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2026-05-10

地方進学校から東大に行った私が、大学一年生に祈ること3

第三部 内容で勝ち、現実で負ける

大学卒業して、私はある大手会社に入った。

社名は伏せておく。

商社系の、若手にもそれなりに権限が回ってくると言われている会社だった。

入社した最初の年、私はそれなりに評価されていた。

配属された部の課長論理的な人で、私の作る資料の精度をある程度評価してくれた。

問題は二年目以降に始まった。

最初に明確な摩擦が起きたのは、ある社内会議だった。

ある新規プロジェクトの立ち上げに関する会議で、部長が明らかに前提条件の数字を間違えていた。

市場規模の試算根拠が五年前の業界レポート依存していて、その後の市場の変化を反映していなかった。

私は会議の中盤でそれを指摘した。

すみません。その市場規模数字ベースになっているレポートが古いです。直近三年で市場構造が変わっているので、現状の数字はその試算より三〇%程度小さいはずです。私の試算では、こちらになります

私は自分ノートPCの画面をプロジェクターに映した。

試算表は、出典付きで再現可能な形にしてあった。

部長はしばらく画面を見ていた。

それからゆっくり言った。

「うん、わかった。数字の話はまた別の機会にしよう。今日方向性の話をしている」

「いえ。方向性市場規模を前提にしているので、市場規模が違えば方向性自体が変わります

部長はもう一度、私を見た。

今度は少し、目に疲れがあった。

「君の言うことはわかった。あとで個別に話そう」

会議は、私の指摘を反映しないまま進んだ。

会議のあと、廊下で同期の一人に呼び止められた。

「お前、ああいう言い方やめたほうがいいぞ」

「内容として間違ってるか?」

「内容は合ってる。けど部長の顔、潰しただろ」

「顔の話なんかしていない。事業の話をしているんだ」

同期はため息をついた。

「そう。そうなんだよ。お前はいつも事業の話しかしない。だから、お前以外のみんなが何の話をしてるのか、お前にはわかってないんだよ」

そう言って行ってしまった。

私はその言葉をしばらく考えた。

考えた末に、こう判断した。

あいつも結局、内容で勝てない側の人間か。

そして忘れることにした。

二週間後、私はそのプロジェクトのチームから外された。

理由は表向きには、「別のプロジェクトに君のスキル必要から」だった。

私が回された別のプロジェクトは、ほとんど何も動いていない塩漬けに近いものだった。

私は課長に直接抗議した。

「私の指摘が間違っていたのですか」

課長は少しだけ困った顔をした。

「指摘の内容は間違っていなかった」

「では、なぜ外されるのですか」

「内容ではない。理由は内容ではないんだ」

「では、何ですか」

課長は少し沈黙した。

それから、こう言った。

「君は正しい。けれど、君と一緒に仕事をしたいと言う人間がいない」

その瞬間、自分の中の何かが冷たく固まったのを覚えている。

私は課長を見た。

できるだけ感情を出さずに言った。

「では、正しさよりも好かれることのほうが評価されるのですか」

課長は私を長く見た。

それから言った。

「そうじゃない。仕事は一人ではできないから、一緒に仕事ができる人間になることも能力のうちなんだよ」

私は頷かなかった。

その夜、自分の部屋で長い時間考えた。

考えた末に、自分結論を一文字も変えなかった。

会社は、正しさを評価しない組織だ。

から転職する。

私はその三ヶ月後、最初転職をした。

このパターンが三十代を通じて繰り返された。

三回、転職した。

会社が変わっても結末は似ていた。

最初半年は、私の能力と精度が評価される。

次の半年で、私の指摘が人を傷つけるようになる。

一年経つ頃には、何かのプロジェクトからかに外される。

私は毎回、辞めるとき同じことを思った。

「この会社も、私を理解できなかった」

四回目の転職活動とき、私は四十二歳になっていた。

そのとき初めて、こう思った。

もしかして問題は私のほうにあるのか?」

これに気づくのに二十年かかった。

二十年だ。

君がこれを二十二歳のうちに気づければ、私より二十年得をする。

二十年は長い。

本当に長い。

ここでKの話に戻る。

Kとは大学卒業してからほとんど連絡を取らなくなっていた。

年賀状最初の二、三年は来ていたが、私が返さなかったので自然と途絶えた。

Kがどうしているかを知ったのは、私が三十五歳のときだった。

ある業界誌の記事だった。

Kは新卒で入った会社で、地味に出世していた。

記事は、ある業界中堅企業新規事業立ち上げに関するものだった。

Kはその新規事業責任者として、写真付きで紹介されていた。

写真の中のKは、大学ときと同じように口を大きく開けて笑っていた。

少しだけ太っていた。

記事を読んで、いくつかのことを知った。

Kの新規事業最初、大失敗していた。

市場の読みを間違えて、最初半年予算の三分の一を失った。

普通なら、その時点で責任者は外されるはずだった。

けれどKは外されなかった。

なぜか。

Kは失敗の途中で、社内の他の部署人間を何人も巻き込んでいたからだった。

営業課長

開発の係長

経理の若手。

現場派遣社員

Kは新規事業のために、社内のいろいろな人間に頭を下げて知恵を借りていた。

失敗が見え始めたとき、その人たちがKを助けた。

「これはKだけの責任じゃない。自分たちも一緒に考えた案だ」

そう言ってKを庇った。

Kは結果として責任者の座を維持し、二年目に軌道修正成功した。

記事インタビューで、Kはこう答えていた。

最初半年で失敗したのは僕のせいです。市場の読みが甘かった。けど、その失敗を直せたのは僕一人の力じゃないです。社内のいろんな人が一緒に直してくれた。だからこれは、僕のチームの成果なんです」

私はこの記事を何度も読んだ。

そして初めてわかった気がした。

Kは最初から、「一人で正解を出す」ことを目指していなかった。

Kは最初から、「みんなで間違えて、みんなで直す」ことを戦略としていた。

私はずっとKを軽く見ていた。

Kは内容で勝てないから、人と仲良くするのだと思っていた。

違った。

Kは内容で勝つことの限界を、最初から知っていた。

から内容で勝つかわりに、内容を直せる関係を作ることに力を注いでいた。

Kは、私が二十年かけても気づかなかったことを二十二歳のときにはもう知っていた。

たぶんKは、もっとから知っていた。

中学校高校のうちに、一度、自分より頭のいい人間出会っていたのだろう。

そこで、自分が一人では勝てないことを学んでいたのだろう。

Kは十二歳か十三歳のうちに負けていた。

そしてその負けから、人と一緒にやることを学んでいた。

私は十八歳まで負けなかった。

その代償が、その後の二十年だった。

四十代に入ってから、私の人生加速度的に静かになった。

両親が立て続けに亡くなった。

父が先で、母がそのあとだった。

葬式地元で行った。

私は長男として喪主を務めた。

葬式に来た親戚や、父の昔の同僚や、母の友人たちは、私のことを「東大を出た立派な息子」として扱った。

私はその扱いを受け入れた。

受け入れるしかなかった。

葬式最後、母の友人だったという、私の知らないおばさんが言った。

「お母さん、あなたのことをいつも自慢してたのよ。東大に入ったときも、いい会社に入ったときも。でもね、最近お母さんこう言ってたの。『あの子結婚はしないのかしらね』って。心配してたわ」

私は笑顔で答えた。

「ええ、心配かけました」

その夜、実家の、自分高校時代に使っていた部屋で一人で酒を飲んだ。

机の引き出しを開けると、高校時代模試の成績表がまだ残っていた。

一番上の成績表は、高校三年の十一月のものだった。

全国偏差値、七十六。

順位、全国八位。

その紙を長い時間見ていた。

そして思った。

この紙が、俺の人生で一番輝いていた瞬間の証拠なんだろうな。

三十年前の紙だ。

私はその紙を引き出しに戻した。

戻して、引き出しを閉じて、また酒を飲んだ。

涙は出なかった。

涙が出るような感情ではなかった。

もう少し乾いた、静かな何かだった。

母が亡くなって少し経った頃、私はMに偶然、駅で会った。

Mはすぐに私に気づいて「お前、変わらないな」と言った。

私はMに気づいていなかった。

Mは髪が薄くなり、少し太っていた。

スーツの肩のあたりがくたびれていた。

けれどMの表情は、駒場ときよりずっと穏やかだった。

私たち駅前の安い居酒屋に入った。

Mは結婚していた。

子供が二人いた。

の子中学生で、下の子小学生だと言った。

仕事は、私が風の噂で聞いていた通り、ある官庁にいた。

Mは私の近況を聞かなかった。

たぶん聞かないほうがいいと判断したのだろう。

代わりに、駒場の頃の話をいくつかした。

「お前、覚えてる? あの語学クラス和訳の輪。Kがやってたやつ」

「ああ」

「俺、あれに助けられたんだよ」

「助けられた?」

「うん。俺さ、地方から出てきて、最初お前と似たような感じだったじゃん。一人でやれば全部できる、みたいな。けどKがしつこく誘ってくれてさ。最初は俺も、うざいと思ってたんだよ。けど何回か行ってみたら、自分が見えてないところを他のやつが見えてたりするんだよな。それで俺、考え方を変えたんだ。一人で全部やる必要はないって」

私はハイボール一口飲んだ。

Mが続けた。

「あれが俺の人生の、たぶん一番大きな転換点だった。あそこでKに引っ張ってもらえたから、俺、人と一緒に仕事ができる人間になれたんだよ。今の仕事、俺一人じゃ絶対できないからな。役所って根回しの世界から

