はてなキーワード: 漫画雑誌とは
一押しはやっぱり「劇光仮面」
山口貴由による本作、山口作品では一番好き。それだけ一般向けである。現代日常を舞台に怪異を描き、それに対抗できるのは特撮オタクサークルだけというのを納得させてくれる物語構成。すごい好き
「住みにごり」は当初引きこもり兄貴への弟の恐怖を描いてたが、第二部となった今は兄貴の人間味と、狂った弟を描くきょうだい漫画となってる。こうした2面性を長々と描けるのが連載漫画のいいとこだよな
でやっぱり今年の新連載が大御所だらけですごい
奥浩哉の「還暦姫」は奥浩哉っぽい弱者男性へのいやらしさがこれでもかと描かれ、弱男の俺としても面白い
「医龍」「夏目アラタの結婚」の乃木坂太郎の「まなざし珠子の自由研究」は、最初なんだこれって思ったけど先が読めないサスペンスになってる
サスペンスならJKが母殺したカルト教団と戦う「KIKI KILL」は初回から引き込まれた
「進め!白鼻進」は戦前戦中の漫画家が主人公の歴史コメディで、はてなのインテリも面白く読めるぞ
他にもはてなでおなじみの「ラーメン西遊記」は鉄板だし、ほのぼの恋愛系や学生青春ものも幅広く揃ってる
他の週刊誌作家が隔週連載ばかりになる中、スペリオールは元から隔週発行だからこれらの漫画がいつでもだいたい載ってるのが嬉しいところ
gui********さん
2015/4/5 18:38
有り体に言えば、日本のアニメやオタク市場なんて、今や「斜陽産業」
です。「経済にコウケン」とか言った所で、鼻で笑っちゃう程度の
規模に過ぎない。
内閣府によると、日本のGDPは09年で474兆0402億円です。
また日本のアニメ市場は、日本動画協会によると、アニメ制作企業
の売上としては、'06年に約2145億円、'07年は約1901億円、'08年
は約1842億円、'09年は約1494億円、'10年は約1533億円、'11年
は約1580億円、'12年は約1725億円…と右肩下がり。
ピークだった'05年に国内で約971億円、'06年は約950億円、
'07年には約894億円、'08年は約779億円、'09年は約736億円、
'10年は約759億円、'11年は約753億円、'12年は約741億円、
'13年は約807億円、と長期横ばいの気息奄々。
また出版科学研究所の統計では、'09年度1年間の漫画の雑誌・
単行本全ての売上げは4187億円。前年比6.6%減。漫画雑誌の
売上げ全体は1913億円で、前年比9.4%減(!)だそうで。しかも、
同年の書籍・雑誌の推定販売金額は1兆9356億円で、売上げの
6割近くを占めてきた雑誌は、12年連続でマイナスとなっており、
矢野経済研究所によると、'12年の日本国内のキャラクターの版権、
商品化ビジネスの国内市場規模は、2兆3,075億円でした。7年連続
で減少しています。これは、出版等の版権とグッズ等の商品化権、
併せてです。
だけの統計としては、メディア開発綜研の発表によると、'11年の
ちなみに、「真に」日本の経済の屋台骨を支える一つである自動車
産業で言いますと、日本自動車工業会によれば'09年の自動車製造業
の製造品出荷額等は、40兆4,915億円(!)でした。「経済効果」とか
言い出したら、自動車市場を買い支える層の方が、ずっと胸を張って
ふんぞり返って良いはずなのに、自家用車オーナーは誰もそんなバカ
な事しやしない。
住宅だって、即席麺だって、「アニメ産業」とやらよりずっとずっと
巨大なフィールドは日本にいくらもある。でも、「オレらが日本経済
にコーケンしてるンだ!wwww」なんてわめく手合いは、「アニメ」
とやらにしかいない。
さらにちなみに…
関東財務局によると米本国のザ・ウォルト・ディズニー・カンパニー
名義の'11年期純利益が約52億ドル(約5000億円!)。無論、単純比較
は出来ませんが…。
話の裏には、「放送枠の安い“埋めぐさ”として海外で重宝された」…
という悲しい面もあった。
では安ぅく叩き売っているのです。
しかも、言いたく無いですが海外で日本のアニメを見てる層なんて、
行ってはいない。
ネット等で「アニメ/オタクがニポンケーザイをササエてる!wwww」
とか、さも自分の手柄みたいに(←ここ重要)吠え立てるヒトは多い。
