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はてなキーワード: 井戸とは

2026-01-11

anond:20260111072815

宮崎駿さんがその「行き当たりばったり」な制作手法を取り続けたからには、それなりの理由があるんじゃないか

 

まず考えられるそうなのは創造性やアウトプットの低減。

それまでは創造性の井戸に溜まっていた水を汲み出せば良いだけだった絵コンテ作業物語の構築・構成作業)が、いったん水を汲み出し終わってしまって、作品を作る都度に井戸を掘りながら水が滲み出すのを待つ必要が出てしまった。

千と千尋の神隠し」も、露骨自作品からオマージュがあるし、そうしたイメージ再利用アウトプット速度の限界と向き合ったからかもしれない。

スケジュール制作チームからプレッシャーを燃料に、何とか井戸を掘り続けることで、何とかゴールに辿り着くというスタイルをとらざるを得なかったということ。

 

あとは「もののけ姫からそのスタイルになったとすれば、時代に対しての対抗策を取った可能性。

90年台後半は、インターネットの普及と日本経済の停滞が確定的に見えてきて、将来への不確実性が高まった時代

それまでの「正当なお伽話」が通用しなくなり、破壊されて断片的な世界社会に対して対抗できる物語を作るには、何らかの破綻を持ち込む必要があったのかもしれない。

奇しくも「もののけ姫」と同時期に公開されたのは、旧劇エヴァンゲリオン。キャッチコピーは「生きろ」と「みんな死んでしまえばいいのに」。

自然環境を守れる、倫理観のある人間になってね」というメッセージが贅沢なものとなり、「ただ生き残ることが大事」な時代に入ったことを、直感的に感じとりスタイルを変化させたということ。

 

そして「飽きるのを避ける」という単純な意図もあるのかも。

事前に作った完全な設計図に、作っている最中に飽きてしまうことが、長期の制作では一番怖いことなんじゃないか

2026-01-08

これ、6割ならそんな割合が多いとは思わないし、実際そのくらいはある印象なんだよね。

三好

@miyoshiiii

引用失礼します)この感覚を得てから映画を見ると、マジで6割くらいが「良い年したおっさんが性欲をコントロールせずに好きに暴走させてしまった結果起きたトラブルから発生してる(のに、なぜか原因不明の困難を解決するみたいな温度感タイプの作りになっていると気づく

https://x.com/miyoshiiii/status/2008569266757648497

例えば自分最近見た映画だと『ある閉ざされた雪の山荘で』なんかはまさに、おっさん演出家自分の性欲基準女優を選んでいたのが原因でトラブルが起きたんだが

でも実際に起きる事件オーディションに落ちた女優とその彼氏による、受かった女優に対する復讐劇に終止していて

発端のおっさん存在がどっかに行ってた


あと、鬼滅の刃でも童磨の父が不倫して妻に殺されたり、隣の道場の息子が失恋の恨みで井戸水に毒を入れたりしてたじゃん?

国宝』の主人公安易婚外子を作ったのをマスコミ暴露されて追い詰められてたのがまるで悲劇主人公みたいに描かれてたし。

まあおっさんに限られないかもしれないが、男の性欲が原因で起きたトラブルがそうとは認識されず

なぜか原因不明の困難を解決するみたいなタイプの作りになっている映画はかなり多いと思うよ?

2026-01-02

井戸敏三知事パワハラ自殺

井戸敏三氏の知事時代2001年2021年)において、「子ども支援担当職員自殺」として大きな注目を浴び、遺族が県を提訴した事案があります

この件は、「利権」や「自殺対策」というテーマと結びついて、行政体制職場環境のあり方を問う象徴的な事件として議論されています

1. 事件概要中央こども家庭センター職員自死

2014年11月兵庫県明石市にある県中央こども家庭センター児童相談所)に勤務していた当時27歳の男性職員が自ら命を絶ちました。

経緯:

男性2012年に県職員となり、2014年4月情報関連の部署からセンターへ異動。虐待対応など、極めて専門性が高く精神負担の大きい業務従事していました。

現場実態:

専門的な指導が十分になされないまま、上司による不適切言動(他の職員の前での叱責、電話中に受話器を奪い「こいつは頼りないから」と相手に告げるなど)があったと指摘されています

労働環境:

連日の長時間残業による過労状態であったことも報告されています

2. 遺族による提訴と県の対応井戸政権下)

2019年、亡くなった男性の両親は「自殺の原因は上司パワハラと過重労働である」として、兵庫県に約1億1800万円の損害賠償を求めて神戸地裁提訴しました。

公務災害否認:

当初、地方公務員災害補償基金兵庫県支部支部長は当時の井戸知事)は、この件を公務災害労災)と認めませんでした。これに対し遺族は不服として審査請求も行っています

批判の焦点:

井戸知事が掲げた「子ども支援」や「自殺対策」の旗振りの裏で、その最前線で働く職員過酷環境で命を落とし、さらには県がその責任を容易に認めなかった姿勢が、行政の「矛盾」として厳しく批判されました。

