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はてなキーワード: コード進行とは

2026-05-03

自分が作った曲とか仕事資料とか、AIに採点させるの楽しい…😟

瞬時に採点するのスゲーと思ってる…😟

アップロードした瞬間に、聴きました、このコード進行は良いと思います

これはいい、これは駄目、ここは改善余地があるのでは、

このプレゼンはいいですね、あなた専門家であり高度な知識があるのに、

聴き手である初心者レベル考慮した、素晴らしい資料です、

スライド~枚目の文言とか、~枚目にオレンジ色で強調された図が分かりやすい、

みたいな評価が一瞬で出るの凄い、これは名曲~のカバーですか?良いアレンジだと思います

曲名とか瞬時で当てるし、トラックがどうなのか、俺が描いた絵に込めた意図とか見抜いたり、

人間よりちゃん批評してくれて、おぢさん嬉しいよ…😟

2026-04-27

anond:20260427193326

響く方向が楽曲なのか肉声なのかコード進行なのか電波度なのか書いてくれないとおススメしにくいな

2026-04-18

AIが作った曲を、ひとりの作家作品として聴いていた

(※長文注意・要旨)

ある音楽家が、これまでのリリース作品がすべてAIベース制作環境で作られていたことを、その環境商品として販売開始することで明かした。

この記事は、それを告発するものではない。むしろ、その製品宣伝通り機能した場合にこそ私たちが直面する問い——「感動していた曲は、何によって作られていたのか」「作曲プロンプト設計に移るとき、聴き手は何を聴いているのか」——について、ひとりの聴き手/作り手として考えたことを書いておく。

1~4節はその商品分析がメインなので、ゴシップ的な話に興味のない人は5~7節だけ読めば十分。

長いので時間のあるときに読んでほしい。

1. ある製品との出会い

Twitterで、気にかけていたアカウントがあった。フォロワーは二千人規模だが、Hyperpop以降の日本のシーンで頭角を現している一人、という認識自分の中にあった。界隈の主要な音楽家たちからフォローされている、といえば規模感が伝わるだろうか。リリースされる曲には、たんに「いい音楽」と片付けるのは難しい構成の巧妙さと音選びの新しさがあって、追ってはいないまでも名前は頭にあった。

そのアカウント最近自分制作環境商品として販売し始めた。価格は14,900円、「AI音楽制作環境」として売り出されていて、製品ページの宣伝文句はこうなっている——「『気持ちよくて驚きのある曲を作って』——そのくらいの指示からコード進行歌詞・Sunoプロンプトまで一貫して出力します。」さらに、既発のアルバムEPは「全てこれを軸に制作されている」とも明記されていた。

最初に湧いた感情は、「ああ、そういう工程で作られていたのか」という、ある種の冷めの感情だった。AIを使っていることそのものへの反発ではない。SunoのようなAI音楽生成ツール進化については以前から耳にしていた。出力自体クオリティ否定するつもりもない。そうではなく、「何に対して感心していたのか」という、自分の受け取り方の根元が揺らぐ感覚、とでも言えばいいだろうか。

この感覚を、個人的がっかりエピソードとして飲み込んで済ませてもよかった。けれど製品ページを読み進めるうちに、これは自分一人の話ではなく、いま音楽聴く/作る側に共通してくる問題になっていくだろうと思い直した。以下はその整理になる。

2. その製品が何であるかの整理

製品ページから読み取れる範囲で、何が売られているのかをまず整理しておく。評価は後回しにする。

製品としての訴求は、おおむね三層からなる——(a)独自音楽生成エンジンであること、(b)感覚的な指示から完成物が自動生成されること、(c)学習ツールとしても機能すること。

3. 構造的に読み取れる疑問

実際に買って触ったわけではないので、以下は推測の域を出ない。ただ、製品説明を読み解くと、構造的にいくつかの疑問が浮かぶ

まず、''「Python疑似コード」という語の含意''について。「疑似コード」はPythonの形で書かれていても実行されないテキスト、つまり構造化されたプロンプト/参照資料のことを指すのが通例だ。Claudeプロジェクトに.zipアップロードする形式である以上、これはClaudeが読み込むルール文書群であって、独立して走る独自エンジンではない可能性が高い。MIDI出力部分などは実行可能コードだろうが、「コードを選ぶ」「歌詞を書く」といった音楽判断のコアは、Claude本体自然言語推論能力が上限になる。これ自体は悪いことではない。よく練られたプロンプトパックは、Claudeの出力の一貫性専門性を上げる。ただし「独自エンジン」という響きが含意するものとはかなりの距離がある。

次に、''Sunoへの依存度''について。製品の主要アウトプットひとつが「Sunoプロンプト」である以上、最終的に音として鳴る部分——音色の質感、ミックスバランス演奏ニュアンス——を生成しているのは、この製品ではなくSunoのほうということになる。つまり、この製品価値の相当部分は「Sunoを上手く使うためのプロンプト設計職人技をパッケージしたもの」であって、Sunoが進化すればその層の価値は急速に目減りする。

三つ目に、''「all built by hand」の含意''について。86,000行という規模が、本当に人間が手で書いたものなのかは、製品説明から判別できない。ジャンル研究ノートやStyle語彙データベースといった文書は、AIに「このジャンルについて詳細なルール文書を書いて」と指示すれば相当量が出てくる種類のものである。骨格は人間が作っていたとしても、肉付けをAIに任せている可能性は十分ある(そしてその場合、「手作業で書いた」という説明の重みはかなり変わってくる)。

繰り返すが、これらは推測にすぎない。実際に買って開ければ印象が変わる可能性は十分ある。ただ製品ページの記述だけを根拠判断する限り、「独自音楽生成エンジン」「作編曲学習ツール」という訴求は、実態を控えめに言っても過剰包装しているように見える。

4. 機能しなかったら問題だが、機能したらもっと問題

ここがこの記事で一番考えたかったポイントになる。

この製品に対する考えられる反応は、「宣伝通りに動くのか?」という疑問だろう。

しかし、立ち止まって考えると、本当に問うべきは逆側であることがわかる。

仮にこの製品宣伝通りに機能するなら——「気持ちよくて驚きのある曲を作って」という指示一行からコード進行歌詞・Sunoプロンプト・MIDIMP3まで一貫して出力されるなら——自分が感心していた曲は、その程度の指示から出てきたものだった、ということになる。下準備としての疑似コード整備や、出力に対する微調整は当然あるにしても、一曲一曲制作工程の中心がそこにあったのなら、感心の源は作り手の耳ではなく、ツールの出力分布の中にあったことになる。たしか創作物は優れていたかもしれないが、「それが優れていたのは上手くSunoを使いこなしていたから」という、エンジニアリング問題だったということになる。

機能しないなら誇大広告問題で済む。機能するならば、「聴き手は何を聴いていたのか」という、より根本的な問いが立ち上がる。皮肉なことに、製品としての完成度が高いほど、この問いは重くなる。

ここで思い出しておきたい話がある。2023年ゲンロンのイベントで、音楽家tofubeatsが、Spotifyサジェストで流れてきた曲に心を動かされ、作曲者を調べたらAI生成曲だと知って深いショックを受けた、という経験を語っていた。彼自身がオートチューンで声を加工し、歌声から人間性を排して作曲するタイプ作家でありながら、である。「非人間的な曲が、本当に人間によって作られていないこと」が判明したとき空虚さを、彼は正直に語っていた。

この空虚さが何から来るものなのかは、6節でもう少し踏み込んで考えてみたい。ただ先に言っておくと、それは「AI音楽を作ってはいけない」という種類の話ではない。むしろ、「聴くとき自分は何と対面していたつもりだったのか」という自己認識問題になる。そしてそれは、作り手が工程を開示しないまま商品を売り始めた瞬間、聴き手の側で解決することが不可能になる種類の問いでもある。

5. AIを使うこと自体の話ではない

誤解されたくないので、はっきり書いておく。この文章は、AI音楽を作ることへの全面的否定ではない。

作曲歴史は、すべてを人間設計人間が作る歴史だけではなかった。偶然性、システム自動化、外部の力を取り込む試みは、ジョン・ケージからブライアン・イーノアルゴリズミック・コンポジションまで、20世紀以降の音楽史の重要な部分を形作ってきた。AIの導入はその系譜の延長にあって、それ自体否定するのは筋が悪い。

近年の例で言えば、菊地成孔自身主宰するギルド「新音楽制作工房」でAI活用していることを早くから公言している。NHKドラマ岸辺露伴は動かない』の劇伴ではMaxを用いたAI生成による弦楽四重奏が使われており、菊地本人が「作曲者のクレジットもないし、著作権のありかがわからない」という問題NHK出版経由でJASRAC協議し、「新音楽制作工房」名義のクレジットで処理することで決着させた、という経緯まで公にしている。つまり、どう使い、どう扱い、誰の名のもとに出すかを、彼は工程ごと開示している。

ここでの違いは、「AIを使うか使わないか」ではなく、「どう使い、どう開示し、何を自分の名のもとに出すか」にある。「AI使用は隠していない」という表明と、「どの工程AIに委ねたかを開示する」こととの間には、大きな距離がある。

そしてもうひとつ、避けて通れない論点がある。Sunoを含む音楽生成AIが、何を学習データにしているかという問題だ。2024年6月RIAA(全米レコード協会)はSony MusicUniversalWarner Music代表してSunoとUdioを著作権侵害で提訴した。Suno側は、レコード会社の著作権保護された録音物を使用したことを概ね認めた上で、フェアユースを主張している。2025年末にはWarner MusicとSunoがライセンス提携和解したが、訴訟全体はまだ決着していない。

