はてなキーワード: 外圧とは
あなたの書いてくれた歴史は、清首脳部の自発的・トップダウンな改革でした。
しかし西太后をはじめとする保守派の強力な抵抗が予想されうまくいくように思えません
どうでしょうか?
ご指摘はまさに核心を突いています。
前回の回答が、あたかも「為政者が賢明な決断をすればすべてうまくいく」かのような理想論に見えたとすれば、それは私の説明不足です。
実際、最も頑強な障壁はまさに西太后を頂点とする保守派の利益構造と世界観でした。
では、いかにしてこの「保守派の壁」を突破するか。歴史シミュレーターとして、より政治力学に根ざした現実的なシナリオを提示します。
西太后の本質は、主義に殉じる頑迷な保守というより、「自己の権力維持」を最優先する冷徹な政治動物でした。
ゆえに、戊戌の政変のような反動は、「改革が自身の権力基盤を直接脅かす」と判断した時に発動されています。
よって、改革を成功させるには、改革を「彼女の権力を脅かすもの」ではなく、「彼女の権力を延命させる唯一の手段」として認識させる段階的工程が必要です。
康有為・梁啓超らの急進性(「大变、快变、全变」)は、西太后に「守旧派の一掃」という脅威を与えました。
西太后の抵抗は避けられない前提であり、彼女を打倒するのではなく、彼女の権力欲を改革のエンジンとして利用し、懐柔し、最終的に彼女自身を「立憲君主制の生みの親」として歴史に名を残させる——そのような冷徹な政治工学だけが、清朝の自発的改革を成功させる唯一の現実的な道だったでしょう。
でも現実は保守派が改革派を叩き潰してしまい、アヘン・アロー・日清戦争での敗北も西太后や保守派を動かせませんでした
これはいったいなぜだったのでしょうか?
非常に本質的な問いです。 私が先に示した「こうすれば改革できた」というシナリオは、言ってみれば“解答例”です。しかし、現実の歴史がその通りに進まなかったのには、いくつもの「解答を封じ込めた力学」が働いていました。
なぜ、戦争での敗北という強烈な危機ですら、西太后と保守派を動かせなかったのか。それは、彼らにとっての「自己保存の論理」が、国家存亡の論理よりもはるかに優先されたからです。もう少し深く分解してみましょう。
何か新しいことを始めるには、人材を入れ替え、予算の配分を変え、既存の規則を破壊する必要があります。これらはすべて、既得権益層が持つ「人事権」「財源」「解釈権」を奪う行為です。
つまり、「改革が成功すれば国は助かるが、まず自分たちが失脚する」という構造が、彼らにとっては「国家の滅亡」よりも切実な危機だったのです。
アヘン戦争もアロー戦争も、日清戦争も、紫禁城の奥深くにいる保守派にとって、それは「国家の崩壊」ではなく「辺境の騒擾」や「地方軍(湘軍・淮軍)の弱さ」として処理されました。
本当の意味で彼らが「死」を覚悟したのは、外国軍が紫禁城を占領した義和団事件(1900年)と、その10年後に新軍が寝返った辛亥革命だけです。しかしその時には、もう手遅れでした。
ここに「改革のパラドックス」があります。急進的な改革は保守派の猛反発を買いますが、漸進的な改革は既存の権力構造に吸収されて骨抜きにされます。
もし光緒帝、康有為、梁啓超、張之洞、そして袁世凱が一枚岩で西太后に当たれば、歴史は変わったかもしれません。
しかし現実は、康有為の「大变、快变、全变」というあまりに性急な戦略が、本来は味方になり得た張之洞のような重鎮や、軍の実力者・袁世凱までも「こいつらに付いていったら危険だ」と警戒させてしまいました。
西太后という強力な敵を倒すには、それ以上に強力な連合が必要ですが、清の末期にはその連合が決定的な瞬間に瓦解し、保守派に「まだ我々の方が強い」という誤った自信を与えてしまったのです。
まとめると、現実の歴史が動かなかったのは、為政者たちが「国家の利益」よりも「自己の生存確率」を優先した結果です
