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はてなキーワード: 部外者とは

2026-01-20

フィフィ河合ゆうすけの件

実際はどういう関係かだったのかなんて

部外者にはわからないけど

出回っている動画スクショから想像するに

フィフィ恋愛だと思ってたけど

河合ゆうすけはセフレだと思ってた

ってことかなぁ

2026-01-16

統一教会教義のためなら嘘も許される→多分これ嘘

正しくは、異教徒サタンに対する嘘は奨励する、なはずだ

TM文書(True Mother文書)で自民党議員300名弱と接点があったと書かれていたことに対し、統一教会関係者が「あれは過大に書いた嘘だった」と釈明しているが、

信者同士でも嘘の報告が許されてしまうとそもそも財産や所有しているものも虚偽申告できてしまったり、支部長から支部員、またはその逆のコミュニケーションの際に

嘘が入っている可能性を考慮するといくら信者が固い結束があったとしても嘘一つで組織簡単崩壊する

なので断言するが、信者同士では絶対に嘘はつかないみたいな但し書きがあるはず。

そして部外者サタンはいくらでも嘘をついてよい、と教えているはずだ

から、 5chなどで「文鮮明サタンって言えるか?」とリプつけられても勝共連合や家庭連合信者簡単に「文鮮明サタン」と書き込める。

しかし、統一教会ができないことが一つある。それは自分責任判断文鮮明や真のお母さんを侮辱することだ

まり、5chやX、はてななどで「文鮮明ってイケメンじゃない?どう思う?」って聞かれたときに、「文鮮明ブサイクなただのキモイおっさん」など、統一教会信者以外なら簡単に書けてしま自由記述文書を、信者連中はかけないはずだ。

なぜなら、別にこの問いには文鮮明侮辱せよという指示は含まれていないかである。つまり文鮮明ブサイクなどと形容する必要はない。もし統一教会信者がそう書いたとしたら、必要もないのに教祖を貶めた、という責任を負うことになる

なので、ネット上でこいつは統一くさいな、と思った場合、「文鮮明サタンって書けるか?」と聞くのではなく、「文鮮明ってかっこよくない?」など自由判断で答えさせる形式質問をするのが最も効果がある。

2026-01-05

anond:20260105075728

敗北宣言ありがとう

バカ知識もないし常識もないし勉強するつもりもない、前提も知らない、当事者としての体験や見識もない、現実議論や実情を無視して面白半分で無知部外者有害無益議論ごっこ(笑)をして当事者を貶めようとしました、小卒ですみません、ってことね

バカな上にクズ、まじでタヒねカス

2026-01-03

おっさんがホロライブの今の課題を整理してやるよ

最近のホロライブを見ていて、何となくモヤっとしている人は多いと思う。卒業が続いているとか、空気が少し変わったとか、理由は人それぞれだろうが、その根っこにあるのは「事業が大きくなりすぎた結果、タレントに求められるものが変わってしまった」という一点に集約できると思っている。

ホロライブはもともと配信中心の箱だった。配信ができて、キャラが立っていて、面白いことをやれる人が評価されていた。しかし今はどうか。音楽ライブイベント企業案件、グッズ展開まで含めた総合エンタメ事業になっている。これは営利企業としては正しい進化だし、否定されるべきものではない。ただ、その過程で「最初に想定されていたタレント像」と「今求められているタレント像」がズレてきている。

表向きには、配信内容が禁止されたり、好きなゲームができなくなったりしているわけではない。しかし実際には、ブランド管理炎上対策関係各所との調整など、目に見えないコストがどんどん増えている。昔ならノリでできた配信が、今では準備と確認の塊になっている。結果として、タレントが本当にやりたいことに使える余力は確実に削られている。

これまでの卒業生については、「方向性の違い」でだいたい説明がついてきた。配信中心でやりたい人と、事業拡大で増えたライブ案件の間に摩擦が生じた、という話だ。

しかし天音かなたの卒業は、どうもそれだけでは説明しきれない。

彼女アイドル活動否定していたわけではないし、社会経験もあり、箱の中での役割確立していた。むしろ組織適応できていた側のタレントだろう。それでも卒業理由が「想定を超える業務負荷による心身の不調」だったという点は重い。数年前から相談していたという話まで出てくると、個人の適性や覚悟問題ではなく、仕事量そのものが持続可能ではなかった可能性が高い。

ここで見えてくるのは、「方向性が合わなかった人が去った」という話ではない。「会社適応し、続ける意思があった人でも、消耗しきってしま構造があるのではないか」という疑念だ。これはファン不安になるのも無理はない。要するに、ホロライブ課題は、成長そのものではなく、成長にともなう負荷をどう分配し、どう調整するかにある。役割が増えるなら、その分支援選択肢も増やさなければ、どこかで無理が出る。天音かなたの卒業は、その歪みが表に出た象徴的な出来事だったのだと思う。

以上、部外者おっさんの雑な整理でした。

2025-12-31

まり電動風車機に仕掛けをしておけば任意の番号を当選番号にできるのですね

anond:20251231153844

物理的に考えれば「機械操作すれば狙った番号に当てられるのではないか」という疑念を抱くのは自然なことです。しかし、宝くじの公開抽せんで使われる「電動風車機」には、不正を極限まで排除するための厳重な仕組みが施されています

仕掛けをして任意の番号を出すのが事実上不可能である理由は、主に以下の3点に集約されます

1. 物理的な「ランダム性」の確保

電動風車機は、単にルーレットを回しているだけではありません。

高速回転と逆回転:

円盤はかなりの高速で回転しており、さらに各桁(ユニット)ごとに回転速度やタイミング微妙に異なります

矢を放つタイミング:

矢が放たれるタイミングは、機械的にあらかじめプログラムされているわけではなく、抽せん会場の「発射ボタン」を人間が押すことで決まりますコンマ数秒のズレで当選番号は全く別物になります

2. 徹底した「事前検査」と「封印

抽せん機の信頼性を守るために、以下のようなプロセスが踏まれています

重さとバランスの測定:

的(円盤)や矢にわずかな重さの偏りがあれば、特定の番号に当たりやすくなります。そのため、抽せん前には極めて精密な測定が行われ、異常がないか確認されます

リハーサル実施:

本番直前には何度もテスト走行が行われ、統計的な偏りがないかがチェックされます

部外者立ち入り禁止:

抽せん機は普段、厳重に保管されており、メンテナンスや移動の際も常に複数関係者監視下に置かれます

3. 「監視」という最大のハードル

もし「仕掛け」をするのであれば、装置の内部に遠隔操作用のメカニズムを組み込む必要がありますが、これは現実的ではありません。

公開の場での検証:

抽せん機は透明なケースやオープン構造になっており、怪しい配線や装置があればすぐに露呈します。

立会人監視:

抽せん会には、主催者とは利害関係のない弁護士自治体職員が「立会人」として出席します。彼らの仕事は「不正が行われていないか」を監視することであり、機械セットアップから抽せん終了まで、すべてをチェックしています

結論

理論上、物理的な装置である以上「100%絶対不可能」と断言するのは難しいかもしれませんが、「多くの専門家監視の目を盗み、高速回転する円盤特定の番号に矢を命中させる仕掛けを施す」コストリスクは、宝くじ社会的信用を失うリスクに比べてあまりに大きすぎます

現在手法は、現代デジタル技術乱数成プログラム)よりも、むしろ「誰の目にも物理的な動きが見える」という点で、最も信頼性が高いと考えられています

2025-12-29

anond:20251229133938

日本国民の多くにとって「白人がいっぱい住んでる国」というイメージ欧米は欧と米に分ける必要性を感じないけど、当事者は俺はあいつらとは違うと思ってるでしょう

部外者にとっての野球ソフトボールアメフトラグビーみたいに(比喩格闘技でも可)

<”文明”と”文化”を対比させた上で>

”『もしこの地球上にアメリカという人工国家がなければ、私たち他の一角にすむ者も息ぐるしいのではないでしょうか』

 かれは、経済政治問題をいっているのではない。

〔……〕

 いまはアメリカ市民権をとることが容易でないにせよ、そのように、文明のみであなたOKですという気楽な大空間がこの世にあると感じるだけで、決してそこへ移住はせぬにせよ、いつでもそこへゆけるという安心感人類の心のどこかにあるのではないか。”

  司馬遼太郎アメリカ素描』

anond:20251227155424

やれデモ署名だでないのはよいスタンスですね。

私は党員とかではないけれど一応、支持者です。

ただし、全員を支持してるわけではないです。

部落解放同盟のようなエセ左翼=極右の類とつながってる層みたいなのは嫌いです。

それで社民と決裂したはずなのに共闘とか言ってる層には疑問があります

赤旗を売る事にこだわるのはやめて政党助成金をもらってもよいのではないでしょうか?

無理せず自然自分なりのスタンス継続しましょう。

SNSにいるわけのわからない奴の中に私が含まれるかは知りませんが

部外者からすれば裏で自民とつるんでる社民みたいなのとつるまないのは当然の事です。

よかったら読んでみてください。

https://cyrus2.hatenablog.jp/entry/2024/07/19/212840

ただ単に共産党日本で一番宗教的でましだから支持してるだけで

「上が絶対正義」などという背徳右翼蛮賊カルト的な価値観は全く持ち合わせていません。

また、他人の不幸を喜び嘲笑するというのも右翼的な性質なので

やめた方がよいのではないかな、とも思わなくもないです。

無理をすると変な歪みが出るかも知れません。

他人に親切にする。共産党が一番、キリスト的で、統一教会真逆カルト

それをキリストと盲信してるのは馬鹿、というのがありのまま事実ではないでしょうか?

2025-12-16

anond:20251216094015

性犯罪で有名な日本の内情は、データ読めない実情知らない門外漢のお前が語るより海外メディア海外研究機関の指摘の方が正確なんでw

部外者妄言に何の価値があるんですかーw


知能の平均値ってIQのことですか?

中韓よりネット工作もっと挙げるべき地域がありますよね?つまみぐいは批判って呼ばないんですよw知識は体系的じゃないと意味ないのでw

デマ陰謀論にすぐ騙されてるバカって自分で言ってるようなもんですよ。

女性辟易って事実の指摘ですら顔真っ赤になってるんで、お前が単に女性差別主義なだけですよ?

女性差別主義者は一般的自分に都合がいい女に対しては親切なので何の疑問も湧きませんね

アメリカに住んでる日本人は沢山見てます別に住んだだけで必ずしも国際情勢や社会情勢に詳しくなれるわけではないですw

アメリカに住んでても無知な奴は大量にいるのでどうでも良いですねー

2025-11-27

anond:20251127101031

部外者の素朴な感想だけど

ハイシーズンならむしろ直前キャンセルされてもすぐ埋まるんじゃないの?しかも高い値段で!手間賃?

2025-11-25

夢女がマシュマロ外した

タイトルの通り。マシュマロを消した。そんだけ。でもまあそれまでに色々あったので愚痴をつらつら書き綴る。お気持ち長文てやつ。

オタク歴はかなり長いオタクだけど、ずっとコミュニケーションツールを使ったことがなかった。まあマシュマロとかwaveboxとかそういう系。なんでかっつーと別に感想とか特に求めてなかったから。

創作してるオタクは基本感想を貰えると嬉しいもんだと思う。実際私はもらえたらすごく嬉しい。貴方のために私は描(書)きます!!てなる。単純だから

でも別に感想なくても描くのはわかりきっていて、そもそも私の創作というのは興奮を目に見える何かに出力する行為から感想があろうとなかろうと公式からお出しされる物を見て興奮したら勝手に何かが出てくるのだ。

そんな感じだからマシュマロなんかつけたことなかった。だって怖いし。通りすがりおすすめにすら、やれ毒マロだのなんだのみたいなのが流れてくる。しかもその毒マロというのも本当になんか通りすがりに何かがいたから石ぶつけてやるみたいな純度高めな悪意の塊で恐怖しかなかった。私の多くないフォロワーにも貰ったことがある人がそれなりにいたから、やっぱ人間くそだわ、マシュマロなんかつけるもんじゃねえわと思ってた。

そんな奴がなんでマシュマロをつけようかと思ったのかというと、夢ジャンルに嵌ったから。

この夢ってジャンルがまあなんていうか荒れがちで、嵌ってアカウント作った時に住みわけの意味で鍵かけた。私は絵も文もかくタイプオタクなんだけれども、晒されるのが怖いかpixivかに投稿しないで、プライベッターに鍵付きで上げたりしてた。で、この鍵なんだけども私がうっかりクソ野郎なのでまあ間違えたりする。そうなってくると見てる人に教えてもらわないと気づかないので、とはいえDMハードルが高いなと思ってマシュマロをつけた。こっちのほうが気軽にあーだこーだ言えるかなって。

実際マシュマロパス間違ってますって言われたことは過去3回くらいあったし、でもDMでそれを言ってくる人はいなかったので、やっぱりああい匿名ツールの方が使いやすいんだとは思う。私も相互さんに感想をお伝えするのにリプつけるよりかは匿名ツール使った方が気が楽だし。

