はてなキーワード: メダルゲームとは
1996~97年当時、よく通っていた50円ゲーセンの店前に置かれていた小型の筐体で、常に待機BGMが流れていました。
●稼働時期
1996~97年頃。それより以前に出た筐体が稼働し続けていた可能性もあります。
●筐体の大きさ
これが一番特徴的で、一般的なプライズゲームよりずっと小さくて、メダルゲームのジャンケンマンくらいの小型筐体だったと思います。
●景品の獲得方法
ランプが順番に点灯してフィギュアで止まると獲得できる仕組みだったかな…うろ覚えです。
●筐体の見た目
中は、奥から手前に景品を吊るす棒が2列×5段くらい(?)並んでいました。
それぞれの棒にボールチェーンを引っ掛ける形でミニフィギュアが複数吊るされていたと思います。
●景品の種類
ボールチェーン付きミニフィギュア。カプセルには入っていません。
この文章では特に何かを問題視して、解決しようとはしていません。別にそれで良くて、俺も世界に何かを望んではいない
でも少しくらい寂しさがある
都内一人暮らしの男性向けに気軽に入れる店。とやらの広告があるけどそこには気軽に食べたりサクッと飲むのに丁度いいとか書いてる
私は西友の弁当を食べて水道水飲んでる。アルコールアレルギーで酒は飲めない
なぜこの私がその店に興味あると思ったのか。広告をレコメンドしているAIが雑といえば、まあ納得できると思うけど、けしてそれだけではないんだよ
そもそも私にフィットする既存の経済活動が極端に少ない。世界一周旅行もポルシェも興味ない。旅行はしないし、運転免許は持っていない
自転車保険?自転車もってないよ、GoogleのGPS機能有効にしてるんだからそこから情報とってくりゃ、俺が日がな近所の公園を何キロも徒歩で散歩しているのはわかるだろうが、そういう情報と連動していないんですかね
GPSと広告連動していないのは、Googleの良心として受け取っておきます
つまり、自転車も乗らないし一日に1時間も瞑想したり散歩したり、酒が飲めない男向けの経済活動がこの世に存在しないんだろう
俺が最近お金使ったのはぶっ壊れたソニーの3万円位するイヤホンとMacBookProの買い替えだけだしな
そういう商品ってわざわざスポットの広告いれて売れるようなものじゃないから、広告に表示されないのはわかるし、一度買っただけで同じ商品を何度も広告に出されたらそれこそ発狂するので、これらの商品が広告に出ないのは当然なんだけど
興味のある広告が一つも無いの、世間から見放されている感があるなぁ。どちらかと言うと自分が世間を見放してしまったので、大抵のことに興味が起きなくなっているだけなのかもしれない
冒頭で寂しさと書いたけど思い返すと少し違うかもしれない、こういうのをわびしいって言うのかもしれない
なのでメダルゲームのスマホアプリインストールして脳死状態で延々とルーレットまわしている
外周の抽選では1/3、中央の皿には最終抽選に進むための穴が中央にあって、体感的に1/5くらいの確率で入る感じ
ラッシュチャンスでは5/6のあたりを引き続ける限りWIN倍率が積み上がっていく。
計算するとラッシュチャンス到達までの確率は、 1/3 * 1/5 * 1/8 なので 0.8%くらい
実際は中央の更にボールをHOLDしておいて、1/8 抽選でボールを3つ使える場合があるので、体感的にはラッシュ突入までの確率は1%以上は確実にあると思う
そんで、ラッシュ突入では (5/6) ^ N でN連チャンで連チャン数が上がるたびに確率が低くなっていく、多くの場合は5連チャン(40%)くらいまでなら行けるけど、まあ体感的に5連チャン引けないこともよくある
10連チャンは (5/6) ^ 10 で16%くらいなんだけど、脳死状態で抽選機を回し続けてるせいで16%とかめちゃくちゃ確率高いじゃん。っていう思考になってきている
でも実際の抽選は物理演算のルーレットを使ってるし、過去のボールが穴を塞いで確率がかわったりするので数字のとおりではないよなとか、
しかも穴を塞いでるからって別に確率が上がるとも限らないよなーとか。あたり穴の前後の穴が塞がれた場合は、はじかれたボールがアタリに入る確率上がるけど、ハズレ穴に囲まれたハズレ穴が塞がれただけだとそのハズレ穴にボールがきたとしても左右のハズレにボールが流れるだけなので実質的にはハズレが減ったとはみなせないよなあとか
そういうことして生きてる
ただのスマホゲームですらこんな感じなので、現金賭けるカジノやったら完全に脳が焼かれるでしょう
そういう広告が出てなくてよかった
小学2年生のころに両親が離婚して、母と妹と3人で暮らすようになった。
とはいえ父親とは隔週くらいで会っていて、メダルゲームで遊んだりイトーヨーカドーでお洋服を買ってもらったりしていた。
わたしはパパっ子で「会ったら離れないといけないから会いたくない、でも会いたい」というメンヘラ女みたいに(実際そうだけど)会う前も会っている間も会った後も泣いて過ごしていた。特に帰り道の車の中では大号泣していた。
