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はてなキーワード: ご都合主義とは

2026-05-09

成瀬シリーズ超つまんねえじゃん

怒らないでくださいね

滋賀出身主人公がその場の流れで京大行くとかご都合主義じゃないですか

2026-04-22

かぐや姫!超おもしろかった!

むりやりに大絶賛してみる!

一億総ドパガキ社会

まず制作陣がガチ天才から、この物語への主な批判ポイントが、そのまますべてSF設計の土台なんだよね。

たとえば、キャラ葛藤がないとか、ご都合主義AIっぽさとか、リアリティがないとか、散々な言われようだけれど。

それって『超かぐや姫』の核心なんだよね。

なぜかって……本作は、『神に喧嘩を売ってでも人間を作りたい』ってのがメインテーマから

簡単表現すると、人間らしさが消えちゃった彩葉と、ほんとうは人間じゃないかぐやが、「パンケーキを食べておいしい!」と感じたい話。

これこそが『超かぐや姫』の始まりであり、終わりに至るまですべて。

その為には、超早送りでびゅーんっと駆け抜けて、配信界の頂点にたどり着いて、「資本主義バンザイ!」でドパガキから集金しまくって、神の領域に挑戦しなきゃならない。

まるで全部乗せのパンケーキ、すべて持った超人エネルギーで。

言うなれば、『令和のセカイ系サイコパス』、うじうじと理屈を語るよりも、葛藤さえもハイスピードで終わらせて、きみとぼくの為――彩葉かぐやの為だけに、神の理屈ねじ曲げにゆく。

理由はただひとつ……「またパンケーキを食べたい」から

(※セカイ系とは?
「きみ」と「ぼく」という、
ちっちゃな関係性が、
国家社会をすっ飛ばして、世界のあり方に直結する話)

すなわち、新時代セカイ系は、狂気踏み込む決断主義、なにもかも舐め腐って、日本古典――竹取物語をぶち破らなきゃならない。

天の羽衣を脱ぐ、綺麗事を捨てて、パンケーキの為だけに成り上がる話。

そこまでやらなきゃ、宇宙一の負けヒロインであるかぐやを、地獄の円環構造から救えない。

逆に言えば、それを実現させるまでは、まるで水と粉のパンケーキ感情移入できないくらいぱっさぱさ――人間味がない、AIみたい、機械的なんですよ。

その薄っぺらさこそがスタート地点ってこと。

たとえば、主人公の酒寄彩葉17歳JKは、【楽しんでる場合やあらへん……いちばんやないとあかん】って母親に冷たく言われ続けたせいで、完璧主義マシーンなっちゃったと。

まり学生なのに週5日のバイト一人暮らし東大を目指す受験勉強プロゲーマーばりの腕前、こんだけ詰め込みすぎなのは、いわゆる『過剰適応』って奴。

いじめられっ子がなぜか笑うのと一緒で、『苦しさを100%抑圧』している。

まるで広末涼子の爆走185キロ人間って一度狂うと止まらないんだよ。

さら彩葉は、Vtuber月見ヤチヨの歌声に惚れ込んで、ガチガチ推し活もやっていると。

ここでも批判の声――「推し活が記号的、ただの舞台装置」みたいな意見があるけれど、これはSF的にも心理面でも必要不可欠なんですよ。

どういう事かって、彩葉は疲れすぎな日々に、お母さんから罵倒幻聴として聞こえていて、それを防ぐためにイヤホンをつけて、ヤチヨのRememberを聴き始めたと。

それもあって、○人的スケジュールなのに、なぜか感動できたり黄昏れたりと、一見余裕があるように見えるのは、その瞬間だけが抑圧から解放――人間性を取り戻せているから。

