はてなキーワード: リズと青い鳥とは
アマプラと違ってdアニメは解約すると視聴履歴や設定なども消えるので、これ見たよって記録を残しておきたいと思った。
これを見るためにdアニメに入った。アマプラとネトフリにはなかったからね。
殺人事件の推理みたいなのは一部あるが殺人事件が起きるわけではない、日常系ミステリー。
知らんがなといった些末なことを推理することもあるし、自作自演で謎を作ったりもする。
「氷菓」部分は最初の5話だけ。1話完結のものと、「氷菓」のように数回にまたがる話が混在する。
絵に後の「響け!ユーフォニアム」や「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」っぽさがある。同じ制作会社だとキャラクターデザインや作画監督が違っても似てくるものだろうか?
ミステリー、登場人物が皆賢いかミステリーに詳しい。本心を隠すように芝居がかった喋り方をしがち。ミステリー読まんから知らんけど。
ラノベ、やれやれ系主人公があれこれ考えを巡らせがち。ラノベも読まんから知らんけど。
中の人的には奉太郎とえるは「ファイアーエムブレムif」のリョウマとカムイだな。えるは独り言まで丁寧語というのもカムイと共通している。
前期のEDに草。なんでヒロイン2人が宇宙のような空間に浮いている謎のオブジェの上で、寝間着姿?でまどろんでいるのか。
見ることができてよかった。原作がまだ完結していないらしいけどアニメの続編は作られないんだろうか?
アニメ制作がテーマの作品だからアニメ化に非常に向いていると思う。
アニメを作るというと絵を描く方向に行くものだが、高校生の身で金森氏のようなプロデューサー的な役割を徹底できる人間は稀有だよなあ。
変なOP。売れ線とは違う画風。テーマがアニメ制作という真面目さ(なお主人公達は学校を騙してアニメ制作を行い収益も得る)。これはNHKアニメっぽい。知らんけど。
これも大ヒットしたので一度は見ないといけないのかなあと思っていた作品。
正直この作品のすごさがわからなかった。私の感性が悪いんだと思う。
フレンズが人型でありながら動物準拠のことしかできない設定を忠実に守っている、とか?
少人数で作ったからとか?
ラストバトルでフレンズが集合するのもグレンラガンみたいにありきたりだなあと何か冷めてしまった。
美少女キャラ(少女ではない)がリアルな画風の仕事アニメに転生した件。な感じ。
時々美少女アニメの文法が顔を出す。エンゼル体操や「どんどんドーナツ」の掛け声など。美少女アニメはほとんど見ないから知らんけど。
アニメを見て物事を完全に理解するのは危険だが、これ以降に見るアニメのスタッフロールの解像度は上がった。
作画監督の人あんな感じの仕事をしているのかな〜などと思いを馳せるようになった。
メインキャラ5人の一部より木下監督や本田の方が出番が多く表面積がありキャラと印象が強い。
矢野、髪の色と声と頼れる先輩部分が「響け!ユーフォニアム」の吉川優子だった。
期待よりずっと面白かった。当時はてなでも話題になっていただけのことはある。
こういうネームドキャラが大勢登場する作品を好きになることが多い。
劇場版だけアマプラにあったので、SHIROBAKO見たさに見たことがあった。
キャラをすでに知っていると楽しさが全然違う。そういう意味でTVアニメ版を見ているのが前提ではあったように思う。
昔見た内容は部分的に覚えていた。
「変な話〜の人の会社に2人で殴り込みに行くとき、もう1人は誰だっけ?興津さん?」みたいな。
(殴り込み先は「変な話」茶沢ではなく、今作では茶沢は「変な話ナイスショッ」のセリフ1つだけ)
最初に車のシーンから始まるのも覚えていたけど、乗っているのが宮森だと思ったら記憶違いだった。記憶ってあてにならんね。
金髪ツインテやゴスロリの社会人がいる世界なんだ、と思ったのは覚えている。
新キャラの宮井、あまり活躍していない気がする。外部のプロデューサーで制作側ではないしほとんどのシーンで表面積の大きい上司と一緒についてきているからか?
急に歌うミュージカルは嫌いではないよ。今まで携わったアニメのキャラ達やアンデスチャッキーがエンゼル体操などをしながら背中を押してくれるってシーンだからね。
野亀先生、作品をエロアニメにされがち。そうさせる何かが野亀作品にあるのだろうか? そのエロアニメの監督が、TVアニメ版で演出として雑な仕事をして指摘されると逆ギレして勝手に降板したスタジオタイタニックの薬師寺笊良(ざるよし…?)じゃないか。出世したなあ。
最後の「真・第三飛行少女隊」の文字の意味もTVアニメを見ていないとわからないことであった。
月は頭はいいのに変にプライドが高く自己顕示欲が強いから破滅したね。
隠れることに余念がない吉良吉影も杜王町から出ていくのは負けを認めるようで嫌だと変にこだわったから身を滅ぼした。
李牧、怪しさしかない外見で交戦中の敵将に数騎でスマートに近づいて暗殺とかできるのかよ。言っといてやできるんやったら。
少数の飛信隊が馮忌を討ち取るときはもう少し人数を要したし馮忌のところにたどり着くまで必死だったぞ。飛信隊もあのとき敵陣の中で長く戦った割には死んでいないけど。
キングダム、最終回っぽくないことが結構ある。あれ、次回は?っていう。
いきものがかりのOPは血みどろの戦争がテーマのキングダムとは相性が悪いと思う。
「疾(はし)れ 疾れ とまらないで 踊れ 踊れ 夢の果てで」と歌っている間敵兵を斬りまくって血飛沫を上げている。
ちょうど「ザ・ロイヤルファミリー」放送中のタイムリーな時期であった。
馬を見にきたのに、人間の下ネタや魅力を感じないヒロインやこの画風のセクハラ描写などを序盤10話近く見せられて「人はええ。馬はどうなんや」という心境だった。
人間キャラの多くがアニオリだというので、よくもやってくれたなと。下ネタがそれほどなく真面目な飯富先生は好感が持てた。
睨み合いや同じカットを何度も繰り返すなど、尺稼ぎが目に付く。総集編もある。悠長だよな。放送枠に余裕がありすぎる昔のアニメだからか?
競馬アニメだから、「SHIROBAKO」で苦労していた馬の走りをずっと描き続けるわけだな。カスケードやツァビデルのような特殊なフォームの走りもある。
マキバオーは競走馬デビューしてからは熱血漢に成長し、血気盛んなライバル達も増えて正当派ジャンプ作品っぽくなってきた。修行回もマキバオーがこれで強くなるのだなあと思うと楽しめた。
有馬記念のゴール前のカスケードの幻影を追いかけるシーンでは、いつもの語尾の「のね」が封印されてマキバオーが精悍さが強調されている。
レースシーンが実際より長すぎるのは仕方がない。現実に準拠すると1600mのレースが1分半で終わってしまう。その1分半〜3分を2、3話かけて語ることになる。
フジテレビの競馬実況アナウンサーも「レース長いな……」と思いながら実況していたのではないかと想像する。
坂も高低差200mはありそうな坂をずっと登り続ける形になっていた。そりゃあ心臓破りでしょ。
今回は1期のLive2Dで作った歌い手のMVのようなOPではなかった。
世界ジュニアオーケストラ編で青野と佐伯のみが勝ち進んで他のキャラは脱落するものかと思いきや、案外小桜も山田も、顔も名前も知らない海幕オケ部の他のパートメンバーも生き残っている。海幕が全国一のオケ部とはいえ普通の高校の部活だから、音楽系の学校の生徒達が集まる場だと厳しいだろうと思っていた。
敦美先輩、OPで見たときの印象と違って腰が低かった。世界ジュニアオーケストラのメンバーからも外されるし。「君も来いよ。こちら側へ」と上から言う感じのキャラに見えた。髪型がおかっぱの男子なんてどう見ても只者じゃない。
土曜の夕方はいつも用事がありリアタイはしないので配信で見る。
開始はラストバトルの途中から。前回が俺達の戦いはこれからだって感じで終わったから。
OPの「THE REVO」は1期OP「THE DAY」と同じく「THE DAY HAS COME」の歌詞で終わる。
アニメのEDってあまり動きのないイメージ映像であることが多いけど、今回は1期からこれまでの出来事の描き下ろし高速ダイジェストになっていて見応えあり。サビに入るところが「未成年の主張」と重なっていていつも涙腺にくる。ついに完結するんだなあって感じ。
憧れのオールマイトから壊れたサポートアイテムをもらったときの爆豪の笑顔、いいよねえ。こんな笑顔はこれまで劇中では見せなかったと思う。あるとすれば子供の頃ぐらいか。
原作の431話はなかった。円盤の特典にでもなるのかなと思っていたのだが、これアニメが放送されるみたいだな。「2026年5月2日(土)夕方5:30読売テレビ・日本テレビ系全国29局ネット」で放送だって。
ネトフリからdアニメに移行する直前に、dアニメにない「ハイスコアガール」と「ピンポン」のどちらかだけを見ることにして「ハイスコアガール」を選んだのだが、結局どちらも後日dアニメで再配信されていた。
画風が癖強だった。実写映画はだいぶアクを抜いてスタイリッシュになっていたんだな。
実写映画ではやらなかったペコVSスマイルの決勝のシーンがある。
ペコの卓球が曲芸みたいに自由すぎて気持ちがいいけど、実際これぐらい動ければ世界で戦えるものなんだろうか?
