本柱02ゲンツォリン02ポラ 0907ジャンビ寺012本柱02ゲンツォリン03youtube


キプルンセンの棲む山

 その後、ジャンビ小学校のグラウンドから、キプルンセン(ムクツェンの別名)の棲む山を撮影した。ベンジ村の祭場から遥拝したムクツェンの山の頂とよく似ていた。もちろん別の山であるが。


0907ジャンビ小学校から望むムクツェンの山 0907ジャンビ小学校から望むムクツェンの山ポラ



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ボン郷ひとり旅(3)-第11次ブータン調査

0906ランテル峠を越えて昼食01 0906ランテル峠を越えて昼食02


ジャンビ村-モンパ族のボン教徒集落

 朝9時過ぎ、プナカのロベサホテルを出て、午後4時20分、ようやくトンサ地区ランテルの秘境、ジャンビ村に到着。ボンをいまだに信じるモンパ族の集落である。モンパ族とは、古くから(仏教伝来以前から)この地にいた集団で、言語はゾンカとも、ブンタンカとも異なる。トンサ方面の幹道から集落に至る林道(舗装なし)が開削されたのは3年前のこと、以前は歩いて通うしかなかった。鳥取で譬えるなら、板井原が智頭から2時間ぐらい離れた感じ。ベンジのようにチベットから落ちのびたわけではなく、元からここに居たという点が重要。
 村のツォパを務めるソナムさん宅に投宿。村長の次がマンミ、その次がツォパ。村長代理のような仕事。写真を撮るというと、早速ゴーに着替えたが、ブータン人の服とは違う。独特な礼装であり、地位の高いお金持ちの礼服だとか。ボンと関係あるかも? 彼は在家信者ゴムチェンである。


0906ジャンビ村ソナム礼装 0906ジャンビ村ソナム礼装02


 ボンの儀式は民家の当番制でおこなう。寺ではない。民家が会場となる。ボンの神(男)は、ジョードルシン(Jodorshing)という。仏教導入後にボン神から土地神に変わった。どこにいるのか分からない無形の存在。
 ベンジのムクツェンは、ジャンビではキプルンセンという。小学校から、キプルンセンの棲む高台がみえる。下流に行くと、また名前が変わる。グル八変化のようなものだ。
 深夜、ソナムさんの弟ドフさんが訪ねてきて1泊。トンサでラマをしている。仏僧だが、ボンに敬意をもっている。「子どものころからボンの慣習のなかで育ってきたから、ボンも大事。仏教もボンも大事」だとのこと。一般村民はあきらかにボンを篤く信仰している。


0906ジャンビ村ソナム食事01 夕餉



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プロフィール

魯班13世

Author:魯班13世
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魯班(ルパン)は大工の神様や棟梁を表す中国語。魯搬とも書く。古代の日本は百済から「露盤博士」を迎えて本格的な寺院の造営に着手した。魯班=露盤です。研究室は保存修復スタジオと自称してますが、OBを含む別働隊「魯班営造学社(アトリエ・ド・ルパン)」を緩やかに組織しています。13は謎の数字、、、ぐふふ。

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