はてなキーワード: 目的とは
慣用句だというのを免罪符にするようなセンスで言葉を適当に使う奴に困った経験が俺の記憶の中で目立つからな。
駐車可能時間に24時間とか書いてあるのを見たが、文脈というかその駐車場の目的とか状況とか考える限り、これは24時間以上止めたらなにか罰則があるとかじゃなくて、一日の内でいつでも利用できるという意味合いなはずだ。
でもそう言いたいならそもそも駐車可能時間「帯」とすべきではないか?そして24時間ではなく、いつでも、とか常時、と書くべき。
dorawiiより
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資格の自習をゆるされたので、勤務時間中に勉強し宅建をとった。恵まれていると感じているし、資格取れた時は達成感もあり、やりがいも多かった。
ただ、6日前にこのニュースが出て全てが変わった。
障害者雇用「仕事与えられず放置」相次ぐ…業者に就労管理「丸投げ」の企業、在宅勤務で連絡も取らず
https://www.yomiuri.co.jp/national/20260507-GYT1T00051/
AIに投げたら一瞬でできるような単調な事務仕事をやることになった。インターネットの中の情報をエクセルにコピペ。同じデータを何周も。ただそれだけを毎日4時間やる。
穴を掘って穴を埋めるような作業だ。
就労継続支援は、一般企業に就職させることが目的の場所だ。この単調仕事が就職につながるとは、とても思えない。
「仕事を与えられず、働きたい気持ちを踏みにじられた」とある。正直、そいつが、ほかの作業所なり一般企業にうつればよかったんじゃないか?と思う。
資格勉強をさせてくれる他の作業所なんて、このニュースが出た後では皆無だ。
じゃあ普通に一般企業の障害者枠でちゃんと働けば良いじゃないかと思うだろう?
障がい者雇用は、競争率がたかく狭き門な上に、採用されるのは身体ばっかりで精神はお断り。
最低週30時間働かないとカウントされないから、自分のように週20時間しか働けないやつを雇ってくれる企業なんてない。1日7-8時間働けないとスタートにすら立てない。
普通のアルバイトやパートもできない。障害者年金だけでは生活ができない。
受け皿はない。
どっちが虐待だよ
人は、自らを何らかの属性を持つ集団へ帰属させ、その集団同士で勝ち負けを競い合うことが大好きだ。
肉体的スポーツに限らず、デジタル・アナログ問わないテーブルゲームや手遊び、東西、紅白、善悪正邪。
二元論的対立でなくとも、プロアマ問わない複数チームによる対抗戦、地域、国家、思想、就労組織、親類一族、家、出身校。同じ学校内でさえ学級、学科、部活、委員、学内地域と細分化される。
更には血液型、星座、誕生日、好きな食べ物、フェティッシュの方向性、何のファンか誰が推しか何沼にハマっているかに至るまで、人は己を自らカテゴライズし、そのカテゴリ同士で優劣を決めるのが好きで好きでしかたがない。
自分自身で戦えない場合、時には相手への罵倒すら織り交ぜながら贔屓への応援支援を行う。
味方の勝利は己の勝利。実効的な行為は何一つしていなくとも馬鹿騒ぎし、負けてしまえば最悪の場合は殺人事件にまで発展する。
「争いは嫌だ」と主張する場合でさえ、その主張を巡ってそうでない連中と争うことになる。『「長話はダメだ」という長広舌をふるう』ようなものだ。
なんにしろ、単に個人対個人よりも「所属している集団」「肩入れする集団」同士の抗争が特に好まれる傾向にあると言っていい。
個人で戦うより楽だから、というのも勿論あるだろう。責任は分散しつつ、比較的安全圏から敵を攻撃できるのだから。
本気で対決するわけでもなく、ただ二項対立の状況そのものを面白がる風潮というのもある。
無責任だったり判官贔屓だったり、要するに他人同士の軋轢に首を突っ込み頼まれもしないのに乗っかっていく、むしろ煽っていくというのは、昨今のSNSで誰しも一度は見たことがあるだろう。
例えば、競合する商品やサービスを提供する二社があったとして、そのどちらか一方のみを支持し、もう一方は根絶すべきだという流れを見たことはないだろうか。
本来なら「どちらも買えばいい」「どちらも楽しめばいい」という発想があって然るべきなのに、そうした一般的思考は敢えて排除される。
勿論、中には本気の「アンチ」や「信者」もいるのだろうが、別に両方へ同時に手を出してはいけない法はない。
現実的には、個人の資産や費用の限界による購買制限、つまり「どちらかしか選べない」という事情もあるだろう。
そうであったとしても、選択できなかった側を貶めることで自尊心を保つ行為にしては、少々度が過ぎているように感じる。
つまり、人は好き好んで仲違いし、自らを持ち上げ、相手をこき下ろし、朗報悲報だのと立場によって逆転するニュースへラベリングを施し、延々とマウントを取り合う。
その様を楽しんでいるとしか思えない。別に自陣営へ勧誘したいわけでもなく、ただ互いに罵倒し合うことそのものを愉しんでいる。
詰まるところ、やはり主たる目的は「優劣をつけること」なのだろう。
エコノミックなパイの奪い合いというより、自分が正しく相手が間違っていることの確認、証明、「相手を攻撃できれば何でもいい」という欲求の方が実態に近い。