彼らにとって改革は、たとえ国全体の生存確率を100%から200%に上げるとしても、自分個人の生存確率を90%から50%に下げる行為でした。
男女の性欲および「堕ちる(性的に屈服・依存する)」ことへの価値観の差に関する分析は以下の通りです。
男女の性欲はその性質や社会的な現れ方に根本的な差があります。
「相手を性的に屈服させたい」あるいは「自分が堕ちたい」という欲求についても、男女で求める方向性が異なります。
「堕ちる」という現象が物語的な価値を持つためには、開始地点の高さ(位置エネルギー)が必要であるという議論がなされています。
相手に性的な価値のみを認められることへの受け止め方も対照的です。
総じて、男性は「肉体的な屈服(快感への敗北)」をファンタジーとして楽しむ傾向があるのに対し、女性は「精神的な執着(唯一無二の存在への依存)」に価値を置くという差が読み取れます。
円安でとにかく厳しい。
なにが原因でどうしたらいいのか?
Geminiと話した結果、日本もうダメでは????となった。
30後半だけど生き抜けるかなあ。
コンビニや飲食店は、もはや「低賃金で働く海外の方」がいなければ明日にも止まる状態です。
日本では「経験豊富なベテラン」がもてはやされますが、その知識の多くは「暗黙知」や「特定の組織内でのみ通用するルール」であり、グローバルで通用する標準化されたナレッジではありません。
日本のベンチャー企業の多くは、最初から「日本語の壁」に守られた国内市場だけを見ています。
- 100億円規模になれば「成功」とされる小さなコップの中の争いに終始しており、外貨を稼ぐ(=世界標準を握る)気概が構造的に欠落しています。
「日本独自の商習慣」という名の下に、外資や新しいプレイヤーを排除する文化が根強く残っています。
正直に申し上げれば、ITプロフェッショナルとして日々「合理化」や「自動化」を追求されている方から見て、日本の社会構造は「リファクタリング(再構築)不可能なスパゲッティコード」のように見えているのではないでしょうか。
この「外貨を稼ぐ土壌がない」という絶望的な状況を打破するには、もはや既存の企業の努力ではなく、全く別のルールで動く組織や、海外に拠点を置くプレイヤーが日本を「ハック」するような、外圧に近い変化しか道はないのかもしれません。
日本の二次元文化、特にBL(ボーイズラブ)文化と西洋の道徳観の対立については、近年、英語圏の「Woke(ウォーク)」界隈や宗教的な価値観との間で深刻な摩擦が生じています。
英語圏のWoke界隈では、「西洋のクィアメディアは道徳的に善であり、アジアのクィアメディア(BLなど)は道徳的に悪である」という認識が広まっています。彼らは、自分たちのコミュニティにおけるLGBTQ+表現の「道徳的神聖さ」を維持するために、アジアの表現を「不道徳」として攻撃し、自らの偏見を道徳的に正当化する傾向があると指摘されています。
日本のBL文化は、西洋の右派・左派双方から異なる理由で攻撃対象となっています。
日本の腐女子層は、左派(ゲイフレンドリーな層)を味方だと誤認しがちですが、実際には「未成年表現」を理由に激しい拒絶に遭っています。
この対立の背景には、「アジア人差別」や「オリエンタリズム」が根深く存在しているという指摘があります。
日本では「二次元(創作)」と「三次元(現実)」を明確に区別し、ゾーニング(区分け)さえされていれば表現は自由であるという考え方が一般的です。
しかし、西洋の道徳観(特に宗教的道徳観をOSとする思考)では、この区別が重視されません。彼らにとっては、創作物であっても未成年を性的に描くこと自体が「道徳的な悪」であり、現実の被害の多さから二次元を「架空のもの」として切り離して考えることが困難であるとされています。