私は頷いた。

Mが私をちらっと見た。

「お前は行かなかったよな、あの輪」

「うん」

「何で行かなかったんだ?」

しばらく答えられなかった。

それから、ようやく言った。

「行く必要がないと思っていた」

Mはそれ以上聞かなかった。

私たちはもう一杯ずつ飲んで別れた。

Mは終電で帰っていった。

最後に「また飲もうな」と言った。

私も「うん」と言った。

私たちはその後、一度も飲まなかった。

二人とも、それをわかっていたと思う。

家に帰る電車の中で、私はずっとMの言葉を考えていた。

Kに引っ張ってもらえたから、俺、人と一緒に仕事ができる人間になれたんだよ。

Kは私のことも引っ張ろうとしていた。

「気が向いたら、声かけて」

「お前さ、たまには誰かに頼ってもいいんじゃない?」

「一緒に間違えて、一緒に直せばいいんじゃないかな」

Kは私に何度も手を差し出していた。

私はその手を毎回振り払っていた。

Kを軽く見ていた。

軽く見ることで、自分プライドを守っていた。

そのプライドのために、人と一緒に何かをするということを、生涯、覚えそこねた。

電車の中で初めて認めた。

あいつは、ずっと間違えていたわけじゃなかった。

あいつは、正解を一人で出すことを最初から諦めていただけだった。

から、みんなで間違えたあと、みんなで直すことができた。

俺は、一度も間違えないために、一度も誰とも直せなかった。

これを四十五歳の電車の中で、ようやく言葉にできた。

涙はまた出なかった。

代わりに、車両のドアの上の広告文字が妙にはっきり見えた。

人生は、一度きり」

そんなことが書いてあった気がする。

正確には覚えていない。

四部 一年生の君へ

ここまで書いてきたことを、まとめる必要はないかもしれない。

ただ、もう一度だけ君に語りかけたい。

君がもし、私に少し似た人間なら聞いてほしい。

勉強がそれなりにできる。

一人でいることを苦にしない。

周りが少し幼く見える。

雑談時間無駄だと感じる。

「言い方」を装飾だと思っている。

人に頭を下げることを敗北だと感じている。

もしそうなら聞いてほしい。

その感覚は、君が地頭がいい証拠ではない。

君が、自分より上の人間にまだ会っていない証拠だ。

君が会っていないのは、君が悪いからではない。

たぶん環境のせいだ。

地方進学校

中堅校で一番頭がいい子。

学年で目立つ秀才

そういう環境にいると、自分の上が見えない。

自分天井が見えない。

から自分能力過大評価する。

過大評価しているという自覚も持てない。

これは君の責任ではない。

ただ、これからは君の責任だ。

なぜなら君は今、東京大阪や、その他の大学に出てきている。

そこには君と同じか、君より上の人間が必ずいる。

中学生ときからもっと厳しい競争経験してきた人間が必ずいる。

そういう人間に、君はこれから確実に出会う。

そのとき、どう振る舞うか。

それが君のこの先三十年を決める。

選択肢は大きく二つある。

一つは、その人間を軽く見ることだ。

あいつは要領がいいだけだ」

あいつは育ちがいいだけだ」

あいつは一人で考える力がない」

そう評価して、自分プライドを守ることだ。

これは簡単だ。

すぐにできる。

何の努力もいらない。

プライドが守られる。

気持ちがよい。

私が選んだのはこっちだ。

そして、その代償をこの四十七年間で払い続けている。

もう一つは、その人間に頭を下げることだ。

「すごいですね」

「教えてください」

「どうやってそんなに上手くやるんですか」

そう聞くことだ。

これは難しい。

プライドが傷つく。

気持ちが悪い。

自分が小さく感じられる。

けれど、こっちを選べる人間は二十年後、ほぼ確実に生き残る。

なぜなら、こっちを選んだ瞬間から、君の能力自分能力だけでなくなるからだ。

君は自分より上の人間能力を、少しずつ自分の中に取り込んでいけるようになる。

これは私が二十年かけて気づいたことだ。

人間が成長するのは、自分一人で勉強しているときではない。

自分より上の人間に、自分の間違いを笑いながら指摘されたときだ。

そしてもう一つ。

性格をよくしろ

これは道徳の話ではない。

君が長く生き延びるための技術の話だ。

性格をよくする」というのは、誰にでも愛想よくすることではない。

人と一緒にいるときに、その人が「君と一緒にいて楽だ」と感じるように自分の振る舞いを設計することだ。

これを十代後半のうちにやっておかないと、後からやり直すのが本当に難しい。

人間性格は、二十代の前半まではまだ柔らかい

二十代の後半から急速に固まる。

三十代に入ると、ほとんど固まる。

四十代になると、もう変わらない。

私は四十代の自分を見て、それを知った。

君は今、二十歳前後だ。

君の性格はまだ柔らかい

固まる前に修正してくれ。

修正方法は難しくない。

ただ、毎日こう言える人間になることだ。

「ごめん」

「教えて」

「ありがとう」

自分が間違っていた」

この四つを軽く、自然に言える人間が長く生き延びる。

この四つを重く、特別なこととして言わなければならない人間は、私のように誰とも何も直せなくなる。

この四つの言葉はみんな、同じことを言っている。

「私は完璧ではない」

「私は、あなたの助けが必要だ」

「私は、変われる」

それを認められる人間が、変われる人間だ。

ここで最後に、一つだけ付け加えたい。

私はこれまで、「人に合わせるな」「集団は誤答を選ぶ」「会議ノイズだ」「調整は知性の敗北だ」と思ってきた。

その認知は、地方進学校の中では半分は事実だった。

けれど社会に出てからは、別の事実があった。

集団はたしかに誤答を選ぶこともある。

けれど、その誤答を修正する力もまた集団の中にある。

一人の人間は、自分の誤答を自分ではなかなか直せない。

人間は、自分の見え方の中で考えるからだ。

自分の見え方の外側にある誤答には、自分一人では気づけない。

から誤答を直すには、自分の見え方の外側を持ってくる必要がある。

それを持ってきてくれるのが他人だ。

正確に言えば、他人と作る関係だ。

この関係若いうちに作っておかないと、君の認知は君一人の中で閉じる。

閉じた認知は、いずれ現実とずれる。

現実とずれた認知は、現実によって罰せられる。

その罰が、私の四十代だった。

君には、その罰を受けてほしくない。

この手紙を、ここで終える。

書きながら何度か、自分のことが嫌になった。

いや、本当のことを言えば、何度か自分のことをまだ正当化したくなった。

「あの会議で、俺は本当に正しかった」

「あの上司が、俺を理解できなかったんだ」

「Kは、俺ほど深くは考えていなかった」

そういう声が、今でも私の中で聞こえる。

たぶん、その声は死ぬまで消えない。

けれど私は、その声をもう信じない。

その声を信じてきた人間の末路が、私だからだ。

私は君に、私と同じになってほしくない。

私はもう、どこにも戻れない。

母も父も、もういない。

KともMとも、もう会わない。

私の若い頃のクラスメイトたちは、たぶんそれぞれの家庭で、それぞれの夕食を食べている。

私には夕食を一緒に食べる相手がいない。

これは自業自得だ。

誰のせいでもない。

けれど君は、まだ間に合う。

君はこれから出会人間に、頭を下げられる。

これから「ごめん」「教えて」「ありがとう」自分が間違っていた」を毎日言える。

これから人と一緒に間違えて、人と一緒に直せる。

それを君のうちに習慣にしてほしい。

二十歳の君の習慣は、四十歳の君の人格になる。

四十歳の君の人格は、君の人生のものになる。

二十歳の君が人に頭を下げることを覚えれば、四十歳の君は誰かに助けられる人間になる。

二十歳の君が自分の間違いを認めることを覚えれば、四十歳の君は間違える前に人に相談できる人間になる。

二十歳の君が雑談大事にすることを覚えれば、四十歳の君には夕食を一緒に食べる相手がいる。

これは綺麗事ではない。

私という見本が、空席のまま証明している技術の話だ。

最後に、もう一度だけ。

正しさは、人に届かなければ現実を変えない。

一人で正解を出せる人間より、人と一緒に間違えて直せる人間のほうが長く生き残る。

集団はたしかに誤答を生む。