見るものがなくなったらこれを見ようかと思っていた。170話はヒロアカ全部と大体同じくらいの分量。
持たざる者が特殊な力を得て、持てる者達の世界で活躍するという話はヒロアカと共通する。また、使える魔法の属性は1人につき基本的に1つだけという、能力者ものである点もヒロアカと似ているので、ヒロアカを楽しめた人はこの作品もおすすめです、かどうかは知らん。
世界観はファンタジーでありながらヤンキーや合コンという概念があるなど結構ライト。きっとハンバーグもあるんじゃないかと思う。
魔力量がヒエラルキーに直結、悪魔や精霊の力を自身に宿して強化、人命などの代償を払うと使える禁断の魔法、非人道的な方法で作られる隣の侵略国家の強化人間、北の寒冷地の悪の国家など、ファンタジー作品にありきたりな設定が多い。
主人公アスタはジャンプによくいる努力と根性マン。修行の後のイメチェンでは筋肉量が増す。
天才・イケメン・クールのライバルのユノが遥かに先を行く存在かと思えばアスタも負けておらず、意外とライバルしてくれているし共闘もする。
どちらも本気モードで翼が現れ剣で戦うようになるから見た目でも対になる。
ヤミ団長、黒髪で無精髭を生やして目つきが悪いのがヒロアカのイレ先と似ているなと思ったら声まで一緒だった。
ノエル、登場シーンの多くでツンデレをやり続ける。王族であることをアピールし続ける。「ベ、別に」と「私は王族よ」でできている。日本3大銀髪ツインテの3人目候補。
原作に戻らなければならないのでアニオリでは大きく話を動かせず日常系か当たり障りのない結果になりがち。
総集編も多い。2話連続で総集編をやるところはさすがに飛ばしてしまったよ。
アバンタイトルの30〜40秒が毎回お決まりのやつで、そこからさらに前回の回想が入るので、これも毎回スキップしていた。
重要なバトル回、1期OPの「ハルカミライ」を挿入歌に使いがち。
天元様のプレゼン助かる。原作をまだ読み返していないので雰囲気で読み進めていた部分はある。
アニメっぽくない表現手法がXで叩かれていて意外だなあと思った。「映画やりたければアニメ呪術廻戦ではなく映画でやれ」など。
通しで見るのも悪くなかったかもしれない。
親戚の世話のために人生を捧げることは十分あり得るのに、そこに恋愛感情を差し挟むことは必要だろうか?
少女漫画だから恋愛しなければならないのか。少年漫画のバトルのように、恋愛するのに理由はいらないのか。
「Time Flows Ever Onward」のアレンジが増えている。
作品の雰囲気は静かなのに時間は早く流れるから、勇者ヒンメルの死から29年が30年になってしまった。
やはり「Dragon Smasher」はアガる。
Xのインプレゾンビが人を騙すために言葉を操るフリーレンの魔族に例えられていたことがあったが、空虚さはそのままにAIで日本人の会話っぽさに磨きをかけたインプレゾンビが最近クソウザかったからか、今回は逆に魔族がインプレゾンビのように見えた。
少年少女が出会い、バンドを組んで、ちょっと悩んでいたり家族に隠し事があったりしたけど家族に話してみたら普通に受け入れられて、オリジナル曲でライブをやって盛り上がった。以上。
これで言い表せそうなほど平坦に感じた。
監督山田尚子だから奥深い何かが隠されているのか? 私にはそれは読み取れなかった。バトル作品ばかり見ているから多くを明示しない作品や少女漫画の繊細な表現が読み取れなくなるんだ。
音楽は毎度おなじみ牛尾憲輔。「ピンポン」、「聲の形」、「リズと青い鳥」、「サイダーのように言葉が湧き上がる」でも聞けるあの感じの音楽。
75話は「DEATH NOTE」や「みどりのマキバオー」より長い。1期だけ見て時間切れ。
内容はジャンプ連載アニメ化RTAだが、努力、友情、勝利の三本柱はやはりジャンプ作品。
「きみの色」も「バクマン。」も吉田玲子。「SHIROBAKO」にも関わっていたらしい。他に「猫の恩返し」、「聲の形」、「リズと青い鳥」、「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」、「ブルーピリオド」、「平家物語」など、気づけば吉田玲子作品ばかり見ていることになる。
dアニメは、TVアニメなら昭和時代のものまでだいたいある感じだがアニメ映画はあまり強くない。アニメ映画はアマプラやネトフリの方がまだ見られる可能性がある。
dアニメに独占配信ってあるのかな?と思ったらちょうど「SHIROBAKO」の劇中劇がdアニメ独占配信らしい。劇中劇にはあまり興味はなかった。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/b.hatena.ne.jp/entry/4776267022707131713/comment/filinion
「ぼざろはいいアニメだったなぁ」と思っていたら、後から「ぼざろはフェミニストがポリコレで作った駄作だったと判明!」みたいなのやめて欲しい。
上京してきたら雑踏で誰かと肩がぶつかった、とする。
別に大して痛いわけじゃないし、雑踏で肩がぶつかるのは不可抗力みたいなもんだから仕方ないよね、気にしないで東京を楽しもう、あー東京は色んな美術館や百貨店が立ち並んでて良い街だったなぁ!
……と思っていた1年後くらいに、肩をぶつけてきた人が「キモオタがいたから肩ぶつけてやったwww」とか吹聴してるのを見つけちゃったらもう許せないじゃん?
最高の東京体験が一瞬で「ぶつかりおじさんに加害された経験」に塗り替わるじゃん?
でも別に美術館や百貨店がダメとかそういう話はしてないじゃん?