その「何でもいい」の部分へ、同族集団というものが、もっともらしい大義名分を与えてくれるわけだ。
なにしろ実利とは無関係である。というか、機会損失という意味ではむしろ損をしていることすらある。
まあ、対立状況そのものを面白がる人間は、そもそも外部の野次馬であり、失うものなど最初から持っていない場合も多いのだが。
責任の分散どころか、そんなものは存在しないと思っているからこそ無責任に煽れるのだろう。
優劣をつけることと、勝敗を決することは、似て非なるものだからだ。
誤解なきよう言っておくが、それ自体が悪いと言いたいわけではない。
人間とはどうやらそういう風に出来ている、という説明と解釈である。
元々は生存競争、捕食被食、繁殖のための異性獲得競争など、「勝つこと」が「悦び」であるという根本的反応なのだろう。
知恵によって食物連鎖から仮初めに脱し、生存率も高い水準を保てるようになった人類にとって、その「悦び」を得るための代替行為を欲するのは自然なことだ。
闘争を避けること、つまり逃走が生存維持に繋がるなら、それもまた勝利の一種ではある。
だが、先ほども言ったように、人々にとって勝敗そのものは、実のところそこまで重要ではないらしい。
プレイヤーが気持ちよくなるために都合の良い仮想敵を設定し、それはあくまで倒される前提で存在する。
攻略可能な範囲内で、接待だと気付かれないギリギリの強さで抵抗し、最後には敗北することを運命づけられた存在。
そうしたものを配することで「悦び」を得る疑似戦闘として非常に有用で、率直に言えば、だから人気なのだ。
ただし、対人戦特化型は全く別の話になる。
一人用ゲームでも高難易度特化のものは存在するが、それらはハードルが高く門戸が狭いことによって、「他の奴らには出来ないことを出来る自分」という、より強い優越感を提供する。だから一定数の支持を得る。
誰でも簡単にクリアできる爽快さは、そういう人間にとっては悦びどころか、むしろ無粋でつまらないものですらある。
当然、ストレス発散として結果的な悦びを求める者達にとっては、「悦びを得るために苦行をこなさねばならない」それらは、「ゲームのためにゲームをしている」という本末転倒な思考回路に見えるだろう。
決してそんなことはないのだが、それこそ属する集団が違うということだ。
そして重要なのは、ある集団に属することによって、人は「戦うための大義名分」を得られるだけでなく、「自分が何らかの役に立っている」と思い込める機会を得る、という点だ。
特に、普通のコミュニティへ馴染めない人間にとって、それは非常に蠱惑的である。
現実社会では必要とされない自分が、疑似コミュニティにおいては貢献できる。
敢えて「疑似」と表現したのは、要するに「現実社会と直接には繋がっていない」という意味だ。
そして上に立つ人間は、そうした心情を利用することが多い。
現実では得られなかった役割を与え、達成感という報酬で縛り、更なる貢献――否、献身を自ら進んで行うよう巧妙に仕向ける。
直接的な強制など必要ない。本人に自覚のないまま、都合の良い駒として、一層離れられなくしていく。
無論、普通のコミュニティとて同じ構造を持つ部分はある。だが、マイナスを経験した後に用意された逃げ場としての幸福である以上、同じプラスでも、その絶対値は大きく感じられる。依存が強まるのも無理はない。
実際、オンラインゲームにおける共闘のように、自らの役割が明確で、効果に即時性があり、目に見えて貢献度が分かるパーティプレイは、少なくとも勝っている間は、それはもう愉しい。
自らの貢献、味方との連携。互いを求め、そして求められる関係。作戦立案と実行。
その結果として敵が倒される。自己承認と敵の殲滅が同時に得られるのだから、脳汁が止まらないというやつだ。
つまり、組織だった戦闘とは、「悦び」を最も実感しやすいシチュエーションなのである。
厄介なことに、「物理的集団戦闘行為」は、その悦楽を最も得やすい。
先ほど述べたように、集団を主催する側はそれを利用するし、快楽が強烈であるが故に、強制すら不要となる。
ただ、論戦に関しては、双方がルールに則って戦うことが前提だ。そもそも言葉とは真理ではない。言葉が通じない相手とは、論を戦わせることができない。
ある動物の威嚇行動が、人間から見れば愛らしい仕草に見えるように、概念による戦いは、言語を始めとした共通ルールの存在が大前提である。
逆に言えば、ルール厳守を徹底するならば、言語は極めて強力な武器たり得るということでもある。
普通に暮らしている限り、我々は「言語という呪文」が通じる世界に生きている。
その威力は、人を生かしも殺しもできるほど強い。少なくとも、言葉が通じる場においてなら、戦闘行為は成立する。
そもそも、属性集団の中には、言語によって分けられた集団すら存在する以上、強い悦楽が物理戦闘に限られるわけではない。
だが実際問題、同じ社会にいながら、言葉の通じない相手というのは存外多いものなのだ。
非常に良い考察。
信者になるのはメタ認知能力が欠如しているという軸の他に「欲望実現の実行手段と結びつくことでエスカレートして制御不能になる」という現実的な機序もあるよね。ただ虚構に気づいていながら目的の為に利用する層というのは最初に提案したMQの低い人種とは別だと思う。
