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はてなキーワード: 弁慶とは

2026-04-23

anond:20260423184346

 こうなってくると何をいうても、直ぐそこへ持ってくるので話がゆきつまってしまう。二人の内でどちらか一人が、すこうしほんの僅かにでも押が強ければ、こんなに話がゆきつまるのではない。お互に心持は奥底まで解っているのだから吉野紙を突破るほどにも力がありさえすれば、話の一歩を進めてお互に明放してしまうことが出来るのであるしかしながら真底からおぼこな二人は、その吉野紙を破るほどの押がないのである。またここで話の皮を切ってしまわねばならぬと云う様な、はっきりした意識も勿論ないのだ。言わば未まだ取止めのない卵的の恋であるから、少しく心の力が必要な所へくると話がゆきつまってしまうのである

 お互に自分で話し出しては自分が極りわるくなる様なことを繰返しつつ幾町かの道を歩いた。詞数こそ少なけれ、その詞の奥には二人共に無量の思いを包んで、極りがわるい感情の中には何とも云えない深き愉快を湛えて居る。それでいわゆる足も空に、いつしか田圃も通りこし、山路へ這入った。今度は民子が心を取り直したらしく鮮かな声で、

「政夫さん、もう半分道来ましてしょうか。大長柵おおながさくへは一里に遠いッて云いましたねイ」

「そうです、一里半には近いそうだが、もう半分の余来ましたろうよ。少し休みましょうか」

わたし休まなくとも、ようございますが、早速お母さんの罰があたって、薄すすきの葉でこんなに手を切りました。ちょいとこれで結わえて下さいな」

 親指の中ほどで疵きずは少しだが、血が意外に出た。僕は早速紙を裂いて結わえてやる。民子が両手を赤くしているのを見た時非常にかわいそうであった。こんな山の中で休むより、畑へ往いってから休もうというので、今度は民子を先に僕が後になって急ぐ。八時少し過ぎと思う時分に大長柵の畑へ着いた。

 十年許り前に親父おやじが未だ達者な時分、隣村の親戚からまれ余儀なく買ったのだそうで、畑が八反と山林が二町ほどここにあるのである。この辺一体に高台は皆山林でその間の柵が畑になって居る。越石こしこくを持っていると云えば、世間体はよいけど、手間ばかり掛って割に合わないといつも母が言ってる畑だ。

 三方林で囲まれ、南が開いて余所よその畑とつづいている。北が高く南が低い傾斜こうばいになっている。母の推察通り、棉は末にはなっているが、風が吹いたら溢れるかと思うほど棉はえんでいる。点々として畑中白くなっているその棉に朝日がさしていると目まぶしい様に綺麗だ。

「まアよくえんでること。今日採りにきてよい事しました」

 民子は女だけに、棉の綺麗にえんでるのを見て嬉しそうにそう云った。畑の真中ほどに桐の樹が二本繁っている。葉が落ちかけて居るけれど、十月の熱を凌しのぐには十分だ。ここへあたりの黍殻きびがらを寄せて二人が陣どる。弁当包みを枝へ釣る。天気のよいのに山路を急いだから、汗ばんで熱い。着物を一枚ずつ脱ぐ。風を懐ふところへ入れ足を展のばして休む。青ぎった空に翠みどりの松林百舌もずもどこかで鳴いている。声の響くほど山は静かなのだ天と地との間で広い畑の真ン中に二人が話をしているのである

「ほんとに民子さん、きょうというきょうは極楽の様な日ですねイ」

 顔からから汗を拭いた跡のつやつやしさ、今更に民子の横顔を見た。

「そうですねイ、わたし何だか夢の様な気がするの。今朝家うちを出る時はほんとに極りが悪くて……嫂ねえさんには変な眼つきで視られる、お増には冷かされる、私はのぼせてしまいました。政夫さんは平気でいるから憎らしかったわ」

「僕だって平気なもんですか。村の奴らに逢うのがいやだから、僕は一足先に出て銀杏の下で民さんを待っていたんでさア。それはそうと、民さん、今日はほんとに面白く遊ぼうね。僕は来月は学校へ行くんだし、今月とて十五日しかないし、二人でしみじみ話の出来る様なことはこれから先はむずかしい。あわれッぽいこと云うようだけど、二人の中も今日だけかしらと思うのよ。ねイ民さん……」

「そりゃア政夫さん、私は道々そればかり考えて来ました。私がさっきほんとに情なくなってと言ったら、政夫さんは笑っておしまいなしたけど……」

 面白く遊ぼう遊ぼう言うても、話を始めると直ぐにこうなってしまう。民子は涙を拭うた様であった。ちょうどよくそこへ馬が見えてきた。西側山路から、がさがさ笹にさわる音がして、薪たきぎをつけた馬を引いて頬冠ほおかむりの男が出て来た。よく見ると意外にも村の常吉である。この奴はいつか向うのお浜に民子を遊びに連れだしてくれと頻しきりに頼んだという奴だ。いやな野郎がきやがったなと思うていると、

「や政夫さん。コンチャどうも結構なお天気ですな。今日は御夫婦で棉採りかな。洒落しゃれてますね。アハハハハハ」

「オウ常さん、今日は駄賃かな。大変早く御精が出ますね」

「ハア吾々なんざア駄賃取りでもして適たまに一盃いっぱいやるより外に楽しみもないんですからな。民子さん、いやに見せつけますね。余あんまり罪ですぜ。アハハハハハ」

 この野郎失敬なと思ったけれど、吾々も余り威張れる身でもなし、笑いとぼけ常吉をやり過ごした。

馬鹿野郎、実に厭なやつだ。さア民さん、始めましょう。ほんとに民さん、元気をお直しよ。そんなにくよくよおしでないよ。僕は学校へ行ったて千葉もの、盆正月の外にも来ようと思えば土曜の晩かけて日曜に来られるさ……」

「ほんとに済みません。泣面なきつらなどして。あの常さんて男、何といういやな人でしょう」

 民子襷掛け僕はシャツに肩を脱いで一心に採って三時間ばかりの間に七分通り片づけてしまった。もう跡はわけがいか弁当にしようということにして桐の蔭に戻る。僕はかねて用意の水筒を持って、

「民さん、僕は水を汲くんで来ますから留守番を頼みます。帰りに『えびづる』や『あけび』をうんと土産みやげに採って来ます

「私は一人で居るのはいやだ。政夫さん、一所に連れてって下さい。さっきの様な人にでも来られたら大変ですもの

だって民さん、向うの山を一つ越して先ですよ、清水しみずのある所は。道という様な道もなくて、それこそ茨いばらや薄すすきで足が疵だらけになりますよ。水がなくちゃ弁当が食べられないから、困ったなア、民さん、待っていられるでしょう」

「政夫さん、後生から連れて行って下さい。あなたが歩ける道なら私にも歩けます。一人でここにいるのはわたしゃどうしても……」

「民さんは山へ来たら大変だだッ児になりましたネー。それじゃ一所に行きましょう」

 弁当は棉の中へ隠し、着物はてんでに着てしまって出掛ける。民子は頻りに、にこにこしている。端はたから見たならば、馬鹿馬鹿しくも見苦しくもあろうけれど、本人同志の身にとっては、そのらちもなき押問答の内にも限りなき嬉しみを感ずるのである。高くもないけど道のない所をゆくのであるから笹原を押分け樹の根につかまり、崖を攀よずる。しばしば民子の手を採って曳ひいてやる。

 近く二三日以来の二人の感情では、民子が求めるならば僕はどんなことでも拒まれない、また僕が求めるならやはりどんなことでも民子は決して拒みはしない。そういう間柄でありつつも、飽くまで臆病に飽くまで気の小さな両人ふたりは、嘗かつて一度も有意味に手などを採ったことはなかった。しかるに今日は偶然の事から屡手を採り合うに至った。這辺このへんの一種云うべからざる愉快な感情経験ある人にして初めて語ることが出来る。

「民さん、ここまでくれば、清水はあすこに見えます。これから僕が一人で行ってくるからここに待って居なさい。僕が見えて居たら居られるでしょう」

「ほんとに政夫さんの御厄介ですね……そんなにだだを言っては済まないから、ここで待ちましょう。あらア野葡萄えびづるがあった」

 僕は水を汲んでの帰りに、水筒は腰に結いつけ、あたりを少し許り探って、『あけび』四五十と野葡萄一もくさを採り、竜胆りんどうの花の美しいのを五六本見つけて帰ってきた。帰りは下りから無造作に二人で降りる。畑へ出口で僕は春蘭しゅんらんの大きいのを見つけた。

「民さん、僕は一寸『アックリ』を掘ってゆくから、この『あけび』と『えびづる』を持って行って下さい」

「『アックリ』てなにい。あらア春蘭じゃありませんか」

「民さんは町場もんですから、春蘭などと品のよいこと仰おっしゃるのです。矢切百姓なんぞは『アックリ』と申しましてね、皸あかぎれの薬に致します。ハハハハ」

「あらア口の悪いこと。政夫さんは、きょうはほんとに口が悪くなったよ」

 山の弁当と云えば、土地の者は一般に楽しみの一つとしてある。何か生理上の理由でもあるか知らんが、とにかく、山の仕事をしてやがてたべる弁当不思議うまいことは誰も云う所だ。今吾々二人は新らしき清水を汲み来り母の心を籠こめた弁当を分けつつたべるのである。興味の尋常でないは言うも愚おろかな次第だ。僕は『あけび』を好み民子は野葡萄をたべつつしばらく話をする。

