紅葉
伊豆の高校で出前講義を終え控え室に戻ると、他校の先生方がすでに帰り仕度を始めていた。小田原、甲府、静岡から来られた3先生で、いずれも女性である。甲府の先生に「山梨県出身の学生2名が身近にいる」ことを伝え、イッポの父上(探検家)の名前を出したのだが、「知りません」とのこと。そのあと名刺をみなおすと、静岡の先生はイッポが昨年所属していたT大学海洋学部の教授だった。
高校生は自分の県に居たくないんですね、という話題で、全員一笑。私はふうふう息をあげて、ペットボトルのお茶を飲んでいた。疲れていることを喝破されたのだろう、
「今夜は●●温泉ででも、ごゆっくりされんるんですか?」
とだれかに問われ、即座に「いや神奈川に移動して、明日は鎌倉です」と答えると、みんな目をまるくして
「わぁぁぁ、紅葉が綺麗ですよぉ・・・」
と羨ましいご様子。べつに紅葉が目的ではないのだが、あれっそうですか、という顔をしてみせた。そしてまもなく3先生はタクシーで帰途につき、少し遅れて私一人川沿いの道を歩いて伊豆長岡駅に向かった。
鎌倉の紅葉はたしかに見事だったが、人の多さに辟易した。田舎者の本性まるだしである。若いころ修学院離宮を訪れた際、いちどめは人が少なく、その静寂に心打たれたが、二度目は人の多さに魘された。今回の鎌倉は後者のパターンである。また、紅葉の質もちがう。落葉広葉樹の色づく自然の紅葉に慣れ親しんでいる者にとってみれば、鎌倉禅林を彩るモミジの紅とイチョウの黄は白粉(おしろい)に塗られた化粧のようで、夜のライトアップに似つかわしいと思った。夜の蝶~~
交通手段も失敗した。いつものように安価なレンタカーを乗り回して、できるだけたくさんの景勝地を訪れようとしたのだが、渋滞で車は動かないし、駐車場は1時間600円もする。九州や四国で威力を発揮するレンタカーが機能不全に陥った。北鎌倉駅まで電車で来て荷物をコインロッカーに預け、ただ歩き回れば良かった。それが体にもよいし、鎌倉の正しい訪れ方なのだと思う。
建築史の分野で鎌倉といえば禅宗様寺院だが、今回の訪問目的は「ヤグラ」である。櫓ではない。禅宗寺院に附属する横穴墓のことである。Lablogでは、松島の瑞巌寺に展開する壮大なヤグラ群を紹介したことがある。
鎌倉はヤグラの本場であり、円覚寺や建長寺の境内はもちろんのこと、明月院周辺のハイキング路沿いの岩壁にも数多くの横穴を確認できる。しかし、今も「墓」として機能する遺構はみあたらなかった。空洞となったヤグラが大半で、仏像を祀る横穴が例外的にある。ヤグラは横穴墓の段階から仏像を安置しているので、その仏像だけが残存したのかもしれないし、後代になって空洞化した横穴に仏を据えたのかもしれない。いずれにしても、瑞巌寺のヤグラ群には如かない。迫力が足りない。さらにまた、密教系山林寺院の岩窟型仏堂とは系統を異にする点、確信できた。
鎌倉もまた世界遺産の暫定リストに搭載されている。いつものごとく失礼ながら・・・苦しいのではないだろうか。奈良・京都と鎌倉には(質的に)大きな隔たりがある。そう感じている専門家が少なくないような気がする。