はてなキーワード: 寒冷地とは
AIデータセンターはより発熱するから、より冷やさなきゃいけなく、外気ファンも多い。
英語のちゃんとした記事があったはずなんだけど見つけられなかったのでネットメディアの日本語記事を貼る。
https://tocana.jp/2026/03/post_293329_entry.html
ただ、この手の失敗を受けて防音の方も進歩しているし、大丈夫な気もするけど。
低音騒音については、街の条例とかでの規制はあるらしいけど、国としての基準があってもいいかもね。
できることなら、北海道や東北といった涼しい寒冷地にDCを作った方がランニングで安いわけだし、街中に作らないでもいいじゃんとは思う。
空港近くはそもそもうるさいし、人口密度が低いことが多いので、より問題になりにくいだろう。
さくらインターネットが、石狩DCを作ったけど、あんな感じで寒冷地DCを進めればいいと思う。
もしネット回線とかの問題であれば、それは増強するしかないけど、東北や北海道の地域振興にもなるわけで政府が予算つけてもいいと思う。
余った熱を温水プールや暖房とかにも転用でき、地域貢献もできるわけだし。(飴として使える)
今はとにかく需要が凄いから早く建設しなきゃと、工場跡地みたいに電力を確保できる所に無理やり立てるから、いろいろ問題を引き起こしているんだと思う。
日本にとってのロシアは、文化的には強く惹かれるのに、政治・地政学では強く警戒せざるをえない相手、という話です。
巨大な自然
寒冷地の厳しさ
ドストエフスキーやトルストイ、チャイコフスキー、ソ連宇宙開発など、
「深い」「重い」「でかい」という印象がある。
でも国家として見ると、
ウクライナ侵攻以降の警戒感
が前面に出る。
北海道の先にいる。
これは、
言語の壁
政治体制の違い
歴史的な不信
があるからです。
つまりロシアは、距離は近いのに安心感が育ちにくい隣国なんですね。
3. 日露関係は“安定した友好”になりにくい
日韓は
近すぎる
歴史問題が生々しい
でした。
日露はそれとは違って、
なので日露は、
親しく見える時期があっても、深いところでは常に警戒線が消えない関係
として見えやすいです。
これがかなり独特でしたね。
雪と大地
無口で硬い人々のイメージ
でも同時に、
軍事力
不透明さ
国家の圧
話の通じなさへの不安
もある。
美しいけど怖い
壮大だけど信用しきれない
という二重の像を持ちやすい。
5. 日本から見たロシアは“文明としては強いが、関係としては冷たい”
この言い方が近いかもしれません。
アメリカは好き嫌いはあっても、戦後日本の生活や文化に深く入り込んでいる。
台湾は親近感が強い。
韓国は近すぎて摩擦も多い。
中国は巨大で切り離せない。
でもロシアは、
一言でまとめると、
ロシアには壮大さと警戒が同居する“重い隣人”を見る。
こんな整理でした。
さらに詰めるなら、
「日本人はなぜロシアに“ヨーロッパでもアジアでもない巨大な異界”を感じるのか」
まで掘れます。
アマプラと違ってdアニメは解約すると視聴履歴や設定なども消えるので、これ見たよって記録を残しておきたいと思った。
これを見るためにdアニメに入った。アマプラとネトフリにはなかったからね。
殺人事件の推理みたいなのは一部あるが殺人事件が起きるわけではない、日常系ミステリー。
知らんがなといった些末なことを推理することもあるし、自作自演で謎を作ったりもする。
「氷菓」部分は最初の5話だけ。1話完結のものと、「氷菓」のように数回にまたがる話が混在する。
絵に後の「響け!ユーフォニアム」や「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」っぽさがある。同じ制作会社だとキャラクターデザインや作画監督が違っても似てくるものだろうか?
ミステリー、登場人物が皆賢いかミステリーに詳しい。本心を隠すように芝居がかった喋り方をしがち。ミステリー読まんから知らんけど。
ラノベ、やれやれ系主人公があれこれ考えを巡らせがち。ラノベも読まんから知らんけど。
中の人的には奉太郎とえるは「ファイアーエムブレムif」のリョウマとカムイだな。えるは独り言まで丁寧語というのもカムイと共通している。
前期のEDに草。なんでヒロイン2人が宇宙のような空間に浮いている謎のオブジェの上で、寝間着姿?でまどろんでいるのか。
見ることができてよかった。原作がまだ完結していないらしいけどアニメの続編は作られないんだろうか?
アニメ制作がテーマの作品だからアニメ化に非常に向いていると思う。
アニメを作るというと絵を描く方向に行くものだが、高校生の身で金森氏のようなプロデューサー的な役割を徹底できる人間は稀有だよなあ。
変なOP。売れ線とは違う画風。テーマがアニメ制作という真面目さ(なお主人公達は学校を騙してアニメ制作を行い収益も得る)。これはNHKアニメっぽい。知らんけど。
これも大ヒットしたので一度は見ないといけないのかなあと思っていた作品。
正直この作品のすごさがわからなかった。私の感性が悪いんだと思う。
フレンズが人型でありながら動物準拠のことしかできない設定を忠実に守っている、とか?
