はてなキーワード: ブラック企業とは
ただ、ウサギみたいに単純に怠けていたからでもなく、構造上の問題があるわけでもなく、
私の考えでは、否が応でもこうなる運命だったというか、経済学的にもそうなる運命だったと実証されるのではないか、
と考えている、つまり、みんな悪くて、みんな悪くないのである…😟
ただ、そのどさくさに紛れて、ブラック企業したり、政府や大企業が弱者を切り捨ててきたのは許せない、
それは第二次大戦中に大政翼賛だった大人たちが、終戦後にくるっと手のひらを返して、教科書に墨を塗るような行為である…😟
ソニーでは開発が中止され、人材はボストンダイナミクスとかに移ったように思うし、
東芝なんかも、ドイツ人の研究者が冷遇されて追い出されたりしてる、
職場にしろ、サードプレイスにしろ、一つの場所にのめりこんでしまった結果、後に発生する、環境の変化についていけず、トラブルを起こしてその場に居づらくなり環境を変えざるを得ない(またはクビ)、という事をこれまで何度も経験してきている。いい加減失敗から学べよと思うんですが、失敗は失敗を目の前にして初めて気づきます。
最近も似たようなことがありました。
詳細は省きますが、4年ほど居たコミュニティから距離を置いています。原因は自分がコミュニティの中で悪意を感じてしまったからです。おそらく相手方は悪意なんて持っていなかったでしょうが、一度思い込むと、視野が狭くなるのが自分です。知り合いには「あなたチャット向いてないんじゃない」と言われましたが、大丈夫。リアルな付き合いでもこういう事あったりします。ただしそこはブラック企業だったけどね。だからあながち私が悪い訳でもない
対策としては複数の場と交流を持つ。依存先をひとつに絞らない。
職場と自宅の往復に加えて、サードプレイス、フォースプレイス、フィフスプレイスくらいの居場所を持っておきたい。理想です。まあ無理ですけどね。
今後、また新しい出会いがあったとしても、そこで何かしらの衝突があるかもしれない。衝突があるということは、そもそも合わない人達だったのかもしれない。そんな考え方もあるけれど、自分はみんなと仲良くやりたいだけです。
孤独対策として、自宅と職場以外のプレイスを持つという考え方がありますが、自分の場合はそのプレイスだって感情の吐き出し場所になりかねない。
自分みたいな人は結婚向いていないかもしれませんね。困ったな。
みなさんはどうですか?
戦後日本の歴史を「左翼勢力と法治国家の戦い」という軸で概観すると、左翼(主に日本社会党・社民党、日本共産党を中心とした勢力)がイデオロギー優先の「反体制闘争」を展開し、これに対し政府・体制が法治主義・国家主権・現実的秩序維持を掲げて対峙してきた構図が浮かび上がります。
日本社会党(現・社民党)は、1970年代以降、北朝鮮との関係を深め、帰国事業(在日朝鮮人の北朝鮮送還)で共産党とともに役割を果たしました。北朝鮮による日本人拉致問題が表面化した1990年代~2002年の小泉訪朝時まで、社会党系は「拉致は存在しない」「北朝鮮の主張を真摯に受け止める」姿勢を崩しませんでした。
拉致被害者家族の訴えを「右翼のプロパガンダ」と退け、国家主権侵害という法治の根本問題を棚上げ。2002年以降も土井たか子氏ら党指導部が北朝鮮寄りの発言を続け、党内離党者まで出る事態に。
これは左翼が「弱者(在日・平和勢力)」を守る名目で、実際の被害者(拉致家族)に置き去りにした典型例です。
日本共産党は資本主義の「搾取」を糾弾しながら、自らの機関紙『しんぶん赤旗』の運営で同様の問題を抱えています。近年表面化したのは、党地方議員による自治体職員への赤旗押し売り・強要です。新宿区では管理職50人超が「心理的圧力」を感じて購読(一部10年近く)、区長がハラスメント調査を実施。庁舎内集金や「断れば恨みを買う」空気があり、他自治体(金沢市など)でも同様の指摘が相次ぎました。