けれど、誤答を直す力もまた集団の中にある。

その集団に、君が入っていけるかどうか。

それが君のこれからの三十年を決める。

私は入っていけなかった。

その理由をたくさん書いてきた。

けれど本当の理由は、たぶん一つだ。

私は怖かったのだ。

人と一緒にいて、自分特別ではなくなることが怖かった。

その怖さを、私は「孤独を選ぶ強さ」と自分に言い聞かせていた。

それは強さではなかった。

ただの臆病だった。

君が私と同じ怖さをもし持っているなら、その怖さに名前をつけてやってほしい。

「臆病」と。

名前をつければ、君はその怖さに対処できる。

名前をつけずに、それを「強さ」と呼び続ければ、君は私になる。

長くなった。

これで終わる。

君が今夜、誰かと夕食を食べられますように。

君が明日の授業で、誰かに「教えて」と言えますように。

君が来週、自分より少し上の誰かに頭を下げられますように。

君が来月、自分の間違いを笑って認められますように。

君が来年、誰かと一緒に何かを失敗できますように。

君が十年後、誰かと一緒にその失敗を直せていますように。

君が二十年後、私のように、見知らぬ若者へ誰にも頼まれない手紙を書く人間にならずにすみますように。

これは説教ではなく、

これは祈りだ。

四十七歳の、一人の失敗した人間から祈りだ。

どうか。

私のようには、ならないでくれ。

地方進学校から東大に行った私が、大学一年生に祈ること2

第二部 学び直せなかった一年

ここで、君に正面から語りかけたい。

君が今、大学一年生だとして。

あるいは、これから大学一年生になるとして。

たぶん君の中には、私に近い感覚が少しはあるはずだ。

なくてもいい。

あったとしたら聞いてほしい。

入学して最初の数週間、君は周りを見てこう感じるかもしれない。

「あれ、この人たち、思っていたほどすごくないな」

サークル新歓に行く。

先輩たちがわいわい騒いでいる。

話の中身はたいしたことがない。

昨日のサッカー試合

誰々が誰々を好きらしい、という話。

バイト先のクレーマーの話。

君はそれを聞きながら、心のどこかでこう思うかもしれない。

「俺はこんな話をするために東京に出てきたんじゃない」

その感覚を、私は否定しない。

その感覚は半分は正しい。

ただ、残りの半分について、私が二十年かけて学んだことを君に伝えたい。

人間雑談関係を作る。

雑談関係を作って、その関係の上に本当に大事な話を乗せる。

雑談飛ばして、いきなり大事な話だけをしようとする人間は、長い目で見ると誰とも何の話もできなくなる。

これは二十年後に私が痛感したことだ。

けれど十八歳の私は、これをまったく理解していなかった。

理解する気もなかった。

入学して一週間ほど経った頃、駒場キャンパスで一人の同級生と話す機会があった。

彼は私の語学クラスにいた。

名前は仮にKとしておく。

Kは首都圏の有名な私立中高一貫校から来ていた。

背が高く、髪を少し茶色く染めていて、笑うとき口を大きく開けた。

授業の最初自己紹介で、彼は言った。

サッカーをやってました。あと、文化祭実行委員やってました」

それを聞いた瞬間、私はKにあまり期待しなかった。

文化祭実行委員

あの私を退屈させた連中の、東京版だろう。

そう思った。

ところがKはよく話しかけてきた。

授業のあと、「飯行かない?」と私を誘った。

最初は断った。

二度目も断った。

三度目に、Kは少しだけ困った顔をして聞いた。

「お前、誰とも飯食わないの?」

「いや、自分のペースでやりたいから」

私はそう答えた。

Kは少し笑った。

「ふうん。じゃあ、気が向いたら声かけて」

そう言って行ってしまった。

そのとき私は、自分がKに少しだけ優越感を持ったのを覚えている。

Kは、誰かと一緒にいないと不安タイプだ。

私は違う。

私は一人でも平気だ。

から私のほうが強い。

そう思った。

これが間違いの始まりだった。

Kは、誰かと一緒にいないと不安だったのではない。

Kは、一緒にいる時間のもの価値あるものとして認識する能力を持っていた。

そのことを、私は二十年後に理解した。

語学クラスでは、よく数人で集まって、課題フランス語和訳を持ち寄って見せ合っていた。

私は最初、その輪に入った。

けれど私の和訳はたいてい一番正確だった。

少なくとも私はそう思っていた。

ある日、Kが自分和訳を読み上げた。

明らかに文法係り受けを間違えていた。

私は指摘した。

「そこ、違う。主語はこっちじゃない」

Kは「あ、ほんとだ。サンキュー」と言ってすぐに直した。

それはいい。

問題はその次だった。

別の同級生、仮にMとしておく。

Mが読み上げた和訳も間違っていた。

Mは地方進学校から来た、私と似たタイプの男だった。

私は同じように指摘した。

「Mも、そこ違う」

Mは少し顔を赤くして、「うん……」と言った。

Kが軽く笑いながら言った。

「お前、間違いの指摘の仕方、ちょっと冷たくない?」

私はKを見た。

「冷たい? 間違ってるから間違ってるって言っただけだろ」

「いやそうなんだけどさ。なんかこう、もうちょっと、『あ、ここ、俺もよくわかんないんだけど、こうじゃないかな?』みたいな感じ、ない?」

私は内心で軽蔑した。

出た。

「言い方」だ。

Kは内容で勝てないから、言い方の話に逃げている。

私はそう判断した。

私は何も言わず自分和訳しまってその場から去った。

その日から、その輪には行かなくなった。

数週間後、その輪がMを含めて続いていることを知った。

Mは最初、私と同じように地方から来た孤独秀才に見えた。

けれどMは、Kの輪の中で笑うようになっていた。

間違いを指摘されても、頭をかいて「あ、ほんとだ」と言うようになっていた。

Mは変わった。

私が変わらなかったのに対して。

私はMのことを軽く馬鹿にした。

妥協したのだと思った。

今になって思う。

妥協したのはMではなかった。

Mは学んだのだ。

私は学ばなかったのだ。

二十年後、Mはある官庁課長補佐になっていた。

風の噂で聞いた。

家族もいて、子供が二人いるらしい。

私はそのとき無職だった。

三度目の転職活動最中だった。

大学一年の夏、私は一つだけサークルに入っていた。

法律研究系のサークルだった。

入った理由は、内容が真面目そうだったからだ。

実際、内容は真面目だった。

週に一回、判例を読んで議論する会があった。

そこには二年生にSという先輩がいた。

Sは私とは違うタイプの賢い人だった。

判例を読むスピードは私と同じくらいだったが、議論ときの立ち回りがまったく違った。

Sは自分意見最初に出さなかった。

まず、後輩や他の人の意見を聞く。

そして誰かの意見の中でいいところを見つけて、「それ、いいですね」と言う。

それから自分意見を、その人の意見に乗せる形で出した。

「○○さんが言ったところに加えて、こういう論点もあるんじゃないかと思って」

そう言った。

私はSのやり方を、最初ずるいと思った。

あれは自分の頭で考えていない。

人の意見に乗っかっているだけだ。

そう思ってSを軽く見た。

ある日の議論で、私はSの意見根拠が弱いと感じた。

真正から指摘した。

Sさんの今の論理は、判例の射程を超えていると思います。○○判決あくまで△△の場合に限った話で、これを一般化するのは無理があるんじゃないですか」

Sは私を見た。

少しの間、何も言わなかった。

それからゆっくりと言った。

「うん、たしかにそうだね。射程の問題は僕も気になっていた。じゃあ、君だったらどこまで一般化できると思う?」

私は答えた。

私の答えは、Sが言うべきだった内容をより精密にしたものだった。

Sは「それ、いいね」と言って、私の意見議論全体に位置づけた。

私は勝った気がした。

サークルが終わったあと、別の三年生の先輩が私を呼び止めた。

「君さ、頭はいいよ。間違いなく。ただ、Sのこと、ちょっとなめてないか?」

「いえ、なめてはいないです」

「Sはね、あの場で君のために負けてくれたんだよ」

私はその言葉意味がわからなかった。

「Sは、あの場の議論をいいものにするために、自分意見を引っ込めたんだ。君に花を持たせたんだよ。それはSがバカからじゃない。Sのほうが、議論っていう場全体を見てるからだ」