少なくとも自分は『ぼっち・ざ・ろっく』の吉田恵里香氏問題についてはそういう感じなので、「でもお前らは放映時に騒いでなかったじゃん」という揶揄は筋違いなんよね。悪意があったとわかった以上は些細な事柄であったとしてももう許せないっていう話。
基本的に、オタクはというと主語でかすぎになるので、増田は原作改変が嫌いだ。『図書館戦争 革命のつばさ』はスタッフロールが始まった瞬間から現在まで一貫して「駄作」と断じて年に1度は悪口を言うことにしているし、最近原作を読み返したので『アリソンとリリア』はやっぱりクソアニメだなカルタゴ滅ぶべしっていう気持ちを新たにしたし、『響け!ユーフォニアム3』での一番大事な局面での原作改変にはブチギレて思わず呪いの言葉を制作陣に叩きつけたし(そもそも『リズと青い鳥』とかも原作とちーがーうーだーろー違うだろッッッって文句言いまくってた)、『はねバド!』のコニーちゃんの扱いが許せずにアニメは途中で見るのやめたし、『とある科学の超電磁砲』での佐天さんの扱いにはマジで未だに納得いってないし美琴の決め台詞もそこを改変されたらメッセージの意味が違ってくるでしょってなるし、今期ドラマの『ザ・ロイヤルファミリー』も1話が面白かったので原作読んでみたら「全然違うじゃねーか!」となってしまった(まあ前クールにやってた『19番目のカルテ』が無駄に原作にあるはずもない主人公からの生体肝移植とかいうありえないクソ原作レイプ展開だったからその後釜がそうなるのもやむなしか)。
しかし原作改変にも軽重というものがあり、入浴シーンで水着を着せたなんていうのは奇妙ではあるが(家風呂に入るとき、わざわざ水着着るか? ぼっちちゃんって着るようなキャラか? まあ「着るようなキャラだろ」と言われたら何も言えねえ……)さほど重要なシーンではなく、このくらいなら宥恕できる範囲ではある。JKの裸ということでTV局側に何やらコードがあるのやもしれず、そうなったら制作陣も原作改変を強要された被害者であるということになる。だから放映時には別に騒ぐ必要性を感じていなかった。
ところが吉田恵里香氏の発言である。彼女がそれなりに規範的な主張(「未成年を性的消費してはいけない」的な)を掲げている以上、単に「えーパンチラってなんか気が散るんですよねー」レベルの話ではなく、美少女ものというジャンルそのものに倫理的問題が内在していると彼女が考えていると外野が推測することに無理はなかろうと思われる。たとえアニメであっても未成年の性的消費はいけません的な発言は、そのまま敷衍したら直球で美少女ものというジャンルの破壊もしくは大幅な制限に行き着くわけで(「牛さんを殺して食べるなんて可哀想」っていう主張は普通に豚や鶏を食うのもNGってことに繋がるよね?)、本人としては素朴な正義感のつもりであって悪意ではないのかもしれないけどオタクとしては悪意に満ち満ちていると評価せざるを得ず(「ゴキブリを駆除しよう!」っていう正義感はゴキちゃんサイドから見たら悪意だよな)、そうなると「悪意に基づいて原作改変をした」という結論になるわけだから、もう無理ですよね。
いやまあ、倫理ではなく美学の話としては公式がばら撒いてんじゃねえよという主張もよくわかるんだけど(個人的にはチラリズムの方が興奮するので。でもそれも人それぞれで、モロダシの方が良いっていう人も間違っているわけじゃないよね。好みの違い。増田は『ストライクウィッチーズ』も好きやで)、倫理の話にされちゃうともう乗れないし、オリジナル作品でやるならともかく原作付き作品でやられちゃうとね……
あ、だからって降板署名は間違ってると思う。それはあかん。フェミとやってること同じじゃん。フェミと同列に堕ちてしまってはいけない。まあ、ろくに署名が集まらなかったらしいから泡沫愉快犯と片付けてもよいのかもしれないけど……
クソアニメ愛好家の一角である。これまで約50本のクソアニメを観てきて、Amazonでレビューを残している。
あなたはクソアニメをご存じだろうか。辞書的な定義だと、pixiv百科事典が参考になる。
クソアニメとは出来がクソでつまらないアニメという意味の言葉。
具体的(?)な例としては
・作画や声優の演技など作品そのものの基本的なクオリティが低い
こんなところである。
今回はクソアニメを紹介するのだが、真の意味でのそれは1本に留めている。クソアニメと言っても色々ある。その多くは「製作を頑張ったけど"届かなかった"もの」である。当然だが、アニメの作り手の方々はマジでやってる。本気で創作してるのだ。クソアニメという蔑称を付けて紹介するのは気が引ける。
だから今回、真の意味でのクソアニメというのは……製作委員会が圧倒的にやる気不足、実力不足、資源不足でそうなってしまったものだ。先に言っておくが『ジビエート』を選んだ。
それ以外は、ちょっと惜しかったものや、ダメダメなんだけど作り手の本気がうかがえるものを紹介する。なお、昔のクソアニメは知ってる人が多いので、できるだけ近年のものを選んでいる。文字数は各千字程度とする。
紹介するのは各部門(①作画、②脚本、③努力、④悲運、⑤神クソアニメ)5つ。では、早速いってみよう。極力ネタバレはせずに、フワッとした紹介にする。
すべてが「事故」だった。作画崩壊を超えたナニカである。正式タイトルは『DYNAMIC CHORD』。通称ダイナー。
こちらは、多くの視聴者に衝撃を与え、そして困惑と爆笑の渦に叩き込んだ伝説的な作品である。ニコニコ動画では「観る抗うつ剤」と言われる(表記ゆれあり)。原作ゲームのファンからは嘆きの声だったが、一部の視聴者からはカルト的な人気を得ている。
誰もが指摘せずにはいられないのが、その圧倒的な作画崩壊。キャラクターの顔は話ごとに変わるし、遠景の人物はもはや判別不能なまでに歪み、時には背景と人物が完全に融合するシュールな光景が繰り広げられる。制作現場はおそらく「ダイナミック」だったのだろう。
点字ブロックが障碍者を殺しにきているなど、もはや意図を読み取ることすら困難な描写の数々。「崩壊」というよりは、むしろ「フリーダム」と呼ぶべき領域に達している。2017年当時のニコ動視聴者の腹筋を崩壊させた。
ライブシーンでの楽器の持ち方の不自然さや、指の動きと音源の乖離も音楽アニメとしては致命的でありながら、この作品の「味」となっていた。
ストーリーもまた、視聴者を置いてきぼりにする展開の連続である。バンド間の人間模様や恋愛、葛藤を描くはずが――脈絡のない会話、唐突な出来事の発生、意味不明なセリフの応酬により、物語の核を掴むことが難しい。『ヒプノシスマイク』が如何に優良アニメであるかを思い知らされる。
結論としては……『DYNAMIC CHORD』は、アニメ制作におけるあらゆる「やってはいけないこと」を詰め込んだ作品だった。だが、その圧倒的な完成度の低さ、あるいは高すぎる芸術性が、皮肉にも多くの人々の記憶に残り、「伝説」となった。
真面目に評価すれば低評価しかないが、ここまで振り切れた作品はほかにない。「見て損はない」と言えるのかも。あなたが「クソアニメ」の概念を理解したいなら、ぜひ。
視聴にあたっては、ニコ動を推奨する。やはりコメント付きだと違う。あにこ便もチェックしてみよう。
なお、似たような系統としては、『俺が好きなのは妹だけど妹じゃない』が挙げられる。こちらも作画崩壊アニメだが、ダイナミックコードに比べると製作陣の本気がうかがえる。OP映像は最初こそ未完成だが、後半になるとすっかり完成して、ある種の感動を覚える。『BEATLESS』『出会って5秒でバトル』も同等といえる。
虚無の時間を知りたいなら視聴をおススメする。2020年、コロナ禍で混沌とする世の中において、ひときわ異彩(異臭)を放っていたアニメ。それが『ジビエート』だ。
「クソアニメ」という言葉では生ぬるい、もはや「アニメの屍」と呼ぶべきその惨状は、多くの視聴者の度肝を抜き、忘れられない記憶として刻まれた。制作陣の豪華さとは裏腹に、なぜ本作はこれほどまでに語り草となる「伝説」を築き上げてしまったのか。
まず目を引いたのは、柿原徹也、藤井ゆきよ、東地宏樹、池田秀一といった錚々たる声優陣。OP曲は演奏のみのオフボーカル(吉田兄弟)、ED曲は大黒摩季。まさに一流。
誠に遺憾ながら、彼らがどれだけ熱演しようとも、意味不明なセリフ回しや棒立ちのキャラクター、そして視聴者の理解を超えた展開によって、その演技は虚空に消え去った。まるで、一流の料理人が腐った食材で調理しているような。
全編を通して、まるでPS2時代のゲームのようなカクカクとしたCG、不自然すぎる動き、そして頻繁に挟み込まれる静止画。特に戦闘シーンは、もはや何が起こっているのか判別不能なレベルであり、キャラクターが棒立ちで銃を撃つだけ、謎の光線が飛び交うだけ、という展開の連続だった。キャラデザは天野喜孝のはずなのに、なぜこんなことに?