少人数で作ったからとか?
ラストバトルでフレンズが集合するのもグレンラガンみたいにありきたりだなあと何か冷めてしまった。
美少女キャラ(少女ではない)がリアルな画風の仕事アニメに転生した件。な感じ。
時々美少女アニメの文法が顔を出す。エンゼル体操や「どんどんドーナツ」の掛け声など。美少女アニメはほとんど見ないから知らんけど。
アニメを見て物事を完全に理解するのは危険だが、これ以降に見るアニメのスタッフロールの解像度は上がった。
作画監督の人あんな感じの仕事をしているのかな〜などと思いを馳せるようになった。
メインキャラ5人の一部より木下監督や本田の方が出番が多く表面積がありキャラと印象が強い。
矢野、髪の色と声と頼れる先輩部分が「響け!ユーフォニアム」の吉川優子だった。
期待よりずっと面白かった。当時はてなでも話題になっていただけのことはある。
こういうネームドキャラが大勢登場する作品を好きになることが多い。
劇場版だけアマプラにあったので、SHIROBAKO見たさに見たことがあった。
キャラをすでに知っていると楽しさが全然違う。そういう意味でTVアニメ版を見ているのが前提ではあったように思う。
昔見た内容は部分的に覚えていた。
「変な話〜の人の会社に2人で殴り込みに行くとき、もう1人は誰だっけ?興津さん?」みたいな。
(殴り込み先は「変な話」茶沢ではなく、今作では茶沢は「変な話ナイスショッ」のセリフ1つだけ)
最初に車のシーンから始まるのも覚えていたけど、乗っているのが宮森だと思ったら記憶違いだった。記憶ってあてにならんね。
金髪ツインテやゴスロリの社会人がいる世界なんだ、と思ったのは覚えている。
新キャラの宮井、あまり活躍していない気がする。外部のプロデューサーで制作側ではないしほとんどのシーンで表面積の大きい上司と一緒についてきているからか?
急に歌うミュージカルは嫌いではないよ。今まで携わったアニメのキャラ達やアンデスチャッキーがエンゼル体操などをしながら背中を押してくれるってシーンだからね。
野亀先生、作品をエロアニメにされがち。そうさせる何かが野亀作品にあるのだろうか? そのエロアニメの監督が、TVアニメ版で演出として雑な仕事をして指摘されると逆ギレして勝手に降板したスタジオタイタニックの薬師寺笊良(ざるよし…?)じゃないか。出世したなあ。
最後の「真・第三飛行少女隊」の文字の意味もTVアニメを見ていないとわからないことであった。
月は頭はいいのに変にプライドが高く自己顕示欲が強いから破滅したね。
隠れることに余念がない吉良吉影も杜王町から出ていくのは負けを認めるようで嫌だと変にこだわったから身を滅ぼした。
李牧、怪しさしかない外見で交戦中の敵将に数騎でスマートに近づいて暗殺とかできるのかよ。言っといてやできるんやったら。
少数の飛信隊が馮忌を討ち取るときはもう少し人数を要したし馮忌のところにたどり着くまで必死だったぞ。飛信隊もあのとき敵陣の中で長く戦った割には死んでいないけど。
キングダム、最終回っぽくないことが結構ある。あれ、次回は?っていう。
いきものがかりのOPは血みどろの戦争がテーマのキングダムとは相性が悪いと思う。
「疾(はし)れ 疾れ とまらないで 踊れ 踊れ 夢の果てで」と歌っている間敵兵を斬りまくって血飛沫を上げている。
ちょうど「ザ・ロイヤルファミリー」放送中のタイムリーな時期であった。
馬を見にきたのに、人間の下ネタや魅力を感じないヒロインやこの画風のセクハラ描写などを序盤10話近く見せられて「人はええ。馬はどうなんや」という心境だった。
人間キャラの多くがアニオリだというので、よくもやってくれたなと。下ネタがそれほどなく真面目な飯富先生は好感が持てた。
睨み合いや同じカットを何度も繰り返すなど、尺稼ぎが目に付く。総集編もある。悠長だよな。放送枠に余裕がありすぎる昔のアニメだからか?
