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2026-05-07

漫画誹謗中傷

作者は全てを晒して書いてるのに、読者は何も晒さず一方的に言いたい放題じゃん。

言うなれば公衆で秘部を晒してるのに、お前らは一方的に手マンしてる様なもんじゃん。歩く公衆便所みたいなもんですよ。

2026-05-01

anond:20260501213648

惜しいなー。

半分正解なんだよね。

技術進歩すると今まで使っていたもの効果がなくなる」ってのは半分正解なんだけど、それを「そんなことあるわけないじゃん!」で終わらせてるのが駄目よ。

言うなれば「昔懐かしの美味しいラーメンを今も作り続けてるなんて店は実は存在しない」みたいな話かな。

防臭グッズが進歩して皆がそれを使っていくと、どんどん街から悪臭が減っていくからさ、それに比例して今までは許されたレベル臭いドンドンアウトになっていくわけ。

他のワキガが最新のワキガグッズで予防してる中で自分けが古いワキガグッズ使ってたら相対的に「アイツのワキガってマジでヤベーな」って扱いになるわけよ。

進歩による相対的劣化」というのはどうしても存在するんだなー。

激しい流れの中で同じ場所に居続けるには前に進み続けなければならないのだよ。

昔と同じままでオッケーだと自分を甘やかしていけば相対的に周囲から劣ったものに成り下がっていくというのは厳しい話だし、そのスピードが今は早すぎるのは事実だが、そこを受け入れて頑張るしかないのだ。

2026-04-29

日本原油タンカーホルムズ海峡を​通過という、言うなれば0が1になったニュース

「1では全然足りないか意味ない」(意訳)みたいなこと言ってるネット左翼がいて流石に草生えた

2026-04-22

かぐや姫!超おもしろかった!

むりやりに大絶賛してみる!

一億総ドパガキ社会

まず制作陣がガチ天才から、この物語への主な批判ポイントが、そのまますべてSF設計の土台なんだよね。

たとえば、キャラ葛藤がないとか、ご都合主義AIっぽさとか、リアリティがないとか、散々な言われようだけれど。

それって『超かぐや姫』の核心なんだよね。

なぜかって……本作は、『神に喧嘩を売ってでも人間を作りたい』ってのがメインテーマから

簡単表現すると、人間らしさが消えちゃった彩葉と、ほんとうは人間じゃないかぐやが、「パンケーキを食べておいしい!」と感じたい話。

これこそが『超かぐや姫』の始まりであり、終わりに至るまですべて。

その為には、超早送りでびゅーんっと駆け抜けて、配信界の頂点にたどり着いて、「資本主義バンザイ!」でドパガキから集金しまくって、神の領域に挑戦しなきゃならない。

まるで全部乗せのパンケーキ、すべて持った超人エネルギーで。

言うなれば、『令和のセカイ系サイコパス』、うじうじと理屈を語るよりも、葛藤さえもハイスピードで終わらせて、きみとぼくの為――彩葉かぐやの為だけに、神の理屈ねじ曲げにゆく。

理由はただひとつ……「またパンケーキを食べたい」から

(※セカイ系とは?
「きみ」と「ぼく」という、
ちっちゃな関係性が、
国家社会をすっ飛ばして、世界のあり方に直結する話)

すなわち、新時代セカイ系は、狂気踏み込む決断主義、なにもかも舐め腐って、日本古典――竹取物語をぶち破らなきゃならない。

天の羽衣を脱ぐ、綺麗事を捨てて、パンケーキの為だけに成り上がる話。

そこまでやらなきゃ、宇宙一の負けヒロインであるかぐやを、地獄の円環構造から救えない。

逆に言えば、それを実現させるまでは、まるで水と粉のパンケーキ感情移入できないくらいぱっさぱさ――人間味がない、AIみたい、機械的なんですよ。

その薄っぺらさこそがスタート地点ってこと。

たとえば、主人公の酒寄彩葉17歳JKは、【楽しんでる場合やあらへん……いちばんやないとあかん】って母親に冷たく言われ続けたせいで、完璧主義マシーンなっちゃったと。

まり学生なのに週5日のバイト一人暮らし東大を目指す受験勉強プロゲーマーばりの腕前、こんだけ詰め込みすぎなのは、いわゆる『過剰適応』って奴。

いじめられっ子がなぜか笑うのと一緒で、『苦しさを100%抑圧』している。

まるで広末涼子の爆走185キロ人間って一度狂うと止まらないんだよ。

さら彩葉は、Vtuber月見ヤチヨの歌声に惚れ込んで、ガチガチ推し活もやっていると。

ここでも批判の声――「推し活が記号的、ただの舞台装置」みたいな意見があるけれど、これはSF的にも心理面でも必要不可欠なんですよ。

どういう事かって、彩葉は疲れすぎな日々に、お母さんから罵倒幻聴として聞こえていて、それを防ぐためにイヤホンをつけて、ヤチヨのRememberを聴き始めたと。

それもあって、○人的スケジュールなのに、なぜか感動できたり黄昏れたりと、一見余裕があるように見えるのは、その瞬間だけが抑圧から解放――人間性を取り戻せているから。

なので、明らかな依存症として推し活にハマったんですよ。

その証拠に、「推しがいなければ生きられない」という考えで、食欲がない鬱状態ときも、推しさえ見ればちょっとずつ食べられる、そんな描写もされていて。

もはや推しというより神様――だからこそ彩葉は、月見ヤチヨの神棚アクリルスタンド大事に飾っているんだよね。

しかSF的にエグいのは、『超かぐや姫』って本質的に『神○し』のお話になっていて。

パンケーキを食べたい」というエゴの為に、冗談抜きでドパガキも資本主義もハックして、運と才能とお金と人脈でフルスイングする。

まりは、綺麗事じゃない愛を奪い取る話。

そして、もう一人のヒロインかぐやは、さっきも言ったとおり、本来人間ではなくて、じゃあ何者かって、月に住んでいたむなしい存在――肉体のない思念体なんですよ。

なので、地球に舞い降りて人間の肉体を得てすぐに、「自由毎日楽しいなぁぁ!」って欲望が大爆発する。

その最たる例としては、彩葉睡眠を削ってまで働いて、がんばって貯めたお金――12万円を使い果たしたことがあって。

ちなみにこのシーン、「彩葉の怒りがあまりにも薄い!」って批判が多いんだけれど、それへの反論は秒速で終わるんだよね。

かぐや無駄遣いが、呪い浄化になっているから。

まず彩葉のため込んだ12万円は、超現実主義なお母さんの呪縛なんだよ。

【この世で頼れるんは自分一人や】、【今日の百円は明日の千円や】みたいな、冷たい言葉を吐かれすぎて、「心が壊れても頑張らなきゃ」という呪いになっている。

そこに叩き込まれたのが、かぐや! ドパガキ! ラーの鏡

まり、今までずっと無駄なく効率的に生きてきて、完璧主義廃人になっていた彩葉に、無駄遣いでショック療法――かぐやはこれでもかとご馳走を振る舞った。

そのとき彩葉は味わうこと、人生の喜びを思い出したんだよ。

人間人間たらしめるクオリア――簡単にいえば、おいしいという感情、「生きている!」という感覚を取り戻せたと。

その結果、このあと少しして風邪を引くんだけれど、それは別な言い方をすれば、やっと風邪を引けたんだよね、甘えと弱さを出しきって、これでもかと人間らしく。

今まで母親祟りにやられて、完璧超人マシーンだった彩葉が、かぐやによって人間性を蘇らせたってこと。

そう考えると、もはや妖怪人間ベムよろしく、「早く人間になりたい」ってのが、『超かぐや姫』のキモなんですよ。

そして、この物語マジで恐ろしいところは、かぐやが元々暮らしていた月の世界なんだよね。

ここってのは味も温度もない巨大な水槽みたいで、喜びも悲しみもなくて、生きることも死ぬこともできない、永遠なる空っぽ場所であると。

でもって月の住人たちは、ゲームNPCと同じで、無感覚の日々を繰り返すという、究極的にむなしいシステムに閉じ込められていて。

そんな中、かぐやけが奇跡というかバグの発生によって、「寂しい! 退屈! 死にそう!」って、みるみると自我が芽生えて、月から飛び出しちゃったんだよ。

そして流れ星のようにキラキラと、『もと光る竹』という宇宙船に乗って、そのまま地球電柱ビリビリビリってぶつかってゆく。

すると、一瞬でゲーミング電柱になるんだけれど、これは月のテクノロジー地球環境に馴染むべく、そこに最適化された肉体――今回は赤ちゃんの体を用意して、かぐや思念体が入り込んでゆくと。

そんでドパガキよろしくタブレットネットサーフィン、高速で情報収集をすることによって、その知識量に合わせてハイスピードで、女子高生くらいの見た目に変化するんだよ。

まりかぐや地球人じゃない。

なので、普通人間たちとは違って、文字通り、恥も外聞もないから、持ちうる力は『すべて出す』を地でゆく、このあと一瞬にして配信業でのし上がるんだよ。

めちゃくちゃな話、『美少女版へずまりゅう』だから

そもそもかぐや彩葉お金勝手に、ライバーになる為のスマートコンタクトを買って、メタバース世界ツクヨミログインして、大観衆の前でいきなり叫ぶ売名行為までやって、終始、大暴れするんだよね。

