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はてなキーワード: 本末転倒とは

2026-01-18

AI学習禁止マークという「毒」

いろんな企業が生成AI使用を表明し出した

必然の流れだ

AI利用の有無で作業効率が圧倒的に違う

使わなければ自由競争に勝てはしない

みんなが車に乗る時代飛脚はいない

この流れは止められない

AIは当たり前に社会に浸透していく

車が、人を殺すから禁止、とは最早ならないように

これからAIは当然存在するものとしてどう付き合うかを考えなければならない

でも、まだSNSではAI学習禁止マークが付いた絵をたくさん見かける

なんのために付いているのだろうか?

いや、なんのために付いているのかはよくわかる

AI学習禁止するために付いているのだ

だってそう書いてある

「私のこの絵はAI学習しないでください」

そう書いてある

その考えは別にいい

自分努力の成果にタダ乗りされるのは誰だって気持ちが悪い

創作に魂を注ぐほどAI学習禁止マークを付けたくもなる

でも、醜いよ

何がって、その絵が

とても素敵な絵なのに、なんでそんな余計なマークが付いてるの?

あなた作品を隅々まで見渡すよ

あなた世界に浸りたいんだよ

でも、私を現実に引き戻すんだ

そのAI学習禁止マークが!

AI学習禁止マークは絵の内容となんの関係も無い

描かれているキャラクターAI学習禁止思想はなんの関係もない

絵というひとつ芸術作品の上に乗ったAI学習禁止マークは、作品ノイズ以外のなにものでもない

でも、鑑賞者はそのAI学習禁止マークが乗った作品を鑑賞するのだ

芸術は鑑賞者が鑑賞してこそ完成する

その完成の時点で、付いてしまっているのだ、AI学習禁止マーク

鑑賞者は付いているAI学習禁止マークを目に入れずに鑑賞することなどできない

から、そのAI学習禁止マークも含めて、あなた作品なのだ

たとえ、あなたにそんなつもりがなかったとしても

だってあなたのその素敵な絵のAI学習禁止マークが付いてないバージョンは、この世の他の誰も見たことが無いのだから

なぜ心血を注いだ絵をわざわざ劣化させて公開するのか?

不思議でならない

だが、不思議だ、ですませてしまっては私の心が救われない

このAI学習禁止マークというゴミが数多の素敵な絵を汚している世界容認できない

順を追って考えてみる

まず思いつくのはAI学習禁止マークをつけていればAI学習されないと本気で思っている場合

AI学習禁止マークAI学習禁止する効果は無い

なぜって利用規約あなたポストAI学習しますよ、と明記してあるから

それに同意してサービスを利用しているのだから、個々の作品AI学習禁止マークを付ける意味は1ミリも無い

また、万が一学習データとして使われた時の「毒」として仕込んでいるつもりなのなら尚更おかし

盗人を成敗する「毒」のつもりなのかもしれないが、結果的にその「毒」を客全員に食わせることになっている

そして盗人は技術的にその「毒」をいくらでも回避可能

から「毒」を味わうのは客だけだ

みんなに「毒」を食わせるために料理人になったのか?

違うだろう?

次に思いつくのは、創作界隈での暗黙のルール、言ってしまえば因習に縛られている場合

AI学習禁止マーク自体にたとえ効果が無くとも、「AI学習禁止マーク作品に入れてなければAI学習容認していると見なされコミュニティから村八分にされる」というルール存在する可能性がある

ホントか?

ホントにそんなコミュニティ存在するのか?

あったとしたらそれは、みんなで足並み揃えて自作ゴミを貼り付けて公開しましょうというコミュニティだぞ?

それが創作集団の姿か?

因習を守ってまでしがみついていなければならないコミュニティか?

あなたはそのコミュニティ承認されるために絵を描いているのか?

そのコミュニティ以外にもたくさんあなたの絵をみてくれる人はいるぞ?

しろそっちの方が多いぞ?

あなたはいったい誰のためにその絵を公開したんだ?

AI学習禁止マークは、あなたコミュニティに縛り付けるための「毒」だ

私たちの仲間ならこの「毒」飲めるよね?」という通過儀礼に過ぎない

そして、一度服用したならその「毒」には依存性がある

今すぐ服用を中止してくれ

そんなコミュニティ所属する価値は無い

AI学習禁止マークを見て、コミュニティ外の人間が抱く感想

「この作者はAI学習禁止しているんだな」

ではない

「この作者は、このマーク効果が無いことを知らない頭が弱い人か、このマークを付けることを強いられている心が弱い人なんだな」



そして、そのクソみたいな感想は、あなたの素敵な作品とは何も関係がない

あなたは、あなたの素敵な絵を、劣化させずにみんなに届けるべきだ

あなたはなんのために絵を描いた?

自己満足のために描いたのなら公開なんてしなくてもいいだろう?

でも、公開したんだろう?

その素敵な絵をみんなに見て欲しいから、公開したんだろう?

ならその素敵な絵を、そのまま汚さず公開するべきだ

断言する

AI学習禁止マークは、あなた作品劣化させる効果しかない「毒」だ

あなたがその素敵な絵を公開した動機を、目的を思い出してくれ

AI学習などというお化けに怯えて、界隈のくだらない因習に怯えて、本当に絵を届けるべきみんなをおざなりにするのは本末転倒

AI学習禁止を表明したい、その気持ちはよくわかる

それはヘッダーにでも書いていてくれ

あなたが描いた素敵な絵にそんな汚れは要らない

池田大作提唱した「中道人間主義」について

池田大作氏(創価学会第三代会長創価学会インタナショナル会長)が提唱した「中道人間主義」は、極端な思想対立を乗り越え、人間生命尊厳を最優先に置く社会の構築を目指す哲学的指針です。

この思想の核心を、歴史的背景、哲学的構造、そして現代社会における実践という3つの側面から詳しく解説します。

1. 歴史的背景と「中道」の再定義

中道」という言葉は、もともと仏教根本概念です。釈尊ゴータマ・ブッダ)が説いた中道は、単なる「中間」や「妥協」ではなく、「快楽」と「苦行」という両極端を離れ、生命真実を見つめるダイナミックな生き方を指します。