なので、明らかな依存症として推し活にハマったんですよ。

その証拠に、「推しがいなければ生きられない」という考えで、食欲がない鬱状態ときも、推しさえ見ればちょっとずつ食べられる、そんな描写もされていて。

もはや推しというより神様――だからこそ彩葉は、月見ヤチヨの神棚アクリルスタンド大事に飾っているんだよね。

しかSF的にエグいのは、『超かぐや姫』って本質的に『神○し』のお話になっていて。

パンケーキを食べたい」というエゴの為に、冗談抜きでドパガキも資本主義もハックして、運と才能とお金と人脈でフルスイングする。

まりは、綺麗事じゃない愛を奪い取る話。

そして、もう一人のヒロインかぐやは、さっきも言ったとおり、本来人間ではなくて、じゃあ何者かって、月に住んでいたむなしい存在――肉体のない思念体なんですよ。

なので、地球に舞い降りて人間の肉体を得てすぐに、「自由毎日楽しいなぁぁ!」って欲望が大爆発する。

その最たる例としては、彩葉睡眠を削ってまで働いて、がんばって貯めたお金――12万円を使い果たしたことがあって。

ちなみにこのシーン、「彩葉の怒りがあまりにも薄い!」って批判が多いんだけれど、それへの反論は秒速で終わるんだよね。

かぐや無駄遣いが、呪い浄化になっているから。

まず彩葉のため込んだ12万円は、超現実主義なお母さんの呪縛なんだよ。

【この世で頼れるんは自分一人や】、【今日の百円は明日の千円や】みたいな、冷たい言葉を吐かれすぎて、「心が壊れても頑張らなきゃ」という呪いになっている。

そこに叩き込まれたのが、かぐや! ドパガキ! ラーの鏡

まり、今までずっと無駄なく効率的に生きてきて、完璧主義廃人になっていた彩葉に、無駄遣いでショック療法――かぐやはこれでもかとご馳走を振る舞った。

そのとき彩葉は味わうこと、人生の喜びを思い出したんだよ。

人間人間たらしめるクオリア――簡単にいえば、おいしいという感情、「生きている!」という感覚を取り戻せたと。

その結果、このあと少しして風邪を引くんだけれど、それは別な言い方をすれば、やっと風邪を引けたんだよね、甘えと弱さを出しきって、これでもかと人間らしく。

今まで母親祟りにやられて、完璧超人マシーンだった彩葉が、かぐやによって人間性を蘇らせたってこと。

そう考えると、もはや妖怪人間ベムよろしく、「早く人間になりたい」ってのが、『超かぐや姫』のキモなんですよ。

そして、この物語マジで恐ろしいところは、かぐやが元々暮らしていた月の世界なんだよね。

ここってのは味も温度もない巨大な水槽みたいで、喜びも悲しみもなくて、生きることも死ぬこともできない、永遠なる空っぽ場所であると。

でもって月の住人たちは、ゲームNPCと同じで、無感覚の日々を繰り返すという、究極的にむなしいシステムに閉じ込められていて。

そんな中、かぐやけが奇跡というかバグの発生によって、「寂しい! 退屈! 死にそう!」って、みるみると自我が芽生えて、月から飛び出しちゃったんだよ。

そして流れ星のようにキラキラと、『もと光る竹』という宇宙船に乗って、そのまま地球電柱ビリビリビリってぶつかってゆく。

すると、一瞬でゲーミング電柱になるんだけれど、これは月のテクノロジー地球環境に馴染むべく、そこに最適化された肉体――今回は赤ちゃんの体を用意して、かぐや思念体が入り込んでゆくと。

そんでドパガキよろしくタブレットネットサーフィン、高速で情報収集をすることによって、その知識量に合わせてハイスピードで、女子高生くらいの見た目に変化するんだよ。

まりかぐや地球人じゃない。

なので、普通人間たちとは違って、文字通り、恥も外聞もないから、持ちうる力は『すべて出す』を地でゆく、このあと一瞬にして配信業でのし上がるんだよ。

めちゃくちゃな話、『美少女版へずまりゅう』だから

そもそもかぐや彩葉お金勝手に、ライバーになる為のスマートコンタクトを買って、メタバース世界ツクヨミログインして、大観衆の前でいきなり叫ぶ売名行為までやって、終始、大暴れするんだよね。

なのでよくある批判――「子育ての苦しみがない」、「生配信世界は甘くないぞ!」ってのは、筋の通ったやり方で回避できる。

何度も言っているとおり、普通地球人じゃないから。

そうこうして、「パンケーキがおいしい」と思えるくらい、かぐや人間幸せを覚えてゆく。

でも残念ながら、『かぐやは月の秩序を乱すバグ』と見なされて、月の世界へと戻されてしまう。

これは日本古典であるかぐや姫』の結末通りで、強制的なバッドエンドを迎えると。

さらに怖すぎる話、地獄の本番はここからなんだよ。

まず月に戻されたかぐやは、また何もない水槽の中に入れられて、虚無の永久ループに閉じ込められると。

しかも以前と違うのは、主人公彩葉出会って、笑ったり歌ったり、パンケーキの甘さを感じたりで、幸せを知ってしまたからこそ、その絶望はより深いんだよね。

5億年ボタンの比じゃないさみしさ、『生と死の狭間』にある闇のような場所で、永遠のひとりぼっち

でもそんなある日、38万キロの彼方――地球惑星から、懐かしい歌声が聞こえてきて、「もう一回だけ地球に行こう! 彩葉に会いたい!」って、奇跡で飛び起きることができた。

でも運命残酷で、「また宇宙船に乗って地球に出発だ!」ってときに、タイムトラベル機能をオンにしたもんだから、なんと制御不能でバコーンって隕石と衝突して、8000年前の地球にぶち飛ばされたんだよね。

すると何が起きたか宇宙船システムエネルギー切れ、月のテクノロジーが使えないせいで、最適な肉体を作り出せない、前と違って赤ちゃんにもなれない、ただの思念体――魂だけで放り出されたと。

それはつまり、声も出せない、誰とも話せない、誰の目にも見えない、永遠に続く孤独がはじまった。

これは昔の名作、『STEINS;GATE』のトラウマ回と似ていて、とある女の子が不完全なタイムマシンに乗ったら、時間跳躍ときダメージを食らって、自分名前以外すべてを忘れちゃったんだよ。

それから24年のときが流れて、ふっと思い出してしまう。

とてつもない使命、大切な約束があったのに、のうのうと生きてしまたことを悔いて、【失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した】、そう書き綴って……そのまま自殺するんだよね。

そして、かぐや場合はより怖い――寂しくても退屈でも永久に○ねないから。

なので、「彩葉! 彩葉! 彩葉!」って発狂するんだけれど、それは声にも叫びにもならなくて、いつまでも絶無なんだよね。

泣きながら膝を抱えようにも、そこには涙も膝もない。

そうやってかぐやは、ゆっくり時間をかけて絶望してゆく。

けれど1%の奇跡として、宇宙船に乗り込んだときに、地球彩葉からもらった、たまごっちみたいな携帯ゲーム機、そこに『犬DOGE』という柴犬電子ペットがいて。

そいつデータとして連れて来たんだよね。

その結果、シャットダウン直前の、宇宙船による最後の力で、たまたま近くにいた、かわいいウミウシ――海のウサギとも呼ばれる生物スキャンして、そこに犬DOGEの軽いデータをぶっ込めた。

これはつまり完成済みのハードウェア、しょぼいけれどロボットの出来上がり。

からウミウシログインした犬DOGEをハッキングして、思念体かぐやが入り込んで動かせるってこと。

そうこうしてウミウシかぐやは、不老不死の日々を進んでゆく、それも8000年。

縄文時代平安時代戦国時代、あらゆる時代に漂って、大量の出会いと別れがあって、もちろん戦争による○し合いもあって、破壊再生が延々と繰り返される中、かぐや孤独観測者として、それらを眺め続けたんだよね。