さて、肝心の脚本である。視聴者の理解を最も困難にしたのが支離滅裂なストーリーだ。タイムスリップしてきた侍や忍者が、ウィルスによって変異した「ジビエ」と戦うという設定自体は悪くないものの、話の展開はとにかく唐突で、伏線回収も皆無。「俺忍者!」「そうなんだ~」といった感じで話が進んでいく。
視聴者は彼らが何のために戦っているのか、何を目指しているのか、最後まで理解できない。結果として、物語は収拾がつかないままに最終回を迎えた。虚無感である。「こういう結末もアリってことだ!」
結論としては、鑑賞すべき失敗作である。『ジビエート』は、アニメ制作におけるあらゆる「失敗」を凝縮したような作品だ。しかし、そのあまりに徹底した「残念さ」は、逆に一種のエンターテイメントだ。
当時のTwitterやあにこ便では、毎週のようにトレンド入りし、その「クソさ」を語り合うことで人々は連帯感を覚えた。
真面目に評価すると、酷評しかない。先ほど取り上げたアニメとは違って、こちらは製作陣にやる気が感じられない。本気度がないのである。アマプラではレビュー評価が低すぎてビデオ自体が一度削除されている。
ただ、「ここまでひどいアニメがあるのか」という驚きと、それによってもたらされる負の感動は、他の作品では味わえない。もしあなたが「最低のアニメ」を体験したいなら、『ジビエート』は間違いなく筆頭に挙げられる。同類としては、『ぱすてるメモリーズ』が挙げられる。こちらは第2話のトレースが発覚して訴訟沙汰寸前に至っている。当然もう観れない。
なぜリアルになれなかったのか。原作を表現しきれなかった作り手の痛みが伝わってくる。
2018年に『3D彼女 リアルガール』という恋愛アニメがあった。
オタクっぽい高校生と美人JKの恋愛譚なのだが、これがまた……リアルといえばリアルで、男性が見てもつまらなくはない。しかし、製作陣がその忙しさに耐えられなかったのだろう。残念アニメとなった。
本作がまず直面した問題は、映像クオリティの低さだ。「リアルガール」と銘打っているにもかかわらず、キャラクターの作画は不安定で、表情の変化に乏しい。原作の持つ魅力や、細やかな感情の機微を表現するには力不足だ。
また、頻繁に挟まれる静止画や動きの少ないアニメーションは、ラブコメ的な躍動感を欠いている。今季アニメだと『薫る花は凛と咲く』の表情的躍動感がラブコメには必須である。瑞々しい青春期の揺れ動く心情を表現しきれていないのは残念である。
キャラクターの魅力もそうだ。原作の魅力の一つは、オタク気質の主人公「つっつん」と美少女「色葉」という、一見不釣合いな二人の関係性の変化、そして彼らを取り巻く個性豊かな友人たちにある。しかし、アニメでは前述の作画や演出の拙さにより、これらの本来の魅力が半減している。
キャラクターの表情や仕草が適切に描かれないのは致命的だ。共感がしにくくなる。なんというか、本当にすべてが「のっぺり」である。視聴者は彼らの恋愛模様に共感したり、応援するのが難しくなる。
決して原作が悪いわけではなく、アニメーション制作側の力量不足が招いた悲劇と言える。原作ファンにとっては「原作に失礼」と感じさせる出来栄えであり、新規視聴者にとっては「なぜこれが人気漫画?」と疑問を抱かせる。
だがしかし、基礎的なアイデアに光るものはあった。京アニが制作していたら、『リズと青い鳥』のような人気作になっていた可能性濃厚である。
似たアニメとしては、『ネト充のススメ』が挙げられる。こちらは、リアルガールと比べるとはるかに健闘しているが、やはりリソース不足が否めない。作画や演出があまりに簡単すぎる。4話までは通用するレベルだが、後半にいくにつれて息切れが目立ってくる。良アニメだとは思う。『Wake Up,Girls!』『エガオノダイカ』『幼なじみが絶対に負けないラブコメ』もこの類である。
輝きを失った星である。放送局の都合に左右された悲運な作品といえる。本当は2クールだったのに、1クールに強制圧縮された関係で尻切れトンボになった。
オリジナルロボットアニメとして期待されながらも、その評価は残念なものに終わった。特に物語の後半は視聴者の困惑を招き、「クソアニメ」と揶揄されるほどに評価を落とした。
序盤は面白かった。本当に。期待してたよ、マジで。でも失速した。物語は、主人公ソウゴと、不思議な少女フェリア、そして巨大なロボット「ガーディアン」との出会いから始まるのだが――ラピュタみたいな始まり方でワクワクを覚えた記憶がある。
序盤は、まさに王道ファンタジーロボットアニメである。美麗なメカニックデザインや、キャラクター描写も美しい。滑り出しは悪くなかった。
だが、長くは続かなかった。とにかく説明不足としか言いようがない展開が続く。中盤以降は、世界観や設定に関する説明が極端に不足してしまい、視聴者は物語に何が起こっているのか理解に苦しむ状況が続いた。特に、物語の核心に触れるはずの「ギフト」や「ルシファー」といったキーワードに関する描写が抽象的すぎて理解不能。
キャラクターの感情の変化や成長がほとんど描かれないまま、唐突な展開が繰り返された。物語に引き込まれることがない。主人公とヒロインの関係性の掘り下げがなくて、肝心な局面でも感情的な繋がりが希薄に感じた。
結論としては、未消化としか言いようがない。話数変更が響いたのだろう。最終回は本当に唐突の連続だった。魅力的な要素はあったのに、消化しきれなかった残念さがある。まさに悲運。
なお、同じような事情(2クール→1クールに変更)になったアニメの例としては、ほかにガリレイドンナ、魔法戦争、星合の空などがある。いずれも尻切れトンボ感が凄かった。特に星合の空は残念だった。
神クソアニメとは、一見クソアニメに見えるものの、実際は視聴者の心に感動を残す作品をいう。
この『魔王様、リトライ!』だが、紛うことなきクソアニメの一角である。
作画は安物だし、OP曲のセンスは10年前だし、各話タイトルはどこかで聞いたことがあるし、台詞も同じくどこかで聞いたことがあるし、キャラの名前もやはりどこかで聞いたことがあるし、バトルシーンは餅が跳ねているし、魔法名エフェクトは気の抜けた感じだし、岩場まで吹っ飛ばされたのに草むらに落ちた音がするし、とにかくすべての要素が三流としか言いようがない。
でも、私の評価はAmazonだと★4以上だ。すべての要素が三流だからといって、つまらない作品になるわけではない。
例えば作画。廉価アニメのそれには違いない。魔王様、リトライ!の作画なのだが……
動かない。動きません。びっくりするぐらい動かない。「バトルシーンを動かさないという実験作なのか?」という想いが伝わってくるほどに動かない。一例として、第3話において敵に襲われるバトルシーンで、
「偽りの天使に死を! ファイヤーバードッ!」
「聖女に嘆きあれ……アイスハンマアアアアアッ!!」
という詠唱から始まるバトルシーンの最中に、口に含んでいた飲み物を吹き出した。今見ても吹き出してしまうのだと思う。なお、人物は動かなかったがドラゴンはよく動いていた。衝撃で舞い散る石畳も。
一方で、矛盾するようだが、作画そのものは悪くない、むしろ良質と思えることもある。主人公である九内伯斗やアク、ルナといったメインキャラの作画は綺麗さを保っている。初登場時のルナを見た時は、違うアニメを見ていると錯覚しそうになった。美麗ではないけど、シンプルでシュッとしていて、洗練さがある。
この作品で最も推したいポイントは『笑い』だ。とにかくこの作品は、笑いに特化している。
EKACHI EPILKA(エカチエピルカ)というあまり聞かない制作会社が作っている。実力がある会社だと感じた。
おそらく、視聴者がどういう反応をするのかわかっていて、わざとこういう作風にしている。
実はこちらの作品、2024年に第2期が放送された。1期とは比べ物にならないほどひどい出来だった。アマプラでの平均評価も2.9しかない。ちなみに1期は3.8。低予算アニメとしては相当高い。
同年の作品としては『手品先輩』がある。こちらも低予算ながら製作陣が健闘した秀作である。
作品紹介は以上だ。
ひとつは、普通のクソアニメ。作画、脚本、演出、声優、音楽――何が悪いのか一概には言えないが、とにかく普通につまらない。放送前は話題にならず、放送中もアニメ板のスレッドが数パートしか進まず、終了後は「○話以降は見なくてよかった」「普通に駄作」「なんともいえない」といったコメントが掲示板に書き込まれる。
