はてなキーワード: 社会人とは
一人っ子の人は兄弟姉妹のいる人が羨ましい、兄弟姉妹のいる人は一人っ子の人が羨ましいとかいう隣の芝生は青いみたいな単純な話じゃないです。
「うちの子は一人っ子にするんだ」という確固たる意志があるならまだしも(それでもあえて一人っ子を選択する親の気持ちは理解できないけど)、「金銭面で子どもを1人しか育てられないから一人っ子にする」と考えているなら子どもは産まないに越したことないような気がする。
不妊治療でなかなか子どもを授かれないという事情の人はごめんなさい。
そもそも子どもを産まなければお金も掛からないし、1人でも2人でも結局お金は掛かるし。
合計特殊出生率が2を大きく下回ってるから世間では一人っ子が多くなった印象があるけど、子どもを産まない家庭やそもそも結婚しない人が増えているせいで数値が低くなっているんじゃないかな。
実際、学生の頃は学校に数えるくらいしか一人っ子がいなかったし、社会人になってからはめったに見掛けない(わざわざ聞いて回っているのではないけど会話の流れで兄弟姉妹の有無がわかる)。
つまり、あえて一人っ子と決めて産まない限り世間一般の夫婦は普通に2人以上子どもを産んでいるんだと思う。
今まで生きてきてすごく不器用で要領の悪い人生だと自分で感じたから、最近WAIS-IVの知能検査を受けたけど、処理速度がものすごく低いこと以外は特に悪くなくて全体の数値は平均点より少し高かった。
なので一人っ子が私の生きづらさの原因だと思う。
両親は共に一人っ子じゃないのでいとこがそこそこ多く、年の近いいとこと幼少期は会う機会が多かった。
いとこと一緒にいて楽しいこともあれば腹の立つことも経験したので、これが私の人生の中で唯一の兄弟姉妹に近い関係性の取得。
親は「我が子を一人っ子にしたい」という意志があったわけではなく、タイミングとか成り行きで一人っ子になってしまった(子どもは何人欲しいとかいう考えもなかったらしい)。
10代の頃に感じていた一人っ子としての悩みをなるべく考えないように生きてきたけど、最近になってまた一人っ子が少し話題になっているようで。
親の介護や喪主の問題はとっくの昔に理解しきっているつもりで、それよりも一番大きな問題はコミュニケーション能力が培われなかった自分が嫌なこと。
一人っ子はコミュニケーション能力に欠けるというのはよく聞く話だと思うけど、私の経験上あながち間違ってないんじゃないかと思うことがある。
小学生の頃は一人っ子のステレオタイプ通りの子どもだったと今になって思う。
逆に中学や高校では集団生活に馴染めないのに馴染まなくてはいけないという気苦労をしてしまったために少し不登校気味だったこともある。
1人でいることが苦ではないけど、学生生活で一匹狼みたいに過ごすのはそこそこ難しく有利なわけではない。
高校入学してしばらくは真面目に学校に通ってたし成績も悪いわけではなかったので、不登校気味が続いてもなんとか留年せずに卒業することができた。
両親は共に高卒で私に「勉強しろ」とうるさく言う人でもなかったので勉強はそんなにしなかったから大学に進学はしなかった(というか大学に行く発想がなかった)。
就職とかはせずアルバイトをちょこちょこしながら今に至る社会人の私は学生の頃より人間関係で疲れることは少なくなった。
接客業や同世代が働いているような職種を避けてるからかもしれない。
小学生の頃友達の家に遊びに行ったとき、テトリスを知らない私に友達の兄が驚いてたことがある。
私が欲しいと言うまでは家にゲーム機がなかったのでしかたない。
ファッションにも疎く、どういう服を買えばいいのかもわからなかった。
中学生の頃、クラスメイトと一緒に出掛けたときに買った1着をしばらくずっと着ててクラスメイトに指摘されたことがある。
逆に自分の少し興味のあることは深く知りたくなって知識を得るけど、そんな知識は学生生活の日常会話で役に立たない。
一人っ子は争いごとを好まないというけど、それは単に喧嘩の仕方を知らないからだと思う。
生まれたばかりの子犬同士がじゃれ合いながら噛んだり噛まれたりして痛みを知るように、兄弟姉妹もきょうだい喧嘩で他人との揉め方を知る。
もちろん喧嘩っ早いことが必ずしも良いことではないし揉め事に巻き込まれないことは重要だけど、世間は優しくて穏やかな人ばかりなわけでもないし争わないといけないときがある。