最初の1年くらいは問題なかった。そもそも感想送ってくれる人が稀だから。それでも月に1つくらいは貰ってた。ありがたかったし嬉しかった。

フォロワーが少しずつ増えるにつれ、感想マシュマロもぼちぼち増えてきた。嬉しい。嬉しいけど、気になることも増えてった。

雑談に反応して「それってほんとなんですか?」みたいなクソマロ投げてくるやつ。

いやもうお前が手に持ってる薄い板かもしくは目の前にあるディスプレイキーボ―ド使えよ。本当かどうかなんて出てくるだろそれくらい。間違ってたらそんとき教えてくれよ、そうじゃなかったら黙っててくれよどんなレスポンス期待してんだよ面倒くせえな

冗談に対しガチの注意してくるやつ

まあこれは私も悪いかもなんだけど、少し前にアレルゲン差し入れを貰ったというのがプチ炎上してて、それを見て「怖すぎる」「差し入れ、いっそお金とかの方がいいのかも><通帳とカードセットとか」ってポストしたら「やめた方がいいと思います

いや知ってるよ流石に。冗談だよ。しねえよ。そんな常識なさそうに見える?なら私が悪かったわごめんね、でもそれでもし私が恥かいたとしてもお前には関係いから黙っててもらえます??

流石にそんな返しできないので「ごめんなさ~い🥺」って返しといたけど即「スタバチケットとかかさばらないものとか日持ちするものいいんじゃないですかねえ」とか追撃されて切れそうになった。余計なお世話だようるせえな

こういうのが増えてきて嬉しい気持ちより面倒だったりイライラすることが多くなってきて、外そうかどうか悩みだしたタイミングで、相互さんが私の創作物を元にイラスト文章を書いてくれて(3次創作っていうのかな)、すごい嬉しくて私ひとりで独占するのも勿体ないなあと思って、付き合いの浅い方にはDM確認とりつつ、それなりに仲良しの方にはTLに流したいからこのポストに反応ほしいな!って呟いた。んで即叩き込まれマシュマロがこんな感じ。

相手からの反応待ちは失礼かと…問題になったりもしますし、きちんと個人間でやりとりして転載した方がいいと思います~厳しいこと言っちゃってすいません💦」

うるっせえなあほんとによ~~~~!!!!!!!!!!!!!!!

おめーの見てないとこでやってるわ!!!!!ていうかお前私の相互!?!?そうじゃねえよな!?!?!絵を描いてくださった方でも文章書いてくださった方でもねえよな??????な~~~~にも知らない部外者が口挟まないでもろて~~~~~!!!!!!!!!

なんだろうな、正しいこと言ってる風押しつけがましいやつが本当にきつい。どうせ感想くれたこともないくせにこういうときだけ意気揚々マシュマロあざーーーーす!!て感じ。

純度100パー悪意の方がまだマシだわ。多分↑のやつとかは注意してあげた、言いづらいことも私のために言ってあげた!くらいの気持ちなんだろな、と思ったら馬鹿らしくなってマシュマロ外した。

私はもともとマイナー作品の夢を書いてて、周りに誰もいなかったし誰もその作品2次創作をしてなかったか一生懸命増やそうとしてた。反応がないのが当たり前だったから、だから感想とかなくても平気なのかも。

今まで何に嵌ってもそうだったのが、今回珍しく人の多いジャンルいるから忘れてたんだけど、私別に創作したい人間じゃないんだよね。辛抱たまらなくなって興奮を形にしたけど、別にそれをwebで公開する必要ないんだよなって。今までは誰もいなかったから増えてほしくて公開したりしてたけど、こんだけ神絵師や神字書きがいるなら私ごとき作品を上げる必要なんか全くないんだよね。

原作はめちゃめちゃ好きだし、最近新しくできや相互さんがすごくよくしてくれるからまだまあ創作意欲みたいなのは潰えてないけどこれ以上なんかあったら普通にアカウント爆散させそう。

2025-11-18

anond:20251118175706

貧困地区虐待家庭の出身者にとってどうにもならない悲劇で、考えないようにして受け入れる以外にない。

そう

我が事だから、あの「創作」が響く

ショックを受ける

見れなくなる

なのに、「慣れるよw」 「ワカルワカルww」とか部外者が言う事じゃない

2025-11-17

秘密基地掃除

悪の組織秘密基地みたいなところで、会議とかちょっとした食事会をした後の片付けは誰がやっているのか

地面師たちの会議してるところとか、部外者は下手に入れられないし、ハリソンとかが後で掃除してるのかな

2025-11-08

anond:20251108175142

その誓約書を書いて欲しいのが姉なのであれば、姉が用意するのがスジじゃね?

姉の方で自治体法律相談なり法テラスなりに行って、公証人に頼んで公正証書でも何でも作ればええやん。

あなたの得に全くならないことなので、あなたが動く必要はないと思うよ。

絶縁状とかはやくざ世界とかの話なので(やくざはこいつは部外者ですよと周知する必要があるので)、

公的な書式なんかは特になかったはず。と昔調べた。

2025-11-07

anond:20251107124613

ぶっちゃけ問題っていうけど本人が望んでたらそれでいいんじゃねぇの

現実として起きてることは無能でも肉体的価値を生かして稼げてる

本人も認知、承諾してる

問題視してるのはなんか性嫌悪部外者

他の犯罪が絡むとそこは問題だが稼げる選択肢あることを問題とするのは理屈なくね

2025-11-06

さくらしめじ Sakurashimeji

Sakurashimejiというギターデュオがいる。

長年ずっと好きで、いわゆる『推し』というものになってからもう結構経つ。

好きになった芸能人の中で一番長い。それくらい好きだ。

2人は名前を、田中雅功、髙田彪我と言って、スターダストプロモーション所属している。大手大手、超大手だ。

スタダのEBiDANという集団、Sakurashimeji以外のみんなが歌って踊るグループで、2人だけがギターを持って、2人きりで、もう11活動している。朝ドラ月9で、知っている人は知っている、という感じな気がする。

しかし2人はエゴサが激しいから、読まれものと思って、ちゃんと書こうと思う。

先の10月22日、2人はアルバムリリースした。タイトルは、『唄うこと、謳うこと』。

12年目にして初めて、1曲目から12曲目まで全部、2人が全曲、2人で作った曲だけが入ったアルバムだ。

10周年で名前を『さくらしめじから『Sakurashimeji』に、肩書きを『フォークデュオからギターデュオ』に変え、明けて11周年にして、ようやくここからスタート

