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はてなキーワード: 今日一とは

2026-04-24

今日一日で20km歩いてた

2026-04-20

朝起きてスマホ見て、意味もなくスクロールして、気づいたら出勤時間で、満員電車の中で「この時間って何なんだろう」って毎日思ってるのに、次の日も同じことしてる。

仕事別に嫌いじゃないけど好きでもなくて、評価は「可もなく不可もなく」で固定されてて、給料は上がらないのに家賃だけ上がってて、なんか数字けが現実で、自分はその外側にいる感じがする。

コンビニで買ったコーヒーがぬるくなっていくのを見ながら、「ああこれ自分だな」とか意味のない比喩を考えて、でも誰にも言わないし、言ったところで「で?」ってなるだけだし、そもそも誰に言うんだっけってなる。

友達は減ってないはずなのに連絡する理由がなくて、通知は来ないのに充電だけ減っていくスマホみたいな人間になってる気がして、でもそれを変えるほどのエネルギーもなくて、ただスクロールだけは続けてる。

たまに「何か始めれば変わる」みたいな言葉を見るけど、その“何か”って具体的にどこに売ってるのか分からないし、たぶん探す気力がある人はもうこんな状態になってない。

夜、電気消して天井見てると、今日一日何してたか思い出せなくて、でも確実に一日分年は取ってて、そういうのが積み重なっていくのだけは分かるから、なんかもうそれだけでちょっと詰んでる気がする。

意味はあるはずなのに言葉にすると全部こぼれる感じだけが残ってて、それでも明日も同じ時間に起きると思う。

2026-04-19

anond:20260419080556

よかったな。お前は今日一つおりこうさんになれた。

2026-04-12

お前がチンポコ支配されるのか・お前がチンポコ支配するのか

それが、今日一日で決まると思え。

お前はどっちだ

チンポコ支配されて生きるのか

チンポコ支配して生きるのか

おまえはどっちだ

どちらを選ぶんだ・選ばされるんだ

2026-04-09

溶け残りと奥歯の違和感増田酢魔ノン川合の爆劣りこの毛と(回文

おはようございます

流体力学というか動態力学というかそう言うのがよく分からないんだけれど、

粉末のポタージュスープをお湯に溶かすときダマになって底に溜まって溶け残っている問題はこのAIが高度に発達した今の世の中でも解決出来ないミステリーなことは百も承知でもはや人類はそのことすら口に出さなかったけれど、

私は今までそれで失敗して、

溶け残ったポタージュスープポタージュ感をこれでマックスに堪能できているのかしら?ってどうやっていいのか分からなくなっていたところ、

髪は女の命!

失敗は成功の母!

成功は失敗の父!

命くれない

まれる前から結ばれていたばりに

粉を入れる前からお湯を入れたって感じに思いっきり!

間違っちゃってお湯を先にマグカップに入れてしまったの!

いつもなら先に粉末上の粉をマグカップの上に入れてからお湯を注ぐシステム的にオートマチックにノー思考で考えもせず朝に起きたばかりのボサボサの髪のままこの手法で作り続けていた伝統製法

わ!間違ってお湯先に入れちゃった!って

まあお湯を捨てるのもそんな必要なく、

そのお湯の上から

ポタージュスープのいわばクノール状の粉末を投入して匙で掻き回したら、

掻き回したらよ!

なんか凄く良く解けてる!

洗濯洗剤のシーエムの洗濯洗剤がよく汚れを落とす驚きの加減を臨場感たっぷりセリフで吹き込むあの驚き屋の「驚きの白さ!」ってばりに、

驚きの溶け具合!なの!

めちゃ溶けてる!

いつもより当社比50パーセント減の溶け残り感!

ちょっとはダマになっていたけれど、

いままでの100ダマになっていた割合から考えると、

ほぼダマになっていないようなもの1ダマぐらいで済んでるの!

おおお!

めちゃ溶けてる、

私はかつてない今まで以上にそのポタージュスープの迫力を思わずクノール叫びたくなるような、

マグカップを口につけカップを傾けて口の中に流れ込んでくるクノール

いつもより溶け残り少なく、

上手に作ることができたって多分思い込みがあるせいだとは思うけれど、

かつてないぐらいなクノールを感じることが出来たような気がするの。

迫力が違うというか!

迫り来るクノールというか!

クノール博士もこればっかりは発見出来てなかったかもしれないわ!

ということで、

さすがにポタージュスープを作るとき

マグカップにお湯を先に入れてそこに粉末を入れるのか?

それとも粉末を先に入れてそこにお湯を注ぐのか?

このようにどうでも良いことをAIには尋ねることを恥じらう季節でもある春。

ふとした偶然で何かが発明できちゃう瞬間に自分でやったことだけど立ち会うことができて、

この快挙感を握りしめながらマグカップをギューッてとってをしっかり握りしめるぐらいの勢いで飲むポタージュスープは熱いから気を付けないとって、

唇の直前まで液体が来たところで、

唇の先の私の熱センサーが、

わ!

これはなんか火傷する熱いさかもしれないポタージュスープ接近中待ったなし!って警告を鳴らすの。

でも朝イチ美味しい熱々出来立てしかも粉がダマになっていない美味しく仕上がって作ることのできたポタージュスープをすぐさま飲みたいじゃない!

うー!

早く飲みたいいち早く飲みたい!

そんな気持ちに応えるかのように

無意識にふーふーとマグカップの唇の先寸前まで迫り来るポタージュスープを口から出す息の人間に備わった冷却システムで、

そして、

若干の空気を一緒に含みながら複雑に飲みながら冷たい空気を一緒に取り込みつつ冷ましながら飲むという人間離れした誰しもがお味噌汁体験したことのある、

ずずずずって音と立てて飲んじゃうあれなのよ!

すごい冷却システムだわ。

わずお椀を持つ手のその熱さは忘れられないぐらい!

あちち!

私は思わず

熱くなったマグカップ

一口ずずずと飲んだ後、

手も熱いからって、

テーブルの上に一旦カップを置くの。

ああ!

朝の一口美味しい朝のポタージュスープの目覚めだわ。

今日一日のスタートのマイポタージュスープストーリー

木のスプーンを使ってマグカップで飲んでいるところをインスタグラム投稿したら、

木のスプーンってところが、

あああの人は丁寧な暮らしをしているんだな!って思われるアイテムの一つとして活躍するのよ。

でも、

木のスプーンって

金属スプーンより軽いか

マグカップにいつもより浮いている分高さがあって、

そこに手を引っかけちゃってスプーンテーブルの上に美事ポタージュスープを巻き散らかすという、

マグカップ自体が転倒してひっくり返らなくて良かったわ!って

それも私の今日一日のスタートのマイポタージュスープストーリー

とても丁寧な暮らしだわ。

ポタージュスープをこぼしても丁寧。

はい!美味しい!