毒も薬も酸いも甘いもカオスも、すべて飲み込みながら。

そうやって膨大な時が流れて、人類は血みどろの歴史の果てに、電話冷蔵庫テレビに、そしてインターネットという、高度な文明誕生させるんだよ。

そんなある日、かぐやウミウシ身体のままで、パソコンキーボードを押して、『Hello,world!』って入力した。

まり8000年の時を経てとうとう……想いを伝えられるようになった、孤独な旅がやっと終わった。

その瞬間かぐやは壮大な夢を思い描くんだよ。

それってのは、地球での血なまぐさい争いとか、ひとりぼっちとは無縁な、ユートピア仮想空間を作ること。

要するに、『水も波も立たない巨大な水槽である』月の寂しさを、他の誰にも味わって欲しくないってこと。

からこそ、ここでの仮想通貨ふじゅ~』は、水のように、あぶくのように湧き出てくる。

まさにドパガキよろしく、人の心が踊れば踊るほどに、無尽蔵に金が降り注ぐんだよ。

そうしてかぐやは、ウミウシ身体をよじりながら、htmlを書いてアクセス解析もして、とにかく試行錯誤しているときに、はっと衝撃的なことに気づく。

それってのは、自分ゼロから築き上げてゆく仮想世界が、かつて彩葉遊んだツクヨミだってことに。

そして、彩葉歌声に惚れたVtuber月見ヤチヨは私なんだってことに。

すなわち、ぐるぐると同じ輪廻を巡って、この8000年の孤独も含めたループが、何百回、何千回、何万回も続いているのかもしれない。

これをむりやり表現するならば、『メタディストピア円環構造』だね。

まり、『感情を持った思念体』のかぐやが、月から地球に来て赤ちゃんとして生まれる→彩葉幸せ時間を過ごす→月の世界に戻される→歌が聞こえて脱出を決意……でも隕石に衝突→8000年前の地球に吹き飛ばされる→そして今の今に繋がる――

めちゃくちゃ残酷なことに、この円環構造の中で、常にかぐや自我があって、しかもその時間の大半、メタ視点――実体のない魂のような存在として、声にならない声を上げながら、ずっとひとりぼっちで過ごしている。

そしてこの、『メタディストピア円環構造』をぶち壊すには、バグを伝染させる必要があった。

それは愛も憎しみも含めた、綺麗事抜きの人間らしさ。

もっと単純な話、心の底からパンケーキがおいしい!」と思えること。

彩葉のケースで言えば、月のシステムみたいな完璧主義をやめて、泣いて甘えること、自分意思で進路を決めること、ホンモノの反抗心で母親にぶつかること。

そのうえで最大の敵は、退屈で○にたくなるほど整った、穢れなき月のAI世界なんだよね。

からこそ、ドパガキも資本主義も運も才能も醜さも、Rememberという推しの曲もすべて総動員して、綺麗事抜きの人間らしさで殴り返した。

ありとあらゆる手段で、『竹取物語』の運命――かぐや姫は月に帰るという、神様の結末を破壊する為に。

それはつまり彩葉推し――神様だった月見ヤチヨ(かぐや)に、『終わりのある人間としての人生』を与える、今度は自分神様よろしく生命誕生させるってこと。

ちなみに当初、メタバースツクヨミ)の世界では、かぐやを連れ去りに来る、月人(つきじん)という大勢の敵を、ゲームシステムに落とし込んで、プロゲーマーの力とチートによって倒そうとしたんだよ。

現実世界じゃ負けるに決まっているから、ゲームの敵キャラダウングレードさせようとした。

でもそんな甘っちょろい敵ではなくて、まるで勝ち目がなかった。

その結果、映画の途中でスタッフロールが出て、「めでたし めでたし」って、皮肉エンディングが軽く流れるんだよね。

でも彩葉はその終わりを許さずに、ツクヨミという仮想空間――一億総ドパガキ社会ってくらい、ユーザー数の多い場所で、ハイスピード配信者として売れて、べらぼうに儲けたお金と、人脈をフル活用して、10年間、ロボット工学をはじめとした科学技術を学んでゆく。

なぜかって、かぐや思念体を入れる義体――それも寿命のあるホンモノの生命体を作りたいから。

これこそが『超かぐや姫』のすべて。

まり、愛とは綺麗事ではない、愛≒平和ではない、愛とは能動的なバグなんだという、パンケーキを食べておいしいと感じる話。

↓『本音のおまけ』

冒頭で、「むりやりに大絶賛してみる!」と宣言したとおり、映画版の『超かぐや姫』は、ファミ通文庫版も読んで、SF設定もメモして、登場人物の背景も学んで想像して――つまりこちら側でかなり踏み込んで視聴しないと、ちんぷんかんぷんな事ばかりだ。

とはいえ90年代2000年代を振り返りゃ、映画であれ音楽であれゲームであれ、たった一本、たった一枚、たった一作を繰り返し……狂ったように楽しむものであった。

たとえば、FF聖剣伝説をやるときにはアルティマニアという、ごっつい攻略本を買ってプレイから読みふけっていた。

そう考えりゃ、『超かぐや姫』の円環構造よろしく、ぐるぐるとリピートする事が大前提作品があっても良いのかもしれない。

しかも『超かぐや姫』 の場合知識考察を重ねるごとに、「この複雑な円環構造SF設計を考えると、これはこれでアリかもな」と思えてきて、じわじわ評価点が高まる

そして最近のドパガキ、マジで舐めすぎだろ

2026-04-14

創作し出してから映像とか小説ノイズ入るようになった

上手い人の読んで自分の下手さ嫌になるとかはまだマシだけど、これは冒頭の説明パートとはいえちょっとご都合主義が過ぎるだろとかは普通に性格悪くなった気がしてつらい

2026-04-09

不倫系のドラマでよく男が無精子症だったみたいな結末あるけど、無精子症ってそんなによくあることなのか?

