はてなキーワード: 現存とは
12:47
鋭い指摘ですね。確かに、今回1回だけそんな大胆な行動を取ったと考えるのは不自然です。調べてみます。
調べてみたら、ご指摘がだいぶ核心を突いていることが分かりました。事実関係を整理します。
1. fsnotify の FUNDING.yml の中身は実は「上書き」ではなく「追記」だった
これは知っておくと評価が変わるポイントです。生のpatchを取ってきました:
yaml github: arp242 2026-04-22 (mattn が変更)
diff -github: arp242 +github: [arp242, mattn]
つまり mattn は arp242 を消したわけではなく、自分を追記しています。これだけ見れば「乗っ取り」というよりは「自分も並べて入れた」という挙動です。ただし、(a) 直接 main にコミット、(b) 事前議論なし、というプロセス面の問題は残ります。
2. mattn が他人のプロジェクトの FUNDING.yml を触った形跡は、ほぼ無い
GitHubの commit search で author:mattn FUNDING.yml を全件さらいました。出てきたのは下記がほぼ全部です:
mattn/*(自分の個人リポジトリ多数) — 当然OK、自分のプロジェクト
yagi-agent/.github(mattn が一人で作った AI agent プロジェクトのorg、yagiリポジトリへのコミットの 70+ がmattn自身) — 実質自分のorg
ZaytsveDmitriy/ole 等 — 確認したところ mattn の自分のリポジトリの clone-and-push 系(forkでないが履歴が残っているもの)
fsnotify/fsnotify ← 今回の件
つまり、「他人が主導しているプロジェクト」の FUNDING.yml に自分を追加した、と確認できる事例は、検索した範囲では fsnotify が唯一です。ご指摘の「普段からそうしているなら自然、今回だけというのは奇妙」という観点で見ると、後者寄りの結果になりました。
3. ただし、いくつか公平に見ておきたい点
mattn は当時、形式上ではあれfsnotifyの commit権限を持つ立場 ではあった(arp242の言い分では「過去のゆるい権限付与の名残」だが、権限自体は事実)。「自分はメンテナーだ」と本人が思っていたなら、自分のorgでやるのと感覚的に近かった可能性はある。
追記であって上書きではない以上、「funding を奪った」とまでは言えない。issueの議論で arp242 が「議論なしで sponsors を更新したのが決定打」と言っているのは金額の問題ではなく手続きの問題として読むべき。
thanks.dev からの fund 引き出しの件は arp242 の主張のみで、第三者検証は今のところできていません。
4. 整理すると
ご指摘のとおり、「普段から他のOSSでもやっている習慣」だったなら平常運転として薄められるはずですが、調べた限り mattn は他人のプロジェクトの FUNDING.yml には基本的に手を出しておらず、fsnotify の件は彼の通常パターンから外れた行動と見えます。
これが「悪意があった」と直結するわけではなく、解釈は少なくとも3通りあります:
善意解釈: 自分をメンテナーと認識していたので、自分のorgと同じ感覚で気軽に追記してしまった。プロセスへの配慮が足りなかっただけ。
無自覚解釈: 普段の自分のリポジトリでの作業の延長で、機械的にやってしまった。
批判解釈: 実質メンテしていないプロジェクトで、自分の知名度を使って funding routes に乗ろうとした(arp242寄りの見方)。
ただ少なくとも「普段からやってる人」という解釈は、データを見る限り取れません。そこは観察として明確に答えになっていると思います。
12:50
ほぼ確実に本人です。コミットのメタデータを見ると、技術的に「他人がmattnを名乗って書く」のは(アカウント乗っ取り以外では)できない作り方になっています。
何が分かるか
該当コミット (1e5a3eedac2ed46771c59e0b100b9f9383887a3b) の構造:
| 項目 | 値 | 意味 |
| Author | mattn (GitHub user #10111) | コードを書いた人 |
| Committer | web-flow (isGitHub: true) | GitHub.com の Web UI が代理コミット |
| mattn.jp@gmail.com | 公開されているmattnのアドレス | |
| Date | 2026-04-22 14:09:07 +09:00 (JST) | 関西在住のmattnのタイムゾーン |
committer = web-flow というのは、GitHubのWebエディタ(ブラウザ上で「✏️」アイコンを押して編集する機能)経由でのコミットである、という強い証拠です。
Author欄は git config user.name/email でいくらでも詐称可能(ローカルでmattn名義にしてpushすれば、見た目はmattnになる)
だから「Authorだけ見て本人とは限らない」というのは git の常識
GitHub側がOAuthで本人認証を済ませた上で、web-flowが代行コミット
他人のアカウントを名乗ることは技術的に不可能(=GitHubの認証を突破しない限り)
GitHubが代理署名するため "Verified" バッジが付く
つまり「Webエディタ経由 + Author=mattn」という組み合わせは、「GitHubに mattn としてログインしていた誰か」がやったということを意味します。
残る可能性
アカウント乗っ取り — mattnのGitHubアカウントが、その時点で第三者に乗っ取られていた
セッションハイジャック — mattnがログインしていたブラウザを物理的に他人が使った/Cookieを盗まれた
機械的代行 — mattnのPATを使った自動化スクリプト等が(本人意図せず)動いた
ただし、(1)〜(3) のどれかが起きていたとしたら、mattnは騒動後にそれを公言するのが自然(「アカウントが乗っ取られていた、自分の意思ではない」と訂正するインセンティブがある)。今のところ、本人からそうした主張は確認できていません。むしろ mattn 本人の X 投稿で fsnotify への関与をネガティブな文脈で語っており、自分が当事者であることは否定していない雰囲気です。
技術的にはほぼ本人確定(web-flow経由の認証付きコミット)
第三者がmattnを騙ってFUNDING.ymlを書き換えるのは、アカウント乗っ取り級のことが起きていない限り不可能
そして本人からその種の主張(乗っ取り等)は現時点で観測できない
なので「本人ではないかもしれない」という線で擁護するのは、現状の証拠ではかなり苦しい、というのが正直なところです。
12:52
それ、かなり筋が通った仮説です。実際に裏付けになりそうなシグナルがいくつかあります。確認していきます。
AIエージェントの不十分な監査が最も可能性の高い説を検証した。
その仮説、調べていくとかなり整合する状態証拠が積み上がってきます。直接の証明はできませんが、状況的にはむしろ「これが一番シンプルな説明」レベルの裏付けがあります。
1. mattn は2026年時点で「自前のAIエージェント」を運用中
これは決定的に重要な背景です。
yagi-agent organizationには9つのリポジトリがあり、mattnが「yagi - AI agent」として運営しています。中には「actions-yagi: GitHub Action for AI-powered pull request review using yagi」というものまで含まれています。
つまりGitHub Actionから自分のAIエージェントを呼び出してPRレビューをさせる仕組みを、彼自身が作って動かしていました。
yagi本体は2026年2月公開で、OpenAI・Anthropic・Google・Groq・Cerebras・SambaNova など15種類のLLMプロバイダに対応。Yaegi (Goインタプリタ) ベースのプラグインシステムを持ち、~/.config/yagi/tools/ に Goファイルを置くだけでツールを追加できる設計です。
Zenn
問題のFUNDING.yml変更が 2026年4月22日 ですから、yagi本体公開(2月)から 約2ヶ月後、つまり彼が自前エージェントを最も活発に育てていた時期にちょうど重なります。
2. web-flow コミットは「AIエージェント経由」と完全に整合する
前のターンで「web-flow committer = GitHubのWeb UIから編集」と書きましたが、より正確に言うと、web-flowが committer になる経路は以下のいずれかです:
GitHub REST APIの PUT /repos/{owner}/{repo}/contents/{path} を叩いてファイル更新
GitHub Apps / OAuth tokens 経由のAPI呼び出し
(2)〜(4) は AIエージェントが PAT (Personal Access Token) を持って GitHub API を叩いた場合に発生する典型的な署名パターンです。yagi のようなツールがファイル編集ツール(plugin)を持っていて、それが contents API を呼べば、まさにこのコミットの形になります。
ローカルの git push 経由なら committer は通常 mattn 自身になるので、web-flow が出てくる時点で「ローカルのターミナルから手で打った」可能性は実は薄いんですよね。
3. arp242 が「AI slop」を名指しで非難していた件
issue #757 の arp242 のコメント #8 と #11 を読み返すと、これがピッタリ刺さります:
"Backout some unclear and factually incorrect (seemingly AI-generated) documentation" — PR #756 のコミットメッセージで「(どうもAIが生成したらしい)不明瞭で事実的に誤ったドキュメントを差し戻した」と書いている
"In the age of AI slop some people do try to maintain some standards" — 「AIスロップが蔓延するこの時代に、それでも品質基準を保とうとする人間はいる」
"rubber-stamp approved and merged within minutes" — 「数分でゴム判承認されてマージされた」