競馬アニメだから、「SHIROBAKO」で苦労していた馬の走りをずっと描き続けるわけだな。カスケードやツァビデルのような特殊なフォームの走りもある。
マキバオーは競走馬デビューしてからは熱血漢に成長し、血気盛んなライバル達も増えて正当派ジャンプ作品っぽくなってきた。修行回もマキバオーがこれで強くなるのだなあと思うと楽しめた。
有馬記念のゴール前のカスケードの幻影を追いかけるシーンでは、いつもの語尾の「のね」が封印されてマキバオーが精悍さが強調されている。
レースシーンが実際より長すぎるのは仕方がない。現実に準拠すると1600mのレースが1分半で終わってしまう。その1分半〜3分を2、3話かけて語ることになる。
フジテレビの競馬実況アナウンサーも「レース長いな……」と思いながら実況していたのではないかと想像する。
坂も高低差200mはありそうな坂をずっと登り続ける形になっていた。そりゃあ心臓破りでしょ。
今回は1期のLive2Dで作った歌い手のMVのようなOPではなかった。
世界ジュニアオーケストラ編で青野と佐伯のみが勝ち進んで他のキャラは脱落するものかと思いきや、案外小桜も山田も、顔も名前も知らない海幕オケ部の他のパートメンバーも生き残っている。海幕が全国一のオケ部とはいえ普通の高校の部活だから、音楽系の学校の生徒達が集まる場だと厳しいだろうと思っていた。
敦美先輩、OPで見たときの印象と違って腰が低かった。世界ジュニアオーケストラのメンバーからも外されるし。「君も来いよ。こちら側へ」と上から言う感じのキャラに見えた。髪型がおかっぱの男子なんてどう見ても只者じゃない。
土曜の夕方はいつも用事がありリアタイはしないので配信で見る。
開始はラストバトルの途中から。前回が俺達の戦いはこれからだって感じで終わったから。
OPの「THE REVO」は1期OP「THE DAY」と同じく「THE DAY HAS COME」の歌詞で終わる。
アニメのEDってあまり動きのないイメージ映像であることが多いけど、今回は1期からこれまでの出来事の描き下ろし高速ダイジェストになっていて見応えあり。サビに入るところが「未成年の主張」と重なっていていつも涙腺にくる。ついに完結するんだなあって感じ。
憧れのオールマイトから壊れたサポートアイテムをもらったときの爆豪の笑顔、いいよねえ。こんな笑顔はこれまで劇中では見せなかったと思う。あるとすれば子供の頃ぐらいか。
原作の431話はなかった。円盤の特典にでもなるのかなと思っていたのだが、これアニメが放送されるみたいだな。「2026年5月2日(土)夕方5:30読売テレビ・日本テレビ系全国29局ネット」で放送だって。
ネトフリからdアニメに移行する直前に、dアニメにない「ハイスコアガール」と「ピンポン」のどちらかだけを見ることにして「ハイスコアガール」を選んだのだが、結局どちらも後日dアニメで再配信されていた。
画風が癖強だった。実写映画はだいぶアクを抜いてスタイリッシュになっていたんだな。
実写映画ではやらなかったペコVSスマイルの決勝のシーンがある。
ペコの卓球が曲芸みたいに自由すぎて気持ちがいいけど、実際これぐらい動ければ世界で戦えるものなんだろうか?
見るものがなくなったらこれを見ようかと思っていた。170話はヒロアカ全部と大体同じくらいの分量。
持たざる者が特殊な力を得て、持てる者達の世界で活躍するという話はヒロアカと共通する。また、使える魔法の属性は1人につき基本的に1つだけという、能力者ものである点もヒロアカと似ているので、ヒロアカを楽しめた人はこの作品もおすすめです、かどうかは知らん。
世界観はファンタジーでありながらヤンキーや合コンという概念があるなど結構ライト。きっとハンバーグもあるんじゃないかと思う。
魔力量がヒエラルキーに直結、悪魔や精霊の力を自身に宿して強化、人命などの代償を払うと使える禁断の魔法、非人道的な方法で作られる隣の侵略国家の強化人間、北の寒冷地の悪の国家など、ファンタジー作品にありきたりな設定が多い。
主人公アスタはジャンプによくいる努力と根性マン。修行の後のイメチェンでは筋肉量が増す。
天才・イケメン・クールのライバルのユノが遥かに先を行く存在かと思えばアスタも負けておらず、意外とライバルしてくれているし共闘もする。
どちらも本気モードで翼が現れ剣で戦うようになるから見た目でも対になる。
ヤミ団長、黒髪で無精髭を生やして目つきが悪いのがヒロアカのイレ先と似ているなと思ったら声まで一緒だった。
ノエル、登場シーンの多くでツンデレをやり続ける。王族であることをアピールし続ける。「ベ、別に」と「私は王族よ」でできている。日本3大銀髪ツインテの3人目候補。
原作に戻らなければならないのでアニオリでは大きく話を動かせず日常系か当たり障りのない結果になりがち。
総集編も多い。2話連続で総集編をやるところはさすがに飛ばしてしまったよ。
アバンタイトルの30〜40秒が毎回お決まりのやつで、そこからさらに前回の回想が入るので、これも毎回スキップしていた。
重要なバトル回、1期OPの「ハルカミライ」を挿入歌に使いがち。
天元様のプレゼン助かる。原作をまだ読み返していないので雰囲気で読み進めていた部分はある。
アニメっぽくない表現手法がXで叩かれていて意外だなあと思った。「映画やりたければアニメ呪術廻戦ではなく映画でやれ」など。
通しで見るのも悪くなかったかもしれない。
親戚の世話のために人生を捧げることは十分あり得るのに、そこに恋愛感情を差し挟むことは必要だろうか?
