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なんかまたSNSで空想科学読本がバッシングされてるけど、定期的にこの話題繰り返してないか特撮クラスタ
確かに初期の空想科学読本って「こんな事科学的に起こらねーよ」的な考証あげつらい路線だったから特撮ファン的にはムカつくのはわかるんだけど、
でもそのあげつらい路線はかなり早い内に是正されて、「作中のこの描写は科学的にどういった事が起こってるのか考えてみよう」みたいな穏健路線にシフトしたんだよね。
でも未だに特撮クラスタは"あの頃"の空想科学読本をいつまでもいつまでもいつまでも何十年も叩き続けてるの、傍目に見て異様だよ。
これだから特撮クラスタには関わらないほうがいいって思われて特撮自体がどんどん衰退していくんだよ。
そんなに「空飛ぶウルトラマンは首がちぎれる」が許せなかったの?
何十年も前の柳田理科雄の亡霊を叩き続けてて楽しいか?いい加減歩を進めたら?
(ちなみに近年の空想科学読本はシン・ウルトラマンも取り上げてたけど「劇中で科学的考察されてるからワシの出る幕無かった」とか言ってただのシンウルの感想で終わってた)
だいたい特撮クラスタの何が嫌って、基本的に犯罪者的思考なんだよね。
ちょっと前にウルトラセブン欠番回の存在するはずのない4Kリマスター映像がニコ動が違法アップ(明らかに内部の犯行)されて話題になったけど、
2001~2002年にテレビ朝日で放映された特撮ドラマ番組「仮面ライダーアギト」。
その25周年記念展が今日から行われている。昨日は、その前夜祭番組が放映された。
その番組の終盤で、かつてメインキャストの一人であり、現在は芸能界を引退して飲食店に勤務している、ある一般人男性がサプライズとして登場した。
XなどのSNSでは、彼の登場を喜ぶ声がほとんどで、好意的な意見ばかりであった。
彼は2014年頃から恋人にDVを振るったり、また別の恋人の預金を数千万円も使い込むなどのスキャンダルを抱えていた。
当時所属していた人気歌唱グループからの脱退はおろか、芸能界引退にまで追い込まれたのである。
そういった事がありながらも、彼は縁に恵まれたようで、飲食店の店長を任されるまでに至った。
今回のサプライズ登場も、多くのファンから「待っていました」とばかりの声が飛び交っている。
しかし、ここで考えておきたい。
DVは傷害罪に該当するし、恋人の預金の使い込みも詐欺罪や窃盗罪に該当するだろう。
当事者同士で和解が成立しても、事実が無かった事になるわけではない。
人気が続いていれば許されるのだろうか?
もしくは十分な謹慎期間を設ければ?
更生していると判断されれば?
先のサプライズ登場の男性については、SNSでの多くの好意的な意見から見ても、「禊は済んだ」ように思われる。
では彼が許されるのであれば、
特殊詐欺の受け子役として警察官に扮しキャッシュカードを騙し取った「元俳優」や、
番組の共演者と不倫の疑惑があり、未成年飲酒により出演中の番組を途中降板した「元女優」も、
いずれは許されるのだろうか?
タローマンがどうしても苦手だ、という話をしたい。
前提として、自分は岡本太郎という芸術家自体はもともと好きだった。あの極端な言葉の強さや、「うまくやること」への明確な拒否、良くも悪くも整理されないまま前に出てくるエネルギーのようなものに惹かれていた。少なくとも、自分の中では「安全に消費できないもの」の代表の一つだったと思う。
だからこそ、タローマンを最初に見たときの違和感がうまく説明できなかった。
世間的には、タローマンは「でたらめでシュールで面白い」と評価されているし、その受け止め方自体は理解できる。実際、70年代特撮風の質感や、妙に力の入った演技やナレーション、岡本太郎の言葉の使い方など、かなり精密に作られているのも分かる。
ただ、いろいろ見たり調べたりしていくうちに、自分の中で引っかかっているポイントは少しずつ明確になってきた。
タローマンはよく「でたらめ」と言われるけれど、実際にはかなり周到に設計された“でたらめ”だ。岡本太郎、昭和特撮、アート文脈といった複数の要素を意識的に組み合わせて、「こういうふうに見えたら面白いだろう」というラインにきっちり収めている。その精密さに価値を見出す人が多いのも納得はできる。
ただ、自分にとってはその「収まりの良さ」こそが気になってしまう。
岡本太郎の言葉や作品にあったはずの、どう扱っていいか分からない感じや、受け取る側を少し困らせるような不安定さが、タローマンではかなり扱いやすい形に整えられているように見える。強い言葉も、奇妙な映像も、すべてが「これはこういう面白さです」と提示されているような印象がある。