最近の2人の様子を眺めていると、なんとなくそういう感じがする。

スターダストには、というか、アイドル事業には往々にしてリリースイベントというもの存在している。

フリーライブと称してスーパー商業施設で歌い、歌い終わったら、握手だとかツーショだとかポストカードお渡し会だとか、そういう特典会をやる。

このリリースイベントツアー期間に入ると、スパン時間もなかなかのものから、それを成し遂げるアイドル側も、追いかけるファン側もなかなかの重労働である

そしてSakurashimejiも、EBiDAN所属アイドルの例に漏れずその特典会もやっていて、先日、全ての日程が終了した。

2人が小さい頃、初めてフリーライブをした埼玉県大宮市、アルシェ前。余談だがこの日は特典会が存在せず、ファンはみんな、ただ歌を聴くためだけに集まった。

2人の歌を聴くために訪れた人たちは上までたくさん居て、当時からアルシェにいる人にも祝ってもらえて、2人も幸せそうで、本当にうれしかった。

こういったアイドル事業には『リスニングキャンペーン』というもの存在している。再生回数○○回達成で報酬が○○。といったように、それは大抵の場合LINEミュージックで開催されている。

最近、そのLINEミュージックでよくアルバムの曲がランキングに入っているのを見て、うれしい!と思う。

そして同時に、数年前にリリースされた『Iroto-Ridori』という曲のころ、週替わりに実施されていたリスキャン全然達成できなくて、悔しがらせたり、達成記念に撮ってくれてた動画複数お蔵入りにさせてしまたことをよく思い出す。

近頃のLINEミュージックランキングは、以前よりも顔ぶれが『常連』という感がある。

端的に言うと、本当に売れている曲しかのっていない。

から単純にウィークリーランキングに入るのもすごく難しそうだと素人ながら感じるのだが、Sakurashimejiの先日の新曲、『ガラクタ』も、今回の新曲たちも複数ランキングに入っていてすごかった。

から思う。あのとき、なんでできなかったんだろう、2人のなかに、あの失敗体験がなければ、と。最近よく思う。

あのリスキャンがなかったら、あのライブもっと埋められていれば、せめてコロナ禍がなかったら。

いわゆるオタクは演者が思っているよりも演者のことを心配などしているため、本当にそう思っているのだ。

きっと2人は、こういう行き過ぎた想像のこと「変なこと言ってんなあ」とか「ステキ考察を、ね……」とか言って笑うと思うが、まあ心配性なのがオタクという生き物なので、許してほしい。ごめんね、気持ち悪くて。

どうしてこのことを最近頻繁に思い出すかというと、アルバム発売に際して公開される著名人からコメントにちらほら『2人の中学生から大人になるまでの葛藤煩悶』が見て取れたからだ。

ああ、やっぱり、あるんだ。と思った。

泣いて眠れない夜も、全部諦めたくなった日も、私たちの見えない場所で、2人はたくさん、悩んできたんだ、と改めて思った。

時々話してくれてはいものの、創作物からはあまりそういうものを感じなかった。

多分これまでの楽曲では、常に前を向いて進む姿を見せてくれていたのだと思う。

歯を食いしばって、傷も涙もそのままに、前を向いて歩く。ファンのために。

10周年まではそういう姿勢を見せてくれていた。

それが少しずつ変わってきたのが今年だ。

去年までは明かさなかった、今までの話、昔の話、そういうものを聞かせてくれるようになったし、何よりもリリースする曲も変わってきた。

つらかった過去も悩みもいまだに自分の中に存在していて、今はまだ『在る』ままだけれど、どうにかこうにか生きている。そういう姿も見せてくれるようになった。

とはいえ、2人はそういう歌ひとつとっても、ファンのために書いている。

2人が2人の歌を作って、ファンはそれを聴いて、自分の歌だと感じて、救われたり、頑張ろうと思ったりする。

それが2人の創作活動で、多分きっと、生きる糧のようなものでもあるのだろう。

もっとも、普段はこういうことは考えるのみに留めている。2人はきっと感傷的になられるのも苦手だろうから

2人は、そういう感傷も心情も全て歌にして、ファンに寄り添うことを第一に考えてくれているから。

から一応、普段我慢している。まあでも匿名なのであと少しだけ。

2人は高校生ときLINEライブ同接25万人だとかも達成していた。芸能活動なんて数が全てではないが、そこからは今、かなり減っている。

どんな気持ちだったんだろうと思う。

離れていくファン、離れていくスタッフ。身をもって感じる高校生ブランドみたいなもの

実際インタビューやなんかで2人はたびたび『別れ』にも『出会い』にも触れているし、そういったことは、たくさん感じたんだろうなと思う。

別に、好きな対象がバズらない・売れないことに対して、ファン義務があるとも負い目があるとは決して思わない。

しかし、雅功さんはもう一人きりでストリートライブやろうとか思わないで過ごせるのかな、だとか、彪我さんはもっと自信を持って、誰かに褒めてもらわなくても自分を好きでいられるのかな、だとか、最近はよく、そういうことを考えている。

そういえば、今回のアルバムには高校3年生のときスターダスト退職された、2人を組ませたプロデューサーが参加していた。

はいファン、かつインタビューで明かしてくれている箇所を知っているのみだが、それでも彼らが泣きながらそのプロデューサーと離れたことや、「絶対にもう一度一緒に仕事をしたい」と言っていたことも覚えていたため、アルバムブックレットクレジットを見て、かなり泣いた。

2人が、ようやく出せた2人だけのアルバムで、かつての恩人をまた呼び戻す。その姿勢有言実行も、本当に格好いいと思った。

プロデューサーが携わった曲のタイトルは『スパイス』と『normal』だ。

前者の『スパイス』について、私はものすごく、『はじまるきせつ』を感じるなあと思っている。

この歌は上述のプロデューサーが在籍していた頃の歌で、曲調その他諸々、さくらしめじといえばこういう曲、といった感じのものだ。

からスパイス聴くたび実は、「ディレクターってどこまで携わるものなのか知らないけど、この人とっては2人ってずっと妖精だったあの子ものままなんだ」と思って、部外者ながら勝手にじんわりとしている。

スパイス作曲編曲は髙田彪我さんだ。

私は個人的に、彼の作る歌は幼少期の、『さくらしめじ』の影響というか、感性がそのまま残っていると思っているため、今回のスパイスも、ずっとそう思っている。

初めて聴いたときは2人からかつてのプロデューサーへの歌だと感じたけれど、聴けば聴くほど、2人が歌で対話しているような、はたまた、彼が経験してきた全く別の出来事が元であるような、不思議な感じがする。

