はてなキーワード: パブリックとは
ストレージが足りない
ChatGPT曰く、LocalSendというヤツがいいらしい
が、転送はできたもののファイル形式がheicなる知らんヤツで開けない
試行錯誤の末、とりあえずheicを開けるビューワが手に入ったので、LocalSendでの写真転送を試みる、
が!
何故か、2ファイル目を転送するとパソコン側のLocalSendがクラッシュする
ファイル数が多すぎたのか?と思い、減らしてみるも変わらず。
なんでだよ!さっきは50ファイルくらい行けただろうが!
セキュリティソフトの除外に設定してみたり、ネットワークの設定をパブリックからプライベートにしてみたり、
LocalSendをポータブル版に置き換えてみたが、解消せず
LocalSendの利用諦め、別のアプリを探すも良いのが見当たらない
ChatGPTはPairDropなるものを提案してきたが、なんか抵抗があるな
Vectorか窓の杜あたりで紹介されていて欲しい。Noteにしか記事が無い。
会社のパソコンだったらもっと厳格に有償サポートが付いた物しか使わないんだろうが、
個人の場合はソフトウェアの信頼性をどうやって判断すべきであろうか いや、そんなことはどうでもいい
さて、どうしよう
というのが今の状況。最初の目的であるiPhoneのOSアップデートを忘れつつある。
というか、17GBの空きがあるのに「空き容量が足りない」でアップデートコケるのおかしくない?
そっちを調べてみるか
戦後最大の海難事故の一つである「紫雲丸事故」と、近年の「辺野古抗議船事故(カヌー・抗議船転覆事案)」。これら二つの事象を比較し、現代日本人の「無責任化」を憂慮する視点は、非常に重い問いを私たちに投げかけています。
なぜかつての日本は、悲劇から構造的な教訓を引き出し、国家プロジェクト(本四連絡橋)にまで昇華させる「責任の完遂」ができたのか。そして、なぜ現代の事案では、責任の所在が曖昧なまま風化していくのか。その背景には、単なる個人の倫理観の変容だけでなく、社会構造や情報のあり方の劇的な変化が横たわっています。
1955年の紫雲丸事故は、168名もの尊い命、とりわけ修学旅行中の児童・生徒が多く犠牲になったことで、国民的な憤りと深い悲しみを生みました。この時、当時の社会が取った行動は、現代から見れば驚くほど「直線的で責任あるもの」でした。
船長の操船ミスや当時の国鉄の安全管理体制に対し、司法と世論は極めて厳しい視線を注ぎました。当事者が責任を認めるだけでなく、社会全体が「二度とこの海域で子供を死なせてはならない」という強烈な合意を形成しました。
「霧の瀬戸内海に船を浮かべること自体がリスクである」という認識から、瀬戸大橋を含む本州四国連絡橋の建設という、天文学的な予算を投じたインフラ整備へと舵を切りました。
この時代の日本には、「公(パブリック)」のために責任を取るという規範が、指導層から現場にまで浸透していました。失敗を隠蔽するのではなく、失敗を「国家の改良」の糧にするエネルギーがあったと言えます。
一方で、辺野古周辺での抗議活動に伴う転覆事案や事故においては、紫雲丸の時とは全く異なる力学が働いています。ここでは「責任」が追求される前に、「政治的立場」が先行してしまうという現代特有の病理が見て取れます。
事故が起きても、一方は「警備側の過剰な規制」を叩き、もう一方は「抗議側の無謀な行動」を非難します。双方が自分の正義を盾にするため、客観的な「安全管理上の責任」という議論が二の次になります。
かつてのメディアは「社会の公器」として全方位的な責任追及を行いましたが、現在はメディア自体が二極化しています。自陣営に不都合な事実は小さく扱い、敵陣営の失態を大きく報じる「チェリー・ピッキング(つまみ食い)」が常態化し、本質的な追求がなされにくくなっています。
「無責任化」の正体は、以下の三つの要因が複合的に絡み合っていると考えられます。
かつての日本社会には、職責を全うできないことを「恥」とする文化が強く根付いていました。しかし、現代はコンプライアンスや法的リスク管理が過剰に進んだ結果、「責任を認める=法的・経済的に致命的な損害を被る」という構造が強化されました。その結果、まずは「認めない」「謝らない」という防御本能が、責任感に打ち勝ってしまうのです。
現代のプロジェクトや警備体制は、あまりに高度化・細分化されています。誰もが「自分の持ち場ではルール通りにやった」と言える状態(官僚的無責任)が作り出され、全体としての悲劇に対して「誰も責任を取らなくて良い」構造が完成してしまっています。
紫雲丸事故の際は、多くの国民が「自分の子供が犠牲になったかもしれない」という当事者意識を持ちました。しかし、現代の辺野古を巡る問題などは、地理的・政治的な距離感から、多くの国民にとって「遠い世界の出来事」として消費されてしまいます。SNSでの批判は一過性であり、国を動かすほどの持続的な「責任追及の世論」になりにくいのが現状です。