その結果、「でたらめ」というよりは、「でたらめっぽさを上手に再現したもの」に見えてしまう。
さらに気になるのは、このコンテンツが共有されるときの空気だ。タローマンは口コミで広がり、書籍や展示、グッズ、映画へと展開していったが、その過程で一貫して感じるのは、「この面白さ、分かるよね」という前提がかなり強いことだった。
岡本太郎が好きな人、特撮が好きな人、少しひねった表現が好きな人——そういった文脈を共有している人たちにとっては、とても気持ちよくハマる構造になっていると思う。ただ、その外側にいると、作品そのものというより、「その共有を楽しんでいる空気」のほうが前に出て見えてしまう。
これは好みの問題なのだが、自分はどうしてもその空気に乗り切れない。
岡本太郎の作品に感じていたのは、「理解できなくても、無理やり突きつけられる何か」だったはずなのに、タローマンは「理解できる形に翻訳された岡本太郎」を提示しているように感じてしまう。そこにあるのは、爆発というよりも、よく調整された爆発の再現のようなものだ。
もちろん、これによって岡本太郎に興味を持つ人が増えるのであれば、それ自体は良いことだと思うし、タローマンを楽しんでいる人を否定するつもりはない。
ただ、自分にとっては、「扱いにくさ」や「収まりの悪さ」に魅力を感じていた対象が、「うまく楽しめる形」に整えられていること自体が、どうしても引っかかる。
うまく言語化できていなかった違和感をまとめると、「変なもの」ではなく「変なものとして安全に楽しめるように設計されたもの」に見えてしまうこと、そしてその設計のうまさまで含めて共有される空気に、少し距離を感じているのだと思う。
いや、俺も分かってたんだけどさ、あんだけ権力のある女がピチピチのギャルじゃないってことぐらい。
でもなんとなく俺の中で「エヴァもヒロインの一人だし」って認識があったから「トロフィーになりうる程度のルックス」みたいなのをどこかでイメージしてたのよ。
つうか日本産の特撮やゲームだったらほぼ確実に「老人めいた喋り方をする銀髪の少女」みたいな感じで描かれてたと思うじゃん?
俺はそういうイメージでなんとなく読んでたのよ。
ヘイルメアリーのヒロインは一緒に船に乗った女性、生徒のアビゲイル、そしてエヴァの3人だって。
まあ脳みそがBLな奴は可愛いアイツをヒロインだと思ったかもだけど、俺はあの関係性はタチコマみたいなもんだと思ってたし、バトーさんとタチコマがエッチするとか俺の中では絶対にNOだからさ。
まあ順当に権力を上り詰めるのに必要な年月を考えたらそりゃそうだよなーとは思うよ。
たとえば漫画でよくいる超天才児で6歳で8か国語を喋って9歳でマチャチューチェッチュに入学12歳で博士号取得とかなったとしてもそっから政治に口出し出来る所までには何十年かかるやら。
でも小泉進次郎なんかは87~89代総理大臣の七光りパワーで44歳にして自衛隊の頂点にたってるわけで・・・でもあれはまさに狸の置物でしかないしな・・・。
ゆーて設定によっては35歳ぐらいに出来ただろうとは思うんだよな。
そこをバッサリ外見年齢55歳ぐらいにしてきたやん?
こうなってくるともう「エヴァもヒロインの一人」っていう認識自体が間違っていたんかなと思えてくるわけよね。
まあヒロインの有無を考えることが脳みそチンコマンコすぎるんじゃないかって俺も思うわけで、ヘイルメアリーはヒロイン不在の純粋なSFコンテンツだったという結末でええんやろなあ、と。
庵野秀明が作品や言動を通じて「世の中に広めた(普及・一般化させた)」と言われるものを、影響度が高い順に10個挙げます。
※必ずしも「発明」ではなく「一般層に広めた」という意味です。
1990年代までサブカルだったアニメオタク文化を社会現象レベルにした。
ロボットアニメなのに
を中心に据える作風。
という構造。
例
説明不足のまま終わる
例
新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に
無音
代表例
シン・ウルトラマン
シン・仮面ライダー
シン・仮面ライダー
以降
敵が来る
都市戦
後の作品に影響
SSSS.GRIDMAN
大ヒット映画を作る流れ。
例
その先駆け。
これは
実は庵野の影響は
作品の内容より
に強く出ています。
希望があれば
これは評論村・同人村とジャニーズの界隈は全く別物として考えたほうがいいと思っている
自分もナマをかじっている者も多くいる界隈だから、内容にかかわらずここまで声が大きくなってしまった以上売っちゃダメだろと思う側。こそこそ出してたら別に売っててもよかったんじゃね?と思う
(女敵視が多い最近の増田で言うことじゃないかもしれない。たぶんこれもぶっ叩かれそうだと事前に書いておく)