こうした対立が表面化した象徴的な事例として、漫画『ガンバレ!中村くん!!』の作者が英語圏のユーザーから猛烈なバッシングを受け、アカウント削除に追い込まれた騒動が挙げられています。
また、こうした「外圧」はSNS上の批判に留まらず、クレジットカード決済の制限といった実害を伴う形でも日本の表現文化を脅かしており、日本側も単なる「内輪ノリ」では済まされない状況に直面しています。
ISM Code(国際安全管理コード)とISPS Code(国際船舶・港湾保安コード)
なんかやらかしたらISM Codeに沿ってあれこれ今後の改善案を考えるものなんだけど、
自分で書いてみると頭来てけっこう感情的な文になっちゃったんで、
Copilotくんに冷静にあくまでISM Code/ISPS Code基準でサマリーと改善案をだしてもらったら割とおもしろかったので共有してみる
なお、背景として自分がカッとなった主因でもある今朝の産経の記事を読み込ませた
一応大前提として、ISM CodeとISPS Codeは500トン以上の船に適用されるので、今回の抗議船は対象外
ただ、安全や保安にかかる理念や手法なんかは船の大きさにかかわらない話なので参考にはなると思う
政治的立場や主張の正否を一切評価せず、国際的に確立した海事安全・保安の枠組みから検討することを目的としている。
その中心に据えたのが、ISM Code(国際安全管理コード)と ISPS Code(国際船舶・港湾保安コード)である。
これらのコードの特徴は極めて明確だ。
「動機・善意・思想は一切考慮せず、構造と結果のみを評価する。」
ISM Code は、世界中の海難事故の分析を通じて確立された原則に基づく。
操船技量の問題よりも、天候判断の問題よりも、「無理な目標設定、撤退を許さない組織文化、安全を止められない構造」が主因である。
亡くなった船長について、報道では「抗議活動の中核的人物であり象徴的存在だった」とされている。
ISPS Code は、事故ではなく「人為的な脅威・対峙・緊張」を扱う。
ISPS の核心は次の一文に集約できる。
「善意を信じるな。行動と状況だけを見よ。」
抗議船が意図的に
• 社会的注目を集める
こと自体が、ISPS Code では「保安リスクの定義」そのものに該当する。
船舶の「注目度と緊張度はさらに上昇し」、Security Level は引き上げられる。
本件を質的に変えた最大の要素が、「抗議活動に無関係な修学旅行生の同乗」である。
産経新聞は、この同乗が
• 今回に限った例外ではなく
と報じた。
この一点で、本件は「活動家自身がリスクを選んだ事故」ではなく、
「リスクを判断・拒否できない第三者を structure として危険に組み込んだ事案」と転換される。
これは ISM Code 上、「単発事故ではなく反復的不適合(major non‑conformity)」 に該当する。
謝罪や哀悼と、「是正措置(Corrective Action)は別物である。」
後者が欠如している限り、再発防止は達成されたとは評価されないだろう。
本件は、国際基準に照らすと次の条件が同時に成立している。
この時点で、「主張の正当性・善意・教育目的は評価軸から完全に外れる。」
「守るべき人を、守れない船に乗せてはならない。」
以下は、「思想や立場に一切忖度せず」、 国際的に「最低限これがなければ失格」と評価される改善条件である。
最優先かつ絶対条件。抗議・対峙・近接を含む海上行動に未成年を同乗させない。
• 船長が直接連絡できる Designated Person Ashore を設置
• 接近距離の上限
• 即時離脱条件
成立しうるのは次の 3 つのみ。
これ未満は国際標準では不可。
これを受け入れられない活動は、
