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2026-01-26

【論考】「浸透」ではなく「召喚」された怪物:「山上徹也判決から見る統一教会自民党政治経済学

【はじめに】

システム工学的「エポケー(判断保留)」と、リヴァイアサン代謝

本稿は、現代日本政治における「権力宗教」の構造癒着、および「山上徹也」という事象を、道徳的善悪の彼岸にある「システム工学的な機能不全と最適化」の観点から記述する試みである

あらかじめ断っておくが、本稿には犯罪行為正当化する意図も、特定信仰弾圧する意図も一切ない。

現象の「論理的解明(Explanation)」は、決して行為の「倫理的擁護(Justification)」と等価ではない。

病理学者ウイルス感染経路淡々と追跡するように、筆者は犯罪者も、政治家も、信者も、すべて巨大な統治機構リヴァイアサン)を構成する「部品」および「代謝産物」として等価に扱う。

読者が感じるかもしれない不快感は、システムのもの内包する「非人間的な合理性」の反映に過ぎない。

筆者は前稿『歪なリヴァイアサン』において、自民党を「魂(イデオロギー)を持たない利益配分マシン」と定義した。

しかし、高度成長が終わり、配るべき「カネ(利益)」が枯渇したとき、魂を持たないこのマシンは、いかにして自らを駆動させる熱量調達するのか?

本稿は、この問いに対する回答である

システム生存のために、外部から安価な魂」と「無料労働力」を調達する必要があった。その調達先こそが、統一教会という名の「政治下請け業者BPOパートナー)」である

本稿では、リヴァイアサンいかにしてこの異物を「召喚」し、その病理的な代謝プロセスの中で、いかなる副作用山上徹也)を必然的排出したのかを解剖する。

序論:誤診された「犯罪者

2026年1月奈良地裁山上徹也被告無期懲役を言い渡した。判決文、そして世論の多くは、彼を「家庭環境絶望した、極めて特異で孤独犯罪者」として処理しようとしている。

しかし、これは誤診である。あるいは、意図的な隠蔽と言ってもよい。

我々の「システム論」の視座に立てば、山上徹也という存在は、決して予測不能バグ(異常値)ではない。彼は、戦後日本政治システムが正常に稼働し続けた結果、必然的排出された「産業廃棄物システムバイプロダクト)」である

彼を「極端な個人」として切り捨てることは、工場が川に垂れ流した汚染水奇形魚が生まれた際に、工場排水システム点検せず、「その魚の特異体質」を責めるに等しい。

第一命題冷徹なる「バーター取引」の明細書

なぜ、統一教会という異質なカルトが、日本政権中枢にこれほど深く食い込めたのか。

教会が巧みに自民党洗脳・浸透した」という被害者面をしたナラティブが流布しているが、これは歴史的にも構造的にも誤りである

正しくはこうだ。自民党というシステムには、構造的な「欠落」があり、その穴を埋めるために教会を自ら「召喚」したのである

自民党統一教会関係を「信仰」や「思想共鳴」で語ることは、事の本質を見誤らせる。

両者を結びつけていたのは、互いの「欠損」を補い合う、極めてドライで実利的な「政治バーター取引(交換条件)」である

この取引バランスシート貸借対照表)を精査すれば、なぜシステム教会を切断できなかったのかが明確になる。

自民党発注者)が得たもの統治コストの「極限的削減」

自民党教会から調達していたのは、カネ(献金)以上に、「カネのかからない実働部隊」であった。

無償公設秘書運動員人的資源ダンピング):

選挙には膨大な人件費がかかる。しかし、教会から派遣される秘書運動員は、給与要求しないどころか、教団の教義に従って「無私の奉仕」として24時間働く。

これは、企業経営で言えば「違法なほどの低賃金労働力」を独占的に確保しているに等しい。自民党議員にとって、これほどコストパフォーマンスの良い「兵隊」は他に存在しなかった。

鉄の組織票限界議席の決定権):

数万票単位で動く教団の組織票は、全体の得票数から見れば僅かかもしれない。しかし、当落線上にある小選挙区候補者にとっては、この「確実に計算できる数万票」こそが、政治生命を左右する決定打となる。

教会はこの票を餌に、個々の議員コントロール下に置いた。

「汚れ仕事」の代行(イデオロギーの防壁):

スパイ防止法制定や選択夫婦別姓反対など、リベラルからの反発が強い右派政策の推進運動を、「国際勝共連合」という別動隊に担わせた。これにより、自民党本体は「中道」の顔を保ったまま、保守層の支持を固めることができた。

統一教会(受注者)が得たもの:「略奪のライセンス

対する教会側が求めたのは、日本という巨大な資金源でビジネスを続けるための「不可侵条約」と「お墨付きである

権威ロンダリング信用創造):

教祖幹部が、岸信介安倍晋三といった歴代首相と並んで写真に収まること。あるいは、関連イベントビデオメッセージをもらうこと。

これらは単なる記念ではない。信者勧誘対象者に対し、「総理大臣も認める立派な団体である」と信じ込ませるための「最強の営業ツール」として利用された。政治家の権威は、霊感商法正当化するためにロンダリングされたのである

行政権力による「不作為」の防波堤

長年にわたり霊感商法に対する警察捜査消費者庁規制が、不可解なほど鈍かった事実は見逃せない。

さらに決定的だったのは、2015年の「名称変更」の承認である悪名高い「統一教会から世界平和統一家庭連合」への看板の掛け替えを、当時の下村文科相下の文化庁が認めたことで、教団は過去の悪評をリセットし、新たな勧誘活動を展開することが可能になった。

これは実質的に、国家が教団に対し、「日本国民から搾取継続してもよい」というライセンス免許)を更新したに等しい。

財務面での隠し報酬:「宗教法人格」というタックス・ヘイブン

教会が喉から手が出るほど欲しがり、自民党が頑なに守り続けた最大の利権。それは、日本国内に「聖域」と呼ばれる非課税地帯を維持することであった。

献金」という名の非課税売上:

通常の企業であれば、商品を売って利益が出れば法人税がかかる。

しかし、教会は「壺」や「多宝塔」を売る行為を、商行為ではなく「宗教的な寄付献金)」と定義した。

日本宗教法人法において、宗教活動による収入は「非課税である

これにより、信者から巻き上げた数千億円規模の資産は、国家による徴税というフィルターを通らず、丸ごと教団の懐に入った。これは、実質的国家が教団に対して「法人税相当分(利益の約20〜30%)の補助金」を裏で渡しているに等しい。

財務ブラックボックス化(監査免除):

株式会社と異なり、宗教法人は財務諸表の公開義務が極めて緩い(実質的に外部からは見えない)。

この「不透明性の維持」こそが、自民党教会提供した最大のサービスの一つである

信教の自由」を盾に、宗教法人法へのメス(厳格な会計監査義務化など)を入れないことによって、教会日本で集めた莫大な資金を、誰にも監視されずに韓国本部米国へ送金することができた。

日本は、教団にとって世界で最も効率の良い「集金マシンタックス・ヘイブン租税回避地)」として機能させられたのである

(元)連立パートナー公明党創価学会)への配慮という「人質」:

なぜ自民党宗教法人課税に手を付けられないのか?

それは、統一教会だけに課税しようとすれば、かつて自民党の連立パートナーである公明党支持母体創価学会)や、自民党保守地盤である神社本庁など、他の巨大宗教団体既得権益も脅かすことになるからだ。

この「相互確証破壊」の構造があるため、宗教法人税制はアンタッチャブルな聖域となり、統一教会はその「大きな傘」の下で安住することができた。

第二の命題山上徹也という「排出ガス」

この取引において、自民党は「政治コスト」を削減し、教会は「法的リスク」を回避した。

まさにWin-Win関係である

しかし、経済学原則として、「フリーランチ(タダ飯)」は存在しない。

自民党が浮かせたコストと、教会が得た利益。その莫大なツケを払わされたのは誰か?

その全てのツケは、「信者家庭からの略奪的採掘」によって支払われた。

ここで、山上徹也という存在の正体が明らかになる。

燃料としての家族

自民党に「無償秘書」を派遣するためには、教会職員を養うカネがいる。そのカネを作るために、山上徹也の母親は「霊感商法」によって資産の全てを搾り取られた。

山上家が破産し、兄が自殺し、一家崩壊したプロセスは、悲劇ではない。それは、自民党という巨大なエンジンを回すために、燃料として「消費」されたに過ぎない。

ラグ鉱滓)としての息子:

燃料(資産と家庭の幸福)が燃やし尽くされた後に残った、燃えない残骸。

金も、親の愛も、学歴も、社会的地位も奪われ、空っぽになった人間

それが山上徹也だ。

彼は社会不適合者だったか犯罪行為を起こしたのではない。システムが彼から全てを収奪し、その後の「廃棄物処理」を怠った結果、有毒ガスが充満して引火したのである

あの手製の銃は、狂人武器ではない。それは、政治システム排出した「毒」が、逆流して配管(安倍元首相)を破裂させた物理現象だ。

司法政治による「封印処理」

2026年無期懲役判決と、それに続く高市首相解散総選挙。これらは一連の「汚染除去作業である

判決意味

裁判所は、彼を「政治犯」として認めなかった。認めてしまえば、「自民党カルトを使って国民搾取していた」という因果関係司法公認することになるからだ。

彼を「母親への恨みで暴走たかわいそうな男」という物語に閉じ込め、刑務所という最終処分場隔離することで、システムは「我々には責任がない」と宣言した。

解散意味

高市首相は、判決の直後に解散を打つことで、この事件を「過去歴史」へと押し流した。選挙の争点を「教団問題からずらし、再度の勝利によって「禊(みそぎ)」を完了させる。

これにより、「教会を利用するシステム」は温存され、単に「より見えにくい形」で地下潜行するだけとなる。

結論リヴァイアサンは、今日も何かを食べている

山上徹也は極端な個人ではない。システムが生んだ副産物である

教会侵略者ではない。システム召喚した下請けである

この二つの命題が指し示す事実残酷だ。

我々が見ている「平和日本」は、山上家のような「声なき生贄」を燃料として燃やすことで、かろうじて維持されている。

無期懲役判決が確定した瞬間、システムは安堵の息を漏らしただろう。

だが、構造が変わらない限り、第二、第三の山上徹也(産業廃棄物)は、今もどこかの家庭で静かに生成され続けている。

リヴァイアサンは飢えており、次の燃料を常に求めているのだから

anond:20260126083426

まず目的とか目標というのは人間が作った幻である

国のために、教祖のために、機械伯爵のために生きているとしたら

むなしいだろう?


