遠い雷
- 2008/05/29 23:00
- Category: 好きなこと・好きなもの
朝目を覚ますと雨が降っていた。やっと乾燥した天気を手に入れたかと思ったが4日と続かなかった。乾いた天気と言いながらも昨2日間は湿度の高い不快な気候で、空をギュッと絞ろうものなら大量の水分が滴り落ちそうであった。多分、一年で一番素敵な時期であろうこの時期にこの天気は残念すぎた。降るなら潔く降ってくれ。そう天に向かって言ったところ、いとも簡単に雨が降ったが、私のあの一言のせいだろうか。いいや、多分そういう予定だったに違いない。昼を過ぎた頃、雷が鳴りだした。私は雷が嫌いで好きだ。それはどういうことかというと、大きな音で威嚇するような雷は嫌いだが、遠い雷は好きなのだ。子供の頃、夜中に鳴った大きな雷が怖くて姉の布団の中に潜り込んでは散々嫌がられた。姉には怖いものは殆どなくて、こんな雷は何でもないと言わんばかりに笑っては、どうにかして自分に纏わり付く弱虫でへなちょこの妹を布団の中から追い出そうとあの手この手を考えた。そうしてようやく思いついたのが、それぞれの布団の中に納まりながら妹と手を繋ぐことだった。そうすることで小さな弱虫な妹はちょっぴり安心して眠りに付くことが出来たのだった。遠い雷は良い。何か心を落ち着かせる秘密が含まれているかのようだ。初夏の夕方、傘を持たずに出掛けた姉を迎えにバス停へ行った。日曜日の夕方だった。母に言いつけられて姉の傘を持って家を出ると、私の嫌いな雨が降っていた。遠い雷が鳴っているのが唯一の救いだった。その頃から私は遠い雷が好きだった。長い坂道を下りきって今度は上り坂になった辺りで雨が小降りになった。もしかしたら止むかもしれない。そう思いながらバス停へ行った。姉が乗っているバスが着く頃には雨はすっかり上がり、レモン色の陽射しが辺りを照らしていた。初めてデートをしたのだ。水溜りに気をつけながら肩を並べて歩いていると、そう、姉が告白した。嬉しそうな顔で、しかし母にも父にも内緒だと言った。初めて姉と秘密を共有できることが私には嬉しくて、うん、と大きく頷いた。向こうに家が見え始めた頃、空は青く大きな白い入道雲が浮かんでいた。遠い雷には良い思いでも含まれている。