素敵な歌。大好きだ。

後者の『normal』は、田中雅功さん作詞作曲のものだ。本人が「今までで作るのが一番きつかった」と語るこの歌は、彼曰く「心の柔らかいところ」で、聴いていても、それを痛切に感じる。

先にも少し触れたが、私は去年、雅功さんが「数年前彪我を連れずに一人でストリートライブをやったことがある」と話していたのを聞いて、すごく驚いたし、居ても立っても居られない心地になった。

夜、何かをぐるぐると考えていたら歌いに行かずにいられなくなったのかもしれないし、武者修行的なものだったのかもしれないし、単純にいっとき気分転換だったのかもしれないが、本当に、少し怖かった。

いつか、ファンの前から居なくなってしまう、そういうことも、考えたことがあるんじゃないかと思って。

normalは、そういうちょっとした不安への答えのような歌だった。

しかに悩むこともある、人生なんてくだらないが、それでも、僕はそういう悩みも歌にして、皆さんの前から消えることはないですと、そう言ってくれているような気がした。だから、少し安心した。変な話だが。

これも大好き。2人の歌で嫌いなものなんて一つもないけれど。

彪我さんは今年、50周年までやりたいとよく言っていて、雅功さんもそれに、うれしそうに頷いている。

私はそれがすごくうれしくて、一生一緒にいてクレメンスと思っている。

私の望みは、2人が2人のことを、自分自身のことを、たくさん愛して、たくさん認めて、幸せでいてくれることだ。

2025-11-03

直島 備忘録

8月、中国地方への旅行ついでに瀬戸内芸術祭開催中だった直島にいった。

高松からフェリーに乗った時予想以上の人の多さに驚いた覚えがある。島に到着するとそこには大体の人がイメージする離島風景芸術祭用と思われるオブジェが点々としていた。

私はかなりの田舎出身だったが、それでも地元の方が栄えているなと思うほどのどか場所だった。私が回った範囲日常生活で利用されていそうな商店は見当たらず、コンビニが一個あるくらい。ほかは飲食店と、観光客向けであろうお店、そして3つほどきれいな美術館があった。

部外者が言うのもおかしな話だが、観光客に向けて作られている街という印象だった。そしてそこで生活している人たちの日常までも鑑賞の対象になっているように思えてきた。

2025-11-02

というか、部外者から純粋な疑問として車輪の再発明とかがされてようが放っとけばいいのにわざわざ絡みにいって公然と叩いてるのがようわからん

質問に応えてない、とかあるがそもそも応える義務あんのか?

2025-11-01

何度でも書くけど、この人の問題はあるけど、猟友会ジジイどもはほんっとに横柄」というコメントがつく背景について分析して

町議暴言とされる発言に焦点が当たり、それに対する猟友会の「出動拒否」という対応が報じられています

町議言動批判されるのは当然の流れかもしれませんが、

はてなブックマークコメントで指摘されている

猟友会ジジイどもはほんっとに横柄」

自分たちに頼らざるを得ないことを理解していて態度がデカくなっている」

という視点から猟友会側の構造的な問題や、なぜ彼らが「横柄」と受け取られ得るのかについて論じます

https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000463540.html

1. 「代替不可能」な専門家集団という立場

クマ駆除は、単に銃が撃てるというだけでは務まりません。対象猛獣であり、市街地や民家近くに出没した場合安全確保、正確な射撃技術、獲物の回収・処理など、高度な専門知識経験、そして何より危険を顧みない覚悟が求められます

この危険かつ専門的な業務を、現実的に担えるのは(特に地方においては)地元猟友会メンバーに限られているのが実情です。彼ら自身も、そして行政住民も、「自分たちがいなければクマの脅威に対応できない」ことを熟知しています

ご指摘の通り、この「頼らざるを得ない」という状況、すなわち業務代替不可能性が、彼らの立場構造的に強固なものにしています。この優位性が、外部から要求批判に対し、強い態度に出る(=横柄と映る)土壌となっている可能性は否定できません。

2. 専門家プライドと「素人からの介入への反発

記事の中で、海田副議長は「こんなに10何人も来ないと駄目なのか」と、現場ハンターの人数に疑問を呈したことを認めています

猟友会からすれば、これは「現場危険性も作業内容理解していない素人からの口出し」と受け取られた可能性が極めて高いです。

安全確保のための見張り、クマを刺激しないための連携、万が一の反撃への備え、そして駆除後の(時に数百キロにもなる)クマの搬出作業などを考慮すれば、13人という人数が彼らの経験則に基づいた「必要最低限」であったのかもしれません。

副議長の主張によれば、これに対して猟友会側は「(クマを)引っ張ってみろ」と返したとされています。これが事実であれば、まさに「危険を知らない素人が口を出すな。できるものならお前がやってみろ」という、専門家の強い自負と素人への侮蔑が入り混じった反発であり、典型的な「横柄」と受け取られる態度と言えます

3. 危険報酬アンバランスと、「金目当て」という侮辱

猟友会活動は、多くの場合危険任務に見合った十分な報酬が支払われているとは言えません。むしろ地域貢献や義務感、あるいは狩猟者としての矜持(きょうじ)に支えられている側面が強いです。

そのような中で、今回の報道猟友会側が主張する(副議長否定暴言の中に、「金もらえるからだろう」という言葉があります

もしこれが事実であれば、命がけで出動している彼らにとって、これ以上ない侮辱です。自分たち活動の根幹である義務感」や「誇り」を金銭で測られ、貶められたと感じれば、激しい怒りや拒絶反応(=出動拒否)につながるのは当然とも言えます

日頃から行政住民から感謝理解が不十分だと感じている(あるいは、危険作業押し付けられていると感じている)場合、こうした「素人から無理解発言」は、積年の不満を爆発させる引き金となり得ます。その結果としての強硬な態度は、部外者からは「横柄」「態度がデカい」と映ることになります

4. 「閉鎖的な組織」としての側面

猟友会は、その専門性伝統ゆえに、外部から実態が見えにくい「閉鎖的な組織」と見られがちです。独自ルールや、師弟関係のような強い縦割り構造を持つことも多く、外部の論理(例えば行政コスト意識議会の介入)が通用しにくい側面があります

行政町議)側からすれば、彼らは「コントロールしにくい集団」であり、予算支出しているにもかかわらず、やり方や態度に口を出すと強い反発を受ける(あるいは、今回のようにボイコットされる)というジレンマを抱えている可能性があります