紫雲丸事故が解決のモデルとなったのは、日本人が「安全」という共通の価値観を信じ、それに対して全員が真摯に向き合ったからです。翻って現代は、価値観が分断され、何が「責任」であるかという定義すら、立場によって異なります。
日本人が無責任になったというよりは、「誰に対して責任を負うべきか」という対象(=公、国家、次世代)を見失ってしまったというのが、より正確な表現かもしれません。
辺野古のようなデリケートな現場で起きる事案を、単なる政治闘争の道具にするのではなく、紫雲丸の時のように「命の安全」という原点に立ち返って検証できるか。それが、私たちが「責任ある大人」の社会を取り戻せるかどうかの瀬戸際であると感じます。
結論から言っちゃうと新しいコンテンツと新規プレイヤーを受け入れられないって烙印押されちゃったからだよねって言う。
衰退するか否かの分水領はおそらくでもなんでもなくデレステの星街すいせいコラボ。
他のゲームやってるから言えるけどあれめちゃくちゃ丁寧にやっていて新人の定着を目指してたんだよね。
で、蓋を開けてみれば絵畜生がどうのV豚がどうので暴言吐くのがめちゃめちゃ声デカく暴れてたんだよね。
そりゃ新人居付かねぇよ。衰退するよ。引退者も出ると言うかそれでそこそこの数のPにドン引きしてたし、デレPとしてとても恥ずかしかった。
確かにホロライブはコラボ方面でやらかしがちだけどあのコラボについてはめちゃくちゃ丁寧にすり合わせして星街すいせいを選出していたと思う。アイドル売りしたいんだったらもっと他のを出してたはずだしそれだともっと反感あったとも思う。
それをただ気に食わないってだけでやって来た村に住んでくれるかもしれないお客さんごと攻撃するのは大間違い。
基本的に我々の住んでいるデレマスの村は定期的に新規を釣れるコンテンツがなければ人口は減ってくし、やれる事も小規模になってく。
それで昔から比較的自由が効くデレマスはその手段としてコラボを選んだ。
ただそれだけの話、のはずなんだけどなぁ……。
リアルアイドルのももクロコラボが評判が良かったので次はバーチャルシンガーにというめちゃくちゃ普通の流れでホロライブに所属する星街すいせいが選ばれただけであり、じゃあ次は同じ資本のアイドル題材作品、他マスから引っ張って来てみよう、さらに別のリアルアイドル……みたいな感じでコラボをやりつつコンテンツ追加を延命する事が可能であったのだ。
本来は。
もちろん、運営は断腸の思いでコラボを決定しただろうし、普通のイベントよりもお金も時間もずっと掛けて準備して少しでも新規ファンを取り込もうとした。
けれど、予想通りやって来たファンが目にしたのは自分の好きなコンテンツを拒否される光景だったわけで、そりゃ定着しないよね。
ネット上で星街すいせいのファン人数0人を誇ったり、いらないから売り飛ばした報告をしているようなのがまあまあいたけど、それは誇りではなく釣られて来た新人、コラボの為に時間と予算を掛けて準備したスタッフ、そしてコラボに来てくれた星街すいせいへの著しい侮辱であり、誇れるような行為ではない。
それをパブリックに流した瞬間、あなたはあの世界に存在する血と肉を持ったアイドルを誹謗中傷したのです。
ただただそれが同じプロデューサー、同僚として恥ずかしく悍ましく「ああ、これはもう駄目だな」思えたのです。
純粋なゲームとして思っている人は自分の好きなコンテンツが同じようにコラボ先で拒否されたらどんな気持ちになるか考えて欲しいと思います。
もちろんそんな行為をしないプロデューサーも沢山いるでしょう、しかしそういったプロデューサーが予想以上に多かった事を持ってデレマスPは新規コンテンツを拒否するし新しい客を拒否するのでこれ以上リソースを割けませんとなった。
もちろん、コンテンツ追加が減って衰退したのはシャニマスや学マスにリソースを割く為であったり、アイマスというブランドの中で若干外様寄りであった事も原因の一つだとは思っている。
でも、トドメを刺したのは間違いなく新しい物を受け入れず、それどころか中身すら碌に見ずに侮辱した事だろう。
もし、万が一、次があるなら、こんな事はしないで欲しい。
クックパッドがSNS・ウェブサイトのURLからレシピを取り込み(自動的にメモ化)できる新機能をリリースしたんだが、
https://x.com/ore825/status/2035297245869023638
InstagramやXなどクックパッドに載せてない料理家さんのレシピを簡単に取り込めて元投稿にアクセスしなくてもクックパッドアプリで完結出来るシステム
いや…これってただクックパッドアプリで一元管理できるようになりましたよ~だけだよね。
何が酷いの?