少女漫画だから恋愛しなければならないのか。少年漫画のバトルのように、恋愛するのに理由はいらないのか。
「Time Flows Ever Onward」のアレンジが増えている。
作品の雰囲気は静かなのに時間は早く流れるから、勇者ヒンメルの死から29年が30年になってしまった。
やはり「Dragon Smasher」はアガる。
Xのインプレゾンビが人を騙すために言葉を操るフリーレンの魔族に例えられていたことがあったが、空虚さはそのままにAIで日本人の会話っぽさに磨きをかけたインプレゾンビが最近クソウザかったからか、今回は逆に魔族がインプレゾンビのように見えた。
少年少女が出会い、バンドを組んで、ちょっと悩んでいたり家族に隠し事があったりしたけど家族に話してみたら普通に受け入れられて、オリジナル曲でライブをやって盛り上がった。以上。
これで言い表せそうなほど平坦に感じた。
監督山田尚子だから奥深い何かが隠されているのか? 私にはそれは読み取れなかった。バトル作品ばかり見ているから多くを明示しない作品や少女漫画の繊細な表現が読み取れなくなるんだ。
音楽は毎度おなじみ牛尾憲輔。「ピンポン」、「聲の形」、「リズと青い鳥」、「サイダーのように言葉が湧き上がる」でも聞けるあの感じの音楽。
75話は「DEATH NOTE」や「みどりのマキバオー」より長い。1期だけ見て時間切れ。
内容はジャンプ連載アニメ化RTAだが、努力、友情、勝利の三本柱はやはりジャンプ作品。
「きみの色」も「バクマン。」も吉田玲子。「SHIROBAKO」にも関わっていたらしい。他に「猫の恩返し」、「聲の形」、「リズと青い鳥」、「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」、「ブルーピリオド」、「平家物語」など、気づけば吉田玲子作品ばかり見ていることになる。
dアニメは、TVアニメなら昭和時代のものまでだいたいある感じだがアニメ映画はあまり強くない。アニメ映画はアマプラやネトフリの方がまだ見られる可能性がある。
dアニメに独占配信ってあるのかな?と思ったらちょうど「SHIROBAKO」の劇中劇がdアニメ独占配信らしい。劇中劇にはあまり興味はなかった。
最近しみじみ思うけど、暖房をケチると普通に老ける。肌も気力も落ちるし、寒さに耐えるだけで体力が削られる。節約だと思って我慢してると、最終的に自分の老化スピードを加速させてるだけっぽい。金を節約して寿命を溶かす、みたいな状態になってる。
東北とか北関東の人間が無気力なのは、メンタルの問題じゃなくて、生体エネルギーを生活防衛に回しすぎてるからなんじゃないかって思う。寒い部屋でじっとしてるだけでも、身体は内部から温めようとして常にエネルギーを放出してる。体温維持が最優先になるから、思考も感情も後回し。寒いと気力が削られて、寝そべるしかなくなる。寝そべり族がどうとかじゃなく、物理的にそうなる。
寒さって、地味に人間を破壊する。睡眠も浅くなるし、血行が悪くなって肌は乾燥してしわが増える。乾燥で皮脂バランスが崩れてニキビも吹く。寒いと肩が上がって姿勢も悪くなる。呼吸も浅くなる。免疫も下がる。ラジヒスも下がる。全部悪循環。身体を守るために余計な負荷がかかり続け、結果として老化に直結する。
暖房をケチる行為は、短期では数千円お得かもしれないけど、長期では肌、血管、筋肉、睡眠、脳、気力の劣化につながる。未来の自分に請求書が飛んでくる。いくら美容液を塗っても、根本が寒さで削られてたら意味がない。体温を保つことが最優先。暖房は化粧水より効く。
服を着込めば解決という話でもない。寒い部屋は空気そのものが冷えているから、呼吸から冷気が入って内側が冷える。手先足先からじわじわ体温が奪われると、深部体温まで下がって、身体が緊急モードに入る。すると回復に回す余力がなくなる。細胞のターンオーバーも落ちていく。若さは熱で維持されてる。
寒冷地の人が老けるのが早いと言われるのも当然で、環境ダメージがデカすぎる。毎日がリスク。暖房が弱ければ弱いほど、自分の身体を火力発電として酷使することになる。結果、脳も筋肉も臓器もすり減っていく。たとえ食事やスキンケアに気を使っていても、ベースの温度が低いと意味が薄れる。
で、俺は気づいた。暖房をつけるという行為は、ただ部屋を温めるんじゃなく、自分の若さに投資してるんだと。東京電力に先行投資して若さを買う。電気代は美容代。電気だけは裏切らない。部屋が暖かくなるだけで、生きる気力が戻る。勉強も仕事も進む。自己効力感が上がる。暖かい部屋は人生の生産関数を底上げする。