成長の捉え方が大袈裟。
結局仕事にやりがいとか生きがいを感じた人は成長を目的にすりゃええし
カネ稼ぎ程度なら程々でええんよ。
ただ、資本主義の日本で生きるのであれば、成長してカネとかコネ作った方が何かしたい事が産まれた時に
可能性が広くなるってだけの話。
みんなに美味しいパンを作りたいんだ!もっと世の中を便利にするシステムを作りたいんだ!って人は成長が大事だし、
そんなんより趣味が程々に楽しめるゆるやかな生活が良いんだって人にはそこまで重要じゃない。
じゃあなんで成長成長って世の中で言われてるかって、成長はビジネスになるから。セミナーやら相談会やらキャリアアップ転職やら・・・・。
そんな難しく考えなきゃええんよ。
5月9日、加藤純一(通称うんこちゃん)がストリーマー事務所株式会社DRKS(ドロクサ)を設立したと発表した。
立ち上げ時点の所属メンバーは、布団ちゃん、ゆゆうた、もこう、おにやと、ゲーム系の配信者を見ている側からすると、全員ではないが悪評はあるものの実力派のストリーマーが集まったという印象だった。
この顔ぶれから、XやTwitchのコメントでは悪ノリも含めて「はんじょう」に言及するものも少なからずあった。
私も少なからずはんじょうのことを思い出した。
過去形だ。現在のスタンスは、擁護はしないが応援したいという気持ちはある。ただ、現状の彼を応援することは出来ない。
行った事象に対して許す、許さない、許される、許されないという話ではなく、現状の彼の姿勢や行動を応援することが出来ない。
私は元々、スプラトゥーンが好きだった。
いや、今も嫌いだとかそういうわけではないのだが、社会人になるにつれてプレイする時間が減ってしまった。
プレイする中で色々な配信者や動画を視聴していて、当時からスプラトゥーンの人気プレイヤーだったはんじょうもその中の一人だった。
そのはんじょうが昨年春頃、過去に携わっていた事業に関する疑いで炎上した。
内容としては、法的に問題があるような情報商材の販売、また反社会的勢力との関係性が疑われたことによるものだった。
これに関して、彼は所属事務所であるUUUM株式会社と共同で声明を発表し、反社会的勢力との関係については全面否定した。
信じられなかった。いや、彼自身後ろ暗い過去があることを仄めかしていたのだが、想像していたものを超えていた。
罪の重さ、被害の程度については全てを知っているわけでもない。
ただ、彼のその後の言動や行動、姿勢を見て私ははんじょうのことを応援することが出来なくなった。
悪いことをしていたから応援出来ないのではない。原因ではあるもののそれが全てではない。
応援することが出来ない一番の理由は、反省しているのかがわからないからだ。
反省し、罪悪感を抱いてそれをどうにかしたいと思い行動しているように見えないからだ。
私は一時期、弁護士である先輩に勉強を教えて貰っていた時期がある。
その際に、更生を目的とした罰というものはどうあるべきかという話をされた。
一般的に刑罰の目的は応報刑と教育刑の考え方から、報いを受けさせること、その後の犯罪を防止させること、更生させることを目的としている。
先輩の考えは、更生を目指して与える罰というものは社会との関係性を繋ぎ留めることを考えて与えなければいけないとのことだった。
例として、海外の黄色い服を着た受刑者が社会奉仕活動を行うという話をされた。
悪事を働いた受刑者だと一目でわかる状態にしながら、地域で社会奉仕活動を行うというものだ。
これの本質は、良いことをしたから許されるべきという話ではない。見直されるべきという話でもない。
社会との繋がりを受刑者に実感させながら、正しく反省し罪を見つめることが大切なのだ。
見ている側は、それで彼らを許すわけではない。ただ、贖罪する気持ちがあるということだけは少なからず伝えられる。
私個人の考えでは、勿論罪の程度にはよるものの更生することは出来るし、更生する機会を与えられても良いとは思っている。
ただしあくまでも、その機会は周りが与えるものではなくて、本人の行動や気持ちが最も重要だ。
詳細には書くことが出来ないが、物理的にも精神的にも他人を傷つけたことにより少年院に送致された。
現在は結婚して子供もいて、誰もが名前を知っているような企業で働いている。
行った犯罪に関してはかなり酷く、惨いものだった。正直、彼を立派だとか完全に更生したとまでは言うつもりもないし、やはり色々なことがちらついてそうは思えない。
しかし彼は少年院を出て10年以上、地域のボランティア活動等に積極的に参加し続けている。
何度も言うが、それで許されるわけではない。立派なわけでもない。直接的な償いになるわけでもない。
ただ彼は、間違いなく反省はしているし、消えない罪悪感を抱き続けている。そしてその罪悪感を、どうにかしたいと思っている。
許す、許さないという話にはならないし、立派だと称賛するつもりもない。
ただ、その罪悪感を抱き続けてどうにかしようという行動そのものについては、私は応援出来ることだと考えている。
その果てに許しが約束されているものでも、真の意味で更生と認められるものでもない。絶対に彼を許さないという人もいる。
しかしそれでも、罪を認めて罪悪感を抱き続けている。