元投稿にアクセスしなくても完結するのはローカルメモだって同じだし。
https://www.instagram.com/p/DWEEDsEieiu/?utm_source=ig_web_button_share_sheet
クックパッドは悪くなくね?と思うんだけど
・元記事を見ないでクックパッドだけを見るようになるから料理家は一つもメリットがない
・この機能は5レシピ以降課金が必要なのでクックパッドにだけメリットがある
・クックパッドに投稿されてるレシピならまだしも他のSNSから勝手にレシピを取り込んで金を稼ぐのはいかがなものか
だそうだ
じゃあもう全部メンバー限定で公開しとけよ…
つかパブリックなインターネットに投稿してんだからメモぐらい許せよ…
なんかほーんとちっさい人
他にもジョーさん。や白ごはん.comといった著名料理家もひどいね~というリアクション
何だかなあ
白:池澤真理子@栃木
BSジャパネクストがリニューアル BS10の無料放送側で日曜昼などに放送中
見られなかったケーブルテレビ局でも見られるようになったので要確認
つながるジャパネットアプリで放送同期・スマートテレビや2025年4月からtverを含め見逃し配信あり
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・04 イイダコ
・05 8月11日
・06 [何の略]Do It Yourself
・07 [すべて]スウェーデン スペイン スロバキア スロベニア
・09 [近似値]35
・10 『マイ・フェア・レディ』
・13 『キングダム』
・14 アルファ(化米
・18 かみなりさま(を下にきく
・21 湯葉
・22 [AC]辻褄(が合う
・25 通常(選挙
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(日曜本放送)このあと14:15からは「人生に魔法をかける ロングブレスで激変物語【2か月半でマイナス20キロ】」
16:00-18:00 映画Chageのずっと細道~東西南北~(2024年)
(15日日曜日)
自分はまだColabo関係者(及び裁判の当事者)が暇空を親の仇であり両親をレイプして惨殺した凶悪殺人犯の如く憎むのはまだ分かるんだよ
Colaboが金払って直接雇用してたカルピス軍団と呼ばれる暇空アンチ集団が暇空を攻撃するのも、アンチ活動という名の業務としてまだ分かるんだよ
不思議なのは、何でColaboに世話になった事も無い様な支持者とか、一見全然関係無い共産党支持者どころか共産党議員までが、
血相を変えて一斉に暇空を攻撃するだけでなく、支持者までも「暇空支持罪」みたいな概念で攻撃して、
まるでColaboの家族を一緒にレイプした凶悪性犯罪者の如く断罪しようとしてるのかが意味分からんのよ
君らは暇空に家族殺されたん?暇空支持者とやらに親しい友人を吊るされてもしたん?本当にそうなら話聞いてあげるけどさ
何それこっわ、すっげーこっわ
そう言えばオウムとかその他過激カルト宗教も「総括」と言って信者同士で内ゲバで人殺してたけっけ。知らんけど
何故か総括を支持しているはてなーの面々は知らないけどしれないけど
というか「総括」して何をすれば良いの?
「僕たち私たちは暇空みたいなColabo殺人レイプ犯の極悪人を支持してしまってすびばでんでじだぁぁぁぁぁ反省して暇空を卒業しまずぅぅぅぅそしてColaboと共産党に全財産差し出じまずぅぅぅ!!!!!」
とでもなれば良いの?