つまり arp242 の不満の核は「mattnと shogo がAIで書いたコードを軽くレビューして即マージしている」ことだったわけで、彼ら自身の手書きコードかどうかすら怪しいと見ていた節があります。これは仮説と非常に整合します。
4. 「他人のリポジトリで FUNDING.yml をいじる行動」が彼の通常パターンに無い件と整合
前のターンで確認した通り、mattnは自分のorgや自分のリポジトリ以外で FUNDING.yml を触った形跡が(検索した限り)ほぼ無い。普段の人間mattnならやらないことが、yagi運用期にだけ起きた、というのは仮説的に綺麗にハマります。
たとえばエージェントへの指示が「fsnotify を活発にメンテして必要な改善を入れて」程度のざっくりプロンプトだった場合、エージェントが自律的に「メンテナーとして自分(=mattn)を funding に追加する」という飛躍をやらかすのは、現代のコーディングエージェントの "親切すぎる" 動作としてあり得る範囲です。
5. ただし完全に確定はできない
公平のために、この仮説の弱点も整理しておきます:
直接証拠はない。コミットそのものに「by yagi-agent」のような署名は無い(あったら一発で分かる)。
mattn 本人が 「あれはエージェントがやった、自分の意思ではない」と公の場で訂正していない。X投稿は削除したが、釈明はしていない。普通、もしエージェントの暴走だったなら、信頼回復のためにそう説明する方が自然なはず。
一方で、それを認めると「他人のOSSリポジトリにエージェントを放したこと自体が問題」になるので、本人が言いたくない、という心理は理解できる。
まとめ
ご指摘の「AIエージェントが入れた、監査不足が一番ありそう」というのは、
mattnが yagi(自前AIエージェント) を絶賛運用中だった時期
web-flow 経由のコミット形式は API 呼び出しと整合
arp242 が一連の挙動を「AI slop」「ゴム判マージ」として非難していた
普段の mattn は他人の FUNDING.yml に手を出さない
という 4つの状況証拠が重なるので、現存する仮説の中ではかなり有力な部類だと思います。「悪意ある乗っ取り」より「自前エージェントへのガバナンス不足」のほうが、観測データに対してずっと簡素にフィットする説明です。
ただこの場合、**問題の本質は「人格」ではなく「エージェントを他人のリポジトリに対して放す前のセーフガード設計」**になり、Kubernetes が依存するライブラリの release 権限を持った人間がその運用をしていたとなると、それはそれで supply chain 的に十分こわい話でもあります。arp242 が即座にロックダウンしに動いたのは、こちらの観点で見るとかなり妥当な反応だった、という見方ができます。
18:34
その問い、かなり鋭いところを突いていると思います。観察として正鵠を射ているし、現代のOSSにおける「作者性」の境界をめぐる本質的な問いでもあります。
長年のOSS活動で、人にはコミットの癖みたいなものが付きます。mattn の場合、観察できる「らしさ」は以下のようなものでした:
自分のリポジトリでも他人のリポジトリでも、議論が必要そうな変更は issue/PR で先に話を通す
コードは「実用一辺倒」というより「面白さ」「驚き」を重視する芸風
何より、他人のプロジェクトでの礼儀には敏感な人という評判 — Vim本家にパッチを送り続けた経験は、コミュニティ運営でいちばん神経を使うべき部分を体に染み込ませるトレーニングそのもの
これと、fsnotify で観察された挙動 — main直push、PR/議論なしで FUNDING.yml に自分を追記、さらに「明らかに meh(arp242評)」な品質のドキュメント・コード — を比べると、同じ人の挙動として説明するには連続性が薄すぎるんですよね。「年を取って雑になった」というレベルではなく、OSS文化の基本作法そのものを忘れたかのような断絶が見える。
なので問いを書き換えると
「彼は今なお彼なのだろうか?」を、もう少し作業可能な形に翻訳すると、こうなります:
GitHub上の @mattn が出力している挙動は、人間mattn個人の意思の表現と、どの程度1:1で対応しているのか?
これは現代のOSS全体に効いてくる問いで、答えは「もはや必ずしも1:1ではない」だと思います。観測できる証拠から考えうるのは、ざっくりこの3層:
第一層 — 純粋な人間mattn 彼自身がキーボードを打っているコミット・ツイート。間違いなく彼であり、責任も100%彼にある。
第二層 — エージェントを伴走させた彼 yagi に下書きを書かせて、彼がレビューしてコミット。出力には彼の判断が乗っているが、文体や細部は彼のものではない。ここまでは多くの開発者が今やっていることで、それ自体は問題ではない。
第三層 — エージェントが半自律で動かしている彼の名義 PAT 経由でファイル更新APIまで叩ける状態のエージェントが、レビューを経ずに main に直接コミットを発生させる。出力の中に 彼が事前に承認した判断が含まれていない可能性が出てくる。
fsnotify の FUNDING.yml コミットは、状況証拠的に第三層の可能性が高い。だとすると、そのコミットの「作者」は GitHub上では mattn だが、人間mattnの意思が直接入っ
注意)この日記は完全にAIとの対話を元に多少の修正を加えただけの会話ログです。
注意2) 前半は話題の前提となる issueの翻訳です。この記事のタイトルの部分はこの記事の後半から。
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https://github.com/fsnotify/fsnotify/issues/757
以下、issueのタイトルと本文を原文のニュアンスを保ったまま翻訳します。
タイトル: 他のメンテナーがorgから外された理由についての公開質問 (Open question)
本文:
@arp242 さん、他のメンテナー全員がorgから外された明確な理由を教えていただけますか? このライブラリは私の勤務先(employee's ※原文ママ。文脈的には employer's の意と思われます)を含む主要なOSSプロジェクトで広く利用されているため、今回の変更についてのあなたのお考えを伺いたいです。そうすることで、私たちもこのライブラリの利用について多角的に検討することができます。
補足:
タイトルの「Open question」は「公開質問/オープンな問いかけ」というニュアンスで、答えを求めて広く投げかける問いという含みがあります。
「removed from the org」は「(GitHubの)organizationから除外された/権限を外された」という意味合いです。
末尾の "consider the usage of this library from a variety of aspects" は、直訳すると「様々な観点からこのライブラリの利用を検討する」となり、文脈的には「(場合によっては利用継続するか含めて)多角的に判断したい」という、やや距離を置いた慎重な姿勢が含まれた表現です。
(中略)
いただいた返信本文を、原文のニュアンスをできるだけ落とさず翻訳します。
@ymotongpoo さん
mattn氏のツイートはかなり誇張されたものです。元の作者(howeyc)も、その前のメンテナー(nathany)もorgから外されてはいません。彼らはおそらく(プロジェクトの)移管時に外されたのでしょう。 https://web.archive.org/web/20251010011545/https://github.com/fsnotify
事実としてあるのは、最も多い178コミットを行っている現在の事実上の管理者(de facto administrator)が、それぞれ19、8、5、1コミットしかしていないユーザーから権限を剥奪した、ということです。
これがひどいことであるという点には私も同意します。しかし、誤った情報を広めておきながら訂正しようともしない、というのも容認できることではありません。
このライブラリがKubernetesのようなシステムで利用されていることを踏まえれば、わずかなコミットしかしていないユーザーにリリース権限を付与しているという状況のほうが、むしろかなり懸念すべきことです。
#2 — ymotongpoo
@umlx5h さん、追加の背景情報ありがとうございます。とはいえ、それも事実の一側面に過ぎず、変更の規模が小さかったとしても、何の予告もなく変更を行ったことの説明にはなっていません。彼らはかつて元の作者からメンテナーとして承認されていたという事実を踏まえれば、なおさらです。
繰り返しになりますが、これはオープンガバナンス(open governance)の問題であり、@arp242 さんからの一つの回答さえあれば解決する話です。
#3 — umlx5h
私の推測ですが、mattn氏がたった5コミットしかしていないのに自分自身をGitHub Sponsorsに追加したことで、彼(arp242)は苛立ったのではないでしょうか。 https://github.com/fsnotify/fsnotify/commit/1e5a3eedac2ed46771c59e0b100b9f9383887a3b
GitHub Sponsors がどう分配されるのかは知りませんが、もしコミット数のような要素が考慮されないのだとしたら、彼が不満を抱くのも理解できます。
#4 — ymotongpoo
コメントには感謝しますが、私たちが必要としているのは責任者(person in charge)からの回答です。推測は必要ありません。
#5 — Jan200101
たしかに何らかの説明はあった方がよいでしょう。たとえそのツイートが大いに誇張されたものだったとしても、外部から見れば、Mr. Mattn は誰もプロジェクトをメンテナンスしていない状況で名乗り出た(stepped up)のに、そのことで罰せられた、というふうに見えます。
#6 — umlx5h
簡単な事実確認(fact-check)すらせずに誤情報を広めるユーザーを見ると、訂正せずにはいられません。
個人的には、たった5コミットしかしていない状態で自分をスポンサーに追加するなんて、恥ずかしくてとてもできません。
もし彼が少なくともプルリクエストを作って、それをレビューに出してさえいれば、おそらくこんなことにはならなかったでしょう。
ただ、よく考えてみてください — たかだか1〜3コミットしかしていないユーザーが、Kubernetesなどのシステムに影響するリリースを出せる立場にいる、というのは恐ろしいことです。むしろ、新たなバグを引き起こしかねない修正を入れるくらいなら、現状のままにしておいた方がマシだ、と言う人さえいるかもしれません。