なのでよくある批判――「子育ての苦しみがない」、「生配信世界は甘くないぞ!」ってのは、筋の通ったやり方で回避できる。

何度も言っているとおり、普通地球人じゃないから。

そうこうして、「パンケーキがおいしい」と思えるくらい、かぐや人間幸せを覚えてゆく。

でも残念ながら、『かぐやは月の秩序を乱すバグ』と見なされて、月の世界へと戻されてしまう。

これは日本古典であるかぐや姫』の結末通りで、強制的なバッドエンドを迎えると。

さらに怖すぎる話、地獄の本番はここからなんだよ。

まず月に戻されたかぐやは、また何もない水槽の中に入れられて、虚無の永久ループに閉じ込められると。

しかも以前と違うのは、主人公彩葉出会って、笑ったり歌ったり、パンケーキの甘さを感じたりで、幸せを知ってしまたからこそ、その絶望はより深いんだよね。

5億年ボタンの比じゃないさみしさ、『生と死の狭間』にある闇のような場所で、永遠のひとりぼっち

でもそんなある日、38万キロの彼方――地球惑星から、懐かしい歌声が聞こえてきて、「もう一回だけ地球に行こう! 彩葉に会いたい!」って、奇跡で飛び起きることができた。

でも運命残酷で、「また宇宙船に乗って地球に出発だ!」ってときに、タイムトラベル機能をオンにしたもんだから、なんと制御不能でバコーンって隕石と衝突して、8000年前の地球にぶち飛ばされたんだよね。

すると何が起きたか宇宙船システムエネルギー切れ、月のテクノロジーが使えないせいで、最適な肉体を作り出せない、前と違って赤ちゃんにもなれない、ただの思念体――魂だけで放り出されたと。

それはつまり、声も出せない、誰とも話せない、誰の目にも見えない、永遠に続く孤独がはじまった。

これは昔の名作、『STEINS;GATE』のトラウマ回と似ていて、とある女の子が不完全なタイムマシンに乗ったら、時間跳躍ときダメージを食らって、自分名前以外すべてを忘れちゃったんだよ。

それから24年のときが流れて、ふっと思い出してしまう。

とてつもない使命、大切な約束があったのに、のうのうと生きてしまたことを悔いて、【失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した】、そう書き綴って……そのまま自殺するんだよね。

そして、かぐや場合はより怖い――寂しくても退屈でも永久に○ねないから。

なので、「彩葉! 彩葉! 彩葉!」って発狂するんだけれど、それは声にも叫びにもならなくて、いつまでも絶無なんだよね。

泣きながら膝を抱えようにも、そこには涙も膝もない。

そうやってかぐやは、ゆっくり時間をかけて絶望してゆく。

けれど1%の奇跡として、宇宙船に乗り込んだときに、地球彩葉からもらった、たまごっちみたいな携帯ゲーム機、そこに『犬DOGE』という柴犬電子ペットがいて。

そいつデータとして連れて来たんだよね。

その結果、シャットダウン直前の、宇宙船による最後の力で、たまたま近くにいた、かわいいウミウシ――海のウサギとも呼ばれる生物スキャンして、そこに犬DOGEの軽いデータをぶっ込めた。

これはつまり完成済みのハードウェア、しょぼいけれどロボットの出来上がり。

からウミウシログインした犬DOGEをハッキングして、思念体かぐやが入り込んで動かせるってこと。

そうこうしてウミウシかぐやは、不老不死の日々を進んでゆく、それも8000年。

縄文時代平安時代戦国時代、あらゆる時代に漂って、大量の出会いと別れがあって、もちろん戦争による○し合いもあって、破壊再生が延々と繰り返される中、かぐや孤独観測者として、それらを眺め続けたんだよね。

毒も薬も酸いも甘いもカオスも、すべて飲み込みながら。

そうやって膨大な時が流れて、人類は血みどろの歴史の果てに、電話冷蔵庫テレビに、そしてインターネットという、高度な文明誕生させるんだよ。

そんなある日、かぐやウミウシ身体のままで、パソコンキーボードを押して、『Hello,world!』って入力した。

まり8000年の時を経てとうとう……想いを伝えられるようになった、孤独な旅がやっと終わった。

その瞬間かぐやは壮大な夢を思い描くんだよ。

それってのは、地球での血なまぐさい争いとか、ひとりぼっちとは無縁な、ユートピア仮想空間を作ること。

要するに、『水も波も立たない巨大な水槽である』月の寂しさを、他の誰にも味わって欲しくないってこと。

からこそ、ここでの仮想通貨ふじゅ~』は、水のように、あぶくのように湧き出てくる。

まさにドパガキよろしく、人の心が踊れば踊るほどに、無尽蔵に金が降り注ぐんだよ。

そうしてかぐやは、ウミウシ身体をよじりながら、htmlを書いてアクセス解析もして、とにかく試行錯誤しているときに、はっと衝撃的なことに気づく。

それってのは、自分ゼロから築き上げてゆく仮想世界が、かつて彩葉遊んだツクヨミだってことに。

そして、彩葉歌声に惚れたVtuber月見ヤチヨは私なんだってことに。

すなわち、ぐるぐると同じ輪廻を巡って、この8000年の孤独も含めたループが、何百回、何千回、何万回も続いているのかもしれない。

これをむりやり表現するならば、『メタディストピア円環構造』だね。

まり、『感情を持った思念体』のかぐやが、月から地球に来て赤ちゃんとして生まれる→彩葉幸せ時間を過ごす→月の世界に戻される→歌が聞こえて脱出を決意……でも隕石に衝突→8000年前の地球に吹き飛ばされる→そして今の今に繋がる――

めちゃくちゃ残酷なことに、この円環構造の中で、常にかぐや自我があって、しかもその時間の大半、メタ視点――実体のない魂のような存在として、声にならない声を上げながら、ずっとひとりぼっちで過ごしている。

そしてこの、『メタディストピア円環構造』をぶち壊すには、バグを伝染させる必要があった。

それは愛も憎しみも含めた、綺麗事抜きの人間らしさ。

もっと単純な話、心の底からパンケーキがおいしい!」と思えること。

彩葉のケースで言えば、月のシステムみたいな完璧主義をやめて、泣いて甘えること、自分意思で進路を決めること、ホンモノの反抗心で母親にぶつかること。

そのうえで最大の敵は、退屈で○にたくなるほど整った、穢れなき月のAI世界なんだよね。

からこそ、ドパガキも資本主義も運も才能も醜さも、Rememberという推しの曲もすべて総動員して、綺麗事抜きの人間らしさで殴り返した。

ありとあらゆる手段で、『竹取物語』の運命――かぐや姫は月に帰るという、神様の結末を破壊する為に。

それはつまり彩葉推し――神様だった月見ヤチヨ(かぐや)に、『終わりのある人間としての人生』を与える、今度は自分神様よろしく生命誕生させるってこと。

ちなみに当初、メタバースツクヨミ)の世界では、かぐやを連れ去りに来る、月人(つきじん)という大勢の敵を、ゲームシステムに落とし込んで、プロゲーマーの力とチートによって倒そうとしたんだよ。

現実世界じゃ負けるに決まっているから、ゲームの敵キャラダウングレードさせようとした。

でもそんな甘っちょろい敵ではなくて、まるで勝ち目がなかった。

その結果、映画の途中でスタッフロールが出て、「めでたし めでたし」って、皮肉エンディングが軽く流れるんだよね。

でも彩葉はその終わりを許さずに、ツクヨミという仮想空間――一億総ドパガキ社会ってくらい、ユーザー数の多い場所で、ハイスピード配信者として売れて、べらぼうに儲けたお金と、人脈をフル活用して、10年間、ロボット工学をはじめとした科学技術を学んでゆく。

なぜかって、かぐや思念体を入れる義体――それも寿命のあるホンモノの生命体を作りたいから。

これこそが『超かぐや姫』のすべて。

まり、愛とは綺麗事ではない、愛≒平和ではない、愛とは能動的なバグなんだという、パンケーキを食べておいしいと感じる話。

↓『本音のおまけ』

冒頭で、「むりやりに大絶賛してみる!」と宣言したとおり、映画版の『超かぐや姫』は、ファミ通文庫版も読んで、SF設定もメモして、登場人物の背景も学んで想像して――つまりこちら側でかなり踏み込んで視聴しないと、ちんぷんかんぷんな事ばかりだ。

とはいえ90年代2000年代を振り返りゃ、映画であれ音楽であれゲームであれ、たった一本、たった一枚、たった一作を繰り返し……狂ったように楽しむものであった。

たとえば、FF聖剣伝説をやるときにはアルティマニアという、ごっつい攻略本を買ってプレイから読みふけっていた。

そう考えりゃ、『超かぐや姫』の円環構造よろしく、ぐるぐるとリピートする事が大前提作品があっても良いのかもしれない。

しかも『超かぐや姫』 の場合知識考察を重ねるごとに、「この複雑な円環構造SF設計を考えると、これはこれでアリかもな」と思えてきて、じわじわ評価点が高まる

そして最近のドパガキ、マジで舐めすぎだろ

2026-04-13

T型の優しさに頭を悩ませているF型

タイトル通りである。MBTIが分からない人は分からないまま読め。

私はF型である

まり裏表が無く、自分感情機微に聡く、悲しい時に泣き、楽しい時に笑い、時に相手を喜ばせたいあまりに、キャパを超えて付き添う。相手が喜んでくれたら嬉しい。後悔はしない。

そんな私が頭を悩ませている相手がいる。

T型の友達である

初見こそ、明るくテンションを合わせてくれて、一緒にはしゃいでくれて、凄く気が合う等と浮かれていた。

後に気づく。

これ気を遣われているだけだな???

しっかり現実を歩んで学習したT型は、俗に言われる、人の感情理解できず、気遣えず、論理的に間違っていることを問い詰める、といったステレオタイプとは程遠い。

会話のパターン学習し、相手がどういった返しが喜びそうか判断し、こちらが褒めて欲しそうであれば褒めて、間違いを指摘してほしそうであればズバッと指摘する。

そんな高度に発達したT型が、ワイワイ大好きF型に出会うとどうなるだろうか?