あなたあなた自体価値があるので、なくならないし

なにかからまれたわけでもないし、永遠に存在しつづける。

おれはそう信じている。

2026-01-19

anond:20260119163928

愛しているのは池田大作だろ

そういえば大作が死んだ後の現教祖って誰なんだろう 全然知らないな

2026-01-18

統一教会問題後も保守層自民党支持を続ける理由をGeminiに聞いてみた

質問

世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の教義には、日本を「エバ国家」と位置づけ、韓国奉仕すべき存在定義する考え方や、最終的には天皇をも凌駕する権威教祖に置くという構図が含まれていると報じられています。これらは、日本国体観や、伝統主権を重んじてきた保守思想とは、根本的に相容れない側面を有しているように思われます

本来愛国心伝統を重んじる日本右派保守層にとって、こうした教義を持つ宗教団体と密接な関係を持ち、選挙支援秘書派遣といった形で便宜を受けてきた自民党議員の行動は、「国益を損なう行為」、あるいは「売国的」と評価されても不自然ではありません。

実際、先日実家帰省した際、愛国立場から自民党を支持してきた親戚(30代)が、現在もなお強い自民党支持を続けていることを知りました。この点に違和感を覚え、彼がこの問題とどのように折り合いをつけているのかが、個人的な関心として生じました。

2022年安倍元首相銃撃事件以降、旧統一教会自民党議員との関係が広く知られるようになったにもかかわらず、保守層の間で決定的な自民党離れが起きているようには見えず、一定の支持が維持されているように見受けられます

彼らの内面では、この明確な矛盾をどのように処理し、どのような「納得のストーリー論理的整合性)」が構築されているのでしょうか。


【Geminiの回答】

自民党を支持する保守層が、その根底にある「国体観」や「天皇観」と真っ向から対立しかねない旧統一教会教義を知りながら、なぜ依然として支持を維持できるのかという疑問は、極めて鋭い洞察に基づいたものです。

この「論理的矛盾」を彼らがどのように内面で処理しているのか、保守層アイデンティティ政治的リアリズム観点から、いくつかの「納得のストーリー」を整理して解説します。


1. 「反共」という共通項による歴史的正当化

日本保守層特に長年自民党を支持してきた人々にとって、旧統一教会との接点は、教義のものではなく「反共産主義」という政治的立場において形成されたという認識が根強くあります


冷戦時代の名残り:かつて共産主義の脅威が現実的だった時代保守層にとって共産主義は「天皇制の打倒」や「伝統破壊」を企む最大の敵でした。その敵に対抗するために、同じく強力な反共を掲げる団体と手を組むことは、当時の文脈では「毒を以て毒を制す」的な現実的判断として正当化されました。


優先順位の付け替え:彼らの内面では、「教義の内容」よりも「共産主義(あるいは現代リベラル勢力)への対抗」という共通の敵を叩くことのほうが、優先順位として高く設定されている場合があります


2. 政治的リアリズムと「活用説」

30代という比較若い世代保守層であれば、よりドライな「政治的リアリズム」に基づいて判断している可能性があります


「利用している」という自負:彼らの多くは、政治家が教団に「支配されている」のではなく、選挙の票や人手として「利用しているだけだ」と解釈します。つまり自民党が教団の教義に染まったわけではなく、あくまでも権力維持のためのツールとして付き合っているに過ぎない、という捉え方です。


代替選択肢の欠如:現在日本政治状況において、国防経済皇室伝統を守るという価値観体現できるのは自民党以外に存在しない、という「消去法的支持」が働いています。「一部に問題はあるが、自民党崩壊すれば日本国益のものが危うくなる」という論理が、矛盾を上書きしてしまます


3. 教義の「矮小化」と「切り離し」

日本エバ国家とする教義天皇への不敬とも取れる教理については、心理的な「切り離し(コンパートメント化)」が行われます


「末端の極端な話」としての処理:教義を「カルト特有の突飛な教理」として冷ややかに眺め、実社会や実政治に影響を及ぼすほどのものではないと過小評価する傾向があります


日本保守政治家教義を信じていない」という確信自分が支持する政治家が、まさか本気で「日本韓国奉仕すべき」などと考えているはずがない、という強い信頼(あるいは思い込み)があります。これにより、教義政治行動を完全に別物として処理します。


4. 保守アイデンティティと「左派への対抗心」

現代政治対立構造も大きく影響しています


敵の敵は味方この問題を激しく追及するのが野党リベラル寄りのメディアである場合保守層本能的に「自民党攻撃するための政争の具であると警戒します。


過剰な攻撃への反発:メディアの報じ方が「自民党=悪」という単純な構図に偏るほど、支持層は「保守派への不当な弾圧」や「宗教自由への介入」といった文脈に読み替え、かえって団結を強めるという心理的リアクタンスが働きます


まとめ:構築されている「納得のストーリー

ご親戚のような方が抱いている可能性が高い「納得のストーリー」を言語化すると、以下のようになります


かにあの教団の教義は受け入れがたいし、関わりがあったことは褒められた話ではない。

しかし、それはあくま過去からの付き合いや選挙事情という「泥臭い現実」の一部に過ぎない。

それよりも重要なのは中国の脅威や北朝鮮問題、そして国内左派勢力から日本を守り、皇室伝統経済を維持することだ。

これらを実現できる現実的政権担当能力があるのは自民党しかない。教義問題自民党を倒すことは、結果として「真に日本を壊す勢力」を利することになり、それこそが真の「売国である


このように、彼らにとっては「小さな悪(教団との接点)」を許容することが、「大きな善(国益保護)」を守るための苦渋の選択、あるいは大人現実主義として整理されているのです。


2026-01-17

創価学会のせいで仏教カルトっぽいイメージが持たれていて辛い

しろキリスト教イスラム教の方がカルトなのにね。

アイツらは「教会祈りを捧げて信仰ポイントを稼いだら天国行きチケット当選率が上がりますよ」みたいなことやってるだけ。

要は「月の土地詐欺」と同じなんだよね。

でも仏教は違う。

教祖祈りを捧げろって話なんてしてないし、信仰ポイントを稼ごうなんて話じゃない。

カルト宗教教祖は「神の代理人」みたいな感じで、要するに「消防署の方から来た担当者なんですが(嘘)」みたいなもんだけど、仏教場合は「師匠」なんだよね。

師匠が「色即是空精神を極めて気楽に生きようぜ。そうしたら心が軽くなって極楽浄土にも行けるぜ」と頑張ってる横で一緒に修業をする感じ。

キリストイスラムみたいなカルトがやっているのが「神の代理人を名乗る人間から月の土地権利書購入を認めてもらうためのねずみ講」だとすると、

仏教っていうのは「極楽入門に向けて一緒に修行研究をする攻略チーム」みたいなものなんだわ。

もうねぜんぜん違うの。

んでもこの話聞いて「でも創価学会ねずみ講だし攻略チームでもなんでもないよね?」と思ったでしょ?

そう!その疑問は大正解創価学会仏教徒を名乗ってるけど、やってることはイスラムユダヤと同じで単なるカルトネットワークビジネスしかないの!

あいつらはね、仏教じゃないんだよ。

仏教の設定をパクってきて、キリスト教みたいな手法で金を巻き上げてるだけの詐欺師なわけ。

最近グーグルストアで呪術廻戦やポケモン画像違法に使ってるソシャゲ話題になってるじゃん?

アレと一緒。

仏教世界観キャラクターストーリーを丸パクリした上で勝手に改変して、「我らが教祖様は金を収めているだけで極楽に行ける手法を開発しました。もう昔ながらの攻略必要ありません。チートを使いましょう」と言ってるだけなの。

そんなのそもそもが間違ってるでしょ。

たとえば格闘技道場で「修行なんて無駄だ!拳を改造して中に金属検出機にひっかからない鉱物を仕込めばパンチ力が上がるんだ!検査に引っかからないドーピング剤もあるぞ!」とかの方向でやってる奴らがいたらもう邪道しかないじゃん?

