「思い出の摩尼」トークセッションの記録(3)
庫裡の文化財価値と課題
宮本 今年の4月、摩尼寺庫裏の棟札発見の報道がありました。棟札に記された年代は文政6年(1823)で、本堂の安政7年(1860)をさかのぼり、山門より内側の境内では最も古い建造物であることが明らかになりました。また、県内最古の庫裏である可能性も高まってきています。そして、さきほど田尻住職が述べられたように、安楽律院系の庫裡としては全国的にみて希有の遺構かもしれません。しかしながら、屋根や床の傷みが激しくなっておりまして、早急に修復する必要性があります。この建物については、「登録」ではなく、「指定」にすべきという意見が強いようです。
浜田 ありがとうございました。鳥取市内に、近世から近代にかけて、こんなにすばらしい建造物があったことを改めて知ることができました。今日お越しの皆様ももっと掘り下げた話を聞きたいでしょうが、建造物については、また改めて別の機会にしっかりとお話を聞いてみたいと思います。
摩尼寺の建造物、とくに本堂・山門・鐘楼などは、有形文化財として国に登録される運びです。また、指定候補になるような建物もあるということを今知ったわけですが、今後、わたしたちはこれらの建造物をしっかりと保全しながら、一方でその魅力をたくさんの方に知ってもらわなければなりません。そのためには「活用」が重要になってまいります。調査に携わった立場から、この境内をこんなふうに活用するとおもしろいなという意見がありましたら、御紹介いただけませんか。
宮本 やはり一番の問題は庫裏だと思います。山門より内側の境内では最古の建造物であり、安楽律からみれば全国的に重要です。その一方で、傷みが激しくなっていますので、早急に修復が必要です。その再生・活用については、八頭町(旧八東町)の光澤寺さんが「宿坊」経営を始められています。庫裡を宿坊としてお客を集められているのです。私も行ったことがあるのですけれども、結構評判を博しています。
光澤寺の「宿坊」経営に学ぶ
浜田 寺院による「宿坊」経営ですか。とてもおもしろそうな話ですね。
浅川 ご住職の宗元さんが会場にいらっしゃるはずです。
浜田 そうですか。差し支えなければ、光澤寺のご住職さんに「宿坊」経営についてお話を聞かせていただけませんでしょうか。
宗元(光澤寺住職) こんにちは。突然ですが、八頭町で宿坊を2年半前からやっている光澤寺の宗元と申します。最近は若桜鉄道の観光ガイドということで、少し新聞でも取り上げていただいています。興味があって、こちらの会に参加させていただきました。山陰地方では過疎と高齢化が著しく進んでいます。町や村には空き家が増え、無住の寺院も増える一方です。皆さん大丈夫だろうと思っているかもしれませんが、あと10年ぐらいしたら郡部のお寺はほとんど無住になってしまうでしょう。そういう心づもりで今日の話を聞いていただきたいし、私も聞いているのですが、私が3年前に故郷に帰ったときはもうお寺もやっていけないなという状態でした。摩尼山ほど有名でもないし、誰も来ないし、檀家さんさえお参りに来ないお寺でした。だから「宿坊」というわけではないですが、なんとかはオープンな存在にしていこうということで、一人でも多くお寺に来てもらいたいという願いから宿坊を始めたところ、全国から意外とたくさんのお客さまが来られます。
いま心の問題というか、「心を整える」ことが、とりわけ東北大震災以降、日本人にとって重要な意味をもつようになってきています。最大のテーマは「心の置き場所」なんです。だから、瞑想体験とか寺院が非常にブームを迎えているのだと思います。
宗元 ただ文化財になった、というだけでは、人は来ない。以前のように、祈願とか巡礼だけでも人は来ません。やはり、お寺を訪ねて来られた人の心をしっかりと受けとめ、そしてお寺で休んでいただく。たとえば摩尼山は精進料理が有名ですが、ここに残る本格的な精進料理で人をもてなすのはどうしたらよいのか。あるいはまた、これだけ広い本堂や如来堂などの仏教施設は20~30代の女性にすごいブームになっています。だからこそ何もなくて、観光地でもなくて、お寺もまったく有名でなくて、庫裏もたいしたことのない光澤寺に人が来られるんだと思います。ということは、この摩尼山は非常に高い可能性を秘めていますね。たぶん鳥取の一大観光地になるだけの十分の可能性が今日の話を聞いただけでもわかりました。
浜田 ありがとうございます。ちなみに宗元さん、光澤寺さんのほうではどのような料理が振る舞われているのですか。
宗元 イタリアン精進料理を提供しております。精進料理がフレンチであったり、イタリアンであったりすると、女性の心をくすぐる。お寺には、まず女性が来ないとだめなんです。なぜかというと、私の最近の感覚では、男性は嗜好から入るので、ああだこうだと何か屁理屈をこねるのです。女性は感覚から入るので、行ってみたいと思ったら必ず来られます。女性が来ると男性は必ずついて来ます。だから、イタリアン精進料理とかフレンチ精進料理は効果がある。もちろん摩尼山独自の精進料理で高野山に負けないものをつくられればいいと思います。ここは善光寺でもあるので、全国的にみると、善光寺と高野山が宿坊の聖地ですから、そこに負けないものをつくって、なおかつ、瞑想とか、写経とか、法話が大ブームなので、それらを体験していただけるようにする。ちょっと有名な法話を聞きたい、本格的な写経をしてみたい、本格的な瞑想を体験したい、ということで、本当にたくさんの方が来られるでしょう。
2000年以降にできた宿坊は全国で2箇所ぐらいしかありません。そのうちの1箇所が光澤寺です。東本願寺は3年後に本格的な宿坊を建てるということも決まりまして、いま宿坊ブーム、仏教体験ブームです。そこに負けないものがここにはある。十分可能性を感じます。鳥取は摩尼寺という一大観光地をすでに手にしているにも係わらず、それを有効活用できていない。そういうことを私はすごく感じています。
浜田 ありがとうございました。これからの摩尼寺を考えると本当に何か夢が膨らんでくるお話を聞いたような気がします。柵橋さん、いかがですか。
棚橋 じつは私、ブームに乗ってかどうかわからないのですけれども、座禅とか写経が結構好きです。光澤寺さんのこともインターネットで調べて、すでに知っていたのですけれども、イタリアン精進料理・・・
浅川 とてもおいしかったですよ。1,500円。(笑)
棚橋 ぜひ伺わせていただきたいと思います。
浜田 私、20年ほど前にイタリアの発掘調査に参加したことがあって、それ以来イタリア料理が大好きなので、一度お訪ねしたいと思います。よろしくお願いいたします。今日はこのセッションの後、柵橋さんのビオラ演奏もありますが、そういったことも境内の活用の一つだと思いますので、本当にいろんなことを考えていく必要があるなと感じた次第です。 【続】