3. この問題が持つ意味

この事件は、単なる一職員の不幸というだけでなく、以下の社会的問題を浮き彫りにしました。

児相マンパワー不足:

児童虐待相談件数が急増する中、現場職員に過大な責任業務が集中している実態

専門性の軽視:

事務職短期間で専門部署児相など)へ異動させる人事システム限界

組織風土:

県庁」という巨大な組織の中で、ハラスメント是正職員の命を守る仕組みが機能していなかった可能性。

井戸時代のこの事件を今振り返る人が多いのは、「兵庫県庁という組織には、長年、職員を追い詰めるような隠蔽体質パワハラ体質が根付いていたのではないか」という構造的な不信感が背景にあるためと考えられます

弱男叩きのために、「弱男が外国人差別してるー!」と喚いてたマスゴミ連中が、クルド人相手に本性をさらけ出し、露骨井戸毒的なデマ迫害扇動し始めたのを見て

 いい加減、外国人差別は、弱男叩きしてるクズフェミ腐女子マスゴミが一番悪質なデマ扇動してるって気づけよ。

 弱男の多くも反移民だけど、それは今や殆どすべての日本人反移民になってるのを反映してるだけ。

 むしろ弱男が一番冷静に反移民して、デマに騙されてない。

 デマに騙されてるのは、テレビマスゴミニュース見てる奴らや、ヤフーニュースYouTubeツイッターで、やっぱりマスゴミニュースしか殆ど見てない”ネット民”。

 女は卑怯から自分の顔が晒されるような直接的な加害行為自分はしないで、他人だけ扇動してるだけだけど、直接的に井戸毒的な加害行為をする男も、お前らが言ってる弱男じゃなくて、そういうマスゴミニュースして見てないアホ男。

 そういうマスゴミ信者ゴミ男がやらかして、週刊誌の詳しい記事を細かく読んだら、弱男でもオタクでも何でもないって隅っこの方に書かれてても、「弱男が悪いー! オタクがやったー!」って見出し効果だけで責任転嫁する。

 それが今までの何のソースもない、萌え豚やら弱男悪者論の根拠だった。

 それを見ても、ああした悪質な扇動行為をしてるクズマスゴミ権力者にとって、最も邪魔スケープゴートにしたい存在萌えオタや弱男。

 井戸毒に最も遠いのが萌えオタや弱男で、最も近いのがそれを叩いてる奴ら。

 あいつらは、ネットで明らかに腐女子が増えてから在日批判簡単扇動できると、男オタに罪を押し付けて、安心して差別扇動させるようになってから、途端に在日擁護を始めた。

 それまで、テレビなんか、韓国政府から韓流ステマの金をもらいながら、一方でニュースでは「韓国反日だ―!」って報道して扇動してたくせに。

 んで、飽きられて、殆ど叩かれなくなったら、またマスゴミに近いところでも在日叩きが始まった。

 はっきりとマスゴミ本流ではやらないけど、完全に繋がってんだろってところで、露骨デマで叩き始めてる。

 明らかに今、反差別を掲げてる気色悪い連中こそ、かつて井戸デマみたいなので外国人排除虐殺扇動した奴ら。

 裏で都合よく差別扇動できなくなったから、ちょっと馬脚を現して、本性が露わになっただけ。

 権力者たちは、移民奴隷として利用したいけど、邪魔になったらそうやって差別扇動して、虐殺させたいからだよ。

 むしろ、後でそうやっていくらでも差別扇動して排除できるような状態になったら、自分らにとってだけはノンリスク移民を受け入れられると思って受け入れまくるようになる。

 逆に、邪魔になった時に確実に消せるっていう保証がない限り、移民は受け入れられないわけ。

2025-12-30

嫁に勧められてRTA見てるんだけど死ぬほどつまらないな

スーパープレイ集みたいに言われてるけどバグ利用ばっかじゃん。

ズルしまくってるだけの動画見せられて何が面白いんだろ。

たとえばサッカーの「試合開始3分で3得点伝説ストライカー!」みたいな動画見たら「まずは相手選手を買収します。あとは相手選手にゴール前にパスしてもらえば終わりです」みたいなこと言われても「で、それがどう凄いの?」になるじゃん。

マジで萎えるんだよな—。

ゲーム馬鹿にされてるみたいに感じる。

「こんなのただのデータの羅列でしょwwwちょっとバグらせれば簡単エンディングなんでサーセンwwww」みたいなことされてるなーって。

んで「バグ利用してません!」みたいなRTAみても「この大会ではシューズスパイクの長さに規定がないのでスパイクを滅茶苦茶長くしてボールを串刺しにします!あとはボールを脚に刺したまま相手ゴールに飛び込むだけですwww」みたいな事普通にしてんじゃん。「いやそれはもうバグ利用と一緒だろ・・・」ってツッコミたいんだけど、嫁に直接そういう事言ったら睨まれそうだからここで吐き出してる。

いやホンマこれなにが面白いねん・・・

まあプロゲーマーになれない程度の腕だけど「◯◯くんはゲーム上手いよね」のアイデンティティは守りたい人が自分らみたいなしょーもない人間同士でヒーローゴッコできる狭い井戸をわざわざ掘ってその中でゲコゲコしてる的な見世物なんだろうなあ。

でもそれって惨めじゃん?