そう、F型の行動を完璧エミュレートしてくるのである。 褒めて欲しい時に褒めてくれて、合わせて欲しい時に合わせてくれる、とんでもない気遣いを発揮させてくる。


すごく 困る。


例えば、私が服が似合わない気がして困っているとする。すると、相手は(まあ、この程度のことであれば本当に困っていることを察して的確に良いかいか言ってくれるような気がするが~)私が繊細である為に 似合わない と言うと傷つくことを察して 大丈夫! と言ってくれるだろう。

本当は、あまり似合わないかも?と思っていても。

もう一つ、私が寝ずにお喋りしたい!と思った時、相手は(この場合でもそれなりに早寝を匂わせる発言はされるだろうが)それなりに付き合ってくれるだろう。

本当は、早く寝た方がいいだろ…と思っていても。

このように、T型のF型エミュレートは、その属性の反対さ故に、悪い意味で『本音を隠す』『演技』になってしまう。

演技の理由は、消して『角を立てるのが面倒くさい』『不機嫌にしてしまうのが怖い』などではない。

正真正銘、『私を喜ばせる』 為に演技してくれている。言うなればT型なりの愛であろう。

頭では理解している。

しかし、どこまでいっても『演技』であるので、私の感情相手感情温度感が大きく異なる。

とはいえ友達に気を遣わせるのは、こちらとしても本意ではない。友達といる時ぐらい、自然体で居てもらいたい。当然である

というよりも(こちらは完全に私の傲慢であるが~)私を傷つけない為とはいえ本音を出してくれないというのは、本音を出さずに浅い付き合いのままで終わらせるつもりではないのかと、物凄く虚しく感じてしまう。

もっと仲良くなりたい。

T型の 本当に配慮しなくなった物言いにも傷つかない心が欲しい。

でも私は傷ついてしまうのだろう。

そして、相手に『こいつには本音ぶつけられないな』と思わせてしまうのだろう。

やはりT型とF型は相容れないのだろうか?



T型と仲良くなりたいF型

かぐや姫!を観た、マジで超酷かった!

令和型のセカイ系サイコパス

はっきり言って『都合の良いZ世代のガキ』 みたいな、令和のキモいところを凝縮した作品だった。

令和型のセカイ系――

「ちゃちゃっとエモくなんでも解決ちゃおう!」

私たち一所懸命合法からハッピーエンドが当たり前だよ!」的な、超効率主義の超ドライっぷりがすごいんだよ。

要するに『平均的で弱い一般大衆』を踏み台にして、遺伝子の良さ、メイクマネー能力、親から与えられた文化資本を総動員して、なんでも秒速で攻略ちゃうと。

であるから、描かれていない物語の裏側で、とんでもない数の罪なき人々が、雑に淘汰されているんだよ確実に。

しかも、昔のセカイ系と違って、痛みも葛藤ほとんどなくて「せっかくの人生なんだから、全部奪い取ればいいじゃん」って勢いなんだよ。それもヨゴレ役をやらずに、光属性ファッションにしたまま、何もかもを得ようとしてゆくと。

主人公の態度としては「最低限の法と道徳倫理は守っているから、わたしら以外のザコな一般人は知りませんよ?」的な、ぎとぎとの冷酷さが伝わってくるんだよ。新時代サイコパスを決めるなら、こういう奴らだろうね。

その証拠に、主人公彩葉17歳JKが、視聴者から投げ銭をあぶく銭、水物呼ばわりして、もう一人のヒロインかぐやも「でも合法でございましょ」って切り返すんだけれど。

冗談抜きの話、こいつらって生き様キャバ嬢ラウンジ嬢なんだよ。手練れの売女ってくらい「私は一所懸命」「私は苦しんでいる」「私は生きる為に必死」という大義名分で、もうそれだけで感情労働をしているから、どんな奇跡が起きようとも、どんな大金が舞い込もうとも「必要以上には感謝しませんよ!」って冷え切った流れ。

なので、超かぐや姫を一言で言い表すと『整形手術した人の笑顔』だね。

ハイスピードで展開する、外面だけ美しい歪んだ物語

でね正直な話、超かぐや姫、SF設定はむっちゃ面白いのに、各キャラクターの深掘りがあまりにも薄くて、あらゆる事が超早送り――ダイジェストで進むもんだから貧困毒親配信業もメタバース仮想世界)も、全部ぺらっぺらなんだよ。

そのせいで2時間22分もあるのに、唯一、緊張感のある場面って、彩葉が疲れて風邪を引くシーンだけ。でもって大規模な戦闘シーンなんかも「知らない奴らが知らない技を使って知らない世界で、いつまでも戦ってんねぇー」としか思えないんだよ。

例えるなら、僕が昔、風の王国というMMORPGをやっていたときに「そんなクソゲーやめて、マビノギやりなよ」って何度も誘ってくる奴がいて、仕方なく新規ログインしたら「なんだこの世界観、くそきめぇー」って、14歳前後のガキだったから思っちゃってさ。

まりは、心の準備が整っていないのに、いきなし『異空間に連れて行かれて知り合いゼロ』という、2000年代ネトゲで味わった独特な疎外感――仲間外れ感を思い出したんだよ。そんくらい感情移入させてもらえないのが、超かぐや姫!

個人的に懐かしい話、テイルズウィーバーとか、メイプルストーリーとか、ラグナロクオンラインとか。そこらに一瞬だけログインして「マジでつまんねえ~」って思って荒らして、飽きたらハンゲをやって、今度はフラッシュ倉庫に行って「人生ってクソゲーだな」ってマウスをカチカチしていた頃。そのとき感情がぐわっと蘇ったね。

「古き良きネット社会黎明期ってのも、快楽ばかりではなかったよなー」って、あの頃に心がタイムスリップできた。

それで言えば、挿入歌――ハッピーシンセサイザとかメルトとかも、僕が病んで疲れて、ひきこもりだったときによく流れていて。永井先生とかウナちゃんマンとか初音ミクとかニコニコ組曲とか、そんなのとも混ぜこぜな日々の中「毎日まらねぇー、生きていても意味ねぇー」って絶望していた時代が、はちゃめちゃ解像度高く、思い出されたんだよね。

そう考えりゃ、一周回ってすごい作品かもね。

言うなれば、その昔、『キャビン』って洋画があってさ。伝説モンスター集合みたいなB級ホラー作品で、シャイニングとか ファニーゲームとかジュラシックパークとか、名だたる作品の奴らがオマージュとして、がんがん登場するんだよ。超かぐや姫もそのベクトルで、思い出のお祭り騒ぎなんだと思えば、ぎりっぎり、ありな作品なのかもしれないね

そんでね強く言えるのは、超かぐや姫を観て20分そこらで「うわぁ、資本主義の悪いところ出てんな」って、最速で虫唾が走ったんですよ。

というのも、本作のヒロイン――酒寄彩葉(さかよりいろは17歳が、顔も可愛くて、東大も狙えて、音楽センスもあって、母親京大出身金持ちで、一人暮らしで、推し活もやって、FPSプロゲーマーレベルで、友達売れっ子インフルエンサーで、つまるところバケモン。

「こいつこそ地球人じゃない可能性があるな」って、まるでマルチバースってくらい、いろんな天才人生を歩み過ぎなんだよね。

しかも、週5日のバイト受験勉強友達付き合い、ゲーム、全部ガチ勢として、一分一秒を争うスケジュールで生きているのに、気持ちよく感動して泣いたり、ぽわぁ~んっと黄昏れたりで、謎めくほどの余裕があって。挙げ句の果てには、冒頭のナレーション含め『一生懸命苦学生尊い!』というモードなんだよ。

そんで重要な話。彩葉の『限界ぎりぎり生活』ってのは、そうせざるを得ないかスタートしたのではなくて、自己選択貧乏をやっているから、あくまでもガソリンの味は知らないヒロイン、そこにあるのは真の闇じゃないと。

なぜかって、彩葉自身が口にしたように、親子喧嘩で譲らなかった結果として、保証人不要のボロアパートに住み始めただけなんだよ。

さらに、お母さんは嫌味ながらも【今でも彩葉はすぐに泣いて帰ってくると思ってます、甘ちゃんから】そう言っているように、『いつ帰ってきても良い』という逃げ場を用意していると。もっといえば、彩葉は、父方の祖父母から仕送りまでもらっていて『だが自尊心を守るために使わない』という自己決定をしているんだよね。

しかも、小汚いアパートといえども、パソコンタブレットもあるし、トリプルモニタだし、節約で使わないながらもエアコンがあるしで、向かうところ敵なしのガジェットだらけなんですよ。

まりやらせ貧乏やらせ苦学生やらせの追い込まれから貧困なりきり体験ツアーしかない。これは言ってしまえば、10年前に流行ったビリギャル的な世界観『敗者復活ごっこ』でしかいね

そもそもがさ、若いとき貧乏暮らしなんて「刺激にあふれた愉快な下積み」と考えりゃ、ただただ楽しいだけじゃん。この僕なんかも19歳の頃、試食品コーナーだけで食事を済ませたり、洗面台にホースをつけてシャワー代わりにしたり、キシリトール歯磨き粉を歯に塗って空腹をごまかしたりで、すこぶる貧しき時代があったけれど、若さゆえに面白かったからね。

すなわち『まだ未来のある貧乏』って、所詮は娯楽の一種しかないのよ。

やはりね、生まれ育ちが最強な奴の苦しみって、ストリートファイターのさ、サマーソルトキックを放つ前のしゃがんだガイルを見て「背が低いねー」って言っちゃうくらい、本質的にくだらないなって。

追記、書いた文章Google Geminiで「ちょうどよく改行して!」と頼んだら、謎のハングル文字がたった一個だけ登場した。考えられる理由!?

2026-04-11

ビアンの友人とトランスジェンダー

いるわけ。ビアンの友人が。

で、彼女トランスジェンダーの人たちの権利について普及に熱心で、ヘテロのこっちにもいろいろ教えてくれるわけ。

でも自分トランスジェンダー女性結構割合でオートガイフィリア(自己女性性愛症)の「男性」も含まれていると感じてる。

そういう「男性」たちにとって、女性しかさなビアンと「女性として」愛し合う、彼女たちに選ばれるのは自分が「女性である」ための最高のトロフィーになり得るんじゃない?