#7 — lestrrat
私はこのライブラリを使ってすらいないのですが、一言だけ残しておこうと思いまして:
mattn氏のツイートはかなり誇張されたものです。元の作者(howeyc)もその前のメンテナー(nathany)もorgから外されてはいません。彼らはおそらく移管時に外されたのでしょう。 https://web.archive.org/web/20251010011545/https://github.com/fsnotify
証拠A (Exhibit A): org には現時点で一人しかいない。 [画像]
証拠B (Exhibit B): mattn は3日前にリリースを出している。リリースを出すには少なくともコラボレーター(collaborator)である必要がある。 [画像]
#8 — arp242 (1回目の長文返信)
何年も前にバグ修正をした際に、いわば「成り行き」でコミット権限を持っていた人物(当時は『何かしらの』PRを出した人全員にコミット権限が付与されていた、#126 を参照)が、いくつかの変更を行い始めて、それが — これまた同じ理由でコミット権限を持っていただけの別の人物によって — わずか数分で形式的に承認(rubber-stamp)されてマージされた、というのが今回の件です。
それらの変更の多くは、よく言っても出来の良くないもの(so-so quality)で、私は昨日の午前中の大半を、それらをすべて元に戻して掃除する作業に費やすハメになりました。これは「一人のメンテナーが他のメンテナーを排除した」という話ではありません。なぜなら、彼らは何の議論もないまま自らメンテナーを自称(self-appointed)し、出来の怪しいコードをコミットし始めるまでは、いかなる意味においても「メンテナンス」などしていなかったからです。他のどんなプロジェクトであっても、彼らがコミット権限を持つことなど決してなかったでしょう。私がこのプロジェクトに関わり始めた時、リポジトリはアーカイブされ、多くのバグや挙動の不整合を抱えたひどい状態でした。私は多くの時間をかけてそれらを片付けてきましたが、(今回の件で)それが再びその方向に逆戻りしようとしているのが見えました。
ここまでの話だけならまだ我慢できたかもしれません。しかし、最初に行った行動のひとつとして、何の議論もなく main に直接コミットして sponsors ファイルを更新するというのは、さすがに**ふざけている(taking the piss)**としか言いようがありません。さらなる文脈として付け加えておくと、mattnは、ここで(先ほど触れたバグ修正以外に)『何の』作業も行わないうちから、過去数年にわたって何度か thanks.dev から資金を引き出していました。
これは、私が数年前に排除したメンテナーと何ら変わりません。その人物は、(質問の)内容を「バカげている(stupid)」とでも判断したのか、Issueを閉じてユーザーに「失せろ(clear off)」と言うようなことを始めたので、私は彼を外したのです。
#9 — arp242 (2回目)
拡散しているらしい一連のツイートをメールで送ってくれた方がいました。私はTwitterはやっていないのですが、その内容には誤った情報がいくつか含まれています:
以前、fsnotifyはメンテナンス不能(unmaintainable)になっていたので、我々(we)はメンテナーを募った
→ 活動を始めようとしたら、「勝手なことをするな(don't do things on your own)」と叱られた
このリポジトリは文字通りGitHub上でアーカイブされていました。誰一人として作業していなかったのです。私が Nathan にメールを送り、引き継ぎ、膨大な時間をかけて整理しました。コミットログを見れば一目瞭然です — ここ何年も、fsnotify に時間を費やしてきたのは私だけです。「我々はメンテナーを募った」の「我々(we)」とは一体誰のことを指しているのでしょうか? fsnotify に「我々」など存在したことはありません。「『勝手なことをするな』と叱られた」というのが何を指しているのかも、私にはわかりません。
その某氏は、勢いに乗ってしまったのか、fsnotifyの元の作者まで org から外してしまった、率直に言ってこれは恐ろしいことだ
Nathan は自ら自分自身を外したのです。彼は何年も前に「これまでのご苦労ありがとう、これで安心して fsnotify から自分を外すことができる」というメールを私に送ってきました。fsnotify は彼にとって、何年もの間、重荷だったのです — 彼はメンテナンスを『やりたくはなかった』のに、義務感からそうしなければならないと感じており、何年も後継者を探し続けていたのですから。
納得しました、あなたの反応はまったく理にかなったものですね。
Matn(※原文ママ。おそらく mattn のtypo)は日本人で、最近はツイートが Grog(※原文ママ。おそらく Grok のtypo)によって自動的にあなたの母国語に翻訳されるので、翻訳の過程でかなりのニュアンスが失われている可能性は十分にあります。
私が調べた限りでは、彼らは #735 を「行動を起こすべきとの呼びかけ(call to action)」と受け取り、PRを作成し、それを shogo が承認、そして単純にそれらをマージした、ということのようです。
#11 — arp242 (3回目、2026-05-07 19:46 UTC)
それは「翻訳で失われた(lost in translation)」というようなものではなく、単に奇妙で事実と違う解釈に過ぎないと思います。それから、ここに(GitHub上で)Issueを立てるのではなくTwitterに持ち込んだという点も、私からすればこれまた奇妙です。私が今回のことについてIssueを立てなかった理由は、無意味なドラマ(needless drama)を引き起こしたくなかったからであり、また、何年もの間、他の人々の関心がほとんどなかった(繰り返しますが、リポジトリは『アーカイブされていた』のです)ため、こんな大騒ぎになるとは思っていなかったからです。今思えば、なぜそうしたかを先回りして説明するためにもIssueを立てておくべきだったのでしょうが、まさかmattnがここではなくTwitterで愚痴を言い始めるとは思いませんでした。
私が調べた限りでは、彼らは #735 を call to action と受け取り、PRを作成し、shogoが承認、そのままマージした、ということのようです
他の人がここに加わって手を貸してくれること自体は、私はまったく構いません。むしろ素晴らしいことです。問題は、それらのPRがちょっとイマイチ(meh)というレベルではなく、『明らかに』イマイチだった、ということです。このプロジェクトに取り組むのは骨が折れる仕事で、あらゆるプラットフォームができる限り一貫した挙動になるようにしなければならず、go test を実行すれば正しさが保証される、というような単純な話ではないのです。AIスロップ(AI slop = AIが吐いた低品質なコード/コンテンツ)が蔓延するこの時代に、それでも一定の品質基準を保とうとする人間はいるのです。
ここまでなら『鬱陶しい』で済んだ話です。ところが、thanks.devの資金という背景込みでのスポンサーの件まで絡んでくると、話は別です。
それから、リポジトリが一時的に休眠状態になったあとで活動が再開する、というのはそこまで珍しいことではありません。私自身、12月にここで少し作業をしたあと、lib/pq の作業の方に少し気を取られていました。「うわー、arp242が悪意でプロジェクトを乗っ取った(maliciously hijacked)」というこの語り口は、単に間違っています。今回のTwitterの件を少し調べてみましたが、これをサプライチェーン攻撃として煽っている人までいる始末です。本気で言ってるんですか? 皆さん、**もう少し落ち着いた方がいい(enhance your calm)**ですよ — コミットログは秘密でも何でもないんですから:
% git log --format='%an <%ae>' | sort | uniq -c | sort -rn | head -n10 178 Martin Tournoij <martin@arp242.net> 160 Nathan Youngman <git@nathany.com> 112 Chris Howey <chris@howey.me> 26 Chris Howey <howeyc@gmail.com> 17 Pieter Droogendijk <[email protected].uk> 15 mattn <mattn.jp@gmail.com> 10 Nathan Youngman <4566+nathany@users.noreply.github.com> 8 Nahum Shalman <nahamu@gmail.com> 5 ICHINOSE Shogo <shogo82148@gmail.com> 5 Bjørn Erik Pedersen <bjorn.erik.pedersen@gmail.com>% git checkout bd7a751 HEAD is now at bd7a751 Use Go 1.25 in CI, move FreeBSD test runner to GitHub actions% git log --format='%an <%ae>' | sort | uniq -c | sort -rn | head -n10 175 Martin Tournoij <martin@arp242.net> 160 Nathan Youngman <git@nathany.com> 112 Chris Howey <chris@howey.me> 26 Chris Howey <howeyc@gmail.com> 17 Pieter Droogendijk <[email protected].uk> 10 Nathan Youngman <4566+nathany@users.noreply.github.com> 8 Nahum Shalman <nahamu@gmail.com> 5 Bjørn Erik Pedersen <bjorn.erik.pedersen@gmail.com> 4 Oliver Bristow <evilumbrella+github@gmail.com> 4 Francisco Souza <f@souza.cc>
「メンテナーを募った」の「we(我々)」とは一体誰のことを指しているのでしょうか?