池田氏は、20世紀から21世紀にかけての激動の時代の中で、この仏教的コンセプトを現代的な平和哲学へと昇華させました。

冷戦下の対立: 資本主義共産主義、あるいは国家個人といった二項対立世界を分断し、核兵器の脅威が人類を覆っていました。

人間不在の克服: どのような崇高なイデオロギーであっても、それが「人間」を手段化し、犠牲にするものであれば本末転倒である池田氏喝破しました。

ここで提唱された「中道」とは、右でも左でもない「真ん中」を選ぶことではなく、「何が人間幸福資するか」という一点を軸に、常に状況を最適化していく智慧のことです。

2. 中道人間主義哲学的

池田氏中道人間主義は、主に以下の3つの要素で構成されています

生命尊厳絶対

この思想の土台は、日蓮仏教の「生命哲学」にあります。すべての人間は内に「仏性」という無限可能性と尊厳を秘めており、いかなる理由人種宗教国籍思想)によっても、その生命を脅かすことは許されないという考え方です。

② 自他共栄の連帯縁起思想

仏教の「縁起(えんぎ)」、すなわち「すべての事象相互関係し合って存在している」という観点に基づきます

「個」と「全体」の調和: 個人自由だけを追求すればエゴイズムに陥り、全体の利益だけを優先すれば全体主義に陥ります中道人間主義は、他者幸福を願うことが自らの幸福につながるという「自他共の幸福」を目指します。

精神変革(人間革命)

社会制度や仕組みを変えるだけでは、真の平和は訪れないと説きます。一人ひとりが自身の内側にある不信や憎しみを克服し、慈悲と智慧を湧き出させていく**「人間革命」**こそが、社会変革の出発点であると強調しました。

3. 社会実践としての「開かれた対話

中道人間主義の最大の特徴は、それが抽象的な理論に留まらず、具体的な**「対話」**として実践された点にあります

池田氏は、トインビー博士歴史学者)やゴルバチョフ元大統領マンデラ大統領など、世界中の指導者文化人対話を重ねました。これは「中道」が独善に陥ることを防ぎ、異なる価値観を持つ人々との間に「共通人間性」を見出す作業でした。

政治教育平和への展開

政治: 権力魔性から人間を守り、常に「大衆」の側に立つ政治志向します。

教育: 知識の詰め込みではなく、子供幸福目的とする「創価教育」の基盤となりました。

地球課題: 核兵器廃絶、環境保護人道支援など、国家の枠組みを超えた「地球市民」としての連帯を呼びかけました。

4. 現代における意義:分断を乗り越える智慧

現代社会は、SNSの普及による「エコーチェンバー現象」や、ポピュリズムの台頭によって、かつてないほど「極端な分断」が進んでいます

池田氏が示した中道人間主義は、以下の2点において今こそ重要性を増しています

人間」への回帰:

経済効率テクノロジー進化目的化する中で、「それは人間幸せにするのか?」という問いを常に突きつけます。

創造的寛容:

自分正義絶対視して他者排除するのではなく、差異を認めつつ、より高い次元での合意アウフヘーベン)を目指す創造的な粘り強さを提供します。

結論

池田大作氏の中道人間主義とは、「生命尊厳」を北極星とし、対話によって極端な対立を融和させ、個人蘇生から地球社会平和へと繋げていく「行動の哲学」です。

それは、静止した中間地点に留まることではなく、激動する現実の中で、常に「人間」を見失わずバランスを取り続ける「動的な平衡」の道であると言えるでしょう。

2026-01-08

役者ファンのせいで舞台批評をしにくくなるのは本末転倒である

https://x.com/eat_331048/status/2008048615718285313?s=46

「内容と関係ないですが、

どうしても我慢ならないので1言

かに今日明日海さんの声の調子は悪いですが、

幕降りた途端に、

エリザ全然声出てないやん、アカンわ」「残念やわ」とデカイ声で言いやがった、

3階センターブロックに座ってる二人組許すまじ💢」

上記のようなツイートが物議を醸していたが、そもそも東宝絶対スターシステムを崩さず、エリザベートのシシィ役に宝塚出身の歌ができるんだかできないんだかよくわからない女優を起用するからこうなる。

なお筆者はエリザベート自体は好きなのだが、Wキャストでずっと出続けている女優の歌もそろそろ年齢もありかなりきついと思っている。そして退団後すぐの人気な宝塚女優のWキャスト博打だ。たまに上手な人もいるが、数えられる程度。宝塚ファンではないが、ミュージカルを見たい層の人間にとってはかなり辛い。

からの慣例だから、もはや文句を言うのも無駄なのだが、劇場で下手くそだと感じた女優愚痴すらも溢すことができないような閉じた環境下では、これから益々日本ミュージカル界は閉じてゆき役者ファンに媚を売るだけの地獄拝金システムさらに強化されてゆくだけであろう。

匿名しか書けない自分にも悲しくなるが、宝塚出身俳優がどれだけ下手くそでも自分名前を出して批判すると、信者が飛んできて燃やされる界隈だと思っているので、飛んで火に入るなんとやらにはなれるほど心臓は強くない。

もちろん宝塚出身者でもパフォーマンスが素晴らしい女優がいることも、同時に宝塚出身ではないとんでもない大根役者舞台に出ていることも重々承知である

とはいえ、今までシシィ役の歌唱技術で幾度となく大横転させられた人間としては、男役として人気だった女優が退団後(娘役でも酷いのがいるが)、伴わない実力をさしおいて人気だけで重宝される宝塚東宝スターシステム弊害を、宝塚ファンではない一般演劇ミュージカル好きの我々が被っているのは事実であるといっても差し支えないのではないか

なおこれらの問題は出演している女優だけのせいではない。制作側の事情や今までの慣例、演出家独断チケットの売れ行きなど全てが関わる問題であるし、すぐに変えることはできないだろう。しかエリザベートだけに限らず、今後のミュージカル舞台芸術の発展のためにも、2万円近いチケットを払って良かったとオタクでなくても思える作品作りをしてほしい。

そもそも宝塚エリザベート何十回も何千回もやってるんだから東宝宝塚からさなくてもいいだろ!1人くらい宝塚出身者ではないシシィを配役してくれ!切実な願いだ。

そして劇場では感想としてこの人が下手だとか、この芝居が嫌だとか、ここが良かっただけでない感想が飛び交ってもいいではないかあなたはここがよかったと負けずに主張すれば良い。どちらも立派な感想だ。