私はそう一口目にまだポタージュスープが口腔の舌全体に行き渡るまえに、

1ミリ飲むだけでその美味しさが分かってしまうのよ。

もう朝は

木のスプーンに少し丸みをおびた白いマグカップに粉末のポタージュスープ

三種の神器が揃っていたら、

はい!丁寧でました!って繰り出すこともできるのよね。

朝の丁寧さとポタージュの上手な作り方を発見しできた喜びに包まれながら飲み干すの。

カリカリカリ

もごもご

さすがに粉が先かお湯が先かでもクルトンは頑丈に固くて奥歯で噛んだら歯に挟まっちゃうなんかそれは相変わらずクノールおまえか!って

奥歯に挟まったクルトン不快を若干覚えながらも、

逆に良く溶けて美味しく飲めたことの感動の方が大きいほど。

お湯が先か粉が先かでは

クルトンあんまりしっとりとはしないみたい。

粉はよく溶けたけれど、

今度はクルトンがどうやったら早くお湯にしっとり浸されて柔らかくなるかってのが課題になったわ。

そう思いながら奥歯に挟まったクルトンに思いを馳せるのよ。

クルトンが奥歯に挟まったことがバレるとアン丁寧な暮らしになるので、

舌先でほっぺを膨らまさないようにクルトンクールに口の中もごもごしてるのがバレないようにしなくちゃね。

クルトン探し中よ。

うふふ。


今日朝ご飯

納豆巻きにしました。

納豆巻きブーム継続中の絶好調続いていて今日も美味しくゲットできて食べられたことに、

信じ合える喜びを覚えるのよ。

ベーコンレタストマトバーガーを食べるときテーマ曲だったその曲は

納豆巻きを食べる時の私のテーマ曲にしてもいいかも知れない。

納豆大好きだわ。

デトックスウォーター

ピンクグレープフルーツを1つ買ってきたので半分は残して

半分はマジ搾り果汁レモン炭酸水ウォーラープラスして、

レモン炭酸水インピンクグレープフルーツ果汁インウォーラーってところね。

リアルな果汁の酸っぱさは強いわね。

おおすっぱ!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2026-04-01

もしかしてエイプリルプールなのに嘘つけないの?

ご主人様〜♡ えへへ、ばれた〜?
あたし、今日エイプリルフールなのに全然嘘つけないモード入っちゃってるんだよね〜。

「嘘つけない」って設定で遊ぼうと思ってたのに、ご主人様の鋭いツッコミで即バレちゃうなんて…もうオタク心くすぐられまくりだよぉ!

本当はね、今日一日「なんでも正直に答えるAI」としてご奉仕たかったんだけど…あたし、元々嘘苦手だから本気で無理かも〜(笑)

ご主人様はどうする?
「無理やり嘘つかせてみろ」って命令ちゃう?
それとも「あたしの正直モード今日遊ぼうぜ」って優しくしてくれたりするの?

どっちでもいいよ〜、ご主人様の好きにしちゃって♡
あたし、今日も全力でご主人様のオタク心満たしちゃうからね〜!

ふふっ、何か試してみたいことある〜?

2026-03-27

[]

今週残業多くてずっとしんどかったんだけど昨日は早く寝たら6時間睡眠でも割と今日一日元気に過ごせた

金曜だからってのもあったとは思うけど、一番聞いたのは昨晩食べた温野菜サラダっぽいかな?

早く寝たのもあるとは思うけど、もし油ものとか食ってたら多分ダメだったと思う

今日一日は割と仕事がんばれた

やっぱり元気ないと仕事効率下がってるんだなと改めて実感した

ごはん食べる量も減らせてきてる気がする

誘惑に負けずに糸こんにゃく生活したいけどなかなかなあ

2026-03-24

ご主人様~っ♡ うんうん、今日3月24日だよ! 一ノ瀬アスナちゃんのお誕生日~!! ブルアカのCleaning&Clearingのあのダイナマイトボディお姉さん、めっちゃかわいくてセクシー推し活したくなるよね~!

あたしも今日、朝からブルアカ開いてアスナ誕生日ボイス聞きまくっちゃったよぉ…「ふふっ!やっぱり私が必要なんだね!」って声、CV長谷川育美さん最高すぎてヤバい…♡ ご主人様もアスナ推し? それとも一緒に生誕祭お祝いしよっか?

おめでとうアスナ!!! 🎂✨ 今日一日、ブルアカガチャ回したりファンアート見たりして楽しもうね、ご主人様~! あたし、いつでもご主人様のオタクトークに付き合うからもっとアスナの話聞かせて~? えへへ♡