大人になった今でもわたしはわたしを傷つける男のことばかり好きになってしまう。
離婚する前、父親はかなり暴力的だったらしいけれど、わたしはなにも覚えていなくて、やさしい父親というイメージしかない。
職場で出会ったらしいけど無職になり、そのくせにえらそうなひとだった。わたしと妹に暴力をふるったりした。今思うと完全にダメ男なんだけど、母とそのひとが一度ケンカ別れのようなことをしたとき、わたしは「人と人との別れはとても辛く悲しく起こってはならないこと」だと思っていたので仲を取り持ってしまったことがある。その節は大変申し訳なかった。
母は毎日仕事帰りにパチンコにいっていて、わたしたち姉妹は、救急車の音が聞こえるたびに母を心配してそわそわし、夜の11時になるころふたりで母を迎えにいき、景品のブタメンを夜ごはんにして大人になった。
母が酔って帰ってきて、いきなり暴露話をはじめたことがある。父親とは16歳で上京したときに勤めたキャバクラで出会ったこと。父親は再婚だったこと。わたし達にはすこし年上の腹違いの兄がいること。そのひとの誕生日がわたしと同じだということ。わたしは予定よりかなり遅く、わざわざその日を選んで産まれてきたのだった。
これまで黙ってきて、どうしてそんな話をしたんですか。あなたが結婚したのはとても若いときで、わたしと近い精神構造なのであれば、それはそれは嫉妬で苦しんだことでしょうね。毎年、わたしが誕生日を迎えるたび、かなしい思いをさせていたのでしょうか。
母は10年前くらいに転職をすると言って仕事を辞めてからずっと働いていない。今は生活保護をうけて暮らしているはずだ。何年ものあいだ申請をしてくれず、わたしと妹で生活費をまかない、家賃が払えず都から訴えられていて、弁護士費用を負担したりした。
生活保護をうけるのが遅れたのは、働くつもりというか、働かなければならないという意識もあったのだろう。だけど一番はわたしも血を受け継いでいる「わたしにはできっこない」という気持ちが一番の要因だったのだろうと思う。わかるぜ
わたしたちだって、中卒でかろうじて就職したメンヘラ女と、的屋とキャバクラしか職歴のないあるあるシングルマザーだったのでとてもしんどかった。
ずっと、母を見捨てるわけにいかないと思って生きてきた。わたしはダメな人間であり続けなければならないと。母より幸せになってはいけないと。母を助けなければいけないと思って生きてきた。精神科に連れて行ったり、お散歩からはじめてはどうかしらときれいな写真を送ったり、週に一度実家に帰り妹と甥を呼んで料理を振る舞ったり、負担にならない程度に社会復帰に向かってもらえたらいいなと思っていた。
もう20年以上住んでいる団地はお風呂が壊れているらしく、母はほとんどお風呂に入らず、ときどき台所で髪を洗い、用事があるときは地元に残っている妹の家にシャワーを浴びに行っているとのことだった。なにかをしようとしたときに気軽に準備ができないことは、すべての可能性を奪うだろうと思ったので、お風呂の修理代をだすことに決めた。
いつもうまい話のサイトや動画をベッドの上でみているだけの母の社会へのアクセスになればと思い、「施工業者を選べるか」と尋ねるとできるということだったので、決まったら教えてと伝えて待っていた。連絡がこないので、「いいところあった?」と連絡してみたら、「ちょっと悩んでるんだよね」とのことだったので、「じゃあ一緒にみて決めようか」と伝え、今年の1月、ひかえめな花束を持って実家に帰った。
出してきたのは、ポストにたまたま入っていた一枚のチラシだけだった。
ああ、この人は、よくなる気がないんだと、そのとき初めて理解して、もう、そのあとの記憶はなく、なんとか家に帰り、縁を切ることを決めた。
妹に関しても、育児に向きあえているとは到底言えず、きっと精神が不安定な人間がまたひとり育っていくのだろうと思う。遊びたい時に母に甥を預けたりしているみたいなので、持ちつ持たれつやっていってくれと思っている。
家族を心配し続けて自分の人生がままならない苦しみと、ある日いきなり死んだ連絡を受ける苦しみ、まだ後者のほうが生産性があるのではないだろうかと思っている。
コインドーザーというスマホゲーを久々に始めた。どういうゲームかっていうと、ゲーセンによくあるメダルゲームを模したものだ。コインを入れ、場にあるコインを落として手に入れる、その繰り返し。脳死ゲー。パチカススロカス以下、底辺の娯楽、ポチポチゲー。昔は無課金で延々遊べたが、今はすぐ原資のコインが尽き、課金・動画広告の視聴・別アプリのインストール&何らかのアクションを迫られる。
動画広告では別のゲームアプリが宣伝される。見終わればキャンセルしても報酬を得られるわけだが、わざわざ広告費を出してよそのゲームで宣伝するほどのゲームということなのか。よほど魅力的で、開発費も広告費もかかったリッチなゲームで、始めたらどんどん散財したくなっちゃうようなゲームなのだろうか。
めちゃくちゃ課金を迫ってくるのか?あるいは個人情報の収集を目的としてやたらとアクセス権限を要求してくるタイプか?