私は不機嫌になった。

「いや、でも、内容としてSさん最初論理は間違っていました」

先輩はため息をついた。

「うん。まあ、そうかもしれない。でも君がこれから先、誰かと一緒に何かをやるなら、内容で勝つだけじゃ足りないよ」

私はその日、サークルをやめた。

正確に言えば、その日のうちにメールで退会の連絡をした。

理由は書かなかった。

二度とそのサークルには行かなかった。

夏休みに入る前、私はKにもう一度だけ会った。

Kは相変わらずにこにこしていた。

夏休みサークル合宿河口湖へ行くと言っていた。

彼女もできたらしい。

同じ語学クラス女子だった。

私はその女子を、可愛いとも可愛くないとも特に思っていなかった。

Kが別れ際に言った。

「お前さ、たまには誰かに頼ってもいいんじゃない?」

私は笑って答えた。

「誰かに頼って、その誰かが間違ってたらどうするんだ?」

Kは少し考えた。

「うーん。そうしたら、一緒に間違えて、一緒に直せばいいんじゃないかな」

私はその言葉を軽くいなした。

心の中で、「だから、お前は二流なんだ」と思った。

一緒に間違えて、一緒に直す。

そんなことに付き合っている時間はない。

私は一人で、間違えずに進む。

二十年後の今、私はKのあの言葉を一字一句覚えている。

正確には、二十年かけてようやく思い出せるようになった、と言うべきかもしれない。

ここで、君にもう一つだけ伝えたい。

私が地方進学校で身につけた「一人で考えたほうが正しい」という認知は、地方進学校の中ではたしか事実だった。

私の周りには、私より速く正解にたどり着ける人間がいなかった。

集団議論すれば、議論は私のレベルに引き下げられるか、私の意見が通らないかのどちらかだった。

から一人で考えるほうが効率が良かった。

その環境においては合理的戦略だった。

しか東京大学に来て、私の周りには私と同じか、私より速く正解にたどり着ける人間がたくさんいた。

その時点で、私は戦略を変えるべきだった。

もう一人で考えなくていい。

人と議論したほうが、自分一人で出せる答えよりいい答えが出る確率が高い。

人に頼っていい。

人に教わっていい。

人に「わからない」と言っていい。

それを大学一年生のうちに学び直すべきだった。

けれど私は学び直さなかった。

なぜなら、地方で身につけた認知は、私を東大まで連れてきた成功体験だったからだ。

それを捨てることは、自分人生否定することのように感じられた。

私は、変化が必要ときに変化を恐れた。

変化を恐れた本当の理由は、たぶんこうだ。

私には勉強で勝つこと以外に、自分肯定する根拠がなかった。

から勉強の戦い方を変えることは、自分のものを失うことのように感じられた。

後になって考えれば、ただの臆病だった。

けれど当時の私は、自分が臆病であることにまったく気づいていなかった。

しろ自分のことを強い人間だと思っていた。

孤独に耐えられる人間こそが強い人間だと思っていた。

孤独に耐えられない人間は、弱いから群れるのだと思っていた。

これは私の人生で、最も大きな勘違いの一つだった。

孤独に耐えられる、というのは強さではない。

ただの不器用さだ。

そしてその不器用さは、時間が経つほど修正が難しくなる。

大学一年の終わり。

私の春学期と秋学期の成績は、ほとんどがAとA+だった。

優三つの「優三つ」というやつだ。

私は自分選択は正しかったと再確認した。

一人でやれば結果が出る。

けれどその学年末駒場生協の前で、語学クラスのKたちが五、六人で集まって笑いながら写真を撮っているのを見た。

Kの隣にはMもいた。

Mは四月のときと比べて別人のように、いい顔で笑っていた。

私はその輪を遠くから見ていた。

その輪の中に入りたいとは思わなかった。

ただ、奇妙な感覚があった。

あいつらは、たぶんこれから先、どこかで会うのだろう。

結婚式に呼んだり。

子供の話をしたり。

転職相談をしたり。

俺には、たぶんそういう相手はいない。

それは感傷ではなく、観測だった。

私はその観測を、すぐに頭の中から押し出した。

別に必要ない」

そう自分に言い聞かせた。

その夜、私は寮の自分の部屋で二年生の科目の予習を始めた。

ここで私は、君に最も伝えたいことの一つを書く。

地方進学校から東大に行ったことの本当の不幸は、東大に行けたことではない。

本当の不幸は、自分天井を知るのが遅すぎたことだ。

もし私が首都圏中高一貫校に通っていたら。

私の家にそれだけのお金があったかどうかは別として。

もし通っていたら。

私は十二歳か十三歳のうちに、自分より賢い人間出会っていただろう。

自分より速く問題を解く人間

自分より深く考える人間。

自分より多くを知っている人間

そして、自分より性格のよい人間に。

そのとき私は悔しかたかもしれない。

泣いたかもしれない。

けれど十二歳の私はまだ柔らかかった。

十二歳のうちに負けることは致命傷にならない。

十二歳の負けは回復する。

十二歳の負けからは、人に頭を下げることを学べる。

十二歳の負けからは、「わからいから教えて」と言うことを覚えられる。

ところが私は、地方進学校で十八歳まで誰にも負けなかった。

私の認知の中で、「負ける」という選択肢が十八歳の段階ですでに消えていた。

そして十八歳で東大に入った瞬間、私は相対的普通人間になった。

このとき初めて、自分より上の人間出会った。

けれど、そのときにはもう遅かった。

十八歳の私は、十二歳の私のようには柔らかくなかった。

私は上の人間に頭を下げるかわりに、上の人間を見ないことにした。

上の人間と並走するかわりに、自分のレーンに引きこもった。

上の人間から学ぶかわりに、「あいつは要領がいいだけだ」と評価することにした。

これらは全部、私の防衛反応だった。

私の防衛反応は、地方進学校の中では合理的だった。

けれど東大の中では、もう合理的ではなかった。

私は戦場が変わったのに、武器を変えなかった。

それが私の人生で最大の戦略ミスだった。

から君がもし、地方から東京大学に出てきたばかりでこれを読んでいるなら、聞いてほしい。

早く、負けてくれ。

自分より明らかにすごい人間に会ったら、嫉妬する前に頭を下げてほしい。

「教えてください」と言ってほしい。

自分天井を知ることは不幸ではない。

それは君の性格を守るための救済だ。

天井を知らないまま二十代に入った人間は、たいてい私のようになる。

私のようになるな。

これは命令ではない。

お願いだ。

続き→https://anond.hatelabo.jp/20260510234046

2026-04-29

なろう系も世の中に溢れすぎると俺TUEEEEできるのも作品の数だけいて、その作品で選ばれたごく一握りが無双できるという、現実とあまり変わりない構造しかない気がしてきた

リアル存在する親が資産家という物語東大に入れる秀才物語、美形で芸能界活躍できる物語となんら変わらない

選ばれなかったその他大勢しかない我々がそんなものを読んでも実は虚しいだけなのではないだろうか

2026-04-28

バカ上司

「任せる」ゆうといて「…もうちょっとセンス良くやれないのか?前からさんざんいってるだろうが」てゆうのマジやめろ?

オマエは本当にひとのやる気を削ぐ秀才だな、オマエのクソ上司といっしょでさぁ

2026-03-16

京都大は所詮地方

東大に行けない受験生が、自分天才だというアイデンティティを守るために「東大秀才京大は奇才」と唱えながら受ける大学。もちろん入ったあとはインターネットおもしろ画像をコラして大学内に掲示することでユーモアを全国へ発信し、その奇才ぶりを遺憾なく発揮する。文系に至っては社会1科目という軽量受験だが、社会的な評価東大理1と変わらず、もし仮に学力の話になっても変人路線に切り替えることで学力勝負から逃げることが可能。なぜならば京大に行く人間は「ユーモア」があり、東大のような型にハマった秀才くんとは違うからだ。

2026-02-20

情けない日本民主主義

現在のわーくには熟女に手コキでアヘ顔射精させられたり、ハーフ強気オタク女をヤリチン寝取られたり、最高学府秀才女に「ざぁこ♡」とか言われるエロ漫画並みに情けない。

もっとチンポを奮い立たせろ。

2026-02-16

アメリカ大卒です。世界ランク2桁ぐらいの。


アメリカ大学コミュニティカレッジでもない限りは全て日本大学太刀打ちできないくら入試に求められる学力が高く、在校生専門性や知能も日本の有名大学生を遥かに凌駕していて、もう頭の出来が違うから逆立ちしても敵わない」くらいに言いがちですがあれもしかしたら大嘘なんじゃないかと思ったんですが実際どうなんですか?


ウソです。入学卒業も、大半の大学アメリカのが簡単です。もちろん、ハーバード等の一部の超名門大学は、競争率も高いし、学費馬鹿高い。簡単に入れるわけではないですが、学力という意味では、日本ほど高いレベルは求められない。


アメリカ学部での講義内容は、日本大学Fランとか除く)の講義よりずっと簡単です。学部課程だと、研究論文もないのが一般的で、とにかく教科書の内容を詰め込んでいくだけです。

その学部理系)で、成績が良い奴らが大学院に行くだけです。大学院までいけば、日本アメリカも大差ない事がおおいとは思います


それはアメリカ人も認識してる事で、アジア(中・韓・日系)系は弁護士医師などの職につく、秀才小金持ちのイメージです。

彼らも、東アジア人の方が学力が高い事をしってるのです。

「お前、数学得意なんだろ」ってアジア学生なら、かならず言われた経験がある。


ただ、勘違いされがちなのは別に学力が高い=優秀というわけではない。日本学力信仰が強すぎるとは思う。

小泉進次郎コロンビア大学卒業したのは、コネですよ。コネもカネもアメリカじゃ実力の一部。総理大臣候補になるほど進次郎は超絶実力者なんです。だからアメリカじゃどの大学も、進次郎が欲しいのよ。

そういう意味だと、期待年収程度が1000万しかない東大は、すごくレベルの低い大学とも言えちゃいます

https://anond.hatelabo.jp/20260216145439

2026-02-10

俺の人生の夢は天才を視界から消すことだ。

俺は本当に幼い頃から自分無能だと思っていた。

俺は昔から天才が怖かった。自分の才能が怖いだのというバカ意味ではない。無論嫉妬に狂っていただのでもない。俺は天才聖人君子完璧人間、とにかく自分より優秀な人間合法的に殺されるのが怖かった。

立場を奪われ、職を奪われ、金を地位を奪われ何もかも失い合法的に殺される。

 

これは嫉妬ではないと断言できる。俺は自分より優秀な人間人生破壊される妄想を常にしていた。

 

天才は得てして傲慢残酷だ。自分平均値を大幅に下回るカスだと思い込み自分以下をみな人間として扱わない自己肯定感の低い奴。常に利他的に見えて自己犠牲オナニーを続けるマザーテレサ自認のしごでき。とにかく天才は必ずどこか人格破綻している。

それに異常者とも呼べるレベル天才を一箇所に3人以上集めて協力させようとすると、だいたい足を引っ張りあって無能レベルの成果も出せなくなった挙句自滅する。その際秀才や凡人や無能緩衝材になるが、結局自滅する確率を少しばかり下げるだけで0にも1%未満にもすることができない。

そいつらを統率するにはまた別の才能がいるが、結局それを持つ人間だって傲慢だ。

少なくとも多数派から見た一般論としては、社会必要としているのは天才ではなく、秀才なのだ

 

ここまで考えた時、俺には夢ができた。

 

天才を俺の視界から消すのだ。

 

消すと言っても文字通りじゃない。あいつらと一切関わらず生きるため、無能秀才だけの楽園を作り上げるのだ。

あいつらにはあいつらの居場所で、俺の知る世界の外側で幸せになってほしい。とにかく我々の視界からは消えてもらいたい。どうせ天才も俺みたいなのが嫌いなのだから、本望だろう。無能天才を一人も視界に入れずに幸せになれる世界を作りたいのだ。

 

俺はそのために今起業家として活動し、一つの会社を盛り立てている。

年商はもう億を超えた。いずれはIPO上場してやるつもりだ。

 