さらに党内部では、赤旗配達専従者の無報酬・過酷労働が「ブラック企業」と内部告発されています。
• 党は「搾取のない社会」を標榜するが、自らの労働者を「永遠の党員被害者」として動員。
• 法治国家(公務員の中立性・ハラスメント防止)の枠組みを、議員特権で揺るがす構造。
沖縄では戦後、米軍統治下の「独自性尊重」教育から始まり、復帰後も反基地・反日・「平和教育」が左翼勢力により定着しました。これが「教育産業」として機能
• 最近例:辺野古沖事故(修学旅行船転覆)で「偏向教育ではないか」との指摘(自民党部会)。
• 教科書検定でも「日本軍が住民をスパイ扱いして殺害」との記述が合格。
• 沖縄の若者が「永遠の被害者(基地被害者)」として位置づけられ、法治国家(安保・防衛)への対立を再生産。経済的自立より「反基地依存」が固定化。
2019年前後、入管施設で長期収容抗議のハンガーストライキ(ハンスト)が急増(約200人規模)。一部は仮放免(一時釈放)を得る手段として使われ、釈放後すぐに記者会見・デモで「ヒーロー」としてスピーチ(例:イラン人・クルド人男性が東日本センター仮放免後、品川で制度批判)。
• 模倣効果でハンスト連鎖 → 健康被害(栄養失調・死者発生、ナイジェリア人餓死例など)。
• 入管当局は「仮放免を餌にハンストを誘発する」と苦慮。前科者も約4割。
• 左翼勢力は「人権」を掲げ法治(退去強制・収容の適正運用)を攻撃するが、結果として収容者全体の健康を害し、弱者を「永遠の被害者」にした。
これらの事例に共通するのは、左翼勢力が弱者(在日労働者、沖縄県民、不法滞在者)を「体制との戦いの道具」として利用し、解決より対立の永続化を選ぶ点です。これは極めて残酷な手法です。
・被害者は本当の救済(労働条件改善、基地負担軽減、移民問題の法的手続き)を得られず、「永遠の被害者」として政治的に消費される。
・法治国家の枠組み(主権・法の支配・現実的秩序)を破壊することで、左翼の存在意義を維持。
・結果:社会全体の分断深化、資源の浪費、真の弱者救済の遅れ。
戦後史を通じて、左翼は「平和・人権」を錦の御旗に暴力的デモ(成田管制塔占拠など)や事実無視を繰り返しました。左翼の「弱者利用」戦略は今も形を変えて続き、移民政策・教育・歴史認識で影響力を残しています。
弱者を真に守る道は、被害者化ではなく、法治の下での解決です。こうした歴史を直視しない限り、日本社会の「共生」は絵に描いた餅に終わります。
正直、あらゆる意味で救いようがない
1. 「減点主義=女の悪」論のダブルスタンダードが卑怯すぎる
自分で「減点主義が嫌だ」とブチ切れながら、偉人の嫁や母親だけを例外扱いして「加点主義の才媛」として理想化してる時点で完全な矛盾。
「俺は減点されるのが嫌だけど、偉人の妻以外減点されるのが当然」って。
お前は偉人じゃないだろ
「あなた相手なら減点法になる。あなた相手ならお前が持ち上げてる才媛もリサリサ先生のような冷たい目つきをするわ」という現実を、自分で棚上げして「女が悪い」にすり替えてる。
そもそも比較の仕方が卑怯極まりない。伝記に出てくる才媛は結果論のサバイバーであって、凡人男性の凡人妻をサンプルに「女の本性」と一般化するのは、統計的にも論理的にもゴミ。
2. 「全ての女性がそうだとは言わないが…」という典型的な逃げ
毎回このフレーズを入れて「俺は偏見じゃないよ」と保険かけてるけど、その後の全内容が「女の本性」「女は手綱を握ってる」「女の敵は女」
逃げ道作ってから全力で叩くのは、ただの卑怯者。ネットではオラついてるけど人前に出たら何も言えなくなる典型。本気で「全てじゃない」と思ってるなら、具体的に「どの女性は大丈夫だった」とか「自分に原因はなかったか」とか一度でも書けよ。一度も書いてない=全部女のせい。