まり、いまSunoで曲を作って発表することは、その学習データが何で、どのような経緯で集められたかが法的に争われている状態モデルを使うことを意味する。これは「使ってはいけない」と言いたいのではなく、「自分作品がどういう供給ラインの上に立っているか」を無自覚なままにはできない、ということだ。そして、そのモデルを使って生成した曲で「作曲者」を名乗り、その制作環境商品化して収益化する、という連鎖倫理性は、まだ業界全体として合意が取れていない。

この記事の射程は、その倫理のものを裁くところまでは届かない。ただ、「いい曲さえできれば制作過程はなんでもいい」という論法に、即座に頷くことはできない、という姿勢だけは明示しておきたい。

6. 創作者と鑑賞者の間の、暗黙の契約について

ここで、4節の末尾で保留にした問い——tofubeatsが味わった空虚さは何から来るのか——に戻ってくる。

創作物聴く側は、作り手の工程をつねに見ているわけではない。それでも、作品を受け取るときには「制作への真摯さと、出来上がった作品クオリティは、どこかで結びついている」という、いわば感覚的な信頼をもって聴いている。これは創作と鑑賞の間に長く存在してきた暗黙の契約のようなもので、あるシンガーソングライターが書いていた通り、手間暇掛けようが掛けまいが最後には一緒くたに扱われる時代でも、違いの分かる人はいるはずだと信じて丁寧に拵える——という姿勢を、作り手と受け手の双方が(明示的ではないにせよ)共有してきたから、音楽は単なる音の配列ではなく、作り手の痕跡を伴うものとして聴かれてきた。

AIが生成した音楽のものにも、それ独自の良さがある。これは繰り返し強調しておく。作品としての良さは、工程とは独立に成立し得る。ただし、AI生成された曲を「ひとりの作家が作った作品」として提示し、その仮構された人格のもとに人気を集めることは、この暗黙の契約を根元から破壊する。聴き手が「これを作った人は、たぶんこういう感受性の持ち主なのだろう」と想像しながら聴いていた対象が、実は大部分がプロンプトから生成された出力だったとしたら、その想像は宙に浮いてしまう。作品が悪かったわけではない。悪かったのは、作品と作り手の人格の間にあったはずの関係について、聴き手が抱いていた前提が、工程を開示されないまま利用されていたことにある。

tofubeatsが味わった空虚さは、たぶんこれに近い。「AIが作ったか価値がない」ではなく、「自分作品を通して誰かの感受性と向き合っていたつもりだったが、その『誰か』が自分想像していたものとは違っていた」という、受け手側の文脈の宙吊り。この宙吊りは、作り手の側がAI使用を大まかに表明するだけでは解消されない。「何を自分判断で選び、何をツールに委ねたか」という工程粒度での開示があってはじめて、聴き手は自分の感心の行き先を再設定できる。

この視点から見ると、今回の製品販売で起きたことの構造が少しはっきりする。14,900円という価格や、買った人にとっての有用性の問題はもちろんある。ただ、それ以上に大きかったのは、制作環境商品化するという行為が、既発の作品群を「この環境実例」として遡行的に位置づけ直してしまうことにある。以前から作品を聴いていた側から見れば、聴き手と作り手の間に結んでいたはずの暗黙の契約の内実が、後出しで書き換えられる感覚がある。

制作工程の開示は、法的義務ではない。ただ、制作環境商品として売り始めた瞬間、この暗黙の契約自分から前景化させたことになる。「この環境でこれだけの作品が作れる」という実例として既発のリリースが参照されているのなら、それぞれの作品がどの程度この環境の出力そのものなのか、どの程度は人間の介入によるものなのかは、買う人にとっても、これから聴く人にとっても、重要情報になる。

7. どこへ向かうのか

最後に、聴き手として、作り手として、これからどうするかを書いておきたい。

聴き手としては、tofubeatsが味わった種類の空虚さを、できれば避けたいと思うひとが大半だろう。しかtofubeatsAI生成だと気づくことができたのはクレジットにそう明記されていたからに他ならない。今回の私のケースのように、AI生成であることが明かされていなかったり、将来的に(遡及的に)AI生成であることが明かされるようなパターンますます増えていくだろう。私たちは、匿名性を保ったままクオリティ勝負して有名になっていくという同人音楽シーンの時代終焉を目の当たりにしているのかもしれない。作り手と受け取り手信頼関係が壊れていくなかで、聴き手側からできることはあまりにも少ない。界隈で有名なコンポーザーの多くも今回のアカウントフォローしていたことも考えれば、制作過程情報開示を積極的に求めていくこと、プロセスを明らかにしたうえでよいものを作っているひとを評価していくこと等も、その限界は大きいだろう。

作り手としては、自分がやりたいのは、プロンプト一行から出てくるものを受け取る側ではなく、一音ずつ選ぶ側である、とあらためて確認した。それはAIを使わないという意味ではなく、AIを使うにしても、どこで自分判断を通すかを意識的設計したい、ということになる。菊地成孔のやり方に近いと言えば近い。作編曲に限らず、これまであらゆるアートと呼ばれる領域について、過程を見せないことは作家神秘性を増すための重要な要素だった。しかし上にも書いたように、その限界はもうすでに見えてきているように思う。過程を明らかにしたうえで、自身武器がすべて明らかであるのにそれでも真似できない創造性を見せること。もちろん、あらゆる出力結果は機械学習の餌食になりうるという状況においてこれは綺麗事かもしれないが、成果物がいわゆるAIに食われうるのは変わらないのだとしたら、いか自身制作においては透明性を保ったうえでクオリティ受け手を納得させるか、こそが大事になってくるだろう。こうしたムードを作り手の側からも作っていくことが、今後の大きな課題になるのではないかと思う。

AIもっといいものを作れるのになぜあなたが作る必要があるのか?」は、「プロ作家がすでにこの世に五万と存在するのに、なぜあなた作品をつくろうと、その道を志したのか?」という問いと本質的には何も変わらない。作りたいから、作る。伝えたいから、それを形にする。そうした初期衝動が、欲望が、「創造性」という言葉本質であり、AI模倣することのできない、あなただけの、私だけの創作物につながるのだから

2026-04-01

anond:20260401140841

さくらんぼ 

カノン進行王道進行のハイブリッドやった。

遺伝子レベル日本人ウケする楽曲ってわけやな。

G | D7 | Em7 | Bm7 |

C D7 | Bm7 Em7 | Am7 D7 | G |

サビの後半のコード進行やけど、5小節目のCまではカノン進行。で、このCは実は王道進行の頭にもなっていて、王道進行の終わりEm7→Am7へ強進行。さらにD7へも強進行してツーファイブの動きをして、締めにドミナントモーション。

カレー牛丼唐揚げトンカツトッピングたかのような、美味しいところだけ入れられるだけ入れました的コード進行

2026-03-23

マリーゴールド意図的かどうかは知らんがめっちゃセンスあるな〜って思った

故あって、初めてあいみょんの『マリーゴールド』をきちんと聴いた。

筆者はあまり日本ポップスに詳しいほうではない。一応聞くけど、まあコーネリアスだったり坂本慎太郎だったり、「サブカルクソ野郎」的なものをよく聴いているタイプだ。洋邦問わず聞くという自認ではあって、最近個人的ロカビリー評価ブームがきていてWild Roostersをよく聴いている。あとはモッズモッズが参照しているサザン・ソウルなんかを好んで聞くし、過去音楽ではなく現在のものだとX-Over Jazz系をよく聴いている。Greg Speroとかね。そういえばKIRINJI新譜よかったよな。リズム隊の「生感」がいままでで一番いいんじゃない

で、そういう筆者が、故あって『マリーゴールド』をまじめに聴いたわけだ。聴く前の印象は「無難」「予定調和」「日本人の脆弱性を突いている」というような印象を持っていた。じっさい、コード進行メロディアレンジにおいては、完全に「変」なところがない。こんなの「すでに刷り込まれもの」を日本人に耳にぶち込んだら全員「好き〜」ってなるやつじゃん。という。まあ唯一アレンジにおいては逆再生? ボリューム奏法? がギミックとして仕込んであって、この手の保守的ポップスにおいてはちょっとおもしろギミックだな、尖ってんじゃんと思った。思ったけれど、それ以外については全て「既視感マックス」の楽曲ではあると思ったし、それを覆すほどの強度のあるギミックではないよね。とはいえ、この「既視感マックス」をやるのってべつにそう簡単なことではないし、それをやるのはすごいんですよ。すごいんだけど、冒険心のない、「もうみんなが知ってて警戒心を持たなくてもよくてパッと入ってくる」という意味でたいへんに「日本音楽文化で育ってきた人たちの心にスッと入っていく」脆弱性を突いたつくりの曲という意味では意外性やひっかかりが全くない曲だな、というのは、聴く前に持っていた印象とあまりかわりがなかったんだよね。

けど、一箇所だけ「え、まじ?」ってなって引っかかった部分があって、それが「むーぎわらの〜、ぼうしのきーみがゆれたマリーゴールドにに、てる」の部分。「に、てる」ってそこでブレス吸うんか!? おなじメロディーのところでは全部こういう「文節の切断」が起こっている。こういう、文節をブレスフレーズを切っちゃうやりかたっていうのはまあ今までもやられなかったわけではない。宇多田ヒカルの「な、なかいめのべ、ルで受話器を取った君」もだいぶへんなところで切ってる。けどこういうのってあんまり伝統的で既視感マックス保守的な"歌謡曲"」でやることってあんまなくない? そこにぼくはちょっとアンバランスさを感じて「ひっかかり」を得たんだよね。

