ご馳走

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今朝窓を開けて歓喜を上げたのは、驚くほどの緑のせい。このところ天気が芳しくなく、雨が降ったり止んだりしている。私達人間は、そんな雨に辟易して、ああ、今日も雨が降っていると言っては溜息をつくのだが、樹々や草花は潤いを得て両手を広げて喜んでいるように見える。彼らが嬉しいならば、と眩しいばかりの緑を眺めながら思うのだが、この天気が来週になっても収拾がつかないという話を聞くとそうもいかぬ。空よ、私達は青い空と太陽の光が欲しい、と声を掛けてみたけれど、空は聞いてくれたかなあ。

天気はこんなだけれど、ボローニャ旧市街の食料品市場界隈は季節の野菜で美しい。アスパラガス、トロペア産の玉葱、そら豆やら何やら。見ているだけでも楽しいが、良いのが並んでいる時はやはり素通りできない。今日はアスパラガスをトロペア産の玉葱を一束づつ購入した。どちらも色が濃く、鼻を近づけるといい匂いがした。此れは上等。この程度のことでうきうきして足取りが軽くなるので、君は本当に単純だねえ、と相棒に笑われるが、単純で結構、其れにこうしたことで喜べるのは幸せなこと。鍋たっぷりの湯にひとつまみの岩塩を入れてぷっくりしたアスパラガスを茹でたら、飛び切り美味しかった。此れはご馳走。小さくて厚みのある牛のフィレ肉が大好きだけど、其れに相当するご馳走。昔、私がボローニャに暮らし始めた頃、何でもかんでも手作りする夫婦と交流があった。そもそも卵も庭の鶏の産みたてだったから、彼らが作るマヨネーズの美味しさは夢のようと表現するしかなかった。切った生野菜にマヨネーズを付けて食するのではなく、マヨネーズを食するために野菜が存在するのだ、とあの頃の私は思ったものだ。新鮮な卵が手に入ったら是非とも自家製マヨネーズを、と思うのだが、さて、一体何処でそんな新鮮な卵が手に入るだろう。

昨日の満月は見えなかった。分厚い雨雲の向こう側に存在しているのだと思いながら、幾度も窓の外を眺めた。もしかしたら、もしかしたら。一瞬でも見えたらと思って。明日はどうだろう。満月でなくてもいい。私は夜空に輝く月に会いたい。




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25度

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今日は気温が随分上がった。25度だそうだ。但し、家の中はヒンヤリしていて、テラスにでも出なければ此の春の気候の恩恵にあずかることは出来ない。其れにひとたび風が吹けば肌寒く、25度とはいえ、まだまだ油断がならなぬ。だから薄着をする人は多くない。この暖かさも今日だけで、明日には雨が降って気温は急降下。なかなか安定しないけれど、其れもこれも春の印と思えば納得できるというものだ。栃ノ木の花の蜜を集めに蜜蜂の群れがやって来た。居間の前にある栃ノ木は、この辺りでも大きい部類の属するだろう。何しろ日本で言う4階の建物ほどの高さなのだから。そんな大きな樹の花が満開なのだ。かなりの蜜を集められるに違いない。それにしても栃ノ木の花の蜜はどんな甘さなのだろうか。想像を膨らませながら過ごす日曜日の午後はなかなか愉しい。