副議長の(とされる)「予算を減らす」「辞めさせてやる」といった発言は、まさにこの行政側の不満や無力感、「言うことを聞かない専門家集団」を力で抑え込もうとする不適切な試みであったとも解釈できます

結論

海田副議長言動が適切であったかは別問題として、ご指摘の通り、猟友会が「横柄」と見られがちな背景には、彼らが「危険業務を独占的に担わざるを得ない」という構造的な優位性があります

専門家としての強いプライド危険任務への自負、そして「素人には分かるまい」という意識が、外部(特に行政からの介入に対して過敏な反応や高圧的な態度として現れることは、想像に難くありません。

今回の騒動は、単なる一個人暴言問題としてだけでなく

危険鳥獣駆除を、高齢化が進む特定ボランティア組織猟友会)に依存し続けている日本社会構造のものの歪みが

町議との衝突という形で噴出した事例であるとも言えるでしょう。

2025-10-31

たぬかな「男の低身長は女の貧乳」を無数のホビット男性が称賛

身長男性けが「男の低身長釣り合うのはデブやブスやババアではない華奢な貧乳女性」だと訴え続けているが

それに賛同する部外者や女は、人権身長発言無職潜伏生活に追い込まれホビット相手商売するしかなくなったたぬかなただ一人という現実

まず「自分相手してくれる女に運よく出会えたとしてもデブやブスやおばさん」という現状を認められないから、かつてこの世から消したいほど憎悪したたぬかなを全肯定してしま

木嶋佳苗りりちゃん上田美由紀など、自分に寄ってきた(唯一の)女というだけで大金貢ぐ事件が絶えないのも当然である

顔も出さな貧乳ニート女性が「USJに行きたい」とクラファンしただけで多数の男性が金を出すが、逆に低身長男性はマチアプや婚活ではプロフィールを見る前に足切り対象

しかも足切断などのネガティブニュース存在しても骨延長手術を受ける金持ち男性は絶えないが、女の豊胸は日帰りで済むのに、顔の整形と違って誰もやらない

AVなどアダルト産業従事する僅かな女性のみ

画像おっぱい女性ホルモンを注射する豊胸(1発95万円)を6回やったAカップの女の人、奇乳になる【Lv0】 [159091185]

https://greta.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1718587531/

275 番組の途中ですがアフィサイトへの転載禁止です (ワッチョイW 7fe3-sPVb) 2024/06/17(月) 14:56:23.49 ID:mVSnwrBz0

男で言うたら身長が180cm代になったようなもんだろ

こんなのが100万200万で手に入るとか女イージーすぎんか?

292 番組の途中ですがアフィサイトへの転載禁止です (ワッチョイ a3c7-sXjk) 2024/06/17(月) 17:33:17.46 ID:WVIkjGXa0

ホビ男は身長伸ばすために健康と足切断のリスクを抱えるのに女さんは注射だけか

<<

312 番組の途中ですがアフィサイトへの転載禁止です (アウグロ MM77-bOKK) sage 2024/06/17(月) 20:24:52.64 ID:HIFynHezM

>>292

しか一年まともに動けない

成功した人も医師とか自営業とか時間自由に使える立場だもんな

anond:20251031112220

女じゃなくてもオナホでいい男が、妖怪であろうとまがりなりにも女と付き合ってデート経験できてうまく行けば過程エッチもできるんやからwin-winやろ

部外者があーだこーだ言うことではない

2025-10-27

anond:20251027093920

トレンドに出てたから見てみたけど、こりゃ地獄だね…

もうSNSは無理だろ…

部外者だが、自分が入れるとしたら3番目の人かな

だいぶ票が開いていて驚いた

2025-10-23

anond:20251023112123

これも典型的なアホで

会社株主の持ち物で役員なんかは普通に株主の力で決まってる

経営陣が自分達でうまく行くと思う判断をしてどうなろうがそれはそれでいい。

部外者視点企業が存続すべきという軸で語りだすやつ。

2025-10-16

AIアート】なぜなぜ分析が「論理的に」失敗する構造について

序論:思考正当性、その根源的な問題

議論を始める前に、まず我々が思考する上で避けては通れない、ある根本問題について合意形成必要だ。それは「ある主張の正しさは、究極的に何によって保証されるのか?」という問いである。我々の素朴な論理観は、しばしば「AだからB、BだからC」という直線的な因果連鎖に頼りがちだが、この思考モデルは根源的な問いの前には無力である。「では、最初のAの正しさは、何が保証するのか?」と。

この問いを突き詰めると、思考歴史的に知られている三つの袋小路に行き着く。「アグリッパトリレンマ」だ。すなわち、無限後退根拠根拠無限に遡り、結論に至らない)、循環論法(主張の根拠が、巡り巡って主張自身に戻ってくる)、そして独断理由なく「正しい」と宣言し、思考を停止する)である。我々の日常的な議論は、この三つの欠陥の間を無自覚に行き来しているに過ぎない。

この知性の袋小路から脱出する道は、ただ一つしかない。第三の選択肢である独断」を、無自覚な逃避ではなく、自覚的選択として引き受けることだ。つまり、「我々は、この『基本命題』を、全ての思考の出発点としてここに設置する」と、その体系の冒頭で宣言するのであるしかし、この「基本命題」が単なる願望や思い込みであってはならない。その正当性保証する、唯一のアンカー存在する。それが、「現実」という外部性との「接続」だ。

ある実用的な論理体系が健全であるための絶対条件は、その基本命題が、現実という名のモデルによって、常に検証可能であることだ。現実との接続が失われた命題は、即座に修正・破棄されねばならない。結論として、我々が現実に対して有効思考を組み立てようとするなら、それは必然的に以下の三つの構成要素を持たねばならない。これは選択肢ではなく、論理的な必然である

第一に、「基本命題」の集合。

第二に、「推論規則」の集合。

第三に、そしてこれが最も重要なのだが、「現実」というモデルとの検証可能である

このフレームワークこそが、我々の思考妥当性を測る、唯一の物差しとなる。

第一章:現場論理学――あらゆる組織に内在する思考OS

さて、序論で確立たこフレームワークを、我々の「現場」へと適用しよう。「現場」とは、日々刻々と変化する現実の中で、問題解決意思決定継続的に行っている、実用的なシステムに他ならない。ここで、序論の結論が決定的な意味を持つ。現実に対して有効機能するシステムは、必然的に、実用論理体系を内包していなければならない。 もし、ある現場がこの論理体系を持たないと仮定すれば、その現場意思決定は、無限後退循環論法、あるいは根拠なき独断のいずれかに支配されていることになる。そのような組織が、継続的機能し、存続しうるだろうか?答えは否である