ご都合主義すぎて、はーまたかよってなるんだが

2026-04-08

転売ヤーが嫌いとか言ってるやつがカードゲーマービックリした。転売ヤーはお前だろ

は?ってなったわ。

カードゲーマーたちが「最近転売ヤーのせいでパックが買えない」「あいつらがいなければ安く遊べるのに」とか愚痴ってんの。

聞いててお前、鏡見たことある?って聞きそうになったわ。

新弾が出るたびに「今回の当たり枠は〇〇円」とか「買取保証が〜」とかスマホメルカリや遊々亭の価格チェックしまくってるじゃん。それ、転売ヤーと何が違うの?

自分が引いた高額カードを「コレクション用」とか言いながら、数ヶ月後に相場が上がったらさっさと売って、その金で別のデッキ組んだり、新しい箱買ったりしてるだろ。

自分プレイヤーから」「対戦に使ってるから」って免罪符掲げてるけど、結局やってることは「市場価値」に依存した金転がしなんだよ。

もしそのカードに1円の価値もなくなって、ただの紙切れになってもお前ら今の熱量でそれ買い続けんの? 1枚数万するから必死スリーブ入れて、湿気対策して、資産価値守ってるだけだろ。

転売ヤーは「売るために買う」。

カードゲーマーは「(価値が上がったら)売るために買う(し、それまで対戦に使う)」。

本質的に同じじゃん。むしろ対戦っていう「楽しんでる自分」に酔ってる分、金目的だと割り切ってる転売ヤーよりタチが悪いまである

転売ヤーが買い占めるからパックが買えない? 笑わせんな。

お前らが「当たればアド取れる」とか言って群がるから需要が跳ね上がって、そこにビジネスチャンスが生まれてるだけ。お前らがカードを単なる「ゲームの道具」としてしか見てなくて、資産価値を1ミリも気にしなきゃ、転売ヤーなんて勝手に消えるわ。

カード価格が高騰して喜んでるくせに、いざ自分が買う番になったら被害者面して叩く。

ご都合主義も大概にしろよ。

お前らが持ってるその「自慢のレアカード」、転売ヤーがいなくなって市場が冷え込んで、二束三文になっても大切にしろよな。まあ、そうなったら真っ先に辞めるんだろうけど。

結局、お前らは転売ヤーしかないんだよ。自覚持てよ。

2026-03-26

anond:20260326170450

まらんとまでは思わんけど序盤に出てくる悪役の女絡みのところとかマニアック性癖すぎんか?とか全体的にご都合主義展開がチープ過ぎんか?とか堂々と人に勧められるような作品なのかという疑問はある

2026-03-24

プロジェクトヘイルメアリーがすげー退屈だったという話

まず、私は小説しか読んでない。映画は見てないけど配信されたら見る予定。たぶん。

で、感想なんだが題の通りすげー退屈だった。何度寝落ちしたことか。

理由は明白で、ずーっと興味のない理科実験を続けてんの。主人公が。しかもまったく動きのない宇宙船内で。問題実験解決。ずーっとこれ。一言で言うと、理系の作ったなろう小説。冴えない主人公はもういいって。

この小説構成としては現在過去が交互に繰り返される。過去地球編)はまだ明確な目的に対して話が動いてるから読める。でも現状(宇宙船編)はずっと同じことの繰り返しでこれがまあ退屈。たぶん時系列順で書いたら中盤が実験塗れでさすがに読んでられないと作者も思ったんじゃないか?だから過去現在が交互に繰り返される。で・も・ね(長山洋子)退屈の総量は変わらないんですよ。細切れになった退屈の波状攻撃

話の筋もさることながら、設定(というか導入?)ももちょっとあっただろうと思う。なんで人類滅亡危機なのに、主人公のっけからピンチなんだよ。何で科学的な実験()をしないと居場所特定できないんだよ。意味分からん人類滅亡危機だぞ?どうなってんのストラットさん。他の人だったら目覚めた時点で詰んでいてもおかしくなかった。完全に属人的対応。今時どこの会社でも言われるような「よくない仕事」の仕方。何度でも言うけど、人類滅亡危機に対して取る措置とは到底思えない。別にね、でっけえメモ用紙に概要書いときゃ用を為すんだよ?なんでそれを省いちゃったの?忙しくて忘れてた感じ?導入でこれだからね。もうその時点で冷めちゃう。こっちはアチアチを期待したのに。

あとロッキー理想的過ぎてご都合主義の塊。ザ・ご都合主義。それ以外に言うことは無い。

too much science, not enough story.

↑これは海外レビューサイトで見かけた感想。この小説を表すのに最も適した言葉だと思う。同意しかない。作者の書きたいのは理科実験であって、物語のもの面白さとか整合性二の次。そんな小説だった。

anond:20260324100224

単なるご都合主義しかないものを「アップデート」とか偉そうに言い出すなら顰蹙買う覚悟ぐらいしとけよという話だから

anond:20260324095845

それ良い悪いの客観的基準理由を示せないならご都合主義と同じじゃね?

2026-03-20

なろう小説の「都合よくアホになる周囲」がどうしても受け入れられな

最近またなろう小説を読もうとして、3作連続で同じところで読むのをやめてしまった。ずっとモヤモヤしてたんだけどやっと言語化できた気がするので書く。

問題は「主人公を引き立てるためだけに周囲がバカになる現象」だ。

たとえばこういう展開。主人公が何か画期的提案をする。それに対してベテラン騎士団長とか宮廷魔術師とかが「そんなことできるわけがない!」「前例がない!」「貴様は何もわかっていない!」と怒鳴り散らす。で、主人公がやってみせると手のひら返して「さ、さすがです……」ってなる。

いや待って。そいつら何十年もその世界で生きてきたプロじゃないんですか? 主人公が思いつくことを本当に誰も考えたことがないの? 考えたけど実行できない理由があったなら最初にそれを説明すべきだし、本当に誰も思いつかなかったならその世界文明レベルを疑うことになる。

もっとしんどいのが、主人公に対して露骨嫌がらせしてくる貴族とかライバルキャラコイツらの言動が「悪役としての記号」でしかなくて、知性ある人間として動いていない。主人公を陥れようとするくせに証拠を残しまくるし、周囲に見えてる状況で悪事をはたらく。リアルの悪い人間ってもっと頭いいでしょ。頭いいから悪いことができるんでしょ。