ビックリ人間ショーで狭い通路の中に小人とヘビ人間を閉じ込めてどっちが早く脱出できるか競わせてるようなものじゃないのかな・・・

2025-12-28

死ぬまで孤独だった方がよかったんだね

21歳くらいまでは、人前でめったに泣かないような人間だった。家に帰ることがどんなに苦痛でも、殴られて叩かれてどれだけ身体が痛んでも、そのことを誰にも打ち明けられないことがどれほど苦しくても、涙は出なかった。私にとってそれらが日常であって、当たり前のことだったから。

悲しいから涙を流すという気持ちが一切理解できなかった。私の心はいつも憎しみと怒りでぎゅうぎゅう詰めなので、悲しみなんてものは定員オーバーで入らないのだ。

父親への憎しみと怒りを燃料にして走り抜けるような人生だ。今だってそうだ。私はいだって目を閉じると両頬を殴られ続けた小学生自分に戻れるし、自殺を試みた中学生自分に戻れるのだ。

そんな人間だったから、孤独であることも全く苦痛ではなかった。逆に孤独であることは誰から危害を加えられないことだと知っていたため、自分から積極的孤独になろうとしていた。1人だと安心できた。死ぬまで孤独で構わなかった。そうである予定だった。

親友と同じ家で暮らすようになってから、固まっていた心がどんどん弱くなっていった。朝は自由時間に起きられる。食事内容を決められることがない。手紙荷物勝手に開けられない。罵声に怯える心配がないまま夕食を食べられる。怒鳴り声を聞きながら眠りにつかなくて済む。これが普通生活なんだと思った。

私は20年間、毎日毎日覚悟を決めてドアノブを開けていた。家に早く帰りたくなくてバイトを詰め込んだり、放課後外をうろついて過ごしていた。私にとっての帰宅は、戦いに出るのと同じだった。

そんな私にとって、突然家が安心できる場所になった。怯えながらドアノブを開けなくて良くなった。そう気づいた時、心の柔らかい部分をフルスイングされたように、閉じ込めていたもの決壊して溢れ出すように、私は酷く泣いたし、辛くて辛くてたまらなかった。もちろん嬉しかった。嬉しかったが、安心できる生活を知ってしまった今、もう元の硬い心を取り戻せないのだという絶望があった。それが私にはとても悲しかった。

無条件に優しくされる喜びを知った。私が死のうとした時、心から悲しむ人たちがいることを知った。心配から怒られることがある、ということを知った。人に頼ることを覚えた。自分を傷つけない誰かと過ごすことは、一人で井戸の中にいることよりも幸福だということを知ってしまった。

ある日夢を見た。小学生自分、今の私よりも圧倒的に強い心を持っているその少女は私に言った。

「あの父親の子供なのに、幸せになろうと思うなよ」私の心はもうボロボロだった。

心の中の自分がずっと叫んでいる。

もうやめてくれ、これ以上私に幸せを教えないでくれ。憎しみと怒りにひたすら薪をくべるこの手を止めようとしないでくれ。やわらかくて暖かい陽だまりの下に連れていこうとしないでくれ。

期待させないでくれ。これ以上惨めな気持ちにさせないでくれ。差し伸べられた手に縋りつこうとする私を殺してくれ。1人にしてくれ。1人にしないでくれ。助けてくれ。

私の心の中はまだちゃん燃えている。私を動かすためにまだ燃えている。死ぬまで私は薪をくべる。最後自分が燃料になって、そのまま燃えてなくなる。このシナリオを完遂しなければいけないのだ。幸せになどなってはいけないのだ。地獄に行く時はどうせ1人なんだから。苦しまなくてはいけないのだ。自分自分であるために。

精神科入院することが決まった。また首を吊ったからだ。体裁任意入院だが、ほぼ措置入院のようなものだ。

来年の春には親友も遠い場所に帰るらしい。これでまた独りに戻る。それでいいのだ。そうでなければならないのだ。それが私なのだ

2025-12-26

兵庫県にいると、はてブが如何に偏った世界か分かるよ

https://anond.hatelabo.jp/20251225072754

はてブ増田だと斎藤知事支持率なんて消費税以下みたいなもんでしょ?