レイプモノのアニメ漫画ゲームAVが一時期全く見なくなった直接的な原因、レイプレイ事件は酷かったな
あれこそ外圧に屈した結果だったけど何が問題って海外展開してないゲームが何故か英国議会で問題視されて日本批判が強まったんだよな
そのきっかけになったのは英国のクソガキがレイプレイを違法ダウンロードしてそれが親にバレて議会に持ち込まれたって話
ここで問題なのは内容じゃなくてこの頃からゲームを割る、違法ダウンロードする文化があってこれを取り締まらずに何故か外圧に屈してそういうゲームを発売するなってなっててマジで頭おかしかったな
似たようなので監禁王子事件ってのがってこれのせいで一時期メイドモノ、監禁モノが販売禁止、自粛されてた事がある
例えば舞HiMEシリーズの二作目は舞乙HiMEだけど舞MAiDだったのは有名な話でこの事件のせいで自粛というか企画自体ポシャってしまった
当時放送中だったこれが私の御主人様もまた修正を余儀なくされてた。
こういうのもあった
鉈で同級生を殺害した事件ではスクールデイズ最終話が自粛、放送禁止となった、いわゆるNice boat.事件とかひぐらしのなく頃にやアイドルマスターゼノグラシアも一部内容変更を余儀なくされてた
何か事件が起きる度にアニメやゲーム、漫画が規制されるのってあれマジで何だったんだろ
https://jp.reuters.com/world/us/HKNST5NCDJP7BEZWBSN5273HMI-2026-03-31/
トランプは言うことが二転三転するのであやしいが、まずこれが最終的な判断だと仮定して。
負けるとはどういう意味かがもちろん大事で、前例を引くとベトナム戦争でアメリカは負けたとされている。これはおそらく一般的な認識。
なぜ、これが負けたとされるかというと、目的を達する前に撤退したからだと思う。これは俺の認識とAIの回答。
俺は別に軍事や外交の素養があるわけではないので、目的を達することなく自軍を引くのは敗戦、という捉え方が正しいのか確実には知らない。
ちなみにベトナム戦争におけるアメリカ軍の目的は北ベトナムによる南ベトナムの統一と社会主義の拡大を防ぐためで、アメリカはこれに失敗してベトナムは社会主義国として統合され、アメリカは他国への公然の軍事作戦を通じて目的を達成できなかったので負けたと言える、と思っている。
話を戻すと、イラン戦争でアメリカが記事通り「作戦を終了」したとして、どういう場合だと負けたと言えるのか? 俺はものごとの見方を理解してないので、単純に「こうなったらこうなのか」を知りたい。
まず俺の定義に沿ってよければ、アメリカが目的を達成できたかできなかったがポイントだと思う。
そもそも何が目的だったかというと(正直ニュースを見ていても全然何がしたいのかよくわからないのでつぎ合わせだが)、
②国内の人権弾圧を背景とする現政府の弱体化(のための要人殺害)
…ということのようだ。
どうしても、イスラエルがからんでいるのでややこしくて、イスラエルの目的はまた別にあるかもしれないし、アメリカが軍を引こうと「イスラエルの戦争」は続くのかもしれないし、変な話、イスラエルの戦争さえ続くなら兵を撤退させようとアメリカもまだ負けない(もしくは負けることさえできない)のかもしれないが、ややこしいのでイスラエルは傍に置く。
で、①について言えば核施設を攻撃しているので、それらがちゃんと?機能停止しており、兵器開発につながりそうな施設が沈黙しているならアメリカは①の目的を達している。逆に、もし破壊し尽くせていないなら達していない。
次に②について言うと、イラン最高指導者のハメネイは死亡しており、この損失も含め、イラン政府が政治をあらためることが見込めるなら②の目的を達しているし、見込めないなら達していない。ただ、
https://www.cnn.co.jp/world/35245781.html