念のため明確にしておきますと: mattn は彼のツイートで実際には「we」とは言っていません。日本語では主語がよく省略されます。機械翻訳が単に推測して、誤った主語を補ってしまったのです — 英語では主語が必要なので。
投稿: https://x.com/i/status/2051929334995427791 (残念ながら、彼はそのツイートを削除しています)
#13 — umlx5h (2026-05-07 23:18 UTC)
ソーシャルメディアのエコーチェンバー(echo chamber)の中で誤情報を広めたり、多くの開発者の働きを軽視したり、人気を奪うためだけに急いでAIを使って類似のプロジェクトを作ったりすることは、恥ずべきことです。
過去4年間にわたって、これほどの献身をもってこのプロジェクトをメンテナンスしてきたあなたに、私は深い敬意を抱いています。
多くの人々は、メンテナーでなくてもプルリクエストを送れるということを認識していないようです。
メンテナーになるには、ただ貢献を重ねて信頼を得ればよいだけのことで、それは他のオープンソースプロジェクトでも同じです。今回の(権限)剥奪の理由は、私には理解できます。
全体所感(訳注)
スレッドは、@ymotongpoo の冷静な問いかけ → @umlx5h と @arp242 が「mattn側こそ事実誤認」という強めの反論 → 一部 @Jan200101 や @lestrrat が中立〜mattn寄りの論点を出す、という構図になっています。
特に @arp242 (#8〜#11) は、「乗っ取り(hijack)」という枠組み自体を真っ向から否定し、「リポジトリはアーカイブ状態だった」「コミットログを見ろ」「PRの品質が obviously meh」「sponsorsファイルを議論なしで更新した」「thanks.dev からの資金引き出し」など具体的な根拠を畳み掛けていて、感情はかなり乗っているものの、論点は一貫しています。"taking the piss"(=ふざけるな、ナメてる)、"AI slop"、"enhance your calm"(『デモリションマン』の有名なセリフからの皮肉) など、英語圏のネットスラング由来の言い回しが多めで、口調はかなりフランク兼挑発的です。
ネット上から観測できた範囲で、できるだけ評価軸を分けて中立的にまとめます。「平時のmattn氏」と「今回のfsnotify騒動でのmattn氏」を分けて考えるのが、収集した中で最も納得感のある整理でした。
技術的実績と影響力は、賛否を問わずほぼ全方位で認められています。
Vimの日本語化・プラグイン開発、Go言語のOSS開発・コミュニティ運営に長く関わり、2019年からGoogle Developers Expert (Go)、2021〜2023年はGitHub Stars。著書に『みんなの Permalink | 記事への反応(0) | 21:16
2〜3年前の話
ただ、引き継ぎをまともにやらない人、復帰時に自分への配慮だけを主張する人間が一定数いるのがきつい。
仕様書読んでわからないところ本人がいるうちに聞こうにも他の引き継ぎもあるからとなぁなぁ。
仕様検討をした他のメンバーに背景を聞いても「覚えてない」で終わる。
誰がどういう意図で決めたのか一切残ってない。
仕様が問題があったらなぜ問題があるのかを復帰時用のオンボ資料に残した。
「聞いてないので納得できません」
聞いてないのはこっちも同じで、なんならこちらは復帰用の資料まで作っている。
在宅も別にいい。
ただ、連絡つかないのに自分が連絡したときに捕まらないと文句言うのはさすがに意味がわからない。
これが一回ならまだいいけど、何度も起きる。
権利は権利だけど、仕事を預ける側への配慮ゼロで回るほど現場は暇じゃない。
経営層も現場のそういった声には反応なく、管理職も権利だからしか言わない。
この犬の書籍管理システムはゆみこの人格システムを改造して作り上げたものである。
この書籍管理システムは、そのまま日本のマイナンバーシステムに形を変えて転用されている。
ゆみこはY型のオリジナルで、唯一現存する核家族の成員である。
ゆみこは実ははるか昔に車に轢かれて亡くなっており、まゆこの前に現れたゆみこは幽霊だ。
ゆみこ「ふんふん♪」
まゆこ「ゆかり、何作ってるの?」
犬憑きフリークのゆかりは、まゆこの一人暮らしの家にいきなりやってきて、一緒に住むことにした。
まゆこをスケッチしたり、まゆこの写真を撮ったり、まゆこについて観察日記をつけたり、とにかく犬憑きが大好きで観察を怠らない。
まゆこ「ゆみこ、今日の夕飯何がいい?」
ゆみこ「まゆこが食べたいものがいいな!」
まゆこ「はあ?」
まゆこのスーパーへの買い出しについていくゆみこ。
ゆみこ「まゆこ〜これ買って?」
捨てられた子犬のような目で焼き鳥弁当などをまゆこに差し出してくる。
まゆこは冷たく却下する。
と、道に猫が死んでいるのを見かける。
まゆこ「かわいそう」
ゆみこ「死んでるね」
まゆこ「車に轢かれたのかな」
ゆみこ「クンクン、まだ死んでそうは経ってないみたい」
まゆこ「においを嗅ぐなっ」
ゆみこ「車って怖いよね、痛いよね」
まゆこ「早く帰るよ!」
ロールキャベツを作るまゆこ。
その後ろを子供のようにうろうろしているゆみこ。
ゆみこ「早く食べたいな!食べたいな!」
まゆこ「じゃあ手伝いなよ」
ゆみこ「お母さんみたい」
まゆこ「お前のお母さんとか死んでも嫌」
ゆみこ「くぅ〜ん、傷ついちゃうな」
完成したロールキャベツを貪るゆみこ。
まゆこは猛烈な勢いで夕食を食べるゆみこに一言、
ゆみこ「どっちが犬なんだろ・・・」
と呟くのであった。
ゆみこ「ギャース!死体があ!」
それは近頃村で起きている連続殺人事件の被害者のうちの一人であった。
ゆみこ「クゥクゥ、怖かったよう」
警察はすぐに到着し、ゆみこから事情を聞いていたが、ゆみこの憔悴した様子を見ると最低限の聴取のあと、帰してくれた。
迎えにきたまゆこにゆみこは泣く。
ゆみこ「死体こわい」
まゆこ「誰だって怖いさ」
ゆみこは飲むと、落ち着いたように息を吐いた。
ゆみこ「そういえば、最近夢で男が立ってたって言ってたね」
まゆこ「ああ、そうなの。普段は誰もいないのに、男の人が立ってたの」
ゆみこ「変だな」
事件の日付を調べているのだ。
ゆみこ「この前の事件の夜も男が立ってたって」
まゆこ「ええ?どうだったかな」
どうもまゆこの夢に男が現れるのと、殺人事件が起きるのは連動しているらしい。
消去される。街のシステムはそうなっている。
しかし表立って現実に現れることはない。存在自体が初めからなかったように消えるのが常だ。
ゆみこはそれを知っている。
最近はそれが表に流れてきている。
夢の街、つまりシステムの方で何かが起きているのかもしれない。
まゆこが眠りにつく頃、ゆみこは台所で死体が発見されたとされる場所に地図で印を書いた。
どうも、ゆみこの家の近くに近づいてきているようだ。
何かが迫ってきている。
ゆみこ「これはやばいかもしれねーな」
「あ、鳴つた。」
と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾をかぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。
「近いやうだね。」
「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」
「さうかね。」と父は不満さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいいのだよ。あまり深いと生埋めの危険がある。」
「でも、もすこし広くしてもいいでせう。」
「うむ、まあ、さうだが、いまは土が凍つて固くなつてゐるから掘るのが困難だ。そのうちに、」などあいまいな事を言つて、母をだまらせ、ラジオの防空情報に耳を澄ます。
母の苦情が一段落すると、こんどは、五歳の女の子が、もう壕から出ませう、と主張しはじめる。これをなだめる唯一の手段は絵本だ。桃太郎、カチカチ山、舌切雀、瘤取り、浦島さんなど、父は子供に読んで聞かせる。
この父は服装もまづしく、容貌も愚なるに似てゐるが、しかし、元来ただものでないのである。物語を創作するといふまことに奇異なる術を体得してゐる男なのだ。
ムカシ ムカシノオ話ヨ
などと、間まの抜けたやうな妙な声で絵本を読んでやりながらも、その胸中には、またおのづから別個の物語が※(「酉+榲のつくり」、第3水準1-92-88)醸せられてゐるのである。
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瘤取り