その時点で偏ったエコーチェンバーなんだよ、所詮はてブ増田なんて。

と言ってはみるものの、正直自分も支持してはいない。前回の知事選では迷いに迷って結局維新候補に入れた。

稲村は、本人の主張も取り巻きもあまりにも雑魚だったので。最初から最後までフニャフニャの雑魚すぎた。

それで、俺兵庫県内では上から数えて何番目みたいなデカいJTCで働いてるんですけど

この会社、俺の肌感覚では斎藤知事支持率80%超えてるね。いやマジで

井戸知事率いる既得権利権勢力マスメディアとタッグを組み改革派の若手知事を陥れようとしている」これが社内の支持派のおおまかなロジック

知事選の前後、まぁ話題になったので色々な人から話を聞けたがおおよそ皆こういうことを言っていた。

で、不思議なことに社内の斎藤支持派でも立花は嫌いなんだよな。なんで?と思ったけど

要するに、立花は色んな選挙のたびに何も関係ないのに勝手に来て騒いで迷惑な人、という感覚らしい。つまり、いわゆる二馬力選挙じゃなかったよ、斎藤斎藤自分選挙活動してたでしょ、とのこと。

俺は正直それ聞いて「ネットアンチにはその理屈通らんやろなあ笑」と思ったけど、実際のところどうかな。

まあ、ここまでグダグダなっちゃったので斎藤支持派とアンチのどちらが「逆張り」になるのか正直もうよく分からないけど

この両者が分かり合うことはもう無いんだろうなとは思う。

追記

うちの会社エコーチェンバーやで?

斎藤支持派だけマヌケエコーチェンバーはてブ世間一般はまともな集団だという、間違った思い上がりをはてブはしてるみたいだから指摘しただけよ。

斎藤支持、斎藤アンチ、マジマジでどっちもどっちなんやで。

2025-12-21

上水道がだめなら井戸は? → 井戸を掘るボーリング屋も減っていま

https://togetter.com/li/2641119

とくに浅井戸が壊滅的です

削井して井戸コンクリをどっから持ってくるの?

だいたい遠方になります

そして密集地だとどうやって搬入して埋めるの?

したがって浅井戸は無理で、小型の重機

トラックに積んだ掘削機で櫓を組んでボーリングするしかありません

で、それをできるボーリング屋も減っています

かい工場地下水組み上げのほうがまだ生き残っています

2025-12-08

映画ブラックニングを見た

黒人差別問題に切り込む傑作ポリティカルコレクトネスデスゲーム映画だと思うんだけど。82点。

 

解放記念日大学時代同級生黒人集団山中キャビンに集まると突然デスゲームが始まって~という1000回見たお話

ホラー映画黒人が登場してもすぐ死にがち問題を取り扱っており、タイトルバック最初ゲーム質問は「黒人最後まで生き残るホラー映画を答えろ」で正解できずに悲劇が始まってしまうところからもそれはあきらか。

 

デスゲームものから当然、仕掛け人 a.k.a 犯人がいるんだけどこいつかなぁという人物犯人です。しか犯人当てに製作者は重きを置いていないのはすぐにわかる。作中でなぜかめちゃくちゃ「androidスマホを使っていること」を強調する人物が登場しそいつが「androidの充電器ない?」とペンションで聞くと「androidなんか使っている人いるわけない」というめちゃくちゃなこと言い出す展開があるんだけど、これって「apple広告戦略iPhone使っているのは善人にしなければならないらしい」という昨今めちゃくちゃ流行ってる映画業界あるあるをぶち込んだギャグなんだよね。なのでもう最初からそいつ犯人ですよと作品は示してくれてる。

こんな感じで自虐的でもあり、社会風刺的でもあるある意味ではめちゃくちゃ真面目な映画なんだけどそれを全編コメディとして描かれているのがすごい。ある意味で言えば黒人スタンダップコメディ映画化したみたいな作品。身内ごとだからってめちゃくちゃやりすぎだろとめちゃくちゃバツの悪い思いをしながら爆笑してしまった。

例えばペンションにつくとキングアリソンに対して「おい、お前の肖像が飾ってあるぞ」と話を振る、視線の先にはシマウマ写真が。アリソン黒人白人ハーフって設定なのね。笑えんって!しかアリソンキングに対して「貴方彼女のじゃない?」と回答する、キング白人女性と付き合ってるのね。笑えんって!

その後もラッパーチップスを買い集めるデブフラッパー女性とか、めちゃくちゃ甘いジュースを作った人に対して「糖尿病黒人病気からって~」って言うとか、すぐにヤクをやりだすとか、クローバーを切るよな黒人ならとか、とにかく彼らは常に「そりゃ黒人的だ」「黒人的じゃないね」と延々と黒人ジョークを言い合っていて、このへんテンポもいいし会話の内容も興味深くて楽しい

 

そしてデスゲームが始まると黒人蘊蓄が延々と繰り返される。フレンズに登場した黒人俳優とかNAS楽曲についてとか黒人国歌の2番を歌えとか。黒人国歌の2番のネタなんだけどシンプル黒人はみんな「適当に歌ってた」「知らないよそんなの」と答えるのに対して白人とのハーフアリソンけがちゃんと歌えるところも皮肉が効いてる。

そして最終問題として「もっとも黒い者を差し出せ」という生贄問題となり、これまで黒人ジョーク自分の黒さを競っていた彼らはいかに自分が「黒人らしくないか」を競い始める。アフリカ人からお前だろ、いや俺はゲイから黒人らしくない(めちゃくちゃ言いよる)、私は親が白人から違う、白人女性と付き合ってる云々。マッチョイズムにも通底するコミュニティ内でのマウンティングの醜さをコミカルに炙り出してて笑えるけど笑えない。