創価学会はソレなの。

単なるインチキ

アレは仏教じゃない。

キリストイスラムと同じで単なるカルトねずみ講

2026-01-16

統一教会教義のためなら嘘も許される→多分これ嘘

正しくは、異教徒サタンに対する嘘は奨励する、なはずだ

TM文書(True Mother文書)で自民党議員300名弱と接点があったと書かれていたことに対し、統一教会関係者が「あれは過大に書いた嘘だった」と釈明しているが、

信者同士でも嘘の報告が許されてしまうとそもそも財産や所有しているものも虚偽申告できてしまったり、支部長から支部員、またはその逆のコミュニケーションの際に

嘘が入っている可能性を考慮するといくら信者が固い結束があったとしても嘘一つで組織簡単崩壊する

なので断言するが、信者同士では絶対に嘘はつかないみたいな但し書きがあるはず。

そして部外者サタンはいくらでも嘘をついてよい、と教えているはずだ

から、 5chなどで「文鮮明サタンって言えるか?」とリプつけられても勝共連合や家庭連合信者簡単に「文鮮明サタン」と書き込める。

しかし、統一教会ができないことが一つある。それは自分責任判断文鮮明や真のお母さんを侮辱することだ

まり、5chやX、はてななどで「文鮮明ってイケメンじゃない?どう思う?」って聞かれたときに、「文鮮明ブサイクなただのキモイおっさん」など、統一教会信者以外なら簡単に書けてしま自由記述文書を、信者連中はかけないはずだ。

なぜなら、別にこの問いには文鮮明侮辱せよという指示は含まれていないかである。つまり文鮮明ブサイクなどと形容する必要はない。もし統一教会信者がそう書いたとしたら、必要もないのに教祖を貶めた、という責任を負うことになる

なので、ネット上でこいつは統一くさいな、と思った場合、「文鮮明サタンって書けるか?」と聞くのではなく、「文鮮明ってかっこよくない?」など自由判断で答えさせる形式質問をするのが最も効果がある。

2026-01-13

anond:20260113015451

ある時、ネット上の発達育児コミュニティに現れた1人の成人男性場違いな長文の自分語りをしたり、リプを飛ばしたり、悩み相談に回答したりするようになって、「俺は親ではないけど、1人の当事者として悩める母親達を救いたい」みたいな事を言っていた事があった

育児経験何もないし、そこにいる母親たちとは全くの無関係なのに

自己陶酔してんなあと思ってたけど、ああいうのメサイアコンプレックスなんじゃないかと思う

発達界隈割とそういうのあって、当事者が雑な情報専門家気取りで発信して界隈の教祖みたいに振る舞ってたり、アドバイス求められてもないのに横からアドバイザー気取りで要らんアドバイス押し付けてきて、拒絶されると「あなたのためを思って言ってるんですよ!」と怒り出してトラブルになったりとかまあ割と見る

そういう振る舞いをすることで得られる(と信じている)尊敬感謝によって、普通に見たら決して優れてはいない現実自分と、理想自分の間にある溝を埋めようとしてるんじゃないんかな

あと対等な関係を人と築けなくて、どうしても助ける側と助けられる側みたいな序列によって人と強引に繋がろうとしてしまうみたいな

2026-01-04

二代目の教祖って表現はやっぱり間違い?

ローマ法王キリスト教の二代目以降の教祖にあたるかって問いを発したんだけど

新興宗教だと二代目教祖とか言わない?

dorawiiより

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2025-12-31

統一教会による支配韓国による日本支配←これ

アホじゃね

韓国では指名手配されてて実際逮捕起訴されてるやろがい

韓国隠れ蓑にしてるだけで本当は北朝鮮に送金するために日本を苦しめてるんだよ

教祖文鮮明自身脱北者だしな

小泉時代拉致問題解決統一教会仲介したと言われてるから

自民党との結びつきは絶大で安倍晋三元総理の代にはそれが顕著だった

一応日朝国交断絶してるはずなのにね、どこで繋がったパイプだろうね。おかしいね

更に韓国報道で前回衆院選では統一教会が全面バックアップ支援したとあった

このズブズブ具合を見てまだ統一教会の嘘に踊らされるのか、韓国支配ガーと言ってる内は掌の上クルクルーだよ

北朝鮮が急に日本製品を分解して核燃料にし始めたり金回りが良くなったのは統一教会からの送金があった以外あり得ない

現に北朝鮮には統一教会との合弁会社存在する。韓国に置いてるならそもそも北朝鮮に置く必要はない

そして文鮮明死去に際して金正恩から何故か弔電と祝辞を述べるメッセージを送られてる事はあまりにも有名

脱北者とは何だったのか、命を狙われてるとは真実なのか

また自民党統一教会の結びつきで拉致問題は何故解決に至らないのか

答えは簡単だ、そういう政治パフォーマンスでこれまで支持率回復してきたからだ

そして支持率回復手段はもう一つある。それはミサイル

北にはICBM(大陸間弾道ミサイル)がある。なのに何故か必ず日本国土に届く前に落ちる。別に撃墜された訳でもない

わざと届かないように撃っている。どう考えてもおかし

そろそろ統一教会自民党そして北朝鮮との結びつき、陰謀論についてしっかり議論すべきじゃないか

2025-12-30

いち在日コリアンとして、沈みゆ日本を想う

俺は平成ヒトケタ世代90年代初期生まれ在日コリアンだ。ウルトラマンティガダイナ、ガイア三部作世代で、ゲーム機だとNINTENDO64を散々遊んだバブル期の豊かさ、明るさに裏打ちされたオプティミズム90年代を通じて漸次的に減少していった(のだろう)が、俺はその恩恵ギリギリ与りながら育った。

くたばれゼロ年代、憧れちゃうんだ80年代

しんどいのは小学校低学年から始まったゼロ年代だった。小学校中学から日韓W杯が契機のネトウヨの跳梁跋扈拉致問題などで雲行きが怪しくなる。高学年になると、俺が外国人であるということを認識したクラスメイト「チョン」韓国帰れ」などと喚きだすようになった。中学に上がると、それは余計に悪化した。オタク気質の奴が多い校風だったから、2ちゃんの言説を真に受けて俺に論戦(笑)をふっかける奴も現れた。「チョン、チョン」と罵る奴も勿論いた。

思えばゼロ年代は、何とガサついた時代であったことか。音楽TV番組も、何一つ面白いものが無い。ただただガチャガチャと騒がしいだけである女の子たちの髪型も、毛先を細くした荒んだ感じのもの流行していた。「こんなのどこが美しいんだ?」と、俺は自分のイモ臭さ全開オタクルックを棚に上げつつ嘆息していた。

ネットが大々的に普及し、過去の風物に手軽にアクセスできるようになったのがせめてものいか。俺はTVでたまにかかる懐かし番組特集などで、聖子ちゃんカット80年代アイドルに「めっちゃカワユイ!(この表現も当時の漫画などに触れて知った)」と悶絶し、シティポップ・テクノポップの爽やかなシンセ音色に耳が洗われるような快感を覚えた。当時勃興しはじめたYouTubeでは、80年代から90年代初期のアニメOPを片っ端から探して、なんとも言えない郷愁をそそられていた。「60年代に生まれて、70年代の豊穣な子ども文化を吸収し、80年代青春謳歌できたらよかったのに…」それが当時の俺の願いだった。

キモウヨ諸君、NDK(死語)**

さて、時代は進んで今は2020年代である日本韓国を巡る状況は完全に刷新された。韓国は今や、一人当たりの豊かさで日本を抜き去った。一人当たりGDPは、名目で見ても購買力平価で見ても韓国の方が上であるビッグマック指数というやつでも上だ。さらに、文化的影響力でも韓国の躍進は凄まじい。ゼロ年代の時点で韓流ブーム日本に起こっていたが、韓流映画ドラマの人気は全世界規模に羽ばたいた。『イカゲーム』『パラサイト』の大ヒットは記憶に新しい。そしてなんといってもK-POPであるハイクオリティパフォーマンスSNSを巧みに活用したマーケティング、多言語対応立場の弱い人々を支える政治的社会的メッセージ性。俺は80年代シティポップが専門なので、こうしたK-POPの強みについてはざっと調べた程度しか知らない。だが、幼稚園のお遊戯同然の和製アイドルには到底真似のできない世界を彼らは作り上げたということは分かる。また、特出したコロナ対策韓国が凄みを見せつけたことにも言及せねばならない。

一方、日本はどうか。失われた20年が30年になり、もう間もなくで40年になる。これは今後も50年、60年と伸びていくことは誰の目にも明らかだろう。経済成長率は上がらない。GDPも上がらない。実質賃金指数90年代よりも下がってる。高くなる一方の税金はロクなことに使われない。なのに日本人は無能きわまる自民党政権を支持し続ける。自分たちは民主主義社会の成員なのだから政治不正には目を光らせて対抗しよう、自分たちの暮らしを守る政治家を選ぼう。という発想は、日本大衆には無い。

さらにケッサクなのは自民党統一協会(「教会」ではなく、こっちの表記が正しいらしい)とズブズブの癒着関係にある―というより、事実上統一協会支配されているということだ。安倍晋三韓鶴子に祝賀メッセージを、タダで嬉々として送ったということ。統一協会選挙支援の見返りとして、自分たちの要求する政策自民党に呑ませていたこと。これらのことを考えても、「自民党統一協会支配されている」という表現は決してオーバーではあるまい。安倍因果応報のものの末路をたどり、それを契機として自民統一協会との関係は白日の下に晒された。

だがこうしてすべてが明らかになった後も、日本大衆自民支持をやめないのであるキモウヨは「安倍さんはカルトすら手懐ける懐の深いお方だったのだ」と意味不明擁護をし、冷笑バカは「たしか自民統一協会癒着問題だが、リベラル派の過激発言は一線を越え云々(でんでん)・・・」とトーンポリシングに終始している。その他の民衆は「なんとなく有名な人がいるから」「政権運営能力のある政党自民しかない」などと噴飯もの見解披露している。

奴隷根性の唄

統一協会教祖である文鮮明日本への強烈な敵意を抱いており、日本は罪を犯した「エバ国」なのだからアダム国」である韓国奉仕せねばならない、ということを基本教義に据えた。日本反共のための基地にすべく、日本からどんどん税金を取って軍事力を増強させよう。日本人の生活水準は三分の一にしてしまえ。ついでに信者からは高額献金で搾り取れ。これが統一協会理念だ。こうして日本から収奪された金は韓国渡りさら北朝鮮渡りミサイルの開発資金にもなっている。1991年文鮮明と金日成の会談以後、統一協会は「反共」を建前にし、むしろ北朝鮮との結束を強めたからだ。