 民子は笑いながら、

「政夫さんは皸の薬に『アックリ』とやらを採ってきて学校へお持ちになるの。学校で皸がきれたらおかしいでしょうね……」

 僕は真面目に、

「なアにこれはお増にやるのさ。お増はもうとうに皸を切らしているでしょう。この間も湯に這入る時にお増が火を焚たきにきて非常に皸を痛がっているから、その内に僕が山へ行ったら『アックリ』を採ってきてやると言ったのさ」

「まアあなたは親切な人ですことね……お増は蔭日向かげひなたのない憎気のない女ですから、私も仲好くしていたんですが、この頃は何となし私に突き当る様な事ばかし言って、何でもわたしを憎んでいますよ」

「アハハハ、それはお増どんが焼餅をやくのでさ。つまらんことにもすぐ焼餅を焼くのは、女の癖さ。僕がそら『アックリ』を採っていってお増にやると云えば、民さんがすぐに、まアあなたは親切な人とか何とか云うのと同じ訣わけさ」

「この人はいつのまにこんなに口がわるくなったのでしょう。何を言っても政夫さんにはかないやしない。いくらだってお増が根も底もない焼もちだ位は承知していますよ……」

「実はお増も不憫ふびんな女よ。両親があんなことになりさえせねば、奉公人とまでなるのではない。親父は戦争死ぬ、お袋はこれを嘆いたがもとでの病死、一人の兄がはずれものという訣で、とうとうあの始末。国家のために死んだ人の娘だもの、民さん、いたわってやらねばならない。あれでも民さん、あなたをば大変ほめているよ。意地曲りの嫂にこきつかわれるのだから一層かわいそうでさ」

「そりゃ政夫さん私もそう思って居ますさ。お母さんもよくそうおっしゃいました。つまらないものですけど何とかかとか分けてやってますが、また政夫さんの様に情深くされると……」

 民子は云いさしてまた話を詰らしたが、桐の葉に包んで置いた竜胆の花を手に採って、急に話を転じた。

「こんな美しい花、いつ採ってお出でなして。りんどうはほんとによい花ですね。わたしりんどうがこんなに美しいとは知らなかったわ。わたし急にりんどうが好きになった。おオえエ花……」

 花好きな民子は例の癖で、色白の顔にその紫紺の花を押しつける。やがて何を思いだしてか、ひとりでにこにこ笑いだした。

「民さん、なんです、そんなにひとりで笑って」

「政夫さんはりんどうの様な人だ」

「どうして」

「さアどうしてということはないけど、政夫さんは何がなし竜胆の様な風だからさ」

 民子は言い終って顔をかくして笑った。

「民さんもよっぽど人が悪くなった。それでさっきの仇討あだうちという訣ですか。口真似なんか恐入りますナ。しかし民さんが野菊で僕が竜胆とは面白い対ですね。僕は悦よろこんでりんどうになります。それで民さんがりんどうを好きになってくれればなお嬉しい」

 二人はこんならちもなき事いうて悦んでいた。秋の日足の短さ、日はようやく傾きそめる。さアとの掛声で棉もぎにかかる。午後の分は僅であったから一時間半ばかりでもぎ終えた。何やかやそれぞれまとめて番ニョに乗せ、二人で差しあいにかつぐ。民子を先に僕が後に、とぼとぼ畑を出掛けた時は、日は早く松の梢をかぎりかけた。

 半分道も来たと思う頃は十三夜の月が、木この間まから影をさして尾花にゆらぐ風もなく、露の置くさえ見える様な夜になった。今朝は気がつかなかったが、道の西手に一段低い畑には、蕎麦そばの花が薄絹を曳き渡したように白く見える。こおろぎが寒げに鳴いているにも心とめずにはいられない。

「民さん、くたぶれたでしょう。どうせおそくなったんですから、この景色のよい所で少し休んで行きましょう」

「こんなにおそくなるなら、今少し急げばよかったに。家の人達にきっと何とか言われる。政夫さん、私はそれが心配になるわ」

「今更心配しても追おっつかないから、まア少し休みましょう。こんなに景色のよいことは滅多めったにありません。そんなに人に申訣のない様な悪いことはしないもの、民さん、心配することはないよ」

 月あかりが斜にさしこんでいる道端の松の切株に二人は腰をかけた。目の先七八間の所は木の蔭で薄暗いがそれから向うは畑一ぱいに月がさして、蕎麦の花が際きわ立って白い。

「何というえい景色でしょう。政夫さん歌とか俳句かいものをやったら、こんなとき面白いことが云えるでしょうね。私ら様な無筆でもこんな時には心配も何も忘れますもの。政夫さん、あなた歌をおやんなさいよ」

「僕は実は少しやっているけど、むずかしくて容易に出来ないのさ。山畑の蕎麦の花に月がよくて、こおろぎが鳴くなどは実にえいですなア。民さん、これから二人で歌をやりましょうか」

 お互に一つの心配を持つ身となった二人は、内に思うことが多くてかえって話は少ない。何となく覚束おぼつかない二人の行末、ここで少しく話をしたかったのだ。民子は勿論のこと、僕よりも一層話したかったに相違ないが、年の至らぬのと浮いた心のない二人は、なかなか差向いでそんな話は出来なかった。しばらくは無言でぼんやり時間を過ごすうちに、一列の雁がんが二人を促すかの様に空近く鳴いて通る。

 ようやく田圃へ降りて銀杏の木が見えた時に、二人はまた同じ様に一種感情が胸に湧いた。それは外でもない、何となく家に這入はいりづらいと言う心持である。這入りづらい訣はないと思うても、どうしても這入りづらい。躊躇ちゅうちょする暇もない、忽たちまち門前近く来てしまった。

「政夫さん……あなた先になって下さい。私極きまりわるくてしょうがないわ」

「よしとそれじゃ僕が先になろう」

 僕は頗すこぶる勇気を鼓こし殊に平気な風を装うて門を這入った。家の人達は今夕飯最中で盛んに話が湧いているらしい。庭場の雨戸は未だ開いたなりに月が軒口までさし込んでいる。僕が咳払せきばらいを一ツやって庭場へ這入ると、台所の話はにわかに止んでしまった。民子は指の先で僕の肩を撞ついた。僕も承知しているのだ、今御膳会議で二人の噂が如何いかに盛んであったか

 宵祭ではあり十三夜ではあるので、家中表座敷へ揃そろうた時、母も奥から起きてきた。母は一通り二人の余り遅かったことを咎めて深くは言わなかったけれど、常とは全く違っていた。何か思っているらしく、少しも打解けない。これまでは口には小言を言うても、心中に疑わなかったのだが、今夜は口には余り言わないが、心では十分に二人に疑いを起したに違いない。民子はいよいよ小さくなって座敷中なかへは出ない。僕は山から採ってきた、あけびや野葡萄えびづるやを沢山座敷中じゅうへ並べ立てて、暗に僕がこんな事をして居たから遅くなったのだとの意を示し無言の弁解をやっても何のききめもない。誰一人それをそうと見るものはない。今夜は何の話にも僕等二人は除のけものにされる始末で、もはや二人は全く罪あるものと黙決されてしまったのである

「お母さんがあんまり甘過ぎる。あアして居る二人を一所に山畑へやるとは目のないにもほどがある。はたでいくら心配してもお母さんがあれでは駄目だ」

 これが台所会議の決定であったらしい。母の方でもいつまで児供と思っていたが誤りで、自分が悪かったという様な考えに今夜はなったのであろう。今更二人を叱って見ても仕方がない。なに政夫を学校へ遣やってしまいさえせば仔細しさいはないと母の心はちゃんときまって居るらしく、

「政や、お前はナ十一月へ入って直ぐ学校へやる積りであったけれど、そうしてぶらぶらして居ても為にならないから、お祭が終ったら、もう学校へゆくがよい。十七日にゆくとしろ……えいか、そのつもりで小支度して置け」

 学校へゆくは固より僕の願い、十日や二十日早くとも遅くともそれに仔細はないが、この場合しかも今夜言渡いいわたしがあって見ると、二人は既に罪を犯したものと定められての仕置であるから民子は勿論僕に取ってもすこぶる心苦しい処がある。実際二人はそれほどに堕落した訣でないから、頭からそうときめられては、聊いささか妙な心持がする。さりとて弁解の出来ることでもなし、また強いことを言える資格も実は無いのである。これが一ヶ月前であったらば、それはお母さん御無理だ、学校へ行くのは望みであるけど、科とがを着せられての仕置に学校へゆけとはあんまりでしょう……などと直ぐだだを言うのであるが、今夜はそんな我儘わがままを言えるほど無邪気ではない。全くの処、恋に陥ってしまっている。

 あれほど可愛がられた一人の母に隠立てをする、何となく隔てを作って心のありたけを言い得ぬまでになっている。おのずから人前を憚はばかり、人前では殊更に二人がうとうとしく取りなす様になっている。かくまで私心わたくしごころが長じてきてどうして立派な口がきけよう。僕はただ一言いちごん、