批評無くして、舞台演劇とはいえないだろう。

役者ファンなのは良いが、役者アイドルではない。舞台に立ち、役を通して様々な批評に晒される仕事だ。

もちろん絶対個人人格否定をされたり、パフォーマンス関係のない罵詈雑言を浴びせられるべきではない。しか舞台のもので客が感じたことを言葉にするのは、正しく批評の域ではないだろうか。

それに2万円近いチケット代を支払って役者の声が出てないというのは、3時間それを聴き続ける役者ファンではない、作品ファンや初めて見にきた客の気持ちになったらどれだけ辛いか想像できないだろうか。

もちろん少しでも揺らぎが嫌なら映画を見ればいいし、他に娯楽がたくさんあるとはいえプロの演じるミュージカルをわざわざ選んで見にきたにもかかわらず、出演者の声が出ていないなら、それは文句の一つも言いたくなるだろう。(そもそも声が出ていないというのは批評の段階にすら立てないと思うがそれは別として)

これもまたスターシステム弊害だし、ファン側もそれ以外も皆スターシステム被害者なのかもしれないが、やはり、舞台には批評があって然るべきで、それをあなた役者が受け入れるかは別として、誰でも、どう感じたか、というのはその場で話せるような開けた場になって欲しい。

特にファンなのであれば心配と同時に、なぜその状態舞台に乗ったのか疑問に思わないのだろうか。

調子が悪くても舞台に乗らざるを得ないならば、酷使され過ぎているし、自分から乗ることを決めたのであれば、その女優にそのような評価が下るのも致し方ないだろう。

かなり話が逸れてしまい読みにくい文章となってしまったが、これから劇場がさまざまな意見が飛び交うひらけた場所であって欲しいと心から願う。

役者ファンのせいで舞台批評をしにくくなるのは本末転倒である

https://x.com/eat_331048/status/2008048615718285313?s=46

「内容と関係ないですが、

どうしても我慢ならないので1言

かに今日明日海さんの声の調子は悪いですが、

幕降りた途端に、

エリザ全然声出てないやん、アカンわ」「残念やわ」とデカイ声で言いやがった、

3階センターブロックに座ってる二人組許すまじ💢」

上記のようなツイートが物議を醸していたが、そもそも東宝絶対スターシステムを崩さず、エリザベートのシシィ役に宝塚出身の歌ができるんだかできないんだかよくわからない女優を起用するからこうなる。

なお筆者はエリザベート自体は好きなのだが、Wキャストでずっと出続けている女優の歌もそろそろ年齢もありかなりきついと思っている。そして退団後すぐの人気な宝塚女優のWキャスト博打だ。たまに上手な人もいるが、数えられる程度。宝塚ファンではないが、ミュージカルを見たい層の人間にとってはかなり辛い。

からの慣例だから、もはや文句を言うのも無駄なのだが、劇場で下手くそだと感じた女優愚痴すらも溢すことができないような閉じた環境下では、これから益々日本ミュージカル界は閉じてゆき役者ファンに媚を売るだけの地獄拝金システムさらに強化されてゆくだけであろう。

匿名しか書けない自分にも悲しくなるが、宝塚出身俳優がどれだけ下手くそでも自分名前を出して批判すると、信者が飛んできて燃やされる界隈だと思っているので、飛んで火に入るなんとやらにはなれるほど心臓は強くない。

もちろん宝塚出身者でもパフォーマンスが素晴らしい女優がいることも、同時に宝塚出身ではないとんでもない大根役者舞台に出ていることも重々承知である

とはいえ、今までシシィ役の歌唱技術で幾度となく大横転させられた人間としては、男役として人気だった女優が退団後(娘役でも酷いのがいるが)、伴わない実力をさしおいて人気だけで重宝される宝塚東宝スターシステム弊害を、宝塚ファンではない一般演劇ミュージカル好きの我々が被っているのは事実であるといっても差し支えないのではないか

なおこれらの問題は出演している女優だけのせいではない。制作側の事情や今までの慣例、演出家独断チケットの売れ行きなど全てが関わる問題であるし、すぐに変えることはできないだろう。しかエリザベートだけに限らず、今後のミュージカル舞台芸術の発展のためにも、2万円近いチケットを払って良かったとオタクでなくても思える作品作りをしてほしい。

そもそも宝塚エリザベート何十回も何千回もやってるんだから東宝宝塚からさなくてもいいだろ!1人くらい宝塚出身者ではないシシィを配役してくれ!切実な願いだ。

そして劇場では感想としてこの人が下手だとか、この芝居が嫌だとか、ここが良かっただけでない感想が飛び交ってもいいではないかあなたはここがよかったと負けずに主張すれば良い。どちらも立派な感想だ。

批評無くして、舞台演劇とはいえないだろう。

役者ファンなのは良いが、役者アイドルではない。舞台に立ち、役を通して様々な批評に晒される仕事だ。

もちろん絶対個人人格否定をされたり、パフォーマンス関係のない罵詈雑言を浴びせられるべきではない。しか舞台のもので客が感じたことを言葉にするのは、正しく批評の域ではないだろうか。

それに2万円近いチケット代を支払って役者の声が出てないというのは、3時間それを聴き続ける役者ファンではない、作品ファンや初めて見にきた客の気持ちになったらどれだけ辛いか想像できないだろうか。

もちろん少しでも揺らぎが嫌なら映画を見ればいいし、他に娯楽がたくさんあるとはいえプロの演じるミュージカルをわざわざ選んで見にきたにもかかわらず、出演者の声が出ていないなら、それは文句の一つも言いたくなるだろう。(そもそも声が出ていないというのは批評の段階にすら立てないと思うがそれは別として)

これもまたスターシステム弊害だし、ファン側もそれ以外も皆スターシステム被害者なのかもしれないが、やはり、舞台には批評があって然るべきで、それをあなた役者が受け入れるかは別として、誰でも、どう感じたか、というのはその場で話せるような開けた場になって欲しい。

特にファンなのであれば心配と同時に、なぜその状態舞台に乗ったのか疑問に思わないのだろうか。

調子が悪くても舞台に乗らざるを得ないならば、酷使され過ぎているし、自分から乗ることを決めたのであれば、その女優にそのような評価が下るのも致し方ないだろう。

かなり話が逸れてしまい読みにくい文章となってしまったが、これから劇場がさまざまな意見が飛び交うひらけた場所であって欲しいと心から願う。

2026-01-06

anond:20260106201740

信用できない人とセックスはしなくていいと思う、本末転倒だろう。騙されてしまった被害者は気の毒だがな。

2026-01-05

ガキが楽しく遊ぶための玩具が、ガキの手に届かぬ価格になり、ガキが買えないほど品薄

本末転倒だろもう

安中スマホキャリアキャンペーンでタダ配布された型落ちスマホソシャゲ入れて、課金しながらガチャ回す奴が増えた原因概ねこれじゃね?