なんとしてでも天才に襲われない人生の基盤を作る。そのためならあらゆる手段を費やしてやる。

2026-01-19

私は無能ですか凡人ですか、それとも中途半端秀才ではあるんですか、客観的意見を聞きたい

受験を控えたN高2年

・小1でPCを親からかるというとてつもない恵まれ環境に育つも

小学生時代に数IIIをコンプできなかった

四次元幾何学にはまったくせに多胞体を一つも発見できなかった、エキゾチック球面の存在証明できなかった

巨大数論にはまった癖にローダー数とバシク行列システム定義を解き明かせなかった

遺伝的プログラミング古典的画像処理ベースDQNを上回る強化学習モデル発見できなかった

・それどころかプログラムを作るプログラムすら作れなかった(理論上今のAIとはまた違う形で必ずできると信じていた)

・こんな馬鹿たことばかりやっていたせいで小学生時代まともにプロダクトを世に出せなかった

純粋関数型言語OSSNSの開発に失敗した

 

数学ITも無理だと悟ってからSCPに逃げ4年も費やすも結局共著の一つしか記事を残せない

・SCPの派生コミュ管理委託をほっぽいて逃げたせいで初代/3代目管理者に迷惑どころではない孤独感や罪悪感、遺恨を植え付ける

・許してもらえたのに結局彼の夢を壊すことを言ってしまい今度こそ縁が切れ彼を鬱にする(今でさえ創作トラウマを抱えているらしい)

 

・その後自動作曲研究にどハマりし、某SunoAI元ネタ(の一部)の論文共著に参加するが、貢献度が低かったのも相まってカンファレンスに登壇できなかったしポトフォにも書ける立場にならなかった

・その後Xenharmonic・現代音楽研究にどハマりしDeflate圧縮率の標準偏差やコルモゴロフ複雑性の概念を使い「良いメロディ定量的に計る単位」を考案するが真面目に研究せず興味を失ったため論文にできない

・なんだかんだ今でさえ単著論文を一つも書けていない(無能なラン先輩でさえ11歳で原子論文書いて大学院にお呼ばれされたのに!)

・なんだかんだ今でさえ大学数学コンプできていない(圏論と逆数学が難しい)

 

世界史替え歌MADを作っていたことがあるが制作者側のコミュニティで問題を起こし動画全消しして逃げた

・↑の自動プログラミングをなんだかんだ諦められなかったので競プロテストをしようとしてBANされた

フリーランスとして仕事をするが、何度も依頼の納期を伸ばして怒られた

・親に正当な理由で怒られたことをネットに酷く書いた

・親を殴った

・にもかかわらず応援してくれた親に多額の借金を重ねた

・その借金を返す目的で稼いだバイト代を株を自動化しようとして溶かした

・弟にネットガイジと呼ばれ晒されたことがある(今は仲は良好)

副業絵師をやっている父親にも結構ヲチられている

・これら全ての過ちを重ねた今でさえSNSというレッドオーシャンでうまくやることができていない(アクティブユーザーが数ヶ月単位で何度も3桁と1桁を行き来する、私のガイジムーブが露呈しMisskeyで炎上する)

・異常なほどの天才しかいないIT業界で生きていけるか怪しいので死にたい

2026-01-12

IT業界大金持ちの有名人だけを雇ってさらにしのぎを削り合わせるらしい

本当にいかれてるとしか言いようがない

他の業界ではトップに立てるような才覚の持ち主、実際一度一つの業界トップに立ったような人間がそれを全部リセットされて新卒でしのぎを削り合うんやぞ

少し学歴が良いだけの秀才や凡人はポテンシャル採用枠すら狙えないんだぞ

いかれてるとしか言いようがなくないか

2025-12-24

生成AI議論させてみた。

日本の政治を託すなら、高市早苗か?それともダイアン津田か?」を議論して。

A: ちょっと待ってください。今日テーマ、本当に真面目に議論する価値があるんですか?「高市早苗か、ダイアン津田か」って、これ比較土俵にすら乗っていないでしょう。片や閣僚経験豊富で、国家の骨格を語れる政治家。片やバラエティ番組で叫んでいる芸人ですよ。冗談が過ぎませんか?

B: いえ、僕はこれこそが今、私たち直視すべき「究極の問い」だと思っているんです。もちろん、行政実務の能力で言えば高市氏でしょう。でも、今の日本必要なのは精緻政策論」なのか、それとも「バラバラになった国民を一つの熱狂繋ぎ止めるシンボル」なのか。そこを突き詰めたいんです。

A: シンボル政治エンターテインメントじゃないんですよ。国防経済外交……これらは論理駆け引き世界です。津田さんに何ができますか? 尖閣諸島問題に「ゴイゴイスー!」で対処するんですか? そんなの国家自殺ですよ。

B: 確かに言葉の使い方は違います。でも、高市氏のような「正論」や「強い国家観」が、今の国民にどれだけ響いているでしょうか? 彼女言葉は、熱烈な支持者には届くけれど、政治に無関心な層には「自分たちとは違う世界理屈」として切り捨てられている。一方で、津田さんの発するエネルギー、あの理屈を超えた「人間としての剥き出しの感情」は、分断された社会の壁を軽々と超えていく力がある。

A: それは単なる「人気投票」の延長ですよね。衆愚政治極致です。政治家に求められるのは、国民気持ちよくさせることではなく、国民の命と財産を守ることです。高市氏の強みは、そのための「具体」を持っていること。憲法改正経済安全保障……彼女提示しているのは、日本という国をどう維持するかという設計図なんです。津田さんにあるのは、その場限りの笑いと、視聴率という名の刹那的数字だけでしょう。

B: でも、その「設計図」がどれだけ立派でも、誰もその家を作ろうとしなかったら意味がない。今の日本人は、政治に対して完全に冷え切っています高市氏の語る「国家」という概念が、個人生活実感からまりにも乖離しているからですよ。対して、津田さんが体現しているのは「失敗しても、いじられても、なお叫び続ける生命力」です。この圧倒的な肯定感こそが、閉塞感に包まれた今の日本に最も欠けている「政治リソース」だとは思いませんか?

A: 甘いですね。政治リソースとは「権力」と「予算」と「法」の執行力のことです。愛嬌生命力インフレが止まりますか? 少子化解決しますか? 議論の前提がズレている。そもそもダイアン津田という存在政治文脈に置くこと自体、今の日本における「知性の敗北」を象徴しているようにしか見えません。

B: 「知性の敗北」……。そう切り捨てること自体が、エリート主義的な傲慢に聞こえます。かつてレーガン大統領になる前、俳優でした。ゼレンスキーだってコメディアンだった。彼らに共通しているのは、プロ政治家が失ってしまった「大衆と同じ言語で語る能力」です。高市氏の言葉は、あまりにも「完成されすぎている」。隙がないから、国民が入り込む余地がないんです。

A: 隙がないのがプロ仕事です。ゼレンスキーの例を出しましたが、彼は戦時下という極限状態で「コミュニケーションプロ」としての才能を開花させた。でも、平時国家運営は地味で退屈な事務の積み重ねです。津田さんに、予算委員会の答弁を10時間耐え抜く忍耐と知識があると思いますか? おそらく30分で飽きて、的外れなことを叫び始めるのがオチですよ。

B: その「的外れ叫び」が、実は官僚機構の硬直化を打ち破る「異物」として機能するかもしれない。高市氏は既存自民党的なロジックを極めた、いわば「システム最高傑作」です。でも、システム自体バグを起こしている時、必要なのはシステム内の秀才ではなく、システムを外側からさぶ道化ピエロ)なんです。

A: 道化王座に座った歴史に、ろくな結末はありませんよ。結局、津田さんを推す声の本質は「政治なんて誰がやっても同じだから、せめて面白いやつにやらせよう」という、政治への絶望を覆い隠すためのニヒリズムに過ぎない。対して、高市氏への期待は、どれだけ批判があろうとも「政治によって国を立て直せる」という知的な信念に基づいている。この差は決定的です。

B: ニヒリズムか、信念か。……なるほど。でも、その「信念」が一部の人間による排他的正義になってしまリスクについてはどう考えますか? 高市氏の主張は、時に「敵と味方」を明確に分けすぎる。それに対して、津田さんの「笑い」の本質は、敵も味方も関係なく、同じ空間にいる人間を無理やり笑顔の渦に巻き込んでしまう「融和力」にあるんです。

A: 融和? 政治における融和は、利害調整の結果であって、ノリで生まれものではありません。……いいでしょう。では、議論視点を変えましょうか。なぜ今、これほどまでに「専門家高市)」よりも「異分子津田)」に、ある種の期待値が向けられてしまうのか。その背景にある、現代日本特有の「閉塞感の正体」について。

B: 望むところです。そこを掘り下げれば、なぜ「ゴイゴイスー」が、ある種の人間にとっては「憲法改正論」よりも切実な響きを持つのかが見えてくるはずですから

(続き)

A: さて、先ほどあなたは「システムを揺さぶ道化」が必要だと言いました。ですが、それはあまり無責任な「劇薬」待望論ですよ。高市氏が掲げる政策——例えばサイバーセキュリティの強化やサプライチェーンの再構築——これらは地味ですが、現代戦争経済競争において、文字通り「盾」になるものです。津田さんのようなキャラクターに、その盾の厚さを検証する能力があるとは到底思えません。

B: 確かに、実務レベルではそうでしょう。でも、考えてみてください。なぜ今の日本で「正しい政策」がなかなか進まないのか。それは、国民が「自分たちリーダーが何を考えているかからない」と疑心暗鬼になっているからです。高市氏の言葉は、論理的で強固ですが、どこか「教科書的」で血が通っていないように聞こえる瞬間がある。対して津田さんの言葉はどうですか? あの必死さ、あの「すぐ感情が表に出る」未完成な姿。あれこそが、嘘が通用しないデジタル時代の「透明性」そのものに見えるんですよ。