もちろん暖房代は高い。でも、金を節約して老けるぐらいなら、金を払って若さをキープした方が圧倒的に得。美容医療で3万円払うより、冬に暖房を3万円使う方がコスパが良い可能性すらある。暖房は全身に効く。肌にも脳にも精神にも。効き目が広い。
寒さに耐えるという行為は、昭和の根性文化の残滓でしかない。暖房をつけるのは甘えじゃない。生存戦略。自分を長持ちさせるための装備。省エネで生きようとすると、最終的に人生のスタミナが吹き飛ぶ。暖かい部屋で寝て、きちんと回復する方が合理的。
寒さは意思の問題ではなく、物理の問題だ。寒ければ老ける。身体は常に対処に追われ、他のことができなくなる。寒さがアイデンティティを溶かすぐらいなら、電気代を払った方がいい。東京電力に金を払って、未来の自分を守る。それでいい。若さは熱で生まれ、熱で守られる。
だから、俺は普通に暖房をつける。金を払って、気力を買う。暖かい部屋で、自分の人生をちゃんと回す。それが一番合理的だと思ってる。冬は暖房に金を惜しむな。若さが逃げていく。暖房は投資。老けたくなければ回せ。
酪農なら一頭がだす乳量も乳脂肪分も50年前とは別物になってる。乳量なんて3倍超だ。
野菜だって収穫の効率は上がってるし土地を遊ばせる期間も減った。
なのに、米、守られてるわりにここ50年くらい技術革新が無さすぎる気がすぎるわけ。
それっていろいろ甘くない?
安全保障上重要だからというならさ、有事の際は何倍も増産できるとか、化石燃料や肥料や農薬を輸入できなくても栽培できる技術を用意しておくとか、そういうのないわけ?
努力は認めるけどさ、コシヒカリには不適な寒冷地用に、寒冷地でも栽培できるコシヒカリに食味が似た品種を作ったとか、そういうのばっかりだろ?
米農家が儲からないから米農家を守るため米価を高く維持するって理屈はわかるけど、なんのために米農家を守るのかよく考えてほしい。
電気自動車が欲しい。先日試乗して、スーッと加速するその感触の虜になってしまった。エンジン車と全然違うんだ。
でも、自分は電気自動車にはとことん向いていない。一応持ち家なので自宅で充電できるが、寒冷地に住んでいるし、長距離移動が多い。一日に500kmくらい走るときもある。その大半は遅れることが許されない仕事の移動で、途中で電欠なんかになったら目も当てられない。
しかし、本当に電気自動車が欲しくなってしまった。おそらく自分に一番向いているのはプラグインハイブリッドなんだろう。しかしEVバッテリーとエンジンを両方積むなんてエンジニアリング的には非合理な気がする。
あくまで、純粋なEVが欲しい。充電器の能力を考えながら一番効率のいいところで充電して、バッテリーの残量を計算しながら、電気だけで走り回りたい。
職人とか言われてる人は土方・親方(建築だと大工・棟梁など)になるんだけど、この人たちはそこそこに人がいる(それでも満足ではないが)
足りてないのは施工管理で30代で年収1000万円行く会社はそこそこあるね
それでも足りてないんだからまあ推して知るべしなのはそのとおり
施工管理は先に書いたように、16時までに写真を撮るわけだ(16時30分~17時引き上げるために16時から片付けする)
その写真をどうするのっていうと、現場管理写真といって写真帳に整理する
他には役所や元請に出す書類もあって、それも現場にいるうちは基本的に作れないからいつ作るかっていうと17時以降だよね(または8時前)
現場が動かない日中に内業(室内でやる事務作業ね)やれよって話あるけど、工期の問題からよっぽどの悪天候じゃないと現場は動かすんだよね
そりゃあ時間外増えるの当たり前ですやんって話
こっから改善の話で、こんな糞みたいな環境の職種で誰が働くねんってなるわな
だから、アイパッドとかで写真撮って、内業できる奴に送信して、そいつが時間内に処理して、施工管理は確認だけとか
施工管理を複数人で対応して作業を分担するってことをやってるんだわ
主に内業するやつを補助員とかオペレーターとか読んでることが多いんだけど、施工管理やるならオペを狙うか、オペがいる会社に行くのがおススメやな
土木系土方にも罠はある
積雪寒冷地だと建設業者が道路などの除雪することがほとんどになるんだけど、除雪機械を運転するのは土方になる。(施工管理がすることもある)
当然手当などでお金は稼げるけど、除雪1年で寿命が1年縮むと揶揄されるぐらいには過酷だから、除雪がないか、断れるか、除雪した日は日中の
日経が「デンソーが走行中ワイヤレス給電で約50時間かけ500km達成」と報道した。
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO90879320V20C25A8TJK000/