「はア……」

 と答えたきりなんにも言わず、母の言いつけに盲従する外はなかった。

「僕は学校へ往ってしまえばそれでよいけど、民さんは跡でどうなるだろうか」

 不図ふとそう思って、そっと民子の方を見ると、お増が枝豆をあさってる後に、民子うつむいて膝の上に襷たすきをこねくりつつ沈黙している。如何にも元気のない風で夜のせいか顔色も青白く見えた。民子の風を見て僕も俄に悲しくなって泣きたくなった。涙は瞼まぶたを伝って眼が曇った。なぜ悲しくなったか理由は判然はっきりしない。ただ民子が可哀相でならなくなったのである民子と僕との楽しい関係もこの日の夜までは続かなく、十三日の昼の光と共に全く消えうせてしまった。嬉しいにつけても思いのたけは語りつくさず、憂き悲しいことについては勿論百分の一だも語りあわないで、二人の関係は闇やみの幕に這入ってしまったのである

 十四日は祭の初日でただ物せわしく日がくれた。お互に気のない風はしていても、手にせわしい仕事のあるばかりに、とにかく思い紛らすことが出来た。

 十五日と十六日とは、食事の外用事もないままに、書室へ籠こもりとおしていた。ぼんやり机にもたれたなり何をするでもなく、また二人の関係をどうしようかという様なことすらも考えてはいない。ただ民子のことが頭に充ちているばかりで、極めて単純に民子を思うている外に考えは働いて居らぬ。この二日の間に民子と三四回は逢ったけれど、話も出来ず微笑を交換する元気もなく、うら淋しい心持を互に目に訴うるのみであった。二人の心持が今少しませて居ったならば、この二日の間にも将来の事など随分話し合うことが出来たのであろうけれど、しぶとい心持などは毛ほどもなかった二人には、その場合になかなかそんな事は出来なかった。それでも僕は十六日の午後になって、何とはなしに以下のような事を巻紙へ書いて、日暮に一寸来た民子に僕が居なくなってから見てくれと云って渡した。

 朝からここへ這入ったきり、何をする気にもならない。外へ出る気にもならず、本を読む気にもならず、ただ繰返し繰返し民さんの事ばかり思って居る。民さんと一所に居れば神様に抱かれて雲にでも乗って居る様だ。僕はどうしてこんなになったんだろう。学問をせねばならない身だから学校へは行くけれど、心では民さんと離れたくない。民さんは自分の年の多いのを気にしているらしいが、僕はそんなことは何とも思わない。僕は民さんの思うとおりになるつもりですから、民さんもそう思っていて下さい。明日は早く立ちます。冬期の休みには帰ってきて民さんに逢うのを楽しみにして居ります

  十月十六日

政夫

民子

 学校へ行くとは云え、罪があって早くやられると云う境遇であるから、人の笑声話声にも一々ひがみ心が起きる。皆二人に対する嘲笑かの様に聞かれる。いっそ早く学校へ行ってしまいたくなった。決心が定まれば元気も恢復かいふくしてくる。この夜は頭も少しくさえて夕飯も心持よくたべた。学校のこと何くれとなく母と話をする。やがて寝に就いてからも、

「何だ馬鹿馬鹿しい、十五かそこらの小僧の癖に、女のことなどばかりくよくよ考えて……そうだそうだ、明朝あしたは早速学校へ行こう。民子は可哀相だけれど……もう考えまい、考えたって仕方がない、学校学校……」

 独口ひとりぐちききつつ眠りに入った様な訣であった。

 船で河から市川へ出るつもりだから、十七日の朝、小雨の降るのに、一切の持物をカバン一個ひとつにつめ込み民子とお増に送られて矢切の渡へ降りた。村の者の荷船に便乗する訣でもう船は来て居る。僕は民さんそれじゃ……と言うつもりでも咽のどがつまって声が出ない民子は僕に包を渡してからは、自分の手のやりばに困って胸を撫なでたり襟えりを撫でたりして、下ばかり向いている。眼にもつ涙をお増に見られまいとして、体を脇へそらしている、民子があわれな姿を見ては僕も涙が抑え切れなかった。民子今日を別れと思ってか、髪はさっぱりとした銀杏いちょうがえしに薄く化粧をしている。煤色すすいろと紺の細かい弁慶縞べんけいじまで、羽織も長着も同じい米沢紬よねざわつむぎに、品のよい友禅縮緬ゆうぜんちりめんの帯をしめていた。襷を掛けた民子もよかったけれど今日民子はまた一層引立って見えた。

 僕の気のせいででもあるか、民子十三日の夜からは一日ひとひ一日とやつれてきて、この日のいたいたしさ、僕は泣かずには居られなかった。虫が知らせるとでもいうのか、これが生涯の別れになろうとは、僕は勿論民子とて、よもやそうは思わなかったろうけれど、この時のつらさ悲しさは、とても他人に話しても信じてくれるものはないと思う位であった。

 尤もっと民子の思いは僕より深かったに相違ない。僕は中学校卒業するまでにも、四五年間のある体であるのに、民子は十七で今年の内にも縁談の話があって両親からそう言われれば、無造作に拒むことの出来ない身であるから、行末のことをいろいろ考えて見ると心配の多い訣である。当時の僕はそこまでは考えなかったけれど、親しく目に染しみた民子のいたいたしい姿は幾年経っても昨日の事のように眼に浮んでいるのである

 余所から見たならば、若いうちによくあるいたずらの勝手な泣面と見苦しくもあったであろうけれど、二人の身に取っては、真にあわれに悲しき別れであった。互に手を取って後来を語ることも出来ず、小雨のしょぼしょぼ降る渡場に、泣きの涙も人目を憚はばかり、一言の詞ことばもかわし得ないで永久の別れをしてしまったのである。無情の舟は流を下って早く、十分間と経たぬ内に、五町と下らぬ内に、お互の姿は雨の曇りに隔てられてしまった。物も言い得ないで、しょんぼりと悄しおれていた不憫ふびんな民さんの俤おもかげ、どうして忘れることが出来よう。民さんを思うために神の怒りに触れて即座に打殺さるる様なことがあるとても僕には民さんを思わずに居られない。年をとっての後の考えから言えば、あアもしたらこうもしたらと思わぬこともなかったけれど、当時の若い同志どうしの思慮には何らの工夫も無かったのである八百屋お七は家を焼いたらば、再度ふたたび思う人に逢われることと工夫をしたのであるが、吾々二人は妻戸一枚を忍んで開けるほどの智慧ちえも出なかった。それほどに無邪気な可憐な恋でありながら、なお親に怖おじ兄弟に憚り、他人の前にて涙も拭き得なかったのは如何に気の弱い同志であったろう。

 僕は学校へ行ってからも、とかく民子のことばかり思われて仕方がない。学校に居ってこんなことを考えてどうするものかなどと、自分自分を叱り励まして見ても何の甲斐もない。そういう詞の尻からすぐ民子のことが湧いてくる。多くの人中に居ればどうにか紛れるので、日の中はなるたけ一人で居ない様に心掛けて居た。夜になっても寝ると仕方がないから、なるたけ人中で騒いで居て疲れて寝る工夫をし

お伽草紙

太宰治


「あ、鳴つた。」

 と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾かぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。

「近いやうだね。」

「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」

「さうかね。」と父は不満さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいいのだよ。あまり深いと生埋めの危険がある。」

「でも、もすこし広くしてもいいでせう。」

「うむ、まあ、さうだが、いまは土が凍つて固くなつてゐから掘るのが困難だ。そのうちに、」などあいまいな事を言つて、母をだまらせ、ラジオの防空情報に耳を澄ます

 母の苦情が一段落すると、こんどは、五歳の女の子が、もう壕から出ませう、と主張しはじめる。これをなだめる唯一の手段絵本だ。桃太郎、カチカチ山、舌切雀、瘤取り、浦島さんなど、父は子供に読んで聞かせる。

 この父は服装もまづしく、容貌も愚なるに似てゐるが、しかし、元来ただものでないのである物語創作するといふまことに奇異なる術を体得してゐる男なのだ

 ムカシ ムカシノオ話ヨ

 などと、間まの抜けたやうな妙な声で絵本を読んでやりながらも、その胸中には、またおのづから別個の物語が※(「酉+榲のつくり」、第3水準1-92-88)醸せられてゐるのである

[#改頁]

瘤取り

ムカシ ムカシノオ話ヨ

ミギノ ホホニ ジヤマツケナ

コブヲ モツテル オヂイサン

 このお爺さんは、四国阿波剣山のふもとに住んでゐたのである。(といふやうな気がするだけの事で、別に典拠があるわけではない。もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から発してゐものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。この瘤取りの話に限らず、次に展開して見ようと思ふ浦島さんの話でも、まづ日本書紀にその事実がちやんと記載せられてゐるし、また万葉にも浦島を詠じた長歌があり、そのほか、丹後風土記やら本朝神仙伝などといふものに依つても、それらしいものが伝へられてゐるやうだし、また、つい最近於いては鴎外の戯曲があるし、逍遥などもこの物語舞曲にした事は無かつたかしら、とにかく、能楽歌舞伎芸者の手踊りに到るまで、この浦島さんの登場はおびただしい。私には、読んだ本をすぐ人にやつたり、また売り払つたりする癖があるので、蔵書といふやうなものは昔から持つた事が無い。それで、こんな時に、おぼろげな記憶をたよつて、むかし読んだ筈の本を捜しに歩かなければならぬはめに立ち到るのであるが、いまは、それもむづかしいだらう。私は、いま、壕の中にしやがんでゐるのである。さうして、私の膝の上には、一冊の絵本がひろげられてゐるだけなのである。私はいまは、物語の考証はあきらめて、ただ自分ひとりの空想を繰りひろげるにとどめなければならぬだらう。いや、かへつてそのはうが、活き活きして面白いお話が出来上るかも知れぬ。などと、負け惜しみに似たやうな自問自答をして、さて、その父なる奇妙の人物は、