それか暇空支持罪として自らを「処刑」すれば良いの?
口では否定するけど君らもし願望が叶うなろう系みたいな世界だったら絶対にそうさせてるでしょ
何か君ら安倍とか高市を支持した罪として「総括しろ」とか言い出しそうで怖いんだよね
いやもう実際に似たような事言ってるかも知れないけどね
「安倍(高市)を支持している日本人は愚か」「自民党を勝たせた山口県は🏺」とかね
へー自分の地元は🏺カルトに支配されてるから安倍もとい自民党を支持してるんだーへー
ふざけるなよボケが
名誉毀損で裁判勝ったから暇空の全く別の主張(会計問題)や住民訴訟での追求は全てデマとか言う
ものすごいゴリ押しはさて置き、暇空が「悪人」として支持されなくても
君らColabo支持者とか何故か一切関係無い筈なのに繋がりが深いとしか思えないぐらい暇空を敵視してる共産党とか
そういう連中をざっくり定義した左派カルト集団を支持したり、持ち上げたりする事は今後も一切ねーよカスが
君等みたいなカルトは自分達の「仏敵」みたいな存在を、その思想や発言どころか人権すら認めないレベルで悪魔化するし
その支持者すら悪魔を信ずる悪のカルト集団みたいなレッテルを貼って攻撃してくるけどさ
大抵は別に特に強い思想も無い一般市民を悪魔化して攻撃してくる左派カルトこそ、一般市民としてはすげー怖いし脅威だし気色悪いなんてレベルじゃ無いんだよね
マジで君ら反社会的なパブリックエネミーみたいになってるから、別に暇空じゃなくても君らの敵を必死になって攻撃している光景が
客観的にどういう風に写ってるかは今一度顧みる…事が出来たらカルト信者になんてなってねーよな
ゴミみたいなカスですら君らの敵として攻撃されてると思わず同情して持ち上げかねないレベルだよ?マジで
Colabo支持者とか共産党みたいな左派迷惑カルトで🏺オウムみたいなパブリックエネミーは
君等の敵の味方である支持者を草の根運動で増やしてしまうどころか
ものすごい集団迷惑嫌がらせ行為で表では黙らせたとしても、裏でまるで迫害を受けたキリシタンみたいに強固に支持を強くしてしまうだけなんだよね
そういう所にも気が付かないか、気がついてるけど俺等正しき集団が全て「総括」で黙らせてやるから問題無い、って所が本当に救えないよね
ありがとうございます、そのリンクについては知りませんでした。が、女性は個室で大も小もしますので、取りあえず議論のスタートとして、「あさがお+個室」数:「個室」数、で考え始めることは、議論を無視してもいいほどのおかしなことでもないと思います。ビルの場合ですがトイレの数の計算をする時には男女で設置数の人数比が違うのが一般的なので、別に問題がない(決定時に補正されるから)と思います。
それはないです。施設によって必要なトイレの数を決めるためのルールがあり、想定される在館人数や男女比を仮置きし計算します。これらは仮定で進めざるを得ないのですが、それでも、男性の分を削って、というのは説明がとてもしにくいので出来ないと思うんですよね…本編にも書いていますが「みんながスムーズにトイレ使えるように」が大原則なので。
増田は建物関係なので車輛製造についての事情は知りません。が、駅と同様に「スペースの限界」問題なのだと思います。不満はJR各社に「男のトイレ減らさないでよ」と言うのが建設的かと。
ところで増田も新幹線をよく利用しますが、「新幹線の中でトイレには行けないもの」と思っています。その程度には混雑しているイメージです。あと新幹線を降りた各駅の女性トイレの行列が半端ないので、私的な観察の範囲ではやはり「女性トイレの方がより困っている」なんじゃと感じます。ところで、JR東海は元喫煙ブースを有料のビジネスブースに改造しています。一瞬「あそこトイレにすりゃいいのに」と思ったことがあるんですが配管の関係上かなり難しいんだろうなと想像されます。
これは個別の店舗の事情なのでケースバイケースだと思います。男性用トイレが無くなり女性用トイレだけになった、とかなら怒って当然かと思いますが…さすがにそれはあり得ないと思うんですが、あるんでしょうか?あるとしたらそれはさすがにクレームものではありますが。
そして、これも不満は各店舗に言う方が建設的だと思います。または、そのように男性がないがしろにされると感じるお店は使わない、という選択をしていくことも大事だと思います。