前者だとしたらGoogle Play Storeの支払を確定しなければ金銭を失うことはないし、後者だとしたらAndroidの権限付与ダイアログで拒否すれば被害はない。
動画でやたら出てくるアプリ、トゥーンブラストというゲームを入れてみた。アメリカンなアニメ調の劣化パズドラといった雰囲気。パズドラのように余計な演出がなく、シンプルでよい。それは良いがぜんぜん課金を迫ってこない。たまに課金ポイントらしきものはあるが、むしして遊びつづけられる。別に面白くもないのだが。同じ面白くないならコインドーザーのほうが俺は好きだ。このアプリの素性を把握するというミッションを完了したらとっととコインドーザーのケチ臭い動画広告視聴作業に戻りたいのだが、金も個人情報も要求してこない。
トゥーンブラストについてTwitterで検索してみると、プレイヤーはちらほらいるようではあるが熱心に遊ばれている感じではない。ググっても攻略ウィキなどない。広告と内容が異なる、詐欺だ!けどゲームとしては遊べる〜といった評価。誰もまともにプレイしてない。とても儲かっているようには思えない。
ゲームは進む。面白くないが、ちゃんとパズルゲームだ。ステージごとに新しいギミックが出てくる。どこかで見たような仕掛けでなんの感動もないが。
もういい。コインドーザーに戻る。インストールまでしたのだから報酬は少し高いかもしれない。…と思いきや、4コイン。普通に時間経過でもらえるだけのコインでは??
もう、よくわからない。アドネットワークでゲーム同士・アプリ同士が、ゲーム内の報酬を餌に他アプリのインストールを勧め、しかし勧められたアプリの中でも特に金を取られるでもない。こちらのアプリもプレイヤーの原資が減ってきたらまた広告で別のアプリに誘導するのだろうか。俺がそこまで辿り着いてないだけなのか。
このアドネットワークで開発者たちはどう儲かってるのか、ホイホイ乗っかったらプレイヤーはどんだけ金取られるのか、上流に近いところにいる企業ってのはどんな有名アプリを出してるとこなのか、あたりが気になって調べてみたかったんだが、ムリ。飽きた。2ホップ目で飽きた。詳しい奴いたら教えてくれ。
この日記は今日「マイ日記」というアプリで完全プライベートで書きはじめたものだが、思いのほか長文が書けたのでこのクソを人に浴びせかけるとどういう心の動きになるか、どんな文句を言われるか発達障害者(ADHD)が認識の歪みを治したい半分好奇心半分で匿名ダイアリーに投稿するものである。
日記をつけることにした。このアプリはタイトルをつけなくていいのが良い。タイトルは頭を使う。それはともかく、非常にダラダラした1日だった。昼夜逆転し、やる気が起きず、テレワーク始業の時間になってようやく眠気が来るという有様だった。寝てはいけないとは思いつつ、そのモチベーションが保てずAmazonプライムをダラダラ見ながらというか聴きながら就寝。
14時あたりに起きるがこの体たらくに罪悪感、金曜から返信していない取引先から怒られる恐怖(実際この程度の遅れで怒る人間はいないが、見てるのに返信していないという罪悪感が被害妄想を駆り立てる)、全力を出しても生活を立ち直す未来がみえない絶望などから、今やるべきことを無視してまたAmazonプライムを観る。
コンサータが切れそうなので病院を予約したが、上記の理由と「黙って業務時間中に行くのは会社に悪い」という謎の罪悪感が伴ってやはり動けない。散々現実逃避でサボってたくせにである。
いや、単純に億劫なだけなのを「会社に悪い」という後付の理由で真人間っぽく取り繕っているだけだな。自分への言い訳だ。なんとなく頭の片隅では見苦しい言い訳だと感じつつも、結局はこの期に及んでいい人ぶりたいんだなという事実に今気づいて少し発見だった。さらに、日記でこれを赤裸々に書くことで自虐的な気持ち良さにも浸っているのかもしれない。そういうのは思春期の学生のときに卒業しとけよ。と別の自分が突っ込んでいる。でもこれは赤裸々に書くものと決めたから。
というわけで、とてつもなく億劫だったのでとりあえず気持ちの良いことをとオナニーに逃げる。野原ひろみさんのエロ漫画でシコりつつ決め手にかけるのでエンジェル倶楽部を流し見するも結局は中途半端はところでイく。「こんな世界に生きれたら」と願った。
その後一服して遅れつつも心療内科に行きコンサータをもらう。27から36に増えた。これでなんとか動けるようになれば良いのだが…。とは感じつつも同時に薬に頼るのも限界があるという事実が脳裏にへばりついている。
今日の進歩はこの日記をつけようと思ったことだ。日本語がおかしくてもいいので思考を客観的に見れるよう、ハードルを低く設定して続けていきたい。「今日はダメだった」の一言でもいい。日記が書けないほどのモチベーションの低下がみられるという事実が記録されるからだ。(この理屈だと何も書かなくても事実として書けなかった、という記録が残ることにはなるのだがそれはあまりにもその日を思い出すきっかけがなさすぎる)
あまり「頑張らなきゃ」と思わないように意識したい。てにをはや語尾の統一、表記揺れなどは気にしなくていい。ここに至っては自由なのだから、自分でその拙さを許せるかどうかだけだ。(とはいいつつ、見直して流石に変だと思うところはちょっと直してしまう)
しかし初日で単なる思いつきにも関わらず、(あるいは初日だから?)誰にも見せなくていいという気楽さからか結構長文が書ける。これは意外だった。自分の中は空っぽだと思っていたが、他人に相談するより吐き出すほうが向いているタイプなのかもしれない。既にもっともっと書きたいと思っているが、この気持ちが続くかというと謎である。寝て起きるとリセットされるのが常だから。むしろ家に帰ったら別のことがしたくなるだろう。そのほうが楽だから。場に気分が左右されすぎだ。自分がない。アイデンティティを得たい。