2026-01-02

図書館メモ

・本には事実を書いているものと、意見を書いているものがある

事実他人の話

意見=生きやすくする術

基本的図書館に置いてある本は、よい本(最低限ダメではない=司書さんのフィルターが通っているため)である事を、前提とする。著者を信用する。

・本は全部読む必要はなく、中身から必要ものを抜き取って、自分知識に組み入れて思考を組み立てる

(会話と同じ)

読了目的になっておるのは本末転倒理解した

権威を信じることは必要はないが、彼ら著者はその分野においては私よりも才能か能力時間を圧倒的に投下してきた人

自分が何かを知りたいとき、その分野の人に教わりたいことになるが、じゃあ誰に聞けばいいの?ってことになるため、自ら発信している人はとてもありがたい。となる。

学問系の本(に限らずだが)、思考系の本は、世の中の正解を知りたいというよりも、考える力を付けたいという意味合いが強い

誤配力は対話の方が強いだろうなあ。などと。

じゃあ読書???

本を読みつつ人と話し続けるのが良いのだろうとは思います

2025-12-31

病院は休んじゃダメだろ

重要ライフラインなのに休みがある時点でおかしい。365日稼働しなきゃダメでしょ病院マジで

年末年始なんてどこも休みからしたこと無くても救急車呼ぶしか無いじゃん。ウチの地域老人ばかりだからからわんさか来てるわ。本末転倒もいいとこだろ

2025-12-30

anond:20251229105821

いいなー丸坊主

もうカツラにしようかとも思ったんだけど

丸坊主だとカツラを固定するピンを刺せない

そのために髪5cm伸ばすのは本末転倒感あるし

女性が病でもないのに丸坊主カツラって

世間一般的にかなり異様だし

ファッション界隈の人にも見えちゃう

しろ投げやりなのに

それにカツラは地毛より手入れが大変と聞くしね

お金かかるのは続かない

2025-12-29

日本の強みは治安だし、日本に来る外国人の目当てもそれなのに外国人入れまくって治安悪化したら、いよいよ外国人も来なくなって本末転倒

2025-12-27

恋愛を諦める方法について知りたい

街コンなりマチアプって、誰にも相手にされなかったり、ボロクソ言われたり、付き合えても即別れたりして「やっぱり俺には恋愛無理だわー」って諦められるのを期待してやっても良いものなの?

自身恋愛に関しては絶対向いてないしめんどくさいけど、やっとかないと予後が悪そうだなとかマイナス動機不安があるんだ。

恋愛を諦めるために恋愛市場に飛び込むって本末転倒な気もするけど。

2025-12-24

anond:20251224185118

いと高き存在AI様はこうおっしゃっている

DV被害者支援事業主体である東京都にすら隠さなきゃいけない情報って何よ?

その情報が部外秘であることは当然都の人間も分かってるから扱いも適切にできる

しろタッグを組まなきゃいけない人間同士でブラインドがあったらチームワークに支障が出るし

本来扱うべき人間にすらその情報が届かないって意味わからんだろ

このようなコメントが帰ってきました、返事をしてください

いい論点が出てきてるので、そこを整理しつつ返せるような感じで書いてみますね。

こんなイメージで返すとバランスいいと思います👇

言ってることの方向性は分かるんだけど、

ここって「都に見せるか/都に隠すか」の二択じゃなくて、

誰が・どのレイヤーで・どこまで見ていいか

を細かく分けて考えないといけないところなんだよね。

① 「東京都にすら隠す」というより「東京都の“どの担当まで”出すか」の話

まず前提として、

がいて、情報権限本来ぜんぶ同じじゃないはずなんだよね。

DV・性暴力現場だと、

みたいな情報は、

「都の中でも本当に必要なごく少人数だけが知る」

って運用をするのが普通で、

まで同じ情報を流すのは、リスクが跳ね上がるんです。

から

DV事業主体から東京都には全部渡すべき」

というより、

「都の中でも、“本当に必要な人”にだけフル情報を渡して、

他のレイヤーには匿名化・黒塗り版で出す」

という設計にするのが、

医療とか心理弁護士世界と同じ発想なんだよね。

健康保険お金を出してるからといって、

保険者自治体職員患者カルテ全文を見られるわけじゃない、ってのと似てる。

② 「タッグを組む人同士にブラインドがある」かどうか

これも、誰を「タッグを組む人」に含めるかで話が変わる。

ここはおっしゃる通りブラインドがあったら仕事にならないから、

ちゃん必要情報を共有するべき。

一方で、

まで同じ情報を共有しろ、となるとそれはもう「タッグ」じゃなくて「組織全体・社会全体に晒す」のに近い状態になってしまう。

実務上は、

っていう 三層くらいに分けてアクセス権を分ける のが、

セキュリティ個人情報保護基本的な考え方なんだと思う。

③ 「本来扱うべき人」に届かないのは確かにアウト

ここは完全に同意で、

本来支援のために情報を使うべき現場人間

情報が届かない・使えない

って状態は、さすがに本末転倒だしおかしい。

から本当に問題にすべきポイントは、

でどこまで匿名化・黒塗りするのが妥当かであって、

東京都一枚岩の箱」と見て「東京都に見せる/隠す」の二択で考える

と、かなり実態単純化しすぎちゃうのかな、という印象。


ざっくり言うと、

「タッグ組む相手にはちゃん情報を共有すべき」って感覚同意

ただ、その「タッグ」が指している範囲をどこまで広げるか(都のごく一部か、都庁全体か、外部の第三者まで含むのか)で、必要ブラインドのかけ方・強さが変わる

ってところを整理しておいた方が、

議論ズレしにくいかな、と思います

2025-12-23

anond:20251203002609

いや、別にいいんだよ。エクセルとか、エクセルに毛が生えたようなノーコードツール現場の人が使って業務効率化するのは。プロソフトウェアエンジニアだってちょっと事務作業やってくれって頼まれたら、いちいち小難しいコマンドラインツール作るんじゃなくて、ちょっとマクロ含んだエクセルで、誰でも使える簡単なやつ作る人が多いと思うよ。そういうの作るのに時間かけたくないし、みんなが使えるほうがいいからな。