そんなときに私は争うことができず、そもそもリングに上がることができなくて。
社会人のいま職場で困ることはないけど学生時代はそれがとても難儀だった。
理不尽な言われようや相手にナメられたような態度をとられたときに、それを相手に怒りで表すことがどうしてもできなくて、ただ黙って我慢するほかなかった。
逆に兄弟姉妹のいるクラスメイトは相手がどんなに強かろうと嫌なことをされたときに全力で怒って歯向かってた行動力に驚いたことがある。
揉めてしまったときの仲直りの仕方もわからず、疎遠になった人もいる。
上手く謝れず、謝罪文じゃなくて怪文書みたいなメールを送ってしまった。
今でも付き合いのある数少ない友達は大切にしたいと思っている。
私から連絡することがなくても定期的に相手から連絡してくれるので嬉しい。
だから私の面倒な性格(これが一人っ子特有の性格なのかわからない)をあえて出さないようにしている。
いくら仲が良い親友がいたとしても、自分の嫌な部分を全てさらけ出すような行為はできないと思うし、兄弟姉妹にはそれができる数少ない人間じゃないかな。
きょうだい喧嘩をしないし親の愛情を独り占めできる一人っ子は性格が穏やかで優しいというメリットがあるらしいけど、そういう人ほど社会で苦労して損をする気がする。
温室育ちの一人っ子は家庭内では問題ないかもしれないけど、理不尽なことが多い社会で暮らしていくには不利すぎる。
理不尽なことが多いきょうだい喧嘩で対処方法を学ぶことができてればよかった。
兄弟姉妹とのコミュニケーションって人生のチュートリアルみたいなもの。
社会人になって職場の人と接するようになってからようやくコミュニケーション能力が培われた。
厳しくても面倒見の良い年上の人に仕事を教えてもらえた機会が多いのもあるかも。
でもそれでようやく必要最低限のコミュニケーション能力を得たというか、それでもまだ世間一般より劣ってるかもしれない。
親に近い年齢ばっかりで同世代の人と関わることは今でも難しい。
兄弟姉妹がいる人なら未成年のうちに得ていた対人能力をアラサーにしてようやく身につけた。
兄弟姉妹がいれば幼少期に経験できたはずの紆余曲折を大人になった今ようやく紆余曲折してる最中。
一人っ子だと教育や習い事のお金をその子に独占的に掛けられるらしいけど、兄弟姉妹がいることによって培われるコミュニケーション能力はお金で買えないような気がする。
中学3年生の頃に「塾に通いたい」という私の要望を聞いてくれて通わせてくれたことがある。
それは私の学力が低くて偏差値の低い公立高校に受かるか怪しく私が危機感を覚えたから。
クラスの中で学力の低い人の大半は保険掛けて私立併願とかしてたけど、私の家の生活水準ではそれが厳しかった。
ピアノやスポーツなどの習い事は後から能力を上げられるかもしれないけど、親でも友達でもない兄弟姉妹との関わりで得られるコミュニケーション能力って一人っ子には一生かけても手に入らない。
「三つ子の魂百まで」と言うし、幼少期に形成された人格を変えることは難しい。
「我が子は一人っ子だから協調性を養うためにボーイスカウトに参加させている」って親もいるかもしれない。
一人っ子の育児本でも協調性を養うことの大切さが書かれているから、あえて我が子を集団生活に参加させるなどの対策がとられている。
でもそれは兄弟姉妹がいれば自然と身につく協調性だし、協調性を養いたいならそもそも一人っ子にする時点で間違っている。
大人になるまでずっとひとつ屋根の下で衣食住を共にする兄弟姉妹相手に、ときたま学童やボーイスカウトで寝泊まりするだけの一時的な人間関係の一人っ子とでは協調性で太刀打ちできるわけない。
一人っ子は天才肌とか芸術センスが高いというメリットも、それは単に親がすごくて生活水準の高い家庭環境に産まれたからだと思う。
本人の努力もあってこそだから芸能界でよく言われるような2世という表現は好きじゃないけど。
でもそんな家庭環境だったら兄弟姉妹がいても変わらないし、一人っ子だから天才肌という理由にならない。
高所得者になればなるほど逆に一人っ子を産む率が高くなるらしいけど、実家の太さというメリットが一人っ子のデメリットを大きく上回るんだろうな。
そういう人は平凡な職種に就かないだろうし。
兄弟姉妹が借金抱えてたりとか犯罪者だとか障害者だった場合はどうするって言われるかもしれないけど、そんなイレギュラーな事例を引き合いに出されても困る。