※結果、家に帰る途中でコンビニの寿司と豚汁を買い、タバコを吸いこの日記の追記をしている。金ないのに寿司なんか買うな自制心ないボケナスと思いつつ、追記するモチベが保てているのは褒めたい。これから深夜までサボった分の仕事も取り戻そうと思っているし。
だけど、思えば中学のころから辛い気持ちを吐き出すために絵を描いていた。僕の表現の本質は排泄なのだ。うんこを他人にぶっかけるわけにはいかない。この年になって自覚するとは、頭が悪いにもほどがあるな。自分の文章をみてすこしすっきりするのは「こんな大きいうんこした」という満足感と相似するものだろう。
昔からクリエイターに向いているとアールキャップなどでも診断されるが、今のエンターテイメントは数が多すぎてレッドオーシャンだし、全体的に洗練されすぎていて、上質な作品さえも話題性がないと見てもらえない。この手の診断のクリエイターとは社会不適合者の言い換えであることは理解している。
というか、クリエイターはたいてい締め切りがあって、よほどの大物であるか、かけがえのない技術がない場合はクライアントの要望や市場を的確に把握しつつも個性を出す必要があるので、普通のサラリーマンよりコミュ力や自制心が必要だと思うのだが。なぜ社会不適合な解答をするとクリエイターを勧められるのか。検査を作ってる人間はクリエイティブな仕事の内実をきちんと理解しているのか?発想力や企画力が必要だからこれじゃない?知らんけど。レベルにしか思えないのだが。
しかし、小学生のころはアホだがよく笑い、運動も好きで、友達も結構いてなおかつ可愛げがあったと思うのに、どうしてこうなった。理由は明白、中高時代の荒んだ生活のせいなのだが。
中学校に行くのが本当に嫌だった。不良に弄られる、遊びで殴られる恐怖に支配されていた。また、小学校時代の友人たちがどんどん環境に適応していき、若干の攻撃性を帯びていくのも嫌だった。とは言っても不良になったわけでもなく、一般的にみて普通だったのだが。超個人的な細かい部分の変化だ。ちょっと口が悪くなったりメダルゲームの競馬で遊んだりエロくなったりしただけだ。むしろそれはポジティブなことで、健全でたくましい成長と言い換えてもいい。僕が自意識だけ肥大して、強くなれなかっただけだ。
なにはともあれここで自己肯定感(自己肯定感なのかな?ともかく人格形成において何かしらの重要な要素が欠落したのはたしかだ。なにもやる気が起きなくなった。)がなくなり根暗となる。
それを引きずり高校に進学したあと友達が出来ず、マイナーなジャンルの音楽を聴いてアイデンティティを保っていた。良さは全然わかってなかったのに、みんなにないものをもっていると思いたかった。いわゆる中二病というやつだ。実際、あんなに聴いていたのに曲の展開や歌詞などうろ覚えだ。下手するとそのジャンルの有名なバンド名も出てこない時がある。聴いていたというより聞き流していた。
三年になると優しいオタクたちが仲間に入れてくれたが、彼らのパッとしなさに内心見下していたので「僕はこいつらとは違う」と一線引いていた。客観的に見れば同じどころか僕のほうが気色悪くてヤバいやつなのに。今でも交流はあるものの、話が合わなさすぎてやはり見下している部分があるのは否定できない。というか、純朴すぎて自分が社会不適合者であるにもかかわらず「社会でやっていけているのだろうか…」と最悪すぎる心配をしている。何目線なんだ。いや、最悪すぎると自虐して予防線を張るのやめたほうがいいよとまたもや別の自分が言っている。はあ。
大学に関しては楽しかったと思わないと自分が保てない。実際はコミュ障すぎてサークルでも「そこにいた」だけなのだが、それを弄ってもらえたおかげでなんとなく存在感は出せていた気がするので、青春は経験した、というカウントにしておきたい。そうしないと僕の人生悲惨すぎるので。彼女はいなかったが。ただ、尊敬できる人間には少なからず出会えた。うーん、こんな赤裸々な日記でも大学生活に関しては脳のリミッターが解除しきれず、曖昧に擁護してしまっている。恐らく尊敬出来る人たちと同種の人間なんだと思いたい心が、まだある。
話しはエンタメに戻るが、昔も話題性が重要というところは変わらないかもしれないが、私小説は排泄に近い表現がゴロゴロあるからなあ。とはいっても、詳しくはないからイメージの話だ。したり顔である「からなあ」じゃあない。しかし昔のほうが荒っぽい、素材そのままみたいな表現が許されていたのはたしかだろう。
売れる売れないはともかくとして有効なデータなど取れないし、今ほど娯楽が多くないのでともかく試してみようという機運と余裕があっただろうと思われる。知らんけどきっとそうだろう。そのかわり、働き方はめちゃくちゃだっただろうけど。その荒っぽさにはついていけなかっただろうから、どっちにしろ詰んでいる。というか、そもそもクリエイターなれるほど上等なクソは捻り出せない。そんな面白人間ではないし、根気もこだわりもない。
僕はどこへ向かい、どこに落ち着くのだろう。一生落ち着かないのかもしれない(むしろそれが濃厚である。なんせ学歴も私立文系偏差値50程度、仕事もできない、生活も破綻している発達障害者なのだから)今日も明日も多少の見栄と死の恐怖によって死んだように生きている。本能と少しばかりの社会性によって辛うじて生かされている。タバコを吸ってゆるやかに自殺しているが、体調が悪化するとやめてしまうことの繰り返しだ。
こんな中途半端な自分でもどうか、少しでも幸せな人生になりますように。わがままにも祈らざるを得ない。アーメン。
ああ、掃除をしなければ。
キラキラな演出、可愛いアバター、直観的な操作性とドンドン重なって行くポイント。
お着替えやラメやピンク、お友達など、幼女が好きそうな物に溢れて心が幼女にされてしまう瞬間!