親愛なる友人達、顧客達へ。そんな言葉で始まるメールが届いたのは土曜日の昼過ぎのことだ。以前足繁く通った、フランス屋の店主からのメールだ。フランス屋はとっくの昔に無くなり、今は別の色合いを持つ別の店になったというのに、私にとっては未だにフランス屋である。フランスのワインやチーズ、フォアグラを楽しむことが出来るから、フランス屋と呼んでも決して間違えではないだろう。2月末から2か月店を閉めていたが、ようやくイエローゾーンに辿り着いて店を再開できるようになった。もっとも店内での飲食は出来ないけれど、店の外に出されたテーブル席につくことが出来るだけでも嬉しいではないか。と思いながら、さて、あの店の外にテーブル席などあっただろうかと頭をひねり、車が通らぬ通りに面しているから許可を貰うのは安易なのだろうか、などとあれこれ想像する。本当を言えば、独りでふらりと立ち寄る時は立ち飲みワインが好きである。グラスを片手に店の中のものをあれこれ眺めるのが好きだし、店主や居合わせた知らない客と話をするのが好きだから。テーブル席に着く時は、友人と一緒の時がいい。よく独りでゆったり腰を下ろして食前酒を堪能している客がいるけれど、私には似合わない。うん、全然似合わないのだ。兎に角これで仕事帰りの寄り道の楽しみが増えた、と私は独り笑う。明るい仕事帰りの寄り道ワイン。こんな楽しいことって、ない。

冬の間中活躍した、黒いショートブーツ。手入れをしているつもりだったが、随分とくたびれてしまった。それで、今日はテラスで靴を磨いた。ピカピカになって気付いたのは、踵とつま先が痛んでいること。近日中に靴の修理屋さんに持ち込むことにしよう。そうして綺麗になった状態で次の冬まで休憩。代わりに軽快なモカシンを引っ張り出そう。素足でモカシンを楽しむのも、もう時間の問題だ。




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ボローニャ

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土曜日。背中の痛みと反比例して、空が青く高い。太陽の光がダンスしているように見えるのは、少し風が吹いているせい。テラスの前の大きな菩提樹の樹の枝がゆらゆら揺れる度に、木漏れ日が揺れ動く。其れを猫は捕まえようとして、私を大いに笑わせてくれた。朝から笑うのは良いことだ。良い一日になる兆候。それにしても私の背中はどうしてしまったのだろう。

今日は朝からクローゼットの中を整理した。冬物をクリーニングに持っていこうと思って。寒さが行ったり来たりしている。昨晩テレビのニュースで例年よりも気温が低い4月であると話していたが、その証拠が暖房の使用期間延長だった。例えばボローニャ。市の決まりで4月15日までと言われていた暖房使用が26日まで延びた。やはりいつもより気温が低い4月なのである。しかし流石に冬のコートは不要であろう。まずは厚手の真冬のコートを引っ張り出し、そして冬の終わり、春の始まりに活躍する薄手のコートを取り出した。暖かいストールも不要だろう。あれもこれも引っ張り出したら、随分な量になった。それらを抱えて近所のクリーニング屋さんに持ち込むと。どうやら今日はそんな客が多いらしく、持ち込まれたばかりの冬物の山が奥の方に見えた。忙しくなるわね、と言う私に、忙しくて有難いと女店主が笑う。そうだ、今は忙しいのが有難い世の中になった。けれども程々にと互いに相手を窘め合って、私は店を出た。
家に戻って黒いビニール袋を手に取りもう一度家を出た。路上に置かれたゴミ箱に捨てようと思って。イタリアは路上に並べられた市の大きなゴミ箱に毎日捨てることが出来るが、近年変化があり、私が暮らす界隈ではボローニャ市が発行した登録カードを持つ人だけがゴミを捨てることが出来る。私が暮らす界隈では、と敢えて言うのは、他の界隈へ行けば事情が異なり、昔ながらの大きな市のゴミ箱を誰もが開けて投げ込めたりするのだからだ。2年も前から始まったその新しいシステムがまだボローニャ市全体に浸透していないのが不思議ではあるが、恐らくそのうち何処でもそのシステムが使われるようになるのだろう。多分来年、多分再来年。此れは誰にも分からない。ところでこのシステムに代わって2年が経つというのに、私はこのカードを使ったことがない。理由は何時も相棒が、出掛けるついでにゴミを持っていくからだ。そういう訳で初めてカードを使ってのゴミ捨て。なあに、難しいことはない。カードの裏に付いているバーコードを、ゴミ箱に備え付けられている機械に翳せばいい。すると小さな蓋が開いて其処に袋を置いて後はくるりと中に入っていく仕組み。ほら、こんな風にね、とカードを翳したが蓋が開かない。あら、開かない。もう一度。もう一度。もしや機械が故障しているとか。もしやカードのバーコードが駄目になっているとか。諦めて帰ろうかと思っていたら、背後から大きな声がした。あなた、其処じゃなくてもう少し下の方にカードを翳さなくちゃ。振り向けば背後の建物の上階の窓から、昔は見事な金髪だったに違いない70歳を過ぎたくらいのシニョーラが、上半身を乗りだしていた。空が青いなあ、天気がいいなあ、春だなあなどとなどから外を眺めていたのだろう。そこにゴミを捨てられず困っている不器用な東洋人を階下に見つけ、黙っていられなかったのだろう。ボローニャでは時々こういうことがある。えー?此処ですかー? えー?もっと下の方―? 私も大きな声を張り上げてシニョーラに訊き返す。其処、そうそう、其処。もっとカードを近づけて! そんな風に教えて貰いながら、やっとゴミ捨て完了。踊らんばかりに喜ぶ私に上階のシニョーラも、私達のやり取りを見ていた通りすがりの人達も大いに喜び、今考えてみれば馬鹿馬鹿しくも情けない話であるが、実に愉快なことだった。親切な人はまだまだ沢山居る。世の中満更悪くない。

