ひとり暮らしと長い夕方

明日は祝日、俗に言うメーデーだ。木曜日が祝日の今回は金曜日も休みにして4連休という会社が多いらしい。残念ながら私は連休ではないけれど、先週の3連休の後なので別に不満はない。何処へ行く予定もないのだから。いいや、もし4連休だったら何か予定を立てたかもしれないけれど。良い天気にさえなってくれたら、それで充分満足である。連休を楽しむために出掛ける人々もそう願っていることだろう。それにしても緑が美しい。今年は雨が頻繁に降るので街にしろ丘にしろ山にしろ、美しい緑が生い茂っている。歩きながら樹々を観察するのが大好きだ。花が咲いていれば尚更fだけど、そうでなくても目を惹きつけて離さない。樹と言っても沢山の種類があってそれによって緑の加減が違い、そしてそれらを包む陽射しの強さや空気の色によっても変わってくる。私が好きなのは日差しを浴びながらゆらゆらと風に揺らぐ樹、さらさらと音をたててそよぐ葉だ。そういうものを見つけては足を止めて堪能する。そういうことに関心のない私の知人は、そこにそんな樹があることすら気が付かなかったと言って私を驚かせる。世の中には色んな人がいるのだ。それで良いのだ。けれども小さなことにも気が付いて感動したり感心したりすることが出来たらば、人生楽しみが増えてよいのではないかと思うのだが、さてどうだろう。寒くもなく暑くもない、そんな4月最後の日、私はまたひとり暮らしを始めることになった。3歩進んで2歩下がると昔誰かが歌っていたが、ここ数ヶ月の私の人生ときたら1歩進んだと思うと3歩も下がってしまう。一向に前進しないのである。そんな中でのひとり暮らしを淋しいと思えば淋しいが、正直言うと私はそれほどそれを悲しんでいない。今回のひとり暮らしは満喫しようと思っているのだ、昔みたいに。何しろ良い季節なのだ。仕事帰りに寄り道したり、たまには友人と食前酒などを楽しむと良い。長い夕方を楽しむ絶好のチャンス、そう思うとたとえ3歩下がっているとしても、まあいいか、と思えるものだ。少し心が逞しくなったようである。

栄養

ボローニャ旧市街の真ん中にある食品市場界隈。ここを歩くのが好きだ。買い物も宜しいが見ているだけでも目に楽しく、栄養分が伝わってきそうである。特にこの春は天候不順、天候不安定。昨日の暖かさが嘘のように冷え込む今日、がっちり着込んで外出したって栄養をしっかりとっていなければあっという間に体調を崩してしまうと言うものだ。瑞々しいシチリア産のオレンジに代わって今一番美味しいのは苺。出始めの苺より更に赤くて更に甘い、国産の苺ばかりだ。もうじきさくらんぼが出回るに違いないが、何時だって出始めはスペイン産で国産ものはその数週間後である。要するにスペインはイタリアより一足先に季節を歩んでいると言うことか。そう思うと次の人生はスペインで暮らしてみたいと思う。私にはやはり暖かい土地が宜しい。それから今美味しいものと言えばアスパラガス。香りの高くて柔らかいアスパラガスが信じられないくらい安く手に入る。この時期を逃してどうしよう、と言わんばかりに私は何かにつけてアスパラガスを食べている。とは言っても頂くのはいつもグリーンのアスパラガスばかり。ボローニャから少し北上したところにあるbassano del grappa (バッサーノ・デル・グラッパ) 特産の白いアスパラガスを未だに頂く機会に恵まれていないのはどうしたことか。話によるととんでもなく柔らかくてとろけるような旨さなのだそうだから、毎年この季節になると、今年こそbassano del grappa へ行こう! と意気込んでみるが今年も全然実現される気配はない。いつかのお楽しみにとっておく事にしようか。綺麗な洋服やアクセサリーを飾る大きなショウウィンドウを見て歩くのも楽しいが、日々入れ替わる自然の産物を見て歩くのも楽しいと思う。結局先ほど見つけた美しいシルクのスカーフではなく、収穫したてのサラダ菜や柔らかそうなアスパラガス、艶やかな赤いトマトと山盛りの甘い苺を買って満足する私である。