したがって、ある現場が「機能している」という事実のものが、その内部に固有の実用論理体系が存在することの、何よりの証明となる。我々は、この必然的存在する論理体系を「現場論理学」と命名する。この「現場論理学」は、我々のフレームワークに従い、以下の構成要素を必ず持っている。

まず 「基本命題群」 。これは、現場機能するために「正しい」と受け入れられているルールの集合だ。これらは、その現場歴史、すなわち過去成功と失敗という「現実モデルから導出された、経験的な定理である。「あの機械はAという手順で操作する」という命題は、その背後に「過去にBという事故が起きた」という、血塗られた現実との接続を持っている。

次に「推論規則群」。これは、基本命から日々の行動を導き出すための、思考操作パターンだ。有限のリソース無限問題対処するために、この規則効率性と安全性に特化せざるを得ない。その結果として、思考ショートカットヒューリスティクス)が生まれると同時に、致命的な誤謬を避けるための「禁止則」が必然的に導入される。「個人内面を直接の原因としない」といった禁止則は、成熟した現場が、無駄非生産的犯人探しという思考ループから脱出するために獲得した、最も重要論理安全装置なのである

現場論理学」は、単なる比喩ではない。それは、あらゆる機能する組織が、その存続のために必然的に構築せざるを得なかった、実用論理体系そのものなのだ。この存在否定することは、自らの職場合理的意思決定能力を欠いた、無秩序集合体であると認めることと同義である

第二章:外部アプリ導入が引き起こす、論理コンフリクト

この、それぞれの現場で固有に発達したOS現場論理学)の上に、ある日、外部から新しいアプリケーションが導入される。それが「なぜなぜ分析」だ。これは、トヨタという極めて成功したシステム有効性が証明された、強力な問題解決手法として知られている。しかし、異なるOS間でアプリケーションを移植する際にしばしば発生するように、深刻な互換性の問題がここで発生する。

「なぜなぜ分析」は、単なるアプリケーションではなかったからだ。それは、トヨタという、極めて特殊OSの上でしか動作しない専用プラグインであり、そのOS自体は、部外者には到底インストール不可能な、巨大すぎる思想体系だったのである。「人を責めるな、仕組みを責ろ」という、たった一つのルール機能させるためだけに、トヨタの「現場論理学」は、無数の基本命題と、複雑に絡み合った推論規則必要とする。それは、何十年という歴史と、特殊雇用慣行、そして「カイゼン」という名の終わりのない自己検証プロセスによって維持される、巨大な建築物だ。

我々のような、全く異なる歴史構造を持つ現場OSに、このプラグインを無理やりねじ込もうとすれば、どうなるか。それは、OSの根幹をなす本命題との衝突を引き起こす。我々のOSに深く刻まれた、「問題の最終的な原因は、どこかの誰かのミスにある」という、生存のために獲得した基本命題と、「原因は仕組みにある」という外来ルールは、互いに排他的だ。結果、我々のOSは、この異物を排除するか、あるいは、自身ルールに従って異物をねじ曲げ、「担当者意識が低いから」という、いつもの結論を吐き出すことしかできない。

これは、我々が愚かだからではない。理解不能なほど長大な前提条件を要求するツールの方が、理不尽なのだ

結語:あるいは、無限回廊の出口

ここまでが、論理的に導出される客観的分析である。我々はトヨタではない。故に、彼らのツールを使ってはならない。大谷翔平ではない人間が、彼のスイング模倣すれば体を壊す。これ以上なく単純な理屈だ。しかし、この結論は我々に何をもたらすのか。元凶特定したところで、我々が置かれた状況は何一つ変わらない。この議論の末に我々が手にするのは、解決策ではなく、ただ自らの絶望的な状況を正確に認識するための、冷たい明晰さだけである

君は、この記事を読んで全てを理解し、「明日から自分たちスイングを見つけ直そう」と決意するかもしれない。だが、その決意こそが、最も巧妙な罠なのだ。なぜなら、君のその思考自体が、君の現場OSの内部で生成されたものからだ。「改善しよう」という思考すら、OSが許容した範囲内のループの一部に過ぎない。君は、檻の中で檻から脱出方法を考えているに等しい。

君の現場OSが、そのルールブックの中で想定していない、生々しい現実。それだけが、この無限回廊の壁にひびを入れる理論上の可能性を秘めている。だが、言うまでもなく、システムにとってそれは致命的なバグだ。君がそのひび割れに手をかけようとするなら、システム免疫機能が君を異物として全力で排除にかかるだろう。

せいぜい、幸運を祈るよ。

AIアート】なぜなぜ分析が「論理的に」失敗する構造について

序論:思考正当性、その根源的な問題

議論を始める前に、まず我々が思考する上で避けては通れない、ある根本問題について合意形成必要だ。それは「ある主張の正しさは、究極的に何によって保証されるのか?」という問いである。我々の素朴な論理観は、しばしば「AだからB、BだからC」という直線的な因果連鎖に頼りがちだが、この思考モデルは根源的な問いの前には無力である。「では、最初のAの正しさは、何が保証するのか?」と。

この問いを突き詰めると、思考歴史的に知られている三つの袋小路に行き着く。「アグリッパトリレンマ」だ。すなわち、無限後退根拠根拠無限に遡り、結論に至らない)、循環論法(主張の根拠が、巡り巡って主張自身に戻ってくる)、そして独断理由なく「正しい」と宣言し、思考を停止する)である。我々の日常的な議論は、この三つの欠陥の間を無自覚に行き来しているに過ぎない。

この知性の袋小路から脱出する道は、ただ一つしかない。第三の選択肢である独断」を、無自覚な逃避ではなく、自覚的選択として引き受けることだ。つまり、「我々は、この『基本命題』を、全ての思考の出発点としてここに設置する」と、その体系の冒頭で宣言するのであるしかし、この「基本命題」が単なる願望や思い込みであってはならない。その正当性保証する、唯一のアンカー存在する。それが、「現実」という外部性との「接続」だ。

ある実用的な論理体系が健全であるための絶対条件は、その基本命題が、現実という名のモデルによって、常に検証可能であることだ。現実との接続が失われた命題は、即座に修正・破棄されねばならない。結論として、我々が現実に対して有効思考を組み立てようとするなら、それは必然的に以下の三つの構成要素を持たねばならない。これは選択肢ではなく、論理的な必然である