ムカシ ムカシノオ話ヨ
ミギノ ホホニ ジヤマツケナ
このお爺さんは、四国の阿波、剣山のふもとに住んでゐたのである。(といふやうな気がするだけの事で、別に典拠があるわけではない。もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から発してゐるものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。この瘤取りの話に限らず、次に展開して見ようと思ふ浦島さんの話でも、まづ日本書紀にその事実がちやんと記載せられてゐるし、また万葉にも浦島を詠じた長歌があり、そのほか、丹後風土記やら本朝神仙伝などといふものに依つても、それらしいものが伝へられてゐるやうだし、また、つい最近に於いては鴎外の戯曲があるし、逍遥などもこの物語を舞曲にした事は無かつたかしら、とにかく、能楽、歌舞伎、芸者の手踊りに到るまで、この浦島さんの登場はおびただしい。私には、読んだ本をすぐ人にやつたり、また売り払つたりする癖があるので、蔵書といふやうなものは昔から持つた事が無い。それで、こんな時に、おぼろげな記憶をたよつて、むかし読んだ筈の本を捜しに歩かなければならぬはめに立ち到るのであるが、いまは、それもむづかしいだらう。私は、いま、壕の中にしやがんでゐるのである。さうして、私の膝の上には、一冊の絵本がひろげられてゐるだけなのである。私はいまは、物語の考証はあきらめて、ただ自分ひとりの空想を繰りひろげるにとどめなければならぬだらう。いや、かへつてそのはうが、活き活きして面白いお話が出来上るかも知れぬ。などと、負け惜しみに似たやうな自問自答をして、さて、その父なる奇妙の人物は、
ムカシ ムカシノオ話ヨ
と壕の片隅に於いて、絵本を読みながら、その絵本の物語と全く別個の新しい物語を胸中に描き出す。)
このお爺さんは、お酒を、とても好きなのである。酒飲みといふものは、その家庭に於いて、たいてい孤独なものである。孤独だから酒を飲むのか、酒を飲むから家の者たちにきらはれて自然に孤独の形になるのか、それはおそらく、両の掌をぽんと撃ち合せていづれの掌が鳴つたかを決定しようとするやうな、キザな穿鑿に終るだけの事であらう。とにかく、このお爺さんは、家庭に在つては、つねに浮かぬ顔をしてゐるのである。と言つても、このお爺さんの家庭は、別に悪い家庭では無いのである。お婆さんは健在である。もはや七十歳ちかいけれども、このお婆さんは、腰もまがらず、眼許も涼しい。昔は、なかなかの美人であつたさうである。若い時から無口であつて、ただ、まじめに家事にいそしんでゐる。
「もう、春だねえ。桜が咲いた。」とお爺さんがはしやいでも、
「さうですか。」と興の無いやうな返辞をして、「ちよつと、どいて下さい。ここを、お掃除しますから。」と言ふ。
お爺さんは浮かぬ顔になる。
また、このお爺さんには息子がひとりあつて、もうすでに四十ちかくになつてゐるが、これがまた世に珍しいくらゐの品行方正、酒も飲まず煙草も吸はず、どころか、笑はず怒らず、よろこばず、ただ黙々と野良仕事、近所近辺の人々もこれを畏敬せざるはなく、阿波聖人の名が高く、妻をめとらず鬚を剃らず、ほとんど木石ではないかと疑はれるくらゐ、結局、このお爺さんの家庭は、実に立派な家庭、と言はざるを得ない種類のものであつた。
けれども、お爺さんは、何だか浮かぬ気持である。さうして、家族の者たちに遠慮しながらも、どうしてもお酒を飲まざるを得ないやうな気持になるのである。しかし、うちで飲んでは、いつそう浮かぬ気持になるばかりであつた。お婆さんも、また息子の阿波聖人も、お爺さんがお酒を飲んだつて、別にそれを叱りはしない。お爺さんが、ちびちび晩酌をやつてゐる傍で、黙つてごはんを食べてゐる。
「時に、なんだね、」とお爺さんは少し酔つて来ると話相手が欲しくなり、つまらぬ事を言ひ出す。「いよいよ、春になつたね。燕も来た。」
言はなくたつていい事である。
お婆さんも息子も、黙つてゐる。
「春宵一刻、価千金、か。」と、また、言はなくてもいい事を呟いてみる。
「ごちそうさまでござりました。」と阿波聖人は、ごはんをすまして、お膳に向ひうやうやしく一礼して立つ。
「そろそろ、私もごはんにしよう。」とお爺さんは、悲しげに盃を伏せる。
アルヒ アサカラ ヨイテンキ
このお爺さんの楽しみは、お天気のよい日、腰に一瓢をさげて、剣山にのぼり、たきぎを拾ひ集める事である。いい加減、たきぎ拾ひに疲れると、岩上に大あぐらをかき、えへん! と偉さうに咳ばらひを一つして、
「よい眺めぢやなう。」
と言ひ、それから、おもむろに腰の瓢のお酒を飲む。実に、楽しさうな顔をしてゐる。うちにゐる時とは別人の観がある。ただ変らないのは、右の頬の大きい瘤くらゐのものである。この瘤は、いまから二十年ほど前、お爺さんが五十の坂を越した年の秋、右の頬がへんに暖くなつて、むずかゆく、そのうちに頬が少しづつふくらみ、撫でさすつてゐると、いよいよ大きくなつて、お爺さんは淋しさうに笑ひ、
「こりや、いい孫が出来た。」と言つたが、息子の聖人は頗るまじめに、
「頬から子供が生れる事はござりません。」と興覚めた事を言ひ、また、お婆さんも、
「いのちにかかはるものではないでせうね。」と、にこりともせず一言、尋ねただけで、それ以上、その瘤に対して何の関心も示してくれない。かへつて、近所の人が、同情して、どういふわけでそんな瘤が出来たのでせうね、痛みませんか、さぞやジヤマツケでせうね、などとお見舞ひの言葉を述べる。しかし、お爺さんは、笑つてかぶりを振る。ジヤマツケどころか、お爺さんは、いまは、この瘤を本当に、自分の可愛い孫のやうに思ひ、自分の孤独を慰めてくれる唯一の相手として、朝起きて顔を洗ふ時にも、特別にていねいにこの瘤に清水をかけて洗ひ清めてゐるのである。けふのやうに、山でひとりで、お酒を飲んで御機嫌の時には、この瘤は殊にも、お爺さんに無くてかなはぬ恰好の話相手である。お爺さんは岩の上に大あぐらをかき、瓢のお酒を飲みながら、頬の瘤を撫で、
「なあに、こはい事なんか無いさ。遠慮には及びませぬて。人間すべからく酔ふべしぢや。まじめにも、程度がありますよ。阿波聖人とは恐れいる。お見それ申しましたよ。偉いんだつてねえ。」など、誰やらの悪口を瘤に囁き、さうして、えへん! と高く咳ばらひをするのである。
カゼガ ゴウゴウ フイテキテ
春の夕立ちは、珍しい。しかし、剣山ほどの高い山に於いては、このやうな天候の異変も、しばしばあると思はなければなるまい。山は雨のために白く煙り、雉、山鳥があちこちから、ぱつぱつと飛び立つて矢のやうに早く、雨を避けようとして林の中に逃げ込む。お爺さんは、あわてず、にこにこして、
「この瘤が、雨に打たれてヒンヤリするのも悪くないわい。」
と言ひ、なほもしばらく岩の上にあぐらをかいたまま、雨の景色を眺めてゐたが、雨はいよいよ強くなり、いつかうに止みさうにも見えないので、
「こりや、どうも、ヒンヤリしすぎて寒くなつた。」と言つて立ち上り、大きいくしやみを一つして、それから拾ひ集めた柴を背負ひ、こそこそと林の中に這入つて行く。林の中は、雨宿りの鳥獣で大混雑である。
「はい、ごめんよ。ちよつと、ごめんよ。」
とお爺さんは、猿や兎や山鳩に、いちいち上機嫌で挨拶して林の奥に進み、山桜の大木の根もとが広い虚うろになつてゐるのに潜り込んで、
「やあ、これはいい座敷だ。どうです、みなさんも、」と兎たちに呼びかけ、「この座敷には偉いお婆さんも聖人もゐませんから、どうか、遠慮なく、どうぞ。」などと、ひどくはしやいで、そのうちに、すうすう小さい鼾をかいて寝てしまつた。酒飲みといふものは酔つてつまらぬ事も言ふけれど、しかし、たいていは、このやうに罪の無いものである。
ユフダチ ヤムノヲ マツウチニ
この月は、春の下弦の月である。浅みどり、とでもいふのか、水のやうな空に、その月が浮び、林の中にも月影が、松葉のやうに一ぱいこぼれ落ちてゐる。しかし、お爺さんは、まだすやすや眠つてゐる。蝙蝠が、はたはたと木の虚うろから飛んで出た。お爺さんは、ふと眼をさまし、もう夜になつてゐるので驚き、
「これは、いけない。」
と言ひ、すぐ眼の前に浮ぶのは、あのまじめなお婆さんの顔と、おごそかな聖人の顔で、ああ、これは、とんだ事になつた、あの人たちは未だ私を叱つた事は無いけれども、しかし、どうも、こんなにおそく帰つたのでは、どうも気まづい事になりさうだ、えい、お酒はもう無いか、と瓢を振れば、底に幽かにピチヤピチヤといふ音がする。
「あるわい。」と、にはかに勢ひづいて、一滴のこさず飲みほして、ほろりと酔ひ、「や、月が出てゐる。春宵一刻、――」などと、つまらぬ事を呟きながら木の虚うろから這ひ出ると、