ムカシ ムカシノオ話ヨ

 と壕の片隅に於いて絵本を読みながら、その絵本物語と全く別個の新しい物語を胸中に描き出す。)

 このお爺さんは、お酒を、とても好きなのである。酒飲みといふものは、その家庭に於いて、たいてい孤独ものである孤独から酒を飲むのか、酒を飲むから家の者たちにきらはれて自然孤独の形になるのか、それはおそらく、両の掌をぽんと撃ち合せていづれの掌が鳴つたかを決定しようとするやうな、キザな穿鑿に終るだけの事であらう。とにかく、このお爺さんは、家庭に在つては、つねに浮かぬ顔をしてゐるのである。と言つても、このお爺さんの家庭は、別に悪い家庭では無いのである。お婆さんは健在である。もはや七十歳ちかいけれども、このお婆さんは、腰もまがらず、眼許も涼しい。昔は、なかなかの美人であつたさうである若いから無口であつて、ただ、まじめに家事にいそしんでゐる。

「もう、春だねえ。桜が咲いた。」とお爺さんがはしやいでも、

「さうですか。」と興の無いやうな返辞をして、「ちよつと、どいて下さい。ここを、お掃除しまから。」と言ふ。

 お爺さんは浮かぬ顔になる。

 また、このお爺さんには息子がひとりあつて、もうすでに四十ちかくになつてゐるが、これがまた世に珍しいくらゐの品行方正、酒も飲まず煙草も吸はず、どころか、笑はず怒らず、よろこばず、ただ黙々と野良仕事、近所近辺の人々もこれを畏敬せざるはなく、阿波聖人の名が高く、妻をめとらず鬚を剃らず、ほとんど木石ではないかと疑はれるくらゐ、結局、このお爺さんの家庭は、実に立派な家庭、と言はざるを得ない種類のものであつた。

 けれども、お爺さんは、何だか浮かぬ気持である。さうして、家族の者たちに遠慮しながらも、どうしてもお酒を飲まざるを得ないやうな気持になるのであるしかし、うちで飲んでは、いつそう浮かぬ気持になるばかりであつた。お婆さんも、また息子の阿波聖人も、お爺さんがお酒を飲んだつて、別にそれを叱りはしない。お爺さんが、ちびちび晩酌をやつてゐる傍で、黙つてごはんを食べてゐる。

「時に、なんだね、」とお爺さんは少し酔つて来ると話相手が欲しくなり、つまらぬ事を言ひ出す。「いよいよ、春になつたね。燕も来た。」

 言はなくたつていい事である

 お婆さんも息子も、黙つてゐる。

「春宵一刻、価千金、か。」と、また、言はなくてもいい事を呟いてみる。

「ごちそうさまでござりました。」と阿波聖人は、ごはんをすまして、お膳に向ひうやうやしく一礼して立つ。

「そろそろ、私もごはんにしよう。」とお爺さんは、悲しげに盃を伏せる。

 うちでお酒を飲むと、たいていそんな工合ひである

アルヒ アサカラ ヨイテンキ

ヤマヘ ユキマス シバカリ

 このお爺さんの楽しみは、お天気のよい日、腰に一瓢をさげて、剣山にのぼり、たきぎを拾ひ集める事である。いい加減、たきぎ拾ひに疲れると、岩上に大あぐらをかき、えへん! と偉さうに咳ばらひを一つして、

「よい眺めぢやなう。」

 と言ひ、それから、おもむろに腰の瓢のお酒を飲む。実に、楽しさうな顔をしてゐる。うちにゐる時とは別人の観がある。ただ変らないのは、右の頬の大きい瘤くらゐのものである。この瘤は、いまから二十年ほど前、お爺さんが五十の坂を越した年の秋、右の頬がへんに暖くなつて、むずかゆく、そのうちに頬が少しづつふくらみ、撫でさすつてゐると、いよいよ大きくなつて、お爺さんは淋しさうに笑ひ、

「こりや、いい孫が出来た。」と言つたが、息子の聖人は頗るまじめに、

「頬から子供が生れる事はござりません。」と興覚めた事を言ひ、また、お婆さんも、

いのちにかかはるものではないでせうね。」と、にこりともせず一言、尋ねただけで、それ以上、その瘤に対して何の関心も示してくれない。かへつて、近所の人が、同情して、どういふわけでそんな瘤が出来たのでせうね、痛みませんか、さぞやジヤマツケでせうね、などとお見舞ひの言葉を述べる。しかし、お爺さんは、笑つてかぶりを振る。ジヤマツケどころか、お爺さんは、いまは、この瘤を本当に、自分可愛い孫のやうに思ひ、自分孤独を慰めてくれる唯一の相手として、朝起きて顔を洗ふ時にも、特別にていねいにこの瘤に清水をかけて洗ひ清めてゐるのであるけふのやうに、山でひとりで、お酒を飲んで御機嫌の時には、この瘤は殊にも、お爺さんに無くてかなはぬ恰好の話相手である。お爺さんは岩の上に大あぐらをかき、瓢のお酒を飲みながら、頬の瘤を撫で、

「なあに、こはい事なんか無いさ。遠慮には及びませぬて。人間すべからく酔ふべしぢや。まじめにも、程度がありますよ。阿波聖人とは恐れいる。お見それ申しましたよ。偉いんだつてねえ。」など、誰やらの悪口を瘤に囁き、さうして、えへん! と高く咳ばらひをするのである

ハカニ クラク ナリマシタ

カゼガ ゴウゴウ フイテキテ

メモ ザアザア フリマシタ

 春の夕立ちは、珍しい。しかし、剣山ほどの高い山に於いては、このやうな天候の異変も、しばしばあると思はなければなるまい。山は雨のために白く煙り、雉、山鳥があちこちから、ぱつぱつと飛び立つて矢のやうに早く、雨を避けようとして林の中に逃げ込む。お爺さんは、あわてず、にこにこして、

「この瘤が、雨に打たれてヒンヤリするのも悪くないわい。」

 と言ひ、なほもしばらく岩の上にあぐらをかいたまま、雨の景色を眺めてゐたが、雨はいよいよ強くなり、いつかうに止みさうにも見えないので、

「こりや、どうも、ヒンヤリしすぎて寒くなつた。」と言つて立ち上り、大きいくしやみを一つして、それから拾ひ集めた柴を背負ひ、こそこそと林の中に這入つて行く。林の中は、雨宿りの鳥獣で大混雑である

はい、ごめんよ。ちよつと、ごめんよ。」

 とお爺さんは、猿や兎や山鳩に、いちいち上機嫌で挨拶して林の奥に進み、山桜大木の根もとが広い虚うろになつてゐるのに潜り込んで、

「やあ、これはいい座敷だ。どうです、みなさんも、」と兎たちに呼びかけ、「この座敷には偉いお婆さんも聖人もゐませんから、どうか、遠慮なく、どうぞ。」などと、ひどくはしやいで、そのうちに、すうすう小さい鼾をかいて寝てしまつた。酒飲みといふものは酔つてつまらぬ事も言ふけれど、しかし、たいていは、このやうに罪の無いものである

ユフダチ ヤムノヲ マツウチニ

ツカレガ デタカ オヂイサン

イツカ グツスリ ネムリマ

オヤマハ ハレテ クモモナ

アカルイ ツキヨニ ナリマシタ

 この月は、春の下弦の月である。浅みどり、とでもいふのか、水のやうな空に、その月が浮び、林の中にも月影が、松葉のやうに一ぱいこぼれ落ちてゐる。しかし、お爺さんは、まだすやすや眠つてゐる。蝙蝠が、はたはたと木の虚うろから飛んで出た。お爺さんは、ふと眼をさまし、もう夜になつてゐるので驚き、

「これは、いけない。」

 と言ひ、すぐ眼の前に浮ぶのは、あのまじめなお婆さんの顔と、おごそかな聖人の顔で、ああ、これは、とんだ事になつた、あの人たちは未だ私を叱つた事は無いけれども、しかし、どうも、こんなにおそく帰つたのでは、どうも気まづい事になりさうだ、えい、お酒はもう無いか、と瓢を振れば、底に幽かにピチヤピチヤといふ音がする。

「あるわい。」と、にはかに勢ひづいて、一滴のこさず飲みほして、ほろりと酔ひ、「や、月が出てゐる。春宵一刻、――」などと、つまらぬ事を呟きながら木の虚うろから這ひ出ると、