もうひとつは、ダメさ加減が突き抜けているアニメ。多くの場合、作画がとんでもないことになっている。そのうえ、ストーリーが理解不能だったり、キャラクターの名前が覚えられない。しかし、あまりに悪すぎて、それが逆に面白さに繋がっている。動画サイトや感想サイトで「これはひどい」と同好の士で語り合える。
最後のひとつが神クソアニメだ。製作者がお金も時間もない中で、良作品に仕上げている。まず一見して、これは低予算だなという印象が伝わってくる。作画でわかるし、脚本の展開に無理があるし、登場キャラが「どうしてそうなる?」という言動を取ることがある。
それでも面白いのは不思議なことじゃない。仮に、とある作品のすべての要素が三流だったとしても、一流の作品に仕上がることはある(聖剣使いの禁呪詠唱、イクシオンサーガDT、可愛ければ変態でも好きになってくれますか? など多数)。創作の世界にはそういう化学反応が存在している。
というか、神クソアニメは厳密にはクソアニメではない。『クソアニメの性質を有した神アニメ』である。
(最後に)
実はずっと、クソアニメ紹介をやりたいと思っていた。「時間がない」を言い訳にして、できないまま数年が経った。
生活環境が変わる時が迫っているので、それまでにはなんとか……というつもりで本記事を仕上げた。少しでも気に入った作品を見つけてもらえたらうれしい。
なお、クソアニメを観る場合は、SNSとか感想まとめブログとか、YouTubeとかニコ動のコメントとか、そういうのを伴いながらだと、より一層面白く視聴できると思う。
映画「きみの色」を見た。試写会の反応を見て、微妙って言ってたけどわかるわ。リズと青い鳥の空気感で日常系やろうとしてんだもの。ルイくんからチンコを、2人からおっぱいをもぎ取ったらダルい空気になるわ。でも、クリスマスの予測を超えない定形的な会話みたいに、あれくらい驚きも起伏も…水金地火木土天アーメンの曲はとてもよかったけど…ない方が好きかもしれん。2度は見ようと思わないけど癒しにはなったなー
もともとリズと青い鳥とか好きだし山田尚子さんの新作まあ行くかくらいの気持ちで予告を見たところ、“天然そうな主人公がサブカルバンドやろうぜ的なノリで音楽やって結局青春やってライブとかなんだかんだ上手くいく的なよくあるお話ね”、と別に気乗りもせず、SNSでも“話がない”などと書かれているのを見て、ルックバックを映画でみた時くらいいまいち乗り切れない気持ちになったらどうしようと心配していたのですが、開始10分後にはその心配は見事に打ち砕かれ、言語化できない感情の波を視覚的に示されつづけたことによって私は目から水を流し続けるただの機械となりました。人に感情を強制的に感じさせる機能を備えた映画ってすごくないですか?それなのに、あまりにも予告編で得られる情報と実際の映画の良さが違いすぎて皆さんに伝わらないので広告を書かせていただきます。
まず、予告ですが、予告だけ見ると全く面白そうな映画に感じません。予告が面白くないのは、たしかにこの映画に話という話がなく、予告として周知すべき展開がないため、日本の映画広告で求められるストーリー性(タイムスリップして女子高生が特攻隊に恋をした、など)が薄いからなのでしょうね。
そもそもこの映画には、人間の”視覚化された感情”とそれを表現するためのモチーフの連続だけがあります。なので、予告というシステムでシーンをピックアップして繋げることで良さを伝えるのは無理なのかもしれません。
この映画を端的に説明しようとすると、他人のことが色で見える主人公が、いろいろ事情のある同級生と一緒に困難を乗り越えて青春とか恋とかありながら成長する物語って感じになってしまい、正直「薄っ!」ありきたりすぎて、色が見える=共感覚とかなに、中二病?って思ってるしまうんだけど、正直話とか設定とかキャラクターとかもう全部あんま関係ないんですよ。多分この映画、監督もインタビューで言ってたのでそうだと思うんですけど、人(特に若い)の感情を描こうと思ったということだったので、色が見える(共感覚?)という設定は、映像という媒体の中で感情表現をできる限り視覚化することで、表現したい感情の概念を観ているみんな(余す所なくみんな)にわかりやすくするため便宜上そうしてるだけなのだと思います。なので、みていて中二病とかイタイなとか感じる場面は(私はそういうのを感じやすいほうですが)ほとんどなかったですね。なので、話とかそういうのじゃなくて、ただ、若くて未熟(いや、成熟しているといえる人間などいるのか?)な人間の内面を眺めに行くと考えてこの映画に臨んでもらえると受け入れやすいのではと思います。
主人公のこと、ほんわか系とか不思議系とか天然とかってまあ一般的には表される雰囲気なので、予告見てそれがちょっと抵抗感に繋がったという人もいるんじゃないかと思うんですね。ただ、この映画の中ではとにかくその人が外から見られたときにどう見えるかってことは全く関係なく、常にその人の内面が見えるように設計されているのです。例えば一般的にどんな天然でほんわかしている女でも家では彼氏や夫と普通にエロいセックスしていたり、普通にいい生活してる人に嫉妬したり人を見下したりすることがあるように(本作の中ではそういう描写はありませんが)、この映画の主人公も外からみたらほんわか天然ふわふわ系なんだけど、普通に普通の人間として思考していて、それが当たり前のように表現されていて、その人間のグロさがリアルでよかったです。
京アニ、前々から大胆な原作改変をすることに定評があるところだけど、このレベルの改変をユーフォでやるのか……という衝撃がある。
ワイは割と『リズと青い鳥』も許せてないところがあるんだけど、たとえば冒頭でひとりぼっちのリズを指して希美先輩が「みぞれに似てる」っていうシーンがあって、ネット上では「傘木は無神経だな……」って扱いになってたけど、原作でぼっちなみぞれがリズに似てるって言ったのは久美子だし、希美も確かにみぞれがリズに似てるとは言ったけど、
「自由曲が『リズと青い鳥』に決まったとき、うちらに似てるなって思ってん。リズはみぞれで、うちは青い鳥。一昨年にこの部活から出ていったうちと、残ったみぞれ。でも、みぞれはうちをずっと待ってた。だから、似てるなって思った」
であって、ひとりぼっちであることじゃなくて「その場に残った」ことをもって似てるって評価してるんだよね。もちろん内心ではみぞれのことをぼっちだと思ってるのかもしれないけど、少なくともそれを口に出したりはしていない。希美が音大に行くの本気じゃないかもーとか口に出したのも、久美子の前でであって夏紀や優子の前じゃないんだよね。優子の前でそれを言うとかどんな無神経? って話になるけど、原作の傘木希美はそこまで無神経ではないので(そりゃ、確かに原作でも雑というか無神経な側面は垣間見せていたから、繊細か無神経かの二択だったら無神経寄りなんだけど、『リズ青』は無神経すぎんだろ)、二次創作とかで無神経な希美ネタを見る度に「傘木希美はそんな子じゃねえええええええ!!!!1!!」ってモンペ化しちゃってた。
っていうか、『リズと青い鳥』は久美子たちの本編と切り離して夏紀たち3年生(当時)組の物語にしてしまったことがまず間違いで、原作だと久美子がガッツリのぞみぞ問題に絡みに行って、夏紀たちには言えない本心を久美子の前で吐露するシーンがいくつかあるのに、それを全部4人組のあいだで済ませようとした結果として希美が割りを食う構図になっており、希美先輩のファンとしては「ふざけんな」以外の言葉が出てこないというか……
だいたい、劇場版のクライマックス、大好きのハグをキメるあのシーンも、原作だとこれやぞ。
「私、希美のこと、大好き」
一瞬、不自然な沈黙があいた。強張る希美の背中に、みぞれの指が食い込んでいる。希美? と、みぞれが不安げに顔を上げた。希美はみぞれを見下ろしたまま、力なく笑った。
どう見ても告白をきっぱり断るシーンですよね??? そこに才能の問題を入れて『アマデウス』的な展開にしたのは、単体の映画としては良くできた演出なんだけど問題はこれが原作付き作品であって単体の映画ではないという点で、まあそういう改変は百歩譲ってアリかもとしたところで、そのあとにnzmz匂わせをやってくるのはありえんわ。原作だときっちり振ってるんだから映画でも原作未読者にも振ったんだってわかるように描写せーや! 原作で成立しないカプを匂わせてんじゃねーよ! 原作で脈がないカプを無理やり発展させるとかは二次創作でやることであって公式がやってんじゃねーよ!