足音

先週の連休の真ん中の日、青い空が私を外に誘い出してくれた。丘の町ピアノーロですら19度あるのだから、ボローニャはどんなに暖かいことだろう。そう期待してボローニャの街へ繰り出してみたが、実際はピアノーロと大差がなくてほんの少しがっかりだった。それにしても大変な賑わいであった。連休を楽しむイタリア人達だけでなく、沢山の外国人たちを見かけた。老若問わずの夫婦者や若者グループ、家族連れ。ああ、ボローニャにもこんなに沢山の人が来るようになったのだなと嬉しくもあり、そして秘密にしておきたかったような気もして、その微妙な心境に苦笑した。街の中心を背にして私はvia castiglione を歩き始めた。この道を真っ直ぐ歩いていくと友人の両親が営む小さな花屋がある。まだ昼休みで閉まっている時間だった。彼らを訪ねる気はなかったが、店の前まで歩いてみたくなったのだ。少し行くと左手に大きな教会の建物がある。ex-chiesa di Santa Lucia (旧サンタ・ルチーア教会)だ。現在は大学が所有しているそうであるが、私はこの旧教会の建物がとても好きでこの前に来ると必ず足を止めてその頂を見上げる。建物の前の石段にはいつも誰かしら座っていて新聞を読んでいたり本を読んでいたりする。今日は誰も居なかった。ああ、静かだな。そう思っている傍から4人の若者がやって来て、楽しそうに話し出した。アメリカ人の若者達であった。耳をそばだてて聞いていると彼らもたいそうこの建物が気に入ったことが分かった。喧しいが、まあ宜しい。好みの一致に私はとても寛大であった。そんな彼らを後にしてその先に続く天井のとても高いポルティコの下を歩き出した。昔は修道院だったこの建物も現在は大学の所有物だ。継続されなかったのは残念だけど、こうして別の所有者が建物を維持してくれるのは有難いことでもある。特にこのポルティコの美しさと言ったら。ここを歩くといつも気持ちが穏やかになる。誰一人居ない時は尚更だ。誰も居ないポルティコの下を歩くと、カツーン、カツーンと自分の足音が響き渡った。それはとても贅沢な瞬間であった。

リラの花の匂いがする

何時の頃からかリラの花が好きになった。日本に居たらば見ることもなかったであろうリラの花を、ここではごく当たり前のように見ることが出来る。尤も私の家には庭がないので他所の庭の前を通る時に目にしたり、それとも公園を歩いている時にであるけれど。リラの花が好きだ。何がどう好きなのか言葉にするのは難しい。薔薇のようなエレガントさではないし、百合のような凛とした姿でもない。普通だけど微笑を誘う、心が温かくなる感じ。そうだ、そんな感じなのだ。リラの花の存在を知った頃、私はまだ見ぬその花を色々想像したものだ。初夏の陽射しがリラの花が咲く木の間からこぼれ、その下をゆっくり歩く・・・そんなことを想像したので初夏に咲く花だとばかり思い込んでいた。いや、初夏の花だと思い込んでいたからそんなことを想像したのかもしれなかった。どちらにしろ、リラの花は春先に咲く春の象徴的存在であることをボローニャに暮らして初めて知った。先週のこと、自分の庭に咲いていたと言うその花を幾つか折って持って来てくれた人がいた。花を貰うのはどんな時だって嬉しいが、それがリラであったなら尚更だ。花はいつか枯れてしまうもの。だけど一日だって長く見ていたいと思って毎日水を替えた。リラの花の匂いがが部屋の中に漂って、暫く息を潜めてひっそりし過ぎていた家に彩りと安堵を与えてくれた。切り花の宿命はいつか枯れて捨てられてしまうこと。だから嫌だと言う人もいるけれど、私は嫌ではないにしろ花を捨てる瞬間はやはり淋しい思いが募る。そして遂にすっかり花が枯れた。花を処分した、ごめんねと言いながら。

カフェ

ボローニャ旧市街をぐるりと取り囲む環状道路を背にstrada maggiore を歩く。この道を真っ直ぐ歩いていくと街の中心の2本の塔に辿り着く。もう何度も歩いた道、何処に何の店があるか思い浮かべることが出来るくらいだ。暫く歩いているとこんなカフェを見つけた。あれ、見覚えがないな。そう思いながらと通り過ぎて、また後ろを振り向いた。最近出来た店だろうか、それとも店はあったけどポルティコの下にテーブルを出していなかったから気が付かなかっただけなのか。思い巡らしてみたが、記憶の欠片ひとつなかった。私はぼんやりした人間なのだ。色んなものを見ているようで、実は何も見ていない。ところが、人生にあまり役立たなそうな小さなことだけはよく観察していて、脳みその小さな手帖に書き留めているから、時々周囲を驚かす。いや、しかし本当につまらないことしか覚えていないので自慢にはならないのだけれど。兎に角私の脳みその小さな手帖にこのカフェの存在は書き留めていなかったわけである。strada maggiore には興味深いカフェが幾つかある。面白いことに50mの間に幾つものカフェが立ち並んでいて、私はそれらのカフェの前を通り過ぎる度に、どうして彼らはこんなに近くにカフェを営むようになったのだろうか、と不思議に思うのだ。しかし皆良い味を出している。三人三様。そんな言葉がピッタリで、互いの色を競っているかのようだ。何処もそれなりに客が入っていて旨く経営しているようだ。そこから少し離れた道の向こう側にこのカフェはあった。客は、いない。ああ、やはり新しいカフェなのかもしれない。まだ馴染み客がいないのかもしれない。しかし近いうちにこの店も人が居ついてポルティコの下の席は一杯になるであろう。私が思うにボローニャの人達はカフェで過ごす時間とお金を惜しまない。そこで過ごす時間を大切にしているかのようでもある。そして私が思うにそれは多分、ボローニャに限らずイタリア、そして世界に共通していることかもしれない。

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