「女=マイクロマネジメントのクソ課長」「首輪をはめられてる」
被害者ヅラしながら「人生の雄飛を阻害された」とか言ってるけど、自分で選んで長年いた会社を女に投影して憎んでるだけ。
しかも「男の雄飛を邪魔する」って、お前の雄飛って何? 具体的に挙げてみろ。軍用鳩好きの通信班が、女に首輪はめられて何を阻害されたのか、せめて1つでも語れよ。語れないから抽象的な「雄飛」しか言えない。
4. 「器で俺を魅了してみろ」「100均の醤油小皿」発言が最悪
「お前らの視野が小さい」とか言ってるけど、このスレッド自体が100均レベルの視野
自分の不満を垂れ流すだけで、解決策も自己反省もゼロ。偉人の伝記読んで「女次第」と結論出す時点で、自分で何も努力してないことの証明。
「今度は義母からあなたが受ける番になる。出来て当然&減点主義がどれくらい嫌か、悟れって。」
つまり「女同士で減点し合えよ、俺はもう被害者だ」って、男として情けなさすぎる逃げ
総評:
だが女と付き合っていて嫌なのは、基本、減点主義であり、異様にこまかい。できて当然であり、できないと、そのこまごました不満を逐一、表明されて改善を求められる。
私が長年、勤めていたブラック企業の体質とそっくりなんだよ。減点主義の評価表を想起。
腹立つのがこまかいところは気にするくせに、外しちゃいけない根本や本質には無知なんだよ。自分の見えている範囲でしか生活できていない。もちろん、全ての女性がそうだとは言わないが、とてもじゃないが付き合い切れない。
女はさ、細部はおおらかに、しかしながら、本質や根本だけは外さないが正しいんだよ。俺に文句言う女はそれがわかってないんだよなあ
さらに腹立つのが、そのこまかさをコミュ力高いと、うぬぼれている。そうじゃねえよ、例えるなら、こまかい課長みたいなもんだよ。マイクロマネジメント大好きなクソ野郎だ。逐一うるさい。何がコミュ力だ。器で俺を魅了してみろ。女どもって100均で売ってる醤油小皿くらいの大きさだろ。その視野に居たくない。
俺の周りの女は男の雄飛をとことん邪魔してくる感触がある。まるでワンちゃんになった気分で、首輪をはめられている。でね、その手綱を握っているのが女だ。冗談じゃねえぞ、となるよね。むしろ、邪魔してくる。繰り返しになるが、ブラック企業とそっくり。人生の雄飛をこういう企業は阻害する。基本、存在が負なんだよな。
偉人の伝記を読むと分かるが、偉人の嫁は高確率で才媛なんだよな。男の仕事をもっともっと高める。偉人の子供時代も同じだ。偉人のお母さんが大抵、教育熱心でうまく自分の子供に教育している。子供の教育や男の雄飛は極論、女次第ともいえる。そういう意味では女は手綱を握っている。俺の周りにいる女は才媛とは程遠いから俺の伸び代は伝わらねえか。
余談だが、嫁と義母の関係性が高確率で悪くなるの、これも上記に述べた、女の本性が大きい。女の敵は女、とは言うけど、女もいいかげん、そのこまかさを問題視しろよ。男にばかりその刃が向くわけではない。今度は義母からあなたが受ける番になる。出来て当然&減点主義がどれくらい嫌か、悟れって。
「余暇階級」とは「高齢者・若者・既婚女性」なんだそうで、高齢者が入っている時点でノアスミスの主張は嘘だと分かる。
高齢者・若者・既婚女性の「余暇」が、現役労働者(男性の方が多いが未婚女性も相当多い)によって支えられていたというのはそうだろう。
けれど、文中で挙げられた「日本の若者文化」つまり「アニメも,流行の装いも,流行りの安価な飲食店も」を支えていたのは、高齢者や既婚女性ではない。
2chや、ゼロ年代のブラック企業ものブームは、主に若めの労働者の産物だ。ブラック企業で心を病んだ若者が創作し消費した文化だ。だからこそエロゲーのようなポルノが文化の中心に立っていたのだ。
原宿系の奇抜な服装は、親からもらうお小遣いで買ってたとでも言うのだろうか?