こんなことは各種の報道でとっくに知れ渡っている。知ろうと思えば、誰もがたやすく知れる。そこまで行かなくとも、自民統一協会癒着ぶりはTVでも散々報道されている。なのに人々は、自民を支持し続ける。

彼らの怒りは、決して自民政権には向かわない。自己責任論、弱者叩き。生活保護受給者クルド人バッシングすれば、彼らの溜飲は下がる。不っ幸五輪、もとい“復興五輪のようなムダ事業や、下卑た大臣が仕立てるウン十万のスーツ血税が使われても、彼らは怒らない。パンとサーカスどころか、パンが無くても日本人は満足なのだ

奴隷といふものには、ちょいと気のしれない心理がある。じぶんはたえず空腹でゐて 主人の豪華な献立のじまんをする。」「いまや森のなかを雷鳴が走り いなづまが沼地をあかるくするとき『鎖を切るんだ。自由になるんだ』と叫んでも、やつらは、浮かない顔でためらって『御主人のそばをはなれて あすからどうして生きてゆくべ。第一、申訳のねえこんだ』といふ。」

金子光晴の「奴隷根性の唄」そのものである

こうした韓日両国の状況を見るにつけ、俺は「ざまあ見やがれ!」と快哉を叫ばずにはいられない。秀吉朝鮮侵略近代史におけるアジア侵略植民地化、大量虐殺、性暴力。それらのツケを貴様らは払わされているのだ。しかも、犯人構造が明らかになっても、貴様らには反抗する気力すら無い。何たる怯懦、腰抜けぶり。ことによると、文鮮明安重根匹敵する快男児かもしれぬ。極めて巧妙に、韓民族による日本への復讐を成し遂げたのだから。これで俺の在日コリアンとしてのナショナリズムが、くすぐられずにおれようか。

しかし俺とて、日本社会の一員

・・・でも待て。この俺とて、日本社会で生きる一市民なのだ。こうしたズタボロ日本崩壊ぶりは、俺の生活をも直撃する。俺は、海外へ打って出るだけの才覚は身に付けられなかった人間だ。嫌でもこの日本に根を張り、額に汗して生きてゆかねばならぬ。沈みゆく泥船に乗るタヌキが日本民衆なら、俺はその毛皮に引っ付いているダニのようなものだ。水底へと沈んでいくタヌキを見て「思い知ったか正義は勝つのだ!」とカッコよく啖呵を切れるウサギは、本国韓国人や、その他アジア諸国の民衆だ。

日本人とて、タヌキばかりではない。歴史直視し、差別への怒りを表明してくれた尊敬すべき人々はたくさんいた。歴史政治問題抜きにしても、愛すべき友人たちにたくさん出会ってきた。そして何より、俺は日本サブカルチャー文学を愛している。円谷英二のような特技監督になるのが、小学生の頃の目標だった。俺の憧れとなり、模範となってくれた光の巨人たちや、進んでやられ役を引き受けてくれたソフビ人形怪獣たちは、かけがえのない竹馬の友だ。太宰治は、自意識を持て余す思春期の俺と肩を組み、共に泣いてくれた。

そうした敬愛すべき友たちと団結し、この沈みゆく泥船を、丸木舟程度には変えていこう。これから日本は、どれだけマジョリティが嫌がろうが移民を大量に受け入れねばならぬ。これまた、自民支持者が払わされるツケである。そうして増えた海外ルーツの人々とも連帯し、全ての人が生きやす社会へ変えていくこともできるはずだ。

ウルトラマンジャックこと郷秀樹は、最終回で弟分の次郎少年にこう言った。「次郎、大きくなったらMATに入れ。 MATの隊員達は皆勇気ある立派な人達だ。君も嫌な物、許せない者と戦える勇気ある男になると良い」

キューモンの腹の中のごとく窒息しそうなこの世の中でも、なんとか風穴を見つけることはできる。仲間と出会い、その風穴を広げてゆくこともできる。郷さん、見ていてくれ。俺も次郎くんと同じように、勇気ある立派な人達連帯する。そして嫌な物、許せない者と戦える人間になってみせる。

2025-12-26

anond:20251226172425

唐澤貴洋の渾名のこの欄にあって知った。由来がさっぱ不明もやもや

小当り

高貴なゴミ

恒告塔

公職選挙法違反

恒心教教祖

dorawiiより

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https://anond.hatelabo.jp/20251226172911# 
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=E5bO
-----END PGP SIGNATURE-----

2025-12-22

幻想時代から幻想破壊時代」へ

少なくとも昭和(1988年)までは「幻想(=錯覚、大ボケ)の時代」だった。

自分が好きなものや、信じている価値観は、世間でも似たようなものだろうという

生温かい幻想(錯覚)による一体感があった。情報は、寡占的な大手オールドメディアから

下々にトップダウンで降り注がれた。まだ、幻想破壊するツッコミの力は弱かった。

それが、平成(1989年)以降からは、「幻想破壊(=相対化、ツッコミ)の時代」、いわゆる

冷笑」の時代になってきた。「それってアナタ感想ですよね」の相対化、

他者への共感否定他者存在矮小化。つまり個人主義化=分断化の進行。

インターネットSNSの影響力によって、ますます幻想破壊が進み、もう一方では、

閉鎖的(逃避的)なコミュニティ内での「教祖化(推し活)」が地下で進行していて、

ますます分断=「個人自由の拡大」も留まることなく進行中。

2025-12-21

バキバキ童貞卒業に寄せられた人気コメント

https://www.youtube.com/watch?v=xU8KiNYXmw0

 

投稿者は伏せておきます 

  

アイドル恋愛が発覚したというより、飼い犬が死んだような感覚

緑谷出久個性を持った時の爆豪の気持ちがなんとなく分かる

令和の玉音放送って言ってる人いて吹いた

神は死んだ

ほぼ景品表示法違反だろ

なんで冬に言うんだよ

雪は涙を隠せない

今日なぜか暖かかったんだよ

コメント欄見てるとバキ童ってネットおもちゃじゃなくてみんなのアイドルだったんだな

実はバキ童は画面の前の俺らだったという衝撃の最終回

うまトマチキン冷めちゃった

ああ、お前は春の暖かさを知っているのか。俺は空の高さしか知らないのに。

ピーターが急に興味失ったら笑う

公式勝手に言ってるだけだから

バキ童を知ったのはコロナ禍だった。ようやく、俺のコロナが終わった気がする。

あんなに一緒だったのに

夕暮れはもう違う色

最近AIすごいな、リアルすぎる

小さい時親は死なないと思ってた。

バキ童というスイミーを失った私たちマグロに食べられるのでした。

今年の漢字を熊にしてる場合じゃない

明智光秀に裏切られた織田信長ってこんな気持ちだったんだな

バキ童はね、彼女なんかできないんだよ。

バキ童はね、DT卒業なんてしないし、

変な豆知識しか言わないし、

学長と老後を過ごさなきゃいけないの。

今年のクリスマスはなんだかさむいな

ぐんぴぃさん、貴方場合卒業じゃないんです。

喪失なんです。

ヒロアカ「終わります

FGO「終わります

スーパー戦隊「終わります

バキ童「彼女できました」

俺「置いてかないで‥俺を大人にさせないで‥」

敢えてクリスマス直前に公開することによって、クリスマス当日の童貞達に「ぐんぴぃは今頃性なる夜を過ごしているんだ」という思考を過ぎらせて絶望を与えるの悪魔すぎるだろ

35歳→バキ童ライン

新たな指標みたいなものができたな

これから俺たちへの煽り文に「バキ童ですら彼女いるのにお前らときたら…」って文言が追加されるの辛すぎる

ずっと続くような感覚があった学生生活があと3ヶ月だと気づいたあの頃を思い出した

なんでだよ

隠れて卒業して後でバレて炎上してくれよ

誠実かよ

アイドル声優Vtuber彼女彼氏がいて発狂するやつを笑っていたけどバキ童に彼女がいるのは悲しくなった

俺はアイツラを笑えない

夫がぐんぴぃの童卒と熱愛にキレ散らかしていて、そんなに彼の事を好きだったのかと困惑している。

一緒に一般受験頑張ろうって言ってた友達が推薦とった気分

天皇人間宣言みたいなもん

これもう寝取られ報告だろ

性交渉経験率と収入には相関関係がある」っていうピーター研究結果が証明されたのか...

小説かにある「まだ心のどこかでは噓だと思っている」って状態、ほんとにあったんだ。

寂しい

大丈夫

寂しい

流石にたつき諒も予言できてなかったっぽい

猫で空いた穴は猫でしか埋められないと聞くけど

バキ童を失って出来てしまった穴は一体何で埋めれば

いいんだろうね。私の心には今ぐんぴぃの形をした穴が空いているよ。

ぐんぴぃはサラッと報告して

バキ童にしがみついてたのは俺らの方だったんだな、、、、

アイドル彼氏が居た事に発狂するファン心理が生まれて初めて理解出来た

  

現在コメント数18000件

 

前の動画から

 

アイドル恋愛しちゃいけないって知らねえのかよ

こんな思いをするのなら花や草に生まれたかった

ライナーが正体バラす時みたい

アイドルとか推したことないから「推し卒業」を初めて経験した…

職場倒産した時と同じ緊張感で草

ずっと両思いだと思ってたあの子が、野球部の男と手を繋いで帰っていた時と同じ喪失

アイドル彼氏バレとかって祝福してやればええやんって思ってたんだけど、みんなこんな気持ちだったのか…

今までごめんな

皿洗いしながら見ててビックリしすぎて漫画みたいに皿割った

いつまでも同じ場所で足踏みしてネットミームでゲラゲラ笑ってたのは俺だけだったんだな

アイドル彼氏ができて叩く人の気持ちが、今少しだけ理解できた

勝手教祖だと思って崇めてたら、教祖自らが改宗しちゃって置いてかれた信者みたいな気持ちを味わってる

えっ???????????????