要するに「主人公がすごく見える構図を作るために、周囲のNPCの知能が必要なだけ下げられている」んだよな。これが透けて見えた瞬間に物語への没入感が全部吹き飛ぶ。

チート能力とか異世界転生自体が嫌なわけじゃない。ご都合主義が全部悪いとも思わない。でも「主人公が輝くために他のキャラ犠牲になってる」のが見えると、なんか悲しくなってくる。作者が世界よりも主人公のことしか考えてないというか。

逆に周囲がちゃんと賢くて、その上で主人公活躍する話は普通に面白く読める。ハードルが高いほうがカタルシスも大きいのは自明のはずなのに、なんでわざわざハードルを倒してから走るんだろうという気持ち

あー、またこれ読んでた時間返してくれって思ってしまった。疲れた

2026-03-09

かぐや姫とか勝ち組ハイスペック成功する話じゃん

こんなのを見て面白いと感じる奴が大勢いることに驚いている

勝ち組さら勝ち組になる話のどこに共感してんだ?

何の困難もなくトントン拍子ですべてが上手くいくご都合主義全開のカスストーリーじゃん

2026-03-07

眠りに落ちるまでの時間はいつも自カプの脳内二次創作してるんだけど、最近定番の展開に対してちょっとご都合主義に思うところがあったので気分転換シビアな展開で行ってみたら昨日片方が自殺してしまって、今のところもう片方が後追いする路線になってしまった。

鬱展開好きなわけじゃないし、何より育てたストーリーがそこで終わってしまうのが不本意なので分岐点まで戻って幸せになる道を考え直す。

追記

自殺回避のためにアメリカ移住させてみたけどやっぱり片方は死んでしまった…

ていうか自殺自分の願望入ってるかもしれない

その先どう頑張っても辛いなら美しい思い出を一つ作って消えたいっていう

現実では自殺なんかできないからこそファンタジーとして求めてしまうというか

2026-02-26

『超かぐや姫』を「批評」するの、不毛じゃない?

『超かぐや姫』を観た。なんというか、真面目に観るのも野暮かな、というのが正直な感想だった。

美麗な作画、派手なアクション、有名ボカロ曲を使ったライブ一見してこの映画構成が「ポジティブ体験」を重視していることは明らかで、シナリオの穴やキャラクター心理描写の浅さ等はもうそういうものとして作っているというだけのことだ。

もちろん「そういう映画」を楽しめるかどうかは人によるし、そこに良し悪しとか貴賤はない。

ただ世間評価を見てみるとこの映画を「批評」している人とそれに反発している人が喧嘩しており、不毛からそれやめません?と思う。

批評している人の主張としては

ご都合主義が過ぎる

キャラクター心理描写が浅く、人間ドラマがない

世界観の設定や舞台装置解説がなく、シナリオの全容が見えない

等が主なところで、批評に反発している人の主張は

・そんな「こまけぇこと」はどうでもいいんだよ!(だからいちゃもんをつけるな)

というところだろうか。

※「こまけぇこと」じゃねぇよ!と批評している側が更に反発している感もあって、地獄

どちらの言っていることも分かるのだが、個人的には批評している側に折れてほしいなと思うところである

考えてみて欲しいのだが、『ドラえもん』を楽しんでいる人に向けて「タケコプター構造で空飛べる訳ないだろ!」とか「なんでどこでもドア発明された未来世界で車とかの移動手段が残っているんだよ」という「批評」って有効だろうか。多分クソリプの類に分類されるだろう。

ドラえもん』は「こうだったらいいな、という(子供の)素朴な願望」を「ひみつ道具」という未来技術で実現して見せて「わくわく・どきどき」させるのが目的の話であって、「真剣科学社会議論する」話ではないからだ。

作品本質関係ないところで行う「批評」はあまり有効ものではないし、個人的には「批評」によって物語面白く読めるようにならないなら、そもそもまりいい批評ではない。(作品をけなすだけなら誹謗とか中傷かいう方が適切)


翻って『超かぐや姫である。この映画に「深遠なテーマ」とか「複雑な心理描写人間ドラマ」とか「練り込まれ世界観」みたいな要素は皆無である。もちろんそれは(上映時間が2時間22分もあるのだから)尺の不足とかではなく、「そういう作品」だからだ。それに「心理描写が浅い」とか「人間ドラマがない」とか「シナリオ作りが粗い」と「批評」するのは野暮というものだ。

単に作画やバトル、ライブシーンや百合要素(詳しくないのであれが百合なのかどうかは判断しかねるが)が「刺さるかどうか」がこの映画本質なのであって、それ以外の要素にあれこれ「批評」しても意味がない。(※1)

『超かぐや姫』に「深遠なテーマ」とか「複雑な心理描写人間ドラマ」とか「練り込まれ世界観」がないことに不満があるのなら、「批評」するのではなく、『超かぐや姫からそういった要素のある他の作品への導線を引いてあげるのが生産的なオタクの在り方ではないだろうか。(※2)

※1.これまでの「アニメオリジナル映画」の大半が「深遠なテーマ」とか「複雑な心理描写人間ドラマ」とか「練り込まれ世界観」に向き合ってきたらこその勘違いだとは思う。(それであんまり成功しなかったらこそ『超かぐや姫』は生まれたのかな。だとしたら悲しい。)

『超かぐや姫』はどちらかといえば「なろう系」とか「日常系」みたいなストレスフリーであることをテーマにした作品群の延長にあって、それが「映画」というフォーマットになっただけに見えるので、「なろう系」とか「日常系」に真剣に「批評」することを考えてもらえれば、今起きている「批評」の不毛さ加減が伝わるだろうか。

※2.だからといって『トラペジウム』を勧めるのはやり過ぎである。『アリスとテレスまぼろし工場』もちょっと…。『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』とかどう…?ダメかな…。