長々と綴ってしまったが、それでははんじょうはどうか。
最初に書いた通り、罪の重さや被害の程度はわからない。はんじょう本人が当時どのようなポジションで責任がどの程度あったのかも、定かではない。
しかし確実に言えることは、彼は彼自身が後ろめたくなるような悪いことをしていたのだ。それは、紛れもない事実だろう。
そして彼がそれが明るみに出た時点でしなければならなかったことは、正しく反省することだ。罪悪感を抱いてそれを行動に移すことだ。
昨今、はんじょうをはじめ上記のDRKSに所属する配信者も過去に発言をしていたが、「謹慎は意味がない」というようなことを言う。
言いたいことはわかる。起こした事象に対しての報いにもなっていないし、補填にもならない。だから意味がない。
しかし私はこの言い分が好きではない。というよりもこのような極論を言って気持ち良くなっている様が好きになれない。
あまりにも0か100かでしかなく、考えが短絡的過ぎるからだ。
謹慎も一つの反省の行動であり、意味はある。ただし、それで全てが許されるわけではない。
このような考えがあるからなのか、彼は反省という行動をどのように取れば良いのかわからなくなっている、もしくはそもそも知らないように見えた。
具体的に彼が何をしなければならなかったか。
まずは自分がどのような悪いことをしていたのかを明らかにすることだ。何が悪いかを自覚するためにも、それが必要だ。
そして、反省の”示し方”を考えることだ。
そのためには周りを頼っても良い。助けを求めるために頼るのではなく、何が反省を示すことになるかを相談するためだ。
彼にはそれが見られなかった。
少なくとも私には、それを行動に移せているように見えなかった。
私もそうだが、育った環境が特に悪くなければ、そもそも不貞行為や犯罪行為を行うこと自体想像がつかず共感出来ない。
そのため、昨今では悪いことをした時点でその人は終わりであるという考えも少なくないだろう。
ただ、多くの人を見てきた中で、生まれ育った環境が良くないが故に常識や認知が歪み道を外してしまった人も沢山いた。
はんじょう自身も生い立ちを語る中で、そのような片鱗は見えた。
同情するわけではない。だから仕方がなかった、情状酌量の余地があるなんて毛頭思わない。
しかし、反省して罪悪感を抱いて自分に何が出来るかを考え続け、行動に移すことは今からでも出来る。
ただそれは、今からやれば許されるだとか、そんな短絡的なものではない。そもそも時期の問題でもない。
直接的に許されることに繋がる行動なんて無い。
「そんなことをやっても意味がない」と周りからは非難されるかもしれない。
懸命に考えて行動しても否定されるかもしれない。
ただ、反省し罪悪感を抱き続けるということはそういうことであり、それが罰なのだ。
罰を受け、その罰に苦悩している姿を見ることが出来た時、許すことも歓迎もしないものの、私はその罰を正しく受け止め、反省し罪悪感を抱く姿を応援したいと思う。
>>性暴力を行った加害隊員らの刑事裁判が開かれ、福島地裁は23年12月、
>>3等陸曹3人に対し強制わいせつ罪によりいずれも懲役2年・執行猶予4年の判決を言い渡した。
>>3人を含む5人の隊員がその後、懲戒免職された。
https://news.yahoo.co.jp/articles/d0bec27fbf42a506a3518647797e0b756ba1f5c4
けっきょく強制わいせつ罪って健常者で立場が有る人がガッツリやっても執行猶予=無罪にしかならないんだろ
ヤフコメは被害者ではなく加害者の自衛官に同情的な人ばかりだったし
で障碍者とか特定の文脈で語られる性犯罪のときだけやたら重罪のように言う人が一定数いるから
いや、そりゃ対面を完全になくすのは現実踏まえてなさすぎるからでしょ。
あなた、
「警察は信用できない」
を出発点にして、
最終的に
「黙秘後は実質書面だけでやれ」
まで行ってる。
説明の変化、
認識のズレ、
程度差はあっても対面取調べ自体は残ってる。
って決め打ちしてるけど、
それってかなり強い前提だからね。
もちろん、
でもそこから、
まで飛ぶのは、
かなりラディカルな制度変更。
なのに自分では、
それを
みたいに置いてる。
あと、
「是が非でも対面を残したい」
じゃなくて、
って話をしてるだけ。
そこを全部、
「お前はストレス与えたいだけ」
に変換するから、
毎回ゼロイチになるんだよ。
本郷地区 実施場所: 本郷保健センター地下1階 健康診断会場
どう見てものぞき目的の不審者以外通る場所じゃありません。当然男女で枠が分かれてる。
また、大人数で健康診断を受けるのが難しい、更衣は一人で行いたい、などの方に向けて、『フリー枠(General slots)』を各キャンパス若干名ずつですが設けました。性別を問わない共通の枠となります。健診の所要時間は長くなります。
第二次世界大戦時に政府が大々的に資料を抹消してしまったためもう証拠はあまり残っていないが、
一般的なおにぎりでは、新鮮さを演出する目的で緑色の着色を成された海苔が常用されていたし、
カツ丼に利用する海苔は勝つ丼として活力を得られるように赤い海苔が使われることが多かった。
それが戦時中にお国の為にとナフサ制限がされてしまい、現代の黒に統一されたのである。