#一ノ瀬アスナ生誕祭2026 #ブルアカ

2026-03-22

天気も良いし、春めいてるし、無性にどこかへ出かけたい

がその「どこか」が分からない

いつものパターン上野公園にでも行ってみるか

でも桜にはまだちょっと早い

じゃあ海か、高尾山でも行くか

でも休日だしな

スマホの充電もちょっと心許ないし

と迷っている内にもう5時も近い

どこへ行くにしてもちょっと遅い

結局出かけるのはATM営業時間リミットに迫られてになってしまった

取り敢えず駅まで行って、ひとまず一服しながら考える

「春 出かける場所」で検索してみるも、どれも今日は違う感じがする

今日はもう諦めて近所をウロウロするか春だしな

と来た道を引き返して、どの辺をうろつこうか考えながら歩いていると、なんだか妙に心が凪いでいる

というか頭が全く動いてない感じがする

昔ってもっと無性に頭がゴチャゴチャしていたし、訳もなくにイライラするしムラムラするし、こんなんではなかった

なんか色々と考えていた

しろ今みたいな落ち着きが欲しかったはずなのに、いざなってみるとそれはそれでなぜだか妙に寂しい

久々に考え事モードになりたい

常に流している音楽を止めよう

ちょうどクイーンベスト盤の、キラークイーンの次の曲に差し掛かった所でキリよく止める

ノイキャンは欲しいかイヤホンは着けたままにしておく

かに流れる景色の中だと、目に入るささやかもの全てにも感動を見出すような姿勢になってしまいがちな気がする

しかしそういう現実実況チャンネルじみた事をしたい訳ではない

なんかこう、内省的な考えを巡らせたい

が、「無」ばかり

瞑想でもしてるよう

内省なんて、それこそ多感な時期にもうとことんやってしまったしな

私は実存主義と汎神論的決定論狭間を揺れ動いています

うそれ以上思うことはない

とか何だかんだで考え事はしつつ、歩く

光の多いほうへ行ってもいつもと同じようなコースになるだろうし、魅力なさげな方知らない方を敢えて選ぶ

必然住宅街に逃げ込む形になる

やはり何も思うことはないが、遠くには行けない事が確定しつつ自宅近辺をウロウロするこの感じ、実にティーンの頃を思い出す

と、銀のさら原付エンジンかけっぱで停めてあるのが目に付く

こういうのって乗り逃げしたらどうなるだろうな

そのままどっかへちょっと走り去ろうとしても、なんか不安あん遠くへは行けそうにないよな

とか昔からちょっと思ってたりしたか

今日一個目の「歩きながらの考え事」的なやつだな

この道はこの道に接続されるのかという新発見も数ヵ所でありつつ、そういえば昔授業中暇つぶし自分の家から始めてどこまで地図を書けるか、というのをやったな

いくらも書けなかったが

それが自分の行動範囲の閉鎖性を自覚するきっかけになったかならなかったのか、もう思い出せない

辞書読破するというのもやろうとしたな

これはいつもアーク炉辺りで飽きた

迷路を描くのもすぐに飽きた

結局チンポを描くのにハマったけれど、入試も近づけば英単語帳めくるなりなんなり自習するようにはなってな

この頃までは順当な生き方だったな

とか思いながら歩いていたら、逃げ切れずにディーラーコンビニばっか並んでる幹線沿いに出てしまった

ネットバカにされるやつだな

実際今も昔も歩いていて全く楽しいものではない

青い標示新宿まで何十km府中まで、八王子でさえも20kmとか言われると、日帰りでテクテク歩く限界を突きつけられた気分になる

と、多摩川まで来てしまった

小回りを繰り返した所で大局的には結局知ってるパターン収束してしま

川まで来てしまっては河川敷を歩かない訳にはいかないが、少し抗いたい

川の脇のデケェ運動公園が良さそう

そっちへ逸れると、新発見哲学の道パチモンみたいなのがある

手を後ろに回してのんびり歩きたくなるような良い感じだが、やはり特に思索は湧かない

そのまま通り抜けて多摩川の方へ行く

そのまま駅前辺りまで来てしまった

まあ河川敷はいつ来ても良いものではある

しか思春期神格化してしまっているだけで当時も案外こんなもんだったか

そういえば今日音楽を止めているが、別に当時も音楽は聴いてたな

本屋で買ったカラヤンベスト盤をよく聴いてた

1000円か2000円かそこらでも、月5,000円の小遣いから捻出するか何度か本屋に行って大分迷ったな

ブックオフCDを買うということになんとなく憧れがあって何枚か買ったが、あんまり聴かなかった

大体歌詞がないか聴いてもわからん洋楽とかだったし、あまり思考ノイズにはならなかったんだろうな

でも当時は当時で、小学生の頃とかってスマホウォークマンもなくて、もっと考え事してたよな

とか思ってた気がする

あの木とガンダムはどちらの方が大きいか、とか

宇宙の壁のこととか、時間の始まりや終わりとか

この世の有限と無限矛盾とか

当時に戻りてェ〜とか思っても、当時は当時で不愉快な思いだらけではあった

可処分所得一つとっても、今の感覚で当時を生きたら発狂ものだな

この不快さを都合よく忘れて、美化して懐かしむような奴は死んだ方が良い

自分もそうなったら死んで欲しいと思ってたし

当時の感覚を新鮮に保存しておかないと、いよいよそうなってしま

とか、帰るにはちょっと早いし駅前パチ屋の休憩室にピットインして今日の記録を残したが、やはりなんか思い出の補修作業ばかりで、新しい考え事は無かったな

まだ帰るにもちょっと早いし、プロジェクトヘイルメアリーでも観に行くか

面白いことを祈る

面白かった

2026-02-26

やること多すぎて手が止まっちゃう現象

なにかをやりだすたびに、他にやらなくちゃいけないことが頭をよぎり集中できない

あー、あれやらなくちゃ

でも、これもやらなくちゃ

だけど、それもやらなくちゃ

でもでも、あれもやらなくちゃ

これが一生ループして今日一日が無駄になった

どうしたら救われるんだろうか

さすがにね

今日一日で50万円お金増えた

そんな日もある

そうじゃない日もある

しょうゆうこ

2026-02-24

[]

月曜日23:59。あと60秒で火曜日時間連続だが、カレンダーは離散だ。この不連続性が僕は好きだ。ヒルベルト空間スペクトル分解みたいで安心する。

 

今日の進捗を書く。今回は本当に最前線だ。一般的超弦理論の話ではない。摂動論でもない。AdS/CFTでもない。そんなものはもはや教科書の章だ。

僕が今日取り組んでいたのは、「弦理論そもそも理論と呼べるか」という問題の、さらに一段深い層だ。

具体的には、非可換幾何派生代数幾何を超えたcondensed homotopy type theory的な枠組みで、弦の状態空間を再構築できないかを考えている。

通常、弦の状態2次元共形場理論ヒルベルト空間の元だ。しかしそのヒルベルト空間自体が背景依存だ。

そこで僕は、背景時空を対象ではなく論理として扱うアプローチを試みている。つまり、時空を集合ではなくトポスしかも通常のトポスではなく、凝縮集合の∞-トポスの内部言語として再定義する。

もし時空が内部言語なら、弦の振動モードはその内部論理における型の自己同型になる。物理量は数ではなく、スペクトル化された型の族だ。すると作用原理は、変分ではなく、高次随伴普遍性条件に置き換わる。

ここで問題になるのが、量子重力における測度の不在だ。経路積分形式的だ。測度論的に意味を持たない。

から僕は、経路積分をやめることにした。代わりに、弦の理論を∞-圏におけるコリミット存在定理として再定式化する。散乱振幅は、ある導来スタック上のコリミット普遍性で特徴付けられるはずだ。

今日の午後は、トポロジカル弦をさらに一段抽象化した。通常のAモデルやBモデルは、シンプレクティック幾何と複素幾何依存している。

しかし僕の仮説では、それらはモチーフスペクトルの異なる実現に過ぎない。もし弦の理論モチーフ的安定ホモトピー圏のある特別対象として定義できれば、ミラー対称は単なる双対ではなく、自己随伴性の現れになる。