フラットな目線で考えたとき、兄弟姉妹がいる家庭と一人っ子の家庭ではあきらかに兄弟姉妹がいる家庭の方がメリット高いように感じる。
「一人っ子で幸せ」と本人が言ってるならまだしも、親がそれを言うのは違うと思う。
仮に本人が「一人っ子で幸せ」と思っていたとしても実は一人っ子のデメリットに気づいていないのかもしれないし。
一人っ子の自分を主観的にしか見ることができていない場合もありそう。
世代の違う親でもなく同世代の友達でもなく、血の繋がった同世代の兄弟姉妹が指摘してくれることで客観的に自分を見ることができそうで。
ずけずけと客観的に自分を指摘してくれるのは友達よりも兄弟姉妹だと思う。
ちなみに私は親のことを毒親と思ってないし高頻度で一緒に出掛けたりもする。
あまり友達も多い方じゃないから親と出掛ける頻度が高くなるというのもあるかもしれないけど。
教育ママみたいに育児に全力で情熱を注いでいたわけではなかったけど、私の育て方も間違ってなかったように思う。
そもそも一人っ子の親は子育てが1人しかないパターンなので親自身もその子育てが正解かどうかわからないんじゃないかな。
仮に毒親だったとして、それを一人っ子が判断するのは難しいと思う。
親の愚痴を腹を割って話せるのはあくまで他人である友達よりも共通の親を持つ兄弟姉妹の方が望ましい。
実家暮らしなのに家にお金を入れてないので申し訳ないと思っている。
部屋も散らかり放題。
兄弟姉妹がいないので私のテリトリーを荒らされる環境になかったからそこらじゅうに置いたものも全て安全圏。
兄弟姉妹に私物をメルカリで勝手に売られたエピソードを見たときは衝撃を受けたけど、そういう経験があれば部屋の整理整頓もできるようになるのかなと思った。
そういう経験で嫌な思いをする兄弟姉妹が身近にいるのなら早く自立して一人暮らししようという気になれるのかもしれない。
安全圏でぬくぬく温室育ちの私が実家から出ることは難しいかもしれない。
結婚すれば家庭を築けて親が死んでも寂しくないのかもしれないけど、一人っ子の生涯未婚率が高いというデータもある。
ひとつ屋根の下で親以外の人間と一緒に生活する経験がないから当然かもしれない。
今まで恋愛経験もない私が一人っ子によって欠如されたコミュニケーション能力でどうやって伴侶を探せというんだろう。
いとこが子どもを産んだときに抱っこさせてもらってた親の嬉しそうな顔を見ると辛くなる。
孫が欲しいのか聞いたけど「そんなことないよ」と親は言う。
強がりかもしれないけど。
ここまで書いた内容は反抗期だった学生の頃に親に強く主張してしまったことがある。
もちろん親はどうすることもできないし、気まずくなるだけ。
親と気まずくなってしまうと兄弟姉妹のいない一人っ子の私は家庭内の居心地が悪くなってしまうから大人になるにつれ言わなくなった。
一人っ子を理由にして言い訳を言ってしまう私自身も嫌になるし。
個人的な悩みを兄弟姉妹にうっかり相談して兄弟姉妹から親になんとなく情報が入るケースがあるかもしれないけど、一人っ子の私は悩みを誰にも言わなければ親に知られることは絶対にない。
墓場まで持っていくつもりの内容もあるので、我が子のことを知る術がなくなってしまった一人っ子の親。
一人っ子でも真っ当に生きている人もいるのはわかる。
でもそれは必ずしも一人っ子だから真っ当な人間になれたのではなく、なにか別の要因があってこそだと思う。
そもそも人間社会が集団で生活しなければならない環境なのに、家庭での集団生活が欠如してる一人っ子のメリットなんかそもそもあるわけない。
一人っ子の人が
母親⇔私
父親⇔私
母親⇔私
父親⇔私
私⇔きょうだい
という線の繋がりが圧倒的に増えるから、コミュニケーション能力は嫌でも向上するに決まってる。
兄弟姉妹のいる人は幼少期からコミュニケーション能力が自然と身についているので、本人はそれが兄弟姉妹のいる家庭のメリットだと気づいていないと思う。
あなたが普通に何不自由なく社会生活を送っているのは兄弟姉妹がいたおかげなのを理解して欲しい。
それがわからないと、単純にきょうだい喧嘩や兄弟姉妹の存在が鬱陶しいからってだけでデメリットに感じるのかも。
「きょうだいがいても鬱陶しいだけだし特に話すこともないよー」とかいうレベルの低い会話はしないでもらいたい。
基本的に兄弟姉妹のいる人が一人っ子の人を羨む理由ってレベルが低いこと多い。