以下本編です
一部のミソジニーをこじらせている男性が「女のトイレを増やすだと!あいつら個室で化粧でもしてるんだろう!生意気な!」と意気軒高なはてなブックマークでしたね。
まぁそういう人もいるだろうが、行列できてる時にそこまでセルフィッシュになれる人もそう多くないと思うよ、とか、そういう発想になるという男性も個室でスマホ見ながら仕事さぼったりしてるのかな、と思ったりはしますが、現実問題として最大の目的は、みんなが快適に清潔にトイレを利用できることなのは自明なので、彼らの「男性用のトイレを減らし女性用を増やすつもりか!」という叫びは、その大前提を覆すことになるので、違うんじゃないかと思うんです。
過去、公共空間における女性トイレは、そもそも男性に比べて少ない時代が長く続いていました。平成の初期ぐらいまでは(一部のデパートや宝塚劇場などの例外を除いて)男性のアメニティスペースが大きいのが当たり前でした。その理由としては、社会の公共の場にそれだけ女性が少なかったから、ということが大きいですし、その程度には女性は行動を社会的に抑圧されていたからです。
身内の話ではありますが、増田には、今アラウンド70のキャリアウーマンの超先駆けのような叔母がいるのですが、大手金融機関で勤め上げた彼女が若い頃に配属された支店には従業員用の女性トイレ自体が無く、仕方なく1つしかない客用のパブリックなトイレを使用していたら上司に嫌味を言われた、なんていうこともあったそうです。
また、さすがにこの10年ぐらいで完全に絶滅した感じがありますので若い方は知らないでしょうが、昭和に建てられた温泉旅館などは、大浴場のサイズが性別によって違うのが当たり前でした。当然男性用が大きく女性用は小さかった。この辺は1980年代後半、バブル景気と女性の社会進出が進んだこともあって、続々と”男女が同じサイズになるように”改修工事があったという話を、その後のバブル崩壊で倒産した建設会社に勤めていた飲み友達のおじいさんに聞いたことがあります。大浴場を男女同じサイズに改修するには当然余計に面積がかかるので、例えば閑古鳥だったゲームコーナーを小さくしたり、お土産コーナーの位置を変えたり、いろんな試行錯誤があったとのこと。むりやり改修工事をするもんだから館内の動線がなんかちょっと変な感じになったりもしたようで、今でも格安温泉旅館グループが買収したかつての「そういう温泉ホテル」なんかを見ると、そういう思考錯誤の名残が見えたりします。また逆に、女性客をあてこんで、かつての広い男性用の浴場を女性用に替えてしまって、女性グループ以外の客(男性客やファミリー客)からそっぽを向かれたホテルという話も、同じおじいさんが教えてくれました。
バブル期以降に新たに建てられた施設の多くでは、アメニティエリアの男女の面積比はほぼ同じになり、その後バブル崩壊を経て土地価格がバカ安になったことで、新しく社会の主要登場人物になった女性をターゲットにした空間づくりがされるようになりました。この辺で増田はビルなどの施設を作る人という仕事に携わることになります。
「女性」という新たなターゲットに対応していこうということで、化粧直しをするスペースや歯磨きできるスペースがトイレに附設されるようになり、女性のアメニティスペースの方がちょっと広い時期が長く続きます。なんせ当時は土地も安かったし建築費も今の半分ぐらいでした。このころ、私たちはどうすればアメニティスペースが快適になり、かつメンテナンスが容易になるかということを熱心に研究していました。
この長く続いたデフレ、失われた20数年の間に、男性も健康意識や清潔への意識向上があり、男性にもちゃんと手洗いボウルに歯磨きできる余裕があるトイレを作ったりもしましたが、「後ろでしょんべんしてるところで歯を磨くのは嫌」「歯を磨くなんて女々しい、不要」的な意見もあり、あまり歓迎されなかったりもしました。そして、それでも歯を磨きたい男性が給湯スペースで歯を磨いて、その後、ろくにシンクも流しもせず放置する人が続出して、ビルの管理にクレームが頻出、なんて事案もありました……。