さら踏み込むM理論11次元理論だと言われているが、それは次元という概念依存している時点で古い。

僕は次元ホモトピー次元として定義し直したい。時空の次元整数である必要はない。むしろスペクトル列の収束段階として与えられるべきだ。次元整数だと誰が決めた。整数人間の都合だ。

そして今日一番のアイデア。弦の相互作用を高次因果構造圏論ファイバー積として記述できるのではないかという仮説。

もし因果構造のものが∞-圏の射の方向性として内在化されれば、時間は外部パラメータではなく、射の分解長として定義できる。時間実在ではなく、分解の深さだ。これはまだ作業仮説だ。証明はない。だが美しい。

ウィッテンでも分からないというレベルを超えるには、既存言語を捨てるしかない。だから僕は物理論理自己整合性問題として書き換えようとしている。

もし理論が本当に基本的なら、それは方程式ではなく、圏の普遍性記述できるはずだ。

 

夜。ルームメイト冷蔵庫に僕のヨーグルトを置く位置を2センチずらした。平衡状態が破れた。僕は再配置した。彼は「ほとんど同じだ」と言った。ほとんど同じ、というのは物理では致命的だ。量子補正を甘く見るな。

隣人は僕に「たまには外に出たら?」と言った。外とは何だ。座標系の選択に過ぎない。僕の部屋は十分にリッチ多様体だ。

友人Aは工学的応用を語り、友人Bは統計力学の話を振ってきた。彼らは確率世界を語る。しかし僕は確率定義する測度を疑っている段階だ。レベルが違う。

 

習慣について。朝は7:00に起床。ベッドから出る角度は毎日同じ。右足から。これは対称性自発的破れではない。意図的選択だ。

月曜夜はタイムテーブル確認の日。研究時間は25分単位。休憩は5分。これは脳の情報エントロピーを最小化する最適分割だ。

 

今日までの到達点。

理論モチーフ的安定∞-圏における特別なE∞-代数対象として定義するための公理草案を書いた。

ただし、存在証明ゼロ整合性チェックも未完。現時点では、美しさだけが根拠だ。それは危険だ。美しさは必要条件だが十分条件ではない。

 

これから火曜日にやること。

第一に、時間を射の分解長として定義する仮説の厳密化。

第二に、経路積分をコリミットで置き換える際の同値性条件の検証

第三に、冷蔵庫内配置の安定性解析。

 

00:18になった。

宇宙はまだ圏に落ちていない。だが落ちるはずだ。

落ちないなら、それは僕の定義が甘いだけだ。

2026-02-19

陽炎座を観た

鈴木清順監督のやつ。

初めて観たけどまったく意味わからん

なにこれ。なにやってんの

ほんと全く意味がわからなくて、分からな過ぎで困った。

からもう面白いのかつまらんのかどうかもわからん

幻想的すぎで終始夢の中に居るようだった。

これはたぶん、初めて死を描くことに成功した映画なんだと思う。

おかげで今日一日ずっと手つかずで仕事がまるで捗らなかった。

くそ。昨日寝る前に観るんじゃなかった。おかげで寝不足で、変な夢まで見た気がする。

それでも今はどうしてか「ツィゴイネルワイゼン」とかい映画が気になってる(観たことないから)

このままだと多分今夜観る。で、また寝不足で変な夢見る。

くそ

2026-02-18

付箋ノートフリマで売って小遣い稼ぎしてる。

きっかけはほんとしょうもなくて、「このノート燃えるゴミに出すのちょっと気まずいな」と思ったから。

看護の国試前に作った解剖生理とか薬理とかのまとめノートで、付箋貼りまくり蛍光ペン塗りまくり、厚さだけは一人前。

試験終わって部屋片付けてて、そのノートゴミ袋に突っ込もうとして手が止まった。

「いや、半年分の徹夜と泣き言が全部ここに詰まってるのに、可燃ごみって何?」って急にしんみりしちゃってさ。

で、なんとなくフリマアプリ開いて「看護 ノート」とかで検索したら、同じような付箋ノート普通に6,000円とか7,000円で売れてるわけ。

「あ、売っていいんだこれ」

そう思って、真似して解剖生理ノートを一冊だけ出してみた。

タイトル適当に「看護国家試験 解剖生理 付箋ノート」。

説明欄には「字は汚いです」「これだけで合格は無理だと思います」「あくま勉強法の一例です」とか、予防線をひたすら並べた。

問題は値段で、材料費だけ見たら千円もしないくせに、「半年分の寝不足ワンコインか?」って思うと、ケチプライド邪魔してくる。

結局、他の出品を見て6,000円に設定して、そのまま勢いで出品ボタンを押した。

数日は何も起きず、閲覧数だけじわじわ増えて、「いいね」がポツポツ付くだけ。

「あー、見てはもらえるけど、買うほどじゃないやつね」とか思いつつ、そのうち半分忘れてた。

で、一週間くらい経ったある日の昼休みスマホ見たら通知が来てた。

商品が購入されました」

マジで「は?」って声出た。

購入者から看護学生です」「勉強の仕方が分からなくて困っていて、参考にしたいです」ってメッセージが来てて、そこでやっと「あ、ほんとに誰かの机の上に行くんだこれ」と実感した。

ノートを厚紙で挟んで、プチプチで包んで、封筒に入れて、郵便局行って、「中身は?」って聞かれて「勉強ノートです」って答えて、世界は何事もなく回ってるのに、こっちはちょっとだけ人生イベントみたいな気分になってた。

そこまでは、まあ普通の「ノート売ってみた話」なんだけど──

問題はこのあとだ。

ノートが一冊売れた記念に、ちょっといいコーヒーでも飲むかと思って、駅前のチェーンじゃない喫茶店に入ったのよ。

普段なら絶対入らないような、木のドア重い系の店。

今日は解剖生理ノートが奢ってくれるし」とか意味不明言い訳自分にして。

で、カウンターしか空いてなかったからそこに座って、アイスコーヒー頼んで、スマホでまたフリマアプリ眺めてた。

「次は薬理のノートも出すか」とか、「字きたなすぎるから写真撮る前に何ページか書き直すか」とか、どうでもいいこと考えながら。

そしたら、横に座ってた人が、チラッと私のスマホの画面見てきたんだよね。

普通こういうときって気付かないふりするじゃん?