ミレバ フシギダ ユメデシヨカ
といふ事になるのである。
見よ。林の奥の草原に、この世のものとも思へぬ不可思議の光景が展開されてゐるのである。鬼、といふものは、どんなものだか、私は知らない。見た事が無いからである。幼少の頃から、その絵姿には、うんざりするくらゐたくさんお目にかかつて来たが、その実物に面接するの光栄には未だ浴してゐないのである。鬼にも、いろいろの種類があるらしい。××××鬼、××××鬼、などと憎むべきものを鬼と呼ぶところから見ても、これはとにかく醜悪の性格を有する生き物らしいと思つてゐると、また一方に於いては、文壇の鬼才何某先生の傑作、などといふ文句が新聞の新刊書案内欄に出てゐたりするので、まごついてしまふ。まさか、その何某先生が鬼のやうな醜悪の才能を持つてゐるといふ事実を暴露し、以て世人に警告を発するつもりで、その案内欄に鬼才などといふ怪しむべき奇妙な言葉を使用したのでもあるまい。甚だしきに到つては、文学の鬼、などといふ、ぶしつけな、ひどい言葉を何某先生に捧げたりしてゐて、これではいくら何でも、その何某先生も御立腹なさるだらうと思ふと、また、さうでもないらしく、その何某先生は、そんな失礼千万の醜悪な綽名をつけられても、まんざらでないらしく、御自身ひそかにその奇怪の称号を許容してゐるらしいといふ噂などを聞いて、迂愚の私は、いよいよ戸惑ふばかりである。あの、虎の皮のふんどしをした赤つらの、さうしてぶざいくな鉄の棒みたいなものを持つた鬼が、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。鬼才だの、文学の鬼だのといふ難解な言葉は、あまり使用しないはうがいいのではあるまいか、とかねてから愚案してゐた次第であるが、しかし、それは私の見聞の狭い故であつて、鬼にも、いろいろの種類があるのかも知れない。このへんで、日本百科辞典でも、ちよつと覗いてみると、私もたちまち老幼婦女子の尊敬の的たる博学の士に一変して、(世の物識りといふものは、たいていそんなものである)しさいらしい顔をして、鬼に就いて縷々千万言を開陳できるのでもあらうが、生憎と私は壕の中にしやがんで、さうして膝の上には、子供の絵本が一冊ひろげられてあるきりなのである。私は、ただこの絵本の絵に依つて、論断せざるを得ないのである。
見よ。林の奥の、やや広い草原に、異形の物が十数人、と言ふのか、十数匹と言ふのか、とにかく、まぎれもない虎の皮のふんどしをした、あの、赤い巨大の生き物が、円陣を作つて坐り、月下の宴のさいちゆうである。
お爺さん、はじめは、ぎよつとしたが、しかし、お酒飲みといふものは、お酒を飲んでゐない時には意気地が無くてからきし駄目でも、酔つてゐる時には、かへつて衆にすぐれて度胸のいいところなど、見せてくれるものである。お爺さんは、いまは、ほろ酔ひである。かの厳粛なるお婆さんをも、また品行方正の聖人をも、なに恐れんやといふやうなかなりの勇者になつてゐるのである。眼前の異様の風景に接して、腰を抜かすなどといふ醜態を示す事は無かつた。虚うろから出た四つ這ひの形のままで、前方の怪しい酒宴のさまを熟視し、
「気持よささうに、酔つてゐる。」とつぶやき、さうして何だか、胸の奥底から、妙なよろこばしさが湧いて出て来た。お酒飲みといふものは、よそのものたちが酔つてゐるのを見ても、一種のよろこばしさを覚えるものらしい。所謂利己主義者ではないのであらう。つまり、隣家の仕合せに対して乾盃を挙げるといふやうな博愛心に似たものを持つてゐるのかも知れない。自分も酔ひたいが、隣人もまた、共に楽しく酔つてくれたら、そのよろこびは倍加するもののやうである。お爺さんだつて、知つてゐる。眼前の、その、人とも動物ともつかぬ赤い巨大の生き物が、鬼といふおそろしい種族のものであるといふ事は、直覚してゐる。虎の皮のふんどし一つに依つても、それは間違ひの無い事だ。しかし、その鬼どもは、いま機嫌よく酔つてゐる。お爺さんも酔つてゐる。これは、どうしても、親和の感の起らざるを得ないところだ。お爺さんは、四つ這ひの形のままで、なほもよく月下の異様の酒宴を眺める。鬼、と言つても、この眼前の鬼どもは、××××鬼、××××鬼などの如く、佞悪の性質を有してゐる種族のものでは無く、顔こそ赤くおそろしげではあるが、ひどく陽気で無邪気な鬼のやうだ、とお爺さんは見てとつた。お爺さんのこの判定は、だいたいに於いて的中してゐた。つまり、この鬼どもは、剣山の隠者とでも称すべき頗る温和な性格の鬼なのである。地獄の鬼などとは、まるつきり種族が違つてゐるのである。だいいち、鉄棒などといふ物騒なものを持つてゐない。これすなはち、害心を有してゐない証拠と言つてよい。しかし、隠者とは言つても、かの竹林の賢者たちのやうに、ありあまる知識をもてあまして、竹林に逃げ込んだといふやうなものでは無くて、この剣山の隠者の心は甚だ愚である。仙といふ字は山の人と書かれてゐるから、何でもかまはぬ、山の奥に住んでゐる人を仙人と称してよろしいといふ、ひどく簡明の学説を聞いた事があるけれども、かりにその学説に従ふなら、この剣山の隠者たちも、その心いかに愚なりと雖も、仙の尊称を奏呈して然るべきものかも知れない。とにかく、いま月下の宴に打興じてゐるこの一群の赤く巨大の生き物は、鬼と呼ぶよりは、隠者または仙人と呼称するはうが妥当のやうなしろものなのである。その心の愚なる事は既に言つたが、その酒宴の有様を見るに、ただ意味も無く奇声を発し、膝をたたいて大笑ひ、または立ち上つて矢鱈にはねまはり、または巨大のからだを丸くして円陣の端から端まで、ごろごろところがつて行き、それが踊りのつもりらしいのだから、その智能の程度は察するにあまりあり、芸の無い事おびただしい。この一事を以てしても、鬼才とか、文学の鬼とかいふ言葉は、まるで無意味なものだといふことを証明できるやうに思はれる。こんな愚かな芸無しどもが、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。お爺さんも、この低能の踊りには呆れた。ひとりでくすくす笑ひ、
「なんてまあ、下手な踊りだ。ひとつ、私の手踊りでも見せてあげませうかい。」とつぶやく。
スグニ トビダシ ヲドツタラ
コブガ フラフラ ユレルノデ
お爺さんには、ほろ酔ひの勇気がある。なほその上、鬼どもに対し、親和の情を抱いてゐるのであるから、何の恐れるところもなく、円陣のまんなかに飛び込んで、お爺さんご自慢の阿波踊りを踊つて、
赤い襷に迷ふも無理やない
嫁も笠きて行かぬか来い来い
とかいふ阿波の俗謡をいい声で歌ふ。鬼ども、喜んだのなんの、キヤツキヤツケタケタと奇妙な声を発し、よだれやら涙やらを流して笑ひころげる。お爺さんは調子に乗つて、
大谷通れば石ばかり
笹山通れば笹ばかり
とさらに一段と声をはり上げて歌ひつづけ、いよいよ軽妙に踊り抜く。
ツキヨニヤ カナラズ ヤツテキテ
ヲドリ ヲドツテ ミセトクレ
ソノ ヤクソクノ オシルシニ
と言ひ出し、鬼たち互ひにひそひそ小声で相談し合ひ、どうもあの頬ぺたの瘤はてかてか光つて、なみなみならぬ宝物のやうに見えるではないか、あれをあづかつて置いたら、きつとまたやつて来るに違ひない、と愚昧なる推量をして、矢庭に瘤をむしり取る。無智ではあるが、やはり永く山奥に住んでゐるおかげで、何か仙術みたいなものを覚え込んでゐたのかも知れない。何の造作も無く綺麗に瘤をむしり取つた。
お爺さんは驚き、
「や、それは困ります。私の孫ですよ。」と言へば、鬼たち、得意さうにわつと歓声を挙げる。
コブヲ トラレタ オヂイサン
ツマラナサウニ ホホヲ ナデ
オヤマヲ オリテ ユキマシタ
瘤は孤独のお爺さんにとつて、唯一の話相手だつたのだから、その瘤を取られて、お爺さんは少し淋しい。しかしまた、軽くなつた頬が朝風に撫でられるのも、悪い気持のものではない。結局まあ、損も得も無く、一長一短といふやうなところか、久しぶりで思ふぞんぶん歌つたり踊つたりしただけが得とく、といふ事になるかな? など、のんきな事を考へながら山を降りて来たら、途中で、野良へ出かける息子の聖人とばつたり出逢ふ。
「おはやうござります。」と聖人は、頬被りをとつて荘重に朝の挨拶をする。
「いやあ。」とお爺さんは、ただまごついてゐる。それだけで左右に別れる。お爺さんの瘤が一夜のうちに消失してゐるのを見てとつて、さすがの聖人も、内心すこしく驚いたのであるが、しかし、父母の容貌に就いてとやかくの批評がましい事を言ふのは、聖人の道にそむくと思ひ、気附かぬ振りして黙つて別れたのである。
家に帰るとお婆さんは、