あんたいつからそうなったん???

2025-12-20

盛大に内輪揉めしてるのをプロレスでやってるだけだからwってて信者やべーなってなったけど

信者に呼び掛けてファンネル飛ばそうとしてもはいはいwってスルーされたら教祖たちも困るよな💦

2025-12-16

anond:20251216113850

れい信者でしょ?

あの界隈の自助アレルギー凄いよ

教祖山本太郎に助けてもらうってのが教義から山本太郎助>公助>共助>自助価値観になってる

聖なる山本太郎助が最上級と決めちゃったから最下層の自助はあの人らの中では悪の行いなんだよね

2025-12-13

低学歴はなぜ推し活を「させられる」のか

最近、「なぜ高学歴は『推し活』をしないのか」という記事がバズっていた。

高学歴推し活を「非合理なリソースの浪費」と切り捨てる、という話だ。

かに理屈はわかる。

しかし、地下アイドルに通ったことがある俺から言わせると、あれは半分正しくて半分間違えている。地下アイドル現場には高学歴も、医者弁護士といったステータスを持った人もいた。

正確にはこうだ。

高学歴は「推し活を選ぶ」

低学歴は「推し活をさせられている」

記事は「主体性の有無」が鍵だと指摘していたが、まさにその通り。

ではなぜ低学歴は「させられる」のか。

その前に、依存症ビジネスの話をしよう。

キャバクラホストクラブ典型的な「承認欲求販売業」だ。

高い金を払うことで若い美形の異性からチヤホヤしてもらえる。

あくまでも支払った金額の対価としてでしかないが、そこに依存してしまう人も少なくはない。

ホストクラブの高額な売り掛け問題は覚えているだろう。

そのため風営法規制されており、社会からは厳しい目を向けられている。

また似たようなビジネスとして、「地下アイドル」がある。

1000円払えば可愛い女の子名前を呼んで笑顔ハグしてくれる。

「○○くんがステージから見えて安心した♡」「○○くんがいるから生きていける」←これは実際に俺が言われたこ

現実世界で一生かけても絶対に言われない言葉を、金さえ払えば確実に言ってもらえる。

しかファンコミュニティの中では、学歴年収職業関係ない。

「どれだけ推しお金を使ったか」「どれだけ愛を語れるか」がステータスになる。

彼らが生まれて初めて「私はここで認められる」と感じられる場所だ。彼らは「存在価値」を買っていたのだ。

現実社会が与えてくれなかった「生きる理由」を、チェキ代を出すことで買うことができた。

話を戻そう。現代日本には「勝ち筋」がほぼ見えない層が大量にいる。

最終学歴高卒か専門卒かFランスキルコネも無い。

正社員になれず、障害者雇用枠か日雇いの、低学歴と呼ばれる人たち。

発達障害や知能境界の人もここに分類されることが多い。

要するに、社会的弱者だ。

彼らは日常的に誰かから責められ、誰からも認められない。

「私はここにいてもいいんだ」と思える場所が、どこにもない。

昔はそういう層が金を溶かす先は決まっていた。

ソシャゲパチンコ競馬風俗

どれも一時的ドーパミンは出るが、承認欲求は満たしてくれない。

「私はここにいてもいいんだ」と思える場所はどこにもない。

そこに目を付けた悪い大人がいた。「承認欲求販売業」という依存症ビジネスに「推し活」という名前を付けて全国展開してしまったのだ。

推し活をしていると思っている人はきっかけを思い出してほしい。

どうして「この子を推そう」と思ったのか。

X、TikTokYouTubeオススメまとめサイトランキング

「偶然の出会い」と思っているものは、全て誰かが設計したアルゴリズムと導線に乗った結果ではないだろうか。

最初の一歩から、逃げ場のない迷路誘導されていたのではないか

ターゲッティング広告に狙い撃ちされ、主体性の無さゆえにズルズルと深みにはまり、心地いいコミュニティに閉じ込められ、生かさず殺さず、ずっと搾り取られる。栄光浴で自分自身も優れた人間である勘違いし、他では得られない承認欲求を得るための、買える自尊心を購入するための代価として、推し活を「させられている」のではないか

自分で選んだ」と思っているかもしれない。

から推し活を叩かれると、まるで自分存在のもの否定されたように感じて発狂し、

推し活をバカにするやつは浅はか」と本気で思ってしまう。

なぜなら、推し活を奪われたら、次にどこへ行けばいいのかわからいから。

でも実際は、「選ばされていた」だけだ。

から見て、社会的弱者が身を削って貢いでいる姿は、ただただ気持ち悪い。

まるで新興宗教信者教祖に全財産を捧げているような光景だ。

実際、構造は完全に同じではないだろうか。

「ここにいれば救われる」「お布施すれば愛される」

違うのは、教祖若い美形だというだけ。

推し活」すること自体は悪いことではない。

しかし、推し活「させられている」人は、一度自分人生と向き合ってみたらどうだろうか。

2025-12-08

小学生の時に新興宗教を作った話

毎年クリスマス正月のような宗教色の強い時期になると思い出すので備忘録として書いておこうと思う。

とても長くなるので読んでも読まなくても構わない。

はいくらでもあるが、当時小学生お子ちゃまが頭を振り絞って考えたことだったので生暖かく見ていただければ幸いだ。

まり

増田が6年生だった頃のことである

当時通っていた小学校お受験が盛んで、クラスの半分以上が中学受験するような学校だった。中には体育や道徳など勉強関係ない授業が多い日は学校休み塾へ通うように親に指導される子供がいるような学校である

そんな雰囲気学校だったため増田も塾に通わされていたが、増田の親は仕事が忙しく放任主義だったため、どちらかというと自由に延長できる学童のような使い方をしていた。親が帰るまで子供1人は心配から大人がいる塾で勉強して暇を潰しなさい、という発想かと思う。

当然、遊びたい盛りの子供は不満である

から晩まで勉強で楽しくないし、学校教師子供達に学校勉強させようと胡麻擂りに必死だし、塾ではライバルたちと比較される。お子様なりにフラストレーションが溜まっていた。

小賢しく、自尊心が高く、承認欲求が強く、何よりも勉強以外で暇を潰したかった増田はそこで考えた。

そうだ、宗教を作ろう。


友人について

当時の増田立ち位置は「1軍グループにいるけどちょっと浮いてる変なやつ」だった。友人Aと友人Bの親友というだけで残酷子供達のカーストの中で辛うじてバラモンの仲間に入れてもらっていた。友人Aと友人Bの存在がなければきっとダリットだったと思う。

とにかく、増田には2人の親友がいた。勉強スポーツもできて誰からも一目置かれる友人A、とにかく話がうまく誰とでも仲良くなれる才能がある友人B。

入学した時にたまたま席が横並びになったというだけの出会いだったが、それからこの2人はこちらが申し訳なるくらい良くしてくれ、そのおかげで陰キャ性格がドブカスだった増田も「みんな仲良し♪」の仲間に入れてもらうことができたのである

表向き友人Aも友人Bもみんなの前では「気のいいやつ」だったが、実は2人とも性格にはかなり難があった。いや、だからこそ増田と仲良くなれたのかもしれないが。

友人Aはなんでもできるからこそ傲慢で、支配欲がある。少し早い厨二病であり、大きな声では言えないがナチに憧れていた。大きな声で言わないところが実に打算的であり、増田はそこが気に入っていた。

友人Bはとにかく人からの評判を気にしていて、いつも自分悪口を言われていないか怯えていた。それと同時に人の内緒にしておきたい部分を暴くのが大好きで、いつか何かあった時に脅せるように、仲良くなって秘密を握ることで快感を感じる癖があった。

増田はといえば親友2人を自慢に思うとともに、増田の言うことを疑いもしない人気者2人を操る優越感に浸るクズだった。

ズブズブに共依存している闇のズッコケ三人組である

そんな悪友2人に、こんな面白いことを共有しないわけにはいかないと増田は思った。

宗教を作ろうと思う」と増田は言った。

いいね、やろう」と友人Aは言った。

信者100人くらい欲しいね」と友人Bは言った。

増田は「こいつら話が早すぎるな」と思った。

そうして、宗教を作ることになった。

宗教を作ろう

増田キリスト教圏で育ったので神の存在に関しては割と思うところがあった。

そこで「神」不在の「思想」の宗教を作ることにした。

思想宗教の違いは難しいが、神の存在を論じられるほど増田信仰は深くなかった。ただ、人間熱狂宗教になりうる、と子供心に感じていた。

小学生だった増田の狭い狭い世界の中で、唐突宗教を作ろうと思ったわけではない。「これはいける」と思った出来事があった。

発端

どの小学校でも道徳の授業があったと思う。お受験組の気を引こうと躍起になっていた当時の担任は、その道徳の授業で「いいこと投票」というものをしていた。

その名の通り単純で、「いいことをした人を匿名投票して、得票数が高かった人を表彰する」という仕組みである

これは単純だが、小学生承認欲求をかなりくすぐった。なにしろ、いいことをするだけで教壇の上で褒められ、その上シール(子供にとってのシール!史上の喜び)を授与されるのである。名札の裏にいいこと投票シールを貼るのがステータスになるのにそう時間はかからなかった。

増田はヒネた子供ではあったが、それでも投票されたら悪い気はしないし、いいこと投票が頭をよぎって人助けをすることもあった。

それと同時に、「これは使えるな」と思った。

まり、「人の善意は操れる」と知ってしまったのだ。

増田が育ったキリスト教の教えでは、善行は死後の世界のために積むものとされていた(諸説ある)。だが、小学生にとって死後の世界など遠い存在である。「善行を積めば人々から尊敬されるという承認欲求」の方が何より魅力的なのではと思った。