ノアスミスによれば「若者文化はかつてほど存在感がなくなっている」のだという。
「ただ,統計は嘘をつかないんだよね.」電子書籍を含めたコミック市場やアニメ市場は拡大しており、彼が若者文化と呼んだものの後継者はむしろ伸びている。
彼がそうした現代の作品を「奇抜な」と持て囃さないのは、近年の貴族主義・血統主義的な作品群が(いい歳した)彼の趣味に合わないだけのことだ。ノアスミスが愛する新作が出ていないとしたらそれはブラック企業が減ったことによる作風の変化によるものであり、彼がブラック企業で心を病んだ物語が好きだからに過ぎない。
現代日本において野球は民衆のアヘンである。いや、アヘンなどという古風で上品な代物ではない。もっと即効性があり、もっと共同体幻想を増幅し、もっと思考停止を快感へと変える危険なドラッグである。人はそこに汗と涙と青春を見ると言うが、実際に見ているのは、企業、学校、地域共同体、メディアが総出で製造した感情の商品である。九回裏二死満塁のドラマチックの展開で経済的不安や政治問題や労働問題が消えるわけではないが、少なくとも数時間は忘れさせてくれる。その意味で野球はきわめて優秀な麻酔剤だ。
プロ野球になると、商品はさらに洗練される。そこでは勝敗そのものよりも、所属、忠誠、反復が重要になる。ファンは自分の人生を改善する代わりに、贔屓球団の順位表を凝視する。人手不足で労働条件が悪化しても、インフレで可処分所得が削られても、シルバー民主主義と既得権益で政治が停滞しても、打率と防御率とドラフトの夢が毎年新しい麻酔として供給される。かつて宗教が果たした役割を、いまやスポーツニュースと配信サイトと応援歌が担っている。
とりわけ甲子園野球は、日本社会が未成年をいかに都合よく神聖化し、同時にいかに容赦なく消費しているかを示す壮大な見本市である。そこでは少年たちは教育の主体ではなく、共同体のノスタルジーを背負わされた供物になる。酷暑のなかで投げ、走り、壊れ、時に将来の身体を削りながら、「感動」を生産する。観客はそれを努力と礼節と伝統の物語として消費し、メディアは毎年それを国民的儀式へとパッケージング化する。未成年を食い物にするこの装置が、ブラバンの応援歌とチアガールのダンスと「一球にかける青春」というレトリックと舞台装置で浄化されているのだから、日本人のイデオロギーは手が込んでいる。甲子園野球は民衆のアヘンのなかでも純粋と献身の名で流通する質の悪い一品であるのだろう。
広島カープをめぐる文化もまた、別種の強い作用をもつドラッグである。そこでは忠誠心は美徳へ、執着は情熱へ、被害意識と選民意識の入り混じった興奮は郷土愛へと変換される。広島カープのファン文化は、しばしばパラノイア的な熱狂を帯びる。世界は常にカープを正当に評価していない、審判は敵で、メディアは敵で、他球団は敵で、それでも我々の赤い共同体だけは純粋である、という具合だ。もちろん、これは個々のファンの人格診断ではなく、熱狂的スポーツ共同体がしばしば帯びる政治神学の話である。しかし、その種の情念はいったん醸成されれば理性より早く伝播する。広島カープは、共同体の陶酔を赤く染め上げて売る、きわめて中毒性の高い覚醒剤である。
「野球は単なる娯楽だ」と言う人がいる。だが、単なる娯楽であるなら、なぜそれはこれほど学校、企業、地域、放送、広告、政治的レトリックと親和的なのか。単なる遊びであるなら、なぜそこでは規律、忍耐、献身、自己犠牲、序列、忠誠といった徳目がこれほど過剰に称揚されるのか。野球はボールとバットのゲームである以前に、日本社会が自らを愛するための鏡である。その鏡のなかでは、従順さは美徳になり、酷使は美談になり、集団への没入は人格形成のための教育と呼ばれる。ブラック企業の論理とそっくりである。
本気で社会を変えたい者は、この装置の効用を過小評価してはならない。人々を沈静化し、共同体への帰属感で包み、搾取を感動へと翻訳する能力において、野球は並の政治宣伝よりはるかに優秀である。だからこそ、その批判はいつも不人気になる。野球を批判する者は、文化を知らない、努力を侮辱している「子どもの夢を壊している」と非難されるだろう。だが実際には逆で、夢を壊しているのは夢という言葉で未成年の身体を使い潰す制度のほうである。
もちろん、こんなことを公約に掲げる政治勢力が権力を握る可能性はほとんどない。「甲子園を解体し、野球文化の国家的特権を剥奪し、ファンダムの陶酔を疑え」と訴える運動が多数派になる見込みは球場のビール売りが日本国首相になる見込みと同じくらい乏しいだろう。だが、それでも言う価値はある。日本の野球は、単なるスポーツではない。それは感動の顔をした統治技術であり、青春の名で流通する規律装置であり、共同体の酩酊を量産する危険なドラッグなのである。
ソシャゲーマーの皆様、あと一か月で学マスのアニバですね。2月末のウマ娘のアニバのダメージは回復しましたか?あ、アーモンドアイ引いたらラッキーライラックも引かないわけにはいかないですよね。ウマやってない方も学マスの次の月にはミリシタのアニバもありますね、掛け持ちしてるPはお財布が大変だ。あ、パワアドもお始めになられた?