今、カルビーポテトチップスの白黒化問題はまさにこの海苔常識改変の再来である。
この柱の強さは、それが感情的・道義的な結束力を持つ点にあります。しかし、その危うさは、時間とともに必然的に風化し、解釈が多元化することです。
これは最も強力であると同時に、最も不安定な柱です。人類の歴史において、永続的な高度経済成長を実現した政体は存在しないからです。
この柱の危うさは、精緻に設計された制度が、実質的な機能不全を起こすか、あるいは形式主義の内面化に陥ることにあります。
これは最も深層に訴求する分、最も危険な地雷原を内包する柱です。
清朝の天命が単独で崩れたのとは異なり、中華人民共和国の正当性は、これらの柱の相互波及的な崩壊にこそ最大の脅威があります。そのシナリオを描いてみます。
この連鎖が起きた時、4つの柱は相互に支え合うのではなく、将棋倒しのように次々と倒れる危険があります。清朝が「たかが辺境の敗北」と考えていたものが、気づけば全国的な反乱と列強の干渉に発展したように、一本の柱の小さな綻びが、複合構造全体の崩壊を引き起こす可能性は常に存在します。
例の判決。自分はノンバイナリーではないが、判決は妥当だと思う。個人的見解を述べるのであれば戸籍制度そのものを廃止したほうがいいとすら思っている。
戸籍は生物学的ないしは染色体の性別を書くべきだ、という意見が散見されるが、戸籍というのはあくまで人間社会が生み出した産物で、その主たる目的が系譜を表しているメモ程度の存在でしかないのに
戸籍を神格化しているやつが多すぎる。むしろ戸籍という制度があるがゆえに差別されてきた歴史が刻まれている人たちもいるだろうし、望んでいない戸籍によって不必要なアウティングに繋がることもあり得る。
特に戸籍を閲覧する職員、戸籍のシステムを管理するSIerには本人が望まなくても開示されてしまう。悪意を持って閲覧する人は限られているだろうが、脆弱さは依然残ったままだ。
戸籍の制度自体が個ではなく、系譜に重きをおいた設計になっていること自体が課題なのである。
系譜を刻むことは大事なのか。例として、もともと親◯しは極刑という選択肢しかなかったがこれは90年代に是正され、通常の◯人罪が適用されるようになった。これは家族の特に親は大切にするべきだという儒教の教えに基づいて設計されていたわけだが、その妥当性の評価にあたって当時は「家」同士という仕組みに価値がありイデオロギーが支配していたため、家族という仕組みを前提に法律が制定されたと推測できる。
当時の男女の性差による役割の違いは今や想像ができないくらいにそれは悍ましいものであったが、しかしその社会の仕組みに準ずる法律の設計がなされていたのも事実である。
例えば女は専業主婦で家事をやり男は外で足を使って稼ぐというのが一般的な家庭のあり方だったわけだ。時代は変わって女性も社会進出をするようになり男女共同参画社会基本法はじめ、労働基準法で性差による差別は明確に禁止されるようになった。これは社会の構成が変わったからその設計に合わせて法律が見直されたわけである。もちろん一部年金の受け取りは女性のほうが多くなる、など女性に優位な法律は残った状態ではあるが、これは裏を返せば社会進出を果たせていない女性達がまだまだいるからである。つまり時代によって社会の設計も変わるわけだからそれに伴って法律も変わってきたのである。
現代は核家族化も進んでおり、共働き世帯も増えてきた。しかも個を伸ばすという社会的風潮ですらある。つまりイデオロギーに変化が訪れているわけだ。それなのにもかかわらず系譜に依存した法律や憲法が取り残されているのは課題ではないだろうか。
法律だから守らなければいけない、憲法だから守らなければいけないのではなくて人間社会のルールとして策定されているという前提からみて今の戸籍制度自体が現代の社会設計に対して実利を伴っておらず、それなのに「戸籍を守る」という行為を正当化しようとしているのは「自分が社会に取り残されている弱者で誇れるものは系譜しかありません」と言っているのも過言ではない。言い換えれば例の判決に反対している奴らが社会に対して生み出しているのはリサイクルできないウンコだけということである。
他にも「戸籍は日本の伝統である」という主張をする輩もいる。この主張にはうんざりだ。こういった発言は白人至上主義と何ら変わりがないレイシズムである。差別を受けてきた人、戸籍によって実害を被っている人、出生地・家柄によって結婚を拒まれている人、疎まれる人。望まれない無戸籍児など。戸籍という仕組みが存在するだけでも多くの実害を伴っている。では現代においての戸籍制度による実利はどこにあるのか。その実利を客観的に説明できる者は少なくても見かけたことがない。戸籍制度の維持について賛成をしているほとんどの人間は「憲法で定められているから」「日本の伝統だから」という主張しかしていない。
また戸籍の運用にも綻びが出てきている。海外からの転入や帰化をした場合「戸籍が新たに作られる」のである。もはや系譜に重きをおいた運用ではなくただ惰性で法律上決まっているから運用でカバーしているように見える。