https://finance.yahoo.co.jp/news/detail/26160791d5b00e5619bf133ca6878fb817032097
デンソー公式の距離・時間の一次リリースは未確認だが、真偽は「距離数値は準公式、技術実証自体は整合」扱いが妥当だ。
この技術の優位は「停車充電の削減」「電池小型化」「フリート用途の稼働率向上」にある。
一方で課題は、「インフラ初期費用」「標準・相互運用」「保守耐久」「ビジネスモデル設計」で、とてつもなく大きい。
世界での実証は加速中で、米デトロイトの公道パイロット、伊A35の“Arena del Futuro”、ENRXの高出力実証などがある。
まずはバス、配送、シャトルなど限定ルートでの面展開が現実解だ。
日経のスクープを金融メディア等が伝聞形式で要約。デンソー広報コメントは「実用化に向けた水準引き上げ」程度で、距離の一次公表は見当たらず。よって「走行中給電による長時間連続走行の実証」は整合性が高いが、「500km」の数値は準公式扱いが適切。
世界のパイロット(米・伊・他)やENRXの実測レンジから、長時間連続運転・高効率・高出力は技術的に十分射程内にある。
広域展開の主役。停車は必要だが既存インフラ・標準・課金が整備済み。ピーク電力対策と系統強化がカギ。
ガレージやバス停、信号待ちの「セミダイナミック」に相性が良い。位置合わせ精度が実効効率の鍵。
停車時間は短いが規格統一や在庫・資本コストが重い。限定地域や限定車種に向く。
配車が固定的なフリート(バス・シャトル・配送)で稼働率を最大化。限定ルートへ段階的に敷設し、静止型と組み合わせて面を拡大する戦略が合理的。
都市シャトル、空港・港湾、工場内搬送、BRTや路線バス、定期配送の幹線ルートであろう。これらは「ルート固定・滞在時間制約・回送削減メリット」が大きく、職業ドライバーの稼働を最大化できる。公道パイロットの設計思想は、まず短区間からの段階導入である。
否定しかできないブコメは出来ないの連呼だろうが、収入はともかく収量を増やす余地はある。
ずっと減反を引きずっていて、品種改良も冷害対策や食味が優先されて収量は二の次だったからこそ、余地は大きくある。
コシヒカリは暑さに弱いし今の日本には不向きな品種になるつつあるけど慣習で作り続けている所が多くて、これが作況指数は悪くないのに製品になる量は減っているといわれる原因の一つ。
それを最近売り場でも見るようになった「にじのきらめき」や「あきだわら」という高温耐性に優れた多収品種に切り替えるだけでコシヒカリと比べて30%増になる。
平成の米騒動のときの冷害の影響が30%減だったことを考えればその影響の大きさがわかると思う。
歴史的に日本では寒冷地で米作りをする為の研究の優先順位が高かったけど、最近は温暖化に対応する、活かす方向での研究も増えている。
先の高温耐性に優れた品種の開発、そしてそういう品種を使った二期作も期待されている。
南国というわけでもない愛知でも昨年、100haの規模で再生二期作の実験をしたり可能性はあると判断して色々と行われている。
愛知の農試は不耕起V溝直播を開発したり先進的な取り組みを続けているところだから注目してる。
そんなこんなでやり方は色々あるけれど、一番の解決が難しい点は零細農家の殆どは稼ぐためにやっていないので、やり方を変える気がそもそもないこと。
国民民主党の玉木代表が「1年たったら動物のえさ」と備蓄米を揶揄したことが大きな波紋を呼んでいる。
「1年たったら動物のえさ」進次郎農相アピールの「1800円備蓄米」を国民・玉木代表がチクリ
https://news.yahoo.co.jp/articles/e0f159b761a2bf8ba7fb1ae28f02cb1ab529ff9f
戦後から1980年代にかけて広く国民から「家畜の餌」「豚も食わない」「猫も避ける猫またぎ」などと揶揄された米産地があった、北海道である。
この当時の恨みつらみは北海道でJA全農を超える加盟者数を誇るホクレン農業協同組合連合会が現在でも語り継ぐほどに北海道米のイメージは非常に低かった。
https://www.hokuren.or.jp/_greenweb_/?post_type=studies&p=1564
北海道では「赤毛」や「坊主1号」が栽培され、独自品種の「ゆきひかり」が開発されるなどしたが、北海道で選択される栽培品種はとにかく寒冷に強く収量が多い品種が求められ、味は二の次とされたこともあり、いくら低価格であっても食卓の主食として多くの国民は買わず、収穫の多くは家畜飼料として用いられた。