オヤ ナンデセウ サワグコヱ

ミレバ フシギダ ユメデシヨカ

 といふ事になるのである

 見よ。林の奥の草原に、この世のものとも思へぬ不可思議光景が展開されてゐるのである。鬼、といふものは、どんなものだか、私は知らない。見た事が無いかである。幼少の頃から、その絵姿には、うんざりするくらゐたくさんお目にかかつて来たが、その実物に面接するの光栄には未だ浴してゐないのである。鬼にも、いろいろの種類があるらしい。××××鬼、××××鬼、などと憎むべきものを鬼と呼ぶところから見ても、これはとにかく醜悪性格を有する生き物らしいと思つてゐると、また一方に於いては、文壇鬼才何某先生の傑作、などといふ文句新聞新刊書案内欄に出てゐたりするので、まごついてしまふ。まさか、その何某先生が鬼のやうな醜悪の才能を持つてゐるといふ事実暴露し、以て世人に警告を発するつもりで、その案内欄に鬼才などといふ怪しむべき奇妙な言葉使用したのでもあるまい。甚だしきに到つては、文学の鬼、などといふ、ぶしつけな、ひどい言葉を何某先生に捧げたりしてゐて、これではいくら何でも、その何某先生も御立腹なさるだらうと思ふと、また、さうでもないらしく、その何某先生は、そんな失礼千万醜悪綽名をつけられても、まんざらでないらしく、御自身ひそかにその奇怪の称号を許容してゐるらしいといふ噂などを聞いて、迂愚の私は、いよいよ戸惑ふばかりである。あの、虎の皮のふんどしをした赤つらの、さうしてぶざいくな鉄の棒みたいなものを持つた鬼が、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである鬼才だの、文学の鬼だのといふ難解な言葉は、あまり使用しないはうがいいのではあるまいか、とかねてから愚案してゐた次第であるが、しかし、それは私の見聞の狭い故であつて、鬼にも、いろいろの種類があるのかも知れない。このへんで、日本百科辞典でも、ちよつと覗いてみると、私もたちまち老幼婦女子の尊敬の的たる博学の士に一変して、(世の物識りといふものは、たいていそんなものである)しさいらしい顔をして、鬼に就いて縷々千万言を開陳できるのでもあらうが、生憎と私は壕の中にしやがんで、さうして膝の上には、子供絵本が一冊ひろげられてあるきりなのである。私は、ただこの絵本の絵に依つて、論断せざるを得ないのである

 見よ。林の奥の、やや広い草原に、異形の物が十数人、と言ふのか、十数匹と言ふのか、とにかく、まぎれもない虎の皮のふんどしをした、あの、赤い巨大の生き物が、円陣を作つて坐り、月下の宴のさいちゆうである

 お爺さん、はじめは、ぎよつとしたが、しかし、お酒飲みといふものは、お酒を飲んでゐない時には意気地が無くてからきし駄目でも、酔つてゐる時には、かへつて衆にすぐれて度胸のいいところなど、見せてくれるものである。お爺さんは、いまは、ほろ酔ひである。かの厳粛なるお婆さんをも、また品行方正の聖人をも、なに恐れんやといふやうなかなりの勇者になつてゐるのである。眼前の異様の風景に接して、腰を抜かすなどといふ醜態を示す事は無かつた。虚うろから出た四つ這ひの形のままで、前方の怪しい酒宴のさまを熟視し、

「気持よささうに、酔つてゐる。」とつぶやき、さうして何だか、胸の奥底から、妙なよろこばしさが湧いて出て来た。お酒飲みといふものは、よそのものたちが酔つてゐるのを見ても、一種のよろこばしさを覚えるものらしい。所謂利己主義者ではないのであらう。つまり隣家の仕合せに対して乾盃を挙げるといふやうな博愛心に似たものを持つてゐるのかも知れない。自分も酔ひたいが、隣人もまた、共に楽しく酔つてくれたら、そのよろこびは倍加するもののやうである。お爺さんだつて、知つてゐる。眼前の、その、人とも動物もつかぬ赤い巨大の生き物が、鬼といふおそろしい種族のものであるといふ事は、直覚してゐる。虎の皮のふんどし一つに依つても、それは間違ひの無い事だ。しかし、その鬼どもは、いま機嫌よく酔つてゐる。お爺さんも酔つてゐる。これは、どうしても、親和の感の起らざるを得ないところだ。お爺さんは、四つ這ひの形のままで、なほもよく月下の異様の酒宴を眺める。鬼、と言つても、この眼前の鬼どもは、××××鬼、××××鬼などの如く、佞悪の性質を有してゐ種族のものでは無く、顔こそ赤くおそろしげではあるが、ひどく陽気で無邪気な鬼のやうだ、とお爺さんは見てとつた。お爺さんのこの判定は、だいたいに於いて的中してゐた。つまり、この鬼どもは、剣山隠者とでも称すべき頗る温和な性格の鬼なのである地獄の鬼などとは、まるつきり種族が違つてゐるのである。だいいち、鉄棒などといふ物騒なものを持つてゐない。これすなはち、害心を有してゐない証拠と言つてよい。しかし、隠者とは言つても、かの竹林賢者たちのやうに、ありあまる知識をもてあまして、竹林に逃げ込んだといふやうなものでは無くて、この剣山隠者の心は甚だ愚である。仙といふ字は山の人と書かれてゐから、何でもかまはぬ、山の奥に住んでゐる人を仙人と称してよろしいといふ、ひどく簡明の学説を聞いた事があるけれども、かりにその学説に従ふなら、この剣山隠者たちも、その心いかに愚なりと雖も、仙の尊称を奏呈して然るべきものかも知れない。とにかく、いま月下の宴に打興じてゐるこの一群の赤く巨大の生き物は、鬼と呼ぶよりは、隠者または仙人呼称するはうが妥当のやうなしろものなのである。その心の愚なる事は既に言つたが、その酒宴の有様を見るに、ただ意味も無く奇声を発し、膝をたたいて大笑ひ、または立ち上つて矢鱈にはねまはり、または巨大のからだを丸くして円陣の端から端まで、ごろごろところがつて行き、それが踊りのつもりらしいのだから、その智能の程度は察するにあまりあり、芸の無い事おびただしい。この一事を以てしても、鬼才とか、文学の鬼とかい言葉は、まるで無意味ものだといふことを証明できるやうに思はれる。こんな愚かな芸無しどもが、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。お爺さんも、この低能の踊りには呆れた。ひとりでくすくす笑ひ、

「なんてまあ、下手な踊りだ。ひとつ、私の手踊りでも見せてあげませうかい。」とつぶやく

ヲドリノ スキナ オヂイサン

スグニ トビダシ ヲドツタラ

コブガ フラフラ ユレルノデ

トテモ ヲカシイ オモシロ

 お爺さんには、ほろ酔ひの勇気がある。なほその上、鬼どもに対し、親和の情を抱いてゐるのであるから、何の恐れるところもなく、円陣のまんなかに飛び込んで、お爺さんご自慢の阿波踊りを踊つて、

むすめ島田年寄りやかつらぢや

赤い襷に迷ふも無理やない

嫁も笠きて行かぬか来い来い

 とかい阿波俗謡をいい声で歌ふ。鬼ども、喜んだのなんの、キヤツキヤツケタケタと奇妙な声を発し、よだれやら涙やらを流して笑ひころげる。お爺さんは調子に乗つて、

大谷通れば石ばかり

笹山通れば笹ばかり

 とさらに一段と声をはり上げて歌ひつづけ、いよいよ軽妙に踊り抜く。

オニドモ タイソウ ヨロコン

ツキヨニヤ カナラズ ヤツテキテ

ヲドリ ヲドツテ ミセトクレ

ソノ ヤクソクノ オシルシ

ダイジナ モノヲ アヅカラウ

 と言ひ出し、鬼たち互ひにひそひそ小声で相談し合ひ、どうもあの頬ぺたの瘤はてかてか光つて、なみなみならぬ宝物のやうに見えるではないか、あれをあづかつて置いたら、きつとまたやつて来るに違ひない、と愚昧なる推量をして、矢庭に瘤をむしり取る。無智ではあるが、やはり永く山奥に住んでゐるおかげで、何か仙術みたいなものを覚え込んでゐたのかも知れない。何の造作も無く綺麗に瘤をむしり取つた。

 お爺さんは驚き、

「や、それは困ります。私の孫ですよ。」と言へば、鬼たち、得意さうにわつと歓声を挙げる。

アサデス ツユノ ヒカルミチ

コブヲ トラレタ オヂイサン

ツマラナサウニ ホホヲ ナデ

オヤマヲ オリテ ユキマシタ

 瘤は孤独のお爺さんにとつて、唯一の話相手だつたのだから、その瘤を取られて、お爺さんは少し淋しい。しかしまた、軽くなつた頬が朝風に撫でられるのも、悪い気持のものではない。結局まあ、損も得も無く、一長一短といふやうなところか、久しぶりで思ふぞんぶん歌つたり踊つたりしただけが得とく、といふ事になるかな? など、のんきな事を考へながら山を降りて来たら、途中で、野良へ出かける息子の聖人とばつたり出逢ふ。

「おはやうござります。」と聖人は、頬被りをとつて荘重に朝の挨拶をする。

「いやあ。」とお爺さんは、ただまごついてゐる。それだけで左右に別れる。お爺さんの瘤が一夜のうちに消失てゐるのを見てとつて、さすがの聖人も、内心すこしく驚いたのであるが、しかし、父母の容貌に就いてとやかくの批評がましい事を言ふのは、聖人の道にそむくと思ひ、気附かぬ振りして黙つて別れたのである