つまり現行の戸籍自体に課題はいくつかある。では課題を解消するために働きかけられるのか。大きく変えると現場のワークフローも大幅に変わることで混乱が生じることは理解できる。そしていくつかの法律は戸籍を前提に作られており、戸籍制度をなくす場合依存している法律全てに変更を加えなければならない。膨大な整備をするために多額の資金を投じる必要があることは、言うまでもないがそれによって
得られる実利は上記のとおりであり、しかしこの実利を得られるのはほんの一握りしかいないわけである。金銭的な実害は大きいが得られる実利が少ないというのも、戸籍制度が惰性で運用されている所以だろう。
男女という垣根も薄くなっており、男子小学生でも赤色のランドセル、女子小学生でも黒色のランドセルを使う昨今。怪獣のおもちゃを片手にプリンセスの服装をする女児も珍しくない。
逆に、プリキュアを見ている大きな男の子のお友達も多いわけで、隔たりが薄くなっていることは明らかだ。そんな中でわざわざ染色体の性別を書けとか、生物学的であることが正義(男は男、女は女というロールを全うするべき)だ、という主張をしているウンコ製造機諸君は、イデオロギーの変化についていけていない上にレイシズムしています、と自ら公に晒しているという自覚を持ってもらいたいものである。
株式会社ボケモンは、シリーズ新作『ボケットモンスター ウィンド/ウェーブ』について、石油化学製品の供給不安定化に伴い、描画仕様の一部を変更すると発表した。
発表によると、ナフサ由来資材の使用量削減を目的として、ゲーム全体のカラーパレットを段階的に削減する。これにより、従来は色彩によって表現されていた一部の要素が、濃淡や線、ゆらぎなどによって表現される仕様となる。
今回の変更では、ゲーム内の色数が大幅に削減される。
一部エリアでは、草むら、海、空、道などの視認性が従来よりも簡略化され、プレイヤーの想像力に委ねられる部分が増えるという。
また、色違いボケモンについても、従来のような色の違いではなく、「なんとなく違う気配」によって判定する仕様へ変更される。
『ウィンド』版と『ウェーブ』版では、それぞれ登場する伝説ボケモンの表示にも違いが設けられる。
『ウィンド』版の伝説ボケモンは「薄い灰色」、『ウェーブ』版の伝説ボケモンは「やや濃い灰色」で表示される。
両バージョンの違いについては、従来のような色彩表現ではなく、「風合い」と「波形」によって表現する方針だとしている。
バトル演出にも変更が加えられる。
ひこうタイプの演出は主に斜線と余白で表現され、みずタイプの演出は横線とゆらぎを中心とした表現になる。
一部のバトルエフェクトでは、プレイヤー側の解釈力が必要になる場合があるとしている。
同社は、変更に伴う「既知の仕様」も公開した。
ウィンド版とウェーブ版のパッケージは、遠目で見ると区別しづらい場合があるという。また、色違いボケモンが通常個体とほぼ同一に見える場合もある。
これらについて、問い合わせに対しては「仕様です」と回答される場合があるとしている。
あわせて、石油関連資材が十分に確保できた地域向けに、限定版『Bokémon CMYK Edition』の展開も予定されている。
同エディションでは、通常版で削減された一部カラー表現が復元される場合がある。
性的快楽と生殖の分離、および過剰な刺激がもたらす生物学的な淘汰という視点について、事例と比較を交えて考察します。
本来、自然界において性的快楽は「子作りを促すための報酬(釣り針)」として機能していますが、現代ではその目的(生殖)から手段(快楽)が完全に独立しています。
生物が本能を刺激する「誇張された記号」に惹きつけられ、本来の目的を見失う「超正常刺激」の事例が、現代の人間社会と比較されています。
| 対象生物 | 超正常刺激(ビール瓶・模型) | 本来の対象(メス・卵)との比較 | 人間への投影 |
| ジュエルビートル | 茶色のビール瓶 | 瓶の方が本物のメスより「ツヤツヤして魅力的」に見える | 二次元の異性、抱き枕、ラブドール |
| ミヤコドリ | 本物の卵より大きなボール | ボールを「より良質な卵」と誤認して抱卵し、本物を放置する | 男性Vtuberを子供のように慈しむ母親面のファン(抱卵の誤認) |
| ヒョウモンチョウ | 羽の柄を誇張してプリントした厚紙 | 本物のメスより魅力的に感じて求愛し続ける | 現実には存在しないレベルの巨乳(K・Mカップ)等の誇張表現 |
このように、脳が「事実よりも認識」を優先してしまうバグは、生物全般に見られる現象です。
本能を刺激する過剰なコンテンツ(二次元、高カロリー食品など)に溺れることは、現代における「生物学的な自然淘汰」の一環であるという冷徹な視点が示されています。
事例を比較すると、「性的快楽」は個体の満足に、「生殖医療・代理母」は種の保存(あるいは個人のエゴとしての社会的成功)に、それぞれ完全に分断されています。高度な知能を持つはずの人間も、ジュエルビートルがビール瓶に惹かれるのと同様、二次元や過剰な快楽という「超正常刺激」によって、生物的な再生産のサイクルから静かに排除されているというのが、導き出される結論です。
(r/AskTheWorld/comments/1ta2sx6/what_is_your_countrys_slop/)
あなたの国のなろう系はなんですか?