そういった層のネタ元は、直接でも間接でも多分この辺でしょう。
主要5分野で2,900億円市場」
ttp://www.nri.co.jp/news/2004/040824.html
これは04年の発表。YouTubeやニコ動や、やらおんなどのヤラセ
ステマまとめコピペサイトや、違法動画サイトなど、現在ではシーン
の“大前提”になっている色々が無かった頃の話。いわば「大昔」です。
しかも、この野村の数値は「幅広い一般消費層」と「オタ」を一緒
くたにし、アイドルだゲームだ、果てはパソコンだ旅行だといった、
いわば“一般層”の消費行動もみんな「オタの手柄だ」みたいに言い
くるめた「水増し」数値なのです。言葉尻でもって、「趣味性の濃い
括っている。
逆に言えば、「オタ経済効果」なんて、最初からそうした「上げ底」
ありきの「ホラ」でしか無かったと見ても良い。
なので、この手の「オタクケーザイコーカ」ネタを勇ましく吠える様
な人は、要はただ単にいつも通りアニメをヘラヘラ見て、ハシタガネ
でグッズ買っている(敢えてこう言います)だけの事を盾に
というイタい夜郎自大の“錯覚”にふけっているだけ。そうやって自我を
膨れ上がらせているのです。自分では指一本動かす努力も苦労も無く、
ただ単にいつも通りヘラヘラとマンガやアニメ見て喜んで、数千円~
多くても数万円程度のハシタ金(敢えてこう言います)を落としている
だけに過ぎないのに。
大体、“経済効果”なんぞで趣味をハク付けしようだなんて、自分の
よっぽど抱いているのだろうなぁとしか見えない。通常なら、その
趣味が如何に文化的・芸術的・文芸的であるかを誇るのが、真っ当な
普段からヘラヘラと喜んで見ているアニメだかマンガだかいったモノ
に、いつも通りただ入れ込んでいるというそれだけで、さもオレ様
ちゃんはそのセンモンカさまだ詳しくてグッズ持っててイッパンジン
と違ってて人としてエラくてスゴいンだぞよ!とばかりにのぼせ上がり、
空疎な自尊心を満たした気になる…これが語本来の意味の「オタク」。
一個の人間が、自分という存在を真に世へ問うなら、自ら自身の掴み
取った努力とか向上心とか、人徳とか功績とかによるのが当然です。
アニメをヘラヘラ見て喜ぶだけなんて、わずかなカネと暇さえあれば
誰でも出来ます。そんな事を「おれはオタクさまだ」とか称して振り
かざすなんて、バカげている。
そういう人こそが、「アニメはオタクがケーザイコーカでエラくて
スゴい(からただ単に毎日ヘラヘラとアニメ見ているだけのオレ様
ちゃんもまた、自動的にリッパでエラい)んだ」とか頼まれもしない
のに吠え立てたがるのです。自尊心と、それと裏腹の劣等感を埋め
合わせる空しい埋めぐさとして。
無論、ご質問主さまはその様な卑しい「下心」なぞとは無縁と存じ
ております。
あ、私もマンガやアニメは大好きです。DVD類も書籍もグッズ類も
山ほどあります。
が、そんな事を盾に「ケーザイをササエテルんだwwww」などと
dorawiiより
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ジャンルというものは... 流通とマーケティングのための分類に近い。そして、その意味するところは時代によって大きく変化する。
一賽社による『ZERO-SUM』が創刊される。こちらは少女漫画雑誌に分類されることとなり、『黒執事』のような、これまた女性読者に強く支持される人気作の系譜へとつながっていく。
とはいえ、例えば有名作品として、「最遊記」の男性ファンなども、割合としては女性ファンより少ないが、決して少なくはない。ここでいう「少女漫画」というのは、やはり便宜上の区分ということになる。
総じて、これらの変遷は、しばしば作風やジェンダーステレオタイプとして解釈されがちだが、実際にはかなりの部分が「どの棚に作品を置くか」というマーケティング上の事情による変化であった
[B! 漫画] 「荒川弘は性差別を恐れて男性名義にした」という海外ファンの誤解についての覚書|ヤヤネヒロコ
流動的で便宜的であいまいな、マーケティングの事情の「少年」誌・・・それって本当に必要かな。
『マーケティングの事情』を決める人たちの心の中に、ジェンダーステレオタイプがある可能性はない?