ポップスにおいて、この「ひっかかり」ってのはかなり大事だと思っていて、「なじみのある感じ」と「ひっかかり」が両方あって初めて「ポップスとしておもしろい曲になる」と思うんだよね。何度も言うけど、べつに「文節を切っちゃう歌い方」ってこれがはじめてじゃなくて、いろんなところでやられているけど、これだけ曲もコードアレンジ保守的な「歌謡曲」で、こういうことをやられているのは結構大きな違和感としてかなり仕事していると思う。

で、これが意図的なのかどうかはわかんないんだけど、めちゃめちゃいい違和感じゃんこれ、とぼくは思ったわけ。この文節のぶったぎりがなければ、「凡庸歌謡曲」で終わってもおかしくないところを、この文節ぶったぎりがそうさせていない。逆に、アレンジコード進行メロディどこかに「斬新さ」があったらこの文節ぶったぎりは「あ〜はい、そういうジャンルね」で回収された気がする。そういう意味で、「基本全部めちゃめちゃ保守的」に、一箇所だけ「保守的じゃないやん! という違和感」を忍び込ませている構造はかなり「新しいしキャッチー」を成立させているな〜って思ったんだよな。

最初に書いた通りぼくは日本ポップスあんまり詳しくないから、的外れなこと言ってるかもしれない。けどぼくは「あいみょんって要するに懐メロの焼き直しでしょ」って思っていたことを懺悔したい気持ちになったよ。という記録

2026-03-19

anond:20260318105440

楽曲派という界隈があってな

みんな詳しくてこわい

自分コード進行とか聴いてもわからん説明されてもよくわからん

2026-03-18

音楽教養ってなんだよ

ジャンルの有名アーティストを知っていることか?

キーとかスケールとかコード進行かについて語れることか?

楽器の種類とかフレーズが○○っぽいって語れることか?

九十年代ロックっぽいね~とか、これは○○から引用かな?って語れることか?

こういう歴史的背景があって生まれた曲で~みたいに曲に関連する社会とか歴史とかを語れることか?

2026-03-16

ジャズギター、かなり遠回りしたけどそこそこ弾けるようになってきたかもしれない

20代前半のころ、それまで聞くだけだった音楽演奏することに興味を持ってギターを買った

コミュ障ゆえバンド系はすぐに諦め、ボサノバにハマったこからジャズも聞くようになった

だた、好きなのはスローテンポソロギターだった

当時はいわゆるビバップ的なジャズセッションのようなものにはさほど興味がなかったのだ

でもその辺のことが自分の中で言語化できていなかった

しばらくしてギター教室に通うことになったが

そこの先生ゴリゴリセッション至上主義だった

セッション初見の曲をやれるように読譜

指板の音名が見えるように!

バッキング

シングルノートアドリブソロ

そういう感じのことをやらされ、勇気を出して

「これは今自分が求めている物ではない気がする…」

と打ち明けたところ「でも楽譜読めないより読めた方がいいですよね?バッキング出来ないより出来た方がいいですよね?じゃあやってください」

とまあ、そりゃそうなんだけどね、という理屈で畳みかけられ、自分の嗜好について言語化が進んでいなかった俺は反論できずに不満をため込み、すぐに教室をやめてしまった

それからはあまり練習することもなく、TAB譜付きの楽譜を買って弾けるようになって喜んだり

ギター自体に興味が移り、中古ギターを買いあさっていじくりまわす日々が続いた

それで散財もかなりした

30代になって、転職を機に自由時間が少し増えた

それでまたギターを真面目に始めてみるかと思って、別のギター教室に入った

そのころにはソロギター志向は消えていた

アメリカギターオタクのおじさんがマイナスワンに合わせてアドリブを弾いているYoutube動画にハマっていて、奇しくも20代のころ拒否していたビバップスタイルに興味を持っていた

このギター教室一年近く通った

発表会もあって初のセッション経験したのもこの頃のことだった

しかったが、上達は遅かった

先生がかなり感覚派の人で、使えるスケールだけ指定されて

あとは耳で覚える!

やってみて、失敗しながらフィーリングで覚える!

という方針だった

これが自分には合わなかったと思う

他の先生がどういう教え方をしているのか気になって、別の先生個人レッスンを受けてみた

するとこちらは全然違っていて、とにかくリズム重要だという人だった

四つ切のバッキングがすべての基本です、と何度も言っていた

まずはFのブルースのバッキングだけをひたすら練習し、ノリが身についてきたら

コードの3度の音とドミナントフレーズだけでアドリブをとれるようにする、という流れのようだった

調べてみるとビッグバンドが本職の先生で、それもこのスタイルに影響していたのかもしれない

当時の俺にはどちらも遠回りのように感じた

バッキングトラックに合わせて流暢にソロを弾きたいだけだから

その方法理屈立てて明快に教えてもらえないものかと思っていた

そのころ、ちょうどYoutube初心者向けにジャズギターを詳しく解説している講師チャンネルを見つけた

今ではそういうのが山ほどあるが当時は珍しかった

通っている教室疑心暗鬼になっていた俺はこの人についていってみるかと思い、独学に舵を切ることにした

俺と同じような人が多かったのか、このYoutuberはすぐに人気になった

そしてオンラインサロンメンバー限定コンテンツで稼ぐようになった

今思うと金を出しても良かった気がするが、当時は抵抗感が大きくドロップアウトしてしまった

独学の厳しさに負け、いつしか俺はTAB譜ソロギターマンに戻っていた

なぜかウクレレにも手を出して、TAB譜ウクレレマンも兼ねるようになった

しかビバップアドリブから逃げたという罪悪感もあった

そんな折、たまたま近所の汚いバーで知り合った人がジャズギタリストだと発覚した

自宅でギター教室もやっているという

お試しは無料から一回来てみますか?と誘われ、行ってみることにした

約束の日時に彼の自宅にお邪魔すると…

そこは壁の薄そうな昭和アパートの一室

洗ってない食器が積み重なるキッチン

3畳の和室がレッスン室で、控えめの音量でやりましょう、と言われて

エレキの生音でこそこそ「枯葉」かなんかを二人で合わせていると…

隣室から壁ドン

この環境だと厳しいかもっすね

俺はそう言って入会を辞退した

でもそれは実際、環境のせいだけではなかった

アドリブパズルですよ」とその彼は言っていた

いくつかのグループに分かれたフレーズを暗記して、曲のしかるべきところで正しいグループフレーズを選んで弾く

まず2年くらいはこれを目指してやっていきます、と

いや、それアドリブって言えるのか?と、その疑念もかなり大きかった

その後結婚子供も産まれ、金が必要になりギターも売ってしまった

楽器に関しては一本だけ残ったウクレレをぽろぽろやるだけの日々が続いた

教則本も押し入れにしまい、参考にしていたYoutubeチャンネルも全て登録解除した

それらが目に付くところにあると「何故諦めたんだ」と責められているような気がしたんだと思う

俺は40代になり、もうジャズギターのせいで苦しい気持ちになるのは御免だ、と逃げ腰になっていた

でも結局、ジャズギターが弾けるようになりたい、という欲求から逃げ切ることはできなかった

ある日リサイクルショップで程度のいいフルアコ発見して思わず買って帰ってしまった

それでまたギター熱が再燃した

独学時代に何冊も買った教則本を押し入れから出してきた

そのうちの一冊をパラパラ見ているうち、ふと気が付くことがあった

俺が今まで逃げてきた、

読譜も、バッキングリズムも、耳で覚えることも、パズルのようなコード進行の分析

カリキュラムに沿って進めていくとそのすべてが網羅されるようにできているのだ

もちろんこの本だけが特別すごいという事ではなく、こちらの理解がやっと追い付いてピンときたということだと思う

俺は遅まきながら、あれは全部必要なことだったんだ、順番の違いでしかなかったんだ、とここで初めて気が付いた

この教則本は、「序盤に出てくるコードの押さえ方が好みではない」という勝手理由ほとんど読んでいなかったが

なんとなく「これはいけるかも」という予感があった

本の著者を検索してみると、今はオンライン講座を主催していた

定額でレッスン動画が見放題なのと、週一で参加自由ZOOM会議がある

サイト説明を見ると、長年の講師経験から例の教則本メソッドさらブラッシュアップした内容だと書いてあった

サンプルを見ると、それが本当なんだとわかった

俺は初心者歴がすごく長いから、初心者にとってわかりやすい内容か否かについては鼻が利くのだ

早速そのサイト登録して、カリキュラムに沿って練習を再開した

そして3か月ほど経過した

やっていることは、あのボロアパートの一室でやっていたパズルと大差ない

フレーズを覚えてコードに合わせて弾くことの繰り返し

しかし繰り返すうちに音楽理論が頭に入り、指板上の音名がちょっとずつわかるようになる

似たようなフレーズばかり覚えるのだが、それがつまり自分フレーズアレンジしたり作っていく伏線になっている

こういう事が全部同時進行で訓練できる

気が付くと、限られたキーの中ではあるが、何曲かのスタンダード曲でそこそこアドリブを弾けるようになっていた

自分としてはパズルに毛の生えたようなものという認識だが

何を練習すれば次のステップに行けるかもなんとなく理解できている

まだ何年かかかるだろうけど、求めていたものがようやく手に入りそうな気がする

この先生最初から出会えていたらな、と思う

いや、20年前に最初に門をたたいたあの先生のもとで我慢してやっていても、

もしくはどこかの時点の教室をやめずに続けていても、たどり着く場所は同じだったかもしれない

20年やれば、今頃かなりのものになっていたんじゃないのか

まあでも、仮定の話をしてもあまり意味はなかろう

長いこと初心者をやってきたからこそ、今の状態になれている可能性もあるし

遠回りしたが、決して長くない残りの健康人生において、もうすこし頑張ってみようと思えることがあるのは悪くない気分だ

2026-03-13

表の三線ルールなるものを見かけた

https://x.com/i/status/2032012479862358159

こういうの、昔の理屈っぽい俺は「ソッチのほうが良いっていうエビデンスあるの? ちゃんとABテストしたことあるの?」って問い詰めたくなってただろうけど、今は「まあ経験則でソッチのほうが良いってのがある程度わかったのかなあ……音楽における売れるコード進行みたいに」くらいになってる