第一に、「基本命題」の集合。

第二に、「推論規則」の集合。

第三に、そしてこれが最も重要なのだが、「現実」というモデルとの検証可能である

このフレームワークこそが、我々の思考妥当性を測る、唯一の物差しとなる。

第一章:現場論理学――あらゆる組織に内在する思考OS

さて、序論で確立たこフレームワークを、我々の「現場」へと適用しよう。「現場」とは、日々刻々と変化する現実の中で、問題解決意思決定継続的に行っている、実用的なシステムに他ならない。ここで、序論の結論が決定的な意味を持つ。現実に対して有効機能するシステムは、必然的に、実用論理体系を内包していなければならない。 もし、ある現場がこの論理体系を持たないと仮定すれば、その現場意思決定は、無限後退循環論法、あるいは根拠なき独断のいずれかに支配されていることになる。そのような組織が、継続的機能し、存続しうるだろうか?答えは否である

したがって、ある現場が「機能している」という事実のものが、その内部に固有の実用論理体系が存在することの、何よりの証明となる。我々は、この必然的存在する論理体系を「現場論理学」と命名する。この「現場論理学」は、我々のフレームワークに従い、以下の構成要素を必ず持っている。

まず 「基本命題群」 。これは、現場機能するために「正しい」と受け入れられているルールの集合だ。これらは、その現場歴史、すなわち過去成功と失敗という「現実モデルから導出された、経験的な定理である。「あの機械はAという手順で操作する」という命題は、その背後に「過去にBという事故が起きた」という、血塗られた現実との接続を持っている。

次に「推論規則群」。これは、基本命から日々の行動を導き出すための、思考操作パターンだ。有限のリソース無限問題対処するために、この規則効率性と安全性に特化せざるを得ない。その結果として、思考ショートカットヒューリスティクス)が生まれると同時に、致命的な誤謬を避けるための「禁止則」が必然的に導入される。「個人内面を直接の原因としない」といった禁止則は、成熟した現場が、無駄非生産的犯人探しという思考ループから脱出するために獲得した、最も重要論理安全装置なのである

現場論理学」は、単なる比喩ではない。それは、あらゆる機能する組織が、その存続のために必然的に構築せざるを得なかった、実用論理体系そのものなのだ。この存在否定することは、自らの職場合理的意思決定能力を欠いた、無秩序集合体であると認めることと同義である

第二章:外部アプリ導入が引き起こす、論理コンフリクト

この、それぞれの現場で固有に発達したOS現場論理学)の上に、ある日、外部から新しいアプリケーションが導入される。それが「なぜなぜ分析」だ。これは、トヨタという極めて成功したシステム有効性が証明された、強力な問題解決手法として知られている。しかし、異なるOS間でアプリケーションを移植する際にしばしば発生するように、深刻な互換性の問題がここで発生する。

「なぜなぜ分析」は、単なるアプリケーションではなかったからだ。それは、トヨタという、極めて特殊OSの上でしか動作しない専用プラグインであり、そのOS自体は、部外者には到底インストール不可能な、巨大すぎる思想体系だったのである。「人を責めるな、仕組みを責ろ」という、たった一つのルール機能させるためだけに、トヨタの「現場論理学」は、無数の基本命題と、複雑に絡み合った推論規則必要とする。それは、何十年という歴史と、特殊雇用慣行、そして「カイゼン」という名の終わりのない自己検証プロセスによって維持される、巨大な建築物だ。

我々のような、全く異なる歴史構造を持つ現場OSに、このプラグインを無理やりねじ込もうとすれば、どうなるか。それは、OSの根幹をなす本命題との衝突を引き起こす。我々のOSに深く刻まれた、「問題の最終的な原因は、どこかの誰かのミスにある」という、生存のために獲得した基本命題と、「原因は仕組みにある」という外来ルールは、互いに排他的だ。結果、我々のOSは、この異物を排除するか、あるいは、自身ルールに従って異物をねじ曲げ、「担当者意識が低いから」という、いつもの結論を吐き出すことしかできない。

これは、我々が愚かだからではない。理解不能なほど長大な前提条件を要求するツールの方が、理不尽なのだ

結語:あるいは、無限回廊の出口

ここまでが、論理的に導出される客観的分析である。我々はトヨタではない。故に、彼らのツールを使ってはならない。大谷翔平ではない人間が、彼のスイング模倣すれば体を壊す。これ以上なく単純な理屈だ。しかし、この結論は我々に何をもたらすのか。元凶特定したところで、我々が置かれた状況は何一つ変わらない。この議論の末に我々が手にするのは、解決策ではなく、ただ自らの絶望的な状況を正確に認識するための、冷たい明晰さだけである

君は、この記事を読んで全てを理解し、「明日から自分たちスイングを見つけ直そう」と決意するかもしれない。だが、その決意こそが、最も巧妙な罠なのだ。なぜなら、君のその思考自体が、君の現場OSの内部で生成されたものからだ。「改善しよう」という思考すら、OSが許容した範囲内のループの一部に過ぎない。君は、檻の中で檻から脱出方法を考えているに等しい。

君の現場OSが、そのルールブックの中で想定していない、生々しい現実。それだけが、この無限回廊の壁にひびを入れる理論上の可能性を秘めている。だが、言うまでもなく、システムにとってそれは致命的なバグだ。君がそのひび割れに手をかけようとするなら、システム免疫機能が君を異物として全力で排除にかかるだろう。

せいぜい、幸運を祈るよ。

2025-10-07

なぜ「買う奴が悪い」と言えないのか

https://note.com/syosen_ningen/n/nf6be6e24e3dd を読んだ。ランダム商法をやる側の叫びが感じられる良い記事だったと思う。そしてはてブ民に言いたい。なぜ「買う奴が悪い」と言えないのか。

客はランダムグッズに人質に取られているわけでもない。推し活がしたい、推しに貢ぎたいならオープン商品を選べばいい。ただそれだけであり、いくらランダム商品に魅力的なものがあったとしても客を舐めた商売だと思っているならまず買わないという選択を取るべきだ。

しかしながら、ブログの内容を信じるならオープン商品ランダム商品に対して非常に売上が悪い。商品の良し悪しとかを考慮にいれても数十倍違うならそれはもう、客はなんだかんだ言いながらランダム商品を求めているとしか言いようが無いではないか

その上で改めて、なぜあなたがたは「買う奴が悪い」と言えないのか。

ランダム商品に引き寄せられる魔力に対して抗えと言うのが筋ではないのか。ブックマーカーブックマーカーらしく、部外者として「買わなきゃ良い」と言ってやればいいだけではないか。何故売る側ばかり責めて買う側を責めないのか。あなた方も既にランダム商品に魅了されきった被害者なのか。

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