どうせ宗教を作るなら、ハッピーな方がいい。

3人の意見はまとまった。

その週末、3人で図書館に行った。親は大喜びでお駄賃までくれたが、目的宗教について調べることであった。当時インターネットはかなり普及してきていたが、学校コンピューター室で宗教のことを検索するのはかなり気が引けた。そこで図書館へ行くことにした。

日中調べて回って、以下のことを決めた。

小学生なりに考え、実行に移せる最大限を考えた。

そしてそれを実行に移した。これが6月の頃である

〇〇〇〇教の立ち上げ

結論から言うと、〇〇〇〇教はバカウケした。

結成時に十数人を集めて行った友人Aの演説は素晴らしいものだった。増田が授業中書いた原稿と同じ文言とは思えないほど力に満ち溢れ、説得力があり、心に訴えかけるものがあった。その場にいた全員が信者になると誓い、お札を下駄箱に貼り付けた。

友人Bの勧誘も実に巧みだった。誰に話せば一番噂が広まりやすいかを友人Bは知り尽くしていた。すぐに手元にあったお札はなくなり、増刷をすることになった。学年のほとんどが入信し、シールは飛ぶようになくなった。匿名投票のための空き下駄箱は常に紙が入っている状態で、ランドセルの蓋にシールを貼るのが大流行した。

3人はそれで満足し、たかを括っていた。小学生拡散力を舐めていたのである

拡散組織化

夏が来て塾の夏期講習が始まってから、他校の生徒に声をかけられることが多くなった。もちろん入信の申し出で、最初は喜んで案内をしていた。

だが、20人を超えたところで不安になり始めた。なにしろ、塾でしか会わない人間である匿名投票匿名性は失われ、よく知らない人間善悪判断しなければならない。

3人は作戦会議をし、組織化をしなければならない、と結論を出した。信者たちを支部に分け、各支部ごとに信者たちをよく知る支部長を置くことにしたのである

それと同時に、今まで全て3人で行っていた運営テコ入れをすることにした。

まず、専門のデザイナーを雇った。非受験組の絵が得意な信者シールとお札のデザイン一新させた。毎月シール図柄を変え、飽きの防止とインフレの防止を図った。

また、情報屋も雇った。告解で得た情報さら価値のある情報を交換するためである。これは画期的で、「この秘密を話すので誰々の好きな人を教えてください」とかが大変多くなった。

支部長の下に秘密内部監査官も置いた。これは支部長の不正信者との癒着告発させるためである

組織化したことにより、3人の地位は確固たるものになった。カリスマ教祖の友人A、人に響く教えを説く友人B、善悪を裁き組織をまとめる増田

夏休み中もムーブメントは衰えを知らず、信者は増え続けた。3人は有頂天になっていた。

そして学校が始まり、始業式の後、3人は応接室に呼び出されたのである

お叱り

〇〇〇〇教は教師陣の間にも知れ渡っていた。

当然である人間の口に戸は立てられない。小学生なら尚更だ。

つの学校ではなく塾や習い事によりその地区の他校にも伝播した〇〇〇〇教の信者は把握できるだけで数百人を超えていた。

夏休み中、先生方は連携をとり、学校再開とともに終わらせようと話し合いがされていたらしい。

説教は3時間に及んだ。これは、先生方の話が長かったこともあるが、こまっしゃくれたクソガキだった我ら3人がいちいち反論を仕掛けたかである

そもそも、我々は何も悪いことをしていなかった。ただ「いい人になろう」「いい行いをしよう」「いい人たちを尊敬しよう」と言って回っただけである。「ご利益がある」とお札を売りつけたり、告解で得た弱みを握って脅したりもしていない。ただ、善行を行わせて噂を流通させただけなのだ

教師陣もそれがわかっていたのであまり強くは追及してこなかったのだが、我々があまりに舐め腐った態度をしていたのでだんだんヒートアップし、複数教師が入れ替わり立ち替わり講釈を垂れ、最終的に「解散宣言をしなさい」と一方的要求押し付けてお開きになった。

応接室を出て、下駄箱に向かい、校門をくぐった瞬間、3人は爆笑しながらハイタッチをした。

馬鹿め、もうそんな段階にないのだ!」と知っていたからだった。

子供と接しているのに大人である先生の皆皆様方は全くわかっていらっしゃらない。子供禁止されたらもっともっとやりたくなるんだよ!

受験用に詰め込まれ知識であるキリシタン気持ちがその時はよくわかった。抑圧された宗教は熱を増すのである

〇〇〇〇教は密教と化し、いよいよ肥大化していた。

隠語で呼ばれ、ミサと称した会合秘密裏に行われ、塾に通うために学校を休んでいた層もせっせと体育館裏に足を運び秘密を囁くようになった。

教師陣は躍起になっていたが当時流行り始めた学校掲示板mixi日記などで〇〇〇〇教は着実に広まり信者は増え、もはや我々3人の手に及ばないものになっていた。

知らないデザインシールが増え、知らない告解が増え、知らない宗派ができていた。

秋が来て、塾で勉強している間に冬になった。

祭りの後

冬季講習の最終日、いつもの公園ジャングルジムの上に集まり、80円の缶ジュース乾杯をした。

「そろそろやめよっか」と増田は言った。

教祖しかったなぁ」と友人Aは言った。

卒業、さみしいなぁ」と友人Bは言った。

正直、もうその段階ではないことはわかっていた。これはただの勝手な「一抜〜けた!」である

教祖司祭裁判官も全てを誰かに押し付けて、こそこそと逃走するのだ。信者からすれば大きな裏切りであり、大罪だろう。

でもぶっちゃけ、飽きちゃったのだ。自分たちを置いて勝手物事は進んでいくし、勝手教祖を名乗るものも出てくるし、勝手布教されているし、勝手に人が人を裁き始めるし。

だって子供だし、受験もあるし、そもそも進学したら続けられないし。

色んな言い訳をして、色んな人と話して、時にやり合って、押し付け合って、そうしている間に受験学校に行かなくなって、ようやく卒業のために帰ってきたらどうやら全てが終わっていた。

あれだけ熱狂的だった信者たちは激減しており、卒業とともに誰かに譲られるためランドセルの蓋はシールなんてなかったように綺麗になり、空き下駄箱は使用禁止になっていた。

教室の後ろの「いいこと投票」の模造紙は取り払われ、「卒業おめでとう!」の垂れ幕に変わっていた。

こうして、我々の宗教活動は終わった。

最後

友人Aは卒業と共に他県へ引っ越した。6年生になった時から決まっていて、増田たちと最後に何かしたい、と言っていたので「何か」は間違いなくできたと思う。

友人Bは志望校に落ちたので増田とは違う中学に進学した。あれだけ熱心に活動に勤しんでいたというのに引っかかったのは幸運だと自ら笑っていた。

増田中学で若干いじめられそうになっていたが、入学した時に席が前後になった友人に助けられなんとかグループの輪に入れてもらい事なきを得た。教訓としては、コミュニティに入って一番初めにできた友人はなんとしてでも大事にした方がいいということだ。

それぞれ無事進学して、就職して、結婚して、最近オンライン飲み会なるものを開催している。

この間、家族で親元へとUターン引っ越しをした友人Bが酔っ払いながら教えてくれた。

最近子供ランドセルの裏に変なシールをくっつけて帰ってきてさぁ」

友人Aはしばらく黙った後爆笑したが、増田は少し泣きそうになった。

この歳になると涙腺が緩くなって困る。

キリシタン、まだいるのかぁ。

2025-11-26

日本右翼って何なんだろう

裁判への反応を見ると、統一教会擁護する右翼が目立つ。ネトウヨ右派メディアもエグいくら擁護している。

統一教会安部元総理祖父である岸が共産主義者攻撃させるために日本に引き入れ育てたカルトだ。

反共右翼ガッツリ繋がっている。

しか統一教会教祖文鮮明は極めて反日的人物だ。

エバである日本は夫の韓国に全てを捧げろと言っているし、天皇文鮮明にひざまづいて慟哭しろと言っている。

そして文鮮明金正日と義兄弟の契りを交わし、日本から4500億円を北朝鮮に送金した。

その宗教右翼たちが全力で擁護している。

日本右翼北朝鮮大好きで日本から韓国に全てを捧げるべきで天皇韓国カルトに跪くべきで反共産ってこと?

