無花果の実
- 2014/07/30 06:42
- Category: bologna生活・習慣
雨が降りそうな気配の夕方、私と同僚たちはまるで逃げ出すようにして職場を出た。こんな季節に夕方を楽しまなくてどうする。と言わんばかりに。風がひんやりしているのは、何処かで雨が降っている証拠だった。
家にまっすぐ帰るでもなく旧市街に立ち寄ったのには訳はない。でも、こんな涼しい夕方だから赤ワインでも頂こうかと思いながらポルティコの下を歩いた。歩いていたら私の気に入りの八百屋さんが何時になく閑散としていたので、急に立ち寄りたくなった。無花果でも購入しようと思ったのだ。何しろこの夏ときたらどこの店にも無花果が無い。例年ならば6月早々ぷっくりと大きな無花果が店頭に並ぶと言うのに。何でも新鮮でおいしいものを自信を持って売るこの店だ。美味しい無花果にありつけるに違いないと思ったのだ。店には女主人と息子なのか、店員なのか、青年がひとり居て、待ってましたとばかりに注文を訊く。其れなのに、無花果欲しいんですけど、の一声に2人して深い溜息を洩らした。お客さん、と女主人が話し始めた。今年は無花果が無いのだ。あまりに雨が降りすぎて、実り始めると腐ってしまう。無花果はせめて5日間晴天ではないと駄目だから、こんな天気で実が育つわけがない。女主人はそう説明してくれた。成程、と頷く私に女主人は言葉を続ける。いや、無花果が全くない訳ではない。でも、売る側が納得いかないものを、自信を持って薦められないものを店に置くなんてことは出来ないのだ。次にどの顔下げてお客さんに会えばいいというのだ。 どうやら無花果を求めているのは私だけでなく、こんな風に一日に何度も訊かれるらしかった。それでは今年は無花果なしの夏なのかとがっかりしてみせると、女主人は気を取り直して笑顔で言った。お客さん、9月の初めに小さくて甘い無花果が店に並ぶはずだから9月早々店に立ち寄ってくださいよ。それは吉報と喜ぶ私に、無花果が好きなんだねえ、と女主人が笑い、そうよ、大好きなのよ、私も笑い返した。壁にはもうじき夏の休暇で店が閉まるとの張り紙。だから、良い休暇を! と言って店を出掛けた私に、彼女と青年がお客さんも! と大きな声で言って送り出してくれた。ちょうど来たバスに飛び乗ってしまった。赤ワインのことを思い出したのは家のすぐ近くの停留所で下車してからだった。
何処かで雨を降らしていた雨雲が流れてきたのか、晩になって雨が降り始めた。こんなではね、無花果が育つ筈が無いのよ。窓辺で雨を眺めながらひとり呟くのだった。