おもちゃを買ってもらえるとか写ってる写真の枚数が少ないだとかお下がりじゃないとか。
一人っ子にはそもそも差なんて経験する機会がないのに社会生活を送ることになるよ。
まあ、そんな人も還暦になれば兄弟姉妹がいたことによるメリットを徐々に理解できるようになるし「一人っ子じゃなくて良かった」とか思うようになるだろうね。
私は大学に通ったことがないので博識じゃないんだけど、生物学的にも一人っ子って異常なんじゃないかな。
あえて我が子を一人っ子として産む鮭があれば見てみたい。
筋子が1粒の鮭。
一人っ子の私が親にできる親孝行として、喪主をしない、老後の面倒は見ない、孫の顔を見せない、親より先に死ぬということ。
本当に親のことが嫌いじゃないしむしろ好きだし、育ててくれたことに感謝してもしきれないほどなんだけど、私を一人っ子として産んだことに関しては後悔させてやりたいという思いがある。
彼氏が、私が彼の実家に行くときのために1万円くらいのワンピースを悩んでいたのに、買ってくれなかった。私は学生で、彼は社会人5年目なのに。私の父なら買ってくれると思う。自分の親に会うためにきれいな服を探しているんだから、それくらいの必要なものは買ってくれてもいいのに、と思ってしまった。別にねだったわけじゃないけど…。
もうすぐ55だけど
私はずっとそれを繰り返してきた。
世間では「人間関係リセット症候群」と呼ぶらしい。病名ではないと聞くが、まさに私の人生を表す言葉だ。
最初のリセットは、中学校に進学する時だった。幼稚園から小学校までずっと一緒で、文字通り幼馴染と呼べる友人たちが何人かいた。
学区の関係で、その中学校へ進んだのは私と数人だけ。残りの友人は別の学校へ。
彼らとは、何の迷いもなく連絡を絶った。当時はまだ携帯電話を持っている人も少なく、意識せずとも自然消滅のような形だった。
前回のリセットで「生き残った」幼稚園から中学校まで一緒だった友人たちとの連絡を、あっさりと絶った。
この頃には携帯電話を持つのが当たり前になっていたから、アドレス帳から彼らの連絡先を消し、電話やメールも無視した。すると、やがて連絡は来なくなった。
高校では、また新しい友人が何人もできた。彼らと過ごす日々は新鮮で、過去の人間関係を振り返る暇もなかった。
大学進学で県外に出た時も同様だった。
高校で仲良くなった友人たちの連絡先は、すべて消去した。
メールアドレスを変え、電話は着信拒否。誰からの連絡も受け付けないようにした。
大学では緩いサークルに入り、学部の友人、サークルの友人など、たくさんの新しい人間関係が築かれた。
また新しい土地だ。
大学でできた友人たちの連絡先も、躊躇なくすべて消した。
大学までは親に払ってもらっていた携帯電話も、自分で契約し直し、メールアドレスも電話番号も新しくした。
これで、完全に過去との繋がりは途切れた。
その数年後、私は前職を辞めた。
どうにも職場と合わず、心身に不調が出ていたから、次を決める前に辞めてしまったのだ。
その時、親身になって相談に乗ってくれた先輩がいた。
会社を辞めた後も気にかけてくれ、食事を奢ってくれたり、次の就職活動でエントリーシートを一緒に考えてくれたりもした。
しかし、再就職が決まった時、私はその人の連絡先を消去し、携帯電話を番号ごと新調した。
なぜ、私はこのような振る舞いをしてしまうのだろうか。
まずもって、面倒くさいという気持ちも大きい。
人間関係を維持することには、常に労力が伴う。
連絡を取り合い、相手の状況を気遣い、時には衝突を避けたり、妥協したりすることもある。
リセットすることで、その労力から解放され、一時的に楽になる。
そして、私は共感性が低いのだと思う。
表面上、人間関係を取り繕うことは得意だ。相手の求める言葉をかけ、適切な振る舞いをすることはできる。
だが、本当の意味で友情を重んじたり、誰かの恩に報いたりするという気持ちが、私にはよく理解できない。
なぜそこまで深く関わる必要があるのか、正直なところ意味がわからないのだ。
人間関係は、私にとって代替可能なものだと考えているのかもしれない。
古い関係が切れても、また新しい場所に行けば、新たな人間関係が築ける。
そう信じている節がある。
結婚は、私にとってある種の保険のようなものだったのかもしれない。
その時、一人でいることへの漠然とした恐怖があったのだ。
結婚という形をとることで、最低限の「繋がり」を確保したかった。