今回の真由の勝利とかありえん。そりゃ真由は気の毒だけども(あれだけ辞退という選択肢を自分から提案してたのに無理やりオーディションに参加させられたわけで、彼女には「なに勝手なこと言ってんの?」と言う権利があろう)、原作の最重要な結果を改変するのはありえんでしょ。いやほんと原作を何だと思ってんだ。自社レーベルのエスマ文庫では好きにやってりゃいいけど(だから俺は『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の原作改変には口を出す気はない。改変用素材にされるってわかってて応募したんだろ? ってなるので)、ああそういえば『氷菓』でも微妙な改変が……なんか腹が立ってきたな。メディアミックスは原作の婢だろうが。
リメイク元の三国志Vをさんざんプレイしたので新武将を作りまくった。
各武将は経験値を積むことで特殊能力を6個まで覚える。また、経験値いくらで特殊能力を覚えるかの成長パターンがいくつかある。新武将は経験ゼロで始まるので、特殊能力をできるだけ早く覚える成長パターンが望ましい。よって新武将作成時に成長パターンの厳選などをしていた。
そして作った新武将は新君主にするなどして敵対勢力に放り込んで自分は曹操もしくは曹操がいる勢力でプレイする。
まだやり切った感はないけど一旦終わらせた。
発売日直後に買って数年塩漬け。
切りの良いところまでやろうと思って寝食忘れてずっとやってしまうというのが結構あった。そろそろ終盤だろうってところが2/3だったり。
DQIXのストーリーの3倍くらいのボリュームがあった。1周でお腹いっぱい。
極端なレベル上げをあまりしていないのにレベル99になっていた。天空魔城でレアモンスターのゴライアスを探し求めていたらレベルが上がりすぎた。これがレベル上げになったのかもしれない。
スシ限定とテンプラ限定の妖怪がいるのでそちらも買っておけばよかったと思った(後に買う)。
自転車レースがDQXIのウマレースより難しくてだいぶ手こずった。ゲーム下手なのでウマレースはブラック杯を5回くらいやったがその比ではなかった。あれは妖怪ミニゲーム!妖怪不祥事案件、ミニゲームでアクションを要求してくるRPGってあるよね〜を引き起こす妖怪でウィッス。
妖怪が600種以上?とかいるけど、全部が全部強いわけではないし推しになるわけでもない。通信対戦だと別かもしれないが、本編だったら何を使っても攻略はできると思う。最初に仲間になるジバニャンとUSAピョンをパーティに入れてもラスボス戦で戦えはする。推しで戦えると楽しい。
バスターズトレジャーは本編と違って主人公の人間ではなく妖怪をダンジョンで動かしてプレイする。推しを動かせると楽しい。
初FEなのでノーマルカジュアルで。ハード以上だとフリーマップで稼げないらしいので、稼ぎ用DLCも買っておいた。DLC絶望の未来も買った。最も強き者の名は極めるつもりがないので不要。
まあノーマルなのでハード以上では通用しないフリーマップによる稼ぎで育成しまくった。「FEはそういうゲームじゃねーから」と心の中のエムブレマーがささやく。
New 3DS LLを中古で買ってバージョン限定妖怪を交換できるようにした。通信プレイもできる。正直こんな寂しいことする?って思ったけど、New 3DS LLは2024年現在よりずっと安く手に入ったし性能は元々持っていた3DSより高いのでヨシ!妖怪ウォッチ3のバスターズトレジャーもヌルヌル動いて感動的。しかし持っているだけで塗装が剥がれまくる。
片方から強い妖怪を持ってきて強くてニューゲーム的なことができる。
結局スキヤキに限定クエストが多く、どれか1つだけ買うとしたらスキヤキが正解。倒すと妖怪大辞典に登録されるボス妖怪も含めて辞典コンプができるのはスキヤキだけ。
UIや移動手段や時間の経過のさせ方、クリア後の経験値稼ぎの方法などが3で改善されていた。つまり3に比べるとちょっと不便。
3と違って必殺技がかなり有効。3はバトルで動く範囲が広いので必殺技が当てにくい。
3だと1日1回しかゲットチャレンジできない妖怪が多いがこちらはセーブ・ロードで1日に何度でも挑戦できる。
えんえんトンネルは8番出口的な雰囲気がある。最長999999mのトンネルで、妖怪や狂った人が歩いてくる。40000m以降からSランクのレアな妖怪が出てくる。
初代妖怪ウォッチとの連動でコマさんが手に入るので、初代を200円で買ってプレイはしていない。
白夜ノーマル→暗夜ハード→透魔ルナティックの順番でプレイ。全部カジュアルで。
暗夜で詰む可能性を感じて稼ぎ用DLCを買っておいた。プレイしてから特別クラス用DLCも買っておいてもよかったかもしれないと後悔。
透魔ルナは暗夜ハードより簡単。透魔はマップギミックは個性的だが同じ作業の繰り返しになりがち。
子世代21人を回収するのに人数分のマップをクリアする必要がある。1日1人回収すると21日かかる。シナリオ1本に28マップあるからその3/4である。
白夜・暗夜のオールスターだからキャラが多い。しかし出撃枠が少なすぎてキャラを使い切れない。
BGMは良曲が多い。覚醒も良曲はあるがifの方が好きな曲が多い。3シナリオあるからね。
ノーマルカジュアルで始めたら簡単すぎてハードクラシックでやり直した。FEでクラシックなど普段やらないが、カジュアルとクラシックの違いがロストの有無だけで、カジュアルでも味方がやられるとリセットする自分にとっては違いがなかった。ハードクラシッククリアで勲章がもらえる。
マップも敵の思考ルーチンも大味でifほど洗練されていない。覚醒のような突撃型だが覚醒ほど物量は多くない。
魔防が伸びないので敵の魔法が怖い。ifでは必須な魔法壁は不可能。しかし魔戦士にクラスチェンジすると魔法にめっぽう強くなるので別のゲームになる。
フリーマップで育成できるから育成しまくった。イラナイツといわれるクレーベもストーリー内での評判に負けないほど強くなり、1クレーベの単位も変わった。
カンストするまで育成してもクリア後のダンジョンが怖い。防御無視技持ちの敵と必殺率激高の敵がいて、カンストでも2発受けられない。
覚醒は2大陸が舞台でそのうちの1つがエコーズの舞台だから覚醒で見たマップがエコーズにもあり、聖地巡礼的なことができた。
覚醒・ifと違ってフルボイス。声と正義感の強さからアルムが炭治郎にしか思えない。脳内ではアルムを炭治郎と呼んでいた。じゃあルカは義勇かというとそうでもなく、「リズと青い鳥」の滝昇の方が近い。セリカとエフィは「リズと青い鳥」の希美とみぞれで、セリカは希美成分をある程度感じ取れるがエフィからはみぞれ成分を感じられない。
リメイク元のFE外伝のBGMを聞く機会があって、古いゲームの割に妙に良曲だと思っていた。やはり神アレンジだった。新曲も良曲多し。
DLCは星の神殿~深き場所~を買っておけばよかったとプレイ後に思う。成長率を上げるアイテムやドロップ率約0.01%のレア武器は実質ここでしか手に入らない。
DSのゲームは3DSでもできる。プレイしていたらエラーを吐いて落ちた。よく見ると端子が汚れている。運良くヨドバシで入手できたレトロゲーム復活剤を使うと落ちることなくプレイできるようになった。レトロゲーム復活剤は油なので汚れは取れない。汚れを取るなら無水エタノールと先の尖った綿棒を使えばいいのかな?