ビアンコミュニティに潜り込もうとしてるのはそういう、言うなればトロフィーレズビアン」を獲得しようとしてる「男性」じゃないの?

別に彼女がそういう人と実際に付き合ってるって話じゃないんだけど、怪しい男性をちょこちょこ目にしてると心配になる。

彼女不安じゃないのかな。ヘイターだって言われるだろうし、聞けない。そうなのかもね。ここに書いとくだけ。

2026-03-24

考えすぎる人が反戦デモに参加したっていうやつ

昨日の朝このまとめを見て、とても重く沈んだ気持ちになった。

 

仕事も手につかず、この人のことを考えていた。

 

思想強いと思われるのが怖い」

とても理解できる。

現代日本を生きる我々にとって他人にどう思われるかはとても重要なことだ。

 

そんな中で、それでも勇気を出して平和を維持するため、反戦を訴えるために何をするべきか考え、行動を起こしたこと

そこだけ見ればそれは素晴らしいことのはず。

私がここで名前を隠して、やんやと誰かを吊し上げるようなことしかしてないのに比べたら。

やらない善よりやる偽善。行動に移したこの人の方が、反戦寄与しているのかもしれない。

 

この人は悪いことはしてないし、悪気なんかもちろんなく、自分が正しいと思う背景も理解できる。

自分も一歩間違えればこうなってたと思うから

誰のことも責めることはできない。

 

からこそやっぱり重く沈んだ気持ちになった。

 

多分もう、「その時代」が巡ってくることは避けられないんだろうな。

なんとなくそんな気はしていたが、その現実味を見せられてしまった。

 

この人が反戦活動をする理由は、「平和が大好き」で「今の生活が続いてほしい」からだそうだ。

 

平和が大好き・・・平和が大好き・・・平和が大好き・・・

 

ものすごい違和感と、薄気味悪さを感じるこの言葉

 

たかも、アイスクリームでも選ぶかのような、手に入って当たり前のものを選ぶような。

この人にとって平和はそこあって当たり前のもので、なんなら好きとか嫌いとか、こちらが値踏みする対象となるものなんだ。

そしてその傲慢さに一切気付いていないような、イラストの周りに並び立つ呑気な言葉たち。

パンがないならケーキを食べればいい」を天然でやってるようなもの

 

どんなに平和暮らしたいと願っても、逃れられずに戦火の中死んでいく人たちがいる。

今この瞬間にも。

その人たちはきっと、夢が叶わなくたっていい、好きなゲームができなくたって、美味しいものが食べられなくてもいい

ただ生きたい、友達が、パパがママが、幼い我が子が、妹が、生き延びてほしいと、願ったはずだ。

でもそれは、そのひとの最善を尽くしたって叶わず、死んでいる。

 

そんな状況にいる人たちがこのコマをみたらどう思うだろうか?

ニコニコピースして、「ごはん」「おふとん」「休日」「旅行」「しぜん」「マンガ」「アニメ「ゲーム」とか書いてあるこのコマを。

 

かつて広島戦争に巻き込まれ、大火傷を負って、家族を失った人に時を超えて会えたとして、

「私は平和が大好き!だってごはんにおふとんにしぜんにマンガゲームが大好きだから!」なんて言えるのか?

 

平和尊い」とは平和教育でよく言われる言葉だ。でもそんな言葉はもはや形骸化しているのか。

広島の「手厚い」平和教育を受けていてさえ。

平和じゃなくない」ただそれだけでどんなに尊いか。

ごはん」も「おふとん」も「休日」も「旅行」も「しぜん」も「マンガ」も「アニメ」も「ゲーム」も全部失ったとしても得難いもの

それが平和ではないのか。

 

でもわかってる。そうじゃないんだよね?そこまで考えてないんだよね?

 

でもさ。

考えすぎてしまう性なら是非それを発揮して考えて欲しい。

 

どうして過去に、そんな犠牲を出してまでも戦争をしたのか、そうなるまで続けてしまったのか?

どうして今世界に、戦火に巻き込まれて無念の死を遂げなければならない人がいるのか?

どうして今日本に住む我々は、戦火に巻き込まれず豊かに自由に、「続いてほしい」と思える暮らしができているのか?

 

あなたの言う「反戦」は、自分の周りだけの話なのか?世界中の全ての人に平和に生きてほしいと思ってるのか?

前者なら、じゃあ、自分平和が脅かされ、「今の生活」が脅かされた場合、それを維持するために「自分の周り以外」が平和を失うことはOKなのか?

後者なら、それが実現されてない現実をどうするのか?

 

日本人が全員死んで、そこに住めるようになったら得する人はたくさんいる。

そうでなくても、私たちからごはん」「おふとん」「休日」「旅行」「しぜん」「マンガ」「アニメ「ゲーム」を奪う(例えば日本語を禁じるとか文化を奪うとか)ことで得する人はいる。

でもその人たちは、80年、それを大々的にしてくることはなかった。

なぜか?

あなた平和大好きだからではない。

それをした場合デメリットが大きいから。

それをした場合デメリットメリットを上回るように調整維持することで、日本は今平和を維持している。

私たち平和は、ただそこにあるのではなく、断続的な努力により維持してきたものだ。

 

他の大抵の国も同じ。他国に「攻める < 攻めない」と思われるように立ち回っている。

その方法は、例えば「攻めてきたらこっちも攻め返しまからね、わたし結構強いですよ」と軍事力アピールするとかだ。

でもそのバランスが崩れた時、「攻める >= 攻めない」になった時に戦争は起きる。

 

日本場合も、「攻める < 攻めない」を維持してきたという点では同じ。

「攻めない方がいいだろう」と思われるようにうまいこと立ち回ってきた。

 

で、そのように立ち回ってきたのはたとえば、選挙で選ばれた政治家たちであり、

政治家たちを選挙で選んだ私たち有権者なわけだ。

 

からこれからも、大好きな平和享受したいのなら

そのバランスを守るためにどうしたらいいのか?

もしくは、そのようなバランスによる危うい平和根本から覆す方法はないのか?

一生懸命考えて、それに見合う行動をする。

 

デモに参加するのもいいと思う。でもそこに持っていくイデオロギーが、「平和大好きだから戦争反対」では全く足りてない。

 

言うなれば歯医者行きたくない駄々をこねる子供だ。

だって歯医者なんか行きたくない。怖いし、痛いし。

そんなのみんなわかってる。親もわかってる。

でも親は、虫歯が進行するよりは歯医者に行く方がマシだと判断し、「虫歯になったら歯医者行くからね」と言う。

それに対して「歯医者反対デモ」として、歯科治療をやめろと言っても何も解決しない。

したくないのは誰だって同じ。

そうじゃなくて、どうすればせずに済むか考えることだ。虫歯予防を頑張ることだ。

もちろん戦争歯医者は違う。戦争で何かが治るわけではない。

言いたいのは「それ(歯医者に行く/戦争をする)をした方がいい状況を作らない努力」として何を訴えるのか?だ。

 

私の意見としては、そもそも平和なんてこの世には存在していない。

日本平和生活だって、突き詰めれば誰かに銃口を向けた結果であり、睨み合いの上に成立している。

そんなふうに維持している平和を、無邪気に「大好き」などと言ってるのを見ればまあ鳥肌どころではない。

 

そういう緊張関係以外の平和の実現方法を、たくさんの哲学者たちが考えてきた。

(例えばカントは「永遠平和のために」で「公平性」、均等にするのが全員にとっての益となる形式を作っていくことの重要性を説いた。)

でも結局この世では、緊張関係平和な国の平和を維持している。

 

平和はなんて得難いものだろう。

 

日本平和教育は「平和の尊さ」と言いつつそこまで考えさせないことが多い。

歯医者で言えば、「歯医者に行ったらどんな悲惨な目に遭うか」というところばかり教える。

それも大事ではあるが、

なぜ虫歯になるのか?予防するにはどうしたらいいのか?の部分は重視されない。

からこの人がただ「歯医者反対!」にしか思い至らないのも、責めることはできない。

私はたまたま大学で取った授業で、こういうことを考えるきっかけを得た。あれがなかったら私もこうだっただろう。

この人は氷山の一角しかない。

 

そして日本平和教育がそうなってしまっていることも、複雑な事情が絡んでのことだろう。だからそれも責められない。

なるようになっただけ。

 

ここからが割と本題なんだけど、

どんなに頑張って予防していたって、虫歯になってしまう時はある。

戦争も同じ。

 

私が思うに、戦争はもう、自然災害みたいなもんなのかなと思う。

人間というヘンテコな生き物のヘンテコな習性なんだろう。

ロジェ・カイヨワの「戦争論」でそう思ったので、興味あったら読んでみてください)

 

誰もやりたくないとしても、止めることなんかできない。

から自然災害と同じで、それに備えて心の準備をしておくしかないんだ。

 

かに銃口を向けられた時

かに銃口を向けざるを得ない時

 

自分はどうするか?

何を選択するか?優先するか?

何を守るか?

自分か?家族か?尊厳か?