とは言っても、そういう経験則って色々バイアスかかってんじゃねーのって思う。理系ならやっぱりその辺厳密に検証してほしいなあと感じる。

2026-02-01

街中の子供のギャン泣きがたまにいい感じのコード進行なってて興味深く聞き入ってしま

2026-01-17

anond:20260117065220

2020年代に入り、特にコロナ禍を経てからポップスコード進行楽曲構造の複雑化には、目を見張るものがあります

コロナ禍で物理的なセッション制限されたことで、アーティストが一人でPCに向き合い、情報量限界に挑むような楽曲制作に没頭した影響は非常に大きいと感じます

なぜこれほどまでに複雑化したのか、いくつかの視点で整理してみます

1. DTMによる「視覚的な作曲」の浸透

かつての作曲楽器を持って「手」の癖でコードを探していましたが、現在DAW音楽制作ソフト)上では、ピアノロールという画面を見ながらパズルを組み立てるように音を配置します。

直感的な音の配置: 楽器が弾けなくても、画面上で半音ずらしたり、テンションノートを積み上げたりすることが容易になりました。

理論コピペ拡張:

有名な複雑な進行(例:丸サ進行やIV-V-iii-viなど)をテンプレート化し、そこからさらに「裏コード」や「分数コード」をパッチワークのように繋ぎ合わせる手法一般的になりました。

2. 「可処分時間の奪い合い」と情報密度

コロナ禍でリスナー音楽視聴スタイルが「じっくり聴くからSNSTikTok等)で秒単位で消費する」へと加速しました。

飽きさせない展開:

わずか2〜3分の曲の中に、転調、拍子変更、激しいコードチェンジを詰め込むことで、脳に強烈なフックを残そうとする「ハイパーポップ」や「ボカロ文化」の影響がメインストリーム逆輸入されました。

宅録極致:

ライブでの再現性無視できる環境だったからこそ、人間が弾くには難解すぎるジャジーで複雑なボイシングが多用されるようになりました。

3. 日本独自の「複雑化」の文脈

特にJ-POPにおいては、Official髭男dismKing Gnu、Vaundyといった、ブラックミュージック素養を持ちつつDTMを駆使するアーティスト覇権を握った時期とも重なっています

サブドミナントマイナーの多用:

切なさを強調する和声が好まれさらにそこにブルーノートテンションが加わることで、かつての「J-POP王道3コード」という図式は完全に過去のものになりました。

 

アーティストが「内省」と「実験」に費やした時間 コロナ禍で外の世界との繋がりが断たれた結果、多くのクリエイターの関心は「自分しか作れない、極限まで磨き上げた緻密な世界観」に向かいました。それが結果として、1曲あたりのコードの数や、予測不能な転調の多さとして表れているのは、音楽史的に見ても非常に興味深い現象です。

anond:20260117064318

DTMによる作曲が普及した現在ポップスコード進行ってものすごく複雑になってるんだよね。コロナショックで全地球アーティスト引きこもりになったあの時期にそれは顕著になった。

 

それに比べてジャズときたら。平凡な旋律、平凡なコード進行節回しや不自然なタメで平凡さをごまかすあざとさ。すべてが古すぎる。

2025-12-28

私の2025年邦楽TOP10

今回も自分語りしかない

10 - 6

Blue Horizon / エリック・ミヤシロ

今年リリースされたアルバム1曲目にして表題曲 エリックリーダー作のCDを出すのは15年ぶりらしいですね

ブルーノート東京オールスタージャズオーケストラ」の演奏によるビッグバンド楽曲 9分ある長さを感じさせない最高に楽しい作品です

実は今年ライブで聞いたのですが、川口千里ドラムソロも超パワフルだし川村竜のベースもバチクソかっっこいいしなんと言ったって終始圧巻のホーンセクションがもう迫力満点で最高!

......これを「今年の邦楽」というランキングに入れていいのか? というのはまあまあ悩みましたが (そもそもこれが作曲されたのは数年前とのことで......)、

アルバムは今年なんだし、まあいいでしょ! と思って紹介します そんな感じのゆるいランキングでお送りいたしま

海と国道 / 婦人倶楽部

佐渡拠点とする4人組ユニット婦人俱楽部

ベース担当するのはもはやこのランキングではおなじみ沖井礼二

TOKYO / 向田民子

あ~1990年前後ぐらいにこういう感じの女性ボーカルJ-POP流行ってたよね! こういう感じのシンセブラスとかちょと深めのリバーブとかさ、懐かしいな~

......まあこの文章を書いてる私自身はその当時生まれてないんですけれど

花弁、それにまつわる音声 / あばらや, 初音ミク

今年2月ニコニコ動画で行われた合成音声楽曲投稿祭「ボカコレ2025冬」で人気となり1位を獲得した作品 私のマイベストでは7位

何かのインタビュー米津玄師に影響を受けたみたいなこと言ってて、こうやって若い才能がどんどん生まれていくのか......と思った記憶があります

Eureka / 星野源

スムーズでチルい(チルいって何だよ)R&Bに多声コーラスが印象的

この曲が最新アルバム「Gen」のトリです これをトリに置かなかったらどこに置く! という感じ 曲順が解釈一致です

5 - 1

LOVELY MIKU'S DINER / けーえぬP, 初音ミク

今年のランキングは合成音声多めでお送りいたしております

こういった、かわいい(すき)・音数多い(すき)・コード進行や譜割りが凝ってる(すき)曲調に対して、まとめてネオ渋谷系と呼ぶのは個人的には若干どうなんだろうと思わなくもないですが

まあCymbals(すき)やRound Table(すき)もネオ渋谷系と呼ぶならこれもネオ渋谷系かもしれません すき

......ダイナーなのに渋谷とはこれいかに

I'm Sorry / Cycling In Marmalade

これが令和のネオアコだ! 最新アルバム「君が終わらせた永遠から特にポップなこの楽曲を選出

1st~2ndのCD鎌倉の「blue-very label」で取り扱われています ここのレーベル音楽は本当に当たりが多いのでこんな増田を読んでいる皆さんは要チェックです

Like This Before / Roomies

今年1月発売のアルバムECHO」より 今年のはじめはJ-WAVEでこの曲ばかり流れてましたね

じつはこの曲はアルバム内の先行シングルとして2024年中に配信されていたということをこの文章を書いているときに知りました......でもまあいいでしょ!(2) ということで2025年ランキングに入れます

最初聞いたとき80年代洋楽を当時風のサウンド再現したカバー楽曲なのかな~なんて思ったのですが、がっつり新曲だったのでびっくり

ボーカルKevinの歌いかたはMichael Jacksonに影響を受けているそうですが、影響とかそういうの超えてもはやほぼMJのものみたいな感じになってます すごい

メリーゴーランド / Chrione feat. 花隈千冬

キリンジからの影響を公言しているP、Chrioneによるバラード

ボカコレ2025冬で投稿された楽曲たちの中から発見したものです 全参加曲をランダム再生していたときにこの曲に出会えた時の嬉しさと言ったら!

変なこと言いますけど、合成音声が歌う必要性があまりない曲が合成音声によって歌われてるのっていいと思いませんか? 思いますよね。よね?

大サビ直前のここぞという所でオクターブハモリを非常に効果的に使ってるところが好き

レインボーロード(マリオカート ワールド)

任天堂ゲームの中でも特に人気タイトルであるところのマリオカートシリーズ このゲームでは毎回終盤に「レインボーロード」という同名異コースが登場するわけですが

Nintendo Switch 2のローンチタイトルである最新作「マリオカート ワールド」のレインボーロードを今年のマイベスト第1位の楽曲に選出しま

ストリングスウインドシンセで繰り広げられるメロディが美しい! ゲーム音楽という枠を超えて今年聞いたあらゆる音楽のなかで一番印象に残りました

コースのセクションごとに楽曲を進行させるためにプレイヤーの走る速度に合わせてインプロ風の演奏が挟まるという凝った演出がなされていまして

そういったところもJフュージョンにも通ずるアレンジとなっていていいですね

もともと私はJフュージョンのことが以前から好きで、近年の再評価の流れは (過去の盤の全体的な中古相場は上昇してたりする一方、レア盤がサブスクCDで復刻したりして簡単に聞けるようになったケースもあり) 微妙気持ち半分・嬉しさ半分という感じで見てたのですが

今回のレインボーロードを走ってると、あぁJフュージョンが好きで良かった! このシンセを聞くために今まで生きてきたんだ! という感情になります

唯一惜しいのは、今のところこの曲をオフィシャルに聞く方法がSwitch2とソフトを実際に購入するしかないという点 でも聞いてほしい!