2026-02-25

『超かぐや姫!』は「現代人を舐めている」のか

少し前に『超かぐや姫!』への批判的なダイアリーを読んだので、私なりにこの作品の意義を書いてみます

参照:

『超かぐや姫!が超つまらなかった』

https://anond.hatelabo.jp/20260207025626

先の投稿には、分析としてうなずける点もあります

しかし、ターゲット視聴者層理解が浅く、主観的感想に終始している印象も受けました。

ただ私は、この作品はかなり意図的に「今の観客」に向けて作られた、意味のある作品だと考えています

とくに評価が分かれる「ご都合主義」に見える部分こそ、本作の主張の核だと思っています

キャラクター設定と客層の理解

本作の主なターゲットは、さとり世代・Z世代にあたる20代20代後半、特にデジタルネイティブ女性層だと見ています

現代の客をなめている」という見方もありますが、私はむしろ逆で、現代の観客心理をかなり正確に捉えている作品だと感じます

とくに推し活をしている層の自己認識は、彩葉の在り方とよく重なります

私たちは表面的には「自分特別ではない」と理解していても、心の奥では「何者かでありたい」と願っていることが多い。

からこそ、主人公にはある程度のハイスペックさが必要になる。

ターゲット層が「完璧ではないが、そこそこ何でもできる(あるいはそうありたい)」という自己像を持っているからです。

また「百合っぽければいいんでしょ」という批判についても、私は単純にはそう思いません。

現代女性の対人感情、とくに同性に対する感情は、友情恋愛境界比較的ゆらぎやすい。

さら女性VTuber応援する文化圏を踏まえれば、20代女性にとって本作の距離感は不自然というより、むしろ自然範囲にあると思います。(小説版蛇足感がありますが)

作品主題

本作が投げかけているのは、「過度な人間信仰」と「世の中を舐めていなさすぎる態度」だと私は捉えています

現代人は、親・推し成功者を「自分とは違う、完璧特別存在」と見なしがちです。

自分の不完全さを自覚しているからこそ、相手神格化し、「どうせ自分には無理だ」と距離をとって心を守る。

批判文中には「なんでこいつら配信してんの?」という趣旨の指摘がありますが、私はここが読み違えだと思います

少なくとも、かぐや配信する理由シンプルで、「自分もそうなりたいから」です。

一方の彩葉は、なりたい気持ちはあるのに「完璧でない自分には無理だ」と考えてしまう。

失敗要因をすべて潰さないと成功できない、推し成功しているのは彼らが完璧からだ、という発想に囚われている。

から配信消極的になる。

この物語の核は、その完璧主義と人間信仰による歪みを、彩葉かぐやとの配信活動を通じてほどいていく過程です。

これはデジタルネイティブ世代に限らず、多くの現代人が抱える問題でもあります

ここでいう「世の中を舐める」は、他者を見下すことではありません。

完璧でなくても、案外なんとかなる」と見積もる態度です。

私は本作が、まさにそれを提示していると感じています

そういった意味で、本作がサクセスストーリーになるのはある意味必然です。

完璧かどうかより先に、「うまくいく可能性を信じて前に出ること」がなければ、そもそも成功は起こらない。

作品はその事実を伝えるために、視聴者が「自分もやれるかもしれない」と思える構造を取っているのだと思います

批判から見ると、それは「決めたら叶う」都合のよさに見えるでしょう。

ただ私は、その都合のよさを「物語上の誇張」として意図的に使っていると読みます

この作品が描いているのは、リアル成功率の再現ではなく、最初の一歩を踏み出すための心理的転換です。

かぐやの少し不格好な配信は、「不完全な自分を受け入れること」の象徴です。

それでも結果が出る展開は、「完璧でなくても進める」ことの象徴です。

親との対話は、相手もまた不完全な人間だと受け止めることの象徴です。

そしてヤチヨの正体を見抜く場面は、彩葉がそれらを内面化したことの到達点として機能しています

心理描写について

父親の死や母親との衝突はありきたりだ」という反応もありますが、私はむしろそこが重要だと思います

これらは特別悲劇ではなく、多くの人が程度の差こそあれ抱える現実的な悩みです。

作中の「でも、みんな抑えてもいるんだよね。自分気持ちもっと大事もののために。」という台詞は、その普遍性をよく示しています

本作の心理描写は、対人関係ドラマを細密に描くより、主人公内面葛藤に焦点を絞っている。

から人間関係情緒は、あえて視聴者想像に委ねる部分が大きいのだと思います

人間関係の発展に関する心理描写は、確かに少ないと思います

しかし、発展後の心理描写や、彩葉内面心理描写は、むしろしっかり描かれており、重要な点はその部分だと感じています

それでも、その描写を「浅い」と感じる人はいるかもしれません。

ただ、それは現代自体の浅さを反映しているとも言えるのではないでしょうか。

本作は、その弱さを否定するのではなく、乗り越えるための物語として作られている。

現代人は、傷つきやすく、救われやすい。

推し活の広がりやMrs. GREEN APPLE流行していることからも、それが分かると思います

現代人の多くが、些細なことで悩み、些細なことで傷つき、些細なことで救われることを望んでいます

物語最後では、「このお話ハッピーエンドだと思う? この後すぐ喧嘩別れしたりして。まだまだ分からないよね」「あなた物語もそうでしょ?」という台詞が出てきます

これは「現実ハッピーエンドとは限らない。だからこそ、自分物語自分で作っていくしかない」というメッセージであるとともに、視聴者物語主人公を移し、自分物語を考えるきっかけを与えるものだと思います