そして、子供の存在は、その保険をより強固なものにしてくれた。
結婚し、子どもも生まれた今、さすがにもう、そう簡単にリセットすることはできないだろう。
すべてを置いていって、遠くの知らない土地で新しい生活をしてみたいという欲求が私の中にいるのを、素知らぬ顔で蓋をしているのだ。
中学のとき不登校なりかけみたいな感じだったけど、高校皆勤だった 中学不登校気味だったのは高校の友だちには誰にも話してないけど、なんかその極端さを社会人になって壁ぶち当たったときとかに思い出してふふふとなる まあただ学校登校し始めて3年間幸運にも平日に休むほどの風邪を引かなかったってだけだけど、私の根拠の無い自信のルーツかもしれない
最近はアイドルに彼氏がいてもいいじゃんというオタクが増えてきた気がする。しかし自分には見当違いの意見に思えて仕方ない。
アイドルの彼氏バレは情報流出であるから彼氏がいても良いとかじゃなく然るべき罰を受けるべきではないか。
嫌悪感があるのは彼氏がいるという事ではなく流出経路がファンからの盗撮や彼氏側からの流出、アイドル自身の匂わせでの流出などであるからだ。アイドルが自ら彼氏できましたと発信するならば問題は無い。でも実際そんな事例はあまりにも少ない。彼氏がいても問題ないのであればアイドルは彼氏が出来た時点でファンに報告べきだろう。そうすれば男といる写真が撮られたくらいで一々スキャンダルにならない。大多数の事務所やアイドルがそうしないのは何だかんだいってイメージの低下やアイドルは潔白であるべきと思っているオタクを逃したくないからだ。
問題は彼氏バレの経路がほとんど流出という部分にあり、そこにアイドルの彼氏持ちの可否というめんどくさい事が絡むからややこしいが、れっきとした情報流出だ。本来公表する予定のないものを意図しないタイミングで公表するのだから罰則はあるべきだ。
ファンに盗撮されるケースでは、当たり前だがファンは推しているアイドルがいるという事に気づいている訳だ。そこで男とではなくメンバー等と歩いていたとして公表していない仕事の話をしていたらどうなる。プライベートの事言いふらすファンが悪いとでも言うのか。プライベートであろうと社会人がうっかり会社の情報を聞かれ外に漏らしてしまったら罰則がある、当たり前のことだ。芸能人である以上プライベートでファンと遭遇し認知される事案は避けられないし常に気を使うべきだ。
彼氏がインスタのストーリーに上げたり友達に自慢したことなどからバレるケースはどうだ。アイドルと付き合ってると自慢したくて仕方ないような男が近くにいるのが問題だ。口が軽い男といると付き合っていること以外も言いふらす可能性がある。別れた彼氏から晒されるパターンもあるし、何を流出させられるか分からない。身内に自慢や腹いせで晒すような奴がいて問題ないのかは疑問だ。
アイドルは彼氏が出来た時にファンに報告する覚悟がないなら彼氏の存在を隠すべきだ。流出による彼氏バレなどあまりにも迂闊すぎる。
FIREしたら狂い始めている。
スペックとしては、そこそこの企業でかなりのポジションに行った40歳後半の男性。
偶然にも創業時メンバーだったのでもっていた自社株を売っぱらったら結構な資産ができたのでFIRE。
妻、子供2人。一人は大学入試終えて、もう一人もまあ大丈夫そうなので一息って感じ。
ドがつくほどの文系ライフを送ってきたので、後輩や部下に強く当たったことは一度もない。パワハラ問題やらセクハラ問題とも無縁(これは俺というより企業風土がよかったから)。
というか、後輩にどう接したらいいのか、どうやったら傷つかないのかおっかなびっくり接し続けた社会人生活だった。呼び捨てにするのすら怖いレベル。
そんな俺が、「人に指令できないストレス」で狂いかけている。マジで。威張りたいとか、尊敬されたいとか、本当にそういう感覚ではない。
俺の言葉に重みがないとか、そういう話でもない。リスペクトはいらない。ただ、なんというか、俺が生きる社会生活の座組の中に俺がいない、それが思ったより大分ストレスになっている。
人とのコミュニケーション不足というわけではない。別に家族仲は全く悪くないし、友人も結構いて、年甲斐もなく毎週末は遊びに出かけている。
俺に足りないのは、権力だ。権力。アレほど馬鹿にしていた人を動かす力がないことが、ストレスになっている。狂いそう。
食事をしに行った時に、オペレーションが上手く行っていないとイライラして仕方がない。接客の態度が気になって仕方がない。