しかし、その価格の安さは戦後から多くの貧困家庭、特に母子家庭の主食として高い支持を集めていたのも事実だった。この当時の貧困家庭は北海道米に助けられたと思っている家庭は少なくないだろう。
けれど、その「貧困家庭の米」という事実もブランドイメージ低下に拍車をかけた。貧困家庭以外に安くても売れない北海道米は飼料消費としても余ってしまった収量は破棄しているほどに一億総中流となっていく時代に北海道米は売れなかった。
1988年、そんな北海道米に新品種が生まれる。これまでの寒冷に強い、収量が多いという良さをそのままに食味が著しく大幅に改善された「きらら397」が開発されたのだ。
しかし、この「きらら397」が開発されても直ぐに販売量が伸びたわけではなく、これまでの悪いイメージを払拭する事へ非常に苦労した。貧困家庭からは美味しくなったと大絶賛されたものの中流以上の家庭からは食べもせずにどうせ不味いと考えられてしまっていたのだった。
そんなやっかいどう米に転機が訪れる。牛丼店を中心として全国の飲食チェーンが「きらら397」を採用し始めたのだ。
このエントリを読んでいる諸氏も「あの当時の吉野家で食べた牛丼」と今の吉野家の牛丼が何か違う、家庭で食べるいつもの米と吉野家で食べる何か違う米と気付いてる者も居るかも知れないが、それは広く一般家庭に売れるようになる前の「きらら397」だった。
飲食チェーンが北海道米「きらら397」を採用していることが世間にも徐々に広まっていくと「意外と北海道米も悪くない」として一般家庭でも広く食べられるようになる。
このエピソードは「牛丼を変えたコメ―北海道「きらら397」の挑戦―(足立紀尚 著)」でも触れられており、内地(北海道外を指す北海道方言)を見返してやろうと頑張った北海道米農家の皆さんの努力を垣間見ることが出来る。
「きらら397」以降、北海道米の新品種開発は急速に進み、前述した「きらら397」から更に食味を改良した1996年の「ほしのゆめ」、更に収量を改良した2001年の「ななつぼし」、更に耐冷性を改良した2003年の「ふっくりんこ」、前述の「ふっくりんこ」とは別系統の低アミロース極良食味認定を受けた2003年の「おぼろづき」、そして前述の「おぼろづき」並の極良食味でありながら「おぼろづき」以上に収量を改良した2008年の「ゆめぴりか」が登場するに至った。
「おぼろづき」および「ゆめぴりか」は驚愕すべきことに盲検試験によって日本国内では定番である特定米産地(迷惑かける影響を考慮して特定米産地は筆者の意思で隠蔽しました。ご了承ください。)のコシヒカリの食味に勝ると試験結果が出ており、北海道米が北海道外の米を超えられることを証明した品種となった。
寒冷地で栽培可能で量が取れて安くて美味い北海道米の時代が到来したのである。
国民民主党の玉木代表がなぜ米へ対して「1年たったら動物のえさ」と表現してしまったかと言えば、彼の記憶の中には確かに一部産地の美味しくない米が家畜飼料として使われていた過去、何なら余った分は廃棄していた、豚も食わない米が存在していたことを頭の片隅で覚えていたからだろう。
しかし解釈を誤ってはならない。玉木代表だからこそこういう印象を持ったのではなく北海道外にはまだまだ北海道米へ対して悪印象を持つ国民が大勢居るのだ。しっかりとした学術的なデータで食味の良さが示されようとも極々ありふれた一般の国民の多くが北海道米を忌避し続けているのが現状なのだ。
1993年の平成の米騒動の際にタイ王国から有り難くも拠出されたタイ米へ対して恥を知らぬ言動を取ったのは極々ありふれた一般の国民であったが、その性根は未だ変わっておらず、反省しておらず、その一雫がたまたま国民民主党代表玉木雄一郎であったにすぎない。未だに「猫またぎ」だと思っているのだ。
家で1問もドリルを解かずに算数のテストで悪い点取って「学校教育が悪い!」って言ってる人いたら「??」って思うよね。
勿論、体育という教育プログラムに全く問題がないとは思ってないけどさ。でも「動き方の基礎を教えてくれない!」とかは嘘じゃんって思うよ。教えてくれたでしょ。覚えてないだけだよ。
運動に関して、どんなに練習しても上達が無理な人がいるのは何となく分かるよ。家庭環境が難しくて放課後運動なんかしてられない人がいるのも分かる。
でも大半の人間はそうじゃないじゃん。ちょっと運動苦手なだけでしょ。
何も部活で通用するレベルになるんじゃないんだよ。たかが体育で惨めな思いをしないくらいなら、家で練習すりゃ大体の人は何とかなるよ。
算数が好きな人も小説が好きな人も、学校外で好きな感覚を掴んでった人は多いよね。だから体育も家で練習したらいいんだよ。