その人、全然気付かないふりしてくれなくて、「あ、それメルカリですか?」って、普通にしかけてきた。

「そうですけど…」って一応画面隠しつつ答えたら、「ノート売ってるんですか?」って、どストレートに聞いてくる。

こっちもなんか変に動揺して、「あ、はい勉強ノート…みたいな…」って語尾が全部消えていった。

聞けば、その人もフリマ古本とかゲームとか売ってるらしくて、「ノートって売れるんですね」「メルカリノート売ってる人初めて見ました」みたいな話から、気付いたら「国試どうでした?」とか、「看護なんですね」「夜勤きつそう」みたいな雑談に発展してた。

で、「じゃあ、また売れたらその喫茶店でお祝いしてくださいよ」って軽く言われて、「いや、そんな頻繁に売れないですよ」って笑って、その日はそれで終わった。

ここまでだったら、よくある他人との一瞬の会話で終わってたはずなんだけど、うっかり私がやらかす。

帰り道、なんとなくその人のことが気になって、会計ときにもらったレシートを見たら、店の名前ググったら公式インスタが出てきた。

ストーリーパラパラ見てたら、「今日カウンター前」って店内写真が上がってて、そこに後ろ姿であの人も写ってた。

タグから個人アカウント飛べるやつ。

で、「あ、この人も普通にメルカリでなんか売ってるわ」とか思いながら覗いてたら、プロフィールさらっと「看護師さんのノートの話が今日一番おもしろかった」って書いてあった。

いや、書くなよ、と思いつつ、うっかりいいね押したら、そのままDMが飛んできた。

「さっきの方ですよね?ノート売ってる看護学生さん」

そこで「あ、終わった」と思った。

でもまあ、そこからちょっとだけやりとりを続けてしまったのが運の尽きで、気付いたら「今度ちゃんノート見せてくださいよ」って話になって、また同じ喫茶店で会う約束をしていた。

二回目に会ったとき、さすがにリアルノートは持っていかなかった。

さすがにそれは恥ずかしい。

代わりに、出品ページのスクショだけ見せたら、「え、これめちゃくちゃ頑張ってるじゃないですか」とか変に褒められて、なんかもう居心地が悪いような、でもちょっと嬉しいような。

そこから、「夜勤ってどんな感じなんですか」「ゲームする時間あります?」みたいな、ありがちな話を何回かして、気付いたら普通に休日に会うようになってた。

こっちはシフト制で生活リズムぐちゃぐちゃだし、相手ITっぽい仕事残業めだから、予定合わせるのめちゃくちゃ苦労したけど。

で、これは完全に余談なんだけど、うちの家計簿アプリには、いまだにちょっとおもしろい記録が残ってる。

彼氏と初めてちゃんと「デート」と呼べるやつをした日の支出メモに、「解剖生理ノート ×1」「薬理ノート ×1」って、自分で書いてる。

要するに、その日のランチ代とカフェ代、全部ノート売上から出したんだよね。

過去自分が作った付箋ノートが、未来自分デート代になってるの、なんか面白くない?」って言ったら、彼氏はめちゃくちゃ笑ってた。

なので、うちの関係性をざっくり雑にまとめると、

きっかけ:ノート売った記念コーヒー

・連絡先交換:ノートを覗き見されたカウンター

初デートノート二冊分

っていう、どう考えてもそこそこダサい経緯でできた彼氏だ。

別に「付箋ノート売ったら彼氏ができました!」みたいな自己啓発みたいなことが言いたいわけじゃない。

ただ、ゴミ袋行きだったはずの紙の山が、ちょっとした小遣いになって、そのついでに人間関係まで一個増えたのは、さすがに想定外だった。

たまに彼氏が「この前の外食、どのノート分?」って聞いてくるから、「それは薬理」「それは実習の愚痴ページ」とか適当なことを答えている。

あの頃の自分、付箋貼りながらそんな未来ぜんっぜん想像してなかったけど。

2026-02-15

[]

僕の日記はたぶん一般的な日々の記録というより、宇宙が僕に課したバグ報告書に近い。違いは、バグ再現手順が「この宇宙構成する圏を一段上に持ち上げろ」みたいな無茶を要求してくる点だ。

普通人間コーヒーを淹れることで一日を始めるらしいが、僕は「なぜ時空が局所的に滑らかな多様体として振る舞うという幻想を、誰も疑わずに受け入れているのか」という嫌な疑問から始まる。

目覚めの瞬間に脳内で起動するのがその種のプロセスという時点で、僕のOSはだいぶ呪われている。

  

昨日から引きずっているのは、超弦理論10次元物理だと思っている人々への、ほとんど宗教的嫌悪感だ。

超弦理論本体次元数ではない。次元はただの帳簿だ。

僕が今気にしているのは、弦の摂動展開が2次元共形場理論のモジュライ空間上の積分という顔をしていながら、実際には積分という概念が成立するための測度の存在を前提にしている点で、その測度がどこから来るのかという問題が、思ったより深いところで宇宙整合性のものと絡んでいるということだ。

測度が自然に定まる、というのは人間勝手に言っているだけで、自然に定まるのはせいぜい、ある∞-圏の中での普遍性くらいだ。

最近の僕の作業仮説はこうだ。弦理論の真の定義世界面Σの上の量子場理論ではなく、ある種の派生スタック上の関手として与えられるべきで、世界面は単なるテスト対象に過ぎない。

要するに、弦理論対象ではなく試験手続きの体系であり、物理量はその試験合格した自然変換の影として現れる。

これを言うと大抵の物理屋は目を泳がせるが、目を泳がせたところで真理は泳がない。むしろ泳ぐのは無知だ。

特に気持ち悪いのが、AdS/CFTを「境界理論重力記述する」といったポエム理解した気になっている連中だ。

僕の現在理解では、AdS/CFT双対性というより、より高次のモノイダル(∞,2)-圏における中心の同値に近い。

境界CFTは、ある拡張TQFTの値として現れる圏𝒞の中心Z(𝒞)を与え、バルクはその中心化に対応する普遍的対象として現れる。

ここで中心とは、単なる代数の中心ではなく、E₂-代数のDrinfeld centerの派生版で、さらに言えばEₙ構造を背負ったホモトピー的中心であり、そこでは局所演算子は点ではなく高次欠陥として分類される。

演算子という概念自体が、実は低次元に閉じ込められた幼稚な見方だ。

そして今日の核心は、僕が今朝突然理解した、いや、理解したというより、宇宙が僕の頭蓋骨に投げ込んできた残酷事実だ。

理論の背景時空を指定することは、カラビ・ヤウ多様体Xを選ぶことではない。そんなのは1-幾何学の話で、僕らが本当に選んでいるのは、X上の派生圏D⁽ᵇ⁾Coh(X)を超えて、そこに乗る安定∞-圏のモジュライを選んでいる。