現に、ディズニーやマーベルやDCには男性向け・女性向けという区分はない。
編集部の迷い「女性作家が多くて女性読者も多い漫画雑誌は本当に少年漫画誌と呼べるのか」に対する答えとして、作家陣・女性読者そのままで、看板から「少年」を落とすという選択肢でも良かったと思う。
「1970年代の少女マンガはどれも皆恐ろしくレベルが高くて、当時の少年誌青年誌のマンガがみんな子供っぽく見えた」とり・みき先生のポストに漫画家や読者から共感の声
https://togetter.com/li/2688253
タイトル通り。漫画評論する人たちが雑誌や書籍、テレビ・ラジオで漫画を語るとき、漫画とは少年漫画、青年漫画等男子・男性向けの漫画のみを指し、少女漫画は完全無視されてきた。あるいは現在もほぼ無視。
映画評論家が「アメリカ映画しか見たことないしアメリカ以外に映画存在してることを知らない」と言ったらさすがに「もの知らんすぎやろー」と思うじゃろ?マジでそんな感じでお偉い先生が「漫画話」をする時は少女漫画は完全スルーじゃった。今もじゃ。
よく「面白い漫画100選」とかやってる人いるけど少女漫画が1本も入ってないことはよくある。
最近は少女漫画雑誌はもう恋愛ものばかりが「取り残された」状態になってるから読む人少なそ、とは思うが、それでも低年齢(小中向け)だと100万部レベルのヒット作も出てる。
この4月に終わったらしい「ハニーレモンソーダ」なんて1600万部売れてっからな。漫画評論やってる人は誰も言及しないけど。
最後に少女漫画界の動向こんな感じじゃね、という体感書いとく。
「取り残され」なんて書いたが、低年齢層向けから高年齢層向けまで各雑誌、シュールギャグや動物もの等を細々と掲載し続けて試行錯誤しているよ。売上落ちてて、漫画評論界隈から完全無視されても。でもコミックス1600万部売れる作品出せてたらもうそれでもええかもな。
それから、高年齢層向けの少女(?)漫画雑誌だと昔みたいに色々載ってるね。FlowersやWingsは昔の少女漫画雑誌っぽさがある。
ごちゃまぜ時代。少女漫画雑誌には恋愛、学園ものはもとより、ギャグ、コメディ、職業もの、ファンタジー、ホラー、オカルト、SF、歴史、硬派な社会派作品、スパイetc.ありとあらゆるジャンルがあった。
少年・青年漫画雑誌の女性読者が増え(読んでいる人は昔から大勢いたが)、少女漫画家が少年・青年誌に進出し始める。ジャンルは恋愛もの以外で。
読者の方も、恋愛もの以外が読みたい人は少年・青年漫画を選ぶようになってきた。少女漫画雑誌に恋愛ものばかりが「取り残され」るようになった。
女性漫画家でも最初から少年誌・青年誌でデビューする人が増えてくる。
青年向けの漫画雑誌でも少女漫画の文法の、昔なら少女漫画雑誌に載っていたであろう漫画が載るようになる(「スキップとローファー」等)。少女漫画雑誌はほぼ女性しか買わないが、青年漫画雑誌だと男女ともに読者がいるので読者数、売上的にもそちらの方が良い。漫画評論家先生の目にも入ることですし。
少なくとも漫画雑誌の感覚でいうと目次は巻末にあるということで慣れてるんだがbunkaタブーを初めて立ち読みして気になった漫画があったので他にも漫画がないか目次を探そうとしても全然見つからないんだよね。
いやなんでこんな構造なん?