から私は、『超かぐや姫!』は現代人の心の弱さを受け入れたうえで、一歩先へ進ませようとする作品なのではないかと感じています

2026-02-21

リベラルは終わるが仏教も終わりそう

最近リベラルの死、左翼終焉話題になっているが、仏教に対する批判構造が同じであることにふと気がついた。

リベラルとか言っておいて、リベラリズムと逆のことばっかりやってる

ポリコレフェミニズム解釈ご都合主義

批判されたら話題を逸らすし国民が納得できない反論ばかり

話が長く中身がない

言うことがお花畑机上の空論

傲慢大衆を導く存在という自認

国民負託要望に応えるつもりがなく言い訳ばかり

共産主義なのに幹部外車と豪邸

現実に困っている国民に対する処方箋は「お前の考えを変えろ」

そもそも国民問題意識世界観が違いすぎて話が通じない、お前の問題些末な問題で、我々の問題に目を向けろ言われる

宗教法人課税仏教から反論見てて「あ、ほぼ一緒だ」って気づいちゃった

なんかリベラルと同じ末路になりそうだな

2026-02-16

無職になってから転げ落ちそうで怖い

去年仕事辞めたのだが、仕事のせいと思っていた鬱が辞めても悪化している気がする

糸が切れたように何もできない

スマホSNSはてな無料漫画を読んで一日が終わる

くだらないと思って遠ざけていたなろう系が面白く感じる

これが怖いと思った

少し油断したらずぶずぶとハマっていきそうな何かを感じた

なろう系は作品として言っちゃ悪いが質が悪い

世界観の設定、ストーリー構成が雑、キャラクターの掘り込みが浅い、文章ピンキリだがなぜこの文章でこんなに読まれているのかというものもある

テンプレート依存した作品は作者の魂なんてまるで感じない(もちろんこれらに該当しない作品もあるんだろうが)

それなのになぜこんなに売れているのか、この読ませる力はなんだ?

そうか

これ読むストゼロ

現実社会とはまるで関係ない世界で繰り広げられる自分とは何の関係もない人間達のドラマは、現実逃避に丁度いい

ご都合主義やら、浅い設定やらはむしろ現実感がなくて飲みやすいのだ

現実辟易して逃げ場を探している人間ほどなろうを読んで酔いたくなるのだ

酔って全てを忘れたくなるのだ

なろう系だけではなく、作品というものは見て快楽を得られる時点でドラッグになり得る

他にも日本アゲ動画も見てると安心した

もう終わりだ

このまま自然に任せて死ぬのもありかもしれない

映画コンタクト を見た

科学宗教信仰実証、そして人間と愛と荒唐無稽SF設定が入り乱れた傑作SF映画だと思った81点。

 

宇宙科学者のジョディ・フォスター宇宙人との交信を専門に頑張ってるんだけど嫌な上司には予算を打ち切られ、個人スポンサー探しに奔走してようやく予算を得て研究を再開するも「なんか不気味だからヤだ」と予算打ち切り危機に。するとついに宇宙からメッセージを受信し、また上司に手柄を横取りされたり、メッセージを解読したらそれは宇宙船みたいな感じのやつでとんでもないことになったりする。

そんな話。

 

極端な実証主義者であるとされている科学者の主人公だが途中、宗教家のパーマーとの対話の中で「科学で神の存在証明できないから神はいない」「じゃあ君はパパのことを愛していた?」「心から」「その証拠は?」と問われるシーンがあるように彼女は常に科学証明できないものは「ない」と言いながらも、実際には常に様々なものを"信じて"行動している。

典型的な嫌な上司に「国家プロジェクトから宇宙人みたいないるかいないかわからんもんのために税金垂れ流しにできんのよ」と言われた時にはブチ切れていたが、実証主義的な立場から考えれば彼の言うことのほうがよっぽど正しい。その後、ニューメチャシコで研究を再開した際には彼女は周囲から砂漠巫女」と呼ばれる不気味がられるようになる。

彼女父親から教わった無線で「未知の相手通信する」こと、「宇宙地球人しかいないとスペース(場所宇宙ダブルミーニング)がもったいない」という教えを純粋に"信じて"それを原動力に生きている。中盤までの彼女は認めないだろうがそれこそが「信仰」ということだが、彼女他人の「信仰」は平気で踏みにじる。

印象的だったのはパーマーとの会話中に「科学は神の不在を"証明しただけ"では?」と挑発的に語るシーンと、幼少期に父が死に落ち込む主人公を励まそうと神父様が「理不尽な死はあるが神の救いはある」と語った際に「1階に薬が置いてあれば助かった」と突き放すシーン。でもたぶん、この神父への反発がより彼女を意固地にさせてたんだろうな。

その結果としてパーマーの愛と怒りで彼女は「地球人の95%は何らかの神を信じているのにそれを認めない君は人間代表にふさわしくない」という理由で、宇宙人とコンタクトする役を降ろされてしまうのはある種当然と言える。

選考会もよくてさぁ。その前にパーマーと2人で話してる時に危険じゃないかと話すパーマーに「なぜ人類はこうなっているのかの謎を解き明かすために生きてきた。もしそれが叶うなら死んでもいい」と語る主人公ってのがまずあって、選考会でほぼ主人公に決まりやなってなったときパーマーが「あなた敬虔ですか?」と問うんだよね。「貴方は髪を信じていますか」と。パーマーは神を信じている立場で、でも主人公が信じていないと答えると思っていたし、そう応えれば落選する可能性が高いのもわかっていた。でも危険任務から主人公を降ろしたいという気持ちと同時に、ここで永遠の別れになるなら自分と同じ世界を見ていてほしいとも思ってたと思うんだよなぁ。

そしてその後、口先だけで信仰を語る上司がその役に選ばれるも宗教過激派自爆テロによって宇宙船ごと爆死するのは非常に皮肉めいているし、ある意味胸のすく思いもするし、もの悲しい気持ちにもなる。

そしていろいろあって主人公見出しスポンサードしていた富豪北海道建築していた宇宙船2号機によって主人公は謎宇宙に旅立ち、そこで父親の形をした宇宙人と交信し戻ってくるも地球では宇宙船は単純に落下していただけで何の証拠もない。