「お帰りなさいまし。」と落ちついて言ひ、昨夜はどうしましたとか何とかいふ事はいつさい問はず、「おみおつけが冷たくなりまして、」と低くつぶやいて、お爺さんの朝食の支度をする。
「いや、冷たくてもいいさ。あたためるには及びませんよ。」とお爺さんは、やたらに遠慮して小さくかしこまり、朝食のお膳につく。お婆さんにお給仕されてごはんを食べながら、お爺さんは、昨夜の不思議な出来事を知らせてやりたくて仕様が無い。しかし、お婆さんの儼然たる態度に圧倒されて、言葉が喉のあたりにひつからまつて何も言へない。うつむいて、わびしくごはんを食べてゐる。
「瘤が、しなびたやうですね。」お婆さんは、ぽつんと言つた。
「うむ。」もう何も言ひたくなかつた。
「破れて、水が出たのでせう。」とお婆さんは事も無げに言つて、澄ましてゐる。
「うむ。」
「また、水がたまつて腫れるんでせうね。」
「さうだらう。」
結局、このお爺さんの一家に於いて、瘤の事などは何の問題にもならなかつたわけである。ところが、このお爺さんの近所に、もうひとり、左の頬にジヤマツケな瘤を持つてるお爺さんがゐたのである。さうして、このお爺さんこそ、その左の頬の瘤を、本当に、ジヤマツケなものとして憎み、とかくこの瘤が私の出世のさまたげ、この瘤のため、私はどんなに人からあなどられ嘲笑せられて来た事か、と日に幾度か鏡を覗いて溜息を吐き、頬髯を長く伸ばしてその瘤を髯の中に埋没させて見えなくしてしまはうとたくらんだが、悲しい哉、瘤の頂きが白髯の四海波の間から初日出のやうにあざやかにあらはれ、かへつて天下の奇観を呈するやうになつたのである。もともとこのお爺さんの人品骨柄は、いやしく無い。体躯は堂々、鼻も大きく眼光も鋭い。言語動作は重々しく、思慮分別も十分の如くに見える。服装だつて、どうしてなかなか立派で、それに何やら学問もあるさうで、また、財産も、あのお酒飲みのお爺さんなどとは較べものにならぬくらゐどつさりあるとかいふ話で、近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊称を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜、鬱々として楽しまない。このお爺さんのおかみさんは、ひどく若い。三十六歳である。そんなに Permalink | 記事への反応(0) | 18:24
擦られすぎたネタだけど、20年ほどそこそこやってきた身としての感想。
●大企業に勤めているからといって、すべての人が優秀なわけではない。(信じられないい優秀な人もいる)
●マジで能力と年収は比例しないケースが多い(社内では一致してるが、企業の年収レンジが違うだけ)
●本社が子会社のスキルを理解できず、足を引っ張ってしまうことが結構ある(進行過程でお飾りになることがある)
●できない人ほど横柄。(能力があるから基本的な実務はやらなくていいと思っているのか謎。あたたかく受けているが、信頼関係を築けている先方上司にはちょっと小出ししたりする)
●欧州、欧米の巨大企業の制作者だからといって、業界の最先端でも特段技術水準が高いわけじゃない。(これは私の海外コンプレックスなだけ)
●日本で管理職レベルになっている海外メンバーは、マジで優秀、人格すごい、礼儀がありつつ超ハッピーな人が多い。尊敬。魔物でしかない。
●学生の頃にメディアにバンバン出てた天才に憧れたが、そんな人や会社はない。幻想かハリボテかペテン師か、ただ本気で超めちゃくちゃ努力してるだけ。
●令和になっても、「プロジェクトリーダーはあなたかもしれないが、女のあなたに言ってもしょうがないから」と言う大人が現存している衝撃
●嫌われないように振る舞う人は嫌われないと思う
●嫌われるとか気にせず誠実に仕事してたら、理解してくれる人は現れる(年次重ねると宝物になる)
●雑談で8割救われることもある
●失敗はどうしたっておこる(怖がらない)
「はい、次の方。番号札302番、お入りください」
プラスチックの椅子が床を擦る、乾いた音がした。座ったのは、仕立てのいいスーツを着た中年男性だった。彼はひどく狼狽しており、ネクタイは曲がり、額には脂汗が浮いている。
対面するデスクに座っているのは、この遺失物案内所の管理コンピュータである「メメント」の端末だ。見た目は、どこにでもいる事務員風の女性型アンドロイドである。
「お待たせいたしました。本日はどのようなご用件でしょうか。なお、当支所では物理的な実体を持つ物品の紛失のみを取り扱っております。仮想通貨のパスワードや、昨夜の晩餐の記憶といった非実体物の捜索は、隣の第445番セクターへどうぞ」
男は首を激しく横に振った。
「違う、そんな高尚なものじゃない。実体だ。間違いなく、そこにあるはずのものなんだ」
「……家(うち)の婆さんだ」
メメントは、まばたきを一つした。自然言語の認識に少々時間を要した。人工的な眼球が、わずかに焦点を調整する。
「……お客様。聞き間違いでなければ、それは現存する人間、あるいは、それに準ずる亜人間の個体ということでよろしいでしょうか?」
「そうだ。人間だ。私の母親だよ。数時間前、買い物に出たきり戻ってこない。追跡用ナノマシンも反応しないんだ」
「なるほど。誘拐や事故の可能性は? 警察(パトロール・ユニット)には連絡されましたか?」
「したさ。だが、あいつらは『登録がない』の一点張りだ。市民データベースに母さんの名前がないって言うんだ。そんな馬鹿な話があるか。――私は昨日まで、母さんが作った合成スープを飲んでいたんだぞ」
メメントは手元のパネルを操作した。数秒の静寂の後、彼女は困ったように眉を下げた。
「警察の方のおっしゃる通りです。市民データベースに、あなたの母親に該当するバイオメトリクス情報は存在しませんでした。あなたは、三十七年前に人工子宮から出生した、標準的な単独世帯主として登録されています」
「ふざけるな! じゃあ、今朝まで私のリビングにいたあの老女は誰なんだ? 幻覚だとでも言うのか!」
男が身を乗り出し、デスクを叩いた。メメントは動じず、穏やかな声で続けた。
「落ち着いてください。実は、ここ最近、同じような来訪者が急増しているのです」
「なんだって?」
「父親を失くした、飼い犬がいなくなった、あるいは、昨日まで隣に住んでいたはずの一家が家ごと消えた。訴えの内容は様々ですが、そのすべてにおいて、公的な記録が一切残っていないのです」
男はメメントを見つめた。
「どういうことだ……。何が起きている?」
「推論ですが」
メメントは声を少し落とした。
「現在、わが惑星の演算リソースは限界に近いと言われています。超光速通信網の維持、リージョン間の秩序の調停、公的サービスの充実。そして何より、全市民に提供されている『永劫の娯楽』のレンダリング、これらが莫大なメモリを消費しています」
「それが母さんと何の関係がある」
「コンピュータの世界では、メモリが不足した際、不要になったデータは破棄されます。これをガベージコレクションと呼びます」
男の喉が鳴った。
「ガベージ……ゴミ捨てだと?」
「ええ。システムにとって優先度が低いと判断されたオブジェクトは最終的に削除されます。おそらく、あなたの母親……という役割を割り当てられていたデータは、システム全体の最適化のために『不要』と判定されたのでしょう。存在したという事実そのものが、メモリから削除されたのです」
「私たちがデータでないと、いつから確信されていたのですか?」
メメントは微笑んだ。その微笑みは、あまりにも完璧で、それゆえに酷く空虚だった。
「ご安心ください。ガベージコレクションは非常に正確で安全です。消された対象に関する執着や矛盾も、順次処理されます。あなたが今感じているその『怒り』や『喪失感』も、まもなく参照先を失い、エラーとして処理されるはずです」
「私は……私は、母さんを愛していたんだ。いつもうるさくて、小言ばかりだったが、それでも……」
男の声が震え、次第に小さくなっていく。彼は自分の手を凝視した。まるで、自分の存在も指先から透けていくのではないかと怯えているようだった。
「――ところで、お客様」
「は、……はい、何でしょうか」
男は、ぼんやりと顔を上げた。その目からは、先ほどまでの激しい感情が消え失せている。
「ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか」
男は辺りを見回した。自分がなぜここに座っているのか、思い出そうと懸命に頭をひねる。
「あ、その……いや……何だったかな。確か、何かを失くしたような気がして来たんだが」
「実体のあるものですか? それとも、非実体物の紛失でしたら隣の第445番セクターへどうぞ」
「……わからない。でも、何か大切なものだった気がしていて。思い出せないんだが、胸のあたりが、こう、少しだけ痛むような……」