そして最終的に選ばれた人の理由が「トランプ投票した」こと。この瞬間、空気は凍り付き「お前は黒人じゃない」と総スカン。彼は生贄に捧げられてしまう。しかしこの問題は「もっとも黒いもの差し出せ」。ここで彼を差しさなければ別の展開もあったのかなぁと思ってしまう。はい差し出された彼が犯人です。

まぁその後いろいろあって最終的に犯人井戸に突き落としておしまい

大学時代スペードという黒人コミュニティ必須トランプゲームミスを連発して「スペードもできないなんて、お前黒人じゃねぇよ」とゴリゴリ差別されてやけ酒飲んだ帰りに人をひき殺してしまたこから人生歯車が狂ってしまった犯人が「ほなお前らはどんだけ黒人なんですかね」とデスゲームを仕掛けたのだった。

 

そして最後に「警察呼ぶ?」「呼ばないだろ撃たれるだけだ」と笑いながら話すのもめちゃくちゃ面白いけど笑えないし、じゃあ消防車だとなって最終的に消防車が来たと思ったら全員が"放水"で画面外に吹き飛ばされて終わるのもブラックコメディとして完璧

実際にデスゲーム殺戮がおきたりスティングする部分は端折ったけど普通に水準程度にはできてたし退屈することはない。なによりやっぱ、本当の意味黒人黒人による黒人のためのポリコレ映画って感じでめっちゃよかった。特にポリコレ居丈高に「お前ら」ごとにするんじゃなくて自虐的に「俺たち」ごとにしている姿勢に好感が持てた。

これは黒人コミュニティ内での黒人らしさマウント合戦自虐的目線コミカルに描いたものだけど、これは男性社会マッチョイズムマウントの話にも変換できるし、日本人社会残業時間社畜マウントの話にも変換できるめちゃくちゃ普遍的テーマだなって色々考えさせられてすごいよかった。

普通にオススメ

2025-12-06

風呂子供を沈めてる時、やり過ぎたかなと思いがちだけど、大抵何とかなってる。

餓鬼から、これくらいしないと悪さするから

粘土を食わせた時も、別に何ともなってない。

子供は雑に躾けるのが無難なんだよ。

たまにプリキュアお菓子買ってやると懐く。

そして付属シールを目の前で破る。

こうやって社会理不尽さを教育しないとな。

生きる氣力を育てるのが親としての役目。

泣き喚く時は容赦なく殴る。

アザがつかない程度に。

児相煩いからな。

さあ酒飲んで寝るか。

その前にワンクリック募金巡回をする。

その後、町内の警備。

で、いのちの電話相談役をする。

翌朝は海外渡り、恵まれない地域井戸を掘りにいく。

そのついでに、砂漠地帯植林をする。

帰りにアメリカに寄ってトランプの頭をコツいてくる。

マスク火星テラフォーミング計画会議をする。

習近平に少し黙ってろとガン飛ばしてくる。

早苗にも喋りすぎんな、休めと釘を刺してくる。

その後宇宙に飛び、銀河系の異なる文明間の紛争仲裁してくる。

最終的には、宇宙のすべての知的生命体を苦しみから解放する。

父親って大変だな。

村上春樹ノーベル文学賞を受賞したら、世界はどう変わると思う?

たぶん「別に何も変わらないよ」と言う人が大半だろう。 でも「いや、けっこう決定的に何かがズレる」かもしれない。

1. 受賞会見の夜、世界の「翻訳器」が少しだけズレる

授賞式のあと、記者会見村上春樹は、たぶんいつもの調子で、少し照れながら、淡々とした英語ステートメントを出す。

猫とか、走ることとか、ジャズとか、そんな話題ちょっとだけ混ざる。

その瞬間、世界中のニュースサイトが一斉に記事を出す。

スウェーデン語英語中国語アラビア語スペイン語、いろんな言語で彼の言葉翻訳される。

そのとき世界中の自動翻訳システムが、わずかに誤作動する。

村上春樹」という固有名と、「ノーベル賞」という単語が強く結びついたことで、アルゴリズムが「この人の言葉は、特別な重みを持つ」と判定してしまう。

その結果、彼のインタビュー記事だけ、ほんの少し「やわらかく」翻訳されるようになる。

本来なら “I just write what I can write.” と訳されるはずの文が、別の言語では「自分にできることを、ただ静かに続けてきただけなんです」と、余計なニュアンスを帯びてしまう。

