昨夜の涼しい風が予告だったかのように、涼しい土曜日の朝、相棒と猫が目を丸くしているのを横目に、早起きをして外に出た。元々早起きをして暑くなる前に出掛けようと思っていたのだが、目を覚ましてみたら雨が降りそうな気配だったから、雨が降る前に出掛けてしまおうと思ったのだ。髪の手入れをして貰いに旧市街へ。何処の誰にして貰っても同じではないかと言う人もいるけれど、あちらの方が安いと言う人もいるけれど、これは私の拘りなのだ。自分の気に入った人に手入れをして貰うこと。それは髪の毛であったり、爪であったり。誰にでも少なからずともそうした拘りがあるに違いなく、そしてそうした物事があっても良いのではないかと私は思う。
店に着いたのはもう10時半を回っていた。バスのせいだ。今日もバスを逃して、次のバスがなかなか来なかった。ああ、遅くなってしまったと思いながら中に入ると、店は酷く空いていた。いつもの土曜日ならば開店時にわっと客が入ってきて小一時間も待たされるのに、先客はたったのふたり。私と同時に入ってきた他の2人の客達も、何という幸運、と嬉しい歓声をあげた。あっという間に手入れが終わった。正午前だった。新記録だと喜ぶ私と他の客達に、毎日がこんなでは経営が成り立たないと笑う店の人達。全くその通りだと頷きながら、これからやって来る楽しい夏の休暇を願う言葉を交わして店を出た。
雨が降っていた。小さな傘が鞄の中に入ってはいたが、差さずにいたいと思ったのはどうしてだろう。ポルティコからポルティコへ。それがボローニャのよいところだ。見回せば誰もいがそんな風にして歩いている。週末は車の乗り入れ禁止だから歩行者の私達は堂々と道の真ん中を歩けると言うのに、誰も歩いている人などいなかった。酷い降りでもないのに。私達は皆ポルティコの下を歩いていた。まるで寄り添うかのように。早くに用事が済んだので、食料品市場へ行った。数週間前、私は友人たちとこの道を歩いていた。暑くて、暑くて、目が回りそうだった。暑かったのは、それでなくとも気温が高かったのに、軽い昼食をと、皆で入った店でうっかり冷えた白ワインを注文してしまったからだ。どんなに冷えていても、ワインを飲むと体温が上がる。だから夏場はワインを控えていたと言うのに。入った店は、食料品界隈に長く店を構える、シモーニと言う名のサラミ屋さんが新しく出した軽食の店。同じ通りにあるが、店の雰囲気は全く違う。かたや昔ながらのサラミ屋さん。シモーニ家の人達が働いている。平均年齢はとても高く、ベテランさんばかりである。どれが良いかと訊けばすぐに答えが返ってくる。そうして勧められたものは、絶対はずれが無い。もう一方は新しくて洒落た雰囲気。ガラスケースの中に並べられた美味しいものたち。そして店内と、店の前に並べられた足の長いイスとテーブル。店内の壁には丸ごとの生ハムとパルミッジャーノ・レッジャーノが並べられていて、それすらもがお洒落に見える、そんな店だ。それから働いている人達もかなり厳選されているように見える。すらりとした、見掛けの良い若い男性ばかり。外国人客が来ても困らないように皆英語を話すことが出来るようだ。友人達はそれを喜んで、店の人達との話を楽しむことが出来たようだ。隣に着席していたのは、60代後半と見受けられる女性がふたり。どうやらこの店を贔屓にしているらしく、店の人達と親しい。食事をしている最中に、彼女たちと言葉を交わすことになったのだけど、だって此処はシモーニだもの、絶対間違いがないのよ、それにここは感じがいいわ、とのことであった。彼女たちは夏のサルディを利用しての買い物を楽しんでいる途中らしい。テーブルの上には山盛りの生ハムやサラミ、チーズとワイングラスがふたつ。彼女たちの人生を楽しんでいる感じが素敵だと思った。私が何時か彼女たちの年齢になった時、そんな風に楽しむことに旺盛でありたいと思った。いや、願いと言っても良かった。
さて、いつもの青果店でいい匂いの桃と、さやいんげんをふた掴み購入した。夏になくてはならないものと誰かに訊かれたら、私はこのふたつを挙げるだろう。少なくとも私の夏になくてはならないもの。このふたつがあれば大丈夫。どんなに暑くても、うまくやっていけるだろう。
土曜日は外に出るのが楽しい。そうして家に帰ったら、テーブルの上に四角い石鹸。近所の手作り石鹸屋さんのものだ。小さなセロファンの袋に入れて、リボンが掛けられていた。石鹸は私の気に入りのラヴェンダーだった。最近シナモンの石鹸は作らないらしく、余儀なく他の気に入りを探すことになったのだ。今朝、小さくなった石鹸がついに終わってしまったのを、相棒が気づいてくれたらしい。頼んでもいないのに私の留守の間に石鹸を買ってきてくれるとは、気が利いているではないか。勿論猫は、そのいい匂いの石鹸は自分あての贈り物だと思い込んでいる。自分の都合の良いほうに考えるところに関して言えば、私と猫はいい勝負だ。