を見るに、イラン政府はまだやる気に見える(誇張されたアナウンスかもしれないが)。
整理すると、「国内の核施設が兵器開発に利用できないレベルまで損傷しており」「政府が外圧をふまえて国政を修正することが見込める」ならアメリカは俺定義の敗戦をまぬがれるが、どちらかを達成できていない限り、そして、本当にアメリカがここで撤退するなら、アメリカは負けたと言えるように思う(もちろん、実際のダメージもアメリカが帰るかも、現時点ではまだわからないが)。どうだろうか。
https://note.cloudnative.co.jp/n/ndee08b72db63
内容は一理あるが散々人を小馬鹿にして終わってしまっている本人の文章力と思考能力に問題があるからダメ
現実的に安全に運用することが非常に難しい判明した以上、VPNやめて新しい技術に移行しよう、だろう
代わりに勧めているゼロトラストだって銀の弾丸じゃない、今はそれでいいが色々なところで広まったら弊害が必ず出てくる
IDやパスワードの使い回し、IDカードの貸し借りでもされたら即アウト
そうなった時にも対処できるように、設備投資のように一つ対策入れたら安心!じゃなくて、継続的に監視アップデートしろっていう経営の仕組みの抜本的な改善を経営者につきつけろって話に帰結する
しかし保険に対して過剰に見える金かけたい経営者はいないし奴らは痛い目にあわないと理解する気はない
俺だって今時こんな防御かと失望する企業にいるが奴らはマジで現状維持する以上の予算と工数は出さない、どころか削ってくる
んで痛い目みて初めて「どうなってんだよ」と喚き出して無意味な対策ばかりが増えてげんなりする
【はじめに】
本稿は、現代日本政治を一つの均衡状態として捉え、その内的論理を記述する試みに過ぎない。ここで描かれた「歪なリヴァイアサン」は、不正義でも愚鈍でもなく、ただ与えられた条件の下で最も合理的に振る舞っている存在である。
しかし、合理性は永続性を保証しない。均衡とは、あくまで外乱が加わらない限りにおいて成立する一時的な静止点に過ぎない。経済の衰弱、国際秩序の変動、技術による媒介構造の変化——いずれも、このキメラの前提条件を静かに、しかし確実に侵食している。
本稿の目的は、このシステムを擁護することでも、告発することでもない。ただ一つ、「なぜ変わらないのか」という問いを、「変わらないこと自体が合理的である状況」として再定義することである。
もし将来、日本政治がこの枠組みから逸脱するとすれば、そのとき我々は初めて「変化が起きた」のではなく、「変化を許す条件が整った」のだと理解すべきだろう。
日本政治を観察する際、我々は常に強烈な「違和感」に襲われる。
表面的には米国流の民主憲法を掲げながら、そのOS(オペレーティングシステム)はプロイセン流の官僚機構であり、さらにその深層では江戸時代の村落論理が駆動しているからだ。
「自民党一強」や「官僚内閣制」、「対米従属」といった既存の単一的な理論では、この怪物を説明しきれない。
本稿では、現代日本という政治システムを、「幕府の遺風(骨格)」、「明治の遺老(神経)」、「米国の遺産(皮膚)」という、本来互換性のない三つの要素が無理やり縫合され た「キメラ(合成獣)」として定義し、その構造的欠陥と強靭さを分析する。
日本政治の基層にあるのは、民主主義ではなく「封建制」である。
自民党は近代政党ではない。それは「現代の大名連合体」である。
派閥という名の「藩」:政治家にとっての忠誠対象は、国家よりも党、党よりも「派閥(オヤジ)」にある。
世襲という正統性:地盤・看板・鞄(カバン)の世襲は、まさに江戸時代の家督相続そのものであり、システム維持のコストを最小化するための合理的装置だ。
「根回し」の合意形成:国会審議は儀式に過ぎない。真の意思決定は、料亭や密室での「根回し」によって行われる。これは内戦を避けるための「封建的コンセンサス」の知恵である。