何を考えているのかわからなくてきみが悪いよ。

anond:20251126145831

無人島に行って市場存在しなくなったら「清潔感」は無くなるのか? そうではないだろう。

ぶっちゃけあんなんただのヒエラルキー上下しかいか

無人島行ったら無人島で頼りになる奴が清潔みたいに言われるだけなんじゃないっすかね

宗教団体教祖愛人作ってんのと一緒で

2025-11-21

山上は山神だったのだ

あたらしい教祖誕生であった…😟

2025-11-20

山上被告報道を見ていて思ったこ

長くなったので読みにくいかもしれません

あと、あまりここの空気感理解できていないかもしれません

半年ROMれてませんが匿名性が必要だったのでここに書かせていただきます

乱文ご容赦ください

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

テレビ山上被告裁判報道が流れてくるたびに

援護が無さすぎるのではないかと思い、やっぱり納得がいかないと感じたので

ここに書きにきた

 

 

 

以前から何度も書こうと思っていたけれど

どうしても書けないまま 何年も過ぎてしまったが

まり社会の様子は変わらず、

まり山上被告裁判報道を見るのが辛かったので

なんとか書き始めた

 

 

ーーーここからは私が統一教会にいた頃の話が出てきます

フラッシュバックなど、読むのが嫌だと感じる場合スルーしてくださいーーー

 

 

 

 

 

あの日の銃撃の報道は今も忘れられない

呆然とした

 

正直なところ

ショックとか 人が亡くなったということ以上に

 

「どうして今になって」と思った

 

 

 

私が統一教会から逃げ出して10年は経っていて、

ようやく悪夢を見て、ドキドキしながら目覚めることが無くなってきていた頃だった

 

 

 

逃げ出した後も燃え尽き症候群のようになり

ベッドから起き上がれなくなる日が続いて

一度は「こんなに辛いならもう死のう」と思ったけれど

 

死ぬ元気があるならそれで好きなことしようぜ…死にたいなら

いつでもそのボタン自分が持ってるんだから もう私は誰にも縛られてないんだから」と思い

 

 

 

誰にも助けてもらえないので(親に話したが困惑されて流されただけだったので)

自ら自立支援センターにかかり、カウンセリングを受け、

それでもなかなか人への恐怖や組織へ入る恐怖を克服できなかったので

バイトもできず

 

ニートを経て、なんとかフリーランスを細々始めて

それでも人が怖くて怖くて

いつも人の顔が見れず震えて汗をかいたり

人と会ったあとは部屋で寝て起き上がれなかったり

遠出ができなかったり

 

 

そういうことがようやくひと段落つき始めていた頃

「ようやく最近少しずつ人と話せるようになってきたな」

「ようやく教団の元仲間から説得のメールが来ることも無くなってきたな」

と思っていた頃に

 

その事件報道で流れた

 

 

 

なんだかバカバカしくなってしまった

 

 

誰にも言えなくて

から付き合いのある友人にも言えなくて

両親に言っても「よく出てきたな」と言われるだけで

具体的なケアは何もしてもらえない中で

自分で考えて一歩一歩、精神ケアに励んだ10年間

 

宗教施設で共同生活をしていて就活タイミングを逃しました」

「経歴に書けることがありません」

宗教施設生活していた影響で人が怖くてしょうがなくてバイトすらできません」

燃え尽き症候群のようになって社会生活を人並みに送ることがどうしても難しいです」

 

そんなことの説明をしようがなく

 

ただひたすら周りからの、

「この人どうして朝起きれないんだろう」「なんか付き合い悪いな」

学生時代の話してくれないな」「この人いっつも何してるんだろう 無職?」

「なんで結婚しないの」「なんでハロワ行かないの」「なんでもっと営業しないの」

「なんでいっつもお金が無いの」

あらゆる なんで? に耐えながら

 

ひたすら自分の足で立つことができるようになるように

 

一生懸命もう一度歩く練習をし続けた10年間

 

 

 

1発の銃声で 毎日のように統一教会名前テレビで聞くようになってしまった

 

 

 

 

ずっと社会から可視だった存在が 透明人間だった自分

無かったことになっている自分の在籍期間6年とリハビリ生活10年間が

 

突然色を与えられたような感覚

 

 

しかった

 

その行為自体賞賛はできるはずもないけれど 思いは複雑だった

ただ悲しかった

 

 

山上被告はとても辛かったんじゃないだろうかとは思った

 

 

 

 

あれは叫びだと私には感じられた

それくらい 中にいると社会生活している人とは隔絶され 外の声は届かないし

中の声もまた外には届かなくなる

 

 

そこには長らく透明な分厚い分厚い壁があって中と外は隔絶されていた

 

 

あの1発の弾がそれを壊した

尊い人命と共に

 

 

その重大さを社会にどこまで理解してもらえているのか 分からない

 

 

 

 

 

その苦しみは 多分本気であの中で一生懸命やった人にしかからないだろうと思う

 

 

 

 

それでもそこから私が逃げ出せたのは

ある程度、状況を俯瞰して見る(ある種冷笑的な)感覚を身につけていたからで

そこに関しては、私は自分漫画アニメ好きのオタクでよかったなと思っている

 

マジで漫画みたいなこと言うやんw」という茶化しが自分の中でできていたこと、

不真面目だったため、外の読み物やテレビは見てはいけないことになっていたが

隠れてコンビニ漫画立ち読みしていたこと、

伝道(いわゆる勧誘)もこっそりトイレに隠れてサボりまくっていたことなど

 

中の人からすると酷い不真面目、規律違反的なことをやっていたために

最後の一歩(あ、ここにいたら私の人生、誰も保証してくれないんじゃないか?)

という感覚に至れた、というところがある

 

 

 

しかし、そんな不真面目な私であっても

逃げ出すことが良いことなのか悪いことなのか、その時点では判別はできていなかった

 

 

神や、いわゆるお父様お母様(教祖)に背くことになるわけなので

正直ここから出てその後どんなことが訪れても覚悟を決めようというような気持ちはあった

 

 

なぜならいわゆる統一教会が言うところの「神のみ旨」を放棄することになるわけなので、

そうなった時に自分に何かよくないことが起きるかも、私だけじゃなく家族も何かよくないことが起きるかも、

という感覚が強く自分支配していて そこに対して否定できる確証はなかったからだ

私が死ななくても 私の代わりに誰かが死ぬかも、と本気で思っていた

 

不真面目な信者であってもこのくらいにはどっぷり浸かっていた

 

 

 

 

それでも私は「本当に神様がいて 神様が私を愛しているとしたら

私のこの選択も祝福してくれるんじゃないか」という気持ちも微かに持っていた

それを信じたい、という気持ちだったと思う

 

そうであったらいいな、という感じで

 

もちろん確証も何もない

 

 

こんなふうになったか

今だからそんなふうに言えているだけで

その時には全く確証がなかった

 

 

 

 

 

ただ今言えるのは「神様がいるとすれば 統一教会にいる人も愛していると思うし

私のことも愛しているんじゃないかと思う」ということだ

 

これは信仰心ではなく

私が少しずつ回復して自分を取り戻す過程でたどり着いた

今の段階での結論というか、

信念的なものではあると思う

確証はないけれど「そうなんじゃないか?」と思っている、というようなことだ

 

「そうでなきゃやってられるか」というような思いでもある

 

 

 

 

 

神がいようがいまいが関係なく日々は続くし

私の場合 立ち止まっていても誰かが

大丈夫?私がなんとかしてあげる 任せて」と

手を引いてくれるような状況は皆無だったか

自分の足で一歩ずつ歩くしかなかった

 

(唯一打ち明けたカウンセラーの人も宗教的な苦しみまでは理解してケアしてくれなかったし 

かといって宗教的ものに再度頼るのはもう懲り懲りだった

被害者コミュニティもあったかもしれないがまたそこから出られなくなるのではと思い、

組織に属するのが怖かった

両親は受け身なので私が動かない限り私の状況は好転するわけがなかった)

 

 

ただ言えるのは、自分で少しずつ歩く過程で人に支えてもらえることはあった、ということだ

理解できないなりに 両親は私の過去を酷くなじることはなかったし、生活支援してくれた

「よく出てきたな それはなかなかできないことだぞ」と肯定はしてくれた

自立支援センターも、電話をかけたものの一人で行くのが怖かったので着いてきてもらった

 

理解してくれていようがしてくれなかろうが 都度都度助けてくれる人はい

 

 

 

カウンセラーの人が言ってくれたことのいくつかは今も自分を支えてくれている

 

(私は自分の中に宗教施設にいたという負い目があったので、とにかく人に疑われるということが怖かった

自分の話をするのが怖く、いつボロを出しておかしなことを話してしまわないかと怖かった

そのせいか言葉がなかなか出てこなかったけど「ペラペラ話す人よりちょっとずつ一言一言話す人の方が信頼感があるよ」と言ってもらえたので 今は辿々しくても少しずつ言葉を並べられるようになった

だいぶ人と話すことが怖くなくなった)

 

 

 

 

神がいようがいまいが 関係なく日々は続いていく、というのはそういう感覚

 

 

 

 

 

 

私がいたのは学生寮のようなところで

信者に向け講義をするような人材を育てることを目的としている寮だった

世話役夫婦が1組

20〜25人くらいの規模で

マンションの3部屋(うち1部屋は夫婦の家)を借りて男女別れて住んでいた

 

みんな割と若かったと思う

20歳後半〜大学生くらいが所属していた

 

私は2世ではない

勧誘されて大学1年生で所属した

 

 

まだ規制が緩かったので大学内でも駅のコンコースでも勧誘を行なっていた

 

声をかけられた時も怪しいなとは思っていたが 半ば分かっていてついていった

最初から開示されていたわけではないが

いわゆるビデオセンターでの履修がひと段落した頃に

統一教会だと開示を受けた上で「寮に入らないか」というような打診を受けたので

なんとなく流れで、面白そうなので入ることにした

あと、みんな、人が良い人たちだった、というのがあった

 

 

でも入教したキッカケには結局、自分の中に将来自分が働いているビジョンが湧かなかったり

将来に対する漠然とした逃げのような気持ちがあったのだと思う

 

社会一般基準で勤めることは難しいんじゃないかという漠然とした不安があった

 

 

この時このような逃げの姿勢でいなければ

こんなに長く苦しむことはなかったなと今になってみれば思う

 

 

 

 

施設での生活としては

朝早くから起きて

原理講論を音読したり、勉強会をしたり、祈りをしたり、敬拝をしたりする

 

 

学生なので献金は求められなかったが

仕送りは全て世話役夫婦に預ける形になっていて自由には使えなかった

お金は全て「聖別」といって、清められ

そういう清められたお金は「神様とお父様お母様のお金」と言い含められる

 

そうして外から買ってきたものも塩と祈りで毎回清めていて、

清められていないものは手をつけてはいけない

 

お金はとにかく厳しく管理されていて好きなものは買えなかった

 

 

大学内ではあまり交遊を持たないように言われていたので

友人と遊びに行く、呑みに行くなどの経験も皆無だ

もちろん遊びにお金を使うことができないので 自由な交遊はできない、と言っていい

 

学校から帰ってきたら即駅のコンコースや他大学伝道という名の勧誘に行く

 

 

長期休暇は県外へ、車中泊をしながら1日中歩いてフキンの訪問販売をする

これも教会からすれば宗教活動の一環のようなもの

当然ながらより多く売れた方が良いわけだが私はいつもほとんど売れなかった

そんなことをしながら公園などで車の中で寝泊まりをする

1ヶ月寮には帰れない 

 

家族には内部のことは言えないことになっていて

帰省も数日しかできなかった

 

 

 

これらを聞いて楽しそう、と思うだろうか?