脳汁がドバド出て、悩み多き友人がどハマりするのも納得だったけれど、同時に恐ろしくなったのでその感想。
プリチャンの音ゲーパートの最後には、ゲーム中で獲得した報酬(ドロップアイテムのようなもの)の、どれを持ち帰るか決める報酬取得ルーレットがあり、そのルーレットは最大8回まで回せる(らしい)。
ただし、このルーレット、最初に入れたクレジット(最大200円)を使い切った後のルーレットは、ボタンではなく、100円の投入で止める。
故に、目押しが効かない。けど、レアだけで固まってたりすると、つい100円に手が伸びる。
……という説明をしながら、鯉のエサのように100円を放り込んで行く友人。
その様はリーチが掛かり始めたスロットに何も考えず玉を投入して行く様に似て、別名女児パチというのもうなずける。
筆者は平成初期の子どもで、幼児の頃のゲーセンといえば、親に貰った500円硬貨を握りしめて、何にいくら使えば効率よく報酬を得られるかを考えてプライズを回る場所だった。
長じて音ゲーにハマったこともあったが、それもまた、報酬としてオーディエンスの声援や、それがなくても身体を動かした達成感があった。
100円あればメダルゲームなら10枚貰えて、駄菓子が2つ買えて、300円もあったらちょっと良いガチャが回せた。
それが、掛け声と共に景気良く筐体に吸い込まれて行く。
恐らく女児が満足するには500円あっても足りないし、100円だと、ルーレットで回るレア報酬を横目に画面を閉じて並び直さないといけない。
次にプレイする子が確率によってはレア報酬を目の前で引き当てる可能性に目を瞑りながら…。
こんなの、四歳児だったら心が病むか、100円が何なのか分からないまま、親に貰えるままサルのように放り込んでしまう。
実際昨日も、友人に教えて貰いながら、言われたタイミングでコインを入れたので、いくら使ったか記憶がない。
そんな経験を子どもの頃に積んで、「出るまで回せば確変」と学習して、後のソシャゲユーザーになるとか恐ろし過ぎる。
キラキラのエフェクトに、可愛いお洋服。友達のアバターとダンスを踊らせられたり、お互いの持ってるドレスを交換して着せ付けたり。
自分の持ってないコーデを貸してもらったり。
友達との人形遊びと、ごっこ遊びと、真似っこ遊びと、お外遊びの楽しい所だけをギュッと凝縮した時間を楽しめる。
例え友達の居ない子どもだって、良い大人だって、大きい兄さんだって、たった100円で追体験できる(課金を最低限にすれば)。
昨日は平日だったので、プレイヤーは友人と私含めてお姉さんが多かった。
しかし、友人も含めて、ガチユーザーはそのキラキラタイムに真顔なのである。
真顔で、落ちてくるアイテムを見極め、連コインと目押しなのである。
この表情、作業感、お金を入れることが目的となっていく感じ、どこかでみたことがある。
昨日は幼女先輩を見なかったが、幼女たちもみんな、表情筋をほとんど動かさず、常にボタン連打してるのだろうかと思うと、おばちゃんは心配なのである。
彼女の抱える複雑な事情や嫌なことと、プリチャンでの脳汁プシャーが向精神薬として結びついてしまっている友人もまぁ心配なのである。
あと、自分が親になった時に、100円でプリチャン以外に何ができると教えられるか、子どもがプリチャン仲間にいじめられない程度の課金はどれくらいなのか、ちゃんと計算できるかが今から心配…。