ジャニーズだって見目麗しい男がいっぱいいるんだから、そりゃもとから腐女子どもが群がってることは想像に難くないし実際にいる
だけど事務所に関係するような同人誌を出しているということ自体がタブーという界隈(ジャニーズに限らず特撮やドラマなどのいわゆるそういうのでシコシコ活動するオタクたち)なのだから、これはもうエッチな本じゃなくて評論だからセーフ、という簡単な話じゃないんだよな。
だって評論とかいうから高尚なものみたいに感じるかもしれないが、要は書き手の思想、その人意見しか乗ってないってことだから、ただの思想本だろ
事務所が肯定しているものでも何でもない。その観点で言うとジャニーズの人たちが組んずほずれずしているエッチな同人誌と変わらないと思う。
「ジャニーズが出している公式なものか/そうじゃないのか」のちがいで、基本的に非公式のものは大々的にやるべきではない、という世界だ。
だから細々とやればいいのに、同人誌出します~~~~~!ここから買えます~~~~!売れ行き好調なので増版します~~~~~!(これは結局しないらしい?)を高らかに宣言したらダメだろ。
ましてや、今はジャニーズの火薬庫と読んでも差し支えない、息するだけで燃えるグループの、界隈である
※増田はこの事務所のオタクじゃないけど似たような界隈にいるので、なんとなく薄目で流れてくる範囲だけで言うと、「まぁそら誰がやってたとしても燃えるやろ」みたいな妥当な炎上と「それは別にいいだろ」みたいな火にくべられた炎上の玉石混淆のイメージがある。アンチの過激さでの故意な炎上ももちろんあるし、オタク側の無理筋の擁護で余計に延焼ということもあると思っているが、もう嫌われすぎて区別がつかなくなってきていて、とりあえずここのグループで何かあればグループ自体のこと/オタクが勝手にやったことに関係なくとにかく燃えるのだ
そんな危ないところから、(ナマモノ文化がもともとあり、こそこそ日陰でやっていこうねという風土の界隈なのに)堂々と「同人誌」というワードが出てしまったら、もう、そらそうよという話
この時点でジャニーズのオタクに限らずヤバイ騒動になっていて一刻も早く収拾してほしいと願っているほか界隈オタクもおおくいるだろう。
あと、最初は評論村/ナマに関係ない同人村の人たちが評論本を出すことに対してのただの意見を言っているだけだったのだが、ジャニオタをバカにしたいただ一心で弱男たちがこぞってよくわからないのに急に「これだから女オタクは/ジャニオタはw」と絡んできているように感じている
これは前述したとおり、そもそもナマという土壌があるかどうかで違う価値観なのだから、訳知り顔で入ってこられても…に尽きる。
「ああそっちはそうなんですか、こっちはそもそも同人誌というワードと事務所が結びついたらだめなんですよ」で終わる。「韓国はまだユッケ生食で行けるんですね。日本はだめになってしまったんですよ」「御社は正月休みは4日までですか。弊社は三が日までなんですよ」と同じで、そこで根付いた文化が違うんだから同一視できないと思う。異文化交流ありがとう
あと、ただの反論ならともかく、この俺様が教えてやって論破してやろうという気概が強くなってきている人に関しては、もはや”生理や妊娠出産を経験しなくてわからない、どうあがいても無関係なはずなのに「無知の女のおまえらに教えてやる!生理くらい我慢しろ!出産なんて痛くないんだから無痛なんて甘いこと言うな!」と言ってくるおじさん”と同じですよ
『宇宙刑事シャイダー』の海外スピンオフとして最も有名なものは、フィリピンで制作されたZaido: Pulis Pangkalawakan(ザイド:宇宙警察、英語タイトル:Zaido: The Space Sheriff)です。これは2007年から2008年にかけてフィリピンのGMA Networkで放送された特撮SFドラマで、全100話に及びます。元々は『宇宙刑事シャイダー』のフィリピン版リメイクとして企画されたものの、東映側が脚本を却下したため、オリジナルストーリーのスピンオフとして制作が許可されました。
舞台はオリジナル『シャイダー』の出来事から20年後を設定し、シャイダーの遺産を引き継ぐ新たな宇宙刑事(ザイド)たちが登場します。
主演はDennis Trilloらで、3人の主人公が活躍する点が特徴的です。
フィリピンでは1980年代後半〜1990年代に『シャイダー』が吹き替え放送されて人気を博していたため、現地での特撮ブームを背景に生まれた作品です。
明確な「シャイダー単独のスピンオフ」としてはZaidoが代表的です。フィリピン特撮ファンやメタルヒーロー好きの間では今でも語り継がれる作品ですよ!