話はそれますが、オフィスの給湯スペースでカップラーメンを食べた汁や弁当の食べ残しを捨てて放置するのも圧倒的に男性で、これもビルにクレームとして届られるんです。クレーム主は同じ会社の人なので誰がやってるのか知ってるんですが、給湯スペースは共有部で専有エリアではないのでビルの管理者に文句が来る。それで慌てて生ごみ用のゴミ箱を用意したり禁止張り紙したりするんですが、読まないんですねそういう人は。
このような使用状況や、利用者へのアンケート調査などから推測すると、男性はあまりトイレを含めた水回りのアメニティスペースの快適さに頓着がない、かつポジティブな評価を積極的にしてくれない傾向がありという実感はあります(あくまでも傾向であり男性各個人によって、きれいで広いトイレを褒めてくれる方もいることは理解しています。アンケート取ったりしているので)。
そしてオフィス環境についての意思決定はたいていの企業にとっては総務部や財務部といった経営・バックオフィスの仕事で意思決定者はたいてい中年男性なので、なおさら積極的に「男性も女性みたいに快適なトイレがいいよね!」とか言わないことが多い。なので我々作る側も、現状特に不満はないみたいだね、となり、国交省や厚労省が出している指針に準じた最低限のトイレ数を準備しとけばいいんでしょ、という感じになることが多くありました。
また話がそれますが、平成一けた台~中期に顕著に増えたクレームの一つに「誰かがずっとトイレの個室を占拠している」というものがありました。
これは男性6:女性4ぐらいの比率だったと思いますが、要するに便所飯。従業員さんがトイレの個室で仮眠をとる、ということが多くなったからでした。ブラックゥ……。
とはいえ、一定時間以上個室から出てこないとなると警備員がチェックしなくてはならず(意識失ってたり、不審者だったりするとまずいので)、他の利用者にも迷惑になるし、便所飯の場合はゴミや食べかすをトイレに平気で放置していくため、施設側にとっても頭の痛い問題でした。
更にテナントの会社にとっても、従業員がどっかでサボってるという由々しき事態だなということで、テナントへ許可を取った上でトイレのドアの動作検知器を設置して利用状況を調査したこともありました。そうするとやはり、一定の割合で30分~1時間の単位でトイレを占拠してる人がいるわけです。今新しいビルのトイレの多くは個室には人感照明がついています。これはかつての便所飯勢、トイレ仮眠勢の”運動”の賜物でもあります(もちろん節電効果が第一ですが)。
増田はホールやスタジアム・アリーナ、あとインターチェンジなどを作ったことがないので詳細なデータなどは見ていないのですが、利用する側としてやはり女性の方が列が長くなる傾向は実感としてあります。
そしてこれも新しい施設であるほど、女性のトイレの列は短くなっているとも感じます。新しいスタジアムやインターチェンジのトイレは、トイレの個室数はもちろん、動線の整理がとてもうまい施設が多くて人流がこんがらがらないように、スムーズに利用後に退出しやすいように作られているものが多い。これは進歩だなぁとしみじみします。そもそも昔の施設と今の施設で圧倒的に今の方がトイレの数が多い!国立競技場は建て替え前はとにかくトイレが大行列で本当に困ったもんでしたが、倍近い席数に生まれ変わった新しい国立競技場でトイレには困ったことがないです。まぁ、男性トイレは使用したことがないので断言はできませんが。
逆に駅のトイレは、女性トイレはもちろん、男性トイレも行列が出来ている時を見かけます。駅という施設は、ぎゅうぎゅうに柱や設備や配管配線が張り巡らされている、拡張余地が限りなく限られたスペースなので限界もあるんだと思います。大きなターミナル駅などでも苦心している様子がありありと分かり……。結局は「スペース」の問題です。
そこで、今回、国交省が出している指針を見て我々建てる側が、「よし、男の方を減らして女の方を増やせばいいんだな!」となるか、というと、まぁならないです。バカにすんなというか、これは断言できます。政府の指針もそんな風になってないです。