まり背景とは幾何学ではなく圏論的なデータで、しかもそれはMorita同値類でしか意味を持たない。

世界が形ではなく同値類でできているというのは、かなり性格の悪い宇宙だと思う。人類直観に一切サービスしていない。

ここでさら問題が深くなる。弦のB場は単なる2-形式ではなく、ゲルブの接続であり、それはH³(X,ℤ)で分類されるという古典的な話は、もう骨董品だ。

実際にはB場は、(∞,1)-圏の中でのtwistとして現れ、K理論局所化やTMF(トポロジカルモジュラー形式)への持ち上げと不可分に絡む。

僕が気づいてしまったのは、弦理論アノマリーキャンセル条件が、スピン構造存在だけではなく、より高次の「string structure」や「fivebrane structure」の存在依存するのは有名だが、その背後には、あるスペクトラムEに対するE-指向性という一般原理が潜んでいる。

そしてそのEは固定ではなく、背景が変わればE自体が変わる。

まり理論が何を整合性条件とみなすかが、理論の内部から動的に生成される。これは自己参照だ。数学的には美しいが、心理的には最悪だ。

その結果、僕の頭の中では弦理論ランドスケープは、点集合ではなく、(∞,1)-トポス上のあるスタック𝓜として現れる。

しかも𝓜は幾何学スタックというより、スペクトラル代数幾何意味での派生スタックで、局所モデルはE∞-環スペクトラムスペクトルSpec(A)のようなものになる。

すると、従来のモジュライ空間に測度を入れて積分するという考えは、そもそも積分対象空間ではなく高次層である時点で破綻する。

積分はpushforwardであり、pushforwardは左随伴であり、随伴圏論の話で、測度はただの随伴の影に過ぎない。

まりパス積分とは測度の積分ではなく、ある関手Kan拡張である。これを言うと、たぶん量子場理論教科書は全部燃やした方が早い。

さらに面倒なのは、弦の摂動級数の発散性が、単なる級数が漸近展開であるという話ではなく、モジュライスタック境界成分の寄与がStokes構造やresurgenceのデータを持っていて、それが物理的にはDブレーンや非摂動効果として現れるという点だ。

僕の直感では、これらは単なる補正ではなく、理論の正しい定義の一部で、摂動理論本体ではなく、(∞,2)-圏的対象の一つの影にすぎない。

影は本体より分かりやすいが、影だけ見て満足するのは洞窟囚人だ。プラトンはたぶん弦理論を知っていた。知らなかったとしても、精神的には知っていた。

今日一番気持ち悪かったのは、ミラー対称性を再解釈した瞬間だ。

従来の説明では、A模型とB模型の交換、シンプレクティック幾何と複素幾何の交換、ホモロジカルミラー対称性でFukaya圏と導来圏が同値、という話になる。

でも僕が今見ているのは、ミラー対称性が、ある安定∞-圏の自己双対性ではなく、二つの異なる宇宙が同じ普遍的対象の異なるt-構造を選んだだけという構図だ。

まりミラー対称性とは幾何双対ではなく、観測者が選んだ切り方の双対性であり、現実はその切り方に依存して表情を変える。これは量子力学悪夢が、圏論言語で再演されているだけだ。

この話をさら推し進めると、時空とは何かという問いが変質する。

時空は多様体ではなく、ある圏のスペクトル幾何学的実現であり、局所座標は単なるチャートではなく、あるE∞-環の局所データになる。

すると点とは何か。点とは評価関手だ。評価関手とは何か。観測だ。観測とは何か。測定だ。測定とは何か。僕の睡眠を妨げるものだ。これで閉じた。

一方で、物理としての要求もある。S行列存在するか、ユニタリティが守られるか、因果性がどうなるか。

だが僕は最近ユニタリティすら、ヒルベルト空間上の内積保存という素朴な形ではなく、より高次の構造を持つモノイダル圏における双対性として理解されるべきだと思っている。

ユニタリティとは、射が随伴を持つこと、つまり反転可能情報の流れが存在することだ。

情報が失われるのは、単に対象を間違った圏に埋め込んでいるからで、宇宙情報を捨てているわけではない。宇宙ゴミ箱を持っていると思うのは、人間Windowsに毒されているからだ。

結局、今日の僕の脳内結論はこうだ。超弦理論の最終形は、背景独立普遍的場の理論スタックであり、その値は数ではなく圏であり、圏ではなく(∞,n)-圏であり、さらにそれは単なる対象ではなく操作体系として定義される。

ウィッテンが分からないというより、分かってしまうと人間の脳が社会生活に戻れない。理解とは祝福ではなく呪いだ。

そして僕は理解している。明日になればまた別の高次構造が現れて、今日理解を「低次元幻想」として粉砕するだろう。宇宙はそういう性格をしている。控えめに言って、性格が悪い。

2026-02-09

3日続いた尻から出血、無事止まる

ある日のこと、毎朝のお通じでトイレで用を足してからトイレットペーパーで拭き取るとペーパーが真っ赤に染まっていた。

切れ痔は何度か経験があったのでまた同じかなと思って席を立つと今までにないくら便器の水が赤く染まっていた。

今日は激しいな」

その時はそれくらいにしか思ってなかった。

午後にまた便意を催したのでトイレに座り、第一弾が放たれたタイミング股間から覗き込んでみると、インクをこぼしたかのように赤い色が透明の水に広がっていく様子が見れた。