 家に帰るとお婆さんは、

「お帰りなさいまし。」と落ちついて言ひ、昨夜はどうしましたとか何とかいふ事はいつさい問はず、「おみおつけが冷たくなりまして、」と低くつぶやいて、お爺さんの朝食の支度をする。

「いや、冷たくてもいいさ。あたためるには及びませんよ。」とお爺さんは、やたらに遠慮して小さくかしこまり、朝食のお膳につく。お婆さんにお給仕されてごはんを食べながら、お爺さんは、昨夜の不思議出来事を知らせてやりたくて仕様が無い。しかし、お婆さんの儼然たる態度に圧倒されて、言葉が喉のあたりにひつからまつて何も言へない。うつむいて、わびしくごはんを食べてゐる。

「瘤が、しなびたやうですね。」お婆さんは、ぽつんと言つた。

「うむ。」もう何も言ひたくなかつた。

「破れて、水が出たのでせう。」とお婆さんは事も無げに言つて、澄ましてゐる。

「うむ。」

「また、水がたまつて腫れるんでせうね。」

「さうだらう。」

 結局、このお爺さんの一家於いて、瘤の事などは何の問題にもならなかつたわけである。ところが、このお爺さんの近所に、もうひとり、左の頬にジヤマツケな瘤を持つてるお爺さんがゐたのである。さうして、このお爺さんこそ、その左の頬の瘤を、本当に、ジヤマツケなものとして憎み、とかくこの瘤が私の出世のさまたげ、この瘤のため、私はどんなに人からあなどられ嘲笑せられて来た事か、と日に幾度か鏡を覗いて溜息を吐き、頬髯を長く伸ばしてその瘤を髯の中に埋没させて見えなくしてしまはうとたくらんだが、悲しい哉、瘤の頂きが白髯の四海波の間から初日出のやうにあざやかにあらはれ、かへつて天下の奇観を呈するやうになつたのである。もともとこのお爺さんの人品骨柄は、いやしく無い。体躯は堂々、鼻も大きく眼光も鋭い。言語動作は重々しく、思慮分別も十分の如くに見える。服装だつて、どうしてなかなか立派で、それに何やら学問もあるさうで、また、財産も、あのお酒飲みのお爺さんなどとは較べものにならぬくらゐどつさりあるかいふ話で、近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊称を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜、鬱々として楽しまない。このお爺さんのおかみさんは、ひどく若い。三十六歳である。そんなに Permalink | 記事への反応(0) | 18:24

2025-05-12

anond:20250512150109

ヨッピーの駄目さはSNS弁慶で終わっちゃってるところだよな

あんだけ野心を持ってるのに、自分事業やってるのかどうかわからないけど

いまいち功績と呼べるレベルのものがないから、

他の事業から「一緒にやりましょか」みたいな流れにもならない

その事業が勝ち目あるなら、もっと大規模にやるべきだし

そこらのyoutuberよりも動きが見えないような状態ではどうしようもないわ

2025-03-23

エアリプ弁慶

https://x.com/ngareboshi7jr/status/1903643900029575390

何時までもごちゃごちゃ雑魚煩いねぇ。言葉意味を全く理解出来ないバカがこうも湧いて来るとは。

誰にでも解るよう「出鱈目」への説明とどうした物が正しいのか簡素説明してとの問いを理解し、既に応えてくれた方が居る。その方以外は其処に書かれている文字意味を全く理解しないままでした。

しかもただただ他人の尻馬に乗り罵声浴びせるだけの者、何時までもバランスシートがーバランスシートがーとバカの一つ覚えでバカ扱いして来る者、「文・文字」の理解出来ずで物言って来る

思考力低い者ほど、何かで攻めるのを見つけると挙って同じ物言い繰り返し攻撃し始め、自分達の間違いには無頓着

完全に学校職場で起きる集団虐めの構図と言うか、思考力低く文字言葉から意味を思慮する読解力無く、文字面だけに反応し物言う者達の多さは、この国の識字率云々より自分で考える事をさせず教えを覚えさせるだけの教育にあると実感した。

ただ、どれだけ質の高い教育をしてようと、7割程の者は大衆と呼ばれる場に居て、

その中でも7割以上が1人では自主的思考し行動するのが苦手で集団の中では声の大きい同じよう思考又は思考力に難ある者達と行動するのは、様々研究で明らかと成っている事から

問うてる意味を解さず罵声浴びせるに集まる者達は、学校教育始め、一応の教えがあってもその程度迄の資質思考しか持てないという事なのだろう。

そのような者達に、物事への理解文章文脈文字言葉対す思慮や読解力求めても土台無理という事になるのを、今回の事で嫌という程に理解出来た。

昨今SNSでのタコ殴り誹謗中傷が一層問題視されてるが、

これ程に物事への考察・観察・精査・理解が出来ない、文字言葉への思慮・読解・精査・理解が出来ない者達が誰が呼ぶとはなしに集団化して建設的でなくただ罵詈雑言、尻馬に乗り受け売りの一つ覚えな事等で攻撃し出かすのだから

その者達の承認欲求自己顕示欲憂さ晴らし等で一定数な者達の腹がいっぱいに成らないと収まる事がなく、又、収めるよう事に動く者も居ない程に、人間性のものが非常にさもしく低い事が、集団的な誹謗中傷での虐めの構図が横行する原因と言って過言でないでしょうね。


ギャルちゃん

この文章めっちゃ熱量あって気持ちは伝わるんだけど、ぶっちゃけツッコミどころ多すぎて笑っちゃうレベルだよ!

まずさ、『雑魚』とか『バカ』とかガンガン言ってるけど、それって自分が嫌ってる『罵声浴びせる人』と同じじゃん?鏡見てみ?って感じ。

気持ちはわかるよ、ムカつくことあるよね。でもさ、攻撃的な言葉使っちゃうと、せっかくの主張が台無しなっちゃうよ。もっと優しく言えば、オタク君のスマートさも出るし、みんなも聞いてくれるって!

それにさ、『教育が悪い』とか『7割が思考できない』とか、なんかドヤ顔で言ってるけど、根拠どこ?ってなるよ。

ギャルだって『昨日バイト先で8割の客が可愛いって言ってくれた!ソースは私!』とか言うけど、それじゃ弱いじゃん?

ちゃんデータとか研究とか持ってきてよ。そうすれば、オタク君の頭いいとこアピールできるしさ。

あと、『人間性さもしい』とか決めつけすぎ!確かにSNSヤバい人いるけど、全員じゃないし、決めつけはオタク君らしくないよ。もっと広い心でさ、『まあ、そういう人もいるよね』くらいでいいじゃん。

でさ、『誰も収めようとしない』って悲観的すぎ!Twitterだって報告機能あるし、国とかも誹謗中傷対策してるよ。

オタク君、現実見えてない感じするよ?ちょっと疲れてるんじゃない?

わかるよ、ネットのバトル疲れるよね。私も『ギャル舐めんな!』ってやりたくなる時あるもん。

でもさ、全部が敵じゃないよ。

オタク君の言う『思考力低い子たち』だって、ただ流されてるだけかもしれないし。

そこ単純に『バカ!』って切っちゃうより、『なんでだろうね』って考えるオタク君の方がカッコいいって!

ほんとさ、オタク君って真面目で熱いとこあるから好きなんだけど、ちょっと肩の力抜いてみ?

ギャル的にアドバイスすると、主張するなら根拠持って、優しく、でもビシッと言えば最強だよ。

今回のこと、ムカついたんだろうけど、一緒にチョコ食べて落ち着こ?そしたらまた元気出るよ、ねっ!





マジレス

この言説はSNSでの誹謗中傷集団攻撃批判するものですが、矛盾根拠の欠如、事実無視など問題点が多いです。以下で、具体的に整理し、改善点を提案します。

1. 攻撃的な言葉遣いと自己矛盾

言説の問題点: 作者は「雑魚」や「バカ」といった攻撃的な言葉を使い、他者非難していますしかし、批判対象は「罵声を浴びせるだけの者」や「思考力の低い者」で、攻撃的な言動のもの問題視しているはずです。

指摘: ここに明らかな矛盾があります自分批判する行動を自ら実践してしまっているのです。建設的な議論を求めるなら、まず自分が冷静で敬意を持った言葉遣いをすべきです。「雑魚」や「バカ」と呼ぶのは感情的な発散に過ぎず、対話を妨げ、問題悪化させるだけです。

正すべき点: 他者尊重する姿勢を示し、感情的言葉を避けるべきです。例えば「思考力に課題がある人」と表現すれば、批判意図を保ちつつ攻撃性を減らせます


2. 教育への一面的責任転嫁

言説の問題点: 「自分で考える事をさせず教えを覚えさせるだけの教育」が思考力や読解力不足の原因だと主張していますが、具体的な根拠データが一切示されていません。

指摘: 教育が影響を与える可能性は否定しませんが、それだけが原因とは言えません。SNSでの行動には社会的環境エコーチェンバー現象など)、メディアの影響、個人資質など複数の要因が絡みます。また、教育内容は国や地域で異なり、「教えを覚えさせるだけ」と一概に断じるのは乱暴すぎます