......ただしこれからSwtich2を購入予定の人はぜひ自分の手でプレイして聞くことをお勧めします 本当に

YT(3位がフルではない・1位はゲームキャプチャ) https://www.youtube.com/watch?v=6CYY9uIOQk8&list=PLGU1Oq9b9p4oHW2RnCsuQ9qZyT12KCRF1&index=1

Sp(5位、2位、1位は配信無) https://open.spotify.com/playlist/64VlEEEzT9WWOtsz69YRrT?si=pMwPIUWFT3Sbi9V8kOFwwg

2022 https://anond.hatelabo.jp/20221229214015

2023 https://anond.hatelabo.jp/20231229213559

2024 https://anond.hatelabo.jp/20241222214846

2025-12-08

週末@鹿児島

出張熊本に来ている。

だが週末、熊本でなにかあるのか知らんがホテル満室で追い出されたので旅に出る。(泊まれるが法外に高い)

候補宮崎鹿児島

どっちがいいかChatGPTに聞いたら「どっちもいいよ!」みたいなふざけた回答しやがった。

おまえはいつもそうだよ。二択で質問してるのに玉虫色の回答で責任回避しようとしやがる。

どっちか選べと指示したら「鹿児島」だと答えたので鹿児島に決定、はい責任はChatGPTな。

6日朝、桜町バスターミナルに向かう。

中吉野家で朝食をとる。「牛すき定食肉二倍盛り」。朝なのでビールは無し。バス旅でおしっこ危険

俺は吉野家では「並牛」「牛鮭定食」「牛すき定食肉二倍盛り」しか頼まない。

人生吉野家から40年間これを貫いている。あと吉野家以外の牛丼屋はパチモノでありクソである

キン肉マン問題や嫌なら食うな問題などどうでも良い。牛丼吉野家である異論は認めない。

吉野家下通店のドアは手動である、なぜ自動ドアにしないのか謎。理解不能。これだけは吉野家を許せない。

熊本大衆は育ちが悪く品性が低めなので開けたドアを閉めない。ドアをきっちり閉めたら負けだと思っている。

意味わからん

熊本にはそこらじゅうに「あとぜき」の張り紙がある。熊本弁で「開けた扉を閉めろ」という意味だが、

そんな張り紙をあちこちで見かけるほど奴らはことごとく閉めない。

まして吉野家の手動ドアなど完全に閉まることはまずない。閉めろと念入りに張り紙はしているが誰も閉めない。

寒風が吹き込む。マジうざい。だから田舎は嫌なんだよ。

イライラしながら牛すき肉二倍盛りを食う。不穏な空気である

徒歩、桜町バスターミナルに着くと20分後出発の便がある、鹿児島行きバス路線があるのは知っているが時刻表までは調べていない。

チケットを購入。

旅慣れている俺はファミマで颯爽とお茶チョコワッフルを購入。

バスに乗る。

熊本バスはクソ遅い。市内慢性的渋滞なのに市内から高速道路までのアクセス道路が無い。首都高的な、バイパス的な道路がなく

遥か遠いインターチェンジまで下道を走る。

桜町バスターミナルから熊本ICにたどり着くだけで一時間かかる。新幹線ならもう鹿児島に着いている。

だがバスなら4200円で鹿児島まで行ける、新幹線だと7700円

バス一択である、金は無いが時間たっぷりある。そもそも急ぎの旅ではない。バスの車窓も含め旅なのだ

それにしても遅い、市内でいちいちバス停に止まり乗客を乗せる。高速バスなのにぜんぜん高速じゃない。

ようやく高速道路に入り山中をひたすら走り、無駄鹿児島空港に立ち寄り、3時間半で鹿児島中央駅に到着。14時くらいだったと記憶している。

鹿児島は20年ぶり。今の駅ビルに建て替わる直前の鹿児島中央駅(当時西鹿児島駅)にしかたことがなく現在の立派な駅ビルには薩摩藩の貫禄を感じた。観覧車もあるし。

駅前をふらついていると市内観光循環バスを見つけた。230円でぐるっと一周できる。80分乗って230円。どう考えてもお得。乗るしか無い。これで主要観光地全部行ったことになる。

乗ってから数分で気付いたが、そういえばこれ20年前も乗ったわ。見覚えあるわ。行動パターンが20年変わってない俺。

西郷どん洞窟ショボっとか思いつつ、20年前も見たわ、みたいな。

俺は日本全国、世界各地行っているのでたいていのモノは初見でも感動も無いが、二度見であるからさらに新鮮みもまったくない。

16時。アホらしくなり途中天文館で降り(ほぼ一周してる)、銀だこで腹ごしらえ。

安定の銀だこ、どこで食ってもハズレはない。

鹿児島に来たからと言うて嬉しそうに黒豚だの地鶏など食わない。どうせまずい。よくて値段相応

高度に資本主義が発展し、かつ食品の保存、輸送が極限まで進化した我が国

朝に豊洲仕入れた魚が午後には那覇空港に到着し空港の中の寿司屋提供されるのだ。

美味い魚や肉や野菜大資本が狩り尽くし、一般市場にはそのお溢れしか回ってこない。

地元から新鮮で高品質で安い、なんて幻想にすぎない。もうそんな時代ではない。

美味いもの食いたきゃ金を出さなければならないし、品質は都会も田舎も変わらない。

都会の方が競争があるだけ切磋琢磨があり、安くて美味い。

から銀だこで良いのだ。

ハイボールたこ焼き、最高であり、庶民幸福であり、食いながら宿を探す。

宿は取っていない、取れなきゃ満喫でもいいのだ。この時間になるとホテルは空室よりもマシと捨て値で部屋を売り出す。

案の定東横イン7000円を見つける。予約し銀だこ会計チェックインに向かう。徒歩5分

ちなみに銀だこスタッフはみな可愛かった。鹿児島女子レベルが高いように思う。熊本には悪いが熊本はアレだ。

熊本は男は扉を閉めない、女はヘチャ。ではいいとこ無しのようだが、俺は熊本が大好きだ。なんなら引っ越ししてもいいと思っている。

息子が友達と離れたくないと拒絶したので断念したが、でもキミクラスで浮いててボッチって嘆いてなかったっけ?まぁいい。

ともかくホテルチェックイン暇つぶしテレビを見る、スマートテレビはネトフリにも対応、颯爽とログインして「斉木楠雄のΨ難」の続きを観る。鹿児島まで来てなにやってんだと思うだろうが、いいのだ。こういうのでいいのだ。

21時。小腹が空いた。週末の鹿児島繁華街、どんなものパトロールに出発。

グッと来る店がまったくない、Barキャバクラ居酒屋、なんでもいいから1軒くらいと思ったが、無い。

仕方がないので客がそこそこ入ってるラーメン屋に入ったが、ぜんぜん美味くない。な?だろ?

ホテルに戻り寝る。

朝、さてどこに行くか、ノープラン。アホらしいので即戻りでもいい気がしてきたが、せっかくだし、桜島に行く。

桜島には興味はないが一応は名物だし未踏破なのでよかろう。

フェリーに乗る。チケットは無く桜島の下船時に支払うという合理的オペレーションはグッドである。そして安い。250円だったか

金額を確かめようと念の為にググったら検索要約に130円と出てきた。どっからそんな値段が出てきたのか。これだからAIは。

古い値段なのか、小児運賃誤判定しているのか、意味わからん

 

それにしても桜島は偽物である。おまえ島を名乗っているが島じゃねぇじゃん、繋がってんじゃん、現状ただの半島であり錦江湾のノドチンコである。桜半島改名しなさい。島じゃないんだから

無論、ただの地名であるという言い訳もありましょう、例えば島原は島でも無いし原っぱでも無い、島が付く地名などゴマンとあり、地名実態は別物であり、安田さんが安いわけでも田んぼなわけでもない、それらの一種であるという言い訳だろうが、俺は許さない。

 

とか思いながら桜半島を眺めていると船は出発した。デッキではアホみたいにうどんを食うてるアホがいる。クソ高いのに美味いわけが無い。

テレビタレントうまいうまいと言うてるのを見て自分も食いたくなったのだろう、美味いわけが無い。

船は15分で到着。元船乗りの俺としてはこの手のフェリーの操舵技術には感服する。

毎日決まった航路、港とはいえ、すごい技術なんですよこれ。

自動車CMなどでキツキツ駐車スペースにスピンで滑りながらピタリと止める、みたいな演出あるじゃん

あいレベル運転なのよ、素人にはわからんだろうが。

ともかく桜半島に到着。

降りる、250円払う。Suicaで払おうとしたが使用する人はほとんどいないのだろう、都度タッチ端末を起動しているのか知らんが応答がすこぶる遅い。

ところで半島がなにやら騒がしい。爆発音が鳴った。

なんぞ?

なんか人がたくさん走ってきた。マラソン大会してやがる。うっざ、さっきのはスタートの合図

この手の観光地にはたいていレンタル自転車があるもので、案の定あったので借りに行ったら今日マラソンからダメだと。ふぁっく

わざわざ活火山真下マラソン大会やってんの。3000人集まってんの、アホかと。

徒歩で海岸沿いに向かう

ビジターセンターなる観光施設があったので入る、土産屋があり溶岩石が売っていた。300円。

マイクラにハマってる息子が最近やたらと溶岩溶岩とうるさいので買っていこうと思ったが、

ここってそこらの石全部溶岩じゃねぇの?