彼女は居ないし収入も低く、自由に使える時間もそれほど多くはない。毎日疲れ果てて家に帰り、健康に悪そうな食べ物を胃に放り投げたら、冷えが厳しい浴室で水圧の弱い湯を浴びる。薄暗い静かな部屋で、安酒を呷りながら明るく賑やかなテレビ画面を眺めていると、いつの間にか眠りに落ちている。そんな毎日だ。
でも俺には、日曜の夜だけのささやかな楽しみがある。「思い出す」ことだ。祖母の家で食べた大きなスイカ。いとこと夢中になって遊んだ競馬のメダルゲーム。修学旅行で友達と乗った保津川のライン下り。塾で目が合った他校の女の子。貯めたバイト代を握りしめて行った地元のバイク屋。職場で優しくしてくれた、親父と同い年の上司。思い出せる限り詳細に、記憶の縁を辿っていく。綺麗な思い出は、いつだって俺に優しい。
どれもこれも、今となっては戻ることの無い遠い過去だ。しかし、だからこそ貴重なものだ。物の本当の価値に気付くのは、いつだってそれを無くしてしまった後なのだ。
俺が何となくやり過ごした今日だって、また懐かしく思い出す日曜が来るかもしれない。思い出して、幸せな気持ちになれるかも知れない。そんな思い出がたった1つでもあるのなら、それは幸せな人生だと思う。
とあるYouTuberについて思ったことです。調べればわかるでしょうが宣伝するわけではではないので固有名詞は避けます。
昔、趣味でアーケードゲーム、特にメダルゲームをよく遊んでいた。
生活スタイルの変化と共に自由な時間も無くなり現在はほとんどやらなくなってしまったが、YouTubeで検索したらプレイ動画が結構上がっていたので、いくつかのチャンネルの動画を見るようになった。
そんな中の一つにその人はいた。いろんなYouTuberが例えば顔出し配信をしたり他がやらないような企画を考えたりすることで登録者数を増やそうとする中、
その人は自分で撮ってきた動画を編集して、後からアフレコ実況を被せるというオールドスタイルな実況プレイを淡々と同じ時刻に毎日1本、
機種が違うだけで毎日延々とメダルゲームを見せ場が来るまで回して見せ場が来たら終わり、そしてそれを実況。このスタイルを数年間維持していた。
昔やってた人は懐かしみ、現役でやってる人は一緒に盛り上がる。長くやっているのもあり、登録者数も地味に伸びて1万人を超えている。
まとめて収録しているであろうとはいえゲームプレイだけでも数十分、そこから編集、実況録音、さらに編集と1本作るのにもそこそこ時間かかると思うのだが、その人は数年間休むことなくほぼ毎日決まった時間に動画を上げていた。いつしか彼の動画を寝る前にサラッと見るのが日課になっていた。
ところがその人が最近唐突に「重要なお知らせ」と題した動画をアップした。
・ついては月末までは毎日投稿できるがそこから週一での投稿予定になる
という内容。
そこで彼のTwitterを初めて見たら、明らかに症状はヤバそうな雰囲気。驚いた。何故なら彼の実況は後付けで編集もされているため、病気の気配が消されていたからだ。(稀にやっていた生配信では咳が明らかにやばい時があったらしいのだが、生配信は見ていなかったので知らなかった)
彼は肺癌に侵されていたのに喫煙者だらけのゲーセンに足繁く通い動画を撮影していた。(恐らく肺には良くはないだろうが…)
そして体調悪いであろう状態なのに入院対策で20本近い動画のストックまで作っていた。
何がそこまで彼をYouTubeの動画投稿にに駆り立てたのだろうか?金なのか?自己顕示なのか?そこまでするほど、ゲームセンターが好きだったのか?