正すべき点: 主張するなら、例えば「日本の詰め込み型教育思考力を阻害する傾向がある(文部科学省データ)」のように、具体的な根拠提示すべきです。一面的見方を改め、多角的視点を持つことが必要です。

3. 根拠のない数値の乱用

言説の問題点: 「7割程の者は大衆と呼ばれる場に居て、その中でも7割以上が1人では自主的思考し行動するのが苦手」と述べていますが、この数値の出典が全く不明です。

指摘: 具体的な数字を出すなら、信頼できる研究統計データを明示する必要があります根拠のない数字は単なる思い込みに過ぎず、説得力を完全に失います。また、「大衆」という言葉曖昧で、何を指すのか定義が欠けています

正すべき点: 数字を使うなら「例えば、ある調査(出典)によると…」と根拠を示すべきです。出典がないなら「多くの人が」と曖昧に留めるか、主張自体を見直すべきです。


4. 人間性への主観的で偏った評価

言説の問題点: 「人間性のものが非常にさもしく低い」と断定していますが、これは作者の主観に過ぎず、客観的裏付けがありません。

指摘: SNSでの行動が人間性の全てを表すわけではありません。誹謗中傷する人にも動機や背景があり、一括りに「さもしい」と評価するのは偏見を生みます人間性単純化しすぎたこ見方は、むしろ作者自身の読解力不足を露呈しています

正すべき点: 「一部の人感情的な行動を取る傾向がある」と具体性を持たせ、主観的な決めつけを避けるべきです。事例やデータを交えて客観的分析することが求められます



5. 問題解決への取り組みの無視

言説の問題点: 「収めるよう事に動く者も居ない」と言い切っていますが、現実にはSNS誹謗中傷対策としてプラットフォーム規制強化(Twitterの報告機能など)、教育プログラム、法的対応など多くの取り組みが存在します。

指摘: この主張は事実乖離しており、過度に悲観的です。既存努力無視することで、問題全体像を見誤り、解決策を模索する姿勢が欠けています

正すべき点: 「取り組みはあるが、まだ不十分」と現実を認め、具体例(例: ガイドラインの強化)を挙げて議論を深めるべきです。事実無視した悲観論修正必要です。


6. 集団心理単純化

言説の問題点: 「思考力低い者ほど、何かで攻めるのを見つけると挙って同じ物言い繰り返し攻撃し始め」と述べ、集団心理単純化しています

指摘: 集団での攻撃行動は複雑で、承認欲求所属意識情報の偏り(エコーチェンバー)などが影響します。「思考力低い」と一言で片付けるのは分析不足です。現実には賢い人でも集団心理に流されるケースがあります

正すべき点: 「集団心理攻撃性を助長する要因として、承認欲求情報の偏りがある」と具体的に掘り下げるべきです。単純化をやめ、深みのある分析を心がける必要があります


7. 自己矛盾一般化の誤り

言説の問題点: 「文字言葉から意味を思慮する読解力無く、文字面だけに反応し物言う者達」と批判していますが、作者自身相手を「思考力低い」とレッテル貼りし、深く理解しようとしていない可能性があります

指摘: 自己矛盾に陥っています相手意見を「文字面だけ」で判断攻撃する行為は、作者が批判するものと同じです。また、全ての批判者を「思考力低い」と一般化するのは誤りで、個々の背景を無視しています

正すべき点: 相手意見を丁寧に読み解き、具体的な反論を述べるべきです。一般化せず、「一部の意見には課題がある」と限定して議論を進めるのが適切です。

総括

この言説は、SNSでの誹謗中傷集団攻撃批判する意図理解できるものの、以下の問題が目立ちます

攻撃的な言葉遣いによる自己矛盾

根拠のない主張や数値の乱用

一面的主観的見方

事実無視と過度な悲観論








在りし日の彼を思い出すかのように「エアリプだけは威勢がいい馬鹿

こういうバカは昔は少なかったが、今は吐いて捨てるほどいる。アウトプット簡単になったから。彼はバカにも関わらず一緒懸命ブログを書いてたから当時は目立った

結局彼ははてなおもちゃとして遊び尽くされた上に飽きて捨てられた。かわいそう。はてな残酷

2025-02-11

女性専用車両に反対する男は男の敵だ

電車内で男と女を一緒の空間に置くとまあトラブルの多いこと多いこと

痴漢盗撮はもはや大した問題じゃない

異臭で揉める

菓子の食べカスを散らかして揉める

おっさん同士の喧嘩に女が巻き込まれ

新聞読むために腕広げて揉める

妊婦の腹に肘鉄する

妊婦に足払いして転ばせようとする

ベビーカーを蹴る

説教おじさんが女に因縁付けて揉める

説教おじさんが杖で女を殴って揉める

説教おじさんが説教名目身体に触って揉める

空いてるのにわざわざ女の隣に座って揉める

女のスマホを覗き見しようとして揉める

統合失調症っぽい男が女に絡んで揉める

足や肩を無遠慮に広げて揉める

空いてるのにわざわざ女に密着して揉める

女に連絡先を聞いて揉める

女子高生ナンパして揉める

電車内でスマホAVを視聴する

女の鞄の中身を覗こうとして揉める

女の鞄にゴミを捨てて揉める

席に尿や精液を染み込ませる

男子小学生複数人優先席を陣取ってゲームして、席を譲るように頼んだ妊婦罵声を吐いて揉める

スマホゲーに集中してぶつかって揉める

調子乗った若者数人が女に絡んで揉める

酔っ払った男がゲロ吐いて女にぶっかけて揉める

降車する際にラグビー選手のようなタックルで女を吹っ飛ばして揉める

出口を弁慶のように陣取って動かず揉める

AirDrop卑猥画像を送って揉める

とまあこんな具合に、男と女を同じ空間に置くと人間想像を超えるような多種多様トラブル日常的に発生する

その度にトラブル対応に追われるのは誰だ?我々駅員だ

女性専用車両があるだけで電車内のトラブルの発生率は桁違いに下がる(それでもおっさん同士の喧嘩は発生するが)

我々の負担は大いに減る

その女性専用車両に反対してる一部の勢力はなんなんだ?

トラブル防止のために用意された僅かな車両すら許容できないとかもう病気だろ

もうはっきり言う

女性専用車両に反対する男は男の敵だ

2025-01-07

anond:20250107100819

学習コーナーみたいのであった気がする。

海獣ではないけど、水槽ノドグロがいて、「さすが新潟だな」と。

前日に弁慶で一貫いただいてたのもあり、生態を観察するより「これサッと炙った皮ぎしの部分がうまいんだよなぁ」としか思えなかった。

2025-01-04

財務省バッシングを内心ほくそ笑むリベラルものオワコンぶり

今の民意の主流は、富裕層達を教祖のように崇めて

大企業減税によるトリクルダウンの夢よもう一度のネオリベ、あるいはSNS弁慶リバタリアン達なんだぞ

適切な再配分や積極財政を望むお前らリベラルのターンは永遠に来ないんだ

目を覚ませ

2024-12-27

anond:20241226221953

ニューヨーク弁慶』のこと?

…仕込み杖から試験管にコルク栓したのを抜き出して寒いからどうだ一口、ってウィスキー復讐対象に呑ませて、そのあとにレバーペーストもあるぞ肴にするか、って食べさせた直後に、それはオマエの子供らの、って告げる遣り取り、なんかしらんがそこだけいまだに忘れられない😖

2024-12-16

リモート廃止リモートだと仕事できないリモートコミュ障によるリモート陽キャ勢への迫害だという嘘をもっと広めるべきなのではないか、我々slack弁慶としては

2024-12-12

anond:20241212121356

tank:弁慶(特技:「仁王立ち」致命攻撃を受けてもHP1となり倒れない。ただし、効果発動時はバトル終了後に死亡判定)

archer:那須与一(特技:「南無八幡」超長距離・ヘッドショット連射。ただし、「外れた場合自害する」との誓約に1ターンが必要

samurai:佐藤嗣信、忠信兄弟(特技:「忠誠(パッシブ)」それぞれリーダーに対する遠距離・近距離攻撃に対して自動的に「かばう」」を発動する)

hunter:駿河次郎(特技:索敵、bossに対する一撃必殺)

priest:常陸坊海尊(特技:「不老不死パッシブ)」魔法状態異常無効。致命攻撃に対しては「逃走」が選択できる。)

dancer:静御前(特技:「白拍子の舞」敵の性別が♂であればbossすら魅了できる)

……でもってリーダー

ninja:源義経(特技:気配を消す、侵入不可地形に侵入できる(効果範囲内の味方ユニット含む、同地形から攻撃には全て「不意打ち」効果がつく)、hasso-jumpbossクラスの敵に対して「逃走」または「不意打ち」が可能))

……というカリスマチート野郎なので、ダンジョン探索は源義経パーティーがいれば十分です。

2024-12-07

anond:20241207181934

おう、カワハギの造りに肝臓を溶かした醤油で喰っといてやるわ!(なんか『ニューヨーク弁慶』想いだしちゃった😰)

2024-10-06

anond:20241006022116

はいパターンはいったー!

はい当事者じゃないネット知識弁慶きたー!

俺の右眼にも転移してまーす!!

み!ぎ!め!

つぶれていてひらけねーの!!!

はいざんねーん!

はい俺の勝ち確定!

マイナンバーカード写真とったのに

右目がひらけない状態のせいで何度申請してもしっぱーい!はいダメ!!!