という真実に気づいてしまった。

海岸沿いに恐らくかつて溶岩だったのではなかろうか的な石ころを拾ってカバンに詰めた。300円儲かった。

なぁに子供にはわかるまい。ただの石でもいいのだ。

かつこの行為が厳密には法律違反ではなかろうとかい懸念もあるが、俺の中では違法性は阻却されると判断している。

鹿児島に戻る。

ちなみに船の出発ジングル長渕剛であった。俺は長渕が嫌いである。

人格品格というのはその人がアイデンティティ確立において誰もが何かしら持つ劣等感をどのように消化するか、が大きく作用する。

彼は音楽に関しては天才である。体系的音楽教育を受けずギター一本で多くの人の記憶に残る名曲を生み出してきた才能は凄いのであり、俺も若い頃、まだ自分ピアノを弾いていた頃には彼の曲をいくつか弾いた。コード進行シンプルであり、奇抜な音楽要素を取り入れるわけではなく、しかし優しく強いメロディーは誰の頭にも残る。

が、彼は自己プロデュース能力タレント性、カリスマ宗教にしてしまった。

アホを信者搾取することは悪いことではない。宗教屋はみなやってる、それで救われるやつもいる。

が、彼は劣等感の克服を歪んだ形で完結させ、歪な宗教昇華させた。俺はそれを嫌悪するのだ。

ワンテイクというYoutubeチャンネルにも出ているが、説法がながぇのよ、普通アーティストは「行きます」程度の一言演奏開始するのだが、彼は人生口上を長々と30分近く喋ってから演奏に入る。うぜぇぇぇぇ、のであり、嫌いだ。

さて、俺は帰りのフェリーの甲板で涼んでいた。外気温19度、日差しもあり普通暑い。散々歩かされたので汗ばんでいる。

Tシャツ一枚で潮風に当たっていた。くっそ気持ちいい

が、近くに高校生修学旅行グループ行動らしき集団がいて、「さーむーい」「マジありえなーい」みたいな私弱いアピールして女子の真横でTシャツであり、俺がおかしいのか、JKがブっているのか、みたいな絵面であり、俺はJKたちに笑われていた。

さーせん、間違えているのは俺です。デブ中年ナメんなよ。

鹿児島中央駅まで戻り指宿まで行く、まだ時間はある、片道1時間ちょい。指宿で降りずにそのまま乗り続けるとJR路線西端西大山駅まで行けるらしく、かなり魅惑的であり、てかそのまま枕崎まで行きたいが、アホではないので帰りをシミュレーションすると無理ゲーであることがわかり諦めて指宿で降りる。

というか、鹿児島県は上白石萌音様を生み育てた聖域であり、指宿はかの大漫画家川原泉先生を生み出した伝説の地である

堪能せねばならない。

指宿駅前食堂だか居酒屋だか料理屋みたいなのがあり、2500円の定食を食う。きっと川原泉先生もここで飯を食われたに違いないと考えると美味さは倍増する。実際美味かった。だが、どうやらその日は指宿で全国かつお祭りとやらが開催されているようで(店にポスターが貼ってた)、車で10分ほどの会場でなんかやってるらしい。13時半なのでまだ間に合う。俺が計画的に行動し、事前リサーチしていれば間違いなくそれをターゲットにしていただろう、カツオは俺の好きな魚ランキング10位内には入るほど好きだ。残念

が、2500円の定食にはカツオも入っていたのでヨシとする。

地ビールがあったので飲む、美味い、おかわりしてしまった。これが間違いだと気づくのは30分後である

14時半、帰路、鉄路バスか。どちらもアリのようだ。来るときJRだったので時間かかるが景色の良さそうなバスもよかろうとバスで帰ることにした。ちなみにJRはクソであり、せっかく海岸沿いを走っているのに藪で景観台無しである

JR軌道外の雑草放置しているため車窓は最悪のコンディション。

で、バスに乗ったが10分走るとおしっこがしたくなった。

言い訳をすると乗車直前にトイレには行ってる、アホでは無いのだ。

が、ビール二本の利尿作用は即座に猛烈に来た。

あと1時間ちょい我慢は「むり」との決断を下し、途中「観音崎展望所」バス停で途中下車

道の駅からトイレくらいあるだろう、あった、おしっこした。セーフ。間に合った。次のバス検索すると絶望しか無かった。2時間後。

最寄り駅まで徒歩20分。20分くらいは歩くが、列車が来るのは1時間後。ふぁっく。ド田舎死ね

結局小一時間海岸で桜半島を眺めながら佇むことになった。気候が良いのが救い、桜半島はきれいだった。

ようやく時間が来たので生見駅から列車に乗る。「ぬくみ」と読むらしい、勉強になった、残り人生で活かせる機会は無いだろうが。

生見駅での乗客は俺一人だが、枕崎指宿から乗ってきたのであろう観光客で空席ゼロ外人だらけ。

ちなみに生見駅の側には「この付近で大便した奴はぶっ殺す 家主」的な看板があちこちにありどんな治安だよと思った。

17:10 鹿児島中央駅到着

本来の目論見では鹿児島中央から4400円でバス熊本まで戻る予定だったが、この時間だともはや新幹線ワープしかない。

(当初は在来線オレンジ鉄道経由も考えていた)

タイムイズマネーである。なぁに金ならある。

指宿在来線から新幹線に乗り換えようとしたのだが、改札内新幹線切符売り場は無いらしい、一度改札を出てから買い直しだとか。

都会育ちの俺は新幹線とは5分に一本走っているものという常識がありそのような感覚だったが、時刻表を見ると絶望しかなかった

17:04 福岡方面新幹線出発

17:07 福岡方面新幹線出発

17:10 指宿から在来線到着(俺が乗ってきたやつ)

17:54 福岡方面新幹線出発

 

はぁぁぁぁぁ?

よんじゅうよんぷん?待ち?なんで接続列車にしないの?その前が3分間隔出発で次が44分の空白ってなんなの?

なんでばらけないの?アホなの?

 

が、良い、許す。俺はちょっと機嫌が良い。

実は指宿からの帰路に衝撃的な出会いがあった。途中でJK3人組が乗ってきたのだが、その一人が俺の初恋の人にそっくりだったのだ。

瓜二つというて良い、とはいえ初恋の人に最後に合ったのは35年前なので記憶が定かではなく写真も持っていないので相当補正がかかっているかもしれんが、顔立ち、スタイル雰囲気そっくりだった。俺が余命一ヶ月とかならアレでソレしてしまたかもしれない。だが俺はあと50年生きる予定なのでそんな事で刑務所には入りたくない。

ともかく、鹿児島中央駅で無駄に44分潰すことになった。

コーヒーを飲む。そういえば出張に電動鼻毛カッターを持ってくるのを忘れた(バックのどこを探してもない、入れたはずなのに)ので隣のヨドバシで買うか思案、だが、よくよく考えてみると鼻毛カッターを使うのは1週間から10日に一度である

出張はあと2週間だから使っても1回、もしくはせいぜい2回であり、自宅に戻れば前のがある、別にそれで困ってない。

パナソニック製で10年前に購入したものだが、電池式なのでバッテリーヘタリもない。そもそも毎日使うものでもない。

電池交換もこの10年で2,3回である

そしてこの歳で新しい電動鼻毛カッターを購入したとしてあと何回使うだろうか。鼻毛がどうでもよくなるのが80歳くらいだとして、週一使うとして残りざっと1400回である

あ、けっこうあるな、新しいの買ってもいいかな、人生最後の電動鼻毛カッター、いやいやいや、今のやつで人生最後まで走り切れるのでは。

電池交換もあと3,4回か。てか俺の人生っていったい。

とか考えてたら30分が過ぎ、ホームに向かう、新幹線ホーム喫煙所があると思いきやなかった。大都会熊本駅にはあるんだけどね。

新幹線発車。

車内アナウンスで「座席荷物置くな」と言うているのにお隣の中年女性はガン無視

俺は三列シートの真ん中にふんぞり返って座っている。なぁに乗車率3割も無い。

ちなみに三列シートは真ん中だけちょっと幅が広いのだ。

熊本到着、ここから在来線であと少し、ジョルダンによると

18:40 新幹線熊本到着

18:58 熊本出発(豊肥本線 肥後大津行き)

18分のインターバルがあるのでのんびり新幹線ホーム喫煙ルームタバコを吸う。

 

吸い終わり、ん?豊肥本線ってこの時間そんなに間引き運転だったっけ。調べると

18:43発があった。余裕で乗り換え間に合うじゃん。ジョルダンふぁっく

 

なんやかやホテル到着、急いで帰ったのは理由がある、荷物が届く。

スーツケース宅配便で送っている。ホテルというかウィクリーが預かってくれないので近所のコンビニから Permalink | 記事への反応(0) | 16:52

2025-11-29

音楽オタクになるなめのプロンプト

考えてみた。以下を聞くだけ。

 

〜の曲〜について、以下を踏まえて解説してください。

・フックとなる特長と、曲全体の印象

・曲構造の特徴

コード進行の特徴

演奏音響の特徴

ビートの特徴

歌詞は何を表すか(歌詞がある場合

・曲のジャンル複数ジャンルの影響がある場合複数挙げる)

アーティスト作曲者)の作品の中で、どういった位置付けか

・曲が発表れた当時におけるインパクト

対象から想起される、関連アーティスト、影響元のアーティスト

対象曲が直接、間接的に影響を与えた作品

・曲に関連したトリビア豆知識

 

Beatlesの「Get Back」についてこのプロンプトで聞くと

 