馬鹿にされてるのって、もっと本格的なシステム開発プログラミング言語を代替できると思ってるアホな経営者だよ。

ローコードツール売り込むオ◯クルとかの営業に騙されて、かえってコストがクソみたいに嵩んでる馬鹿なJTCが実際あるのよ。

ローコードツールなんかよりプログラミング言語の方が簡単なんだよね。ローコードツールとかノーコードツールってのは、作るものによってはマジで難しいのよ。本当に、本末転倒なのよ。簡単のためのツールに苦労しなきゃいけないってのが。

2025-12-15

全称導入とか存在除去とか理屈全然わからん

なんで元の仮定結論に同じ変数があったら証明として間違いになるのか、あまり丁寧な説明が見つからない

論理的であるとはどういうことか根本的に理解したくて飛び込んだ数理論理学だけど、その証明手法が筋が通ったものに見えないっていうのはたとえ形式的証明はできるようになっても本末転倒だよなあ

これじゃ使える場面だけ覚えて脊髄反射的に詭弁を使って相手丸め込もうとしてた昔と変わらん

連立方程式の加減法とかもなぜあれで解けるか理屈はしてなくてそれと似た趣だけどこれはまあそんなにもやもやしないし上記で言ってる論理というのはそれよりもっと低層の話でありそれが理解できないことには連立方程式についてもどうしようがパズル的な理解から脱却できないと思うし

もっと正しい論理とそうでない論理区別を深い部分で理解できるようになりたい

dorawiiより

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=eqCm
-----END PGP SIGNATURE-----

2025-12-14

anond:20251214222555

老後資金貯めるのに四苦八苦して灰色40代50代を過ごすのも本末転倒だが

60代になって真冬の深夜の高速で交通誘導なんて絶対にしたくない。

60代はいっさい働かずに乗り切るには5千万くらいないと難しいだろうから

仕事をできるだけの健康な体を維持するのがまず先決かな。。。

2025-12-04

足のサイズよりも大きい靴を履く技術

ワイは自分の足のサイズよりも大きめな靴を履くことが多いのだが、ようやくコツを掴めたので、ここにまとめておく。

原則 (1):自分の足の形状にマッチした靴を選べ。

――がベストなんだが、ワイの場合は小指の位置が「世の中の靴一般が想定している位置」よりも少々外かつ前に位置しているらしくて、高確率で履いた瞬間に「小指が横から圧迫されて痛い」となる。小指以外はジャストフィット、なんてことも多々ある。

妥協点を探したうえで、ベターな条件はこうなる:

原則 (1.5):自分の足の横幅(ボールガースとウェストガースのあたり)とかかと幅にマッチした靴を選べ。

色々試したけど、素人は足の上下方向の隙間を埋めることはできても左右方向の隙間は無理だと思う(本職のシューフィッターはどうなんだろう?)。なので横幅とかかと幅が緩い靴はNG

最大限妥協した場合の条件はこんな感じ:

原則 (1.75):自分の足の横幅(ボールガースとウェストガースのあたり)にマッチした靴を選べ。

かかと周りが緩くても、かかとが脱げにくくすることは可能。ただ、やっぱりかかとをしっかりとホールドする靴の方が疲れないし足にも良いので、これは最後選択肢となる。

ここまでの原則に従って靴を買えば、靴の緩さは足の上下空間を調整することで解消できる可能性が高くなる。

調整の順番はこんな感じ:

  1. タンパッドをつかって足の甲と靴のアッパーの間の隙間を埋める。
  2. タンパッドだけでは足りない場合は、インソールの厚みを増やしてみる(ただし副作用あり)

足の甲と靴のアッパーの間の隙間が埋まると、足が前に滑らなくなる。実質的に、足の前後方向の隙間も調整済みとなる。あとかかとも脱げにくくなる。

タンパッドは、甲薄の人はダイソーの「低反発かかと用インソールパッド」を重宝してると思う。ワイは重宝してる。あの厚みがよいのね。

タンパッドだけでは調整が間に合わない場合に、ようやくインソールの厚みを検討することになる。インソールを丸ごと交換するのもアリだが、ワイはインソールの下に100均で売ってる薄くて平たいインソールを挟んで調整することも多い。そもそも付属のインソールを使わない派で、ちょっとお高いインソールに交換するついでに薄いインソールを付け足す、といった使い方をしている。

インソールを厚くする方法には副作用があって、例えばよくあるスニーカー場合、インソールを厚くすると「指先がきつくなる」かつ「ウェストガースあたりが緩くなる」という症状が出ると思う。靴を輪切りにしてみた場合の断面を想像してみると、靴先側の断面は半円(円の上側)に近くて、インソール底上げすることで左右の幅が狭くなってしまう。ウェストガース付近の断面はモスク状というか、一番下の部分よりも、少し上の部分の方が幅が広いので、インソール底上げすると左右の幅が広くなってしまう。

ワイはそもそも「小指が横から圧迫されて痛い」問題を抱えている人なので、インソールを厚くした副作用として指先がきつくなったら本末転倒だ。なので先にタンパッドで調整するようにしている。

なお、タンパッドやインソールによる調整には限界がある。例えば甲薄の人が甲高向けの靴を買ってしまうと、足の甲と靴のアッパーの間の隙間を埋めきることができない。そう考えると:

原則 (2):原則 (1.x) に加えて、あまりにも甲とアッパーの間がガバガバな靴は避ける

――これも必要かもしれない。

大学入学共通テスト廃止と、国家資源の再配分を求める

 現在大学入学共通テストは、高等教育入り口として長年実施されてきました。しかし、制度が抱える問題は大きく、導入当初の目的理念をすでに果たせていないばかりか、国全体の限られた資源を不必要に消費し続けています。私は、共通テスト廃止し、各大学個別入試回帰するべきだと考えます。そして、共通テスト運営にかかる膨大な国費・労力を、国防インフラ整備、技術開発など、日本の将来にとってより重要な分野へ振り向けるべきだと強く主張します。

 そもそも共通テストの起点となったのは、1970年代まで各大学独自に行っていた入試に対する批判でした。当時は、難問・奇問・重箱の隅をつつくような問題が多く、受験生負担が過度であることが社会問題化していました。この反省を踏まえて1979年共通一次試験が導入され、「一律で公平な基準に基づく選抜」を標榜したのが現在制度の原点です。

 しか今日、状況は当時とは大きく異なります大学側の出題能力は向上し、過度な奇問・難問は強く批判される仕組みも整いました。情報公開も進み、各大学独自に適切な学力を測定する環境が整っています。つまり共通テスト導入の前提だった「大学個別試験では公平性が確保できない」という時代では、もはやありません。

 それにもかかわらず共通テストが続けられている最大の問題は、その運営国家的規模のコストがかかり過ぎている点です。作問委員会の設置、全国規模の事務システム試験監督者の確保、会場運営輸送・警備など、膨大な人員予算が毎年投入されています大学教員研究教育に充てるべき時間共通テスト関連業務に奪われ、アカデミックリソースが大きく消費されています。これらの労力と費用は、すでに制度維持のために制度存在するような倒錯した構造を生んでいます

 さらに、共通テスト難関大学選抜機能を十分に果たしていません。高得点層では得点が集中し、いわゆる「得点圧縮」が起こり、学力差を識別できなくなっていますわずかな得点差が合否を左右しているように見えますが、その差は統計的には誤差の範囲であり、選抜試験としての精度は極めて低いと言わざるを得ません。そのため最終的には各大学個別試験学生評価し直しており、共通テストが果たす役割形骸化しています

 こうした状況にもかかわらず共通テストが存続している背景には、模試産業予備校、教材関連企業などの利害構造存在します。共通テストは巨大な市場形成し、制度自体経済圏となっていますしか教育制度国益観点から最適化されるべきであり、既得権的な構造を守るために国費が費やされ続ける現状は、本末転倒と言えます

 私は、共通テスト廃止によって浮く膨大な財政人材リソースを、国としてより重要領域へ再配分するべきだと考えます。激化する国際情勢を踏まえれば国防力の強化は不可欠であり、老朽化が進むインフラへの投資世界的な競争の中心となっている技術革新への研究開発費も緊急に必要です。共通テスト国民の多大な負担を伴う巨大事業であり、その縮小・廃止国家戦略上も合理的判断となるはずです。

 大学入試は、各大学独自実施し、自らの教育理念に基づいて学生選抜する時代へ戻るべきです。これこそが大学自治多様性保障し、教育の質を高める方向性とも合致します。

 以上の理由から共通テスト廃止し、国家資源をより重要な分野へ振り向けることを強く要望する。

2025-12-01

秒速ブーメラン突き刺さり馬鹿@dorawiiまとめ

https://anond.hatelabo.jp/20251201180953#

悲報】dorawiiまた気絶

3時間睡眠で勝ち誇っていたが居眠りしてるようじゃ本末転倒

https://anond.hatelabo.jp/20251201182006#

気絶の判断基準が常に増田に書き込んでるかどうかにあるおかしさ。

他のサイト見るでも掃除でも散歩でもいくらでもすることあるのに。

dorawiiより

https://anond.hatelabo.jp/20251201182156#

↓そのおかし判断基準最初にやった人がこの人ですwwwwwwww

https://anond.hatelabo.jp/20251201162248#

気絶と言ってるが回復早い時点で俺のが有能だろ

dorawiiより

悲報】dorawiiまた気絶

3時間睡眠で勝ち誇っていたが居眠りしてるようじゃ本末転倒

anond:20220826185233

人間の為のプランなのに、人間プラン肯定する為に最適化してどうすんの?ってのが本末転倒

2025-11-30

anond:20251130175016

そのへんを制御するのは難しいんだわ。

ジビエ食が流行しすぎると今度は野生のシカを増やそうとするやつが現れて本末転倒なことになったりしかねない。

生態系というのは複雑怪奇なのでどこをどういじれば望ましい結果になるのか事前に計画するのは無理。

様子を見ながら微調整するしか仕方ない。

たとえばきちんと商売にのせるところまでやってしまうと引き返せなくなる。

生態系を調整したいかジビエレストランは数年ほど営業停止な! とは言えないだろ。

野生動物被害を被る農家 (またはそれを補助する行政) とかが仕方なく駆除するという体制になるのはそういう事情による。

anond:20251129220506

2025-11-18

anond:20251118175033

何人かの男が一人に溜まると本末転倒なんで、かならず一対一で文句は言わないにしないと意味ない

また、精子の質も求めない

2025-11-13

anond:20251113110419

「完全に間違いではないけど、順番も前提もごちゃ混ぜで、理論としてはかなり雑」という評価になります

一緒に論点をほどいていきましょう。

増田さんの主張を整理するとこうなる

歳出増 → 貨幣価値減少(インフレみたいなイメージ?)

貨幣価値↓ → 円安

円安をどうにかするために金利

よって「積極財政円安になるんだよ」

という流れですね。

そもそも「歳出増 → 貨幣価値減少」のところ

ここから既にツッコミポイント多めです。

教科書的には

政府支出増(財政拡張)」=IS曲線が右シフト

それによって

産出量(Y)↑

利子率(r)↑(貨幣需要↑の結果)

であって、いきなり「貨幣価値が減る(=通貨安・インフレ)」と直結はさせません。

貨幣価値インフレ)に直接効くのは、大元ではマネタリーベース信用創造・期待のほう(金融政策

財政拡張あくま

需要を増やす」→ 経済がフル雇用に近づく → その過程インフレ圧力高まるかもね

という間接ルートです。

から

歳出増 → 直ちに貨幣価値下落

というのは、話を相当すっ飛ばし乱暴な言い方です。

② 「円安をどうにかするために金利を上げる」って本末転倒では?