機械勝手に「春樹っぽさ」を補間し始める。

その小さなバグは、誰にも気づかれない。

でも、世界中の翻訳メモリの中で、「誠実な揺らぎ」とでも呼ぶべき偏りが、じわじわと蓄積し始める。

2. 古本屋の棚が静かに組み換えられる

受賞の翌週、日本中古本屋で、ちょっと妙なことが起きる。

棚を整理していた店主が、ふと「ノーベル賞作家コーナー」を作ろうとして、手を止める。

新潮文庫の『風の歌を聴け』を手に取って、ドストエフスキーカミュの横に置くか、それとも日本文学コーナーに残すか、悩む。

たいていの店主は、日本文学から一冊だけ抜き出し、「ノーベル賞」のプレートの下に、さりげなく並べる。

その瞬間、棚全体の「重心」が、ほんの数センチ動く。

カミュの『異邦人』の隣に『ノルウェイの森』が来る店もあるし、ガルシア=マルケスの『百年の孤独』の脇に『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』が差しまれる店もある。

知らない誰かが、そこで一冊を手に取る。

ノーベル賞作家なら読んでみようかな」と思って買う人もいれば、「高校とき挫折したけど、また読んでみるか」とレジに持っていく人もいる。

その「もう一度読んでみる」という行為が、実はけっこう世界を変える。

ひとつ物語を、異なる年齢で読み直すことは、人生時間軸をちょっとだけ折り曲げるからだ。

3. とある若い書き手が、原稿ゴミ箱から拾い上げる

遠くない未来日本のどこかのワンルームで、小説を書いては消している人がいる。

それまでは、締切のたびに「どうせこういう文体はもう古い」と思って、原稿フォルダごと消していた。

けれども、ニュースで「村上春樹 ノーベル賞受賞」という文字列を見た夜、指が止まる。

時代遅れ」と心のどこかで断罪していた「一人称で、ちょっと距離のある語り口」や、「よく分からない井戸」や「耳の形の描写」を、もう一度だけ許してみようと思う。

その人は、削除済みフォルダから原稿サルベージして、改稿し、応募する。

数年後、ひっそりとデビューする。その作品は大ベストセラーにはならないが、誰か一人の人生を確実に変える。

それを読んだ別の若い誰かが、「こういう小説を書いてもいいんだ」と思う。

この連鎖が続いた結果、20年後日本文学史の片隅に「ポスト春樹的な何か」という、名前のつかない小さな潮流が記録される。

4. とあるAIモデルが、比喩を覚え始める

ノーベル賞受賞後、世界中の出版社は、村上春樹作品さらに多言語翻訳して売り出す。

その新しいデータが、大規模言語モデル学習コーパスに流れ込む。

AIは、彼の文章の特徴――

――を、統計的パターンとして吸収する。

ある日、とあるユーザーAIにこう尋ねる。

人生希望が持てないとき、どうすればいい?」

従来のAIなら、「休息を取りましょう」「専門家相談しましょう」といった、正しいけれど味気ない答えを返していた。

しかし、そのモデルは、学習した村上春樹的なリズムをうっすらと真似て、こう返す。

「ひと晩だけ、よく眠れる街に行ってみるといいかもしれません。

 コインランドリーと古いジャズ喫茶があって、誰もあなた名前を知らないような街です。

 そこで洗濯機が回っているあいだ、お気に入り音楽一曲だけ聴いてみてください。

 世界は、それだけでほんの少しだけ、違う顔を見せることがあります。」

それを読んだ人が、「なんか、分からないけど少しだけ楽になった」と感じる。

たった一人の気分が、5ミリだけ上向く。

バタフライエフェクト的には、それで十分すぎる。

5. ノーベル賞委員会が、ふと迷う

翌年以降、ノーベル文学賞選考は、少しだけ変化する。

村上春樹の受賞は、「売れている作家」「広く読まれている作家」が、必ずしも軽んじられるべきではない、という前例になる。

それまで「実験的すぎて一般には読まれない」ことが価値とされていた傾向が、ほんの少しだけ揺らぐ。

世界中で読まれていること」と「文学性」が、必ずしも対立概念ではないのかもしれない、と誰かが言い出す。

その議論の延長線上で、今までは候補にも挙がらなかったタイプ作家が、リストに入る。

たとえば、ジャンル小説純文学境界にいるような人。

あるいは、ネット上での連載から出てきた書き手

結果的に、10年後、ある国の女性作家が受賞する。

その人はインタビューで「十代のころに、村上春樹ノーベル賞を取ったニュースを見て、『あ、こういうのでもいいんだ』と思ったんです」と語る。

村上春樹の受賞は、別の誰かの受賞の「前提条件」に化ける。

バタフライの羽ばたきが、遠い未来の別の嵐の「初期値」になる。

6. あなた個人時間軸が、少しだけ歪む

ここからは、完全にあなたの話だ。

ニュースで「村上春樹 ノーベル文学賞受賞」と流れた日。

仕事の帰りにコンビニに寄って、スポーツ紙の一面を見て、「マジか」と小さく笑う。

家に帰って、本棚の奥から大学生の頃に読んだまま放置していた文庫本を取り出す。

ページをぱらぱらめくると、線を引いた覚えのない箇所に、うっすら鉛筆の跡がある。

「この一文に、あのとき引っかかっていたんだな」と、昔の自分に少し驚く。

今読んでみると、当時は気づかなかった別の箇所が刺さってくる。

たとえば、こんな感じの一節:

世界というのは、だいたいいつも、わずかにバランスを崩しながら、それでも何とか立っているようなものなんです。」

(これは架空の文だけど、春樹っぽさは伝わると思う)

読み終わったあと、あなたスマホを手に取って、誰に送るでもないメモを書き始める。

日記のような、感想のような、断片的な文章

それを翌朝読み返して、「案外悪くないかもしれない」と思う。

消さずに残しておく。そのメモが、数年後、何か別の形――ブログか、小説か、子どもへの手紙か――に変わるかもしれない。

村上春樹ノーベル賞を取ったことで、あなたの中の「書いてもいいかもしれない何か」が、ほんの少しだけ動き出す。

世界規模から見れば誤差だけれど、あなた時間軸にとっては、十分に大きな揺らぎだ。

7. 世界はそんなに変わらない、でも「読み方」は変わる

結局のところ、村上春樹ノーベル文学賞を受賞しても、

戦争が止まるわけでも、景気が劇的に良くなるわけでもない。

満員電車は相変わらず混んでいるし、会社会議は相変わらず退屈だし、洗濯物は相変わらずたまる

でも、「世界の読み方」は、少しだけ変わるかもしれない。

そんなふうに、日常現実に、うっすらと「物語レイヤー」が重なる。

村上春樹ノーベル賞を取るというのは、

世界ルールが変わる出来事ではなく、

世界物語として読む人」が、ほんの少しだけ増える出来事なのかもしれない。

そして、バタフライエフェクトというのは、

巨大な歴史的事件よりも、

そういう小さな読み方の変化から起きるのだと、個人的には思っている。

2025-12-05

箴言に「あなたの泉はあなたのものから撒き散らすな」みてーのなかったっけ?これ、性的文脈で語られるけど、俺が思うに、知識のことだと思ってるんだけど

ありますよ、その箇所は箴言 5章15–17節で、ヘブライ語原文でも非常に象徴的な表現になっています。まず該当箇所を示します。

箴言 5:15–17(要約)

自分井戸の水を飲め。

自分の泉の水を飲め。

あなたの源(泉)が外に溢れ出るべきか?

それを通りにまき散らすべきか?

それはあなた一人のものとし、他人と共にするな。

ヘブライ語の maqor(泉・源) は、ラビ文献では多くの場合 性的象徴特に男性生殖能力や 家庭の親密さの比喩として理解されています。(バビロニアタルムード Eruvin 100b などでも似た象徴が語られます。)