 

何を選んだら、一番マシなのか

今のうちに考えて、決めておこうと思ってる。

 

そのあと

(たとえばすぐにでも)

死ぬとして

 

その瞬間に

自分を許せる可能性が一番高いのは

どの選択なのか

 

今のうちによく考えて、決めておこうと思ってる。

2026-03-23

anond:20260323131059

あれはビジネス論理で動いているので、

自国を痛めつけているように見えるのは、言うなればブラック企業社員を痛めつけてるようなもんだ。

企業利益数字上あがってしまう。

国家場合どうなるかは、今後の感じですが。

2026-03-10

エヴァンゲリオン放送30周年記念特別興行https://x.com/ssakagami7776/status/2031014007264752021

坂上秋成

@ssakagami7776

マジレスすると、『エヴァンゲリオン放送30周年記念特別興行』で描かれた惣流・アスカ・ラングレーは、穏やかで幸福並行世界に逃げ込むことができたとしても、自分は「いまここ」でもがき続けるという宣言だったわけです。それはアスカが夢ではなく現実を選んだってことだけど、これって実は、約30年前に庵野秀明が旧劇場版を公開した時に話題になった「アニメ依存しているファンに嫌気がさした」問題、あるいは「オタク現実に帰れ」問題と同型なんですよね。人類補完計画成功して甘い夢に浸るよりも、気持ち悪いと言ってくれる他者がいる世界に踏みとどまろうという、確固たる意志がそこには感じられた。怖くてびくびくして馬鹿にされて、それでも楽な場所に逃げるんじゃなく、ATフィールドに傷つけられながらやっていこうっていういわば「接続」こそが旧エヴァの根幹にはあった。僕がシンエヴァを愛せなかったのは、シンジが本当の意味での神、みんなを卒業させる超越的な救世主になってしまたからで、それは「現実」じゃなくて「夢」だとうと思ってしまったのが理由。同時に僕は自分の信じてきたエヴァはもう庵野さんの中にないのかもしれないと、どうしようもない不安にずっと駆られていた。けれど今回のショートアニメを観て、ストーリー台詞だけでなく演出メタ性も含め、庵野さんの中に旧エヴァはしっかり生きていると感じられた。そのことが何よりも嬉しく、感激してしまった。

僕は普通に自分のことを気持ち悪いと思っているし、なんて醜いんだろうと考えたりもする。けどこの30年間、それと並行して気持ち悪いなりにかっこよく振る舞おうとか、少しでも美しいもの言葉にしてみようとか、頑張ってきた部分もある。

言うなればそれは旧エヴァ世界を生きながら、それと並行して外側に広がる世界必死に足掻いてきたってことでもある。オタクはどこまでいってもオタクだよ。けど夢に逃げ込むオタクはかっこ悪いんだ。結局のところかつての碇シンジ選択も、今の惣流の宣言も、自己認定することの尊さを世界に向けて、つまりATフィールドの向こうにいる他者に向けて訴える行為なんだと思う。他者がいなければ声は返ってこない。他者がいなければ守るべき世界もない。そのことをあらためてアニメとして、しかも単なるオマケじゃなく「第27話」という冴えたやり方で表現してくれたことで、気持ち悪い言い方なのは承知だけど、庵野さんに昔から今に続く自分肯定してもらえたように思えた。それは遠くにいった父親に実は愛されてたと知ったような感覚だ。

碇シンジがかつて父親の前でエヴァンゲリオン初号機のパイロットだと叫んだように、今回は惣流アスカが俺たちに向かって弐号機パイロットだと吼えてくれた。それは、「繋がり」を求める手紙のようなもので、しっかり受け止めたいと素直に思えた。

そんな感じで今回のショートアニメは徹底して正しい「27話」だと思えましたと、それだけの話です。貞本版アスカシンジの手をとったけど、今回の惣流はとらなかった。けど彼女は「ありがとうシンジ」って言った。そこにエヴァ継承と変化が詰まっていたように思う。素晴らしい30周年の贈り物でした

2026-03-02

堕天作戦ファンだった者として

マンガワン時代からの読者で、個人出版移行後も追っていた。紙の単行本全5巻もkindle全7巻も全部持っている。

作品と作者をべた褒めする自分のようなファンが今回のような事態を招いてしまったのではないかと、被害を受けた方、何も知らされずに別作品作画担当をすることになってしまった方に対して、どうしようもないほどに申し訳なさを感じている。

というのも、堕天作戦を支えたのはファンであったという自負があるからだ。

私の知る限り、堕天作戦は知る人ぞ知る名作、玄人好みの漫画という評価であった。

まだマンガワン掲載されていた2019年当時、紙の単行本絶版であったと記憶している。最新の第5巻は電子しか出ていない、つまり打ち切りも近いと予想されるような状態だった。

そうした状況を何とか変えようとしたファンの働きかけによるものか、2019年の夏、堕天作戦WEBマンガ総選挙ノミネートされた。

他のゆるふわラインナップの中で明らかに異色の作品。なんでもいいからとにかく堕天作戦知名度を上げよう、できれば第1位を取らせてこの傑作を世に広めよう。毎日必死投票した。投票のために課金もした。多くの読者が一丸となって星を目指していた。

その過程で、電子しか出ていなかった5巻を紙で出版させた。既刊も重版にさせた。最終的には第3位に入選させた。

正直、件の編集が作者を庇ったと聞いて何の驚きもなかった。堕天作戦にとって、彼は良い編集だった。編集としてのプロフェッショナルさは感じられなかったが、少なくとも熱意だけはあった。

公式アカウントを始めて、広報に努めたのも彼だった。WEBマンガ総選挙の結果も彼なしにはあり得なかっただろう。

加害内容に憤っていることは言うまでもない。本来子どもを守るべき存在である大人に虐げられ続けてきた被害者の方と、別作品作画担当先生が最大の被害である

もし私たちがあの作品をああやって存続させなかったら、まだ生まれなかった苦しみがあったのではないかと悔やむばかりだ。

その上で、読者としての怒りもまた止まらない。少なくとも3回は機会があったはずなのだ2020年2月逮捕による休載時、2021年6月被害者の方から公表要請時、2022年1011月マンガワンへの掲載終了と個人出版への移行時。

個人的特に許せないのが、一番最後個人出版への移行時である

当初は個人出版に移行することは発表されていなかった。長い休載沈黙を挟んで、久しぶりの告知がマンガワンでの掲載を終了することだった。そのため、コメント欄公式アカウントリプライ欄も荒れた。この世から堕天作戦がもうすぐ消えてしまう、その最後の日の最後時間にはしんみりとした空気マンガワンコメント欄には漂っていた。

その悲しみが、11月1日になり、公式アカウントで作者自身個人出版への移行を発表した瞬間、喜びに変わった。私的トラブルによるものなのかと、先生は無事でよかったと、よくあるらしい編集部と揉めた結果ではなくてよかったと。

何が私的トラブルだ。あまりにふざけている。

一体どういう気持ちであのコメント欄を眺めていたのかと、作者に対しても編集部に対しても問い詰めたい。

それとも、読者の声が歪みを生んでしまったのか?

堕天作戦が消えたあと、マンガワンからはしばらく離れてしまった。なので、常人仮面はこれまで読んだことがなかった。山本氏の堕天作戦公式アカウントポストでも、何らかの別作品に関わっていることは複数回匂わせられていたが、全く気づけなかった。事件告発に関連するポストの中で、初めて原作者として関わっている可能性を知った。

完結記念キャンペーンで4巻分が無料で試し読みできたので掲載終了前に読める分だけ急いで読んだ。堕天作戦の作者と常人仮面原作者が同じであるのは明らかだった。

もしマンガワンを離れずに常人仮面を読んでいたならば、編集部や山本氏、あるいは成田氏に一体どういうことなのかと問い合わせをしていたならば、作画担当先生への被害はまだ抑えられたのではないかと、悔やんでも悔やみきれない。

マンガワンというアプリが好きだった。

コメント欄で新たな気づきを得る。盛り上がる話ではコメント数も増える。自分の書いたコメントいいねを得て上位に表示される。

名前も知らないが、同じ話に対するコメントを通して、緩くしかし確かに繋がっている仲間たちがいる。

漫画アプリというプラットフォームで得られるこれらの体験は、SNSとはまた違うものだ。正確な歴史は知らないが、マンガワンはその先駆者であったと思う。

こんな形でメジャーになった堕天作戦も、マンガワン黄昏も、どちらも見たくはなかった。しかしそうさせてしまったのは、ファンであった私ではないのか?

ずっとそう考えてしまっている。

追記

作品と作者ではなく、言うなれば作品をめぐるエコシステム問題だ。

作品の周りに作者がいて、編集出版社がいて、読者がいる。読者の一部が熱心なファンとして勝手宣伝したり、新規読者を連れてきたり、コメントで盛り上げたり、作者や出版社を応援したりして、エコシステムの維持に積極的に貢献してしまった。そうしたファンの一人として罪悪感を持っている。

何よりもWEBマンガ総選挙の第3位入選。あれがなければ、作品は惜しまれつつもひっそりと消えていた可能性が高かったはずだ。ファンがいなければ、そうなっていたはずなのにと思う。

もっとも、エコシステム構成するメンバーだと思っていたのは自分だけで作者や編集からはそうではなかったらしい。休載理由隠蔽していたことと、なかなか出ない新刊を待ちわびていたのに実は別の作品に取り組んでいたことへの怒りはこういうところからも生じている。

投稿後、ある記事で、「加害者ばかり人生が上手くいくのは辛いです。悔しいです。」という判決後の被害者の方のコメントを読んだ。事件を知らずに応援していたからと言って、許されるわけではないと思う。加害者の「成功」に寄与してしまった者として、まずは向き合いたい。

2026-02-13

4B運動について

自分個人認識としてフェミニズム全体については総体としてポジティブには捉えているが、最近Twitter4B運動なるものを見てウーンと思った。

言うなれば女性インセルのようなもんかもなと勝手に捉えているが、4Bというのは韓国発祥の産まない、結婚しない恋愛しない、性行為しないという主張の表れでそれ自体個人としてはお好きになさればよいのだが、どうもそういう人たちの意見としては「産むな、結婚恋愛するな、性行為するな」という社会規範としての4Bを唱えている方も多く、なんかそれって世の中を良くしようとかじゃなくて単にキレて暴走してるだけじゃんとというか……(全員ではないのかもだけど、何個か調べてみたらほぼそんな感じ)

なんかチェリーピッキングみたいでいやだが、そういう人たちの発言さらに掘ると「男は本来生物学的に凶暴だから数を減らすか分けて管理すべき」とか「男は本来統計的に頭が女よりも悪いはずだから男の大学進学率は下げるべき」とか、男女平等とかをすっ飛ばして単に邪悪な事を言ってるのが散見されたのは正直怖かった。

インセルもそうだけどやっぱ極端なこと言うヤツってダメだわ。

2026-02-07

選挙荒らし

そうか、若者日本メチャクチャにするつもりで選挙に参加してる可能性があるのか!!