あとなんで超かぐや姫をこき下ろしまくってマンガワン事件の本とフリーレンは評価してるん?
dorawiiより
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ビルボードの米国総合チャートを長年眺めてきた増田が、ビルボード漫画チャートを想像してみる。
ギネス認定された世界最大約573万部の部数を誇る読売新聞朝刊に連載の「コボちゃん」が不動の1位でしょ。
週刊少年ジャンプの部数はどうだっけ?と調べたら年間平均で約105.7万部。
それでも日刊連載の「コボちゃん」を1週間分累積すれば、週刊少年ジャンプ連載陣を超えるのは確実そう。
季刊JAF Mate(約1,360万部)が発行された週は、同誌掲載のカラテカ矢部太郎「のりものメモリー」が1位?
見てみた…なんか思てたんと違う。
漫画やその他の本に詳しい人から見れば、このチャートならではの新たな発見とか見えてたりするの?
まあ超巨大な日本の漫画市場からすれば、そんなのの影響は極僅かだよって事?
バウアー(Baauer)の"Harlem Shake"が、ネットのバズを切っ掛けにいきなり全米総合チャート1位になったような新しい時代の動きが見えるかと思ったがそうでもなかった。
運営会社の発表によると、
「12月には書籍ブログサービスの閲覧数などを使用したSNS指標を新たに追加して複合チャートの立体感を増す」
だそうな。
2025年12月25日公開の最新チャート見ても先述の感想なんだけど、同チャート開始当初から見てる人、
集計データ
急に思い出したんだが、「おじいちゃん店主がやっている店に女一人で入ったら、従業員の中年の女が不機嫌になった」という現象に人生で2回遭遇した
一軒目は商店街に昔からあった町中華の店で、うまくもまずくもないが駅前なのでまあまあ客は入っていた
前からたまに一人で入店しており、高齢のおやっさんと店員の男が1人か2人カウンターの中にいる感じだったのだが、ある日入ってみたら太った中年の女性店員が増えていた
彼女は男性客にはワントーン高い声で愛想よく接していたが、私のことはなぜかじろじろ眺め、コップの水を無言で勢いよくテーブルに置いてきた
注文するために呼びかけると、明らかに聞こえているのに無視され、店主が「すいませんね……」と申し訳なさそうに割って入ってきた
会計の時までその女性の従業員は異常に無愛想で、本当に意味不明だった
その後しばらくして店は軸の定まらないテコ入れ(デジタル看板を置いたり凝ったポスターを作ったり、店員が入れ替わったり)を繰り返し、メニューを入れ替え、若い男性店員が厨房に入ってからは「自炊したことないサラリーマンの手料理か…?」と思うくらい味も落ち、間もなく閉業した
二軒目も、高齢だがフレンドリーなおやっさんがやっている定食屋だった
魚の目利きがうまく、その日仕入れてきた魚の中でいいのがあるといつも勧めてくれていたのだが、ある時一緒に店に立っていた奥さんががんに倒れ、闘病の末に亡くなった
おやっさんは憔悴して気の毒なほどだったのだが、しばらく経ってから店に行くと、50代ほどと思われる、茶髪で少し化粧の派手な女性が接客をするようになっていた
おやっさんとは顔見知りだったので「久しぶり」「ども…」と会釈を交わしていると、女性はラーメン屋の女性店員同様、訝しそうに私を頭からつま先までじろじろ眺め、無言でテーブルにどんと水を置き、注文を取るために呼ぶと溜息をつき、舌打ちをせんばかりに無愛想だった
店はそれから何年も経たずに閉業した
当時20代であった私はなんとなく「店主と内縁関係の女性が、女の一人客に嫉妬したのかな」と察したのだが、本当のところはわからない
いやほんと何だったんだろう
よくある事なんだろうか
ルポや新書的な内容など事実を説明した内容なら活字媒体よりも漫画になっていたほうが、たとえ興味がない人間でもまだ読むのに苦痛がないというイメージを持ってる人がいると思うが、それは間違いだと思う。
嫁姑の読者投稿みたいな内容は発言小町で読むほうがまだ耐えられる。
なんとかさゆみが表紙の漫画雑誌やぶんか社の作品はそのターゲット以外の多くの人にとって、そのキャラのことごとくが視覚的に生理的嫌悪感を呼びおこす醜い人相というか画風になっているというのが個人的な感想。