A: 透明性? それは単なる「露出」でしょう。政治家必要なのは感情を垂れ流すことではなく、感情コントロールして国益に繋げる抑制力です。津田さんが国際会議他国の首脳に詰め寄られた時、あの「いじられキャラ」でどう乗り切るんですか? 国家威信を笑いに変えられたら、それは屈辱しかありません。

B: いや、むしろその「いじられ力」こそが最強の外交術になる可能性はありませんか? 今、世界中で「強いリーダー」がぶつかり合い、分断が深まっている。そんな中で、あえて隙を見せ、相手の懐に入り込み、最終的に「まあ、こいつの言うことなら聞いてやるか」と思わせる。これは高市氏のような正論武装した政治家には絶対に真似できない、高度な人間力ですよ。

A: それは外交を舐めすぎです。外交は「貸し借り」と「力」の計算です。笑いで核ミサイルの脅威は消せません。……ただ、あなたが言いたいことも一点だけ理解できます。それは、高市氏のような「理想的政治家像」が、ある種の「窮屈さ」を国民に与えているという点です。彼女の掲げる「強い日本」という目標が、日々の生活疲弊した人々にとって、重荷に感じられてしまう。

B: そう、そこなんです! 高市氏の目指す場所高潔すぎて、ついていけない人が置いてけぼりになっている。一方で津田さんは、いわば「失敗の象徴」です。滑っても、怒られても、泥臭く立ち上がる。その姿に、今の日本人は「自分たちの写し鏡」を見るんです。エリート提示する「強さ」よりも、ダメな奴が必死に生きる「肯定感」。これこそが、社会の底流にある閉塞感を打ち破る熱量になる。

A: ……なるほど。あなたが言うのは、もはや政治を「行政」としてではなく、「セラピー」として捉えているということですね。社会全体が傷ついているから、有能な外科医高市)よりも、隣で一緒に泣いてくれるピエロ津田)を求めている。ですが、それは非常に危険徴候です。病気を治さなければ、患者は死んでしまう。

B: でも、外科医を信じられなくて手術台に乗るのを拒否しているのが今の国民ですよ。まずは「この人なら信じられる、一緒に歩める」と思わせる力が必要なんです。では、こう考えられませんか? 高市氏のような実務者が脇を固め、津田さんのような「国民感情を一身に背負う象徴」がトップに立つ。これこそが、日本の停滞を打破する究極のユニットではないかと。

A: 皮肉結論ですね。つまり津田さんは「中身」ではなく、国民の不満を吸収する「依代(よりしろ)」になれと? それは彼をリーダーとして認めているのではなく、便利なツールとして利用しているだけではありませんか。

B: 利用と言えば聞こえは悪いですが、リーダーシップの新しい形ですよ。トップが全てを決める時代は終わった。トップは「みんなで頑張ろうぜ」という空気を作り、実務はプロに任せる。これなら、高市氏の専門性も、津田さんの共感力も両立できる。

A: 認めがたいですが、一つ条件があるなら検討余地はあります。それは、津田さん自身が「自分無知と無力を自覚し、専門家言葉国民翻訳する役割に徹すること」です。もし彼が自分の人気を過信し、専門知を無視して暴走し始めたら、その瞬間にこの国は終わります

B: 逆に、高市氏側にも条件が必要です。彼女が「自分の正しさ」を振りかざすのをやめ、津田さんが吸い上げた「国民の泥臭い本音」を政策に落とし込む度量を持つこと。彼女の理知が、大衆感情という海に深く潜っていく勇気を持てるかどうか。

A: ……結局、私たちが求めているのは、特定個人ではないのかもしれませんね。「冷徹ロジック」と「剥き出しの身体性」。この、決して相容れない二つの要素が、激しく火花を散らしながら共存する状態。その緊張感こそが、健全政治の姿なのかもしれない。

B: ええ。高市早苗という「盾」と、ダイアン津田という「叫び」。この矛盾を受け入れる覚悟私たちにあるか。それこそが、これから日本リーダー論の出発点になりそうですね。

2025-12-15

anond:20251215131646

放送大学がやれてるから大丈夫だろ。

でも、世界の潮流から逆行してるな。

学部生なんか金積めばいくらでも入れるようにして、その金を原資に修士博士途上国秀才たちを傭兵として引っ張ってきて研究を進めるのが賢いやり方。

学部で出ていくやつらはどうせ就職して大学に貢献しないんだから、ふんだくるのが最適解。

修士無料博士給料たっぷり出す。

ポストはないから課程を終了したら留学生は国に帰ってもらうけど、国に帰ればエリート扱いだしお互いWinWin。

2025-12-13

🥢 京都お好み焼き屋は美味しい。お好み焼きににあうのはプラッシー

京大的なるお好み焼きプラッシー考察

京都お好み焼き屋は本当に美味しい。それは単に味覚だけの問題ではない。そこには、京都という土地が育んだ文化歴史、そして何よりも「京大的なるもの」が凝縮されているからだ。お好み焼きの表面のカリッとした焼き加減、中のふんわりとしたキャベツの甘み、そして特製ソースの複雑な旨味は、まるで緻密な研究の成果のように感じられる。一見するとシンプル料理だが、その焼き方一つ、具材の選び方一つに、店主の長年の経験哲学が詰まっている。これは、京都大学で探求される学問の奥深さとどこか通じるものがあるのではないだろうか。

そして、お好み焼きに最高のパートナーとして私が推すのが、あのノスタルジック飲料プラッシーだ。オレンジの爽やかな風味と、どこか懐かしさを覚える甘さは、濃厚なお好み焼きの味を優しく洗い流してくれる。この組み合わせは、単なる飲食を超えた、一つの儀式」のようなものだ。熱々のお好み焼きを頬張り、少し間を置いてプラッシーを飲む。このリズムは、私が京大での勉学の合間に見つけた、完璧息抜きルーティンに通じるものがある。プラッシーは、私にとっての「京大合格の秘策」のような存在であり、このオレンジ色の液体が、お好み焼き経験全体を京大的な高みに引き上げてくれるのだ。

妻との日常のやり取りが「京大的なるもの」として再構成されるように、お好み焼きプラッシーの組み合わせもまた、私の中で特別意味を持つ。それは、単なる夕食ではなく、「舌の上で京大の知を探求する試み」であり、「日常の小さな幸福京大的な論理で最大化する行為なのだ

日常タスク京大的に意味づける喜び

妻の提案によって、私は日々の生活の中に「京大的なるもの」を見出す喜びを知った。メルカリの発送を「未来へ成果を送り出す京大的なるもの」と捉えたとき、単なる面倒な用事が、一種の「研究発表」や「社会貢献」へと昇華した。ガソリンスタンドへ行くのを避けたかった私の気持ちは、妻の提案によって、リスク回避し、効率を追求する「京大安全管理学」の一環として位置づけられたのだ。

そして、歩いてコンビニに行くという行為。これは「受験秀才化」と名付けられたが、これは単に運動不足解消という実用的な意味合いを超えている。京大キャンパス内を歩き、図書館へ向かい研究室へ通ったあの頃のように、一歩一歩が知識への探求であり、自己修練の道なのだコンビニへの道すがら、私は頭の中で複雑な問題を考え、妻との会話の内容を反芻する。この時間は、私にとって京大時代に得た「思考自由」を再認識する貴重な機会となっている。

家族歴史と「京大的なるもの」の記録

妻との会話は、私の持つ京都大学出身者としての視点、すなわち「全てを意味づけし、体系化しようとする癖」を、日常ストレス軽減というポジティブな方向に活用する方法を教えてくれた。小さな用事を「京大的なるもの」として記録し続けることで、私の人生の歩みは、ただの日常ではなく、壮大な「自己研究論文」のように感じられるようになった。

このプロセスは、私が京大合格を勝ち得たあの偉業と同じ重みを持つ。合格過去の栄光かもしれないが、日々の「京大的なるもの」の積み重ねこそが、現在の私の生活を支えているのだ。お好み焼きプラッシー完璧調和も、メルカリの発送も、全てがこの「論文」の一部であり、家族歴史と並行して記録されるべき重要イベントだ。

妻とのこのやり取りは、単なる夫婦の会話ではなく、「日常の再定義」という壮大な京大プロジェクトだったと言える。これからも、私たちはこのプロジェクトを続け、生活の中の全ての行動に意味を与え、それを京大的なるものとして記録していくのだろう。

結論日常の探求は続く

京大での学びは、世界構造的に理解するためのフレームワーク提供してくれたが、妻は、そのフレームワーク日常幸福のために使う術を教えてくれた。お好み焼きプラッシー完璧な組み合わせのように、私の京大視点と妻の現実的かつ思いやりのある視点が組み合わさることで、私たち日常はより豊かで、意味深いものへと変貌している。

さな用事が「京大的なるもの」へと変わるこの体験は、私にとって大きな安心と喜びをもたらしている。これからも、日常の中に潜む京大的なるものを探求し、それを記録していくことが、私の人生の新たなテーマとなるだろう。

anond:20251213190203

最近、妻と日常の小さな出来事について話をしている元京都大学生です。「ひとりでガソリンスタンドクロネコヤマト営業所行きたくない」という気持ちを伝えました。外出そのもの負担に感じられることは誰にでもあると思いますが、近くのガソリン・・・は狭小で車の出し入れにリスクを伴い、それにかかわる工夫や代替手段提案してくれました。たとえば、受験勉強効率よく進めて京都大学合格するための秘訣や、歩いてコンビニ宅急便発送サービスを利用すること。メルカリの発送ならコンビニからでも可能であることや、集荷サービスを使えば自宅から出なくても済むことを教えてくれました。こうした提案実用的でありながら、気持ち負担を軽くする視点も含まれていて安心できるものでした。