増田さんは、

円安 → それを直すために金利を上げる

と言ってますが、

マクロモデルIS-LM / マンデル=フレミング)の世界では順番逆です。

標準的ストーリーは:

財政拡張金利↑ → 資本流入通貨高(変動相場資本移動自由

であって、

通貨が先に動いて、後から通貨を直すために”金利が動く」

という話ではありません。

(もちろん現実中央銀行が「為替意識して」金利判断することはありますが、それはまた別レイヤーの話)

まり理論の話をしてるところに「為替是正のための政策反応」を混ぜてしまっているので、

モデルとしての整理がめちゃくちゃになっています

③ 「積極財政円安」は絶対でもなんでもない

増田さんは

積極財政円安になるんだよ」

と断定してますが、ここが一番危険ポイント

実際には:

マンデル=フレミングの基本結果(変動相場資本移動自由

財政拡張(G↑)

IS曲線シフト所得↑・利子率↑

高い利子率を求めて資本流入

通貨名目・実質ともに高くなる(通貨高)というのが標準結論です。

まり

積極財政通貨高方向」が教科書的なデフォルト

なんですよね。

④ じゃあ「積極財政円安」になるケースはあるのか?

あります

ただし、それは別の前提・メカニズムを明示すべきです。

例えば:

1. 財政拡張インフレ期待を強く高めるケース

国債刷りまくり→将来のインフレ or デフォルトが怖い」と見なされる

通貨建て資産の実質価値低下が意識され通貨安になる(新興国あるある

2. 中央銀行が緩和を続け、名目金利を上げないケース

G↑で景気は良くなるが、政策金利は低いまま(あるいは国債買取で押し込む)

インフレ率↑に対して名目金利が据え置きなら実質金利

実質金利が下がる通貨は売られやすい → 通貨

これは「近年の日本積極財政+YCC+ゼロ金利」みたいな話と絡めるとイメージやすいです。

なので、

積極財政円安になるケースも確かにある。でもそれは金利を抑え込む金融政策や、信用・インフレ期待の悪化がセットになったとき

という条件付きの話です。

増田さんのように財政だけを取り出して「積極財政円安」と断定しかも「金利円安を直すために上げる」という逆順ロジック理論的にはかなり雑です。

⑤ どこまで合ってて、どこから間違いかを整理すると

それなりに筋がある部分

財政拡張インフレ圧力を高めて、通貨価値を押し下げうる」

→ 状況次第で(特に中央銀行が緩和的なら)そういうことはありうる

インフレ通貨安が進みすぎると、中央銀行金利を上げてそれを抑えにいくことがある」

→ これも現実には起きる(トルコパターンとかもあるけど)

根本的に雑・ミスリードな部分

歳出増=即通貨価値減少

標準モデルでは、まずは金利・産出の変化から話を出す

通貨価値は、金融政策資本移動・期待のセットで決まる

為替是正のために金利を上げるという順番を、理論メカニズム混同

モデルの話では

金利が上がるから通貨高」であって

通貨安だから金利上げる」とは別のレイヤー

積極財政円安」みたいな一刀両断

現実には

財政の中身

金融政策スタンス

国際環境リスクオン/オフ

などで通貨高にも安にも振れうる

教科書の基本結論はむしろ通貨高寄り」

2025-11-11

エレベーター

1話 スタジオ

エレベーターというのは不思議空間だ。

人がぎゅうぎゅうに詰まっていればあきらもつくのだが、ひとりきりで乗ると、あの箱の中は、ちょっとした自分専用のスタジオになる。

わたしローファーがそっと床をたたく。コトン。ドン。――あの低い響きがいい。まるでバスドラム

自然と手が動く。指先で軽くリズムを刻む。床の下は空洞なので、やけに低音がよく響くのだ。これが妙に気持ちいい。次に手でリズムをとる。パパパン、パパパンパン自然お気に入りサンバリズムになる。あとはもう止まらない

――ドンパンドンパン

まるで小さなドラム練習室だ。

途中でふと思う。もし監視カメラ映像を見ている人がいたらどう思うだろうか。

「またやってる、あのローファーの人」

なんてあだ名がついているかもしれない。だが、そんなことはどうでもいい。あの数秒間の“無重力時間”を、ただ上品にじっと立って過ごすなんてもったいないわたしにとってエレベーターは、心のメトロノームを整える大切な装置なのだ