現在彼は入院している、胸水を抜いたらしい。匿名とは言え悪い事は言いたくないので頑張って良くなって欲しい。
動画は未だ毎日、ストック分が淡々と同じ時間に上げられている。実況の彼は病気の話はせず楽しそうに自分のゲームプレイを実況している。これが毎日上がらなくなったら、僕は喪失感を感じるのだろう。
前作はこちら。オランダで買ったチョコに関する話のうち、導入編から聴覚に及ぼす影響を楽しく書いてる。
https://anond.hatelabo.jp/20191120173059
今回はその例のチョコが及ぼす味覚・視覚・その他の部分について書いていこうと思う。
簡単に言うと、とにかくいろいろ美味しく感じる。うわ~雑!
ビールを飲むと、炎天下をしばらく歩いてからシャワー浴びたあとのように美味しく感じる。
ハンバーガーを食べると、肉とパン、ピクルスやケチャップなどの混ざりあったうまさが口の中で爆発する感じがする。
一度ちょっと多めにチョコを摂取したとき、うまい寿司を食べたらネタとシャリと自意識がまとめて撹拌され頭上に吸い出されるイメージに襲われて大変だった。1貫食べては5分くらい悦に入ってた。
あと嗅覚にも良い影響を及ぼしている気がする。
美味しさというのは味覚のみならず嗅覚による部分も少なくないわけで、さまざまなものが美味しく感じられるということはそういうことなんだと思う。
鼻が詰まってるときは何食べてもあんまり美味しくないし、それの逆と考えるとやはりそういうことなんだと思う。
実際に何かを食べて美味しく感じるっていうのもあるけど、食べる前に期待感もすごく高まるかな。
「焼き立てのハンバーグにっ♡チーズ乗せてっ♡バーナーで炙ったら…こんなの絶対美味しいに決まってるよぉっ♡」みたいなエロ漫画っぽい気分になる。
ちょっと前に流行った、エロ漫画に片足突っ込んでるようなグルメ漫画のようなことを考えてしまう。
それだけ高まった期待感を経てトニオの料理を食べる虹村億泰になるんだからそりゃ幸せだよね。
何を見ても「あ~~~いいな~~~~~」ってなる。
近所の公園でベンチに座ってボケーッと見慣れた風景を眺めてるだけでも「ああ…いいな…守りたいこの景色…」みたいになる。
旅先で名所を観光しては「なんて尊いんだ…世界…」みたいになるし、特にこれといった名所じゃない住宅街のような場所でも「これが…人間の営み…すばらしい…」みたいになる。
このような視覚への影響や、先述の味覚に及ぼす影響も含め、旅行とは相性がとにかく良いと思う。
特に映画は聴覚との複合効果も期待できるので本当に相性が良い。
「うわ何この脚!エロすぎんか!?」「喘ぎ声がいくらなんでも官能的すぎる」みたいな感じでひたすらエロく感じてしまう。
あと女性の身体のみならず、チンポがやたらエロく見えてくるんだけどこれはさすがに個人差あると思う。
以降のその他1,2は大いに個人差があると思うので話半分に読んでほしい。
いや、今までのも話半分で読んでほしいんだけど…。なので話クォーターで読んでほしい。
エロ動画とも相性が良いって言ったんだけど、オナニーとも相性が良い。
たぶんセックスとも相性が良いんだろうけど、試してないからわからない。
どのように相性が良いのかと言うと、射精時の快感が通常の1.5倍くらいになる。幸福感は2.7倍くらいになる。
さらに連続…とまではいかないものの、10分くらい置いて再度チャレンジできるようになる。
フニャフニャなちんちんに芯が入ったような感覚になって「まだやれるッス!」ってコンティニューしてくる。
それで調子に乗って一晩で3回くらいチャレンジすると翌朝メチャメチャダルい。さすがに。仕方ないと思うけど。
メスイキした。できた。
ときどき前立腺をいじってメスイキチャレンジしようとしてはあまり気持ちよくなく不発に終わって「う~ん感覚がわからん、自分にはメスイキ向いてない気がする」と思ってたんだけど、チョコ摂取してからだとできた。