止めとけばいいのにあれも此れもしたので、背中の痛みが倍増した。こういう晩はオーブン料理にするといい。材料を切って突っ込んでおけば、後はオーブンがどうにかしてくれるから。其れに美味しい。だから私はオーブン料理が大好きだ。これに美味しいワインとパンがあればいい。無いのは大好きなフランスのチーズ、36か月寝かしたコンテ。此ればかりはボローニャで手に入らぬ。そろそろフランスに足を延ばす時期がやって来たのかもしれない、などと言ったらば、相棒は目をぐるぐるさせて呆れていたけれど。




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ツバメを眺めながら

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金曜日は朝から二度寝して朝寝坊。あまりないことなので、如何に疲れていたかがよく分かる。おかげで朝からばたばたしてしまったが、案外うまく一日を過ごした。家に帰ってきたら一週間の緊張が解け、腰を下ろしたら立ち上がれなくなった。私はどうしてしまったのだろうと途方に暮れながら、其れでも何かをしたい気持ちと食欲があるから大丈夫だと自分に言い聞かせる。猫は人の気持ちが分かる動物で、座りこんだ私の横にぴたりと身体を寄せて、私の顔を覗き込む。可愛い私の猫。有難う。大丈夫だから。そんなことを言いながら猫の背を撫でると、気持ちよさそうにグーンと伸びをした。そうだ、私もストレッチをしてみよう、と猫を眺めながら考えた金曜日の夕方。