端的に言えばページに映る全てが汚物のようだ。だから漫画を読めというほうが見る刑罰に値する。
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20251019131053# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaPRk0AAKCRBwMdsubs4+ SAV0AQCUGeXWZxWNATDNZdVSsLObNZSxSDV25f3ydpdhVs1EbgEAk+fFEpqP+90j d5ZiFs6roSupSr9rQCfQs1X541XqbQo= =YYaH -----END PGP SIGNATURE-----
以前はしょっちゅう漫画を立ち読みしてたからそれなりに面白そうな漫画に出会うこともあった
最近はさっぱりだ
立ち読みできなくなったのが大きい気がする
エレガンスイブとフォアミセスが実質一番女性向けのなかで高年齢向けの漫画雑誌かね。
ほんわらとかああいうのはwebtoonと同じ臭いがして漫画に含めるのは漫画に失礼な気がするんだ
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20251004170936# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaODWQgAKCRBwMdsubs4+ SCB8AQCYlZhAhyF/6+RcYyRvK3uUcg7V2CYq/MdlA1qoJRRZywD/VLyhh4FZNDYE uyd8pmXwK400Wi8RvJG+vheV/sV2Bws= =J/zO -----END PGP SIGNATURE-----
アイドル界の酸いも甘いも混沌も描いた『推しの子』が、本来対象じゃない低い年齢層の子供にも受容されてて関係者が焦るみたいなニュースがだいぶ前にあったけど、
自分の子供時代も含めてだが、この約四十年以上も、『推しの子』どころではない、本来子供に見せるべきではないコンテンツを子供向けと強弁して売り付けるような商売が横行し続けているとしか思えない。
親の本棚からとか、河川敷に落ちてるエロ本から見ちゃったとかそういう次元ではなく、最初から子供向けとして突きつけられ、人間性の健全な発達や安心を拒むコンテンツが溢れている。
それも単なる暴力やセックスの話では収まらなくなってきている。最近の少女漫画ではメンタルヘルスが病んでいる状態をむしろ美化しているのが常態化している。学歴差別や格差をギャグのように描く作品もあり、それを小学生女児がこれから自分が過ごす社会の有様として受け止めながら読む、そんな光景すらある。
自分の話をすると、小さい頃から色々な漫画に触れられる環境にいた。親はむしろ漫画を気にせずどんどん読ませてくれる側だった。
だが、何というか、しっくりくるコンテンツが無かった。平成中〜後期の現行コンテンツより、帰省先の母の実家に捨てられずに残っていた昔の漫画の方が、地に足についている気がしていた。
大学で「こども文化論」科目を取った時、子供向けコンテンツの変遷を調べる機会があった。結論からいうと、70年代を境目に、子供へのアプローチが大きく変わっている。子供は育くむべきものではなく、子供もそこで消費者にすり替えられていた。
そしてそれは当然ながら子供自身が望んだことではなく、明らかに大人の商売のために作られたものだ。
もちろん昔から赤本漫画など色々な問題があったが、それはしっかりと不健全なものと理解されていた背景があり、それに対して「健全」さがしっかりと対抗できていた。今は、少年漫画も少女漫画も、その槍玉に挙げられていた赤本(技巧やページ数の限界で抑えられていた)より数十倍も酷い内容を、美麗な外見でやっている。
ここで、実在した漫画家・寺田ヒロオ――あるいは彼がモデルの、藤子不二雄Aの『まんが道』(とその続編)に出てくるテラさん――の話を思い出す。トキワ荘での良き兄貴分というよく知られたキャラクターとともに、彼は漫画界の傍流、あるいは一種のバッドエンドルートのような言及を今でも受け続けている。