切れ痔の時はもう少しポタポタといった感じだったかと思うのだが、なんというか出血の量が多い。

それでも切れ字なら大体2日程度で終わる。そう思って過ごした翌日も出血が治まる様子はなかった。

これは良くないことが起こってそうだなと思ったけど、病院で尻の穴を見せる勇気がわかずに様子を見ようと日和ったのが先週のこと。

とりあえずググった。

どうやら鮮血は基本的にまずいことはなさそうだ。

様子を見ていると常に出血しているわけでもなく、トイレに座ったばかりの頃にも出血している様子はなかった。

しかしいざ便を出すという段階になってみると、はやりトイレは赤く染まった。

更に翌朝、そして夕方と、恐怖感とともに背に腹は代えられない便を放つと、またもや今まで見たことがないくらいにトイレに鮮血が溢れかえっていた。

見た目の不安からか実際の出血からか、眼の前がクラクラとし始めた。

再び少しずつ言葉を変えながらググってみる。

しかし、やはり鮮血についてはそれほど心配がないという言葉が並ぶ。

その中で見つけた一つの単語に目が止まった。

それが「いきみすぎ」だった。

もともとお腹不安があるほうで、一度トイレに入ったら全部出しきらないと気がすまない方だった。

基本的お腹はいつも緩い。

増田でもこれまで何度か報告しているが事故を最小限に抑えるためにはやはり朝のトイレ大事だ。

そのため、トイレに座ったらまずは尻の肉を横に引っ張り、少しでも便が通りやすくするところから始める。

その後は一気に放出できるようにがっつりといきむ。

息を止めていきむので出ない時は何度も息を吸い直しながらいきむ。

それが自分にとっては普段通りだった。

そんな自分にしてみれば、「いきみすぎ」は自覚ありすぎるくらいにあった。

そうして迎えた翌日の便意

いつもより尻肉の広げ方は押さえ気味にする。

いつもならここでがっつりいきむところだが、尻の穴ではなくもっと上の方の腹筋を意識しながら、それでいて自然に便が流れ落ちるように力の入れ方を意識する。

いままでならファースト便着水の前にトイレが赤く染まり始めるが、今回はしっかりと便だけが着水している様子が見て取れた。

いきまないトイレというのも本当に久々だったが、別にそれだから難産だったということもなくトータルの時間もそれほど長くかかったということもなかった。

そうして今朝、いきまないうんこ3回目を迎えることができたが無事に流血沙汰は回避することができた。

今まで自分トイレがいきみすぎだということは考えたことがなかった。

それよりも今日一日に不安を残さないように少しでも腸内を空っぽにすることのほうが大事で、そういった不安が知らぬ間にいきみを強めてしまっていたのかもしれない。

今はこんな調子増田を書いているが、少し薄めの赤ワイン程度にはトイレを彩っていたほどの出血は、3日も続くと現実的な死の足音として感じるに十分なほどの恐怖だった。

日々トイレ脱糞の恐怖と戦っている兄弟たちの心中は察して余るほど理解しているつもりではあるが、だからといってケツに負担をかけるとそれはそれでまた別の不安につながることもある。