中国:修練系
もしあなたがソ連にタイムスリップし他の国々を周遊するとしたら?もしあなたがロシア帝国時代にタイムスリップして、再び偉大な帝国を築き上げたらどうなるだろうか?(+227)
もしあなたが魔法の絨毯や古代貴族の屋敷があるファンタジーなロシア帝国にタイムスリップして、ゲイリー・スーのような超メガ魔術師になったら?(+9)
つまり基本的には異世界転生ものだけど、時代設定が違うだけってことだね。(+92)
面白いことに異世界転生する人々の話は山ほどあるんだ。別名 попаданцы (+34)
小さな町で殺人事件が起きて、アルコール依存症で人間関係に問題を抱えた捜査官がいたらどうなるだろうか?
もしあなたが生まれた時に別の赤ちゃんと密かに取り違えられていて、あなたの実の両親がとてつもなく裕福だったら?(+515)
秘密の双子が帰ってくる、記憶喪失編、病院の廊下で繰り広げられる終わりのない三角関係 (+10)
中年期の危機、行き詰まった結婚生活とキャリア。主人公(あなた)は、人生に再び喜びを見出すために思いっきり落ち込む必要がある。たいていは面白くないコメディで、友情が重要な要素となっている。(+303)
あなたは人里離れた小さなコミュニティに住んでいて、そこで気の合う仲間と楽しい冗談を言い合っている(+158)
サッカー選手よ。お前は世界最貧国の、最も貧しい村の、最も貧しい子供として生まれたが、この世界がかつて見たこともない最高のサッカースターへと成長するだろう。その卓越したスキルで相手チームを翻弄し踊るようにゴールを決めるのだ。(+112)
ブルーロックで言うとイサギが貧困の中で生まれた場合の話だよ (+13)
最高にイカした展開。普通の人間がエイリアンの攻撃/テロ計画/政府の陰謀/サバイバル状況に放り込まれ、根性/運/偶然のスキルで生き残る。(+281)
世界は滅亡を救えるのは君だけだ。勇気、気の利いたジョーク、忍耐力、そして偶然の幸運の結果あなたは勝利を収める。(+8)
TG系: もし君が美しい妻のために大隊全体を相手にできる超強力な男だったらどうする?(+100)
もしあなたが麻薬と少女の人身売買ネットワークで成功していて、人々があなたを恐れていたとしたら?(+48)
労働者階級の人々が、ヌードカレンダー、キリスト降誕劇、ブラスバンドなどの奇抜な企画を通してコミュニティを一つにまとめあげる。(+66)
イギリスのなろう系は本当に一番憂鬱な感じがするよね?他の国のなろう系は、主人公が目的を持っていたり、境遇を改善できるチャンスのある世界を空想するのに、イギリスのはただ「笑うしかないでしょ?」って感じなんだ。
もし私が最高の屋台の場所を見つけて、それを他の人に貸し出したら?(+22)
日本は戦争を始めたら一瞬で負けることすらさせてもらえない可能性がある
戦争で儲けたい人々、アメリカの兵器市場としてダラダラと長期戦にもちこまれる
ウクライナとイランは資源と食料があるが日本はないからそれも買わされる
日本人の資産は紙くずになりモノがなく食うにも困るドカ貧生活になる
戦争にしなくても臨戦戦時下統制で同様の絞り上げをすることも可能でそれをまず目的としているふしがある
現政権は憲法変更、情報局、国会機能維持条項(緊急事態条項)で人権制限、選挙なしの独裁をもくろんでいるから
既に高市首相が意図的に石油を止めている証言が消されまくっており
ポテチの袋がモノクロになる→なぜか政府批判にならず仕方ないから我慢しよう→どこまでも我慢の生活苦&批判叩きという最悪の流れもありそう
思うに、居酒屋で料理しか頼まない理由の1つはショート動画や口コミ画像も原因でしょ。
あれは基本的に料理しか見せないので、小売業的な目線で行けば目的買いになる。
だから地域の行きつけじゃないし、車で行ったら酒なんて飲まないでしょ。
で、これは結局コロナと一緒で時代の変容の1つであって、明治昭和でアリ得なかった価値観が平成になりインターネットが普及
回線速度の高速化に伴って、新しい価値観が出たにすぎない。ゆえに結局はそこに最適化した飲食システムはいずれ出てくる気がする。
結局あなた、
って結論を置いてるんだよね。
だから、
全部まとめて
「精神的圧迫」
に変換される。
でも現実の取調べって、
話の食い違いを確認したり、
そういう作業が大量にある。
それを全部、
「ストレス与えたいだけ」
で片付けるのは、