webサイトのデザインがダサいのが、気になる。人と人のコミュニケーション一つとっても、「こうすれば相手を不快にさせないのに…」と口を出したくてたまらない。
あらゆる他人の商売が上手くないのが、気になって仕方がない。「こうすればもっとよくなる!俺に指示させろ!」という気持ちが湧いてきて仕方がない。
自分がかつて蔑んでいた、アドバイスおじさんそのものに成り果てようとしている。今ならあのおっさんたちの気持ちがわかる。
権力。ああ、権力がほしい。別に物事が成功するかしないかではないのだ。プロジェクトが上手く行こうが行くまいがどうでもいい。
他人に何かをさせたい。俺の指揮下で、やる気を出し、成果を出すべく動いてもらいたくてたまらない。
権力ってのは、資産だったんだ。工事現場の監督と、その辺を通りがかった俺では、発言力が違うのは当たり前のことだ。権力資本が俺はその瞬間低い。
そして、FIREしたから、それが日常全てになった。社会人だった時には、あったものが、ない。金はある。時間もある。友達もいる。家族もいる。俺は恵まれているのだ。一般論で言えば。
でも、俺の資本、発言力資産、権力資産、立場資産、なんというかそういう資産が0になることをFIREする時は想定していなかった。この資産の喪失を誰も教えてくれなかった。
つらい。とてもつらい。俺の話を聞いてほしいわけじゃない。俺を褒めてほしいわけじゃない。
他人を動かしたい。俺の指示のもと、動かしたい。誰か俺の言う事を聞いてくれ。このままだと、ゴミみたいなクレーマーになりそう。
朝晩の気温差も落ち着いてきて、街を歩く人の服装からもだんだんと初夏の気配が感じられるようになってきた。
でもこの季節になると、私は少しだけ胸が痛む。
大学を出て、希望に満ちた社会人になったはずだった。けれど実際はただ忙しくて、苦しくて、泣くような暇さえなかった。
わたしは何のために働いているの?
朝起きて、職場に行って、気を張り詰めて働いて、帰ったらシャワーを浴びて、倒れるように寝る。気付けば生理が止まっていた。体重はどんどん減っていって顔色は土みたいになり、目の下の隈は隠せなくなった。
謝って、そのままトイレに駆け込んだ。鏡を見ると自分の顔がまるで知らない誰かみたいだった。
私は便器の水をぼんやり見つめていた。何分そうしていただろう。どうして生きているんだろう?と、ただそれだけが頭に浮かんでいた。
わたしは、死のうとしていた。
不思議な夢を見たのは、その夜のことだった。
夢の中の私は学生で、実家に居た。私の傍には猫がいた。小学生のときからずっと一緒に居て、本当に仲が良かった。
優しい猫だった。
夢の中での彼は昔と変わらない優しい目をしていて、すり寄ってきた。
私はただ泣いた。ずっと泣いていた。
現実では涙を流す余裕なんてなかったのに、その夢の中では何時間も泣いていた気がする。
「もう生きるの疲れた」と夢の中の私が呟いたとき、彼が私の脚に身体を巻きつけて止めた。振り返ると、じっとこちらを見ていた。そして、彼は喋った。
男性の声にも女性の声にも聞こえるような声で、まっすぐな声だった。
私は彼を抱き上げて彼のゴロゴロという喉の音を聞いていたら心が安らいで、生きようと思った。
目が覚めたとき、顔は涙でぐしゃぐしゃだった。でも、すっきりしていた。ぐっすり眠れたと思ったのは何日ぶりだっただろう。起きたのは早朝だった。けれど眠気はなかった。
久しぶりにごはんを炊いて、味噌汁を作って、卵焼きを焼いた。しっかり朝ごはんを食べたのは、本当に久しぶりだった。
その日、仕事のことを先輩に相談した。手伝おうか?と言われて、ほっとして、また泣いた。
弱さを出すことが怖くなくなったのは、「生きたい」と思えたからだった。
いま私は、後輩に仕事を教える立場になっている。毎日がすごく楽しいわけじゃない。大変なことも多い。苦しい日もあるけれど、あの日の夢が、私を今日まで連れてきてくれた。
この時期は、当時の私のように苦しんでいる人も居るのではないかと思う。
新卒で、現実に打ちのめされて、心が折れてしまった人が居るかもしれない。
そんな人に、私は伝えたい。
「生きて」と。
そして、生きたいと思えたなら、周りに助けを求める勇気が出てくるはずだよ。
それを伝えたくてこれを書いた。
それが彼に、