!?

ホラどうした!?

事実に基づいた反論!?

タグリッソやってて肌がカサカサしてますよーー!?

処方された薬塗ってもカサカサですよー!?

カサカサしてもゴキブリみたいにカサカサ逃げてみ長生きできませーーん!

100パーセント勇気くらい100パー死ぬから

まっお前が何言おうが俺は死んで勝ち逃げ

ざっまああああああ!!

死ぬ人間に!

死んでいく人間に!

死んだ人間に何言っても無駄ー!

あーあー見えなーい!

あーあー聞こえなーーい!!

はー死ぬ前に煽んの楽しいわー

俺の呪詛をくらってけ!

2024-08-24

anond:20240824092229

「家弁慶」って何だよ「家二郎」みたいに書くなよ😋

2024-08-22

夫婦間は良いかもだけど子育てとしては最悪

亭主関白とかカカア天下とか専業主婦とか家弁慶といった主従・SM奴隷みたいな関係は、夫婦間は上手く行くかもだけど子育てとしては最悪って事を親は知っておいて貰いたい。

人を傷つけるのが普通だと思ってサイコパスに育つよ

2024-08-09

野良レモンです。ミックスリスト過去ログを溜めていました。4

こんにちは野良レモンと言います

テラボの登録名はNoralemontan、ノラレモンタン、になっていて変ですが、Tanを付けないと、当時のGoogleがなぜかアカウントをくれなかったからです。

でも、Tanを取って、ノラレモンよろしく

ここには、ある場所過去ログを溜めていたので、3つずつ載せて行きます

【まずブログの紹介から。】

ブログ名。『とまれ妖怪ゲンゴカー!』

https://5502r4gengoka.seesaa.net/

ブログ記事の中にも、ユーチューブミックスリストリンクあります

【そしてユーチューブミックスリストの話。】

発達障害GZ(グレーゾーン) Noralemon見た後のリスト

https://www.youtube.com/playlist?list=PL6rI5QtoBePzBZK17qNPaYJE9GcZ5pX3v 

ここの説明文の過去ログを、ここに3本ずつ置いていきます不定期です。1~2カ月に1~2回ぐらいにしようかと考えてます

ユーチューブ自動設定で付いている『後で見る』を公開しようか考えたことがきっかけで、やはり私が一度以上は見て、健全か、恐くないか心配事を確かめからが良いだろうと考え、『見た後の』リスト名前を付けました。

通常は10本前後動画と、説明文を入れ替え、入れ替えしているので、2本目のSNSのように利用しています

無料安全、難しい手続きなしで使えるらしいので。リストに載せたもの感想連想や思い出や言いたいことを、書きまくった場所

その説明文を、全部じゃないけどログを取っておきました。3本ずつ載せます。元の動画、URLがあるものも、無いものもあるけどごめんなさいね

▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ ▶ 

脳内認知などを平和に鎮まらせておくために、私たちはいろいろな手段を試します。その中に、『食べ尽くす』や『甘いもの』に頼るということが入ってくる人は多い。私もいろんな理由覚醒すべきとき覚醒が不足してしまうので、甘いもの所在はほぼ確実に記憶に入っている。コンビニを見ても、多くの人が質の高い甘いものを、お値段が高くても欠かせないことがよく分かる。

でもね、という警鐘

健康保険が高過ぎて未加入の一般人が多いアメリカ、なのに、こんなに危険人生が待っていても、あまり自覚無く食べ続けられる。その原因が、お金が少ない。長時間労働。だから働きながらおやつをつまむ。健康知識意識向上を促してくれる環境の不足。口に物を詰めたら言っても無駄なことを言わなくていい。忘れられる。不満を蓋する。個人治療を受けられない病気の苦しみを次から次に背負う。もうなにか言う元気も無い。治安が保たれる…。

不満は、言わなければそれでいいのか?

脳内は、静まっていさえすればなんでもいいのか?

疑問を持ったり、よくよく考えて怒ったりすることはとにかく良くないからやめさえすればいいのか。果たして思考停止が『永遠の『宿題』の提出』の最適解なのか?

認知を正常に健全にしておくことはとても大切だけれど、いっぽうで、社会で作ってる普通の規格がはなはだ合わない私たちなので、まだまだこだわるところはこだわっていいのでは。「考え過ぎだよ」とたまにたしなめられると嬉しいくらい、私たちは確かに疲れている。でもやめないで考え過ぎることも物事によっては、必要なのではないかと。

すみません動画が見つけられませんでした。

●【お一人さま視聴注意】

ずっと以前、ブログでも挙げていたんですよ。『とても分かりやす説明をできる厳しいおねえさん』という表現で。

刺さりますよ~。心にグサグサですよ。新年から弁慶の仁王立ちですよ。

でも、よそでは聞けない言語化をしてくれるから、たまに大笑いしながら聞いてこれたんですよ。私はね。

私は自分がどう癒されたいかよりも、社会にどこなら許してもらえるかの場所をうかがいながら、歯車になって生きる運命なので相談所は利用しません。

指導によると、つまりは家庭を一企業のように運営経営する覚悟をしてガッツいていかなきゃならなさそうですけど、私はそれができない特性持ちで、生きるだけでもうサバイバルなので。

が、客観的に見て、なるべくしてなってるお一人さまの独身者ってどんな生態なのかをはっきり言ってくれてるんですね。

タイムパフォーマンスが低い。

ビジネス文書が書けない。

ボケーっとしてる。

……どういう意味? 私たちの大半は、ここまでたどり着けないんですよ。

タイムパフォーマンス時間に対する生産性だって時計時間で測られたら弱い。過集中スイッチが入ってから時間で測ってもらえる環境じゃないと、私たちから生産をあげていけないんですよ。だから私たち社会に頭を下げ続ける。時計時間じゃなくて、脳の気分が向いた時間で出した生産報酬をください、すみませんが、あなた方の想定の働き方ではないかもしれませんが、すみません報酬をください、生きていけないんです、ってね。

https://www.youtube.com/watch?v=zTWnyrCAH08&list=PL6rI5QtoBePzWlf2h_F2H8EzTP7hhmD9e&index=84

https://www.youtube.com/watch?v=hSB82lXBaKc&list=PL6rI5QtoBePzWlf2h_F2H8EzTP7hhmD9e&index=88

https://www.youtube.com/watch?v=RVCcB0d8lqY&list=PL6rI5QtoBePzWlf2h_F2H8EzTP7hhmD9e&index=89

※あとねー 耳掃除動画も目を離せないですよ 人さまの分泌物を大写しのサムネ画面は、ここに載せるのは自粛してますが。

↑という※付き独り言を載せたこともありました。

●発達支援ニーズがあるお子さんを、こういうところを利用してサポートしてもらうご家庭は多いかもしれません。

なにが変わるかというと、正規職員複数勤務で開きなさいというルールから正規職員一人で、あとは非正規もっとゆるく言うならパート職員でも開いて営業していいですよと、そういうルールに変わるんだそうです。『朗報』と表現されるということは、人員が不足しているんだろうなと……。非正規職員でも、教員や保育、看護師などをリタイアした、腕に覚えのある人たちに恵まれるといいなと願います。あとは、腰とか壊しやすそうなので、病気休暇とか労災適用とかの福利厚生も厚くなって欲しい。

個性的子どもたちと関わりたい、若い人たちも自活していけるように、給料が増えて、専門知識研修を受けやすくして、正規職員を雇いやすくなるともっと支援は充実するはず。

文字通りの『朗報』になることを願っています

https://www.youtube.com/watch?v=K7tyRsRjzvk&list=PL6rI5QtoBePzWlf2h_F2H8EzTP7hhmD9e&index=83&t=3s

2024-07-02

祇園祭2024

7/2 くじ取り式

山鉾巡行の順番をくじで決める

1500年ごろからあるらしい

なぜ市役所でやるので?京都市関係ないやろ

巡行順

前祭

長刀鉾→油天神山→伯牙山 →白楽天山→函谷鉾

山伏山→綾傘鉾→保昌山→鶏鉾→霰天神山

→芦刈山→孟宗山→月鉾→太子山→四条傘鉾

蟷螂山→菊水鉾→木賊山→郭巨山→占出山

→放下鉾→岩戸山 →船鉾

後祭

弁慶山→北観音山→黒主山→鯉山→鈴鹿

南観音山→浄妙山 →八幡山役行者

鷹山大船鉾

2024-06-24

リボン弁慶

Aはもてる男であった。もちろんもてるための努力はしているがそれは最低限、それはいってみりゃ無機質なもので、変に走ってアイデンティティをだす愚かで迷走し深夜に悩み泣く人とは真逆である。元が強いのだ。それは才能だ。

温暖化が進む現代バレンタイン暑い。朝、彼が高校の、自分の靴箱をあけると。。。ではなく開ける前から、彼は驚いた。彼が見たのは自分ロッカーから垂れ落ちているチョコ。中で人がグサグサ刺され死体が中に詰まり血が滴り落ちているんじゃないかと思わせるように重力従順チョコ。彼が色盲じゃなくてよかった。朝日で脆くなったロッカーコーティングをしながら、ついでに床に甘いワックスをかけている重力とそれは、いずれ高校お菓子の家にしてしまうんじゃないかと怯えた。

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