彼が何をしたか、どうして多くの人の記憶に残っているのかは、検索すればサジェスト経由ですぐわかるだろう。なぜか「闇」扱いされたりしているが。
かいつまんで言うと、自分の連載と同じ漫画雑誌で連載されていた他作者の漫画「恐怖魔人ゾンビラス」(漫画内の仮称で、実際は楳図かずおか永井豪の漫画か?)に対して、編集長に「子供に悪い影響を与える、連載をやめろ」と異議を直談判し、それが受け容れられないと自らの連載を切ったエピソードなどだ。
実際にはスパッと漫画家を止めたわけではないなど、漫画的脚色はあるが、テラさんの行動は様々な方面から史実と言える。子供のための「健全な漫画コンテンツ」を求めたテラさんの行動は、漫画内の描写はもとより、ネット上でも「時代変化を理解しなかった頑固な人間」「遺物」みたいな扱いを受けている。
しかし私は、テラさんの立場の方がずっと正しく、明らかに子供に対して誠実だったと、60年も後から思わされている。
あと、付け加えると、テラさんは漫画文化に対してステレオタイプな「浄化」一辺倒な立場ではなく、大人向けとはっきりわかる形で描いたアダルトな作風の漫画は否定していない。テラさんが心を割って話せる存在が任侠・アダルト漫画家の棚下照生だったように。
子供に、身の回りの有様を伝えるときに、まともな人間なら、「人間関係は全て打算で、あらゆるものが欲望で出来ており、全てが醜い」と伝える人はいないだろう。社会にそう言う側面があっても、そこだけを切り取って子供に植え付けるのはまともな行いではない。
テラさん当時の、技巧的に発展途上の漫画・劇画ですら、子供たちの世界を暗く後ろめたいものにしていたが、当時はまだ最低限の良心かタイトルで煽る形で分かりやすくしていたのかもしれない。だが現代ではそれは一見分からない形で(ギャグやロマンスなどの体裁を取り)提供されるようにすらなっている。
はっきりいえば、思春期より前の子供には、ごく単純な、心理描写が少ない、身近な人間関係を描いた作品以外、適していないと思われる。
近所で野球をするだけ。親の手伝いをするだけ。学校で仲間と学び合うだけ。動物と戯れるだけ。「それだけ」の漫画で充分だった。
それをしなくなったのは、そして子供向けではないコンテンツが子供に蔓延したのは、子供の事情や「時代の要請」「技術の発展」なんてものではない(子供が「ハレンチ学園」や「トイレット博士」を望んだのではない)。大人の商売の都合なのだ。
うんことかちんちんとかわざと幼くさせられている少年コミックも、けばけばしい、「病み」を称揚する少女雑誌も、全部歪められた末のものだ。
原作の良さをちゃんと理解してアニメ化してる制作陣が最近多くて感謝しかない
昔は「改変するべき」「オリジナルをやるべき」みたいな派閥も結構大きくて
オリジナルをやれる土壌、改変にチャレンジできる環境も今後作れていったらより良いとは思う
ただ、今の原作通りの流れは一個の答えではあると思っている
漫画雑誌で人気作品が生き残って、その人気作品の中から更に人気なものがアニメになる
ここで、その人気だった作品を改変するのはマジで意味が分からないんだよね
迷ったら原作通りにやるのが正解、明らかに分かりづらい点や遊びがある点、表現の幅は改変して良いと思うけど
注意したいのは、原作者ですら改変すべきではないということ
描いていた時の原作者と、今の原作者は別人なんだよ、世にウケたのが描いていた時の方なんだから、後から修正したら壊れるリスクが有る
実際何度か壊してるのを見たことがある
(作家って若くて勢いある時のほうが良いもの生み出したりするよね)