選考会に似た、今度は聴聞会で「ホンマにあったんや!」と訴える主人公に対して「でも証拠ないじゃん」と詰められ「何の証拠もないのに信じろっていうのは科学的な態度なん?」と問われたときに「確かに幻覚を見ていた可能性はある」と素直に認めるの科学者としての矜持があっていいなぁと思ったし、それを認めた上で「私は証拠がないものを信じてこなかったけど今はわかる。信じてほしい」と涙ながらに訴えるのには正直胸を打たれた。そして宗教家のパーマーが「宗教科学世界の真理を解き明かすためにある。僕は彼女を信じる」といったのもよかった。

科学にわか宗教馬鹿にしがちだし、宗教科学忌避しがちだけどそういうことじゃないよな。そこにあるのは人なんだよなぁってメッセージはかなりよかった。

そして「落ちただけ」の彼女ポッドの内部の記録時間が「18時間」あったことが明かされ、科学彼女を見捨てていなかったことが分かり、彼女はまた研究に戻り、彼女の父と同じように次世代科学の種を植える作業を行うというエンドもよかった。

 

と言うわけで全体的にメッセージはよかったんだけど、SFパートはう~んご都合主義的っていうかエンタメやりに行き過ぎてるなぁと感じる部分が多かった気はする。最初ノイズみたいだったけど周波数理解したら映像になって、その映像ヒトラーの初のテレビ放送だった!とか、実はその映像秘密文書が隠されていた!とか、秘密文書3Dで組み合わせると宇宙船の設計図が出てきた!とか、完全に組み合わせると中に人類が描かれていた!とか。

さすがにわかやすくしすぎじゃないか?ここまで整合性を取られると逆に陰謀論めいてくるというか。

宇宙船が起動してからCG盛りだくさんパートは正直、ノイズだったなって。あそこで彼女がとても信じられないような思想根本的に揺るがすような超常的な現象に遭遇して変わる必要があるという映画的な要請理解できるんだけど、宇宙人が父親の形(主人公意識を読み取ってということだろうけど)しているのもそうだし、そこで彼が語る内容も正直、ナンダカナーって感じだった。

モロSFパートに関しては正直あんま乗り切れない感じだった。

 

地球上でいろんな通信が行きかってて騒がしいところからどんどんズームアウトして無音の宇宙に行ってそこから星雲に行ってその星雲もまた宇宙の一部でと無音でどんどん宇宙の規模が広がっていって最後に幼い日の主人公の瞳になるっていうオープニングシークエンスめっちゃよかったのでそこだけでも見て。

 

この映画、もう30年くらい前の映画インターネット研究所でちょっと出てくるだけなので、今だったらどうなっちゃうのかっていうのはすごく考えさせられたし、逆にそういうのがない非常にフィジカル時代だったからこその研究所を囲んでフェスちゃう感じもなんかよかった。映画化までは全然してほしくないけど脚本家の人まだ生きてたら現代に同じ設定で書いてほしい。

そんなこんなで科学宗教人間、愛が好きな人類にオススメ

1話ピークに失速したアニメってある?

今期だと『真夜中ハートチューン』かな

作画が安定しない、主人公の有栖がノイズエロくない、週マガラブコメのようなご都合主義のラキスケばかり

話がまずつまらない、話が入って来ない、とにかく真面目に見るのが辛い、むしろ放送前の番宣の方が面白かった

今期ならこれと奇面組1話見て切るか迷った挙句今も見てる・・・

マジで切りどころ間違えたわ、多分最後まで見ると思う

2026-02-08

デジモンアドベンチャーが名作だって聞いたから見たんだけど

「名作」「神アニメ」ってやたらオタクたちが持ち上げてるから、ある程度のクオリティを期待して完走してみた。 結論から言うけど、マジで時間無駄だった。これを神格化してる奴らの正気を疑うレベル

まず映像レベルが低すぎる。 古いアニメなのは百歩譲って理解するけど、それにしても作画崩壊が酷くないか? 動きはガタガタだし、進化シーンの使い回し(バンク)で露骨に尺稼ぎしてるのが透けて見えて萎える。令和の作画に慣れた目で見ると、紙芝居だよ。

次にキャラが最高に幼稚で不快小学生異世界サバイバル(笑)とか言いつつ、やってることはただのワガママと内輪揉め。特に太一かい主人公、熱血キャラのつもりか知らないけど、ただの独りよがりなガキで見ててイライラする。デジモンたちも媚び売ってるようなデザインでキツいし、あんなのに感情移入できる奴の精神年齢どうなってんの?

一番酷いのがストーリー支離滅裂さ。 基本、ご都合主義の塊じゃん。ピンチになったら都合よく進化して、最後精神論で全部解決。設定の裏付けスカスカだし、敵の行動原理意味不明。後半の展開とか、風呂敷広げすぎて畳み方が雑すぎて失笑したわ。

結局これ、「思い出補正しかないだろ? 当時子供だった30代のおっさんたちが、ノスタルジーだけで評価を盛ってるだけ。客観的に見たら、中身スッカスカのただの子供騙しアニメだよ。

これを「大人でも泣ける」とかドヤ顔で語ってる奴、普段どんだけ質の低いエンタメに触れて生きてるわけ? マジで返せよ、俺の数日間。

2026-01-28

はてな見てて分かったわ。統一教会問題も結局は自民党叩きの道具でしかない。

自民との関係は少しでもあれば大騒ぎするのに、野田統一教会関係を示す写真が出てもだんまり検証もしないし、問題にもならない。この時点で基準が「統一教会が悪い」じゃなくて「自民党が悪い」なんだよ。

から都合よく使える時だけ持ち出して、味方に火が飛びそうになったら見ないふり。こんなダブスタやってりゃ信用されるわけないし、選挙で負けるのも当然だろ。

負けてる理由相手が強いからじゃない。自分たちが一番嫌ってるご都合主義を、自分たちでやってるからだよ。

2026-01-06

設定や展開が安易ご都合主義で無理があるさすがなろう系みたいな指摘されるけど

デスノートの前でもそれ言えんの?

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