「大人になって運動好きになった」みたいな人多いけど、それつまり子供の頃は学校外で運動してなかったからでしょ。学校外で運動するモチベーションが沸かないのは体育の授業が機能してないのが一因かもしれないけどさ。全部を授業のせいにするのはそりゃ流石に他責が過ぎるよな。ただの努力放棄だよ。
こんなことを思うようになった、体験がある。
私は寒冷地出身なんだけど、小学校の頃、冬にスケートの授業があったんだよね。
1時間で楕円のリンクを何周できるか、とかやるわけ。で、運動神経いい子はすぐにコツつかんで、簡単に10周とかするの。そんな中、クラスにいた体の小さかった男の子がずっと転んで全然進めなくて、1時間で半周もできなかったんだよね。で、悔しくて泣いててさ。ちょっと可哀想だった。
でも次の月にまたそのスケートの授業やったら、その子、1時間で5周したの。みんな驚いて、その子にできるようになった理由聞いたら、家族でリンク来て練習したんだって。先生もすごく褒めてて、結構みんな感動しちゃってさ。そっからうちの学校の体育、苦手な子は家で練習するのが当たり前になったんだよね。その文化根付いたら、体育で足引っ張る子なんて本当に1人もいなくなったんだよ。たまたまいい学校だったのはあるけどね。
家で1問もドリルを解かずに算数のテストで悪い点取って「学校教育が悪い!」って言ってる人いたら「??」って思うよね。
勿論、体育という教育プログラムに全く問題がないとは思ってないけどさ。でも「動き方の基礎を教えてくれない!」とかは嘘じゃんって思うよ。教えてくれたでしょ。覚えてないだけだよ。
運動に関して、どんなに練習しても上達が無理な人がいるのは何となく分かるよ。家庭環境が難しくて放課後運動なんかしてられない人がいるのも分かる。
でも大半の人間はそうじゃないじゃん。ちょっと運動苦手なだけでしょ。
何も部活で通用するレベルになるんじゃないんだよ。たかが体育で惨めな思いをしないくらいなら、家で練習すりゃ大体の人は何とかなるよ。
算数が好きな人も小説が好きな人も、学校外で好きな感覚を掴んでった人は多いよね。だから体育も家で練習したらいいんだよ。
「大人になって運動好きになった」みたいな人多いけど、それつまり子供の頃は学校外で運動してなかったからでしょ。学校外で運動するモチベーションが沸かないのは体育の授業が機能してないのが一因かもしれないけどさ。全部を授業のせいにするのはそりゃ流石に他責が過ぎるよな。ただの努力放棄だよ。
こんなことを思うようになった、体験がある。
私は寒冷地出身なんだけど、小学校の頃、冬にスケートの授業があったんだよね。
1時間で楕円のリンクを何周できるか、とかやるわけ。で、運動神経いい子はすぐにコツつかんで、簡単に10周とかするの。そんな中、クラスにいた体の小さかった男の子がずっと転んで全然進めなくて、1時間で半周もできなかったんだよね。で、悔しくて泣いててさ。ちょっと可哀想だった。
でも次の月にまたそのスケートの授業やったら、その子、1時間で5周したの。みんな驚いて、その子にできるようになった理由聞いたら、家族でリンク来て練習したんだって。先生もすごく褒めてて、結構みんな感動しちゃってさ。そっからうちの学校の体育、苦手な子は家で練習するのが当たり前になったんだよね。その文化根付いたら、体育で足引っ張る子なんて本当に1人もいなくなったんだよ。たまたまいい学校だったのはあるけどね。
### **誤りの指摘と補足**
#### **誤りの指摘**
#### **補足情報**
1. **無筋** であるため中性化による鉄筋腐食の問題がない。
2. **海水と反応して新たな結晶(アルミノシリケート鉱物)を生成し、長期的に強度を保つ** ため。
3. **高い耐久性を持つが、引張強度が低いため構造デザイン(アーチやドーム)が工夫されていた。**
2. **寒冷地ではアスファルトの方が補修しやすい(凍結融解に伴う損傷を迅速に修復可能)。**
3. **車両の走行性(タイヤのグリップ性や振動吸収特性)がアスファルトの方が優れている。**
4. **コンクリート舗装は白色で、夏場の路面温度がアスファルトより高くなりやすい(ヒートアイランド対策として不向き)。**
- 高流動コンクリートや超高強度コンクリートは、材料費や施工費が高くなりがち。
- 一般建築では、標準的なコンクリートの方がコストパフォーマンスが良い。
- 環境負荷の低い代替材料(例:フライアッシュやスラグ)の活用が進められているが、安定供給の問題もある。
- 放射性廃棄物の保管施設など、長寿命を求める用途では鉄筋を使用しないコンクリートが検討されている。
- 微生物や化学反応を利用し、ひび割れを自動修復する技術が開発されつつある。
### **総評**