この層は、システムにおける「利益配分」と「動員」を司っている。
政治家が舞台上で演じる役者だとすれば、脚本を書き、演出するのは霞が関の官僚群である。彼らは明治維新以来の「指導的行政」の継承者だ。
無責任の体系:大臣は頻繁に交代するが、次官や局長は居座る。実質的な立法権と、法の「解釈権」は彼らが独占している。
解釈権という主権:法文そのものに意味はない。内閣法制局がいかに「解釈」するかが全てだ。これは一種の「神学政治」であり、官僚は唯一の解釈権を持つ神官である。
この層は、システムの「運用(オペレーション)」と「リスク回避」を司っている。
戦後、外から移植されたこの異質な器官は、平和憲法や日米安保として具現化している。
征夷大将軍としての米国:構造的に見れば、ワシントンは現代の「将軍」である。平時は大名(日本政府)の内政に干渉しないが、外交・安保という存立に関わる部分では最終裁定権を持つ。
「結界」としての憲法九条:保守派にとっての憲法は、足枷であると同時に、米国の過度な軍事冒険に巻き込まれないための「免罪符(盾)」としても機能してきた。
この層は、システムの「外部安全保障」と「国際的正統性」を保証している。
この三層構造は、絶妙なナッシュ均衡によって維持されている。この均衡を無自覚に破壊しようとした者がどうなるか。歴史が証明している。
小泉氏は「自民党をぶっ壊す」と叫び、ポピュリズム(米国層の力)を借りて、自らの足場である「幕府層(派閥・郵便・土建)」を攻撃した。
結果、自民党という組織は「骨粗鬆症」に陥った。彼が去った後、求心力を失った自民党があっけなく下野したのは必然であった。
2009年の政権交代は、システムに対する致命的な挑戦であった。民主党は「幕府・明治・米国」のすべてを同時に敵に回してしまったのだ。
対「明治層」戦争:「政治主導」を掲げ、官僚機構を敵視した結果、サボタージュに遭い、行政機能が麻痺した。
対「米国層」戦争:普天間基地問題で「将軍」の逆鱗に触れ、鳩山政権は崩壊した。
(党内に派閥がなければ奇妙なことが起き、党外に野党がなければ独裁に陥る)。
自民党における派閥は、疑似的な政権交代機能(自浄作用)を果たしていた。しかし、「党内無派閥」を理想とした民主党は、内部対立を調整する「封建的知恵」を持たず、内ゲバで自壊した。
民主党の敗北は、無能だったからではない。日本の「国体(システム)」に対する免疫拒絶反応だったのである。
なぜ安倍晋三(第二次政権)は、憲政史上最長の安定政権を築くことができたのか。
それは彼が、小泉流の「破壊」も民主党流の「理想」も捨て、システム構造のハッキングに成功したからだ。
彼は「三層の矛盾」を解消するのではなく、「三層すべてを掌握する」ことで、この奇妙なキメラを飼い慣らしたのである。
民主党は官僚と「闘った」が、安倍政権は官僚を「飼い慣らした」。
その決定的な武器が、2014年に設置された「内閣人事局」である。
霞が関のエリートたちの人事権を官邸が一元管理することで、官僚たちは「抵抗者」から、官邸の意向を過剰に読み取る(忖度する)「優秀な参謀」へと変質した。
これにより、明治以来の「官僚の自律性」は去勢され、行政機構は完全に安倍一強体制の手足となった。
安倍氏は、対米自立を掲げるのではなく、逆説的に「対米従属を極める」ことで政権のフリーハンドを得た。
2015年の安保法制(集団的自衛権の行使容認)は、憲法解釈の限界を突破するものであったが、これは「将軍(米国)」に対する最大の忠誠の証であった。
将軍の信任を得た大名は、国内で多少強引な振る舞いをしても、外圧によって倒されることはない。彼は「外堀」を米国に守らせることで、内政に専念したのである。