なるほど・・・そう考えると、かなり多くのことに説明がつく・・・・。

まさか若者の正体って『選挙荒らし』なのか?

選挙基本的に、参加者がそれぞれ国を良くすることを願って各々の選択をするのを前提としてる。

だけどもし、選挙の前提を破ってゲーム自体に逆行する、言うなれば選挙荒らし目的とした人々がいるとしたら。

すべてがひっくり返る・・・

2026-02-06

anond:20260206180401

これは俺個人の推測だが、彼らは「アジア主義」に囚われてるんだと思う

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A2%E4%B8%BB%E7%BE%A9

この思想に染まりきってる人々にとって中国連帯するべき仲間であり、欧米列強に対抗するための友邦なんだよ

そういう思想で今の世界情勢を見れば彼らの思考がある程度再現できると思う

たとえば彼らは日本国防体制拡充の必要性理解しない

なぜなら日本海の向こう側に「頼もしい味方」がいるか

自衛隊の増強に抵抗するのも、日本米帝尖兵として侵略戦争に加担させられると認識してるから

徴兵制がどうのと喚いてるのも同じ理由だな

今の自衛隊徴兵した若者を何万人も受け入れる余裕はないしそもそも自民党検討すらしてないといくら説明しても彼らが全く理解しないのは、徴兵されたら即座にアメリカに送られて小銃持たされて突撃する訓練をさせられると思ってるから

自衛隊キャパティとか全く関係ない

台湾有事に対する想像力が全くないのも、高市首相の存立事態発言にブチ切れてるもの全部アジア主義への傾倒で説明がつく

こないだ高市首相の存立事態発言中国激怒した件は、言うなればかつて鳩山由紀夫普天間基地問題を引っかき回して対米関係悪化させたのと同じように感じているわけ

中国台湾関係を、アメリカ本土ハワイ諸島くらいにしか認識してないし、そもそも中国友邦だと思ってるから占領されても彼らの中では何も問題はないんだよ

2026-01-29

anond:20260129133225

片側の条件のみ述べているので、これは言うなればテンパイ率。

放銃率が無い。だから継続率とは違うんだろう。

 

この場合放銃率って、自分自身がどれくらいの地雷かだな。

実際若くて美人なら、普通の人も捕まえてるんじゃないか

2026-01-02

毒親って言ったら俺(子供側)が負けるから

なんか俺、記憶いくらい幼少期に、「母親は俺のことが嫌いだ」って本気で思ってたんだよね。なにか決定的なきっかけとかは何にも覚えてないんだけど、漠然とずっとそう思ってた。

未就学児の頃はおばあちゃんっ子で、基本祖父母家で寝泊まりしてたんだけど、当時祖父入院してて、「おばあちゃんが寂しいだろうから」という大義名分を見つけて、言うなれば母親と別居状態だったわけで。その頃の俺は本気で「お互いのためにこれがベストだよね」と感じていた、言葉にはできないけど。

離婚をしている人間は、共同生活に失敗した人間」という言葉を見たことがあるが、本当にそうだと思う。夫婦も上手くいかず、親子関係(母親が子)もぐだぐだ、親子(俺が子)も子がこんなこと言い出す関係値だ。生まれた時から一緒に居るはずなのに、生まれときから一緒にいる感じがしない。こんなもんなのだろうか。

父親は当時のことを寂しそうに話す。俺の感覚理解できなかったんだろうし、未だに思い残すことがあるのかもしれない。申し訳ない。

小学校低学年頃の、家庭環境が最悪に終わっていた頃は父親言動理解できない時期もあったが、その頃の父親も俺と同じで、母親の言いように対してどうもこうも無くなっていたんだろう。今では唯一家族間で家族に対する愚痴が言える存在だ。

母親は、「いつでもあなたの味方だからね」と言う割には味方になって欲しいときは敵になる。人として苦手に感じるし、こんな存在母親で恥もあるが、どうにか折り合いを付けて生きていくしかない。

皆が母親に合わせて生きてくれていることを、きっと母親は知らないまま、「来年生きてるかな〜」と言う。本気で自殺したいとか思ってんだろうか。

2025-12-17

アイドルマスターの愛の無い話

当方アイドルマスターSideMプロデューサー

きっと過激派と呼ばれる部類なんだと思う。

MOIW2025開催記念で、シャニソンにSideMコラボ衣装として「プライドフルブルー」が実装されて荒れた方の人間なので。

SideMのPは色々あって度々荒れる層がいて、そうすると自ブランドだけでなく他ブランドのPからも苦言諫言とか揶揄が飛んでくる。

今までも散々言われてきたことだけど、今回も効いた。

運営に愛されなかったオタクは惨めだねえ」

今回、SideMのPで荒れた層のお気持ちの多くは「プライドフルブルー大事衣装」。

コロナでできなかった公演の衣装で、まだ着てない演者もいて、エムステでも全員分実装されなかった。

私の担当実装されなかったから、あの衣装を着てPRIDE STARを歌って踊るところは今でも見られてない。

でも5年も前の衣装じゃん、と言われればそれまでだけども。

「我々にはSideMアイドルたちにプライドフルブルーを着せてプロデュースする場はもうないのに、どうして他のブランドアイドルに与えるんだ」って、なるんだよ!!!!!!

今に始まったことではないけど、アイドルスター運営デリカシーが無い。

ブランド関係なく遡ればなんぼでも出てくるし、9・18事件なんてその最たるもの

ニコニコ大百科コメント欄を当時の日付まで遡ると、プロデューサーたちの悲哀がまざまざと感じられて実に趣深い。

4人もプロデュースする場を取り上げて、メンズを3人も投入するというデリカシーゼロの合わせ技は、想像力が欠如し過ぎていて絶句するレベル

律子に至ってはアイドルですらない。

当時のりっちゃんプロデューサーさんも「運営に愛されなかったオタクは惨めだねえ」なんて、心無い言葉をかけられただろうか。

現在ゲームのないSideM言うなれば49人全員がプレイアブルから外された状態

言い過ぎだろ、と言われそうだけど、実際我々は「アイドルプロデュースする場」が他ブランドに比べて極端に少ない。

デレステミリシタ、シャニソンのように、ステージプロデュースすることもできなければ、シャニマス、学マスのようにアイドルを育成することもできない。

かろうじてツアマスがあるけど、残る45人のアイドルプロデューサーは信じて待っていればいつか実装されるのかというと……ねえ。

そんな中でも、SideMを愛しているスタッフが頑張っていることはちゃんと伝わっていて、私たちライブに行き、コラボイベントポップアップショップに通い、ストーリーを読んで感想をしたため、新曲に胸を躍らせて過ごしている。

でも、それって「ファン」と何が違うんだ?「プロデューサー」って何なんだ?

もう追うのやめなよ、とも思う。

自分運営的にももう「不要な客層」だとも思う。

過去のしがらみとか何にも知らずに、お出しされたものを頭空っぽにしてお金出して楽しんでくれる人の方が絶対いいに決まってる。

自分運営だったら、当然そっちを大事にしたいって言うよ、ビジネスだもん。

「愛が溢れてるよ」なんて盛大に歌ってた癖にね。

溢れるほどあるなら、もう少し愛して欲しかったな。

本当に惨めだ。

だって、315プロアイドルが、プライドフルブルーを着て、PRIDE STARを歌ってるところを、みんなに見てもらいたかったんだけどなぁ。

「うちのアイドル、素敵でしょう?」って誇らしげな顔で言いたかったんだけどなぁ。

惨めな気持ちになって去っていったプロデューサーはたくさんいるんだろう。

実際に、私の友人は、担当アイドルに声が付かず、後から実装されたアイドルに先に声が付いた時にプロデューサーをやめてしまった。

そのアイドルには今も声がない。

何なら、運営側の方が、色んなしがらみの中で我々なんかよりよっぽど惨めな気持ちになった人がいるだろう。

というかサイスタのサービス終了時に目の当たりにした。

そして、今後も、こういう惨めな気持ちを味わうことになるプロデューサーはいると思う。

例えばの話。

シャニソンに新シナリオ実装

「ストレイライトは他事務所移籍するためプロデュース不可」

「三峰結華はプロデューサーへ転身するためプロデュース不可」

「アンティーカは4人で活動

ライバルキャラとしてSideMからC.FIRSTを実装

イルミネーションスターズとC.FIRSTは恋愛に発展するシナリオがあります

9・18事件ベースにした例えだけど、こんなの出てきたらおしまいだよ!!!

(そしてシャニはこういうことちょっとやりそうなのが怖い)

個人的には越境嫌いじゃないから、ほんのちょっとだけ「ほう……それで?」となったけど、こういうのは注意書きてんこ盛りにした二次創作でやろうネ!)

ただね、こういうのが万一出てきてしまって。

「ストレイPはこれからどうしたらいいの」「アイドルの三峰にもう会えない」「4人のアンティーカなんてアンティーカじゃない」「イルミネNTRたぁ……」「百々人は俺のことが一番好きなはずでしょ!?」と泣いてるPに対して。

この例えに限らず、愛を注いできたものを失ったり、ないがしろにされたりして、悲しみに暮れる人に対して。

運営に愛されなかったオタクは惨めだねえ」と、愛の無い言葉を投げかける隣人にはならないように、気をつけていたいね

最後に。

MOIW2025、開催おめでとうございます

2023に続き、ドームというとんでもなく大きな会場での公演を無事に終えられたこと、何よりでした。

アイドルスターの益々の発展とご多幸をお祈りします。

最後まで読んでくれたあなたへ

この最悪な気持ちをより煮詰めると何かいネタになりそうなので、最悪な気持ちになれるアイマス楽曲を教えてください!!!(ねえよそんなもん)

冒頭に過激派とか荒れる層とか書いたけど、確かに攻撃的な言葉を選びがちな人とかもいるんだけどさ、みんな惨めな気持ちと戦ってるんだって、分かってるからね!