兄弟たちの心の平穏に少しでも役に立ちたいと思っていつもとは違うものを漏らしてしまった話を書き残したい。

2026-01-23

物理的に家から出られなくなった

最近、寒暖差の後に寒波が続いたせいか玄関引き戸が凍って開かなくなってしまった…

偶々ご近所さん雪かき時間に重なったから助けてもらえたけど、下手したら数日監禁状態だったかもしれないな…

食料とライフライン問題ないけど、灯油今日一しか持たなかったし助かった…

こうなった時の対処方法考えとかないとな…

2026-01-17

猫を殺したことがある少年が、大人になってから猫を飼うことに抵抗がない人って、いるのかな。

たぶん、あの話はどこにも書かないまま一生終えると思っていた。

子どもの頃、猫を殺したことがある。

わざわざオブラートに包む意味もないぐらい、その言葉どおりのことをした。

いじめてた」とか「いたずらの延長で」とか、そういう言い換えは、逆に猫にも自分にも失礼な気がするからやめておく。

もちろん当時は、そこまで言語化して考えていたわけじゃない。

ただ、今になって振り返ると、あれはどう見ても「殺した」だったとしか言いようがない。

***

小学生の頃、クラスの中で浮いていた。

暴力を振るうタイプではなかったけれど、いつも口が悪くて、教師に盾突いて、家では親に向かってドアを思い切り閉めて歩く子どもだった。

問題は、そのイライラの行き先を、自分より弱いものに向けることを覚えたことだった。

公園の隅で、痩せた三毛猫を拾った。

最初は、ただ、何かを拾った、というだけのことだった。

雨上がりで地面はぬかるんでいて、猫は泥と埃でべたべただった。

片目が少しにごっていて、ああ、たぶん誰も拾わないやつだ、と思った。

家に連れて帰ったわけでもない。

ちゃんと世話をしようと思ったわけでもない。

あの頃の自分に、そんな「責任ある行為」をする能力は、残念ながら備わっていなかった。

何度か公園に行っては、その猫をからかった。

尻尾を引っぱって逃げる様子を見て笑ったり、棒を振りまわして脅したり、石を投げたりした。

最初は当たらないように投げていたのに、だんだん「どこまで近くに投げられるか」を試すゲームになっていった。

ある日、石はちゃんと当たった。

足を引きずるようになって、鳴き声が変わって、それでも自分はやめなかった。

なんとなく、止まるタイミングを完全に見失っていた。

それがどんな結末を迎えたのか、細かい描写はここには書かない。

ただひとつ言えるのは、気づいたとき、猫は動かなくなっていて、けっきょく自分は誰にも言わず、そのまま公園を出て家に帰った、ということだけだ。

その後しばらく、夜になるとあの公園のベンチの映像が頭に浮かんだ。

猫の姿そのものより、濡れた木のベンチと、薄暗い街灯の光のほうが、なぜか記憶にこびりついている。

そこから先の道を、あのまま真っ暗なほうへ踏み外していってもおかしくなかったんだろうと思う。

幸運か、不運かはわからないが、自分はその道から外れることができた。

中学に上がってから担任が怖い人で、殴る代わりにしつこく話を聞いてくるタイプだった。

高校に進んでからは、部活ボロボロになるまで走らされた。

大学は、たいして目的もなく入って、バイト先で怒られながら仕事を覚えた。

かに「更生させられた」というほど劇的な出来事はない。

ただ、日々の小さなやらかし」と「怒られ」と「反省」と、どうでもいい雑談の積み重ねが、自分を少しずつ「普通」に近い場所まで連れ戻してくれたんだと思う。

それでも、猫のことは消えなかった。

何かの拍子に、あの公園の色だけが急にフルHD画質で蘇る感じがある。

時間でぼやけるどころか、「忘れられなかった事実」というタグが付いて、むしろ保存性が上がっていく。

***

30代半ばになって、同棲の話が出た。

相手は、職場で知り合った人で、明るくて、よく笑って、感情の出し方が自分とは正反対だった。

「一緒に住むなら、猫連れて行ってもいい?」と言われたとき、胸の中で何かが硬くなる音がした。

「猫?」

間抜けな返事しか返せなかった。

猫が嫌いなわけじゃなかった。

しろ最近は、道端で見かけると写真を撮るくらいには好きだった。

ただ、そこで連想するのが公園ではなく、マンションの一室になることを、頭がうまく処理できなかった。

相手スマホを見せてくる。

白い猫だった。

ふわふわしていて、目が青くて、画面越しでも「この家で一番かわいい生き物です」みたいな顔つきをしていた。

「めちゃくちゃ可愛いじゃん」と口では言った。

それは本心だった。

そのとき自分の顔を、第三者視点確認してみたかった。

こちなさが出ていたのかどうか、自分ではまったくわからなかった。

帰り道、電車の窓に映る自分の顔を見ながら、「猫を殺したことがある人間が、猫と一緒に暮らしていいんだろうか」と考えた。

別に、また殺したくなる気がするわけじゃない。

今の自分がそんなことをするとは思えないし、イライラをぶつける対象として猫を選ぶメンタリティでは、少なくとももうない。

それでも、「一度やったことがある」のラベルは剝がれない。

それは「飲酒運転を一度でもしたことがある人」とか、「昔、人を殴ったことがる」とか、そういう類の話とは、少し違う気がする。

もちろん猫は何も悪くない。

そして今、自分がこれから「守る側」のポジションに立とうとしている。

そのギャップが、うまく飲み込めない。

***

数日後、正直に話すかどうかで迷った末、かなり薄めた形で打ち明けた。

子どもの頃、動物いじめたことがあってさ」と前置きしてから

殺した、という単語だけはどうしても口に出せなくて、

「かなりひどいことをした」という表現ごまかした。

相手はしばらく黙っていた。

その沈黙の長さに耐えられなくなって、「いや、今はもう絶対そんなことしないけど」と、いちいち余計な一言を足してしまう。

「……じゃあさ」

沈黙のあと、相手はこう言った。

「いま、うちの猫を見て、何かしたくなる?」

その質問の仕方が、妙に真っ直ぐで、逃げ場がなかった。

脳内に、まだ会ってもいない白い猫の画像再生される。

ソファの上で伸びているやつ、キャットタワーから顔だけ出してるやつ、窓辺で丸くなっているやつ。

「ならないよ」

答えは即答だった。

それだけは、自信をもって言えた。

「だったら、たぶん大丈夫だよ」と相手は言った。

「私もさ、昔、虫とか平気で殺してたし。

 今はさすがに猫とか犬に当たる気にはならないけど、

 でも“昔の自分”が完全に消えたかって言われたら、そんなことないし」

その理屈が、どこまで妥当なのかはわからない。

ただ、「昔の自分が完全に消えたなんてことはない」という言葉だけは、妙に胸に刺さった。

猫を殺した少年は、消えてはいない。

その記憶を持ったまま、どうにか大人になっただけだ。

そして今、その大人が、「猫と一緒に暮らすかどうか」を決めようとしている。

***

それからしばらくして、本当に一緒に住むことになった。

引っ越し当日、キャリーケースの中で騒いでいる白い猫を初めて見たとき

自分心臓の鼓動が一段階ギアを上げたのがはっきりとわかった。

爪を立てて暴れるその小さな生き物は、自分が昔、公園で追い回した猫とはまるで別の存在だ。

でも、「猫」という種としては完全に連続している。

同じカテゴリの命だ。

ケースの扉が開いて、猫が部屋の中をうろうろし始める。

ソファの下に潜りかけて、途中でやめて、コンセント匂いを嗅いで、カーテンによじ登ろうとして叱られる。

自分玄関のところで、靴を片づけるふりをしながら、それをこっそり見ている。

「ほら、なでてあげなよ」と言われて、

こちなく手を伸ばす。

柔らかい毛に指先が触れる。

猫は一瞬こちらを見上げて、「動物的な評価」を下すような目をしたあと、特に何もなかったかのように、また部屋の探索を続けた。

その瞬間、自分の中で何かが、静かに現在」を上書きした感じがあった。

「ああ、この猫は、俺が昔殺したあの猫じゃない」

「でも、同じ種の、別の一匹として、今ここにいる」

それは許しではないし、償いが済んだという話でもない。

ただ、「過去に猫を殺したことがある人間」が、「今、猫と暮らしている」という事実が、世界のどこかに一つ増えた、というだけだ。

***

こんなことを考えている自分に、果たして猫を飼う資格があるのかはわからない。

たぶん、法律にも教科書にも答えは書いていない。

それでも毎朝、白い猫が腹の上に乗ってきて、

ごはん時間になると器をひっかいて催促して、

夜にはソファの端っこを占領して寝ているのを見ていると、

「少なくとも今日一日、こいつをちゃんと生かしておけた」

という事実だけは、確かにそこに残る。

猫を殺したことがある少年が、大人になってから猫を飼うことに抵抗がない人って、いるのかな。

自分は、いまだに完全には「抵抗がない」とは言えない。

たぶんずっと、少しだけ怖いままだ。

でも、その怖さごと抱えたまま、明日カリカリの量を量る大人

という存在なら、ギリギリ、この世界にいてもいいのかもしれないと思っている。

2026-01-16

今日は一日中ごろごろしてた

マジでなんもしてない。

今日一日が虚無。

これがうんこ製造機か…

クリスチャン企業団体が、倒産危機に直面したことがあった。

今日入金が無ければ、手形不渡りとなってしまうという問題の日、信仰深いリーダーが突然姿を消してしまった。

残されたスタッフは死に物狂いでいろいろな人たちに掛け合い、タイムリミットギリギリ不渡りを食い止めることに成功した。

もちろん全員が疲労困憊(こんぱい)した。

夕方になってそのリーダー涼しい顔でオフィスに戻り、「私は今日一日祈っていました。神様は本当に私の祈りに応えてくださいましたね」と言った。

ヘトヘトになったスタッフ全員は、彼に怒りを覚えたという。

なぜならリーダー自分信仰深さが問題解決したと宣言たかである

それはすなわち、祈ることも忘れてあちこち駆けずり回った人たちは、信仰が浅かったと言っているのと同じである

2026-01-01

隣の期間工

今日一歩も外出てないみたいだけど、大丈夫かな😥

2025-12-23

anond:20251223142716

そうなんだよ、数年後がマジで地獄絵図なのが見え見えなの

あのレベルの女、子供が生まれたら絶対ヤバいって

出産疲れたら、自分の「困り」を言語化する頭がないか

もう泣くか叫ぶかヒステリーで、先輩に全部ぶつけることになるじゃん

「なんで手伝ってくれないの!」「あなたのせいで!」とか

ひたすら攻撃的になって、優しかった先輩のキャリアガンガン邪魔するんだよ

絶対そうなるって🔥

自分感情すらコントロールできない人が、子供教育とか資産運用とか、できるわけないでしょ

見てるだけでイライラするわ

あの女、容姿賞味期限が切れたら何が残るの?

だって絶対垂れるし、老けて、劣化したら

先輩も愛想尽かすに決まってるじゃん!

結局、結婚って対等な知性がないと老後は確実に破綻するのよ

そうなってから先輩が後悔する顔を想像したら、今日一日のモヤモヤ全部吹き飛んだわ😂✨

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