遠い雷

朝目を覚ますと雨が降っていた。やっと乾燥した天気を手に入れたかと思ったが4日と続かなかった。乾いた天気と言いながらも昨2日間は湿度の高い不快な気候で、空をギュッと絞ろうものなら大量の水分が滴り落ちそうであった。多分、一年で一番素敵な時期であろうこの時期にこの天気は残念すぎた。降るなら潔く降ってくれ。そう天に向かって言ったところ、いとも簡単に雨が降ったが、私のあの一言のせいだろうか。いいや、多分そういう予定だったに違いない。昼を過ぎた頃、雷が鳴りだした。私は雷が嫌いで好きだ。それはどういうことかというと、大きな音で威嚇するような雷は嫌いだが、遠い雷は好きなのだ。子供の頃、夜中に鳴った大きな雷が怖くて姉の布団の中に潜り込んでは散々嫌がられた。姉には怖いものは殆どなくて、こんな雷は何でもないと言わんばかりに笑っては、どうにかして自分に纏わり付く弱虫でへなちょこの妹を布団の中から追い出そうとあの手この手を考えた。そうしてようやく思いついたのが、それぞれの布団の中に納まりながら妹と手を繋ぐことだった。そうすることで小さな弱虫な妹はちょっぴり安心して眠りに付くことが出来たのだった。遠い雷は良い。何か心を落ち着かせる秘密が含まれているかのようだ。初夏の夕方、傘を持たずに出掛けた姉を迎えにバス停へ行った。日曜日の夕方だった。母に言いつけられて姉の傘を持って家を出ると、私の嫌いな雨が降っていた。遠い雷が鳴っているのが唯一の救いだった。その頃から私は遠い雷が好きだった。長い坂道を下りきって今度は上り坂になった辺りで雨が小降りになった。もしかしたら止むかもしれない。そう思いながらバス停へ行った。姉が乗っているバスが着く頃には雨はすっかり上がり、レモン色の陽射しが辺りを照らしていた。初めてデートをしたのだ。水溜りに気をつけながら肩を並べて歩いていると、そう、姉が告白した。嬉しそうな顔で、しかし母にも父にも内緒だと言った。初めて姉と秘密を共有できることが私には嬉しくて、うん、と大きく頷いた。向こうに家が見え始めた頃、空は青く大きな白い入道雲が浮かんでいた。遠い雷には良い思いでも含まれている。

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ばけねこ

何かが五感に触れることで、遠い日の思い出がふと甦ることがありますね。yspringmindさんの雷にまつわる幼い日のお姉さんとの思い出話は雨粒のようにシトシト心に沁みました。
私も幼い頃の記憶が甦ることがよくありますよ。何気ない日常の記憶の一つ一つが今の自分を作っているようにも思います。
季節の変わり目は人の心も浮き沈みしますが、yspringmindさんもがんばって下さいね。

cafe-elefante

はじめまして。いつも素敵な文章とお写真を楽しみにしています。
今日もお姉さまとの日々が目に浮かぶようでした^^
昨年ボローニャへ旅する時にネットで調べてる時に偶然お見かけしてそれからよらせていただいてます。
これからも楽しみにしていますね。

リンクいただいてしまいましたが、よろしかったでしょうか?

レオナルド

 遠くなっていく雷が好きです。遠くなっていく雷音が雨戸からの水滴の音と重なって汚れのないハーモニーを奏でてくれるような気がします。

 窓際で嵐が過ぎ去っていくのをじっと見るのが好きでした。夕方前の嵐だと直後、素晴しい夕焼けが見れるので一度カメラを持って出かけたのですが、次の嵐がやってきて(涙)カメラがダメになってしまった事も、、、

 夏は嫌いなのですが今年は少し恋しくなるくらい晴れないですよね、、

yspringmind

ばけねこさん、こんにちは。ここ数年昔のこと、特に家族との間にあった小さな出来事をことあるごとに思い出します。不思議なことです。15年前にも10年前にもこんなに思い出すことはなかったというのに、ここ数年、そう2,3年の間にまるで本のページを捲るみたいに次から次へと蘇る。私の家族もそんな風に思い出すのだろうかと思うけど、うーん、どうかな。姉の布団に潜り込んだあの晩、近所の大きな柳の木に雷が落ちました。やっぱり! だってもの凄い落雷音だったんですから。
小さな記憶は宝物。忘れてしまいたくないですね。そんな過去があったから今の自分がある。 ばけねこ さんのコメントを読みながらそう思いました。有難う。

yspringmind

cafe-elefanteさん、初めまして、こんにちは。昨年ボローニャに来たんですか。ボローニャはどうでしたか。気に入りましたか。小さな町ですが私には丁度良い大きさで、人間味があって私は気に入っているんですよ。フリーリンクなので全然問題ありません。それどころか有難うございます。これからも宜しくお願いします。

yspringmind

レオナルドさん、遠い雷でなくて遠くなっていく雷なんですね。うん、分かります、その感じ。確かにいい瞬間ですね。嵐の後の綺麗な空気に差し込む光の色もいいですね。嵐の後の美しい夕焼けを思い出そうと試みましたがどうしても思い出せません。残念です。次回嵐が来たら是非見なくちゃ! ですね。レオナルドさんは夏が嫌いですか。それはひょっとしたら暑いからですか。私は夏が好き。だから今年はなかなか初夏にならなくてじれったくて仕方ないというのが正直なところです。

cafe-elefante

ボローニャ、とっても気に入りました。街のサイズ、そうですねー。ずっとウロウロとお散歩していましたが、結構歩けちゃいますね。ysprinhgmindさんのお写真をなつしく拝見しています。
それから食事の美味しいこと!トスカーナ地方に少しいた事がありますが、食材も全く違って食べていて楽しかったです☆

limonata9

おはようございます^^遠雷と、お布団とお姉さんの手のぬくもりが伝わってきました^^私も遠雷が好きです。ああ鳴ってるなと思いながら寝ます。祖母は雷がなるとすぐ電気を消していました。画像もとても印象深くて素敵です。

yspringmind

cafe-elefanteさん、ボローニャを気に入ったようでまるで自分の所有物を褒められたみたいに嬉しいです。ボローニャの"美味しい" はイタリアのほかの町から来る人達からも太鼓判を押されてます。同じイタリアのしかも隣の州のトスカーナとは食事が大きく違います。どちらが美味しいとか甲乙は付けられません。だってどちらもとっても美味しいものね。

yspringmind

limonataさん、こんにちは。夜中に鳴っている遠い雷が好きだというその感覚、分かります。いい感じなんですよね。目を瞑ると閉じた目蓋の裏側に広がるんですよ、ある光景が。それはね、嵐が丘のヒースの丘なんです。その理由は分かりませんが、昔読んだ嵐が丘の本のイメージがそんな感じだったのだと想像します。
雷が鳴ると電気を消すお祖母さま、共感します。私は雷が鳴るとテレビも照明もパソコンも、電気という電気のスイッチを切らずには入られません。

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