これまでも色々法改正やテクノロジー進化や社会の要請の変化で、施設の共用部分には、様々な新しい「安全を確保するためのスペース」や「何かを置いたりするスペース」が必要とされるようになってきました。ものすごく分かりやすく言えばマンションの宅配ロッカーなんて昔は必要なかったでしょう?インターネットがなかったころはサーバルームも必要なかった。今は機械室も広いスペースが必要になっていますし、都心のビルなら「災害発生時の帰宅困難者に向けた滞留スペース」なんてものも、付けたら?とお上から示唆されたりします。
そういう新しい必要性が生まれた時に「じゃあ男性トイレ削ろう」にはもちろんならない。今回も同じです。
女性トイレを増やす必要が出たなら、男性トイレはそのままの数で別のスペースを探すのです。どっかに置けないかと図面と格闘しスペースを捻出しますし、それがどうしても無理なら専有部(人に貸して儲ける部分)を削ります。お上から「必要な機能だぞ」とか、テナントから「それがないと借りないよ」と言われたら、それを「前提」としてプランを考えるのが当然だからです。下種なことを言えば、お上から言われている指針を無視すると場合によっては建築確認を取得できない、または取得に無駄で無意味な作業と時間がかかってしまいます(何度も図面書き直したりする……)。
そもそもユーザーのニーズを聞かないわけがない。トイレという現代人には不可欠なものなら、わざわざ人口の半分の人を今より不便にしてまでやる、というのは、原則としてはありえない選択肢なんですよ。
例外として、例えば拡張余地がゼロの場所などはどうするか、ということはありますが、建築関連については現況が優先されるのが通例なので「男のトイレを削って女トイレでかくしろ!」みたいな無体は言ってこないと思う。なんせ建築基準法が改正される前に建てた耐震性が低い建物でも無理やり改築や耐震補強をさせることはできないので、トイレでその無茶を言ってくるとは思えない。
ということで、「あーあ女様はいいですねー」と怒る前に(まぁ単に女にとにかく文句を言いたいだけの人は、言ってりゃいいよねと思うからここから先は読まなくてもいいです)、男性は、機会があったら「トイレはとにかく多い方がありがたいに決まってる」、「自分たちももっと快適なトイレの方がいい」、「自分たちは、こういう事情があるので、こういうトイレを増やしてほしい」、とか、どんどん大声でニーズを叫んでほしいんですよね。女はずるい!と叫ぶそのカロリーを、俺たちはこんなトイレにしてほしいんだ!という言葉に替えてほしい。
例えば最近少しずつですが改善しつつあるのは、男性トイレのおむつ替えスペースやベビーキープ(うんこ中に赤ちゃんを保定する椅子)です。
当社だと、最初に言い出したのは女性スタッフでした。でもこれ男性スタッフの声であった方が美しかったなぁ、とも思ったりしています(そのチームは男性8:女性2のメンバーでした)。男性トイレのベビースペースはニーズの絶対数が多いわけじゃないので、後回しになりやすいんです。施設の性質には寄りますが、当社では今はショッピングモールや病院などの場合は必ず男性トイレにもベビースペースを入れるように提案していますし、オフィスビルでもビル内や近隣に子供向け施設がある場合はベビーキープがあるトイレを作ったりしています。
お金がかかり、かつお金が稼げないトイレというスペースは、一方で利用者にとって施設の印象を割と大きく左右する作る側からしたらかなり重要なスペースでもあります。でも男性のニーズが見えにくい、聞こえてきづらいんです。せっかくトイレが脚光を浴びている今、「だから女はずるいんだ!」と言ってるの、もったいなさすぎるし、何ならバカに見える。
男性も自宅だと座って小用たす方も増えていると聞きますので、公共スペースでも個室増やした方がいいのかとか、やっぱり男らしくあさがおで立ってやってこそ、と思う人が多いのか、とか。気になってるんですよ、こっちは。単に「俺たちの分を減らすな」「もっと数多くしてほしい」でももちろん良い。
「女のスペースを増やすな!」ではなく、「俺たちのトイレをこうしてほしい」を言ってくれたほうが、有用ですし、ご希望に近づけやすいです。
そもそも事業予算等の決定権者は相変わらず男性であることが圧倒的に多いよ。なんで「女はずるい」になっちゃうのかさっぱり分からないよ。
(「ぶつかり族」って命名おもろいのであえて以下本文ではこれを使う)
日本人ってさ元々世間体を重視するし、なにかあっても我慢して内にとどめる傾向あるじゃん?