なぜ『デラックスベツコミ』(小学館)、『つりコミック』(辰巳出版)、『月刊ヤングマガジン』(講談社)、『ザ花とゆめ』(白泉社)、『家庭サスペンス』(笠倉出版社)、『E☆2』(アールビバン)、『ハーレクイン』(ハーパーコリンズ・ジャパン)、『good!アフタヌーン』(講談社)、『Canna』(フランス書院)、『姉系プチコミック』(小学館)、『コミックゼノン』(コアミックス)、『ihr HertZ』(大洋図書)、『コミックガーデン』(マッグガーデン)、『プレミアCheese!』(小学館)、『ジャンプGIGA』(集英社)、『グランドジャンプめちゃ』(集英社)、『ジャンプSQ.RISE』(集英社)、『コミック艶』(リイド社)、『グランドジャンプむちゃ』(集英社)、『ヤングアニマルZERO』(白泉社)、少年画報社/大都社の漫画雑誌、KADOKAWAの漫画雑誌、ぶんか社/海王社の漫画雑誌、双葉社の漫画雑誌、秋田書店の漫画雑誌、芳文社の漫画雑誌、徳間書店/宙出版の漫画雑誌、日本文芸社の漫画雑誌、新書館の漫画雑誌、祥伝社の漫画雑誌、竹書房の漫画雑誌、青泉社の漫画雑誌、スクウェア・エニックスの漫画雑誌、白夜書房/コアマガジン/ガイドワークスの漫画雑誌、ふゅーじょんぷろだくとの漫画雑誌、メディアックスの漫画雑誌、一迅社の漫画雑誌、幻冬舎の漫画雑誌、フロンティアワークス/リブレの漫画雑誌は日本雑誌協会の雑誌各種データに含まれていないのですか?:
漫画雑誌「コミック百合姫」で好評連載中の『ささやくように恋を唄う』(以下、ささ恋)は、累計発行部数が100万部を超える人気百合漫画です。百合というジャンルは読む人が限られる傾向があるにもかかわらず、ここまで多くの読者に支持されていることは、作品そのものの持つ力強さの証明と言えるでしょう。私自身も毎号楽しみにしている読者の一人であり、登場人物たちの繊細な感情表現や心温まる関係性に癒され、勇気づけられています。
○メディアミックスの歩みと不運
2024年にはアニメ化と舞台化という大きな展開がありました。しかしその結果は必ずしも順風満帆ではありませんでした。アニメ版は放送中から作画や演出の不安定さが指摘され、熱心なファンからも賛否が分かれる内容に。さらに追い打ちをかけるように、Blu-ray/DVDの発売中止が発表されました。一方の舞台版は観客から高評価を得ましたが、こちらも円盤化中止となり、「幻の舞台」と呼ばれる事態に陥っています。
その結果、アニオタWikiのページでは「メディアミックスに恵まれない」という不名誉なタグまで付けられてしまいました。作品を愛する一読者として、この状況はとても悔しく、やるせない思いが残ります。しかし私は決して「ささ恋は終わった」とは思いません。むしろ「これからの作品」だと信じています。
その理由は明確です。アニメ化が終わった作品の多くは、時間の経過とともに原作人気も落ち着きます。しかし、アニメがどれほど賛否を呼んでも、それでも原作人気が衰えない作品は、必ず次のチャンスを掴んでいます。
最近では『チェンソーマン』も、原作を尊重した総集編が制作され、かつてアニメを嫌っていた原作ファンからも評価を得ることができました。これらの事例すべてに共通しているのは「原作人気が途切れなかった」という一点です。
「ささ恋」がまさにこの流れに重なり得るのは、円盤中止後も公式施策が継続している点です。
これらはいずれも「円盤中止後」に実施・告知されたものです。つまりIPは依然として稼働しており、需要も確かに存在しているのです。この事実は「まだ見捨てられていない」という証拠であり、再アニメ化の芽が消えていないことを示しています。
舞台についても状況は同様です。円盤化中止は残念でしたが、返金処理が終わった今こそ再演や配信化への準備が整ったとも考えられます。実際、出演者の一人が舞台映像の一部をSNSに投稿しており、https://x.com/ishii_momoka17/status/1949036565914902672
これは権利関係が完全に封じられていないことの証左です。ファンの声が積み重なれば、再演や正規配信が実現する余地は十分にあるでしょう。
ファンにできること
1. ファンレターを送る 一通の手紙でも編集部に「人気が続いている」という事実を伝えられます。過剰に送る必要はなく、定期的に心を込めて送ることが効果的です。
2. 原作漫画を寄付する 新しい読者を増やす手段として、病院や喫茶店、児童施設、図書館などへの寄贈はとても有効です。私自身もすでに実践しています。
3. 公式情報を拡散する 新刊やグッズの情報をSNSで広めれば、売上や再入荷につながり、公式の追い風になります。
4. 二次創作や同人活動 イラストや漫画だけでなく、ファンエッセイも立派な活動です。コミュニティを活性化させることができます。