推しのためなら喜び勇んで課金する方もいるでしょうが、特定の推しのためというよりもガシャそのものが好きになってしまって回すようになってしまった方も多いと思います。はい、私のことです。いや、私のことでした。
今月使いすぎちゃったな、来月からは課金を減らそう……というのを何年もだらだらと続けてしまっていたのですが、先日ついにダラダラ課金し続けてしまうガシャ中毒者でも課金を劇的に減らす方法を見つけたのでそれをお伝えしようと思います。
ひとつことわりを入れておきますと、ブラック企業でこき使われてたとかならともかく、ただ単にやめたゲーム・コンテンツに後ろ足で砂をかけるのはダサいと思っているのでソシャゲーそのものの悪口を書く気はございません。そんなものほかにいくらでもありますし。あくまで「来月から課金を控えようと思って早〇年、さすがにいつまでもこれを続けるのはなあ……」みたいな悩み方をしてしまっている人向けの記事になります。
初めに結論から申し上げますと、ガシャ・課金を我慢するのは不可能です。正確にはできる人間自体はいるけど、しすぎて悩み続けているような以前の私のような人間には不可能です。
これは根本的な構造の問題で課金してガシャを回す、というのは非常に短時間で実行可能なのに対してそれらを「我慢する」という行為はずっと休みなく継続して行わなければならないからです。1日のうち23時間50分は絶対にガシャ回さないぞモードで「我慢」できたとしても、残りの10分で誘惑に負けたらパーです。10分あれば天井叩けますからね。
つまり「我慢する」というのは勝ち続けなければならない、勝率十割を求められる非常に過酷な戦いなんですね。相手がよほど弱ければなんとかなるかもしれないけれど、課金しすぎて悩むような人間にとってガシャ欲はそんな弱い敵ではない。
昔何かの記事で欲望は巨大なゾウのようなもので、自制心はその上に乗ってるゾウ使い。ゾウが暴れて好きところに行こうとするのを一時的には制御できても、それが何度も続くとやがてゾウ使い(自制心)の体力が尽きてしまう、みたいなたとえ話を読んだことがありますが、ガシャに諭吉いや栄一をつっこめる人間にとってのガシャ欲はまさに巨大な暴れゾウ、簡単に制御し続けられるチワワではない。
ではガシャ・課金を我慢するのが不可能ならどうすればよいのか?答えは一番シンプルです。アプリごと消しましょう。
いやいや、それができれば苦労はしないよと思われるでしょうが、もちろん今すぐには無理でしょう。ただアプリを消すという選択肢を一度頭に入れて「消した方がいいかもなー」とちょっと悩んでみてください。それによって「ガシャ・課金欲」と対になる「アプリ消したい欲」を発生させることが大事です。
要は「ガシャ回したいゾウ」に対して「アプリ消したいゾウ」で対抗しようというわけです。これがアプリ消したいゾウではなく課金控えたいゾウとかガシャ控えたいゾウではダメです。理由はシンプル、課金するのもガシャを回すのも一瞬で終わるので、どれだけ重課金してても実際には課金してない、ガシャ回してない時間の方が圧倒的に長いため「課金控えたいゾウ・ガシャ控えたいゾウ」はすぐにおとなしくなってしまうから。満たされてる、彼らの望み通りになってる時間の方が圧倒的に長いから。
これを「アプリ消したいゾウ」にすることでどうなるか。アプリを消さない限りそのゾウはずっと暴れ続けることになります。もちろん、最初は大した力ではないだろう。しかし一週間、二週間、一か月、二か月と考え続ければ徐々に「消してもいいかな」と思える気持ちは強くなっていくはずだ、悩める程度の金額を使ってきたのであれば。