俺は診断おりてるし社会生活無理なので企業とかに就職もできないけど、薬もそんな効かないしADHDとASD程度じゃ生活保護も受けれないし他に誰かが助けてくれるわけでもないし、しょうがないから自分ができることしてなんとか工夫して生きてる。
私は子供だと思う。
もう社会人なのに自分のことしか考えられないし自分が損をするのは許せない。親は今の私の年齢の時には私を生んでいたというのに。
今は同棲しているのだけど、家事を私だけやっているという状況がイライラして仕方ない。普段は私はなにもしていなくて、お弁当も夜ご飯も作ってもらって食器まで洗ってもらっている、相手の帰りが遅くて私が作る時は別にいい、一緒に帰ってきたのに私だけが動いているとどうしようもなくイライラする 相手が家事しているときに私はやらないのにね
相手に不満があるわけでもないし、嫌いでもないんだけど、どうしてもイライラする時がある
先日一つ下のいとこが子供を産んだ (私は一人っ子なのでそのいとこが一番身近)
信じられない
心からすごいと思う
絶対妊娠したくなくて18からピルを飲み、出産経験ないのに今はミレーナを入れている私はどうすればいい
元々自然に排卵もしないし生理も定期的に来ないから、ミレーナいれてからは無月経で快適最高生活であと5年は享受したい 排卵してないから妊娠を希望するなら計画的にと言われている まあミレーナの期限的にあと3年で考え時なんだけど、入れ替えるか抜去するか時期も変わってくるからライフステージのことも考えなければならないのに、後3年程度で自分が子供を育てられる気がしない 自分が子供だから でも妊娠出産適齢期なんだよな~とも悩む
プラスで子供にお金をかけたくない、というよりかは、まだまだ自分のために生活したい、お金を使いたいという気持ちが大きい 顔面の気になるところをメンテナンスしたり、舞台やミュージカルもたくさん見に行きたいし、ほかの人や物や自分の将来(こどもとか)にお金をかけるくらいなら自分自身にお金も時間もかけて、もっともっと今の人生を生きやすくなりたい 些細なことで落ち込んだり外的要因で気持ちの浮き沈みが無くなるくらい
実際1か月の給料は生活してたら消えるし、ボーナスもこないだ引っ越ししたら全部なくなって今は口座には12000しか入ってない
でもこう思ってしまうのは悪いことだと考えてしまって、生きづらい 見えない なきなき
皆どうやって生きてるの?
老人に関わる仕事してなくても
これだけ老人が多ければ、すでにわかってる
今の老人の何もできなさとぬるい環境でテキトーに生きてた努力不足感ハンパない
ほんとなんもできない
重税がかかるのはわかりきってる
特に国内の顧客相手に労働者をやる業種なら暗い未来しかないのは丸わかり
(得できるっていうかあんまり重税がかからないのは貧困若手層、障害者、非課税世帯だからそれだけが勝ち組)
いわゆる健康で、それなりに稼げて社会人生活できるやつが1番損する
国外に出てるなら出たほうがいいけど
体調を崩している中で、図書館に行ったり、漫画リエゾンを読んだりして、増田自身が今までいじめられたことが何度かあったことを思い出していた。
おおよそ各コミュニティごとにいじめられていたと言っても構わない。
同僚は今までいじめとかもなかったと言っていたが、私立中学とかなら、ある程度の足切りあるもんな、と思っていた。
医師に薬なくてもいいと思いますけど…、と言われたが、薬を試すために心理検査三万円を払ったのだ。
とはいえ増田はあまりADHDもADDも困っていることはなかった。先延ばしにはしない。確定申告も料金も早めに終わらせる。タスク溜まるのが嫌な方だ。
薬はASD向けにはないそうだ。本当はこっちをどうにかしたい。
集団行動苦手だ。団体で移動するときとか、近くの人と話したりしだしてペアになっていくとき、孤立しないかひやひやする。
中学校のときや社会人になってのいじめの原因というかきっかけのようなものがあるとするならこれ、というのはある。
でも個人に対して嫌だなと思われたとしても周りを巻き込んで省いたりするものなのか、とびっくりした。
部活の同期や部署の同期にいじめられる。先輩後輩からの心配の目。うまくやれない自分が悪いのか。
https://www.tachibana-akira.com/2023/11/14951
リエゾンでもみいちゃんと山田さんでも発達障害の子の話が出てくる。