○終わりに
「ささ恋」はまだ終わっていません。むしろ、ここから再び評価を取り戻す余地が十分に残されている作品です。過去の成功例が示すように、諦めずに原作を支え続ければ、新しい未来は必ず訪れます。
竹嶋えく先生、そして全てのささ恋ファンが再び笑顔になれるように――私はこれからも『ささやくように恋を唄う』を心から応援し続けます。
漫画雑誌「コミック百合姫」で好評連載中の『ささやくように恋を唄う』(以下、ささ恋)は、累計発行部数が100万部を超える人気百合漫画です。百合というジャンルは読む人が限られる傾向があるにもかかわらず、ここまで多くの読者に支持されていることは、作品そのものの持つ力強さの証明と言えるでしょう。私自身も毎号楽しみにしている読者の一人であり、登場人物たちの繊細な感情表現や心温まる関係性に癒され、勇気づけられています。
○メディアミックスの歩みと不運
2024年にはアニメ化と舞台化という大きな展開がありました。しかしその結果は必ずしも順風満帆ではありませんでした。アニメ版は放送中から作画や演出の不安定さが指摘され、熱心なファンからも賛否が分かれる内容に。さらに追い打ちをかけるように、Blu-ray/DVDの発売中止が発表されました。一方の舞台版は観客から高評価を得ましたが、こちらも円盤化中止となり、「幻の舞台」と呼ばれる事態に陥っています。
その結果、アニオタWikiのページでは「メディアミックスに恵まれない」という不名誉なタグまで付けられてしまいました。作品を愛する一読者として、この状況はとても悔しく、やるせない思いが残ります。しかし私は決して「ささ恋は終わった」とは思いません。むしろ「これからの作品」だと信じています。
その理由は明確です。アニメ化が終わった作品の多くは、時間の経過とともに原作人気も落ち着きます。しかし、アニメがどれほど賛否を呼んでも、それでも原作人気が衰えない作品は、必ず次のチャンスを掴んでいます。
最近では『チェンソーマン』も、原作を尊重した総集編が制作され、かつてアニメを嫌っていた原作ファンからも評価を得ることができました。これらの事例すべてに共通しているのは「原作人気が途切れなかった」という一点です。
「ささ恋」がまさにこの流れに重なり得るのは、円盤中止後も公式施策が継続している点です。
これらはいずれも「円盤中止後」に実施・告知されたものです。つまりIPは依然として稼働しており、需要も確かに存在しているのです。この事実は「まだ見捨てられていない」という証拠であり、再アニメ化の芽が消えていないことを示しています。
舞台についても状況は同様です。円盤化中止は残念でしたが、返金処理が終わった今こそ再演や配信化への準備が整ったとも考えられます。実際、出演者の一人が舞台映像の一部をSNSに投稿しており、https://x.com/ishii_momoka17/status/1949036565914902672
これは権利関係が完全に封じられていないことの証左です。ファンの声が積み重なれば、再演や正規配信が実現する余地は十分にあるでしょう。
ファンにできること
1. ファンレターを送る 一通の手紙でも編集部に「人気が続いている」という事実を伝えられます。過剰に送る必要はなく、定期的に心を込めて送ることが効果的です。
2. 原作漫画を寄付する 新しい読者を増やす手段として、病院や喫茶店、児童施設、図書館などへの寄贈はとても有効です。私自身もすでに実践しています。
3. 公式情報を拡散する 新刊やグッズの情報をSNSで広めれば、売上や再入荷につながり、公式の追い風になります。
4. 二次創作や同人活動 イラストや漫画だけでなく、ファンエッセイも立派な活動です。コミュニティを活性化させることができます。
○終わりに
「ささ恋」はまだ終わっていません。むしろ、ここから再び評価を取り戻す余地が十分に残されている作品です。過去の成功例が示すように、諦めずに原作を支え続ければ、新しい未来は必ず訪れます。
竹嶋えく先生、そして全てのささ恋ファンが再び笑顔になれるように――私はこれからも『ささやくように恋を唄う』を心から応援し続けます。