ハードクラシックでプレイ。FEでクラシックなど普段やらないが以下略。
アカネイアオールスターズってことで、アカネイア戦記のキャラや暗黒竜に出て紋章の謎で削られたキャラもストーリーにかかわらないところや外伝で仲間になる機会がねじ込まれている。
パオラとカチュアとシリウスはエコーズにもいたので、マーモトード砂漠を通ったときに、少し前のバレンシア統一王国の国王夫妻の新婚旅行で君らここに来たよね、などということができる。アカネイア大陸の北の蛮族のテリトリーが覚醒の時代には蛮族が建国した国になり、ラストバトルの舞台である竜の祭壇は覚醒でも登場する。このように未来の作品に思いを馳せながら聖地巡礼ができる。
しかしキャラが多いのに出撃枠が少なすぎて全然活躍させられない。「これ全員育ててプレイするゲームじゃねーから」ってことだ。たくさんのキャラから選んでねってことだろう。ほとんどのキャラはあまり強くなく、敵がカンストしてくる高難易度ではこちらも必要な能力値のカンストは当然必須だから使えるキャラが限られてくるはずだ。
訓練所で育成できなくはないのだが、難易度を上げると利用料金が高くなり、対戦相手も勝てないほどに強くなるので自由に使えるものではない。
出撃枠が少なく育成も自由にできず、上級クラスにするためのクラスチェンジアイテムも数量限定なので、キャラ多いゲームだいすきマンかつ育成だいすきマンの自分はこのゲームに不向きだった。
ルナティックでは通用しない邪道だがハードなのでボスチクで経験値を稼いでしまった。エースはボスチクしなくても自然に育つし(このようにエースが経験値を取りすぎると戦力が偏るので下策である)ボスをチクチクする前にワンパンしてしまうので、主に育成が遅れたメンバーにボスチクをやらせる。
クリア後にセーブしたらエンディングを見るだけのセーブデータになって自軍のメンバーを眺めることができなくなり、1周で終えるはずがマニアッククラシックで怒りの2周目に入ることになった(本当は通信対戦の準備画面から眺めることだけならできる)。開き直ってボスチクで育成するメンバーをもっと増やした。なんか育成メンバーを入れるゆるい縛りプレイみたいになった。
というわけで3DSの積みレトロゲーを数年かけてやり切った。これで先に進める。もう3DSはおもちゃ箱にしまい込んだよ。
New 3DS LLは液晶漏れが激しくてプレイに支障をきたすので、もし次プレイすることがあれば修理に出さないといけない。もちろん公式で修理はしてもらえない。修理をしてくれるお店がいつなくなるのかも不明だ。
https://anond.hatelabo.jp/20161107160144
3日まで総集編2本と劇場版1がなんとyoutubeで公開されている。急いでみた方がいい。
リズと青い鳥も時系列的には重要で、こちらはアマプラで見れるから劇場版1の前に見るのがよき。
総集編とはいうが構成も良く、初めて見る人でもあらすじが分かり感動を損なわない作りになっている。
さて会場風景等の素晴らしさを以前感動して書いたのだが、あらためて見直したので演奏面について語りたい。
京アニの日常作画や風景描写、例えば1期の久美子が走るシーンなどはもちろん素晴らしいのだが、吹奏楽経験者としては演奏シーンの凄さを改めて言いたいのだ。
まず前提として「運指が音と合っている」という素晴らしさは感動モノだ。
バンドシーンで描かれるギター1本一場面の描写が正確なことに初めて感動したのはいつのことだったか。あれも京アニだったが、今作では進化どころか別次元に突入した。
55人ものキャラが多種多様な楽器でそれをやっているのはアニメの素人ながら狂気しか感じない。
音程を操る場所が基本4つしかないので同じ指なのに違う音が出ている、という状態になる楽器だ。これはトランペットやチューバなども同様である。
それを肩の動きや息の入れ具合で音程に変化をつけていることを、アニメーションにしていることに感動を覚えるのだ。
吹奏楽、声楽では当然のように言われるが身体は楽器である。そこを描いてこそなのだが、実はこれは実写俳優ですらなかなか再現できていない。
金管以外で、主に指で音を変える木管楽器でもアプローチが鋭い。
「リズと青い鳥」のオーボエ演奏。最初、奏者のみぞれちゃんは固まったまま吹いている。学生演奏あるあるなのでそのままでも問題はないが、彼女が音大を目指すことになったあと演奏がアマチュアを超えるシーンがある。
そこではオーボエ特有の力強い息、と楽器を回すような演奏が描かれる。感情を入れた瞬間を、アテレコ演奏と汗の吹き出しで表現するアニメや実写は多いが、ここまで楽器の特徴を捕えて完璧に表現されると涙が出てくる。
それにオーボエのリードを作るシーンは最高だ。吹奏楽界隈のひとはこのシーンで失神した人が出たとも言う。
さらに、「リズと青い鳥」で苦悩したフルートが確変したオーボエに合せてついていくシーンが劇場版1で描かれる。そのときのフルートの姿勢。実はリズ〜の方では(気にはならなかったが)肘をあげすぎるという改善点があったのだが、劇場版では美しい姿勢で吹いているのだ。
これはフルートあるあるで作画のミスではなく、明らかに、練習した成果が現れているものであり、そんなの誰が気づくかよと思うのだが、こうして経験者は気づくのだ。
ここまで作中であまり取り沙汰されてないパートだが、それだけに見せ場のコンクールシーンで、突然ウィンドマシーンやラチェットと言う管楽器奏者にすら知名度の低い楽器をなげこんでくるから正直草が生える。視聴者混乱する。おそらくウィンドマシーンを正確に描写した初めてのアニメだろう。
インパクト重視パートかと思うと、スティックの動きの正確さに唸る。
鍵盤打楽器の腕の運びも勿論のこと、例えば譜面にはrollとしか記載されてないシーンで奏者は沢山叩く必要があるのだが、曲に合わせある程度の音粒、数を揃えていく必要がある。
初めてみたときはwhat's happened!?だった。細かさで言えば木管楽器演奏を超えている。ティンパニ演奏シーンは鳥肌モノだ。
4日に公開されるアンサンブルコンテスト編。中篇らしいが、どうも噂によると打楽器がフィーチャーされるとかなんとか。もう楽しみでソワソワしている。
引き絵でも滝先生の指揮が正確だとか、語り足りないくらいだが、このへんで終わろうと思う。
アマプラで昔のアニメばかり見てるが、なぜ今配信されてるのかというと、何周年記念だったり新作アニメ・映画が出るからだったりするんだな。
音楽系アニメが多く作業BGMが増えまくったアニメ視聴だった。今回もまた知らなかった作品と縁ができた。見るものがなくなったらニカ姉とグエルのポケモンでも見る〜?