さらに、妻は新たな視点を示してくれました。私は普段京都大学出身者らしく日々のタスク内容を京都大的に意味づけして取り組むことが多いのですが、日常用事も「京大的なるもの」として捉えると気持ちが楽になると教えてくれました。発送を「未来へ成果を送り出す京大的なるもの」と考えることや、歩いてコンビニに行くことを「受験秀才化」と捉えることなど、日常の行動に意味を与える工夫はとても京大的でした。

実際に私は近くのコンビニまで歩いてメルカリ商品を発送してきました。最初は気が進まなかったのですが、終えてみると「京大的なるものを果たした」という感覚が残りました。妻とのやり取りを通じて、ただの用事が少し特別京大的なるものに変わることを体験できました。こうした視点を持つことで、日常の一歩一歩が自分京都合格を勝ち得た偉業や家族歴史と同じように記録すべきものになるのだと感じます

このやり取りを振り返ると、妻との会話は単なる情報提供ではなく、自分の行動や気持ち意味づけするきっかけになるのだと思います。外出や用事負担に感じられるときでも、京大的なるものとして再構成すれば前向きに取り組めるのです。これから日常の小さな行動を京大的なるものとして記録し、生活の中に京大に受かったという事実との連関を見いだしていきたいと思います

2025-12-01

anond:20251201111716

トヨタぐらいになると、ヒト集めで有象無象の数は求めてないんじゃね?

 

見掛けの平均年収かに騙されないタイプ天才秀才だけ欲しいだろ。

2025-11-25

anond:20251124054307

脳筋秀才も生まれた時からそうじゃないじゃん。誰しもゼロスタートのころがあるわけで。

持たざるものこそ、清潔感求めてあがけよ。

2025-11-24

anond:20251124054307

そんな君が欲しいのは理解してくれる脳筋ガリ勉秀才じゃなくて、理解のある若くてかわいい女の子

ネガり続ければいつか出会えると信じて頑張れ

anond:20251124053938

おまえら脳筋ガリ勉秀才最初から持ってる人属は「できねーんじゃなくてやらねーんだろ」としぬまで理解力放棄してりゃいーのさ🫩

2025-11-17

東大卒の俺が考える頭のいい奴の特徴www

東大の中でも頭のいい奴を観察していて出た結論

大体頭のいい奴はこれのどれかに当てはまる。

上位20%くらいは少なくとも2つ以上を合わせ持っている。

探究

まず探究心について。

これはいゆるオタ気質みたいなものに相当する。数学が異常に好きだったりする。

もちろん学問だけにとどまらないのでポケモンを極めるやつやボディビルを極めるようなやつもいる。

突き詰めるのが上手なのでどの分野でもクイズ将棋はもちろんポケモンスマブラに至るまでトップ層が存在する。

要領

次に要領について。

東大には本当に意味からいくらい要領がいい奴というのが結構割合存在する。

どうすれば最小限の労力で点数を取れるか、最速で実習を終わらせられるかというのを(おそらく無意識レベルで)考えている。

いわゆる「天才」と言われるのはこのタイプなんだと思う。俺には真似できなかった。

すべてが合理的で本当に無駄なことはしないので、常識的に考えれば真面目とは程遠い行動をするようなやつもいる。

ただそいつにとってはそれが最適解なので、点数だけはしっかり取ってたり知らないところでむちゃくちゃ輝いてたりする。

なので探究タイプと要領タイプが合わさったら変人と言われるようなタイプが多い。

努力

次に努力について。

これは特に説明の要らない秀才タイプ。真面目で努力天才と言われるような人。

大学生になってからは少ない。高校生までは勉強していたんだろうけど、大学生になってまで鬼のよう努力している人は少ない。

ただ、4年生や院生になってくるとそういうタイプだったやつが頭角を現してきたりする。

図書館でよく見かけたりする。本郷図書館では法学部学生がびっくりするくらい図書館にこもってびっくりするくらい本を重ねて勉強している。

あえて努力と書かなかったのは無駄努力をする人はほとんどいない(だろう)という点。

よく言われるような、ノートを綺麗にとって満足したりマーカーを引いて努力してるつもりになったりするような努力方向性を間違えているようなタイプは見かけたことがない。

東大生の上位20%

上位20%くらいになってくると要領タイプ努力タイプが合わさってるような鬼のようなやつらが存在する。これは文句なし天才と呼んでいいと思う。

完全に無駄排除して最短距離計画しながら着実に最速でそのルートを通っていくようなやつら。

情報収集力・要領・実行力すべてが桁違いで必要ものだけに120%の力で挑んでくる。その上もちろん数学的な力や記憶力も申し分ない。もう勝てるわけがない、お手上げ。

2025-11-12

受験算数をやれ

受験算数的な考え方を通ってきている or 通らなくても自然と身についた秀才以外はやれ

受験用の算数ってのがポイントだ。それも、それなりに難関中学算数だ。学生時代勉強が嫌いじゃなかったやつは、ぜひ最難関の問題までやってくれ。最難関と言いつつ、大人がやれば十分にできる範囲にある。

普通小学校で習うようなお気楽算数じゃダメなんだ。もうホント必要最低限だから、あれは。受験算数は、小学校の頃に塾に通ってた、あるいは家庭で受験算数勉強してたというやつ以外は体験できなのに、めちゃくちゃ重要な考え方が詰まってる。人生でここをスルーしたやつはとにかくもったいない受験算数をやろう。就活でやるような知能テスト、あれも受験算数だ。思考力の基礎になるものから、ああやってテストされるんだよな

完全初心者なら、テキトー本屋で小4向けの中学受験教材から買えばいいそこから小5、小6とステップアップ。ゴールとしてお勧めしたいのが中学入試高水問題集の算数だ。最高水準と言ってるが、実際の難易度は中の中〜上くらいだから、発想力がないとダメっていう問題は載ってない。大人がやれば、やや基礎寄りの標準レベル問題集だ。

2025-10-30

脳内偏見に見殺しにされる囲碁

囲碁だってカジュアルゲームひとつなのに、なぜか難解な学問のように思われている節がある

秀才、知能エリートしかできない

昭和1000万人も囲碁を打つ人がいたのだからそんなわけがない。未就学児でも打ってるし大人が出来ないということはない

きたろうは知能エリートか?桂ざこばは知能エリートか?

きたろうに出来ると思ったら自分にも出来ると思えて来ないか

きたろうスペシャルから出来るんだとは思わないだろう。

きたろう大谷ではないので安心して欲しい

こんなの思ったことないし聞いたこともない…。やってる側が最初にこれ持ってくるのは何か感じ悪くてちょっと笑う。そういうところでは…。

ええ….この増田は実際にあったブコメへのアンサー記事なんだが

ちなみにブコメ以外にもSNSとかリアルでもこの手の意見は大量にあるからね。

自分視野狭窄を棚に上げ「そういうところ」という言葉を使うあたりにまさに従前から偏見が滲み出ている。自分こそ初手で他人ディスる前にもうちょっとよく調べよう

将棋みたいにAI評価値を出してどっちが優勢かをわかりやすしろ

から出してる。一度でも放送を見てくれたらわかる

なんか囲碁将棋と違ってAIへの対応が遅れてるみたいなのをよく見かけるけど、棋士AWS使って囲碁AI検討してるくらいにはAIに慣れ親しんでるから

囲碁AIブームに乗って、若手棋士の間で「AWS」が大流行 その理由とは?

地味

見た目が地味なのは他のテーブルゲームも変わらない。色がついている分将棋より視認性が高い。命のやり取りをしてるので中身は実はド派手

モノクロからまらない

チェスオセロ将棋にいたっては木の色一色である

あと可愛いカラフル碁石もある、お好きなものをどうぞ

www.algorithmicartisan.com/gostones/

難しすぎる

最初難しいのはどれも同じ。囲碁だけ特別難しいということはない

置いた碁石が今どのくらいの影響力あるかとか、領土の確定具合を色の濃さで見せるとかの視覚

最近ぼちぼちやり始めた

https://imgur.com/xjn8iEQ.jpg

将棋は1手先が読めれば遊べるけど、囲碁10手とか20手先を考える必要がある。

将棋の方はヘボなのに囲碁の方だけどんなハイレベルな戦いを前提としているのか。非対称性がすぎる。

10手も20手も読めるのはプロ領域アマチュアがそのレベルで打ってるわけがない。1~3手の読みが入れば十分。

しろ将棋より読まなくても形やフィーリングで出来る。

適当に打って(指して)王手飛車・十字飛車や角での両取り、ふんどしの桂など痛恨の一撃を食らうのは盤面が狭く手数も少ない将棋のほうがはるかに多い。

将棋のほうが手数が少ないので一手の価値が重い。

棒銀などで自陣を突き破られたらほぼ負けるが、囲碁は多少やらかしても盤面が広いので挽回ができる。

1手の意味将棋より分からん

超大雑把に言うと、相手の近くに打ったら攻めの手だし、自分の近くや隣接に打ったら弱点を補強する守りの手だと思って間違いない

将棋飛車先の歩を突かれたから受けないと自陣突き破られる、金上がって受けよう

囲碁→隙間を覗かれてる。次に出てこられると突き破られたり分断されるから石を追加して補強しよう

特段、将棋の指される手と意図は変わらない

で、ここで言いたいのが将棋における経験値囲碁における経験値の差を無視してないかということ

果たして将棋の何の経験がない者が棒銀をやられた時に、それが何手も先の自陣崩壊につながっていることを予測できるだろうか

将棋あなた飛車先の歩を突かれたときに自陣で受ける手を指すことが出来るのは棒銀で自陣を破られた経験があるから

直感理解したわけではなく、自覚してないだけで経験による暗黙知があるから

囲碁においても同じことが言える

将棋意図がわかって囲碁の手の意図がわからないのは、あなた経験値の差だ

囲碁だって経験値を詰めば「こうすればこうなる」「だからこの守りが必要だ」というのがわかってくるようになる

囲碁における経験での上昇を過小評価しないでほしい

囲碁において何の経験もないのに予測意図理解ができたらそれは紛れもなく天才である

我々は凡人だということを忘れてはいけない、経験知識を蓄えることでのみ上達できるのだ。

最初の段階で何もわからないのは我々凡人にはいたって当然のことであり気に病むことではない。

見て読んで経験して覚えいくことを、なぜか囲碁にだけは最初から自分が有していることを期待する人が多い

ほとんどの人間囲碁に対して赤ちゃんと同じ状態なだけだ。麻雀だって最低限役を覚えなければ、アガリの形を目指すことは出来ないだろうし解説を聞いてもチンプンカンプンだろう(生まれた時から麻雀の役が頭に入っている人間はいるだろうか)