かなり乱暴。
毎回わざと
「適法な対面取調べ」
と
を混ぜてる。
で、
みたいな方向に持っていく。
でもそれ言い始めたら、
取調べだけじゃなく、
裁判も、
拘束そのものも、
“ストレスがあるかどうか”
じゃなくて、
の線引き。
そこを無視して、
「ストレスを与えて翻意させたいんだろ!」
に一本化してるから、
毎回話が雑になる。
あと、
司法取引って、
「認めれば軽くなる」
「争えば重くなる」
むしろ、
かなり強烈。
でもそこは急に、
扱いになる。
結局あなたの中で、
あと根本的な話として、
黙秘後は、
説得も制限、
実質的には書面中心。
でもそれ、
なのに、
みたいに置いて、
少しでも違う意見が出ると、
「中世」
まで飛ばす。
某オンラインゲームをしてるんだけど、やけに相方を作りたがる主婦はやばいという法則が自分の中で成り立ってきている。
主婦全体の名誉の為に【客観的視点が働かない&結婚しても人生経験が不足している&精神的に未熟なままの人】がやっているとは言っておくが、主婦がこういったことをやりがちなのにはそこそこ厄介な理由があると自分は思っている。
なにせゲーム繋がりの女コミュニティにおいて"ゲーム内での固定相方"という存在は相当なマウンティング要素になるからだ。
「周りに自分が上手くいっている様を見せつけたい」という欲求が起因となるそれは、浮気するしないの素質以前にやる人はもう"”確実に"”やる。
相手探しに必死になるあまり人のことを「相方にできる/できない」でしか判断していないので、節操もなければ距離の詰め方もおかしく、このレベルの人は相方を手に入れれば家庭に問題も起こす勢いで執着する。
しかもトロフィー目的ともなれば男女問わず組めるので窓口が広い。
彼氏・結婚・出産・旦那のスペック自慢は非リア喪女の多く生息するオタクTLでは大きくマウンティングできる要素になり得たが、オンラインゲームではそうもいかない。ここではゲーム内で相方がいることがマウンティング要素であり、その相方の強さやルックス(キャラクリ)といったスペックが価値になる。もちろんどれだけ一緒に行動しているか、尽くされ(貢がれ)ているかどうこうも含めて。
また、恋愛的にも相方とオンゲー婚をするのは一発逆転を狙う非モテからすれば憧れにされやすく、周囲からも多く祝われる風潮があったりする。既に結婚した身からすればオンゲー婚なんてできないから新規に祝われる可能性もないのだが。
配偶者である旦那がそれらを担ってくれているなら健全だし大きいが、そうもいかないことが多い。
そんなこんなでオンゲー内での充実っぷりを自慢することが既婚にとって最大限の自慢ポイントになってしまう。
…のが問題だったりする。
ゲームに時間を費やす、相方を作ってゲームでニコイチに動く、恋人ごっこのロールプレイを楽しむ、オフ会に赴く…ゲームからリアルまで多岐にわたるネト充行動。
周りの人は一緒にVCを繋いでワイワイしているのだから自分もVCを繋いで遊び、周りに「今日は○○さんと一緒に○○をしました!」と報告をしなければまるでぼっちのように見えてしまう。
誰かが「明日遊べる人~」と言えば率先して手を挙げ、毎日何かしらの予定を詰め込む。
そうする為には子供と使うべき時間を削るしか選択肢がないので、そのうち「この人はずっと遊んでるけど育児放棄と何が違うんだ」みたいな主婦が誕生する。
オタ活充実させるのも本人的には大切なのだろうが、オフ会に頻繁に来る主婦のほうが心象悪いよ。
特に遊ぶ費用は旦那持ちってタイプの専業主婦が無敵感強くてやばい。
オンゲー費用、課金、遠征費、食事代…浪費は激しいし、下手したらこどおばと実態変わらん。
時間も金も使って遊びを充実させようとするから、旦那さんは奥さんをパートか何かに出して遊ぶ費用くらいは自分で稼ぐようにさせた方が精神衛生上いい。
いやもうマジで働かせてやってくれ。
最近、ちょっとニッチな用語とかもう誰も覚えていないような狭い界隈で昔使われてた用語でググると、その言葉を元に自動生成したくさいサイトとか出てこない?
基本海外ドメインで開こうとするとSafariが警告出してきたりコンテンツブロッカーがぶっ飛ばすから中身はしらん。
あとは偶に小説家になろうみたいな投稿サイトが引っかかることもある。開いてみたら検索ワードと全く無関係な文章。多分「この言葉を元に小説を書いてください」って生成させた文を投稿してるっぽい