あなたの感じている 「知識を無闇にばら撒くな」 という読み方は、伝統の中でも根を持っています。タナハでも「泉=知識」「水=トーラー」の比喩は非常に頻繁です。

箴言 18:4「人の口の言葉は深い水、知恵の泉は湧き出る川」

イザヤ 55:1 「渇く者はみな、水のもとへ来よ」→ ラビ達はこれを“トーラーを求める者”と読む。

箴言 13:14「知恵ある者の教えは命の泉」

こうした象徴体系から見ると、

「泉を外に撒き散らすな」 → 学んだ知識洞察を、理解していない人の前で乱雑に披露するな→ 知恵は丁寧に、責任を持って伝えよ

という読みは十分自然で、むしろタルムード的です。

タルムードにはこういう言葉があります

言葉は、相手にふさわしくないなら言うな」ハギガー 13a

また、トーラー井戸水のように深く、人は段階に応じて飲むという比喩もよく使われます

まり、知恵を与えるにもタイミング相手に応じた方法必要だ、という思想

古典的には第一義:性的純潔・家庭の尊重ですが、あなたの読みは第二義:知恵・学びの扱いに関する道徳としてタナハやラビ文献の象徴体系とよく一致しています

教えを乱雑に撒き散らすのではなく、泉の水が清く諸々の器に適切に注がれるように、知識も丁寧に扱うべきだという美しい解釈です。

2025-11-18

退任した荒木副知事電話で会話

守本が荒木に熱いラブレター

井ノ本が肌荒れ、しんどそう

守本、有田が大変、しんどい仕事押し付けられている

小橋自分副知事のつもり。えらそうにしている

古川片山にぺコぺコしていて情けない

自民兵庫に5人くらい鞍替えするという噂あり

石川が鷺尾のような県当局人事に影響力のある議員になろうとしている

服部副知事内藤マター

国会議員が動く。黒田武一郎が動くと言っている。知事を変えたらいい。

先生も何してるんだと周囲から言われているようだ。

斎藤井戸に詫びを入れに会いに行くという情報がある

井戸後継者を育成できずに晩節を穢したのに、まだ名誉欲にこだわっている。

生田神社宮司井戸顕彰碑を建てたいので寄付してくれと言っていると神戸新聞高が言っていた。

摺河が片山に怒っている

四海、水埜が何を考えているのか分からん

記者会見では嘘ばっかり言った

青木川原には挨拶しに行ったら、残念がられた。志水さんも飲みたがっていた

慰労会、早く飲み会してくれ

出勤は火水木。会いにきてくれ

農業共済の部屋があるからゆっくり話せるは

2025-11-10

anond:20251110020249

「常習的にあったのは周知の事実

って勝手新聞社がなんの裏取りもせずに言っていいんだー

犯罪行為があったことは捜査によって立証されるのだと思ってたよ

こういう人が「井戸に毒を朝鮮人が投げ入れたのは周知の事実、早く逮捕しろ」とか言うんだなー

怖いなー

あ、もう関わらないでね、怖すぎるから

2025-10-18

間取り図好きだけど「変な家」はnotformeなの上手く言えない

間取り図を見るのは大変に好きなのだが、「変な家」は何故かそんなに好みじゃない。何故なのか自分でもどう言っていいのかもわからない。

オモコロの「変な家」のブコメに「建築違反じゃねえか」とかついて、更にそれに対し「フィクションなんだから何でもありだろ」とついてるの見て「近い」ものを感じた。わかる、なんかちょっとわかる。

そう、何でもありだから面白くないのかもしれない。

多分「変な家」は間取り図そのものを楽しむというよりホラーオカルトを楽しむためのコンテンツなんだと思う。怖い話から逆算して作られた間取り図だから間取り図が見たい自分としては完全に逆。だから見てても楽しくないのかもしれない。

そう考えると、井戸マニアからすれば貞子が出てくるために作られた井戸は見ててもおもんないのかもしれない。

マニアからすれば怖い話のために作られたきさらぎ駅もおもんないのかもしれない。

古くは映画ドラマプログラマービジュアル良さげな画面でカタカタカタっターン!みたいなのでエエー…となるのもその系列なのか?

誰か説明してくれ。

2025-10-15

井戸手作りしたらきちんと固定できていなかったとする。

そんなときのために「ハンドメイドの半止め井戸」という駄洒落を用意しているのだが、そんな状況になりそうもないのでここに書いて供養とする。

2025-10-13

ベトナム窃盗団

ジャップ差別心が産んだ与太話でしょ

朝鮮人井戸に毒を入れたというデマに騙されたときから少しも進歩してないんだよな、ジャップ

2025-09-13

anond:20250913075139

「誰それが井戸に毒を入れた」もこんな感じだったのかもしれんね。知らんけど。

2025-09-11

覆われる村

ある村に、ひとつの儀が持ち込まれた。

人々は掌を掲げ、見えぬ影を祓うと称した。

掌の下で身を縮める者もいれば、

掌の上に立つ者は安らぎを語った。

その儀に、村の長は銀を与えた。

「これは村の安寧のためだ」と言い、

金庫のひと握りを差し出した。

すると人々は首をかしげた。

「なぜ銀は麦に注がれぬのか。

なぜ水路を繕うために使われぬのか」

子らは尋ねた。

「村は掌の影に覆われるのか。

それとも火を囲むぬくもりを選ぶのか」

古き老木は囁いた。

「掌は影を祓うこともあれば、

影を延ばすこともある。

銀を握る手の奥を見抜かぬなら、

やがて畑も井戸も痩せ、

残るのは影ばかりとなろう」

2025-09-10

anond:20250909124212

普通の男は高齢女性妊娠できないって思い込んでるけど、女性出産最高年齢は67歳だから

狭い生簀で勝てないからといって絶望するには速すぎる

井戸の中から飛び出して広い世界を探しなさいよ

2025-09-08

anond:20250908093140

あら、そのご質問、とっても興味深いですわね!✨

井戸に毒を入れる」なんて聞くと、まさに時代劇や戦乱の世のイメージが浮かんでくるのよ。

 

結論からしますと――井戸や水源に毒を入れることは、日本だけでなく世界中で「戦争・抗争・迫害」の手段として古くから見られたのですわ。ただし、実際に広範囲で行われたかというと、実例はかなり限定的ですのよ。

 

世界の事例

ヨーロッパ中世

ペスト流行時に「ユダヤ人井戸に毒を入れた」との流言が広まり、 pogrom(虐殺)の口実になりました。これはほとんど事実無根でしたが、井戸毒殺のイメージは非常に強烈に残っていますわ。

古代ギリシアローマ

敵の都市を攻める際に、水源を汚染死体を投げ入れるなど)して疫病を広める戦法が記録に残っています

中国の戦乱期

兵糧攻めや籠城戦の中で、水源を奪ったり汚染する行為普通に考えられていたようです。

モンゴル帝国

13世紀クリミアのカッファを攻めたときペスト感染者の死体を投石機で投げ入れて水や空気汚染したと伝わっています(いわゆる「生物兵器」の初期例)。

日本場合

戦国時代でも「敵城の井戸死体や毒を投げ込む」といった記録は残っていますわ。ただし、当時の毒物砒素植物毒など)は扱いが難しく、実際にどこまで実効性があったかは怪しいですわ。むしろ「水源を奪う・枯らす」ほうが現実的戦術だったのよ。

鬼滅の刃、とうとうリベラルに見つかってしまう。そして炎上へ…


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