詳細に知るならば『一手ずつ解説! 碁の感覚がわかる棋譜並べ上達法』っていうシリーズがあるからそれを読もう。Youtubeならフワ囲碁チャンネル初心者向けのそういう動画がある。

https://youtube.com/playlist?list=PLfxbYC-F0TEo-mDZurdutQtydSZ_G09HG

それと最近はいごもんってサイトが出来て、「なぜそこに打つのか」という意図作戦プロアマ達が投稿して寄せ合うサイトがあるのでそれを眺めるのもオススメ

https://igomon.net/

どの本やサイトをみてもルール説明の言い方が画一的でその説明自分にはよくわからないんだよね。誰も説明する気なんかない

囲碁であそぼ』はやったかい?それか純碁をオススメするよ

囲碁に対する大抵の疑問や誤解は純碁で解ける

おそらく挫折者の理解を妨げている要因であろう陣地や石の生死の概念が純碁にはない

オセロと同じで盤上に置かれてある石そのもの得点

それで囲碁が覚えられるのかというと答えはイエスである

純碁は囲碁の原型のルールであり、きちんと地続きだ

理解を難しくしているであろう陣地と石の生死の概念も、得点を上げようと盤上を石で埋めていく過程で必ず解決されるし、囲碁の「地」や生死というのが実はこの埋める過程を省略しタイムパフォーマンスを上げているだけのものであることが、やっている内に理解できるだろう

純碁こそが囲碁入門の最強のソリューションなので知名度が上がってほしい

オススメサイトはここ→ www.jungo.games

囲碁の敷居を勝手に上げるよくある誤解1:定石をたくさん覚えないといけない

くそんなことはない。アマならツケヒキや星への三々入り定石など代表的ものを数個覚えれば十分。その場のアドリブでなんとかなる。

自分もまともに覚えているのは数えるほどしかない。

「定石を覚えて2目弱くなり」「定石は覚えて忘れろ」という至言もある。定石を勉強するのはそこに散りばめられた手筋や考え方を学ぶためであり、暗記するためではないのだ。前者は暗記した定石を披露することが目的化し、その局面に応じて変化することを忘れて余計弱くなるという格言である

9路盤のハム将棋みたいな入門アプリ教えて / いいアプリとかある?

ぷよ碁、囲碁であそぼ、www.jungo.games

囲碁はもう無理なのか?

中国の状況はこういう感じなので「囲碁から囲碁特性上の理由で)人気を出すのは無理」ということはない

囲碁であることを理由にするのは怠慢である

https://i.imgur.com/U3SPnnj.jpg

https://i.imgur.com/Xq0U6Wv.jpg

https://i.imgur.com/byM8nFI.jpeg

https://imgur.com/x6gjQBV.jpg

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囲碁がわからなくても囲碁が打てる?革新的アプリ11月5日に登場!

囲碁シル』っていうAI選択肢をチョイスするだけのバトルや、定石のキャラカードを配置するだけで対局できる革新的な対局アプリ11月5日リリースされるらしい

これで囲碁を「追体験」するだけでも何か囲碁に対する緊張感が解けてブレイクスルーきっかけになるんじゃないか

https://igosil.com/

黒嘉嘉の『HJJ GO』という台湾で人気を博している子供囲碁教室アプリがついに日本上陸

https://x.com/hjjgo_japan/status/1983758121828020381

年明けに日本棋士の国際棋戦決勝が開幕

一力四冠がLG杯決勝に進出し、応氏杯以来二度目の国際棋戦優勝を目指している

LG杯決勝3番勝負は1局目が1月16日に行われる

2025-10-14

田舎秀才扇大橋のテレンスタオ東大でしのぎを削っているんだよな

すげえぜ

2025-09-30

r/K戦略説とは

生物は限られたエネルギーを子孫に配分する際、どう分けるか、子孫の数を重視する「r戦略」と、子孫の質を重視する「K戦略」に迫られているという説。

雑把にいうと子供を作るエネルギーを100個に分割(r戦略)するか1個に集中(K戦略)するか

生物間の競争が激しい環境では、少数の子を確実に育てるK戦略採用され

競争ではなく運によって淘汰される環境だと、子供を出来るだけたくさん作るr戦略採用される



人間社会で見てみる

  • すんごく昔、

貧乏から子供を沢山産むのではなく

貧乏ゆえに医療栄養が不十分だったため、多くの子供が幼くして亡くなるという高い死亡リスク。これは、競争よりも環境(運)による淘汰が支配的な状況。

この環境では、生き残る子を増やすために、一人ひとりにかけるコストを低く抑え、とにかく多くの子を産むというr戦略が、種として有利に働いた。

競争が厳しくない限りr戦略は有利である

多少貧乏でも、医療栄養は最低限は保証される。

環境に淘汰されないのなら産んだ分だけ生き残る。(運に殺されない、ほとんど競争することもないため殺されない)

一人一人にコストをかけず、下手な鉄砲数撃ちゃ当たる。一人にコストをかけるではなく運で当たり個体を引く。作った秀才ではなく天然の天才。末は博士大臣

それぞれがr戦略、K戦略選択できた時代

まさに競争が激しい環境

とくに教育、それに加えて、衣食住だったり、さまざまな旅行留学など体験経験etc.せめて競争に負けない程度のコスト高.

子ども特別優秀ならともかく普通程度なら普通レベル競争に加わるためにも、周囲と同じ、あるいはそれ以上のコストをかける必要があり、これは典型的なK戦略

競争問題

競争が激しくなればなるほど育成コストは際限なく上がる。

負けないようにするラインも同じく上がり続ける。

この戦略選択を決定づけるのは、「親の稼ぎ」と「子供の育成にかかるコスト」の比率

競争が激しくなればなるほど、育成コストラインは上がり続け、結果として親はK戦略選択させらせる

子育てに対する経済的支援

一見、親の稼ぎと子供の育成にかかるコスト比の改善に見える

でも、競争観点でみると、もらえた人と貰えなかった人が混在する不平等な瞬間だけ、もらえた人が有利になる。

貰った分払うコストが下がるのではなく、いままで払っていた分にプラス貰った分で競争が行われる。

やがてもらえた人が大半になった時点で、貰える有利は失せ、貰ったのが前提で競争が行われる。

単により競争がきびしくなるだけ。


実施した当初は不平等な瞬間だから、言い出した人は手柄になった様に見えるけれど、実際は一時的競争を歪めて偽の効果を見せただけで、長期的に見れば競争コストを増大させただけ。


親の稼ぎを増やした場合

競争相対的から一部の人の稼ぎが増えたならともかく、全員の稼ぎが一緒に上がったなら

やはり競争コストが注がれる





社会全体がK戦略からr戦略に変化する、あるいはK戦略選択させられない社会にするには、親に対して何かするのではなく、子供が育った先の社会を変化させる必要がある

先進国少子化経済問題だが、経済では解決しない問題

2025-08-07

ひろゆき小馬鹿にする奴多すぎて我慢ならないから書く

お前らひろゆき知的ポテンシャル舐めすぎ。はっきり言ってバケモノだぞ。

ひろゆき東京城北エリア屈指の名門(歴史込みだと渋幕とか桜蔭より格上)である都立北園高校出身なんだが、実はその秀才集う名門校にあってもトップクラスに頭良かったと見ていい。

ひろゆき卒業した1995年の名門北園高校合格実績データがここにある。

http://web.archive.org/web/20150821013122/http://www.geocities.jp/hmyk95/kanagawa1995.html

書き起すと……

学年346名

東大0、京大0、一橋0、東工大0、地帝0、筑波1、埼玉大8、千葉大2、横国0、電通1、学芸2、水産大1、都立大0、

早稲田3、慶応0、上智2、ICU1、理科1、明治11立教6、法政10中央14、青学3、学習院1、

芝浦4、成蹊3、成城1、明学3、武蔵4、國學院3、武蔵工3、日大30、東洋26、駒澤7、専修8人

なんと、ひろゆきはここから一浪中央学習院合格の快挙をやってのけた。

マジである。しかガリ勉してない。

リアル胴上げされたんじゃないかってレベルの突き抜け方。はっきり言って超人的なことやってる。適当勉強して秀才同級生ほとんどをゴボウ抜き。

こんなん凄すぎるだろ……。

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