以下では、**The BeatlesGet Back」**を、楽曲分析歴史的背景・影響関係まで含めて総合的に解説します。

■ フックとなる特徴と、曲全体の印象

• **ループ感の強いコード進行(A7ワンコード中心)**と、ドライブ感のあるシャッフル気味のビートがフック。

• 全体としては「軽快だがタフ」「ジャム感のある粗削りなロック」という印象。

• 当時のビートルズとしては珍しく、**“引き算のアレンジ”**によるライブ感が際立つ。

■ 曲構造の特徴

イントロ – ヴァース – コーラス – ヴァース – コーラスエンディング という非常にシンプル構成

構造上の特徴は、ヴァースとコーラスコードがほぼ同じで、メロディ歌詞によってセクションを分けている点。

1969年ビートルズとしては珍しい、ブルース寄りのワンコード型ロックンロール。

コード進行の特徴

基本は下記の通り:

• A7ワンコードで進む(キーはA Mixolydian的に解釈可能

コーラスで D → A7 と行くが、非常に短く戻るため、実質ワンコード感が維持される

ブリッジ的な明確な対比セクションは存在しない

結果として、

ループ感/ジャム

ファンクの萌芽的手法ワンコードでのグルーヴ勝負

が強調されている。

演奏音響の特徴

バンド演奏の生々しさが強調

• ほぼライブ録音に近いテイクで、Rooftop Concert(屋上ライブ演奏公式版として使われた。

• ジョンのギターのカッティングはゆるいノリで、ポールベースは跳ねるグルーヴ担当

ビリー・プレストンのエレピ(Fender Rhodes)が決定的

• ロールするようなエレピのフレーズサウンドを“ブラックミュージック寄り”にしている。

プレストンの参加は、ビートルズ内部の緊張を和らげたといわれている(トリビア)。

ミキシングルーム感強め

• “Let It Beセッション特有のざらついた音像。

60年代後半のビートルズとしては「未加工」感が強い。

ビートの特徴

• ややスウィングシャッフルした8ビート

• R&B由来の**「裏」で跳ねるノリ**

リンゴドラムハイハットの刻みが緩い「ロックンロール+R&B」ハイブリッド

現代的に言えば**“スワンプ・ロック”**に寄ったグルーヴCCR的とも言える)

歌詞は何を表すか

ジョジョ」「ロレッタ」といった架空キャラクターを通じて、

自分の原点に戻れ(Get Back)

• 都会の混乱・多文化化の中で“ルーツ”を探せ

といった寓話テーマが描かれる。

また、一部のデモで語られた社会風刺1968年移民問題揶揄した歌詞)も背景にあるが、公式リリースでは中立的寓話的になっている。

ポール本人は「深い意味ではなく、ファニーな物語」と語ることが多いが、時代背景が透けて見える作品

■ 曲のジャンル

複数の影響が混在:

ロックンロール

• R&B / ソウル

• スワンプ・ロック

カントリーロック

ブリティッシュロック × アメリカ南部音楽ミックス

特にビリー・プレストンの参加によって黒人音楽寄りのフィールが強くなった。

アーティスト作曲者)の作品の中での位置づけ

ポールは「R&B / ロックンロール的な原点回帰」を狙った曲。

• “Let It Be / Get Back sessions”の精神である**「Get back to basics(基本に戻る)」**そのもの象徴

ビートルズ末期の作品の中では珍しく、明るく、軽快で、ポジティブムードを保った楽曲

■ 発表当時のインパクト

1969年チャート1位(英米)。

インパクトとしては:

• 「ビートルズがルーツロック回帰した!」と強く受け取られた

• 深刻化しつつあったビートルズ人間関係が、外部のビリー・プレストン参加で改善したこと話題

サウンド的にも、複雑なスタジオ実験に傾いていた後期ビートルズからの大きな転換となった

■ 「Get Back」から想起される関連アーティスト/影響元

影響元として考えられるアーティスト

Little Richard / Chuck Berry / Jerry Lee Lewis(ロックンロール)

Ray Charles, Billy Preston(R&Bピアノ

• Band(ザ・バンド)のアーシーなルーツロック

• Rolling StonesのR&B寄り路線

間接的に想起されるアーティスト

CCR(Creedence Clearwater Revival)

• Delaney & Bonnie

Leon Russell

いわゆるアメリカ南部ロック/スワンプロックの波と共振

対象曲が影響を与えた作品

直接的・間接的に:

1970年代ルーツ回帰ロック全般カントリーロック、スワンプロック、シンガーソングライター系)

• Rolling Stones『Let It Bleed』『Sticky Fingers』などにみられるルーズなR&B感

ポール自身ソロ作品特に「Band on the Run」「Junior’s Farm」など“軽快ロック”部分)

Oasisなど90年代ブリットポップにも引用的影響(脱力ロックンロールのスタイル

■ 曲に関連するトリビア豆知識

• “The Beatles with Billy Preston”名義でリリースされた唯一のシングル

屋上ライブでは、警察ビルに乗り込むところまでが映像作品に残り、音楽史の名場面となっている。

• 初期デモでは、**移民問題皮肉る“政治的パロディ歌詞”**があった。

レノンはこの曲で Epiphone Casino を使用し、ポールは Höfner 500/1ベース使用

ビリー・プレストン参加の経緯は、ジョージが米滞在時にプレストンと再会したこときっかけ。

マッカートニーは「最初ジョークとして作った」と語っており、深刻なメッセージソングではない。

2025-11-18

コード進行パズル、始める前にこれだけは知っておけ。ゲームが100倍面白くなる,,,かも

コード進行パズルってゲーム話題になってる。

遊びながらコード進行を学べるらしい。

すごい。

でも、正直に言うと、何も知らずに始めると、ただのパズルゲームで終わる可能性がある。

それはもったいない

から、このゲームを始める前に、これだけは知っておいて欲しい。

知ってるだけで、ゲームが100倍面白くなる。

まず、コードって何なのか

コードは、複数の音を同時に鳴らすこと。

ピアノで、ドとミとソを同時に押す。

それがコード

Cメジャーというコードだ。

じゃあ、コード進行って何なのか。

複数コードを、順番に鳴らすこと。

C→F→G→C

こういう流れ。

この流れが、音楽に動きを与える。

なぜ、コード進行に良し悪しがあるのか

ここが重要だ。

コードには、実は役割がある。

全部で3つの役割

1. トニック(安定)

家に帰ってきた感じ。

落ち着く。

曲の始まりと終わりに使われる。

キーがCなら、Cコードトニック

2. ドミナント不安定

家を出て、外に出た感じ。

落ち着かない。

から、家(トニック)に帰りたくなる。

キーがCなら、Gコードドミナント

3. サブドミナント(展開)

家でもなく、外でもない。

中間地点。

ふわふわした感じ。

キーがCなら、Fコードサブドミナント

まりコード進行とは

この3つの役割を、どう並べるかってことだ。

基本的な流れは、こう。

トニック(安定)→サブドミナント(展開)→ドミナント不安定)→トニック(安定)

この流れが、音楽起承転結を与える。

例えば、C→F→G→C。

トニックサブドミナントドミナントトニック

これが、最も基本的コード進行

ゲームに出てくる3つのコード進行

コード進行パズルでは、3つのコード進行が選べる。

王道進行(4536進行)

丸サ進行

1625進行

これらが、一体何なのか。

王道進行(4536進行)