そして悩み続けて推しキャラの性能が微妙だったとか天井叩かされたとか、そういうタイミングで「えいやっ」と踏ん切りをつけて消してしまおう。大丈夫、できるはずだ。今月もう〇万だけど……もうここまできたら天井しかねええーいって回してきた勢いを使って消そう。
さて、消したあとどうなるか。ガシャの禁断症状に苦しみ、今度はアプリ再インストールの誘惑との戦いになる……かと思いきやむしろ逆で、アプリを消した今の私はガシャをすることなく、ガシャで神引きしたのと同じ気分を毎日味わってます。
ガシャで良い引きすると、なんでうれしいんでしょうか?脳汁がでるんでしょうか?無料配布分の石だったり、あるいはちゃんと限られた予算で回してる方にとってはそれは「ほしいものが運良く手に入った幸運に対する喜び」なんじゃないでしょうか。
しかし課金しまくってる人は違います。1万円でほしいキャラ出ました。、フルプライスのゲームソフト買える金でキャラ一つ手に入ってなんでうれしいんですか?はい、天井と比べたら5万円浮いたからですね。課金しまくってるとガシャ結果は手に入るか否かではなく「値段の違い」でしかないんですね。
だからアプリを消した今の私はもう来月のクレカ請求が楽しみでしょうがないんですね。いやーどんだけ減るんだろう、これからどんなスピードで金貯まるんだろうって。あれです、人は報酬を得る瞬間ではなく報酬を得られそうな瞬間に興奮すると言われてるやつです。だからこれからが楽しみでしょうがない。坂本真綾が鈴村健一と結婚したことに対して「私はもう恋愛というものをしなくていいんだという安心感があった」みたいなことを言ったらしいですが、まさに「私はもうガシャというものを回さなくていいんだ」という安心感と高揚感がやばい。
なのでアプリごと消してみると意外と楽にガシャ卒業できる、ってのを頭の片隅にいれておいて「けそっかなー」というアプリ消したいゾウを心の中で育ててください。それが良い感じに育ったタイミングで「今の調子だと今年だけであと〇〇万消える」みたいなことを考えてえいやっといってみましょう。
もちろん、消した後にはその穴を埋める安い娯楽が必要になってくると思いますが、おすすめはやはりゲームはゲームでも家庭用ゲームですね。Playstation Storeでは数週間ごとに対象が変わるセールでちゃんとした評価を得たちょっと古くなっただけのフルプライスソフトが3000円とか2000円とか場合によっては600円(KOF14のDLC入りがこれでびっくりした)とかで買えたりするので、おすすめです。単純な時間消費だけでなく、物欲・買い物欲みたいなものをガシャよりもはるかに安く発散できますしね。
どうしてもスマホでできるものじゃないと、というなら適当によさげなゲームを今年生まれたばかりの赤ん坊でございますと偽ったうえでプレイするのもいいかもしれませんね。無論月5000円の制限が事実上一生外れないからです。
この記事さぁ、
この子が仮に塾に行かなかった場合にはもっと悲惨な未来が待っている可能性が高いのを無視しているよね?
塾に行かずに遊んでいれば、その時は楽しいかもしれないよ?
でもその結果として「動物園」呼ばわりされる公立中学校にしか入れず、公立高校からF欄大に入り、大企業からは学歴フィルターで落とされて、まともな就職は出来ない可能性が高いだろう。
低賃金ブラック企業で貧乏暇なしで働き、結婚出来ない可能性が高い。
万が一結婚出来たとしても子供は無理だろう。我が子を抱く事は出来ない。
つまり、小学生時代に友達と遊ぶという一時の欲求を満足させた結果、子供自身の将来ひいては
子孫を残す可能性を全面的に絶つ事になる訳だ。そっちの方がよっぽど酷じゃないか?