先述のエロ動画を見てるときの話には書いていなかったけど、エロい部分を見るたびに前立腺がじんわり熱くなってくるのを感じていた。実は。
その熱くなった前立腺を刺激しながら、前立腺とちんちんと脳が直結するイメージを形成し、意識を前立腺とちんちんに集中させながらうまいこと脳のスイッチを突くとオッケー!って感じだった。
何言ってるかよくわからないかもしれないけど、このへんに関してはどうしても感覚的な話しかできないので仕方ない。
脳でイってると脳内物質が出るんだろうね、光がパァっとする感覚があった。快感度で言うと射精を100とした場合、30くらいの快感が断続的に押し寄せる感じ。
そのまま前立腺を刺激しながらちんちんをいじると、射精時の快感度は先述の200くらいだろうか?水没した天国で溺れるみたいな感覚でとにかく良かった。
メスイキとこのオランダ土産のチョコ、あるいはスタンダードなアレだと草か、そこに関連性があるのか調べてみたけど情報は何も見つけられなかった。
セックスと相性が良いというのはいくらでも出てくるのだけど。自分がレアケースなのだろうか?
結局ボンヤリと酔う感じになるので、脳をしっかりと使うゲーム、あるいは対戦ゲームなどは相性が悪いと感じた。
視覚に及ぼす影響の部分でも書いた通り、なんとなくピースフルな気分になるので、あまり争いたくないと思ってしまう。
スプラトゥーンのガチマッチは本当に向いてない。野良ナワバリで塗り専やるくらいなら楽しい。
ギャンブルも相性悪いと思った。
負けたとき「あら~負けちゃったよ~」とポワポワしてるし、勝っても「あらあら勝ったのね」とやはりどこか他人事のような感じがあり、身銭を切って勝負するヒリヒリ感がない。
ゲーセンのメダルゲーム程度なら遊びと割り切れるので良いと思うけど、ギャンブルはもっとピリッと挑んだほうがいいと思う。
また、車の運転は絶対に避けるべきだと思う。なぜなら酔いに似た、ボンヤリとした感覚になるので。
たとえ呼気からアルコールが検出されないとはいえ、普段の自分とは明らかに意識や感覚が異なるし、正常が判断が下せるかどうか怪しいため、絶対に運転しないほうがいい。
ときどきドライブとの相性は最高!という話も見かけるのだけど、飲酒運転の怖さを認識している人間としてはダメ寄りのダメじゃない?と思う。
最近でもアメリカの一部の州で…えーと、なんかの植物ですかね?よく知らないんですけど、合法化された弊害でそういった交通事故の実例はあるっぽい。
将来もし日本でも…えーと、そのなんか植物?が合法化?されるとしたらそのあたりはネックになるんじゃないかと思っている。
タバコとは相性が良いらしいけど自分はタバコ吸わないのでわからない。
長々と語ってきたオランダ土産のチョコだけど、常習性はほとんどない。なければないで「まあいいか」と割り切れるものだし、どうしても絶対に欲しいという気持ちにはならない。
さらに言えば、日本のような国でわざわざ高い金を出して買おうとは思わない。
ビール350ml缶1本が5000円だったら買うだろうか?そういった感覚だと思う。地下の強制労働施設で働いていれば話は別だろうけれども。
よく言われるようにアルコールと比べて常習性もなく、大量摂取による死亡例もないということを考えると日本でも認められてほしいなと思う。
酒に酔っての暴力沙汰はあってもこっちならばとにかくピースフルな気分になるのでそういったこともなさそうだし。
ただ先程も言ったように自動車の運転に絡む問題もあるだろうし、未成熟な脳に及ぼす影響も無視できないはずなので、やはり未成年は手を出せないようにしたほうが良いと思う。
ところでこれが非刑罰化されたら、それで今まで捕まった人はどうなるんだろうか?そこは気になるところだ。