「機動的な財政出動」と称されたアベノミクスは、経済政策であると同時に、高度な「封建的再分配システム」であった。
異次元緩和によって溢れ出したマネーは、株高を演出し、企業(経団連)を潤し、公共事業を通じて地方組織(農村・建設)を潤した。
かつて小泉氏が断ち切った「カネのパイプ」を復旧させることで、派閥政治の不満を封じ込め、党内の求心力を盤石なものにした。
それは、人事権で官僚を縛り(明治)、安保で米国を縛り(米国)、カネで派閥を縛る(幕府)という、「三層の完全縫合」に成功した、極めて洗練された「復古政権」であった。
日本という「歪なリヴァイアサン」は、内部からの革命では死なない。
「党外に党なし」――強力な野党が存在しないのではなく、安倍政権が完成させたこのシステムが、野党(代替案)の存在を必要としないほど強固な「安定」を提供してしまったからである。
このキメラが倒れる時があるとすれば、それは内部崩壊ではなく、宿主である経済が死ぬか、将軍(米国)が去るか、そのどちらかであろう。
これからはキミたちには法的な責任、納税の責任、そして人生の責任が、がっつり肩にのしかかってきます。
希望? まあ、ある人にはあるでしょう。でも、黙っているだけで勝手に明るい未来が降ってくる時代ではありません。
「一刻も早く、海外へ出なさい」。
「この国は大丈夫」「なんとかなる」と、偉い人たちは甘い言葉をささやきます。
でも、それを真に受けて動かない若者が増えるほど、彼らは楽になります。
言い換えると、あなたの時間と労力は、じわじわ“固定化”されていきます。
経済は厳しい。社会は窮屈になり、負担は増え、余裕は減っていく。
そして、あなたが生まれて二十歳になるまでがあっという間だったように、二十歳のあなたが四十になるのもあっという間です。
体力も、知力も、加齢とともに衰えます。
「自分だけは例外で、歳を取らない」——そう思いたい気持ちは分かる。でも、残酷ですが、例外はありません。
あなたが今、嫌悪している“無知で無責任で怠惰な年配者”に、あなたもなります。
動けるうちに、海外を見ろ。
一年様子見しているうちに、胆力も行動力も、少しずつ削られます。
好きな人ができたり、守るものができたり、「離れられない理由」は勝手に増えていく。
その前に、さっさと外へ出なさい。
なぜ、この国は斜陽し続けるのか。
社会の慣性、空気、同調圧力、リスク回避、責任回避。そういう“国全体の体質”が、変化を拒み続ける。
全員振り袖、同じ化粧、髪型、話し方、それがまさに日本です。変わろうとする異端者は排除されだけ
国民性や民族性みたいな大きな括りで語るのは乱暴だと分かっています。
ただ、それでも言います。
ところが日本は、歴史的に“運の良い局面”が何度かあって、その運に最適化してきた。
……なぁ?
逃げるのが正解だ。
ちょいと良い大学を出て、ちょいと良い会社に就職しても、同じ能力を海外で使えば、所得も生活も上がる可能性が高い。
君は二十歳になった。
逃げるチャンスはある。
男同士でボールを回しあって女には回さないというゲームに参加するようなものだった
そして取りに行ってもボールを回してもらえない、回させてもらえない女を見てニヤニヤしながらこれだから女は~と男がいっている
そこでのボール回しに女が参加するには、権力者男性に媚び、夫をはじめ男の世話をしています!鑑賞物として女らしい装飾をし、旧来の女の仕事をやりながら他の仕事もしますのでお願いします、何かあったときにはスケープゴードになります、という姿勢を見せてこなければいけなかった
いまでもその傾向は中小になればなるほどある
太平洋戦争~第二次世界大戦の敗戦は、日露戦争の成功体験に酔って世界のアップデートについていけなかったことが大きな要因
優秀な人材を女性だからとはじき出してボーイズクラブのゲームをしているうちに、世界から零れ落ち衰退していく