本来、問題視するならば日本の労働環境の悪さや賃金の低さであるべきなのに
この記事はそこを突き詰める事なく、親の意識の問題に矮小化して終わらせている。
教育格差を縮小するために、塾代の助成を行う自治体もあるが、おおたさんは、「収入の高い世帯は『もっといい塾に通おう』とする。いたちごっこは続くでしょう」と指摘。こう続けた。
「教育を、社会での『競争の道具』として見る状況が変わらなければ、『塾にいかなければならない』と思い込む保護者は減らないでしょう」(同)
これってあれか、ゆとり教育導入の時に三浦守門が言った「できん子はできんままでよろしい」ってやつ?朝日新聞記者のような上級国民は下級国民が受験で逆転して真っ当な暮らしを掴み取るのが面白くないのかな?だから子供の塾通いを否定する?
前提
先月母が亡くなった。
その際、とにかく派遣先に休む旨連絡した。
で、直の上役に私の業務を引き継ぎをした。
何かあれば連絡するとのことだった。構わないと言った。
取り敢えず進んでるんだろうと思った。
体調崩したりして延び延びだけど復帰した。
復帰して。初日。
納期は過ぎている。
ただ、客先に報告自体はしてるので。問題はそこまで大きくない。
処理をして、上役の上役に承認をもらおうとしたら
「事情はわかるけど、これ期日までになんとかならなかったの?」
それが、そう言うのか。
引き継ぎはしたはずだ。
した結果、報告書は後回しにしたんではないだろうか。
その日、ただでさえ頭がぼんやりして足も手も震えてたのに
100歩譲って、俺に落ち度はあったかもしれない。
でも、そんなこと言われてもさぁ。
先輩曰く 酷いよね。無理だよね。
どうなんだろね。少なくともやる気が削がれたのは事実
こりゃ泥沼化するわ…イランの徹底抗戦がえぐり出した「トランプ政権の急所」日本も他人事ではない理由
日章丸事件は1953年。オイルショックは1973年。イラク戦争は2003年。いずれもトランプ政権とは無関係だが、起こっていることはそう変わらない。
カジノ経営に進出して本来の運営元であるネイティブアメリカンを侮辱したり、経営が傾いてジャーナリストを訴えたりしたのも政治家に転向するより前の話だが、やっていることは全く同じだ。
政権の軍部高官による「イスラエルと同国の米国内での強力なロビー活動からの圧力」などという発言は、少し前なら陰謀論者扱いされて終わりだったはずだ。起こっていることは何も変わらないのに。
例えば、銀行預金がある日突然なくなって、銀行にも警察にも法律事務所にも取り合って貰えなかったら、どうやって生きて行けばいい?
日本の法律が守られているという事実は、どうしたら確認できるだろう?法律を守らないブラック企業なんて、そこらじゅうに溢れているというのに。
「税金で飯食ってる公務員が何甘えてんだよ。文句あるなら辞めろよ、誰も無理やりやってねーだろ」
「それで飯食ってるんだから文句言うな。給料もらってんだから命張れよ、ぬるま湯に浸かってんじゃねーよ」
「自衛隊辞めりゃいいじゃん。平和ボケした日本国民守るために命懸けてる隊員がいるのに、ストレスだの自殺だの泣き言ばっか。だったら警察も消防もやめちまえよ」
「インド洋の海賊対処でさえストレスとか言ってる時点で戦力外だろ。だったら最初から入るなよ、腰抜け」
「日本が原油止まったらお前らの生活も終わりだぞ? ホルムズ通らなきゃガソリンも電気もなくなるのに、守る気ないならただの社会のゴミじゃん」
「自殺増えてる? 知るかよ、そんなのどの職業でもあるだろ。だったら派遣やめて日本丸ごと滅ぼされた方がマシか? 覚悟が足りねーんだよ」
「『自衛隊を大事に』とか綺麗事言うな。じゃあお前が代わりにホルムズ行って死ねよ。口だけなら誰でも言えるわボケ」
「結局『俺は嫌だ』って自己中なだけだろ。国が滅びても自分さえ生きてりゃいいクズが一番うぜえわ」
「ストレス半端ない? だったら民間企業行けよ。ブラック企業で毎日死にそうな思いしてる奴らの方がよっぽどキツイわ。自衛隊なんかまだマシだろーが」
grokが考えました。酷いですよね。