発達障害かどうかはわからないが、もう手立てはない、おしまいだ。と思っていたが、とりあえずASDが案内されるカウンセリングをしようと思う。高いとか言ってられない。
どっかのコメントで発達障害は働くのが無理だとあった。でも裕福ではないし、才能も特技もないから会社という集団に属さないといけない。
嫌われるのはきつい。
異性が増田の同性に聞こえるように、増田に嫌われてるっぽいんだよね、と言われたのはきつかった。
3人のときに絶対増田と隣になりたくないと思ってる人もいて、後輩は一番後ろを歩こうとするし、なんなんこれ超ストレスなんだが、と思って摂食障害になった。
一部の部署の同期から間接攻撃を受け、上司や先輩からパワハラを受けていた。
やり返す気力もなく、亀のように縮こまっていたら、本当に動けなくなって適応障害で休職になった。
最初一緒にいた子は性格きつそうな子が横入りしてとっていった。
仕事ができない。
持続的なコミュニケーションが苦手だ。
増田が得意寄りの発想力とか行動力とかは他の人で代替できると思う。
どうしたらいいんだ。
いじめられないように、普通にしようと流行りを調べて、おかしなことはしないようにしている。
そもそも地元と違う文化圏に入って行ったのも間違いではある。余裕がない。
親も頼れない。
小説の編集部が複数あるような大手出版社で働いている編集者です。
元々はWeb小説で活動していた方で、弊社での書籍化よりも前に他社からデビュー済みでした。
ネット連載中の作品が、独特な設定や構成で注目を集めており、当時のトレンドにも合致していて非常に面白かったため、「ぜひうちで本にしませんか」とお声がけしたところ、書籍化が実現。
結果として、予想を上回るスマッシュヒットとなりました。業界内での評価も高く、名の知れた作家たちからも絶賛の声をいただきました。
ここまでは本当に良かったんです。
でも、問題は書籍化以降の作家さんの対応です。正直に言ってしまうと、非常に扱いづらい。いや、面倒くさい。
最近の読者は、作品に対して建設的な感想を述べたり、良い点を積極的に見つけようとする人が多いです。
そのため、批判的なレビューは少数派ですし、ある程度売れた作品になれば多少の酷評が混じるのも仕方のないことだと思っています。
ところが、うちの作家さんはそれをどうしても受け入れられない。
自分で検索して低評価のレビューを見つけるたびに、「この人は頭がおかしい」「日本語が読めてない」と激昂。
「出版社の力でこのレビューを削除できないのか」と要求されたこともあります(無理です…)
編集者としては、とにかく作家のモチベーション維持が最優先なので、「ですよね、頭おかしい人たちですね、文盲ですよね」と適当に相槌を打ちつつも、心の中では
(いや、このレビュー、わりと的を射てるな…)
と思ってしまうこともしばしば。
それでも、現時点で多くの人に「面白い」と思ってもらえるだけの力を持っているのは確かです。
ここから作家としてさらに成長していくには、そういった欠点を自覚し、克服するか、もしくは欠点を補えるだけの長所をさらに伸ばす必要があると思っています。
でも、うちの先生はネガティブなレビューには激しく反応するだけで、内容を冷静に受け止めようとはしません。
むしろ、好意的なレビューですら自分に都合の良い部分だけを拾って読んでいるような節さえあります。
うちでの二作目の準備中のこと。前作で見られた弱点がさらに顕著になってきており、さすがに長所だけではカバーしきれないと判断し、修正をお願いしました。
すると、返ってきたのは聞き取れないほどの早口による罵詈雑言。命の危険すら感じました。
後になって思い返してみると、「編集者ごときが俺の傑作に口を出すな!」という趣旨のことを言っていたようです。
その一件で、もうどうにでもなれという気持ちになり、原稿をそのまま受け取ってしまいました。売り上げや読者の反応がどういった結果になるのか怖くて仕方がありません。
詳細はわかりませんが、最近は他の作家ともトラブルを起こしているらしく、あの性格ならあり得るな…と納得しつつも、頭を抱えています。
作家というより、社会人としてどうなんだ?と思ってしまう場面も多く、前にいた出版社では一体どれだけ甘やかされていたんだろうと疑問すら感じます。
そんなこんなで、すっかり心が折れてしまいました。
現在進行中の本が出たら、上司に掛け合って担当を外してもらおうと決意しています。
私には猛獣の世話は無理でした。