OP曲と映像が好き。最終話まで一度もスキップしなかったのはもちろん、作業中にサブモニタで延々ループ再生するぐらいに。第一印象は「AKBっぽい」。「いやむしろ乃木坂とか欅坂とかか? 1曲も聞いたことないけど」と思いつつ作曲家で検索すると実際に乃木坂46をメインにAKBグループに楽曲提供してる人だった。ワイの耳も捨てたもんじゃないね。
つーかそもそもオーダーが「AKBっぽく」だったのかもしれない。原作は未読で分からんが、少なくともアニメは秋元康の世界観に片足をつっこんでる感じがある。象徴的なのはOPで70秒ごろに流れる、3組の女の子たちが目をつぶりながら体育館のステージに座ってるシーン。OPで流れる映像は、基本的に蝋梅学園での日常を切り取った物と言えるが、あそこだけはその見方が成立しない。日常の中で、16人もの少女が、素足の制服姿で、目をつぶりながら身を寄せ合い、体育館のステージに座る、というシチュエーションが自然と起こることはありえないからだ。平たく言えばあれはフェチズムであり、少女、制服、教室への信仰である。
本作を見た人であれば少女や制服に対するフェチズムが詰まった作品という評価に異論はないだろう。少女の脚を接写するアニメといえば『けいおん!』を思い出すが、あれはフェチズムからやや遠い。アニメ『けいおん!』における手や脚の描写は、感情やキャラクター同士の距離感や場の空気の表現であり、我々は、手の微妙な動き、スカートから伸びた脚の並びなどからそれらを読み取ることを要求される。それは『けいおん!』が、というより監督の山田尚子の癖と言って良い。『リズと青い鳥』でより直截的に用いられたことは記憶に新しい。
一方の『明日ちゃん~』はフェチズムのそれだ。かきあげた髪束からこぼれる何本かの細い髪、制服用のハイソックスを穿く時の布擦れ、口元から髪を払う時に撓む唇の柔らかさ。それらに読み取るべき意味はなく、ただそうあるように受け取ればいい。
ストーリーに目を移せば、コミュ強の小路がクラスメイトたちを次々と篭絡していく無双モノといった趣がある。優れた容姿や持ち前の行動力は元より、相手に興味を持って積極的に話しかけるスタンスが小路を圧倒的コミュ強にしている。
まだ何も知らない同士なのに
どうしてなの もう君のことが好き
君に思っていたの 密かにずっと
OP『はじまりのセツナ』の歌詞だが、これは特定の誰かではなくクラスメイト全員に対する小路のスタンスを示している。OPで小路がクラスメイトの誰かの手を引いて駆け出すシーンがあるけど、相手が映っていない点が実に示唆的だ。いろんなクラスメイトと談笑するカットが並ぶのも小路のコミュ強表現のひとつだろう。
小路は同学年の生徒がひとりもいない小学校時代を送ったからか、教室という社会の常識からやや乖離しており、周りがブレザーの中でひとりだけセーラー服を着ていくという浮きっぷりから先行きを心配させたが、蓋をあければコミュ無双というプリミティブな気持ちよさがあった。その結実が最終話の後夜祭であることは言うまでもないだろう。
CGDCT(かわいい女の子たちがかわいいことをする作品を指す海外のスラング。日本で言う日常系に近い)の系譜に違いはないけど、部活というインナーサークルが舞台の中心になる日常系部活モノからはやや距離を置く。氷室冴子作品やマリみてのような少女小説の趣もあるが、キャラクター間のヒエラルキーが排除されている点では逆に日常系に近い。そして全体を貫くフェチズムを勘案すれば男性向けファンタジーとしての少女小説、という辺りに行き着くのではないか。
この作品がファンタジーを志向しているのは小路の家がメルヘンに出てきそうなレンガ造りをしているところからもうかがえる。母親はセーラー服を仕立てるレベルで洋裁が出来、車はしっかり2台あって、しかしレンガ造りの家からは雨漏りがする、というのはリアリティラインの設定に興味がないからだと思われる。生徒が1人しかおらず廃校が決定している小学校と同じ地域に生徒150人規模の女学園があり、かつバスで行ける範囲にショッピングモールがあるという設定からも同様の指摘ができる。しかしそんなことはどうでもいいのだ。『明日ちゃんのセーラー服』は「16人もの少女が、素足の制服姿で、目をつぶりながら身を寄せ合い、体育館のステージに座る」光景へのときめきを満たしてくれる作品なのだから。
あと自分のために泣いてくれる他人がいるのって救われるなって心底思った。そういうのをスルッと出してくる、シーン強度への意識がこの作品の魅力だとも思う。
家にいる時間が増えたのでアニメを見はじめたんだけど、いい曲めちゃくちゃたくさんあるよねー。
モータウンやインヴィクタスを彷彿とさせるシャイニーかつ軽やかなソウルで最高!
星々の煌めきを宿した最高のガールズポップ。2話のエンディングで流れてきた時は(1話でもうっすら流れたけど)モニター前で快哉を叫びスタンディング・オベーションを送りたくなりました。
ステイホームでヒマなので自分の好きな感じのアニソンをつらつらあげてみたんだけど、フリーソウルっぽい曲やドラムンベースな感じだったり、完全にディスコだろってのもあって面白い。
皆も好きなアニソン教えてね!
筒美京平のペンによるそこはかとなくラテンフレイバーなアニソンクラシック。
シャイニーなロッキンポップス。Bメロ→サビへの高揚感が最高すぎる。
グレイトなアニソン作家・古田喜昭の手になるブラジリアンサンバなアレンジを施したディスコ歌謡。
小林泉美によるグルーヴィーディスコ。ちょっとKISSの「I Was Made For Lovin' You」っぽさを感じる。
こちらも古田喜昭作品。ヴィヴィッドなシンセサウンドが鳴り響くダンスナンバー、Aメロからサビにかけてのメロディが切なすぎる…。
影山ヒロノブの存在感のある歌声が絡むスウィンギーなジャズチューン。
「君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね」とタメをはるアニソン・ファンカラティーナ。
田中公平先生のアレンジが最高、と思ってたけど吉井和哉のカバーも良かったのでメロディが好きだったんだなといういうことに気がついた。
ラーバンドのアレンジを下敷きにしたとろけるようなメロウフローター。
ストリングスのアレンジもゴージャスな高橋名人の美声に酔うソフトロック最高峰。
なんとなく切ない気持ちになるのはブルーハーツの「青空」っぽいから?
聴いてるとバブル時代の東京の夜景が見えるような…そんな気にさせるナンバー。
スムースなコーラスに力強いホーンのゴージャスなアレンジ、それらに負けない森川美穂のポジティブで伸びのあるボーカルが最高。
打ち込み主体のアレンジたけどゴージャスに聴こえるキャバレージャズ。
うらぶれたナイトクラブでひっそり演奏されてるようなジャズチューン。間奏のリズムチェンジがカッコいい。
もうひとつ庵野監督作品。プライマルスクリームやジャニスジョプリンみたいなイントロ。
アダルト・オリエンテッドなライトメロウ。ラストショットのルリルリも最高だった。
魔法少女モノ最高峰。悠木碧のカバーはまどかが歌ってるみたいでグッときた。
綺麗なメロと過剰に青い歌詞で最高だったんだけど、ドラムンベースアレンジのリミックスを聴いてさらに好きになった。
オリジナルとは違いストリングスを排除したアレンジでさらに寒々しい印象になっていてちょっと怖かった。
ロジャニコみたいだなーと思ってたらインスタントシトロンの片岡知子が作曲。
物語の内容を踏まえた歌詞と感傷的なアレンジで最高。だいぶ毛色は違うけど「SSSS GRIDMAN」のオープニングもおんなじ引き出しに入ってる。
サンドウィッチ食ったりバッティングセンター行ったりしたパートからの落差たるや。シンプルなアレンジが最高。
静と動の手に汗握るドラムンベース。
ジャンルレス、ボーダレス、タイムレスなナンバー。どこに置いても収まりがわるい感じで最高!
イントロのピアノの旋律から軽く死ねる。しかし井口裕香の声はホントに強い。
ちょっと高中正義入ったギターのイントロから胸の高鳴りが止まらない最高のフュージョンポップ。EDもカッコよかった!
ときめきフューチャーベース。声優の人のボーカルテクすごいなぁと改めて打ちのめされた。
(恥ずかしながら響け!ユーフォニアムは未視聴です)
吹奏楽部員のフルートの傘木希美とオーボエの鎧塚みぞれの2人が
曲の理解を深めるとともに自分たちの関係性を見つめ直す物語であった。(ちょうざっくり)
映画にも描かれている、合奏の空気感や曲作りに対する部員同士の対立なんかはあるあるなんじゃないかと思う。
偏見じゃん!といわれればそれまでだが、
わかるな〜と思いながらみていた。
だから、とても没入することができたし、いい作品に出会えたと感じた。
本題はここからだ。
自分が大人になってしまったことに映画を通して気付いてしまったのだった。
結構ショックだった。
ネタバレを含むが、
上位カーストという感じ。
ずっと傘木の後をついて回っている。
一方、傘木は自分の方こそみぞれなしではいられなかったということに気付くのだった。
まずこれがもう序盤で気付いてしまうのだ。
こういう子って急に大きくなるんだよなぁって肌で感じてしまう。
それはいい。
例えば恋愛漫画で、この2人どうせくっつくんでしょ?(その過程がみたい)というのは往々にあって
何がショックだったのかというと、
友達とのイザコザ(で片付けるのは失礼だが)が羨ましかったのだ。
今の私といえば
あんまりストレスが溜まったら、美味しいものを食べて仕事と関係のない友達に愚痴って消化、
気持ちがみえなくなってハグを求めて相手の気持ちを知ろうとする、
合奏の掛け合いがぎこちなくなって知らぬ間にできてしまった距離感に落胆する…
そして私にはわかるのだ、
ここまでイザコザしたとしても
でも安心して欲しい(?)
ひょんなことから連絡をとったりすると4年くらい空白があったとは思えないような時間を過ごせたりする。
そしてなにより
強烈にうらやましい!と思ったし、
作品を通して高校生の私に再会させてくれたリズと青い鳥は偉大だ。
素敵な作品を生み出してくださりありがとうございます。
もう一周観ようと思う。
響け!ユーフォニアムも観るべきなんだろうか?