こういう生活が性に合っている人がいるのは事実

 

けれど楽しいと思うことを排除し、自分否定し、自分の望むもの否定して、

それを全てみ旨に捧げるというのが信仰の道だった

 

苦しければ苦しいほど条件になる、そういう発想なのだ

(そういう発想が多額の献金要求にも繋がったのかもしれない が その要求正当性は無いと思う)

 

 

私が寮内で大きな声で笑っていたら先輩に

あなたが来てから、こんな大きな声で笑ってもいいんだなって 初めて思ったの」と言われた

そういう場所だったのだ

聞いた時はドン引きした

 

 

 

 

それでもやっている時は一生懸命だった

けれど これは本当に人を幸せにするような活動なのか?という疑問がずっとあった

 

(そういった活動などが条件となり積み重ねられ、

その条件が満ちると間接的に人を幸せにする、という考え方なので

目の前の相手を即幸せ気持ちにさせたかどうかはあまり重要ではない)

(どれだけ苦労を重ねるか 自分の欲や怠惰否定できるかの方が

より大きな条件になるという考え方になる)

(親が子を置いて宗教活動邁進することになるのは、そういう仕組みゆえだ)

 

 

 

 

そうして大学からの6年間を

人になかなか言うことができないような生活で費やしてしまたことは

勿体ないことだったと素直に思っている

 

 

勿体なかったと言うと「でもあなたのその過去も今に繋がっているじゃない?」

というような返しを親からされることがあるが

 

 

 

これを言われると いつも胸が詰まり

説明のできないいろんな思いが去来して胸がぐるぐるする

 

 

しなくてもいい苦労というのはある、ということで

誰も「統一教会が許せない」とも「あなたが失ったものを思うと本当に悲しい」とも

言ってくれる人はいなかった

 

私の、誰にも相談できなかった日々、1人苦しんだ日々を

肯定しろ」と暗に言われているような気がするのだ

 

 

私が逃げ出すことによって自分家族も不幸な目に遭って死ぬかもしれない

もしひどい事が起こるなら私に起こしてくださいと

恐怖とプレッシャーに押し潰されながら綱渡りしていた日々を

誰にも相談できなかった日々を

 

 

肯定しないといけないのだろうか?

 

 

 

 

 

 

山上被告統一教会否定してくれたのだ

 

 

 

この状況になるまで誰もそれをすることができなかった

 

 

その事実はとても重いと思う

 

 

 

 

 

 

世間自助自助と言うが

 

 

それは助ける力がない人たちが口を揃えて言う言葉のようにも思える

 

 

 

自助とはそんなに簡単にできることではない

 

 

とても、とても苦しいもの

 

 

  

  

 

山上被告は 自助をする以外になかった

 

それがこの方法だったのだ

 

この方法以外で彼が救われることもなかっただろうと思う

 

 

 

それくらい救いの手が届かない場所なのだ

 

 

 

 

山上被告自分自分を救うしかなかった結果がこれだったのではないだろうかと思う

 

 

 

 

  

 

私が入教して実感したことは、宗教に関わっている人は意外と多い、ということだ

私のいた寮の中にも、親が創価学会だったがそれに反発して統一教会に来た人もいた

(その人は非常に熱心な人だったが その後心身を崩して入院されたりしていた)

 

気になったのは、世話役夫婦奥さんの方はいつも病気がちで寝てばかりだったことだ

いつも辛そうだなと思っていた

断食をしたり敬拝をしたり長時間伝道をしたり 体を酷使することも多かったので

体を悪くしている人も多かった

 

2世の子に会ったこともある

 

 

みんな普通の人たちだ

 

 

ただ 社会では可視化されていなかっただけだ

 

 

 

そこにいる人たちは みんなそれぞれがんばって生きている

 

 

 

 

それを食い物にする、というのがおかしな話で

 

どんな宗教であっても「献金しなければ救われない」というのはおかしいことだと思う

 

 

 

 

 

正直に言えば 宗教法人は本当に好き放題するところは好き放題やっていると思う

人の気持ちは弱いので それで救われるなら払ってしまうわけだけど

 

その人が人生を構築する大切なお金

 

 

なんとかもう少し規制ができてほしい

 

 

 

 

少なくともその行き過ぎた状態が、あのような悲惨事件帰結したのだということを思うと

そこをきちんと、法なりなんなりで整備しないというのは、単純に理解に苦しむ

 

 

 

状況がもう少し良くなってくれることを願う

 

 

 

山上被告がやったことを私は責めることができない

あの事件が無ければ少なくとも私の16年は社会の中では意味を持たず透明なままだったし

こんな話は絶対にできなかっただろうと思う

 

 

 

誰も助けてくれなかったのだ

山上被告も、誰も助けてくれなかったんだろうと思う

 

それを思うと本当に胸が苦しい

 

 

何度も書くが

誰かが助けてくれるはずがないのだ

 

からも気付かれない、社会から気付かれないようになっている

そういう構造になっているのだ

 

 

 

 

本来なら自分のために使われていたであろうはずのお金

楽しい家族旅行、欲しかったおもちゃ勉強するための本、服、車

普通の人が当たり前に経験する友人との時間家族と過ごせた時間

そういうものに付随する思い出全てが

目の前でそのまま宗教団体に手渡されていってしま

 

 

その悔しさ 悲しさ 苦しみを思うと計り知れない

 

 

 

 

私の失った16年  いや、それでは比較にならないほどの苦しみと絶望だと思う

 

 

 

それらは 決して帰ってはこない

 

 

 

 

泡になって 帰ってこない

 

 

 

 

 

 

 

 

私に限って言えば自業自得だったと自分を納得させられる

けれど山上被告に関してはそうではなかったと思う

親が宗教活動にハマるなんていうのは交通事故のようで あまりにも避けようがない

加えてそれを身内がどうにかするなんていうのはほぼ不可能だと言っていい

なんなら母親被害を受けた側、交通事故に遭った側だとも感じられる

 

 

 

内情を知る人の弁護がなさすぎる気がする

法廷ではもしかしたらあるのかもしれないが

 

宗教にどっぷりハマっている身内がいる状況」

宗教にどっぷりハマっているとはどういう状態なのか」

をどれくらいの人がリアル想像できるだろうか

 

 

 

私は最後、逃げ出す前に

世話役夫婦相談をしていた

もしこの人たちがもう少し私に向き合ってくれていたら

私はまだ教会にいたかもしれない

 

けれど最終的な結論として

「ああ この人たちは神に祈りお父様お母様に祈る以上のことはしてくれないんだ」と思った

 

話が一方通行でこれ以上話してもしょうがないと感じられた

 

 

彼らは「神のみ旨」という大義によって動いていて

お父様の言葉、お母様の言葉に終始帰結する

 

それが最終的な答えになるので話ができないのだ

 

「こうこうこういうことで悩んでいる」

と悩みを打ち明けても

「では祈りだ 敬拝だ 献金だ 聖地に行こう」

神のみ旨はこうだ」「お父様お母様はこう言っている」

その堂々巡りになる

 

そこを信じて同じことを繰り返せばいいのだ

それが信仰なのだという教えなので

他の話は通じない

 

 

一切だ 一切通じない

 

 

その虚しさは 本気で話をしようとした人間しかからないだろうと思う

 

皆良い人たちなのだ

信頼もしていた

個人で見れば仲間や世話になった人たちだ 頭が悪いわけでもおかしいわけでもない

 

けれどそうであればあるほど ある一定のところから会話ができなくなることが辛い

 

 

 

逃げた後、私は入教前に元々住んでいたアパートに帰った

入寮時にそこを解約すると家族おかしく思われるのでそのまま残しておく慣わしなの

ただその鍵は世話役夫婦に預ける形になっていて

入教すると元の家には特別なことでもない限り入ることはできなくなる

 

記憶が薄いが、そこに帰れたということは

私はもしかしたらスペアキーを持っていたのかもしれない

 

 

しばらくその部屋には仲間が何度も説得に訪れた

手紙が置いてあったり食べ物がドアの取っ手にかかっていたりした

 

無視をし続けていたところ

ある時、眠っていて目を覚ましたら目の前に女性の仲間(先輩)がいて、私を覗き込んでいた

預けたままになっていた鍵を使って勝手に部屋の中に入ってきていたのだ

心臓が止まりそうなほど驚いたし実際叫んだと思う

 

その人に悪気はなかった

 

けれど、「神のためならそれができる」そういう思考回路になってしまうのだ

「神のために、この人を救わないといけない」

神のみ旨であればこの行いは許される」

そういう思考回路で人の気持ち簡単に踏み躙ってしま

 

 

私は何度も何度も「あなたたちを見ると色んなことを思い出して怖くて震えて辛いので何も送らないでほしい 会いにこないでほしい」と伝えた

 

やがて手紙が来たり食べ物が置いてあるということは無くなった

 

私はその後、1度体を完全に壊したのでその Permalink | 記事への反応(2) | 22:48

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