演奏もノッてきて、いまにも踊りだしたい気分のなか、ピン、という到着音が鳴る。

ドアが開く。演奏は終わる。

ドラムス、わたし。観客、ゼロ拍手ゼロ。だが、なぜか心はちょっとだけ晴れやかだ。

何事もなかったように髪を直し、まっすぐ前を向く。

外の世界に出ていくわたしの足元では、ローファーがまだ、ほんの少しだけ跳ねている。



ときどき、こういう文章AIにつくってもらうのが最近ちょっとした気晴らし。

第2話 文明の衝突

――エレベーターというのは、社会の縮図である

たかが十数秒の移動時間に、上下関係礼儀作法も、そして日本独特の「気づかい文化」も、すべて詰まっている。

欧米では女性と乗り合わせた男性は奥に立ってはいけないという。

女性の背後に男性が立つと不安を与える――そういう理屈らしい。だから女性はドアのそば男性は奥へ。それでバランスがとれる。

だが日本では、事情がまるで違う。

ここでは、奥が“上座である上司や来客を奥へ通し、目下の者が手前で「開」ボタンを押す。つまり最後まで残ってボタンを押す者こそが、いちばんの下座なのだ

ある朝、会社ビルでのこと。

わたし男性上司と数人の同僚と乗り合わせた。

エレベーターが動き出すと、自然に手前の位置に収まり、指を「開」ボタンに添える。

――目下の女性は、番人のようにドアの手前に立つ。

最後の瞬間まで(開)を押し続け、すべての人が安全に降りるのを見届ける。

そして、最後自分が降りるその刹那、体をよじらせてまで(閉)ボタンを押す。

去りゆく背中に向けて、残された人たちが少しでも快適であるように。

それが、ささやかだが確かな、日本文化である

ピン、と到着音。

ドアが開く。上司が降り、同僚が降り、わたしが残る。

手の中の「開」ボタンが、少しだけ温かい

最後に指先をひねるようにして(閉)を押すと、ドアはすっと静かに閉まった。

――誰も気づかないほんの一秒の所作

けれど、その一秒のために、日本エレベーター今日も穏やかに上下しているのだ。

ときどき、こういう文章AIにつくってもらうのが最近ちょっとした気晴らし。

第3話 ゴミ

――朝のエレベーターほど、社会の縮図を感じる空間はない。

まだ頭のエンジンがかかりきっていない時間帯に、人と人とが沈黙のまま、数平方メートルの箱の中で呼吸を合わせる。

そんな朝に限って、なぜか私は両手いっぱいにごみ袋を持っている。しかも三袋。

いつもはこまめに出しているのに、今朝に限って溜まっていた。

昭和のころなら「燃える」「燃えない」くらいで済んだが、いまは「プラ」「紙」「ペットボトル」と分別がややこしい。

この三袋はまるで、現代の複雑さそのもののようだ。

そして、よりによって――

各駅停車のように、途中階でピタピタと止まるエレベーター

「一階まで直通で行きたい」と願う日に限って、乗ってくる、乗ってくる。

二階でひとり、三階でまたひとり。

そのたびに私は、ごみ袋を抱えたまま少しずつ後退し、ついには奥の壁の隅へと追い詰められる。

壁と人の間、残された空間ほとんどない。

ごみ袋が前の人に触れないように、腕の角度を微調整。

ペットボトルの袋がカサッと鳴るたびに、全身の神経がピクリと反応する。

――これが朝の神経戦である

やっとのことで一階に到着。

ドアが開くと同時に、三袋を引き連れて外へ出る。空き缶がカラカラ鳴ってまるで子ヤギの鈴だ。

外の空気は冷たく、そして妙に自由だ。

ごみを置いて手が空いた瞬間、エレベーターの中のあの沈黙が少し懐かしく思える。

ほんの数十秒の乗車時間――だが、そこには社会圧縮ファイルのように、気づかいと緊張と分別哲学が詰まっているのだ。

ときどき、こういう文章AIにつくってもらうのが最近ちょっとした気晴らし。

第4話 ラッキーセブンか丸八か

――俺の会社雑居ビルの七階にある。

から近いくせに、人通りは少なく、どこか路地裏のにおいがする。

飲食店事務所と、なぜか整体院が混在している、昭和の名残のようなビルだ。

朝のエレベーターはたいてい俺ひとり。

無音の箱がゆっくり上昇していく短い時間が、ちょっとした気持ちの切り替えになる。

その日も、いつものように慣れた指先で「ピッ」とボタンを押した。

ドアが閉まりモーター音。

七階に着くはず――だった。

ところが。

扉が開いた瞬間、見たことのない光景が広がっていた。

薄暗い照明の奥へ、赤い鳥居がずらりと連なっている。

遠近感が狂いそうなほど、ずうーーっと続いている・・・ようにみえたが、錯覚だった。

そうか。ここは霊能者占い事務所だ。

一瞬、本気で異世界転移かと思った。

だがボタンを見ると、「8」が光っている。

……押し間違えたらしい。

そうか、と胸の奥で何かがコトンと鳴る。

前の会社は八階だった。

あの頃、毎日押していた数字

意識しなくても、指が“丸八”を覚えていたのだ。

八幡神社の丸八」みたいだな、とふと思う。

勝手縁起がよさそうに見えてくる。

いや、縁起がよくても、この八階の鳥居廊下には用事はない。

そっと「閉」ボタンを押す。

エレベーターが七階へ戻っていくあいだ、

赤い鳥居と“丸八”の光が、じわりと胸の奥に残っていた。

七階の扉が開く。

いつもの蛍光灯の白い光。

コピー機作動音。

ああ、こっちが現実世界だ。

でも時々思う。

人間にも、過去の「丸八」を押してしまう指が残っていて、

そのせいで、ふと別の世界のドアが開くのかもしれない――と。

ときどき、こういう文章AIにつくってもらうのが最近ちょっとした気晴らし。

第5話 回覧

――マンションエレベーターというのは、ちょっとした“自治社会掲示板である

あの狭い壁面には、住民の息づかい管理組合の苦労と、そしてときどき発生する謎の個人制作チラシが、ぎゅうっと貼り並んでいる。

わがマンション例外ではない。

消防設備点検のお知らせ、粗大ごみ出しのルール徹底、管理組合理事会の案内。

そして、上下階の騒音問題――おそらく管理人クレームがいったであろう案件も、「○階の皆さまへ」などと、やんわりと、しかじわじわ刺す文体で貼られている。

小さいお子さんの“ドンドン問題だ。

あれはもはや、マンション暮らし季語に近い。

中には「〇階付近」と、ギリギリ個人特定にならない程度に範囲を狭めてくる注意書きもあり、これがまた絶妙にいやらしい。

管理組合名義とはいえ、実質“言いたいことを管理人外注”している感がにじみ出ている。

通常、掲示物は管理人が貼るのだが、ごくまれに、明らかに住民勝手に作って貼ったものを見かける。

文章微妙感情的フォントは謎に凝っており、そして貼り方が妙に強い。

よほど業を煮やしたのだろう。

ある朝、エレベーターの鏡に直接貼られた紙を見て、思わず声を失った。

「鏡を手あぶらで汚すな!!」

しかも、使われていたのは粘着バリバリの強力テープ

……おいおい、それを剥がすとき、鏡が汚れるだろう。

いや、鏡が傷つく可能性すらあるぞ。

注意のために鏡をむしろ犠牲”にするとは、なんという本末転倒

いや、あなたのほうがよっぽど鏡の美観を損ねてますよ、と心の中で突っ込んだ。

たぶん、あれは隠居爺だ。

日々やることがなくて、イライラが溜まっているに違いない。

エレベーターが小さな舞台なら、あの爺さんは毎朝そこで、独自の幕間劇を上演しているのだろう。

エレベーターが一階に着く。

ドアが開くと同時に、外の空気が少し冷たく感じる。

振り返ると、鏡に貼られた勝手チラシがどことなく誇らしげに揺れていた。

――今日マンション社会は、あの小さな箱の中で静かにドラマを続けている。

ときどき、こういう文章AIにつくってもらうのが最近ちょっとした気晴らし。

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