だからこそネットでは爆発しがちというか、そういう極端さがあるけど、ぶつかり族ってその観点からするとものすごく日本人っぽい現象だなと。
咎められたときに「たまたま当たっただけ」と言い逃れできる攻撃手段なわけじゃん。
男のぶつかり族は対象が女の場合が多くて、女にどうこうしたいという性的な欲望も内包されてる。
女は、まあこの間のおばさん一例しかないけど、「世間様に迷惑をかける外人」あるいは「迷惑をかけてる者」というエクスキューズのある存在が対象って感じ。
どちらにしろ、パブリックな場で反論も批判もしないのが是とされてる社会で、内面にためたものが噴出してる攻撃手段に見えるんだよな。
「母親とか女性もそうだけど、要はマジョリティじゃない人たちが声を上げる時に叩かれるのは本当によくあること。サバルタン・. カウンター・パブリックという社会学の言葉があるけれども、そうした周辺化された存在の人たちが世の中を変えるために発信していく場を持つ。デジタル空間だとハッシュタグがそういう役割を持っていて、例えば、ミートゥー(#MeToo)運動もブラック・ライブズ・マター運動(#BlackLivesMatterや#BLMなど)もそう。そういうハッシュタグには今までも冷笑的な批判コメントがいっぱいついて叩かれてきた。それと同じことが起こっていると思う」
https://news.yahoo.co.jp/articles/32715516020a8d4b481b101a31a0c6e5138300ab?page=2
自分も「反戦平和護憲リベラル左派」なので若干の自戒を込めてということなのだが、「ママ戦争止めてくるわ」はマイノリティからの声というのは、さすがにあまりに間違っている。
「#ママ戦争止めてくるわ」は、結婚して子供もいて友達も多くて平穏無事な暮らしをできている「マジョリティ」にこそ刺さる言葉であり、逆に生活や将来に不安を抱えて結婚できる見込みも絶望的にない人たちに疎外感を与える言葉だという認識が不足している。赤木智弘の「希望は戦争」論を忘れたのだろうか。「冷笑的な批判」の背景にあるものへの解像度があまりに低すぎるだろう。
以前の「差別に投票しない」もそうなのだが、外国人犯罪の報道に接しても何の不安も感じないという、「余裕のあるマジョリティ」の雰囲気があまり漂っていて正直あまり共感できなかった。まずリベラル派は自分たちが社会的にマジョリティであり、そうであるが故に反発を受けているという最低限の自覚を持とう。自分は「反戦平和護憲リベラル左派」だけど、今の時代では「保守反動」だという自覚だけは持つようにしている。
少女漫画が叩かれてる時には絶対に「フェミがー!」は湧かない不思議。
これとか、代表的なツイフェミとしてパブリックエネミー扱いされてる人の表現批判なのに一個もクソリプが付いてない。
対象が少女漫画じゃなくて少年漫画だったら間違いなく炎上してたと思う。
ていうか洗脳教材呼ばわりってあまりに女性のリテラシーを低く見積もり過ぎでしょ。この人が特別に浅はかなだけで、そういう少女漫画なら連載当時から匿名掲示板とかでは普通に批判されてたし、
好きな人達だってあくまでフィクションだと割り切って楽しんでいたんだよ。
@miyoshiiii
ほんとそうなんですよね 強姦AVを少女マンガ絵でコミカライズしただけの洗脳教材でしたよね ようやくその世代も今くらいになって「あれはおかしかった…」と気づきつつある…(私も)
秋田市の件でネット上のコメントはJリーグ非難一色で税リーグ呼ばわりがさらに拡がっているけど、これから先どうする気なんだろ。人気絶頂ならいざしらず、一部クラブ以外集客すらままならない状態なのになんであんな横柄な態度が取れるのか理解に苦しむ。自分の住んでいる地方都市でも同じくスタジアム問題があるんだけど、市民の多くは「そんなものに金をつぎ込む意味はない」って思ってるよ。1万5000人とか言ってるJリーグやクラブとの温度差エグい。
それに加えてゼルビア問題もあるでしょ?最早Jリーグってパブリックエネミーじゃん。一部人気クラブを除けばJリーグなんて誰も興味ない上に、地域への貢献どころか地域の税金にたかってても支持なんて得られるわけがない。人口減少、地方衰退のフェーズの中でどういう立ち回りをすべきかを真剣に考えないとマジで社会の敵認定される日も近いと思うけど、それを考えられる人間は果たしてJリーグの中にいるんだろうか。そんな状態なのに百年構想とか言ってるのはなんの冗談なの?ガワだけTakramにリブランディングしてもらってるのが滑稽で笑える。