ボローニャは来週の月曜日からイエローゾーンに昇格して、少し変化するようだ。店の外のテラス席でカフェを楽しむことができるようになる。店内のカウンターやテーブル席はまた使用不可らしいけれど、それにしたって随分の進歩である。少なくとも私には。長いこと持ち去られぬように括り付けられていたカフェのテラス席の椅子たちもきっと喜ぶに違いない。例えばマッジョーレ広場に面して建つサン・ペトロニオ教会の裏手の広場。ここはカフェ・ザナリーニのテーブル席が並ぶ場所で、ちょっとした特等席。夕方の空を飛び交うツバメを眺めながらワインを頂くのは、ちょっと素敵な気分になる。他の店より値段が高いが、素敵な状況の場所代だと思えばいい。少なくとも店内での時間を楽しむことが出来ない今は、値段以上に価値あることだと私は思う。
ふと思いだしたのは、私と相棒がアメリカを離れた日のことだ。5月下旬で日差しが強く、陽気な空気の日だった。私達の親友が空港まで送ってくれて、空港の入り口で別れの言葉を交わした。3人で抱き合いながら大泣きして、何故私達はボローニャへ発つことを決めたのだろうかと思った。一生の別れじゃないのだからと口々に言いながらも。あれから26年が経とうとしている。私はあのアメリカの海の街が大好きだった。そして大切な仲間たち。それらは私の宝物だったから、長いこと私の決断は間違っていたのではないかと、口には出さずとも心の隅で思っていたけれど、これでよかったのだと、心に浮かんで私はひどく驚いた。ボローニャに暮らし始めてから私の人生は常に曲がりくねり、急な上り坂が長く続いたかと思うと恐ろしい下り坂であっという間に落下して。一体私は何をしているのだろう。どうして此処に居るのだろうと思っていたというのに、これで良かったと思えるようになるとは。諦めではなく、受け入れたと言う感じ。歳を重ねて、色んなことが分かるようになったのだろう。空高く飛ぶツバメを眺めながら、ようやく気持ちの整理がついて気分が良いと思った。随分と時間が掛ったけれど、其れが実に私らしくて、あはは、と笑いが零れた。

さあ、週末の始まり。特に何の予定もないけれど、散歩をしたり、本を読んだり、気に入りの友人と長電話をしたり、ほんの少し絵を描いてみたり。したいことが盛りだくさん。良い週末になる予感。




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運がいいとか悪いとか

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少し体調を崩して数日経つ。でも、普通に生活することを心掛けているのは、一旦静止したら前進する勇気を失いそうで怖いからだ。だから躓きながらも前に歩む。今私に出来ることと言った其のくらいしかない。そんな私の支えは、窓の前で花を咲かせる栃ノ木。此の家に住んで6年経つが、此れほど花を咲かせたのは初めてのこと。夜もすっかり暗くなると薄い桃色の白い花が闇に浮かんで実に幻想的。うっとりするという言葉は、こういうことに使うのだろう、そんなことを思いながら、晩の時間を過ごすのは至極幸せ。

今日は夕方雨に降られ、終いには雷まで鳴り響いて散々な帰り道だったが、家の近くに来ると道は何処も濡れていず、私の手にぶら下がったずぶ濡れの傘に目を丸くして人々が通り過ぎてゆく。傘ばかりでない。靴も衣服も鞄も強かに濡れて、私は明らかに異星人だった。行きつけのクリーニング屋の亭主が店仕舞いの支度をしていたので声を掛けたら、なんだ、なんだ、君は一体どうしてそんなに濡れているんだい、と枯れた声で驚くものだから、すっかり気持ちが萎んでしまった。勿論彼に悪気はなく、単に私がずぶ濡れだっただけだ。
家に帰ると忙しい。日中家を留守にしているから、家事は帰ってからが勝負なのだ。あれも、これもと動き回る私に、猫は大きな伸びをして見せた。もう少しのんびりすればいいのに、と言うかのように。それもそうねとソファに腰を下ろし、音楽などを流してみたら、忙しく動き回っているのが馬鹿らしくなり、ちょっと目を瞑ったらすぐに寝落ちた。昼寝も嫌い、夕方に眠るなんて考えたこともない私が、あっけなく眠りに落ちた。それ程疲れていたのかと、目を覚ましてから気がついた。
そんな私に相棒が夕食を準備してくれた。そして気に入りの最後の一本の赤ワイン。簡単な夕食だったけど、私にはご馳走だった。もう少し緩く生活してみたらどうだろう。相棒にそう言われて、その通りだと思った。そうしたら、もっと色んなことが見えるだろう。何が大切か、何が価値あることか、気がつけなかった様々なことが見えてくるのかもしれない。

雨に濡れて散々だった帰り道。けれども、そんなことに気がつけたのは運が良かった。明日はどんな一日。ツイてないと思ったらば、その後にきっと良いことが待っている。




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