これは、J-POPアニソンで最も使われるコード進行

なぜ4536なのか。

それは、ダイトニックコードの4番目→5番目→3番目→6番目という順番だから

ダイトニックコードって何なのか。

それは、あるキーで使える7つの基本コードのこと。

キーがCなら、C、DmEm、F、G、Am、Bm(♭5)の7つ。

これを番号で呼ぶと、1番目から7番目になる。

王道進行は、その4番目→5番目→3番目→6番目。

まり、F→G→EmAm

なぜ、これが王道なのか。

理由は、サブドミナントドミナントトニックマイナー)→トニックマイナー)という流れ。

最後の2つが、どちらもトニック機能を持つマイナーコードなんだ。

から、独特の切なさがある。

この切なさが、J-POPアニソンで好まれ理由

丸サ進行

これは、椎名林檎の「丸の内サディスティック」で使われたコード進行

キーがCなら、Fmaj7→E7→Am7→Gm7→C7。

ディグリーネーム(番号)で言うと、IVmaj7→III7→VIm7→Vm7→I7。

この進行の特徴は、トニックコード(Cコード)が出てこないこと。

からキー曖昧に感じる。

その曖昧さが、都会的でおしゃれな響きを生む。

さらに、III7(E7)は、本来Emであるべきところを、E7というセブンスコードに変えてる。

これは、セカンダリードミナントという技法

次のAmVIm)に強く引っ張る力を持つ。

この引っ張る力が、コード進行に推進力を与える。

1625進行

これは、ジャズで最も使われる循環コード

キーがCなら、C→A7→Dm7→G7

ディグリーネームで言うと、I→VI7→IIm7→V7。

この進行の特徴は、最後の2つがツーファイブ(IIm7→V7)になってること。

ツーファイブは、ジャズの基本中の基本。

サブドミナント(IIm7)→ドミナント(V7)という流れ。

この流れが、トニック(I)に戻る強い力を持つ。

から何度でも循環できる。

ジャズアドリブでは、この循環を何度も繰り返しながら、メロディ即興で作る。

ディグリーネームって何なのか

さっきから、I、II、III、IV、V、VIVIIって書いてる。

これが、ディグリーネーム

まりコードを番号で呼ぶ方法

なぜ、番号で呼ぶのか。

理由は、キーが変わっても、同じ進行を表現できるから

例えば、王道進行。

キーがCなら、F→G→EmAm

キーがGなら、C→D→Bm→Em

コード名は違うけど、番号で言えば、どちらも4→5→3→6。

まり、同じ進行。

から、ディグリーネームを覚えると、どのキーでも同じ進行を作れる。

これが、めちゃくちゃ便利。

ゲームで何が起きてるのか

コード進行パズルでは、ブロックをつなげて消す。

つながるブロックと、つながらないブロックがある。

なぜ、つながらないのか。

理由は、音楽的に不自然コード進行になるから

例えば、トニックトニックトニック

これは、つながるけど、面白くない。

ずっと安定してるから、動きがない。

逆に、ドミナントドミナントドミナント

これも、つながるかもしれないけど、不安定すぎる。

ずっと落ち着かない。

から音楽的には、トニックサブドミナントドミナントトニックという流れが好まれる。

この流れを、自然に学べるのが、コード進行パズル凄さ

ゲームが100倍面白くなる理由

この知識を持ってゲームをすると、何が変わるのか。

それは、ブロックをつなげる時に、意味が分かるようになる。

「あ、これはトニックからドミナントに行こうとしてるんだ」

「この流れは、サブドミナントを経由してトニックに戻るんだ」

そういう理解が、ゲームプレイに深みを与える。

ただのパズルゲームじゃなくて、音楽構造を学んでる感覚になる。

さらに、ゲーム高得点を取るコツも分かる。

長くつなげるには、コード進行の流れを理解する必要がある。

トニックサブドミナントドミナントトニックという基本的な流れを意識すれば、自然に長くつなげられる。

実際の曲で確認してみる

この知識を持って、好きな曲を聞いてみると、発見がある。

例えば、J-POPの多くは、王道進行を使ってる。

YOASOBIの「夜に駆ける」は、丸サ進行を使ってる。

ジャズスタンダード曲は、1625進行を使ってる。

その瞬間、音楽が違って聞こえる。

「あ、ここで王道進行が来た」

「ここは丸サ進行だ」

そういう発見が、音楽を聞く楽しみを倍増させる。

最後

コード進行パズル面白そうだ。

でも、ただ遊ぶだけじゃもったいない

この知識を持って遊べば、音楽構造が分かるようになる。

そして、その知識は、他の曲を聞く時にも使える。

まりゲームが、音楽理解入り口になる。

それが、このゲームの本当の価値だと思う。

正直に言うと、俺も音楽理論は苦手だった。

本を読んでも、全然からなかった。

でも、こうやって、ゲーム感覚で学べるなら、楽しい

から、ぜひ試してみて欲しい。

知識を持って遊べば、音楽世界が広がるはずだ。

anond:20251118194131

でもScalerとかInstaChordとかKontaktのChord Toolとか、コード進行学習ツール海外の方がたくさん出てますよね

2025-10-18

3 epochsで終わらせるタイプ

俺はさ、物事を学ぶときに、長い時間をかけることがほぼねーのよな。

それは怠惰じゃなく、効率極致なんだよ。

Kerasでテキトー文書分類タスク学習する場合、3 epochsで十分なのよ、100とか回す必要ねーの。

なぜなら、3回で精度の収束傾向が読めねーなら、そのモデル設計自体がクソなんだよ。

計算資源祈りを捧げる前に、学習曲線の微分を見ろって話だ。

100 epochs回すってのは、もはや「思考停止自己放尿」だよ。出せば出すほど気持ちいいけど、何も残らねぇ。

ギターチェス料理も同じ。俺の学習に「解像度」なんて概念存在しない。

音楽理論を覚えるより、コード進行位相構造を感じ取った方が早い。

チェスのオープニングを全部暗記するより、局面エントロピー変化を直感で捉えた方が強くなる。

レシピを完コピするより、熱伝導と香気分子拡散支配した方がうまくなる。

俺はそういう学び方をしてる。つまり学習とは情報量を増やすことじゃなく、情報圧縮して抽象構造を見抜くことなんだよ。

から「楽しめればいい」というのは、俺にとって惰性でも妥協でもない。むしろ、それは人間的な限界処理速度に合わせた最適化戦略なんだ。

楽しめない学習ってのは、CPUがサーマルスロットリングしてんのにベンチマーク回してる自己放尿してるようなもんだ。意味がない。

100 epochs回したのなんて、「仕事しょうがなくプログラミングをやってるから」程度の自己放尿でさ。要は、精度を上げるんじゃなくて、上司不安を下げるための儀式だ。

から俺は3 epochsで世界を読む。100 epochsを信じる奴らは、コード理論自分の中で抽象化できないから、量で殴るしかねぇんだ。

俺はそういう連中を見てると、まるで汗と時間で知性を埋めようとする「計算リソース型の自己放尿」にしか見えねぇんだよ。

2025-07-29

anond:20250729165435

高価な音源マスタリングプラグインセールで買うことに夢中になる前に

1秒でもいいから生の楽器に触れて欲しい所存。

生の楽器音楽を楽しむ良さが分かるとコード進行がどうとかどうでもよくなる。

音楽始めるのにパソコンの電源入れたりアプリが立ち上がるの待つなんて時間無駄

鼻歌から始めたっていい。心で音楽を楽しんでほしい。

anond:20250729142809

音楽に頭の良し悪しは関係ない。

コード進行理解できる=頭がいいと思い込んでるのかもしれないが

音楽センスのある奴のほとんどが感覚理解してる。

センスのないコンプレックスの塊みたいな奴ほど

音楽理論がどうとかって音楽文章的に分析したがるが

結局どう聴こえるかが分かってないか

カノン進行がどうとかってネットで拾える知識音楽を受け止める。

音楽が先で理論は後付けでしかないんだよな。

その後付けに縋ってフォーマットだけなぞってても

良い音楽は生まれるわけがないんだよな。

特にボカロDTMerに多いけど

蘊蓄たれる前に楽器練習した方がいい。

anond:20250728222004

カノン進行とか日本独自文化だよな。

海外ミュージシャンからすれば日本歌謡曲コード進行が複雑すぎると思われてる。

海外名曲と呼ばれる曲の中には2コードしか出てこないものも珍しくないし

アホほど演奏されてるブルースなんて基本3コードだ。

カノン進行って呼び名のもの日本独自文化だし、

型にハマりやすいのもいかにも日本って感じがする。

問題なのはこのコード進行なら間違いないって手抜きに使われてること。

判を押したようにどれもこれも似たような曲なのはこのせいだ。

DTMボカロ文化音楽的なセンスや才能のない一般人が参入してきたのも

この傾向を加速させてる問題の一つ。

おそらく今後日本でまともな作曲家ミュージシャンは出てこないだろう。

アニメドラマタイアップ再生数さえ稼げれば一流扱い。

音楽番組と称してダンスパフォーマンス中心で

歌えば音程しまくりのガキばかり。

趣味の細分化とかそんな次元じゃなくもう終わってるのかもしれない。

2025-07-25

音楽をやれ、人生変わる

マジで増田なんかいます引退しろ

俺は32で男だが結婚できそうな見込みはない。

一応外資系パソコンとか売ってるメーカーの販社なんだが、年収云々よりも出会いに行くことが怖くてできない臆病だ。

清潔はそこそこある方だと思うし、相手を気遣ってるつもりではあるが、自己満かもしれないし

第一そんなこと言っても信じてくれないと思うので本題に行きたいんだが、

音楽っていってもいろいろ種類はあるんだが、やっぱりメジャーどころはアコギとかドラムとかピアノ系だろう。

俺は仕事とか住宅事情関係楽器を部屋に置けないか

鍵盤(midiキーボード)とドラムパッド(midiパッド)を買ったんだがマジで世界変わった。

俺は大の音楽好きで1ヶ月100時間以上も聴くし、

音質のためにわざわざXperiaにしたりプロ御用達AKG K702を買う、いわゆる「音質厨」だ。

ちなみに4歳の頃から高校生までクラッシックを習っていたため、もともと音楽親和性が高かったのかもしれない。

自分語りはさておき、音楽一つとってもポップスからクラッシックからジャズまでいろいろある。

個人的推したいのがポップスジャズだ。

コード進行マスターすれば、例えば既存ポップス曲にコードアレンジしてみたり、

あるいは「ここでクリシェしてるからこの進行なのね!」っていう新しい気づきがあったりする。

コード理論に正解はあってなきが如く、結局耳コピなので人それぞれ解釈は違う。

からこそ否が応でも自分勉強しなきゃいけないし、何より普段からたくさん曲を聴くので

「さっき流してた曲めっちゃエグいな」みたいなことがあればすぐに

実際コードを鳴らして確かめたりできる。特に最近ai進化しててヤマハコードラッカーじゃないけど

音源を読み込ませると自動で解析してくれるアプリもある。

さらコード理論ベース感性的に「ここ気持ちいいな」みたいなのを繋げていくと、ジャズ特有アドリブ演奏ができる。

増田生産性がないとは言わないが、結局他人批判するだけのくだらない遊びだ。

俺は音楽を始めてから世界が変わった。

2025-06-07

anond:20250605180937

漫画アニメなら、台詞の語彙や言葉数や喋ってる時間など、絵なら等身や目の書き方や構図やカット割やコマ割りなど、そこまでやって脚本構成や絵柄などを再現解説が出来るなら立派な分析だけど、本文を読む限り、恐らくそこまでじゃないよね。

音楽なら、楽器編成、コード進行、非和声音はあるか、ポリリズムはあるか、変拍子か、転調はどういう形で行われているか、などなどあるけど、そこまで考えて聞いてないよね、多分。

情熱の有無は関係なくて、努力勉強練習必要なレヴェルの事を避けてるだけのように読めた。

感想分析と称してるだけで、分析という段階にすら至っていないのでは?

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