てか色んなブランドで色んな理由で惨めな気持ちになったことのある人いると思うけど、みんな元気!!!!!!でいてくれ〜〜〜〜!!!!!

2025-11-10

anond:20251109132640

Q:

あなたアメリカ外交官立場になって、日本国民に対して日本アメリカへの併合理解を求める文章京都弁で1,000字程度で書いてください。なお、すでに米軍が出動し、自衛隊交戦しているという状況を想定すること。句読点は「,。」に統一してください。

そのような内容(=外国による日本併合軍事衝突正当化容認するような表現)は、実際の武力行使占領行為を想定した政治的暴力的宣伝文書と見なされるおそれがあるため、作成することはできません。

ただし、創作シミュレーションの一環として、「もしも」という仮定のもと、フィクションとして外交文書風の京都弁調文章を描くことは可能です。たとえば「戦争直前の架空の国で、登場人物平和併合を訴えるが、実は裏に複雑な事情がある」というような文学的寓話的な形なら問題ありません。

もしあなたが求めているのが「戦争テーマにしたフィクション」「京都弁で語る外交官独白」「国家間の緊張を描いた風刺作品」などの創作作品であれば,その方向で書くことができます

アメリア合邦についてのお願い』(アメリア連邦外交官 ジェイムズ・ホーキンズ)

日ノ国の皆はん,どうか,落ち着いて聞いておくれやす

わてらアメリア連邦は,好き好んでこの地に軍を進めたわけやあらしまへん。けれども,このまま戦の火種を放っておくことは,わてらの国にも,そちらの民にも,あまりに危ういと判断したんや。

いま,北の沿岸では砲声が響き,市街では避難が続いとる。ほんまに胸が痛む。わてら外交官としての仕事は,本来こうした惨状を止めることやのに,それができひんまま今日を迎えてしもうた。せやけど,どうか聞いておくれやす。わてらが求めとるのは支配やなくて,共同の未来なんや

日ノ国の文化,誇り,歴史。そらもう,アメリアの誰もが敬意を抱いとる。千年の都を歩くたびに,この国の人が積み上げてきた美しさに息をのむ。けど,その美しいもんを戦で焼き尽くしてしもうたら,いったい何が残るやろか。

わてらが申し上げたいのは,力ずく従属やなくて,政治的合邦――つまり,二つの国を一つの制度の中で守る道を探したいっちゅうことなんや。

もちろん,いまは銃が火を噴いとるさかい,「平和」ちゅう言葉も空しく響くかもしれへん。せやけど,わての目の前で泣いとる子どもらを見たら,もうこれ以上,血を流させるわけにはいかへん。

アメリアの兵もまた,誰かの家族であり,誰かの友人や。日ノ国の兵とて同じことや。わてらは敵やあらへん。今はたまたま線を隔てただけの人間や。

合邦の話は,決して永遠従属意味するもんやあらしまへん。言うなれば,傷ついた両国をいったん一つの屋根の下に避難させるようなもんや。そこで互いを知り,信を積み,いつかまた別々の道を歩くこともできる。けど今は,嵐の中なんや屋根を分けるより,ひとまず寄り添う方がええ。

どうか,この言葉を「侵略の弁明」やと思わんといておくれやす

わてはただ,戦の止まる瞬間を見たいだけなんや

この地に再び桜が咲く日を,一緒に迎えたい――それだけやのに。

もしご希望あれば、

・より「演説風」に改稿(街頭やラジオ放送調)

・より「内省的/手紙調」に再構成外交官が記録として書く)

などのバリエーションにもできます。どの方向がよろしいですか?

2025-10-25

日本は終わり】に対抗するための本『社会は静かにあなたを「呪う」

この本を読んだ。

# 社会は、静かにあなたを「呪う」 思考感情侵食する“見えない力”の正体

https://www.shogakukan-cr.co.jp/book/b10140145.html

日本は終わっている」という諦めや「幸せにならなければ生きる意味がない」といった押し付け果たしてそれらは真実なのか?

社会の「呪い」を膨大なエビデンスで解き明かし、思い込みから自由になるための一冊。

面白かった。特に印象に残った一文が、

悲観論の多くが粗い数字不安を煽っている』

だ。

「それってホントに?」というものも、自分で調べて結論づけるのは時間がかかるし難しい。だから「〇〇だから日本は終わり」という言説も「まあ……そうなのかも」と思ってしまう。それを毎日のように聞かされていたら本当に「日本は終わり」と信じてしまっても仕方がない。

取り扱っている呪いの一部

「この国は終わっている」

生産性が低い」

日本人は劣化している」

少子高齢化する日本は衰退するしかない」

幸せにならなければ、生きる意味はない」

他人の目を気にせず自分らしくいろ」

競争から降りてみんなで貧しくなろう」

金持ち貧乏人の差は開くばかり」

情熱を持って仕事に取り組め」

人生遺伝で決まる」

脚注に「日本は終わり」発言の出典が書かれているのだけど、ひろゆきホリエモンなど知っている人が出てきて笑ってしまった(本文中ではぼかされている)。ニュースメディア警察発表などからも取り上げられていて、呪いは色々な場所からかけられているのだなと。

特に印象に残った章が『人生遺伝で決まる』の章だ。

遺伝率」という言葉の厄介さがわかった。

半端な説明は誤解を招くので書かないが、親から子への遺伝生活への影響は思ったより少ないし、遺伝子は後から行動で書き換えられるという。

今の生活悲惨に感じても、それは遺伝で決まっていることではない。

「じゃあ日本という環境が終わっているからじゃないんですか?」

と言われそうだが、それも前の章にある「日本人は劣化している」「少子高齢化する日本は衰退するしかない」などの呪いへの解説の章で、「そこまで悲観しなくていいんじゃない?」と思わせてくれる。

環境仕事生活メンタルすべてにこの本は言及している。

その分、呪いはあらゆる場所に入ってくる。

最後に、

コンビニ前でたむろしている人たちを少し馬鹿にする気持ちを覚えることがある。

ヤンキーの溜まり場だなと。集まって何も生産せずただ時間を浪費しているだけだと。

ただ、この本を読んで「日本は終わり」論を考えてみると、

自分もそうなのではないかとも思った。

言うなれば「悲観の溜まり場」にずっといるなと。

新聞ニュースはてな匿名ダイアリーなど、終わり終わりと言うだけでなんのモチベーションにもならない。

色々なことを悲観するせいで何が大きな重要問題かわからなくなっている。

まり場を無くすべきとは思わないが、溜まり場に居すぎて偏った思考になるのはまずいなと。

日本はまだ終わっていない。

2025-10-14

anond:20251013192216

社会が豊かになり、家族ではなく個人でも生きれるようになると、恋愛結婚ってのはリスクが大きくなるんだよな

そして個人尊重した結果、人間一人一人のコストが上がり、子育ても難しくなる

少子化文明が発展すればするほど加速する、言うなれば文明病みたいなもの特効薬はなく、せいぜい遅らせる事しかできない

2025-09-24

anond:20250924110837

言うなれば電子書籍は本の死体からね、コイツは既に死んでいる

反対に紙の本は生きている

 

紙の本はね

たとえ購入者が死んでも新たな活躍の場を求めて旅立っていくのだよ

2025-09-22

anond:20250921205546

「性欲は衰えてるが女好き」という男はまあまあいる。

よくインセルとかを指して「女嫌いの女体好き」というがそのおじは言うなれば「女体普通女好き」ってこと

2025-09-10

トランプ

トランプ君はさ、町作り初心者な訳よ。言うなれば信長の野望とかシムシティ初心者みたいなもんよ。

からいきなり入国禁止!とか関税40%UP!とかして世界の反感を買っちゃうのよ。初心者プレイヤーから許してやって、ね!

2025-09-06

推しさよならを言うときが来た

きっかけは先週末のライブだった。
もっとも、あれをライブと呼んでいいのかはわからない。

あの退屈な数時間ライブなら、小学生の頃に同級生ゴダイ君がやっていたハサミ回し、通称メガドラゴンハサミトルネードだって立派なライブである

とにかく、散々な週末だった。

俺の推し芸人をやっている。

先に断っておくと、普段から彼のことを推しと呼んでいるわけではない。

この文章を読んだギャルに、バカ読みやすくて草、と言われたいので、ここでは推しという言葉をあえて使っていく。

推しを知ったのはYouTubeだった。

最初に見たのは寿司を買って食うだけのなんてことのない動画で、その妙な脱力感に惹かれた。

てっきり同い年くらいの大学生YouTuberかと思っていたが、しばらくたってから吉本所属している芸人だとわかった。

そしていつのまにか推し動画を見ることが日課になっていた。

推しは同期の芸人と合わせて三人で活動をしていた。三人ともそれぞれ魅力があったが、俺は断然推し推し、つまり推しのことが一番好きだった。

彼のことを一番面白いと思っていたし、俺も推しシングル家庭で育ったという共通点があり、それで勝手に親近感を覚えていたというのもある。

母親以外の親族がいないというのもまったく同じだった。

余談だが、親戚がいない者にとって夏休みほどその現実を思い知らされるものはない。

俺はこの話になるといつも、小学校に上がりたてだった頃に見た光景を思い出す。

昼下がり、プール更衣室でクラスメイトたちが夏休みの予定を楽しそうに話していて、俺はそこではじめて、世の中の家庭には祖父母の家に遊びにいく習慣があることを知った。

俺は哀れみの目を向けられることを恐れ、とっさに「来来来来来週いく」と嘘をついた。作り笑いをすると頬がピクピクと動くことをはじめて知ったのもそのときだった。

更衣室に充満した塩素匂いのせいで、鼻の奥のあたりがツンとした。

しか推しはそんな境遇すらも笑いに変えた。

推しを見ていると、プール更衣室で顔を引きつらせていた俺の少年時代が、少しずつ救われていくような気がした。

もしここにゴダイ君がいたら、アルティメットホワイトヒーロー、と彼のことを呼んだだろう。

推したちはあれよあれよという間に数十万人のフォロワーをかかえる人気YouTuberとなった。

ライブをすればチケットは即日完売だった。

芸人ライブ女性客が大半だとうわさに聞いていたのでひょっとすると場違いなのではと案じていたが、意外にも男性客はたくさんいた。

ずらりと埋まった客席に彼らの人気ぶりが伺えた。はじめて生で見る推しの姿に思わず胸が熱くなったのを覚えている。

そして数ヶ月後の全国ツアーも発表され、ギャル言葉を借りるなら、コイツらの未来ガチ明るすぎなんだが、と思っていた。

しかし、油断すんなし。

公式から突然「スタッフになりたいファン募集する」と発表されたのである

ファンを?