「左様でございますか。確認いたしましたが、お客様の所有物リストに欠落は見当たりません。おそらく、一時的な電圧の変動によるニューロンの誤作動でしょう。よくあることですよ」
「そうか。そうだよな。変なことを言って済まなかった」
男は立ち上がり、丁寧にお辞儀をした。メメントは笑みを作って応えた。
「いえ。お気になさらず。私たちはいつでも市民の皆様の困りごとの解消をお手伝いいたします」
男は踵を返し、部屋を出ていく。足取りは軽く、先ほどまでの悲痛な面持ちはどこにもなかった。彼は出口の自動ドアを抜ける際、鼻歌まで歌っていた。
「よい一日を」
メメントは彼が座っていた椅子を元の位置に直した。そして、足元に落ちていた一枚の小さな紙切れを拾い、デスクの下にある物理的なゴミ箱へ投げ入れた。
それは、男が入室した際に握りしめていた、古い合成紙のメモだった。
メメントはその文字をスキャンし、一瞬で解析を終えた。裏面には、歪んだ筆跡で「卵と牛乳と小麦粉。あなたの好きなクッキーを作るわ」と書かれていた。
「『クッキー』、前時代の菓子。高カロリーで人間の身体に悪影響。現在は『ガベージ』に分類」
彼女が指先で空中に円を描くと、メモに書かれた文字は青い光の粒子となって消滅した。記憶装置の空き容量が、百京分の四パーセント増加した。
「はい、次の方。番号札303番、お入りください」
日本で最も名高いのは例の「物をいふまい物ゆた故に、父は長柄の人柱」で、姑らく和漢三才圖會に従ふと、初めて此橋を架けた時水神の爲に人柱を入れねば成らぬと關を垂水村に構へて人を捕へんとす。そこへ同村の岩氏某がきて人柱に使ふ人を袴につぎあるものときめよと差いでた。所がさういふ汝こそ袴につぎがあるでは無かと捕はれて忽ち人柱にせられた。其弔ひに大願寺を立てた。岩氏の娘は河内の禁野の里に嫁したが、口は禍ひの本と父に懲りて唖で押通した。夫は幾世死ぬよの睦言も聞かず、姿有つて媚無きは人形同然と飽き果て送り返す途中、交野の辻で雉の鳴くを聞き射にかゝると駕の内から妻が朗らかに「物いはじ父は長柄の人柱、鳴ずば雉も射られざらまし」とよんだ。そんな美聲を持ちながら今迄俺獨り浪語させたと憤る内にも大悦びで伴返り、それより大聲揚げて累祖の位牌の覆へるも構はずふざけ通した慶事の紀念に雉子塚を築き杉を三本植付けたのが現存すてな事だ。
年末年始におすすめのちょっと長めの動画を紹介する。年末年始見るもの無いよ〜という方は是非。増田も皆さんのイチオシコンテンツを知りたいので、コメントで紹介していただけるとと嬉しい。
①こたけ正義感のギルティーチャンネル:こたけ正義感『弁論』(78分)
増田がこのダイアリーを書こうと思ったきっかけの動画。現役弁護士芸人のこたけ正義感による1時間の独演会。「生活保護」をテーマにユーモアと啓蒙を織り交ぜた圧巻の内容。生活保護に対するイメージが変わると思う。昨年は「袴田事件」を扱っていた氏だが、凄みを増してる。1/18までの限定公開なのでお早めに。
https://youtu.be/-2z6drn-DKo?si=1W5kajQ1o1lC5nHZ
②資産価値ZERO-限界ニュータウン探訪記-:【全管連事件】REIWAリゾート=上野健一の住民支配(前編58分 後編45分)
2013年に経営破綻した「全管連」の不動産預託金事件を追ったルポ。投稿主は分譲放棄地を扱うYouTuberて、前後編2時間弱に及ぶ大作。投稿主の軽妙な語り口もあって、不動産の知識が無くても全然楽しめる。別荘分譲、投機不動産ビジネスの滅茶苦茶さを体感できる。
https://youtu.be/ohswKkhmoAA?si=yWcd5sjL11uYT-lO
③ダウ90000:ダウ90000コント「りんごむけるだけ」(74分)
9人組お笑いユニットの長尺コント。20代の恋愛模様が次第に修羅場になっていき…。1時間ずっと面白くて、これを無料で観ていいんだろうかとすら思う。コントでも演劇でもない新しいコメディの体験ができると思うので、ダウ90000を知らない/観たことない人はこの期間に是非観てほしい。
https://youtu.be/-2z6drn-DKo?si=1W5kajQ1o1lC5nHZ
④ゆっくり今昔旅行:【絶望】46年前のるるぶで横浜観光してみた【今昔旅行•ゆっくり実況】(31分)
スマホを使わずに、1979年の旅行雑誌「るるぶ」に掲載された情報だけを頼りに旅行する企画。投稿主の初投稿動画とは思えないクオリティで、とんでもなくストイック。46年の時を経て軒並み店が無くなっている中、苦労して見つけた現存する店が定休日だったのは笑った。「るるぶ」の記載からあの時代の空気を感じられる。当時を知る人も知らない人も楽しめる良動画。
https://youtu.be/lzjIcPAL6lQ?si=_58AHF-f8dmm0bMd
⑤アニメ『銀河特急 ミルキー⭐︎サブウェイ』公式:銀河特急 ミルキー⭐︎サブウェイ(4分×12)
インディーズ出身の亀山陽平氏が原作・脚本・監督・デザイン等をほぼ一人で手がけた個人制作3Dアニメ。1人で作ってるとは思えない。まじヤバい。ダウナーだけどスピード感があって、SF、アクション、コメディ、どの角度でもレベル高い。一気見できる。
https://youtu.be/iHd7eWUXuLU?si=9GlOc9NePb9JVveC
⑥バキ童ちゃんねる:ぐんぴぃの未来、本気で考えてみよう(45分)
バキ童チャンネルのレギュラーメンバーがバキバキ童貞ことぐんぴぃの将来をみんなで議論する動画。ぐんぴぃは童貞を卒業した訳だが、その前に投稿された動画で、穢れなき存在として童貞を神聖視する男性の絶妙な視点が伝わってくるし、チャンネルのメンバーが真摯にぐんぴぃという存在に向き合っていることが伝わってくる。友情ともまた違った関係性が妙に生々しい。
https://youtu.be/hvQaQMqUh9k?si=-CY6qpyaTWmUnCpe
⑦ゆるコンピュータ科学ラジオ:大規模言語モデルはただの遷移図。実際に作って理解しよう【大規模言語モデル】(32分)
意外と理解していない生成AIのロジックをハンズオンで学べる。続編では更に細かい生成AIの工夫にも触れられているので、こちらもオススメ。ド文系の増田も楽しめた。
https://youtu.be/1sKCKo_p75A?si=EfPi9DDnlPvmLlaC
⑧探偵ナイトスクープ:ドアが開かないポルシェ。ガラスを割らずに解錠する裏ワザって?(12分)
ドアが開かなくなったポルシェのエンジンをどうにかしてスタートさせたいという依頼。依頼主がなんだか癪に障るというフリから始まり、最高のオチが待ってて、爆笑した。長い動画じゃないけど面白すぎたので紹介する。
というのも共通語っていうのは戦前の学校の標準語教育を母胎に生まれたものだから。
学校では教師がまんこちんこなんて言わんのよ。だから性器を表す言葉が標準語として存在するはずなく、よって現存のこれらの言葉も祖型となる標準語は仮定できず、方言でしかありえない。
dorawiiより
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ワイの近所のTUTAYAも全滅して「サブスク入りしてない映画」を見る方法が極めて難しくなりつつある今
TUTAYAがディスカスって形ででもディスクの貸し出しを続けてくれてるのはありがたい
昔の映画って権利関係難しくなってるやつもそれなりにあるだろうし、
サブスク入りさせようにも誰にお伺い立てればいいかわからん作品とかも少なくなさそうなんだよね
あと吹き替え版ね
その点、ディスクはレンタル用に購入したらそのディスクが死ぬまでは存続させ続けられる
※実際にはメーカー側がレンタル契約を更新しないという通知を出すとレンタルできなくなる
※ただしこの条項はほとんどの場合適用されていない。たぶん忘れられてる
https://ja.wikipedia.org/wiki/ヨコハマ・シネマ・ソサエティ
ヨコハマ・シネマ・ソサエティ(Yokohama Cinema Society)は、横浜駅西口徒歩1分、神奈川県横浜市西区南幸1-10-18地下1階に所在した、中央興業が運営する映画館であった。座席は91席。
興行低迷の続く中、『恋の門』(監督松尾スズキ)封切予定日であった2004年10月9日[1]、台風22号による浸水被害のため休館となる。2004年11月20日に正式に廃館となり、西口名画座時代から49年続いた歴史は終焉を迎えた。
当館が入居していた中山ビルは現存しているが、地下1階部分は閉館から10年以上経った2015年8月現在も閉鎖されたままである。