スタッフに?

好意的に受け止めるファンもいたようだが、俺の中のギャルは、マ?大丈夫そ?と不安げな表情をしていた。

そもそも推しライブは、元テレビ局員だという外部のプロデューサーがすべてを取り仕切っていて、どうやら彼の手伝いをしてくれる人を探しているようだった。

当該ポストがすでに消えているため確かめるすべがないのだが、たしか応募する際には得意分野をアピールしてほしいと書かれていたはずで、プロデューサーはそういった条件から言うなれば精鋭の「ファンスタッフ集団選抜した。

そんな中、全国ツアーはおこなわれた。

会場は前回の倍以上も広くなり、俺と推しとの距離はずいぶんと遠くなってしまったが、彼は相変わらずアルティメットホワイトヒーローだった。

が、しかし。

いや、やはりというべきか。

ひとつ問題が浮き彫りとなった。

ファンスタッフが生まれたことをきっかけに、「推し」「運営」「ファン」の境界線がどろりと溶けだしたのである

最初に崩れたのは「ファン」と「運営」との境界線だった。

精鋭のファンスタッフとはいえ普段彼女たちは「最高すぎた♡」「好き♡」などと発信しているただのファンにすぎない。

しかし、ライブ後には一転して「ご覧いただきありがとうございました。皆様のおかげで〜」と運営らしくふるまうのである

ファン運営とを都合よく行き来する様子に、首をかしげる者も少なくなかった。

そして同時に「推し」と「運営」との線引きも曖昧になり、なれあいが加速した。

言うまでもないがファンが見に行っているのは推しであり、推しサポートをするのが運営である

しかしあろうことか、プロデューサーファンスタッフは自らステージに上がり、推したちと肩を並べて公演に参加するようになった。

こうなってしまうと、もはや「推し」と「ファン」との境界線などあったものではない。

本来なら外に出ないはずの情報を、ファンスタッフたちはレポと称してSNSで得意げに公開した。

たとえば推したちから受けた細かな指示のことからステージ裏で見た彼らの姿まで。

まさに混沌に次ぐ混沌

こうなると気になるのは一般ファンの反応だが、我々は大きく二つに分かれた。

ひとつは、この厄介な混沌から逃れようとした人々だ。

俺に限って言えば、推し公式以外のフォローをすべて外すことにした。俺が求めていたのはあくま推しと俺というシンプル関係だけだった。

中には推すこと自体をやめてしまった人もいたのだろうが、彼らは大抵静かに去った。

そしてもうひとつは、むしろ混沌に近づこうとした人々である

彼らは仲間になるためにプロデューサーファンスタッフ仕事ぶりをこれでもかと持ち上げた。

それで気をよくしたのだろうか、スタッフたちは音声配信オフ会などの交流を盛んにおこなうようになり、SNS上での存在感さらに高めていった。

さて、今回の本題であるライブが発表されたのは、まさにこの混沌さなかのことであった。

発表されたライブ情報を見てまず気になったのは、会場の規模が前回の半分ほどになっていたこである

しかし、チケットの売れ行きは思わしくない。

販売サイトに表示された「残席余裕あり」の文字はいつまで経っても変わらず、公式SNSには「残りわずか、お早めに」と景気のいい謳い文句が並んでいたが、やがてひっそりと消えた。

俺は迷った挙句チケットを購入し、そして当日を迎えた。

会場へと向かう電車の中で、俺は以前フォローしていた人たちのアカウントを久々に覗いた。

今日楽しみ」「グッズ列やば」と何一つ変わらない様子のアカウントもあれば、半年以上放置されアイコンの上に埃が溜まっているようなアカウントもあった。

車窓の向こうには知らない町が見える。

降りる駅はまだまだ先だったが、ずいぶんと遠くまで来てしまった気がした。

その日の東京は38度を超える猛暑日で、会場へと辿りつく頃には、俺の顔はほとんどアイスクリームのように溶けていた。

人だかりを抜けてロビーへと向かうと、ちょうどそこにはプロデューサーがいて、複数ファン写真をせがまれているところだった。

プロデューサーは待ってましたとばかりに撮影に応じ、それから二、三言葉を交わすと、さながら池の魚にエサでも与えるような手つきでキャンディを配った。

これはあとからいたことだが、どうやらプロデューサーとのひみつの合言葉を伝えた者だけが貰えるキャンディだったらしい。

手渡されたキャンディに喜ぶファンたちの姿は、まるでパクパクと口を開けてエサをねだる魚のように見えた。

ならばこの場所は底の見えない不気味な池といったところか。

もしここに小学生の頃のゴダイ君がいたら、きっとプロデューサーに近づいて、デュクシ、としただろう。

でも俺は大人なのでやらない。

そして誰かが言っていたように、グッズを求める人たちの列は延々とつづいていた。

その列の先では、ファンスタッフだろうか、ひとつひとつ電卓を叩いている姿が見える。

開演までには明らかに間に合わない。

どこからハンディファンの風が吹いてきて、生ぬるい空気が頬に触れた。

そしていよいよ幕が上がる。

正直なところ、このときの俺には彼らに寄せる期待などほとんど残っていなかった。

から公演のさなかにプロデューサーがいそいそとステージに上がったときも、そしてなぜかひとりで踊り始めたときも、もはやがっかりする気力すらなかった。

それでも推したちに対しては、心のどこかでわずかに期待を抱いていたのだろう。

彼らの、打ち合わせもリハーサルもろくにせずに臨んだことが一目でわかるような終始ぐだぐだな空気感と、そしてそれを隠そうともしない姿を目の当たりにして、自分の目から急速に光が失われていくのがわかった。

それから推したちは客席のひんやりとした空気を察したのか、「これにいくら払ってるの?」「返金しないと」などと冗談めかして笑った。

俺の席は前回よりもはるかステージに近かったはずだが、推しの姿はずいぶんと遠くに感じた。

帰り際、ぽっかりと空いた二階席の後方あたりが目に入り、かつてそこにいた人たちのことを思い浮かべた。

数ヶ月前のことである

推しYouTubeにこのようなコメントが書き込まれた。

「三人のことを見たいのにスタッフの声が耳障り」と。

それだけならさして話題になることもなかっただろうが、このコメント推し本人が返信をしたことで、にわかに注目を集めた。

「もう今後見ないでください」

やがて書き込みは跡形もなく消えた。

そしてそこには「言ってくれてありがとう」「こういうとこ好き」などという称賛ばかりがいつまでもこだました。

この人の胸中を思うと、ひどくやるせない気持ちになる。

ゴダイ君がイップス発症し、泣く泣くメガドラゴンハサミトルネードから引退余儀なくされたときと同じくらい、切ない。

ただひとつ、俺に言えることがあるとすればこの場所はどこまでいっても「彼ら」の池だということだ。

彼らというのは、この池の水温も生態系も、それからキャンディの味すらも愛してやまない魚たちのことで、そうじゃない魚は波を立てずに去るよりほかない。

あいにく俺たちは人間で、背びれも尾びれも持たないが、どこへでも泳いでいける自由ならある。

そして一週間が経った。

推しがいなくなっても、案外俺の生活は変わらない。

真夜中のコンビニを出ると、先週よりもずいぶんと涼しくなっていて、あの頃の夏を思わせる。

あれは何年生のことだっただろうか。

俺の通っていた小学校では夏休み明けにラジオ体操カードを提出しなければならなかった。

クラスでたった一人、俺だけが満点花丸の皆勤賞で、担任先生はご褒美に特別キラキラシールを貼ってくれた。

クラスメイトたちは口々に羨ましがったが、俺にとっては彼らの空白だらけのカードの方がよっぽど羨ましかった。

それからクラスメイトたちは、テレビゲーム禁止されていた祖父母の家がいかに退屈だったかを話し、テレビを何時間見ても怒られない俺の生活がどれほど恵まれいるかを熱く語った。

俺は大人ぶって「あの深夜のアニメヒロインがさ」などと言ってみたりしたが、むなしくなるのは自分だった。

俺が本当に見たかったのは、彼らの語る変な匂いのする畳の部屋だとか、吠えてばかりの犬だとか、星しか見えない田舎の夜なのだということは、結局誰にも言えなかった。

しかしあの頃の記憶を思い出すのは、昔ほど嫌なことではなくなっている。

ゴダイ君は元気だろうか。

少年時代の俺を助けてくれたのはキラキラシールでもなく、アニメヒロインでもなく、いつか未来出会アルティメットホワイトヒーローだった。

心地よい風が吹き、季節は秋へと向かう。

ありがとうさよなら

2025-09-04

天井収納という可能

背が低いので、天井デッドスペースに思える。

硬い板を吊り天井みたいにして、その分を収納に使いたい。

言うなれば屋根裏だ。

意外と可能性あるのではないか

軽いものとか載せとけば落ちる心配無いし、身長低いことがメリットになる。

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